【実施例】
【0054】
[方法]
1.架橋アルブミン−SOD溶液の調製
タンパク質の架橋は、我々の以前の研究(Journal of Biomedical Materials Research Part A, Vol. 86, pp.228-234, 2008)において最適化した条件にて行った。まず、450μMのウシ血清アルブミン(シグマ, USA)と4.5μMのウシ赤血球由来Cu, Zn - SOD(EC1.15.1.1, 2500U / mg; 和光、日本)の濃度を有するタンパク質の混合溶液をリン酸緩衝液(PBS、pH=7.4)を用いて調製し、そこに215 mMエチレングリコールジグリシジルエーテル(EGDE、和光)を加えて25℃で24時間撹拌することで架橋反応を行った。その後、反応液を透析チューブ(分子量カットオフ= 12kDa、日本医科科学、日本)に移し、Milli-Q水を外液にして3日間透析を行うことで、未反応のEGDEを除去し、架橋アルブミン−SOD溶液を得た。
【0055】
2.抗体を含むタンパク質フィルムの作製とその抗原結合能の評価(エタノールにより基板からタンパク質フィルムを剥離)
配向が制御された抗体を含むタンパク質フィルムの作製手順を
図1に示す。抗原(ビオチン)が固定化された基板は、アルカンチオールの自己組織化単分子膜(SAM)を用いて作製した。具体的には、ガラスにクロム(10nm)と金(40nm)がコーティングされた金基板(直径13mm; 東邦化研、日本)をピランハ溶液[硫酸と30%過酸化水素水の3:1(vol /vol)の混合液]を用いて洗浄した後、ビオチン化アルカンチオール(0.1mM、ProChimia、ポーランド)と1-ドデカンチオール(0.9mM、和光)を含むエタノール溶液に浸漬し(
図2)、24時間置くことで、金基板上にビオチン化アルカンチオールと1-ドデカンチオールの混合SAMを形成し、ビオチン固定化基板を得た。基板をエタノールと水で洗浄後、20μg/ ml ウサギ抗ビオチン抗体(Bethyl Laboratories, Inc、テキサス、アメリカ)/PBSを加え、1時間インキュベートすることで基板上の抗原に抗体を結合させた。基板に結合していない抗体をPBSとMilli-Q水を用いて洗浄して除いた後、この配向制御された形で抗体が結合している基板上に、30mMトレハロース(和光)を含む架橋アルブミン-SOD溶液を加え、さらに、このタンパク溶液の上に、酸素プラズマ処理 [プラズマクリーナーPDC 210(ヤマト科学、日本)を使用、150 cc O
2、75W、10秒の条件] を施したポリカーボネート膜(ipPOREトラックエッチング膜、直径13 mm、厚さ16μm、ポア径10μm、気孔率30%以下、it4ip社製、ベルギー)をのせた。この基板を恒温恒湿器(37℃、50%)(SH-222、エスペック、日本)中にて一晩置くことで架橋アルブミン―SOD溶液を凝固させ、“配向制御された抗体を含むタンパク質フィルム”を作製した。作製したフィルムは、エタノールに1分間浸すことで、基板から剥離した。本ステップにおいて、剥離に用いたエタノールやフィルムを剥離した後の基板は、下述する3.フィルム剥離後のSAM基板上及びエタノール中の残存抗体の検出の実験に用いる。比較サンプルとして、“配向制御されていない抗体を含むタンパク質フィルム”も作製した。基本的な作製手順は、上記と同じであるが、ビオチンを有する混合SAM基板の代わりに1-ドデカンチオールのみで構成されたビオチンが無いSAM基板を用いた。ビオチンが無いSAM基板上には、抗体はその配向が制御されることなくランダムな形で吸着し、そのランダムな配向を有する基板上の抗体がそのままフィルムに移行するので、“配向制御されていない抗体を含むタンパク質フィルム”が作製されることになる。
