(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ニッケル酸化鉱石を硫酸により高温高圧下で酸浸出して得られる浸出スラリーを固液分離してニッケルを含む浸出液と浸出残渣とを得て、該浸出液に対し硫化剤により硫化処理を施してニッケルの硫化物と硫化後液とを生成させる湿式製錬プロセスにおいて、該ニッケルの硫化物を分離して得られた硫化後液中に溶存する硫化剤を除去する硫化剤の除去方法であって、
3価の鉄イオン源として硫酸鉄(III)を含む前記浸出残渣を用い、
前記硫化後液に対して、硫酸を添加せずに、前記硫化後液に対して中和処理を施すことで無害化する排水処理に供した後の前記浸出残渣を添加して、前記硫化後液のpHを1.7以上2.0以下とすることにより、該硫化後液に含まれる硫化剤を固定化し除去する
硫化剤の除去方法。
前記硫化後液は、ニッケルイオン濃度が0.02〜0.10g/Lであり、鉄、マンガン、マグネシウム、アルミニウムおよびクロムから選択される少なくとも一種を含む硫酸酸性溶液である
請求項1に記載の硫化剤の除去方法。
【背景技術】
【0002】
ニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法(ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセス)として、硫酸を用いた高圧酸浸出法がある。この方法は、従来の一般的なニッケル酸化鉱石の製錬方法である乾式製錬方法と異なり、還元および乾燥工程を含まず、一貫した湿式工程からなるので、エネルギー的およびコスト的に有利であることとともに、ニッケル品位を50質量%程度まで上昇したニッケルを含む硫化物(以下「ニッケル硫化物」ともいう)を得ることができるという利点を有している。
【0003】
高圧酸浸出法に基づくニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法について
図1を用いて説明する。
図1はニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法の流れを示す工程図である。
図1に示すように、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法は、例えば、下記工程を含む。
(a)ニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加し、高温高圧下で浸出し、得られた浸出スラリーから浸出残渣スラリーを固液分離して、ニッケルとともにコバルト等の金属元素を含む浸出液を得る、浸出工程S11及び固液分離工程S12
(b)浸出液に中和剤を添加して、不純物元素を含む中和澱物スラリーとニッケルを含む中和後液とを得る中和工程S13
(c)中和後液に対し、硫化水素ガスにより硫化処理を施してニッケル硫化物と硫化後液(貧液)とを得る硫化工程S14
(d)ニッケル硫化物の分離後の硫化後液に中和処理を施して無害化する排水処理工程S15
【0004】
ニッケル硫化物分離後の硫化後液には硫化水素が溶存する。そこで、該硫化水素を除去するために、ニッケル硫化物分離後の硫化後液に、3価の鉄、例えば特許文献1に記載されるように水酸化鉄(III)および硫酸を添加する。これにより、水酸化鉄(III)と硫化後液に溶存する硫化水素とを反応させることで、硫化水素を除去することができる。水酸化鉄(III)の硫化水素による還元反応を下記式(1)に示す。
Fe(OH)
3+1/2H
2S+H
2SO
4→FeSO
4+1/2S
0+3H
2O (1)
【0005】
なお、このように硫化後液の溶存硫化水素を除去する際には、例えば特許文献2のように、曝気槽での撹拌と同時に、エアレーションを行うことで、溶存硫化水素ガスの除去を促進することが一般的である。
【0006】
溶存硫化水素を除去した後の硫化後液は、固液分離工程S12の浸出残渣を洗浄する洗浄液として用いられる他、工場外へ排水として払い出すために中性付近のpHに調整することで無害化する排水処理工程S15へ払い出される。硫化後液中の溶存硫化水素が十分に除去されずに残留したままの状態で、固液分離工程S12や、排水処理工程S15へ払い出された場合、設備周辺において硫化水素の臭気が発生し、重大な環境トラブルが生じる可能性がある等、環境面や安全面で問題となる。溶存硫化水素の除去不良が起こった場合には、ニッケル硫化物を得る硫化工程S14において硫化水素添加量を下げる、工程負荷を下げるといった対応をとる必要があるが、硫化水素添加量を下げることで硫化工程S14のニッケル実収率低下は低下し、工程負荷を下げることで混合硫化物製品の減産を招く。そのため、硫化後液中の溶存硫化水素を十分に除去することは重要な処理の一つとなっている。
