【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(先端的低炭素化技術開発)「天然多環芳香族からの単環芳香族の単離・製造技術開発」に係る委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
原料リグニン溶液と、原料リグニン溶液に対して容量で1倍以上50倍以下の水及び双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素から選ばれる少なくとも1種の溶媒(a)とを混合する工程(I)を含み、
工程(I)により得られた溶液が一相であり、工程(I)により得られた前記溶液を固液分離する工程(II−2)をさらに含む、
耐熱性リグニンの製造方法。
前記原料リグニン溶液は、植物系バイオマスからリグニンを、有機溶媒を含む溶媒に可溶化させて得られるリグニン溶液、または固体リグニンを、有機溶媒を含む溶媒に溶解させた溶液である、請求項1に記載の耐熱性リグニンの製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0011】
<耐熱性リグニンの製造方法>
本実施形態における耐熱性リグニンの製造方法は、原料リグニン溶液と、原料リグニン溶液に対して容量で1倍以上50倍以下の水及び双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素から選ばれる少なくとも1種の溶媒(a)とを混合する工程(I)を含むことを特徴とする。
【0012】
[植物系バイオマス]
植物系バイオマスとしては、木本系バイオマス、草本系バイオマスが挙げられる。木本系バイオマスとしては、スギ、ヒノキ、ヒバ、サクラ、ユーカリ、ブナ、タケなどの針葉樹、広葉樹が挙げられる。
草本系バイオマスとしては、パームヤシの樹幹・空房、パームヤシ果実の繊維及び種子、バガス(さとうきび及び高バイオマス量さとうきびの搾り滓)、ケーントップ(さとうきびのトップ及びリーフ)、エナジーケーン、稲わら、麦わら、トウモロコシの穂軸・茎葉・残渣(コーンストーバー、コーンコブ、コーンハル)、ソルガム(スイートソルガムを含む)残渣、ヤトロファ種の皮及び殻、カシュー殻、スイッチグラス、エリアンサス、高バイオマス収量作物、エネルギー作物等が挙げられる。
これらのなかでも、入手容易性や本発明において適用する製造方法との適合性の観点から、草本系バイオマスであることが好ましく、パームヤシの空房、麦わら、トウモロコシの茎葉、バガス、ケーントップ、エナジーケーン、それら有用成分抽出後の残渣がより好ましく、バガス、ケーントップ、エナジーケーンがさらに好ましい。有用成分には、例えば、ヘミセルロース、糖質、ミネラル、水分などが含まれる。
バガスには、5〜30質量%程度のリグニンが含まれる。また、バガス中のリグニンは基本骨格として、H核、G核およびS核の全てを含む。G核とは、フェノール骨格部分のオルト位に1つのメトキシ基(−OCH
3)を有するものであり、S核とは、オルト位に2つのメトキシ基を有するものであり、H核とは、オルト位にメトキシ基を有していないものである。なお、木本系バイオマス由来のリグニンには、H核が含まれない。
植物系バイオマスは、粉砕されたものを用いることもできる。また、ブロック、チップ、粉末、また水が含まれた含水物のいずれの形態でもよい。
【0013】
原料リグニン溶液としては、植物系バイオマスからリグニンを、有機溶媒を含む溶媒に可溶化させて得られるリグニン溶液(i)、または固体リグニンを、有機溶媒を含む溶媒に溶解させた溶液(ii)を挙げることができる。
【0014】
原料リグニン溶液として上記溶液(i)としては、例えば、植物系バイオマスを既存の方法により分離することにより、該バイオマスに含まれるリグニンを、有機溶媒を含む溶媒に可溶化させたものを挙げることができ、特に限定されない。例えば、国際公開第2014/142289号に記載される、水と炭素数4〜10の脂肪族アルコールとの混合溶媒中における植物系バイオマスの処理方法や、特許第5256679号公報に記載される、水による植物系バイオマスの処理方法を挙げることができる。
【0015】
例えば、本願の原料リグニン溶液(i)を得る方法の具体例としては、植物系バイオマスを、水と脂肪族アルコールとの混合溶媒(有機溶媒を含む溶媒)により、植物系バイオマスと混合溶媒との特定の仕込み濃度、特定の反応温度及び時間の条件下で処理することにより、リグニンを分離することができる。ここで、植物系バイオマスの、有機溶媒を含む溶媒に対する仕込み濃度は、1質量%以上50質量%以下が好ましく、より好ましくは3質量%以上20質量%以下、さらに好ましくは5質量%以上18質量%以下である。植物系バイオマスの濃度が1質量%以上であれば、リグニンを可溶化させるプロセスのエネルギー効率が良好に保たれる。一方で、植物系バイオマスの濃度が50質量%を超えると、溶媒量が十分でなく、リグニンの分離効率が低下する。
また、処理反応温度は、100℃以上350℃以下が好ましく、より好ましくは150℃以上300℃以下であり、さらに好ましくは170℃以上270℃以下である。100℃以上であれば、リグニンの分離が促進され、350℃を超えると、セルロースの分解やリグニンの再重合によるコークの生成を抑制することができる。
処理反応時間は、0.1時間以上10時間以下であり、好ましくは、0.2時間以上8時間以下であり、より好ましくは、1時間以上6時間以下であり、さらに好ましくは、1時間以上3時間以下である。0.1時間以上であればリグニンの分離が十分に進行し、10時間以内であれば、セルロースの分解やリグニンの再重合によるコークの生成を抑制することができる。
【0016】
原料リグニン溶液が上記溶液(ii)である場合に、固体リグニンとしては任意のものを用いることができ、特に制限はない。例えば、上述した植物系バイオマスからリグニンを可溶化した後に、濃縮することにより得られる固体のリグニン、パルプ製造過程で生じる黒液から得られる固体のリグニン、植物系バイオマスを糖化する過程で、セルロース及びヘミセルロースを加水分解して糖を取り出した残りの残渣等を用いることができる。
【0017】
有機溶媒は特に限定されないが、飽和または不飽和の、直鎖アルコール及び分岐アルコールから選択されるいずれであってもよい。その他、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類、テトラヒドロフラン等のエーテル類、エチレングリコール、ポリエチレングリコールであってもよい。また、有機溶媒は単独でも、複数を混合したものでもよい。
