特許第6983494号(P6983494)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6983494リチウムイオン電池用正極活物質、リチウムイオン電池用正極、及び、リチウムイオン電池
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  • 特許6983494-リチウムイオン電池用正極活物質、リチウムイオン電池用正極、及び、リチウムイオン電池 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6983494
(24)【登録日】2021年11月26日
(45)【発行日】2021年12月17日
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池用正極活物質、リチウムイオン電池用正極、及び、リチウムイオン電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20211206BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20211206BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20211206BHJP
【FI】
   H01M4/525
   C01G53/00 A
   H01M4/505
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-111283(P2016-111283)
(22)【出願日】2016年6月2日
(65)【公開番号】特開2016-225300(P2016-225300A)
(43)【公開日】2016年12月28日
【審査請求日】2018年6月5日
【審判番号】不服2020-2514(P2020-2514/J1)
【審判請求日】2020年2月25日
(31)【優先権主張番号】特願2015-112369(P2015-112369)
(32)【優先日】2015年6月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】樫村 利英
【合議体】
【審判長】 平塚 政宏
【審判官】 増山 慎也
【審判官】 池渕 立
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−12616(JP,A)
【文献】 特開2006−19229(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/076323(WO,A1)
【文献】 特開2014−191925(JP,A)
【文献】 特開平10−308219(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M4/50-4/525
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式:LiaNibCocde2
(前記式において、1.00≦a≦1.08、b≧0.8、b+c+d=1、0.02<d≦0.10、0.001≦e≦0.02、ZはMnまたはAlである。AはZがMnの場合、Al、Mg、Ti、Zn、Zr、Nb、V及びTaから選ばれる少なくとも1種の元素であり、ZがAlの場合、Mg、Ti、Zn、Zr、Nb、V及びTaから選ばれる少なくとも1種の元素である。)
で表され、一次粒子、及び、前記一次粒子を複数集合させて形成した二次粒子で構成され、
前記二次粒子に圧子を負荷速度0.532mN/秒で押し付けることで荷重をかけたとき、二次粒子変位量と荷重が共に増加する第1段変位が生じ、続いて二次粒子変位量が増加した後、二次粒子変位量と荷重が共に増加する第2段変位が生じ、第1段変位と第2段変位の間の二次粒子変位量が増加する区間では、荷重/変位の傾きが、第1段変位の荷重/変位の傾きの1/10以下の大きさ、且つ、第2段変位の荷重/変位の傾きの1/10以下の大きさであるリチウムイオン電池正極活物質。
【請求項2】
前記第1段変位の二次粒子変位量をΔX1としたとき、ΔX1≧D50×0.07となる請求項1に記載のリチウムイオン電池正極活物質。
【請求項3】
前記第2段変位の二次粒子変位量をΔX2としたとき、ΔX2≧D50×0.03となる請求項1又は2に記載のリチウムイオン電池正極活物質。
【請求項4】
前記第1段変位の荷重の最大値が60MPa以下である請求項1〜3のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池正極活物質。