【0007】
また、従来の硫化剤除去反応では上記式(1)にあるように硫酸を添加するが、硫酸の添加により後段の排水処理工程S15での中和剤の使用量増加ひいてはコストの増加を招いていた。したがって、製品生産量の最大化とコスト削減の両立可能な操業方法が強く求められている。
【0008】
例えば、特許文献3では、硫化後液中に溶存する硫化水素を効果的に除去しながら硫酸や中和剤の使用量を有効に低減することを目的とし、硫化後液に対して、酸化鉄(III)を含む洗浄後の浸出残渣と硫酸とを添加して、pHを1.2〜1.5の範囲で調整することで、浸出残渣に含まれる酸化鉄(III)を反応させて溶存硫化水素を除去する方法が提案されている。
【0009】
しかしながら、溶存硫化水素の低減効果をさらに向上させることが望まれている。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。また、本明細書において、「X〜Y」(X、Yは任意の数値)との表記は、「X以上Y以下」の意味である。
【0022】
≪1.概要≫
本実施の形態に係る硫化剤の除去方法は、ニッケル酸化鉱石を硫酸により高温高圧下で酸浸出して得られる浸出スラリーを固液分離してニッケルを含む浸出液と浸出残渣とを得て、浸出液に対し硫化剤により硫化処理を施してニッケルの硫化物と硫化後液とを生成させることで、ニッケル硫化物を得るニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセス(以下、単に「湿式製錬プロセス」ともいう)において生じる硫化後液から溶存する硫化水素等の硫化剤を除去する方法である。なお、本明細書において、除去対象である「硫化剤」には、硫化工程で用いた硫化水素、硫化ナトリウム、水素化硫化ナトリウム等の硫化剤自体の他、硫化剤から生じた硫化水素も含む。また、ニッケル硫化物とは、ニッケルを含む硫化物をいい、コバルト等の他の金属とニッケルとの混合硫化物をも含む。
【0023】
本実施の形態に係る硫化剤の除去方法は、具体的には、湿式製錬プロセスにおいて、ニッケルの硫化物を分離して得られた硫化後液に、3価の鉄イオン源として硫酸鉄(III)を含む浸出残渣を用い、硫化後液に対して、硫酸を添加せずに、浸出残渣を添加する。これにより、詳しくは後述するが、浸出残渣中に含まれる硫酸鉄(III)によって硫化後液中に溶存する硫化水素等の硫化剤を固定して除去(回収)する。なお、ここでいう「固定」とは、化合物を安定な形態に変換することであり、本実施の形態に係る硫化剤の除去方法では、硫化後液中に溶存する硫化水素等の硫化剤が、硫酸鉄(III)との反応によって単体の硫黄(S
0)として安定した形態に変換され、この単体の硫黄が沈殿生成して除去される。
【0024】
このような方法によれば、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにて生じる硫化後液からの硫化水素等の硫化剤の低減効果を向上させることができ、硫化後液から硫化水素等の硫化剤を十分に除去することができる。また、硫化剤を除去する際に硫酸を添加しないため、硫酸の使用量および排水処理工程での中和剤といった薬剤の使用量を低減できる。
【0025】
そして、本発明の硫化剤の除去方法によれば硫化剤の低減効果を向上させることができるため、溶存硫化剤の除去不良の発生が抑制され、硫化工程において硫化剤添加量を下げる、工程負荷を下げるといった対応をとることが抑制され、ニッケル実収率改善や、ニッケル生産量最大化が期待できる。また、硫化剤を除去する際に硫酸を添加しないため、硫酸コストが削減できる。したがって、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおける、本発明の工業的価値は極めて高い。
【0026】
≪2.ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセス≫
