【実施例】
【0026】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0027】
[実施例1]
iPS細胞をβ−NMNを含有させた培養培地で培養し、増殖に対するβ−NMNの効果を調べた。
iPS細胞としては、ヒトiPS細胞である201B7株を用いた。また、iPS細胞の基本培養培地としては、基礎培地としてDMEM/F12に19.4mg/Lのインスリン、10.7mg/Lのトランスフェリン、100μg/LのbFGF、2μg/LのTGFβ、14μg/Lの亜セレン酸ナトリウム、64mg/Lのアスコルビン酸、543mg/LのNaHCO
3を含有するE8培地(LTC)を用いた。
【0028】
まず、基本培養培地で培養しておいたiPS細胞を細胞剥離液によって培養容器から剥離させて回収した。回収した細胞を計数し、1000〜2000個/ウェルとなるように、マトリゲルでコーティングしておいた96ウェルプレートの各ウェルに播種した。このとき、各ウェルには、ROCK阻害剤を添加した。当該96ウェルプレートを37℃で1日培養して細胞を接着させた後、各ウェルからROCK阻害剤を含む培地を除去し、基本培養培地にβ−NMN(オリエンタル酵母工業社製)を終濃度が0〜2mMとなるように添加した培養培地に交換して3〜4日間培養した。
【0029】
その後、WST(Water soluble Tetrazolium salts) アッセイにより、各ウェル内に生存している細胞増殖能を測定した。具体的には、各ウェルにWST−1(ナカライテスク社製)を添加し、37℃で1〜4時間インキュベートした後、マイクロプレートリーダー〔BMG Labtech社製〕を用いて、吸光度値(450−595nm)を測定した。なお、「吸光度値(450−595nm)」とは、595nmの吸光度値を参照値とした450nmの吸光度値であり、具体的には、450nmの吸光度値から595nmの吸光度値を差し引いた値である。
【0030】
培養培地のβ−NMN濃度ごとの吸光度値(450−595nm)の測定結果を
図1に示す。iPS細胞を、β−NMN無添加の培養培地(β−NMN:0mM)で培養したウェルよりも、β−NMNを0.1mM以上となるように添加した培養培地で培養したウェルのほうが、吸光度値(450−595nm)が大きく、β−NMN存在下でiPS細胞の増殖が促進されていることがわかった。特に、β−NMN濃度が0.1〜0.2mMでは濃度依存的に当該吸光度値が大きくなり、0.2〜0.6mMでは当該吸光度値は同程度であり、0.8mM以上ではβ−NMN濃度依存的に当該吸光度値がやや低下する傾向が観察された。
【0031】
[実施例2]
iPS細胞をβ−NMN又はNAMを含有させた培養培地で培養し、増殖に対するβ−NMNとNAMの作用を比較した。iPS細胞としては、201B7株を用いた。
【0032】
具体的には、ROCK阻害剤を含む培地を除去した後に添加する培養培地を、β−NMNを終濃度が0、0.2、若しくは0.4mMとなるように添加した培養培地又はNAMを終濃度が0、0.2、若しくは0.4mMとなるように添加した培養培地とした以外は、実施例1と同様にして、iPS細胞を培養し、WSTアッセイを行った。
【0033】
各培養培地の吸光度値(450−595nm)の測定結果を
図2に示す。
図2中、「E8+NMN」は、各濃度のβ−NMNを添加した培養培地の結果であり、「E8+NAM」は、各濃度のNAMを添加した培養培地の結果である。
図2に示すように、β−NMNを添加した培養培地で培養したウェルとNAMを添加した培養培地で培養したウェルのいずれも、基本培地で培養したウェルよりも当該吸光度値が高く、β−NMNとNAMの両方ともiPS細胞の増殖促進効果を有していたが、培養培地の終濃度が0.2mMと0.4mMのいずれにおいても、β−NMN添加培地で培養したウェルのほうがNAM添加培地で培養したウェルよりも有意に当該吸光度値が高く、β−NMNのほうがNAMよりも増殖促進効果が高いことが確認された。
