特許第6971478号(P6971478)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6971478
(24)【登録日】2021年11月5日
(45)【発行日】2021年11月24日
(54)【発明の名称】ゲノム編集植物の作出方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/11 20060101AFI20211111BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20211111BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20211111BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20211111BHJP
【FI】
   C12N15/11 ZZNA
   A01H1/00 A
   C12N1/21
   !C12N15/09 100
【請求項の数】1
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2018-559442(P2018-559442)
(86)(22)【出願日】2017年12月25日
(86)【国際出願番号】JP2017046368
(87)【国際公開番号】WO2018123938
(87)【国際公開日】20180705
【審査請求日】2020年7月20日
(31)【優先権主張番号】特願2016-253306(P2016-253306)
(32)【優先日】2016年12月27日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】光原 一朗
(72)【発明者】
【氏名】柳川 由紀
(72)【発明者】
【氏名】山田 香純
(72)【発明者】
【氏名】土岐 精一
(72)【発明者】
【氏名】横井 彩子
【審査官】 原 大樹
(56)【参考文献】
【文献】 特表2013−513389(JP,A)
【文献】 Annu. Rev. Microbiol.,2000年,Vol.54,p.735-774
【文献】 Journal of Bacteriology,2004年,Vol.186, No.2,p.543-555
【文献】 MPMI,2010年,Vol.23, No.3,p.251-262
【文献】 MPMI,2009年,Vol.22, No.1,p.96-106
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
A01H
MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/CAplus(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
望のタンパク質が導入された植物の作出方法であって、
(a)III型分泌装置を有する細菌に、所望のタンパク質をコードするDNAを導入して、形質転換細菌を作製する工程
(b)当該形質転換細菌を植物に接触させる工程
(c)当該形質転換細菌が感染した植物の組織を培地に移植し、当該形質転換細菌の増殖が抑制されるが、死滅しない条件下で培養する工程、および
(d)当該形質転換細菌が死滅する条件下で培養し、該植物の組織を再分化させる工程
を含み、
工程(c)の培養の条件が抗生物質の添加であり、工程(c)の培養の期間が1〜4日間である方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バクテリアのIII型分泌装置を利用したゲノム編集植物の作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲノム編集技術は、特定の遺伝子の狙った部位に変異を導入して、そのコードするタンパク質の活性を修飾(例えば、活性型から不活性型への置換や不活性型から活性型への置換)することにより、新たな細胞や品種を作製する技術である。この技術によれば、単に内在性遺伝子に変異が導入され、外来遺伝子を保持しない品種や系統を作成することが可能であり、この点で従来の遺伝子組換え技術と異なる(非特許文献1)。
【0003】
ゲノム編集技術においては、ゲノム上の部位特異性とゲノムの改変という2つの特性を持たせるために、一般に、部位特異性が付与されたヌクレアーゼ(核酸(DNA)切断酵素)が利用される。このようなヌクレアーゼとしては、2005年以降、第一世代のZFNs(Zinc Finger Nucleases)に続いて、TALENs(Transcription Activator Like Effector Nucleases)やCRISPR-Cas9(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats CRISPR-Associated Proteins 9)といった第二世代・第三世代のゲノム編集技術が、次々と開発されてきた(非特許文献2)。ヌクレアーゼに部位特異性を付与するために、ZFNsとTALENsでは、標的DNAに結合する配列認識ドメイン(ZFドメイン、TALEドメイン)が利用され、CRISPR/Cas9では、標的DNAに相補的な配列を持つRNA(ガイドRNA)が利用される。
【0004】
TALENsをはじめとするゲノム編集用の人工ヌクレアーゼを作物の育種に活用する場合、植物ではアグロバクテリウム法などの遺伝子組換え技術によって、人工ヌクレアーゼ遺伝子を導入する方法が主流となっている(非特許文献3)。しかしながら、アグロバクテリウム法では、対象植物のゲノムDNAに人工ヌクレアーゼ遺伝子が組み込まれてしまうため、植物の標的遺伝子に修飾を入れた後、不要になった人工ヌクレアーゼ遺伝子を除去することが必要になる。この場合、かけ合わせが可能な植物ではゲノム編集用タンパク質の遺伝子を除去できるが、栄養繁殖性植物や木本植物など、不要遺伝子のかけ合わせによる除去が事実上不可能な作物も多く存在する。
【0005】
そこで、植物においても、人工ヌクレアーゼをタンパク質として直接細胞内へ導入し、ゲノムへの遺伝子の組込みを経ずにゲノム編集を行う技術の開発が行われているが、プロトプラスト化が必要であることなどから適用できる植物種は限られている(非特許文献4、5)。同様に、パーティクルガンでトウモロコシ胚にRNP(CRISPR/Cas9タンパク質RNA複合体)を直接導入して、標的変異に成功した報告もあるが(非特許文献6)が、パーティクルガンを用いる方法は、通常の遺伝子組み換えですら個体再生が可能な植物は限られていることから、ゲノム編集に関しては、それ以上に困難であると考えられる。また、ウイルスの媒介により植物のゲノム編集を行おうとする試みもあるが(非特許文献7)、ウイルスに導入できる外来遺伝子の長さの制約などのため、ゲノム編集タンパク質をウイルスにより導入してゲノム編集に成功した例は知られていない。また、組換えウイルスを用いる場合、ゲノム編集後の植物においてウイルスの非存在を証明することが困難であるなどの障害もある。この他に、タンパク質を植物の細胞に導入する方法としては、膜透過ペプチドを用いる方法(非特許文献8)などが知られているが、植物ゲノム編集への応用について報告はない。
