【実施例】
【0036】
表1に示す第1の手段の発明鋼の化学成分、表2に示す第2の手段の発明鋼の化学成分、表3に示す第3の手段の発明鋼および第4の手段の発明鋼の各化学成分の実施例鋼と、さらに、表4に示す比較鋼1(第1の手段に対する比較鋼)および比較鋼2(第2の手段に対する比較鋼)の各化学成分の比較例と、表5に示す比較鋼3(第3の手段に対する比較鋼)および比較鋼4(第4の手段に対する比較鋼)の各化学成分の比較例をそれぞれ有し、かつ、それぞれの残部であるFeおよび不可避不純物からなる実施例および比較例の各鋼を、それぞれ100kgVIM(真空誘導溶解炉)にて溶解して、インゴットに鋳造した。
これらのインゴットを1150℃で径20mmの棒鋼に鍛伸した。さらに、これらの棒鋼を900〜1200℃に1時間保持した後、水冷して固溶化熱処理を行った。さらに、これらの固溶化熱処理した棒鋼を300〜800℃で1時間保持した後、空冷して時効熱処理を行った。
【0037】
上記の時効熱処理後にそれぞれのサイズに調整した各素材から以下の試験を実施した。試験の結果は、それぞれの表1、表2、および表3の各請求鋼の発明鋼の化学成分と合せてそれら発明鋼の特性を示し、さらに、表4および表5に第1〜第4の手段の発明の比較例である比較鋼の化学成分と合わせてそれらの各特性を示す。
なお、各特性としては、(1)式、(2)式を満足するものは○、満足しないものは×とし、表1、表2、および表3、並びに表4および表5に表記した。また、耐候性試験では発銹したものを×、発銹しなかったものを○とし、表1、表2、および表3、並びに表4および表5に表記した。なお、表4および表5の下線部は本発明の範囲外であることを示している。
【0038】
【表1】
【0039】
【表2】
【0040】
【表3】
【0041】
【表4】
【0042】
【表5】
【0043】
評価項目は、各発明鋼および各比較鋼のNi
eqとCr
eq、並びに、時効のピーク硬さ(HRC)、耐候性(塩水噴霧試験で、50ppmNaClを35℃で16時間噴霧による発銹無しを○、発銹有りを×)、残留オーステナイト量(%)、および熱間加工性(グリーブル試験)の絞り(RA)が60%以上となる温度(℃)とした。
【0044】
評価方法は、Ni
eq(すなわちNi当量)、Cr
eq(すなわちCr当量)、マルテンサイト開始温度であるMs点(℃)、式(1)および式(2)の各値の大きさと、これらの値に関連する、時効熱処理を行った時効硬さにおけるピーク硬さ、耐候性、残留オーステナイト量である残留γ量、および熱間加工性における絞りすなわちRA60%以上となる温度をそれぞれ以下に示す手段により測定した。
【0045】
すなわち、時効硬さにおけるピーク硬さでは、上記の種々の時効処理を施した丸棒を用い、鍛伸方向に垂直な断面の中周部におけるロックウェル硬さを測定し、得られた硬さのうち最も大きな値のものをピーク硬さとし、その値がHRC55以上であるものを良好であると判断した。
【0046】
耐候性(塩水噴霧試験で、50ppmNaClを35℃で16時間噴霧による)では、上記の種々の時効処理を施した丸棒を径12mm、長さ21mmのサイズに調整し、耐候性試験を実施した。具体的には、試験片の表面に所定の濃度および温度の塩水を所定の時間噴霧し続け、試験後に、洗浄した試験片の表面の発銹の有無を調査した。
【0047】
残留オーステナイト量すなわち残留γ量では、上記の種々の時効処理を施した丸棒を用い、鍛伸方向に垂直な断面の中周部における残留オーステナイト量を測定した。測定には、湾曲IPX線回折装置RINT RAPID II(株式会社リガク、日本)を用いた。
【0048】
熱間加工性(グリーブル試験)における絞りすなわちRA60%以上の得られる温度では、上記の種々の時効処理を施した丸棒を、径8mm、長さ100mmのサイズの試験片に調整し、通電加熱による熱間引張試験(グリーブル試験)を実施した。試験温度は800〜1350℃まで25℃毎とし、破断後の試験片の熱間加工性における絞りRAが60%以上である温度域を算出した。その温度域が100℃以上のものを良好であると判断した。
【0049】
表1、表2および表3に示すように、本願の第1〜第4の手段の各No.の発明鋼は、表中の式(1)の欄には、式(1)を満足する場合を○として評価した。
なお、式(1)とは、5.00≦Ni
eq≦9.50である。
さらに、表中の式(2)の列には、式(2)を満足する場合を○として評価した。
式(2)とは、Ni
eq≦−0.83×Cr
eq+25.5である。
なお、Ni
eq=[%Ni]+30×([%C]+[%N])+0.5×[%Mn]+0.3×[%Cu]であり、Cr
eq=[%Cr]+[%Mo]+1.5×[%Si]+0.5×[%Nb]である。
【0050】
本願の第1〜第4の手段の各No.の発明鋼の特性について
表1、表2、および表3における、Ni
eqの値はいずれも5.00以上9.50以下である。さらに、Cr
eqの値は、Ni
eqの値に応じて変動し、9.4〜15.7である。
また、Ms点(マルテンサイト変態開始温度)は106〜262℃である。さらに、式(1)および、式(2)を満足するものは○と表示しているとおり、いずれも双方の式を満足する値となっている。
【0051】
そして、これらを満足する表1、表2、および表3の第1〜第4の手段の各発明鋼では、以下の様な特性を備えている。時効熱処理を行った時効硬さにおけるピーク硬さは55HRC以上であり、耐候性は塩水噴霧試験において発銹が無く、これらを○で示し、残留オーステナイト量すなわち残留γ量は1.0%以下であり、さらに熱間引張試験(グリーブル試験)における絞り(RA)が60%以上となる温度は100℃以上である。
【0052】
