特許第6972383号(P6972383)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6972383放電ランプ用カソード部品および放電ランプ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6972383
(24)【登録日】2021年11月5日
(45)【発行日】2021年11月24日
(54)【発明の名称】放電ランプ用カソード部品および放電ランプ
(51)【国際特許分類】
   H01J 61/06 20060101AFI20211111BHJP
【FI】
   H01J61/06 B
   H01J61/06 N
【請求項の数】17
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2020-557563(P2020-557563)
(86)(22)【出願日】2019年11月19日
(86)【国際出願番号】JP2019045311
(87)【国際公開番号】WO2020105644
(87)【国際公開日】20200528
【審査請求日】2020年11月4日
(31)【優先権主張番号】特願2018-216344(P2018-216344)
(32)【優先日】2018年11月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001092
【氏名又は名称】特許業務法人サクラ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】溝部 雅恭
(72)【発明者】
【氏名】青山 斉
(72)【発明者】
【氏名】友清 憲治
(72)【発明者】
【氏名】中野 康彦
【審査官】 大門 清
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/006779(WO,A1)
【文献】 特開2009−259790(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/108288(WO,A1)
【文献】 特開2014−063655(JP,A)
【文献】 特開2012−109192(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0049761(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 61/00−61/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線径2mm以上35mm以下の胴体部と、前記胴体部から先細る先端部と、を具備する放電ランプ用カソード部品であって、
前記カソード部品は、ThO換算で0.5質量%以上3質量%以下のトリウムを含有するタングステン合金を含み、
前記胴体部の中心を通るとともに前記胴体部の長さ方向に沿う断面における、前記中心から1mm以内に位置するとともに90μm×90μmの単位面積を有する領域の電子線後方散乱回折分析を行う場合、前記長さ方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<101>方位に対する方位差が−15度以上15度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が最も高い、放電ランプ用カソード部品。
【請求項2】
前記電子線後方散乱回折分析を行う場合、前記長さ方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<101>方位に対する方位差が−15度以上15度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が50%以上である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項3】
前記電子線後方散乱回折分析を行う場合、前記長さ方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<101>方位に対する方位差が−15度以上15度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が60%以上80%以下である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項4】
前記電子線後方散乱回折分析を行う場合、前記長さ方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<101>方位に対する方位差が−10度以上10度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が35%以上である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項5】
前記電子線後方散乱回折分析を行う場合、前記長さ方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<101>方位に対する方位差が−10度以上10度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が50%以上である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項6】
前記電子線後方散乱回折分析を行う場合、前記長さ方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<101>方位に対する方位差が−5度以上5度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が10%以上30%以下である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項7】
前記電子線後方散乱回折分析を行う場合、前記長さ方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<101>方位に対する方位差が−5度以上5度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が15%以上30%以下である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項8】
