(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.実施形態
以下、図面を参照して本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0015】
図1は、本発明を実施したリチウムイオン二次電池10の概略図である。リチウムイオン二次電池10の形状は、この例では角型形状をしているが、これに限られず、円筒型、シート状等でもよい。リチウムイオン二次電池10は、電池容器11と、電極構造体12と、正極端子13と、正極リード14と、負極端子15、負極リード16とを備えている。
【0016】
電池容器11は、扁平な箱状をしており、例えば、アルミニウム等の金属により形成されている。電池容器11は、内部に、電極構造体12、正極リード14、負極リード16、及び電解質を溶解させた電解液(図示なし)を収容した状態で密閉されている。電解液は特に限定されず、環状カーボネート、鎖状カーボネート等のうちの一種以上を用いることができる。環状カーボネートとしては、エチレンカーボネート(EC)、フルオロエチレンカーボネート(FEC)、プロピレンカーボネート(PC)等が挙げられる。鎖状カーボネートとしては、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)等が挙げられる。電解質も特に限定されず、LiPF
6、LiBF
4等のリチウム塩を用いることができる。本実施形態では、ECとDECとFECを体積比1:1:0.2で混合した溶液に、1.0モル/リットルのLiPF
6を溶解させたものを電解液として用いている。
図1においては、電極構造体12、正極リード14、及び負極リード16を点線で示している。
【0017】
正極端子13は、電池容器11の外部に設けられており、正極リード14の一端と溶接されることにより接続されている。正極リード14の他端は、後述の正極17と接続している。この正極リード14を介して、正極端子13と正極17とが電気的に接続される。
【0018】
負極端子15は、電池容器11の外部に設けられており、負極リード16の一端と溶接されることにより接続されている。負極リード16の他端は、後述の負極18と接続している。この負極リード16を介して、負極端子15と負極18とが電気的に接続される。
【0019】
電極構造体12は、正極17と、負極18と、セパレータ19,20とを備えている。正極17と負極18とセパレータ19,20はシート状に形成されており、電極構造体12は、セパレータ20の一方の表面に負極18が積層され、さらにその上にセパレータ19、正極17が順に積層された状態で、巻回することにより形成される。電極構造体12は、上記のような巻回型でもよいし、積層型でもよい。
【0020】
図2は、
図1に示した電極構造体12の一部を拡大した断面概略図である。
図2に示すように、正極17は、正極集電体22と正極活物質層24とを有する。正極集電体22は、例えば、アルミニウム箔、Ni(ニッケル)箔、ステンレス箔等の金属箔により形成されている。本実施形態では、正極集電体22をアルミニウム箔で形成した。正極集電体22は、正極リード14と接続している。
【0021】
正極活物質層24は、正極集電体22の一方の表面に設けられている。正極活物質層24は、リチウムを吸蔵及び脱離する正極活物質を含む。正極活物質としては、リチウム遷移金属複合酸化物が用いられる。リチウム遷移金属複合酸化物は、例えば、Co(コバルト)、Ni、及びMn(マンガン)からなる群のうちの少なくともいずれかを含む。正極活物質層24は、正極活物質の他、例えば、導電助剤と正極用バインダーをさらに含む。導電助剤は、例えば、黒鉛、カーボンブラック等の炭素材料である。正極用バインダーは、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等である。
【0022】
負極18は、負極集電体26と負極活物質層28とを有する。負極集電体26は、Cu(銅)箔により形成されており、負極リード16と接続している。負極活物質層28は、負極集電体26の正極活物質層24と対向する表面に設けられている。負極18の詳細については、別の図面を用いて後述する。