以上の表1、表2、および表3の第1〜第4の手段の各発明鋼に対して、表4および表5に示す、これらと同順で対応する比較鋼1、比較鋼2、比較鋼3、比較鋼4の各No.についての上記試験の評価として、第1〜第4の手段の各発明の有する特性の範囲から外れる特性について以下に順次記載する。
【0053】
先ず、第1の手段に対応する比較鋼1のNo.1〜15について、以下に説明する。
No.1は、マルテンサイト開始温度であるMs点が61℃と100℃未満の低さであるので、残留オーステナイト量(すなわち表1の残留γ量)が2.4%で、本願発明の規定の1.0%より多く、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度の下限値の100℃に満たず、25℃と極めて低い。
No.2は、Cの含有量が0.12%と本願発明の範囲より多く、Ni
eqが本願発明の9.50より高い10.58で、Ms点が69℃と100℃未満の低さで、式(1)を満たしていないので×で、耐候性も×で、残留オーステナイト量(残留γ量)が2.8%で本願発明に規定の1.0%より多く、熱間加工性の絞りRAが60%以上となる温度範囲が100℃未満の75℃と低い。
No.3は、Siの含有量が0.20%と本願発明の範囲より少なく、時効処理のピーク硬さが53.8HRCと本願発明の55HRCより低い。
No.4は、Siの含有量が2.16%と本願発明の範囲より多く、Ni
eqが本願発明の9.50より高い10.34で、式(1)を満たしておらず×で、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値の100℃に満たず50℃と低い。
No.5は、Mnの含有量が1.17%と本願発明の範囲より多く、Ni
eqが本願発明における9.50より高く9.80であり、式(1)を満たしておらず×で、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず50℃と低い。
No.6は、Niの含有量が3.61%と本願発明の範囲の4.00%より少なく、時効処理のピーク硬さが52.6HRCと本願発明における55HRCより低い。
No.7は、Niの含有量が9.52%と本願発明の範囲の9.00%より多く、Ni
eqが本願発明における9.50より高く、12.10で、Ms点が52℃と100℃未満の低さで、式(1)を満たして織らず×で、残留オーステナイト量(残留γ量)が5.2%で本願発明の規定の1.0%より多く、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値の100℃に満たず75℃と低い。
No.8は、Crの含有量が4.03%と本願発明の範囲の8.00%より少なく、耐候性が×である。
No.9は、Crの含有量が14.88%と本願発明の範囲の14.50%より多く、熱間加工性が低く、コスト増となる。
No.10は、Moの含有量が0.04%と本願発明の範囲の0.10%より少なく、Ni
eqが9.51と、本願発明の9.50よりやや高い値で式(1)を満たしておらず×で、耐候性も×で、熱間加工性の絞りRAが60%以上となる温度範囲が100℃未満で75℃と低い。
No.11は、Moの含有量が2.19%と本願発明の2.00%より多く、コスト高で、Ni
eqが11.01と本願発明の9.50より高く、式(1)を満たしていないので×であり、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、50℃と低い。
No.12は、Cuの含有量が0.32%と本願発明の0.50%より少なく、時効処理のピーク硬さが53.2HRCと本願発明における55HRCより低い。
No.13は、Cuの含有量が0.43%と本願発明の4.00%より多く、Ni
eqが9.85と本願発明の9.50より高く、式(1)を満たしておらず×で、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度の下限値である100℃に満たず、75℃と低い。
No.14は、Tiの含有量が0.12%と本願発明の下限値の0.50%より少なく、Ni
eqが10.31と本願発明の9.50より高く、式(1)を満たしておらず×で、時効処理のピーク硬さが52.9HRCと本願発明における55HRCより低く、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず50℃と低い。
No.15は、Tiの含有量が3.80%と本願発明の上限値の3.50%より多く、Ni
eqが10.00と本願発明における9.50より高く、式(1)を満たしておらず×で、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、75℃と低い。
【0054】
次いで、第2の手段に対応する比較鋼2のNo.16〜21について以下に説明する。
No.16は、Alの含有量が0.186%と本願発明の上限値の0.150%より多い。しかしながら、Al以外の元素は規定の範囲内であるので、Ni
eq、Cr
eq、Ms点、式(1)、式(2)、時効硬さ(ピーク硬さ)、耐候性、残留オ−ステナイト量(残留γ量)、および熱間加工性の絞りRAに格別に影響は見られない。
No.17は、Nbの含有量が2.09%と本願発明の上限値の2.00%より多い。そこで、Ni
eqが9.52で本願発明の9.50よりやや高い値であり、式(1)を満たしておらず×で、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、75℃と低い。
No.18は、Nの含有量が0.084%と本願発明の上限の0.050%より多い。そこで、Ni