抗体の抗原結合能の評価は以下の手順により行った。作製した配向制御された抗体、または、配向制御されていない抗体を含むタンパク質フィルムをピンセットを使ってマルチウェルプレート(1.9cm
2/well)に移し、PBSで洗浄した。2%ウシ血清アルブミン/PBSで1時間ブロッキングした後、120μg/ mlビオチン - 西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)複合体(Acris Antibodies GmbH、ドイツ)/PBSに室温にて1時間浸漬した。その後、2%トリトンX-100(和光)/ PBSで洗浄し(5分間、3回)、さらに、最後にPBSで1回洗浄した後、Amplex(登録商標) UltraRedReagent(Invitrogen)を用いてフィルムに結合したビオチン-HRP複合体の量を測定することで抗体の抗原結合能を評価した。なお、溶液中に浸かっているタンパク質フィルムは、ピンセットなどでつまむと破れるので、操作性を良くするために、ここでは、タンパク質フィルムの片面にポリカーボネート膜を支持膜として貼り付けている。
【0056】
3.フィルム剥離後のSAM基板上及びエタノール中の残存抗体の検出
エタノールを使用してSAM基板からフィルムを剥離した後、SAM基板上及び剥離に使用したエタノール中に抗体が残存していないかどうかを調べた。これらに残存している抗体が検出されなければ、SAM基板上の抗体は全てフィルムに移行しているものだと考えられる。フィルムを剥離後、2種類のSAM基板「ビオチンが有るSAM基板(ビオチン化アルカンチオールと1-ドデカンチオールの混合SAM)、及び、ビオチンが無いSAM基板(1-ドデカンチオールのSAM)」上にウサギ抗ビオチン抗体が残存しているかどうかを調べるために、フィルム剥離後のSAM基板を2%ウシ血清アルブミン/PBSで1時間ブロッキングした後、HRPで標識された抗ウサギ抗体(Jackson、USA)(2% BAS溶液で1:500に希釈)溶液に室温にて2時間浸漬した(この抗体は基板上の抗ビオチン抗体に結合する)。2%トリトンX-100/ PBS(5分間、3回)とPBSで洗浄後、SAM基板上の抗ビオチン抗体の存在をHRPとAmplex(登録商標) UltraRed Reagentの反応によって生じる蛍光シグナルに基づいて評価した。SAM基板に抗ビオチン抗体を付着させた直後のサンプル(
図1 ステップ2)についてもはじめの段階で存在していた抗体の量を把握するために上記と同様の評価を行った。
【0057】
フィルムの剥離に用いたエタノール中に溶解又は沈殿している抗体が存在しているかどうかを調べるために、フィルム剥離に用いたエタノールをマイクロチューブに入れ、15000×gで15分間遠心し、溶解している抗体と沈殿している抗体を分離した(溶解している抗体は上清に残り、沈殿している抗体は底に沈む)。上清サンプルを遠心フィルター(Ultrafree-MC、分子量カットオフ:50kDa、Merck Millipore、USA)に移し、2000×gで10分間遠心することで濃縮操作を行った。この濃縮溶液を使って、タンパク質定量キット(クマシーブリリアントブルーがタンパク質に吸着する性質を利用してタンパク質を定量するキット、同仁化学研究所、日本)によりエタノール中に溶解している抗体の存在を調べた。エタノール中に沈殿した抗体(上記の遠心操作後、チューブの底に沈んでいると考えられる)の存在は、ドデシル硫酸ナトリウム - ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)により調べた。方法としては、SDSサンプルバッファー(33 mMTris-HCl (pH=6.8)、13%グリセロール、1% SDS、2.5% 2メルカプトエタノール及び0.005% ブロモフェノールブルー;Bio-rad、アメリカ)を遠心後上清を除いたマイクロチューブに加え、熱湯中で5分間熱した。このサンプルをアクリルアミドゲル(4-15%)の各ウェルに添加し、200V(定電圧)にて電気泳動を行った。泳動後、dodeca