【0023】
セパレータ19,20は、多孔質膜により形成されており、孔内に電解液を保持する。セパレータ19により正極17と負極18の短絡が防止され、かつ、充放電時にリチウムイオンが当該セパレータ19を通過する。セパレータ19,20の材料としては、例えば、微多孔性ポリプロピレンフィルムを用いることができる。ポリオレフィン系、ポリエステル系、ポリアクリロニトリル系、ポリフェニレンサルファイド系、ポリイミド系またはフッ素樹脂系の微孔膜や不織布を用いてもよい。
【0024】
図3に示すように、負極18は、Si粉末30とSn粉末31の混合粉末を原料粉末として用いて、Siナノ粒子の表面にSn金属体が設けられた負極活物質粒子32を形成する負極活物質粒子形成工程40と、負極活物質粒子32を含むスラリーを負極集電体26に塗工し負極前駆体33を形成する負極前駆体形成工程41と、負極前駆体33を加熱する加熱工程42とにより製造される。
【0025】
負極活物質粒子形成工程40は、上記混合粉末を用いたプラズマスプレーPVD(PS−PVD;Plasma Spray - Physical Vapor Deposition)法により負極活物質粒子32を形成する。PS−PVD法は、原料粉末をプラズマ中に供給し完全蒸発させることにより高温蒸気を生成し、この高温蒸気の冷却過程で生じる急速凝縮によりナノ粒子を形成する。本実施形態では、PS−PVD法を行うPS−PVD装置(図示なし)が用いられる。PS−PVD装置としては、本実施形態では、日本電子社製ハイブリッドプラズマスプレー装置を用いる。本実施形態でのSi粉末30の平均粒径は、19μmである。Si粉末30の純度は、99.5%である。Sn粉末31としては、本実施形態では、市販の粉末、例えば高純度化学社製の粉末を用いる。Sn粉末31の粒径は、38μm以下である。Sn粉末31の純度は、99.9%である。
【0026】
PS−PVD装置は、例えば、原料供給部と、プラズマ発生部と、プラズマガス供給部と、チャンバーとを備える。原料供給部は、プラズマ発生部の上に設置されており、負極活物質粒子32の原料をプラズマ発生部に供給するためのものである。プラズマ発生部は、プラズマトーチを有し、このプラズマトーチ内でプラズマを発生させる。本実施形態では、プラズマ発生部は、直流プラズマトーチと高周波プラズマトーチを有するハイブリッド型プラズマトーチを利用する。直流プラズマトーチは、陰極電極と陽極電極を有し、直流電源から両電極間に直流電圧を放電させる。高周波プラズマトーチは、高周波誘導コイルが巻き付けられており、高周波電源から高周波誘導コイルに高周波を印加する。プラズマガス供給部は、直流プラズマ発生ガスを直流プラズマトーチに供給し、かつ、高周波プラズマ発生ガスを高周波プラズマトーチに供給する。直流プラズマ発生ガスとしては、Ar(アルゴン)ガスが用いられる。高周波プラズマ発生ガスとしては、ArガスとH
2(水素)ガスが用いられる。チャンバーは、プラズマトーチ直下に設置されている。
【0027】
このように構成されたPS−PVD装置において、直流プラズマ発生ガスとしてArガスを直流プラズマトーチに供給し、点火することによりプラズマジェットが形成され、高周波プラズマ発生ガスとしてArガスとH
2ガスを高周波プラズマトーチに供給し、高周波を印加することによりプラズマが発生する。これにより高速かつ高温のガス流が発生する。ガス流のプラズマトーチ内での温度は、例えば、プラズマトーチ中心部で10000℃、プラズマトーチ出口で平均5000℃である。プラズマトーチ中心部が最高温度領域である。ガス流のプラズマトーチ内での平均速度は、数十m/secである。ガス流は、チャンバー内に供給される。チャンバーは、冷却捕集器を有する。冷却捕集器は、ガス流を冷却し、急速凝縮により形成されるナノ粒子を負極活物質粒子32として捕集する。冷却捕集器は、例えば図示しない制御部により制御され、チャンバー内の温度、ガス流の温度及び冷却速度等を調整する機能を有する。プラズマ発生部としては、ハイブリッド型プラズマトーチに限られず、直流プラズマトーチ単独、又は高周波プラズマトーチ単独でもよい。
