特許第6985678号(P6985678)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6985678低品位銅アノードの電解精錬方法およびそれに用いる電解液
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6985678
(24)【登録日】2021年11月30日
(45)【発行日】2021年12月22日
(54)【発明の名称】低品位銅アノードの電解精錬方法およびそれに用いる電解液
(51)【国際特許分類】
   C25C 1/12 20060101AFI20211213BHJP
   C25C 1/00 20060101ALI20211213BHJP
   C22B 15/14 20060101ALI20211213BHJP
【FI】
   C25C1/12
   C25C1/00 303Z
   C22B15/14
【請求項の数】3
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2017-175084(P2017-175084)
(22)【出願日】2017年9月12日
(65)【公開番号】特開2019-52329(P2019-52329A)
(43)【公開日】2019年4月4日
【審査請求日】2020年8月18日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)公開日:平成29年6月7日 刊行物:資源・素材学会東北支部 平成29年度春季 大会 発表用ポスターおよび講演要旨集 (2)公開日:平成29年8月24日 公開者:一般社団法人資源・素材学会 ホームページでの講演要旨公開 アドレス:https://confit.atlas.jp/guide/event/mmij2017b/subject/1401−10−04/advanced (3)公開日:平成29年8月24日 公開者:一般社団法人資源・素材学会 ホームページでの講演要旨公開 アドレス:https://confit.atlas.jp/guide/event/mmij2017b/subject/PY1−56/advanced
(73)【特許権者】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 悠樹
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】関本 英弘
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭62−240785(JP,A)
【文献】 特開昭48−045421(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25C 1/00− 7/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅以外の金属元素を不純物として含有する銅合金を低品位銅アノードとして用い、
アノードに付着する化合物を形成する金属元素を溶解する電解液中に前記低品位銅アノードとカソードとを対面配列し、電解して、カソード表面に銅を回収する電解精錬方法であって、
前記低品位銅アノードが、前記銅以外の金属元素を合計して1mass〜30mass%含有する銅合金であり、
前記銅以外の金属元素がPb、Ni、As、Biより選択される少なくとも一種以上の金属元素の場合には、前記電解液としてスルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液又はケイフッ酸−ケイフッ酸銅系溶液を用いることを特徴とする低品位銅アノードの電解精錬方法。
【請求項2】
前記電解を、電流密度100A/m〜400A/mで行うことを特徴とする請求項1に記載の低品位銅アノードの電解精錬方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の低品位銅アノードの電解精錬方法に用いる電解液であって、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液またはケイフッ酸−ケイフッ酸銅系溶液を主成分とすることを特徴とする低品位銅アノードの電解精錬用電解液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低品位銅アノードの電解精錬方法およびそれに用いる電解液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
銅の電解精錬においては、通常、硫酸と硫酸銅を主成分とする電解液を用いて、不純物元素を含有する99%程度の粗銅から成る複数のアノードと、純銅、チタンまたはステンレス鋼から成る複数のカソードを交互に対面配置し、電流密度200〜350A/m程度の定電流を流すことによってアノードから銅イオンを溶出させると同時にカソードに銅を析出させている。
