特許第6983152号(P6983152)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6983152正極活物質、その製造方法およびリチウムイオン二次電池用正極
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6983152
(24)【登録日】2021年11月25日
(45)【発行日】2021年12月17日
(54)【発明の名称】正極活物質、その製造方法およびリチウムイオン二次電池用正極
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/505 20100101AFI20211206BHJP
   H01M 4/525 20100101ALI20211206BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20211206BHJP
【FI】
   H01M4/505
   H01M4/525
   C01G53/00 A
【請求項の数】13
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2018-519537(P2018-519537)
(86)(22)【出願日】2017年5月22日
(86)【国際出願番号】JP2017019062
(87)【国際公開番号】WO2017204164
(87)【国際公開日】20171130
【審査請求日】2020年2月20日
(31)【優先権主張番号】特願2016-103134(P2016-103134)
(32)【優先日】2016年5月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100196058
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 彰雄
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100153763
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 広之
(72)【発明者】
【氏名】酒井 智弘
【審査官】 小川 進
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/192759(WO,A1)
【文献】 国際公開第2002/073718(WO,A1)
【文献】 国際公開第2015/108163(WO,A1)
【文献】 特開2016−017017(JP,A)
【文献】 特開2008−147068(JP,A)
【文献】 特開2015−140292(JP,A)
【文献】 特開2007−184145(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/146287(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/125465(WO,A1)
【文献】 国際公開第2014/192758(WO,A1)
【文献】 国際公開第2014/175191(WO,A1)
【文献】 特開2006−269308(JP,A)
【文献】 特開2002−145623(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/505
H01M 4/525
C01G 53/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム含有複合酸化物の粒子を含む正極活物質であり、
前記リチウム含有複合酸化物は、LiαNiCoMnTi2+δ(ただし、αは1〜1.8であり、aは0.15〜0.5であり、bは0〜0.09であり、cは0.33〜0.8であり、dは0.01〜0.1であり、eは0〜0.1であり、δは0〜0.8であり、a+b+c+d+e=1であり、MはMg、Al、Ca、V、Cr、Fe、Cu、Zn、Ga、Ge、Sr、Y、Nb、Mo、Sn、Ba、LaおよびCeからなる群から選ばれる1種以上である。)で表され、
前記リチウム含有複合酸化物のX線回折パターンにおける、空間群R−3mの結晶構造に帰属される(003)面のピーク高さ(H003)に対する、空間群C2/mの結晶構造に帰属される(020)面のピーク高さ(H020)の比(H020/H003)が0.02以上であり、かつ、
前記正極活物質の有するD90/D10が4以下であることを特徴とする正極活物質。
【請求項2】
前記正極活物質の有する比表面積が2.05m/g以下である、請求項1に記載の正極活物質。
【請求項3】
前記正極活物質の有するD50が3〜15μmである、請求項1または2に記載の正極活物質。
【請求項4】
前記リチウム含有複合酸化物のX線回折パターンにおける、空間群R−3mの結晶構造に帰属される(003)面のピークからシェラーの式によって求めた結晶子径が30〜120nmである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の正極活物質。
【請求項5】
前記リチウム含有複合酸化物のX線回折パターンにおける、空間群R−3mの結晶構造に帰属される(110)面のピークからシェラーの式によって求めた結晶子径が10〜80nmである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の正極活物質。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか一項に記載のリチウム含有複合酸化物の粒子を含む正極活物質を製造する方法であり、
Niの水溶性塩、Mnの水溶性塩およびTiの水溶性塩を含む水溶性金属塩と、アルカリ源とを、水溶液の状態で混合して水酸化物を析出させ、該水酸化物とリチウム化合物とを混合した混合物を、850〜1100℃の温度で焼成して前記リチウム含有複合酸化物の粒子を得る、正極活物質の製造方法であって、
前記水溶性金属塩と前記アルカリ源とを水溶液の状態で混合して前記水酸化物を析出させる際に、硫酸アンモニウムを、前記水溶性金属塩に含まれる金属のモル量(X)に対するアンモニウムイオンのモル量(NH)の比(NH/X)が0.01〜0.2となるように添加する、正極活物質の製造方法。
【請求項7】
前記水溶性塩が、硫酸塩である、請求項6に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項8】
前記アルカリ源が、水酸化ナトリウムである、請求項6または7に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項9】
前記リチウム化合物が、炭酸リチウムである、請求項6〜8のいずれか一項に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項10】
