特許第6987625号(P6987625)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6987625浸炭肌で使用される耐ピッチング特性に優れた機械構造用のはだ焼きされた鋼および該鋼からなるはだ焼きされた歯車等の機械部品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6987625
(24)【登録日】2021年12月3日
(45)【発行日】2022年1月5日
(54)【発明の名称】浸炭肌で使用される耐ピッチング特性に優れた機械構造用のはだ焼きされた鋼および該鋼からなるはだ焼きされた歯車等の機械部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20211220BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20211220BHJP
【FI】
   C22C38/00 301N
   C22C38/50
【請求項の数】1
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-235401(P2017-235401)
(22)【出願日】2017年12月7日
(65)【公開番号】特開2019-99893(P2019-99893A)
(43)【公開日】2019年6月24日
【審査請求日】2020年11月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】丸山 貴史
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−222982(JP,A)
【文献】 特開2016−098426(JP,A)
【文献】 特開2009−249685(JP,A)
【文献】 特開2016−050350(JP,A)
【文献】 特開2012−224928(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.40〜1.00%、Mn:0.15〜0.45%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.50〜2.50%、Ni:0.20%以下、Mo:0.10%以下を含有し、さらにV:0.01〜0.50%、Nb:0.01〜0.20%、Ti:0.01〜0.20%から選択した1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、当該鋼のガス浸炭またはガス浸炭窒化における最表面から0.30mm位置での硬さが700HV以上、最大粒界酸化深さD1が15μm以下、かつインデンテーション硬さが9000HIT以下となる最表面からの最大深さD2が下記式(1)を満たす浸炭異常層が残った状態であることを特徴とする耐ピッチング特性に優れた機械構造用のはだ焼きされた鋼。
−5μm≦D2−D1≦10μm・・・(1)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、自動車などの動力伝達に用いられる歯車など、浸炭または浸炭窒化後、研削などを行わずに表面に熱処理ままの肌を残した状態で、使用された際に、耐ピッチング特性に優れた機械構造用のはだ焼きされた鋼および該鋼からなる浸炭もしくは浸炭窒化処理された歯車等の機械部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用の歯車の破損形態の1つとして、歯面の剥離(以降、ピッチング)がある。ピッチングは、表面からき裂が生成し、伝播することで剥離を起こすことである。機械部品の歯車等は、一般に、はだ焼鋼をガス浸炭またはガス浸炭窒化して使用することが多いため、鋼材表層には浸炭異常層が存在する状態で使用されてきた。
【0003】
こうしたガス浸炭後の浸炭異常層は、浸炭時の酸化により形成された粒界酸化及び、合金酸化物形成に伴う合金欠乏により、生じる不完全焼入れ組織により形成されている。これらの浸炭異常層は耐ピッチング強度の劣化を引き起こす原因となる。そこで、歯面研削や真空浸炭の利用により浸炭異常層を除去または低減することで耐ピッチング特性を向上させることが試行されているが、これらは高コストであり、かつ製造工程の変更などによる製造負荷も大きい。
【0004】
また、歯車は歯面同士の金属すべりによる摩擦によって高温になると、硬度が下がることから耐ピッチング特性が低下する。そのため、耐ピッチング特性向上のために、Si、Cr、Moといった焼戻し軟化抵抗を高める元素を配合することで、金属摩耗を抑え、金属すべりによる摩擦熱で鋼材が軟化するのを抑える技術が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
