【実施例】
【0061】
(実施例1)
実施例1は第1の実施の形態に対応するものである。
図8に示すように、コロナ放電装置の処理室内の試料台(図示せず)上に第1の被処理体10としてTaS
2 単結晶片70を載せ、このTaS
2 単結晶片70上に第1のイオン源20として、アルカリ金属イオンA
+ (A=Li、Na、K)を含むガラス基板80を積層する。TaS
2 単結晶片70は接地する。処理室内を真空ポンプにより十分に低圧に減圧した後、外部から処理室内に水素(H
2 )を導入して常圧とする。そして、ガラス基板80の上方に先端がこのガラス基板80と対向するように設置された針状電極90に電圧を印加することによりコロナ放電を起こさせ、その結果、H
2 を電離してH
+ 、すなわちプロトンを発生させる。こうして発生したプロトンはガラス基板80に注入される。ガラス基板80にプロトンが注入されると、ガラス基板80の最表面のA
+ が内部に押し込まれ、続いて内部のA
+ が次々と押し込まれ、最終的にガラス基板80の下面から押し出され、この下面に接触したTaS
2 単結晶片70に注入される。こうして、TaS
2 単結晶片70にA
+ のインターカレーションが行われてA
x TaS
2 単結晶片が得られる。このA
x TaS
2 単結晶片のxは、針状電極90とTaS
2 単結晶片70との間に流す電流により制御することができ、電流を大きくすることにより大きくすることができる。
【0062】
針状電極90に印加する電圧V、針状電極90とガラス基板80との間の距離d、放電時間、ガラス基板80の温度等は、使用するTaS
2 単結晶片70およびガラス基板80の種類、インターカレーションを行うゲストの量等に応じて適宜選択される。Vは、コロナ放電が立ち上がる電圧という意味では例えば1.0kV以上であるが、基本的にはアーク放電が起こるまでの電圧であれば利用可能である。針状電極90に印加する最大電圧は、使用するガラス基板80の種類によって異なる。例えば、d=7mmとすると、シリケートガラス基板を用いる場合は7kV程度であるが、リン酸塩ガラス基板を用いる場合は6kVが上限である。以上のことを考慮すると、d=7mmに対しては、ガラス基板80としてリン酸塩ガラス基板を用いる場合、Vは1.0kV以上6kV以下である。dがより大きければ、Vはより高くすることができる。一般的には、Vが高い方がインターカレーションの効率は向上すると考えられる。ガラス基板80としてリン酸塩ガラス基板を用いる場合は、一般的には4kVから5kVの電圧が用いられる。dは、小さ過ぎれば放電が起こりやすくなるが、その分、効率的にプロトンとガラス基板80中のA
+ とが置換される。プロトンの置換効率は針状電極90とガラス基板80との間の電場Eで決まる。この電場EはE=V/dとなる。dは、一般的には5mm以上10mm以下である。放電時間は特に限定されず、TaS
2 単結晶片70にインターカレーションを行うゲストの量、TaS
2 単結晶片70の大きさ等によって適宜選択されるが、一般的には数時間から数日間、例えば8時間である。ガラス基板80を加熱する場合、ガラス基板80として使用するガラスによってガラス転移温度(T
g )が異なるが、ガラス基板80の加熱温度はT
g 以下に設定される。T
g は、シリケートガラスでは600℃程度、リン酸塩ガラスでは350℃程度である。ガラス基板80としてリン酸塩ガラス基板を用いる場合、加熱温度は、例えば、100℃以上350℃以下である。
【0063】
図9に、ガラス基板80として円形のNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板を用いた場合にTaS
2 単結晶片70にNa
+ のインターカレーションが行われる様子を示す。TaS
2 単結晶片70を
図10に示す。TaS
2 単結晶片70は円形の炭素電極95(カソード)上に載せられる。針状電極90(アノード)に電圧を印加することによるプロトンの発生から、TaS
2 単結晶片70にNa
+ のインターカレーションが行われるまでの一連の反応を
図11に示す。
【0064】
図12Aに、TaS
2 単結晶片70を構成するTaS
2 の結晶構造を示す。
図12Aに示すように、TaS
2 は層状構造を有する。
【0065】
図12Bに、ゲストとしてA
+ がインターカレートされたA
x TaS
2 単結晶片を構成するA
x TaS
2 の結晶構造を示す。
図12Bに示すように、TaS
2 の層間にゲストとしてAが挿入されている。TaS
2 の層間にAが挿入されることにより層間が広がる。
【0066】
以上のようにして製造されたA
x TaS
2 単結晶片のX線回折パターンを測定した。ガラス基板80としては、A:La:Ge:P=25:6:6:63の比を有するリン酸塩ガラス(A=Li、Na、K)を用いた。測定結果を
図13に示す。
図13には、比較のために、TaS