前記水溶性金属塩と前記アルカリ源とを水溶液の状態で混合して得られた混合液のpHが10〜12である、請求項6〜9のいずれか一項に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項11】
前記水溶性金属塩と前記アルカリ源とを水溶液の状態で混合して前記水酸化物を析出させる際の温度を30〜70℃とする、請求項6〜10のいずれか一項に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項12】
正極集電体上に、請求項1〜5のいずれか一項に記載の正極活物質、導電材およびバインダを含む正極活物質層を有する、リチウムイオン二次電池用正極。
【請求項13】
請求項12に記載のリチウムイオン二次電池用正極、負極、セパレータおよび非水電解質を有する、リチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、正極活物質、その製造方法、リチウムイオン二次電池用正極、およびリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池の正極に含まれる正極活物質としては、リチウム含有複合酸化物、特にLiCoOがよく知られている。しかし、近年、携帯型電子機器や車載用のリチウムイオン二次電池には、小型化、軽量化が求められ、正極活物質の単位質量あたりのリチウムイオン二次電池の放電容量(以下、単に、放電容量とも記す。)のさらなる向上が要求されている。
【0003】
リチウムイオン二次電池の放電容量をさらに高くできる正極活物質としては、LiおよびMnの含有率が高い正極活物質、いわゆるリチウムリッチ系正極活物質が注目されている。しかし、リチウムリッチ系正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池は、充放電サイクルを繰り返した際に充放電容量を維持する特性(以下、サイクル特性と記す。)が低くなるという問題を有する。
【0004】
サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池を得ることができるリチウムリッチ系正極活物質としては、下記(1)のものなどが提案されている。
(1)Ti、ZrおよびNbからなる群から選択される少なくとも1種のクエン酸塩、分解温度が100℃〜350℃である、Ni、MnおよびCoからなる群から選択される少なくとも1種の有機酸塩、ならびに分解温度が100℃〜350℃であるリチウムの有機酸塩、を水系溶媒に溶解させた原料混合溶液を噴霧乾燥させて、乾燥物を得る第1工程と、前記第1工程で得られた乾燥物中に含まれる塩を熱分解させて、前駆体を得る第2工程と、前記第2工程で得られた前駆体を、400〜1000℃で焼成する第3工程と、を含む製造方法により製造されてなる、非水電解質二次電池用正極活物質(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】日本国特開2015−159043号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、噴霧乾燥法で得られた上記(1)の正極活物質は、粒度分布が広く、粗大粒子を多く含む。そのため、(1)の正極活物質をリチウムイオン二次電池の正極の正極活物質層に含ませた場合、正極活物質層の表面から突出した粗大粒子に電流が集中しやすい。その結果、粗大粒子の正極活物質が劣化しやすく、リチウムイオン二次電池のサイクル特性が低下しやすい。また、原料の金属塩として比較的高価な有機酸塩を用いているため、コストが高くなる。
【0007】
本発明は、放電容量が高く、かつサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池を得ることができるリチウムリッチ系正極活物質およびその製造方法;放電容量が高く、サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池を得ることができるリチウムイオン二次電池用正極;放電容量が高く、サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の態様を有する。
<1>リチウム含有複合酸化物の粒子を含む正極活物質であり;前記リチウム含有複合酸化物は、LiαNiCoMnTi2+δ(ただし、αは1〜1.8であり、aは0.15〜0.5であり、bは0〜0.09であり、cは0.33〜0.8であり、dは0.01〜0.1であり、eは0〜0.1であり、δは0〜0.8であり、a+b+c+d+e=1であり、MはMg、Al、Ca、V、Cr、Fe、Cu、Zn、Ga、Ge、Sr、Y、Nb、Mo、Sn、Ba、LaおよびCeからなる群から選ばれる1種以上である。)で表され;前記リチウム含有複合酸化物は、X線回折パターンにおける、空間群R−3mの結晶構造に帰属される(003)面のピーク高さ(H003)に対する、空間群C2/mの結晶構造に帰属される(020)面のピーク高さ(H020)の比(H020/H003)が0.02以上であり;前記正極活物質は、D90/D10が4以下である、正極活物質。
<2>前記正極活物質は、比表面積が2.05m/g以下である、前記<1>の正極活物質。
<3>前記正極活物質は、D50が3〜15μmである、前記<1>または<2>の正極活物質。
<4>前記リチウム含有複合酸化物は、X線回折パターンにおける、空間群R−3mの結晶構造に帰属される(003)面のピークからシェラーの式によって求めた結晶子径が30〜120nmである、前記<1>〜<3>のいずれかの正極活物質。
<5>前記リチウム含有複合酸化物は、X線回折パターンにおける、空間群R−3mの結晶構造に帰属される(110)面のピークからシェラーの式によって求めた結晶子径が10〜80nmである、前記<1>〜<4>のいずれかの正極活物質。
<6>前記<1>〜<5>の何れか一項に記載のリチウム含有複合酸化物の粒子を含む正極活物質を製造する方法であり;Niの水溶性塩、Mnの水溶性塩およびTiの水溶性塩を含む水溶性金属塩と、アルカリ源とを、水溶液の状態で混合して水酸化物を析出させ;前記水酸化物とリチウム化合物とを混合した混合物を、850〜1100℃の温度で焼成して前記リチウム含有複合酸化物の粒子を得る、正極活物質の製造方法であって、前記水溶性金属塩と前記アルカリ源とを水溶液の状態で混合して前記水酸化物を析出させる際に、硫酸アンモニウムを、前記水溶性金属塩に含まれる金属のモル量(X)に対するアンモニウムイオンのモル量(NH)の比(NH/X)が0.01〜0.2となるように添加する、正極活物質の製造方法
<7>前記水溶性塩が、硫酸塩である、前記<6>の正極活物質の製造方法。
<8>前記アルカリ源が、水酸化ナトリウムである、前記<6>または<7>の正極活物質の製造方法。
<9>前記リチウム化合物が、炭酸リチウムである、前記<6>〜<8>のいずれかの正極活物質の製造方法。
