特許第6986838号(P6986838)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6986838
(24)【登録日】2021年12月2日
(45)【発行日】2021年12月22日
(54)【発明の名称】植物栽培方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 31/00 20180101AFI20211213BHJP
【FI】
   A01G31/00 601A
   A01G31/00 611Z
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-244489(P2016-244489)
(22)【出願日】2016年12月16日
(65)【公開番号】特開2018-93836(P2018-93836A)
(43)【公開日】2018年6月21日
【審査請求日】2019年8月28日
【審判番号】不服2021-2134(P2021-2134/J1)
【審判請求日】2021年2月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(72)【発明者】
【氏名】雨宮 崇
(72)【発明者】
【氏名】助清 泰教
(72)【発明者】
【氏名】窪川 清一
【合議体】
【審判長】 住田 秀弘
【審判官】 田中 洋行
【審判官】 森次 顕
(56)【参考文献】
【文献】 特開平8−205700(JP,A)
【文献】 特開2014−143926(JP,A)
【文献】 特許第5763282(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
勾配をもたせた栽培ベットの上に、多数の植え穴を穿設した定植パネル板を配置し、
該植え穴を通して苗根鉢を該栽培ベット上に載置し、
該栽培ベットの底面の上面側に養液を供給して葉菜類を栽培する方法であって、
前記養液は、フェニルアラニンが添加されたものであることを特徴とする植物栽培方法。
【請求項2】
前記フェニルアラニンを、養液100質量部に対して0.001〜2質量部添加することを特徴とする請求項1に記載の植物栽培方法。
【請求項3】
前記栽培ベットの上面に、前記勾配方向に延在した凸条が複数設けられており、
該凸条は前記植え穴の下方に位置しており、
該凸条同士の間は凹条となっており、
前記苗根鉢を該凸条上に載置し、
前記凹条に前記養液を流すことを特徴とする請求項1又は2に記載の植物栽培方法。
【請求項4】
前記栽培ベットの底面の上面側に親水性シートを配置することを特徴とする請求項に記載の植物栽培方法。
【請求項5】
前記養液を循環させて栽培することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の植物栽培方法。
【請求項6】
前記葉菜類は、オミナエシ科、アブラナ科、ヒガンバナ科、セリ科、シソ科、ヒユ科、キク科又はアカザ科であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の植物栽培方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物栽培方法に関し、特に葉酸を含有する葉菜類の植物栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
平成11年度の厚生労働省が実施した研究において、葉酸の不足が乳児の神経管障害の発生率を増加させる傾向があることが明らかとなり、その摂取の必要性が認識され始めている。これを受けて、国として葉酸の摂取が推進され、母子手帳等にもその重要性が記載されている。このように、葉酸は、摂取が必要な栄養素として、厚生労働省が定める日本人食事摂取基準(2015年版)が定められており、現在の推奨量は、成人女性の場合、1日当たり240μgであるが、妊婦では更に240μg、授乳婦では更に100μgの摂取が推奨されている。
【0003】