【請求項5】
前記第2段変位の荷重の最大値が110MPa以下である請求項1〜4のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池正極活物質。
【請求項6】
前記二次粒子を構成する一次粒子の径が0.1〜1.0μmである請求項1〜5のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池正極活物質。
【請求項7】
前記二次粒子の平均空隙率が5〜20%である請求項1〜6のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池正極活物質。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池用正極活物質を備えたリチウムイオン電池用正極。
【請求項9】
請求項8に記載のリチウムイオン電池用正極を備えたリチウムイオン電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池用正極活物質、リチウムイオン電池用正極、及び、リチウムイオン電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池の正極活物質には、一般にリチウム含有遷移金属酸化物が用いられている。具体的には、コバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、マンガン酸リチウム(LiMn24)等であり、特性改善(高容量化、サイクル特性、保存特性、内部抵抗低減、レート特性)や安全性を高めるためにこれらを複合化することが進められている。車載用やロードレベリング用といった大型用途におけるリチウムイオン電池には、これまでの携帯電話用やパソコン用とは異なった特性が求められている。
【0003】
このようなリチウムイオン電池において求められる電池特性の向上について、従来、種々の研究・開発が行われている(特許文献1〜3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012−253009号公報
【特許文献2】特開2004−335152号公報
【特許文献3】国際公開第2010/134156号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
例えば、正極活物質のNi組成比を大きくすることで、高容量化する技術があるが、Ni組成比が大きくなればなるほど、繰り返し充放電した時の容量維持率、いわゆるサイクル特性が悪くなる。これは、充放電での膨張収縮で活物質間接触が減少し、導電パスが喪失し、抵抗が増加するためである。
【0006】
また、一般に、正極活物質を導電材と共に、バインダーを含む有機溶剤に混合した後、電極用金属箔にプレスすることで正極が作製されるが、このときのプレスに対して正極活物質の粒子形状が追従できず、正極活物質の粒子間の隙間が増加し、導電パス喪失が大きくなり、その結果、抵抗増加、サイクル特性劣化が大きくなる。
【0007】
さらに、正極活物質を用いた二次電池の充放電サイクルでの膨張収縮に正極活物質の粒子形状が追従できず、正極活物質の粒子間の隙間が増加し、導電パス喪失が大きくなり、その結果、抵抗増加、サイクル特性劣化が大きくなる。
【0008】
このような問題に鑑みて、本発明は、充放電サイクルでの抵抗上昇を抑制し、電池の寿命を長くすることが可能な、電池特性に優れたリチウムイオン電池用正極活物質を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記問題を解決するため種々の検討を行った結果、高Ni組成を有する正極活物質において、二次粒子に所定の荷重をかけたときに、二次粒子変位量と荷重とが共に増加する領域が2段階となるように制御することで、電極作製時のプレス、及び、二次電池の充放電サイクルでの膨張収縮に対し、正極活物質の粒子が変形しやすくなり、当該プレス及び膨張収縮に良好に追従することができることを見出した。そして、その結果、導電パス喪失を抑制し、抵抗増加及びサイクル特性劣化を抑制することができることを見出した。
【0010】