TM銀染色キット(Bio-rad)を用いてゲルの銀染色を行い、タンパク質のバンドを可視化した。コントロールサンプルとして天然の抗ビオチン抗体を実験に用いた。
【0058】
4.プロテインGを用いた抗体の配向固定
上記2において記述した直径13mmの金基板をピランハ溶液にて洗浄後、1mM 11-メルカプトウンデカン酸(シグマ、USA)/ エタノール溶液に24時間浸し、金基板上に末端にカルボキシル基を有するSAMを形成した。エタノールと水で基板を洗浄後、基板を50 mg/ml N-hydroxysuccinimide(NHS; ナカライ、日本)と 50 mg/ml N-(3-Dimethylaminopropyl)-N’-ethylcarbodiimide hydrochloride(EDC; シグマ)の混合水溶液に室温にて20分間浸漬することでSAMのカルボキシル基を活性化した。この基板を水で3回洗浄した後、50μg/mlプロテインG(シグマ)/ PBS溶液を加え1時間インキュベートすることで、プロテインGを共有結合にて基板上に固定化した。このプロテインG固定化基板をPBSで3回洗浄した後、10 mM グリシン / PBSに10分間浸漬し、プロテインGとの反応に関与しなかった未反応の活性化カルボキシル基を失活させた。その後、20 μg/mlの抗ビオチン抗体/PBSを基板上に添加して、1時間インキュベートすることで、抗体を固定化プロテインGに結合させた。このプロテインGを利用して配向を制御した形で固定化した抗体の抗原結合能を上記2において記述したビオチン - HRP複合体とAmplex(登録商標) UltraRed Reagentを用いた方法により評価した。
【0059】
5.各種変性処理に対する抗体の安定性評価
各種変性処理に対する抗体の安定性を評価するために、2において記述した方法により、“配向制御された抗体を含むタンパク質フィルム”を作製した。また、比較サンプルとしてアルブミン-SODフィルムの表面上に共有結合で抗体を結合させたフィルムを作製した。方法としては、パラフィルム上に上記の酸素プラズマで処理したポリカーボネート膜を置き、膜上に架橋アルブミン-SOD溶液を加え、恒温恒湿器にて、一晩乾燥させることでアルブミン-SODフィルムがコーティングされたポリカーボネート膜を作製した。このアルブミン-SODフィルムをパラフィルムから剥離し、アルブミン及びSODのカルボキシル基を上記4と同様の方法にて、NHSとEDCを用いて活性化した後、20μg/mlの抗ビオチン抗体/PBS中にて1時間インキュベートすることで抗体をフィルム表面上に共有結合で固定化した。PBSで3回洗浄した後、10mMグリシン溶液に10分間浸漬、さらに再度PBSで洗浄することで、“抗体結合タンパク質フィルム”を得た。
これら配向制御された抗体を含むタンパク質フィルムと抗体結合タンパク質フィルムにおける抗体の各種変性処理に対する安定性を評価するため、フィルムを50mMグリシン緩衝液(pH = 2)、50mMリン酸水素二ナトリウム緩衝液(pH = 12)及び6Mグアニジン塩酸塩溶液に室温にて30分間浸漬した。また、加熱処理として、フィルムを70℃のPBS中に10分間浸漬した。さらに、乾燥状態で両フィルムを37℃のインキュベーター中にて7日間保存した。その後、変性処理を施した後における抗体の抗原結合能を上記2において記述したビオチン - HRP複合体とAmplex(登録商標) UltraRed Reagentを用いる方法により評価した。
【0060】
6.マイクロタンパク質フィルムの作製
