(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、燃費の向上及び排出ガス性能の向上を目的として、燃焼室の中の希薄混合気を、自己着火によって燃焼させる圧縮自己着火式エンジンが知られている。この燃焼は、酸素と燃料の化学反応による自己着火現象に大きく依存するため、筒内温度や濃度などの状態量に対する感度が高い。エンジンの負荷、又は、燃焼室内の温度が比較的高い場合には急峻な燃焼によって騒音が発生しやすい。逆に、エンジンの負荷、又は、燃焼室内の温度が低い場合には、燃焼効率の低下による燃費の悪化を招く。エンジンの負荷、又は、燃焼室内の温度が低すぎると最悪の場合、燃焼変動が大きくなり過ぎて失火に至る。圧縮自己着火燃焼は安定燃焼が可能となる状態量の範囲が狭いという特徴がある。従って圧縮自己着火式エンジンにおいて、燃費の良い安定燃焼を実現するためには、燃焼室内の状態量を正確に推定しかつ制御する必要がある。
【0005】
従来のエンジン制御においては、事前に行う定常試験により得られる制御マップと、補正マップとを用いて、目標運転条件に対する、各種のデバイスの操作量を決定する手法をとってきた。圧縮自己着火式エンジンにおいては、内部EGR(Exhaust Gas Recirculation)によって燃焼室の中の状態量を制御する手法が有望視されている。定常運転時と過渡運転時とでは操作量が同じであっても、内部EGRの組成及び割合が異なる場合がある。定常マップ及び補正マップを用いた従来のマップ制御によって、路上での様々な運転条件に対応するには限界がある。また、圧縮自己着火式エンジンの制御に従来のマップ制御を適用しようとすると、過渡運転も含めた事前実験を行う必要があるが,過渡運転の条件が膨大になってしまうという問題もある。
【0006】
ここに開示する技術はかかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、圧縮自己着火式エンジンの、新たな制御システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
具体的に、ここに開示する技術は、圧縮自己着火式エンジンの制御装置に係る。この制御装置は、サイクル毎に、燃焼室の中の混合気を自己着火によって燃焼させるよう構成されたエンジンと、前記エンジンに取り付けられかつ、前記燃焼室の中への新気及び既燃ガスの導入を調整することによって、前記燃焼室の中を所望の状態にするよう構成された状態量設定デバイスと、前記エンジンに取り付けられかつ、前記燃焼室の中に供給する燃料を噴射するよう構成されたインジェクタと、前記エンジンに取り付けられかつ、前記燃焼室の中の圧力に関するパラメータを検知すると共に、検知信号を出力するよう構成されたセンサと、前記状態量設定デバイス、前記インジェクタ、及び前記センサのそれぞれが接続されると共に、前記状態量設定デバイス及び前記インジェクタに操作信号を出力することによって、前記エンジンを運転するよう構成されたコントローラと、前記コントローラの前記操作信号と前記センサの前記検知信号とを受けかつ、前記燃焼室の中の状態量を推定すると共に、前記コントローラに状態推定信号を出力するよう構成された推定器と、を備える。
【0008】
そして、前記コントローラは、前記センサの前記検知信号と前記推定器の前記状態推定信号とを受けると共に、前記燃焼室の中の燃焼が、前記エンジンの目標出力に対応した燃焼となるように、前記状態量設定デバイスの操作量及び前記インジェクタの操作量をそれぞれ設定し、前記推定器は、式(1)に示す、前記燃焼室の中の状態をモデル化した線形パラメータ変動モデルを用いることによって、前記燃焼室の中の状態量を推定し、前記線形パラメータ変動モデルにおける第1係数A
LPV、及び、第2係数B
LPVはそれぞれ、前記エンジンのトルク
及び前記エンジンの回転数に応じて変化する。
【0009】
【数1】
【0010】
但し、x
kは、現サイクルにおける所定タイミングの前記状態量としての、前記燃焼室の中の酸素量と前記燃焼室の中の燃料量とのいずれか一方又は両方、及び、前記燃焼室の中の温度である。x
k+1は、次サイクルにおける所定タイミングの前記状態量としての、前記燃焼室の中の酸素量及び前記燃焼室の中の燃料量のいずれか一方又は両方、及び、前記燃焼室の中の温度である。u
kは、現サイクルにおける前記操作量としての、EGR率及び燃料噴射量である。
【0011】
ここで、「燃焼室」は、シリンダ内のピストンが圧縮上死点に至ったときに形成される空間の意味に限定されない。「燃焼室」の語は広義で用いる場合がある。つまり、「燃焼室の中」は「シリンダの中」と言い換えてもよい。
【0012】
前記の構成によると、コントローラは、センサの検知信号、及び、推定器の状態推定信号に基づいて、燃焼室の中の燃焼が、エンジンの目標出力に対応した圧縮自己着火燃焼となるように、状態量設定デバイスの操作量及びインジェクタの操作量をそれぞれ設定する。コントローラは、状態量設定デバイス及びインジェクタに操作信号を出力する。操作信号を受けた状態量設定デバイスは、燃焼室の中への新気及び既燃ガスの導入を調整することによって、燃焼室の中を所望の状態にする。操作信号を受けたインジェクタは、燃焼室の中に供給する燃料を噴射する。燃焼室の中において、混合気が圧縮自己着火によって燃焼し、エンジンが、所望の出力となるように運転する。
【0013】
推定器は、式(1)に示す線形パラメータ変動モデルを用いることによって、前記燃焼室の中の状態量(正確には、複数の状態量)を推定する。線形パラメータ変動モデルは、燃焼室の中の状態を、複数の離散点によって表現する離散化モデルを構築すると共に、離散化モデルを複数の平衡点について線形化することによって表現してもよい。複数の離散点は、例えば排気弁の再開弁時期、吸気弁の閉弁時期、圧縮上死点前の所定クランク角度時期、着火時期、圧力最大時期、燃焼終了時期、及び、排気弁の開時期の内の、一部又は全部としてもよい。
【0014】
式(1)の線形パラメータ変動モデルを用いて、燃焼室の中の状態を推定することにより、推定器の演算負荷は、非線形モデルを用いるよりも小さくなる。一方、式(1)の第1係数A
LPV及び第2係数B
LPVはそれぞれ、エンジンのトルク
及びエンジンの回転数に応じて変化するから、単一の線形モデルを用いるよりも推定精度が高まる。よって、推定器の演算負荷の抑制と、推定精度の向上とが両立する。尚、エンジンのトルクは、例えば図示有効平均圧力(Indicated Mean Effective Pressure:IMEP)で表してもよい。
【0015】
その結果、コントローラは、精度の高い燃焼室の状態推定に基づいて、状態量設定デバイス、及び、インジェクタを操作することができる。圧縮自己着火エンジンは、燃費の良い安定燃焼を実現する。
【0016】
