【実施例】
【0044】
<1.銅以外の金属元素を不純物として1種類のみ1mass%含有する銅合金の電解試験>
市販の銅以外の高純度金属試薬、酸素濃度調整に用いる酸化銅(I)(Cu
2O)と配線用純銅線を目的の組成になるように秤量し、内径20mmのアルミナ製タンマン管(SSA−H、ニッカトー製、堺)に入れた後、シリコニット発熱体縦型電気炉にセットした。次に、炉心管の下から流量200cm
3/min.でアルゴンガスを導入して炉内をアルゴン置換し、温度1200℃に昇温した後2時間保持した。保持後、炉からタンマン管を取り出し、アルゴンガスを吹付ながら空冷した。冷却後、棒状になった銅合金をタンマン管から取り出し、タンマン管の直径方向に切断して低品位銅アノードとして使用した。なお、参考例として純銅を用いて銅アノードを作製し、以下の手順により電解試験に供した。
<2.電解試験>
上記1.で得られた各種銅合金を、厚さ10mm程度になるようにタンマン管の直径方向に切断し、片面にPVC被覆銅線をはんだ付けした後、非導電性樹脂(エポフィックス、丸本ストルアス株式会社製、東京)に冷間樹脂埋めした。次に、これを回転研磨機(ドクターラップML−182、株式会社マルトー製、東京)を用いてエメリー紙#220〜#2000で面出しし、さらに粒径0.3mmのアルミナ粒子を研磨剤としてバフ研磨して低品位銅アノードを作製した。また、直径20mm、厚さ1mmのSUS304ステンレス鋼を同様の手順で銅線付け・樹脂埋め・研磨し、ステンレス鋼カソードを作製した。
【0045】
電解液の調製は、市販の高純度試薬を蒸留水に溶解することによって行った。ここで、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液は、スルファミン酸溶液に塩基性炭酸銅を溶解することで、次式によって調製した。
【0046】
4H
3NSO
3aq.+CuCO
3・Cu(OH)
2(s)
→2Cu(H
2NSO
3)
2aq.+3H
2O+CO
2(g) (1)
調製および試験した電解液は以下の2種類である。
(i)H
2SO
4濃度160g L
−1、Cu(II)濃度40g L
−1の硫酸−硫酸銅溶液
(ii)H
3NSO
3濃度100g L
−1、Cu(II)濃度40g L
−1のスルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液
以上のように調製した電解液、作製した低品位銅アノードおよびステンレス鋼カソードを用いて、2電極法で定電流電解を行った。電流密度は300A/m
2とし、最長24時間または電解電圧が大きく上昇するまで継続した。なお、電解液(i)の硫酸―硫酸銅溶液では、電解液の温度が40℃±2℃の範囲に収まるように液温を調整、保温した。また、電解液(ii)のスルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液では、電解液の温度が25℃±2℃の範囲内におさまるように液温を調整、保温した。
【0047】
図1および表1に、硫酸−硫酸銅溶液中で低品位銅アノードまたは純銅をアノードとして用いて電解した際のアノード表面の不働態化時間を示す。
【0048】
【表1】
【0049】
純銅アノードでは、電解の開始から22.9時間経過したあたりで端子間電圧が大きく上昇し始めたので、これを純銅の不働態化時間とした。不純物としてSb、Ag、Au、Pt、PdまたはSeを1mass%含有する低品位銅アノードでは、純銅と比較して不働態化時間が短くなることが確認された。特に、不純物としてPbを1mass%含有する低品位銅アノードでは、電解開始から3.3時間経過したあたりで端子間電圧(Terminal voltage)が2V程度に上昇後、ほぼ一定値で推移することが確認された。この場合、低品位銅アノードの表面では、以下の反応が進行していると考えられる。
【0050】
(i)Pb+SO
42−→PbSO
4+2e
− (2)
(ii)PbSO
4+2H
2O→PbO
2+H
2SO
4+2H
++ 2e
− (3)
(iii)2H
2O→O
2+4H
++4e
− (4)
銅の溶解が進行して低品位銅アノードの表面(電極表面)にPbが露出した結果、これら一連の反応により、低品位銅アノードで起こる化学反応が銅の溶解から酸素発生に切り替わったものと考えられる。
【0051】
一方、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液を用いて低品位銅アノードを電解した場合、
図2に示したように、いずれの銅合金も24時間の範囲では不働態化しなかった。したがって、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液は不働態化の抑制に大きな効果があることが確認された。
<3.様々な金属元素を不純物として含有する低品位銅アノードの作製および電解試験>
表2に示した低品位銅アノードの仕込み組成に基づき、1.と同様にして低品位銅アノードを作製した。
【0052】
【表2】
【0053】
(実施例1)