【0003】
前記粗銅中の不純物元素は、スライムもしくは電解液中の溶存化学種として固定化され、粗銅から分離されている。
【0004】
このような電解精錬方法において、粗銅中の不純物元素の濃度が増大すると、アノードが不働態化し、電解の継続が困難になるという問題がある。
【0005】
このことから、従来、粗銅の精製に電解精錬を適用するためには、熔錬工程において粗銅の純度を99%以上に調整する必要があった。
【0006】
一方、現在、非鉄製錬廃棄物やE−Scrapすなわち電気電子機器廃棄物等の処理のため、熔錬工程によって80〜90%程度の粗銅を製造し、これを精製する銅製錬を応用したリサイクルプロセスがあるが、前記した不働態化などの問題のため、電解精錬よりもエネルギー消費の大きな電解採取工程を適用する必要があり、銅の精錬コスト増につながることが問題であった。
【0007】
前記リサイクルプロセスで発生するような、80〜90%程度の粗銅を鋳造し、これを用いて低品位銅アノードとして電解精錬する場合、アノード中の微量成分が難溶性の化合物を形成し、アノードスライムとしてアノード表面に固着し、多孔質のスライム層を形成する結果、アノードから溶出する銅イオンの拡散が阻害され、アノード表面とアノードスライムとの間に非導電性化合物である硫酸銅が析出し不働態化することが障害となり、したがって、このような不働態化を抑制する技術が必要とされている。
【0008】
これまでに、銅の電解精錬において、アノード表面の不働態化を防ぐ方法が様々に検討されてきた(例えば、特許文献1、2参照)。
【0009】
特許文献1に記載された銅の高電流密度電解法では、電解槽内に満たした電解液中にアノードとカソードとを交互に対面配列し、電解液を循環させながら高電流密度で銅を電解精錬する際に、電解液に陰イオン活性剤を添加し、かつ流速を付与することを特徴としている。この方法では、液循環の強化、インペラ等による強制攪拌またはエアバブリングなどによって、電解液に流速を与え、これによってアノード表面に付着するスライムを剥ぎ取ることによって不働態化を防いでいる。また、電解液に添加されたチオ尿素などの陰イオン活性剤がアノード表面に吸着し、スライムを電気的陰性化する。このように電気的陰性化したスライムでは、陰極であるカソードにより電気的斥力を受けるので、カソード表面に付着することが抑制可能であるとされている。また、電解液の濾過、設備の大型化無しでアノード表面へのスライムの付着とカソード表面の不働態化を抑制することができるとされている。
【0010】
特許文献2に記載された銅の電解精錬方法では、アノードとカソードとの間にインペラ構造を有する攪拌機が設けられた電解精錬装置を用いることを特徴としており、前記攪拌機は、電解槽内の電解液を攪拌し、アノード表面に生成するスライム層が崩壊しない範囲で電解液に流速を付与することにより、アノードから溶出する銅イオンの拡散を促進し、不働態化を抑制すると同時に、スライムのカソードへの付着を抑止することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2003−183870号公報
【特許文献2】特開2017−48438号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1の方法では、電気的陰性化されたスライムは陽極であるアノードから引力を受けるため、スライムを剥ぎ取るのに従来の10倍以上の流速を必要とし、これにかかる設備導入が困難であった。また、電流密度が350A/m超の高電流密度電解では、チオ尿素のような有機系の添加剤の添加量が高いとカソード過電圧が上昇し、電着状態が悪化する傾向があるという問題があった。
【0013】
特許文献2の方法は、特許文献1の方法と比較して、設備導入コストが小さい点において優れているが、極板の表面積が大きい場合にはインペラ構造を有する攪拌装置の配置数を増やすか、アノードとカソードとの間隙に配置できる範囲内で攪拌装置の大型化を図る等の対策が必要であり、必ずしも実用性に優れているとは言い難い側面があった。
【0014】
本発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、従来電解精錬が困難であった、非鉄製錬残渣や電気電子機器廃棄物等の2次原料等由来の、低品位の銅アノードを長時間にわたって不働態化することなく電解精錬可能な電解方法およびそれに用いる電解液を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前記課題に対応するための検討を鋭意進めたところ、特定の酸溶液を電解液として用いることによって、アノード表面へのスライムの固着を低減するとともに、アノード表面の不働態化を抑制することを見出した。本発明は、このような知見に基づいて完成されている。