先ず、硫化剤の除去方法のより具体的な説明に先立ち、本実施の形態におけるニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法の流れを示す工程図である
図2を用いて、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセス全体について説明する。
【0027】
図2に示すようにこの湿式製錬プロセスは、原料のニッケル酸化鉱石に硫酸を用いて高温高圧下で酸浸出して浸出スラリーを得る浸出工程S11と、浸出スラリーを必要に応じて多段洗浄しながらニッケルを含む浸出液と浸出残渣スラリーとを得る固液分離工程S12と、浸出液に中和剤を添加して不純物を含む中和澱物スラリーとニッケルを含む中和後液とを得る中和工程S13と、中和後液に対し硫化剤により硫化処理を施してニッケル硫化物と硫化後液とを得る硫化工程S14とを有する。さらに、硫化工程S14で分離された硫化後液に対し中和処理を施して無害化する排水処理工程S20を有する。
【0028】
本実施の形態に係る硫化剤の除去方法は、このニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにより得られる硫化後液(貧液)を処理対象とし、その硫化後液に溶存する硫化剤を除去する。
【0029】
(1)浸出工程
浸出工程S11は、原料のニッケル酸化鉱石に硫酸を用いて高温高圧下で酸浸出して浸出スラリーを得る工程である。例えば高温加圧容器(オートクレーブ)等を用いて、ニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加して220℃〜280℃の温度下で、加圧しながら撹拌処理を施し、ニッケルを含有する浸出液と浸出残渣とからなる浸出スラリーを生成させる。
【0030】
ここで、ニッケル酸化鉱石としては、主としてリモナイト鉱及びサプロライト鉱等のいわゆるラテライト鉱が挙げられる。ラテライト鉱のニッケル含有量は、通常、0.8〜2.5重量%であり、水酸化物又はケイ苦土(ケイ酸マグネシウム)鉱物として含有される。
【0031】
(2)固液分離工程
固液分離工程S12は、浸出工程S11で得られた浸出液と浸出残渣とからなる浸出スラリーを洗浄しながら、ニッケルやコバルト等の有価金属を含む浸出液と、ヘマタイト(Fe
2O
3、酸化鉄(III))を含む浸出残渣スラリーとに固液分離する工程である。この固液分離工程S12では、例えば、浸出スラリーを洗浄液と混合した後、凝集剤供給設備等から供給される凝集剤を用いて、シックナー等の固液分離設備により固液分離処理を施す。具体的には、先ず、浸出スラリーが洗浄液により希釈され、次に、浸出スラリー中の浸出残渣スラリーがシックナーの沈降物として濃縮される。
【0032】
固液分離工程S12で分離された浸出液は、中和工程S13に移送され、一方で、浸出残渣スラリーは、シックナーの底部から回収される。浸出残渣スラリーには、ニッケルやコバルト等の有価金属が一部含まれる場合があるため、浸出残渣スラリーを洗浄して得られたニッケルやコバルト等の有価金属を含有する液も、中和工程S13に移送するようにしてもよい。
【0033】
(2)中和工程
中和工程S13は、固液分離工程S12により得られた浸出液に中和剤を添加して不純物を含む中和澱物スラリーとニッケルを含む中和後液とを得る工程である。固液分離工程S12により得られた浸出液に、中和剤を添加してpHを調整し、不純物元素を含む中和澱物スラリーと中和後液とを得る。この中和工程S13における中和処理により、ニッケルやコバルト等の有価金属は中和後液に含まれるようになり、鉄の大部分が中和澱物スラリーとなる。
【0034】
中和剤としては、従来公知のもの使用することができ、例えば、炭酸カルシウム、消石灰、水酸化ナトリウム等が挙げられる。
【0035】
中和工程S13における中和処理では、浸出液の酸化を抑制しながら、pHを1〜4の範囲に調整することが好ましく、2.5〜3.5の範囲に調整することがより好ましい。pHが1未満であると、中和が不十分となり中和澱物スラリーと中和後液とに分離できない可能性があり、また、pHが2.5未満であると、後段の硫化工程S14の脱亜鉛工程やニッケル回収工程で硫化反応が進行しない可能性がある。一方で、pHが4を超えると、アルミニウム等の不純物のみならず、ニッケルやコバルト等の有価金属も中和澱物スラリーに含まれる可能性がある。中和工程S13で得られた中和殿物スラリーがニッケルやコバルト等の有価金属を含む場合は、中和殿物スラリーを固液分離工程S12に供給するようにしてもよい。
