特許第6978995号(P6978995)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6978995基材の表面改質方法、及び、流体機器の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6978995
(24)【登録日】2021年11月16日
(45)【発行日】2021年12月8日
(54)【発明の名称】基材の表面改質方法、及び、流体機器の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20211125BHJP
【FI】
   C23C26/00 E
【請求項の数】4
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2018-166332(P2018-166332)
(22)【出願日】2018年9月5日
(65)【公開番号】特開2020-37729(P2020-37729A)
(43)【公開日】2020年3月12日
【審査請求日】2020年10月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000106760
【氏名又は名称】CKD株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000291
【氏名又は名称】特許業務法人コスモス国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】橋爪 潤也
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 彰浩
(72)【発明者】
【氏名】三浦 滉大
(72)【発明者】
【氏名】西川 俊一郎
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−064404(JP,A)
【文献】 国際公開第2017/014002(WO,A1)
【文献】 特開昭57−171645(JP,A)
【文献】 特開2004−137570(JP,A)
【文献】 弗酸・塩酸耐食性に優れるNi基耐食対摩耗粉末冶金材 M2C合金,山陽特殊製鋼技報,Vol.19(2012) No.1,59-60頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00− 6/00
C23C 24/00−30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
NiとCrとMoとBとを含む粉末からなる膜を、ステンレス鋼からなる基材の表面に形成する膜形成工程と、
前記膜にレーザ光を、前記基材に対して改質可能なパワー密度で照射することにより、前記膜と前記基材の一部とを溶融し、凝固させ、緻密化された改質層を形成する改質工程と、を有すること、
前記粉末の成分が、
Cr:20〜25質量%
Mo:24〜29質量%
B :1〜2質量%
Ni:残部
であること、
前記パワー密度を調整することにより、前記改質層の成分比率を変え、前記改質層の特性を調整すること、
を特徴とする基材の表面改質方法。
【請求項2】
請求項1に記載する基材の表面改質方法において、
前記改質工程にて使用する前記レーザ光のパワー密度が大きいほど、前記改質層の厚さが厚くなり、前記改質層に含まれるステンレス鋼の成分比率が大きくなること
記改質層と前記基材は、Crの成分比率が同程度であること、
を特徴とする基材の表面改質方法。
【請求項3】
請求項1に記載する基材の表面改質方法において、
前記改質工程にて使用する前記レーザ光のパワー密度が小さいほど、前記改質層の厚さが薄くなり、前記改質層に含まれるNi、Moの成分比率が大きくなること、
前記改質層と前記基材は、Crの成分比率が同程度であること、
を特徴とする基材の表面改質方法。
【請求項4】
ステンレス鋼からなり、腐食性が高い流体に接する流体接触部を有する流体機器の製造方法であって、
前記流体接触部の表面に、NiとCrとMoとBとを含む粉末からなる膜を形成する膜形成工程と、
前記膜にレーザ光を、前記基材に対して改質可能なパワー密度で照射することにより、前記膜と前記流体接触部の一部とを溶融し、凝固させ、緻密化された改質層を形成する改質工程と、を有すること、
前記粉末の成分が、
Cr:20〜25質量%
Mo:24〜29質量%
B :1〜2質量%
Ni:残部
であること、
前記パワー密度を調整することにより、前記改質層の成分比率を変え、前記改質層の特性を調整すること、
を特徴とする流体機器の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面改質方法、流体機器、及び、粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
