(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022104080
(43)【公開日】2022-07-08
(54)【発明の名称】イオン源、質量分析計及びキャピラリーの挿入方法
(51)【国際特許分類】
H01J 49/16 20060101AFI20220701BHJP
H01J 49/04 20060101ALI20220701BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20220701BHJP
【FI】
H01J49/16 700
H01J49/04 450
G01N27/62 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020219072
(22)【出願日】2020-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 英樹
(72)【発明者】
【氏名】杉山 益之
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA05
2G041GA20
(57)【要約】
【課題】高い分析再現性を実現する技術を提供する。
【解決手段】本開示のイオン源は、キャピラリーと、前記キャピラリーが内部に挿入され、前記キャピラリーの外側にガスを噴霧するガス噴霧管と、を備え、前記ガス噴霧管は、前記ガス噴霧管の先端穴より上流に、前記ガス噴霧管の前記先端穴の中心軸に対して前記キャピラリーの下流端を偏向させる偏向部位を有することを特徴とする。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャピラリーと、
前記キャピラリーが内部に挿入され、前記キャピラリーの外側にガスを噴霧するガス噴霧管と、を備え、
前記ガス噴霧管は、
前記ガス噴霧管の先端穴より上流に、前記ガス噴霧管の前記先端穴の中心軸に対して前記キャピラリーの下流端を偏向させる偏向部位を有することを特徴とするイオン源。
【請求項2】
前記ガス噴霧管は、
前記偏向部位と前記先端穴の間に配置され、下流に行くに従い内径が小さくなるガイド部を有することを特徴とする請求項1に記載のイオン源。
【請求項3】
前記ガイド部の断面形状がテーパ形状であることを特徴とする請求項2に記載のイオン源。
【請求項4】
少なくとも前記先端穴の中心軸の位置まで前記偏向部位が突出していることを特徴とする請求項1に記載のイオン源。
【請求項5】
前記先端穴は、内径の異なる複数の部分で構成され、前記複数の部分のうち、下流側の部分の内径の方が大きいことを特徴とする請求項1に記載のイオン源。
【請求項6】
前記偏向部位が、前記ガス噴霧管の長手方向の異なる位置かつ異なる位相に複数設けられていることを特徴とする請求項1に記載のイオン源。
【請求項7】
前記ガス噴霧管は、
上流側の第1の管と下流側の第2の管の少なくとも2つの管から構成され、前記第1の管の外側に前記第2の管が配置され、
前記偏向部位は、前記第1の管に設けられ、前記第2の管の先端穴の中心軸に対して、前記キャピラリーの下流端を偏向させることを特徴とする請求項1に記載のイオン源。
【請求項8】
前記第2の管は、
前記偏向部位と前記第2の管の前記先端穴との間に配置され、下流に行くに従い内径が小さくなるガイド部を有することを特徴とする請求項7に記載のイオン源。
【請求項9】
前記第1の管の外壁面と前記第2の管の内壁面との間に空間が設けられていることを特徴とする請求項7に記載のイオン源。
【請求項10】
前記偏向部位が、前記第1の管の先端部に設けられた曲げ構造であることを特徴とする請求項7に記載のイオン源。
【請求項11】
前記偏向部位が、板状部材であることを特徴とする請求項1に記載のイオン源。
【請求項12】
前記偏向部位が、前記ガス噴霧管の径方向内側に突出する凸部であることを特徴とする請求項1に記載のイオン源。
【請求項13】
請求項1に記載のイオン源を備える質量分析計。
【請求項14】
前記偏向部位は、前記キャピラリーの下流端が前記質量分析計の入口の延長線に向かうように配置されていることを特徴とする請求項13に記載の質量分析計。
【請求項15】
ガス噴霧管へのキャピラリーの挿入方法であって、
前記ガス噴霧管は、前記キャピラリーの外側にガスを噴霧可能に構成され、