2 単結晶片70のX線回折パターンの測定を行った結果も示す。
図13に示すように、A=Liの場合はLi
x TaS
2 が得られ、A=Naの場合はNa
x TaS
2 が得られ、A=Kの場合はK
x TaS
2 が得られていることが分かる。
【0067】
図14は、上述のようにして得られたNa
x TaS
2 の極低温における磁化の温度依存性を測定した結果を示す。
図14には、比較のために、TaS
2 の極低温における磁化の温度依存性を測定した結果も示す。
図14中の挿入図に、温度2.5Kから4.2Kの間の磁化の変化を拡大して示す。Na
x TaS
2 (FC)は磁場中冷却を行った場合、Na
x TaS
2 (ZFC)はゼロ磁場冷却を行った場合を意味する。
図14に示すように、TaS
2 では、測定した温度範囲では磁化はゼロであったのに対し、Na
x TaS
2 (ZFC)では、約3.3K以下で磁化が急激に減少して大きな負の磁化になっているのが分かる。これは、Na
x TaS
2 が超伝導状態となったことを意味する。このように、TaS
2 にNa
+ のインターカレーションを行ってNa
x TaS
2 とすることにより、超伝導特性の向上を図ることができる。TaS
2 の超伝導転移温度は0.8Kであるのに対し、Na
x TaS
2 の超伝導転移温度は2.5Kから4.2Kに上昇している。
【0068】
(実施例2)
実施例2は第1の実施の形態に対応するものである。
TaS
2 単結晶片70の代わりにNbSe
2 単結晶片を用い、実施例1と同様にしてこのNbSe
2 単結晶片にA
+ のインターカレーションを行ってA
x NbSe
2 単結晶片を作製した。ガラス基板80としては、A:La:Ge:P=25:6:6:63の比を有するリン酸塩ガラス(A=Li、Na、K)を用いた。NbSe
2 単結晶片を構成するNbSe
2 は、
図12Aに示すTaS
2 単結晶片70を構成するTaS
2 と同様に層状構造を有する。
【0069】
ガラス基板80に含まれるA(NaまたはLi)のインターカレーションを行ったNbSe
2 のX線回折パターンを測定した。その結果を
図15に示す。
図15には、比較のために、NbSe
2 単結晶片のX線回折パターンを測定した結果も示す。
図15に示すように、A=Liの場合はLi
x NbSe
2 が得られ、A=Naの場合はNa
x NbSe
2 が得られていることが分かる。
【0070】
(実施例3)
実施例3は第1の実施の形態に対応するものである。
第1のイオン源20としてNASICON型構造を有する固体電解質の一種であるNa
3 Zr
2 Si
2 PO
12またはLiGeAlP
3 O
12を用いてNaまたはLiのインターカレーションを行った。
図16にNa
3 Zr
2 Si
2 PO
12の構造を示す。
図16に示すように、Na
3 Zr
2 Si
2 PO
12では、PO
4 またはSiO
4 がZrO
6 と陵共有した骨格を形成しており、この骨格の中をこの骨格を形成していないNa
+ が移動することができる。このNa
3 Zr
2 Si
2 PO
12を用いて実施例1と同様にしてTaS
2 単結晶片70にA
+ のインターカレーションを行った。
【0071】
NaソースとしてNa
3 Zr
2 Si
2 PO
12を使用してインターカレーションを行ったTaS
2 およびLiソースとしてLiGeAlP
3 O
12を使用してインターカレーションを行ったTaS
2 のX線回折パターンを測定した。その結果を
図17に示す。
図17には、比較のために、TaS
2 単結晶片70のX線回折パターンを測定した結果も示す。
図17に示すように、LiソースとしてLiGeAlP
3 O
12を使用してインターカレーションを行った場合はLi
x TaS
2 が得られ、NaソースとしてNa
3 Zr
2 Si
2 PO
12を使用してインターカレーションを行った場合はNa
x TaS
2 が得られていることが分かる。
【0072】
(実施例4)
実施例4は第6の実施の形態に対応するものである。
図18に示すように、コロナ放電装置の処理室内の試料台(図示せず)上にイオン吸収体を兼用する炭素電極150を載せ、この炭素電極150上に第2の被処理体100としてNa
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体160を載せ、このNa
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体160上に第3のイオン源130として100%プロトン置換されたリン酸塩ガラス基板170を積層する。炭素電極150は接地する。処理室内を真空ポンプにより十分に低圧に減圧した後、外部から処理室内に水素(H
2 )を導入して常圧とする。そして、リン酸塩ガラス基板170の上方に先端がこのリン酸塩ガラス基板170と対向するように設置された針状電極90に電圧を印加することによりコロナ放電を起こさせ、その結果、H