上記知見を基礎にして完成した本発明は一側面において、組成式:LiaNibCocde2(前記式において、1.00≦a≦1.08、b≧0.8、b+c+d=1、0.02<d≦0.10、0.001≦e≦0.02、ZはMnまたはAlである。AはZがMnの場合、Al、Mg、Ti、Zn、Zr、Nb、V及びTaから選ばれる少なくとも1種の元素であり、ZがAlの場合、Mg、Ti、Zn、Zr、Nb、V及びTaから選ばれる少なくとも1種の元素である。)で表され、一次粒子、及び、前記一次粒子を複数集合させて形成した二次粒子で構成され、前記二次粒子に圧子を負荷速度0.532mN/秒で押し付けることで荷重をかけたとき、二次粒子変位量と荷重が共に増加する第1段変位が生じ、続いて二次粒子変位量が増加した後、二次粒子変位量と荷重が共に増加する第2段変位が生じ、第1段変位と第2段変位の間の二次粒子変位量が増加する区間では、荷重/変位の傾きが、第1段変位の荷重/変位の傾きの1/10以下の大きさ、且つ、第2段変位の荷重/変位の傾きの1/10以下の大きさであるリチウムイオン電池正極活物質である。
【0011】
本発明に係るリチウムイオン電池用正極活物質は一実施形態において、前記第1段変位の二次粒子変位量をΔX1としたとき、ΔX1≧D50×0.07となる。
【0012】
本発明に係るリチウムイオン電池用正極活物質は別の一実施形態において、前記第2段変位の二次粒子変位量をΔX2としたとき、ΔX2≧D50×0.03となる。
【0013】
本発明に係るリチウムイオン電池用正極活物質は更に別の一実施形態において、前記第1段変位の荷重の最大値が60MPa以下である。
【0014】
本発明に係るリチウムイオン電池用正極活物質は更に別の一実施形態において、前記第2段変位の荷重の最大値が110MPa以下である。
【0015】
本発明に係るリチウムイオン電池用正極活物質は更に別の一実施形態において、前記二次粒子を構成する一次粒子の径が0.1〜1.0μmである。
【0016】
本発明に係るリチウムイオン電池用正極活物質は更に別の一実施形態において、前記二次粒子の平均空隙率が5〜20%である。
【0017】
本発明は別の一側面において、本発明のリチウムイオン電池用正極活物質を備えたリチウムイオン電池用正極である。
【0018】
本発明は更に別の一側面において、本発明のリチウムイオン電池用正極を備えたリチウムイオン電池である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、充放電サイクルでの抵抗上昇を抑制し、電池の寿命を長くすることが可能な、電池特性に優れたリチウムイオン電池用正極活物質を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】二次粒子に圧子を負荷速度0.532mN/秒で押し付けることで荷重をかけたとき、二次粒子変位量と荷重(強度)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
(リチウムイオン電池用正極活物質の構成)
本発明のリチウムイオン電池用正極活物質は、組成式:LiaNibCocde2
(前記式において、1.00≦a≦1.08、b≧0.8、b+c+d=1、0.02<d≦0.10、0.001≦e≦0.02、ZはMnまたはAlである。AはZがMnの場合、Al、Mg、Ti、Zn、Zr、Nb、V及びTaから選ばれる少なくとも1種の元素であり、ZがAlの場合、Mg、Ti、Zn、Zr、Nb、V及びTaから選ばれる少なくとも1種の元素である。)で表され、一次粒子、及び、一次粒子を複数集合させて形成した二次粒子で構成されている。
【0022】
リチウムイオン電池用正極活物質における全金属に対するリチウムの比率が1.0〜1.08であるが、これは、1.0未満では、安定した結晶構造を保持し難く、1.08超では電池の高容量が確保できなくなるためである。
また、リチウムイオン電池用正極活物質におけるニッケルの組成が0.8以上であるため、当該リチウムイオン電池用正極活物質を用いたリチウムイオン電池の容量、出力、安全性の三つがバランスよく向上する。リチウムイオン電池用正極活物質におけるニッケルの組成は好ましくは0.8〜0.9である。
【0023】
本発明のリチウムイオン電池用正極活物質は、図1に示すように、二次粒子に圧子を負荷速度0.532mN/秒で押し付けることで荷重をかけたとき、二次粒子変位量と荷重(強度)が共に増加する第1段変位が生じ、続いて二次粒子変位量が増加した後、二次粒子変位量と荷重が共に増加する第2段変位が生じる。当該第2段階変位によって、最終的に二次粒子は破断する。なお、第1段変位と第2段変位との間の二次粒子変位量が増加する区間では、当該区間の荷重/変位の傾きが、第1段目変位の荷重/変位の傾きの大きさ以下、且つ、第2段目変位の荷重/変位の傾きの大きさ以下である。また、第1段変位と第2段変位との間の二次粒子変位量が増加する区間の荷重/変位の傾きは、第1段目変位の荷重/変位の傾きの1/10以下の大きさ、且つ、第2段目変位の荷重/変位の傾きの1/10以下の大きさであるのが好ましく、図1に示すように当該区間の荷重/変位の傾きが一定であるのがより好ましい。