前記電子線後方散乱回折分析を行う場合、前記断面に垂直な方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<111>方位に対する方位差が−15度以上15度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が15%以上50%以下である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項9】
前記電子線後方散乱回折分析を行う場合、前記断面に垂直な方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<111>方位に対する方位差が−10度以上10度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が5%以上30%以下である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項10】
前記電子線後方散乱回折分析を行う場合、前記断面に垂直な方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<111>方位に対する方位差が−5度以上5度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が1%以上15%以下である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項11】
前記電子線後方散乱回折分析を行う場合、前記断面に垂直な方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<111>方位に対する方位差が−5度以上5度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が3%以上10%以下である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項12】
前記カソード部品は、複数のタングステン結晶を有し、
前記タングステン結晶のメジアン径は、20μm以下である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項13】
前記カソード部品は、複数のトリウム結晶を有し、
前記トリウム結晶のメジアン径は、3μm以下である、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項14】
前記カソード部品は、複数のタングステン結晶を有し、
前記タングステン結晶は、再結晶組織を有していない、請求項1に記載のカソード部品。
【請求項15】
請求項1に記載の前記カソード部品を具備する、放電ランプ。
【請求項16】
デジタルシネマ用放電ランプである、請求項15に記載の放電ランプ。
【請求項17】
フリッカー寿命が800時間以上である、請求項15に記載の放電ランプ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
実施形態は、放電ランプ用カソード部品および放電ランプに関する。
【背景技術】
【0002】
放電ランプは、低圧放電ランプと高圧放電ランプの2種類に大きく分けられる。低圧放電ランプは、一般照明、道路やトンネルなどに使われる特殊照明、塗料硬化装置、紫外線(UV)硬化装置、殺菌装置、半導体などの光洗浄装置など様々なアーク放電型の放電ランプが挙げられる。高圧放電ランプは、上下水の処理装置、一般照明、競技場などの屋外照明、UV硬化装置、半導体やプリント基板などの露光装置、ウエハ検査装置、プロジェクタなどの高圧水銀ランプ、メタルハライドランプ、超高圧水銀ランプ、キセノンランプ、ナトリウムランプなどが挙げられる。このように放電ランプは、照明装置、映像投影装置、製造装置などの様々な装置に用いられている。
【0003】
例えば、放電ランプを用いた投射型表示装置が知られている。近年は、ホームシアターやデジタルシネマが普及している。これらは、プロジェクタと呼ばれる投射型表示装置を用いる。従来の投射型表示装は、放電ランプの電極の消耗により、ランプ寿命や射出される光のちらつきに影響を及ぼす。このような問題に対処するために、放電ランプの駆動方式として、パルス幅変調(PWM)駆動を採用することが知られている。このように、放電ランプの電極消耗は、制御回路により管理することができる。
【0004】
放電ランプの電極を消耗すると、ランプ電圧が低下する。これにより、放電ランプから放出される光にばらつきが生じる。このような現象はフリッカー現象と呼ばれる。フリッカー現象は、映像のちらつきなどに影響を及ぼす。このため、高い耐久性を有する放電ランプ用電極が求められている。
【0005】
また、放電ランプ用カソード部品の長さ方向(側面方向)の断面と線径方向(円周方向)の断面のタングステン結晶の粒径を制御する技術が知られている。上記技術を用いて製造されたカソード部品は、耐久性試験として、カソード部品に通電して加熱した状態で、電圧を印加し、10時間後のエミッション電流密度(mA/mm)と100時間後のエミッション電流密度(mA/mm)を測定することにより、優れた特性を有することが知られている。
【0006】
放電ランプは、照明装置、映像投影装置、製造装置などの様々な装置に用いられている。放電ランプの電極が消耗するとランプ性能が低下する。ランプ性能が低下すると放電ランプの交換を必要とする。そのため、電極の更なる長寿命化が望まれている。従来の放電ランプ用カソード部品は、100時間程度では優れた耐久性を示すが、それを超える長時間では耐久性が低下する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−3486号公報
【特許文献2】特許第5800922号明細書
【発明の概要】
【0008】
実施形態に係る放電ランプ用カソード部品は、線径2mm以上35mm以下の胴体部と、胴体部から先細る先端部と、を具備する。カソード部品は、ThO換算で0.5質量%以上3質量%以下のトリウムを含有するタングステン合金を含み、胴体部の中心を通るとともに胴体部の長さ方向に沿う断面における、中心から1mm以内に位置するとともに90μm×90μmの単位面積を有する領域の電子線後方散乱回折分析を行う場合、長さ方向のInverse Pole Figureマップにおいて、<101>方位に対する方位差が−15度以上15度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が最も高い。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】放電ランプ用カソード部品の一例を示す側面図である。
図2】胴体部の長さ方向の断面の一例を示す図である。