前記ガス噴霧管の先端穴より上流に、前記ガス噴霧管の前記先端穴の中心軸に対して前記キャピラリーの下流端を偏向させる偏向部位を有し、
前記方法は、
前記キャピラリーを前記偏向部位に接触させることと、
前記キャピラリーを前記ガス噴霧管の前記先端穴に接触させることと、を含む、キャピラリーの挿入方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、イオン源、質量分析計及びキャピラリーの挿入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析などに用いられる一般的なイオン化法として、エレクトロスプレー法(以下「ESI法」という。)がある。ESI法は、試料溶液をキャピラリーの上流端から導入し、電界などにより下流端からイオンや液滴を噴霧する方式である。イオン化効率向上のため、キャピラリーの外側にガス噴霧管を同心状に配置してガス噴霧を行ったり、キャピラリーから噴霧されたイオンや液滴に加熱ガスを噴霧したりする場合がある。
【0003】
キャピラリーの内径は非常に小径であるため詰まりが生じる可能性が高く、試料溶液の種類や使用条件によっては頻繁にキャピラリーを交換する必要がある。キャピラリー外側面とガス噴霧管の内面との間にはガスを流すために隙間があるので、キャピラリーの交換時に、この隙間の範囲内でキャピラリーの径方向の位置がばらつく可能性がある。質量分析計のイオン導入口に対するキャピラリー下流端の位置は検出感度に大きく依存するため、組み立て再現性の低さは感度の再現性低下を引き起こす。
【0004】
特許文献1には、キャピラリーを保持する技術として、「ガイド17は、内側インジェクターチューブ12、さらには外側インジェクターチューブ11と同心となるように、キャピラリーチューブ4をその中心の貫通孔に保持している。」という構成が開示されている(特許文献1の段落0012参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の構造において、キャピラリーチューブ4は、ガイド17により、内側インジェクターチューブ12の小内径部及び外側インジェクターチューブ11の先端穴部と同心上に保持されている。しかしながら、非常に小径のキャピラリーチューブを使用した場合、ガイド17よりも下流側においてキャピラリーチューブが容易にたわみ、外側インジェクターチューブの先端穴部の中心軸上からキャピラリーチューブの先端部の中心位置がそれる可能性がある。仮にキャピラリーチューブの先端部の中心位置が、理想(同心)に近い位置にセットできたとしても、実際にガスを噴霧することで、キャピラリーチューブの先端部がガス流により振動する可能性もある。振動すると当然位置も変化するので、測定結果の変動につながる。
【0007】
そこで、本開示は、高い分析再現性を実現できる技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本開示のイオン源は、キャピラリーと、前記キャピラリーが内部に挿入され、前記キャピラリーの外側にガスを噴霧するガス噴霧管と、を備え、前記ガス噴霧管は、前記ガス噴霧管の先端穴より上流に、前記ガス噴霧管の前記先端穴の中心軸に対して前記キャピラリーの下流端を偏向させる偏向部位を有することを特徴とする。
【0009】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素及び多様な要素の組み合わせ及び以降の詳細な記述と添付される特許請求の範囲の様態により達成され実現される。本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の特許請求の範囲又は適用例を如何なる意味に於いても限定するものではない。
【発明の効果】
【0010】
本開示の技術によれば、キャピラリーの下流端の位置合わせの再現性が向上し、高い分析再現性を実現できる。上記以外の課題、構成及び効果は、以下の実施の形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1の実施形態に係る質量分析計の構成を示す模式図である。
【
図2】第1の実施形態に係るイオン源の一部の構造を示す断面図である。
【
図3】偏向部位の効果を説明するための断面図である。
【
図4】第2の実施形態に係るイオン源の一部の構造を示す断面図である。