耐食性に優れたステンレス鋼は、半導体製造装置、自動車、建築内外装材など、様々な分野で使用されている。しかし、ステンレス鋼基材の使用環境は多様化しており、ステンレス鋼素材が有する耐食性だけでは、要求される耐食性を満たせない場合が生じてきた。そのため、従来から、レーザを用いてステンレス鋼基材の表面を改質することが行われている。例えば、特許文献1には、Cr、Ni、Moからなる金属粉末を基材の表面に塗布し、レーザ照射によって焼成することにより、基材表面にクロム量の大きなクラッド層を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第2819635号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記技術には、以下の問題があった。すなわち、特許文献1に記載される基材の表面改質方法は、基材の表面のクロム量を増やすことにより、酸化被膜(不働態化被膜)を強化している。しかし、この酸化被膜は、塩素系やシラン系などの高腐食流体に接触すると、壊れることがあった。
【0005】
例えば、半導体製造装置では、塩素系やシラン系の高腐食性流体が、配管やバルブなどの流体機器に流れる。流体機器の流路面を、特許文献1に記載される方法で改質した場合、改質された流路面に高腐食性流体に接触すると、孔食や腐食などを生じることがあった。また例えば、半導体製造工程におけるALDのプロセスでは、腐食性流体が大気圧条件下で気化され、200℃以上に加熱されている。一般的に、ステンレス鋼は、酸化被膜が破壊されても、Crが酸素に接することで酸化被膜を修復され、耐食性が保たれている。しかし、酸化被膜は、高温下での安定性に欠け、破壊された酸化被膜が修復されず、孔食や腐食を生じることがあった。
【0006】
ここで、SUS316Lやハステロイ(登録商標)は、耐食性が優れている。よって、SUS316L又はハステロイを用いて基材を構成すれば、特許文献1に記載する方法を施さずに、耐食性を向上させることができるとも考えられる。しかし、SUS316Lとハステロイは、高価で加工性が悪い。そのため、例えば、流体機器の流路面のように複雑な形状を、SUS316Lやハステロイで形成することは、コスト面や加工面で適切でない。
【0007】
また、特許文献1に記載される方法により改質された表面は、割れに対する方策はされているが、摩耗対策はされていなかった。そのため、例えば、高腐食性流体の制御に用いられる流体機器のプランジャの表面に、特許文献1に記載の方法を用いてクラッド層を形成した場合、クラッド層が摩耗により破壊されて基材を腐食性雰囲気に露出させ、プランジャを腐食させる恐れがあった。
【0008】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであり、基材の表面の高耐食化と耐摩耗化を両立することができる基材の表面改質方法、流体機器、及び、粉末を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明の基材の表面改質方法における一態様は、NiとCrとMoとBとを含む粉末からなる膜を、ステンレス鋼からなる基材の表面に形成する膜形成工程と、前記膜にレーザ光を照射することにより、前記膜と前記基材の一部とを溶融し、凝固させ、緻密化された改質層を形成する改質工程と、を有すること、前記粉末の成分が、Cr:20〜25質量%、Mo:24〜29質量%、B:1〜2質量%、Ni:残部であること、を特徴とする。
【0010】
上記構成の基材の表面改質方法では、基材の表面に形成された膜は、空孔が多く、基材との密着性が低いため、膜にレーザ光を照射することにより、膜と基材の一部を溶融させ、急冷凝固させる。これにより、基材の表面近傍は、NiとCrとMoとBとを含む粉末からなる膜と合金化され、緻密化された改質層が表面に形成される。このように改質層が形成された基材は、膜のみが形成された基材、及び、基材そのものより、耐食性と耐摩耗性が向上する。
【0011】
本発明の基材の表面改質方法が、耐食性と耐摩耗性を向上させることができるメカニズムは定かではないが、次のように考えられる。
【0012】
改質層は、粉末と基材が溶融する際に混ぜ合わされるため、ステンレス鋼と膜の成分を含む。CrとMoは、酸素と結びついて、改質層の表面に酸化膜を形成し、腐食を防ぐ。また、Niは、耐食性を向上させる性質を有する。これに対して、Bは、硬度を向上させる性質を有するが、酸と結びついて孔食や腐食を生じさせやすくする性質を有する。よって、耐食性を向上させるための改質層にBを添加することは、不適切とも考えられる。
【0013】
しかし、本発明の表面改質方法によれば、基材の表面の耐食性を、ハステロイやSUS316Lより良好にできることを、発明者が実験より確認している。これは、Bが、CrとMoにより形成される酸化膜に覆われて基材の表面に析出せず、孔食や腐食を生じ難くなるためと考えられる。また、本発明の表面改質方法によれば、基材の表面の耐摩耗性を、膜も改質層も形成されていない基材や、膜を形成する粉末の熱間等方圧加圧法(Hot Isostatic Pressing、以下「HIP」と略記する)による焼結体より、良好にできることを、発明者が実験より確認している。これは、Bが改質層を硬化させているためと考えられる。よって、本発明の表面改質方法によれば、CrとMoとBとNiを含む粉末からなる膜を基材の表面に形成し、その膜にレーザ光を照射して改質層を形成することにより、基材の表面のみの高耐食化と耐摩耗化を両立して実現できると考えられる。