【0016】
(1)本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法は、銅以外の金属元素を不純物として含有する銅合金を低品位銅アノードとして用い、アノードに付着する化合物を形成する金属元素に対して大きな溶解度を有する電解液中に前記低品位銅アノードとカソードとを対面配列し、電解して、カソード表面に銅を回収することを特徴とする。
【0017】
(2)本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、前記電解液が、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液またはケイフッ酸−ケイフッ酸銅系溶液であることが好ましく考慮される。
【0018】
(3)本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、前記銅以外の金属元素がAg、Au、Pt、Pd、Ni、Pb、As、Sb、Bi、Se、Te、Sn、ZnおよびFeの群より選択される少なくとも一種以上の金属元素であることが好ましく考慮される。
【0019】
(4)本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、前記低品位銅アノードが、前記銅以外の金属元素を合計して1mass〜30mass%含有する銅合金であることが好ましく考慮される。
【0020】
(5)本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、前記電解を、電流密度100A/m〜400A/mで行うことが好ましく考慮される。
【0021】
(6)本発明の低品位銅アノードの電解精錬用電解液は、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液またはケイフッ酸−ケイフッ酸銅系溶液を主成分とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明の電解精錬方法およびそれに用いる電解液によれば、従来電解精錬が困難であった、非鉄金属製錬残渣や電気電子機器廃棄物等2次原料等由来の低品位の銅アノードを、長時間にわたって不働態化することなく電解精錬することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】従来法の硫酸−硫酸銅水溶液中での不純物として銅以外の金属元素を1mass%含有する銅合金および純銅を電解したときの不働態化に要する時間と端子間電圧との関係を示したグラフである。
図2】本発明の電解液中での不純物としてSb、Pb、Ag、Au、PdまたはPtを1mass%含有する銅合金を電解したときの不働態化に要する時間と端子間電圧との関係を示したグラフである。
図3】実施例1の82%銅アノードの電解精錬における不働態化に要する時間と端子間電圧との関係を示したグラフである。
図4】(A)は、実施例1の電解後のステンレス鋼カソードおよびこれに電着した銅を示した写真である。(B)は、実施例1の電解後のアノードを洗浄し、乾燥したものを示した写真である。
図5】実施例2−1の80%銅アノードの電解精錬における不働態化に要する時間と端子間電圧との関係を示したグラフである。
図6】(A)は、実施例2−1の電解後のステンレス鋼カソードおよびこれに電着した銅を示した写真である。(B)は、実施例2−1の電解後のアノードを洗浄し、乾燥したものを示した写真である。
図7】実施例2−2の70%銅アノードの電解精錬における不働態化に要する時間と端子間電圧との関係を示したグラフである。
図8】(A)は、実施例2−2の電解後のステンレス鋼カソードおよびこれに電着した銅を示した写真である。(B)は、実施例2−2の電解後のアノードを洗浄し、乾燥したものを示した写真である。
図9】(A)は、実施例1の82%銅アノードの下方に沈降していたスライムのSEM像である。(B)は、実施例1の電解液表面に浮遊していたスライムのSEM像である。
図10図9(A)スライムのXRDパターンを示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法およびそれに用いる電解液について詳細に説明する。
【0025】
なお、本明細書中において、「低品位銅アノード」の用語は、不純物として銅以外の金属元素を合計して1mass〜30mass%含有する銅合金を用いたアノードを意味する。
【0026】
本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法は、銅以外の金属元素を不純物として含有する銅合金を低品位銅アノードとして用い、アノードに付着する化合物を形成する金属元素に対して大きな溶解度を有する電解液中に低品位銅アノードとカソードとを対面配列し、電解して、カソード表面に銅を回収することを特徴としている。