【
図5】第3の実施形態に係るイオン源の一部の構造を示す断面図である。
【
図6】第4の実施形態に係るイオン源の一部の構造を示す断面図である。
【
図7】第4の実施形態の変形例に係るイオン源の一部の構造を示す断面図である。
【
図8】第5の実施形態に係るイオン源の一部の構造を示す断面図である。
【
図9】第6の実施形態に係るイオン源の一部の構造を示す断面図である。
【
図10】第7の実施形態に係るイオン源の一部の構造を示す断面図である。
【
図11】第8の実施形態に係るイオン源の一部の構造を示す断面図である。
【
図12】第9の実施形態に係るイオン源の一部の構造を示す断面図である。
【
図13】第10の実施形態に係るイオン源の一部の構造を示す断面図である。
【
図14】ガス流量を変化させたときの第1の管の内部温度の測定結果を示すグラフである。
【
図15】比較例に係るガス噴霧管の一部の構造を示す断面図である。
【
図16】ガス噴霧管にキャピラリーを挿入して下流側から撮影した写真である。
【
図17】実施例及び比較例におけるキャピラリーの中心のXY座標をプロットしたグラフである。
【
図18】比較例におけるキャピラリーに印加した高電圧と相対イオン強度との関係を示すグラフである。
【
図19】実施例におけるキャピラリーに印加した高電圧と相対イオン強度との関係を示すグラフである。
【
図20】流路幅の依存性を評価するための実験で用いた質量分析計の一部を示す断面図である。
【
図21】ガス噴霧管の先端から偏向部位までの距離Lが7mmの条件下における電流のCV値をプロットしたグラフである。
【
図22】ガス噴霧管の先端から偏向部位までの距離Lが9mmの条件下における電流のCV値をプロットしたグラフである。
【
図23】ガス噴霧管の先端から偏向部位までの距離Lが11mmの条件下における電流のCV値をプロットしたグラフである。
【
図24】流路幅Wに応じてキャピラリーの位置のばらつきが変化する原因を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[第1の実施形態]
<質量分析計の構成例>
図1は、第1の実施形態に係る質量分析計1の構成を示す模式図である。質量分析計1は、イオン源2、質量分析部3、真空容器4、電源9、制御装置10、真空ポンプ20~22及びイオン輸送部23を備える。質量分析部3及びイオン輸送部23は、真空容器4内に設けられている。
図1において、イオン源2及び真空容器4はその断面が示されている。
【0013】
イオン源2は、イオン生成部5及びイオン源チャンバ6を備える。イオン生成部5は、キャピラリー11、ガス噴霧管28及びコネクタ30を有する。ガス噴霧管28の一部はイオン源チャンバ6内に挿入されている。キャピラリー11の一端部がパッキン、Oリング、フェラルなどの密閉手段(図示せず)を介してコネクタ30(固定部材)に固定され、キャピラリー11はガス噴霧管28に挿入される。このように、キャピラリー11の周囲にガス噴霧管28が配置される。なお、キャピラリー11とコネクタ30とは接着、溶接又はロウ付けなどで一体化されていてもよい。ガス噴霧管28とコネクタ30との間には、ガスを密閉するためのシール材31が配置される。
図1の例ではシール材は面シールになっているが、軸シールなど、気密が保持できれば他の構成でもよい。シール材31にはOリング、パッキンや樹脂やゴムなどのリングなどを用いることができる。
【0014】
ガス噴霧管28は、偏向部位33を有する。偏向部位33は、キャピラリー11に接触し、ガス噴霧管28の中心軸に対しキャピラリー11を偏向させる。本開示において「偏向」とは、ガス噴霧管28の中心軸からキャピラリー11をずらすことを意味する。偏向部位33の構造の詳細については後述する。
【0015】
コネクタ30は配管(図示せず)の接続部32を有し、接続部32に配管を接続することで、配管がキャピラリー11に接続される。配管に試料溶液を供給することでキャピラリー11に試料が供給される。キャピラリー11及びガス噴霧管28には電源9が接続され、電界などによりキャピラリー11の下流端12からイオンや液滴が噴霧される。キャピラリー11から噴霧されたイオンはイオン源チャンバ6に導入される。
【0016】
