特許第6962438号(P6962438)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6962438金型、板状成形品の製造方法、試験片の製造方法及び樹脂組成物の成形品の特性予測方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6962438
(24)【登録日】2021年10月18日
(45)【発行日】2021年11月5日
(54)【発明の名称】金型、板状成形品の製造方法、試験片の製造方法及び樹脂組成物の成形品の特性予測方法
(51)【国際特許分類】
   B29C 45/27 20060101AFI20211025BHJP
   B29C 45/76 20060101ALI20211025BHJP
【FI】
   B29C45/27
   B29C45/76
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2020-204539(P2020-204539)
(22)【出願日】2020年12月9日
【審査請求日】2021年5月13日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100177426
【弁理士】
【氏名又は名称】粟野 晴夫
(74)【代理人】
【識別番号】100180655
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】黒川 隆平
(72)【発明者】
【氏名】市川 和宏
【審査官】 田中 則充
(56)【参考文献】
【文献】 特開2020−015260(JP,A)
【文献】 韓国登録特許第10−1912564(KR,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 33/00−33/76
B29C 45/00−45/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
充填剤を含む熱可塑性樹脂の溶融物を用いて、板状成形品を射出成形するための金型であって、
前記板状成形品の幅方向に沿うように設けられたスリット状ゲート部を有し、スプルー部を介して注入された前記溶融物が前記スリット状ゲート部から直接にキャビティーに充填されるように構成されるランナー部を備え、
前記ランナー部は、前記スプルー部からの前記溶融物を分岐させて、前記スリット状ゲート部に沿った部分で合流させて、合流した前記溶融物を直接に前記スリット状ゲート部へ導く、金型。
【請求項2】
前記スリット状ゲート部はランナー部より薄い、請求項1に記載の金型。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の金型を用いて、合流した前記溶融物を、前記スリット状ゲート部を介して前記キャビティーに充填する工程を含む、板状成形品の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の板状成形品の製造方法によって製造された板状成形品から、流れ方向に対して0°〜90°の範囲のうちの少なくとも一つの角度に沿って試験片を切り出す工程を含む、試験片の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の試験片の製造方法によって製造された試験片の特性を測定する工程と、
測定された前記試験片の特性に基づいて、前記試験片と異なる充填剤を含む樹脂組成物の成形品の特性を算出する工程と、を含む、樹脂組成物の成形品の特性予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、金型、板状成形品の製造方法、試験片の製造方法及び樹脂組成物の成形品の特性予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生産性、成形性に優れ、軽量かつ高耐熱性を有する特徴を活かしてエンジニアリングプラスチックに代表される樹脂材料が電機、電子、輸送機器部品、建設材料等幅広く使用されている。
【0003】
このような樹脂材料には、必要な諸特性を付与するため充填材が添加されることが多い。以下、特性として強度を例にとって説明するが、特性は強度に限るものではなく、その他の機械物性、電気伝導性、熱伝導性など、充填材によって付与・強化される性質全般を指す。最も一般的には、強度を増すために棒状の微細な強化材が添加される。代表例をあげればガラス繊維、炭素繊維等である。このような強化材を配合した樹脂材料は、強化材の整列方向(配向方向)に対して特性を測定する方向が異なると、特性値が変わる事が一般に知られており、強度の「異方性」と称されている。例えば引張強さは、強化材が完全に配向した方向で最大になり、その直角又は垂直方向で最低となる。