【0024】
このように、本発明のリチウムイオン電池用正極活物質は、二次粒子が破断するまで荷重をかけたときの二次粒子変位が、2段階に分けて発生する。二次粒子変位が2段階に分けて発生するのは、二次粒子内部の空隙と関係がある。この二次粒子内部の空隙により、粒子に荷重をかけた際、まずこの空隙が圧縮され二次粒子が変形することで1段目の変位(第1段変位)が発生し、続いて二次粒子変位量が増加した後、二次粒子変位量と荷重が共に増加する第2段変位が生じる。そして、最終的に二次粒子が破断する。
【0025】
本発明のような高Ni組成を有する正極活物質において、二次粒子が破断するまで荷重をかけたときの二次粒子の変位をこのように2段階に制御することで、電極作製時のプレス、及び、二次電池の充放電サイクルでの膨張収縮に対し、正極活物質の粒子が変形しやすくなり、当該プレス及び膨張収縮に良好に追従することができる。その結果、導電パス喪失を抑制し、抵抗増加及びサイクル特性劣化を良好に抑制することができる。
【0026】
なお、従来のような単に変位量と荷重とが最後まで(二次粒子が破断するまで)比例して変化する場合に比べ、2段階で変位量と荷重が変化することで、充放電時の粒子の膨張収縮に追従しやすくなり、二次粒子間に発生する隙間が少なくなり、導電パス喪失が抑制される。これは、1段目の変位が二次粒子内部の隙間が圧縮されることで生じるため、比較的小さい荷重で変位し、且つ、粒子形状変化の自由度が大きく、周囲の二次粒子の形状に追従しやすいためである。また、本発明の正極活物質は、二次粒子の平均空隙率が5〜20%であるのが好ましく、7〜18%であるのがより好ましい。
【0027】
第1段変位の二次粒子変位量をΔX1としたとき、ΔX1≧D50×0.07となるのが好ましい。また、第2段変位の二次粒子変位量をΔX2としたとき、ΔX2≧D50×0.03となるのが好ましい。このような構成によれば、電極作製時のプレス、及び、二次電池の充放電サイクルでの膨張収縮に対し、正極活物質の粒子がより変形しやすくなり、当該プレス及び膨張収縮により良好に追従することができる。その結果、導電パス喪失をより抑制し、抵抗増加及びサイクル特性劣化をより良好に抑制することができる。第1段変位の二次粒子変位量をΔX1としたとき、ΔX1≧D50×0.08となるのがより好ましい。また、第2段変位の二次粒子変位量をΔX2としたとき、ΔX2≧D50×0.04となるのがより好ましい。
【0028】
第1段変位の荷重の最大値が60MPa以下であるのがより好ましく、50MPa以下であるのがより好ましく、45MPa以下であるのが更により好ましい。また、第2段変位の荷重の最大値が110MPa以下であるのがより好ましく、100MPa以下であるのがより好ましく、90MPa以下であるのが更により好ましい。このように第1段変位、第2段変位の荷重の最大値を小さくすることで、電極プレス時に粒子が変形しやすく、粒子間の接触面積が多くなる。その結果、充放電時の膨張収縮に追従しやすくサイクル後の粒子間接触を維持しやすくなり、充放電サイクルでの抵抗上昇をより良好に抑制することができる。
【0029】
一次粒子径が0.1〜1.0μmであるのが好ましい。一次粒子径が0.1μmより小さい場合は、結晶性が不十分となり、充放電能力が小さくなるおそれがある。一次粒子径が1.0μmよりも大きい場合は、二次粒子内の空隙が分散しにくく、空隙が局所的に存在しやすくなり、二次粒子に荷重をかけたときの変位が2段階にならない場合がある。一次粒子径は、0.2〜0.6μmであるのがより好ましい。
【0030】
(リチウムイオン電池用正極及びそれを用いたリチウムイオン電池の構成)
本発明の実施形態に係るリチウムイオン電池用正極は、例えば、上述の構成のリチウムイオン電池用正極活物質と、導電助剤と、バインダーとを混合して調製した正極合剤をアルミニウム箔等からなる集電体の片面または両面に設けた構造を有している。また、本発明の実施形態に係るリチウムイオン電池は、このような構成のリチウムイオン電池用正極を備えている。
【0031】
(リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法)
次に、本発明の実施形態に係るリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法について詳細に説明する。