【0027】
本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、前記電解液が、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液またはケイフッ酸−ケイフッ酸銅系溶液であることが好ましく考慮される。
【0028】
また、本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、前記銅以外の金属元素がAg、Au、Pt、Pd、Ni、Pb、As、Sb、Bi、Se、Te、Sn、ZnおよびFeの群より選択される少なくとも一種以上の金属元素であることが好ましく考慮される。
【0029】
スルファミン酸は、メッキ分野や洗浄剤等において広く使用されている薬品であり、硫酸のヒドロキシル基のOHのうちの1つがアミノ基のNHに置換した示性式で表され、アミド硫酸とも呼ばれる。スルファミン酸は、Pbをはじめとするアノードに付着しやすい化合物を形成する金属由来のスルファミン酸塩に対する溶解度が大きいことが知られている。そのため、従来用いられている硫酸中での電解精錬において、電解によって生じたスライム中に含まれる硫酸鉛PbSO等のアノード表面に固着しやすい不純物金属元素の化合物を生成せず、Pb等を溶解し、アノード表面へのスライムの固着を抑制することができると考えられる。しかしながら、これまでのところ、スルファミン酸を主成分とする電解液を低品位銅アノードの電解精錬に用いることは提案されていなかった。
【0030】
電解液中におけるスルファミン酸の濃度としては、例えば、60〜120g/L、好ましくは80〜100g/Lの範囲が例示される。また、電解液中におけるスルファミン酸銅の濃度としては、例えば、40〜100g/L、好ましくは40〜60g/Lの範囲が例示される。
【0031】
また、ケイフッ酸についても、スルファミン酸と同様に、Pb等を溶解することが知られており、スライム中のPbSO等の不純物金属元素の化合物を溶解し、アノード表面へのスライムの固着を抑制することができると考えられる。このようなアノードに付着しやすい化合物を形成する金属元素に対して大きな溶解度を有する特定の電解液を用いることにより、アノード表面の不働態化を抑制して、連続的な電解精錬が可能となる。
【0032】
本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、低品位銅アノードが、銅以外の金属元素を合計して1mass〜30mass%含有する銅合金であることが好ましく考慮される。含有量が上記の範囲内であれば、従来電解採取工程なしでは精錬することが不可能であった、非鉄金属製錬残渣や電気電子機器廃棄物等の2次原料から純度99.99%以上の電気銅を電解精錬により得ることができる。なお、通常電解採取工程では、2V程度の電圧で電極および電解液に電流を印加する必要があるが、電解精錬では、0.2〜0.4V程度の電圧で原料および電解液に電流を印加すれば、電気銅を得ることができる。すなわち、本発明では、非鉄金属製錬残渣やリサイクル品等の2次原料等由来の低品位銅アノードを電解精錬することにより、消費電力を最大で1/10〜1/5程度まで低減させることが可能となる。
【0033】
一方、本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、カソードとして、例えば、ステンレス鋼の薄板や純銅の薄板(銅の種板)等を用いることが例示される。
【0034】
本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、電解を、電流密度100A/m〜400A/mで行うことが好ましく考慮される。また、省エネルギー化を考慮すると、電流密度200A/m〜300A/mの範囲内で行うことがより好ましい。電流密度が上記の範囲内であれば、消費電力を抑えつつ、表面状態の良好な電気銅を得ることができる。一方、電流密度が400A/mを上回ると、デンドライト銅やコブ状組織が形成され、アノードから脱落するスライムや電解液を巻き込み、カソードの純度低下を招いてしまうため好ましくない。また、得られる銅がアノード方向に成長し、短絡して電流効率の低下や電解障害を引き起こすおそれがあるため好ましくない。このような電流密度の制御は、従来公知の電流制御技術により行うことができる。
【0035】
また、電解は、定電流電解であることが好ましく考慮される。本明細書中において、用語「定電流」は、電解精練の開始から終了まで常に一定の電流値で電力供給することに限定されず、例えば、夜間等電力使用料金の比較的安い時間帯には高い電流値で電解し、昼間等電力使用料金の比較的高い時間帯には低い電流値で電解を行うことも包含されている。一方、数秒〜数分程度のごく短時間で周期的に変動するような電流制御は「定電流」に含まれない。