【0034】
[実施例3]
iPS細胞をβ−NMN又はNAMを含有させた培養培地で培養し、増殖に対するβ−NMNとNAMの作用を比較した。iPS細胞としては、253G1株を用いた。
具体的には、201B7株に代えて253G1株を用いた以外は実施例1と同様にして、iPS細胞を培養し、WSTアッセイを行った。
【0035】
各培養培地の吸光度値(450−595nm)の測定結果を
図3に示す。
図3中、「E8+NMN」は、各濃度のβ−NMNを添加した培養培地の結果であり、「E8+NAM」は、各濃度のNAMを添加した培養培地の結果である。0mMのグラフは、E8培地での結果である。
図3に示すように、β−NMNを添加した培養培地で培養したウェルでは基本培地で培養したウェルよりも当該吸光度値が高く、β−NMNは253G1株に対しても増殖促進効果を有していた。一方で、NAMを添加した培養培地で培養したウェルでは、基本培地で培養したウェルよりもやや吸光度値は高いものの、β−NMNのような明らかな増殖促進効果は確認できず、NAMによる増殖促進効果は、株によっては充分な増殖促進効果が得られないことがわかった。また、実施例2の結果と同様に、培養培地の終濃度が0.2mMと0.4mMのいずれにおいても、β−NMN添加培地で培養したウェルのほうがNAM添加培地で培養したウェルよりも有意に当該吸光度値が高く、253G1株に対しても、β−NMNのほうがNAMよりも増殖促進効果が高いことが確認された。これらの結果から、β−NMNは様々なiPS細胞に対して、NAMよりも有意に優れた増殖促進作用を有することが明らかである。
【0036】
[実施例4]
iPS細胞をβ−NMNを含有させた培養培地で培養した後、多分化能性と増殖に対するβ−NMNの効果を調べた。iPS細胞としては、201B7株を用いた。多分化能性は、未分化性のマーカーであるアルカリフォスファターゼの酵素活性を指標にして調べた。
【0037】
<増殖に対する効果>
実施例1で用いた基本培養培地で培養しておいたiPS細胞を細胞剥離液によって培養容器から剥離させて回収した。回収した細胞を計数し、1000〜2000個/ウェルとなるように、マトリゲルでコーティングしておいた96ウェルプレートの各ウェルに播種した。このとき、各ウェルには、ROCK阻害剤と終濃度が0〜1mMとなるβ−NMNを添加した。当該96ウェルプレートを37℃で1日培養して細胞を接着させた後、各ウェルからROCK阻害剤を含む培地を除去し、基本培養培地にβ−NMNを終濃度が0〜1mMとなるように添加した培養培地に交換して3〜4日間培養した。
【0038】
その後、実施例1と同様にしてWSTアッセイを行った。ROCK阻害剤とβ−NMNを共に添加した培地で培養したウェルの各培養培地の吸光度値(450−595nm)の測定結果を
図4に示す。
図4に示すように、β−NMNの添加時期にかかわらず、β−NMNの濃度依存的にiPS細胞の増殖促進効果が得られた。
【0039】
<アルカリフォスファターゼ測定試験>
まず、実施例1で用いた基本培養培地で培養しておいたiPS細胞を細胞剥離液によって培養容器から剥離させて回収した。回収した細胞を計数し、2000個/ウェルとなるように、マトリゲルでコーティングしておいた96ウェルプレートの各ウェルに播種した。このとき、各ウェルには、ROCK阻害剤と終濃度が0〜1mMとなるβ−NMNを添加した。当該96ウェルプレートを37℃で1日培養して細胞を接着させた後、各ウェルからROCK阻害剤を含む培地を除去し、基本培養培地にβ−NMNを終濃度が0〜1mMとなるように添加した培養培地に交換して3〜4日間培養した。この間、培地交換は毎日行った。
【0040】
次いで、各ウェルの培養培地を除去した後、エタノール・アセトン固定液を添加して、各ウェル内の細胞を固定した。ウェルを乾燥させた後、アルカリフォスファターゼ測定試薬であるp−ニトロフェニルリン酸(p-Nitrophenol tryphosphate acid)を含有する重炭酸バッファー(Bicarbonate buffer)を添加し、37℃で30分間インキュベートした後、マイクロプレートリーダーにより405nmの吸光度を測定した。