図3】放電ランプの構造例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、実施形態について、図面を参照して説明する。図面に記載された各構成要素の厚さと平面寸法との関係、各構成要素の厚さの比率等は現物と異なる場合がある。また、実施形態において、実質的に同一の構成要素には同一の符号を付し適宜説明を省略する。
【0011】
図1は放電ランプ用カソード部品の一例を示す側面図である。放電ランプ用カソード部品1は、線径2mm以上35mm以下の胴体部2と、胴体部2から先細るように延在する先端部3と、を備えている。図1は、放電ランプ用カソード部品1と、胴体部2と、先端部3と、中心4と、胴体部2の線経Wと、胴体部2の長さTと、を示す。図2は胴体部2の中心4の長さ方向の断面の一例を示す図である。図2は、胴体部2の長さT方向(側面方向)に沿う方向aと、方向aに沿うとともに中心4を通る断面5と、断面5と垂直な方向b(胴体部2の線径W方向(円周方向))と、を示す。本明細書では、放電ランプ用カソード部品を単に「カソード部品」と示すこともある。
【0012】
胴体部2は、円柱形状を有する。線径Wは円周方向断面の直径である。円周が楕円の場合、線径Wは最も大きな直径を示す。胴体部2の線径Wが2mm未満であると、放電ランプの発光が不足する可能性がある。線径Wが35mmを超えると、放電ランプの大型化を招く。そのため、線径Wは2mm以上35mm以下、さらには5mm以上20mm以下が好ましい。胴体部2の長さTは10mm以上600mm以下が好ましい。
【0013】
先端部3は胴体部2から先細る形状を有する。そのため、先細り始める箇所から端部までの領域が先端部3となる。先端部3は、カソード部品1の方向aの断面において、鋭角形状を有する。カソード部品1はこのような形状に限定されず、カソード部品1の方向aの断面において、先端部3が例えばR形状、平面形状のような他の形状を有していてもよい。先端部3が先細り形状を有する場合、放電ランプの一対の電極部品間で効率よく放電することができる。
【0014】
カソード部品は、酸化物(ThO)換算で0.5質量%以上3質量%以下のトリウム(トリウム成分ともいう)を含有するタングステン合金からなる。含有量が0.5質量%未満では添加の効果が小さく、3質量%を超えると焼結性および加工性が低下する。そのため、トリウムの含有量は酸化物(ThO)換算で0.5質量%以上3質量%以下、さらには0.8質量%以上2.5質量%以下が好ましい。
【0015】
カソード部品1は、胴体部2の中心4を通るとともに胴体部2の長さT方向(方向a)に沿う断面5における、中心4から1mm以内に位置するとともに90μm×90μmの単位面積を有する領域の電子線後方散乱回折(EBSD)分析を行う場合、長さ方向の逆極点図(Inverse Pole Figure:IPF)マップにおいて、−15度以上15度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が最も高い。
【0016】
EBSDは、結晶試料に電子線を照射する。電子は回折され反射電子として試料から放出される。この回折パターンを投影し、投影されたパターンから結晶方位を測定することができる。X線回折(XRD)は複数の結晶における結晶方位の平均値を測定する方法である。これに対し、EBSDは個々の結晶の結晶方位を測定することができる。EBSDと同様の分析方法は、電子線後方散乱パターン(EBSP)分析と呼ばれることがある。
【0017】
EBSD分析は、日本電子株式会社製の熱電界放射型走査電子顕微鏡(TFE−SEM)JSM−6500Fと株式会社TSLソリューション製のDigiViewIVスロースキャンCCDカメラ、OIM Data Collectionver.7.3x、OIM Analysisver.8.0を用いて行われる。
【0018】
EBSD分析の測定条件は、電子線の加速電圧20kV、照射電流12nA、試料の傾斜角70度、測定領域の単位面積90μm×90μm、測定位置は中心4から1mm以内、測定間隔0.3μm/stepを含む。断面5が測定面であり、断面5へ電子線を照射し回折パターンを得る。測定試料の測定面は、表面粗さRaが0.8μm以下になるまで研磨される。
【0019】
測定箇所は、胴体部2の中心4を通る長さT方向(方向a)の断面5とする。胴体部2の中心4は、胴体部2の線経Wの中点を通る直線と長さTの中点が通る直線が交差する点である。断面5は、中心4を通るとともに長さT方向(方向a)に水平な方向の断面である。
【0020】
結晶方位は、基本ベクトルを用いて方向を示す。角括弧([ ])と角括弧に挟まれた数字の組み合わせからなる表記は特定の結晶方位のみを示す。山括弧(< >)と山括弧に挟まれた数字の組み合わせからなる表記は、特定の結晶方位とそれと等価な方向とを示す。例えば、<101>方位とは、[101]と等価な方向を含むことを示す。また、タングステン相の方向aへの優先方位が<101>方位であるということは、<101>方位がすべての結晶方位の中で最も割合が多いことを示す。
【0021】
IPFマップとは、結晶方位マップのことである。IPFマップは、所定の結晶方位からずれた領域の割合を面積比で求めることができる。IPFマップは、前述のEBSD測定方法に準じて求めることができる。カラーマッピングにより、面積比を画像解析により求めやすくできる。
【0022】
断面5において、タングステン相の優先方位が<101>方位である。これにより、タングステン結晶の異常粒成長を抑制できる。異常粒成長は、製造工程中または放電ランプ使用中にタングステン結晶が粗大になることである。トリウムはエミッター材である。トリウムはタングステン結晶同士の粒界に分布する。タングステン結晶が異常粒成長すると、トリウムの分布状態が変化する。これにより、フリッカー寿命や照度維持率が低下する。フリッカー寿命は、フリッカー現象が発生するまでの時間である。
【0023】
実施形態の放電ランプ用カソード部品は、タングステン結晶の異常粒成長を抑制する。異常粒成長は、カソード部品の製造工程中だけでなく、放電ランプの使用中にも発生する。放電ランプに組み込む前のカソード部品が異常粒成長により形成された粗大粒を有していなくても、カソード部品の組み込み後の放電ランプの使用中に粗大粒を形成する。長さT方向(方向a)の断面5においてタングステン相の優先方位を制御することにより、異常粒成長を抑制できる。
【0024】
断面5における中心から1mm以内に位置するとともに90μm×90μmの単位面積を有する領域のEBSD分析を行う場合、タングステン相の胴体部2の長さT方向(方向a)のIPFマップにおいて、<101>方位に対する方位差が−15度以上15度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比は50%以上であることが好ましい。