eqが10.25と本願発明における9.50より高く、式(1)を満たしておらず×で、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、75℃と低い。
No.19は、Sの含有量が0.145%と本願の上限の0.100%より多い。そこで、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、25℃と極めて低い。
No.20は、Nbの含有量が2.14%と本願発明の上限値の2.00%より多い。一方、Nを含有しているが、その含有量は本願発明の上限の0.050%以下の範囲内である。そこで、Ni
eqが9.67と本願発明の9.50より高く、式(1)を満たしておらず×で、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、75℃と低い。
No.21は、Sの含有量が0.122%と本願発明の上限の0.100%より多く、Nbを含有しているが、その含有量は1.69%と本願発明の0.01〜2.00%の範囲内で、さらにNを含有しているが、その含有量は本願の上限の0.050%より多い。そこで、Ni
eqは9.80と本願発明の9.50より高く、式(1)を満たしておらず×であり、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、25℃と極めて低い。
【0055】
次いで、第3の手段に対応する比較鋼3のNo.22〜24について説明する。
No.22は、Caの含有量が0.0312%と本願発明の上限値の0.0250%より多く、Bの含有量が0.0340%と本願発明の上限の0.0250%より多い。そこで、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、75℃と低い。
No.23は、Mgの含有量が0.0289%と本願発明の上限値の0.0250%より多い。そこで、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、75℃と低い。
No.24は、Mgの含有量が0.0274%と本願発明の上限値の0.0250%より多く、さらにBの含有量が0.0340%と本願発明の上限値の0.0250%より多い。そこで、Ni
eqは11.39と本願発明の上限値の9.50より高く、Ms点が106℃よりも低い92℃の低さであり、式(1)を満たしておらず×であり、残留オーステナイト量(残留γ量)が2.7%で本願発明の規定の1.0%を超えており、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、50℃と低い。
【0056】
最後に、第4の手段に対応する比較鋼4のNo.25〜30について説明する。
No.25は、Alの含有量が0.099%と本願発明の上限値の0.150%以下の範囲内で、Nbの含有量が0.92%と本願発明の上限値の2.00%以下の範囲内で、Bの含有量が、0.0401%と本願発明の上限値の0.0250%を超えており、Ni
eqは12.12と本願発明の上限値の9.50より高く、式(1)を満たしておらず×で、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、75℃と低い。
No.26は、Alを含有しておらず、Caは0.0052%と本願発明の0.0001〜0.0250%の範囲内であるが、Mgは0.0290%と本願発明の上限値の0.0250%より多く、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、75℃と低い。
No.27は、Alの含有量が0.083%と本願発明の上限値の0.150%の範囲内で、Nは0.041%と本願発明の0.002〜0.050%の範囲内であるが、Mgは0.0267%で本願発明の上限値の0.0250%より多いので、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、50℃と低い。
No.28は、S含有量は0.089%と本願発明の0.001〜0.100%の範囲内で、Alの含有量は0.041%と本願発明の0.001〜0.150%の範囲内であるが、Caは0.0361%と本願発明の上限値の0.0250%より多い。したがって、Ni
eqは11.21と本願発明の上限値の9.50より高く、式(1)を満たしておらず×で、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、50℃と低い。
No.29は、S含有量は0.026%と本願発明の0.001〜0.100%の範囲内で、Alの含有量は無く、Nbの含有量は0.20%と本願発明の0.01〜2.00%の範囲内で、さらにMgは0.0213%と本願発明の0.01〜2.00%の範囲内で、Bは0.0274%で本願発明の上限値の0.0250%より多い。そこで、Ni
eqは11.90と本願発明の上限値の9.50より高く、式(1)を満たしておらず×で、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、75℃と低い。
No.30は、S含有量は0.047%と本願発明の0.001〜0.100%で、Alは0.186%と本願発明の0.001〜0.150%で、Caは0.0284%で本願発明の上限値の0.0250%より多く、さらに、Mgは0.0316%と本願発明の上限値の2.00%より多いが、Bは0.0034%と本願発明の0.0001〜0.0250%の範囲内である。そこで、熱間加工性の絞りRAは60%以上となる温度範囲の下限値である100℃に満たず、25℃と極めて低い。