【0041】
ROCK阻害剤とβ−NMNを共に添加した培地で培養したウェルの各培養培地の405nmの吸光度値の測定結果を
図5に示す。
図5に示すように、β−NMNの添加時期にかかわらず、β−NMNを添加した培養培地で培養したウェルは、β−NMN無添加の培養培地で培養したウェルよりも405nmの吸光度値が高く、未分化性を維持したままiPS細胞が増殖できていることが確認された。
【0042】
[実施例5]
ヒト間葉系幹細胞(ヒトMSC)をβ−NMNを含有させた培養培地で培養し、増殖に対するβ−NMNの効果を調べた。
ヒトMSCとしては、Lonza社製の細胞を用いた。また、ヒトMSCの基本培養培地としては、Lonza社製の専用維持培地を用いた。
【0043】
ヒトMSCを2×10
3個/ウェルとなるように96ウェルプレート(Nunc社製)に播種した(n=3〜4)。当該96ウェルプレートを37℃、CO
2インキュベーター内で培養して細胞を接着させた後、β−NMN(オリエンタル酵母工業社製)を最終濃度が1.0、0.1、0.01又は0.001mMとなるように添加し、さらに37℃、CO
2インキュベーター内で72時間培養した。
【0044】
その後、WSTアッセイにより、各ウェル内に生存している細胞増殖能を測定した。具体的には、各ウェルに生細胞数測定試薬SF(ナカライテスク社製)を添加し、37℃で1〜4時間インキュベートした後、マイクロプレートリーダー(BMG Labtech社製)を用いて、吸光度値(450−620nm)を測定した。なお、「吸光度値(450−620nm)」とは、620nmの吸光度値を参照値とした450nmの吸光度値であり、具体的には、450nmの吸光度値から620nmの吸光度値を差し引いた値である。
【0045】
培養培地のβ−NMN濃度ごとの吸光度値(450−620nm)の測定結果を表1に示す。iPS細胞と同様に、ヒトMSCにおいても、β−NMN添加によって当該吸光度値が高くなっており、細胞増殖が促進されていた。
【0046】
【表1】
【0047】
[実施例6]
β−NMN存在下で維持・増殖させたiPS細胞の多能性を確認した。iPS細胞としては、201B7株を用いた。
【0048】
具体的には、マトリゲル(コーニング社)でコーティングした35mmディッシュに、iPS細胞を1.5×10
4個/ディッシュとなるように播種した。培養培地は、iPS細胞の基本培養培地(E8培地)にβ−NMNを終濃度が0、0.25、又は1mMとなるように添加した培養培地を用いた。ただし、播種時には、さらに終濃度10μMになるようRock阻害剤を添加した培養培地を用いて、Rho依存的アポトーシスを抑制した。培地交換は毎日実施し、5〜6日目に継代した。β−NMNを添加した培養培地で5継代以上培養したiPS細胞を、未分化マーカーであるSSEA4及び低硫酸化ケラタン硫酸に対する抗体でそれぞれ染色し、各未分化マーカーが発現している細胞をフローサイトメーターで分析した。
【0049】
図6〜8はそれぞれ、0、0.25、及び1mMのβ−NMN濃度で培養した後、抗SSEA4抗体で染色したiPS細胞のフローサイトメーターの結果を示した図である。
図9〜11はそれぞれ、0、0.25、及び1mMのβ−NMN濃度で培養した後、抗低硫酸化ケラタン硫酸抗体(R10G)で染色したiPS細胞のフローサイトメーターの結果を示した図である。0.25mM又は1mMのβ−NMN存在下で培養したiPS細胞は、β−NMN非存在下(β−NMN濃度0mM)で培養したiPS細胞と同様に、SSEA4及び低硫酸化ケラタン硫酸の発現が維持されていた。これらの結果から、iPS細胞をβ−NMN存在下で培養することにより、多分化能性を保持したまま細胞増殖を促進できることが確認された。