【文献】
甫立善明 et al,超音波音速測定によるパーム油含有O/Wエマルジョンの油脂結晶化の観察,日本油化学会誌,Vol.45, No.12,日本,1996年,Pages 1333-1337
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
評価対象物に対して超音波を発信する超音波発信部と、該超音波発信部から発信され、評価対象物中を伝播した超音波を受信する超音波受信部と、該超音波受信部が受信する超音波に基づいてその位相速度を測定する位相速度測定部と、該位相速度測定部で測定された位相速度に基づいて評価対象物中の油脂の性状を評価する評価部と、を備えた、超音波を用いて油脂の性状を評価する評価装置であって、
前記油脂の性状は、油脂中の油脂結晶の性状である、評価装置。
前記評価部は、位相速度に基づいて油脂の圧縮率を算出する演算部を有し、超音波の位相速度及び該圧縮率により、評価対象物中の油脂の性状を評価する、請求項1に記載の評価装置。
前記評価ステップは、位相速度に基づいて評価対象物中の油脂の圧縮率を算出し、超音波の位相速度及び該圧縮率により評価対象物中の油脂の性状を評価する、請求項4に記載の評価方法。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施形態の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を超えない限り、これらの内容に限定されない。
【0012】
本発明の1つの実施形態は、評価対象物に対して超音波を発信する超音波発信部と、該超音波発信部から発信され、評価対象物中を伝播した超音波を受信する超音波受信部と、該超音波受信部が受信する超音波に基づいてその位相速度を測定する位相速度測定部と、該位相速度測定部で測定された位相速度に基づいて評価対象物中の油脂の性状を評価する評価部と、を備えた、超音波を用いて油脂の性状を評価する評価装置である。
【0013】
本実施形態により評価する対象は油脂であり、油脂そのものを評価の対象としてもよく、また油脂が含有された組成物であってもよい。また、油脂は液状の油脂であってもよく、固形の油脂であってもよく、液状と固形の混合物であってもよい。
【0014】
評価される油脂の種類は特段限定されず、典型的には食用油脂である。食用油脂は、食用品に用いられるものであれば特に限定されず、いずれの食用油脂も使用することができるが、例えば、ナタネ油、コメ油、大豆油、コーン油、サフラワー油、ヒマワリ油、綿実油、ゴマ油、オリーブ油、パーム油、パーム核油、ヤシ油、リンシード油、マカデミア種子油、ツバキ種子油、茶実油、米糠油、ココアバターなどの植物油、乳脂、牛脂、豚脂、鶏脂、羊脂、魚油などの動物油、これら植物性油脂又は動物性油脂の液状又は固体状物を精製や脱臭、分別、硬化、エステル交換といった油脂加工した、硬化ヤシ油、硬化パーム核油などの硬化油脂や加工油脂、更にこれらの油脂を分別して得られる液体油、固体脂等を、1つ、または2つ以上混合した食用油脂などを用いることができる。油脂は、1種であってもよく、油脂混合物であってもよい。また、界面活性剤などの親油性物質を含んでもよい。
親油性物質としては、油脂結晶を促進、または、抑制するショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステルなどの界面活性剤、トリアシルグリセロールなどから成るシーディング剤、動植物ワックス、ヒドロキシ脂肪酸を含む高分子化合物、タルクなどの層状珪酸塩鉱物、単層または層状カーボン類、芳香族カルボン酸、テオブロミン、エラジン酸加水分解物、テレフタル酸、着香料、着色料、などが挙げられる。
なお、評価対象となる油脂が含有された組成物は、典型的には食品組成物であるが、これに限られず、化粧料組成物や医薬組成物であってもよい。
【0015】
評価対象となる油脂が含有された組成物は、乳化組成物であってもよい。乳化組成物としては、水中油型乳化組成物であっても、油中水型乳化組成物であってもよい。乳化組成物である場合、油脂の他、典型的には水相を形成する水相成分と、油脂と水相の乳化状態を安定化する物質を含む。油脂と水相の乳化状態を安定化する物質としては、界面活性剤(乳化剤)を含むことが好ましい。また、これら以外の成分、例えば無機物や有機物などの固体粒子、甘味料、安定化剤、乳成分、タンパク質、着香料、着色料、塩類、有機酸などを含んでいてもよい。