【0036】
(3)硫化工程
硫化工程S14は、中和工程S13により得られた中和後液に硫化剤により硫化処理を施してニッケル硫化物と硫化後液とを得る工程である。この硫化工程S14における硫化処理により、ニッケル、コバルト、亜鉛等は硫化物となり、その他は硫化後液に含まれることになる。
【0037】
具体的には、硫化工程S14では、得られた中和後液に対して硫化剤を添加し、中和後液に含まれるニッケルやコバルトを硫化物の形態にする硫化反応を生じさせる。これにより、不純物成分の少ないニッケルの硫化物と、ニッケル濃度を低い水準で安定させた硫化後液(貧液)とを生成させる。なお、中和後液中に亜鉛が含まれる場合には、硫化剤を添加してニッケル硫化物を生成するに先立って、硫化剤を用いて亜鉛を硫化物として選択的に分離することができる(脱亜鉛工程)。すなわち、中和工程S13により得られた中和後液に硫化剤を添加することにより亜鉛硫化物を形成し該亜鉛硫化物を分離してニッケルを含むニッケル回収用母液を得る脱亜鉛工程と、ニッケル回収用母液に硫化剤を添加することによりニッケル硫化物を形成するニッケル回収工程とを有する、硫化工程S14としてもよい。
【0038】
硫化剤としては、例えば、硫化水素、硫化ナトリウム、水素化硫化ナトリウム等を用いることができるが、その中でも、硫化水素ガスを用いることが、取扱い容易さやコスト等の点で特に好ましい。
【0039】
この硫化処理では、ニッケル硫化物のスラリーをシックナー等の沈降分離装置を用いて沈降分離処理して硫化物をシックナーの底部より分離回収する一方で、水溶液成分である硫化後液はオーバーフローさせて回収する。
【0040】
ここで、本実施の形態に係る硫化剤の除去方法においては、硫化工程S14における硫化処理により得られた硫化後液、すなわち、硫化処理後のスラリーに対して固液分離処理を施して得られた硫化後液を処理対象とする。
【0041】
(4)排水処理工程
排水処理工程S20では、硫化工程S14にて生成した硫化後液、すなわち、鉄、マグネシウム、マンガン等の不純物元素を含む硫化後液に対して、排出基準を満たす所定のpH範囲に調整する中和処理を施して無害化する排水処理を行う。これにより、鉄、マグネシウム、マンガン等の成分が除去される。
【0042】
本実施の形態においては、詳しくは後述する硫化後液に対する硫化剤の除去処理である硫化剤除去工程S30を経て、溶存する硫化水素等の硫化剤が除去された硫化後液に対して、排水処理工程S20で排水処理を行う。
【0043】
排水処理工程S20における中和処理による無害化の方法、すなわちpHの調整方法としては、特に限定されないが、例えば炭酸カルシウム(石灰石)スラリーや水酸化カルシウム(消石灰)スラリー等の中和剤を添加することによって中性付近のpH(例えばpH8〜9)にすることができる。
【0044】
また、排水処理工程S20における中和処理では、石灰石を中和剤として用いた第1段階の中和処理(第1の工程)と、消石灰を中和剤として用いた第2段階の中和処理(第2の工程)とからなる段階的な処理を行うことができる。このように段階的な中和処理を行うことで、効率的にかつ効果的な中和処理を行うことができる。
【0045】
具体的に、第1の工程では、硫化剤除去工程S30で回収した硫化後液を中和処理槽に装入し、石灰石スラリーを添加して撹拌処理を施す。この第1の工程では、石灰石スラリーを添加することによって、硫化後液のpHを5〜6に調整する。pHが5以下であるとアルミニウムが完全に除去されず、中和に使用する消石灰の使用量が増加する。
【0046】
次に、第2の工程では、石灰石スラリーを添加して第1段階の中和処理を施した溶液に対して、消石灰スラリーを添加して撹拌処理を施す。この第2の工程では、消石灰スラリーを添加することによって、硫化後液のpHを8〜9に引き上げる。
【0047】
排水処理工程S20では、このような2段階の中和処理を施すことによって、中和処理残渣(排水処理澱物)が生成され、テーリングダムに貯留される(テーリング残渣)。一方、排水処理工程S20後の溶液(排水処理後液)は、排出基準を満たすものとなり系外に排出される。なお、この排水処理工程S20における中和処理では、硫化後液に含まれていた鉄が水酸化鉄(Fe(OH)