【0006】
ところで、III型分泌装置は、病原細菌が宿主細胞に特殊なタンパク質を導入することで、宿主細胞の機能をかく乱し寄生を容易にするために機能すると考えられており、グラム陰性細菌の一部はこの機能を有していることが知られている(非特許文献9)。また、このシステムを利用して、植物細胞に外来タンパク質を導入する方法が報告されている(非特許文献10〜12)。しかしながら、人工ヌクレアーゼも含め外来タンパク質を導入した細胞由来の再分化個体の作出に成功したとの報告はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Voytas, Annu. Rev. Plant Biol. 64:327-350(2013)
【非特許文献2】Doyle et al., Trends Cell Biol 23:390-398(2013)
【非特許文献3】Endo et al., Methods in Molecular Biology Volume 1469 pp123-135(2016)
【非特許文献4】Woo et al., Nature Biotech. 33:1162-1164(2016)
【非特許文献5】Subburaj et al., Plant Cell Rep. 35:1535-1544(2016)
【非特許文献6】Svitashev et al., Nature Communication 7:13274(2016)
【非特許文献7】Ali et al., Molecular Plant 8:1288-1291(2015)
【非特許文献8】Ng et al., Plos One 10:1371(2016)
【非特許文献9】Buttner, Mocrbiology and Molecular Biology 76:262-310(2012)
【非特許文献10】Schechter et al., J Bacteriol, 186:543-555(2004)
【非特許文献11】Mukaihara et al., MPMI 23:251-262(2010)
【非特許文献12】Furutani et al., MPMI 2:96-106(2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者は、細菌が有するIII型分泌装置を利用して外来タンパク質が導入された植物体の作出を行うべく、外来タンパク質の一例としてゲノム編集用人工酵素であるTALENsを用い、上記従来法により、TALENsを発現させた細菌をタバコ葉に感染させて栽培を行った。しかしながら、TALENs導入によって目的の遺伝子変異が生じた植物組織が得られる頻度が低く不安定であることが判明した。
【0009】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、細菌が有するIII型分泌装置を利用して、所望のタンパク質が導入された植物体を効率的に作出しうる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、III型分泌装置を有する細菌で目的のタンパク質を発現させ、当該細菌を植物に接触させた後、感染組織を静菌的条件下で一定期間培養することにより、細菌感染させた植物をそのまま栽培する従来法と比較して、植物へのタンパク質の導入効率が飛躍的に高まることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、III型分泌装置を有する細菌を利用して目的のタンパク質が導入された植物を作出する方法において、一定期間、静菌的条件下で細菌と植物組織を共存培養させることを特徴とする方法に関し、より詳しくは、以下を提供するものである。
【0012】
[1]以下の(a)から(d)に記載の工程を含む、所望のタンパク質が導入された植物の作出方法。
(a)III型分泌装置を有する細菌に、所望のタンパク質をコードするDNAを導入して、形質転換細菌を作製する工程
(b)当該形質転換細菌を植物に接触させる工程
(c)当該形質転換細菌が感染した植物の組織を培地に移植し、当該形質転換細菌の増殖が抑制されるが、死滅しない条件下で培養する工程
(d)当該形質転換細菌が死滅する条件下で培養し、当該植物の組織を再分化させる工程
[2]工程(c)の培養条件が、栄養源の制限及び抗生物質の添加の少なくとも1つである、[1]に記載の方法。
【0013】
[3]工程(c)の培養の期間が1〜10日間である、[1]又は[2]に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、目的のタンパク質が導入された植物を効率的に作出することが可能となる。本発明の方法により作出された植物は、目的のタンパク質をコードする遺伝子が植物のゲノムに組み込まれていないため、目的のタンパク質が不要となった後に、当該遺伝子を除去する必要がない。このことは、当該植物を食用とする場合の安全性や屋外などで栽培する場合の環境性(生物多様性)の面でも有利である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本実施例で用いたベクター「pBI121-sGFP-wTALEN-ELUC」の構築を示す図である。
図2A】本発明におけるゲノム編集植物の作出方法(一例)を示す概略図である。
図2B図1のベクターが導入されたタバコに、TALENsを発現する黒腐病菌(Xcc)を接種し、その葉片を炭素源(ショ糖)を制限した上で静菌的な濃度で抗生物質を添加(200μg/ml セフォタックス)した培地で培養した。図2Bは、3日間培養した時点での、葉片におけるゲノム編集の発生をルシフェラーゼ活性を指標に検出した結果を示す写真である。
図2C図1のベクターが導入されたタバコにTALENsを発現する黒腐病菌(Xcc)を接種し、その葉片を炭素源(ショ糖)を制限した上で静菌的な濃度で抗生物質を添加(200μg/ml セフォタックス)した培地で3日間培養し、その後、炭素源を制限しない培地(抗生物質としてカナマイシンを含む)へ移植した。図2Cは、(a)接種から1カ月時点、(b)発根培地で発根個体が得られた時点、(c)発根した個体をポットに移して変異個体が得られた時点、でのゲノム編集の発生をルシフェラーゼ活性を指標に検出した結果を示す写真である。
図3図1のベクターが導入されたタバコに、TALENsを発現する黒腐病菌(Xcc)を接種し、その葉片を炭素源(ショ糖)を制限しない静菌的な濃度で抗生物質を添加(30g/L ショ糖、200μg/ml セフォタックス)した培地で培養した。培養1日後、3日後、5日後の、葉片におけるゲノム編集の発生をルシフェラーゼ活性を指標に検出した結果を示す写真である。