2 を電離してH
+ 、すなわちプロトンを発生させる。こうして発生したプロトンはリン酸塩ガラス基板170に注入される。リン酸塩ガラス基板170にプロトンが注入されると、リン酸塩ガラス基板170に含まれるH
+ がリン酸塩ガラス基板170内を次々と移動し、最終的にリン酸塩ガラス基板170の下面からこの下面に接触したNa
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体160に注入される。そして、Na
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体160にプロトンが注入されると、Na
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体160に含まれるNa
+ がNa
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体160内を次々と移動すると同時にNa
+ がプロトンで置換され、最終的にNa
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体160からNa
+ が放出されて炭素電極150に吸収される。こうして、Na
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体160のNa
+ がH
+ で置換されたH
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体が製造される。
【0073】
以上のようにして製造されたH
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体のX線回折パターンを測定した。測定結果を
図19の中段に示す。
図19の下段には、シミュレーションにより求められたH
3 V
2 (PO
4 )
3 のX線回折パターンを示す。さらに、
図19の上段には、比較のために、Na
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体160のX線回折パターンの測定を行った結果も示す。
図19に示すように、H
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体のX線回折パターンはシミュレーションにより求められたH
3 V
2 (PO
4 )
3 のX線回折パターンと一致しており、確かにNASICON型構造を有するH
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体が得られていることが分かる。
【0074】
(実施例5)
実施例5は第6の実施の形態に対応するものである。
図20に示すように、コロナ放電装置の処理室内の試料台(図示せず)上にイオン吸収体110として炭素電極180を載せ、この炭素電極180上に第2の被処理体100としてNa
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体190を載せ、このNa
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体190上に第3のイオン源130としてK
+ 含有リン酸塩ガラス基板200を積層する。炭素電極180は接地する。処理室内を真空ポンプにより十分に低圧に減圧した後、外部から処理室内に水素(H
2 )を導入して常圧とする。そして、K
+ 含有リン酸塩ガラス基板200の上方に先端がこのK
+ 含有リン酸塩ガラス基板200と対向するように設置された針状電極90に電圧を印加することによりコロナ放電を起こさせ、その結果、H
2 を電離してH
+ 、すなわちプロトンを発生させる。こうして発生したプロトンはK
+ 含有リン酸塩ガラス基板200に注入される。K
+ 含有リン酸塩ガラス基板200にプロトンが注入されると、K
+ 含有リン酸塩ガラス基板200に含まれるK
+ がK
+ 含有リン酸塩ガラス基板200内を次々と移動し、最終的にK
+ 含有リン酸塩ガラス基板200の下面からこの下面に接触したNa
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体190に注入される。そして、Na
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体190にプロトンが注入されると、Na
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体190に含まれるNa
+ がNa
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体190内を次々と移動すると同時にNa
+ がK
+ で置換され、最終的にNa
