特許第6962029号(P6962029)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6962029半導体基板の作製方法およびその方法で作製された光回路
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6962029
(24)【登録日】2021年10月18日
(45)【発行日】2021年11月5日
(54)【発明の名称】半導体基板の作製方法およびその方法で作製された光回路
(51)【国際特許分類】
   H01S 5/026 20060101AFI20211025BHJP
   G02B 6/136 20060101ALI20211025BHJP
   G02B 6/12 20060101ALI20211025BHJP
   H01L 21/20 20060101ALI20211025BHJP
   G02F 1/017 20060101ALI20211025BHJP
【FI】
   H01S5/026 616
   G02B6/136
   G02B6/12 363
   G02B6/12 301
   H01L21/20
   G02F1/017 503
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-126704(P2017-126704)
(22)【出願日】2017年6月28日
(65)【公開番号】特開2019-9398(P2019-9398A)
(43)【公開日】2019年1月17日
【審査請求日】2019年8月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】特許業務法人 谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 悠太
(72)【発明者】
【氏名】神徳 正樹
【審査官】 小濱 健太
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2008/0242062(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 5/00−5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
異なる物性値を有する2つ以上の半導体領域を含む半導体基板の作製方法であって、
基板上に形成された当初半導体の一部を加工するマスク層を形成するステップと、
前記マスク層に、1辺の長さが100μm以上の正方形、矩形または菱形である形状の開口部を形成するステップと、
前記開口部を用いてエッチングを実施して、前記当初半導体に所定の形状の溝を形成するステップと、
前記開口部の内周から幅GWを残して、前記マスク層を除去して、枠状のマスクを形成するステップであって、前記幅GWは0より大きく20μm以下であるステップと、
前記当初半導体の前記溝内に、前記当初半導体とは異なる物性値を持つ半導体を成長させるステップと
前記当初半導体の前記溝の外に形成された前記異なる物性値を持つ半導体を除去するステップ
を備えることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記当初半導体の前記溝は矩形であって、前記当初半導体によって前記矩形の一辺に並行して複数の導波路を形成するステップ
をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記2つ以上の半導体領域は、化合物半導体で構成されることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
本発明は、半導体基板およびその作製方法に関する。より詳しくは、異なる物性値を持つ半導体を集積した半導体基板および半導体基板の作製方法に関する。
【0002】
有線通信・無線通信を問わず通信トラフィックは増え続けており、光通信用の光デバイスは、基幹系からアクセス系ネットワークまで幅広く利用されている。光通信用の光デバイスは、Siなどの単一組成(結晶)の半導体やInPなどの化合物半導体をベースとして半導体チップ上に構成される。半導体チップ上の光回路は、光源であるレーザ、レーザからの搬送波光に情報を符号化する変調器、光を導波させてレーザや変調器の要素間を接続する光導波路などの多くの要素から構成される。
【0003】
一般に、光回路上の光レーザ、変調器、導波路等の各要素を形成するために求められる半導体の物性は、それぞれ異なることが多い。各要素を構成するために最適の半導体物性値は、その要素によって実現する機能ごとに異なってくるからである。したがって、同一の基板上に複数の光回路要素をモノリシックに集積する際には、半導体基板上に異なる物性値を持つ複数の半導体領域を形成する技術が必要となる。