まず、金属塩溶液を作製する。当該金属は、Ni、及び、MnまたはAl、及びCoである。また、金属塩は硫酸塩、塩化物、硝酸塩、酢酸塩等を用いることができる。金属塩に含まれる各金属は、所望のモル比率となるように調整しておく。これにより、正極活物質中の各金属のモル比率が決定する。当該金属塩溶液とアルカリ溶液とを十分攪拌しながら、金属塩溶液とアルカリ溶液とを同一の槽に徐々に添加しながら撹拌して共沈反応させ、ろ過、洗浄を行い、ケーキを得る。反応は常法に従うことができる。
【0032】
次に、洗浄した後のケーキに、リチウム化合物(例えば、炭酸リチウム、硝酸リチウム、水酸化リチウムなど)と、ZがMnの場合、Al、Mg、Ti、Zn、Zr、Nb、V及びTaから選ばれる少なくとも1種の元素Aの化合物(例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、硝酸塩等があるが、特に酸化物が好ましい)、ZがAlの場合、Mg、Ti、Zn、Zr、Nb、V及びTaから選ばれる少なくとも1種の元素Aの化合物(例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、硝酸塩等があるが、特に酸化物が好ましい)と水とを加えてスラリーとし、当該スラリーを乾燥する。このとき添加するリチウム化合物と元素Aの化合物との量によって、生成する正極活物質中のLi及び元素Aの含有量を制御することができる。
【0033】
上記スラリーの乾燥は、乾燥粉の内部に空隙ができるようにマイクロミストドライヤーで噴霧乾燥させる。マイクロミストドライヤーの給気温度を500℃以上、排気温度を250℃以上とすることで、乾燥粉内部で急激にガスを発生させ、乾燥粉内部に小さな空隙を分散して生成することができる。給気温度、排気温度については特に上限は設けないが、装置の都合により上限を定めれば良い。これまでの一般的な噴霧乾燥技術では、例えば、特開2003−119026に記載されるように、給気温度300℃以下、排気温度200℃以下で乾燥しているものが大半であったが、このときに生じる空隙は大きな空隙が局所的に存在してしまう。これに対し、本発明のように給気温度500℃以上、排気温度250℃以上で乾燥した場合の空隙は、比較的小さな空隙が分散して存在する。これにより、二次粒子に荷重をかけたときに、小さな空隙が分散して存在することで空隙が圧縮されて1段目の変位が発生し、その後更に加重を加えたときは破断するまで粒子変形が起こり、2段目の変位が発生する。なお、大きな空隙が局所的に存在するものは、空隙が圧縮されると同時に粒子破断が起こるため、変位が一段となる。
【0034】
続いて、生成した乾燥粉を、焼成温度740〜800℃、焼成保持時間10〜20時間で焼成する。二次粒子内部に空隙をつくり、そして、焼成温度を800℃以下とし、一次粒子同士の焼結を抑え、二次粒子が荷重を受けたときの変位量を制御することができる。一次粒子径は焼成温度、二次粒子が荷重を受けたときの変位量は噴霧乾燥条件および焼成温度が重要なパラメータとなる。焼成温度が740℃未満の場合は、一次粒子径が小さ過ぎてしまう。また、焼成温度が800℃超の場合は、一次粒子同士の焼結が進行し、二次粒子が荷重を受けたときの変位量が小さくなってしまう。
【0035】
次に、焼成した粉(焼成粉)を、必要であれば、ロールミル、パルべライザー等を用いて解砕し、所定の平均粒子径を有する正極活物質を得る。
【実施例】
【0036】
以下、本発明及びその利点をより良く理解するための実施例を提供するが、本発明はこれらの実施例に限られるものではない。
【0037】
(実施例1〜32、比較例1〜16)
Ni、及び、MnまたはAl、及びCoの硝酸塩溶液と、アルカリとして炭酸水素ナトリウムとを混合して十分攪拌しながら、共沈反応させ、ろ過、洗浄を行い、ケーキを得た。次に、洗浄した後のケーキに炭酸リチウムと、Al、Mg、Ti、Zn、Zr、Nb、V及びTaから選ばれる少なくとも1種の元素Aの酸化物と水とを加えてスラリーとし、当該スラリーを乾燥した。
【0038】
上記スラリーの乾燥は、乾燥粉の内部に空隙ができるように、表1に示す給気温度及び排気温度にて、マイクロミストドライヤーで噴霧乾燥させた。
【0039】
続いて、生成した乾燥粉を、焼成温度:780℃、焼成保持時間:18時間で焼成した。次に、焼成した粉(焼成粉)を、パルべライザーで解砕し、正極活物質を得た。
【0040】
(評価)
−正極材組成の評価−
各正極材中の金属含有量は、誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP−OES)で測定し、各金属の組成比(モル比)を算出した。各金属の組成比は、表1に記載の通りであることを確認した。
【0041】
−二次粒子の変位量と荷重−