図4図1のベクターが導入されたタバコに、TALENsを発現する黒腐病菌(Xcc)を接種し、その葉片を炭素源(ショ糖)を制限した上で静菌的な濃度で抗生物質を添加(200μg/ml セフォタックス)した培地で培養した。培養1日後、2日後、5日後、6日後の、葉片におけるゲノム編集の発生をルシフェラーゼ活性を指標に検出した結果を示す写真である。
図5図1のベクターが導入されたタバコに、TALENsを発現する黒腐病菌(Xcc)を接種し、その葉片を様々な条件(30g/Lのショ糖の添加の有無、および200μg/mlのセフォタックスの添加の有無)の培地で培養した。培養3日後の、葉片におけるゲノム編集の発生をルシフェラーゼ活性を指標に検出した結果を示す写真である。
図6図1のベクターが導入されたタバコに、TALENsを発現する黒腐病菌(Xcc)を接種し、その葉片を炭素源(ショ糖)を制限した上で様々な濃度の抗生物質を添加(5〜100μg/ml セフォタックス)した培地で培養した。培養3日後の、葉片におけるゲノム編集の発生をルシフェラーゼ活性を指標に検出した結果を示す写真である。
図7】本実施例で用いたベクター「pBI121-sGFP-wTALEN-HPT」の構築を示す図である。
図8A】本発明におけるゲノム編集植物の作出方法(一例)を示す概略図である。
図8B図7のベクターが導入されたタバコにTALENsを発現する黒腐病菌(Xcc)を接種し、その葉片を炭素源(ショ糖)を制限した上で静菌的な濃度で抗生物質を添加(200μg/ml セフォタックス)した培地で3日間培養し、その後、炭素源を制限しない培地(抗生物質としてハイグロマイシンを含む)へ移植した。接種から7週目の時点でのゲノム編集の発生をハイグロマイシン耐性を指標に検出した結果を示す写真である。
図9】ゲノム編集用分子としてTALENsに代えてI-SceIを発現する黒腐病菌(Xcc)を、その認識配列を含むベクターが導入されたタバコに接種して、同様の実験を行った。図3は、発根した個体をポットに移して変異個体が得られた時点でのゲノム編集の発生をルシフェラーゼ活性を指標に検出した結果を示す写真である。配列において1st ATG(左側四角)に続いてI-SceI認識配列(右側四角)が存在する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の所望のタンパク質が導入された植物の作出方法においては、まず、III型分泌装置を有する細菌に、所望のタンパク質をコードするDNAを導入して、形質転換細菌を作製する(工程(a))。
【0017】
本発明における「III型分泌装置」は、グラム陰性菌にみられるタンパク質分泌装置であり、自身の産生するタンパク質を宿主に直接注入する働きを持つ。本発明に用いる「III型分泌装置を有する細菌」は、植物を宿主とするものであれば特に制限はなく、例えば、Xanthomonas属細菌、Pseudomonas属細菌、Ralstonia属細菌、Erwinia属細菌などの植物病原菌や、根粒菌などの共生細菌が挙げられる。Xanthomonas属細菌としては、例えば、本発明で用いたXanthomonas campestris pv. campestris(Xcc)をはじめとするXanthomonas campestrisの各pathovar(pv.)やXanthomonas oryzae、Pseudomonas属細菌としては、例えば、Pseudomonas syringaeの各pathovar、Ralstonia属細菌としては、例えば、Ralstonia solanacearum、Erwinia属細菌としては、例えば、Erwinia carotovoraなどが挙げられる。
【0018】
本発明における「所望のタンパク質」としては、特に制限はない。植物に導入したい任意のタンパク質を本発明において利用することが可能である。ゲノム編集を行う目的において、所望のタンパク質としては、例えば、ZFNs(米国特許6265196号、8524500号、7888121号、欧州特許1720995号)、TALENs(米国特許8470973号、米国特許8586363号)、ヌクレアーゼドメインが融合されたPPR(pentatricopeptide repeat)(Nakamura et al., Plant Cell Physiol 53: 1171-1179(2012))などの融合タンパク質が挙げられる。また、CRISPR-Cas9(米国特許8697359号、国際公開2013/176772号)やCRISPR-Cpf1(Zetsche B. et al., Cell, 163(3):759-71,(2015))などに用いられるヌクレアーゼが挙げられる。上記融合タンパク質のヌクレアーゼドメインは、目的に応じて、他の修飾酵素ドメインに置換することができる。他の修飾酵素ドメインとしては、例えば、転写活性化因子ドメイン、転写抑制因子ドメイン、デアミナーゼドメイン、DNAメチル化酵素ドメイン、ヒストン修飾酵素ドメイン(アセチル化、脱アセチル化、メチル化、脱メチル化など)、リコンビナーゼドメインが挙げられる。
【0019】
ゲノム編集分子による遺伝子改変以外に、例えば、フロリゲンによる花成誘導、リプログラミング因子の導入による脱分化の促進(形質転換効率の向上)などを行うこともできる。また、ゲノム編集分子とともに、DNA修復関連因子のドミナントネガティブ型のタンパク質を導入することで変異導入効率を向上させることも考えられる。
【0020】
本発明における「所望のタンパク質」は、一旦、植物に導入され、その目的を達成した後は、分解されていてもよい。
【0021】
所望のタンパク質をコードするDNAは、通常、当該細菌での発現に適したベクターに挿入して、当該細菌に導入される。ベクターとしては、例えば、VS1複製起点を持つpME6031(Heeb et al. MPMI 13:232-237(2000))やpRI40由来のpHM1(GenBankアクセション番号EF059993)を利用することができる。また、例えば、pDSK519(GenBankアクセション番号JQ173098、Keen et al., Gene 70:191-197(1988))などの広宿主域ベクターも利用することができる。これらのプラスミドは、エレクトロポレーション法などの公知の方法で、細菌に導入することができる。
【0022】
また、本発明においては、トランスポゾンやウイルスベクターを用いて細菌ゲノムへ遺伝子を導入する方法も利用可能である。例えば、pBSL118(Tn5)(Alexeyev et al. Can J. Microbiol 41:1053-1055(1995))やpME3280(Tn7)(Zuber et al. MPMI 16:6354-644(2003))などのプラスミドに含まれるトランスポゾン中に目的のタンパク質をコードする遺伝子を組み込むことで、当該遺伝子を含むトランスポゾンをバクテリアのゲノムに転移させることが可能である。
【0023】
本発明の方法においては、次いで、当該形質転換細菌を植物に接触させる(工程(b))。
【0024】