【0004】
図5および図6は、それぞれ従来技術の半導体基板の作製工程を示した図である。各図では、矩形状のデバイスの基板上面図およびA−A´線を通って基板面に垂直に切った断面図を示している。図5の(a)は、基板101上に2つの層が形成された多層膜基板にマスクが形成された状態(Step1)を示している。多層膜基板は、例えば半導体基板101上にコア層102およびクラッド層103がこの順にエピタキシャル成長されたものである。多層膜基板上には、形成しようとする光回路の要素の形状に対応したマスク104が形成されている。次に図5の(b)に示したように、エッチング工程によってマスク104領域以外の領域でコア層102およびクラッド層103が除去される(Step2)。このように、多層膜基板に当初から含まれていた半導体領域は、マスク104の直下の“一部の領域”を残して、全てエッチング工程によって除去される。
【0005】
さらに図5の(c)に示すように、次の工程で、多層膜基板上の当初形成されたコア層102およびクラッド層103とはそれぞれ異なる物性値を持つ第2の半導体を、再度成長する(Step3)。この段階では、マスク104以外の領域で第2のコア層105および第2のクラッド層106が形成されており、基板101上には、コア層102およびクラッド層103からなる第1の半導体領域と、第2のコア層105および第2のクラッド層106からなる第2の半導体領域が構成されている。尚、図5の(c)の状態の後でマスク104は除去されて、2つの半導体領域が表面に現われた状態となって、引き続き各領域にそれぞれ光回路が作製される。図5の(a)〜(c)に示した各工程のように、当初形成された半導体の一部を残し、新たに第2の半導体を再成長させて、異なる物性値を持つ複数の半導体領域が形成された半導体基板が得られていた。
【0006】
図6は、従来技術で2種類の半導体領域を持つ基板上で光回路を作製する工程を説明する図である。図5の(c)の状態の後に続く工程であって、図5の(c)のマスク104が除去された状態で始まる。図6の(a)に示したように、2種類のクラッド層103、106上の全面にさらに第3のクラッド層107を形成する。図5で説明したのと同様にマスクを使用して、第3のクラッド層107の一部のみ残してエッチング・除去することで、導波路107aを構成する。基板上には図6の(b)に示したように、A−A´線の断面のようなコア層102とクラッド層103とからなる第1の半導体領域で構成された導波路、並びに、B−B´線の断面のようなコア層105とクラッド層106とからなる第2の半導体領域で構成された導波路が作製される。第1の半導体領域および第2の半導体領域いずれの領域でも、第3のクラッド層によって伝搬する光はそれぞれコア層及びクラッド層の物性(屈折率差)を感じて、光が閉じ込められる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Hideki Yagi, Naoko Inoue, Ryuji Masuyama, Takehiko Kikuchi, Tomokazu Katsuyama, Yoshihiro Tateiwa, Katsumi Uesaka, Yoshihiro Yoneda, Masaru Takechi, and Hajime Shoji, “InP-Based p-i-n-Photodiode Array Integrated With 90°Hybrid Using Butt-Joint Regrowth for Compact 100 Gb/s Coherent Receiver”,2014年 IEEE JSTQE, VOL. 20, NO. 6, 3900107
【非特許文献2】Nobuhiro Kikuchi, Hiroaki Sanjoh, Yasuo Shibata, Ken Tsuzuki, Tomonari Sato, Eiichi Yamada, Tadao Ishibashi, and Hiroshi Yasaka, “80-Gbitls InP DQPSK modulator with an n-p-i-n structure”, 2007年 in Proc. of ECOC 2007, 10.3.1
【非特許文献3】T. Tsuchiya, J. Shimizu 他, “InGaAlAs selective-area growth on an InP substrate by metalorganic vapor-phase epitaxy”, 2005年, Journal of Crystal Growth 276 (2005) 439-445
