(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
機構システムに対する、線形ダイナミクスの周波数特性を同定する従来技術は主に2つある。
【0003】
従来技術1は、例えば特許文献1のようにサーボアナライザを用いた正弦波掃引試験において、周波数応答解析時の機構システムに対する加振力を、機構システムが有する摩擦力の影響が無視できるように増加することである。加振力を増加することで周波数応答解析結果における摩擦の影響を低減できるが、機構システムへの最大加振力の制限、加振する際の大きな騒音、大加振力による機構システム破損の恐れなどの理由で、実用的ではないことも多い。
【0004】
また従来技術1においては、周波数応答解析アルゴリズムに対する力と位置に関する2つの入力信号のうち、力の次元に対応する信号には機構システムへの加振力そのものを用いるため、軸受・案内部で発生する摩擦の影響が考慮されていない。よって、線形ダイナミクスに対する周波数応答解析における非線形な摩擦の影響を除去できない。
【0005】
一方、非特許文献1に記載されている従来技術2は、摩擦モデルを用いて摩擦を推定し、周波数応答解析における摩擦の影響を低減可能であるが、システムの入出力に存在する遅れ要素の影響を考慮していな
いため、線形ダイナミクスに対する解析誤差を生じる。これに対し、加振力の増加や、摩擦モデルパラメータの更新・調整を要する、という問題点を有する。
即ち、従来技術2において、入出力に存在する遅れ要素を考慮していないため、線形ダイナミクスの解析誤差を生ずる。また、その解析誤差を補正するための加振力や摩擦モデルパラメータの調整・更新に多大な労力が必要となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0013】
(実施形態)
機構システム1は、機器部(可動部を備える揺動あるいは直動機械、可動部に対する推力を発生するアクチュエータ、アクチュエータを駆動するためのサーボアンプ及び可動部位置を検出するセンサ等、制御演算を行う補償器)と周波数応答解析(以下、FRA)部によって構成される。
本実施形態は、このような摩擦を内在するメカトロニクス機器の線形ダイナミクスに対する、周波数応答解析を用いた周波数応答解析アルゴリズムに関するものである。
【0014】
図1は、FRAシステムの実施形態のブロック線図である。機構システム1のFRAシステム3は、サーボアナライザ5とオブザーバ10を有する。機構システム1の機器部は、プラント20と制御演算を行う補償器C(z)7を有する。プラント20には、機器部のサーボアンプやセンサに起因する入出力の遅れ要素、機械系における共振振動などの線形ダイナミクス、可動部の位置や速度に依存した非線形な摩擦が含まれる。
FRAシステム3より、一定周波数の加振力usinを出力されると、加振力usinは、第1加算器8を経由してオブザーバ10とプラント20への入力uとなる。入力uによってプラント20が変位y’を生じる。変位y’は、FRAシステム3のサーボアナライザ5とオブザーバ10へ入力されると共に、第2加算器9に入力され、位置指令r(例えばr=0)との差分が計算されて補償器C(z)7に入力される。
補償器C(z)7では、制御アルゴリズムに基づき変位の次元から力の次元に変換し、FRAシステム3からの加振力usinに加算されプラントへの入力uとなる。
本実施形態は、オブザーバ10にて、入力uと変位y’から更新された実入力ueの推定uobが出力され、サーボアナライザ5に入力される。ここで、実入力ueの推定uobでは、機構システム1の機器部の摩擦の影響が除かれている。
即ち、同定対象となるプラント20における実入力ueの推定uobと出力y’をサーボアナライザ3に入力する。サーボアナライザ3では、離散フーリエ変換等の周波数解析アルゴリズムによってuobとy’の周波数応答を算出し、ゲイン及び位相を計算する。uobには、実際の機器部の摩擦力の影響が除かれているので線形特性のみで構成される。よって、本実施形態は、線形プラント特性に対する高精度なFRAを用いた周波数応答解析アルゴリズムとなる。