<10>前記水溶性金属塩と前記アルカリ源とを水溶液の状態で混合して得られた混合液のpHが10〜12である、前記<6>〜<9>のいずれかの正極活物質の製造方法
<11>前記水溶性金属塩と前記アルカリ源とを水溶液の状態で混合して前記水酸化物を析出させる際の温度を30〜70℃とする、前記<6>〜<10>のいずれかの正極活物質の製造方法。
12>正極集電体上に、前記<1>〜<5>のいずれかの正極活物質、導電材およびバインダを含む正極活物質層を有する、リチウムイオン二次電池用正極。
13>前記<12>のリチウムイオン二次電池用正極、負極、セパレータおよび非水電解質を有する、リチウムイオン二次電池。
【発明の効果】
【0009】
本発明の正極活物質によれば、放電容量が高く、かつサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池を得ることができる。
本発明の正極活物質の製造方法によれば、放電容量が高く、かつサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池を得ることができる正極活物質を製造できる。
本発明のリチウムイオン二次電池用正極によれば、放電容量が高く、サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池を得ることができる。
本発明のリチウムイオン二次電池は、放電容量が高く、サイクル特性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】濃縮法による水酸化物の製造装置の一例を示す概略構成図である。
図2】例1および2のリチウム含有複合酸化物のX線回折パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下の用語の定義は、本明細書および特許請求の範囲にわたって適用される。
「活性化処理」とは、リチウムリッチ系正極活物質に含まれるリチウム含有複合酸化物から所定量のLiOを引き抜く処理を意味する。この処理により、リチウムリッチ系正極活物質が充放電可能になる。ここで、活性化処理の条件は特に限定されない。具体的な活性化処理の方法としては、実施例に記載の方法を採用できる。
「比表面積」は、BET(Brunauer,Emmet,Teller)法によって吸着等温線から求めた比表面積である。吸着等温線の測定では、吸着ガスとして窒素ガスを用いる。また、水酸化物の吸着等温線の測定では、実施例に記載の条件にて乾燥した水酸化物を用いる。
【0012】
「D50」は、体積基準で求めた粒度分布の全体積を100%とした累積体積分布曲線において50%となる点の粒子径、すなわち体積基準累積50%径である。
「D10」は、体積基準で求めた粒度分布の全体積を100%とした累積体積分布曲線において10%となる点の粒子径、すなわち体積基準累積10%径である。
「D90」は、体積基準で求めた粒度分布の全体積を100%とした累積体積分布曲線において90%となる点の粒子径、すなわち体積基準累積90%径である。
「粒度分布」は、レーザー散乱粒度分布測定装置(たとえば、レーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置等)で測定した頻度分布および累積体積分布曲線から求められる。測定は、粉末を水媒体中に超音波処理等で充分に分散させて行われる。
「結晶子径」は、X線回折パターンにおける特定の(abc)面のピークについて、該ピークの回折角2θ(deg)および半値幅B(rad)から下記シェラーの式によって求める。下記式中、Dabcは、(abc)面の結晶子径であり、λはX線の波長である。
abc=(0.9λ)/(Bcosθ)
【0013】
「水酸化物」は、水酸化物、および水酸化物が一部酸化しているオキシ水酸化物を含む。すなわち、Z(OH)と記載している化合物(ただし、ZはLi以外の金属元素である。)は、Z(OH)、ZOOHおよびこれらの混合物を含む。
「Li」との表記は、特に言及しない限り当該金属単体ではなく、Li元素であることを示す。Ni、Co、Mn、Ti等の他の元素の表記も同様である。
水酸化物およびリチウム含有複合酸化物の組成分析は、誘導結合プラズマ分析法(ICP)によって行う。また、リチウム含有複合酸化物の元素の比率は、活性化処理前のリチウム含有複合酸化物における値である。
【0014】
<正極活物質>
本発明の正極活物質(以下、本正極活物質とも記す。)は、リチウムイオン二次電池の正極に含まれる正極活物質であり、特定のリチウム含有複合酸化物(以下、単に、複合酸化物とも記す。)の粒子を含む。また、本正極活物質は、複合酸化物の粒子からなるものでよいが、複合酸化物の粒子の表面を被覆物で被覆した形態としてもよい。
【0015】
(リチウム含有複合酸化物)
本正極活物質は下記式1で表される複合酸化物を含む。このため、本正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池の放電容量が高く、サイクル特性に優れる。
LiαNiCoMnTi2+δ ・・・式1
ただし、上記式1における、α、a、b、c、d、e、δおよびMのそれぞれの定義は前記したとおりであるが、それぞれ、以下であるのが好ましい。
【0016】
式1において、αが前記範囲内であれば、リチウムイオン二次電池の放電容量が高い。αは1.1〜1.7が好ましく、1.3〜1.7がより好ましい。
式1において、aが前記範囲内であれば、リチウムイオン二次電池の放電容量および放電電圧が高い。aは0.2〜0.5が好ましく、0.2〜0.4がより好ましい。式1において、bが前記範囲内であれば、リチウムイオン二次電池のレート特性に優れる。bは、0〜0.07が好ましく、0〜0.05がより好ましい。
式1において、cが前記範囲内であれば、リチウムイオン二次電池の放電電圧および放電容量が高い。cは、0.45〜0.8が好ましく、0.5〜0.78がより好ましい。
式1において、dが前記範囲内であれば、リチウムイオン二次電池のサイクル特性が優れる。dは、0.02〜0.1が好ましく、0.02〜0.08がより好ましい。
式1において、eが前記範囲内であれば、本発明の効果を損なうことがない。eは、0〜0.05が好ましく、0〜0.03がより好ましい。
式1において、酸素(O)のモル比である2+δは、Li、Ni、Co、Mn、TiおよびMの原子価を満足するのに必要な酸素のモル比である。
【0017】
複合酸化物は、必要に応じて、Mg、Al、Ca、V、Cr、Fe、Cu、Zn、Ga、Ge、Sr、Y、Nb、Mo、Sn、Ba、LaおよびCeからなる群から選ばれる1種以上の他の元素Mを含んでいてもよい。リチウムイオン二次電池の放電容量がさらに高い点から、複合酸化物に含まれる他の元素はMg、Al、CrおよびFeからなる群から選ばれる1種以上が好ましい。
【0018】