この葉酸を日々の食事の中で十分な量を摂取するには、多くのサプリメントが市販され手軽に摂取することは可能であるが、毎日の食事の中で食材からとりたいと考えている消費者も多い。また、野菜等の食材中には、葉酸以外の他の栄養素を豊富に含んでおり、日々の食事の中で食材を通して栄養素を摂取することは重要である。これらのことから、近年、食用植物に葉酸を多く含有させる試みがされている。
【0004】
たとえば、特許文献1(特開2011−182672号公報)には、10〜25℃の範囲の温度において、葉酸を0.1〜1質量%の濃度で含有し、さらにpHを調整した水溶液に食用植物体の一部を浸漬して葉酸を高濃度に含有する食用植物体を得る方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1の方法は、好ましくは0.75質量%程度の高濃度の葉酸水溶液を作製するために微妙なpHの調整が必要とされ、このpHの調整によって、養液のpH値が高くなり、植物がストレスを受け、該植物体は、根の吸収能が阻害され、微量要素欠乏症状による萎れや根腐れを起こし、該植物が弱体化、場合によっては枯死するという問題がある。
【0006】
また、特許文献2(特許第5763282号公報)には、葉酸供給源として酵母を用い、酵母エキスを規定の濃度で含有させた液体培地に植物の根を浸漬して、該植物を栽培する方法が開示されている。
【0007】
しかしながら、酵母を含む液体培地中に含まれる雑菌の繁殖を防ぐため、殺菌処理が必要であり、この殺菌処理を行うためには、加熱装置が必要となり、更に、培養容器に液体培地を収容するために冷却装置が必要となる。このため設備費用が掛かるという問題や、殺菌が不十分な場合、雑菌が繁殖し、植物体の根の生長を阻害し、根腐れを起こし、惹いては生育不良が発生するという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2011−182672号公報
【特許文献2】特許第5763282号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、pH調整や、殺菌の工程などを必要とせず、栽培する葉菜類中の葉酸含有量を高めることができるとともに、収穫量が高い植物栽培方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、養液を供給して葉菜類を栽培する方法において、養液にフェニルアラニンを含有させることで、上記課題を解決できることを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明の植物栽培方法は、養液を供給して葉菜類を栽培する方法であって、前記養液は、フェニルアラニンが添加されたものである。
【0012】
本発明に使用するフェニルアラニンとは、食品中のたんぱく質に含まれるアミノ酸の一つであり、鰹節や高野豆腐、大豆、レバーなどの食物に多く含まれている。また、フェニルアラニンとアスパラギン酸が結合してできた人工甘味料であるアスパルテームは、食品添加物としても多くの食品で使用されている。
【0013】
本発明の一態様では、前記フェニルアラニンを、養液100質量部に対して0.001〜2質量部添加する。
【0014】
本発明の一態様では、勾配をもたせた栽培ベットの上に、多数の植え穴を穿設した定植パネル板を配置し、該植え穴を通して苗根鉢を該栽培ベット上に載置し、該栽培ベットの底面の上面側に前記養液を供給して葉菜類を栽培する。
【0015】
本発明の一態様では、前記栽培ベットの上面に、前記勾配方向に延在した凸条が複数設けられており、該凸条は前記植え穴の下方に位置しており、該凸条同士の間は凹条となっており、前記苗根鉢を該凸条上に載置し、前記凹条に前記養液を流す。
【0016】
本発明の一態様では、前記栽培ベットの底面の上面側に親水性シートを配置する。
【0017】
