(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付図面を参照しながら実施形態について説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては可能な限り同一の符号を付して、重複する説明は省略する。
【0012】
[単結晶育成手法の概要]
まずはじめに、
図1を参照して、Cz法に代表される引き上げ法による単結晶育成装置10の構成例、及び、単結晶育成方法の概要について説明する。
図1は、単結晶育成装置10の概略構成を模式的に示す断面図である。
【0013】
図1に示す単結晶育成装置10は高周波誘導加熱式である。単結晶育成装置10は、チャンバー11内に坩堝12を配置する。坩堝12は、坩堝台13上に載置される。チャンバー11内には、坩堝12を囲むように、耐火材14が配置されている。坩堝12を囲むようにワークコイル15が配置され、ワークコイル15が形成する高周波磁場によって坩堝壁に渦電流が流れ、坩堝自体が発熱体となる。チャンバー11の上部にはシード棒16が回転可能かつ上下方向に移動可能に設けられている。シード棒16の下端の先端部には、種結晶1を保持するためのシードホルダ17が取り付けられている。
【0014】
Cz法に代表される引き上げ法では、まず、種結晶1に設けられるシードピン加工部(後述する溝2または貫通孔3)にシードホルダ17のシードピン21(
図8参照)を係止させて、種結晶1をシードホルダ17で保持する(保持ステップ)。次に、坩堝12内の単結晶原料18の融液表面に種結晶1となる単結晶片を接触させ、シードホルダ17が取り付けられるシード棒16によって種結晶1を回転させながら上方に引き上げることにより、種結晶1と同一方位の円筒状単結晶を育成する(育成ステップ)。
【0015】
種結晶1の回転速度や引上速度は、育成する結晶の種類、育成時の温度環境に依存し、これ等の条件に応じて適切に選定する必要がある。また、結晶育成に際しては、成長界面で融液の結晶化によって生じる固化潜熱を、種結晶を通して上方に逃がす必要があるために、成長界面から上方に向って温度が低下する温度勾配下で行う必要がある。加えて、育成結晶の形状が曲がったり、捩れたりしないようにするために、原料融液内においても、成長界面から坩堝壁に向って水平方向に、且つ成長界面から坩堝底に向って垂直方向に温度が高くなる温度勾配下で行う必要がある。
【0016】
例えば、LT単結晶育成の場合は、LT結晶の融点が1650℃と高温であることから、高融点金属であるイリジウム(Ir)製の坩堝12が用いられる。また、この場合、シード棒16及びシードホルダ17もIr製であるのが好ましい。育成時の引上速度は、一般的には数mm/H程度、回転速度は数rpm程度で行われる。また、育成時の炉内は、酸素濃度数%程度の窒素−酸素の混合ガス雰囲気とするのが一般的である。このような条件下で、所望の大きさまで結晶を育成した後は、引上速度の変更や融液温度を徐々に高くする等の操作を行うことで、育成結晶を融液から切り離し、その後、育成炉のパワーを所定の速度で低下させることで徐冷し、炉内温度が室温近傍となった後に育成炉内から結晶を取り出す。取り出された結晶は、温度勾配がある育成炉内の環境で結晶育成、冷却がなされたために、結晶内に温度差に起因する熱歪(残留歪)が内在している。その残留歪を取り除くために、均熱炉内でアニール、徐冷を行う。この工程を、アニール処理と呼んでいる。
【0017】
LT、LN結晶のような強誘電体は、結晶の温度がキュリー温度以下となると自発分極によって結晶内にプラス、マイナスの電気的な極性が発生するが、アニール後の結晶は、その極性の方向が結晶内で揃ってない。従って、アニール後の結晶は、電気的極性を揃えるためにポーリング処理を行う。ポーリング処理とは、結晶の電気的極性方向にプラス、マイナス一対の電極を取り付けて、キュリー温度以上まで昇温した後に、結晶に電圧を印加し、その電圧印加を維持したままで、結晶温度をキュリー温度以下まで低下させる工程である。LT結晶のキュリー温度は約600℃であるので、LT結晶のポーリング処理は、結晶温度を600℃以上とした後に電圧を印加して行う。LN結晶のキュリー温度は約1140℃であるので、結晶温度を1140℃以上としてポーリング処理を行う。
【0018】
ポーリング処理後の結晶は、育成方位とほぼ垂直にスライスし、その後の研磨工程によって、
図2に示すような厚さ数百ミクロン程度の単結晶基板20に加工され、SAWフィルターの材料として用いられる。
【0019】