複合酸化物は、TiおよびMを含まない場合、空間群C2/mの層状岩塩型結晶構造を有するLi(Li1/3Mn2/3)O(リチウム過剰相)と、空間群R−3mの層状岩塩型結晶構造を有するLiZO(ただし、ZはNiおよびMnであり、必要に応じてCoを含む。)との固溶体である。Tiを含む場合、層状岩塩型結晶構造におけるMnの一部が、同じ4価のTiによって置換される。なお、Ti以外の4価の元素であるZrまたはSiを含む場合、層状岩塩型結晶構造におけるMnは置換されず、ZrまたはSiを含む不純物が析出するおそれがある。
固溶体系のリチウム含有複合酸化物が空間群C2/mの結晶構造および空間群R−3mの結晶構造を有することは、X線回折測定により確認できる。
【0019】
X線回折測定は、実施例に記載の方法および条件で行う。空間群R−3mの結晶構造に帰属される(003)面のピークは、2θ=18〜20degに現れるピークである。空間群R−3mの結晶構造に帰属される(110)面のピークは、2θ=64〜66degに現れるピークである。空間群C2/mの結晶構造に帰属される(020)面のピークは、2θ=20〜22degに現れるピークである。
【0020】
複合酸化物は、X線回折パターンにおける、空間群R−3mの結晶構造に帰属される(003)面のピークの高さ(H003)に対する、空間群C2/mの結晶構造に帰属される(020)面のピークの高さ(H020)の比(H020/H003)が、0.02以上である。複合酸化物において、空間群C2/mの結晶構造に帰属される(020)面のピークが存在することは、複合酸化物にリチウム過剰相が存在することを意味する。よって、H020/H003が0.02以上であれば、リチウムイオン二次電池の放電容量を高くできる。H020/H003は、0.025以上が好ましく、0.03以上がより好ましい。H020/H003は、リチウムイオン二次電池のレート特性を良好にしやすい点から、0.1以下が好ましい。
【0021】
複合酸化物のD003は、30〜120nmが好ましく、60〜140nmがより好ましく、80〜115nmがさらに好ましい。D003が前記下限値以上であれば、複合酸化物を含む正極活物質を有するリチウムイオン二次電池のサイクル特性を良好にしやすい。D003が前記上限値以下であれば、複合酸化物を含む正極活物質を有するリチウムイオン二次電池の放電容量を高くしやすい。
【0022】
複合酸化物のD110は、10〜80nmが好ましく、30〜80nmがより好ましく、40〜70nmがさらに好ましい。D110が前記下限値以上であれば、結晶構造の安定性が向上する。D003が前記上限値以下であれば、前記複合酸化物を含む正極活物質を有するリチウムイオン二次電池のサイクル特性を良好にしやすい。
【0023】
(被覆物)
本正極活物質において、複合酸化物の粒子の表面に被覆物を有すると、複合酸化物と非水電解質との接触頻度が減少する。その結果、充放電サイクル中に、複合酸化物のMn等の遷移金属元素が非水電解質に溶出することを低減できるため、リチウムイオン二次電池のサイクル特性がさらに優れる。
【0024】
被覆物としては、他の電池特性を下げることなく、リチウムイオン二次電池のサイクル特性がさらに優れる点から、Al化合物(Al、AlOOH、Al(OH)等)が好ましい。
被覆物は、複合酸化物の粒子の表面に存在すればよく、複合酸化物の粒子の全面に存在してもよく、複合酸化物の粒子の一部に存在してもよい。また、複合酸化物の粒子は、通常、一次粒子が複数凝集した二次粒子であることから、被覆物は、複合酸化物の一次粒子の表面に存在してもよく、二次粒子の表面に存在してもよい。被覆物の存在は、電子顕微鏡(SEM)の反射像のコントラストまたは電子線マイクロアナライザ(EPMA)により確認できる。
【0025】
被覆物は、複合酸化物の質量に対する被覆物の質量割合で、0.01%以上が好ましく、0.05%以上がより好ましく、0.1%以上が特に好ましい。該質量割合は、複合酸化物の質量に対して10%以下が好ましく、5%以下がより好ましく、3%以下が特に好ましい。複合酸化物の粒子の表面に被覆物が存在することで、複合酸化物の粒子の表面での非水電解質の酸化反応を抑制でき、電池寿命を向上できる。
【0026】
(正極活物質)
本正極活物質の比表面積は、2.05m/g以下が好ましく、0.5〜2.05m/gがより好ましく、1〜2.05m/gがさらに好ましい。比表面積が前記範囲の下限値以上であれば、リチウムイオン二次電池の放電容量がさらに高い。比表面積が前記範囲の上限値以下であれば、リチウムイオン二次電池のサイクル特性がさらに優れる。本正極活物質の比表面積は、実施例に記載の方法で測定される。
【0027】
本正極活物質のD90/D10は、4以下であり、3.5以下が好ましく、3以下がより好ましい。D90/D10が前記範囲内であれば、後述する理由から、リチウムイオン二次電池のサイクル特性に優れる。D90/D10の下限値は、小さければ小さいほどよく、特に限定されない。
本正極活物質のD50は、3〜15μmが好ましく、3〜12μmがより好ましく、4〜10μmがさらに好ましい。D50が前記範囲内であれば、リチウムイオン電池の放電容量を高くしやすい。
【0028】
以上説明した本正極活物質は、式1で表される複合酸化物を含む、いわゆるリチウムリッチ系正極活物質であり、かつ複合酸化物のH020/H003が0.02以上であるため、放電容量が高いリチウムイオン二次電池を得ることができる。また、複合酸化物の結晶構造におけるMnの一部を4価で安定なTiで置換しているため、サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池が得られる。
また、本正極活物質のD90/D10が4以下であるため、本正極活物質に含まれる粗大粒子の割合が極めて少ない。そのため、正極活物質をリチウムイオン二次電池の正極の正極活物質層に含ませた場合、正極活物質層の表面が平坦となり、特定の正極活物質に電流が集中しにくい。また、正極活物質が劣化しにくく、サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池が得られる。
【0029】
<正極活物質の製造方法>
本正極活物質は、下記の工程(a)〜工程(c)を有する方法によって製造できる。
工程(a):Niの水溶性塩、Mnの水溶性塩およびTiの水溶性塩を含む水溶性金属塩と、アルカリ源とを、水溶液の状態で混合して水酸化物を析出させる工程。
工程(b):水酸化物とリチウム化合物とを混合した混合物を、850〜1100℃の温度で焼成してリチウム含有複合酸化物の粒子を得る工程。
工程(c):必要に応じて、リチウム含有複合酸化物の粒子の表面に被覆物を形成する工程。
【0030】
(工程(a))
工程(a)において水酸化物を析出させる方法としては、アルカリ共沈法が挙げられる。アルカリ共沈法は、Ni、MnおよびTiを含み、必要に応じてCoを含む金属塩水溶液と、アルカリ源を含むpH調整液とを連続的に反応槽に供給して混合し、混合液中のpHを一定に保ちながら、Ni、MnおよびTiを含み、必要に応じてCoを含む水酸化物を析出させる方法である。
【0031】