【非特許文献4】Yuta Ueda 他, “InP-based compact transversal filter for monolithically integrated light source array”, 2014年 Optical Society of America
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来技術の異なる物性値を有する複数の半導体領域を基板上に作製する方法には、以下述べるような問題があった。
【0009】
第1に、従来技術の作製方法では「当初半導体」において形成可能な第1の半導体領域の面積が制限される問題があった。図5図6で説明した工程では、最初に作製された半導体層に対してマスクを使用して所定の形状の第1の半導体領域を作製していた。以下の説明では、基板上に最初に作製されている半導体を、簡単ため「当初半導体」と呼ぶ。図5図6では、当初半導体はコア層102およびクラッド層103に対応する。
【0010】
当初半導体に加えて、別の物性値を持つ第2の半導体を基板上に追加して作製するためには、図5の(c)に示したように、当初半導体に該当する箇所は、第2の半導体(第2のコア層105、第2のクラッド層106)の成長前にマスク104によって覆われている。マスク104としては、例えばSiO2等の誘電体マスクが利用されている。半導体エピタキシャル成長においては、マスク104上には半導体は成長されない。したがって第2の半導体を成長中に、マスク104上にたどり着いた材料分子はマスク上で拡散し、マスク104に覆われていない基板101や形成済みの半導体層105の上にたどり着いて成長する。
【0011】
図7は、従来技術の複数の半導体領域を作製する方法の問題を説明する図である。化合物半導体のエピタキシャル成長では、複数の半導体材料を用いて半導体を成長させる。また上述のエピタキシャル成長中の材料分子の拡散の度合は、半導体材料毎に異なっている。これらを考慮すると、誘電体マスク近傍に成長される半導体と、誘電体マスクから十分に離れた箇所に成長される半導体との間では、材料組成比が異なることを意味する。すなわち、図7のストライプ状のマスク104の近傍の領域110と、離れた領域111との間では、第2のコア層105、第2のクラッド層106の組成がそれぞれ異なることになる。各層における組成比の揺らぎは、モノリシック集積した半導体チップを作製するに当たり、光回路の様々な光学特性、電気特性などの揺らぎを引き起こす。化合物半導体では、構成する材料の組成比が異なれば、あらゆる物性値が異なる。したがって、半導体のバンドギャップ、移動度等が異なるのはもちろん、屈折率などの光学特性にも変化が生じる。例えば図6のように構成された導波路107aの長さ方向に沿って、両側の第2コア層105、第2クラッド層106の物性値に揺らぎが生じることで、伝播する光が感じる屈折率にも揺らぎが生じる。
【0012】
第2に、2つの半導体領域を作製した後の基板表面の凹凸が大きくなる問題があった。上述の組成比のゆらぎの問題に加えてさらにより直接的な問題は、図7に示したように誘電体マスク104近傍領域110の半導体の成長レートが上がることで、2つの半導体領域を作製した後の基板表面の凹凸が大きくなることである。組成比および作製条件等によって、マスク104から離れた領域111と比べ、マスク104の近傍領域110では形成した層の膜厚が10〜20%も増える場合がある。これは、2つの半導体領域が作製された後の半導体基板に対して導波路など光回路要素を加工する際に、その精度を劣化させる原因となる。非特許文献3によれば、数十umのマスク幅の場合で、マスク脇の成長レートは1.3倍にも達することが報告されている。
【0013】
上述のような組成揺らぎや基板表面の凹凸の問題を回避する有効な手段の一つは、誘電体マスクの面積を極力小さくすることである。誘電体マスクの面積は、特定の光回路を作成するのに必要な当初半導体の領域面積で決まる。レーザなどの幾つかの光デバイスは細長いストライプ状の形状を持つ。誘電体マスクは、図6の(b)の上面図に示したように、実現する光回路の機能のための所定の設計仕様に応じて、必要な長さに任意に設定されなければならない。導波路方向に沿った、マスクの長さ方向については、マスクの面積を減らす上で調整する余地は少ない。結局多くの場合では、光回路の誘電体マスクの面積は、導波路の方向に垂直な、マスクの幅のみによって決定されると言って良い。
【0014】
基板上に最初に作製された当初半導体の領域をなるべく広く残しつつ、局所的に後から別の半導を再成長したい場合、マスク領域が非常に広くなるため、上述のような細長いストライプ状のマスクを用いた半導体基板の作製方法を適用できない問題もある。これは、従来技術の半導体基板の作製方法では、半導体種によって、半導体再成長を実施する順序に制約があることを意味している。
【0015】