移動体通信機器に用いられるSAWフィルターの大部分は、基板主面方位42°RY前後で加工されたLT基板や主面方位128°RY前後で加工されたLN基板が用いられている。ここで、例えば、42°RYとは、X軸を回転軸として、Y−Z平面においてY軸からZ軸方向に42°回転させた方向である。
図2に示すように、このような方位に対して垂直に加工された基板20を、主面方位42°RYの基板20と呼ぶ。LT、LN結晶は三方晶系である。結晶の対称性に対するX、Y、Z方向の定義を
図3に示す。三方晶系は、長さの等しい三本の対称軸が同一平面上で互いに120度で交わり、その交点に一本の垂直な軸が交わる対称性をもつ結晶系である。
図3に示すように、対称軸のうちの一つがX軸であり、垂直軸がZ軸であり、X軸及びZ軸の両方と直交する軸がY軸である。
【0020】
種結晶方位の定義を
図4に示す。種結晶1は、正四角柱状、若しくは円柱状のものが用いられるが、作製の容易さから
図4に示した正四角柱状が一般的である。正四角柱状、円柱状どちらの場合においても、
図4に矢印Aで示すように、種結晶1の形状の長手方向を種結晶1の方位Aと呼ぶ。この方位Aが結晶育成方位となる。
【0021】
前記したように、Cz法で育成される結晶は、種結晶1の方位Aと同一方位の円柱状となるので、製品基板20の主面方位と同じ方位で結晶を育成すれば最も数多くの基板を加工することができる。しかし、LT結晶の育成は、育成方位が40°RYよりも高RY側になると、非常に多結晶化の頻度が高くなり単結晶化率が低下する。従って、LT結晶の育成は、36°RYから40°RY付近までの方位Aを持つ種結晶を用いて行われるのが一般的である。それに対して、LN結晶の場合は、128°RYでの育成が比較的容易なので、主面方位128°RY近傍の基板を作製する場合は、主面方位と同一の育成方位が選定されるのが一般的である。
【0022】
図1に示すように、種結晶1はシードホルダ17を介してシード棒16と連結されている。シードホルダ17による種結晶1の保持は、例えば種結晶1の側面に半円形のシードピン溝2(以下では単に「溝2」とも表記する)を形成し、シードホルダ17に設けられるシードピン21をこの溝2に係止させて行う(
図8参照)。シードホルダ17には、種結晶1に取り付けたときにこの溝2と対応する位置に穴が設けられ、この穴にシードピン21を通すことによってシードピン21と溝2とを係止させることができる。
【0023】
また、種結晶1の側面の中心線上に貫通孔3を開けて、上記のシードピン21をこの貫通孔3に通して係止させることで、種結晶1を保持することもできる(
図6参照)。この場合、シードホルダ17には、種結晶1に取り付けたときに貫通孔3と対応する位置に穴が設けられ、この穴にシードピン21を通すことによってシードピン21と貫通孔3とを係止させることができる。
【0024】
本実施形態では、これらの溝2及び貫通孔3を纏めて「シードピン加工部」とも表記する。なお、種結晶1とシードホルダ17との接続手法の詳細については特許文献1に記載されている。
【0025】
本実施形態の種結晶1は、
図5、
図6に示すように正四角柱状であり、四方の側面のうちの一つの側面1aがX面となるように形成されている。
【0026】
[育成結晶の異方性]
LN、LT結晶共に、育成方位(種結晶引上方位)が結晶構造の対称性があるX、Y、Z方向と一致していないために、育成される結晶の形状は種結晶1に対して軸対称とはならない。
図7にLT結晶を40°RYで育成した場合の結晶形状の模式図を示す。
【0027】
図7から判るように、育成結晶の重心Gはシード棒16、シードホルダ17、種結晶1の延長線上に無いので、
図7に矢印で示すように、育成結晶はシードホルダ17を支点としてY−Z平面上で回転しようとする。
【0028】
図8は、
図7の育成結晶が回転するときの種結晶1とシードホルダ17との従来の位置関係を示す図である。育成結晶の回転が起こると、種結晶1のシードピン加工部(溝2)に偏荷重がかかるため、
図8に示すように、シードホルダ17のシードピン21と種結晶1のシードピン加工部(溝2)との接触部S1、または、種結晶1とシードホルダ17との接触部S2に応力が発生する。その応力の大きさが臨界値を超えると、種結晶1にクラックが発生し、育成結晶が落下する場合がある。特に、LT結晶の場合、育成方位に近い33°RY面が劈開面であるので、クラック発生による育成結晶の落下が起こり易かった。
【0029】
[実施形態に係るシードホルダの構成]
図9及び
図10を参照して本実施形態に係るシードホルダ17についてさらに説明する。
図9は、本実施形態に係るシードホルダ17の概略構成を示す図である。
図9に示すように、本実施形態では、シードホルダ17は、シード棒16の延在方向に対して直交する方向に、シード棒16に対して回動可能な回動構造を有する。
【0030】