【0016】
水相成分は、通常乳化組成物に配合され、水相を形成する成分であればよい。水のほか、低級アルコール、多価アルコールなどを含んでもよい。
界面活性剤(乳化剤)は、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤、及び非イオン性界面活性剤があげられる。
【0017】
界面活性剤としては、飲食品に使用可能な食品用界面活性剤が好ましく、例えば、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ステアロイル乳酸カルシウムやステアロイル乳酸ナトリウム等の乳酸脂肪酸エステル類、ステアリン酸ナトリウムやオレイン酸ナトリウム等の脂肪酸塩類、酵素分解レシチン、酢酸モノグリセリド、クエン酸モノグリセリド、乳酸モノグリセリド、コハク酸モノグリセリド、ジアシル酒石酸モノグリセリド等の有機酸モノグリセリド、等が挙げられる。
【0018】
具体的には、デカグリセリンミリスチン酸エステル、デカグリセリンパルミチン酸エステル、デカグリセリンステアリン酸エステル、デカグリセリンオレイン酸エステルなどのグリセリンの重合度が4以上、好ましくは4〜12のポリグリセリン脂肪酸エステル;
グリセリンジミリステート、グリセリンジパルミテート、グリセリンジステアレート、グリセリンジオレエートなどのグリセリンジ脂肪酸エステル;
アルキル基を2つ以上有する、ジグリセリンミリスチン酸エステル、ジグリセリンパルミチン酸エステル、ジグリセリンステアリン酸エステル、ジグリセリンオレイン酸エステルなどのジグリセリン脂肪酸エステル;
トリグリセリンミリスチン酸エステル、トリグリセリンパルミチン酸エステル、トリグリセリンステアリン酸エステル、トリグリセリンオレイン酸エステルなどのトリグリセリン脂肪酸エステル;
炭素数12〜22の飽和若しくは不飽和脂肪酸のジグリセリドとコハク酸、クエン酸又はジアセチル酒石酸とのエステルなどのジグリセリド有機酸エステル;
テトラグリセリンリシノレイン酸エステルなどのポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル;
ソルビタンミリスチン酸エステル、ソルビタンパルミチン酸エステル、ソルビタンステアリン酸エステル、ソルビタンオレイン酸エステルなどのソルビタン脂肪酸エステル;
アルキル基を2つ以上有する、プロピレングリコールミリスチン酸エステル、プロピレングリコールパリミチン酸エステル、プロピレングリコールステアリン酸エステル、プロピレングリコールオレイン酸エステルなどのプロピレングリコール脂肪酸エステル;
アルキル基を2つ以上有する、ショ糖ミリスチン酸エステル、ショ糖パルミチン酸エステル、ショ糖ステアリン酸エステル、ショ糖オレイン酸エステルなどのショ糖脂肪酸エステル;
レシチンなどのリン脂質、酵素処理レシチン;糖脂質;サポニン;があげられる。
【0019】
上記のショ糖脂肪酸エステルの市販品としては、「リョートーシュガーエステルB−370」、「リョートーシュガーエステル S−1670」、「リョートーシュガーエステルS−1570 」、「リョートーシュガーエステルS−1170」、「リョートーシュ
ガーエステルS−970」、「リョートーシュガーエステルS−770」、「リョートーシュガーエステルS−570」、「リョートーシュガーエステルS−370」、「リョートーシュガーエステルS−270」、「リョートーシュガーエステルS−170」、「リョートーシュガーエステルP−1670」、「リョートーシュガーエステルP−1570」、「リョートーシュガーエステルP−170」、「リョートーシュガーエステルM−1695」、「リョートーシュガーエステルO−1570」、「リョートーシュガーエステルO−170」、「リョートーシュガーエステルL−1695」、「リョートーシュガーエステルL−595」、「リョートーシュガーエステルL−195」、「リョートーシュガーエステルLWA−1570」、「リョートーシュガーエステルER−290」、「リョートーシュガーエステルER−190」、「リョートーシュガーエステルPOS−135」、「リョートーモノエステル−P」(以上、三菱化学フーズ社製、商品名);「DKエステルSS」、「DKエステルF−160」、「DKエステルF−140」、「DKエ