異なる半導体の再成長の順序を決める要因として、1つに熱履歴の問題がある。半導体の再成長にだけ限らず、半導体作製工程では、工程を経るに従って工程温度を低くしていくのが理想である。例えば、最初に基板上に作製された当初半導体が高温に弱い場合には、その後の半導体の再成長を実施するときのその成長温度に制限がある。また、再成長の順序を決める別の要因として、半導体基板の入手性の問題もある。半導体の作製工程には、一般的に簡単に実施可能な汎用の工程で作製可能なものもあれば、ノウハウの必要な工程で作製が必要なものもある。図5の(a)のコア層102、クラッド層103を含む多層膜基板のように汎用の工程で作製可能なものは、外部からの入が容易な半導体ウェハーを利用できる。再成長させる半導体層がノウハウの必要な特殊な構造のものである場合は、製品としての光回路を作製する前段階として、既成の当初半導体が予め形成された多層膜基板を外部より低コストで入手する方が合理的である。このように従来技術の半導体基板の作製方法では、半導体作製工程の一定の順序の制約下で、マスク面積も決定される。
【0016】
実際に、一般に誘電体マスクの幅は上述の組成揺らぎを考慮して10μmから100μm程度の範囲の幅が用いられることが多い。これは、当初半導体おいて半導体マスクによって形成される第1の半導体領域の光回路要素の幅が100μmを超える場合では、図5図6で示した半導体基板の作製工程が不適切なことを意味する。このように従来技術の方法では、異なる物性値を有する複数の半導体領域を持つ半導体基板を作製するにあたり、広い占有面積の光回路の要素素子を含む半導体領域の形成が難しく、複数の半導体領域に渡って光回路をモノリシックに集積するのが難しくなる。
【0017】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、より占有面積の広い半導体領域を含み、物性値の異なる複数の半導体領域を基板上に形成する方法を提供することにある。また、本発明の方法で作製された半導体基板を使用した光回路も提供される。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、このような目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、異なる物性値を有する2つ以上の半導体領域を含む半導体基板の作製方法であって、基板上に形成された当初半導体の一部を加工するマスク層を形成するステップと、前記マスク層に、1辺の長さが100μm以上の正方形、矩形または菱形である形状の開口部を形成するステップと、前記開口部を用いてエッチングを実施して、前記当初半導体に所定の形状の溝を形成するステップと、前記開口部の内周から幅GWを残して、前記マスク層を除去して、枠状のマスクを形成するステップであって、前記幅GWは0より大きく20μm以下であるステップと、前記当初半導体の前記溝内に、前記当初半導体とは異なる物性値を持つ半導体を成長させるステップと、前記当初半導体の前記溝の外に形成された前記異なる物性値を持つ半導体を除去するステップを備えることを特徴とする方法である。
【0023】
請求項に記載の発明は、請求項1の方法であって、前記当初半導体の前記溝は矩形であって、前記当初半導体によって前記矩形の一辺に並行して複数の導波路を形成するステップをさらに備えることを特徴とする。
【0024】
請求項に記載の発明は、請求項1または2の方法であって前記2つ以上の半導体領域は、化合物半導体で構成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明によって、より占有面積の広い半導体領域を含み、物性値の異なる複数の半導体領域を基板上に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1図1は、本発明の半導体基板の作製方法の工程を説明する図である。
図2図2は、本発明の半導体基板の作製方法の工程の続きを説明する図である。
図3図3は、本発明の半導体基板の作製方法の工程さらに説明する図である。
図4図4は、本発明のLDAを集積したIQ変調器の構成を示した図である。
図5図5は、従来技術の半導体基板の作製工程を示した図である。
図6図6は、従来技術の半導体基板上で光回路の作製工程を示した図である。
図7図7は、従来技術の複数の半導体領域作製方法の問題を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の半導体基板の作製方法では、対象とする光回路のために半導体基板上に当初半導体の一部だけを残して半導体領域とするのではなく、半導体基板の当初半導体の一部に溝を形成し、この溝内に当初半導体とは物性値の異なる追加の半導体を再成長によって形成する。当初半導体とは異なる物性値を持つ半導体による半導体領域が形成され、異なる物性値を有する複数の半導体領域が形成された半導体基板が作製される。