【0028】
混合粉末の総量に対するSnの原子数濃度、すなわちSn粉末31の原子数濃度は、0at%より大きく10at%以下の範囲内であり、1at%以上5at%以下の範囲内であることが好ましい。本実施形態では、Sn粉末31の原子数濃度を例えば1at%とした。このような混合粉末を用いたPS−PVD法では、高温蒸気の冷却過程において、まず、高温蒸気中での均質核生成によりSiナノ粒子が形成され、その後、Siナノ粒子の表面での不均質核生成によりSnナノ粒子が形成される。すなわち、負極活物質粒子形成工程40では、Siナノ粒子60の表面に、Sn金属体としてのSnナノ粒子62を担持させることにより、負極活物質粒子32を形成する(
図4参照)。
【0029】
負極活物質粒子32に対するSnナノ粒子62の原子数濃度は、混合粉末の総量に対するSn粉末31の原子数濃度と同等であり、0at%より大きく10at%以下の範囲内であり、1at%以上5at%以下の範囲内が好ましい。Snナノ粒子62の原子数濃度が10at%より大きいと、負極活物質層28中のSiからなる活物質の量が減少し、電池容量が低下する。Snナノ粒子62の原子数濃度が少ないと、後述の複数のSiナノ粒子60間を連結するリガメント72の効果が発揮されない。
【0030】
Siナノ粒子60の粒径は、20nm以上40nm以下の範囲内である。Snナノ粒子62の粒径は、5nm以上20nm以下の範囲内である。本実施形態では、Siナノ粒子60の平均粒径が30nmであり、Snナノ粒子62の平均粒径が10nmである。Siナノ粒子60とSnナノ粒子62の粒径は、例えばXRD(X‐ray diffraction)装置を利用したRietveld解析により求められる。
【0031】
負極活物質粒子形成工程40について、より具体的に説明する。負極活物質粒子形成工程40は、混合蒸気生成工程50と、第1冷却工程51と、第2冷却工程52とを有する。
【0032】
混合蒸気生成工程50では、上記混合粉末が、プラズマ中に供給されることにより加熱される。混合粉末は、ガス流とともにプラズマトーチの最高温度領域を通過することにより完全に熱分解し、蒸発する。このようにしてSiとSnを含む高温の混合蒸気が生成される。混合蒸気は、ガス流とともにチャンバー内に供給される。
【0033】
第1冷却工程51では、チャンバー内に供給された混合蒸気を冷却することにより、混合蒸気中でSiナノ粒子60を均質核生成させる。典型的なPS−PVD条件での、Siの均質核生成温度は、混合粉末の総量に対するSn粉末31の原子数濃度に応じて決まる。例えば、Siの均質核生成温度は、Sn粉末31の原子数濃度が1at%で2175K、5at%で2195Kである。このため、第1冷却工程51では、均質核生成によりSiナノ粒子60が形成し得る2200K以上の混合蒸気の温度から冷却する必要がある。これにより、第1冷却工程51では、混合蒸気の冷却過程で、混合蒸気中での均質核生成によりSiナノ粒子60が形成される。
【0034】
第2冷却工程では、第1冷却工程を経た混合蒸気をさらに冷却することにより、Siナノ粒子60の表面に、Snナノ粒子62を不均質核生成させる。すなわち、第2冷却工程は、第1冷却工程を経た混合蒸気を、Siナノ粒子60の表面での不均質核生成によりSnナノ粒子62が形成される不均質核生成温度にする。Snの不均質核生成温度は、混合粉末の総量に対するSn粉末31の原子数濃度とSiナノ粒子径に応じて決まる。例えば、Snの不均質核生成温度は、代表的なSiナノ粒子が30nmの場合、Sn粉末31の原子数濃度が1at%で1375K、5at%で1480Kである。一方、Snの均質核生成温度は、Sn粉末31の原子数濃度が1at%で1345K、5at%で1460Kである。このことから、第2冷却工程において、Siナノ粒子へのSnナノ粒子の直接担持構造が期待される。このため、第2冷却工程は、SiおよびSnナノ粒子の粗大化を抑えるために、混合蒸気の冷却速度を、10
4K/sec以上とすることが好ましい。
【0035】
次に、負極前駆体形成工程41について説明する。負極前駆体形成工程41は、スラリー作成工程53と、塗布工程54と、乾燥及びプレス工程55とを有しており、これら全ての工程を経て得られたものが、