本発明の一態様では、葉菜類は、オミナエシ科、アブラナ科、ヒガンバナ科、セリ科、シソ科、ヒユ科、キク科又はアカザ科、である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の植物栽培方法によると、養液にフェニルアラニンを添加することで、pHの調整や、殺菌の工程などを必要とせず、栽培する植物中の葉酸含有量を高めるとともに、収穫量が高い植物栽培方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】栽培ベットの斜視図である。
図2図1の凸部の断面図である。
図3】植物育成中の栽培ベットの断面図である。
図4】栽培施設を説明する平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明についてさらに詳細に説明するが、本発明の効果を奏する範囲であれば、本発明は下記実施形態に制限されるものではない。
【0021】
本発明方法で栽培する葉菜類は、オミナエシ科、アブラナ科、ヒガンバナ科、セリ科、シソ科、ヒユ科、キク科又はアカザ科であることが好ましく、特にホウレンソウが好適である。
【0022】
本発明の植物栽培方法では、養液は、フェニルアラニンが添加されたものである。
【0023】
葉酸は、プテリジン、パラアミノ安息香酸及びグルタミン酸が結合した構造を持っている。既往の研究において、葉酸の合成は、ミトコンドリア、細胞質基質、葉緑体の細胞内の3つの器官が関与していることが知られており、細胞質基質中でグアノシン三リン酸から生成されたプテリジンと、葉緑体内で生成されたパラアミノ安息香酸が、ミトコンドリア内に移動した後、プテロイン酸となり、更にグルタミン酸と結合し、プテロイルモノグルタミン酸(葉酸)となる。
【0024】
葉酸とは、狭義にはプテロイルモノグルタミン酸を指すが、広義にはポリグルタミン酸型も含む総称名である。
【0025】
食品中の葉酸の大半はポリグルタミン酸型として存在し、酵素たんぱく質と結合した状態で存在している。
【0026】
葉酸は、上述したプロセスで植物体内において生成されているが、このプロセスのうち葉酸を構成する物質の一つであるプテリジンの合成に関与するGTPシクロヒドラーゼI(GTP cyclohydrolase I、以下GCHIという)と呼ばれる酵素が葉酸合成量に影響することが、既往の研究において報告されている。このGCHIと呼ばれる酵素が、グアノシン三リン酸(以下、GTPという)から、葉酸合成の中間体であるジヒドロネオプテリン三リン酸を合成する。よって、このGCHIを活性化させることで植物体内の葉酸量を増加させる効果があると考えられる。
【0027】
一方、このGCHIは、GCHI Feedback Regulatory Protein(以下、GFRPという)とよばれるタンパク質と複合体を形成して、フィードバック調節機構が存在していることが近年の研究で明らかとなっており、この複合体にフェニルアラニンが結合することで、GCHIの働きが活性化することが明らかとなっている。しかし、このGFRPは、哺乳類の生体内に存在することは明らかとなっているが、植物体内に存在していることは、現在の研究では明らかとなっていない。
【0028】
しかし、本願発明に規定する方法でフェニルアラニンを活用した栽培を行ったところ、葉酸を増加させる結果が得られた。葉酸を増加させる機構は明らかではないが、フェニルアラニンの添加によって、何らかの機構によりGCHIの活性化に効果あるものと推測される。
【0029】
前記フェニルアラニンを養液に添加する方法は、特に限定されることはなく、栽培中の養液に規定量のフェニルアラニンを添加しても良く、事前に液肥原液にフェニルアラニンを添加し、撹拌し混合した後に、栽培している養液に添加することもできる。
【0030】
また、フェニルアラニンの添加は、フェニルアラニン(粉末)を栽培養液に添加しても良く、フェニルアラニンを事前に栽培養液又は水で溶かし、フェニルアラニン水溶液とした状態で、栽培養液に添加することもでる。栽培養液中のフェニルアラニン分布をより均一させる点では後者の添加方法の方が好ましい。
【0031】