【0004】
製品の設計において、コンピュータによる解析によって製品の強度・耐久性を予測することが行われている。このような計算で使用される材料の特性(物性)値は、金属のような一様な材料では1つに定められる。しかし、強化材を含有する樹脂材料による製品では、内部の強化材の配向方向は一様ではないために場所によって特性が異なる。このような場合、解析では強化材の配向方向を計算し、その方向に応じた諸特性を計算することで異方性の影響を考慮する。
【0005】
そのためには、配向方向と諸特性の関連性のデータが重要であるが、一般的な測定用試験片形状はダンベルに代表される一方向に長い矩形形状であり、配向方向を自由に変化させることがほとんど不可能である。そこで、強化材を1つの方向に配向させた平板を作成し、配向方向に対する角度を変えて試験片を切り出し、試験片の特性を測定することが行われる。
【0006】
ところが、実際には射出成型した平板で強化材を一つの方向に配向させるのは極めて困難であり、そのため有用なデータが得られない。これは金型内の樹脂が横方向にも流れるためであり、流動解析ソフトフェアの開発元であるAUTODESK社もこの点を指摘している。(参考文献:AUTODESK社資料、AUTODESK UNIVERSITY 2013 繊維配向と繊維長のモデル化:計算手法の背景にあるモデル化、https://download.autodesk.com/temp/pdf/simday2013_002.pdf)
【0007】
上記に関連して、特許文献1は、邪魔部材を用いることによって充填材の配向性を向上させる樹脂形成方法で用いられる金型を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−226841号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1の方法では邪魔部材の分が余計に必要となり、流動性の悪い材料では試験片に必要な長さを確保できない可能性がある。
【0010】
本開示は、上記事情に鑑みてなされたものであり、充填材の配向方向が高度に揃った試験片を簡便に製造できる金型、板状成形品の製造方法及び試験片の製造方法を提供することを目的とする。また、本開示は、その試験片を用いて、樹脂組成物の異方性特性値を測定することができ、その特性値をコンピュータ解析に使用して予測精度を高められる樹脂組成物の成形品の特性予測方法を提供することを他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示の一実施形態に係る金型は、
熱可塑性樹脂の溶融物を用いて、板状成形品を射出成形するための金型であって、
前記板状成形品の幅方向に沿うように設けられたスリット状ゲート部を有し、スプルー部を介して注入された前記溶融物が前記スリット状ゲート部を介してキャビティーに充填されるように構成されるランナー部を備え、
前記ランナー部は、前記スプルー部からの前記溶融物を分岐させて、前記スリット状ゲート部に沿った部分で合流させて、合流した前記溶融物を前記スリット状ゲート部へ導く。
【0012】
本開示の一実施形態に係る板状成形品の製造方法は、
上記の金型を用いて、合流した前記溶融物を、前記スリット状ゲート部を介して前記キャビティーに充填する工程を含む。
【0013】
本開示の一実施形態に係る試験片の製造方法は、
上記の板状成形品の製造方法によって製造された板状成形品から、流れ方向に対して0°〜90°の範囲のうちの少なくとも一つの角度に沿って試験片を切り出す工程を含む。
【0014】
本開示の一実施形態に係る樹脂組成物の成形品の特性予測方法は、
上記の試験片の製造方法によって製造された試験片の特性を測定する工程を含む。
【0015】
また、本開示の一実施形態に係る樹脂組成物の成形品の特性予測方法は、
測定された前記試験片の特性に基づいて、前記試験片と異なる樹脂組成物の成形品の特性を算出する工程を含む。
【発明の効果】
【0016】
本開示によれば、充填材の配向方向が高度に揃った試験片を簡便に製造できる金型、板状成形品の製造方法及び試験片の製造方法を提供することができる。また、本開示によれば、その試験片を用いて、樹脂組成物の異方性特性値を測定することができ、その特性値をコンピュータ解析に使用して予測精度を高められる樹脂組成物の成形品の特性予測方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本開示の一実施形態に係る金型の斜視図である。
図2図2は、図1の金型のランナー部の断面図である。
図3図3は、試験片の切り出しを説明するための図である。