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体190からNa
+ が放出されて炭素電極180に吸収される。こうして、Na
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体190のNa
+ がK
+ で置換されたK
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体が製造される。
【0075】
以上のようにして製造されたK
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体のX線回折パターンを測定した。測定結果を
図21の中段に示す。
図21の下段には、シミュレーションにより求められたK
3 V
2 (PO
4 )
3 のX線回折パターンを示す。さらに、
図21の上段には、比較のために、Na
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体190のX線回折パターンの測定を行った結果も示す。
図21に示すように、K
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体のX線回折パターンはシミュレーションにより求められたK
3 V
2 (PO
4 )
3 のX線回折パターンと一致しており、確かにNASICON型構造を有するK
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体が得られていることが分かる。
【0076】
(実施例6)
実施例6は第4の実施の形態に対応するものである。
図22に示すように、第2のイオン源50としてのガラス基板80として円形のNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板(Na:La:Ge:P=25:6:6:63)を用い、第1のイオン源20としてNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板と同じ円形のAgI多結晶体96を用いる。TaS
2 単結晶片70は炭素電極95の上に載せられる。針状電極90に電圧を印加することによるプロトンの発生から、TaS
2 単結晶片70にAg
+ のインターカレーションが行われるまでの一連の反応を
図23に示す。
図23に示すように、針状電極90に電圧を印加することにより発生するプロトンがNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板に注入されることによりこのNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板中のNa
+ がAgI多結晶体96に注入され、それによってAgI多結晶体96中のAg
+ がTaS
2 単結晶片70に注入される。こうして、TaS
2 単結晶片70にAg
+ のインターカレーションを行った。
【0077】
AgI多結晶体96の代わりにCuI多結晶体を用いて上記と同様な方法によりTaS
2 単結晶片70にCu
+ のインターカレーションを行った。
【0078】
図24は、TaS
2 単結晶片70にAg
+ のインターカレーションを行うことにより得られたAg
x TaS
2 単結晶片を示す。ただし、このAg
x TaS
2 単結晶片に含まれるAgとTaとの割合(原子数比)はAg:Ta=15.0:34.2であり、x=0.44である。また、
図25は、TaS
2 単結晶片70にCu
+ のインターカレーションを行うことにより得られたCu
x TaS
2 単結晶片を示す。ただし、このCu
x TaS
2 単結晶片に含まれるCuとTaとの割合(原子数比)はCu:Ta=12.4:39.0であり、x=0.32である。
【0079】
以上のようにして製造されたAg
x TaS
2 単結晶片およびCu
x TaS
2 単結晶片のX線回折パターンを測定した。測定結果を
図26に示す。
図26には、比較のために、TaS
2 単結晶片70のX線回折パターンの測定を行った結果も示す。
図26に示すように、Ag
x TaS
2 およびCu
x TaS
2 を特徴付ける回折ピークが観測されている。
【0080】
(実施例7)
実施例7は、第4の実施の形態においてイオン源を三段設けたものに対応するものである。
【0081】
まず、予備的に次のような実験を行った。第2のイオン源50としてのガラス基板80として円形のNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板(Na:La:Ge:P=25:6:6:63)を用い、第1のイオン源20としてNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板と同じ円形のCuI多結晶体を用いる。炭素電極95上にBiSSeLaO単結晶片を載せ、その上に順次、CuI多結晶体およびNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板を載せた。針状電極90に電圧を印加することにより発生するプロトンをNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板に注入し、それによってこのNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板中のNa