ここに開示する制御装置はまた、サイクル毎に、燃焼室の中の混合気を自己着火によって燃焼させるよう構成されたエンジンと、前記エンジンに取り付けられかつ、前記燃焼室の中への新気及び既燃ガスの導入を調整することによって、前記燃焼室の中を所望の状態にするよう構成された状態量設定デバイスと、前記エンジンに取り付けられかつ、前記燃焼室の中に供給する燃料を噴射するよう構成されたインジェクタと、前記エンジンに取り付けられかつ、前記燃焼室の中の圧力に関するパラメータを検知すると共に、検知信号を出力するよう構成されたセンサと、前記状態量設定デバイス、前記インジェクタ、及び前記センサのそれぞれが接続されると共に、前記状態量設定デバイス及び前記インジェクタに操作信号を出力することによって、前記エンジンを運転するよう構成されたコントローラと、前記コントローラの前記操作信号と前記センサの前記検知信号とを受けかつ、前記燃焼室の中の状態量を推定すると共に、前記コントローラに状態推定信号を出力するよう構成された推定器と、を備える。
そして、前記コントローラは、前記センサの前記検知信号と前記推定器の前記状態推定信号とを受けると共に、前記燃焼室の中の燃焼が、前記エンジンの目標出力に対応した燃焼となるように、前記状態量設定デバイスの操作量及び前記インジェクタの操作量をそれぞれ設定し、前記推定器は、前記式(1)及び式(2)
に示す、前記燃焼室の中の状態をモデル化した線形パラメータ変動モデルを用いることによって、前記燃焼室の中の状態量を推定し、前記線形パラメータ変動モデルにおける
第1係数ALPV、第2係数BLPV、及び、第3係数C
LPVは
それぞれ、前記エンジンのトルクに応じて変化する。
【0017】
【数2】
【0018】
但し、y
kは、現サイクルにおける前記エンジンの出力としての、図示平均有効圧力、及び、最大圧力上昇率(dP/dθ)である。
【0019】
式(1)(2)を含む線形パラメータ変動モデルを用いることによって、推定器の演算負荷の抑制と、推定精度の向上とが両立し、圧縮自己着火エンジンは、燃費の良い安定燃焼を実現する。
【0020】
前記推定器は、前記線形パラメータ変動モデルを用いた、式(3)に示すカルマンフィルタによって構成され、前記第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び、第3係数C
LPVはそれぞれ、サイクル毎に、前記エンジンの目標トルクに応じて設定される、としてもよい。
【0021】
【数3】
【0022】
但し、g
LPVはカルマンゲインである。
【0023】
カルマンフィルタ(式(3))は、ノイズが存在する条件のもとでの入出力の値から、エンジンの燃焼室の中の状態量(状態変数)を、リアルタイムで推定することができる。式(1)(2)(3)の、第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び、第3係数C
LPVをそれぞれ、サイクル毎に、エンジンの目標トルクに応じて設定することにより、推定器の演算負荷を小さくしながら、燃焼室の中の状態量の推定精度を高めることができる。尚、エンジンの目標トルクは、例えば目標IMEPとしてもよい。
【0024】
これとは異なり、前記推定器は、前記線形パラメータ変動モデルを用いた、式(4)に示すカルマンフィルタによって構成される、としてもよい。
【0025】
【数4】
【0026】
但し、fは前記燃焼室の中の状態をモデル化した離散化モデルであり、前記線形パラメータ変動モデルは、前記離散化モデルから得られる。g
LPVは、前記第1係数A
LPV、前記第2係数B
LPV、及び、前記第3係数C
LPVから算出されるカルマンゲインであり、g
LPVは、サイクル毎に、前記エンジンの目標トルクに応じて設定される。y
kは、センサの検出信号に基づき得られるエンジンの実出力である。
【0027】
カルマンフィルタの事前推定に、離散化モデルを利用することによって、推定器の演算負荷を比較的小さく抑えながら、推定精度を高くすることができる。カルマンフィルタの事後推定のカルマンゲインg
LPVを、線形パラメータ変動モデルの第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び、第3係数C
LPVから算出することによって、推定精度を高く維持しながら、当該カルマンゲインを離散化モデルの微分から求める場合よりも大幅に、演算負荷を小さくすることができる。この構成は、推定器の演算負荷を小さくすることと、推定精度を高くすることとを、高いレベルで両立することができる。
【0028】
前記圧縮自己着火式エンジンの制御装置は、前記エンジンに取り付けられかつ、前記燃焼室の中へ導入するガスを過給するよう構成された過給システムを備え、前記第1係数A
LPV、前記第2係数B
LPV、及び、前記第3係数C
LPVはそれぞれ、前記エンジンのトルクと過給圧とに応じて変化する、としてもよい。
【0029】
こうすることで、推定器の演算負荷が大きくなることを回避しながら、過給機付きエンジンにおける、燃焼室の中の状態量、特に、燃焼室の中の温度、及び、燃焼室の中の酸素量の推定精度を高めることができる。
【0030】
前記第1係数A
LPV、前記第2係数B
LPV、及び、前記第3係数C
LPVはそれぞれ、前記エンジンの回転数に応じてさらに変化する、としてもよい。
【0031】
こうすることで、推定器の演算負荷が大きくなることを回避しながら、エンジンの運転領域の広い範囲に亘って、燃焼室の中の状態量の推定精度を高めることができる。
【0032】
前記第1係数A
LPV、前記第2係数B
LPV、及び、前記第3係数C
LPVはそれぞれ、一次の関数式、又は、二次の関数式によって表される、としてもよい。
【0033】
線形パラメータ変動モデルの第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び、第3係数C
LPVを、連続的な関数とすることによって、推定器の演算負荷を小さくすることと、推定精度を高くすることとが両立する。
【0034】
前記コントローラは、フィードバック制御器を有し、前記フィードバック制御器は、前記エンジンの目標出力と前記センサの前記検知信号に基づく前記エンジンの出力との偏差、及び、前記推定器の前記状態推定信号を受けると共に、フィードバック操作量u
FB,kを出力し、前記フィードバック制御器の制御則は、式(5)である、としてもよい。
【0035】
【数5】
【0036】
但し、x
i,kは、前記偏差の累積項である。K
LPVは、フィードバックゲインである。
【0037】
エンジンの目標出力とエンジンの実出力との偏差に加えて、推定器が推定をした燃焼室の中の状態量に基づいてフィードバック操作量を決定することにより、コントローラの制御性能を向上させることができる。
【0038】
前記フィードバックゲインK
LPVは、前記式(1)及び式(2)の線形パラメータ変動モデルに基づいて設定されると共に、前記フィードバックゲインK
LPVは、サイクル毎に、前記エンジンの目標トルクに応じて設定される、としてもよい。
【0039】