中でも、メタノール、エタノール、プロパノール、1−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール、2−ブタノール、2−メチル−2−プロパノール、ペンタノール、ヘキサノール、ヘプタノール、オクタノール、アセトン及びテトラヒドロフランから選らばれる少なくとも1種が好ましく、1−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール、2−ブタノール、エタノール、ペンタノール、ヘキサノール及びアセトンから選ばれる1種以上であることがより好ましく、1−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール、2−ブタノール、エタノール及びアセトンから選ばれる少なくとも1種であることがさらに好ましく、1−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール、2−ブタノールであることがさらに好ましく、1−ブタノールであることが特に好ましい。上記有機溶媒を含む溶媒としては、これら有機溶媒と、例えば水との混合溶媒を挙げることができる。
【0018】
原料リグニン溶液は、有機溶媒中25℃におけるリグニンの濃度が1質量%以上90質量%以下となることが好ましい。
25℃におけるリグニンの濃度が1質量%未満であると、耐熱性リグニンの生成プロセスのエネルギー効率が悪化するため好ましくない。25℃におけるリグニンの濃度が90質量%を超えると、後の工程(I)における精製度合に劣るため好ましくない。
25℃におけるリグニンの濃度は、好ましくは1質量%以上70質量%以下、より好ましくは1質量%以上50質量%以下、さらに好ましくは2質量%以上40質量%以下、特に好ましくは4質量%以上30質量%以下である。なお、複数種の有機溶媒を用いる場合には、上記リグニンの濃度は、有機溶媒の合計量中の濃度を意味する。
【0019】
[工程(I)]
本実施形態における工程(I)においては、上記原料リグニン溶液と、該原料リグニン溶液に対して容量で1倍以上50倍以下の水及び双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素から選ばれる少なくとも1種の溶媒(a)とを混合する。当該工程(I)は、原料リグニン溶液中のリグニンを精製する工程に該当する。当該処理工程を経ることにより、耐熱性に優れる耐熱性リグニンを得ることができる。
水としては、例えば、水道水、工業用水、イオン交換水、蒸留水等を用いることができる。
双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素としては、炭素数が5〜8である、飽和鎖状炭化水素、不飽和鎖状炭化水素、飽和環式炭化水素又は不飽和環式炭化水素が好ましい。該炭化水素の双極子モーメントが0.25dを超えると、精製効率が低下し、耐熱性の高いリグニンが得られないため好ましくない。ここで、「双極子モーメント」とは、Winmostar MOPAC AMI (MOP6W70)により算出される値である。かかる炭化水素として使用可能な化合物の一例を、その双極子モーメント値と共に以下に示す。
【表1】
前記炭化水素の双極子モーメントは、好ましくは0.23d以下であり、より好ましくは0.20d以下である。
【0020】
原料リグニン溶液と混合する際の、水及び双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素から選ばれる少なくとも1種の溶媒(a)の量が容量で1倍未満であると、原料リグニン溶液に含まれる軽質成分を十分に除去することができない。一方で、溶媒(a)の量が容量で50倍を超えると、廃水の増加、炭化水素使用量の増加等により、効率よく目的の耐熱性リグニンを回収することができない。なお、複数種の炭化水素溶媒を用いる場合には、上記溶媒(a)の量とは、水と複数種の炭化水素溶媒の合計量を意味する。
【0021】
原料リグニン溶液に混合する上記溶媒(a)の量は、原料リグニン溶液に対して容量で、好ましくは1倍以上40倍以下、より好ましくは1倍以上30倍以下、さらに好ましくは2倍以上20倍以下、特に好ましくは2倍以上15倍以下である。
混合方法は、リグニン−樹脂含有溶液と上記溶媒(a)とが均一に混合できれば、特に限定されない。混合に用いられる装置には、例えば、エッジランナー、撹拌混合機、ロールミル、コーンミル、フラットストーンミル、スピードラインミル、ボールミル、ビーズミル、サンドグラインドミル、パールミル、アトライター、縦型ミキサー、ニーダー、高速かき混ぜ機(ディゾルバー)等を挙げることができる。
【0022】
本工程(I)を経ることで、原料リグニン溶液中のリグニンを精製して、耐熱性リグニンを得ることができる。
具体的には、工程(I)においては、原料リグニン溶液に含まれる軽質成分を除去することができる。軽質成分としては、例えば、バニリン等のフェノール類、フルフラール等の糖過分解物等が挙げられるが、特に限定されない。
【0023】
原料リグニン溶液と、水及び双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素から選ばれる少なくとも1種の溶媒(a)とを混合する上記工程(I)における溶液温度は、溶液の安定性、リグニンの溶液への溶解度等を鑑みて、0℃以上100℃以下であることが好ましい。当該溶液温度は、より好ましくは10℃以上90℃以下、さらに好ましくは20℃以上80℃以下、特に好ましくは25℃以上70℃以下である。
【0024】
また、工程(I)において原料リグニン溶液と、水及び双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素から選ばれる少なくとも1種の溶媒(a)とを混合する際には、必要に応じて攪拌を行ってもよい。攪拌を行った場合には、さらに必要に応じて静置分離を行ってもよい。静置時間は、通常、1分以上120分以下である。静置時間が1分以上であれば、耐熱性リグニンとその他軽質成分とを十分に分離することができる。また、静置時間の上限は120分で十分である。静置時間は、好ましくは5分以上100分以下、より好ましくは10分以上60分以下、さらに好ましくは15分以上30分以下である。
【0025】
[工程(II−1)または(II−2)]
本実施形態においては、工程(I)により得られる溶液が二相であるか一相であるかによって、以下の工程(II−1)または(II−2)を行うことが好ましい。