ステルF−110」( 以上、第一工業製薬社製、商品名) 等が挙げられる。
【0020】
上記のポリグリセリン脂肪酸エステルとしては、中でも、グリセリンの平均重合度が2〜20のポリグリセリン脂肪酸エステルが好ましく、より好ましくは平均重合度が2〜10である。
ポリグリセリン脂肪酸エステルの市販品としては、「リョートーポリグリエステルB−70D」「リョートーポリグリエステルB−100D」「リョートーポリグリエステルS−10D」、「リョートーポリグリエステルSWA−10D」、「リョートーポリグリエステルSWA−15D」、「リョートーポリグリエステルSWA−20D」、「リョートーポリグリエステルS−24D」、「リョートーポリグリエステルS−28D」、「リョートーポリグリエステルP−8D」、「リョートーポリグリエステルM−7D」、「リョートーポリグリエステルM−10D」、「リョートーポリグリエステルO−15D」、「リョートーポリグリエステルO−50D」「リョートーポリグリエステルL−7D」、「リョートーポリグリエステルL−10D」、「リョートーポリグリエステルCE−19D」(以上、三菱化学フーズ社製、商品名);「SYグリスターMSW−7S」、「SYグリスターMS−5S」、「SYグリスターMO−7S」、「SYグリスターMO−5S」、「SYグリスターML−750」、「SYグリスターML−500」(以上、阪本薬品工業社製、商品名);「サンソフトQ−14F」、「サンソフトQ−12F」、「サンソフトQ−18S」、「サンソフトQ−182S」、「サンソフトQ−17S」、「サンソフトQ−14S」、「サンソフトQ−12S」、「サンソフトA−121C」、「サンソフトA−141C」、「サンソフトA−121E」、「サンソフトA−141E」、「サンソフトA−171E」、「サンソフトA−181E」(以上、太陽化学社製、商品名);「ポエムTRP−97RF」、「ポエムJ−0021」、「ポエムJ−0081HV」、「ポエムJ−0381V」(以上、理研ビタミン社製、商品名);「NIKKOL Hexaglyn 1−M」、「NIKKOL Hexaglyn 1−L」、「NIKKOL Decaglyn 1−SV」、「NIKKOL Decaglyn 1−OV」、「NIKKOL Decaglyn 1−M」、「NIKKOL Decaglyn 1−L」(以上、日光ケミカルズ社製、商品名)等が挙げられる。
【0021】
ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルの市販品としては、「エマゾールS−120V」、「エマゾールL−120V」、「エマゾールO−120V」、「レオドールTW−S120V」、「レオドールTW−L120」、「レオドールTW−O120V」、「レオドールTW−L106」、「レオドールTW−P120」、「レオドールTW−O320V」、「レオドールスーパーTW−L120」、「レオドール440V」、「レオドール460V」(以上、花王社製、商品名);「ソルゲンTW−60F」、「ソルゲンTW−20F」、「ソルゲンTW−80F」(以上、第一工業製薬社製、商品名);「アドムルT60K」、「アドムルT80K」(以上、Kerry社製、商品名);「T−Maz60K」、「T−Maz80K」(以上、BASF社製、商品名);「ウィルサーフTF−60」、「ウィルサーフTF−80」(以上、日油社製、商品名);「Glycosperse S−20K FG」、「Glycosperse O−20K FG」(以上、Lonza社製、商品名)等が挙げられる。
【0022】