図4に示す負極前駆体33である。スラリー作成工程53では、負極活物質粒子32を含むスラリーが作成される。塗布工程54では、スラリーを負極集電体26上に塗工することにより塗膜63が形成される。乾燥及びプレス工程55では、負極集電体26の表面に塗膜63が形成されたものに対し、乾燥とプレスが行われる。
図4に示すように、負極前駆体33は、塗膜63内に負極活物質粒子32が均一に分散している。
【0036】
負極前駆体形成工程41における各工程について、より具体的に説明する。
【0037】
スラリー作成工程53は、負極活物質粒子32と負極用バインダー材46と導電助剤48を混合し、この混合物に溶媒を適量入れて調整することにより、スラリーを作成する。負極用バインダー材46としては、例えば、PVDF、ポリイミド前駆体等が用いられる。ポリイミド前駆体としては、ポリアミド酸が挙げられる。導電助剤48は、例えば、黒鉛、カーボンブラック、炭素繊維等の炭素系材料が用いられる。溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)等が用いられる。本実施形態では、負極用バインダー材46としてポリアミド酸、導電助剤48としてカーボンブラック、溶媒としてNMPが用いられる。上記混合物は、負極用バインダー材46が1〜20wt%の範囲内であり、導電助剤48が1〜20wt%の範囲内であり、本実施形態ではいずれも5wt%としている。
【0038】
塗布工程54は、スラリー作成工程53で作成したスラリーを負極集電体26上に塗工することにより、負極集電体26の表面に塗膜63を形成する。スラリーを負極集電体26上に塗工する方法としては、ドクターブレード法、ディッピング法、スプレー法等が挙げられる。本実施形態ではドクターブレード法により、負極集電体26上にスラリーを膜状に塗工する。塗布工程54において、塗膜63の厚みは例えば75μmとされ、負極集電体26の厚みは例えば12μmとされている。
【0039】
乾燥及びプレス工程55は、第1乾燥工程と、プレス工程と、第2乾燥工程とを有する。
【0040】
第1乾燥工程は、大気下で塗膜63を乾燥させる。第1乾燥工程では、Snナノ粒子62のSnと負極集電体26のCuが酸化しない条件で乾燥する。具体的には、室温(例えば25℃)以上110℃以下の範囲内の温度で、3分以上15分以下の範囲内の時間乾燥する。第1乾燥工程の温度は、80℃以上110℃以下であることがより好ましい。本実施形態では塗膜63を110℃で15分間乾燥する。これにより、SnとCuの酸化が抑制され、かつ、溶媒の揮発が進められる。
【0041】
プレス工程は、例えばロールプレス機を用いて、第1乾燥工程を経た塗膜63をプレスする。プレス工程では、例えば、10kNで塗膜63をプレスする。プレス工程により、塗膜63の平面が平坦化され、負極集電体26に塗膜63がより密着される。プレス工程により、負極活物質層28の空隙率を調整することができる。プレス工程後は、塗膜63の厚みが例えば10μmとされ、負極集電体26の厚みが例えば10μmとされる。
【0042】
第2乾燥工程では、プレス工程を経た塗膜63を大気下で乾燥することにより負極前駆体33を形成する。第2乾燥工程では、Snナノ粒子62のSnと負極集電体26のCuが、酸化が進行しない条件で乾燥する。具体的には、室温以上110℃以下の範囲内の温度で、3分以上60分以下の範囲内の時間乾燥する。第2乾燥工程の温度は、80℃以上110℃以下であることがより好ましい。本実施形態では塗膜63を110℃で45分間乾燥する。これにより、SnとCuの酸化が抑制され、かつ、溶媒が除去される。第1乾燥工程で溶媒が除去される場合には、第2乾燥工程は、行わなくても良い。
【0043】
次に、加熱工程42について説明する。加熱工程42は、酸素を含む雰囲気下で、Snが溶融する温度で負極前駆体33を加熱し、Snナノ粒子62の、特に表面を酸化させる。具体的には、Snの融点は、Snナノ粒子62の粒径が100nm以上の場合には230℃程度であるが、Snナノ粒子62の粒径が10nm程度では50℃を下回る。従って、加熱工程42の加熱温度は、50℃以上であることが好ましく、大きなSnナノ粒子62も溶融する200℃以上であることがより好ましい。負極前駆体33は加熱工程42の昇温過程で直ちに溶融し、その後の保持過程でSnナノ粒子62が表面から酸化されて、後述の酸化Snナノ粒子71により形成されたリガメント72が形成される(