【0029】
従来技術の半導体基板の作製方法では、基板に最初に作成された当初半導体の一部だけを残してこれを第1の半導体領域とし、除去した当初半導体の代わりに当初半導体とは物性値の異なる半導体を基板全面に再成長させて第2の半導体領域を形成していた。基板に最初に形成された当初半導体の第1の半導体領域、再成長で形成された第2の半導体領域に、それぞれ所定の光回路または回路要素を構成していた。
【0030】
本発明の半導体基板の作製方法では、半導体基板に最初に形成された当初半導体の一部を除去して溝を形成し、その溝内に、当初半導体とは物性値の異なる追加の半導体を再成長させ、第2の半導体領域を再成長させる。溝以外で大部分を残している当初半導体は、第1の半導体領域として利用される。従来技術で当初半導体の半導体領域に構成されていた光回路は、本発明では、溝内に再成長で構成された半導体領域に形成される。これによって、光回路を形成するための面積の制限が大幅に緩和され、物性値ゆらぎや基板表面の凸凹の問題を生じずに、より広い占有面積で、物性値の異なる半導体領域を形成することができる。また本発明は、上述の方法で作製された各半導体領域上に形成された光回路要素を含む集積化した光回路も提供する。
【0031】
以下、図面とともに、基板上に異なる物性値を有する複数の半導体領域を作製する方法のより具体的な作製手順を説明する。また、集積化した光回路の構成も説明される。
【実施例1】
【0032】
図1図3は、それぞれ本発明の半導体基板の作製方法を説明する図である。各図では、半導体基板の上面図およびA−A´線を通り基板に垂直に切った断面図を示している。図4は、図1図3の工程を経て作製された半導体基板上に作製した光源をモノリシック集積したIQ変調器の構成を示す図である。後述するようにIQ変調器は、半導体レーザアレイ(LDA:Laser Diode Array)および2つのマッハツェンダ変調器(MZM:Mach-Zehnder Modulator)を組み合わせ単一の基板上にモノリシックに形成されている。本発明の半導体基板の作製方法により、溝内に半導体領域を部分的に成長させてLDAを形成する。LDAは、アレイ化するレーザ数に比例して占有面積が広くなる。例えば、レーザを構成する導波路の幅を2μm、隣接するレーザ同士の間隔を5μmとして、100本のレーザをアレイ化すれば、LDAのための回路領域として700μmもの幅が必要となる。IQ変調器も、他の光デバイスと比較して要求される面積が大きいことが1つの特徴である(非特許文献2)。
【0033】
図1は、本発明の半導体基板の作製方法の工程を説明する図である。図1の(a)は、多層膜基板上にマスクが構成された最初の状態(Step1)を示す。半導体基板としては、InP基板1上にIn、Al、Ga、AsのIII-V元系材料から形成された500nmの多重量子井戸(MQW:Multi-Quantum Well)構造によるコア層2と、コア層2の上に100nm程度のInPクラッド層3とが成長された多層膜基板を使用した。上述のMQW構造は光通信で重要である1.55μm帯の光に対しては透明である。一方、MQW構造による光導波路では、コア層2に電圧を印加すると量子閉じ込めシュタルク効果によってその屈折率が変化する。MQW構造によるコア層2は、この屈折率変化を利用してMZMとして利用できるようにその組成が調整されている。このような多層膜InP基板は、通常の化合物半導体層の形成方法によって作製をしても良いし、コア層2およびクラッド層3が既に完成された市販の多層膜InP基板を使用しも良い。
【0034】
図1の(a)のStep1では、多層膜基板のクラッド層3の上に、マスク層4を形成する。マスク層4の材料としては、例えばSiO2を使用できる。マスク材料は、フォトリソグラフィー工程および絶縁膜エッチング工程により開口させて、開口部5aを持つ所定の形状の開口マスクを形成する。
【0035】
図1の(b)のStep2では、開口マスクに加工されたマスク層4を用いて、基板上のInPクラッド層3およびMQWコア層2を半導体エッチング工程により除去して、半導体基板1の上に溝5bを形成する。溝5bは、上面図で長手方向がLDAのレーザ導波路の方向となっている。したがって、断面図における溝5bの幅はアレイ化した多数の導波路の幅方向に対応する。ここで用語「溝」は、ストライプ状や矩形状だけのものに限られず、任意の形状のものであって、半導体の一部がエッチングにより除去されてできた基板最上面より基板面に垂直方向に形成された凹部を言う。図1の(b)の例では、溝は2つの半導体層2、3を全て除去して、半導体基板のベースとなっている基板1の上面にまで達するものである。また「溝」は、基板面に垂直方向(溝の深さ方向)について、1つ以上の半導体層の途中までをエッチングにより除去したものであっても良い。