【0036】
本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、定電流電解時の電解液の液温20℃〜80℃、より好ましくは20℃〜40℃の範囲であることが考慮される。液温が高いとSb等アンチモンを主成分とするスライムの生成の抑制と、それに起因する不働態化や、スライムがカソードへ付着することによる純度低下を抑制することができる。また、電解液の電気伝導度が上昇し、電解時の槽電圧の低減が期待できる。一方、電解液が、80℃を上回ると、スルファミン酸が分解しやすく、硫酸水素アンモニウムが生じかねない。そのため、本発明の特定の電解液によるアノードへのスライムの吸着抑制効果、アノード表面の不働態化抑制効果が低下する恐れがある。電解液の液温が上記範囲内であれば、長時間にわたって本発明の電解液によるアノードへのスライムの吸着抑制効果、アノード表面の不働態化抑制効果が発揮される。電解液の液温については、従来公知の保温・保冷手段を適宜使用することができる。
【0037】
本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、上述の電流密度と目的とする銅カソードの厚さによって電解時間を決定することができ、目安としては、例えば、電解における連続通電時間が24時間以上であることが好ましく考慮される。より実際的には、50時間以上、好ましくは100時間以上、より好ましくは150時間以上であることが考慮される。
【0038】
なお、本発明の低品位銅アノードの電解精練方法では、アノード直下に堆積した灰色の固体生成物は陽極泥、すなわちスライムであると考えられ、高濃度のAu、Ag等を含有している。そのため、本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、これら銅より貴な有価金属を副次的に回収することができる。
【0039】
なお、電解液に溶出せず、スライムに分配される有価金属(Ag、Au、Pt、Pd等)については、電解終了後に回収されたのち、従来公知の方法により分離精製することが可能である。また、電解液には、PbとNiが蓄積することを確認しており、Pbについては硫酸を添加することによって回収可能である。さらにまた、Niについては、チオアセトアミドやHSのようなS2−イオンを電解液に供給することで、銅イオンをCuSとして分離後、晶析などによって回収することができる。
【0040】
本発明の低品位銅アノードの電解精錬用電解液は、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液またはケイフッ酸−ケイフッ酸銅系溶液を主成分とする。
【0041】
低品位銅アノードの電解精錬用電解液では、さらに添加剤を加えることも好ましく考慮される。添加剤としては、銅の電析形態を改善することが知られているニカワ、高分子化合物、塩化物イオン、チオ尿素等の従来公知の添加剤、ならびにアノード中に不純物として含有される銅以外の金属元素との錯形成剤であることが好ましく考慮される。後者のような錯形成剤としては、例えば、酒石酸、酢酸およびくえん酸からなる群より選択される少なくとも一種であることが例示される。これら添加剤は1種単独または2種以上を併用することが可能である。特に、添加剤が酒石酸である場合、不純物としてのPbやSnと錯体を形成して、スライムの溶解度を上げると考えられ、しかも、電解精錬後の廃液の処理、無毒化等の点において優れている。
【0042】
このような添加剤、錯形成剤の添加量としては、例えば、10g/L以下、好ましくは5g/L以下であることが例示される。添加量が上記の範囲内であれば、不純物金属元素と添加剤が錯体を形成して電解液中に溶解するため、アノード表面の不働態化抑制効果を向上させることができる。一方、添加量が例えば100g/Lでは、銅の溶解度が減少することにより硫酸銅が析出しやすくなり、かえってアノード表面の不働態化が促進されるおそれがある。
【0043】
以下に実施例を示すが、本発明の電解精錬方法およびそれに用いる電解液は、これらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0044】
<1.銅以外の金属元素を不純物として1種類のみ1mass%含有する銅合金の電解試験>