そして、浸炭ままでの歯車の使用を考え、浸炭異常層の形態として不完全焼入れ組織の深さを5〜40μmとすることで、初期なじみ性を向上させたピッチング特性を向上させた歯車が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。
【0006】
さらに、発明者らは、特定の成分組成の鋼であって、さらにガス浸炭した場合またはガス浸炭窒化した場合における最大粒界酸化深さD1が15μm以下で、合金欠乏層である不完全焼入層の最大深さD2が8〜25μmであり、かつ、当該鋼の最表面から不完全焼入層の最大深さまでの不完全焼入層の面積割合が20〜50%であり、さらにD2−D1が、2≦D2−D1≦15を満たす状態で使用される鋼であることを特徴とする耐ピッチング特性に優れる機械構造用肌焼鋼を提案している(特許文献3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許4320764号公報
【特許文献2】特許4000616号公報
【特許文献3】特開2016−222982号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従前より、耐ピッチング特性を向上させるために浸炭異常層を除去することが知られてはいるが、浸炭異常層を除去する工程は高コストであり、製造工程の変更も伴うことから製造負荷が大きくなってしまう。また、浸炭異常層を除去することで、摩耗が極端に少なくなると、今度は焼付き発生や発熱による軟化が顕著になり、かえって短寿命となる場合がある。したがって、耐ピッチング特性の向上は浸炭異常層の除去で解決されるとは限らない。
【0009】
一方、特許文献1のように、元素添加により、焼戻し軟化抵抗を向上させる技術は、工程変更や工程の追加などの必要がないため、製造上の付加は小さいものの、軟化抵抗性の向上のみでは耐ピッチング特性の向上には不十分であった。たしかにこの手段は、鋼材が軟化する状況となれば有効となりうるであろうが、実際の歯車使用においては、歯車に使用すると摩擦発熱により接触部が高温となるものの、鋼材が軟化するほどに高温となることは少ないことからすると、焼戻し軟化抵抗の向上のみでは耐ピッチング特性の向上に対する対策としては不十分であった。
【0010】
また、特許文献2は、ガス浸炭後の浸炭異常層への着眼があるものの、不完全焼入れ組織の定義が組織観察に依存するため、客観性が乏しく曖昧であり、また、不完全焼入れ層の摩耗に関する着眼のみに留まっている。するとこの技術は粒界酸化を考慮しないことから、粒界酸化が小さい場合には軟質な不完全焼入れ組織が過多となり、摩耗量が大幅に増加してしまうことから、歯当たりが悪くなり、歯当たりの端部での剥離を発生させることともなるので、かえって耐ピッチング特性を劣化させる。逆に、粒界酸化が大きい場合には、粒界酸化が残存し、粒界酸化起点におけるき裂生成により早期に破損するなどすることとなるので、耐ピッチング特性の向上としては不十分であった。
【0011】
そこで、本願の発明者らは、ガス浸炭後の粒界酸化深さ、不完全焼入れ層の厚さの両方に着眼し、粒界酸化深さに対して不完全焼入れ層の深さが浅く、鋼材使用時の摩耗量が極端に少ないときには、粒界酸化が残存し、粒界酸化を起点としたピッチングが起こるため短寿命となることを見いだした。また、粒界酸化深さに対して不完全焼入れ層の深さが過剰に深いときには、鋼材が過剰に摩耗して、接触幅の増加による動力伝達のロスや歯当たりの悪化による早期破損が発生するという点から、粒界酸化深さと不完全焼入れ層の厚さの制御が必要であることを見いだした。
【0012】
しかし、不完全焼入れ層自体は、ベイナイト組織やパーライト組織といった組織観察に依存することとなるところ、組織観察によるとなれば、どうしても客観性が乏しく曖昧とならざるを得ない部分が生じるので、必ずしも所望の特性が得られるのか十分ではないところがあった。そこで、習熟した判断を要さずとも安定して正確に所望の特性を備えた製品が得られることが望まれていた。