【0036】
図2は、図1から引き続く工程を示しており、図2の(a)は本発明の半導体基板の作製方法に特徴的な再成長用のマスクを形成する工程(Step3)を示す。従来技術でも述べた通り、半導体成長の際は基板上のマスクとなる絶縁膜面積は小さい方が好ましい。したがって、溝を構成している開口部5aの端面を含む内周から幅GWを残して、マスク層4を除去する。SiO2マスクをフォトリソグラフィー工程および絶縁膜エッチング工程によりマスク層4を除去して、上述の溝5bの内部の基板面に垂直な側面に連続した側面を持つ枠状マスク6が形成され、図2の(a)のStep3の状態となる。
【0037】
ここで枠状マスク6の幅GWには、一定の選択幅がある。枠状マスク6の幅GWが広すぎると、従来技術で説明したように、以後の半導体再成長において成長された半導体組成がSiO2マスク近傍で揺らいだり、再成長で得られた基板の凹凸が大きくなったりする問題が生じる。一方、溝5bを形成後にマスク層4を全て除去してしまうと(すなわちGW=0)、その後の再成長の条件によっては、次に説明する余剰半導体の除去工程が難しくなる可能性がある。上述の条件を考慮すると、枠状マスク6の幅GWは、0の場合も含み、0から概ね20μmの範囲が好ましい。この範囲であれば、誘電体マスクの幅は最大でも20μmに抑えられるため、マスク近傍の半導体組成が揺らいだり、再成長で得られた基板に凹凸を生じたりすることが無い。
【0038】
図2の(b)は引き続く工程を示しており、追加の半導体の再成長の工程(Step4)を示す。Step3で枠状マスク6を形成した後で、LDAを構成するのに適した物性値を持つ追加の半導体を再成長させる。具体的には、In、Al、Ga、AsのIII-V元系材料から形成されたMQWコア層7a、7bと、元の半導体基板の最上面の高さに合わせるために、MQWコア層の上にオーバクラッドとしてのInPクラッド層8a、8bを成長する。このMQWコア層は、電流を注入すると1.5μm帯の光を発光するようにその組成が調整されている。
【0039】
図2の(b)の段階で、溝5bの内部および外部の両方に新たな半導体であるコア層、クラッド層が再成長された基板構造となっている。この半導体基板を実際の具体的な光回路の作製に応用する上で、溝5bの外部のコア層7a、クラッド層8aは例えばLDA用の半導体としては不要であって、余剰半導体である。そこでフォトリソグラフィー工程によって、光回路の作製に必要な再成長した半導体、すなわち溝5b内のコア層7b、クラッド8bを覆うような第2のマスクを形成し、余剰半導体であるコア層7a、クラッド8aを除去するのが好ましい。第2のマスクは、例えばレジストマスクを利用することができる。すなわち、図2の(b)の状態でレジストをウェハーに塗布して、溝5bだけにレジストが残るようにフォトリソグラフィー工程を実施すれば良い。その後、余剰半導体であるコア層7a、クラッド8aを除去する。
【0040】
前述のように、この除去工程において枠状マスク6の幅GWが0であると、溝5bの外側の半導体、コア層7a、クラッド8aだけを選択的にエッチングするのが難しい場合がある。したがって、枠状マスク6の幅GWが0の場合も含み、幅GWは0から概ね20μmの範囲が好ましい。
【0041】
図3は、引き続く工程を示しており、図3の(a)は溝の外部の余剰半導体が除去された状態(Step5)を示す。図3の(a)では、余剰半導体であるコア層7a、クラッド8a、および、この余剰半導体の除去のための第2のマスクが既に除去された後の状態を示している。したがって、枠状マスク6の内側には再成長した追加の半導体によってコア層7b、クラッド8b層が形成されており、基板面に沿ってこれらの2つの層に連続して、当初半導体であるコア層2、クラッド層3が構成された状態となる。図3の(a)の状態で枠状マスク6を除去すると、溝5bの内部のみにLDA用の再成長した追加の半導体が作製され、溝5bの外は全てMZM用の当初半導体となっている半導体基板が作製された状態になる。
【0042】
上述の図1図3の各工程では、開口部5aの形状は矩形であって、矩形状の溝5bが構成され、矩形の概形を持つ枠状マスク6が形成されたものとして説明した。追加の半導体を再成長させるための開口部5aの形状としては、他の工程においてデバイス作製上の問題が生じない限り任意の形状を取り得る。しかしながら、正方形、長方形(矩形)、菱形などの形状が、好ましい場合が多い。これは、一般に半導体は作製上の面方位性が強い材料であることに起因する。開口部5aの外周が、所定の面方位に平行であったり、特定の角度を持っていたりする方が、上述の余剰の半導体の除去工程に好都合であるからである。例えば、特に面方位の影響を受けやすい薬液によるウェットエッチングを実施する場合は、開口部5aの外周がその面方位と整合した関係にあれば、図3の(a)の状態に至るまでの余剰半導体の除去工程をより簡単に実施できる。