水溶性金属塩としては、各金属元素の硝酸塩、酢酸塩、塩化物塩、硫酸塩が挙げられ、材料コストが比較的安価であり、優れた電池特性が得られる点から、硫酸塩が好ましい。水溶性金属塩としては、Niの硫酸塩、Mnの硫酸塩、Tiの硫酸塩およびCoの硫酸塩がより好ましい。
【0032】
Niの硫酸塩としては、たとえば、硫酸ニッケル(II)・六水和物、硫酸ニッケル(II)・七水和物、硫酸ニッケル(II)アンモニウム・六水和物等が挙げられる。
Coの硫酸塩としては、たとえば、硫酸コバルト(II)・七水和物、硫酸コバルト(II)アンモニウム・六水和物等が挙げられる。
Mnの硫酸塩としては、たとえば、硫酸マンガン(II)・五水和物、硫酸マンガン(II)アンモニウム・六水和物等が挙げられる。
Tiの硫酸塩としては、たとえば、硫酸チタン(III)、硫酸チタン(IV)、これらの水和物等が挙げられる。
【0033】
金属塩水溶液におけるNi、Co、MnおよびTiの比率は、最終的に得られる複合酸化物(1)に含まれるNi、Co、MnおよびTiの比率と同じにする。
金属塩水溶液中のNi、Co、MnおよびTiの合計濃度は、0.1〜3mol/kgが好ましく、0.5〜2.5mol/kgがより好ましい。該合計濃度が前記下限値以上であれば、生産性に優れる。該合計濃度が前記上限値以下であれば、水溶性金属塩を水に充分に溶解できる。
【0034】
金属塩水溶液は、水以外の水性媒体を含んでいてもよい。
水以外の水性媒体としては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ブタンジオール、グリセリン等が挙げられる。水以外の水性媒体の割合は、安全面、環境面、取扱性、コストの点から、水100質量部に対して、0〜20質量部が好ましく、0〜10質量部がより好ましく、0〜1質量部が特に好ましい。
【0035】
pH調整液としては、アルカリ源として強アルカリを含む水溶液が好ましい。
強アルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムおよび水酸化リチウムからなる群から選ばれる少なくとも1種が好ましく、製造コストを低くできる点で、水酸化ナトリウムがより好ましい。
【0036】
金属塩水溶液とpH調整液との混合中は、共沈反応を適切に進める点から、反応槽内の混合液のpHを10〜12の範囲で設定したpHに保つことが好ましい。該pHが10以上であれば、共沈物は水酸化物とみなされる。該pHが12以下であれば、D90/D10が4以下になりやすい。
【0037】
金属塩水溶液とpH調整液とを混合する際の温度は、30〜70℃が好ましく、40〜60℃がより好ましい。温度が前記範囲の下限値以上であれば、タップ密度の高い共沈物を得やすい。温度が前記範囲の上限値以下であれば、リチウムイオン二次電池の放電容量を高くできるリチウム複合酸化物を得やすい。
【0038】
混合液には、Niイオン、Coイオン、MnイオンおよびTiイオンの溶解度を調整するために、錯化剤(アンモニア水溶液または硫酸アンモニウム水溶液)を加えてもよい。
錯化剤としては、混合液のpHを前記範囲に制御しやすいことから、硫酸アンモニウム水溶液が好ましい。
硫酸アンモニウムの添加量は、水溶性金属塩に含まれる金属のモル量(X)に対するアンモニウムイオンのモル量(NH)の比(NH/X)が0.01〜0.2となる量が好ましく、0.05〜0.15となる量がより好ましい。該添加量が前記範囲の下限値以上であれば、タップ密度の高い共沈物を得やすい。該添加量が前記範囲の上限値以下であれば、リチウムイオン二次電池の放電容量を高くできるリチウム複合酸化物を得やすい。
【0039】
混合液には、比較的大きい細孔が比較的多く存在する水酸化物を得るために、水溶性有機物(ただし、糖類を除く。)を加えてもよい。
水溶性有機物としては、アルコール、エーテル等が挙げられる。アルコールとしては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ブタンジオール、グリセリン等が挙げられる。水溶性有機物としては、揮発性が低い点から、ポリエチレングリコールが特に好ましい。
【0040】
金属塩水溶液とpH調整液とは、図1に示すように、反応槽10中にて、撹拌装置12に取り付けられた撹拌翼14よって撹拌しながら混合することが好ましい。
撹拌装置としては、スリーワンモータ等が挙げられる。撹拌翼としては、アンカー型、プロペラ型、パドル型等が挙げられる。
【0041】
金属塩水溶液とpH調整液との混合は、水酸化物の酸化を抑制する点から、窒素雰囲気下またはアルゴン雰囲気下等の不活性雰囲気下で行うことが好ましい。コストの点から、窒素雰囲気下で行うことが特に好ましい。
【0042】
水酸化物を析出させる方法としては、図1に示すように、反応槽10内の混合液をろ材16(ろ布等)を用いて抜き出して水酸化物を濃縮しながら析出反応を行う方法(以下、濃縮法と記す。)と、反応槽内の混合液をろ材を用いずに水酸化物とともに抜き出して水酸化物の濃度を低く保ちながら析出反応を行う方法(以下、オーバーフロー法と記す。)の2種類が挙げられる。粒度分布の広がりを狭くできる点から、濃縮法が好ましい。
【0043】
水酸化物は、不純物イオンを取り除くために、洗浄されることが好ましい。洗浄方法としては、加圧ろ過と蒸留水への分散とを繰り返し行う方法等が挙げられる。洗浄を行う場合、水酸化物を蒸留水へ分散させたときの上澄み液またはろ液の電気伝導度が50mS/m以下になるまで繰り返すことが好ましく、20mS/m以下になるまで繰り返すことがより好ましい。
【0044】
洗浄後、必要に応じて水酸化物を乾燥させてもよい。乾燥温度は、60〜200℃が好ましく、80〜130℃がより好ましい。乾燥温度が前記下限値以上であれば、乾燥時間を短縮できる。乾燥温度が前記上限値以下であれば、水酸化物の酸化の進行を抑えることができる。
乾燥時間は、水酸化物の量により適切に設定すればよく、1〜300時間が好ましく、5〜120時間がより好ましい。
【0045】
水酸化物の比表面積は、3〜100m/gが好ましく、5〜70m/gがより好ましい。該比表面積が前記範囲内であれば、本正極活物質の比表面積を好ましい範囲に制御しやすい。なお、該比表面積は、水酸化物を120℃で15時間乾燥した後に測定した値である。
【0046】
水酸化物のD50は、3.5〜15.5μmが好ましく、3.5〜12.5μmがより好ましく、4.5〜10.5μmがさらに好ましい。該D50が前記範囲内であれば、本正極活物質のD50を好ましい範囲に制御しやすい。
【0047】
(工程(b))
水酸化物とリチウム化合物とを混合し、焼成することによって、複合酸化物が形成される。リチウム化合物としては、炭酸リチウム、水酸化リチウムおよび硝酸リチウムからなる群から選ばれる1種が好ましい。製造工程での取扱いの容易性の点から、炭酸リチウムがより好ましい。
水酸化物とリチウム化合物とを混合する方法としては、たとえば、ロッキングミキサ、ナウタミキサ、スパイラルミキサ、カッターミル、Vミキサ等を使用する方法等が挙げられる。
【0048】