工程(I)により得られた溶液が二相である場合には、工程(I)の後、工程(II−1)を続けて行うことが好ましい。工程(II−1)では、工程(I)により得られる耐熱性リグニンを含む相を上記二相から分離し、分離した相を濃縮した後、得られた固形分を乾燥する。例えば、工程(I)により得られた溶液が水相と有機相との二相、または水相と、有機相および双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素相との二相に分かれた場合は、有機相側に目的とする耐熱性リグニンが溶解しているので、工程(II−1)では有機相側を分離し、該有機相側を濃縮した後、得られた固形分を乾燥する。ここで、「有機相側」とは、双極子モーメント0.25d以下の炭化水素相と耐熱性リグニンを含有する有機相とで単一相を形成している場合に、水相と分離する、上記有機相を含む単一相を意味する。当然ながら、水相と有機相との二相に分離する場合には、「有機相側」とは有機相を意味する。また、工程(I)により得られた溶液が、双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素相と有機相(該炭化水素以外の有機相)との二相に分かれる場合には、有機相に目的とする耐熱性リグニンが溶解しているので、工程(II−1)では、有機相を分離し、該有機相を濃縮した後、得られた固形分を乾燥する。なお、二相の状態で固形分が生成している場合には、固液分離の後に、有機相(側)を分離する。
工程(I)により得られた溶液が一相である場合、すなわち耐熱性リグニンが固体として沈殿する場合には、工程(II−2)を続けて行うことが好ましい。工程(II−2)においては、溶液を固液分離し、得られた固体を乾燥する。
工程(I)により得られた溶液が二相であれば、工程(II−1)にて分液することにより、原料リグニン溶液から、軽質成分を除くことができる。工程(I)により得られた溶液が一相である場合には、溶解度差により析出した固体を固液分離することにより、原料リグニン溶液から軽質成分を溶液中に除くことができる。
【0026】
<耐熱性リグニン>
上述した本実施形態の製造方法により得られる耐熱性リグニンは、以下の物性を有する:
(1)動的粘弾性測定法(DMA法)によるガラス転移温度T
gが70℃以上であり、
(2)数平均分子量が600以上であり、及び
(3)示差熱及び熱重量同時測定(TG−DTA測定)における、5%熱重量減少開始温度が210℃以上である。
【0027】
本実施形態の製造方法により得られる耐熱性リグニンは、動的粘弾性測定(DMA)法によるガラス転移温度T
gが70℃以上であり、好ましくは75℃以上、より好ましくは80℃以上、さらに好ましくは85℃以上である。ガラス転移温度T
gが上記範囲にあることで、耐熱性に優れたリグニンとすることができる。
【0028】
また、本実施形態の製造方法により得られる耐熱性リグニンの数平均分子量(Mn)は600以上である。かかる数平均分子量は、ポリスチレンを換算基準としたゲル浸透クロマトグラフ(GPC)による測定により得られる。本実施形態の製造方法によれば、分子量の低いリグニン分をカットすることができるため、リグニンの精製度が高まり、耐熱性に優れるリグニンを得ることができる。耐熱性リグニンの数平均分子量は、好ましくは630以上、より好ましくは650以上である。
【0029】
本実施形態において、耐熱性リグニンのTG−DTA測定にける5%熱重量減少開始温度は210℃以上であるため、高い耐熱性を有することが分かる。上記5%熱重量減少開始温度はより好ましくは230℃以上である。
【0030】
本実施形態の製造方法により得られる耐熱性リグニンは、以下の要件(4)及び(5)をさらに満たすことが好ましい。
(4)ポリスチレンを換算基準としたゲル浸透クロマトグラフ(GPC)により得られる積分分子量分布曲線において、分子量が320以下である構成成分の割合が15%以下であり、及び
(5)ポリスチレンを換算基準としたゲル浸透クロマトグラフ(GPC)により得られる積分分子量分布曲線において、分子量が3200以上である構成成分の割合が7%以上50%以下である。
【0031】
本実施形態においてリグニンの分子量は、ポリスチレンを換算基準としたゲル浸透クロマトグラフ(GPC)による測定により得られる。なお、ポリスチレン換算の分子量が320以下の成分、およびポリスチレン換算の分子量が3200以上の成分は、GPCにより求められる積分分子量分布曲線におけるピーク面積から求めた。
上記耐熱性リグニンは、GPCにより求められる積分分子量分布曲線において、分子量が320以下である構成成分の割合は、15%以下である。分子量が320以下である構成成分の割合が15%以下であるため、分子量の小さい単環フェノール類(軽質成分)が少ない。分子量が320以下である構成成分の割合は、好ましくは11%以下、より好ましくは8%以下、さらに好ましくは5%以下である。
また、耐熱性リグニンは、GPCにより求められる積分分子量分布曲線より求めた、分子量が3200以上である構成成分の割合が7%以上50%以下である。分子量が3200以上である構成成分の割合が7%未満であると、耐熱性に劣り、好ましくない。また、分子量が3200以上である構成成分の割合が50%を超えると、成形性に劣るため好ましくない。分子量が3200以上である構成成分の割合は、好ましくは10%以上50%以下、より好ましくは10%以上30%以下である。
【0032】
本実施形態の製造方法により得られる耐熱性リグニン(以下、耐熱性リグニンと略することがある)は、有機溶媒および有機溶媒と水の混合溶媒に可溶であり得る。有機溶媒は特に限定されず、例えば、メタノール、エタノール、ブタノールなどのアルコール、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル類、及びアセトンなどのケトン化合物等を挙げることができる。特に、テトラヒドロフラン、アセトン(および水との混合溶媒)への溶解性が高く、室温で完全に可溶である。
【0033】
本実施形態の製造方法により得られる耐熱性リグニンのリグニンと反応した1−ブタノール量は、好ましくは10wt%以下、より好ましくは5wt%以下、さらに好ましくは2.5wt%以下、特に好ましくは1wt%以下である。10wt%を超える場合には、相当量のリグニンを1−ブタノールよりも高付加価値化できなければ、1−ブタノールロス分のコストが増えるため、経済性の低下を及ぼすという点で好ましくない。下限値は特に限定されないが、通常、0.1wt%以上である。
【0034】
リグニンと反応した1−ブタノール量は、例えば以下の方法で測定することができる。
本実施形態の製造方法で使用する1−ブタノールを、1−ブタノール−d
10に置き換えて処理をして得られたリグニンを、