本願発明者等の検討によると、式(1)(2)の線形パラメータ変動モデルから、エンジンの目標出力とエンジンの実出力との偏差を補正するためのフィードバックゲインの最適値、及び、状態量の差を補正するためのフィードバックゲインの最適値を求めることができる。フィードバックゲインは、エンジンの目標トルクに応じて変化する。これにより、コントローラの制御性能が向上する。
【0040】
前記コントローラはさらに、フィードフォワード制御器を有し、前記フィードフォワード制御器は、前記目標出力と、前記推定器の前記状態推定信号とを受けると共に、フィードフォワード操作量を出力するよう構成されている、としてもよい。
【0041】
フィードバック制御器とフィードフォワード制御器とを組み合わせることによって、コントローラの制御性能が向上する。
【発明の効果】
【0042】
以上説明したように、前記の圧縮自己着火式エンジンの制御装置によると、燃焼室の中の状態量の推定を、比較的小さい演算負荷でかつ、比較的高い精度で行うことができる。コントローラが、精度の高い燃焼室の状態推定に基づいて、状態量設定デバイス、及び、インジェクタを操作することによって、圧縮自己着火エンジンは、燃費の良い安定燃焼を実現する。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、圧縮自己着火式エンジンの燃焼制御装置の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の説明は、圧縮自己着火式エンジンの制御装置の一例である。
図1は、圧縮自己着火式エンジンの構成を例示する図である。
図2は、圧縮自己着火式エンジンの制御装置の構成を例示するブロック図である。
【0045】
エンジン1は、四輪の自動車に搭載される。エンジン1が運転することによって、自動車は走行する。エンジン1の燃料は、この構成例においてはガソリンである。燃料は、バイオエタノール等を含むガソリンであってもよい。エンジン1の燃料は、少なくともガソリンを含む液体燃料であれば、どのような燃料であってもよい。
【0046】
(エンジンの構成)
エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えている。シリンダブロック12の内部に複数のシリンダ11が形成されている。
図1では、1つのシリンダ11のみを示す。エンジン1は、多気筒エンジンである。
【0047】
各シリンダ11内には、ピストン3が摺動自在に内挿されている。ピストン3は、コネクティングロッド14を介してクランクシャフト15に連結されている。ピストン3は、シリンダ11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を形成する。尚、「燃焼室」は、ピストン3が圧縮上死点に至ったときに形成される空間の意味に限定されない。「燃焼室」の語は広義で用いる場合がある。つまり、「燃焼室」は、ピストン3の位置に関わらず、ピストン3、シリンダ11及びシリンダヘッド13によって形成される空間を意味する場合がある。詳細な図示は省略するが、ピストン3の上面には、キャビティが形成されている。また、シリンダヘッド13の下面、つまり、燃焼室17の天井面は、二つの傾斜面によって構成されている。燃焼室17は、いわゆるペントルーフ形状である。
【0048】
エンジン1の幾何学的圧縮比は、理論熱効率の向上や、後述するCI(Compression Ignition)燃焼の安定化を目的として高く設定されている。具体的に、エンジン1の幾何学的圧縮比は、17以上である。幾何学的圧縮比は、例えば18としてもよい。幾何学的圧縮比は、17以上20以下の範囲で、適宜設定すればよい。
【0049】
シリンダヘッド13には、シリンダ11毎に、2つの吸気ポート18が形成されている(尚、
図1では一つの吸気ポート18のみ示している)。吸気ポート18は、燃焼室17に連通している。吸気ポート18には、吸気弁21が配設されている。吸気弁21は、燃焼室17と吸気ポート18との間を開閉する。吸気動弁機構は、所定のタイミングで、吸気弁21を開閉する。吸気動弁機構は、この構成例では、
図2に示すように、可変動弁システムとしての吸気S-VT(Sequential-Valve Timing)231を有している。吸気S-VT231は、吸気カムシャフトの回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更するよう構成されている。吸気弁21の開弁時期及び閉弁時期は、連続的に変化する。尚、吸気S-VT231は、例えば電動式や、液圧式とすればよい。
【0050】
吸気動弁機構はまた、この構成例では、
図2に示すように、可変動弁システムとしての吸気CVVL(Continuously Variable Valve Lift)232を有している。吸気CVVL232は、吸気弁21のリフト量を、所定の範囲内で連続的に変更するよう構成されている。尚、吸気CVVL232の構成は、公知の構成を適宜採用すればよい。吸気CVVL232の構成は、任意である。
【0051】
シリンダヘッド13にはまた、シリンダ11毎に、2つの排気ポート19が形成されている(尚、
図1では一つの排気ポート19のみ示している)。排気ポート19は、燃焼室17に連通している。排気ポート19には、排気弁22が配設されている。排気弁22は、燃焼室17と排気ポート19との間を開閉する。排気動弁機構は、所定のタイミングで、排気弁22を開閉する。排気動弁機構は、この構成例では、
図2に示すように、可変動弁システムとしての排気S-VT241を有している。排気S-VT241は、排気カムシャフトの回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更するよう構成されている。排気弁22の開弁時期及び閉弁時期は、連続的に変化する。尚、排気S-VT241は、電動式や、液圧式とすればよい。
【0052】
排気動弁機構はまた、この構成例では、
図2に示すように、可変動弁システムとしてのIDEVA242を有している。IDEVA242は、図示は省略するが、排気弁22を、第1のカム部及び第2のカム部のいずれか一方によって開弁することにより、排気弁22のリフト量を変更するよう構成されている。第1のカム部のカムプロフィールは、図示は省略するが、クランク角の進行に対して、排気弁22のリフト量が、ゼロから次第に増えて最大リフト量に至ると共に、その後、リフト量が次第に減ってゼロに至るような、一つのカム山を有している。これに対し、第2のカム部のカムプロフィールは、
図11に例示するように、大リフト部と小リフト部との二つのカム山を有している。大リフト部は、クランク角の進行に対して、排気弁のリフト量がゼロから次第に増えて最大リフト量に至ると共に、その後、リフト量が次第に減る部分である。大リフト部は、排気行程において排気弁22を開弁する第1のカム山である。小リフト部(排気再開弁)は、大リフト部の後で、排気弁22のリフト量を再び大きくした後、リフト量が次第に減ってゼロへと至る部分である。小リフト部は、吸気行程において排気弁22を開弁する第2のカム山である。
【0053】