【0043】
本発明の半導体基板の作製方法では、特定の光回路を作製するための半導体領域に、マスク幅の制限に起因した従来技術のような制限(10μmから100μm)は無い。したがって、開口部5aの大きさについても、要求仕様に応じてより大きなサイズの任意の光回路が構成可能である。しかしながら、本発明では、単一の基板上に広い面積で異種の半導体に渡って光回路を集積すること考慮すると、正方形、長方形、菱形等の、開口部5aの形状を採用した場合、一辺当たりが100μm以上であるときに、本発明の半導体基板の作製方法の効果が発揮される。本実施例の場合を考えると、従来技術で当初半導体を残すことによって第1の半導体領域で形成していた矩形のLDA部は、マスク幅が最大で100μmに制限されていた。しかしながら、本発明の作製方法により、溝内に再成長させた追加の半導体による第1の半導体領域でLDA部を形成した場合には、マスク幅は100μmを越えることができるのはもちろん、700μmに至るものも作成可能である。
【0044】
図3の(b)は、本発明の半導体基板の作製方法の最後の工程であって、オーバクラッドを形成してデバイス化可能な半導体基板となった状態(Step6)を示す。異なる物性値を持つ2種類の半導体が作製された半導体基板上に、デバイスを構成するために必要な層を作製する。必要に応じてさらにオーバクラッドとしてのInP層9や、図示していない電極とのコンタクトをとるInGaAs等のコンタクト層を成長することで、デバイス化可能な半導体基板となる。
【0045】
したがって本発明は、異なる物性値を有する2つ以上の半導体領域を含む半導体基板の作製方法であって、基板上に形成された当初半導体の一部を加工するマスク層を形成するステップと、前記マスク層に、所定の形状の開口部を形成するステップと、前記開口部を用いてエッチングを実施して、前記当初半導体に所定の形状の溝を形成するステップと、前記開口部の内周から幅GWを残して、前記マスク層を除去して、枠状のマスクを形成するステップと、前記当初半導体の前記溝内に、前記当初半導体とは異なる物性値を持つ半導体を成長させるステップとを備えることを特徴とする方法として実施できる。
【0046】
図4は、上述の図1図3の工程を経て作製された半導体基板上に作製したIQ変調器の構成を示す図である。基板面を見た上面図と、X−X´線およびY−Y´線を通り基板面に垂直に切った断面図をそれぞれ示している。複数光源をモノリシック集積したIQ変調器20は、LDA部21およびIQM部22からなる。LDA部21は、本発明の基板作製方法によって溝内に形成された再成長の半導体層による第1の半導体領域10(コア層7bおよびクラッド層8b)に作製された複数の半導体レーザアレイ25と合波部27とからなっている。X−X´線を通る断面からわかるように、半導体レーザアレイ25は、オーバクラッド層9のストライプ状の各電極によって規定されるコア層7bの導波路によって構成されている。
【0047】
IQM部22は、第1のMZM23および第2のMZM24を含み、基板の端部から変調光28を出力する。IQMは、本発明の基板作製方法における当初半導体による第2の半導体領域に作製されたアーム導波路を含む干渉回路で構成されている。Y−Y´線を通る断面図からわかるように、各MZMのアーム導波路は、ストライプ状の各電極26a〜26dによって規定されるコア層2によって構成されている。本発明の作製方法によって得られた半導体基板では、溝内に再成長され、LDAに適した物性値を持つ追加の半導体(第2の半導体領域)を利用するとともに、物性値ゆらぎや表面の凸凹の問題を生じること無しに、より広い占有面積のLDAを作製できる。一方で、追加の半導体とは異なる物性値であって、MZMに適した物性値の当初半導体(第1の半導体領域)を利用して、占有面積の広い第2の半導体領域のLDAをモノリシック集積した光回路を実現できる。
【0048】
本発明の基板作製方法によって複数の半導体領域を持つ基板は、図4のような複数光源をモノリシック集積したIQ変調器の他に、複数の光源(LDアレイ)と合波回路(MMIによるトランスバーサルフィルタ)を組み合わせた光回路等にも適用できる(非特許文献4の図3)。
【0049】
本発明は、モノリシック集積化された光回路の側面も持っており、異なる物性値を有する2つ以上の半導体領域を含む半導体基板上に作製された光回路であって、基板上に形成された当初半導体上に作製された第1の光回路と、前記当初半導体の一部を除去して形成された溝内に、当初半導体とは異なる物性値を持つ再成長された半導体上に作製された第2の光回路とを備え、前記溝の形状は、1辺の長さが100μm以上の正方形、矩形またはひし形であることを特徴とする光回路としても実施できる。好ましくは、第1の光回路は、2つのマッハツェンダ干渉計を含む光変調器を含み、第2の光回路は複数のレーザをアレイ化したLDAを含む。