【0025】
<101>方位に対する方位差が±15度以内であれば、<101>方位と同等の効果を得ることができる。<101>方位に対する方位差が±15度以内の結晶方位を有するタングステン相の面積比が50%未満の場合、特性向上の効果が不十分となる可能性がある。また、単位面積90μm×90μmの微小領域において上記タングステン相の面積比を制御することにより、異常粒成長を抑制する効果を高めることができる。これにより、フリッカー寿命を長くできる。<101>方位に対する方位差が±15度の範囲から外れると、所望の結晶方位以外の結晶方位を有するタングステン相の割合が増加する。
【0026】
上記面積比の上限は80%以下であることが好ましい。80%を超えると、断面5に垂直な方向bの結晶方位を制御することが困難となる可能性がある。異なる結晶方位を有するタングステン相が存在することにより、粒成長の抑制効果を向上させることができる。このため、<101>方位に対する方位差が±15度以内の結晶方位を有するタングステン相の面積比は50%以上80%以下、さらには65%以上80%以下が好ましい。さらに好ましくは65%以上75%以下である。
【0027】
長さT方向のIPFマップにおいて、<101>方位に対する方位差が−10度以上10度以下である結晶方位を有するタングステン相の面積比は、35%以上、さらには50%以上であることが好ましい。<101>方位に対する方位差が±10度以内である結晶方位を有するタングステン相の面積比が35%以上であるということは、<101>方位に近い結晶方位を有するタングステン相の面積比が高いことを示す。上記面積比は65%以下であることが好ましい。これにより、異常粒成長をさらに抑制することができる。
【0028】
長さT方向のIPFマップにおいて、<101>方位に対する方位差が−5度以上5度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比は10%以上、さらには15%以上であることが好ましい。上記面積比は30%以下であることが好ましい。
【0029】
以上のように、<101>方位に対する方位差が±15度以内、±10度以内、±5度以内の結晶方位を有するタングステン相の面積比がそれぞれの範囲を満たすことが好ましい。なお、それぞれの面積比は「±5度以内」→「±10度以内」→「±15度以内」の順で大きいことが好ましい。上記順に大きいということは、±5度以内の方位差を有する結晶方位を有するタングステン相、±6度以内ないし±10度以内の方位差を有する結晶方位を有するタングステン相、±11度以内ないし±15度以内の方位差を有する結晶方位を有するタングステン相がそれぞれ存在することを意味する。それぞれの面積比を制御することにより、異常粒成長の発生を抑制できる。
【0030】
胴体部2の中心4を通るとともに長さT方向(方向a)の断面5における、中心から1mm以内に位置するとともに90μm×90μmの単位面積を有する領域のEBSD分析を行う場合、断面5と垂直な方向bのIPFマップにおいて、<111>方位に対する方位差が−15度以上15度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が15%以上50%以下であることが好ましい。
【0031】
<111>方位に対する方位差が±15度以内であれば、<111>方位と同等の効果を得ることができる。<111>方位に対する方位差が±15度以内の結晶方位を有していても、面積比が15%未満または50%を超えると特性向上の効果が不十分となる可能性がある。このため、面積比は15%以上50%以下、さらには18%以上40%以下が好ましい。単位面積90μm×90μmの微小領域で所定の結晶方位を有するタングステン相の面積比を制御することにより、異常粒成長を抑制する効果を高めることができる。これにより、フリッカー寿命を長くできる。
【0032】
断面5と垂直な方向bのIPFマップにおいて、<111>方位に対する方位差が−10度以上10度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が5%以上30%以下であることが好ましい。さらには、10%以上25%以下の範囲内であることが好ましい。
【0033】
断面5と垂直な方向bのIPFマップにおいて、<111>方位に対する方位差が−5度以上5度以下の結晶方位を有するタングステン相の面積比が1%以上15%以下であることが好ましい。さらには、3%以上10%以下であることが好ましい。
【0034】
<111>方位に対する方位差が±15度以内、±10度以内、±5度以内の結晶方位を有するタングステン相の面積比がそれぞれ上記範囲を満たすことが好ましい。それぞれの面積比は「±5度以内」→「±10度以内」→「±15度以内」の順に大きいことが好ましい。上記順に大きいということは、±5度以内、±6度以内ないし±10度以内、±11度以内ないし±15度以内の方位差を有する結晶方位を有するタングステン相がそれぞれ存在することを意味する。それぞれの面積比を制御することにより、異常粒成長の発生を抑制することができる。
【0035】
図2の方向bは、長さT方向(方向a)の断面5と垂直な方向である。長さT方向(方向a)の断面5は上記結晶方位差の測定断面である。前述のように長さT方向(方向a)に最も強く配向する結晶方位は<101>方位である。断面5の垂直な方向bに<111>方位に近い結晶方位を有するタングステン相を所定の割合で存在させることにより、粒成長をさらに抑制できる。
【0036】
以上のように方向によって結晶方位およびその面積比の制御が異なる。これにより、粒成長を抑制し、カソード部品を長寿命化することができる。このように結晶方位を制御することにより、例えば細長い結晶粒を形成できる。細長い結晶粒を形成することにより粒成長を抑制できる。
【0037】
中心4から1mm以内に位置するとともに90μm×90μmの単位面積を有する領域をレーザ顕微鏡または走査型電子顕微鏡(SEM)で観察する場合、結晶粒の平均アスペクト比が2以上となる。レーザ顕微鏡またはSEMによる観察像に写る結晶の最も長い対角線を長径とする。長径の中心から垂直に伸ばした長さを短径とする。(長径+短径)/2=粒径とする。この作業を10粒以上行い、その平均値を平均粒径とする。長径/短径=アスペクト比とする。同様に10粒以上の平均値を平均アスペクト比とする。長径および短径は輪郭が全て写っている結晶を測定する。
【0038】
タングステン結晶の平均粒径は20μm以下が好ましい。平均粒径が20μmを超えると、単位面積90μm×90μmの領域における配向割合(面積比)を制御し難くなる。平均粒径が大きいと、粒成長による耐久性の低下が起きやすい。トリウムはタングステン結晶同士の粒界に分布する。タングステン結晶の平均粒径を20μm以下とすることにより、エミッター材の分布状態を均一にすることができる。これにより、放電特性を向上させることができる。