市販の銅以外の高純度金属試薬、酸素濃度調整に用いる酸化銅(I)(CuO)と配線用純銅線を目的の組成になるように秤量し、内径20mmのアルミナ製タンマン管(SSA−H、ニッカトー製、堺)に入れた後、シリコニット発熱体縦型電気炉にセットした。次に、炉心管の下から流量200cm/min.でアルゴンガスを導入して炉内をアルゴン置換し、温度1200℃に昇温した後2時間保持した。保持後、炉からタンマン管を取り出し、アルゴンガスを吹付ながら空冷した。冷却後、棒状になった銅合金をタンマン管から取り出し、タンマン管の直径方向に切断して低品位銅アノードとして使用した。なお、参考例として純銅を用いて銅アノードを作製し、以下の手順により電解試験に供した。
<2.電解試験>
上記1.で得られた各種銅合金を、厚さ10mm程度になるようにタンマン管の直径方向に切断し、片面にPVC被覆銅線をはんだ付けした後、非導電性樹脂(エポフィックス、丸本ストルアス株式会社製、東京)に冷間樹脂埋めした。次に、これを回転研磨機(ドクターラップML−182、株式会社マルトー製、東京)を用いてエメリー紙#220〜#2000で面出しし、さらに粒径0.3mmのアルミナ粒子を研磨剤としてバフ研磨して低品位銅アノードを作製した。また、直径20mm、厚さ1mmのSUS304ステンレス鋼を同様の手順で銅線付け・樹脂埋め・研磨し、ステンレス鋼カソードを作製した。
【0045】
電解液の調製は、市販の高純度試薬を蒸留水に溶解することによって行った。ここで、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液は、スルファミン酸溶液に塩基性炭酸銅を溶解することで、次式によって調製した。
【0046】
4HNSOaq.+CuCO・Cu(OH)(s)
→2Cu(HNSOaq.+3HO+CO(g) (1)
調製および試験した電解液は以下の2種類である。
(i)HSO濃度160g L−1、Cu(II)濃度40g L−1の硫酸−硫酸銅溶液
(ii)HNSO濃度100g L−1、Cu(II)濃度40g L−1のスルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液
以上のように調製した電解液、作製した低品位銅アノードおよびステンレス鋼カソードを用いて、2電極法で定電流電解を行った。電流密度は300A/mとし、最長24時間または電解電圧が大きく上昇するまで継続した。なお、電解液(i)の硫酸―硫酸銅溶液では、電解液の温度が40℃±2℃の範囲に収まるように液温を調整、保温した。また、電解液(ii)のスルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液では、電解液の温度が25℃±2℃の範囲内におさまるように液温を調整、保温した。
【0047】
図1および表1に、硫酸−硫酸銅溶液中で低品位銅アノードまたは純銅をアノードとして用いて電解した際のアノード表面の不働態化時間を示す。
【0048】
【表1】
【0049】
純銅アノードでは、電解の開始から22.9時間経過したあたりで端子間電圧が大きく上昇し始めたので、これを純銅の不働態化時間とした。不純物としてSb、Ag、Au、Pt、PdまたはSeを1mass%含有する低品位銅アノードでは、純銅と比較して不働態化時間が短くなることが確認された。特に、不純物としてPbを1mass%含有する低品位銅アノードでは、電解開始から3.3時間経過したあたりで端子間電圧(Terminal voltage)が2V程度に上昇後、ほぼ一定値で推移することが確認された。この場合、低品位銅アノードの表面では、以下の反応が進行していると考えられる。
【0050】
(i)Pb+SO2−→PbSO+2e (2)
(ii)PbSO+2HO→PbO+HSO+2H+ 2e (3)
(iii)2HO→O+4H+4e (4)
銅の溶解が進行して低品位銅アノードの表面(電極表面)にPbが露出した結果、これら一連の反応により、低品位銅アノードで起こる化学反応が銅の溶解から酸素発生に切り替わったものと考えられる。
【0051】
一方、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液を用いて低品位銅アノードを電解した場合、図2に示したように、いずれの銅合金も24時間の範囲では不働態化しなかった。したがって、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液は不働態化の抑制に大きな効果があることが確認された。
<3.様々な金属元素を不純物として含有する低品位銅アノードの作製および電解試験>
表2に示した低品位銅アノードの仕込み組成に基づき、1.と同様にして低品位銅アノードを作製した。
【0052】
【表2】
【0053】
(実施例1)
不純物として、Ag2.09mass%、Pb5.02mass%、Ni4.08mass%およびSb5.85mass%を合計した17.04mass%の銅以外の金属元素と、1.04mass%のOを含有する銅合金を作製し、これを低品位銅アノード(82%銅アノード)とした。
【0054】