【0014】
(2)(1)に記載する基材の表面改質方法において、前記改質工程にて使用する前記レーザ光のパワー密度が大きいほど、前記改質層の厚さが厚くなり、前記改質層に含まれるステンレス鋼の成分比率が大きくなること、前記改質工程にて使用する前記レーザ光のパワー密度が小さいほど、前記改質層の厚さが薄くなり、前記改質層に含まれるNi、Moの成分比率が大きくなること、前記改質層と前記基材は、Crの成分比率が同程度であること、が好ましい。
【0015】
ここで、「同程度」とは、例えば、改質層と前記基材のCrの成分比率の違いが、±10質量%以内であることをいう。
【0016】
例えば、ステンレス鋼は、塩素等のハロゲン系元素に接すると酸化被膜が壊され、孔食が発生しやすくなる傾向がある。そこで、上記構成では、改質層が塩素等のハロゲン系元素に接する場合には、パワー密度を大きくして改質層を形成する。パワー密度が大きいと、基材の溶融量が増え、膜に含まれる金属成分が改質層に含まれる比率が、小さくなる。そのため、ステンレス鋼の成分比率が大きい改質層が、基材の表面に厚く形成される。改質層が厚い基材は、ハロゲン系元素が改質層を破壊して基材に接しにくくなり、孔食や腐食が抑制される。これに対して、ハロゲン系元素を含まない高腐食流体に改質層が接する場合は、パワー密度を小さくして改質層を形成する。パワー密度が小さいと、基材の溶融量が減り、膜に含まれる金属成分が改質層に含まれる比率が、大きくなる。そのため、Ni,Moの成分比率が大きい改質層が、基材の表面に薄く形成される。Ni,Moは、酸化被膜を強化する性質を有する。よって、薄い改質層でも、耐食性を向上させることが可能である。従って、上記構成の基材の表面改質方法によれば、改質層に接する流体の種類に応じてパワー密度を調整すれば、当該流体に適した性質の改質層を基材の表面に形成し、耐腐食性を向上させることができる。
【0017】
(3)(1)又は(2)に記載する基材の表面改質方法において、前記レーザ光は、前記基材に対して改質可能なパワー密度で照射されること、が好ましい。
【0018】
ここで、「改質可能なパワー密度」とは、例えば、ステンレス鋼を改質可能なパワー密度をいい、より詳しくは、3×104W/cm2以上7×104W/cm2以下のパワー密度をいう。
【0019】
上記構成によれば、膜におけるレーザ光の反射を抑制して、改質工程を行う際の熱効率を向上させることができ、改質層の厚さや特性を調整しやすい。
【0020】
本発明に係る基材の表面改質方法における別の態様は、(4)ステンレス鋼で形成された基材が、腐食性が高い流体に接する流体接触部を有し、前記流体接触部の表面に、NiとCrとMoとBとを含む粉末からなる膜を形成する膜形成工程と、前記膜にレーザ光を照射することにより、前記膜と前記流体接触部の一部とを溶融し、凝固させ、緻密化された改質層を形成する改質工程と、を有すること、前記粉末の成分が、Cr:20〜25質量%、Mo:24〜29質量%、B:1〜2質量%、Ni:残部であること、が好ましい。
【0021】
(5)本発明に係る流体機器の一態様は、ステンレス鋼からなり、腐食性が高い流体に接する流体接触部と、前記流体接触部の表面に合金化して形成される改質層と、を有すること、前記改質層は、Crと、Moと、Bと、Niからなる合金と、前記ステンレス鋼が溶融して生成した合金と、を含むこと、を特徴とする。
【0022】
(6)本発明に係る粉末の一態様は、ステンレス鋼からなる基材の表面に膜を形成する膜形成工程と、前記膜にレーザ光を照射することにより、前記膜と前記基材の一部とを溶融し、凝固させ、緻密化された改質層を形成する改質工程と、を有する基材の表面改質方法にて、前記膜の材料として用いられること、Cr:20〜25質量%、Mo:24〜29質量%、B:1〜2質量%、Ni:残部からなること、を特徴とする粉末である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、基材の表面の高耐食化と耐摩耗化を両立することができる基材の表面改質方法、流体機器、及び、粉末を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の実施形態に係る基材の表面改質方法の手順を説明する図であって、膜形成工程を示す。
図2】基材の表面改質方法の手順を説明する図であって、改質工程を示す。
図3】基材の表面改質方法の手順を説明する図であって、改質工程を示す。
図4】供試材の構成を示す表である。
図5】断面観察結果を示す図である。
図6】断面観察結果を示す図である。
図7】孔食電位測定結果を比較するグラフである。
図8】アノード分極曲線を比較するグラフである。
図9】EPMA定性分析結果を示す表である。
図10】試料No.EのX線回析評価結果を示すグラフである。
図11】試料No.2のX線回析評価結果を示すグラフである。
図12】試料No.2の断面観察結果を示す図である。
図13】摩耗痕の深さを比較する表である。
図14】摩耗痕の幅を比較するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明に係る基材の表面改質方法、流体機器、及び、粉末の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0026】