+ をCuI多結晶体に注入し、このCuI多結晶体中のCu
+ をBiSSeLaO単結晶片に注入した。
【0082】
図27は、上述のようにしてBiSSeLaO単結晶片にCu
+ を注入した後の、最初、BiSSeLaO単結晶片であったものの走査型電子顕微鏡写真、
図28は
図27の一部を拡大した走査型電子顕微鏡写真を示す。
図27および
図28から分かるように、最初BiSSeLaO単結晶片であったものの表面および側面に球状Biが観測される。これは、BiSSeLaO単結晶片にCu
+ が注入された結果、Bi
3+が放出されて球状に凝集したものと考えられる。最初BiSSeLaO単結晶片であったものは、Bi
3+がCu
+ またはCu
2+で置換された結果、Cu
x SSeLaO単結晶片になっている。
【0083】
得られたCu
x SSeLaO単結晶片のX線回折パターンを測定した。測定結果を
図29に示す。
図29に示すように、BiSSeLaO単結晶片は
図29の下側のX線回折パターンを示すのに対し、測定されたX線回折パターンは
図29の上側に示すように、Cu
x SSeLaO単結晶のものであった。このことから、BiSSeLaO単結晶片にCu
+ が注入された結果、BiSSeLaO単結晶片中のBi
3+が放出され、Cu
x SSeLaO単結晶片になったものと考えられる。
【0084】
単結晶構造解析により、BiSSeLaO単結晶片およびCu
x SSeLaO単結晶片の構造パラメータの変化を調べた。BiSSeLaOは空間群P4/nmm、格子定数はa=4.1102(2)Å、c=13.6010(7)Åであった。Cu
x SSeLaOは空間群P4/nmm、格子定数はa=4.03490Å、b=14.21600Åであった。この結果から、BiSSeLaO単結晶片の層状構造を保った状態でBiのサイトがCuに入れ替わりCu
x SSeLaO単結晶片となったものと考えられる。
【0085】
図30は、BiSSeLaO単結晶片からBi
3+が放出されてCu
x SSeLaO単結晶片に変換されるときの結晶構造の変化を単結晶構造解析の結果に基づいて模式的に表したものである。
【0086】
図31の上段は測定されたCu
x SSeLaO単結晶片のX線回折パターンを、下段はシミュレーションにより求められたCu
x SSeLaO単結晶のX線回折パターンを示す。
図31に示すように、得られたCu
x SSeLaO単結晶片のX線回折パターンは、c軸配向した単結晶の状態でBi
3+がCu
+ またはCu
2+で置換されていることを示す。
【0087】
上述のように、Cu
+ の注入によりBiSSeLaO単結晶片からBi
3+を放出させることができるが、BiSSeLaOと同様な結晶構造を有するBiS
2 LaOの多結晶体にCu
+ を注入することによっても同様にBi
3+を放出させることができる。
【0088】
実施例7では、上述のように、Cu
+ の注入によりBiS
2 LaO多結晶体からBi
3+を放出させることができることを利用してTaS
2 単結晶片70にBi
3+のインターカレーションを行った。
【0089】
すなわち、
図32に示すように、第1のイオン源20として円形のBiS
2 LaO多結晶体97を用い、第2のイオン源50としてBiS
2 LaO多結晶体97と同じ円形のCuI多結晶体98を用い、第2のイオン源50の前段に設けられるイオン源としてのガラス基板80として円形のNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板(Na:La:Ge:P=25:6:6:63)を用いる。TaS
2 単結晶片70は炭素電極95の上に載せられる。針状電極90に電圧を印加することによるプロトンの発生から、TaS
2 単結晶片70にBi
3+のインターカレーションが行われるまでの一連の反応を
図33に示す。
図33に示すように、針状電極90に電圧を印加することにより発生するプロトンがNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板に注入されることによりこのNa
+ 含有リン酸塩ガラス基板中のNa
+ がCuI多結晶体98に注入され、それによってCuI多結晶体98中のCu
+ がBiS
2 LaO多結晶体97に注入され、それによって最終的にBiS
2 LaO多結晶体97からBi
3+が放出されてTaS