工程(a)において作成された形質転換細菌を接触させる対象となる「植物」としては、III型分泌装置を有する細菌が当該装置を利用してタンパク質を導入しうる植物であれば、特に制限はない。Xanthomonas属細菌を接触させる植物としては、例えば、シロイヌナズナ、ダイコン、アブラナ、キャベツなどのアブラナ科植物、イネ、ムギ、トウモロコシなどのイネ科植物、タバコ、ナス、トマトなどのナス科植物、ダイズ、アズキ、ソラマメなどのマメ科植物、キュウリ、スイカ、メロンなどのウリ科植物、リンゴ、バラ、ナシなどのバラ科植物が挙げられ、Pseudomonas属細菌を接触させる植物としては、例えば、シロイヌナズナ、ダイコン、アブラナ、キャベツなどのアブラナ科植物、イネ、ムギ、トウモロコシなどのイネ科植物、タバコ、ナス、トマトなどのナス科植物、ダイズ、アズキ、ソラマメなどのマメ科植物、キュウリ、スイカ、メロンなどのウリ科植物、リンゴ、バラ、ナシなどのバラ科植物、オリーブ、モクセイ、ジャスミン、ライラックなどのモクセイ科植物、キク、レタス、アーティチョークなどのキク科植物が挙げられ、Ralstonia属細菌を接触させる植物としては、例えば、タバコ、ナス、トマト、ジャガイモなどのナス科植物、ダイズ、アズキ、ソラマメなどのマメ科植物、リンゴ、バラ、ナシなどのバラ科植物、ショウガ、ウコン、ミョウガなどのショウガ科植物、バショウ、バナナ、マニラアサなどのバショウ科植物、オリーブ、モクセイ、ジャスミン、ライラックなどのモクセイ科植物が挙げられ、Erwinia属細菌を接触させる植物としては、例えば、シロイヌナズナ、ダイコン、アブラナ、キャベツなどのアブラナ科植物、タバコ、ナス、トマト、ジャガイモなどのナス科植物、リンゴ、バラ、ナシなどのバラ科植物、イネ、ムギ、トウモロコシなどのイネ科植物、キク、レタス、アーティチョークなどのキク科植物が挙げられ、根粒菌を接触させる植物としては、例えば、ダイズ、アズキ、ソラマメなどのマメ科植物が挙げられるが、これらに制限されない。本発明に適した植物と細菌の組み合わせ及びIII型分泌装置に所望のタンパク質を輸送させるためのシグナル配列は、CyaAアッセイ法(Furutani et al., MPMI 22:96-106(2009)、Mukaihara et al., Molecular Microbiology 54:863-875(2004))などによって選択することができる。
【0025】
植物に形質転換細菌を「接触」させる方法としては、例えば、菌液を細胞間隙に注入するインフィルトレーション(浸漬)法、菌液に浸したハサミで葉先を切断する剪葉接種法、菌液を噴霧する噴霧法、切り取った葉を菌液に浸すリーフディスク法など公知の病理学的手法を利用することができる。形質転換細菌は、植物体の全体に接触させる必要はなく、その一部、例えば、植物体上の特定の組織、あるいは植物体から分離された特定の組織であってもよい。特定の組織としては、例えば、葉、茎、茎頂(生長点)、根、塊茎、カルスなどが挙げられる。
【0026】
本発明の方法においては、次いで、当該形質転換細菌が感染した植物の組織を培地に移植し、当該形質転換細菌の増殖が抑制されるが、死滅しない条件下(すなわち、静菌的条件下)で培養する(工程(c))。
【0027】
通常の植物組織培養条件で培養を行った場合には、形質転換細菌の増殖により、殺菌的条件で培養を行った場合には、形質転換細菌の死滅により、いずれも所望のタンパク質が導入された植物が効率的に作出できないことが、本発明者により見出された。そこで、本発明では、静菌的条件で、細菌と植物組織の共存培養を行い、目的のタンパク質を細菌から植物組織に導入させる。
【0028】
形質転換細菌が感染した植物の組織を培養するための「培地」としては、植物組織培養に用いられている一般的な培地を使用することができる。このような培地としては、例えば、MS培地(Murashige and Skoog, Physiol. Plant, 18:100-127(1962))、LS培地(Linsmaier and Skoog, Physiol. Plant. 18:100-127(1965))、ガンボルグB5培地(Gamnorg et al., Exp. Cell. Res. 50:151-158(1968))、N6培地(Chu, Science press, Beijing pp.43-50(1978))、KNUDSON C培地(Knudson, Am. Orchid Soc. Bull., 15:214-217(1946))、R2培地(Ohira et al., Plant and Cell Physiology 14:1113(1973))、Tuleeke培地(Tuleeke and Nickell, Science 130:863-864(1959))、ホワイト培地(White, A handbook of plnt tissue culture, pp103, Cattell, Lsncaster, Pa.(1963))などが挙げられる。
【0029】
本工程の培養における「形質転換細菌の増殖が抑制されるが、死滅しない条件」としては、例えば、培地における栄養源(例えば、炭素源や窒素源)の制限、静菌的濃度での培地への抗生物質の添加、温度条件の変更などが挙げられる。
【0030】
栄養源を制限する場合の炭素源としては、例えば、ショ糖が挙げられ、窒素源としては、例えば、硝酸塩、アンモニウム塩類、アミノ酸が挙げられる。制限としては、培地への無添加や添加量の減量が挙げられる。また、抗生物質を添加する場合の抗生物質としては、例えば、セフォタックス(セフォタキシム)などのセフェム系抗生物質、カルベニシリンなどのペニシリン系抗生物質、テトラサイクリンなどのテトラサイクリン系抗生物質、シクロセリンなどの細胞壁合成阻害タイプ、クロラムフェニコールなどのクロラムフェニコール系抗生物質、アジスロマイシンなどのマクロライド系抗生物質などの静菌的抗生物質が好適であるが、これらに制限されない。また、後述のような一般に殺菌的とされる抗生物質であっても当該形質転換細菌を死滅させない程度に濃度を下げた条件で静菌的に使用することも考えられる。添加する抗生物質の濃度は、その種類によって異なるが、通常、1〜1000μg/ml、好ましくは2〜250μg/mlである。例えば、抗生物質としてセフォタックス(セフォタキシム)を用いる場合には、100〜250μg/mlが特に好ましい。また、温度条件を変更する場合の条件としては、例えば、組織培養を行う植物種に適用される通常の温度条件から2〜7度程度低い温度条件を適用することができる。例えば、タバコやトマトなどの場合、通常25〜28度で培養されるが、本発明では18〜24度とすればよい。本発明においては、これら条件は、組み合わせで用いてもよく、例えば、栄養源を制限しながら、抗生物質を添加することも可能である。
【0031】
形質転換細菌の増殖が抑制されるが、死滅しない条件は、好ましくは、培地への抗生物質の添加である。抗生物質の添加によって形質転換細菌の増殖を抑制する場合には、ショ糖などの栄養源は必ずしも制限する必要はない。これにより培養組織の損傷を防止しつつ、形質転換細菌の増殖を抑制することができる。