【0015】
加振力usinは、単一周波数のサイン波を用いたが、これに限らずM系列や合成正弦波等の複数の周波数成分から構成される信号でもよい。
【0016】
FRAシステム3にはサーボアナライザ5を用いたが、これに限らず周波数解析を行うアルゴリズムを備えるシステムでもよい。
【0017】
図2は、実施形態のプラント20及びオブザーバ10の詳細を示すブロック線図である。
プラント20において、線形ダイナミクスP(s)への実入力ueは、入力uと、実制御対象中の入力に存在する力次元の遅れ要素Gdi(s)の積から、第4加算器27にてシステム1の摩擦力fを差し引くことで表される。ここで、力次元の遅れ要素Gdi(s)は、伝達関数である。
次に、実入力ueとプラント特性P(s)との積にて変位yを得る。ここで、プラント特性P(s)は、機構システム(1)の線形ダイナミクスを表す伝達関数であり、例えば数式(1)で示される。
【数1】
【0018】
変位yに位置次元の遅れ要素Gdo(s)の積にて変位y’を得る。ここで、位置次元の遅れ要素Gdo(s)は、伝達関数である。
オブザーバ10においては、まず入力uと、力次元の遅れ要素モデルGdim(s)と、位置次元の遅れ要素モデルGd
om(s)と、の積を算出する。一方、プラント20の出力である変位y’に対し、摩擦モデル15により摩擦力fobを求める。実入力ueの推定uobは、第3加算器17にて、uとGdim(s)とGdom(s)の積から摩擦力fobを引いて求める。この関係を数式(2)に示す。
【数2】
【0019】
ここで、摩擦モデル15が実摩擦特性を理想的に表現できるとき、摩擦力fobは数式(3)を満たす。
【数3】
ここで、モデル化によりGdo(s)=Gdom(s)とみなせるとき、数式(2)、(3)より数式(4)が成立する。
【数4】
【0020】
加えて、モデル化によりGdi(s)=Gdim(s)とみなせるとき、数式(2)、(3)、(4)より、数式(1)のプラント特性P(s)の推定Pob(s)は、数式(5)で計算できる。
【数5】
【0021】
本実施形態で供される摩擦モデル15とは、位置および速度等の入力に対して摩擦力を出力するモデルを指す。
機構システム1の可動部に内在する各
種案内
・軸受機構で発生する摩
擦を対象とする。具体的には、可動部に用いられる案内・軸受部の実機データ、計算から摩擦モデルを構築する。例えば転がり摩擦は、転がり要素を用いた案内・軸受で発生する摩擦力であり、粗動・微動によって非線形に摩擦挙動が変化する。数10〜数100μmの微動領域では非線形ばね特性を示し、それ以上の粗動領域ではクーロン摩擦による静的特性を示す。転がり摩擦に限らず、すべり案内・軸受などの摺動部
でも摩擦に対しても同様にモデル化すれば、FRAシステムにおける摩擦モデルとして使用することができる。
【0022】
図3は、本実施形態におけるころがり摩擦の考え方を示す。
図3(a)は、ころがり摩擦の全体サイクル(ア)〜(エ)を示す。横軸を変位、縦軸を摩擦力である。(ア)より右側へ移動する際、変位に対して摩擦力が非線形かつ急峻に増加して(イ)に移る。(イ)から(ウ)へは、変位の増加に対して摩擦力の増加は緩やかである。(ウ)より左側へ移動する際、変位に対して摩擦力は急峻に減少して(エ)に移動する。(エ)から(ア)へは、変位の減少(減少量)に対して摩擦力の減少は緩やかである。
図3(b)は、(ア)から(イ)の変化を拡大して示す。
微動は(ア)から(イ)及び(ウ)から(エ)であり、ころがり案内・軸受機構で供されるころがり要素が有効に転動するまでを指す。粗動は(イ)から(ウ)及び(エ)から(ア)であり、ころがり要素が完全に転動している状態を指す。
【0023】
図4は、転がり摩擦の摩擦モデル15を示す。転がり摩擦モデル15は、N個の要素モデルが並列に繋がっている。各要素モデルには、弾性要素Kiと減衰要素Diが並列に構成され、摩擦力fiが発生する。この各要素モデルの摩擦力fiを加えた値が転がり摩擦力になる。
【0024】
転がり摩擦力は、数式(6)〜(11)により計算される。
【数6】
【0025】