2 単結晶片70に注入される。こうして、TaS
2 単結晶片70にBi
3+のインターカレーションを行った。
【0090】
図34Aは、TaS
2 単結晶片70にBi
3+のインターカレーションが行われてBi
x TaS
2 単結晶片となったものを示す走査型電子顕微鏡写真、
図34Bおよび
図34CはBi
x TaS
2 単結晶片の一部を順次拡大した走査型電子顕微鏡写真を示す。解析の結果、Bi
x TaS
2 単結晶片に含まれるBiとTaとの割合(原子数比)はBi:Ta=22.1:33.8であり、x=0.65である。
【0091】
以上のようにして製造されたBi
x TaS
2 単結晶片のX線回折パターンを測定した。測定結果を
図35に示す。
図35には、比較のために、TaS
2 単結晶片70のX線回折パターンの測定結果も示す。
図35に示すように、Bi
x TaS
2 が得られていることが分かる。
【0092】
(実施例8)
実施例8は第6の実施の形態に対応するものである。
図36に示すように、コロナ放電装置の処理室内の試料台(図示せず)上にイオン吸収体110を兼用する炭素電極180を載せ、この炭素電極180上にAl
2 O
3 製リング210を載せる。次に、このAl
2 O
3 製リング210の中心部に第2の被処理体100としてNa
3 V
2 (PO
4 )
3 粉末220を充填した後、その上に第3のイオン源130としてK
+ 含有リン酸塩ガラス基板200を積層する。K
+ 含有リン酸塩ガラス基板200の組成は15K
2 O・4La
2 O
3 ・31P
2 O
5 である。炭素電極180は接地する。炭素電極180はヒーター230により加熱する。処理室内を真空ポンプにより十分に低圧に減圧した後、外部から処理室内にH
2 を導入して常圧とする。そして、K
+ 含有リン酸塩ガラス基板200の上方に先端がこのK
+ 含有リン酸塩ガラス基板200と対向するように設置された針状電極90に電圧を印加することによりコロナ放電を起こさせ、その結果、H
2 を電離してH
+ 、すなわちプロトンを発生させる。こうして発生したプロトンはK
+ 含有リン酸塩ガラス基板200に注入される。K
+ 含有リン酸塩ガラス基板200にプロトンが注入されると、K
+ 含有リン酸塩ガラス基板200に含まれるK
+ がこのK
+ 含有リン酸塩ガラス基板200内を次々と移動し、最終的にK
+ 含有リン酸塩ガラス基板200の下面からAl
2 O
3 製リング210の中心部に充填されたNa
3 V
2 (PO
4 )
3 粉末220に注入される。こうしてNa
3 V
2 (PO
4 )
3 粉末220にK
+ が注入されると、Na
3 V
2 (PO
4 )
3 粉末220に含まれるNa
+ がNa
3 V
2 (PO
4 )
3 粉末220内を次々と移動すると同時にNa
+ がK
+ で置換され、最終的にNa
3 V
2 (PO
4 )
3 粉末220からNa
+ が放出されて炭素電極180に吸収される。こうして、Na
3 V
2 (PO
4 )
3 粉末220のNa
+ がK
+ で置換されたK
3 V
2 (PO
4 )
3 粉末が得られる。
【0093】
図37は上述のようにしてNa
3 V
2 (PO
4 )
3 粉末220のNa
+ がK
+ で置換されてK
3 V
2 (PO
4 )
3 粉末となった後にAl
2 O
3 製リング210をその中心軸を含む平面で切断したものを斜め上から撮影した写真およびAl
2 O
3 製リング210の切断面を拡大した写真である。
図37より、Al
2 O
3 製リング210の中心部に存在する粉末層は、厚さ0.53mmの上部、厚さ0.10mmの中間部および厚さ1.20mmの下部の三層からなることが分かる。
【0094】
Al
2 O
3 製リング210の中心部に存在する粉末層のX線回折パターンを測定した。測定結果を
図38に示す。
図38の下から三段目、下から二段目および最下段は、それぞれAl
2 O
3 製リング210の中心部に存在する粉末層の上部、中間部および下部のX線回折パターンである。
図38の最上段には、シミュレーションにより求められたK
3 V
2 (PO
4 )
3 のX線回折パターンを示す。
図38に示すように、Al
2 O
3 製リング210の中心部に存在する粉末層の上部のX線回折パターンはシミュレーションにより求められたK
3 V
2 (PO
4 )
3 のX線回折パターンと良く一致しており、確かにNASICON型構造を有するK
3 V
2 (PO
4 )
3 粉末が得られていることが分かる。また、Al
2 O
3 製リング210の中心部に存在する粉末層の中間部のX線回折パターンは、K
3 V
2 (PO
4 )
3 の回折ピークに加えて、NaV
2 (PO
4 )
3 の回折ピークも含んでいる。従って、粉末層の中間部は、主成分のK
3 V
2 (PO
4 )
3 にNaV
2 (PO
4 )
3 が混合したものからなると考えられる。さらに、Al