【0039】
タングステン結晶の平均粒径は、EBSD分析を行う場合の結晶粒マップを用いて求められる。タングステン結晶の結晶粒マップは、単位面積90μm×90μmの領域中で結晶方位角差が±5度以内の結晶方位を有するタングステン相の測定点が2点以上連続して存在する場合を同一結晶粒子として識別し、表示される。平均粒径は単位面積90μm×90μmの領域における識別された結晶粒子の面積から算出する。ここで粒径は円相当径である。単位面積90μm×90μmの領域からはみ出す粒子については単位面積90μm×90μmの領域の境界を結晶粒界として算出する。
【0040】
平均粒径は、メジアン径(平均粒径D50)である。つまり、累積粒径である。タングステン結晶の平均粒径D50は、20μm以下、さらには15μm以下であることが好ましい。タングステン結晶の平均粒径D50の測定箇所は、断面5とする。断面5および線径W方向(方向b)の断面のどこを測定しても、タングステン結晶の平均粒径D50は20μm以下であることが好ましい。
【0041】
タングステン結晶の粒度分布における小径側からの累積度数割合が90%であるときの粒径D90は25μm以下であることが好ましい。粒径D90の求め方は平均粒径D50と同様である。D90−D50≦7μm、であることが好ましい。粒径D90と平均粒径D50の差が7μm以下であるということは、粒径のばらつきがなく、粗大粒が無いことを示す。
【0042】
タングステン結晶の平均粒径D50の下限値は特に限定されないが、3μm以上であることが好ましい。平均粒径D50が3μmより小さいと、粒径D90との差を7μm以下に制御しにくくなる。粒径D90についても、平均粒径D50を求めた結晶粒マップを使って測定する。
【0043】
トリウム結晶のメジアン径(平均粒径D50)は3μm以下が好ましい。トリウム結晶の平均粒径も、タングステン結晶と同様にEBSDの結晶粒マップを用いて求められる。トリウム結晶の結晶粒マップは単位面積90μm×90μmの領域中で結晶方位角差が±2度以内の結晶方位を有するタングステン相の測定点が2点以上連続して存在する場合を同一結晶粒子として識別して表示される。トリウム結晶の平均粒径D50が3μmを超えると、エミッション特性にばらつきが生じやすい。トリウム結晶の粒径D90は5μm以下が好ましい。トリウム結晶の粒径D90と平均粒径D50の差は2μm以下であることが好ましい。トリウム結晶の粒径がD90−D50≦2μmを満たすことは、トリウム結晶の粒径のばらつきが小さいことを示す。
【0044】
トリウム結晶はエミッションにより蒸発する。粗大なトリウム結晶があると、トリウム結晶の蒸発後に残る跡が大きな空洞になり、耐久性を低下させる。トリウム結晶の平均粒径D50は0.01μm以上が好ましい。あまり小さいと蒸発が早くなる可能性がある。
【0045】
カソード部品1のタングステン結晶は再結晶組織を有していないことが好ましい。再結晶化前に上記結晶方位や粒径などを制御することが重要である。これにより、再結晶組織を有していても、タングステン結晶の異常粒成長を抑制できる。言い換えれば、実施形態のカソード部品は、再結晶化前のカソード部品である。
【0046】
再結晶組織とは、再結晶温度で熱処理することにより、結晶内ひずみ(内部応力)を低減した組織のことである。トリウムを含有するタングステン合金の再結晶温度は1300K以上2000K以下(1027℃以上1727℃以下)である。カソード部品1は、先端部3を形成するための加工を施して形成される必要がある。また、胴体部2の線径Wの調整のために加工を施して形成される必要がある。これら加工により生じる歪を再結晶化熱処理で緩和できる。1300K以上2000K以下の温度で形成される再結晶を一次再結晶という。一次再結晶は熱処理前と比べて粒成長を伴う。2000Kを超える温度で形成される再結晶を二次再結晶という。二次再結晶は、一次再結晶よりも、さらに粒成長が起きる。一般的に二次再結晶の結晶粒は熱処理前に比べて30倍以上大きくなる。このため、再結晶の有無は粒径から判断することができる。放電ランプを点灯すると、カソード電極の温度は2000℃を超える温度まで上昇する。このため、カソード部品1は再結晶組織を有する。長時間使用し続けていると、高温状態が続くため、さらに粒成長しやすい使用環境である。
【0047】
実施形態のカソード部品は、再結晶化前の結晶方位などを制御するため、粒成長を抑制できる。その結果、放電ランプのフリッカー寿命を長くできる。フリッカー寿命は例えば800時間以上であることが好ましい。
【0048】
実施形態のカソード部品は、放電ランプに適用することができる。図3は放電ランプの構造例を示す図である。図3は、カソード部品1と、アノード部品6と、電極支持棒7と、ガラス管8と、を示す。
【0049】
カソード部品1は一つの電極支持棒7に接続されている。アノード部品6は他の一つの電極支持棒7に接続されている。接続はろう付けなどによって行われる。カソード部品1とアノード部品6はガラス管8の中で対向して配置され、電極支持棒7の一部とともに封止されている。ガラス管8内部は真空に保たれている。
【0050】
カソード部品1は低圧放電ランプ、高圧放電ランプのいずれの放電ランプにも適用できる。低圧放電ランプは、一般照明、道路やトンネルなどに使われる特殊照明、塗料硬化装置、UV硬化装置、殺菌装置、半導体などの光洗浄装置などに用いられる、様々なアーク放電型の放電ランプが挙げられる。高圧放電ランプは、上下水の処理装置、一般照明、競技場などの屋外照明、UV硬化装置、半導体やプリント基板などの露光装置、ウエハ検査装置、プロジェクタなどの高圧水銀ランプ、メタルハライドランプ、超高圧水銀ランプ、キセノンランプ、ナトリウムランプなどが挙げられる。このように放電ランプは、照明装置、映像投影装置、製造装置などの様々な装置に用いられている。実施形態のカソード部品は耐久性に優れているため、高圧放電ランプに適している。
【0051】
放電ランプの出力は、例えば100Wないし10kWである。1000W未満の出力の放電ランプを低圧放電ランプとし、1000W以上の出力の放電ランプを高圧放電ランプとする。
【0052】
放電ランプは、それぞれ用途に応じて設定された保証寿命を有する。保証寿命の一つにフリッカー寿命がある。フリッカー現象とは、前述のとおり放電ランプの出力がばらつくことであり、放電ランプの出力が100%になる電圧を印加しているにも関わらず、出力が低下する。
【0053】