3)の形態で固定化されて分離される。
【0048】
ここで、排水処理工程S20における中和処理では、硫化後液中に残留している酸、硫化剤や、鉄イオン、マグネシウムイオンやマンガンイオン等の不純物元素イオンの量に応じて、消石灰や石灰石等の中和剤の量が決定される。したがって、硫化後液に残留する酸、硫化剤や、不純物の量が多ければ、中和剤の使用量も多くなる。
【0049】
この点、本実施の形態においては、排水処理工程S20に先立ち、硫化剤除去工程S30で、硫化工程S14で得られた硫化後液に対して、その硫化後液に溶存する硫化水素等の硫化剤を除去するようにしている。そして、その硫化剤除去工程S30では、浸出残渣に含まれる硫酸鉄(III)を硫化水素等の硫化剤を酸化固定化するための3価の鉄イオン源として用い且つ硫酸を添加しないようにしている。このことから、排水処理工程S20に対しては、硫酸や硫化剤濃度が低く、また、鉄、マグネシウム、マンガン、アルミニウム等の不純物の濃度が低い硫化後液を移送させることができる。その結果として、排水処理工程S20にて使用する中和剤の使用量を効果的に低減させることができる。
【0050】
≪3.硫化剤の除去方法の詳細説明≫
上述したニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおいて、硫化工程S14での硫化処理を経て生成した硫化後液には、硫化反応を生じさせるために添加した硫化水素等の硫化剤が溶存していることがある。加えて、硫化水素以外の硫化剤を使用した場合、溶液の状態によっては硫化水素ガスが発生し、反応後の液に未反応の硫化水素ガスが溶存することがある。
【0051】
このように硫化後液に硫化水素等の硫化剤が残存している場合、その硫化後液を固液分離工程S12や排水処理工程S20へ払い出すと、設備周辺において硫化水素の臭気が発生して環境トラブルが生じる可能性がある等、環境面や安全面で問題となる。また、硫化水素が溶存したままでは系外に放流することもできない。
【0052】
そこで、本実施の形態においては、硫化後液に含まれる硫化剤を硫黄として固定化、すなわち、溶存する硫化水素等の硫化剤を固体の硫黄S
0の形態として固定化し、その硫化後液から回収除去するようにしている(硫化剤除去工程S30)。以下では、より詳細に、硫化工程S14において硫化水素ガスを硫化剤として用いたときに、硫化剤除去工程S30にて硫化後液に残存した硫化水素を除去する態様を一例として説明する。
【0053】
具体的に、硫化剤除去工程S30では、3価の鉄イオン源として硫酸鉄(III)を含む浸出残渣を用い、硫化水素を含む硫化後液に対して、硫酸を添加せず、その浸出残渣を添加することで、硫化後液に含まれる硫化水素を固体硫黄の形態に固定化し除去する。
【0054】
硫化工程S14にて得られる硫化後液は、例えば、ニッケルイオン濃度が0.04g/L〜0.10g/L程度であり、鉄、マンガン、マグネシウム、アルミニウム、クロム、鉛等の不純物を含む硫酸酸性溶液である。また、硫化後液のpHは、例えば1.5〜2.0程度である。そして、上述のように硫化後液には、硫化工程S14での硫化処理にて用いた硫化水素が、例えば濃度10mg/L〜150mg/L程度の割合で溶存している。
【0055】
従来、例えば特許文献3等に開示されている硫化剤の除去処理においては、浸出スラリーを固液分離して得られた浸出残渣を浸出残渣洗浄工程へと移送して洗浄処理を施したのち、その洗浄後の浸出残渣に含まれる酸化鉄(III)を、硫化水素を固定化する3価の鉄イオン源として用いていた。このとき、その酸化鉄(III)を3価の鉄イオン源として作用させるために、硫酸を併せて添加することによって酸化鉄(III)を溶解させるようにしていた。具体的には、下記式(2)及び(3)に示すように、酸化鉄(III)を硫酸に溶解して硫酸鉄(III)を生成させ(式(2))、生成した硫酸鉄(III)を硫化水素の酸化固定に使用していた(式(3))。
Fe
2O
3+3H
2SO
4→Fe
2(SO
4)
3+3H
2O (2)
Fe
2(SO
4)
3+H
2S→2FeSO
4+H
2SO
4+S
0 (3)
【0056】