図4図4は、従来の金型による樹脂の流れを示す図である。
図5図5は、従来の金型による樹脂の流れを示す図である。
図6図6は、試験片の破断面について説明する概略図である。
図7図7は、実施例4で得られた試験片の破断面の顕微鏡写真である。
図8図8は、比較例4で得られた試験片の破断面の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(金型)
以下、図面を参照しながら、本開示の一実施形態に係る金型1が説明される。以下の説明で使用される図において、示されている要素の形状及び寸法関係は、実際の金型1における形状及び寸法関係と異なる場合がある。
【0019】
図1は、本実施形態に係る金型1の外観斜視図である。図2は、図1に示される金型1のランナー部12の断面図である。金型1は、熱可塑性樹脂と異方性を有する充填材とを配合してなる樹脂組成物の溶融物を用いて、板状成形品20(図3参照)を射出成形するために用いられる。樹脂組成物は、例えばポリアリーレンスルフィド(PAS)樹脂組成物である。PAS樹脂組成物は、PAS樹脂と繊維状充填材とを配合してなる組成物である。
【0020】
金型1は、樹脂組成物の溶融物(以下、単に「溶融物」という)が最初に注入されるスプルー部11と、スリット状ゲート部13を有するランナー部12と、板状成形品20を成形するために内部にキャビティー15を有する成形部14と、を備える。スプルー部11とランナー部12とは、樹脂組成物の溶融物が内部を流れる流路である。本開示において、流れ方向(MD:Machine Direction)は、図1に示すように、成形部14において樹脂を流す方向として定義される。また、流れ方向は、スリット状ゲート部13の長手方向と直角な方向である。ここで、キャビティー15は、溶融物が充填される空洞部分である。
【0021】
本実施形態において、スプルー部11は、断面が円形の中空の配管形状を有する。ただし、スプルー部11はこのような形状に限定されない。スプルー部11の中空部分の一部は、ランナー部12の中空部分と接続されており、スプルー部11を流れた溶融物がランナー部12に注入される。本実施形態において、スプルー部11は、流れ方向で見る場合に、ランナー部12と直角に交差する。ただし、スプルー部11とランナー部12との接続は、これに限定されない。
【0022】
ランナー部12は、図2に示すように、形成される板状成形品20の幅方向に沿うように設けられたスリット状ゲート部13を有する。ここで、板状成形品20の幅方向は、流れ方向に垂直な方向(TD:Transverse Direction)に平行である。ランナー部12は、スプルー部11を介して注入された溶融物が、スリット状ゲート部13を介してキャビティー15に充填されるように構成される。
【0023】
ランナー部12は、スプルー部11からの溶融物を分岐させて、スリット状ゲート部13に沿った部分(合流領域16)で合流させて、合流した溶融物をスリット状ゲート部13へ導く。図2に示すように、ランナー部12において、スプルー部11からの溶融物は、まず2方向に分岐される。分岐した溶融物は合流領域16において、流れ方向に垂直な方向の両側から中心に向かって合流する。合流した溶融物は、スリット状ゲート部13の方へ押し出されて、スリット状ゲート部13に設けられたスリットからキャビティー15へ注入される。
【0024】
ランナー部12が溶融物を分岐させて、スリット状ゲート部13に沿った合流領域16で合流させる構成を有することによって、スリット状ゲート部13へ導かれる溶融物について、TD成分の流れが相殺されるか、少なくとも減衰する。つまり、キャビティー15へ充填される溶融物は、流れのMD成分を保ちつつTD成分を減衰させながら、スリット状ゲート部13を通る。そのため、キャビティー15へ充填される溶融物は、充填材の配向方向が流れ方向に沿ったものになる。特にスリット状ゲート部13の中央部分については、スリット状ゲート部13の両端側から同じように流れてきた溶融物のTD成分が相殺される。そのため、板状成形品20の幅方向における中央部分は、特に充填材の配向方向が流れ方向に沿っている。
【0025】
ここで、従来技術の金型は、溶融物を分岐させずにゲートへと導く。代表的には図4図5のような構造である。
【0026】
図4は合流領域16に似た構造を持つが、中央部から左右への流動が生じる。また、図5ではスプルー部11から放射状の流動が生ずる。そのため、いずれもキャビティー15中では幅方向に拡がる流れを生じ、成形品において充填材の配向方向が揃わない。
【0027】