【0032】
ある培養条件が、形質転換細菌の増殖が抑制される条件であるか否かは、通常の培養条件、例えば、ショ糖を含み、セフォタックスが添加されていないカルス・再分化誘導培地[1x Murashige and Skoog(MS)、1x MSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン, 0.5μg/ml 塩酸ピリドキシン, 0.5μg/ml ニコチンアミド, 2μg/ml グリシン, 100μg/ml ミオイノシトール), 0.1μg/ml α-ナフタレン酢酸, 1μg/ml 6-ベンジルアミノプリン, 30g/L ショ糖, 8.5g/L 寒天, pH5.8]で培養した場合と比較して、形質転換細菌の増殖が抑制されるか否かにより評価することができる。例えば、それぞれの条件で培養した形質転換細菌をホモジェナイズした後、平板培養法などによって菌数を測定し、ある培養条件での菌数が、通常の培養条件での菌数より少なければ(菌数の減少が、例えば、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、99%以上であれば)、形質転換細菌の増殖が抑制されていると評価することができる。ここで「増殖の抑制」には、完全な増殖の抑制(増殖の停止)も含まれる。
【0033】
また、ある培養条件が、形質転換細菌が死滅する条件であるか否かは、当該培養条件での培養後に、通常の培養条件に移行して培養を行った場合に、形質転換細菌の増殖が認められるか否かにより評価することができる。通常の培養条件に移行して形質転換体が増殖すれば、当該形質転換体は死滅していないと評価することができ、一方、形質転換体が増殖しなければ、当該形質転換体は死滅していると評価することができる。形質転換細菌の増殖は、例えば、上記のように形質転換細菌の菌数を計測することにより評価してもよく、また、葉片の周辺の白濁により評価してもよい。
【0034】
本工程における培養期間は、植物へのタンパク質の導入に十分な期間であれば制限はないが、通常、1〜10日間である。ショ糖を無添加とする場合には、1〜4日間が好ましい。制限される条件以外は、一般的な、植物の組織培養の条件を適用することができる。
【0035】
本発明の方法においては、次いで、当該形質転換細菌が死滅する条件下(殺菌的条件下)で培養し、該植物の組織を再分化させる(工程(d))。
【0036】
本工程の培養における「培地」としては、上記した植物組織培養に用いられている一般的な培地を使用することができる。「形質転換細菌が死滅する条件」としては、例えば、致死的濃度での培地への抗生物質の添加などが挙げられる。抗生物質としては、例えば、カナマイシンなどのアミノグリコシド系抗生物質、リファンピシンなどのリファマイシン系抗生物質、イミペネムなどのカルバペネム系抗生物質、ポリミキシンなどのポリペプチド系抗生物質、ホスホマイシンなどのホスホマイシン系抗生物質、ナジフロキサシンなどのニューキノロン系抗生物質、ペニシリンなどのβラクタム系抗生物質、ナルジクス酸などのピリドンカルボン酸系抗生物質、などの殺菌的抗生物質が好適であるが、これらに制限されない。また、前述のような一般に静菌的とされる抗生物質であっても当該形質転換細菌を死滅させる程度に濃度を上げた条件で用いることも考えられる。添加する抗生物質の濃度は、通常、1〜1000μg/ml、好ましくは2〜250μg/mlである。
【0037】
一旦、形質転換細菌を死滅させてしまえば、その後は、必ずしも当該形質転換細菌が死滅する条件で培養する必要はない。従って、本工程における「当該形質転換細菌が死滅する条件下で培養し」とは、植物の組織を再分化させる過程の全ての期間を当該条件で培養することを要する意味ではない。当該形質転換細菌が死滅する条件下での培養期間は、工程(a)の後、通常、2日〜2か月であり、好ましくは1週間〜4週間である。
【0038】
組織培養により植物の組織を再分化させて個体を得る方法としては、本技術分野において確立された方法を利用することができる(形質転換プロトコール[植物編] 田部井豊・編 化学同人 pp.340-347(2012))。
【0039】
なお、目的のタンパク質としてゲノム編集用分子を用いて変異を導入した場合において、周縁キメラ又は区分キメラ(又は周縁区分キメラ)の植物個体が得られた場合、目的とする変異を持つ細胞の割合の高い脇芽を連続的にとることで、キメラ状態を解消することが可能である(小林省蔵 新編果樹園芸学 III 育種と品種 4)その他の育種法 p.68-69(2002年) 化学工業日報社、Aida et al., Plant Biotech 33:45-49(2016))。また、目的の変異が導入されたホモ個体を得る方法としては、例えば、文献(M. Endo et al., Chromosome and Genomic Engineering in Plants, Volume1469 of the series Methods in Molecular Biology, pp123-135(2016))を利用することができる。交配により、メンデル性遺伝の法則に従って、ホモ個体を得ることも可能である。
【実施例】
【0040】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0041】
[実施例1] レポーター遺伝子の構築
植物細胞にゲノム編集酵素による変異が導入できることを可視的なマーカー遺伝子を用いて検出できるようにするために、特殊なレポーター遺伝子を構築した(図1)。レポーター遺伝子は、植物で一般的な高発現プロモーターの支配下で緑色蛍光タンパク質(sGFP)及びルシフェラーゼ遺伝子(ELUC)のコード領域(ORF)が転写される。この際、sGFPのコード領域が転写領域の前(mRNAの5’側)に存在し、スペーサー領域を経て後ろにELUCのコード領域が続く。スペーサー領域には一部改変したイネのWaxy遺伝子の断片が挿入されており、かつ、GFP遺伝子のコード領域とELUC遺伝子のコード領域の読み取り枠があえて異なるように配置されている。真核生物においては、mRNAからタンパク質への翻訳は一部の例外を除き、mRNAの5’側の第一番目の開始コドン(1st ATG)から始まり、終始コドン(ナンセンスコドン)に到達したところで終結する。今回作成した構築物では、スペーサー配列部分で終始コドンが出現するため、本構築物から転写されたmRNAからの翻訳は、sGFP遺伝子部分を翻訳したところで終結し、ELUC遺伝子は発現しない。
【0042】
スペーサー部分を認識するゲノム編集酵素の作用により、当該部分に切断が生じると、細胞内のDNA修復機構によってこの切断は修復される。その際、一定の頻度で塩基の欠失や挿入などの変異が導入される。変異導入なしで修復された場合は、当該部位は再びゲノム編集酵素の標的となるため、結果的に高頻度で変異が導入されることになる。スペーサー部分に欠失もしくは挿入変異が導入されると、1/3の確率でsGFP遺伝子とELUC遺伝子の読み取り枠(フレーム)が一致した融合遺伝子が作成される。この場合、変異が導入された(ゲノム編集が起きた)融合遺伝子から転写されたmRNAは、sGFP-Wxスペーサー-ELUCの配列を持ち、これらの配列を一連のペプチド鎖として翻訳する。このため、ゲノム編集が起きた細胞の1/3はルシフェラーゼ遺伝子の基質であるルシフェリンの添加によって発光する能力を獲得する。