水酸化物に含まれる金属のモル量(X)に対するリチウム化合物に含まれるLiのモル量(Li)の比(Li/X)は、1〜1.8が好ましく、1.1〜1.7がより好ましく、1.3〜1.7がさらに好ましい。Li/Xが前記範囲内であれば、式1の複合酸化物におけるαの範囲を所望の範囲にでき、リチウムイオン二次電池の放電容量が高い。
【0049】
焼成装置としては、電気炉、連続焼成炉、ロータリーキルン等が挙げられる。
焼成時に水酸化物が酸化されることから、焼成は大気下で行うことが好ましく、空気を供給しながら行うことが特に好ましい。空気の供給速度は、炉の内容積1Lあたり、10〜200mL/分が好ましく、40〜150mL/分がより好ましい。
焼成時に空気を供給することによって、水酸化物に含まれる金属元素が充分に酸化される。その結果、結晶性が高く、かつ空間群C2/mの結晶構造および空間群R−3mの結晶構造を有する複合酸化物が得られる。
【0050】
焼成温度は、850〜1100℃であり、900〜1050℃が好ましく、950〜1050℃がより好ましい。焼成温度が前記範囲の下限値以上であれば、H020/H003、D003およびD110を上述した範囲にしやすい。焼成温度が前記範囲の上限値以下であれば、焼成過程においてLiの揮発を抑制でき、Liについて仕込み比どおりの複合酸化物が得られる。焼成時間は、4〜40時間が好ましく、4〜20時間がより好ましい。
【0051】
焼成は、1段焼成であってもよく、仮焼成を行った後に本焼成を行う2段焼成であってもよい。Liが複合酸化物中に均一に拡散しやすい点から、2段焼成が好ましい。2段焼成を行う場合、本焼成の温度を上記した焼成温度の範囲で行う。そして、仮焼成の温度は、400〜700℃が好ましく、500〜650℃がより好ましい。
【0052】
(工程(c))
被覆物を形成する方法としては、粉体混合法、気相法、スプレーコート法、浸漬法等が挙げられる。以下、被覆物がAl化合物である例について説明する。
粉体混合法とは、複合酸化物の粒子とAl化合物とを混合した後に加熱する方法である。気相法とは、アルミニウムエトキシド、アルミニウムイソプロポキシド、アルミニウムアセチルアセトナート等のAlを含む有機化合物を気化し、該有機化合物を複合酸化物の粒子の表面に接触させ、反応させる方法である。スプレーコート法とは、複合酸化物の粒子にAlを含む溶液を噴霧した後、加熱する方法である。
また、複合酸化物の粒子に、Al化合物を形成するためのAl水溶性化合物(酢酸アルミニウム、シュウ酸アルミニウム、クエン酸アルミニウム、乳酸アルミニウム、塩基性乳酸アルミニウム、硝酸アルミニウム等)を溶媒に溶解させた水溶液をスプレーコート法等で接触させた後、加熱して溶媒を除去することによって、複合酸化物の粒子の表面にAl化合物を含む被覆物を形成してもよい。
【0053】
以上説明した本正極活物質の製造方法にあっては、水酸化物とリチウム化合物とを混合した混合物を、850〜1100℃の温度で焼成している。そのため、Li/Xを適切な範囲とすることによって、放電容量が高いリチウムイオン二次電池を得ることができるリチウムリッチ系正極活物質を製造できる。
また、Niの水溶性塩、Mnの水溶性塩およびTiの水溶性塩を含む水溶性金属塩と、アルカリ源とを、水溶液の状態で混合して水酸化物を析出させる、いわゆる共沈法を採用しているため、複合酸化物の結晶構造におけるMnの一部を4価で安定なTiで均一に置換できる。そのため、不純物がなくサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池を得ることができる正極活物質を製造できる。
また、共沈法を採用しているため、噴霧乾燥法に比べ粒度分布の狭い水酸化物を得ることができる。そのため、複合酸化物の粒子の粒度分布を狭く、具体的には正極活物質のD90/D10を4以下とすることができる。そのため、サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池を得ることができる正極活物質を製造できる。
また、共沈法によって水酸化物を得る際にTiをあらかじめ添加しておく方法によれば、後ドープによって結晶構造におけるMnの一部をTiに置換する方法に比べ、Tiの量が多くなっても単相が得られやすい、組成が変わらない、工程が増えずコストが上がらない等の利点がある。
【0054】
<リチウムイオン二次電池用正極>
本発明のリチウムイオン二次電池用正極(以下、本正極と記す。)は、本正極活物質を含むものである。具体的には、本正極は、正極集電体上に、本正極活物質、導電材およびバインダを含む正極活物質層を有するものである。
【0055】
導電材としては、カーボンブラック(アセチレンブラック、ケッチェンブラック等)、黒鉛、気相成長カーボン繊維、カーボンナノチューブ等が挙げられる。
バインダとしては、フッ素系樹脂(ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン等)、ポリオレフィン(ポリエチレン、ポリプロピレン等)、不飽和結合を有する重合体または共重合体(スチレン・ブタジエンゴム、イソプレンゴム、ブタジエンゴム等)、アクリル酸系重合体または共重合体(アクリル酸共重合体、メタクリル酸共重合体等)等が挙げられる。
正極集電体としては、アルミニウム箔、ステンレススチール箔等が挙げられる。
【0056】
本正極は、たとえば、下記の方法によって製造できる。
本正極活物質、導電材およびバインダを、媒体に溶解または分散させてスラリーを得る。得られたスラリーを正極集電体に塗工し、乾燥等により、媒体を除去することによって、正極活物質層を形成する。必要に応じて、正極活物質層を形成した後に、ロールプレス等で圧延してもよい。これにより、本正極を得る。
または本正極活物質、導電材およびバインダを、媒体と混練することによって、混練物を得る。得られた混練物を正極集電体に圧延することにより本正極を得る。
【0057】
<リチウムイオン二次電池>
本発明のリチウムイオン二次電池(以下、本電池と記す。)は、本正極を有するものである。具体的には、本正極、負極、セパレータおよび非水電解質を含むものである。
【0058】
(負極)
負極は、負極活物質を含むものである。具体的には、負極活物質、必要に応じて導電材およびバインダを含む負極活物質層が、負極集電体上に形成されたものである。
負極活物質は、比較的低い電位でリチウムイオンを吸蔵、放出可能な材料であればよい。負極活物質としては、リチウム金属、リチウム合金、リチウム化合物、炭素材料、周期表14族の金属を主体とする酸化物、周期表15族の金属を主体とする酸化物、炭素化合物、炭化ケイ素化合物、酸化ケイ素化合物、硫化チタン、炭化ホウ素化合物等が挙げられる。
【0059】
負極活物質の炭素材料としては、難黒鉛化性炭素、人造黒鉛、天然黒鉛、熱分解炭素類、コークス類(ピッチコークス、ニードルコークス、石油コークス等)、グラファイト類、ガラス状炭素類、有機高分子化合物焼成体(フェノール樹脂、フラン樹脂等を適当な温度で焼成し炭素化したもの)、炭素繊維、活性炭、カーボンブラック類等が挙げられる。