【0013】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、浸炭異常層の残った状態の浸炭肌のままでありながら、過剰な摩耗による短寿命化と粒界酸化起点の短寿命化の双方を的確かつ安定的に回避することによって、耐ピッチング特性に優れたはだ焼きされた鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願の発明者らは、粒界酸化深さと不完全焼入れ層の厚さの制御の必要性に関する上述した自らの着眼に加えて、さらに、圧子を試料に押し込む時の荷重Fと押し込み深さhから得られる荷重変位曲線(F−h曲線)を解析することで、インデンテーション硬さを求める手法であるナノインデンテーションによって、最表面近傍の硬度分布を正確に把握すれば、客観的にインデンテーション硬度を指標とすることで、軟質組織層を不完全焼入れ組織と捉え、不完全焼入れ層自体を組織観察によって判別することなしに、より正確かつ簡便に判別することが可能であることを見出し、さらに、粒界酸化深さに対して不完全焼入れ組織の深さを過不足ない状態に調整することで、浸炭異常層を残した状態で使用する場合でありながら、的確かつ安定的に、過剰な摩耗による短寿命化と、粒界酸化起点の短寿命化の双方の不都合をいずれも回避することができて、従前よりも簡便かつ的確に耐ピッチング特性の向上に非常に優れるはだ焼きされた鋼や該鋼を用いた歯車等の機械部品を製造できることを見出した。
【0015】
そこで、本願の課題を解決するための手段は、第1の手段では、質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.40〜1.00%、Mn:0.15〜0.45%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.50〜2.50%、Ni:0.20%以下、Mo:0.10%以下を含有し、さらにV:0.01〜0.50%、Nb:0.01〜0.20%、Ti:0.01〜0.20%から選択した1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、当該鋼のガス浸炭またはガス浸炭窒化における最表面から0.30mm位置での硬さが700HV以上、最大粒界酸化深さD1が15μm以下、かつインデンテーション硬さが9000HIT以下となる最表面からの最大深さD2が下記式(1)を満たす浸炭異常層が残った状態であることを特徴とする耐ピッチング特性に優れた機械構造用のはだ焼きされた鋼である。
−5μm≦D2−D1≦10μm ・・・(1)
【0016】
すなわち、これらの機械構造用の肌焼された鋼とは、上記の化学成分からなる鋼をガス浸炭またはガス浸炭窒化処理した後に浸炭異常層が残った状態である鋼であって、部品の形状に加工してその後にガス浸炭やガス浸炭窒化による熱処理をした鋼や、上記の鋼を材質として用いてなる歯車等の機械部品や機械部品の素形材を含む。
【0017】
また、その他の手段は、質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.40〜1.00%、Mn:0.15〜0.45%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.50〜2.50%、Ni:0.20%以下、Mo:0.10%以下を含有し、さらにV:0.01〜0.50%、Nb:0.01〜0.20%、Ti:0.01〜0.20%から選択した1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼からなる歯車等の機械部品であって、当該歯車等の機械部品のガス浸炭またはガス浸炭窒化における最表面から0.30mm位置での硬さが700HV以上、最大粒界酸化深さD1が15μm以下、かつインデンテーション硬さが9000HIT以下となる最表面からの最大深さD2が下記式(1)を満たす浸炭異常層が残った状態であることを特徴とする耐ピッチング特性に優れたはだ焼きされた歯車、機械構造用部品、あるいは機械構造用部品素材である。
−5μm≦D2−D1≦10μm ・・・(1)
【発明の効果】
【0018】
上記の手段とすることで、この手段からなる機械構造用はだ焼きされた鋼は、ガス浸炭またはガス浸炭窒化した後の最表面から0.30mm位置での硬さが700HV以上であり、最大粒界酸化深さD1が15μm以下であり、さらに最表面からの最大深さD2におけるインデンテーション硬さが9000HIT以下であり、したがって、−5μm≦D2−D1≦10μmを満たす浸炭異常層が残った状態で使用する、耐ピッチング特性に優れる機械構造用はだ焼きされた鋼および当該鋼からなる歯車等の機械部品が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】(a)がローラーピッチング試験片の側面図であり、(b)がローラーピッチング試験の概念図である。
図2】浸炭焼入焼戻しパターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
発明を実施するための形態の記載に先立って、本願の鋼の化学成分の限定理由および鋼の特性の限定理由について説明する。なお、化学成分における%は、質量%である。
【0021】
C:0.10〜0.35%