【0043】
このように、本実施例の特殊なレポーター遺伝子が挿入された植物体は、Wxスペーサー配列を標的とするゲノム編集が起きたことを発光を指標に検出できるレポーター植物となる。
【0044】
ELUCをコードする配列は、プライマーEcoRI-ELUC-F及びSpeI-ELUC-R(配列番号:3、4)を用いてpELUC-test(TOYOBO)よりPCR法によって増幅した。PCR産物をZero blunt TOPO PCR cloning kitを用いてクローニングして得られたプラスミドを「Zero-ELUC」と名付けた。このZero-ELUCをEcoRIとSpeIで処理してELUC配列を切り出し、得られたDNA断片を同様にEcoRIとSpeIで処理したpEl2Ω-MCSに挿入して、「pEl2Ω-ELUC」を作成した。当該Wx配列を認識し高効率で切断するTALENs遺伝子は、すでに横井ら(Nishizawa-Yokoi et al., Plant Physiol. 170:653-666(2016))によって作成されている。当該TALENsによって認識されるWx遺伝子断片を含むDNA配列「wTALEN」断片は、2つの一本鎖DNA、「XbaI-wTALEN-EcoRI-F」及び「EcoRI-wTALEN-XbaI-R」(配列番号:1、2)をアニール(対合)させることによって作成した。pEl2Ω-ELUCをXbaIとEcoRIで処理してwTALEN断片をXbaIとEcoRIサイトに挿入して、「pEl2Ω-wTALEN ELUC」を作成した。このpEl2Ω-wTALEN-ELUCをXbaIとSacIで処理し、得られたwTALEN-ELUCを含むDNA断片を、XbaIとSacIで処理したpBI121ベクターに挿入することで「pBI121-wTALEN-ELUC」を作成した。sGFPをコードする配列は、プライマーXbaI-sGFP-F及びXbaI-sGFP-R(配列番号:5、6)を用いてPCR法によって増幅し、XbaIで処理した後、同様にXba1処理したpBI121-wTALEN-ELUCに挿入しpBI121-sGFP-wTALEN-ELUCとした。
【0045】
【表1】
【0046】
作成したpBI121-sGFP-wTALEN-ELUCは、アグロバクテリウム(LBA4404)を中間宿主としてタバコ植物(Nicotiana tabacum cv. Samsun NN)に導入した。sGFP-wTALEN-ELUCを導入した第2世代の個体を実験に用いた。タバコ植物は、25℃に調温し16時間明期/8時間暗期に調光された培養室で生育させた。
【0047】
[実施例2] TELENs遺伝子の構築
TALエフェクターのリピート配列は、Golden Gate assembly法(Cermak et al., Nucl. Acids. Res. 39, e82(2011))によって構築した。Wx_TALEN-A1のリピートは、pFUS_AプラスミドにHD1、HD2、NG3、NG4、NI5、NG6、NI7、NI8、NN9、HD10のモジュールを、pFUS_B5プラスミドにNI1、HD2、NI3、NG4、NI5のモジュールを、それぞれ制限酵素BsaI処理とライゲーションによって挿入して繋ぎ合わせることにより構築した。Wx_TALEN-B2は、pFUS_AプラスミドにNN1、NG2、HD3、NN4、HD5、NG6、NI7、NI8、NI9、NI10のモジュールを、pFUS_B8プラスミドにHD1、NG2、HD3、NI4、NI5、NI6、HD7、NI8のモジュールを、それぞれ制限酵素BsaI処理とライゲーションによって挿入して繋ぎ合わせることにより構築した。pZHY500-WxA1は、pZHY500に、Wx_TALEN-A1のpFUS_A及びpFUS_B5プラスミド内で構築されたリピートと最後のモジュール(pLR-NG, ハーフリピート)を制限酵素Esp3I処理とライゲーションによって挿入して繋ぎ合わせることにより構築した。pZHY501-WxB2は、pZHY501にWx_TALEN-B2のpFUS_A及びpFUS_B8プラスミド内で構築されたリピートと最後のモジュール(pLR-NG, ハーフリピート)を制限酵素Esp3I処理とライゲーションによって挿入して繋ぎ合わせることにより構築した。
【0048】
[実施例3] TALEN-A/XccとTALEN-B/Xccの作成
植物体へのIII型分泌装置を用いたタンパク質導入に適した植物-細菌の組み合わせの一例として、本実施例では、タバコと黒腐病菌(Xcc)を用いた。
【0049】
細菌細胞内でのタンパク質発現プロモーター及びIII型分泌装置に認識されるためのシグナル配列について、プロモーターは任意の高発現プロモーターないし感染によって誘導される遺伝子のプロモーターが利用可能であり、III型分泌装置のXcc1072(conserved hypothetical protein[Xanthomonas campestris pv. campestris str. ATCC33913]GenBank:AAM40371.1)のプロモーター及びシグナル配列を用いた。
【0050】
プライマーHind3-XCC1072 51(配列番号:7)及びXcc1072 SpeI SacI(配列番号:8)を用いてPCR法によってXcc1072のプロモーター及びIII型分泌装置におけるシグナル配列部分を増幅し、PCR産物をpCR-BluntII-TOPOにクローニングした。
【0051】
【表2】
【0052】
得られたクローンの配列を確認し、LacZからみて逆方向に挿入されているクローンを選択して、制限酵素HindIII及びKpnIで切断することによって切り出し、これを同様にHindIII及びKpnIで切断したpME6031に挿入し、これをIII型分泌装置による外来遺伝子輸送型発現ベクターXcc#5/pME6031とした。なお、Xcc#5/pME6031の制限酵素HindIIIサイトとSpeIサイトの間には、Xcc1072のプロモーター及びシグナル配列に加え、SpeIサイトに隣接してTALEN遺伝子のXbaIサイトより上流の末端配列(5'-gcttcctcccctccaaagaaaaagagaaag-3'(配列番号:9))が含まれる。
【0053】
Xcc#5/pME6031を制限酵素KpnIで処理後、T4 DNAポリメラーゼによって末端を平滑化し、さらに制限酵素SpeIで切断したものをベクターとした。このベクターに、Wx配列を認識するTALEN遺伝子WxA1及びWxB2を持つプラスミドであるpZHY500-WxA1及びpZHY501-WxB2からSacIで切断後T4 DNAポリメラーゼによって末端を平滑化し、さらに制限酵素XbaIで切断することで得られたTALEN遺伝子を挿入することで、WxA1 TALEN及びWxB2 TALENを細菌に発現させるプラスミドを作成した。作成したプラスミドは、大腸菌において増殖させ、配列確認の後、植物に接種する細菌に再導入した。細菌への導入は、エレクトロポレーション法により行った。これらプラスミドをXccに形質転換して得られた細菌をそれぞれ「TALEN-A/Xcc」及び「TALEN-B/Xcc」と称する。