(基材の表面改質方法)
図1図3は、本発明の実施形態に係る基材の表面改質方法の手順を説明する図である。図中において、符号1は基材、符号1aは基材1の表面、符号2は粉末、符号3は膜、符号4は改質層である。
【0027】
<膜形成工程>
基材1の表面改質方法では、図1に示すように、NiとCrとMoとBとを含む粉末2からなる膜3を、ステンレス鋼からなる基材1の表面1aに形成する。
【0028】
基材1は、緻密な酸化被膜(不働態化被膜)を形成して耐腐食性に優れ、加工性の良いステンレス鋼であることが好ましい。例えば、基材1は、CrとNiとを含むステンレス鋼であると良く、さらに、オーステナイト系ステンレス鋼であると良い。
【0029】
粉末2の成分は、Crが20質量%以上25質量%以下であると良い。Crが20質量%未満であると、後述する改質層4が十分な厚さの酸化被膜を形成できず、Crが25質量%より多いとコスト高になるからである。また、Moは、24質量%以上29質量%以下であると良い。Moが24質量%未満であると、改質層4の表面に形成される酸化被膜を十分に強化できず、29質量%より多いとコスト高になるからである。Bは、1〜2質量%であると良い。Bが1質量%より少ないと、十分な硬さが得られず、2質量%より多いと、Bが改質層4の表面に析出して耐食性を低下させるからである。残部をNiとすると良い。Niは、耐食性を向上させることができるからである。また、粉末2は、粒度が20μm以下であると良い。粉末2は、粒度が20μmより大きいと、レーザ光照射時に十分に溶融せず、組成成分を基材1に分散させて混ざり合わせることができないからである。
【0030】
基材1の表面1aは、粉末2からなる膜3によって被覆される。膜3は、粉末2を基材1の表面1aに溶射して形成しても良い。また、膜3は、粉末2を溶液に分散させたものを基材1の表面1aに塗布して乾燥させることにより形成しても良い。更に、膜3は、粉末2を基材1の表面1aに吹き付けて形成しても良い。
【0031】
ここで、膜3の平均膜厚は、基材の用途や使用環境により適宜設定すれば良いが、例えば、10μm以上40μm以下であると良い。膜3の平均膜厚が10μm未満の場合、膜3の成分が改質層4に十分に含まれず、基材1の表面1aの改質が不十分になるからである。一方、膜3の平均膜厚を40μmより大きい場合、レーザ光5による急加熱・急冷却が不十分になり、緻密で硬い改質層4を形成しにくいからである。
【0032】
<改質工程>
その後、図2及び図3の図中矢印Dに示すように、膜3にレーザ光5を照射することにより、膜3と基材1の一部を溶融し、凝固させ、緻密化された改質層4を形成する。
【0033】
図2に示すように、レーザ光5は、所定のピッチPで平行な直線状に照射される。1回の照射ラインは、表面1aの幅より長い距離にされる。所定のピッチPは、レーザ光5のスポット径より小さい値に設定される。例えば、スポット径が直径0.6mmである場合、所定のピッチPは0.2mmに設定される。レーザ光5は、後の照射ラインが先の照射ラインとオーバーラップするように照射される。よって、レーザ光5は、膜3に満遍なく照射される。
【0034】
図3に示すように、レーザ光5は、熱を膜3から基材1の一部に伝達することが可能なパワー密度で、膜3に照射される。レーザ光5は、基材1に対して改質可能なパワー密度で、膜3に照射すると良い。レーザ光5が膜3に反射するのを抑制して熱効率を高め、パワー密度を調整して改質層4の厚さや特性を調整できるようにするためである。
【0035】
例えば、基材1の材質がSUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼である場合、レーザ波長は、0.5μm以上2.0μm以下であることが好ましい。また例えば、基材1の材質がSUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼である場合、レーザ光5のパワー密度は、3×104W/cm2以上7×104W/cm2以下であると良い。
【0036】
基材1は、レーザ光5の後方にて、レーザ光5の熱により溶融された膜3と基材1の一部が混ざり合って急速に凝固する。これにより、Crと、Moと、Bと、Niからなる合金と、ステンレス鋼が溶融して生成した合金と、を含む改質層4が、基材1の表面1aに、ほぼ均一な厚さで形成される。
【0037】
改質層4の厚さと特性は、レーザ光5のパワー密度によって、調整される。例えば、レーザ出力を100Wとする第2パワー密度(パワー密度:3.5×104W/cm2)でレーザ光5を膜3に照射して第2改質層を形成する場合は、レーザ出力を200Wとする第1パワー密度(パワー密度を7×104W/cm2)でレーザ光5を膜3に照射して第1改質層を形成する場合より、基材1の溶融量が少なくなり、第2改質層が第1改質層より薄く形成される。
【0038】