このようにして得られた低品位銅アノードを用い、2.と同様にして電解試験を行った。なお、電流密度は300A/mとし、最長168時間継続した。
【0055】
(実施例2−1)
不純物として、Ag4.12mass%、Au0.21mass%、Pb4.09mass%、Ni4.02mass%、As1.43mass%、Sb4.00mass%、Bi1.46mass%およびSe1.02mass%を合計した20.35mass%の銅以外の金属元素を含有する銅合金を作製し、これを低品位銅アノード(80%銅アノード)としたこと以外は実施例1と同様にして電解試験を行った。
【0056】
(実施例2−2)
不純物として、Ag5.94mass%、Au0.31mass%、Pb5.95mass%、Ni5.99mass%、As2.10mass%、Sb6.03mass%、Bi2.09mass%およびSe1.49mass%を合計した29.90mass%の銅以外の金属元素を含有する銅合金を作製し、これを低品位銅アノード(70%銅アノード)とし、実施例2−1の80%銅アノード電解後の電解液を濾過したものを電解液として再利用したこと以外は実施例1と同様にして電解試験を行った。
【0057】
このようにして得られた実施例1〜2−2の低品位銅アノードを用い、2.と同様にして電解試験を行った。なお、電流密度は300A/mとし、最長168時間継続した。
【0058】
実施例1の82%銅アノードでは、図3に示したように、端子間電圧は、電解開始直後は0.6V程度の値を示し、その後0.9V程度まで緩やかに上昇した。このような端子間電圧の値は、電解採取における端子間電圧(2.0〜2.3V程度)より小さいが、従来の硫酸−硫酸銅溶液を電解液として用いた電解精錬における端子間電圧(〜0.3V程度)より大きかった。
【0059】
また、端子間電圧が、間欠的に2V程度まで上昇するが、15分程度ですぐに復極することが確認できた。また、端子間電圧が2V程度に上昇している間、気体の発生が確認できた。このような電圧の上昇と復極は、以下の反応式で示したスルファミン酸の分解、Pbを含有するスライムの生成と、アノード表面からのスライムの脱落に起因する現象であると考えられる。
【0060】
NSO+HO→NH+HSO (5)
Pb2++HSO→PbSO+2H (6)
式(6)によってアノード表面にPbSOが生成すると、式(3)、(4)のようにアノード反応が変化し、酸素発生反応が進行する。この際、Pbを含有するスライムの隙間から酸素が発生するなどしてスライムが脱落すると再び銅が露出し、アノード反応が銅の溶解に戻り復極したものと考えられる。
【0061】
また、図4(A)に示したように、電解後のカソードでは電析形態の良好な電気銅が回収されることが確認された。一方、図4(B)に示したように、82%銅アノードでは銅が溶解し、アノード体積が大きく減少していることが確認された。また、電解中において、アノードの下方ならびに電解液表面にスライムが認められた。
【0062】
実施例2−1の80%銅アノードでは、図5に示したように、アノードが不働態化することはなかった。実施例1と比較すると、端子間電圧が上昇する頻度は低いが、端子間電圧の上昇を示す複数のピークが重畳し、ブロードなピークが確認された。また、電解後のカソードでは、図6(A)に示したものとほぼ同等の形状であった。
【0063】
実施例2−2の70%銅アノードでは、図7に示したように、アノードが不働態化することはなかった。実施例1と比較して端子間電圧が上昇する頻度が高く、端子間電圧の上昇を示す複数のピークが重畳し、ブロードなピークが確認された。また、電解後のカソードでは、図8(A)に示したように、カソード下部における電析形態は凹凸が多く、しかも空隙が存在するため不良であった。電解中、アノードの下方ならびに電解液表面だけでなく、電解液中に漂うスライムも確認された。
【0064】
実施例2−2における電解不良は、電解液を繰り返し使用したために生じた現象と考えられる。すなわち、電解液中に溶存化学種として固定化できる限度量を超えた結果、その過剰量がスライムとなりカソードに付着するなどして電解不良を引き起こしたと考えられる。
<4.電析した銅カソードにおける不純物濃度の測定と電流効率>
実施例1〜2−2の低品位銅アノードの電解後、ステンレス鋼カソードに電析した銅を剥ぎ取り、その約半量を4倍希釈の硝酸約50mlに溶解した後、メスフラスコを用いて100mlに調整し、これを適宜希釈した溶液中の不純物元素濃度を誘導結合プラズマ発光分光法(ICP−OES)(iCAP7400、サーモサイエンティフィック製、横浜)を用いて決定することで、電析した銅中の不純物濃度を測定した。また、低品位銅アノード中における不純物としての銅以外の金属元素が電解液中にどの程度溶解したかについても、ICP−OES分析により測定した。
【0065】