電源9がキャピラリー11に印加する電圧の値は、例えば数kV程度(絶対値)とすることができる。なお、正イオンを生成する場合、キャピラリー11には、+数kVの電圧が印加される。負イオンを生成する場合、キャピラリー11には、-数kVの電圧が印加される。試料溶液の流量は、キャピラリー11の内径に依存するが、一般にはnL/分オーダーからmL/分オーダー程度の範囲に設定される。試料溶液の流量などの条件にもよるが、キャピラリー11の内径及び外径は、いずれも例えば1mm以下程度に設定することができる。
【0017】
イオン源チャンバ6は、真空容器4と接合されており、イオンはイオン源チャンバ6から真空容器4に導入される。真空容器4に導入されない液滴やそれらが気化した成分などが装置外に漏洩しないように、イオン源チャンバ6と真空容器4の間は、密閉状態(または密閉に近い状態)にしてもよい。さらに、イオン源チャンバ6は、この余分な成分などを排気するための排気ポート13を有する。イオン源チャンバ6は、筒状の部材であり、一端部が窓14に覆われ、他端部に対向電極26が設けられている。窓14は、ガラスなどの透明な部材で構成されており、ユーザーは窓14からキャピラリー11の下流端12の噴霧状態を観察することができる。対向電極26の中央部には、穴27が設けられている。
【0018】
真空容器4の開口部は、導入電極7で覆われており、導入電極7は、イオン源チャンバ6の対向電極26と対向する。導入電極7の中央部には、穴8が設けられている。真空容器4の内部は、3つの真空室15、16及び17に区切られている。なお、真空室の数は
図1の例では3つであるが、3つよりも多くてもよいし、少なくてもよい。真空室15~17を区切る2つの仕切りのそれぞれの中央部には、穴18及び穴19が設けられている。イオン源チャンバ6及び真空室15~17は、対向電極26の穴27、導入電極7の穴8、真空容器4内の仕切りの穴18及び穴19により連通している。これらの穴27、穴8、穴18及び穴19は、イオンの通り道となる。対向電極26、導入電極7、真空容器4内の仕切りを電源9に接続し、電圧を印加してもよい。この場合、これらの電圧が印加される部材は、真空容器4などの筐体部と絶縁物(図示せず)などを介して絶縁する必要がある。
【0019】
真空室15~17は、それぞれ真空ポンプ20~22により排気され、典型的には、それぞれ数百Pa程度、数Pa程度、0.1Pa以下程度に保持される。真空室16にはイオン輸送部23が配置されている。イオン輸送部23は、真空室15又は17に配置されていてもよい。真空室17には質量分析部3が配置されている。
【0020】
電源9は、キャピラリー11、ガス噴霧管28、イオン輸送部23、質量分析部3(イオン分析部24及び検出器25)に接続されており、これらに電圧を印加する。電源9から電圧が印加される部材は、筐体となる真空容器4やイオン源チャンバ6に対し、不図示の絶縁物を介して取り付けられる。
【0021】
制御装置10は、例えばプロセッサ、メモリ及び入出力装置などを有するコンピュータ端末である。制御装置10のプロセッサは、電源9を制御するための、メモリに格納されたプログラムを実行して、電源9による電圧印加のタイミングや電圧値を制御する。制御装置10は、入出力装置を介して、ユーザーからの指示入力の受け付けや電源9等の制御を行う。また、制御装置10は、検出器25で検出されたイオンの質量や強度などの情報を詳細に分析する。
【0022】
イオン輸送部23には多重極電極や静電レンズなどを用いることができる。イオン輸送部23は、イオンを収束させながら透過させる。イオン輸送部23には、電源9から、高周波電圧、直流電圧、交流電圧などの他、これらを組み合わせた電圧などが印加される。イオン源2で生成したイオンは、導入電極7の穴8から真空容器4に導入され、イオン輸送部23により質量分析部3に導入され、質量分析部3において分析される。
【0023】
質量分析部3は、イオン分析部24及び検出器25を有する。イオン分析部24は、イオンの分離や解離を行う。イオン分析部24には、イオントラップ、四重極フィルター電極、コリジョンセル、飛行時間型質量分析計(TOF)などの他、これらを組み合わせた構成を用いることができる。イオン分析部24を通過したイオンは検出器25で検出される。検出器25には、電子増倍管やマルチチャンネルプレート(MCP)などを用いることができる。検出器25で検出されたイオンは例えば電気信号に変換され、制御装置10に送信される。
【0024】