2H−NMRを用いて分析することで、リグニンと反応した1−ブタノール量を算出することができる。リグニンと反応した1−ブタノール量を定量するために、内部標準として、3−(トリメチルシリル)−1−プロパンスルホン酸−d
6 ナトリウム塩をリグニンに添加し、
2H−NMR測定を行う。
【0035】
(1)
2H−NMR測定条件
NMR装置:ブルカー・バイオスピン(株)製 DRX500
プローブ:TCI 5φクライオプローブ
共鳴周波数:76.77MHz
観測範囲:−2.5〜12.5ppm
観測中心:5.00ppm
aquistion time:2.11秒
relaxation delay:5.0秒
フリップ角:30°
パルス幅:200マイクロ秒
NMR試料管:5φ
サンプル量:5〜15mg
溶媒:ジメチルスルホキシド
測定温度:室温
積算回数:10,000回
(2)リグニンと反応した1−ブタノール量の帰属方法
1−ブタノールを1−ブタノール−d
10に置き換えて処理をして得られたリグニン、1−ブタノール−d
10、3−(トリメチルシリル)−1−プロパンスルホン酸−d
6ナトリウム塩、これら3つの試料の
2H−NMRスペクトルの比較から、δ3.8〜4.0ppmに観測されたピークがリグニンと反応した1−ブタノール−d
10由来ピークと帰属する。観測された範囲から、リグニン中の芳香族水酸基と1−ブタノール−d-
10が反応し、芳香族エーテル結合を形成していると推察する。
【0036】
(3)リグニンと反応した1−ブタノール−d
10(wt%)の定量方法
A:リグニンの秤量値(mg)
B:3−(トリメチルシリル)−1−プロパンスルホン酸−d
6ナトリウム塩の秤量値(mg)
C:δ3.8〜4.0ppm付近に観測されるリグニンと反応した1−ブタノール由来の積分値
D:δ0.3〜0.5ppm付近に観測される3−(トリメチルシリル)−1−プロパンスルホン酸−d
6ナトリウム塩由来の積分値
E:3−(トリメチルシリル)−1−プロパンスルホン酸−d
6ナトリウム塩の純度
F:3−(トリメチルシリル)−1−プロパンスルホン酸−d
6ナトリウム塩のモル質量
a=B×E/(F×100000)
b=a×F×1000×C/2
リグニンと反応した1−ブタノール−d
10量(wt%)=100×b/A
【0037】
<耐熱性リグニンの用途>
本実施形態に係る製造方法によって得られた耐熱性リグニンは、これまでフェノール樹脂が用いられてきた用途分野に、単独で使用可能である。また、本実施形態に係る耐熱性リグニンと、他のフェノール樹脂とを配合して樹脂組成物を製造することも可能である。
また、本実施形態に係る製造方法により得られる耐熱性リグニンは、硫黄化合物やその他の軽質成分量が少ないため、エポキシ基を導入する公知の反応によって、エポキシ変性体とすることができる。このようにエポキシ変性した耐熱性リグニンは、これまでエポキシ樹脂が用いられてきた用途分野に適用可能である。
さらに、本実施形態に係る製造方法によって得られた耐熱性リグニンは、熱可塑性樹脂の添加剤として使用可能である。
本実施形態において、耐熱性リグニンは、フェノール樹脂やエポキシ樹脂のベース樹脂原料、エポキシ樹脂の添加剤(硬化剤)、熱可塑性樹脂の添加剤等としても適用できる。これは、耐熱性リグニンがフェノール性の構造単位を有する特徴によるものである。本実施形態に係る耐熱性リグニンは、当業者で公知の酸無水物等の硬化剤を併用することも可能である。
【0038】
本実施形態において得られる耐熱性リグニンは、軽質成分(低分子量成分)が少ないため、ベース樹脂の原料及び添加剤として用いることができる。
ベース樹脂原料としての使用については、従来公知の手法を用いることができる。一例として、リグニンとヘキサメチレンテトラミンを代表とする公知の架橋剤とが配合されてなる樹脂組成物が挙げられる。
リグニンと架橋剤とが配合されてなる樹脂組成物に、各種の充填材や工業的に得られる一般のフェノール樹脂を必要に応じて配合してもよい。
添加剤としての使用については、例えば、特開2014−15579号公報、国際公開第2016/104634号等に挙げられる従来公知の手法を用いることができる。リグニンと熱可塑性樹脂とが配合されてなる樹脂組成物に、各種の添加剤や充填材を必要に応じて配合してもよい。
【0039】
[樹脂組成物]
本発明において、リグニンを含む樹脂組成物については2つの実施形態を挙げることができる。以下、詳述する。
第1の実施形態に係る樹脂組成物は、上述した耐熱性リグニンを含む。また上述した耐熱性リグニン以外に、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂等の樹脂成分が含まれていてもよい。本実施形態における樹脂組成物の製造方法は特に限定されず、上述した耐熱性リグニンと、その他の樹脂成分とを適宜混合等することにより、樹脂組成物を得ることができる。
耐熱性リグニン以外の成分について、以下に説明する。
【0040】
<熱可塑性樹脂>
本実施形態に係る樹脂組成物に配合可能な熱可塑性樹脂としては、200℃以下のガラス転移温度を持つ非晶性熱可塑性樹脂、若しくは融点が200℃以下である結晶性熱可塑性樹脂であることが好ましい。熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリカーボネート系樹脂、スチレン系樹脂、ポリスチレン系エラストマー、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリアクリル系樹脂(ポリメチルメタクリレート樹脂等)、ポリ塩化ビニル樹脂、酢酸セルロース樹脂、ポリアミド樹脂、テレフタル酸とエチレングリコール、テレフタル酸と1,4−ブタンジオールの組み合わせのポリエステルに代表される低融点ポリエステル樹脂(PET、PBT等)、ポリ乳酸及び/又はポリ乳酸を含む共重合体、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン樹脂(ABS樹脂)、ポリフェニレンオキサイド樹脂(PPO)、ポリケトン樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂(PPS)、フッ素樹脂、ケイ素樹脂、ポリイミド樹脂、ポリベンズイミダゾール樹脂、ポリアミドエラストマー等、及びこれらと他のモノマーとの共重合体が挙げられる。
本実施形態に係る樹脂組成物は、上述したセルロース含有固形物、熱可塑性樹脂のほかに、熱可塑性樹脂組成物と相溶可能な樹脂、添加剤、充填材が含まれていてもよい。
【0041】
<熱硬化性樹脂>