本実施形態において、ランナー部12は、ほぼ四角形状であって、スリット状ゲート部13が設けられる一辺(図2の下辺)に対向する辺(図2の上辺)の中央部分に、スプルー部11が接続される。ここで、ランナー部12は四角形状に限定されず、例えば三角形状であってよい。このとき、三角形の底辺部分にスリット状ゲート部13が設けられて、頂点部分にスプルー部11が接続されてよい。ここで、スリット状ゲート部13の中央部分において溶融物のTD成分が相殺されるように、図2に示すような断面視で、スプルー部11はスリット状ゲート部13の垂直二等分線上に位置することが好ましい。ただし、ランナー部12に接続されるスプルー部11の位置は、これに限定されない。本実施形態において、スリット状ゲート部13は、スリット状ゲート部13以外のランナー部12より薄いが、別の形態であってよい。
【0028】
また、ランナー部12は、合流領域16を挟んでスリット状ゲート部13と対向する位置にガスベントを設けてよい。ガスベントを設けることによって、金型1内の空気及び材料から発生するガスによる断熱圧縮で材料が熱劣化することを抑制することができる。
【0029】
ここで、スリット状ゲート部13は、本実施形態において、フィルムゲートで構成される。フィルムゲートはキャビティー15より薄い部分を持つが、別の形態であってよい。ただしゲートの厚さはランナーの厚さに比べて薄い必要があり、厚すぎると合流領域16が充填される前に溶融物がキャビティー15に流れ込んでしまい、配向をそろえる効果が低くなる。
【0030】
成形部14は、板状成形品20を成形するために溶融物が充填されるキャビティー15を有する。キャビティー15のサイズ(すなわち、板状成形品20のサイズ)は、例えばTD及びMDがそれぞれ100mmであってよい。キャビティー15のサイズは、これに限定されず、長方形状であってよい。
【0031】
(板状成形品の製造方法)
上記の金型1を用いて、板状成形品20が射出成形によって製造され得る。板状成形品20の製造方法は、金型1を用いて、合流した溶融物を、スリット状ゲート部13を介してキャビティー15に充填する工程を含む。板状成形品20の製造方法は、その他に、射出成形で実行される公知の工程を含み得る。上記のとおり、本実施形態に係る製造方法によって製造される板状成形品20は、幅方向の中央部分で、特に充填材の配向方向が流れ方向に沿っている。本実施形態において、板状成形品20は試験片30の材料となるが、このような用途に限定されない。板状成形品20は、例えば建築資材又は包装資材などの板状の製品であってよい。
【0032】
(試験片の製造方法)
上記の板状成形品20から試験片30を切り出すことによって、試験片30が製造され得る。試験片30の製造方法は、板状成形品20から、流れ方向に対して0°〜90°の範囲のうちの少なくとも一つの角度に沿って試験片30を切り出す工程を含む。図3は、試験片30の切り出しを説明するための図である。上記のように、板状成形品20の幅方向における中央部分は、特に充填材の配向方向が流れ方向に沿っている。図3に示すように、板状成形品20の中心部を含むように、試験片30が切り出される。試験片30は例えばダンベル形状であるが、この形状に限定されない。図3に示すように、本実施形態において、流れ方向に対する試験片30の角度は、流れ方向と試験片30の長手方向とがなす角度である。図3の左から順に、試験片30はそれぞれ流れ方向に対して0°、45°、90°の角度に沿って切り出される。
【0033】
切り出された試験片30は特に充填材の配向方向が揃った中心部分を有する。強度のような特性は試験片の中央部分を測定する。そのため、この特徴は特に有用である。このような試験片30を評価して、測定された試験片30の特性データを射出成形品のCAE(Computer Aided Engineering)解析に適用することによって、製品の特性を今までより高精度に予測可能である。
【0034】
(樹脂組成物の成形品の特性予測方法)
測定された上記の試験片30の特性を用いて、樹脂組成物の成形品の特性が予測され得る。ここで、特性とは強さ、弾性率などの機械特性であってよいが、これに限定されず、電気伝導率、熱伝導率などの材料特性、物性であってよい。また、本開示において、予測とは、少なくとも一部について実測でなく計算によって算出することを意味する。樹脂組成物の成形品の特性予測方法は、上記の試験片30の特性を測定する工程と、測定された試験片30の特性に基づいて、試験片30と異なる樹脂組成物の成形品の特性を算出する工程と、を含む。樹脂組成物の成形品の特性予測方法は、その他に、特性予測で実行される公知の工程を含み得る。
【0035】