デジタルシネマ用放電ランプは、出力1kW以上7kW以下程度の放電ランプを用いて構成される。スクリーンサイズに合わせて、放電ランプの出力を選択する。スクリーンサイズが6mでは出力1.2kWである。スクリーンサイズが15mでは出力4kWである。スクリーンサイズが30mでは出力7kWである。出力1.2kWの放電ランプの定格寿命は3000時間程度に設定されている。出力4kWの放電ランプの定格寿命は1000時間程度に設定されている。出力7kWの放電ランプの定格寿命は300時間程度に設定されている。デジタルシネマ用放電ランプの寿命は出力が大きくなるに従い短い。このように、放電ランプの寿命は、用途や使用条件によって様々である。
【0054】
従来の放電ランプ用カソード部品では、寿命の半分程度の期間が経過するとフリッカー現象が生じる。デジタルシネマ用放電ランプにフリッカー現象が生じると、画面のちらつきが生じ、きれいな画像を視認できないため、定格寿命の前に上記部品を交換する必要がある。実施形態のカソード部品は、放電ランプの使用中においてタングステン結晶の異常粒成長を抑制できる。このため、フリッカー現象の発生を抑制することができる。
【0055】
デジタルシネマなどの投影型表示装置は、ちらつきが生じると画質が低下する。そのため、フリッカー現象の抑制要求が厳しい。このため、実施形態のカソード部品は、デジタルシネマ用放電ランプに好適である。ここではデジタルシネマ用放電ランプを例示するが、他の用途についても同様である。
【0056】
次に、実施形態のカソード部品の製造方法例について説明する。実施形態のカソード部品の製造方法は、上記構成を有していれば特に限定されないが、歩留り良くカソード部品を製造する方法として次の方法が挙げられる。
【0057】
まず、タングステン合金を製造するために、トリウムを含有するタングステン合金粉末を調製する。タングステン合金粉末の調製法は、例えば湿式法と乾式法が挙げられる。
【0058】
湿式法では、まず、タングステン材料粉末を調製する工程を実施する。タングステン材料粉末は、タングステン酸アンモニウム(APT)粉末、金属タングステン粉末、酸化タングステン粉末が挙げられる。タングステン材料粉末は、これら1種でもよいし、2種以上を用いてもよい。タングステン酸アンモニウム粉末が比較的価格が安いことから好ましい。タングステン材料粉末は平均粒径5μm以下が好ましい。
【0059】
タングステン酸アンモニウム粉末を使う場合、タングステン酸アンモニウム粉末を大気中または不活性雰囲気(窒素、アルゴンなど)中で400℃以上600℃以下の温度に加熱して、タングステン酸アンモニウム粉末を酸化タングステン粉末に変化させる。400℃未満の温度では、酸化タングステン粉末に十分に変化させられず、600℃を超える温度では、酸化タングステン粉末の粒子が粗大になり、後工程での酸化トリウム粉末との均一分散が困難となる。この工程により、酸化タングステン粉末を調製する。
【0060】
次に、トリウム材料粉末と酸化タングステン粉末を溶液中に添加する工程を実施する。トリウム材料粉末は、金属トリウム粉末、酸化トリウム粉末、硝酸トリウム粉末が挙げられる。この中では、硝酸トリウム粉末が好ましい。硝酸トリウム粉末は液体中で均一に混合しやすい。この工程により、トリウム材料粉末と酸化タングステン粉末とを含有する溶液を調製する。最終的に目的とする酸化トリウム濃度と同じか、若干高めの濃度となるように添加することが好ましい。トリウム材料粉末は平均粒径5μm以下が好ましい。溶液は純水であることが好ましい。
【0061】
次に、トリウム材料粉末と酸化タングステン粉末とを含有する溶液の液体成分を蒸発させる工程を実施する。次に、大気雰囲気中で400℃以上900℃以下の温度で加熱して、硝酸トリウムなどのトリウム材料粉末を酸化トリウム粉末に変化させる分解工程を実施する。この工程により、酸化トリウム粉末と酸化タングステン粉末とを含む混合粉末を調製することができる。得られた酸化トリウム粉末と酸化タングステン粉末とを含む混合粉末の酸化トリウム濃度を測定し、濃度が低い場合には、酸化タングステン粉末を追加することが好ましい。
【0062】
次に、酸化トリウム粉末と酸化タングステン粉末とを含む混合粉末を、水素などの還元雰囲気中、750℃以上950℃以下の温度で加熱して酸化タングステン粉末を金属タングステン粉末に還元する工程を実施する。この工程により、酸化トリウム粉末を含有するタングステン粉末を調製することができる。
【0063】
金属タングステン粉末とトリウム材料粉末とを混合する方法も有効である。金属タングステン粉末は、タングステン酸アンモニウム粉末から酸化タングステン粉末を製造し、得られた酸化タングステンを還元することにより形成されることが好ましい。タングステン酸アンモニウム粉末から酸化タングステン粉末に変化させるとき、得られる酸化タングステンは酸素欠損を有することが好ましい。酸化タングステンの組成は、WOが安定である。酸素欠損があるとWO3−x、x>0、となる。酸素欠損があると、結晶構造にゆがみが形成される。その状態で還元して得られた金属タングステン粉末は、異常粒成長の抑制効果が高い。xの値は0.05≦x≦0.30の範囲内であることが好ましい。
【0064】
タングステン酸アンモニウム粉末から酸化タングステン粉末を製造する工程は、不活性雰囲気中で加熱する工程が好ましい。不活性雰囲気とは、窒素雰囲気やアルゴン雰囲気である。xの値の制御のためには、不活性雰囲気中の酸素量を少なくする(例えば、1体積%以下)ことや、水素を混合することなどが挙げられる。熱処理温度は、400℃以上600℃以下の範囲内であることが好ましい。400℃未満では反応速度が遅く量産性が低下する。600℃を超えると粒成長し過ぎる可能性がある。
【0065】
WO3−x粉末を還元する工程は、水素含有雰囲気で行うことが好ましい。熱処理温度は600℃以上800℃以下の範囲内であることが好ましい。熱処理温度が600℃未満では還元の速度が遅く量産性が低下する。800℃を超えると粒成長し過ぎる可能性がある。
【0066】
次に、トリウム材料粉末と金属タングステン粉末とを含有する溶液の液体成分を蒸発させる工程を実施する。次に、大気雰囲気中で400℃以上900℃以下の温度で試料を加熱して、硝酸トリウムなどのトリウム材料粉末を酸化トリウム粉末に変化させる分解工程を実施する。この工程により、酸化トリウム粉末を含有するタングステン粉末を調製できる。
【0067】
乾式法は、先ず、酸化トリウム粉末を用意する。次に、酸化トリウム粉末をボールミルにて粉砕混合する工程を実施する。この工程により、凝集された酸化トリウム粉末をほぐすことができ、凝集された酸化トリウム粉末を低減することができる。混合工程の際は、少量の金属タングステン粉末を添加してもよい。
【0068】