不純物として、Ag2.09mass%、Pb5.02mass%、Ni4.08mass%およびSb5.85mass%を合計した17.04mass%の銅以外の金属元素と、1.04mass%のOを含有する銅合金を作製し、これを低品位銅アノード(82%銅アノード)とした。
【0054】
このようにして得られた低品位銅アノードを用い、2.と同様にして電解試験を行った。なお、電流密度は300A/m
2とし、最長168時間継続した。
【0055】
(実施例2−1)
不純物として、Ag4.12mass%、Au0.21mass%、Pb4.09mass%、Ni4.02mass%、As1.43mass%、Sb4.00mass%、Bi1.46mass%およびSe1.02mass%を合計した20.35mass%の銅以外の金属元素を含有する銅合金を作製し、これを低品位銅アノード(80%銅アノード)としたこと以外は実施例1と同様にして電解試験を行った。
【0056】
(実施例2−2)
不純物として、Ag5.94mass%、Au0.31mass%、Pb5.95mass%、Ni5.99mass%、As2.10mass%、Sb6.03mass%、Bi2.09mass%およびSe1.49mass%を合計した29.90mass%の銅以外の金属元素を含有する銅合金を作製し、これを低品位銅アノード(70%銅アノード)とし、実施例2−1の80%銅アノード電解後の電解液を濾過したものを電解液として再利用したこと以外は実施例1と同様にして電解試験を行った。
【0057】
このようにして得られた実施例1〜2−2の低品位銅アノードを用い、2.と同様にして電解試験を行った。なお、電流密度は300A/m
2とし、最長168時間継続した。
【0058】
実施例1の82%銅アノードでは、
図3に示したように、端子間電圧は、電解開始直後は0.6V程度の値を示し、その後0.9V程度まで緩やかに上昇した。このような端子間電圧の値は、電解採取における端子間電圧(2.0〜2.3V程度)より小さいが、従来の硫酸−硫酸銅溶液を電解液として用いた電解精錬における端子間電圧(〜0.3V程度)より大きかった。
【0059】
また、端子間電圧が、間欠的に2V程度まで上昇するが、15分程度ですぐに復極することが確認できた。また、端子間電圧が2V程度に上昇している間、気体の発生が確認できた。このような電圧の上昇と復極は、以下の反応式で示したスルファミン酸の分解、Pbを含有するスライムの生成と、アノード表面からのスライムの脱落に起因する現象であると考えられる。
【0060】
H
3NSO
3+H
2O→NH
3+H
2SO
4 (5)
Pb
2++H
2SO
4→PbSO
4+2H
+ (6)
式(6)によってアノード表面にPbSO
4が生成すると、式(3)、(4)のようにアノード反応が変化し、酸素発生反応が進行する。この際、Pbを含有するスライムの隙間から酸素が発生するなどしてスライムが脱落すると再び銅が露出し、アノード反応が銅の溶解に戻り復極したものと考えられる。
【0061】
また、
図4(A)に示したように、電解後のカソードでは電析形態の良好な電気銅が回収されることが確認された。一方、
図4(B)に示したように、82%銅アノードでは銅が溶解し、アノード体積が大きく減少していることが確認された。また、電解中において、アノードの下方ならびに電解液表面にスライムが認められた。
【0062】
実施例2−1の80%銅アノードでは、
図5に示したように、アノードが不働態化することはなかった。実施例1と比較すると、端子間電圧が上昇する頻度は低いが、端子間電圧の上昇を示す複数のピークが重畳し、ブロードなピークが確認された。また、電解後のカソードでは、
図6(A)に示したものとほぼ同等の形状であった。
【0063】
実施例2−2の70%銅アノードでは、
図7に示したように、アノードが不働態化することはなかった。実施例1と比較して端子間電圧が上昇する頻度が高く、端子間電圧の上昇を示す複数のピークが重畳し、ブロードなピークが確認された。また、電解後のカソードでは、
図8(A)に示したように、カソード下部における電析形態は凹凸が多く、しかも空隙が存在するため不良であった。電解中、アノードの下方ならびに電解液表面だけでなく、電解液中に漂うスライムも確認された。
【0064】
実施例2−2における電解不良は、電解液を繰り返し使用したために生じた現象と考えられる。すなわち、電解液中に溶存化学種として固定化できる限度量を超えた結果、その過剰量がスライムとなりカソードに付着するなどして電解不良を引き起こしたと考えられる。
<4.電析した銅カソードにおける不純物濃度の測定と電流効率>
実施例1〜2−2の低品位銅アノードの電解後、ステンレス鋼カソードに電析した銅を剥ぎ取り、その約半量を4倍希釈の硝酸約50mlに溶解した後、メスフラスコを用いて100mlに調整し、これを適宜希釈した溶液中の不純物元素濃度を誘導結合プラズマ発光分光法(ICP−OES)(iCAP7400、サーモサイエンティフィック製、横浜)を用いて決定することで、電析した銅中の不純物濃度を測定した。また、低品位銅アノード中における不純物としての銅以外の金属元素が電解液中にどの程度溶解したかについても、ICP−OES分析により測定した。