質量分析部3には、電源9により様々な電圧が印加される。電源9から質量分析部3に供給する電圧には、高周波電圧、直流電圧、交流電圧などの他、これらを組み合わせた電圧などを用いることができる。
【0025】
ガス噴霧管28にはガス供給口51が設けられており、キャピラリー11とガス噴霧管28の間にガスを導入することができる。キャピラリー11とガス噴霧管28の間にガスを流し、ガス噴霧管28の下流端の先端穴29から噴霧することで、キャピラリー11の下流端12から噴霧された液滴の気化を促進しイオン化効率を向上できる。ガス噴霧管28に供給されるガスの流量は例えば0.5~10L/min程度であり、窒素やアルゴンなどの不活性ガスを使用することができる。ガス噴霧管28の先端穴29の内径は例えば1mm以下程度に設定することができる。
【0026】
さらなるイオン化効率向上のために、キャピラリー11の下流端12からイオンや液滴が噴霧される空間を加熱ガス(最大800℃程度)により加熱する方式を用いてもよい(図示せず)。加熱ガスの流量は例えば0.5~50L/min程度であり、窒素やアルゴンなどの不活性ガスを使用することができる。
【0027】
また、イオン源チャンバ6には、対向電極26と真空容器4の導入電極7との間にガス供給口61が設けられている。このガス供給口61を介して導入電極7と対向電極26の間にガスを流し、対向電極26の穴27から噴霧させることで、キャピラリー11の下流端12から噴霧された過剰な液滴などのノイズ成分が導入電極7の穴8に入ることを抑制できる。導入電極7と対向電極26の間に導入されるガスの流量は、例えば0.5~10L/min程度であり、窒素やアルゴンなどの不活性ガスを使用することができる。対向電極26の穴27の直径は例えば1mm以上とすることができ、対向電極26への印加電圧は例えば最大数±kV程度とすることができる。
【0028】
<キャピラリーの位置再現性について>
キャピラリー11の詰まりなどが原因でキャピラリー11を交換する際、キャピラリー11の長さの製造誤差が小さい場合、下流端12のZ方向(
図1の紙面上下方向)の位置は再現するはずである。しかしながら、一般的なガス噴霧管28の先端穴29の内径は、ガス流路となる隙間を確保するためにキャピラリー11の外径より大きくなっているため、非常に小径なキャピラリー11は、この隙間内で径方向(XY方向)の位置がばらつき、交換による位置再現性が低下する可能性がある。なお、Y方向は
図1の紙面奥行き方向とする。
【0029】
<ガス噴霧管の構成例>
上述の課題を克服するために、本実施形態に係るイオン源2のガス噴霧管28には、偏向部位33が設けられている。
【0030】
図2は、第1の実施形態に係るガス噴霧管28の一部の構造を示す断面図である。ガス噴霧管28は、上流側の第1の管36及び下流側の第2の管37を有する。第1の管36の円筒部39の一部(嵌合部38)が第2の管37内に嵌合されている。第1の管36及び第2の管37は、溶接、圧入、接着、圧接、又は、シール材及びネジ構造などにより一体化し、ガスなどが漏れないように気密構造にすることができる。
【0031】
第1の管36の先端部には、偏向部位33が設けられている。偏向部位33は、曲げ構造となっており、例えば管状の部材(第1の管36)の先端部を曲げ加工することにより形成することができる。偏向部位33は、接点40においてキャピラリー11と接触する。これにより、偏向部位33は、先端穴29の中心軸に対してキャピラリー11の下流端12を偏向させる。偏向部位33は、例えば、先端穴29の中心軸付近まで径方向にせり出している。
図2に示す例においては、偏向部位33の先端は、先端穴29の中心軸上にある。ここで、ガス噴霧管28の上流側の内径をDとし、偏向部位33の流路幅をWとし、ガス噴霧管28の先端から偏向部位33までの距離をLとする。偏向部位33の流路幅Wは、偏向部位33とキャピラリー11との接点40を通りガス噴霧管28の内壁面に平行な直線と、ガス噴霧管28の内壁面との距離である。流路幅Wを内径Dの2分の1程度とする(偏向部位33が先端穴29の中心軸付近までせり出している)ことにより、キャピラリー11の下流端12の位置の再現性を高くすることができる。その理由については、以下の実験例において後述する。
【0032】