Cは、鋼素材の芯部の焼入性、鍛造性および機械加工性に影響する元素である。Cが0.10%未満では十分な鋼素材の芯部の硬さが十分に得られず強度が低下し、被削性および鍛造性などの加工性を阻害する。一方、Cが0.35%より多いと、鋼素材の芯部硬さが過剰となり歯車の曲げ強度が劣化する。そこで、Cは0.10〜0.35%とし、望ましくは、0.13〜0.30%とする。
【0022】
Si:0.40〜1.00%
Siは、製錬時の脱酸に必要な元素である。また、Siは、鋼素材の焼戻し軟化抵抗性を高めピッチング特性の向上に有効な元素である。しかし、Siが0.40%以上になると、粒界酸化深さが低減するため、ピッチング特性の向上のためには、0.40%以上が必要である。一方、Siは、鋼素材の硬さを増加して被削性および鍛造性などの加工性を阻害し、また、浸炭阻害を起こし、耐ピッチング強度の劣化につながる元素である。そこで、Siは0.40〜1.00%とし、望ましくは、0.45〜0.70%とする。
【0023】
Mn:0.15〜0.45%
Mnは、焼入れ性の確保に必要な元素であり、浸炭時に粒界酸化や合金酸化物に濃化することで不完全焼入れ層を形成する。不完全焼入れ層を形成するにはMnは0.15%以上は必要である。一方、Mnは、多くなると鋼素材の硬さが増加し、被削性および鍛造性などの加工性を阻害する。また、Mnは0.45%より過多になると、浸炭時に粒界酸化や合金酸化物に濃化しきれなくなり、表層の焼入れ性が増すことで不完全焼入れ組織の生成を抑制する。そこで、必要な不完全焼入れ組織の生成には、Mnは0.45%以下とする必要がある。そこで、Mnは0.15〜0.45%とし、望ましくは、0.20〜0.35%とする。
【0024】
P:0.030%以下
Pは、鋼を脆化する元素であり、鋼素材の疲労強度を下げる。そこで、Pは0.030%以下とする。
【0025】
S:0.030%以下
Sは、冷間加工性を阻害する元素であり、鋼素材の疲労強度を劣化する。そこで、Sは0.030%以下とする。
【0026】
Cr:1.50〜2.50%
Crは、鋼素材の焼入れ性の確保に必要な元素であり、かつ焼戻し軟化抵抗性を高める元素でもある。また、浸炭時に粒界酸化や合金酸化物に非常に濃化し易く、なじみ性に有用な不完全焼入れ層を形成する。十分な、不完全焼入れ層を形成するには、Crは最低1.50%以上は必要である。一方、Crは、2.50%より多すぎると、浸炭阻害を起こし、素材硬さの低減につながるほか、浸炭時に粗大炭化物を形成し、ピッチング寿命の低下につながる。そこで、Crは1.50〜2.50%とし、望ましくは、1.65〜2.10%とする。
【0027】
Ni:0.20%以下
Niは、鋼素材のコストを大きく増加する元素であり、また、ガス浸炭時に酸素との反応性が低いため、最表面近傍にはほとんど偏在せずに、不完全焼入れ組織の生成を抑制する。しかし、必要な不完全焼入れ組織の生成には、Niは0.20%以下とする必要がある。
【0028】
Mo:0.10%以下
Moは、Niと同様に鋼素材のコストを大きく増加する元素であり、また、ガス浸炭時に酸素との反応性が低いため、最表面近傍にはほとんど偏在せずに、不完全焼入れ組織の生成を抑制する。しかし、必要な不完全焼入れ組織の生成には、Moは0.10%以下とする必要がある。
【0029】
V:0.01〜0.20%
Vは、鋼素材の浸炭または浸炭窒化時に炭化物または炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化させるために有効な元素である。さらに、Vは結晶粒を微細化することで、粒界酸化深さを浅くするとともに、粒界酸化となるき裂が生成した際にも、き裂長さが小さくなる。しかし、Vが0.01%未満では、効果が得られない。しかし、Vは、0.20%を超えると、結晶粒微細化の効果が飽和し、コストアップとなる。さらに、Vは多量に炭窒化物を形成することができ、加工特性を悪化させる。そこで、Vは0.01〜0.20%とする。
【0030】
Nb:0.01〜0.20%
Nbは、鋼素材の浸炭または浸炭窒化時に炭化物または炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化させるために有効である。さらに、Nbは結晶粒を微細化することで、粒界酸化深さを浅くするとともに、粒界酸化となるき裂が生成した際にも、き裂長さが小さくなる。しかし、Nbが0.01%未満では、効果が得られない。しかし、Nbは0.20%を超えると結晶粒微細化の効果は飽和し、コストアップとなる。さらに、Nbは多量に炭窒化物を形成することでき、加工特性を悪化させる。そこで、Nbは0.01〜0.20%とする。
【0031】
Ti:0.01〜0.20%