また、通電電流値I、通電時間t、カソードに電析した銅の重量W、ファラデー定数Fおよび銅の原子量MCuから、次式によって電流効率を算出した。
【0066】
100・W/[{(I・t)/(2F)}・MCu] (7)
結果を表3に示す。
【0067】
【表3】
【0068】
なお、表3において、ndとは不純物元素が前記カソードの溶解液とその希釈液のICP−OES分析から求められる銅濃度における定量限界以下であったことを示し、具体的には1ppm未満を指す。
【0069】
表3に示したように、電解後のカソードに電析した銅中の不純物としての金属元素濃度をICP−OESで分析したところ、実施例1では、Ag、Pb、NiおよびSbの各金属元素についていずれも定量限界以下であったことから、99.99mass%以上の電着銅が得られたと考えられる。また、このとき電析したカソードの重量から求めた電流効率は、100.4%であった。これらの結果より、スルファミン酸−スルファミン酸銅系溶液は低品位銅アノードを電解精錬可能な極めて有望な電解液系であることが明らかとなった。
【0070】
なお、電解精錬後の銅カソード中のAg濃度について国際基準では25ppm未満であることが規定されているが、本発明の低品位銅アノードの電解精錬方法では、Ag濃度1ppm以下との測定結果が得られた。そのため、極めて不純物の少ない高純度の電気銅が得られることが確認された。
【0071】
また、実施例2−1については、アノードに添加した中の不純物のうち、Ag12ppm、Sb13ppm、Bi13ppmが有意な濃度の不純物としてカソードから確認され、その他の元素については定量限界以下であった。したがって、この場合にも純度99.99%以上の銅が得られたといえる。
【0072】
一方、実施例2−2については、不純物としての銅以外の金属元素の濃度が、それぞれAg濃度27ppm、As濃度29ppmおよびSb濃度30ppmであり、実施例1や2−1と比較して不純物濃度が大きかった。実施例2−2では、電析形態が不良であったことから、電解液や電解液中のスライムを巻き込んだ可能性が高いと考えられる。
<5.電解後の電解液中における不純物濃度の測定>
電解後の電解液についても、4.と同様にしてICP−OES法を用いて不純物としての銅以外の金属元素の濃度を測定した。結果を表4に示す。
【0073】
【表4】
【0074】
表4に示したように、実施例1では、不純物としての銅以外の金属元素の濃度が、それぞれAg濃度0.247ppm、Pb濃度613ppm、Ni濃度606ppmおよびSb濃度56.9ppmであり、Pb、Niのほとんどが電解液中に溶解していることが示唆された。一方、銅より貴な金属であるAgについては、電解液中における濃度も極めて低く、大部分はスライム中に分配されていると考えられる。また、Sbについては、一部電解液に溶解したが、大部分は難溶性の化合物を形成してスライム中に分配されていると考えられる。
【0075】
実施例2−1では、実施例1においてアノード中の不純物として添加した金属元素Ag、Pb、Ni、Sbに加え、Au、As、Biをアノードに添加した。この場合には、電解後の電解液にPb、Ni、As、Biが増大する傾向が認められた。したがって、これらの元素は電解液中の溶存化学種として固定化されていると考えられる。一方、Sbについては、実施例1と比較して低濃度であった。これはアノードから溶解したAsイオンと反応し、難溶性のSbAsOなどを生成したためと考えられる。
<6.スライムの成分分析>
電解精錬後、実施例1の82%銅アノードの下方に沈降していたスライムと、電解液表面に浮遊していたスライムをそれぞれ電解液と共に回収し、ろ過・洗浄した後、電子顕微鏡SEM−EDS(JSM−6510A、日本電子)を用いた組織観察および簡易成分分析とX線回折装置(Ultima IV/285PDS、リガク)を用いた相の同定を行った。
【0076】
図9(A)に示したように、SEMでの観察の結果、82%銅アノードの下方に沈降していたスライムでは、表面に多数の隆起が確認された。一方、図9(B)に示したように、電解液表面に浮遊していたスライムでは、表面の隆起が少なく、一つ一つのスライム塊が比較的小さいことが確認された。
【0077】
図10の結果から、82%銅アノードの下方に沈降していたスライムは、Ag、NiOおよびAbの混合体であり、貴金属に富むことが確認された。一方、電解液表面に浮遊していたスライムは、SbとPbSOからなると考えられる。したがって、陽極泥として沈降しているスライムを回収し、適切な溶媒に溶解することで、貴金属を回収することが可能であると考えられる。
【0078】
実施例2−1〜2−2で回収されたスライムからは、実施例1で見られた銅以外の不純物金属元素の化合物に加え、ヒ酸ビスマスやヒ酸アンチモンも確認できた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10