上記ショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルにおいて、耐熱性菌に対して効果を持つ食品用乳化剤(すなわち、静菌性乳化剤)を用いることもできる。アルキル基の炭素数が14〜22のショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルがより好ましく、構成する脂肪酸の炭素数が16〜18のショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルがさらに好ましく、これらは耐熱性菌に対する有効性が高いため好適である。使用するショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルとしては、モノエステル含量が50質量%以上、好ましくは60質量%以上、さらに好ましくは70質量%以上であることが、耐熱性菌に対する有効性が高いため好適である。ポリグリセリン脂肪
酸エステルとしては、ポリグリセリンの平均重合度が2〜5であることが好ましく、さらに2〜3であることが、菌に対する有効性が高いため最も好ましい。
【0023】
本実施形態で評価する油脂の性状とは、油脂の性質及び状態に関するものであれば特段限定されないが、典型的には、食品として用いられる際に関係する油脂の状態である。より具体的には、油脂中の油脂結晶の量、油脂結晶の多形、油脂結晶の形状、油脂の柔らかさ、油脂の可塑性、油脂の流動性、それら油脂の性状により影響を受ける食品の性状、などがあげられるが、これらに限定されない。
以下、本実施形態の評価装置が備える構成について説明する。
【0024】
図1は、評価装置の一実施形態を示す概念図である。
評価装置100は、超音波測定装置10と、測定した超音波位相速度を解析するコンピュータ20を備える。
超音波測定装置10は、パルス発生器11で発生したパルスにより超音波を発信する超音波発生部12(評価対象物に対して超音波を発信する超音波発信部に相当)、超音波発生部12で発生した超音波を受信する超音波受信部13(超音波発信部から発信され、評価対象物中を伝播した超音波を受信する超音波受信部に相当)、及び超音波受信部13で受信した超音波を表示するオシロスコープ16を備える。
超音波発生部12及び超音波受信部13は、水が充填された水槽17中に配置されており、超音波発生部12と超音波受信部13との間には、試料である油脂14が充填された石英セル15が配置される。
超音波発生部12から対象物である油脂14に対して発信された超音波は、油脂14中を伝播し、伝播した超音波は超音波受信部13により受信される。超音波発生部12は超音波を発生できればよく、既知の発生装置が用いられる。また、超音波受信部13は超音波を受信できればよく、既知の受信装置が用いられる。
測定装置10で用いる超音波の周波数は特に制限されないが、通常20kHz以上、100kHz以上あってよく、1000kHz以上であってよく、また20MHz以下であってよく、10MHz以下であってよい。
【0025】
石英セル15は、油脂を格納可能であり、また超音波を遮断しない材料により代替することができる。石英以外の材料としては、樹脂や金属があげられる。
また超音波測定装置10は、油脂の温度状態を調整するために、温度調節装置(図示せず)が備えられていてもよい。
【0026】
超音波発生部12で発生した超音波は、石英セル15中の油脂14中を伝播し、超音波受信部13で受信される。受信された超音波は、オシロスコープ16で表示されるとともに、コンピュータ20にデータが送信され、解析される。一つのセルに参照液体(水など位相速度既知の液体)を入れて超音波測定を行い、次に試料液体を入れて再度測定を行うシングルモード測定と、二つのセルを装備し、参照液体と試料液体の同時測定を行うダブルモード測定のどちらで行ってもよい。
パルス状の信号を超音波発生部12に入力し,伝播超音波を超音波受信部13で検出する。検出信号は、入力信号をトリガー源として、デジタルオシロスコープで捕捉することができる。この際、トリガーディレイを一定にしておき、参照液体の時に検出信号と試料液体の時の検出信号の位相差と振幅比を、測定中、あるいは測定後にコンピュータ20で計算する。Word長の短いデジタルストレージオシロスコープでも微小な位相差を検出するのに有効である。
【0027】
コンピュータ20では、送信された超音波データを解析し、位相速度を算出することができる(超音波受信部が受信する超音波に基づいてその位相速度を測定する位相速度測定部に相当)。位相速度の算出は既知の方法に従って行えばよく、例えばFFT処理(高速