樹脂組成物の成形品の特性予測方法は、樹脂組成物の成形品である製品の特性を予測する製品特性予測処理と、製品特性予測処理に用いられる基準データを取得する基準データ取得処理と、に分けられる。基準データ取得処理は、製品特性予測処理より前に実行される。試験片30の特性を測定する工程は、基準データ取得処理の1つの工程として実行される。樹脂組成物の成形品の特性を算出する工程は、製品特性予測処理の1つの工程として実行される。
【0036】
(基準データ取得処理)
基準データは0°から90°の間の任意の角度のデータを含む。製品特性予測処理における精度を高めるために、例えば45°など、これらの間の角度の試験片30の特性のデータを基準データに含めることが好ましい。試験片30の特性を測定する工程として、特性が測定される。測定結果は、CAE解析用のコンピュータシミュレーションに基準データとして取り込まれる。
【0037】
本実施形態において、コンピュータシミュレーションは、成形品の特性(一例として強度)の他に、例えば成形品の収縮又はソリによる変形、成形品の残留応力、繊維状充填材の配向などを解析することができる。上記のように、試験片30は、従来技術と比較して充填材の配向方向が流れ方向に沿った板状成形品20のから切り出される。そのため、試験片30の特性のデータを基準データとすることによって、コンピュータシミュレーションによる解析結果、すなわち、予測される製品の特性は従来よりも高精度になる。
【0038】
上記のコンピュータシミュレーションにおいて、基準データにない角度についての特性は、公知の補完技術によって計算されてよい。また、コンピュータシミュレーションにおいて予測モデルが使用され、予測モデルの生成において少なくとも実施者が必要とする角度の試験片30の特性のデータが用いられてよい。実施者が必要とする角度として、例えば0°と90°とが含まれてよい。予測モデルは、試験片30の特性のデータを学習データとする機械学習によって生成されてよい。
【0039】
(製品特性予測処理)
コンピュータシミュレーションは、基準データ取得処理の後に、樹脂組成物の成形品である製品の構造情報を取得する。製品の構造情報は、例えばCAD(Computer−Aided Design)アプリケーションの3次元モデルを読み込むことによって取得されてよい。そして、例えば有限要素法によるメッシュ分割が実行されて、有限要素モデルが作成されてよい。さらに、製品の射出成型時における溶融物の流動解析、配向解析が実行されてよい。このような解析の後で、基準データを用いて、製品の配向に合わせて特性が算出される。つまり、樹脂組成物の成形品の特性を算出する工程が実行される。
【0040】
製品特性予測処理は、算出された製品の特性から、製品の各部位の強度を計算し、どの方向の荷重にどの程度耐えられるか等を予測してよい。計算された特性の値及び特性に基づく予測の結果は、コンピュータシミュレーションの実行者に対して表示されてよい。
【0041】
(樹脂組成物)
上記の板状成形品20は、熱可塑性樹脂と充填材とを配合してなる樹脂組成物から形成される。本実施形態において、熱可塑性樹脂は、特に制限されないが、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ(4−メチル−1−ペンテン)、ポリ(1−ブテン)等のポリオレフィン系樹脂;ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等のポリエステル系樹脂;ポリアミド−6(ナイロン−6)、ポリアミド−66(ナイロン−66)、ポリメタキシレンアジパミド等のポリアミド系樹脂;エチレン・ビニルエステル共重合体、エチレン・不飽和カルボン酸エステル共重合体等のエチレン・不飽和エステル系共重合体;エチレン・不飽和カルボン酸系共重合体又はそのアイオノマー樹脂;ポリ(メタ)アクリル酸エステル樹脂等のポリ(メタ)アクリル系樹脂;ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン等の塩素系樹脂;ポリテトラフルオロエチレン、エチレンテトラフルオロエチレンコポリマー、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル等のフッ素系樹脂;ポリスチレン樹脂;ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂等のポリエーテル系樹脂;ポリカーボネート樹脂;ポリフェニレンスルフィド樹脂に代表されるポリアリーレンスルフィド樹脂、ポリフェニレンオキシド樹脂等のポリフェニレン系樹脂;ポリ酢酸ビニル樹脂;ポリアクリロニトリル樹脂;熱可塑性エラストマー;液晶ポリマー(LCP)等が挙げられる。また、これらの熱可塑性樹脂のうちから選択される1種を単独で用いてよいし、2種以上を組み合わせて用いてよい。
【0042】