本実施形態に係る樹脂組成物に配合可能な熱硬化性樹脂は特に限定されるものではない。例えばフェノール樹脂としては、ノボラック系フェノール樹脂及びレゾール系フェノール樹脂を挙げることができ、これらは単独で使用してもよいし、または併用してもよい。また、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂、アルキド樹脂などの他の一般的な熱硬化性樹脂も用いることができる。
リグニンと同様に、フェノール性水酸基を有しており、リグニンと反応することができ、リグニンの希釈剤としても使用可能であることから、上記熱硬化性樹脂の中でも、フェノール樹脂を用いることが好ましい。
【0042】
本実施形態に係る樹脂組成物に配合可能な熱硬化性樹脂として、リグニンと反応可能な官能基を有するリグニン反応性化合物を配合してもよい。リグニンと反応可能な官能基を有する化合物としては、(e)フェノール化合物と親電子置換反応を生じる化合物、(f)エポキシ基を有する化合物、及び(g)イソシアネート基を有する化合物等が挙げられる。これら(e)〜(g)の熱硬化性樹脂は、樹脂組成物の加工性、成形品の強度、及び耐熱性等の物性を踏まえ、上記したフェノール樹脂と併せて配合してもよい。
リグニンは、フェノール性の構造単位を有することから、フェノール樹脂及びエポキシ樹脂等のベース樹脂原料、エポキシ樹脂の添加剤(硬化剤)等として適用できる。
【0043】
(e)フェノール化合物と親電子置換反応を生じる化合物
フェノール化合物と親電子置換反応を生じる化合物としては、ホルムアルデヒド、ホルムアルデヒド供与硬化剤化合物、又はホルムアルデヒド等価化合物等が挙げられる。商業的には、ヘキサメチレンテトラミン、ヘキサホルムアルデヒド、及びパラホルムアルデヒドを用いることができる。
【0044】
(f)エポキシ基を有する化合物
エポキシ基を有する化合物とは、いわゆるエポキシ樹脂と称される範疇に属するものである。一例としては、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン(ビスフェノールAと称される)、ビス(2−ヒドロキシフェニル)メタン(ビスフェノールFと称される)、4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルホン(ビスフェノールSと称される)、4,4’−ジヒドロキシビフェニル、レゾルシン、サリゲニン、トリヒドロキシジフェニルジメチルメタン、テトラフェニロールエタン、これらのハロゲン置換体及びアルキル基置換体、ブタンジオール、エチレングリコール、エリスリトール、ノボラック、グリセリン、ポリオキシアルキレン等のヒドロキシル基を分子内に2個以上含有する化合物とエピクロロヒドリン等から合成されるグリシジルエーテル系エポキシ樹脂;該ヒドロキシル基を分子内に2個以上含有する化合物とフタル酸グリシジルエステル等から合成されるグリシジルエステル系エポキシ樹脂;アニリン、ジアミノジフェニルメタン、メタキシレンジアミン、1,3−ビスアミノメチルシクロヘキサン等の一級アミン又は二級アミンとエピクロロヒドリン等から合成されるグリシジルアミン系エポキシ樹脂等のグリシジル基を含むエポキシ樹脂;エポキシ化大豆油、エポキシ化ポリオレフィン、ビニルシクロヘキセンジオキサイド、ジシクロペンタジエンジオキサイド等々のグリシジル基を含まないエポキシ樹脂が挙げられる。これらの中でもリグニンと化学構造が類似して相溶性の良好なクレゾールノボラック型、フェノールノボラック型エポキシ樹脂が好ましい。
【0045】
本実施形態に係る熱硬化性樹脂組成物に含まれるリグニンがエポキシ基を含む化合物である場合には、硬化反応促進の目的に応じて硬化促進剤を適宜添加することができる。具体例としては2−メチルイミダゾール、2−エチルイミダゾール、2−エチル−4−メチルイミダゾール等のイミダゾ−ル類、2−(ジメチルアミノメチル)フェノール、1,8−ジアザビシクロ(5,4,0)ウンデセン−7等の第3級アミン類、トリフェニルホスフィン等のホスフィン類、テトラブチルアンモニウム塩、トリイソプロピルメチルアンモニウム塩、トリメチルデカニルアンモニウム塩、セチルトリメチルアンモニウム塩などの4級アンモニウム塩、トリフェニルベンジルホスホニウム塩、トリフェニルエチルホスホニウム塩、テトラブチルホスホニウム塩などの4級ホスホニウム塩、オクチル酸スズ等の金属化合物等が挙げられる。4級ホスホニウム塩のカウンターイオンとしては、ハロゲン、有機酸イオン、水酸化物イオン等が挙げられ、特に、有機酸イオン、水酸化物イオンが好ましい。
【0046】
(g)イソシアネート基を有する化合物
イソシアネート基を有する化合物としては、ポリイソシアネート、またはポリイソシアネートとポリオールを反応させて得られるものを挙げることができる。ポリイソシアネートとしては、トリレンジイソシアネート(TDI)、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、ポリメリックMDI(MDI−CR)、カルボジイミド変性MDI(液状MDI)等の芳香族ポリイソシアネート、及びノルボルナンジイソシアネート(NBDI)、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、4,4’−メチレン−ビス(シクロヘキシルイソシアネート)(水添MDI)、キシリレンジイソシアネート(XDI)等の脂肪族ポリイソシアネートや、ブロックイソシアネートを挙げることができる。これらの中でも、トリレンジイソシアネート(TDI)、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)を用いることが好ましい。
【0047】
本実施形態に係る樹脂組成物には硬化反応促進の目的に応じて硬化促進剤を適宜添加することができる。硬化促進剤としては、例えば、ジルコニウムやアルミニウムの有機金属系触媒、ジブチルスズラウレート、DBUのフェノール塩、オクチル酸塩、アミン、イミダゾール等が挙げられるが、着色性の点で、有機金属系触媒、例えば、アルミニウムsec−ブチレート、アルミニウムエチルアセトアセテートジイソプロピレート、ジルコニウムトリブトキシアセチルアセトネート、ジルコニウムテトラアセチルアセトネート等が特に好ましい。
【0048】
<その他の樹脂成分>
本実施形態に係る樹脂組成物には、リグニンのほかに、ユリア樹脂、メラミン樹脂、シリコーン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、ポリウレタン樹脂等の樹脂が含まれていてもよい。
【0049】
<無機充填材、有機充填材>
本実施形態に係る樹脂組成物には、充填材が含まれていてもよい。充填材は、無機充填材であっても有機充填剤であってもよい。