図5参照)。酸素分子の拡散反応を利用すると、Snナノ粒子62の表面を含有酸素量xの多いSnOx(xは、0<x≦2の範囲内である)とするためには、加熱工程42の加熱温度は、より高温であることが好ましい。ただし、負極用バインダー材46としてのポリアミド酸のイミド化反応が進行しすぎないようにするために、加熱工程42の温度は、350℃以下であることが好ましい。すなわち、加熱工程42の加熱温度は、50℃以上350℃以下であることが好ましく、200℃以上230℃以下であることがより好ましい。また、負極集電体26のCuの酸化を抑制するために、加熱工程42の加熱温度を高温とするほど、加熱時間を短くする必要がある。このため、加熱工程42の加熱時間は、1分以上5分以下であることが好ましい。本実施形態では、負極前駆体33を230℃で1分間加熱する。
【0044】
加熱工程42は、図示しないアニール装置(管状炉)を用いて行う。アニール装置は、例えば、負極前駆体33が設置されるアニール室と、アニール室内にArガスを供給するガス供給部と、アニール装置各部を制御する制御部を有する(いずれも図示なし)。アニール室の内部にはヒーターと温度計(いずれも図示なし)等が設けられている。制御部は、図示しない設定手段により設定された設定情報に基づき、アニール装置各部の制御を行う。例えば、制御部は、温度計から取得した測定温度情報と、設定手段により設定された設定温度情報とに基づき、ヒーターの発熱量の制御を行う。これにより、アニール室内の温度は、設定温度情報に対応する設定温度に保たれる。また、制御部は、アニール室内の温度を目的とする温度に昇温させる速度(以下、昇温速度という)、Arガスの供給開始タイミング、Arガスの供給停止タイミング、Arガスの流量等の制御を行う。
【0045】
本実施形態では、大気雰囲気下にて、アニール室に負極前駆体33を設置した後、制御部により、Arガスの供給とアニール室内の昇温とが同時に開始される。Arガスの流量は、300sccm(Standard Cubic Centimeter per Minutes)とされている。昇温速度は、30℃/minとされている。設定温度は、230℃とされている。アニール室の温度が230℃に達した後、1〜5分間保持され、負極前駆体33が加熱される。所定の加熱時間に達したら、Arガスフロー中のまま,直ちに負極前駆体33を50℃以下の温度帯に移動させて冷却させる。アニール室への負極前駆体33の導入の際に、アニール室内へ大気が入る。当該大気は負極前駆体33が加熱される際にも残留しており、このように酸素を含む雰囲気下で負極前駆体33が加熱されることにより、負極18が形成される。加熱時の酸素分圧は、加熱温度が50℃以上350℃以下の温度範囲では、0.1×10
2Pa以上2×10
4Pa以下であることが好ましい。酸素分圧が0.1×10
2Pa以上であることにより、酸素分圧が0.1×10
2Pa未満である場合と比べて、Snがより確実に酸化し得る。酸素分圧が2×10
4Pa以下であることにより、酸素分圧が2×10
4Paより大きい場合と比べて、Cuの酸化がより確実に抑制される。
【0046】
図5に示すように、負極18は、負極活物質層28内に複数の負極活物質70を含む。負極活物質70は、加熱工程42において、Snナノ粒子62の表面が酸化されることにより得られる。すなわち、負極活物質70は、Siナノ粒子60の表面に、表面が酸化されたSnナノ粒子である酸化Snナノ粒子71が担持されている。酸化Snナノ粒子71は、Snの酸化物であるSnOxを含むので導電性を有する。この酸化Snナノ粒子71により、酸化が進行しても負極活物質70に導電性が維持される。
【0047】
酸化Snナノ粒子71は、Siナノ粒子60に直接担持したSn金属体(Snナノ粒子62)の表面からの酸化により形成されるため、表面には中心部と異なる酸化量のSnOx層が設けられる(いずれも図示なし)。SnOx層は、表面からの深さが深いほどxの値が小さい。例えば、SnOx層は、最表面から特定深さまでの部分にSnO