二次粒子の変位量と荷重は、島津製作所製微小圧縮試験機MCT-211にて測定を行った。測定は試料台に分散させた粉末サンプルを置き、顕微鏡で粒径が「D50の粒径−1.0μm」から「D50の粒径+1.0μm」の範囲にある粒子を選択し、その二次粒子一粒の中心を狙い、20μmの径の圧子を負荷速度0.532mN/秒で押し付け、第1段変位の荷重最大値および変位量、第2段変位の荷重最大値および変位量をN=10で測定し、その平均値を各サンプルの第1段変位の荷重最大値および変位量、第2段変位の荷重最大値および変位量とした。
【0042】
−一次粒子径及び二次粒子径の評価−
一次粒子径は、該当の正極活物質(二次粒子)を樹脂埋め後、研磨加工により断面を出し、SIMまたはSEM観察を実施した。その観察写真からランダムに100個の一次粒子を選び、長軸径、短軸径を測定し、その平均値を一次粒子径とした。
二次粒子径は、日機装株式会社製のマイクロトラックMT3000EX IIで測定した粒度分布における50%径(D50)とした。
【0043】
−二次粒子変位量の二次粒子の平均粒径D50に対する割合−
二次粒子変位量は、島津製作所製微小圧縮試験機MCT-211にて測定を行った。測定は試料台に分散させた粉末サンプルを置き、顕微鏡で粒径が「D50の粒径−1.0μm」から「D50の粒径+1.0μm」の範囲にある粒子を選択し、その二次粒子一粒の中心を狙い、20μmの径の圧子を負荷速度0.532mN/秒で押し付けた。粒子に荷重がかかったところを第1段変位の始点とした。その後、変位量増加とともに荷重も増加したが、あるところで、変位量は増加するが荷重が増加しなくなる領域が発生した。このときの変位量は増加するが荷重は増加しなくなる開始点を第1段変位の終点とした。次に更に変位量を増加させていくと荷重が増加する領域が発生した(第2段変位)。このときの開始点を第2段変位の始点とし、粒子が最終的に破断すると変位量は増加するが荷重は増加しなくなった。このときの変位量は増加するが荷重は増加しなくなる開始点を第2段変位の終点とした。
【0044】
−二次粒子内部の平均空隙率の評価−
サンプルの粉末を樹脂に埋め、50μm×70μmの観察視野にて撮影した電子顕微鏡による観察写真について、二次粒子内部の空隙率を目視で評価した。二次粒子内部の空隙率は、二次粒子の面積に対する、当該二次粒子内部の空隙の面積の割合とした。これらの観察を1つのサンプルに対して10観察視野分行い、それらの平均値を算出し、これを二次粒子内部の平均空隙率とした。
【0045】
−電池特性(充放電容量、サイクル特性)の評価−
正極活物質と、導電材と、バインダー(PVDF)を94:3:3の割合で秤量し、バインダーを有機溶媒(N−メチルピロリドン)に溶解したものに、正極活物質と導電材とを混合してスラリー化し、Al箔上に塗布して乾燥後にプレスして正極とした。続いて、対極をLiとした評価用の対極Liコインセル(CR2032)を準備し、電解液に1M−LiPF6をEC−DMC(3:7)に溶解したものを用いて、25℃で1Cの放電電流で得られた初期放電容量と10サイクル後の放電容量とを比較することによってサイクル特性(容量維持率)を測定した。具体的な評価条件及び表に記載の容量維持率と直流抵抗増加率の定義を以下に示す。
・初回充放電(初期容量):25℃、充電4.23V,0.2C,10h、放電3.0V,0.2C
・1C充放電サイクル:45℃、充電4.23V,1C,2.5h、放電3.0V,1C
・容量維持率:55℃雰囲気で充放電サイクル評価(充電4.23V,1C、放電1C,3.0Vcut)を行ったときの、1サイクル目に対する10サイクル目の放電容量の割合。
・直流抵抗増加率:55℃雰囲気で充放電サイクル評価(充電4.23V,1C、放電1C,3.0Vcut)を行ったときの、1サイクル目に対する10サイクル目の直流抵抗値の割合。
これらの結果を表1〜4に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
【表3】
【0049】
【表4】
【0050】
実施例1〜32は、いずれも二次粒子に圧子を負荷速度0.532mN/秒で押し付けることで荷重をかけたとき、二次粒子変位量と荷重が共に増加する第1段変位が生じ、続いて二次粒子変位量が増加した後、二次粒子変位量と荷重が共に増加する第2段変位が生じ、充放電サイクルでの抵抗上昇が抑制され、且つ、容量維持率が良好であった。
比較例1〜16は、いずれも二次粒子に圧子を負荷速度0.532mN/秒で押し付けることで荷重をかけたとき、二次粒子変位量と荷重が共に増加する上記第1段変位、及び、二次粒子変位量と荷重が共に増加する上記第2段変位が生じなかった。このため、充放電サイクルでの抵抗上昇を抑制することができず、且つ、容量維持率が不良であった。
図1