このエンジン1は、吸気動弁機構及び排気動弁機構によって、吸気弁21の開弁時期と排気弁22の閉弁時期とに係るオーバーラップ期間の長さを調整する。このことによって、エンジン1の運転状態に応じて、燃焼室17の中の既燃ガスを掃気したり、燃焼室17の中に熱い既燃ガスを閉じ込めたり(つまり、内部EGRガスを燃焼室17の中に導入したり)する。また、このエンジン1は、所定の運転状態にあるときに、排気動弁機構によって、排気弁22を吸気行程において開弁する。このことによって、内部EGRガスを燃焼室17の中に導入する。吸気動弁機構及び排気動弁機構は、状態量設定デバイスの一例である。
【0054】
シリンダヘッド13には、シリンダ11毎に、インジェクタ6が取り付けられている。インジェクタ6は、燃焼室17の中に燃料を直接噴射するよう構成されている。インジェクタ6は、その中心軸が、シリンダ11の中心軸に沿うように配設されている。インジェクタ6は、キャビティに対向している。尚、インジェクタ6の中心軸は、シリンダ11の中心軸とずれていてもよい。
【0055】
インジェクタ6は、詳細な図示は省略するが、複数の噴口を有する多噴口型の燃料噴射弁によって構成されている。インジェクタ6は、燃料噴霧が、燃焼室17の中央から放射状に広がるように燃料を噴射する。
【0056】
尚、インジェクタ6は、多噴口型のインジェクタに限らない。インジェクタ6は、外開弁タイプのインジェクタを採用してもよい。
【0057】
インジェクタ6には、燃料供給システム61が接続されている。燃料供給システム61は、燃料を貯留するよう構成された燃料タンク63と、燃料タンク63とインジェクタ6とを互いに連結する燃料供給路62とを備えている。燃料供給路62には、燃料ポンプ65とコモンレール64とが介設している。燃料ポンプ65は、コモンレール64に燃料を圧送する。燃料ポンプ65は、この構成例においては、クランクシャフト15によって駆動されるプランジャー式のポンプである。コモンレール64は、燃料ポンプ65から圧送された燃料を、高い燃料圧力で蓄えるよう構成されている。インジェクタ6が開弁すると、コモンレール64に蓄えられていた燃料が、インジェクタ6の噴口から燃焼室17の中に噴射される。燃料供給システム61は、30MPa以上の高い圧力の燃料を、インジェクタ6に供給することが可能に構成されている。燃料供給システム61の最高燃料圧力は、例えば120MPa程度にしてもよい。インジェクタ6に供給する燃料の圧力は、エンジン1の運転状態に応じて変更してもよい。尚、燃料供給システム61の構成は、前記の構成に限定されない。
【0058】
シリンダヘッド13には、シリンダ11毎に、点火プラグ25が取り付けられている。点火プラグ25は、燃焼室17の中の混合気に強制的に点火をする。点火プラグ25は、この構成例では、シリンダ11の中心軸を挟んだ吸気側に配設されている。点火プラグ25は、インジェクタ6に隣接している。点火プラグ25は、2つの吸気ポート18の間に位置している。点火プラグ25は、上方から下方に向かって、燃焼室17の中央に近づく方向に傾いて、シリンダヘッド13に取り付けられている。詳細な図示は省略するが、点火プラグ25の電極は、燃焼室17の中に臨んでかつ、燃焼室17の天井面の付近に位置している。
【0059】
エンジン1の一側面には吸気通路40が接続されている。吸気通路40は、各シリンダ11の吸気ポート18に連通している。吸気通路40は、燃焼室17に導入するガスが流れる通路である。吸気通路40の上流端部には、新気を濾過するエアクリーナー41が配設されている。吸気通路40の下流端近傍には、サージタンク42が配設されている。サージタンク42よりも下流の吸気通路40は、詳細な図示は省略するが、シリンダ11毎に分岐する独立通路を構成している。独立通路の下流端が、各シリンダ11の吸気ポート18に接続されている。
【0060】
吸気通路40におけるエアクリーナー41とサージタンク42との間には、スロットル弁43が配設されている。スロットル弁43は、弁の開度を調整することによって、燃焼室17の中への新気の導入量を調整するよう構成されている。スロットル弁43は、状態量設定デバイスの一例である。
【0061】
吸気通路40にはまた、スロットル弁43の下流に、過給機44が配設されている。過給機44は、燃焼室17に導入する吸気を過給するよう構成されている。この構成例において、過給機44は、エンジン1によって駆動される機械式の過給機である。機械式の過給機44は、例えばルーツ式としてもよい。機械式の過給機44の構成はどのような構成であってもよい。機械式の過給機44は、リショルム式や遠心式であってもよい。
【0062】
過給機44とエンジン1との間には、電磁クラッチ45が介設している。電磁クラッチ45は、過給機44とエンジン1との間で、エンジン1から過給機44へ駆動力を伝達したり、駆動力の伝達を遮断したりする。後述するように、ECU10が電磁クラッチ45の遮断及び接続を切り替えることによって、過給機44はオンとオフとが切り替わる。つまり、このエンジン1は、過給機44が、燃焼室17に導入するガスを過給することと、過給機44が、燃焼室17に導入するガスを過給しないこととを切り替えることができるよう構成されている。
【0063】
尚、機械式の過給機44に代えて、又は、機械式の過給機44に加えて、排気エネルギーによって運転するターボ過給機をエンジン1に取り付けてもよい。
【0064】
吸気通路40における過給機44の下流には、インタークーラー46が配設されている。インタークーラー46は、過給機44において圧縮されたガスを冷却するよう構成されている。インタークーラー46は、例えば水冷式に構成すればよい。
【0065】
吸気通路40には、バイパス通路47が接続されている。バイパス通路47は、過給機44及びインタークーラー46をバイパスするよう、吸気通路40における過給機44の上流部とインタークーラー46の下流部とを互いに接続する。バイパス通路47には、エアバイパス弁48が配設されている。エアバイパス弁48は、バイパス通路47を流れるガスの流量を調整する。
【0066】
過給機44をオフにしたとき(つまり、電磁クラッチ45を遮断したとき)には、エアバイパス弁48を全開にする。これにより、吸気通路40を流れるガスは、過給機44をバイパスして、エンジン1の燃焼室17に導入される。エンジン1は、非過給の状態、つまり自然吸気の状態で運転する。
【0067】
過給機44をオンにしたとき(つまり、電磁クラッチ45を接続したとき)には、過給機44を通過したガスの一部は、バイパス通路47を通って過給機の上流に逆流する。エアバイパス弁48の開度を調整することによって、逆流量を調整することができるから、燃焼室17に導入するガスの過給圧を調整することができる。この構成例においては、過給機44と電磁クラッチ45とバイパス通路47とエアバイパス弁48とによって、過給システム49が構成されている。
【0068】