なお、フェニルアラニンは、市販品を使用することができ、たとえば、和光純薬工業株式会社が販売している「L(−)−Phenylalanine」、Toronto Research Chemicals 社製「L−Phenylalanine」や、The United States Pharmacopeial Convention社製「L−Phenylalanine」などを使用することができる。
【0032】
植物を栽培する期間において、養液にフェニルアラニンを含有させる時期は、特に限定することはなく、栽培する期間中、常時、フェニルアラニンを含有させてもよく、栽培の期間のうち、一定の期間だけ養液にフェニルアラニンを含有させ、それ以外の期間は通常の養液のみで栽培してもよい。一定の期間、フェニルアラニンを含有させる期間は間隔をあけて、複数回含有させても良く、特に栽培後期に添加した方がより好ましい。
【0033】
本発明の植物栽培方法では、養液100質量部に対して、フェニルアラニンを0.001質量部以上添加することが好ましく、0.003質量部以上添加することがより好ましく、0.006質量部以上添加することが更に好ましい。フェニルアラニンの添加量を上記とすることで、栽培する植物中の葉酸濃度を効率よく高めることができる。
【0034】
フェニルアラニンの添加量の上限は特に限定することはないが、フェニルアラニンを養液100質量部に対して2質量部以下添加することが好ましく、1質量部以下添加することがより好ましく、0.5質量部以下添加することが更に好ましく、0.1質量部以下添加することが特に好ましい。
【0035】
本発明の植物栽培方法は、養液を循環させて栽培する栽培装置で葉菜類を栽培することが好ましい。
【0036】
この栽培装置は、勾配をもたせた栽培ベットの上に、多数の植え穴を穿設した定植パネル板を配置し、該植え穴を通して苗根鉢を該栽培ベット上に載置し、該栽培ベットの底面の上面側に前記養液を供給して葉菜類を栽培する。
【0037】
好ましくは、前記栽培ベットの上面に、前記勾配方向に延在した凸条が複数設けられており、該凸条は前記植え穴の下方に位置しており、該凸条同士の間は凹条となっており、前記苗根鉢を該凸条上に載置し、前記凹条に前記養液を流す。さらには、前記栽培ベットの底面の上面側に親水性シートを配置し、前記栽培ベットの底面の上面側に養液を供給して葉菜類を栽培するよう構成されていることが好ましい。
【0038】
このような栽培装置を使用することで、上記栽培ベットの底面の上面側をある程度の流速で養液を循環させることができ、養液中のフェニルアラニン分布が均一になり、植物体の根に十分かつ均一に供給される。これにより植物の根にフェニルアラニンを効率よく供給することができる。
【0039】
また、前記栽培装置は、供給する養液を予め設定された温度範囲内に保持する温度調整手段と上記養液の濃度調整手段とを備えてもよい。
【0040】
前記温度調整手段は、循環する養液の温度を、年間を通して予め設定された範囲内に保持することができる。この温度調整手段は、養液タンク内の温度を検出する温度センサと、養液タンク内に配置されて養液と熱交換する熱交換器と、この熱交換器に熱媒体を供給する熱媒体供給ライン(温度調整ライン)と、この熱媒体供給ラインに介装されて温度センサからの検出信号により上記熱媒体の熱交換器への供給量を制御する制御弁等から構成することができる。
【0041】
また、前記濃度調整手段は、互いに種類や濃度の異なる養液を貯留する複数の養液の原液タンクと、各々の原液タンク内の養液の原液をポンプによって養液タンクへ送る移送ラインと、これら移送ラインに介装された三方切換弁(開閉弁)等から構成することにより、循環する養液の濃度を調整することができる。
【0042】
栽培ベットの上面には、定植パネルの植え穴の下に、凸条が形成されていることが好ましい。凸条の幅は、使用される苗根鉢の径によって決められる。凸条の幅が苗根鉢の直径より狭いと、苗根鉢が畝状凸部からずれ落ちて傾く虞が生じる。好ましくは、凸条の幅は使用する苗根鉢の直径よりも大きく、苗根鉢の直径に対して4mm加えた幅よりも小さいことがより好ましい。
【0043】