【0054】
細菌の植物への接種は、シリンジ(針無し注射筒)を用いたインフィルトレーション(浸透)で行った。接種用の懸濁液としては、10mM MgCl2溶液を用いた。接種濃度としては、O.D.600=0.05前後の濃度を、雑菌の表面殺菌には70%エタノール及び次亜塩素酸ナトリウムを、Xccの除菌には抗生物質(リファンピシン)をそれぞれ用いた。
【0055】
[実施例4] ゲノム編集植物の作出法
(1)インフィルトレーション
ゲノム編集植物の作出法の概要を図2Aに示す。まず、TALEN-A/Xcc及びTALEN-B/XccをそれぞれOD600が0.5-1.0になるようにLB液体培地で1晩培養した。それぞれを3,000rpmで遠心分離して沈殿を回収し、各1mlの10mM MgCl2で再懸濁した。さらに3,000rpmで遠心分離して沈殿を回収し、OD600=0.05になるように10mM MgCl2で再懸濁した。TALEN-A/XccとTALEN-B/Xccの溶液を等量になるように混合し、その混合物をsGFP-wTALEN-ELUC植物にシリンジでインフィルトレーションした。陰性対照として空ベクター(pME6031)を有するXccを同様にインフィルトレーションした。
【0056】
(2)静菌的条件下での組織培養
インフィルトレーションした葉を直ちに70%エタノール、1%次亜塩素酸ナトリウムで表面殺菌したのち、Xcc接種部分を0.5-1cm角に切り、MS培地を基本としショ糖は添加せず、セフォタックスを添加したカルス・再分化誘導培地[1x Murashige and Skoog(MS)、1x MSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン, 0.5μg/ml 塩酸ピリドキシン, 0.5μg/ml ニコチンアミド, 2μg/ml グリシン, 100μg/ml ミオイノシトール), 0.1μg/ml α-ナフタレン酢酸, 1μg/ml 6-ベンジルアミノプリン, 200μg/ml セフォタックス, 8.5g/L 寒天, pH5.8]上に並べ、28℃で16時間明期/8時間暗期下に3日間置いた(静菌的培養)。
【0057】
(3)殺菌的条件下での組織培養と植物体の再生
3日後に葉を50μg/ml リファンピシンと100μg/ml カナマイシンを含むカルス形成培地に移し、1週間ごとに新しい培地に移した。なお、1か月後まではリファンピシン入りのカルス・再分化誘導培地で、それ以降はリファンピシンを含まないカナマイシン入りのカルス・再分化誘導培地を使用した。シュートが形成された個体を100μg/ml カナマイシン入りの発根培地[1x MS, 1x MSビタミン, 30g/L ショ糖, 200μg/ml セフォタックス, 8.5g/L 寒天, pH5.8]に移した。発根した個体をバーミキュライトを入れたポットに移し、25℃で16時間明期/8時間暗期下で生育させた。
【0058】
ゲノム編集された個体の選別はルシフェラーゼ活性を指標に行われた。具体的には、1mMルシフェリンを含むリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)を葉にスプレーし、LAS-3000でルシフェラーゼ活性を観察した(図2B、C)。
【0059】
また、本実施例における静菌的培養の培地として、カルス・再分化誘導培地[1x MS、1x MSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン, 0.5μg/ml 塩酸ピリドキシン, 0.5μg/ml ニコチンアミド, 2μg/ml グリシン, 100μg/ml ミオイノシトール), 0.1μg/ml α-ナフタレン酢酸, 1μg/ml 6-ベンジルアミノプリン, 200μg/ml セフォタックス, 30g/L ショ糖、8.5g/L 寒天, pH5.8]ないし[1x MS、1x MSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン, 0.5μg/ml 塩酸ピリドキシン, 0.5μg/ml ニコチンアミド, 2μg/ml グリシン, 100μg/ml ミオイノシトール), 0.1μg/ml α-ナフタレン酢酸, 1μg/ml 6-ベンジルアミノプリン、8.5g/L 寒天, pH5.8]を用いた場合でも、同様にゲノム編集された個体が得られることが確認された。
【0060】
なお、細菌の感染後、静菌的条件での共存培養を経ることなく、そのまま培養した場合には、変異導入効率が悪く(すなわち、発光が検出される部分は小さくて少ない)、その後、発光再分化個体の取得には成功しなかった。
【0061】
(4)様々な組織培養条件下での検証
(a)静菌的条件下での組織培養のための培地として、MS培地を基本とし、ショ糖およびセフォタックスを添加したカルス・再分化誘導培地[1x Murashige and Skoog(MS)、1x MSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン, 0.5μg/ml 塩酸ピリドキシン, 0.5μg/ml ニコチンアミド, 2μg/ml グリシン, 100μg/ml ミオイノシトール), 0.1μg/ml α-ナフタレン酢酸, 1μg/ml 6-ベンジルアミノプリン, 30g/L ショ糖, 200μg/ml セフォタックス, 8.5g/L 寒天, pH5.8]を用いて、上記と同様に実験を行い、様々な培養期間(培養1日後、2日後、5日後)で、葉片におけるゲノム編集の発生をルシフェラーゼ活性を指標に検出した。その結果、培養1日後、2日後、5日後のいずれでも、TALENによるゲノム編集が確認された(図3)。
【0062】
(b)静菌的条件下での組織培養のための培地として、MS培地を基本としショ糖を添加せず、セフォタックスを添加したカルス・再分化誘導培地[1x Murashige and Skoog(MS)、1x MSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン, 0.5μg/ml 塩酸ピリドキシン, 0.5μg/ml ニコチンアミド, 2μg/ml グリシン, 100μg/ml ミオイノシトール), 0.1μg/ml α-ナフタレン酢酸, 1μg/ml 6-ベンジルアミノプリン, 200μg/ml セフォタックス, 8.5g/L 寒天, pH5.8]を用いて、上記と同様の実験を行い、様々な培養期間(培養1日後、2日後、5日後、6日後)で、葉片におけるゲノム編集の発生をルシフェラーゼ活性を指標に検出した。その結果、培養1日後および2日後では、TALENによるゲノム編集が確認されたが、5日後および6日後では確認されなかった(図4)。6日後では、葉が死滅し始めていた。図2B(培養3日後)における結果も考え併せると、ショ糖を含まない培地における静菌的培養の期間は、5日未満が好ましいことが判明した。