粉砕混合された酸化トリウム粉末に対し、必要に応じ、篩を掛けて粉砕しきれなかった凝集粉または粗大粒を取り除くことが好ましい。篩掛けにより、最大径10μmを超える凝集粉または粗大粒を取り除くことが好ましい。
【0069】
次に、金属タングステン粉末を混合する工程を実施する。最終的に目的とする酸化トリウム濃度になるように金属タングステン粉末を添加する。酸化トリウム粉末と金属タングステン粉末の混合粉末を混合容器に入れ、混合容器を回転させ均一に混合させる。このとき、円筒形状の混合容器を円周方向に回転させることにより、スムーズに混合することができる。この工程により、酸化トリウム粉末を含有するタングステン粉末を調製することができる。
【0070】
以上のような、湿式法または乾式法により酸化トリウム粉末を含有するタングステン粉末を調製することができる。湿式法と乾式法では、湿式法の方が好ましい。乾式法は混合容器を回転させながら混合するため、原料粉末と容器が接触して不純物が混入しやすい。酸化トリウム粉末の含有量は0.5質量%以上3質量%以下である。
【0071】
次に、得られた酸化トリウム粉末を含有するタングステン粉末を使って成形体を調製する。成形体を形成する際は、必要に応じ、バインダを使用してもよい。成形体は直径7mm以上50mm以下の円柱形状であることが好ましい。成形体の長さは任意である。
【0072】
次に、成形体を予備焼結する工程を実施する。予備焼結は1250℃以上1500℃以下の温度で行うことが好ましい。この工程により、予備焼結体を得ることができる。
【0073】
次に、予備焼結体を通電焼結する工程を実施する。通電焼結は、焼結体が2100℃以上2500℃以下の温度になるように通電することが好ましい。温度が2100℃未満では十分な緻密化ができず強度が低下する場合がある。2500℃を超えると、酸化トリウム粒子およびタングステン粒子が粒成長し過ぎて目的とする結晶組織が得られない場合がある。この工程により、酸化トリウム含有タングステン合金焼結体を得ることができる。予備焼結体が円柱形状を有していれば焼結体も円柱形状を有する。
【0074】
次に、円柱状焼結体(インゴット)を、鍛造加工、圧延加工、押出加工などにより、線径を調整する第一の加工工程を実施する。第一の加工工程の加工率は10%以上30%以下の範囲内であることが好ましい。
【0075】
第一の加工工程の次に第二の加工工程を行う。第二の加工工程は、加工率40%以上70%以下の圧延加工であることが好ましい。
【0076】
加工率は、加工前の円柱状焼結体の断面積をA、加工後の円柱状焼結体の断面積をBとする場合、加工率=[(A−B)/A]×100%、により求められる。例えば、直径25mmの円柱状焼結体を直径20mmの円柱状焼結体に加工する場合の加工率を説明する。直径25mmの円の断面積Aは460.6mm、直径20mmの円の断面積Bは314mmであるから加工率は32%=[(460.6−314)/460.6]×100%となる。
【0077】
第一の加工工程の加工率が10%以上30%以下であることは、第一の加工工程の前の円柱状焼結体(インゴット)の断面積を断面積Aとして求められる。第二の加工工程の加工率が40%以上70%以下であることは、第一の加工工程の後の円柱状焼結体の断面積を断面積Aとして求められる。
【0078】
鍛造加工とは、ハンマーで焼結体を叩いて圧力を加える加工である。圧延加工とは、2つ以上のローラーで焼結体を挟みながら加工する方法である。押出加工は、強圧してダイス孔から押し出す方法である。
【0079】
第一の加工工程は、鍛造加工、圧延加工、押出加工の1種または2種以上であることが好ましい。これらの加工方法は、線径Wを小さくできる。よって、円柱状焼結体中のポアを低減できる。第一の加工工程は、鍛造加工または押出加工が好ましい。鍛造加工または押出加工は、円柱状焼結体の円周全体を加工しやすいため、ポアの低減効果が高い。
【0080】
第一の加工工程の加工率は10%以上30%以下である。加工率が10%未満であるとポアを低減する効果が小さい。加工率が30%を超えると結晶方位の制御が困難となる。第一の加工工程は、加工率が10%以上30%以下の範囲内であれば、複数回に分けて加工を行ってもよい。
【0081】
第二の加工工程は、圧延加工である。圧延加工であると結晶方位を制御しやすい。圧延加工は、複数のローラーで挟みながら断面積を小さくする方法である。圧延加工のみで加工すると結晶方位を制御することができる。
【0082】
鍛造加工はハンマーで叩くため結晶方位に部分的なばらつきが生じやすい。押出加工は、ダイスを通すときの応力が強いため、中央部と表面部での結晶方位に違いが生じやすい。圧延加工であると、ローラーからの応力を調整できるため、結晶方位を制御しやすい。
【0083】
第二の加工工程において圧延加工の加工率は30%以上70%以下である。第一の加工工程後の断面積を断面積Aとして加工率を制御する。加工率が30%以上70%以下の範囲内であれば、1回の加工でもよいし、2回以上に分けてもよい。加工率が30%未満または70%を超えると、目的とする結晶方位が得られない。
【0084】
第一の加工工程および第二の加工工程は、冷間加工であることが好ましい。冷間加工は、再結晶温度以下の温度で対象物を加工する方法である。再結晶温度以上の加熱状態で加工することを熱間加工という。熱間加工であると円柱状焼結体が再結晶化する。冷間加工であると再結晶化しない。再結晶化しない組織で結晶方位を制御することが重要である。
【0085】
以上の工程により形成された線径2mm以上35mm以下の円柱状焼結体を、必要な長さに切断する。次に、先細る先端部3を形成する工程を実施する。先端部3の加工は、先端部3を所定のテーパ状に切削加工することにより行われる。必要に応じ、表面粗さRaが5μm以下になるように表面研磨加工を施す。
【0086】
以上の工程により実施形態のカソード部品を製造できる。
【0087】
放電ランプは次のように製造することができる。まず、カソード部品1を電極支持棒8に接続する。接続はろう付けなどによって行うことができる。アノード部品6が電極支持棒8に接続された部品を用意する。カソード部品1とアノード部品6はガラス管9の中で対向して配置し固定され、電極支持棒8の一部とともに封止する。ガラス管9内部は真空にする。放電ランプを製造する工程中に、必要に応じ、カソード部品の再結晶温度以上の熱処理を行ってもよい。
【実施例】
【0088】
(実施例1ないし5、比較例1)
酸化トリウム粉末と金属タングステン粉末の混合原料粉末を以下の2種類を用意した。
【0089】