ところが、このような従来の方法では、硫化水素の除去効率が不十分な場合があり、また、3価の鉄イオン源として用いる酸化鉄(III)を溶解させるために硫酸を使用していたため、硫化水素の除去効率を向上させるためには硫酸の使用量を増加せざるを得なかった。また、硫酸の使用量が増加すると、その後の硫化後液に対する排水処理(排水処理工程S20)等にて使用する中和剤の使用量を増加させる要因となっていた。
【0057】
これに対して、本実施の形態に係る硫化剤除去工程S30では、硫化水素を固定化する3価の鉄イオン源として、浸出残渣に含まれる硫酸鉄(III)を用いることを特徴としている。固液分離処理を経て得られる浸出残渣には、ヘマタイト(酸化鉄(III))のみならず、ヘマタイトになりきれなかった硫酸鉄(III)が存在する。本実施の形態においては、浸出残渣に含まれる酸化鉄(III)ではなく、その硫酸鉄(III)を積極的に3価の鉄イオン源として用いるようにしている。
【0058】
浸出残渣に含まれる硫酸鉄(III)を3価の鉄イオン源として用いた場合、下記式(4)の反応が生じることによって、硫化後液に溶存する硫化水素が酸化されて固体の硫黄として固定化される。また、硫酸鉄(III)と硫化水素とが反応することにより、硫化鉄(II)が生成されるようになり、生成した硫酸鉄(II)により下記式(5)の反応が生じて、硫化後液中の硫化水素がさらに分解される。このように、3価の鉄イオン源として硫酸鉄(III)を用いることで、硫化水素をより効果的に分解して除去することができ、従来に比して硫化水素の除去効率を高めることができる。
Fe
2(SO
4)
3+H
2S→2FeSO
4+H
2SO
4+S
0 (4)
FeSO
4+H
2S→FeS+H
2SO
4 (5)
【0059】
ここで、上述したように、浸出残渣には、硫酸鉄(III)だけでなく酸化鉄(III)も含まれており、このような浸出残渣を硫化後液に添加して硫化水素を除去する際、併せて硫酸を添加すると、酸化鉄(III)を溶解して硫酸鉄(III)とするための反応(上記式(2))が生じることになる。したがって、硫化剤除去工程S30において、硫化後液に対して硫酸を添加せずに浸出残渣を添加することを特徴としている。
【0060】
このように、硫酸を添加せず、硫酸鉄(III)を含む浸出残渣を硫化後液に添加することで、浸出残渣に含まれる酸化鉄(III)の反応を抑え、硫酸鉄(III)による上記式(4)及び(5)の反応を積極的に生じさせるようにしている。これにより、硫化水素の低減効果を向上させることができる。
【0061】
また、硫化後液に添加する浸出残渣に硫酸を付着等している場合には、やはり酸化鉄(III)の溶解反応が進行し、浸出残渣に含まれる硫酸鉄(III)の作用が低下してしまう。特に、固液分離工程S12を経て得られる浸出残渣は、浸出工程S11において硫酸浸出して得られる浸出スラリーに基づくものであるため、その浸出残渣を硫化後液に添加するに際しては、硫酸が付着等していない状態であることが好ましい。
【0062】
そこで、本実施の形態においては、固液分離処理を経て得られた、硫酸鉄(III)を含む浸出残渣を、湿式製錬プロセスにおける排水処理工程S20での処理に装入し、排水処理工程S20にて中和処理を施すようにする。上述したように、排水処理工程S20では、炭酸カルシウムや水酸化カルシウム等の中和剤を添加して溶液のpHを8〜9程度に調整する中和処理が行われる。したがって、排水処理工程S20における処理に浸出残渣を装入することで、その浸出残渣に付着した酸を中和することができる。
【0063】
そして、そのような排水処理工程S20を経た後の浸出残渣(以下、便宜的に「排水処理後浸出残渣」ともいう)を、硫化剤除去工程S30に移送して硫化後液に添加することによって、酸化鉄(III)の反応を抑えながら、浸出残渣に含まれる硫酸鉄(III)を作用させることができる。
【0064】