また、第1改質層は、第2改質層より、改質工程における基材1の溶融量が多いため、第2改質層と比べて、ステンレス鋼の成分比率が大きくなる。一方、第2改質層は、第1改質層より、改質工程における基材1の溶融量が少ないため、第1改質層と比べて、膜3を構成する粉末2に含まれるMo,Niの成分比率が大きくなる。
【0039】
よって、レーザ光5のパワー密度を小さく調整すると、MoとNiの成分比率が大きい改質層4を薄く形成できる。一方、レーザ光5のパワー密度を大きくすると、ステンレス鋼の成分比率が大きい改質層4を厚く形成できる。CrとNiは酸素と結合して酸化被膜を形成し、耐食性を向上させる。Moは酸素と結合して酸化被膜を形成し、耐食性を向上させる。Bは硬度を向上させる。このように、改質元素には、それぞれ特性がある。従って、パワー密度を調整するだけで、改質層4の成分比率を変え、改質層4の特性を調整することができる。
【0040】
<効果>
以上説明した本形態の基材の表面改質方法は、基材1の表面1aは、改質層4がCrとNiとMoを含むことで、基材1より耐腐食性を良好にされると共に、改質層4がBにより硬化され、耐摩耗性を良好にされる。よって、本形態の基材の表面改質方法及び基材1によれば、表面1aのみの高耐腐食化と耐摩耗化を両立して実現することができる。
【0041】
<その他>
本形態の基材の表面改質方法は、例えば、半導体産業で使用される流体機器に適用される。流体機器は、例えば、配管や、バルブや、流量制御器や、計測器などであり、配管の内周面や、バルブ・流体制御器の流路面、バルブの弁体・プランジャの表面などが、流体接触部の一例になる。
【0042】
例えば、ALDプロセスに使用される電磁式流体制御弁を製造する場合、SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼を用いて、流路ブロックを形成する。オーステナイト系ステンレス鋼は、加工性が良く、入力ポート、入力流路、弁室、弁座、弁孔、出力流路、出力ポートなどを容易に加工できる。また、オーステナイト系ステンレス鋼は、流通量が多いため、安価に流路ブロックを形成できる。所定形状に形成された流路ブロックの流路面は、酸化被膜により耐食性を有するが、更に、上記基材の表面改質方法を用いて改質層が形成される。そのため、当該流体制御弁が、200℃以上の高温で高腐食性を有するガスを制御する場合でも、酸化被膜が安定し、流路面に孔食や腐食が生じ難い。その結果、流体制御弁は、微細なパーティクルの発生が防止若しくは抑制され、半導体産業からの耐腐食性の要求を満たすことができる。
【0043】
また、当該流体制御弁は、オーステナイト系ステンレス鋼により所望の形状のプランジャを形成し、そのプランジャの表面に、上記基材の表面改質方法を用いて改質層を形成する。当該流体制御弁が、ダイアフラムにより弁室を気密に区画し、ダイアフラムの背室側にプランジャを配置する場合、高腐食性ガスがダイアフラムを透過しても、プランジャが腐食しない。また、プランジャが改質層により摩耗しにくい。よって、流体制御弁は、耐久性が向上する。
【実施例】
【0044】
次に、本発明により得られる効果を実施例により明らかにする。
【0045】
(供試材について)
図4は、供試材の構成を示す表である。なお、表の「膜」における「有無」の欄には、膜形成工程を実施した場合には「有」、実施しない場合には「無」を記載した。表の「改質層」における「有無」の欄には、改質工程を実施した場合には「有」、実施しない場合には「無」を記載した。比較例として図4の試料No.A〜Eに示す供試材を準備し、本発明を実施した実施例として図4の試料No.1〜3に示す供試材を準備した。
【0046】
ここで、表の中の「Ni基耐食合金粉末」は、山陽特殊製鋼株式会社の製品である。Ni基耐食合金粉末は、ガスアトマイズ法により製造された原料粉末である。Ni基耐食合金粉末の成分組成は、Cr:質量22%、Mo:26質量%、B:1.4質量%、Ni:残部である。
【0047】
試料No.Aは、SUS304からなり、膜も改質層も形成されていない。試料No.Bは、SUS316Lからなり、膜も改質層も形成されていない。試料No.Cは、Ni基耐食合金粉末のHIPによる焼結体である。試料No.Dは、ハステロイのみからなる。試料No.Eは、SUS304からなる基材の表面にNi基耐食合金粉末を溶射することにより、膜厚30μmの膜を形成したものある。
【0048】
試料No.1〜No.3は、SUS304からなる素材の表面にNi基耐食合金粉末を溶射することにより、膜厚30μmの膜を形成した後、レーザ照射条件を変えて改質層を形成したものである。試料No.1のレーザ照射条件は、パワー密度:3.5×104W/cm2(レーザ出力:100W、走査速度50mm/s、走査ピッチ:0.2mm、スポット径:直径0.6mm、N2ガスパージ流量:15L/min)である。試料No.2のレーザ照射条件は、パワー密度:7×104W/cm2である(レーザ出力:200Wを除き、試料No.1と同じレーザ照射条件である)。試料No.3のレーザ照射条件は、パワー密度:1.1×104W/cm2である(レーザ出力:300Wを除き、試料No.1と同じレーザ照射条件である)。
【0049】
(基材の断面観察)
試料No.2と試料No.1から所定サイズの試験片を採取し、顕微鏡を用いて改質層の断面観察を行った。試料No.2の断面観察結果を図5に示す。試料No.1の断面観察結果を図6に示す。