2が含まれ、さらに深い部分にSnOが含まれる。含有酸素の少ないSnOを内包することにより、SnO
2のみから構成される場合に比べてSnに対するLi
2Oの生成量は減少し、サイクル初期の不可逆容量は確実に低減される。酸化Snナノ粒子71の最表面にSnO
2が含まれていることにより、表面のSnO
2がSn/Li
2Oを形成するが、酸化Snナノ粒子71はSiナノ粒子間に点在するため凝集が抑制されることから、サイクル特性により優れる。
【0048】
負極活物質層28において、酸化Snナノ粒子71は、均一に分布した状態に含まれている。これは、走査型電子顕微鏡(SEM;Scanning Electron Microscope)の画像を用いて、EDS(Energy Dispersion Spectroscopy)によりSnのマッピングを行うことにより確認される。
【0049】
複数のSiナノ粒子60は、直接担持している酸化Snナノ粒子71により形成されたリガメント72で連結されている。リガメント72は、加熱工程42において、Snナノ粒子62が溶融しキャピラリ効果でSiナノ粒子間の空隙に配置され、直ちにSnナノ粒子62の表面から酸化することにより形成される。酸化Snは導電性を有するため、リガメント72と複数のSiナノ粒子60および導電助剤の炭素材料により、導電性ネットワークNが形成される。導電性ネットワークNは負極活物質層28内に縦横無尽に形成され、これにより三次元負極構造が得られる。導電性ネットワークNにより、負極活物質層28の表面から負極集電体26に向かう方向(深さ方向)、及び負極活物質層28の表面に平行な方向の電気伝導率が向上する。複数のSiナノ粒子60がリガメント72で連結されることにより、充放電時の負極活物質70の体積変化による導電パスの分断が生じることが抑制される。このため、特に初期効率に優れるリチウムイオン二次電池10が得られる。
【0050】
導電性ネットワークNを構成するために、負極活物質層28の空隙率は、25%以上65%以下の範囲内であることが好ましい。空隙率が65%より大きいと、複数のSiナノ粒子60同士が、加熱工程42において形成された酸化Snナノ粒子71で十分に連結されない場合がある。空隙率が25%より小さいと、三次元負極構造が、負極活物質70の充放電時の体積変化を吸収できず、負極活物質70の破壊や負極集電体26と負極活物質層28との剥離が生じる。負極活物質層28の空隙率は、試験用に切り出した負極18の構成要素の体積と重量より求めた。
【0051】
負極活物質層28は、負極活物質層28と負極集電体26との界面に、CuとSnとの合金により形成された合金部73を有する。合金部73は、加熱工程42において、Snナノ粒子62と負極集電体26との一部が合金化するものである。この合金部73を介して、負極活物質70が負極集電体26に固着される。これにより、負極集電体26と負極活物質層28との密着性が向上する。Snを膜状に集電体上に形成する場合、集電体と活物質層との間に層状のCu−Sn合金層が形成され、体積変化に起因した繰り返し応力により、活物質層の剥離が生じることが知られている。しかし、本実施形態では、負極活物質層28内には複数の負極活物質70が均一に分散し、複数の合金部73が互いに間隔をあけた状態に設けられている。このため、負極集電体26と負極活物質層28との剥離がより確実に抑制され、サイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池10が得られる。
【0052】
負極活物質層28は、導電助剤48と負極活物質70の他、負極用バインダー74をさらに有する。負極用バインダー74は、特許請求の範囲の「バインダー」に対応する。負極用バインダー74は、ポリイミドを含む。ポリイミドは、負極用バインダー材46としてのポリイミド前駆体であるポリアミド酸が、加熱工程42で加熱されることによりイミド化したものである。ポリアミド酸は、200℃以上の加熱によりイミド化反応が進行する。このように、ポリイミド前駆体をポリイミドにするための工程を別途設ける必要がないので、効率よく負極18を製造することができる。