硫化剤除去工程S30における処理では、硫酸を添加せず硫酸鉄(III)を含む浸出残渣を添加することで、硫化後液のpHが1.7以上2.0以下となるようにすることが好ましく、そのpHを維持した状態で反応を生じさせることが好ましい。例えば、硫酸を添加させる等して硫化後液のpHが1.7未満になると、上記式(2)の反応が優先的に起こり酸化鉄(III)主体の反応となり、硫化水素の酸化の効率が低下してしまうことがある。一方で、硫化後液のpHが2.0を超えるような場合、一般的には硫化後液に塩基性中和剤を添加することが必要になるが、硫化剤除去後の硫化後液(以下、「処理後硫化後液」ともいう)は固液分離工程S12の洗浄液等として使われることがあるため、その固液分離工程S12での中和澱物による負荷が増加する。また、中和剤添加により、反応槽内にスケールが発生して、開放点検頻度が増加したり、スケール除去作業を実施する必要性が生じる可能性がある。なお、中和剤として、石灰石の代わりにNaOHを使用する等の方法もあるが、生産コストの大幅なアップになってしまう点で好ましくない。
【0065】
また、硫化剤除去工程S30における処理では、硫化後液に対して浸出残渣を添加するとともに、エアレーションを行うことが好ましい。すなわち、浸出残渣に含まれる硫酸鉄(III)と硫化水素との反応は、エアレーションを行う曝気槽で生じさせることが好ましい。例えば、特許文献2に記載されているように、縦型円筒形状の反応容器と、その反応容器内に設けられた撹拌羽根と、反応容器内の底部に設けられた多数の吹出口を有する円環状のエアレーション管とを備える曝気槽に硫化後液を供給し、硫酸を添加せずに浸出残渣を添加し、撹拌しながら、硫化後液のスラリー1m
3あたり1.8Nm
3以上の割合でエアレーションする。このようなエアレーションにより、硫化後液中に溶存する硫化水素の酸化を促進させることができ、より効率的に硫化水素を除去することができる。
【0066】
以上のように、本実施の形態に係る硫化水素の除去方法によれば、3価の鉄イオン源として、浸出残渣中の硫酸鉄(III)を硫化水素の酸化の反応主体にすることで、硫化水素の低減効果を向上させることができるため、硫化水素を十分に除去することができる。また、従来法のようにヘマタイト(酸化鉄(III))の溶解のために使用していた硫酸の使用が不要となる。
【0067】
また、硫化水素を除去した後の処理後硫化後液は、排水処理工程S20に移送されて排水処理(中和処理)が施されるが、硫酸を添加することなく硫化水素が除去されていることから、その処理後硫化後液に対する排水処理では中和剤の使用量も有効に低減させることができ、ニッケル酸化鉱石処理全体としても効率的な操業を行うことができる。
【0068】
なお、硫化剤除去工程S30や排水処理工程S20等のその他の工程において、微量の硫化水素が残留した場合や、そのまま系外に排出することができない有害ガスが生じた場合には、除害塔等の有害ガスを除去する設備で有害ガスを除去した後に、大気中に排出すればよい。また、処理後硫化後液は、固液分離工程S12における処理の洗浄液として用いてもよい。
【実施例】
【0069】
以下に、本発明について実施例を示して具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0070】
(実施例1〜9)
図2に示すニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおいて、硫化後液の硫化水素の除去操作を行った。具体的には、
図2に示すように、先ず、ニッケル酸化鉱石のスラリーをオートクレーブに装入し、高温高圧下で硫酸を用いて浸出処理を施すことによって浸出液と浸出残渣とを含有する浸出スラリーを得て(浸出工程S11)、洗浄液を用いて固液分離して浸出液および浸出残渣スラリーを得た(固液分離工程S12)。
【0071】
次に、浸出液に対して不純物を中和除去した(中和工程S13)。その後、硫化工程S14で、中和工程で得られた中和後液に硫化剤として硫化水素ガスを添加して形成した亜鉛硫化物を分離し(脱亜鉛工程)、脱亜鉛工程後に硫化剤として硫化水素ガスを添加して形成したニッケル硫化物を回収した(ニッケル回収工程)。この硫化工程S14における硫化反応により、中和後液中のニッケル及びコバルトが硫化され、ニッケル・コバルト混合硫化物が生成した。生成した硫化物は、硫化処理後のスラリーをシックナーにより固液分離して回収した。
【0072】
一方、硫化物を分離回収した後の硫化後液(貧液)に溶存する硫化水素の濃度は100質量ppm以上であった。そこで、その硫化後液に溶存する硫化水素を除去する処理を行った(硫化剤除去工程S30)。
【0073】