【0050】
図5に示すように、試料No.2の改質層4Xの平均厚さW1は、約100μmであった。一方、図6に示すように、試料No.1の改質層4Yの平均厚さW2は、約50μmであった。これは、パワー密度が大きくなるほど、基材が、膜に接する表面から深い位置まで溶融するためである。よって、パワー密度を大きくするほど、改質層4の厚さWを厚くできる。つまり、パワー密度を調整することによって、改質層4の厚さWを調整することができる。
【0051】
(孔食電位測定)
JIS G0577に準拠した孔食電位測定を行い、孔食電位を調べ、塩素に対する耐食性を調査した。
【0052】
<試験片>
試料No.A〜Eと試料No.1〜No.2に示す供試材の表層から、縦25mm、横25mm、厚さ2mmの試験片を採取し、接液面積は1cm2を残し、シリコン被覆材で被覆した試験片を準備した。
【0053】
<試験方法>
試験片について、3.5%(質量分率)塩化ナトリウム水溶液中に浸漬し、ポテンショスタットにて20mV/minの速度で電位を掃引し、0.5mAまで電流が流れた段階で計測を終了した。
【0054】
<孔食電位評価>
図7は、孔食電位測定結果を比較するグラフである。縦軸は電流密度(mA/cm2)を示し、横軸は電位(V)を示す。電流密度は、試験片に孔食が発生すると、急激に上昇する。そのため、電流密度が急激に上昇するときの孔食電位が高いほど、孔食しにくく、耐食性が高いと考えることができる。
【0055】
グラフX4のP1に示すように、試料No.2は、約1.08Vで孔食が発生した。グラフX3のP2に示すように、試料No.1は、約0.95Vで孔食が発生した。これに対して、グラフX1のP3に示すように、試料No.Aは、約0.4Vで孔食が発生した。グラフX5のP4に示すように、試料No.Eは、約−0.1Vで孔食が発生した。
【0056】
これより、SUS304の基材にNi基耐食合金粉末の膜を形成するだけでは、基材のみのときより、孔食しやすく、耐食性が低くなることが分かった。しかし、SUS304の基材表面に形成した膜にレーザ照射して改質層を形成すると、基材のみのときより、孔食しにくく、耐食性が向上することが分かった。
【0057】
そして、試料No,1と試料No.2は、図中グラフX7に示す試料No.Dと、図中グラフX2に示す試料No.Bと、図中グラフX6に示す試料No.Cよりも、高い電位で孔食が発生している。
【0058】
これより、基材を構成するSUS304は、ハステロイやSUS316LやNi基耐食合金粉末のHIPによる焼結体より耐食性が低いが、基材の表面に、Cr−Mo−B−Niを含む粉末を溶射して膜を形成し、その膜にレーザを照射して改質層を形成すると、基材の表面が、ハステロイやSUS316LやNi基耐食合金粉末のHIPによる焼結体より、耐食性が優位になることが分かった。つまり、試料No.1と試料No.2に施した基材の表面改質方法によれば、基材の表面のみを、高耐食性を有するハステロイやSUS316LやNi基耐食合金粉末より更に耐食性を高くできることが、明らかになった。
【0059】
ここで、SUS304などのステンレス鋼は、一般的に、塩素等のハロゲン系元素に接すると、酸化被膜が壊されると言われている。しかし、試料No.2は、試料No.1より耐孔食性が優位である。これより、パワー密度を大きくするほど、ハロゲン系元素に接しても、孔食しにくい改質層を形成できることが、分かった。これは、レーザ出力が大きくなる程、膜と基材とがよく混ざり合って緻密で厚みのある改質層を形成し、局部腐食が生じ難くなるためと考えられる。
【0060】
(アノード分極曲線測定)
JIS G0579に準拠したアノード分極曲線測定を行い、酸に対する耐食性を調べた。
【0061】
<試験片>
試料No.A〜Eと試料No.1〜3の供試材の表層から、縦25mm、横25mm、厚さ2mm又は8mmの試験片を採取し、接液面積は1cm2を残し、シリコン被覆材で被覆した試験片を準備した。
【0062】
<試験方法>
試験片について、5%(質量分率)硫酸水溶液中に浸漬し、ポテンショスタットにて、−1Vから1.5Vまで60mV/minの速度で分極し、アノード分極測定を行った。
【0063】
<アノード分極曲線評価>
図8は、アノード分極曲線を比較するグラフである。縦軸は電流密度(mA/cm2)を示し、横軸は電位(V)を示す。 アノード分極曲線に示される電流密度は、その測定点での、金属の溶出量をそのまま表している。そのため、自然電位よりアノード側(高電位側)に分極を進めた場合に、電流密度が低いほど、耐食性が良好であると考えられる。
【0064】
試料No.1のアノード分極曲線X13と、試料No.2のアノード分極曲線X14と、試料No.3のアノード分極曲線X18は、試料No.Aのアノード分極曲線X11と比べ、0V以上1V以下の電位範囲における電流密度が約半分から約3分の1に小さくなっている。また、試料No.Eのアノード分極曲線X15は、試料No.Aのアノード分極曲線X11と比べ、0.2V以上の電位において、電流密度が大きくなっている。
【0065】