上記2と同様の方法にてビオチン化アルカンチオールと1-ドデカンチオールから成る混合SAMを金基板上に形成した後、抗ビオチン抗体を基板上に結合させた。この基板上にインクジェット技術(IJHB-1000、マイクロジェット、日本)を利用して、30mMトレハロースを含む架橋アルブミン-SOD溶液の微小な液滴を滴下した後、恒温恒湿器(37℃、50%)にて一晩置くことでマイクロタンパク質フィルムを作製した。作製したマイクロタンパク質フィルムは、エタノールに浸漬することで、基板から剥離した。
【0061】
7.細胞及び細胞培養
HL60ヒト前骨髄球性白血病細胞株(RCB0041、理研細胞バンク、日本)の培養は、RPMI1640培地に10%ウシ胎仔血清(FBS)、100U / mLペニシリン、及び100mg / mLストレプトマイシンを添加した培養液を用いて行った。HL60細胞は、様々な種類の細胞に分化する能力を有しており、DMSOは、HL60細胞の好中球様細胞(Collins SJ., Blood, 70(5):1233-44, 1987、Collins SJ. et al., Proc Natl Acad Sci USA, 75(5): 2458-2462, 1978)への分化を誘導するために広く使用されている。本実験においては、HL60細胞を2.5×10
5細胞/mlの細胞密度で培養皿に播種し、1.25%DMSO(シグマ)を添加した培地中にて5日間培養することで好中球様細胞へと分化させた。また、ビオチン化抗体を利用して細胞表面へのビオチンの導入を行った。方法としては、好中球様細胞(6×10
7細胞/ ml)とビオチン標識抗CD43抗体(2μg/ml)「ヤギ抗CD43抗体(R&D Systems、USA)とビオチン標識キット(同仁化学研究所、日本)を用いて作製」を無血清RPMI 1640培養液中にて混合し、30分間インキュベートを行うことで細胞表面上にビオチン標識抗CD43抗体を結合させ、好中球様細胞の細胞表面にビオチンを導入した(以下「ビオチン化好中球様細胞」と略記する)。
【0062】
8.マイクロタンパク質フィルムによる細胞の捕捉と捕捉した細胞から分泌された活性酸素の除去
6の項で作製したマイクロタンパク質フィルムをマイクロチューブに入れ、10,000×gで5分間遠心した後、2% BSA/PBSにてフィルムを懸濁した。30分間インキュベーションすることでフィルムをBSAでブロッキングした後、遠心によりマイクロフィルムを沈殿させ、無血清RPMI 1640培養液に懸濁した。このマイクロフィルムとビオチン化好中球様細胞を微小なチャンバーに加え1時間インキュベートした。なお、細胞とフィルムがよく接触するように、10分毎にチャンバーの上下を反転させた。細胞とフィルムの混合液を40μmの孔を有するセルストレイナーに移して、フィルムに補足されなかった細胞を除いた(細胞は10μm程度で小さいため孔をすり抜ける。一方、マイクロフィルムは100μm程度の大きさがあるので孔をすり抜けない)。セルストレイナー上に残っているフィルムをハンクス平衡塩溶液(HBSS; Invitrogen)で懸濁して、細胞培養皿に移し、フィルムを位相差顕微鏡(IX70、オリンパス)を用いて観察した。コントロールとして、抗体を組み込んでいないマイクロフィルムも作製し、同様の手順で細胞の捕捉実験を行った。
【0063】
好中球様細胞が分泌するスーパーオキシドアニオンは、化学発光法を利用して測定した。細胞を捕捉しているマイクロフィルムを、位相差顕微鏡下でピペットを用いて回収し(合計20枚分のフィルム)、発光測定用のマイクロチューブに入れた。この際、フィルムに補足されている細胞の数も同時に数えた。また、比較対象として、フィルムに補足された細胞と同数の好中球様細胞(フィルムに補足されていないフリーの状態の細胞)を発光測定用のマイクロチューブに入れたサンプルも準備した。これらのサンプルと化学発光試薬(Diogenes)を含んだ試験溶液(Diogenes enhanced superoxide detection kit; National Diagnostics、USA)を混合した後、刺激物質であるPhorbol Myristate Acetate(PMA、終濃度200ng / ml; 和光)を添加して好中球様細胞のスーパーオキシドアニオンの分泌を促した。分泌されたスーパーオキシドアニオンに起因する化学発光はルミネッセンスリーダー(AB-2270ルミネッセンスオクタ; アトー、日本)を用いて測定した。発光強度としては、測定した10分間の発光量の積分値を使用し、フィルムに捕捉された細胞サンプルにおけるスーパーオキシドアニオンの減少量は、次の方程式を用いて計算した。