この栽培ベットの上面を流れる養液は、栽培ベットの凸条同士の間の凹条を流れる。植え穴に挿入された苗根鉢は、凸条の上面に載置される。苗根鉢が養液の流れに洗われないので、苗根鉢の培地が崩れたり、培地が流出することが抑制される。
【0044】
この栽培ベットによると、水中で生育する水中根と、湿気中に維持され多数の根毛を有する湿気中根の2つの異なった形態・機能を持った根を発生させることができる。水中根は主に養液中の肥料と水を吸収し、湿気中根は主に湿気中から直接酸素を吸収する。
【0045】
この栽培方法によれば、養液中の溶存酸素だけに頼らず植物を栽培することが可能であり、溶存酸素が不足しやすい高温期の栽培でも植物の根が酸素欠乏に陥ることがない。
【0046】
この栽培ベットの好適な構成について図1〜3を参照して説明する。また、この栽培ベットを備えた栽培装置を図4に示す。
【0047】
図1〜3の通り、軽量な発泡スチロールで成型される定植パネル板51には多数の植え穴52が穿設されている。定植パネル板51の大きさは、1例を示すと幅600mm、奥行き1000mm,厚み35mmである。植え穴52の形状は逆円錐形でもよいが、上下同径の円筒形とする方がよく、大きさは使用される苗根鉢54の径よりも大きくする。植え穴52の間隔は、作物栽培上適正な間隔に決める。例えばホウレンソウの場合は、定植パネル板51の大きさが上記のとおりとすると、直径27mmの円筒状の植え穴52を118mmの間隔で総数45個菱形状に配列する。
【0048】
上記した定植パネル板51,51が上面に載置される栽培ベット53は、定植パネル板51と同様、軽量な発泡スチロールにて成型される。図示の例では、栽培ベット53の両側辺部に形成した段部59,59と、上面の中央に形成した受承部60とによって、2枚の定植パネル板51,51を支持している。栽培ベット53の大きさの1例を示すと、幅1260mm、奥行き1000mm、側壁の高さ100mmである。
【0049】
定植パネル板51の植え穴52の真下に当たる栽培ベット53の底面箇所に、長手方向に連続する凸条56が複数列形成されている。凸条56,56間の凹条55に養液Lが流下する。この凸条56の高さは養液Lの液深との関係で決められ、凸条56の幅は使用される苗根鉢54の径によって決められる。凸条56の高さが低すぎると、凸条56の上に載置した苗根鉢54が養液Lで洗われる虞が増すから好ましくなく、逆に高すぎると苗根鉢54と養液Lの液面との距離が離れ過ぎて苗根鉢54への水分供給が不足し勝ちとなって成育を遅らせるから好ましくない。凸条56の幅が苗根鉢54の直径より狭いと、苗根鉢54が畝状凸条56からずれ落ちて傾く虞が生じる。望ましくは、凸条56の高さは養液Lの液深よりも約2〜3mm程度高いものであり、凸条56の幅は使用する苗根鉢54の直径よりも大きく、苗根鉢54の直径に対して4mm加えた幅よりも小さいことがより好ましい。凸条56の間隔は植え穴52同士の間隔と等しい。
【0050】
好ましくは、複数個の栽培ベット53を長手方向に連設し、約1/50〜1/150程度の勾配となるように設置する。この場合、図2に示したように、連設された栽培ベット53の上面全体をプラスチックシート57で被覆して各連設箇所の漏水を防止し、プラスチックシート57上に、布、紙等の親水性シート58を敷設するのが好ましい。この親水性シート58は毛管作用によって液を汲み上げるためのものである。
【0051】
図3に示すように、栽培ベット53に定植パネル板51を被せ、苗根鉢54を植え穴52から落し込む。苗根鉢54は、植え穴52の真下に対峙する栽培ベット53の凸条56上に載置される。ついで養液Lを栽培ベット53の上流側より下流側へ向けて凹条55に流す。養液Lの流量が栽培ベット当り10リッター/分のときの溝内液面高さは略2〜3mmとなる。これは凸条56高さの約半分である。定植パネル板51下面と溝内養液Lの液面との間には高さ25mm程度の湿気空間が形成されることになる。
【0052】
上記説明では、栽培ベット53は発泡合成樹脂製であるが、合成樹脂の波板プレートなど、凸条と凹条とが平行に交互に形成された各種の板状ないしは盤状の部材を用いてもよい。