無機充填材としては、例えば、球状あるいは、破砕状の溶融シリカ、結晶シリカ等のシリカ粉末、アルミナ粉末、ガラス粉末、ガラス繊維、ガラスフレーク、マイカ、タルク、炭酸カルシウム、アルミナ、水和アルミナ、窒化ホウ素、窒化アルミニウム、窒化ケイ素、炭化ケイ素、窒化チタン、酸化亜鉛、炭化タングステン、酸化マグネシウム等が挙げられる。
また有機充填材としては炭素繊維、アラミド繊維、紙粉、セルロース繊維、セルロース粉、籾殻粉、果実殻・ナッツ粉、キチン粉、澱粉などが挙げられる。
無機充填材、有機充填材は単独あるいは複数の組み合わせで含有されてよく、その含有量は目的に応じて決定される。無機充填材及び/又は有機充填材が含有される場合には、無機充填材及び/又は有機充填剤の含有量が適量であることが良好な物性や成形性を得るために望ましい。
【0050】
<その他の添加剤>
本実施形態に係る樹脂組成物には、該樹脂組成物から得られる成形品の特性を損ねない範囲で各種添加剤を添加することができる。また、目的に応じてさらに、相溶化剤、界面活性剤等を添加することができる。
熱可塑性樹脂とともに用いる相溶化剤としては、熱可塑性樹脂に無水マレイン酸やエポキシ等を付加し極性基を導入した樹脂、例えば無水マレイン酸変性ポリエチレン樹脂、無水マレイン酸変性ポリプロピレン樹脂、市販の各種相溶化剤を併用してもよい。
また、界面活性剤としては、ステアリン酸、パルミチン酸、オレイン酸等の直鎖脂肪酸、またロジン類との分岐・環状脂肪酸等が挙げられるが、特にこれに限定されない。
さらに、上述したものの他に配合可能な添加剤としては、可撓化剤、熱安定剤、紫外線吸収剤、難燃剤、帯電防止剤、消泡剤、チキソトロピー性付与剤、離型剤、酸化防止剤、可塑剤、低応力化剤、カップリング剤、染料、光散乱剤、少量の熱可塑性樹脂などが挙げられる。
【0051】
<樹脂成形品>
耐熱性リグニンを含有する上記樹脂組成物から成形品を得ることができる。
所定形状に成形する方法としては、樹脂組成物を成形できれば特に限定されない。例えば、樹脂組成物が熱硬化性樹脂組成物である場合は、所定形状に成形する方法には、圧縮成形法、射出成形法、トランスファー成形法、中型成形、FRP成形法等が挙げられる。また、樹脂組成物が熱可塑性樹脂組成物である場合は、所定形状に成形する方法には、押出成形法、射出成形法等が挙げられる。
【0052】
成形品の例としては、耐熱性リグニンと架橋剤とが配合されてなる樹脂組成物を硬化させたもの、また各種の充填材や工業的に得られる一般のフェノール樹脂を必要に応じて配合し、所定形状に成形した後に硬化させたもの、あるいは硬化させた後に成形加工したもの、耐熱性リグニンを熱可塑性樹脂と混合してなる樹脂組成物を成形加工したもの等を挙げることができる。このような樹脂組成物の成形品は、住宅用の断熱材、電子部品、フラックサンド用樹脂、コーテッドサンド用樹脂、含浸用樹脂、積層用樹脂、FRP成型用樹脂、自動車部品、自動車タイヤの補強材、OA機器、機械、情報通信機器、産業資材などに用いることができる。
【0053】
第2の実施形態における樹脂組成物は、下記の工程:
原料リグニン溶液に樹脂を添加して、リグニン−樹脂含有溶液を得る工程(IA)と、
上記リグニン−樹脂含有溶液と、該リグニン−樹脂含有溶液に対して容量で1倍以上50倍以下の、水及び双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素から選ばれる溶媒の少なくとも1種の溶媒(a’)とを混合する工程(IB)
とを含む方法により得られる、リグニン含有樹脂組成物である。
原料リグニン溶液とは、上述した通りである。すなわち、植物系バイオマスからリグニンを、有機溶媒を含む溶媒に可溶化させて得られるリグニン溶液(i)、または固体リグニンを、有機溶媒を含む溶媒に溶解させた溶液(ii)を挙げることができ、詳細や好ましい態様等は同様である。
上記工程(IA)における樹脂の配合量は、高い強度を有する、リグニン含有樹脂組成物を得られるという観点から、通常、原料リグニン溶液のリグニン固形分100質量部に対して、好ましくは10〜2000質量部であり、より好ましくは20〜1000質量部であり、さらに好ましくは50〜500質量部である。
【0054】
工程(IA)で用いる樹脂は、原料リグニン溶液に溶解する樹脂であれば、特に限定されず、熱硬化性樹脂でもよく、熱可塑性樹脂であってもよい。樹脂成分については、上記した通りであり、各樹脂成分についての好ましいものも同様である。リグニン含樹脂組成物に好適な用途の成形品を成形する成形方法を考えると、熱硬化性樹脂を用いることがより好ましい。
工程(IA)で用いる樹脂には、例えば上述したノボラック系フェノール樹脂、レゾール系フェノール樹脂等のフェノール樹脂を使用することができる。また、上記した他の一般的な熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂も用いることができる。
リグニンと同様に、フェノール性水酸基を有しており、リグニンと反応することができ、リグニンの希釈剤としても使用可能であることから、上記樹脂の中でもフェノール樹脂が好ましく、ノボラック系フェノール樹脂及びレゾール系フェノール樹脂からなる群から選択される少なくとも1種のフェノール樹脂がより好ましい。
【0055】
上記工程(IB)において、水及び双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素から選ばれる少なくとも1種の溶媒(a’)の量が容量で1倍未満であると、リグニン含有樹脂組成物から原料リグニン溶液に由来する軽質成分を十分に除去することができない。一方で、溶媒(a’)の量が容量で50倍を超えると、廃水の増加、炭化水素使用量の増加等により、効率よく目的の耐熱性リグニンを回収することができない。なお、複数種の炭化水素溶媒を用いる場合には、上記溶媒(a’)の量とは、水と複数種の炭化水素溶媒の合計量を意味する。
工程(IB)で用いる、水及び双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素から選ばれる溶媒の少なくとも1種の溶媒(a’)は、上述した溶媒(a)と同様である。また、リグニン−樹脂含有溶液に対する溶媒(a’)の量は、好ましくは1倍以上40倍以下、より好ましくは1倍以上30倍以下、さらに好ましくは2倍以上20倍以下、特に好ましくは2倍以上15倍以下である。
【0056】
リグニン−樹脂含有溶液と、水及び双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素から選ばれる溶媒の少なくとも1種の溶媒(a’)とを混合する工程(IB)における溶液温度は、溶液の安定性、リグニンの溶液への溶解度等を鑑みて、0℃以上100℃以下であることが好ましい。当該溶液温度は、より好ましくは10℃以上90℃以下、さらに好ましくは20℃以上80℃以下、特に好ましくは25℃以上70℃以下である。