【0064】
【数2】
【0065】
ここで、Na又はNcはそれぞれ、フリーの状態の好中球様細胞、又はフィルムに捕捉された好中球様細胞における発光強度である。
【0066】
9.架橋アルブミン溶液の調製
上記1と同じ方法で、SODを加えずにアルブミンのみを架橋することで架橋アルブミン溶液を調製した。
【0067】
10.抗体を含むタンパク質フィルムの作製とその抗原結合能の評価(加熱により基板からタンパク質フィルムを剥離)
上記2に記載した方法にて、抗ビオチン抗体が結合した基板(
図1、ステップ2)を作製した後、基板上に30mMトレハロースを含む架橋アルブミン溶液を加え、さらに、このタンパク溶液の上に、ポリカーボネート膜をのせた。この基板を恒温恒湿器(37℃、50%)中にて一晩置くことで架橋アルブミン溶液を凝固させ、“配向制御された抗体を含むタンパク質フィルム”を作製した。その後、基板を種々の温度(80、100、120、または、140℃)に設定したヒーター(HOTPLATE HHP-140D, アズワン)の上にのせ、20分間置いた後、ピンセットを使って基板からフィルムを剥離した。回収したフィルムの抗体の抗原結合能は、上記2において記述したビオチン - HRP複合体とAmplex(登録商標) UltraRed Reagentを用いた方法により評価した。
【0068】
11.フィルム剥離後のSAM基板上の残存抗体の検出
加熱によりSAM基板からフィルムを剥離した場合、抗体はフィルムに移行しているか、または、SAM基板上に残っているかのどちらかである。フィルムに移行せずにSAM基板上に残存している抗体量を、上記3と同じ方法にて評価し、次の式により抗体の残存量を計算した。
【0069】
【数3】
【0070】
12.基板上への抗体の固定(ランダム固定)
コントロールとして、抗体の配向を制御せずにSAM基板上に抗体を共有結合で固定化したサンプルを作製した。作製手順の大半は、上記4と同じであり、末端にカルボキシル基を有するSAM基板を作製後、NHSとEDCを用いて、SAMのカルボキシル基を活性化し、20μg/mlの抗ビオチン抗体/PBSを加えて基板上に抗体を共有結合にて固定化した。このランダムな配向で基板上に固定化されている抗体の抗原結合能を上記2に記述した手順と同じ方法で評価した。
【0071】
13.抗体サンプルの乾燥状態での長期保存
上記10の方法で作製した、配向制御された抗体を含むタンパク質フィルム、と上記12の方法で作製した、ランダムな配向で基板上に固定化された抗体サンプルを、乾燥状態(即ち、溶液に浸漬していない状態)で40℃のインキュベーター中にて1ヶ月間保存した。乾燥保存開始から、1日、7日、または、1ヵ月後の抗体の抗原結合能を上記2と同じ手順によって評価し、保存開始日の抗原結合能のデータを用いて一定期間保存した後における抗原結合能の残存率を算出した。
【0072】
[結果]
1.抗体を含むタンパク質フィルムの抗原結合能の評価
本発明である配向制御された抗体を含むタンパク質フィルムの抗原結合能の評価を行った(
図3)。比較サンプルとして、配向制御されていない抗体を含むタンパク質フィルムとプロテインGを使って配向を制御しながら固定化した抗体も評価に用いた。配向制御された抗体を含むフィルムは、配向制御されていない抗体を含むフィルムと比較して、3.4倍高い抗原結合能力を有していた。また、その抗原結合能は、プロテインGを用いて固定化した抗体よりも優れていることも分かった。