これより、Ni基耐食合金粉末の膜を形成されたSUS304の表面は、SUS304だけの表面と比べ、酸に溶けやすく、耐食性が劣ることが分かった。しかし、Ni基耐食合金粉末の膜にレーザ照射してSUS304の表面に改質層を形成すると、SUS304だけの表面と比べ、酸に溶けにくくなり、酸に対する耐食性が向上することが明らかになった。
【0066】
試料No.1のアノード分極曲線X13と、試料No.Dのアノード分極曲線X17は、0V以上1V以下の電位範囲における電流密度が同程度に小さい。よって、Ni基耐食合金粉末の膜にレーザ出力:100Wでレーザ光を照射してSUS304の表面に改質層を形成すると、酸に対する耐食性を、ハステロイと同程度にできることが分かった。
【0067】
一方、試料No.2のアノード分極曲線X14と、試料No.3のアノード分極曲線X18は、同様の軌跡を描く。0V以上1V以下の電位範囲において、試料No,2と試料No.3は、試料No.1より、電流密度が大きい。よって、レーザ出力を大きくしても、酸に対する耐食性を向上させることはできないことが分かる。つまり、改質層は薄い方が、酸に対する耐食性が良好であることが分かる。
【0068】
(表面元素分析)
EPMA(電子線マイクロアナライザー)定性分析により、改質断面に含まれるFe,Ni,Cr,Moの成分比率(質量%)を分析した。
【0069】
図9は、EPMA定性分析結果を示す表である。改質層を有する試料No.1と試料No.2は、膜も改質層もない試料No.Aとも、膜のみ形成された試料No.Eとも、成分比率が異なる。よって、基材の表面が、改質層によって改質されていることが分かる。
【0070】
試料No.EにおけるFeは、試料No.AにおけるFeの100分の1程度と少ない。これより、膜は、基材の表面を覆うだけで、基材と殆ど混ざり合っていないことが分かる。一方、試料No.1と試料No.2におけるFeは、試料No.AにおけるFeの約30%〜75%である。これにより、試料No.1と試料No.2は、膜にレーザ照射したことにより、膜と基材が溶融して混ざり合って合金化されていることが分かる。
【0071】
Crは、試料No.Aと試料No.Eと試料No.1と試料No.2とで、あまり変わらない。つまり、レーザ照射によりNi基耐食合金粉末とSUS304が混ざり合っても、Crの成分比率があまり変わらない。これは、Ni基耐食合金粉末が基材を構成するSUS304と同程度のCrを含むためと考えられる。
【0072】
Niは、試料No.Aよりも、試料No.Dと試料No.1と試料No.2の方が多い。これは、Ni基耐食合金粉末が、Niの成分比率がSUS304より多いためと考えられる。
【0073】
Moは、SUS304にはない元素であり、Ni基耐食合金粉末により添加されている。試料No.1及び試料No.2は、膜にレーザ照射することにより、膜と基材とが混ざり合って改質層が形成されるため、試料No.EよりMoの成分比率が小さい。試料No.2は、試料No.1と比べ、基材の溶融量が増えるため、Moの成分比率が小さい。
【0074】
以上より、改質層は、膜に含まれるMoとNiが、基材を構成するSUS304と混ざり合って、Crと重畳して酸化被膜を形成する。そのため、改質層を有する基材は、図7及び図8に示すように、表面に膜も改質層も形成されてない基材と、膜のみを形成された基材と比べ、高耐食性を有するようになると考えられる。
【0075】
ここで、レーザ照射して改質層を形成する場合に、パワー密度を大きくすると、Feの成分比率が大きくなって、NiやMoの成分比率が小さくなる。一方、パワー密度を小さくすると、膜に含まれるNi,Moの成分比率が大きくなり、Feの成分比率が小さくなる。よって、パワー密度を調整することにより、改質層のFeとMoとNiの成分比率を変化させ、改質層の特性を調整することができる。
【0076】
(基材表面の結晶構造)
X線回析評価と顕微鏡を用いた断面観察を行い、基材表面の結晶構造を調べた。
【0077】
<X線解析評価>
図10は、試料No.EのX線回析評価結果を示すグラフである。図11は、試料No.2のX線回析評価結果を示すグラフである。それぞれ、縦軸は「X線照射角度」を示し、横軸は「検出強度」を示す。
【0078】
固体には、原子が規則正しく並んでいる「結晶」と、原子がランダムに並んでいる「アモルファス」がある。X線回析を行うと、結晶成分はピークを示し、アモルファス成分はブロードなハローパターンを示す。
【0079】
図10に示すように、試料No.Eは、図中M1に示すハローパターンと、図中M2に示すピークと、を示している。これに対して、図11に示すように、試料No.2は、図中M3に示すように、ピークを示しているが、ハローパターンを示していない。よって、試料No.2は、試料No.Eと比べ、基材表面の元素が規則正しく並んで、緻密であることが分かる。
【0080】
<顕微鏡を用いた断面観察>
図12は、試料No.2の断面観察結果を示す図である。膜3は、内部に空孔を多く含み、基材1の表面1aとの間に隙間がある。一方、改質層4は、内部に空孔を含まず、緻密化されている。そして、改質層4は、基材1と合金化して形成され、基材1との間に隙間がない。よって、改質層は、膜より結晶が緻密で、基材に強固に結合されている。
【0081】