Tiは、鋼素材の浸炭または浸炭窒化時に炭化物または炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化させるために有効である。さらに、Tiは結晶粒を微細化することで、粒界酸化深さを浅くするとともに、粒界酸化となるき裂が生成した際にも、き裂長さが小さくなる。しかし、Tiは0.01%未満では、効果が得られない。しかし、Tiは0.20%を超えると結晶粒微細化の効果は飽和し、コストアップとなる。さらに、Tiは多量に炭窒化物を形成することでき、加工特性を悪化させる。そこで、Tiは0.01〜0.20%とする。
【0032】
ガス浸炭後またはガス浸炭窒化後の最表面から0.30mm位置での硬さ:700HV以上
ガス浸炭またはガス浸炭窒化後の浸炭層内または浸炭窒化層内の硬度が低いと、鋼材内部でのせん断応力の影響により、変形の過多や内部はく離(スポーリング)が発生し、早期破損に至る。そこで、これらの早期破損を抑制するためには、特に高い内部せん断応力が付加される最表面から0.30mm位置での硬さは700HV以上とする。
【0033】
ガス浸炭またはガス浸炭窒化後の最大粒界酸化深さD1:15μm以下
ガス浸炭またはガス浸炭窒化後の最大粒界酸化深さD1が、15μmより深いと、粒界酸化深さが摩耗しても粒界酸化層が除去されずに存在し続けるため、粒界酸化を起点としたき裂が発生し、ピッチング強度が劣化する。そこで、粒界酸化深さD1は15μm以下とし、望ましくは、10μm以下とする。
【0034】
ガス浸炭後のインデンテーション硬さが9000HIT以下となる最表面からの深さD2とするとき、D2−D1:−5〜10μm
軟質組織層が存在しない場合や少ない場合には、軟質組織層の摩耗によるなじみ性の向上効果が得られない。また、粒界酸化深さに対して軟質組織層が少すぎると、粒界酸化が摩耗後も残存するため、粒界酸化を起点とした早期のき裂生成が発生し、十分なピッチング特性が得られない。しかし、ピッチング特性の向上に十分ななじみ性の確保と粒界酸化起点のき裂生成の抑制のためには、D2−D1を−5μm以上とする必要がある。一方、軟質組織層が多すぎると過多に摩耗し、歯当たりが悪くなって歯当たりの端部でのはく離を発生することで、かえって耐ピッチング特性が劣化する。また、軟質組織層が過剰に存在すると、荷重を負荷した際に製品形状が大きく変形し、寸法精度を損なうため、粒界酸化深さに対して、軟質組織層が過多とならないようにすることが重要である。そのために、D2−D1を10μm以下とする必要がある。そこで、D2−D1は−5〜10μmとする。便宜的に、式(1)として以下に示す。
−5μm≦D2−D1≦10μm ・・・(1)
【0035】
ガス浸炭後のインデンテーション硬さが9000HIT以下の意味
ナノインデンテーション法を用いることで、不明瞭な組織観察ではなく、絶対値として明確に軟質組織層の深さを定義することが可能となる。表面近傍の浸炭層内のマルテンサイト組織のインデンテーション硬さHITは10000〜11000であり、浸炭後の鋼材表面に9000HIT以下のマルテンサイトに対して軟質な組織層が存在する場合には、これらの軟質組織層の領域が使用時に摩耗することで寿命初期のなじみ性が向上すると同時に、粒界酸化した箇所が摩耗により残存しにくくなることから、粒界酸化を起点としたき裂生成の抑制にもつながるため、インデンテーション硬さを指標とすることで、浸炭異常層に相当する軟質組織層を客観的に的確に補足しうることとなる。
【0036】
ここで、発明を実施するための形態について、以下の実施例を通じて説明する。
なお、本発明にいう歯車等の機械部品とは、具体的には、歯車、軸付き歯車、クランクシャフトなどのシャフト類、無段変速機(CVT)プーリ、等速ジョイント(CVJ)、軸受等が挙げられる。本発明はこうした機械部品の素材、とりわけ歯車に好適である。こうした機械部品の素材は、たとえば鍛造や切削加工によって所望の形状に形成させることができ、後述のように、表面にガス浸炭、あるいはガス浸炭窒化を施すことで最表面から0.30mm位置での硬さが700HV以上に表面硬化させつつも、式(1)の範囲を満足する浸炭異常層を残したままの状態とする。
【0037】
さて、表1に示す化学成分と残部のFeおよび不可避不純物からなる鋼(以下、「実施例鋼」という)の、各No.1〜14の実施例鋼の組成と比較用の鋼(以下、「比較例鋼」という。)の各No.15〜22の比較例鋼の組成を、それぞれ100kg真空溶解炉で溶製して鋼とした。溶製された比較例鋼のNo.20、21、22は、同順でJIS規格のSCr420、SCM420、SNCM420である。
【0038】
【表1】
【0039】