なお、混合方法は、リグニン−樹脂含有溶液と上記溶媒(a’)とが均一に混合できれば、特に限定されない。混合に用いられる装置には、例えば、エッジランナー、撹拌混合機、ロールミル、コーンミル、フラットストーンミル、スピードラインミル、ボールミル、ビーズミル、サンドグラインドミル、パールミル、アトライター、縦型ミキサー、ニーダー、高速かき混ぜ機(ディゾルバー)等を挙げることができる。
【0057】
また、工程(IB)においてリグニン−樹脂含有溶液と、水及び双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素から選ばれる少なくとも1種の溶媒(a’)とを混合する際には、必要に応じて攪拌を行ってもよい。攪拌を行った場合には、さらに必要に応じて静置分離を行ってもよい。静置時間は、通常、1分以上120分以下である。静置時間が1分以上であれば、リグニン含有樹脂組成物から、原料リグニン溶液由来のその他軽質成分を十分に分離することができる。また、静置時間の上限は120分で十分である。静置時間は、好ましくは5分以上100分以下、より好ましくは10分以上60分以下、さらに好ましくは15分以上30分以下である。
【0058】
工程(IB)を経ることで、リグニン−樹脂含有溶液に含まれるリグニンから軽質成分を分離することができる。軽質成分としては、例えば、バニリン等のフェノール類、フルフラール等の糖過分解物等が挙げられるが、特に限定されない。
【0059】
第2の実施形態においては、工程(IB)により得られる混合溶液が二相であるか一相であるかによって、以下の工程(IIA)または(IIB)を行うことが好ましい。
工程(IB)により得られた溶液が二相である場合には、工程(IIA)を続けて行うことが好ましい。工程(IIA)では、工程(IB)により得られる耐熱性リグニンを含む相を上記二相から分離し、分離した相を濃縮した後、得られた固形分を乾燥する。例えば、工程(IB)により得られた溶液が水相と有機相との二相、または水相と、有機相および双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素相との二相に分かれた場合は、有機相側に目的とする耐熱性リグニンが溶解しているので、工程(IIA)では有機相側を分離し、該有機相側を濃縮した後、得られた固形分を乾燥する。ここで、「有機相側」とは、双極子モーメント0.25d以下の炭化水素相と耐熱性リグニンを含有する有機相とで単一相を形成している場合に、水相と分離する、上記有機相を含む単一相を意味する。当然ながら、水相と有機相との二相に分離する場合には、「有機相側」とは有機相を意味する。また、工程(IB)により得られた溶液が、双極子モーメントが0.25d以下の炭化水素相と有機相(該炭化水素以外の有機相)との二相に分かれる場合には、有機相に目的とする耐熱性リグニンが溶解しているので、工程(IIA)では、有機相を分離し、該有機相を濃縮した後、得られた固形分を乾燥する。なお、二相の状態で固形分が生成している場合には、固液分離の後に、有機相(側)を分離する。
【0060】
工程(IB)により得られた溶液が一相である場合、すなわち目的とするリグニン含有樹脂組成物が固体として沈殿する場合には、工程(IIB)を続けて行うことが好ましい。工程(IIB)においては、溶液を固液分離し、得られた固体を乾燥する。
工程(IB)により得られた溶液が二相であれば、工程(IIA)にて分液することにより、リグニン含有樹脂組成物から、軽質成分を除くことができる。工程(IB)により得られた溶液が一相である場合には、溶解度差により析出した固体を固液分離することにより、リグニン含有樹脂組成物から軽質成分を溶液中に除くことができる。
【0061】
本発明の第2の実施形態に係るリグニン含有樹脂組成物の製造方法において用いることができるリグニン反応性化合物、硬化促進剤、無機充填材、有機充填材及びその他の添加剤は、本発明の第1の実施形態に係るリグニン含有樹脂組成物において用いることができるものと同様である。
なお、上述のリグニン反応性化合物等を、工程(IA)において樹脂とともに添加してもよいし、工程(IA)と後述の工程(IB)との間に上述のリグニン反応性化合物等を添加する工程を設けてもよい。他にも、工程(IIA)または工程(IIB)の後に上述のリグニン反応性化合物等を添加してもよい。
【0062】
第2の実施形態に係るリグニン含有樹脂組成物を用いてなる成形品、成形方法及びその用途は、第1の実施形態に係るリグニン含有樹脂組成物と同様であり、上述した通りである。
【実施例】
【0063】
以下、本実施形態を実施例によりさらに具体的に説明するが、本実施形態はこれらに何ら限定されない。
【0064】
製造例1
原料としてバガス(試料サイズ3mm角以下)と、水及び有機溶媒である1−ブタノールの混合溶媒(モル比で、水/1−ブタノール=8/1になるように調製)とを、内容積0.92LのSUS製回分式装置に入れた。水とブタノールとからなる混合溶媒の質量は、300gであった。バガスの仕込み濃度は、上記混合溶媒に対して、質量比で10質量%とした。
SUS製回分式装置の装置内を窒素でパージした後、200℃まで昇温し、反応温度200℃で2時間の分解反応を行った。反応時間は、200℃に達してからの経過時間とした。また、熱電対にて温度を測定した。反応時の内圧は1.9MPaであった。
処理終了後、SUS製回分式装置を室温付近まで冷却した後、内容物を全て取り出し、ろ過することにより、バイオマス残渣と液相とに分離した。さらに、ろ液の水相と1−ブタノール相とを分液漏斗により液/液分離した。分離された1−ブタノール相を原料リグニン溶液として使用した。固形分(リグニン)濃度は、別途ブタノール相を濃縮し求めたところ、50g/L−ブタノール相であった。
【0065】
製造例2
原料としてバガス(試料サイズ3mm角以下)と、水及び有機溶媒である1−ブタノールの混合溶媒(モル比で、水/1−ブタノール=8/1になるように調製)とを、内容積0.92LのSUS製回分式装置に入れた。水とブタノールとからなる混合溶媒の質量は、300gであった。バガスの仕込み濃度は、上記混合溶媒に対して、質量比で10質量%とした。
SUS製回分式装置の装置内を窒素でパージした後、200℃まで昇温し、200℃で2時間の分解反応を行った。反応時間は、200℃に達してからの経過時間とした。また、熱電対にて温度を測定した。反応時の内圧は1.9MPaであった。