本実施形態において充填材は、熱可塑性樹脂が金型内で軟化流動する際に配向することができる形状を有するものであれば特に制限されないが、例えば、繊維状又は針状のもの、粒状又は板状などの非繊維状のものなど、アスペクト比を有する有機、無機充填材が挙げられ、このうち、繊維状のものを含むことが好ましい。具体的には、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維、チタン酸カリウム、珪酸カルシウム、ワラストナイト等の繊維、天然繊維、ミルドファイバー等の繊維状フィラー、また硫酸バリウム、クレー、パイロフィライト、ベントナイト、セリサイト、マイカ、タルク、アタパルジャイト、フェライト、珪酸カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、ゼオライト、硫酸カルシウム等の非繊維状フィラーであって、2〜100程度の範囲のアスペクト比を有するものが挙げられる。ここで、アスペクト比(二次元画像にした際に最も長い長さ(長軸)と最も短い長さ(短軸)との比)は特に限定されないが、好ましくは2以上、より好ましくは2以上から、上限値は設定されないが、好ましくは100以下、より好ましくは50以下である。充填材の配合割合は、熱可塑性樹脂100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上、より好ましくは0.1質量部以上の範囲であり、そして、上限値は限定されないが、好ましくは250質量部以下、より好ましくは600質量部以下の範囲である。
【0043】
樹脂組成物は、熱可塑性樹脂と充填材とを必須成分として配合してなるものの、その他にも着色剤、帯電防止剤、酸化防止剤、耐熱安定剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤、発泡剤、難燃剤、難燃助剤、防錆剤及びカップリング剤等の公知慣用の添加剤を必要に応じ、任意成分として配合してよい。これらの添加剤は必須成分ではなく、例えば、熱可塑性樹脂100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上の範囲であり、好ましくは100質量部以下の範囲で、本開示の効果を損なわないよう目的及び用途に応じて適宜調整して用いればよい。
【0044】
樹脂組成物の製造方法は、熱可塑性樹脂と、充填材とを必須成分として配合し、熱可塑性樹脂が加熱により軟化流動した状態になる温度(結晶性樹脂の場合には融点、ないし、非結晶性樹脂の場合にはガラス転移点であってよい。以下、単に「軟化流動温度」と称する)以上の温度範囲で溶融混錬する工程を有する。
【0045】
樹脂組成物は、各必須成分及び必要に応じてその他の任意成分を配合してなる。樹脂組成物を製造する方法としては、特に限定されないが、必須成分と必要に応じて任意成分を配合して、溶融混錬する方法、より詳しくは、必要に応じてタンブラー又はヘンシェルミキサー等で均一に乾式混合し、次いで、二軸押出機に投入して溶融混練する方法が挙げられる。
【0046】
溶融混錬は、樹脂温度が熱可塑性樹脂の軟化流動温度以上となる温度範囲、好ましくは該軟化流動温度+10℃以上となる温度範囲、より好ましくは該軟化流動温度+20℃以上から、好ましくは該軟化流動温度+100℃以下、より好ましくは該軟化流動温度+50℃以下までの範囲の温度に加熱して行うことができる。例えば、好ましくは100℃以上、より好ましくは120℃以上、更に好ましくは150℃以上の範囲から、また、好ましくは400℃以下、より好ましくは380℃以下、更に好ましくは350℃以下までの範囲で、マトリックス樹脂である熱可塑性樹脂の軟化流動のし易さに応じて決定することができる。
【0047】
樹脂組成物は、該溶融混練後に、公知の方法、例えば、溶融状態の樹脂組成物をストランド状に押出成形した後、ペレット、チップ、顆粒、粉末などの形態に加工してから、必要に応じて予備乾燥を施すことが好ましい。
【0048】
このようにして得られた樹脂組成物は、上記板状成形品及び試験片の製造に供せられる。例えば、射出成形機内で、樹脂温度を熱可塑性樹脂の流動する温度以上の温度範囲、好ましくは該軟化流動温度+10℃以上となる温度範囲、より好ましくは該軟化流動温度+20℃以上から、好ましくは該軟化流動温度+100℃以下、より好ましくは該軟化流動温度+50℃以下までの範囲の温度、例えば、好ましくは100℃以上、より好ましくは120℃以上、更に好ましくは150℃以上の範囲から、また、好ましくは400℃以下、より好ましくは380℃以下、更に好ましくは350℃以下までの範囲で、マトリックス樹脂である熱可塑性樹脂の軟化流動のし易さに応じて決定された温度で樹脂組成物を加熱により軟化流動する工程を経て、溶融物となる。溶融物は上記の金型1に注入される。
【0049】