【0053】
2.実施例
加熱工程42において負極前駆体33を230℃で5分間加熱することにより製造した負極を実施例1とした。加熱工程42における加熱時間を1分としたこと以外は実施例1と同じ条件で製造した負極を実施例2とした。
【0054】
加熱工程42の有無や負極活物質粒子の原料粉末を変えて、3種の負極を製造し、比較例1〜3とした。比較例1は、原料粉末としてSi粉末30のみを用い、加熱工程42を行わずに製造した負極である。比較例2は、230℃で5分間の加熱工程42を行ったこと以外は比較例1と同じ条件で製造した負極である。比較例3は、加熱工程42を行わないこと以外は実施例1と同じ条件で製造した負極である。
【0055】
実施例1及び2、比較例1〜3の各負極について、電気化学セルを用いて充放電試験を行った。電気化学セルは、負極の対極としてリチウム金属箔を用い、上記実施形態と同様の手法で作った電解液を用いて作製した。充放電は、1〜3サイクルは0.1mA(0.02C)の定電流条件で、4〜100サイクルは0.5mA(0.1C)の定電流条件で行った。カットオフ電圧は0〜1.5Vとした。充放電試験の結果を
図6に示す。本図は、縦軸が充放電容量、横軸がサイクル数を示す。白抜きされた印は充電容量を示し、塗り潰された印は放電容量を示す。本図では、放電容量についての凡例を表示している。実施例1及び2は、比較例1〜3と比べて、サイクル初期の充電容量、放電容量も、100サイクル後の充電容量、放電容量も高い。実施例1と実施例2とを比較すると、加熱時間が長いほど、充放電サイクルによる容量の低下が抑えられ、サイクル特性が向上している。実施例1と比較例2とを比較すると、5分間の加熱工程42を行っても、原料粉末にSn粉末31を加えずにSi粉末30のみを用いた比較例2では、サイクル初期の充電容量、放電容量も低く、充放電サイクルによる容量の低下率も大きい。実施例1及び2と比較例3とを比較すると、原料粉末にSn粉末31を加えても、加熱工程42を行わない比較例3では、充放電サイクルによる容量の低下が顕著であり、100サイクル後の容量は、原料粉末にSn粉末31を加えていない比較例1及び2と同程度まで低下する。実施例1及び2では、複数のSiナノ粒子60が酸化Snナノ粒子71により形成されたリガメント72で連結されることにより、充放電時の負極活物質70の体積変化による導電パスの分断が生じることが抑制され、優れたサイクル特性が得られたと考えられる。
【0056】
実施例1と比較例3の負極について、XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)分析を行い、酸化Snナノ粒子71、Snナノ粒子62の酸化状態を調べた。XPS分析は、島津製作所社製ESCA850装置を用いた。XPS装置に負極をセットした後、真空排気し、負極の表面を深さ方向にアルゴンイオンのエッチングを行った。イオン電流とエッチング時間は、1回のエッチングの量(深さ)が数nmになるように設定した。その後、XPSスペクトル測定を行った。XPSスペクトル測定は、エッチング回数が、2回、8回、14回、20回のそれぞれの回数で行った。
図7は実施例1のXPSスペクトルを示し、
図8は比較例3のXPSスペクトルを示す。
図7において、L1はエッチング回数が2回、L2はエッチング回数が8回、L3はエッチング回数が14回、L4はエッチング回数が20回の場合をそれぞれ示す。
図8において、L5はエッチング回数が2回、L6はエッチング回数が8回、L7はエッチング回数が14回、L8はエッチング回数が20回の場合をそれぞれ示す。結合エネルギー485.0eV、493.0eVにSnに対応する金属状態のピークが現れ、結合エネルギー486.6eV、494.7eVにSnO
2に対応する酸化状態のピークが、485.9eVにSnOに対応するピークが現れる。
図7及び
図8より、実施例1のL1はSnO