【0053】
本発明に使用できる栽培装置は、図4に例示されるように、希釈された養液を貯める親タンク86を有し、この親タンク86から養液を供給する少なくとも1つ以上の子タンク73が配置され、子タンク73から養液が供給される少なくとも1つの栽培ベット53を配置していることが好ましい。
【0054】
この親タンク86に、原液タンク(図示略)内の液肥原液と、水道水などの水が、供給制御弁84a,85a付き配管84,85から供給され、所定濃度の養液が調製される。親タンク86で調製された所定濃度の養液がポンプ87、配管88、三方弁89、流量計90及びボールタップ91を介して各子タンク73に分配供給される。三方弁89には、給水用配管92が接続されており、該三方弁89を切り替え操作することにより子タンク73に配管92からの水を供給できるよう構成されている。各子タンク73内の液は、ポンプ74及び配管75を介して各栽培ベット53に供給される。
【0055】
図4では、前記栽培ベット53が複数個配置され、葉菜類が栽培されている。この複数の栽培ベット53には、前記の子タンク73を通して親タンク86で調製された養液が供給される。これにより、各栽培ベット53に、親タンク86で調製された均一の濃度の養液(希釈養液)を常に供給することができる。
【0056】
図4では、複数の栽培ベット53を勾配をつけて1列に配列した栽培ベット列61を複数列(図示では4列)配列して栽培ベット群62としている。1つの栽培ベット群62に1個の子タンク73が付随して設置されている。
【0057】
図4の栽培装置では、フェニルアラニンは好ましくは子タンク73に添加される。
【0058】
図4のように、栽培ベット群62毎に子タンク73を設けることで、子タンク73で栽培する養液を比較的に少量で管理することができる。収穫が終了すると、1つの栽培ベット群62に使用していた養液は廃棄され、新しい養液で栽培を開始することが好ましい。
【0059】
これにより、前期作の栽培によって養液内に流出した、根からの分泌物(有機酸など)や、根の表皮細胞の脱落などの影響を受けることがなく、次期で栽培される野菜も、安定して栽培が可能となる。
【0060】
従来の方法では、共通のタンクにより各々の栽培ベットに養液を供給して栽培しているため、使用している養液は、新しい養液を都度、つけ足ししながら養液を使いまわすことになり、根からの分泌物や、根の表皮細胞が蓄積され、栽培が繰り返されるにつれて自家中毒と呼ばれる生育阻害を発生させてしまう。
【0061】
また、従来法の場合でも養液をすべて新しくすることはできるが、タンクと各々の栽培ベットのすべてを同時に養液を入れ替える作業となるため、大量の養液を同時に廃棄することが必要となり、さらにこの作業中は、すべての野菜栽培ができないことになる。
結果、この間は、野菜が出荷できず、定期的な野菜の出荷ができないという問題がある。
【0062】
図4では、1つの栽培ベット群62で使用した養液を、配管76を介して当該栽培ベット群62の各栽培ベット53に養液を供給した子タンク73に戻して、養液を循環させる。子タンク73内には、ボールタップ91等によって親タンク86から養液が追加供給され、子タンク73内の養液は一定に保たれる。
【0063】
図4では、一部の栽培ベット群62では栽培を続行している間に、他の栽培ベット群62では清掃(収穫が終了した後の清掃)を行うなど、各栽培ベット群62ごとに、別々に工程を進めることができる。
【0064】
また、1つの栽培ベット群62で病原菌が発生した場合にも、他の栽培ベット群62への病原菌の感染を抑制することができる。即ち、親タンク86まで養液を戻さないので、養液を循環させる閉鎖回路(栽培ベット群62)内だけで汚染が止まる。
【0065】
各子タンク73へは、給水用配管92及び三方弁89を介して水が導入可能である。各栽培ベット群62で栽培している葉菜類の栽培後期において、養液の供給から水の供給へ切り替えることにより、子タンク73と栽培ベット53を循環する養液の肥料濃度を低下させることができる。その結果、栽培後期において、植物体内の硝酸量を、徐々に削減させることが可能となり、硝酸量を減少させた状態で葉菜類の収穫を行うことができる。