上記において、樹脂組成物の溶融物を用いて、板状成形品20及び試験片30を製造することについて説明した。
【0050】
本実施形態は、さらに、当該特性予測方法により得られた結果を成形品の製品化(いわゆる量産品の製造)に活用(使用)することができる。例えば、特性予測方法を実行可能なコンピュータシュミレーションを用いて、製品(形状)が所望する特性を有するように、材料及び製造プロセスの少なくとも一部を設計することができる。材料の設計としては、強度不足を補うため充填材を増やす等といった、樹脂組成物中の各材料組成の制御などであってよく、また、製造プロセスの設計としては、該樹脂組成物を溶融成形して成形品を製造する際に用いられる金型の設計でありうるが、これらに限定されるものではない。特に、金型の設計としては、製品部分への樹脂流入口(ゲート)の場所を変更して、負荷に対して有利な繊維配向に制御するための金型形状の変更、製品の肉厚を増して強度向上を図るための製品形状の変更でありうる。
このような活用(使用)により、製品化の際に行われる実機での試作回数を大幅に削減することができ、より生産性を向上させることができる。
ここで、一般に、樹脂組成物の成形品の製品としては、特に限定されるものではなく、射出成形品全般でありうるが、例えばパイプ、ライニング管、袋ナット類、管継ぎ手類、(エルボー、ヘッダー、チーズ、レデューサ、ジョイント、カプラー、等)、各種バルブ、流量計、ガスケット(シール、パッキン類)など流体を搬送する為の配管及び配管に付属する各種の部品が挙げられる。このため、例えば、自動車部品等の内燃機関に付属する、燃料関係・排気系・吸気系各種パイプ、エアーインテークノズルスノーケル、インテークマニホールド、燃料ポンプ、エンジン冷却水ジョイント、ウォーターインレット/アウトレット等の部品が挙げられ、その他各種用途にも適用可能である。
【実施例】
【0051】
以下、実施例、比較例を用いて説明するが、本開示はこれら実施例に限定されるものではない。
【0052】
(原材料)
実施例及び比較例で使用した原材料は以下のとおりである。
<<PAS樹脂組成物>>
・DIC株式会社製「Z−650−SW」(PPS樹脂にエラストマーと繊維状充填材であるガラス繊維及びフィラーを50wt%配合)
<<PA樹脂組成物>>
・BASFジャパン株式会社製「ULTRAMID A3HG5」(ガラス繊維を25wt%配合したPA樹脂)
【0053】
(評価)
本開示に係る金型を用いて成形した平板からダンベル形状の試験片を製造して、試験片の特性を測定又は計算した。射出成形は住友重機械工業製SE−75DU射出成型機により実施した。特性として、以下の機械特性が測定された。ダンベル形状はISO 1BA小型試験片を使用した。
・配向テンソル:試験片の中心の流れ方向における肉厚平均の配向テンソルは、繊維角度が切出し方向に揃っていること示す指標であって、樹脂流動解析(CAE)のコンピュータシミュレーションで計算される。1が完全に配向が揃った状態を示す。本評価において、肉厚平均の配向テンソルは、AUTODESK社製Moldflow Insight 2019で算出した。
・ヤング率 ISO 527−1,2(Type1BA試験片、引張速度2mm/min)
・引張強度 ISO 527−1,2(Type1BA試験片、引張速度2mm/min)
・引張ひずみ ISO 527−1,2(Type1BA試験片、引張速度2mm/min)
【0054】
(PPS(ポリフェニレンスルフィド)樹脂での比較)
[実施例1〜2]
実施例1及び実施例2では、本開示に係る金型(溶融物を分岐させてから合流させるランナー部を備える金型)を用いて板状成形品を射出成形し、板状成形品からダンベル形状の試験片が切り出された。実施例1の切出角度(流れ方向に対する、切り出された試験片の長手方向の角度)は0°である。実施例2の切出角度は90°である。
【0055】
[比較例1〜2]
比較例1及び比較例2では、従来技術の金型(溶融物を分岐させずにスリット状ゲート部へ導くランナー部を備える金型)を用いて板状成形品を射出成形し、板状成形品からダンベル形状の試験片が切り出された。比較例1の切出角度は0°である。比較例2の切出角度は90°である。
【0056】
[比較例3]
比較例3では、ダンベル試験片を成形する金型を用いて、試験片が射出成形された。ダンベル試験片は、一方向に長い形状の成形品であり、特に幅の狭まった中央部ではガラス繊維がほぼ完全に長手方向に高度に配向するものと一般に認識されている。繊維配向は0°である。
【0057】
[比較例4]
実施例2でウェルドが発生していないことを明確にするため、対比試験として以下の実験を行った。すなわち、比較例4では、ダンベル試験片を成形する金型を用いて、ダンベルの両端から溶融物を流入させることにより中央部でウェルドが発生するように試験片が射出成形された。