【0073】
2.基板上に結合していた抗体のフィルムへの移行についての検証
本方法においては、SAM基板上に抗体を付着させ、この抗体を含んだフィルムを作製後、フィルムを基板から剥離している(
図1)。基板からフィルムを剥離する際、抗体の行方として次の4通りの可能性がある(
図4a)。(1)フィルムに移る、(2)SAM基板上に残る、(3)エタノール中に溶解した状態で存在する、(4)エタノール中に沈殿した状態で存在する。
図4bに示すように、基板上に抗体を付着させたはじめの段階(
図1 ステップ2)では、抗体の存在が確認できたが、フィルムを剥離した後には、抗体は検出されず、フィルム剥離後に基板上に残存している抗体は無いと考えられる。また、フィルムの剥離に用いたエタノールを濃縮して、その中に抗体が含まれているかどうかをタンパク質定量法により調べたがタンパク質は検出されなかった。このことより、エタノール中に溶解した状態で残存している抗体は無いと考えられる。さらに、エタノール中に沈殿した状態で残存している抗体の有無をSDS-PAGEにより調べた(
図4c)。通常、還元条件下で抗体のSDS-PAGE を行うと、50〜60 kDa にH 鎖、25〜30 kDa にL 鎖に由来するバンドが検出される(本実験においてもコントロールとして用いた天然の抗体サンプルにおいてこれらのバンドが検出されている)。しかし、フィルムの剥離に用いたエタノールサンプルにおいては、抗体に由来するこれらのバンドは見られず、エタノール中に沈殿した状態で残存している抗体は無いと考えられる。以上の結果より、はじめにSAM基板上に付着していた抗体は全てフィルムに移行していると考えられる。
【0074】
3.各種変性処理に対する抗体の安定性評価
本発明である配向制御された抗体を含むタンパク質フィルムは、
図1に示した手順により、抗体分子の多くの部分をフィルムの構成成分によって取り囲まれる(抗体がフィルムの内部に埋まり込むような形になる)ように工夫して作製しており、この周囲に存在する分子が抗体の大きな構造変化が防ぐことで、安定性が大きく向上するものと期待される。この点を明確にするために、アルブミン-SODフィルムの表面に抗体を共有結合で固定化したコントロールサンプルを調製した。この場合、抗体は、フィルムの構成成分に取り囲まれることなく、フィルム表面に乗るような形で付いている。
図5に示すように、配向制御された抗体を含むフィルム中の抗体は、フィルム表面に単に結合している抗体と比較して、乾燥保存、熱及び酸、アルカリ又は変性剤での処理を含む様々なタンパク質変性処理に対して、より安定であることが分かった。
【0075】
このように、本発明の抗体を含むタンパク質フィルムは、過酷な外因性の環境を模倣するような条件に対して、高い安定性を示していることが分かった。従来法により配向を制御して固定化した抗体、例えば、プロテインGなどを用いて固定化した抗体、においては、上記で記載したように酸処理により、ダメージを受けることが知られている。種々の過酷な条件下においても高い安定性を保持できる本フィルムは、従来法と比較して明確な優位性を持つものであり、幅広い分野での利用が期待できる。
【0076】
4.抗体を含むマイクロタンパク質フィルムを用いた細胞の捕捉と活性酸素の除去
配向制御された抗体を含むマイクロタンパク質フィルムとビオチン化好中球様細胞を混合したところ、
図6左図に示すように、マイクロフィルムはフィルム表面に組み込まれている抗体の働きにより、細胞を良好に捕捉した。直径約100μmのフィルムは、平均して22±6個の細胞を捕捉した。一方、抗体を組み込んでいないマイクロフィルムでは、細胞は捕捉されず、細胞の捕捉には抗体が必要であることが実証された(
図6右図)。
【0077】