エンジン1の他側面には、排気通路50が接続されている。排気通路50は、各シリンダ11の排気ポート19に連通している。排気通路50は、燃焼室17から排出された排気ガスが流れる通路である。排気通路50の上流部分は、詳細な図示は省略するが、シリンダ11毎に分岐する独立通路を構成している。独立通路の上流端が、各シリンダ11の排気ポート19に接続されている。排気通路50には、1つ以上の触媒コンバーター51を有する排気ガス浄化システムが配設されている。触媒コンバーター51は、三元触媒を含んで構成されている。尚、排気ガス浄化システムは、三元触媒のみを含むものに限らない。
【0069】
吸気通路40と排気通路50との間には、外部EGRシステムを構成するEGR通路52が接続されている。EGR通路52は、既燃ガスの一部を吸気通路40に還流させるための通路である。EGR通路52の上流端は、排気通路50における触媒コンバーター51の上流に接続されている。EGR通路52の下流端は、吸気通路40におけるエアクリーナー41と過給機44との間の吸気通路に接続されている。
【0070】
EGR通路52には、水冷式のEGRクーラー53が配設されている。EGRクーラー53は、既燃ガスを冷却するよう構成されている。EGR通路52にはまた、EGR弁54が配設されている。EGR弁54は、EGR通路52を流れる既燃ガスの流量を調整するよう構成されている。EGR弁54の開度を調整することによって、冷却した既燃ガス、つまり外部EGRガスの還流量を調整することができる。
【0071】
この構成例において、EGRシステム55は、EGR通路52及びEGR弁54を含んで構成されている外部EGRシステムと、前述した吸気動弁機構及び排気動弁機構を含んで構成されている内部EGRシステムとによって構成されている。EGRシステム55は、状態量設定デバイスの一例である。
【0072】
圧縮自己着火式エンジンの制御装置は、
図2に示すように、エンジン1を運転するためのECU(Engine Control Unit)10を備えている。ECU10は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(Central Processing Unit:CPU)101と、例えばRAM(Random Access Memory)やROM(Read Only Memory)により構成されてプログラム及びデータを格納するメモリ102と、電気信号の入出力をする入出力バス103と、を備えている。ECU10は、コントローラの一例である。
【0073】
ECU10には、
図1及び
図2に示すように、各種のセンサSW1〜SW16が接続されている。センサSW1〜SW16は、検知信号をECU10に出力する。センサには、以下のセンサが含まれる。
【0074】
すなわち、吸気通路40におけるエアクリーナー41の下流に配置されかつ、吸気通路40を流れる新気の流量を検知するエアフローセンサSW1、及び、新気の温度を検知する第1吸気温度センサSW2、吸気通路40における過給機44の上流に配置されかつ、過給機44に流入するガスの圧力を検知する第1圧力センサSW3、吸気通路40における過給機44の下流でかつ、バイパス通路47の接続位置よりも上流に配置されかつ、過給機44から流出したガスの温度を検知する第2吸気温度センサSW4、サージタンク42に取り付けられかつ、過給機44の下流のガスの圧力を検知する第2圧力センサSW5、各シリンダ11に対応してシリンダヘッド13に取り付けられかつ、各燃焼室17内の圧力を検知する指圧センサSW6、排気通路50に配置されかつ、燃焼室17から排出した排気ガスの温度を検知する排気温度センサSW7、排気通路50における触媒コンバーター51の上流に配置されかつ、排気ガス中の酸素濃度を検知するリニアO
2センサSW8、排気通路50における触媒コンバーター51の下流に配置されかつ、排気ガス中の酸素濃度を検知するラムダO
2センサSW9、エンジン1に取り付けられかつ、冷却水の温度を検知する水温センサSW10、エンジン1に取り付けられかつ、クランクシャフト15の回転角を検知するクランク角センサSW11、アクセルペダル機構に取り付けられかつ、アクセルペダルの操作量に対応したアクセル開度を検知するアクセル開度センサSW12、エンジン1に取り付けられかつ、吸気カムシャフトの回転角を検知する吸気カム角センサSW13、エンジン1に取り付けられかつ、排気カムシャフトの回転角を検知する排気カム角センサSW14、EGR通路52に配置されかつ、EGR弁54の上流及び下流の差圧を検知するEGR差圧センサSW15、並びに、燃料供給システム61のコモンレール64に取り付けられかつ、インジェクタ6に供給する燃料の圧力を検知する燃圧センサSW16である。
【0075】
ECU10は、これらの検知信号に基づいて、エンジン1の運転状態を判断すると共に、各デバイスの操作量を計算する。ECU10は、計算をした操作量に係る制御信号を、インジェクタ6、点火プラグ25、吸気S-VT231、吸気CVVL232、排気S-VT241、排気IDEVA242、燃料供給システム61、スロットル弁43、EGR弁54、過給機44の電磁クラッチ45、及び、エアバイパス弁48に出力する。例えば、ECU10は、第1圧力センサSW3及び第2圧力センサSW5の検知信号から得られる過給機44の前後差圧に基づいてエアバイパス弁48の開度を調整することにより、過給圧を調整する。また、ECU10は、EGR差圧センサSW15の検知信号から得られるEGR弁54の前後差圧に基づいてEGR弁54の開度を調整することにより、燃焼室17の中に導入する外部EGRガス量を調整する。
【0076】
このエンジン1は、一部の運転領域において、燃費の向上及び排出ガス性能の向上を主目的として、燃焼室17の中の混合気を、圧縮自己着火により燃焼する。また、エンジン1は、その他の領域において、火花点火(つまり、Spark Ignition:SI)による燃焼を行う。
【0077】
(エンジンの制御)
図3は、エンジン1の制御装置の構成を示している。制御装置は、ECU10によって構成されている。制御装置は、コントローラ100と、推定器104とを備えている。
【0078】
コントローラ100は、エンジン1の出力としてのIMEP及び最大圧力上昇率(dP/dθ)が、目標IMEP及び目標最大dP/dθとなるように、サイクル毎に、状態量設定デバイスの操作量(つまり、EGR率)、及び、インジェクタ6の操作量(つまり、燃料噴射量)を設定する。ECU10は、目標IMEP及び目標最大dP/dθを、各種のセンサSW1〜SW16の検知信号に基づいて設定する。
【0079】
コントローラは100、フィードフォワード制御器105、減算器106、フィードバック制御器107、及び、加算器108を有している。フィードフォワード制御器105及びフィードバック制御器107は、燃焼室17の中の状態量(状態変数)を必要とする。推定器104は、リアルタイムに測定することのできない状態変数を推定し、状態推定値をコントローラ100に出力する。
【0080】