第2の管37には、先端穴29と偏向部位33との間にガイド部35が設けられている。ガイド部35は、下流側に向かって内径が小さくなっていくテーパ形状となっている。ガイド部35は、例えば絞り加工により、第2の管37と一体として形成することができる。先端穴29は内径が略一定となっており、内壁面の断面形状は直線状となっている。先端穴29も、例えば絞り加工により、第2の管37及びガイド部35と一体として形成することができる。このような形状は製造が容易であるため、製造誤差が生じにくい。なお、本明細書において「先端穴29」とは、ガス噴霧管28の先端面上の開口だけでなく、先端面より上流側の部分(
図2における内径が一定の部分)を含んでいてもよいことを意味している。ただし、先端穴29の内壁面の断面形状は、必ずしも直線状でなくてもよく、丸みを帯びていてもよいし、テーパ形状となっていてもよい。キャピラリー11は、先端穴29と接点41において接触する。キャピラリー11と先端穴29との接触状態は点接触に限らず、線接触又は面接触であってもよい。
【0033】
曲げ構造の偏向部位33を有するガス噴霧管28は、
図2のように、上流側の第1の管36と下流側の第2の管37を備える分割構造で製作することで容易に実現できる(但し、分割構造は必須ではない)。分割構造の場合、
図2のように上流側の第1の管36に偏向部位33設け、下流側の第2の管37が第1の管36の外側に被さる構造とすることで、容易に製造できる。さらに、このような構造により噴霧ガスの流路コンダクタンスを大きく確保することも可能である。第1の管36を曲げによる成型で変形して偏向部位33を設けたとしても、嵌合部38を確保することで、上流側の第1の管36の円筒部39と先端穴29の中心軸を揃えることができる。
【0034】
図3(a)~(c)は、偏向部位33の効果を説明するための断面図である。
図3(a)は、キャピラリー11をガス噴霧管28に挿入する前の状態を示している。
図3(b)及び(c)は、キャピラリー11を挿入途中の状態を示している。
図3(b)に示すように、キャピラリー11をガス噴霧管28の上方から挿入すると、偏向部位33により先端穴29の中心軸に対して下流端12が偏向される。
図3(c)に示すように、更に下流側にキャピラリー11を挿入すると、ガイド部35に沿ってキャピラリー11の下流端12が内側に戻される。更にキャピラリー11を挿入し、キャピラリー11の下流端12がガス噴霧管28の先端穴29から少し飛び出す位置に達した際に、キャピラリー11は弾性力により真っ直ぐな形状に戻ろうとするため、キャピラリー11と偏向部位33との接点40と、キャピラリー11と先端穴29との接点41の2点によりロックされる(
図2の状態)。これにより、キャピラリー11の径方向の位置が再現性良くセットできる。
【0035】
以上、本実施形態のイオン源2が質量分析計1に搭載されることを説明したが、イオン源2は、質量分析計1以外の検出手段(装置)に搭載することも可能である。このことは、以下で説明する各実施形態においても同様である。本開示のイオン源2において、偏向部位33により偏向されるキャピラリー11は、ガス噴霧管28の先端穴29の片側に寄せられる。このキャピラリー11の偏向方向の軸の延長線上に質量分析計1などの検出手段の導入電極を配置することで、イオンの導入効率を向上できる。ただし、キャピラリー11の偏向方向は、検出手段の導入電極へ向いた方向でもあってもよいし、逆側を向いた方向であってもよい。キャピラリー11が導入電極側へ向いた場合は、電界強度が高くなるので感度を優先できる。反対に、キャピラリー11が導入電極の逆側へ向いた場合は、キャピラリー11と導入電極の間にガスがより大量に流れるので、ガスによるノイズ流入低減を優先できる。
【0036】
<第1の実施形態のまとめ>
以上のように、第1の実施形態に係るイオン源2は、試料溶液が導入されるキャピラリー11と、キャピラリー11の外側に配置されるガス噴霧管28と、を備え、ガス噴霧管28は、ガス噴霧管28の先端穴29よりも上流側に、ガス噴霧管28の先端穴29の中心軸に対しキャピラリー11の下流端12を偏向させる偏向部位33を有する。キャピラリー11をイオン源2にセットする際は、キャピラリー11が偏向部位33とガス噴霧管28の先端穴29に接触するように、キャピラリー11をガス噴霧管28内に挿入する。このような構成により、キャピラリー11の下流端12の径方向の位置再現性が向上する。結果として、高い分析安定性を有するイオン源が実現できる。