【0063】
(c)静菌的条件下での組織培養のための培地として、MS培地を基本とし、ショ糖およびセフォタックスを添加または無添加のカルス・再分化誘導培地[1x Murashige and Skoog(MS)、1x MSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン, 0.5μg/ml 塩酸ピリドキシン, 0.5μg/ml ニコチンアミド, 2μg/ml グリシン, 100μg/ml ミオイノシトール), 0.1μg/ml α-ナフタレン酢酸, 1μg/ml 6-ベンジルアミノプリン, 30g/L ショ糖(添加または無添加), 200μg/ml セフォタックス(添加または無添加), 8.5g/L 寒天, pH5.8]を用いて、上記と同様に実験を行い、培養3日後に、葉片におけるゲノム編集の発生をルシフェラーゼ活性を指標に検出した。その結果、セフォタックスを添加した場合には、TALENによるゲノム編集が確認された(図5上)。セフォタックスを無添加の場合には、ショ糖も無添加の条件では、弱いシグナルが検出されたが、ショ糖添加の条件では、シグナルが検出されず、葉の損傷が認められた(図5下)。
【0064】
(d)静菌的条件下での組織培養のための培地として、MS培地を基本としショ糖を添加せず、様々な濃度のセフォタックスを添加したカルス・再分化誘導培地[1x Murashige and Skoog(MS)、1x MSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン, 0.5μg/ml 塩酸ピリドキシン, 0.5μg/ml ニコチンアミド, 2μg/ml グリシン, 100μg/ml ミオイノシトール), 0.1μg/ml α-ナフタレン酢酸, 1μg/ml 6-ベンジルアミノプリン, セフォタックス(5,10,25,50,100μg/ml), 8.5g/L 寒天, pH5.8]を用いて、上記と同様の実験を行い、培養3日後に、葉片におけるゲノム編集の発生をルシフェラーゼ活性を指標に検出した。その結果、100μg/mlのセフォタックスを添加した場合には、TALENによるゲノム編集が確認されたが、それ以外の濃度では、確認されず、葉の損傷が認められた(図6)。
【0065】
(5)薬剤耐性遺伝子を利用したゲノム編集個体の選抜
薬剤耐性を指標としてゲノム編集個体を選抜するために、pBI121-sGFP-wTALEN-ELUC(図1)のルシフェラーゼ遺伝子(ELUC)をハイグロマイシン耐性遺伝子(HPT)に入れ替えたベクター「pBI121-sGFP-wTALEN-HPT」を構築した(図7)。このベクターを利用して、ゲノム編集植物の作出を行った(概要を図8Aに示す)。具体的には、sGFP-wTALEN-HPT植物に対して、上記(1)と同様に、インフィルトレーションを行った。その後、上記(2)と同様に、静菌的培養を3日間行った。殺菌的条件下での組織培養と植物体の再生においては、抗生物質としてハイグロマイシンを含む培地を用いた以外は、上記(3)と同様に行った。その結果、接種から7週目の時点でカルスが増殖たことから、ゲノム編集が生じていることが判明した(図8B)。なお、陰性対照(Vec)は、組織が褐変していた。
【0066】
[実施例5] メガヌクレアーゼを用いたゲノム編集植物の作出
メガヌクレアーゼであるI-SceIは、18塩基配列[5'-TAGGGATAA↓CAGGGTAAT-3'])を認識し、3'-OHの4塩基突出末端を生成する。また、認識配列内で1塩基の置換があっても切断する。ELUC配列の前に、メガヌクレアーゼであるI-SceIの認識配列を配置し(sGFPはなし)、メガヌクレアーゼによる切断とその後の変異導入によって発光する構築物を作成した。このままでは終始コドンができるためにELUCの翻訳が生じないが、青色部分でI-SceIによる切断とそれに続く修復エラーによって挿入もしくは欠失が起きると、下流のELUC遺伝子の配列が翻訳されてルシフェリンを基質とする発光が確認できるようになる。
【0067】
I-SceI遺伝子(Jacquiet and Dujon, Cell, 41:383-394(1985))を、上記の通り、バクテリアでのIII型分泌型タンパク質発現ベクターにクローニングしたものをXccに導入した。このI-SceI発現Xccを培養したものを集菌し、O.D.600=0.05になるように10mMのMgCl2溶液に懸濁したものを、インフィルトレーション法によってレポータータバコ植物に接種した。接種3日後にルシフェリンをスプレーしたのちに、CCDカメラを用いて発光を確認した。その後、接種葉を切り取って表面殺菌し、無菌的にタバコ再分化培地にリファンピシン5μg/ml添加した寒天培地[1x MS、1x MSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン, 0.5μg/ml 塩酸ピリドキシン, 0.5μg/ml ニコチンアミド, 2μg/ml グリシン, 100μg/ml ミオイノシトール), 0.1μg/ml α-ナフタレン酢酸, 1μg/ml 6-ベンジルアミノプリン, 200μg/ml セフォタックス, カナマイシン 50μg/ml, 30g/L ショ糖、8.5g/L 寒天, pH5.8]に置床して、シュートを再分化させた。細分化シュートにルシフェリンを加えた後に発光を確認し、発光の強いシュートの選抜を繰り返した。得られたシュートを発根培地[1x MS、1x MSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン, 0.5μg/ml 塩酸ピリドキシン, 0.5μg/ml ニコチンアミド, 2μg/ml グリシン, 100μg/ml ミオイノシトール), 200μg/ml セフォタックス, カナマイシン 50μg/ml, 30g/L ショ糖、8.5g/L 寒天, pH5.8]に置床することで個体として再生させた。再生個体からDNAを抽出し、配列を解析した結果、ELUC遺伝子の発現回復をもたらす1塩基欠失を確認した(図9)。
【産業上の利用可能性】
【0068】
以上説明したように、本発明によれば、目的のタンパク質が導入された植物を効率的に作出することが可能となる。本発明の方法では、植物のゲノムに遺伝子を組み込まないことから、これにより得られた植物は、食用とする場合の安全性や屋外などで栽培する場合の環境性(生物多様性)の面でも優れている。従って、本発明は、広く農業分野などに貢献しうるものである。
図1
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図9
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]