(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
一般的に、麺の製造においては、小麦粉等の原料粉から麺線を製造する際に食塩(塩化ナトリウム)が添加されることが多い。これは、麺線に含まれるグルテンに塩化ナトリウムを作用させて、麺線の弾性や伸展性を強化し、製麺性や食感を改善するためである。
【0003】
ところが、近年、ナトリウムの過剰摂取による高血圧を予防するため、塩化ナトリウム含量を低減した、いわゆる減塩商品が多数上市されている。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」2010年度版では、一日の食塩摂取目標値が成人男性で9g未満、成人女性で7.5g未満であったのに対し、2015年度版では、一日の食塩摂取目標値が成人男性で8g未満、成人女性で7g未満とそれぞれ一日の食塩摂取目標値が減少していることからも、今後もさらに減塩志向が高まっていくと考えられる。
【0004】
減塩志向の高まりに応じる形で、塩味を強化するために乳酸ナトリウムを加えた食品が提案されている(特許文献4)が、ナトリウム使用量を低減するという点では不十分であった。
【0005】
また、特許文献5には、麺生地を調整する工程および麺線の茹で工程で、1質量%水溶液のpHが4.0〜5.5である乳酸及び乳酸塩を使用することを特徴とする麺類の製造方法が開示されている。しかしながら、かんすいとの併用を想定したものではないため、後述する本発明の課題を解決するには不十分であった。
【0006】
そこで、本発明者らは、乳酸ナトリウムに替えて、乳酸カリウムを添加した即席麺の開発に着手した。この開発の過程で、乳酸カリウムが製麺性に悪影響を与えるという課題が明らかになったため、この課題を解決すべく、本願発明の着想に到ったものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。
【0014】
1.原料
本発明により製造された即席麺は乳酸カリウム、かんすい、及び原料粉を含むことが必要である。先ず、これら原料について詳細に説明する。
【0015】
1−1.乳酸カリウム
乳酸カリウムは、塩味増強効果の他に、保湿効果や静菌効果のある材料として知られており、一般的には、製造当初の工程(混捏工程)から添加される。しかしながら、本発明者らの検証の結果、乳酸カリウムは、かんすいの持つ製麺性を阻害することが明らかになった。そこで、本発明では、製麺後に乳酸カリウムを添加する工程(着味工程)を設け、製麺性を阻害することなく、塩味を強化することを実現した。
【0016】
本発明は、製麺前の乳酸カリウム添加を完全に排除するものではない。具体的には、製麺時の乳酸カリウム添加量がかんすい添加量の半量(重量比)程度の場合には、製麺性はさほど低下しない。ただし、小麦に含まれるグルテン量や、併用する塩(塩化ナトリウムや塩化カリウム等)によっては、乳酸カリウムの悪影響が顕著になる可能性がある。したがって、本発明では、製麺時の乳酸カリウム添加量は、かんすい添加量の半量であることが好ましく、実質的に添加されていないことがより好ましい。
【0017】
乳酸カリウムの添加量としては、即席麺全量に対して、0.1〜2.5重量%が好ましく、0.2〜1.5重量%がより好ましく、0.3〜1.0重量%がさらに好ましい。乳酸カリウムの含有量が0.1重量%未満の場合には、塩味増強効果が弱い。一方、乳酸カリウムの含有量が2.5重量%を超える場合には、乳酸カリウムの酸味が強すぎて麺の風味が低下しやすい。また、吸水性が強すぎるため、麺が軟らかくなる傾向がある。なお、乳酸カリウム含有量は、即席麺全量に対して0.2〜1.5重量%が好ましく、0.3〜1.0重量%がより好ましい。
【0018】
1−2.かんすい
本発明における“かんすい”とは、中華麺やうどんの製麺に用いるアルカリ塩のことを指し、具体的には、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム等の炭酸塩、ピロリン酸四カリウム、ピロリン酸ナトリウム等のピロリン酸塩、ポリリン酸カリウム、ポリリン酸ナトリウム等のポリリン酸塩、メタ燐酸カリウム、メタ燐酸ナトリウム等のメタリン酸塩、リン酸三カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸三ナトリウム等のリン酸塩などが挙げられる。
【0019】