2 O
3 製リング210の中心部に存在する粉末層の下部のX線回折パターンは、NaV
2 (PO
4 )
3 を示す。従って、粉末層の下段は、NaV
2 (PO
4 )
3 からなると考えられる。
【0095】
図38の下から四段目に、上記の粉末層の上部のK
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体をN
2 +5%H
2 雰囲気中において600℃でアルールしたときのX線回折パターンを示す。
図38より、600℃のアニールによりK
3 V
2 (PO
4 )
3 多結晶体の結晶性が向上していることが分かる。
【0096】
(実施例9)
実施例9は第1の実施の形態に対応するものである。
実施例9においては、第1の被処理体10として1T−TaS
2 単結晶片および2H−TaS
2 単結晶片を用いる。
図39A、
図39Bおよび
図39Cに1T−TaS
2 単結晶片の結晶構造を示す。また、
図40A、
図40Bおよび
図40Cに2H−TaS
2 単結晶片の結晶構造を示す。
図41に1T−TaS
2 単結晶片および2H−TaS
2 単結晶片を示す。
【0097】
1T−TaS
2 単結晶片を水素雰囲気中において150℃〜300℃の範囲で温度を変えてアニールした後に測定したX線回折パターンを
図42に示す。
図42の上部に1T相および2H相のピーク位置を矢印で示す。
図42に示すように、アニール温度が200℃程度まではピーク位置が1T相の位置にあり、1T相が保持されていることが分かるが、アニール温度がより高くなるとピーク位置が次第に低角側にシフトし、アニール温度が300℃ではピーク位置は2H相のピーク位置に近づいていることが分かる。すなわち、アニール温度が200℃程度を超えて300℃まで高くなると、1T−TaS
2 単結晶片は2H−TaS
2 単結晶片に相転移することが分かる。
【0098】
2H−TaS
2 単結晶片に300℃でそれぞれアルカリ金属イオンA
+ (A=Li、Na、K)、Cu
+ およびAg
+ のインターカレーションを行ったときのX線回折パターンを
図43、
図44および
図45に示す。
図43、
図44および
図45より、2H−TaS
2 単結晶片にアルカリ金属イオンA
+ (A=Li、Na、K)、Cu
+ およびAg
+ のインターカレーションが行われていることが分かる。
【0099】
図46は、2H−TaS
2 単結晶片に300℃でAg
+ のインターカレーションのための処理を継続して行ったときにその途中で測定したX線回折パターンを示す。
図46に示すように、インターカレーションのための処理を開始してから一定時間経過後にAg
x2TaS
2 を特徴付けるピークが観測され、さらに時間が経過した後にAg
x1TaS
2 (ただし、x1>x2)を特徴付けるピークが観測されている。このように、2H−TaS
2 単結晶片へのAg
+ のインターカレーションのための処理は継続して行われているにもかかわらず、ある程度の時間経過でAg
x2TaS
2 を特徴付けるピークが観測され、さらに時間が経過した後にAg
x1TaS
2 を特徴付けるピークが観測されていることから、2H−TaS
2 単結晶片へのAg
+ のインターカレーションは連続的に行われるのではなく、段階的に行われることが分かる。
【0100】
1T−TaS
2 は200℃以上で2H−TaS
2 に変化するため、1T−TaS
2 単結晶片に180℃でそれぞれアルカリ金属イオンA
+ (A=Li、Na、K)、Cu
+ およびAg
+ のインターカレーションを行った。このときのX線回折パターンを
図47、
図48および
図49に示す。
図47、
図48および
図49より、1T−TaS
2 単結晶片にアルカリ金属イオンA
+ (A=Li、Na、K)、Cu
+ およびAg
+ のインターカレーションが行われていることが分かる。
【0101】
図50は、1T−TaS
2 単結晶片に180℃でAg
+ のインターカレーションを行った後にコロナ放電装置の処理室から取り出した直後のAg
x TaS
2 単結晶片およびこのAg
x TaS
2 単結晶片を大気中に1週間放置して大気暴露した後に測定したX線回折パターンを示す。
図50に示すように、1週間放置後のAg
x TaS
2 単結晶片は大気中の水分を吸収して水和した結果、(Ag
x +H
2 O)TaS
2 単結晶片となっている。
【0102】
以上、この発明の実施の形態および実施例について具体的に説明したが、この発明は、上述の実施の形態および実施例に限定されるものではなく、この発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。
【0103】
例えば、上述の実施の形態および実施例において挙げた数値、材料、形状、配置等はあくまでも例に過ぎず、必要に応じて、これらと異なる数値、材料、形状、配置等を用いてもよい。