処理終了後、SUS製回分式装置を室温付近にまで冷却した後、内容物をを全て取り出し、ろ過することにより、バイオマス残渣と液相とに分離した。さらに、ろ液の水相と1−ブタノール相とを分液漏斗により液/液分離した。分離されたブタノール相を濃縮し、125℃で真空乾燥を行い固体(リグニン)を6.5g得た。
【0066】
実施例1
製造例1で得られた原料リグニン溶液(水+ブタノール相)14mL(リグニンの濃度は6質量%,0.7gのリグニンが14mLのブタノール+水の混合溶媒に溶解)に、イオン交換水178mLを加えた。水の量は原料リグニン溶液に対して12.7倍であった。得られた混合溶液を25℃で15分撹拌した。撹拌後の液相は一相であった。ろ過により固体をろ別し、得られた固形分を125℃で乾燥した。
固形物について、分子量、熱重量減少開始温度、ガラス転移点を求めた。結果を表2に示す。
【0067】
実施例2
製造例1で得られたリグニン溶液10mL(リグニンの濃度は6wt%,0.5gのリグニンが10mLのブタノール+水の混合溶媒に溶解)に、イオン交換水10mLを加えた。水の量は原料リグニン溶液に対して1倍であった。混合溶液を50℃で15分撹拌した。撹拌後の液相は二相であった。液相をろ過し、この際ろ紙上に固体は残らなかった。水相とブタノール相を分離し、ブタノール相を濃縮し、得られた固形分を125℃で乾燥した。固形物について、分子量、熱重量減少開始温度、ガラス転移点を求めた。結果を表2に示す。
【0068】
実施例3
イオン交換水の量を20mLにした以外、実施例2と同様の操作を行った。水の量は原料リグニン溶液に対して2倍であった。結果を表2に示す。
実施例4
イオン交換水の量を70mLにした以外、実施例2と同様の操作を行った。水の量は原料リグニン溶液に対して7倍であった。結果を表2に示す。
実施例5
イオン交換水の量を20mLにし、70℃で撹拌した以外、実施例2と同様の操作を行った。水の量は原料リグニン溶液に対して2倍であった。結果を表2に示す。
実施例6
イオン交換水の量を70mLにし、70℃で撹拌した以外、実施例2と同様の操作を行った。水の量は原料リグニン溶液に対して7倍であった。結果を表2に示す。
実施例7
70℃で撹拌した以外、実施例1と同様の操作を行った。水の量は原料リグニン溶液に対して13倍であった。結果を表3に示す。
【0069】
実施例8
製造例2で得られた固体1gをアセトン30mLに完全に溶解させた。溶液中のリグニンの濃度は4質量%であった。このアセトン溶液にイオン交換水30mL(原料リグニン溶液に対して1倍)を加えた。混合溶液を25℃で15分撹拌し、撹拌後の液相は一相であった。ろ過により固体をろ別し、得られた固形分を125℃で乾燥した。固形物について、分子量、熱重量減少開始温度、ガラス転移点を求めた。結果を表3に示す。
実施例9
イオン交換水の量を60mLにした以外、実施例8と同様の操作を行った。水の量は原料リグニン溶液に対して2倍であった。結果を表3に示す。
実施例10
イオン交換水の量を90mLにした以外、実施例8と同様の操作を行った。水の量は原料リグニン溶液に対して3倍であった。結果を表3に示す。
実施例11
製造例1で得られたリグニン溶液(水+ブタノール相)14mL(リグニンの濃度は6質量%,0.7gのリグニンが14mLのブタノール+水の混合溶媒に溶解)に、ヘプタン140mLを加えた。ヘプタンの量は原料リグニン溶液に対して10倍であった。得られた混合溶液を25℃で15分撹拌した。撹拌後の液相は一相であった。ろ過により固体をろ別し、得られた固形分を125℃で乾燥した。固形物について、分子量、熱重量減少開始温度、ガラス転移点を求めた。結果を表3に示す。
実施例12
製造例2で得られた固体1gをアセトン30mLに完全に溶解させた。溶液中のリグニンの濃度は4質量%であった。このアセトン溶液にヘプタン30mL(原料リグニン溶液に対して1倍)を加えた。混合溶液を25℃で15分撹拌し、撹拌後の液相は一相であった。ろ過により固体をろ別し、得られた固形分を125℃で乾燥した。固形物について、分子量、熱重量減少開始温度、ガラス転移点を求めた。結果を表3に示す。
【0070】
比較例1
製造例2で得られた固体そのものの分子量、熱重量減少開始温度、ガラス転移点、及びフェノール性OH当量を求めた。結果を表3に示す。
【0071】
【表2】
【0072】
【表3】
【0073】
[評価方法]
1.分子量:数平均分子量(Mn),質量平均分子量(Mw)
テトラヒドロフラン溶媒を用いたゲル浸透クロマトグラフ(GPC)法にて、以下の条件で、質量平均分子量(Mw)及び数平均分子量(Mn)を測定した。
[測定条件]
SEC装置:HLC−8220 GPC(東ソー(株)製)
カラム:TSKgel guardcolumn HXL-H+TSKgel GMH-XL 2本+G2000H-XL 1本(東ソー製)
溶媒:THF(和光純薬工業製安定剤不含特級)
検出器:示差屈折率(RI)検出器、UV検出器
濃度:0.1w/v%
注入量:100μl
流速:1.0ml/min
カラム温度:40℃
検量線用標準試料:東ソー製TSK標準ポリスチレン
解析ソフト:GPC-8020model II
ポリスチレン換算での分子量が320以下の成分および、ポリスチレン換算での分子量が3200以上の成分は、上記GPCにより得られる積分分子量分布曲線より求めた。
2.熱重量減少開始温度(Td5)
5%熱重量減少開始温度(Td5)は、セイコーインスツル(株)社製のEXSTAR6000 TG/DTA6200にて測定した。Ptパンに約10mgのサンプルを秤量し、昇温速度10℃/分、測定雰囲気:空気200mL/分、温度35℃〜800℃の範囲で測定し、重量が5%減少する温度を求めた。
3.ガラス転移温度(T
g)
ガラス転移温度(T
g)は、固体粘弾性法(DMA法)によって測定した。
プレス機を用いて、各実施例及び比較例で得られたリグニンの成型板を作成し、成型板から5mm×30mm×1mmの試料を切り出した。DMA8000(パーキンエルマージャパン(株)社製)を用いて、0℃〜300℃、若しくは限界最低弾性率に達するまで、昇温温度2℃/分、1Hzの条件で測定を行った。得られたtanδのピーク温度をガラス転移温度(T
g)とした。
4.フェノール性水酸基(OH基)当量
フェノール性水酸基当量は、Energy Fuel 2010,24,2723に記載の方法を参考に求めた。
【0074】
実施例からわかるように、耐熱性の高いリグニンが得られた。本実施例のリグニンは耐熱性が高いため、二次誘導化等の二次変性を行う必要がない。また、天然リグニン由来のフェノール性水酸基当量をそのまま有しているため、材料としても好適に使用できることが分かる。