かんすいを添加する利点は以下のようなものである。
(1)かんすいが有機物に作用し、ピロリジンやトリメチルアミン等のアルカリ臭が生じる。
(2)かんすい加えることで、小麦に含まれるグルテンが収斂し、コシや滑らかさが向上する(製麺性)。
(3)かんすいが小麦に含まれるフラボノイド系色素に作用し、淡黄色に呈色する。
【0020】
上述の通り、乳酸カリウムとかんすいを併用すると、かんすいの持つ製麺性が阻害され、麺のコシが低下する。そこで、本発明では、乳酸カリウムとかんすいの添加するタイミングを明確に区分し、乳酸カリウムとかんすいの持つ機能を最大限発揮できるように調整している。
【0021】
1−3.原料粉
原料粉としては、小麦粉、米粉、ライ麦粉、大麦粉、はとむぎ粉、ひえ粉、あわ粉、トウモロコシ粉、小豆粉、大豆粉、ソバ粉及びキヌア粉等の穀粉、馬鈴薯澱粉、タピオカ澱粉及びコーンスターチ等の澱粉、並びにアセチル化澱粉、エーテル化澱粉及び架橋デンプン等の加工澱粉などを使用することができる。
【0022】
本発明では、原料粉がタンパク質を含むことが好ましい。原料粉がタンパク質を含むことにより、メイラード反応が起こり、好ましい調理感や外観を実現し易くなる。なお、原料粉がタンパク質を含まない場合には、調理感や外観の付与をカラメル反応に頼らざる得ないため、好適な調理感や外観を実現しにくくなる。
【0023】
さらに、本発明では、原料粉がタンパク質の一種であるグルテンを含むことが好ましい。原料粉がグルテンを含むことにより、好適な調理感や外観が実現されると共に、製麺性が向上する。なお、本発明におけるグルテンとは、より詳細にはグルテニンとグリアジン又はグルテンである。グルテリンの一種であるグルテニンと、プロラミンの一種であるグリアジンを水分の介在下で反応させると互いに結合させるとグルテンとなる。したがって、グルテニンとグリアジンの組み合せも、グルテンと同じように取り扱う。
【0024】
本発明に用いる原料粉としては小麦粉が好ましい。小麦粉はグルテニンとグリアジンを含有するため、水を加えて麺生地に練り上げるだけでグルテンを得ることができる。小麦粉は、タンパク含有量の違いから薄力粉、中力粉、強力粉及びデュラム粉等に分類されるが、いずれも好適に用いることができる。
【0025】
小麦粉以外の米粉、大麦粉、タピオカ澱粉等のグルテンを含まない原料粉を使用する場合には、別途、グルテンを加えることが好ましい。グルテンを含まない原料粉を使用する場合であっても、別途グルテンを加えることで、小麦粉と同じような製麺性や調理感を得ることが可能になる。
【0026】
原料粉は、即席麺の主たる成分であり、本発明に用いる全原料に対して50重量%以上を占めることが好ましい。原料粉が50重量%未満の場合には、製麺性が低く、好ましい調理感や外観も得られにくい。
【0027】
本発明では、麺線全量中、グルテンを2〜30重量%含有することが好ましい。グルテンを2〜30重量%含有している場合には、麺の弾性や伸展性のバランスが良く、麺の食感が良好である。また、適度にメイラード反応が起こるため調理感や外観が良好である。
【0028】
1−4.塩化ナトリウム
塩化ナトリウムを過剰に摂取すると高血圧症や心疾患等のリスクが高まるといわれているが、塩味を誘起する最も一般的な物質であり、代替物のみでは異味が強くなりすぎる。また、塩化ナトリウムは、グルテンに作用して麺線の弾性や伸展性を強化し、製麺性や食感を改善する。このため、本発明においても塩化ナトリウムを一定量添加することが好ましい。
【0029】
本発明においては、原料粉100重量部に対して、塩化ナトリウムを0.5〜3重量部添加することが好ましい。塩化ナトリウムの添加量が0.5重量部未満の場合には、麺線の弾性や伸展性が充分に向上しない。一方、塩化ナトリウムの添加量が3重量部を超える場合には、塩化ナトリウムに由来する塩味が充分に強いため、乳酸カリウムを加えて塩味を補う必要性がない。
【0030】
1−5.副原料
本発明では、上記原料以外の副原料を添加することができる。具体的には、麺の食感を調整するために使用されるキサンタンガム、ペクチン等の増粘多糖類、色相を調整するために使用される全卵(中華麺)やほうれん草(翡翠麺)、色相や甘味を調整するために添加されるグルコースやフルクトース等の糖、風味を調整するために添加される香料等、製麺性を高めるための油脂等を使用できる。
【0031】
2.製法
次に即席麺の製造方法について具体的に説明する。
【0032】