推定器104は、カルマンフィルタによって構成されている。推定器104は、エンジン1の燃焼室17の中の状態をモデル化したモデルを備えている。モデルは、燃焼室17の中の状態を、複数の離散点によって表現する離散化モデルと、離散化モデルを複数の平衡点について線形化することによって表現した線形パラメータ変動モデルと、を含んでいる。複数の離散点は、
図11に示すように、排気弁22の再開弁時期(EVO2)、吸気弁21の閉弁時期(IVC)、圧縮上死点前10度前(-10degATDC)、着火時期、圧力最大時期(Pmax)、燃焼終了時期、及び、排気弁22の開時期(EVO)の7点である。離散化モデルの構築にあたり、圧縮行程及び膨張行程ではポリトロープ変化を仮定し、各離散点での温度および圧力を求める。また、着火時期の予測にはRCMによる実験で得られた着火遅れ時間のLivengood-Wu積分を考える。着火時期から燃焼終了時期までの間ではエネルギー保存を考慮し、燃焼終了時の状態量を求めることとする。
【0081】
離散化モデルを線形化した線形パラメータ変動モデルは、式(1)(2)の状態空間方程式によって表される。
【0083】
ここで、x
kは、現サイクルにおける吸気弁21の閉弁タイミング(IVC)の状態量としての、燃焼室17の中の酸素量(n_O2
k)、燃焼室17の中の燃料量(n_ftotal
k)、及び、燃焼室の中の温度(Tivc
k)である。x
k+1は、次サイクルにおける吸気弁21の閉弁タイミングの状態量としての、燃焼室17の中の酸素量(n_O2
k+1)、燃焼室17の中の燃料量(n_ftotal
k+1)、及び、燃焼室の中の温度(Tivc
k+1)である。u
kは、現サイクルにおける操作量としての、EGR率(EGR
k)及び燃料噴射量(n_finj
k)である。
【0084】
また、y
kは、現サイクルにおけるエンジン1の出力としての、図示平均有効圧力(IMEP
k)、及び、最大圧力上昇率(dP/dθ
k)である。
【0085】
尚、添え字kは、kサイクル目の値であることを示している。
【0086】
式(1)(2)の線形パラメータ変動モデルは、行列形式により、以下の式(1)’(2)’ように表される。
【0088】
ここで、線形パラメータ変動モデルの第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPVはそれぞれ、エンジン1のトルクに応じて変化する。エンジン1のトルクは、目標IMEPによって表される。
【0089】
第1係数A
LPVは係数行列であり、各要素(A
11、A
12、A
13、A
21、A
22、A
23、A
31、A
32、A
33)の特性は、
図7に示される。つまり、A
11は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。A
12は、目標IMEPが高くなるに従い大きくなる特性を有している。A
13は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。A
21は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。A
22は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。A
23は、目標IMEPが高くなるに従い大きくなる特性を有している。A
31は、目標IMEPが高くなるに従い大きくなる特性を有している。A
32は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。A
33は、目標IMEPが高くなるに従い一旦大きくなった後、小さくなる特性を有している。
【0090】
第2係数B
LPVは係数行列であり、各要素(B
11、B
12、B
21、B
22、B
31、B
32)の特性は、
図8に示される。つまり、B
11は、目標IMEPが高くなるに従い大きくなる特性を有している。B
12は、目標IMEPの大きさにかかわらずゼロのままである。B
21は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。B
22は、目標IMEPの大きさにかかわらずゼロのままである。B
31は、目標IMEPが高くなるに従い大きくなる特性を有している。B
32は、目標IMEPの大きさにかかわらずゼロのままである。
【0091】
第3係数C
LPVは係数行列であり、各要素(C
11、C
12、C
13、C
21、C
22、C
23)の特性は、
図9に示される。つまり、C
11は、目標IMEPが高くなるに従い大きくなる特性を有している。C
12は、目標IMEPが高くなるに従い大きくなる特性を有している。C
13は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。C
21は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。C
22は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。C
23は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。
【0092】
第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び、第3係数C
LPVはそれぞれ、目標IMEPに対し、一次の関数式、又は、二次の関数式によって表される。
【0093】
推定器104は、前記の線形パラメータ変動モデルを用いたカルマンフィルタによって構成されている。カルマンフィルタは、式(4)によって表される。
【0095】
fは、前述した離散化モデルである。カルマンゲインg
LPVは、第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び、第3係数C
LPVから算出される。カルマンゲインの算出自体は公知であるため、その説明は省略する。前述したように、第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び、第3係数C
LPVはそれぞれ、目標IMEPに応じて変化するため、カルマンゲインg
LPVも、サイクル毎に、エンジン1の目標IMEPに応じて設定される。u
kは、前述の通り現サイクルにおける操作量であり、後述するように、コントローラ100の出力である。y
kは、前述の通りエンジン1の実際の出力であり、指圧センサSW6の検出信号に基づき得られる(
図11の燃焼波形も参照)。尚、添え字の^(ハット)は、推定器104の推定値を表し、添え字の
−(上付きのマイナス)は、事前推定値を表す。
【0096】
カルマンフィルタは、離散化モデルfによって事前推定を行う。推定器104の演算負荷を比較的小さく抑えながら、推定精度を高くすることができる。
【0097】
カルマンゲインg
LPVは、離散化モデル(つまり、非線形モデル)を用いずに、線形パラメータ変動モデルを用いて決定する。カルマンゲインを非線形モデルの微分から求めると、推定精度は高くなるものの、推定器104の演算負荷がかなり大きくなる。これに対し、カルマンゲインg