【0066】
植物体内の硝酸は、人体に取り込まれるとアミド態の窒素と結合して、ニトロソアミンを生成する。栽培後期に養液の肥料濃度を低くすることにより、植物体内の硝酸濃度を低減することができる。また、使用していた養液中の窒素、リン酸、カリも栽培後期において低濃度とすることにより、収穫が終了した後、養液の廃棄においても、環境への負荷を大幅に軽減することができる。
【実施例】
【0067】
[基本条件]
基本条件として、勾配を1/100に配置した図1〜3に示す栽培ベットに、270の植え穴を穿設した定植パネル板を有し、前記栽培ベットの底面の上面側に親水性シートを配置し、前記栽培ベットの底面に養液(養液濃度:EC3.0dS/m、養液温度:20℃)を毎分10リットルの流量で供給し、ホウレンソウの栽培を行った。
【0068】
ホウレンソウの苗を有する苗根鉢を上記栽培ベットに定植し、定植後15日間を養液で栽培した。
【0069】
<比較例1>
前記基本条件でホウレンソウを栽培し、収穫したホウレンソウの葉酸の含有量を測定した。なお、葉酸の含有量の値は、同条件から栽培したホウレンソウ群から3株抜き取ったサンプルを、液体クロマトグラフィー及び質量分析計を用いて、モノグルタミン酸型葉酸、ジヒドロ葉酸、テトラヒドロ葉酸、5−ホルミルテトラヒドロ葉酸、10−ホルミルテトラヒドロ葉酸、5−メチルテトラヒドロ葉酸をそれぞれ測定し、その合計を「葉酸」含有量とした。結果を表1に示す。
【0070】
なお、表1の測定結果は、比較例1の基本条件の栽培により収穫したホウレンソウの葉酸の含有量を100%とし、後述の実施例1〜3及び参考例1によって栽培されたホウレンソウの葉酸の含有量を比較例1の含有量に対する比率で示したものである。
【0071】
<実施例1>
ホウレンソウの苗を定植から10日目、14日目の合計2回、養液100質量部に対して、フェニルアラニンを0.008質量部添加したこと以外は、比較例1と同様の栽培方法で比較例1と同時にホウレンソウを栽培し、栽培された定植後15日目のホウレンソウの葉酸の含有量を測定した。得られた結果を表1に示す。
【0072】
<実施例2>
ホウレンソウの苗を定植から14日目に1回、養液100質量部に対して、フェニルアラニンを0.017質量部添加したこと以外は、比較例1と同様の栽培方法で比較例1と同時にホウレンソウを栽培し、栽培された定植後15日目のホウレンソウの葉酸の含有量を測定した。得られた結果を表1に示す。
【0073】
<実施例3>
ホウレンソウの苗を定植から初日、3日目、7日目、10日目、14日目の合計5回、養液100質量部に対して、フェニルアラニンを0.017質量部添加したこと以外は、比較例1と同様の栽培方法で比較例1と同時にホウレンソウを栽培し、栽培された定植後15日目のホウレンソウの葉酸の含有量を測定した。得られた結果を表1に示す。
【0074】
<参考例1>
ホウレンソウの苗を定植から10日目、14日目の合計2回、養液100質量部に対して、メチオニンを0.075質量部添加したこと以外は、比較例1と同様の栽培方法で比較例1と同時にホウレンソウを栽培し、栽培された定植後15日目のホウレンソウの葉酸の含有量を測定した。得られた結果を表1に示す。
【0075】
【表1】
【0076】
表1の通り、フェニルアラニンを添加した実施例1〜3のホウレンソウは、フェニルアラニンを添加しない比較例1のホウレンソウと比較し、葉酸の含有量が約2倍に増加した。また、他のアミノ酸であるメチオニンを添加した参考例1においても葉酸の増加の効果は確認できたが、フェニルアラニンの増加量の方がより効果的であることがわかった。この結果、フェニルアラニンを添加することにより、栽培する植物の葉酸含有量を効率よく増加させる効果があることが実証された。
【符号の説明】
【0077】
53 栽培ベット
61 栽培ベット列
62 栽培ベット群
73 子タンク
86 親タンク
90 流量計
91 ボールタップ
図1
図2
図3
図4