負極活物質に使用する周期表14族の金属としては、Si、Snが挙げられ、Siが好ましい。他の負極活物質としては、酸化鉄、酸化ルテニウム、酸化モリブデン、酸化タングステン、酸化チタン、酸化スズ等の酸化物、その他の窒化物等が挙げられる。
【0060】
負極の導電材、バインダとしては、正極と同様のものを用いることができる。
負極集電体としては、ニッケル箔、銅箔等の金属箔が挙げられる。
【0061】
負極は、たとえば、負極活物質、導電材およびバインダを、媒体に溶解または分散させてスラリーを得る。得られたスラリーを負極集電体に塗布、乾燥、プレスすること等によって媒体を除去し、負極を得ることができる。
【0062】
(非水電解質)
非水電解質としては、有機溶媒に電解質塩を溶解させた非水電解液;無機固体電解質;電解質塩を混合または溶解させた固体状またはゲル状の高分子電解質等が挙げられる。
有機溶媒としては、非水電解液用の有機溶媒として公知のものが挙げられる。具体的には、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、1,2−ジメトキシエタン、1,2−ジエトキシエタン、γ−ブチロラクトン、ジエチルエーテル、スルホラン、メチルスルホラン、アセトニトリル、酢酸エステル、酪酸エステル、プロピオン酸エステル等が挙げられる。電圧安定性の点からは、環状カーボネート類(プロピレンカーボネート等)、鎖状カーボネート類(ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート等)が好ましい。有機溶媒は、1種を単独でも、2種以上を混合して用いてもよい。
【0063】
無機固体電解質は、リチウムイオン伝導性を有する材料であればよい。無機固体電解質としては、窒化リチウム、ヨウ化リチウム等が挙げられる。
固体状高分子電解質に用いられる高分子としては、エーテル系高分子化合物(ポリエチレンオキサイド、その架橋体等)、ポリメタクリレートエステル系高分子化合物、アクリレート系高分子化合物等が挙げられる。該高分子化合物は、1種を単独でも、2種類以上を混合して用いてもよい。
【0064】
ゲル状高分子電解質に用いられる高分子としては、フッ素系高分子化合物(ポリフッ化ビニリデン、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体等)、ポリアクリロニトリル、アクリロニトリル共重合体、エーテル系高分子化合物(ポリエチレンオキサイド、その架橋体等)等が挙げられる。共重合体に共重合させるモノマとしては、ポリプロピレンオキサイド、メタクリル酸メチル、メタクリル酸ブチル、アクリル酸メチル、アクリル酸ブチル等が挙げられる。
該高分子化合物としては、酸化還元反応に対する安定性の点から、フッ素系高分子化合物が好ましい。
【0065】
電解質塩は、リチウムイオン二次電池に用いられるものであればよい。電解質塩としては、LiClO、LiPF、LiBF、CHSOLi等が挙げられる。
正極と負極の間には、短絡を防止するためにセパレータを介在させてもよい。セパレータとしては、多孔膜が挙げられる。非水電解液は該多孔膜に含浸させて用いる。また、多孔膜に非水電解液を含浸させてゲル化させたものをゲル状電解質として用いてもよい。
【0066】
電池外装体の材料としては、ニッケルメッキを施した鉄、ステンレス、アルミニウムまたはその合金、ニッケル、チタン、樹脂材料、フィルム材料等が挙げられる。
リチウムイオン二次電池の形状としては、コイン型、シート状(フィルム状)、折り畳み状、巻回型有底円筒型、ボタン型等が挙げられ、用途に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0067】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。なお、例2、4、6、8、9は実施例であり、例1、3、5、7、10は比較例である。
【0068】
(粒度分布)
水酸化物または正極活物質を水中に超音波処理によって充分に分散させ、レーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置(日機装社製、MT−3300EX)により測定を行い、頻度分布および累積体積分布曲線を得ることで体積基準の粒度分布を得た。得られた累積体積分布曲線からD10、D50、D90を求めた。
【0069】
(比表面積)
水酸化物または正極活物質の比表面積は、比表面積測定装置(マウンテック社製、HM model−1208)を用い、窒素吸着BET法により算出した。脱気は、水酸化物は105℃、1時間、正極活物質は200℃、20分の条件で行った。
【0070】
(組成分析)
水酸化物または複合酸化物の組成分析は、プラズマ発光分析装置(SIIナノテクノロジー社製、SPS3100H)によって行った。組成分析から求めたLi、Ni、Co、Mnのモル量の比から、水酸化物におけるNi、Co、MnおよびTiの合計モル量(X)に対するNi、Co、MnおよびTiのモル量の比(Ni/X、Co/X、Mn/XおよびTi/X)、ならびに複合酸化物LiαNiCoMnTi2+δにおけるα、a、b、c、dを算出した。
【0071】
(X線回折)
複合酸化物のX線回折は、X線回折装置(リガク社製、装置名:SmartLab)を用いて測定した。測定条件を表1に示す。測定は25℃で行った。測定前に、複合酸化物の1gとX線回折用標準試料640eの30mgとをメノウ乳鉢で混合し、これを測定試料とした。
得られたX線回折パターンについてリガク社製の統合粉末X線解析ソフトウェアPDXL2を用いてピーク検索を行った。各ピークから、H020/H003、D003およびD110を求めた。
【0072】
【表1】
【0073】
(正極体シートの製造)
各例で得られた正極活物質、導電材である導電性カーボンブラック、およびバインダであるポリフッ化ビニリデンを、質量比で88:6:6となるように秤量し、これらをN−メチルピロリドンに加えて、スラリーを調製した。
該スラリーを、正極集電体である厚さ20μmのアルミニウム箔の片面にドクターブレードにより塗工した。ドクターブレードのギャップは圧延後のシート厚さが20μmとなるように調整した。これを120℃で乾燥した後、ロールプレス圧延を2回行い、正極材シートを作製した。
【0074】
(リチウムイオン二次電池の製造)
正極材シートを24×40mmの長方形に打ち抜いたものを正極とした。負極材には人造黒鉛を用い、人造黒鉛のシートを44×28mmの長方形に打ち抜いたものを負極とした。セパレータとしては、厚さ25μmの多孔質ポリプロピレンを用いた。
非水電解質としては、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとの容積比3:7の混合溶液に、濃度が1mol/dmとなるようにLiPFを溶解させた非水電解液を用いた。
正極、負極、セパレータおよび非水電解質を用い、ラミネート型のリチウムイオン二次電池をドライ雰囲気のグローブボックス内で組み立てた。