具体的には、
図9に示すように、回動構造は、シードホルダ17とシード棒16に設けられる貫通穴22と、貫通穴22に挿入されることでシードホルダ17とシード棒16とを連結する円柱状のホルダピン23と、を備える。シードホルダ17の内径とシード棒16の外径との間にはクリアランスCが設けられ、これによりシードホルダ17がシード棒16に対してホルダピン23を回転軸として回動可能に構成される。ホルダピン23は、軸方向がシード棒16の延在方向に対して直交するようにシードホルダ17及びシード棒16に取り付けられている。
【0031】
シードホルダ17とシード棒16の連結に際し、ホルダピン23は、軸方向が種結晶1のX軸方向と平行となるよう設置される。例えば
図5、
図6に示すように、種結晶1が正四角柱状であり、一つの側面1aがX面となるように形成される場合には、ホルダピン23の軸方向は、この側面1aと直交する方向にすればよい。
【0032】
図10は、
図7の育成結晶が回転するときのシードホルダ17の状態を示す図である。本実施形態の単結晶育成方法において、
図7に矢印で示すように、育成結晶の重心Gと引上げ方位とのずれによって種結晶1にX軸まわりのモーメントがかかる場合を考える。この場合、本実施形態では上記のシードホルダ17の回動構造によって、
図10に示すようにホルダピン23を回転軸として、育成結晶を含むシードホルダ17より下方の要素全体が上記のモーメントと同じ方向に回転する。これにより、育成結晶の重心Gの偏りに起因する回転が発生しても、シードホルダ17と種結晶1との相対位置、及び、シードホルダ17のシードピン21と種結晶1の溝2との相対位置をほぼ一定に維持でき、
図8に示した種結晶1に掛かる偏荷重による応力を緩和することが出来る。この結果、本実施形態の単結晶育成方法では、種結晶1のシードピン加工部からのクラック発生を抑制できる。
【0033】
ここで、シード棒16の外径とシードホルダ17の内径のクリアランスCは、ホルダピン23を回転軸として、シードホルダ17及び種結晶1が、シード棒16の延在方向である鉛直方向に対して3〜8°の範囲で回動可能となるように設けられることが好ましい。
【0034】
シード棒16の外径とシードホルダ17の内径のクリアランスCは、育成結晶の方位、直径、長さに応じて適切に選定する必要があるが、回転角が3°以下では、育成結晶の重心の偏りによる回転で種結晶1に発生する応力を緩和する効果が十分ではない。逆に、回転角が8°以上では、種結晶1の傾きが大き過ぎて、所望の育成方位と実際に育成される結晶方位との差が大きく、育成結晶から切り出される基板の枚数が少なくなり、生産性が低下する。
【0035】
なお、ホルダピン23の軸方向を種結晶1のX軸方向と平行とすることは、育成する酸化物単結晶がLT単結晶またはLN単結晶であると、Z軸方向に育成が進みやすく、育成結晶の重心Gが
図7に示すように偏る傾向があるので特に効果的である。
【実施例】
【0036】
次に、本発明の実施例について具体的に説明する。
【0037】
[実施例1]
高周波誘導加熱炉内に
図1に示す単結晶育成装置10を構築し、
図9に示す回動構造を有するシードホルダ17を用いてLT単結晶の結晶育成を行った。シードホルダ17とシード棒16との連結部のクリアランスCは、シードホルダ17が、シード棒16に対して最大で3°傾斜するようにした。
【0038】
Ir製坩堝12内に単結晶原料18としてLT原料をチャージし、原料18の融解後に、種結晶1の先端部を坩堝12内の原料融液に浸し、回転させながら引上げることで、直径6インチ、直胴部長さ120mmのLT単結晶育成を得た。種結晶1の方位は38°RYとした。得られた単結晶の重量は約20kgであった。
【0039】
同様の条件で繰り返し育成を50run(回)行った結果、育成、冷却中の結晶の落下は1runも発生しなかった。落下起因以外の不良の発生があったために、育成50runの内、得られた単結晶本数は47本であり、単結晶化率は94%であった。得られた単結晶の直胴部は、X軸側から見て、種結晶1に対して平行であった。すなわち、育成されたLT単結晶は、種結晶1に対して軸対称となって偏心が生じなかった。
【0040】
得られた結晶に対してアニール、ポーリングを施し、基板に加工したところ、平均で結晶1本から製品基板が230枚得られた。
【0041】
[実施例2]
シードホルダ17とシード棒16との連結部のクリアランスCを、シードホルダ17がシード棒16に対して最大で8°傾斜するようにした以外は、実施例1と同様の条件で結晶育成を行った。
【0042】
同様の条件で繰り返し育成を50run(回)行った結果、育成、冷却中の結晶の落下は1runも発生しなかった。落下起因以外の不良の発生があったために、育成50runの内、得られた単結晶本数は48本であり、単結晶化率は96%であった。