【0058】
実施例1〜2及び比較例1〜4の製造条件及び特性の評価結果は、以下の表1のとおりである。
【0059】
【表1】
【0060】
[実施例3〜4]
実施例3及び実施例4は、本開示に係る金型を用いて射出成形した板状成形品からダンベル形状の試験片を切り出した。実施例1の切出角度は0°である。実施例2の切出角度は90°である。
【0061】
[比較例5〜6]
比較例5及び比較例6では、従来技術の金型による板状成形品からダンベル形状の試験片を切り出した。比較例5の切出角度は0°である。比較例6の切出角度は90°である。
【0062】
実施例3〜4及び比較例5〜6の製造条件及び特性の評価結果は、以下の表2のとおりである。
【0063】
【表2】
【0064】
(測定)断面の配向写真
実施例4、比較例6で得られた試験片の破断面をキーエンス社製「デジタルマイクロスコープVHX−2000」により撮影した。破断面は、試験片の中央部を流れ方向に沿って試験片の厚み方向で切断したX−X断面である(図6参照)。
【0065】
その結果を図7図8に示した。試験片中のガラス繊維(平均繊維長さ約200ミクロン、繊維直径約10ミクロン)が、顕微鏡により観察された。実施例4、比較例6のいずれの場合もPPS樹脂の流動方向とガラス繊維の配向方向が一致した場合ガラス繊維が長い棒(白色)として観察される。一方、該流動方向とガラス繊維の配向方向が異なる場合はガラス繊維が円形(白点)として、若しくは、試験片の破断によりガラス繊維が脱離した穴(黒点)として観察される。
【0066】
対比した結果、実施例4は、ガラス繊維が長い棒として多数観察され、円形の黒点が非常に少なかった。これに対して従来技術の金型による比較例6はガラス繊維が長い棒として少数観察されるものの円形の黒点が多数観察された。
【0067】
すなわち、実施例4では、比較例6よりも、PPS樹脂の流動方向へ充填材がより揃っていることが確認された。
【0068】
実施例1と比較例1との対比、また、実施例3と比較例5との対比から判るように、本実施形態に係る金型を用いて製造される試験片は、0゜方向においては従来技術で製造される試験片よりヤング率が高く、引張強度が高く、引張ひずみは小さい。
【0069】
一方、実施例2と比較例2との対比、また、実施例4と比較例6との対比では、本実施形態に係る金型を用いて製造される試験片は、90゜方向においては従来技術で製造される試験片より引張強度が低い。
【0070】
そして、引張強度及び引張ひずみについて、実施例1、2は比較例1、2と比べて、充填材の配向方向がより揃っているため、0゜に対する比率で分かるように強弱がより大きく現れている。また、同様に、実施例3、4は比較例5、6と比べて、強弱がより大きく現れている。
【0071】
ここで、実施例2と比較例4との対比によると、引張ひずみの値が大きく異なっており、ウェルドに特徴的な引張ひずみの値の大きな低下がみられない実施例2はウェルドが発生していないことがわかる。
【0072】
上記の対比から明らかなように、本実施形態に係る金型、板状成形品の製造方法及び試験片の製造方法によって、充填材の配向方向が高精度に揃った試験片を製造できる。また、充填材の配向方向が高度に揃った試験片を用いて、配向角度と諸特性の関係を示すデータが初めて測定可能となった。このように取得されたデータはCAEによる成形品の予測の基礎データとして入力されうる。その試験片を用いて、高精度に樹脂組成物の成形品の特性を予測することが可能である。
【符号の説明】
【0073】
1 金型
11 スプルー部
12 ランナー部
13 スリット状ゲート部
14 成形部
15 キャビティー
16 合流領域
20 板状成形品
30 試験片
【要約】
【課題】充填材の配向方向が高度に揃った試験片を簡便に製造できる金型、板状成形品の製造方法及び試験片の製造方法を提供する。また、その試験片を用いて、樹脂組成物の異方性特性値を測定することができ、その特性値をコンピュータ解析に使用して予測精度を高められる樹脂組成物の成形品の特性予測方法を提供する
【解決手段】熱可塑性樹脂の溶融物を用いて、板状成形品を射出成形するための金型1であって、板状成形品の幅方向に沿うように設けられたスリット状ゲート部13を有し、スプルー部11を介して注入された溶融物がスリット状ゲート部を介してキャビティーに充填されるように構成されるランナー部12を備え、ランナー部は、スプルー部からの溶融物を分岐させて、スリット状ゲート部に沿った部分で合流させて、合流した溶融物をスリット状ゲート部へ導く。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8