2に対応する酸化状態のピークが顕著に現れており、L2、L3、L4と負極の深い位置に行くほど、金属状態のピークが現れる方向にピークが広がっていることがわかる。これより、実施例1は、負極活物質70の表面にはSnOxが含まれ、表面からの深さが深いほどxの値が小さいことが確認できた。特に、実施例1は、負極活物質70の最表面はSnO
2が形成されていることが確認できた。一方、
図8から、比較例3は、負極活物質の表面にはSnO
2が少ないことが確認できた。
【0057】
実施例1,2、及び比較例3の負極について、IR(infrared spectroscopy)分析を行い、負極用バインダー材46としてポリアミド酸のイミド化反応の進行状態を調べた。
図9は、IR分析結果である。IR分析は、日本分光社製FT−IR装置を用いた。
図9において、L10は実施例1、L11は実施例2、L12は比較例3の各スペクトルを示す。本図から、実施例1は、1725cm
−1と1336cm
−1に、イミド基に由来する吸収ピークが確認された。このことから、加熱工程42により、ポリイミド前駆体であるポリアミド酸のイミド化反応が進行し、ポリイミドが得られたことが確認できた。
【0058】
実施例1の負極活物質層28の断面をSEMにより撮影し、得られたSEM画像を用いてEDS分析を行った。EDS分析では、SEM画像に基づきSnのマッピング画像を生成し、このSnマッピング画像を用いて、酸化Snナノ粒子71の負極活物質層28内での分布を観察した。
図10はSEM画像を示し、
図11はSnマッピング画像を示す。
図11から、実施例1は、Snが、凝集し粗大化することなく、均一に分散していることが確認できた。このことから、負極活物質層28において、酸化Snナノ粒子71が均一に分散していることがわかる。
【0059】
以上のように、Siナノ粒子60の表面にSn金属体が設けられた負極活物質粒子32を含むスラリーを負極集電体26に塗工し形成した負極前駆体を、加熱工程42で酸素を含む雰囲気下でSnの融点に近い温度で加熱することにより、複数のSiナノ粒子60を酸化Snナノ粒子71から形成されたリガメント72で連結した導電性ネットワークNが形成されるので、電気伝導率が向上し、かつ、充放電時の負極活物質70の体積変化による導電パスの分断が生じることが抑制される。また、加熱工程42により、負極集電体26と負極活物質層28との界面にCuとSnの合金部73が形成されるので、負極集電体26と負極活物質層28との密着性が向上し、負極集電体26と負極活物質層28との剥離がより確実に抑制される。したがって、サイクル初期の不可逆容量が低減され、サイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池10が得られる。
【0060】
3.変形例
Siナノ粒子の表面にSnナノ粒子が担持された負極活物質粒子32は、PS−PVD法以外の方法により形成してもよい。例えば、Snを含む溶液中にSiナノ粒子を分散させ乾燥する方法や、ボールミル等を用いた機械的な造粒法により形成することができる。PS−PVD法は、低級な冶金級粉末を原料として用いた場合であっても比較的高密度な混合蒸気中において核生成が行われるので、上記の方法と比べて、高スループットかつ容易に負極活物質粒子を形成することができるため好ましい。
【0061】
Sn金属体として、Siナノ粒子の表面にSn被覆層を設けてもよい。例えば、CVD法によりSiナノ粒子の表面にSn薄膜を堆積してSn被覆層を形成することができる。これにより、Siナノ粒子の表面にSn被覆層が設けられた負極活物質粒子が形成される。この負極活物質粒子を含むスラリーを負極集電体に塗工して負極前駆体を形成し、加熱工程42において負極前駆体を加熱することにより負極を製造してもよい。こうして得られた負極も、上記実施形態の負極18と同様の効果が得られる。
【0062】
上記実施形態では、加熱工程42において、Arガスの供給とアニール室内の昇温とを同時に開始しているが、これらを異なるタイミングで行ってもよい。例えば、アニール室にArガスを10分間供給した後、昇温を開始してもよい。
【0063】
負極集電体としては、Ni箔やステンレス箔等を用いてもよいが、Snナノ粒子62との合金化の観点から、Cuを含む金属箔を用いることが好ましく、Cu箔を用いることがより好ましい。