(工程1)麺生地(ドウ)の製造工程(混捏工程)
原料粉に、少なくともかんすいを含有する練水を給水し、これを混捏してドウを製造する。混捏時間には特に限定はないが、5〜30分混捏するのが一般的である。また、混捏に使用するミキサーの種類には特に限定はなく、バッチ型ミキサーやフロージェットミキサー等を適宜使用できる。また、練水には、塩化ナトリウム、還元糖等の色相調整剤、増粘多糖類等の副原料を添加しても良い。
【0033】
(工程2−1)生麺線の製造工程
生麺線の製造方法としては、(ア)工程1で得られたドウを複合・圧延して所定の厚さの麺帯を製造し、切刃等を用いて切出す方法(切出麺)、(イ)ドウを所定のサイズの穴から押し出す方法(押出麺)、(ウ)ドウによりをかけながら延ばして麺状に成型する方法(手延麺)等が挙げられる。なお、切出麺としては中華麺、うどん等、押出麺としてはスパゲティー等、手延麺としては素麺等が例示できる。また、これらの方法を組み合わせても良く、例えば、押出によって麺帯を製造し、切出す方法(製法(ア)と製法(イ)の組合)等が利用できる。
【0034】
(工程2−2)蒸煮及び/又はボイル工程
本発明では、必要に応じて生麺線を蒸煮及び/又はボイルして、α化麺線としてもよい。小麦粉等に含まれる澱粉は、生澱粉と呼ばれ分子構造が緻密で消化が悪いが、水を加えて加熱すれば分子構造が崩れてα化澱粉となり消化しやすくなる。なお、処理温度には特に制限はなく、常圧の水蒸気で蒸煮する場合やボイルする場合の処理温度は95〜100℃、過熱水蒸気を用いる場合には100〜350℃で処理するのが一般的である。
【0035】
なお、予めα化された原料粉(α化小麦粉やα化澱粉)を用いる場合には、蒸煮及び/又はボイル工程を実施する必要はない。また、着味工程において「乳酸カリウムを含む湯中でボイルする方法」を用いる場合にも本工程を実施する必要はない。
【0036】
(工程3)着味工程
本発明では、麺線に、乳酸カリウムを添加する工程(以下「着味工程」と称する)を設ける必要がある。麺線の形成後に乳酸カリウムを添加することで、乳酸カリウムがかんすいの製麺性を阻害せずに、塩味を効果的に付与できる。
【0037】
着味方法としては、麺線を着味液に浸漬させる方法(浸漬法)、及び/又は麺線に着味液を噴き付ける方法(噴付法)等を適宜用いることができる。
【0038】
浸漬法における着味液の乳酸カリウム濃度としては、1.0〜10.0重量%が好ましい。1.0重量%未満だと、塩味増強効果が発現しにくい。また、10.0重量%以上だと、着味液の塩味が強くなり過ぎてしまい、麺線の塩味を調整しにくくなってしまう。
【0039】
なお、本発明においては、塩味や食感を高める観点から、着味工程前に、上記工程2−1を設けて麺線をα化しておくこと好ましい。
【0040】
また、着味液の乳酸カリウム濃度は、1.0〜10.0重量%が好ましい。1.0重量%未満だと、塩味増強効果が発現しにくく、10.0重量%以上だと、着味液の塩味が強くなり過ぎてしまい、麺線の塩味を調整しにくくなってしまう。
【0041】
(工程4)切出・型詰工程
切出麺の場合、麺線は着味工程までは連続してコンベヤ上を運ばれるのが通常であり、切出工程において一食分にとりまとめるために切断される。そして、切断された麺線はリテーナー(金属製型枠)に自動的に型詰される。なお、押出麺や手延麺の場合は切出・型詰工程を経ずに乾燥工程に移行するのが一般的である。
【0042】
(工程5)乾燥工程
乾燥工程を経る前の麺線は水分を25〜65重量%含有するため、即席麺の保存性を高めるために、水分が1〜15重量%になるまで乾燥する必要がある。代表的な乾燥方法としては、瞬間油熱乾燥法と熱風乾燥法が挙げられる。
【0043】
<瞬間油熱乾燥法>
瞬間熱乾燥法とは、麺線を100〜200℃の熱油に1〜4分通過させることにより、麺線の水分を1〜5重量%程度まで脱水乾燥させる方法である。なお、瞬間油熱乾燥法は切出麺は、型詰を要しない押出麺や手延麺には一般的には用いられない。
【0044】
<熱風乾燥法>
熱風乾燥法とは、麺線を50〜170℃の熱風に10〜180分晒すことにより、麺線の水分を8〜15重量%程度まで乾燥させる方法である。熱風乾燥法では、麺線を型詰する必要が無いため、切出麺だけでなく押出麺や手延麺にも利用することができる。
【実施例】
【0045】
(練水)