LPVを線形パラメータ変動モデルから求めると、演算負荷が大きくならない一方で、単一の線形モデルからカルマンゲインを求める場合よりも推定精度を高くすることができる。
【0098】
推定器104は、燃焼室17の中の状態量推定値(x^
k:n_O2
k、n_ftotal
k、Tivc
k)を出力する。
【0099】
フィードフォワード制御器105は、目標IMEP及び目標最大dP/dθ、並びに、推定器104の状態量推定値x^
kを受ける。状態量推定値x^
kは、前述の通り、吸気弁21の閉弁タイミングの、燃焼室17の中の酸素量(n_O2
k)、燃焼室17の中の燃料量(n_ftotal
k)、及び、燃焼室17の中の温度(Tivc
k)である。フィードフォワード制御器105は、これら目標IMEP及び目標最大dP/dθ、並びに、状態量推定値x^
kに基づいて、フィードフォワード制御量u
FF,kを設定し、出力する。
【0100】
減算器106は、目標IMEP及び目標最大dP/dθと、実際のエンジン出力としての、IMEP及び最大dP/dθとの偏差(つまり、エンジン出力偏差)を演算する。実際のIMEP及び実際の最大dP/dθは、前述したように、指圧センサSW6が検知した燃焼室17内の圧力履歴に基づいて演算される。
【0101】
フィードバック制御器107は、フィードバック操作量を決定するLQG(Linear Quadratic Gaussian)サーボ器である。フィードバック制御器107は、減算器106からのエンジン出力偏差を累積する累積部109と、フィードバック操作量を演算する演算部110とを有している。
【0102】
演算部110は、エンジン出力偏差の累積項と、推定器104の状態量推定値x^
kとに基づいて、フィードバック制御量u
FB,kを設定する。具体的に、フィードバック制御器の制御則は、式(5)によって表される。
【0104】
但し、x
i,kは、エンジン出力偏差の累積項である。Kは、フィードバックゲインである。x^
kは、前述の通り、推定器104の状態量推定値である。
【0105】
式(5)を、行列形式で表すと、以下の式(5)’になる。
【0107】
フィードバック制御器107は、エンジン1の目標出力とエンジン1の実出力との偏差に加えて、推定器104が推定をした燃焼室17の中の推定状態量に基づいてフィードバック操作量u
FB,kを設定することにより、コントローラ100の制御性能を向上させることができる。
【0108】
また、エンジン出力の偏差を補正するフィードバックゲインと、燃焼室17の中の状態量の差を補正するフィードバックゲインとの最適値は、前述した線形パラメータ変動モデルから求められる(式(1)(2)参照)。従って、フィードバックゲインK
LPVは、エンジン1の目標IMEPに応じて変化する。
【0109】
図10は、フィードバックゲインK
LPVの各要素(K
11、K
12、K
13、K
14、K
15、K
21、K
22、K
23、K
24、K
25)の特性を例示している。K
11は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。K
12は、目標IMEPが高くなるに従い大きくなる特性を有している。K
13は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。K
14は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。K
15は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。K
21は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。K
22は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。K
23は、目標IMEPが高くなるに従い大きくなる特性を有している。K
24は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。K
25は、目標IMEPが高くなるに従い小さくなる特性を有している。フィードバックゲインKも、目標IMEPに対し、一次の関数式、又は、二次の関数式によって表される。
【0110】
加算器108は、フィードフォワード制御器105の操作量u
FF,kと、フィードバック制御器107の操作量u
FB,kとを加算することにより、状態量設定デバイスの操作量としてのEGR率、及び、インジェクタ6の操作量としての燃料噴射量を決定する。コントローラ100は、操作信号を各デバイスに出力する。状態量設定デバイスの操作量、及び、インジェクタ6の操作量はまた、前述したように、推定器104にも出力される。
【0111】
エンジン1においては、燃焼室17の中の混合気が、圧縮自己着火によって燃焼する。指圧センサSW6は、燃焼室17の中の圧力履歴を計測する。指圧センサSW6が計測した圧力履歴に基づいて、エンジン1の実際のIMEP及び実際の最大dP/dθが演算される。演算された実際のIMEP及び実際の最大dP/dθは、コントローラ100の減算器106、及び、推定器104に出力される。
【0112】
推定器104は、前述したように、状態量設定デバイスの操作量、及び、インジェクタ6の操作量、並びに、実際のIMEP及び実際の最大dP/dθに基づいて、エンジン1の燃焼室17の中の状態量を、サイクル毎に推定する。
【0113】
(線形パラメータ変動モデルの係数の設定、及び、フィードバックゲインの設定)
図4は、前述した線形パラメータ変動モデルの第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPVの設定、並びに、フィードバックゲインK
LPVの設定手順を示すフローチャートである。このフローは、制御装置が車載される前に行われる。
【0114】
スタート後のステップS41において、実機又はシミュレーションにより、定常セット点における燃焼波形を計測する。
図5は、定常セット点を例示している。
図5の横軸はグロスIMEPであり、縦軸は吸気弁21の閉弁タイミングの燃焼室17の中の温度である。「安定性限界」の線は、圧縮自己着火による燃焼が不安定になる限界を示している。この線よりも下側は、燃焼室17の中の温度が低すぎて、圧縮自己着火による燃焼が不安定になる。「燃焼音限界」の線は、圧縮自己着火による燃焼音が許容値を超える限界を示している。この線よりも上側は、燃焼室の中の温度が高すぎて、圧縮自己着火による燃焼が急峻になって燃焼音が大きくなる。定常セット点は、これらの制限を回避しながら、燃費がベストになるエンジン1の運転状態である。
【0115】
図4のフローに戻り、ステップS41に続くステップS42では、計測した各定常セット点(平衡点)周りにおいて、構築した離散化モデルをテーラー展開によって線形化し、前述した線形パラメータ変動モデル、及び、フィードバックゲインを作成する(式(1)(2)(5)参照)。