硫化水素の除去処理(硫化剤除去工程S30)においては、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスの固液分離工程S12で得られた浸出残渣に対して中和剤として消石灰スラリーを添加してpHを9にし(排水処理工程S20)、この排水処理工程S20で得られた浸出残渣スラリーを、硫化後液に供給した。各実施例1〜9硫化後液に供給する排水処理工程S20後の浸出残渣スラリーの量を変更して、各実施例1〜9の反応槽pH(排水処理工程S20後の浸出残渣スラリーを添加した硫化後液のpH)を変更した。なお、実施例1〜9においては、硫化剤除去工程S30で硫酸を添加しなかった。また、硫化剤除去工程S30は、排水処理工程S20後の浸出残渣スラリーを添加した後の硫化後液を、撹拌すると共に空気を吹き込む曝気槽で行った。また、硫化剤除去工程S30後の曝気槽中のガスを除害塔に移送し、除害塔で水酸化ナトリウムに接触させた後に、除害塔の排気ガス排出口から排ガスとして排出した。また、硫化剤除去工程S30を経た硫化後液は、排水処理工程S20へ払い出した。
【0074】
なお、硫化剤除去工程S30に供給する硫化後液は、ニッケル濃度が0.02〜0.10g/L、鉄濃度が0.6〜1.4g/L、アルミニウム濃度が2.5〜4.0g/L、マグネシウム濃度が5.0〜8.5g/Lであり、pHは1.5〜1.9であった。また、硫化後液に添加した排水処理工程S20後の浸出残渣スラリーは、ニッケル品位が0.1質量%以下、コバルト品位が0.01質量%以下、鉄品位が45質量%以上であり、硫酸を含まず硫酸鉄(III)および酸化鉄(III)を含有していた。また、操業変動の影響を抑えるために、ニッケル回収工程に供給される始液流量が1200〜1300m
3/Hrかつ始液温度が73℃、排水処理工程S20に払い出される硫化剤除去工程S30後の硫化後液の流量が500〜600m
3/Hr、硫化後液に添加する排水処理工程S20後の浸出残渣スラリーの供給流量が45〜55m
3/Hr、硫化後液に添加する排水処理工程S20後の浸出残渣スラリーの比重が1.22〜1.28t/m
3、曝気槽のエアレーション流量が2950〜3050Nm
3/Hrとした。
【0075】
硫化剤除去工程S30を行った曝気槽の液pH(反応槽pH)、および、排気ガス排出口の排ガス中の硫化水素ガス濃度の測定結果を、表1および
図3に示す。
【0076】
表1および
図3に示すように、硫化水素ガス濃度は、硫化剤除去工程入口で、検出上限の100質量ppm以上であったのに対して、硫化剤除去工程において硫酸添加を添加せず排水処理工程S20後の浸出残渣スラリーを添加してpHを1.7以上、2.0以下とした実施例1〜9では、排水処理工程S20の排気ガス排出口の硫化水素ガス濃度が10質量ppm以下であった。このように、実施例1〜9では、排気ガスの硫化水素濃度が10質量ppmとなっており、硫化水素は十分に除去されていた。
【0077】
(比較例1〜15)
硫化剤除去工程S30において硫酸も添加し曝気槽の液pHを表1に示す値になるようにした以外は、実施例1と同様の操作を行った。結果を表1および
図3に示す。表1および
図3に示すように、排水処理工程S20の排気ガス排出口の硫化水素ガス濃度が12〜19質量ppmであった。
【0078】
以上の結果から、実施例1〜9のように浸出残渣スラリーを添加し硫酸を添加しないことで、浸出残渣スラリーを添加するとともに硫酸を添加した比較例1〜15に比べて、排水処理工程S20の排気ガス排出口の硫化水素ガス濃度を大幅に低減させることができることが分かった。したがって、実施例1〜9のように浸出残渣スラリーを添加し硫酸を添加しないことで、浸出残渣に含まれる硫酸鉄(III)を硫化水素と反応させることができ、硫化後液からの硫化水素の低減効果を向上できることが分かった。
【0079】
また、硫化剤除去工程S30において硫酸を添加しないため、その硫化剤除去工程S30後に排水処理工程S20にて使用する中和剤の使用量についても、大幅に低減させることができることが分かった。
【0080】
比較例1〜15において排水処理工程S20の排気ガス排出口の硫化水素ガス濃度が高くなった理由は、硫化水素が溶存した硫化後液に対して浸出残渣スラリーを添加すると共に硫酸を添加することで、ヘマタイト(酸化鉄(III))主体の反応となり、硫化水素の酸化効率が低下してしまったためと考えられる。
【0081】
【表1】