フーリエ変換処理)による既存の位相差検出プログラムなどを用いて算出できる。
また、コンピュータ20において、算出された位相速度から圧縮率を算出してもよい。圧縮率の算出により、油脂の柔らかさなど、油脂の弾性に関する評価が可能となる(位相速度測定部で測定された位相速度に基づいて評価対象物中の油脂の性状を評価する評価部に相当)。
【0028】
ここで圧縮率は、算出された超音波の位相速度を用い、以下に示すLaplaceの式を適用し、算出することができる。
【数1】
c:位相速度(m/s)
β:圧縮率(Pa
-1)
ρ:密度(kg/m
3)
【0029】
また、コンピュータ20では、送信された超音波データを解析し、振幅を算出することができる。振幅の算出もまた既知の方法に従って行えばよく、例えばFFT処理(高速フーリエ変換処理)による既存のプログラムなどを用いて算出できる。振幅の算出により、音波の伝播し易さを評価できるため、例えば、油脂結晶の疎密さの評価が可能となる。
【0030】
本発明者らは、以下に示す実験1乃至3により、超音波位相速度から結晶化点を推定できることを見出し、油脂中の結晶状態を評価できることを見出した。
【0031】
<実験1:偏光顕微鏡による結晶化観察>
以下、実際に油脂を評価した評価例を示す。
硬化ヤシ油、または、硬化ヤシ油に、ショ糖ラウリン酸エステル(L−195,三菱化学フーズ製)、ショ糖ステアリン酸エステル(S−170,三菱化学フーズ製)、ショ糖オレイン酸エステル(O−170,三菱化学フーズ製)をそれぞれ0.5質量%添加し、油脂A乃至Dを調製した。
油脂結晶の観察は、偏光子と検光子を設置したシステム生物顕微鏡(BX53、OLYMPUS製)を使用し、予め70℃に保持しておいた親油性コーティングスライドガラスに、上記調製した試料を一滴滴下し、試料が均一かつ気泡が入らないよう注意しながらカバーガラスで覆った。次に38℃まで降温し(10℃/分)、5分間保持して温度を安定にした後、38℃から10℃まで温度を変化させ(1℃/30分)各温度において30分保持後の結晶観察を行った。結果を
図3に示す。
【0032】
<実験2:位相速度の測定>
図1に示す超音波測定装置を用い、油脂A乃至Cを石英セルに充填し、38℃から10℃まで油脂の温度を変化させた(1℃/12分)時の、超音波位相速度変化を測定した。結果を
図4に示す。
【0033】
<実験3:DSCによる結晶化点の測定>
測定には、示差走査熱量測定器(DSC−6200、セイコーインスツルメント社製)を用いた。試料容器となるアルミニウムパンを二つ用意し、一方に基準物質となる酸化済みアルミニウム粉末を10mg、もう一方に測定試料を5mg量りとって封入した。設定温度は、38℃〜−10℃とし、降温速度は1℃/12分とした。DSCによる油脂A乃至Cの結晶化点の測定結果を、位相速度の変曲点とともに、以下の表1に示す。
【0035】
以上の実験結果から、超音波位相速度の変曲点とDSC測定による結晶化点がほぼ一致することが解った。従って、超音波位相速度を測定し、その変曲点を把握することで、油脂の性状を評価することができる。
具体的には、変温時の位相速度変曲点から、油脂結晶開始温度を計測することが出来る。また、油脂結晶化開始温度に影響を与える乳化剤などを添加した時の結晶化開始温度の下降、または上昇を評価することもできる。
【0036】
また、本発明者らは、以下に示す実験4乃至6により、超音波位相速度から計算される圧縮率と、油脂中の弾性が相関することを発見し、油脂の弾性乃至は油脂中の結晶の弾性を評価できることを見出した。
【0037】
<実験4:結晶化エンタルピーと位相速度>
結晶の量を表す結晶化エンタルピーと位相速度の相関を検証した。
位相速度において、結晶化前の降温による位相速度の上昇が結晶化後も続くと仮定したベースラインを想定し、該ベースラインと実際の位相速度との差をとることで、温度変化による影響を排除した位相速度の値を算出した。そして、算出した位相速度と結晶化エンタルピーとの相関を検討したところ、全ての試料において、相関係数が0.99以上の結果が得られた。結果を
図5に示す。
この結果から、結晶化エンタルピーが同じ、即ち結晶の量が同じであっても、位相速度が異なるという知見を得た。これは、位相速度は単純な結晶量のみを評価するのではなく、油脂の密度を測定し、ラプラスの式から圧縮率を算出することで、結晶弾性の違いも評価できることを意味する。