<小括>
図9に示すように、試料No.Eは、試料No.1と試料No.2よりNiとMoの成分比率が大きい。しかし、図7及び図8に示すように、試料No.Eは、試料No.1と試料No.2より耐食性が低い。これは、図10図11図12に示すように、膜は、改質層より空孔が多く、基材との間にすき間があることにより、孔食やすき間腐食が発生しやすいためと考えられる。
【0082】
(耐摩耗評価)
ボールオンディスク型試験機を用いて、耐摩耗性を調査した。
【0083】
<試験片>
試料No.B、試料No.C、試料No.1、試料No.2の表面から、縦25mm、横25mm、厚さ2mm又は8mmの寸法で、試験片を採取した。試験片は、表面粗さがRa:0.05μmになるまで#600耐水研磨紙で表面を研磨した。
【0084】
<試験方法>
試験では、直径10mmのアルミナボールを試験材に押し付け、往復摺動させた。荷重は、4.9N、及び、0.98Nとした。摺動速度は、10mm/sとした。摺動距離は、10mm往復を300回(6m)とした。
【0085】
<評価方法>
耐摩耗性は、試験後の試験片の摺動部にできた摩耗痕をプロファイルすることにより評価した。図13は、摩耗痕の深さを比較する表である。図14は、摩耗痕の幅を比較するグラフである。
【0086】
<耐摩耗性評価>
図13に示すように、荷重が0.98Nの場合、試料No.1と試料No.2は、試料No.B及び試料No.Cより、摩耗痕の深さが浅い。そして、図14に示すように、荷重が0.98Nの場合、試料No.1と試料No.2と試料No.Bと試料No.Cは、摩耗痕の幅が同程度である。
【0087】
また、図13に示すように、試料No.1は、試料No.2より摩耗痕の深さが浅い。つまり、試料No.1は、試料No.2より改質層の厚さが薄いが、耐摩耗性が優位である。改質層が薄いほど、SUS304の成分比率が小さくなり、耐摩耗性があるBの成分比率が大きくなるためと考えられる。
【0088】
一方、図13に示すように、荷重が4.9Nの場合、試料No.1と試料No.2は、試料No.Bより、摩耗痕の深さを15%から20%浅くできた。試料No.Cは、試料No.Bに対して、摩耗痕の深さが2倍以上深かった。
【0089】
図14に示すように、荷重が4.9Nの場合、試料No.1及び試料No.2は、試料No.Bに対して、摩耗痕の幅を約70%にでき、また、試料No.Cに対して、摩耗痕の幅を約50%にできる。尚、試料No.Cは、試料No.Bに対して、摩耗痕の幅が約180%である。
【0090】
上記より、Ni基耐食合金粉末のHIPによる焼結体は、SUS316Lより硬いにもかかわらず、摩耗しやすいことが分かる。しかし、Ni基耐食合金粉末の膜を基材の表面に形成し、膜にレーザを照射して改質層を形成すると、基材の耐摩耗性が、SUS316Lより良好になることが分かった。
【0091】
ここで、Bは、耐食性を低下させる要因となると考えられ、耐食性が要求される部材に添加されない傾向があった。しかし、改質層は、Bを含むが、図7及び図8に示すように、SUS304からなる基材より耐食性が向上している。これは、改質層に含まれるCr,Ni,Moが形成する酸化被膜(不働態化被膜)により、Bが改質層の表面に析出しないように封じ込められるためと考えられる。
【0092】
尚、発明者らは、試料No.2について、改質材の表面に析出する元素をX線回析評価した結果、改質層の表面にBが析出していないことを確認した。
【0093】
図13及び図14に示すように、試料No.2は、試料No.1より改質層が厚く形成されるが、耐摩耗性が試料No.1と同程度である。よって、Bが、1.4質量%と僅かな比率でNi基耐食合金粉末に含まれるだけでも、基材は、改質層を硬化され、耐摩耗性が向上することが、明らかになった。
【0094】
(まとめ)
従って、20〜25質量%Cr−24〜29質量%Mo−1〜2質量%B−残部Niで組成される粉末をステンレス鋼からなる基材に溶射して膜を形成し、その膜にレーザ光を照射して膜と基材の一部を局部的に急速加熱して溶融させ、急冷却させることにより改質層を形成すると、基材の表面のみの高耐腐食化と耐摩耗化を両立して実現することができる。
【0095】
その耐食性は、ハステロイやSUS316Lより優れている。そのため、加工性が良くて安価なオーステナイト系ステンレス鋼を所望の形状に成形し、例えば、塩素系又は酸系の高腐食流体に接する液体接触部に上記形態の基材の表面改質方法を適用して表面改質を行うことで、液体接触部だけを高耐腐食化・耐摩耗化することができる。この場合、液体接触部にだけ、Ni基耐食合金粉末などの粉末を用いて膜を形成すれば良いので、粉末の使用量を抑制し、低コストで高耐腐食化と耐摩耗化を実現することができる。
【0096】
尚、本発明は上記形態に限定されるものではない。例えば、上記基材の表面改質方法は、半導体製造産業で使用される流体機器だけでなく、鉄鋼産業や自動車産業や航空・宇宙産業やエネルギー産業などで使用される部材にも適用できる。
【符号の説明】
【0097】
1 基材
1a 表面
2 粉末
3 膜
4 改質層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14