かんすい3部(炭酸カリウム:炭酸ナトリウム=3:2)および塩化ナトリウム15部を水345部に溶解させて練水1を調整した。また、水、かんすい、塩化ナトリウム、塩化カリウムおよび乳酸カリウム(78%水溶液)の配合を表1の通り変更して練水2〜4を調整した。
【0046】
【表1】
【0047】
(試作例)
小麦粉900部、タピオカアセチル化デンプン100部を紛体混合し、ここに練水1を363部加えてバッチ型ミキサーで15分間ミキシングして、そぼろ状のドウ1(試作例1)を作製した。また、練水1を、練水2〜4に置き換えてドウ2〜4(試作例2〜4)を作製した。
【0048】
(生地物性評価)
ドウ1〜4について、ファリノグラフ(ブラベンダー社製)を使用して生地物性を評価した。なお、ファリノグラフとは、麺生地のミキシング過程において、回転軸にかかるトルクを硬粘度(FU:ファリノグラフ単位)として測定する装置であり、本発明における具体的な測定条件は以下の通りである。なお、上述の通りドウ1〜4のミキシング時間は15分であるが、生地物性の評価に際しては60分ミキシングを行った。
測定機器:ファリノグラフE型(ブラベンダー社製)
紛体量:200g
加水量:70g
温度;30℃
混合刃速度:45
計測時間(ミキシング時間):3600秒
測定間隔:2秒
【0049】
生地物性評価の概要を表2に示した。なお、ファリノグラフで得られる硬粘度には一定のブレ幅が存在するが、表2中の硬粘度はその平均値である。また、試作例ごとの測定結果(最小値、平均値、最大値)を
図1〜4に、試作例2(練水に乳酸カリウムを使用)とその他試作例の比較を
図5〜7に示した。
【0050】
【表2】
【0051】
表2、
図7から明らかなように、乳酸カリウムを添加することで生地形成が遅くなり、製麺性を阻害することがわかる。また、表2、
図6、7から明らかなように、塩化ナトリウムや塩化カリウムと異なり、乳酸カリウムには最高硬粘度(麺のコシ)を高める効果も期待できない。したがって、乳酸カリウムは、製麺時ではなく、製麺後に添加する必要がある。
【0052】
(実施例1)
ドウ1を整形ロールで複合・圧延して0.9mmの麺帯とし、切刃ロール(丸刃20番:溝巾1.5mm)に通して
麺線に切出し、270kg/hの飽和蒸気で2分間蒸煮した。
【0053】
蒸煮した麺線を、塩化ナトリウム70部、乳酸カリウム(78%水溶液)25.6部、水994.4部からなる着味液1に20秒間浸漬し、約30cm(100g)に切断してリテーナに充填し、リテーナごとに麺線を150℃のパーム油で2分30秒乾燥(瞬間油熱乾燥法)して水分量が2重量%の即席麺1を作製した。なお、リテーナに充填した麺線は100g、乾燥後の重量は66gである。
【0054】
(比較例1)
ドウ2を整形ロールで複合・圧延して0.9mmの麺帯とし、切刃ロール(丸刃20番:溝巾1.5mm)に通して
麺線に切出し、270kg/hの飽和蒸気で2分間蒸煮した。
【0055】
蒸煮した麺線を、塩化ナトリウム90部、水1000部からなる着味液2に20秒間浸漬し、約30cm(100g)に切断してリテーナに充填し、リテーナごとに麺線を150℃のパーム油で2分30秒乾燥(瞬間油熱乾燥法)して水分量が2重量%の即席麺2を作製した。なお、即席麺1と同様にリテーナに充填した麺線は100g、乾燥後の重量は66gである。
【0056】
(比較例2)
ドウ4を整形ロールで複合・圧延して0.9mmの麺帯とし、切刃ロール(丸刃20番:溝巾1.5mm)に通して
麺線に切出し、270kg/hの飽和蒸気で2分間蒸煮した。
【0057】
蒸煮した麺線を、塩化ナトリウム90部、水1000部からなる着味液2に20秒間浸漬し、約30cm(100g)に切断してリテーナに充填し、リテーナごとに麺線を150℃のパーム油で2分30秒乾燥(瞬間油熱乾燥法)して水分量が2重量%の即席麺3を作製した。なお、即席麺1と同様にリテーナに充填した麺線は100g、乾燥後の重量は66gである。
【0058】
(塩味)
比較例2を基準に、熟練したパネラーが以下の通り評価した。
○:比較例2と比較して塩味が同等、または塩味が強いと評価したパネラーが9名以上
×:“○”以外の評価
【0059】
【表3】
【0060】
(まとめ)
生地物性評価より、乳酸カリウムが製麺性を阻害することが明らかである。一方、乳酸カリウムを、練水で添加しても、製麺後の着味液で添加しても塩味にはほとんど差がない。したがって、乳酸カリウムを製麺時ではなく、製麺後に加えることで、麺の食感を維持しつつ、効率よく塩味を付与することが可能である。