次いで、これらの溶製された実施例鋼および比較例鋼を1250℃で直径32mmに鍛伸した後、925℃で1時間の焼ならしを行った。その後、図1(a)のローラーピッチング試験片1(図1(b)のローラーピッチング試験片(小ローラー)1)の形状図に示すように、粗加工を実施した。粗加工の際には、試験部2の仕上げ加工を実施しており、つかみ部3のみ浸炭後に研削仕上げを行うために、片肉0.2mmの余肉を付与した。なお、図1(b)はローラーピッチング試験の概念図を示す。次に、図2の浸炭焼入焼戻しパターンに示す条件、すなわち、浸炭温度930℃および狙いCp(炭素ポテンシャル)=0.90%で、ガス浸炭焼入焼戻しを実施した。
【0040】
また、実施例鋼のNo.4に示す化学成分からなる鋼に対して、図2と同様の温度条件でCp=1.2狙いで、高濃度浸炭焼入焼戻しを行った。こちらも同様に、浸炭後に、つかみ部3の仕上げ加工を行い、ローラーピッチング試験片1を作製した。
【0041】
上記で作製したローラーピッチング試験片1を用い、未使用の状態で試験部2を材料の長手方向と垂直な断面であるT面で切断し、SEM(走査顕微鏡電子)を用いて最大粒界酸化深さD1の測定を行った。
【0042】
また、ナノインデンターを用いて、軟質組織層であるインデンテーション硬さが9000HIT以下となる最表面からの深さD2を測定した。なお、ナノインデンターを用いた表面近傍での硬さ測定において、荷重は圧痕サイズが1μmとなるように設定し、50μm深さまで硬さ測定を行っても、インデンテーション硬さが9000HIT以下とならない場合には、一律50μm以上とした。D2−D1については、下記の表3のD2−D1の欄において "−" と表示して測定不能を示した。
【0043】
表1の実施例鋼No.1〜14を用い、ガス浸炭にて作製したローラーピッチング試験片1を下記の表3の実施例1〜14とし、表1の比較例鋼No15〜22を用い、ガス浸炭して作製したローラーピッチング試験片1を下記の表3の比較例15〜22とした。表1の実施例鋼No.5を用い、高濃度浸炭を行って作製したローラーピッチング試験片1を下記の表3の比較例23とした。
【0044】
【表2】
【0045】
【表3】
【0046】
さらに、上記で作製したローラーピッチング試験片1を用い、耐ピッチング特性の評価のため、上記の表2に示す条件でローラーピッチング試験(図1(b)参照)を行った。ローラーピッチング試験は、振動計(図示していない)を用いて、剥離および変形過多による振動過多を検出して試験を停止する仕様とし、試験停止までのサイクル数をローラーピッチング試験片1の寿命値とした。さらに、ローラーピッチング試験を100万サイクルで停止し、粒界酸化の残存の有無をSEMを用いて観察した。
【0047】
以上、最表面から0.30mm位置における硬さ(HV)、最大粒界酸化深さD1(μm)、インデンテーション硬さが9000HIT以下となる深さD2(μm)、100万サイクル時の粒界酸化の残存の有無、ローラーピッチング試験におけるL50寿命(サイクル)の測定結果およびSCM420とのL50寿命比を計算した結果を、上記の表3に示す。
【0048】
表3に示すように、表1の実施例鋼のNo.1〜14をガス浸炭して作製した、表3の実施例のNo.1〜14のL50寿命で示すピッチング寿命は、表1の比較例鋼のNo.21のSCM420を同様にガス浸炭して作製した表3の比較例のNo.21のSCM420のL50寿命で示すピッチング寿命と比較すると、表3の実施例のNo.1〜14のL50寿命は比較例のNo.21のSCM420のL50寿命に比して2倍以上であり、優れた耐ピッチング特性を示した。これは、粒界酸化深さに対して軟質層深さが適切な深さであったため、100万サイクル時の粒界酸化が残存しておらず、粒界酸化起点のき裂生成が抑制されたためである。
【0049】
一方、表1の比較例鋼のNo.15、16、19〜21をガス浸炭して作製した表3の比較例のNo.15、16、19〜21と、比較例のNo.23は、いずれも粒界酸化深さに対して軟質層の量が不足しており、100万サイクル時に粒界酸化が残存することで、粒界酸化起点のき裂生成からピッチングに至ったため、表3の実施例のNo.1〜14と比較して十分な耐ピッチング特性となっていない。また、表3の比較例のNo.17は、粒界酸化深さに対して、軟質層深さが適切な深さであるが、表1に示すようにTiを0.31%と多量に添加したことで、TiCが析出し、摩耗が極端に抑制され、粒界酸化が残存し、ピッチングに至ったためである。比較例のNo.18および比較例のNo.22は0.3mm位置での硬さが同順でHV611、HV665と低く、前者は変形過多により、後者は内部起点はく離により早期に破損に至った。
【符号の説明】
【0050】
1 ローラーピッチング試験片(小ローラー)
2 試験部
3 つかみ部
4 ローラーピッチング試験片(大ローラー)
図1
図2