【0075】
(活性化処理)
各例の正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池について、正極活物質1gにつき26mAの負荷電流で4.75Vまで定電流充電した。
定電流充電した後、正極活物質1gにつき26mAの負荷電流で2Vまで定電流放電し、活性化処理とした。また、このときの放電容量を初回放電容量とした。
【0076】
(サイクル試験)
活性化処理されたリチウムイオン二次電池について、正極活物質1gにつき200mAの負荷電流で4.45Vまで90分間定電流+定電圧充電した。その後、正極活物質1gにつき200mAの負荷電流で2Vまで定電流放電した。該充放電サイクルを合計で100回繰り返した。2サイクル目の放電容量と100サイクル目の放電容量とから、下式により100c/2cサイクル容量維持率(%)を求めた。
100c/2cサイクル容量維持率=
(100サイクル目の放電容量/2サイクル目の放電容量)×100
【0077】
(例1)
硫酸ニッケル(II)六水和物(関東化学社製、試薬)、硫酸コバルト(II)・七水和物(関東化学社製、試薬)および硫酸マンガン(II)五水和物(関東化学社製、試薬)を、Ni、CoおよびMnのモル量の比が表2に示す比になるように、かつ硫酸塩の合計量が1.5mol/kgとなるように蒸留水に溶解して、硫酸塩水溶液を得た。
pH調整液として、水酸化ナトリウムを、濃度が1.5mol/kgとなるように蒸留水に溶解した水酸化ナトリウム水溶液を得た。
錯化剤として、硫酸アンモニウムを、濃度が1.5mol/kgとなるように蒸留水に溶解して硫酸アンモニウム水溶液を得た。
【0078】
2Lのバッフル付きガラス製反応槽に蒸留水を入れてマントルヒータで50℃に加熱した。反応槽内の液をパドル型の撹拌翼で撹拌しながら、硫酸塩水溶液を5.0g/分、硫酸アンモニウム水溶液を0.5g/分の速度で12時間添加し、かつ混合液のpHを10.5に保つようにpH調整液を添加して、Ni、CoおよびMnを含む水酸化物を析出させた。原料溶液を添加している間、反応槽内に窒素ガスを流量1.0L/分で流した。また、反応槽内の液量が2Lを超えないようにろ布を用いて連続的に水酸化物を含まない液の抜き出しを行った。得られた水酸化物から不純物イオンを取り除くため、加圧ろ過と蒸留水への分散を繰り返し、洗浄を行った。ろ液の電気伝導度が20mS/m以下となった時点で洗浄を終了し、水酸化物を120℃で15時間乾燥させた。
【0079】
水酸化物と炭酸リチウムとを、Liのモル量とNi、Co、MnおよびTiの合計モル量(X)との比(Li/X)が表3に示す比となるように混合し、混合物を得た。
電気炉内にて、空気を供給しながら、空気中、600℃で混合物を3時間かけて仮焼成して、仮焼成物を得た。
電気炉内にて、空気を供給しながら、空気中、990℃で仮焼成物を16時間かけて本焼成して、複合酸化物の粒子を得た。該複合酸化物の粒子を正極活物質として用いた。各種測定および評価の結果を表2〜表4および図2に示す。
【0080】
(例2)
硫酸ニッケル(II)六水和物、硫酸コバルト(II)・七水和物、硫酸マンガン(II)五水和物および濃度が24質量%の硫酸チタン(IV)水溶液(関東化学社製、試薬)を、Ni、Co、MnおよびTiのモル量の比が表2に示す比になるように、かつ硫酸塩の合計量が1.5mol/kgとなるように蒸留水に溶解して、硫酸塩水溶液を得た。
【0081】
例2の硫酸塩水溶液を用いた以外は、例1と同様にして例2の水酸化物および複合酸化物の粒子を得た。該リチウム含有複合酸化物の粒子を正極活物質として用いた。各種測定および評価の結果を表2〜表4および図2に示す。
【0082】
(例3、5、7)
表2および表3に示す仕込み、条件とした以外は、例1と同様にして例3、5、7の水酸化物および複合酸化物の粒子を得た。該複合酸化物の粒子を正極活物質として用いた。各種測定および評価の結果を表2〜表4に示す。
【0083】
(例4、6、8)
表2および表3に示す仕込み、条件とした以外は、例2と同様にして例4、6、8の水酸化物および複合酸化物の粒子を得た。該複合酸化物の粒子を正極活物質として用いた。各種測定および評価の結果を表2〜表4に示す。
【0084】
(例9)
水溶性有機物としてポリエチレングリコール(関東化学社製、PEG#6000)を、得られる水酸化物の質量に対するポリエチレングリコールの質量の比(ポリエチレングリコール/水酸化物)が0.05となるように硫酸塩水溶液に添加し、本焼成の温度を変更した以外は、例4と同様にして例9の水酸化物および複合酸化物の粒子を得た。該複合酸化物の粒子を正極活物質として用いた。各種測定および評価の結果を表2〜表4に示す。
【0085】
(例10)
TiO換算で9.1質量%のクエン酸チタン溶液を用意した。
酢酸リチウム・二水和物(関東化学社製、試薬)の55.4g、酢酸ニッケル・四水和物(関東化学社製、試薬)の21.7g、酢酸マンガン・四水和物(関東化学社製、試薬)の59.8g、クエン酸チタン溶液の15.4gおよびクエン酸(関東化学社製、試薬)の134.8gを、1148.0gの蒸留水に溶解させて水溶液を得た。
水溶液をスプレードライヤ(ヤマト科学社製、GS−310)を用い、送液速度5mL/分で乾燥した。入り口温度は160℃とし、窒素フローをしながら噴霧乾燥した。噴霧圧を0.12MPa、オリフィス圧を0.7kPaとした。得られた乾燥物を、焼成炉(モトヤマ社製、SKM−3035F)を用いて200℃で3時間、400℃で3時間、600℃で12時間加熱して熱分解処理し、前駆体を得た。前駆体を、焼成炉(モトヤマ社製、SK―3035F)を用いて990℃で12時間焼成して、複合酸化物の粒子を得た。該複合酸化物の粒子を正極活物質として用いた。各種測定および評価の結果を表2〜表4に示す。
【0086】
【表2】
【0087】
【表3】
【0088】
【表4】
【0089】
実施例の正極活物質を用いた例2、4、6、8、9のリチウムイオン二次電池は、比較例の正極活物質を用いた例1、3、5、7のリチウムイオン二次電池に比べ、初回放電容量がやや低かったものの、初回放電容量は充分であった。また、例2、4、6、8、9のリチウムイオン二次電池は、例1、3、5、7のリチウムイオン二次電池に比べ、サイクル特性に優れていた。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明の正極活物質によれば、放電容量およびサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池を得ることができる。
【符号の説明】
【0091】
10: 反応槽、 12:撹拌装置、 14:撹拌翼、 16:ろ材。
【0092】
なお、2016年5月24日に出願された日本特許出願2016−103134号の明細書、特許請求の範囲、図面、及び要約書の全内容をここに引用し、本発明の明細書の開示として、取り入れるものである。
図1
図2