【0050】
実施例のような複数光源をモノリシック集積したIQ変調器の他、マッハツェンダ干渉計(MZI)を含む様々な光回路では、基板上に、非常に大きな占有面積の光回路が構成される半導体領域を含む、異なる物性値を持った複数の半導体領域が必要とされる。本発明の半導体基板の作製方法によれば、従来技術のマスク幅の制限を受けず、物性値ゆらぎや表面の凸凹の問題を生じることなしに、より広い面積の光回路要素を構成できる半導体領域を含む、異なる物性値を持つ複数の半導体領域を備えた半導体基板が得られる。この半導体基板上の複数の半導体領域に渡って、様々な機能の回路要素を組み合わせた光回路を構成できる。
【0051】
本発明の半導体基板の作製方法は、特定の光回路の作製のために、新たに再成長させて形成する半導体領域に大面積が必要であって、従来技術の方法によるマスクで形成できる領域にその光回路が収まり切らないような場合に非常に有効である。実施例に沿って言えば、従来技術の半導体基板の作製方法では、ストライプ状のマスクによって当初半導体の一部を残すことによって、LDA部を形成していた。しかしながら、物性値ゆらぎや表面の凸凹問題によるマスク幅の制限のために、LDA部を作製可能な面積は制限されていた。これと対照的に本発明の半導体基板の作製方法は、開口部を持つマスクによって当初半導体内に溝を形成し、その溝内に新たに追加の半導体を再成長させて、サイズの制限の無くLDA部を形成できる。
【0052】
従来技術でも述べたように、半導体基板上で異なる物性値を持つ複数の半導体領域を作製する際の半導体の再成長の順序の観点から、本発明の半導体基板の作製方法の適用がより好ましい例を考えることができる。低温での再成長による半導体上に作製する回路要素に広い面積が必要な場合は、物性値ゆらぎや表面の凸凹の問題のため、従来技術の半導体基板の作製方法を利用するのは困難である。本発明の半導体基板の作製方法は、再成長させる半導体領域に対してサイズの制限が無いため、低温での再成長による半導体上に作製する回路要素に広い面積が必要な場合に適している。また、再成長させる半導体に広い面積の回路要素を作成する必要があり、その再成長にノウハウの必要な特殊工程を必要な場合も、本発明の半導体基板の作製方法が適している。
【実施例2】
【0053】
図1図4で説明した実施例1の半導体基板の作製方法では、InP基板にコア層およびクラッド層を形成する場合を例に説明した。InPのような化合物半導体では、前述のような誘電体マスクの周辺における組成ゆらぎが発生するため、本発明の半導体基板の作製方法が非常に有効である。しかしながら、本発明は化合物半導体だけに限られず、Siのような単結晶基板に対しても適用可能である。例えばSiに溝を掘って、その溝の中にSiと相性の良いGeを成長する場合などに、本発明の半導体基板の作製方法を適用できる。Si基板のような単結晶基板の場合は、一般には化合物半導体と比べて物性の揺らぎは起きにくい。しかしながら異なる物性値を持つ半導体領域を形成する際にはマスクが存在し、そのマスク周辺の成長レートが変われば単結晶でも格子定数が歪んで成長する。したがって、Si基板の場合でもいわゆる欠陥のある異常成長が起きる可能性がある。さらに、基板の凹凸の問題は、単結晶基板であっても起こり得る。本発明の半導体基板の作製方法は、Siなどの単結晶基板に対しても適用可能である。
【0054】
また、上述の実施例では、当初半導体および再成長される追加の半導体の2種類の半導体が作製され、基板上に2つの半導体領域が形成される場合を例として説明した。しかしながら、より複雑な異なる物性値を持つ3種類以上の半導体を基板上に形成する場合にも適用できる。すなわち、図3の(a)の状態で枠状マスク6を除去した後で、さらに基板上の新しい場所で、図1の(a)のStep1の工程から始め、Step5までの工程を実施することで、第3の半導体領域を形成することができる。
【0055】
以上詳細に述べたように、本発明の半導体基板の作製方法によって、より占有面積の広い半導体領域を含み、物性値の異なる複数の半導体領域を基板上に形成できる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、一般的に光通信デバイスに利用することができる。
【符号の説明】
【0057】
1、101 基板
2、7a、7b、102、105 コア層
3、8a、8b、9、104、106 クラッド層
5a 開口部
5b 溝
6 枠状マスク
20 モノリシック集積IQ変調器
21 LDA
22 IQM部
23、24 MZM
27 合波部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7