次に、フィルム内のSODによって、捕捉された細胞から分泌されたスーパーオキシドアニオンをどの程度除去できるかを検証した。フリーの状態の好中球様細胞では、PMAの刺激に応答して、多くのスーパーオキシドアニオンが分泌され、強い化学発光が観察された(
図7)。一方、細胞がフィルムで捕捉された場合においては、検出される化学発光の著しい減少が見られた。このことは、フィルム内のSODによって、細胞から分泌されたスーパーオキシドアニオンの多くが除去されていることを示す。このようにフィルムを構成する抗体とSODの連携プレーにより、高濃度では生体にとって有害となるスーパーオキシドアニオンを効率よく除去できることを実証した。
【0078】
ここまでは、基板上からタンパク質フィルムを剥離するためにエタノールを用いたが、以下の実施例においては、フィルムの剥離のために加熱処理を用いた。
【0079】
5.抗体を含むタンパク質フィルムの作製(加熱により基板からタンパク質フィルムを剥離)
作製した配向制御された抗体を含むタンパク質フィルムを、SAM基板上から回収する(
図1、ステップ5)ために、加熱により、抗原―抗体反応を解離させ、基板からフィルムを剥離することを試みた。
図8aに様々な温度による加熱処理によって剥離したフィルムの抗原結合能を検証した結果を示す。加熱処理の温度を上げるに従って抗原結合能が向上することが分かった。しかし、140℃まで温度を上げると抗体の抗原結合能は大きく低下した。
図8bにフィルムを加熱により基板上から剥離した後、フィルムに移行せずに基板上に残存している抗体の割合を算出した結果を示す。温度の上昇とともに基板上に残存する抗体の割合が減少し、高温での加熱によって良好に抗原―抗体が解離し、基板上に抗体が残存することなく、フィルムに多くの抗体が移行することが分かった。このことより、
図8aにおける温度上昇に伴う抗原結合能の増加は、より多くの抗体がフィルムに移行したためであると考えられる。140℃の加熱において、多くの抗体がフィルムに移行しているにも関わらず、抗原結合能が低いのは、高温によって、フィルム内の抗体が変性したためであると考えられる。本結果より、フィルムを基板から剥離するためには120℃が適していることが明らかになり、以降、この温度にてフィルムを作製した。
【0080】
6.抗体を含むタンパク質フィルムの抗原結合能の評価
本発明である配向制御された抗体を含むタンパク質フィルム(120℃加熱により剥離)と従来の一般的な方法で固定化された抗体の抗原結合能の比較を行った(
図9)。従来法のサンプルとして、ランダムな配向で基板上に固定化した抗体とプロテインGを使って配向を制御しながら固定化した抗体を用いた。配向制御された抗体を含むフィルムの抗原結合能は、プロテインGを用いて固定化した抗体やランダムな配向で固定化した抗体よりも優れていることも分かった。
【0081】
7.乾燥状態における抗体の長期保存安定性の検討
本発明である配向制御された抗体を含むタンパク質フィルム(120℃加熱により剥離)とランダムな配向で基板上に固定化した抗体を乾燥状態にて40℃で1ヵ月保存した(
図10)。単純に基板上に共有結合で固体化した抗体(ランダム固定)では、保存開始後すぐに抗体が失活し、抗原結合能の著しい低下が見られた。一方、本発明である抗体を含むタンパク質フィルムにおいては、1ヵ月保存した後においても抗原結合能の低下が全く見られなかった。これは、タンパク質フィルムでは、抗体分子の多くの部分がフィルムの構成成分によって取り囲まれ、この周囲に存在する分子が抗体の大きな構造変化が防ぐために、乾燥状態であっても長期にわたって抗体が安定な状態で存在し得るためであると考えられる。本実施例では、保存期間として1ヵ月までしか検証していないが、1ヵ月時点で抗原結合能の低下が全く見られなかったため、1ヵ月を超える長期間に亘って抗体が失活することなく保存できると考えられる。