【0065】
また、通電電流値I、通電時間t、カソードに電析した銅の重量W、ファラデー定数Fおよび銅の原子量M
Cuから、次式によって電流効率を算出した。
【0066】
100・W/[{(I・t)/(2F)}・M
Cu] (7)
結果を表3に示す。
【0067】
【表3】
【0068】
なお、表3において、ndとは不純物元素が前記カソードの溶解液とその希釈液のICP−OES分析から求められる銅濃度における定量限界以下であったことを示し、具体的には1ppm未満を指す。
【0069】
表3に示したように、電解後のカソードに電析した銅中の不純物としての金属元素濃度をICP−OESで分析したところ、実施例1では、Ag、Pb、NiおよびSbの各金属元素についていずれも定量限界以下であったことから、99.99mass%以上の電着銅が得られたと考えられる。また、このとき電析したカソードの重量から求めた電流効率は、100.4%であった。これらの結果より、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液は低品位銅アノードを電解精錬可能な極めて有望な電解液系であることが明らかとなった。
【0070】
なお、電解精錬後の銅カソード中のAg濃度について国際基準では25ppm未満であることが規定されているが、本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、Ag濃度1ppm以下との測定結果が得られた。そのため、極めて不純物の少ない高純度の電気銅が得られることが確認された。
【0071】
また、実施例2−1については、アノードに添加した中の不純物のうち、Ag12ppm、Sb13ppm、Bi13ppmが有意な濃度の不純物としてカソードから確認され、その他の元素については定量限界以下であった。したがって、この場合にも純度99.99%以上の銅が得られたといえる。
【0072】
一方、実施例2−2については、不純物としての銅以外の金属元素の濃度が、それぞれAg濃度27ppm、As濃度29ppmおよびSb濃度30ppmであり、実施例1や2−1と比較して不純物濃度が大きかった。実施例2−2では、電析形態が不良であったことから、電解液や電解液中のスライムを巻き込んだ可能性が高いと考えられる。
<5.電解後の電解液中における不純物濃度の測定>
電解後の電解液についても、4.と同様にしてICP−OES法を用いて不純物としての銅以外の金属元素の濃度を測定した。結果を表4に示す。
【0073】
【表4】
【0074】
表4に示したように、実施例1では、不純物としての銅以外の金属元素の濃度が、それぞれAg濃度0.247ppm、Pb濃度613ppm、Ni濃度606ppmおよびSb濃度56.9ppmであり、Pb、Niのほとんどが電解液中に溶解していることが示唆された。一方、銅より貴な金属であるAgについては、電解液中における濃度も極めて低く、大部分はスライム中に分配されていると考えられる。また、Sbについては、一部電解液に溶解したが、大部分は難溶性の化合物を形成してスライム中に分配されていると考えられる。
【0075】
実施例2−1では、実施例1においてアノード中の不純物として添加した金属元素Ag、Pb、Ni、Sbに加え、Au、As、Biをアノードに添加した。この場合には、電解後の電解液にPb、Ni、As、Biが増大する傾向が認められた。したがって、これらの元素は電解液中の溶存化学種として固定化されていると考えられる。一方、Sbについては、実施例1と比較して低濃度であった。これはアノードから溶解したAsイオンと反応し、難溶性のSbAsO
4などを生成したためと考えられる。
<6.スライムの成分分析>
電解精錬後、実施例1の82%銅アノードの下方に沈降していたスライムと、電解液表面に浮遊していたスライムをそれぞれ電解液と共に回収し、ろ過・洗浄した後、電子顕微鏡SEM−EDS(JSM−6510A、日本電子)を用いた組織観察および簡易成分分析とX線回折装置(Ultima IV/285PDS、リガク)を用いた相の同定を行った。
【0076】
図9(A)に示したように、SEMでの観察の結果、82%銅アノードの下方に沈降していたスライムでは、表面に多数の隆起が確認された。一方、
図9(B)に示したように、電解液表面に浮遊していたスライムでは、表面の隆起が少なく、一つ一つのスライム塊が比較的小さいことが確認された。
【0077】
図10の結果から、82%銅アノードの下方に沈降していたスライムは、Ag、NiOおよびAb
2O
3の混合体であり、貴金属に富むことが確認された。一方、電解液表面に浮遊していたスライムは、Sb
2O
3とPbSO
4からなると考えられる。したがって、陽極泥として沈降しているスライムを回収し、適切な溶媒に溶解することで、貴金属を回収することが可能であると考えられる。
【0078】
実施例2−1〜2−2で回収されたスライムからは、実施例1で見られた銅以外の不純物金属元素の化合物に加え、ヒ酸ビスマスやヒ酸アンチモンも確認できた。