【0038】
<実験5:密度の測定>
試料の密度測定は、結晶化前の試料の測定はピクノメータ法で行い、結晶化後の試料の測定は乾式測定法で行った。試料の50℃、38℃、30℃、20℃での密度測定結果を、
図6に示す。
結晶化前の試料の密度は、温度に比例して緩やかに増加したが、結晶化によって急激に増加した。密度変化が油脂結晶化による位相速度の増加を決定づけているのであれば、ラプラスの式から密度は減少するはずであるが、むしろ増加していた。また、乳化剤の添加によって、密度変化に大きな差異が見られないことから、位相速度の増加に密度は大きな影響を与えていないことが分かった。
【0039】
<実験6:圧縮率の算出>
圧縮率の算出は、以下の式を用いて、実験2で測定した位相速度と、実験5で測定した密度から算出した。
【数2】
c:位相速度(m/s)
β:圧縮率(Pa
-1)
ρ:密度(kg/m
3)
【0040】
30℃から20℃の降温に伴う位相速度、圧縮率の変化を表2に示す。油脂結晶化により、位相速度が増加するにも関わらず、密度が増加していたことから、位相速度の増加は圧縮率の減少が支配的な因子であることが分かった。
ショ糖ステアリン酸エステルを油脂に添加することで硬い油脂結晶が得られることが知られているが、ショ糖ステアリン酸エステルを添加した油脂は、結晶化による圧縮率の減少が小さいことによって、位相速度が小さくなっており、硬い物性を示していることが分かった。
【0042】
以上の実験結果から、超音波位相速度から計算される圧縮率と結晶の弾性とが相関することが見出された。従って、超音波位相速度を測定し、圧縮率を算出することで、油脂の性状を評価することができる。具体的には、同じ結晶化度において、位相速度が高い場合には、圧縮率が低く、油脂が硬い構造の結晶を形成していると評価できる。
【0043】
<実験例7:油脂の等温保持における位相速度測定>
食品保存中に生じる物性変化の評価を想定し、ショ糖ラウリン酸エステルを0.5wt%、2.5wt%、5wt%、油脂Aにそれぞれ添加して加温溶解した硬化ヤシ油を25℃まで1℃/分で冷却後、25℃で等温保持した時の超音波位相速度を測定した。また、同条件において偏光顕微鏡観察を実施した結果を
図7に示す。ショ糖ラウリン酸エステル
の添加量に応じて、結晶開始時間が遅延しており、ショ糖ラウリン酸エステル無添加のものが15.1分であるのに対して、0.5wt%添加では18.8分、2.5wt%添加では45.9分、5wt%添加では78.0分とその効果が顕著であった。超音波位相速度を用いることでその結晶開始を検出することが出来た。
結晶開始温度をコントロールすることにより、油脂の種々の特性を調整することが可能となる。具体的には、結晶開始温度を遅延させることにより、例えば、油脂に柔軟性を付与することができる。上記結果より、結晶開始時間を遅延させるには、油脂に対して、シ
ョ糖ラウリン酸エステルの添加量は、0.5wt%以上が好ましく、2.5wt%以上がより好ましく、5wt%以上がより好ましいことが分かる。
また、同条件においてDSCにより結晶化エンタルピーを求めることを試みたが、明確なピークを得ることが出来ずエンタルピーを算出することができなかった。これは、超音波位相速度を用いることで、従来の評価手法では評価できなかった食品中の油脂物性評価を行うことができることを示す。
【0044】
以上の実験より、本発明の別の実施形態としては、
図2に示すとおり、超音波を用いた評価対象物中の油脂の性状の評価方法であって、S1:評価対象物に対して超音波を発信する超音波発信ステップ、S2:評価対象物に対して発信され、評価対象物中を伝播した超音波を受信する超音波受信ステップ、S3:受信された超音波に基づいてその位相速度を測定する位相速度測定ステップ、及びS5:測定された位相速度に基づいて油脂の性状を評価する評価ステップ、を有する、超音波を用いた評価対象物中の油脂の性状の評価方法である。
更に、前記評価ステップは、S4:位相速度に基づいて油脂の圧縮率を算出するステップを有し、超音波の位相速度及び該圧縮率により評価対象物中の油脂の性状を評価する形態が好ましい。