【0116】
ステップS43では、作成した線形パラメータ変動モデルの各係数A
LPV、B
LPV、C
LPVの行列、及び、フィードバックゲインK
LPVの行列の要素毎に、目標IMEPの関数を作成する。つまり、
図7、8、9、10の各要素の特性を、目標IMEPの関数式によって表す。
【0117】
ステップS44では、ステップS43で作成をした関数式を、ECUのメモリ102に記憶し、フローが終了する。
【0118】
(推定器の推定手順)
図6は、エンジン1の運転中における、推定器104の推定手順を示すフローチャートである。スタート後のステップS61では、前サイクルの、吸気弁21の閉弁時における状態量推定値x^
k−1を読み込む。具体的に、状態量推定値x^
k−1は、吸気弁21の閉弁タイミングにおける燃焼室17の中の酸素量(n_O2
k−1)、燃焼室17の中の燃料量(n_ftotal
k−1)、燃焼室17の中の温度(Tivc
k−1)である。
【0119】
続くステップS62では、前サイクルの状態量推定値x^
k−1と、前サイクルの操作量u
k−1(つまり、EGR率(EGR
k−1)及び燃料噴射量(n_finj
k−1))とから、離散化モデルfによって、現サイクルの吸気弁21の閉弁タイミングにおける状態量推定値x^
k−を推定する。つまり、式(4)の事前推定を行う。
【0120】
続くステップS63では、状態量推定値x^
k−と離散化モデルfとから、現サイクルの推定出力f(x^
k−)を演算する。
【0121】
また、ステップS64では、指圧センサSW6によって計測した現サイクルの筒内圧力を処理することによって、エンジン1の実出力y
k(IMEP(IMEP
k)及び最大圧力上昇率(dP/dθ
k))を求める。
【0122】
さらに、ステップS65では、現サイクルの目標IMEP(IMEP
ref k)を読み込み、続くステップS66において、目標IMEPと、第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPVとからカルマンゲインg
LPV kを演算する。尚、カルマンゲインを、実際のIMEPと、第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPVとから演算してもよい。
【0123】
ステップS63、S64、S66の後のステップS67において、エンジンの実出力y
kと推定出力f(x^
k)との差分に、カルマンゲインg
LPV kをかけた値を、事前推定値x^
k−に加えることにより、現サイクルの状態量x^
kを更新する。つまり、式(4)の事後推定を行う。
【0124】
以上説明したように、推定器104が、式(1)(2)の線形パラメータ変動モデルを用いて、燃焼室17の中の状態を推定することにより、推定器104の演算負荷は、非線形モデルを用いるよりも小さくなる。一方、式(1)(2)の第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPVはそれぞれ、エンジン1の目標IMEP(つまり、エンジン1のトルク)に応じて変化するから、線形モデルを用いるよりも推定精度が高まる。よって、推定器104の演算負荷の抑制と、推定精度の向上とが両立する。
【0125】
燃焼室17の状態量の推定精度が向上するため、圧縮自己着火式のエンジン1は、燃費の良い安定燃焼を実現することができる。
【0126】
また、推定器104が、式(4)のカルマンフィルタによって構成されていることにより、推定器104の演算負荷を抑制しながら、推定精度がさらに向上する。具体的に、推定器104は、事前推定を、離散化モデルによって行うことにより、推定器104の演算負荷を大きくすることなく、推定精度を高めることができる。また、カルマンゲインg
LPVを、第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPVから算出することによって、推定精度を高く維持しながら、当該カルマンゲインを離散化モデルの微分から求める場合よりも大幅に演算負荷を小さくすることができる。
【0127】
尚、前記の構成において、推定器104は、吸気弁21の閉弁タイミングの状態量を推定している。推定器104は、例えば排気弁22の再開弁タイミングの状態量を推定するようにしてもよい。
【0128】
また、前記の構成では、線形パラメータ変動モデルの第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPV、並びに、フィードバックゲインK
LPVを、目標IMEPの関数として表している。線形パラメータ変動モデルの第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPV、並びに、フィードバックゲインK
LPVは、目標IMEPと過給圧との関数としてもよい。例えば式(6)は、第1係数A
LPVの要素A
11の関数式を例示している。
【0130】
ここで、Pivcは、吸気弁21の閉弁タイミングにおける燃焼室の中の過給圧である。α、β、γ、δはそれぞれ係数である。第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPV、並びに、フィードバックゲインK
LPVを、目標IMEPと過給圧との関数にすることによって、燃焼室17の中の温度Tivcの推定、及び、燃焼室の中の酸素量n_O2の推定精度を高めることができる。
【0131】
さらに、線形パラメータ変動モデルの第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPV、並びに、フィードバックゲインK
LPVは、目標IMEPと過給圧とエンジン回転数との関数にしてもよい。例えば式(7)は、第1係数A
LPVの要素A
11の関数式を例示している。
【0133】
ここで、rpmは、エンジン回転数である。α、β、γ、δ、ε、ξはそれぞれ係数である。第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPV、並びに、フィードバックゲインK
LPVを、目標IMEPと過給圧とエンジン回転数との関数にすることによって、エンジン1の運転領域の広い範囲に亘って、燃焼室17の中の状態量の推定精度を高めることができる。
【0134】
また、推定器104は、以下の式(3)に示すカルマンフィルタによって構成してもよい。
【0136】
ここで、g
LPVはカルマンゲインである。式(3)は、線形カルマンフィルタであり、推定器104の演算負荷はさらに小さくなる。一方、線形パラメータ変動モデルの第1係数A
LPV、第2係数B
LPV、及び第3係数C
LPVはそれぞれ、前記と同様に、目標IMEPの関数であるから、燃焼室17の中の状態量の推定精度を、単一の線形モデルの場合よりも高めることができる。
【0137】
尚、ここに開示する技術は、前述した構成のエンジン1に適用することに限定されない。エンジン1の構成は、様々な構成を採用することが可能である。