一方、機構システム1の粘性に起因する粘性摩擦力は数式(12)で計算される。
【数7】
【0026】
以上より、摩擦力fobは、数式(11)の転がり摩擦力と数式(12)式の粘性摩擦力の和として、数式(13)で表示される。
【数8】
【0027】
図5は、本実施形態の周波数応答のシミュレーション結果を示す。比較として、従来技術1(遅れ要素を考慮しない、摩擦を考慮しない)を示す。
(ア)の太い破線は、同定すべき実線形プラント特性P(s)であり、目標値に相当する。本実施形態の結果を、(エ)の太い実線(振幅A=75N)、及び(オ)の太い破線(振幅A=12N)で示す。振幅Aは、加振力の最大値に相当する。以上の3つの線である(ア)、(エ)、及び(オ)は、位相、ゲインともよく一致し、一本の太線で示され良く同定できている。特に、本実施形態は、加振力が12Nと小さくでも実線形プラント特性P(s)を同定できている。
また、従来技術1のFRA法による結果(遅れ要素を考慮しない、摩擦を考慮しない)を、(イ)の細い破線(振幅A=75N)、及び(ウ)の細い破線(振幅A=12N)で示すが、(ア)の太い破線の同定すべき実線形プラント特性P(s)には一致しておらず同定できていない。なお、差が大きいほうが小さな加振力(振幅A=12N)の場合である。
【0028】
図6は、本実施形態の周波数応答のシミュレーション結果を示す。比較として、非特許文献1記載されている従来技術2(遅れ要素を考慮しない、摩擦を考慮)を示す。
(ア)の太い破線は、同定すべき実線形プラント特性P(s)であり、目標値に相当する。本実施形態の結果を、(ウ)の太い実線(振幅A=12N)で示す。振幅Aは、加振力の最大値に相当する。以上の2つの線である(ア)及び(ウ)は、位相、ゲインともよく一致し、一本の太線で示され良く同定される。ここで、本実施形態は、加振力が12Nと小さくでも実線形プラント特性P(s)を再現できている。
同時に従来技術2のFRA法による結果(遅れ要素を考慮しない、摩擦を考慮)を、(イ)の実線(振幅A=75N)で示すが、加振力を大きくしても、(ア)の太い破線の同定すべき実線形プラント特性P(s)には一致せず同定できていない。
【0029】
以上、本実施形態によれば、機構システム1に、過大な加振力を加える必要がない。機構システム1を動かす程度の、摩擦力を考慮した適正な加振力でよいので、機構システム1を加振する際の大きな騒音がない。よって、機構システムを破壊する恐れもない。
更に、解析誤差を補正するための加振力や摩擦モデルパラメータの調整・更新に多大な労力を必要としないので、人的労力や時間の削減が可能である。
よって、本実施形態は、小さな適正な加振力にて効率的に高精度で、機構システム1の線形ダイナミクスの周波数特性を同定する周波数応答解析アルゴリズムを提供することができる。
【0030】
図7は、本実施形態の周波数応答を制御器モデルに用いた、位置決め過渡応答のシミュレーション結果を示す。比較として、従来技術1(遅れ要素を考慮しない、摩擦を考慮しない)を示す。
(ア)の太い破線は、目標値である。(イ)に本実施形態の周波数応答を制御器モデルに用いた結果を示す。(ア)及び(イ)はよく一致している。これは、
図6、7で示されるように、同定すべき実線形プラント特性P(s)を、本実施形態が良く同定しているからである。
一方、(ウ)の従来技術1(遅れ要素を考慮しない、摩擦を考慮しない)では、オ−バーシュートが発生しており、目標値とも良く一致していない。これは、同定すべき実線形プラント特性P(s)を、従来技術1は精度良く同定していないからである。このような同定誤差が生じた場合、機構システムの位置決め精度は劣化する。従来技術2(遅れ要素を考慮しない、摩擦を考慮)の場合もこれと同様の結果となる。よって、実線形プラント特性P(s)の同定精度を上げるために、加振力や摩擦モデルパラメータの調整・更新に多大な労力を必要とし、その人的労力や時間も多大となる。
【0031】
(参考例)
図8は、従来のFRAシステム101の構成を示すブロック線図である。FRAシステム103にサーボアナライザ105を有するが、オブザーバ10は有しない。