【0043】
得られた結晶に対してアニール、ポーリングを施し、基板に加工したところ、平均で結晶1本から製品基板が225枚得られた。
【0044】
[実施例3]
シードホルダ17とシード棒16との連結部のクリアランスCを、シードホルダ17がシード棒16に対して最大で2°傾斜するようにした以外は、実施例1と同様の条件で結晶育成を行った。
【0045】
同様の条件で繰り返し育成を50run(回)行った結果、育成、冷却中の結晶の落下が7runで発生した。落下起因以外の不良の発生があったために、育成50runの内、得られた単結晶本数は40本であった。冷却終了後に、落下した結晶を観察したところ、全てシードピン溝2が破断し、落下したことが判った。落下した7本の結晶の内、7本全てでクラックが発生し不良品となった。実施例1と比較してクラック発生が多い理由は、上述のとおりシードホルダ17の回転角が3°以下では、育成結晶の重心の偏りによる回転で種結晶1に発生する応力を緩和する効果が、3°〜8°の範囲と比較して十分ではなかったためと考えられる。
【0046】
[実施例4]
シードホルダ17とシード棒16との連結部のクリアランスCを、シードホルダ17がシード棒16に対して最大で10°傾斜するようにした以外は、実施例1と同様の条件で結晶育成を行った。
【0047】
同様の条件で繰り返し育成を50run(回)行った結果、育成、冷却中の結晶の落下は発生しなかった。落下起因以外の不良の発生があったために、育成50runの内、得られた単結晶本数は48本であり、単結晶化率は96%であった。しかし、本条件で得られた単結晶の直胴部は、X軸側から見て、種結晶に対して時計方向に約3°傾斜していた。
【0048】
得られた結晶に対してアニール、ポーリングを施し、基板に加工したところ、平均で結晶1本から製品基板が204枚得られ、実施例1に対して育成1回あたりの生産性が約11%低下した。
【0049】
[比較例1]
実施例1で使用したものと同一形状、同一方位の種結晶1を用い、ホルダピン23を
図9に示した構成に対して90°回転させた方向としてシードホルダ17をシード棒16に連結した。すなわち、ホルダピン23の軸方向を種結晶1のX軸と直交させた。これ以外は実施例1と同一の条件で、重量約20kgのLT単結晶の繰り返し育成を50run行った。
【0050】
50run中、11runで育成後の冷却中に結晶落下が発生した。冷却終了後に、落下した結晶を観察したところ、全てシードピン溝2が破断し、落下したことが判った。落下した11本の結晶の内、10本でクラックが発生し不良品となった(落下したがクラックが発生無しの1本は良品)。実施例1〜4と比較してクラック発生が多い理由は、ホルダピン23の軸方向が種結晶1のX軸と直交するため、育成方向がZ方向に偏ることによって種結晶1のシードピン加工部に掛かる偏荷重を緩和できないためと考えられる。落下起因以外の不良も発生したために、育成50runの内、得られた単結晶本数は37本で、単結晶化率74%であった。得られた単結晶の直胴部は、X軸側から見て、種結晶に対して反時計方向に約3°傾斜していた。
【0051】
得られた結晶に対してアニール、ポーリングを施し、基板に加工したところ、平均で結晶1本から製品基板が235枚得られたが、単結晶化率が低下したために実施例1に対して育成1回あたりの生産性が約17%低下した。
【0052】
実施例1〜4及び比較例1に示す結果より、本実施形態による、種結晶1のX軸方向と平行となる回転軸まわりで、シードホルダ17をシード棒16に対して回動可能として単結晶を育成する手法は、種結晶1のシードピン加工部からのクラック発生を抑制できる点で極めて有効であることが示された。
【0053】
以上、具体例を参照しつつ本実施形態について説明した。しかし、本開示はこれらの具体例に限定されるものではない。これら具体例に、当業者が適宜設計変更を加えたものも、本開示の特徴を備えている限り、本開示の範囲に包含される。前述した各具体例が備える各要素およびその配置、条件、形状などは、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。前述した各具体例が備える各要素は、技術的な矛盾が生じない限り、適宜組み合わせを変えることができる。
【0054】
上記実施形態では、シードホルダ17の回動構造として、シードホルダ17とシード棒16に設けられる貫通穴22にホルダピン23を挿通する構造を例示したが、シードホルダ17をシード棒16に対して回動できればよく、例えばボールジョイントなど他の回動構造を適用することもできる。