第一の混合原料粉末は、次の方法で調製した。まず、平均粒径2μmのタングステン酸アンモニウム(APT)粉末を大気中500℃の温度に加熱して、タングステン酸アンモニウム粉末を酸化タングステン粉末に変化させた。続いて、酸化タングステン粉末に、平均粒径3μmの硝酸トリウム粉末を添加し、純水を添加し、その後、15時間以上攪拌して均一に混合した。次に、水分を完全に蒸発させ、硝酸トリウム粉末と酸化タングステン粉末が均一に混合した混合粉末を得た。次に大気中520℃の温度で加熱して硝酸トリウム粉末を酸化トリウムに変化させた。次に、水素雰囲気中(還元雰囲気中)800℃の温度で熱処理して酸化タングステン粉末を金属タングステン粉末に還元した。これにより、酸化トリウム粉末と金属タングステン粉末の第一の混合原料粉末を調製した。
【0090】
第二の混合原料粉末は、次の方法で調製した。まず、平均粒径2μmのAPT粉末を窒素雰囲気中450℃の温度に加熱して、タングステン酸アンモニウム粉末を酸化タングステン粉末に変化させた。このとき、窒素雰囲気に水素を混合することにより、得られた酸化タングステン粉末の組成はWO2.9であった。続いて、水素雰囲気中(還元雰囲気中)740℃の温度で熱処理して酸化タングステンWO2.9粉末を金属タングステン粉末に還元した。これにより、金属タングステン粉末を調製した。
【0091】
次に、硝酸トリウム粉末と酸化タングステンWO2.9粉末を均一に混合した混合粉末を調製した。次に大気中520℃の温度で加熱して硝酸トリウム粉末を酸化トリウムに変化させた。次に、水素雰囲気中(還元雰囲気中)800℃の温度で熱処理した。これにより、酸化トリウム粉末と金属タングステン粉末の第二の混合原料粉末を調製した。
【0092】
第一の混合原料粉末、第二の混合原料粉末を使って、表1に示す円柱状焼結体(インゴット)を形成した。第一の混合原料粉末および第二の混合原料粉末のトリウム量は、タングステン粉末を製造する際に添加する硝酸トリウムの添加量を変えることにより調製した。
【0093】
【表1】
【0094】
次に、円柱状焼結体(インゴット)を表2に示す加工条件で加工した。いずれも冷間加工で加工した。
【0095】
【表2】
【0096】
以上の工程により、得られた円柱状焼結体を切断加工し、先細る先端部を形成した。先端部のテーパ角度は60度以上80度以下に調整した。これにより、放電ランプ用カソード部品を製造した。カソード部品のサイズを表3に示す。
【0097】
【表3】
【0098】
実施例および比較例に係るカソード部品に対し、結晶方位、タングステン結晶サイズ、トリウム結晶サイズを調べた。
【0099】
結晶方位は、カソード部品の胴体部の中心4を通る胴体部の長さT方向の断面の中心4から1mm以内の位置でEBSD分析を行うことにより測定した。
【0100】
EBSD分析では、日本電子株式会社製の熱電界放射型走査電子顕微鏡(TFE−SEM)JSM−6500Fと株式会社TSLソリューション製のDigiViewIVスロースキャンCCDカメラ、OIM Data Collectionver.7.3x、OIM Analysisver.8.0を使用した。EBSDの測定条件は、電子線の加速電圧20kV、照射電流12nA、試料の傾斜角を70度とした。測定領域は90μm×90μm、測定間隔は0.3μm/stepである。胴体部2の中心4を通る断面5を測定面とし、断面5へ電子線を照射し回折パターンを得た。
【0101】
EBSD分析により、断面5の方向aに優先配向している結晶方位が<101>方位であるかを調べた。方向aのIPFマップにより、<101>方位に対する方位差が±15度以内の結晶方位を有するタングステン相の面積比、±10度以内の結晶方位を有するタングステン相の面積比、±5度以内の結晶方位を有するタングステン相の面積比を求めた。IPFマップを用いて断面5に垂直な方向bの結晶方位<111>方位に対する方位差が±15度以内の結晶方位を有するタングステン相、±10度以内の結晶方位を有するタングステン相の面積比、±5度以内の結晶方位を有するタングステン相の面積比を求めた。
【0102】
タングステン結晶の粒径の測定は、EBSDの結晶粒マップを用いた。結晶粒マップは単位面積90μm×90μmとした。結晶粒マップの中で結晶方位角差5度以内の測定点が2点以上連続して存在するものを同一結晶粒子と識別した。個々の粒径を求めた後、平均粒径D50、粒径D90を求めた。
【0103】
トリウム結晶の粒径の測定についてもEBSDの結晶粒マップを用いた。結晶粒マップは単位面積90μm×90μmとする。結晶粒マップの中で結晶方位角差2度以内の測定点が2点以上連続して存在するものを同一結晶粒子と識別した。個々の粒径を求めた後、平均粒径D50、粒径D90を求めた。その結果を表4、表5、表6に示す。
【0104】
【表4】
【0105】
【表5】
【0106】
【表6】
【0107】
実施例に係る放電ランプ用カソード部品は、断面5において方向aの優先方位は<101>方位であった。それに対し、比較例1は断面5の方向aの優先方位は<101>方位ではなかった。
【0108】
実施例はタングステン結晶の平均粒径D50は20μm以下であり、D90−D50≦7μmを満たしていた。トリウム結晶の平均粒径D50は3μm以下であり、D90−D50≦2μmを満たしていた。
【0109】
次に、放電ランプ用カソード部品の耐久性を調べた。まず、放電ランプ用カソード部品を用いて放電ランプを作製した。耐久性試験として放電ランプのフリッカー寿命を測定した。耐久性試験は、点灯試験により実施した。点灯時のランプ電圧を40V、非点灯時のランプ電圧を20Vとした。点灯状態を3時間、非点灯状態を2時間とし、これを交互に繰り返した。点灯状態または非点灯状態のランプ電圧のずれが1V以上となったときをフリッカーが発生したと定義した。フリッカー現象が発生するまでの点灯時間の合計をフリッカー寿命とした。
【0110】
同条件で800時間経過後にタングステン結晶の平均粒径D50(μm)を測定した。平均粒径D50の測定は、先端部3の断面を用い、先端部3から深さ0.5mmの箇所を測定した。その結果を表7に示す。
【0111】
【表7】
【0112】
表からわかる通り、実施例に係る放電ランプのフリッカー寿命は800時間以上であり寿命が延びた。これはカソード部品に粗大粒が形成されにくいためである。実施例1、2よりも、実施例3ないし5の方がタングステン結晶の平均粒径D50の増加割合が小さい。第二の混合原料粉末のように一旦酸化タングステンWO2.9を使った方が粒成長を抑制できる。
【0113】
以上、本発明のいくつかの実施形態を例示したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更などを行うことができる。これら実施形態やその変形例は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。前述の各実施形態は、相互に組み合わせて実施することができる。
図1
図2
図3