【0037】
[第2の実施形態]
第1の実施形態では、ガス噴霧管28に設けられた偏向部位33が、曲げ構造により構成されているイオン源について説明した。第2の実施形態では、偏向部位の他の構造として、偏心構造により構成されている偏向部位について提案する。なお、以下の各実施形態において、第1の実施形態との相違点のみを説明する。
【0038】
<ガス噴霧管の構成例>
図4は、第2の実施形態に係るガス噴霧管28の一部の構造を示す断面図である。第1の実施形態と同様の構成を有する部材には同じ符号を付している。
図4に示すように、本実施形態に係るガス噴霧管28は、偏心構造の偏向部位332を有する。偏向部位332は、第1の管36の先端部に設けられている。偏向部位332は、ガス噴霧管28の先端穴29の中心軸に対して偏心した開口部43を有する。すなわち、開口部43は、第1の管36の円筒部39の中心軸に対しても偏心している。偏向部位332は、開口部43上の接点40においてキャピラリー11と接触し、ガス噴霧管28の先端穴29の中心軸に対して、キャピラリー11の下流端12を偏向させる。
【0039】
偏向部位332は、例えば、管状の部材(第1の管36)の先端部の一部を絞り加工することにより形成することができる。偏向部位332は、圧延加工で形成されてもよいし、第1の管36の円筒部39の先端に溶接されることにより形成されてもよい。
【0040】
<第2の実施形態のまとめ>
以上のように、第2の実施形態に係るイオン源2は、ガス噴霧管28に偏心構造の偏向部位332が設けられており、偏向部位332は、ガス噴霧管28の先端穴29の中心軸に対して、キャピラリー11の下流端12を偏向させる。キャピラリー11を挿入する際に、キャピラリー11は、ガス噴霧管28の内部において、キャピラリー11と偏向部位332との接点40と、キャピラリー11と先端穴29との接点41の2点によりロックされる。このような構成でも第1の実施形態と同様の効果が得られる。
【0041】
[第3の実施形態]
第3の実施形態では、ガス噴霧管の偏向部位の他の構造として、板状部材により構成された偏向部位について提案する。
【0042】
<ガス噴霧管の構成例>
図5は、第3の実施形態に係るガス噴霧管28の一部の構造を示す断面図である。
図5に示すように、本実施形態に係るガス噴霧管28は、板状部材(邪魔板)で形成された偏向部位333を有する。偏向部位333は、接点40においてキャピラリー11と接触し、ガス噴霧管28の先端穴29の中心軸に対して、キャピラリー11の下流端12を偏向させる。偏向部位333は、第1の管36の先端部の一部に設けられている。偏向部位333は、第1の管36の内面の湾曲と同様に湾曲していてもよいし、平らであってもよい。偏向部位333の構造は、
図5のような板状に限らず、前述の実施形態と同様の効果が得られれば、その限りではない。
【0043】
偏向部位333は、例えば、円筒部39の先端に対し、溶接、接着又はその他の接合方法で板状部材を固定することによって形成することができる。
【0044】
<第3の実施形態のまとめ>
以上のように、第3の実施形態に係るイオン源2は、ガス噴霧管28に板状の偏向部位333が設けられており、偏向部位333は、ガス噴霧管28の先端穴29の中心軸に対して、キャピラリー11の下流端12を偏向させる。このような構成でも第1の実施形態と同様の効果が得られる。
【0045】
[第4の実施形態]
第4の実施形態では、ガス噴霧管の偏向部位の他の構造として、ガス噴霧管の内壁面から径方向に突出する凸形状の偏向部位について提案する。
【0046】
<ガス噴霧管の構成例>
図6は、第4の実施形態に係るガス噴霧管28の一部の構造を示す断面図である。
図6に示すように、本実施形態に係るガス噴霧管28は、第1の管36の内壁面から径方向内側に突出する凸部により形成された偏向部位334を有する。偏向部位334は、接点40においてキャピラリー11と接触し、ガス噴霧管28の先端穴29の中心軸に対して、キャピラリー11の下流端12を偏向させる。
【0047】
図6に示す偏向部位334の断面形状は三角形であるが、偏向部位334は、例えば円錐状、角錐状、三角柱状など、任意の形状とすることができ、これらの底面(第1の管36の内壁面に接する面)を内壁面の湾曲に合わせて湾曲させることができる。また、偏向部位334の頂部(最も径方向内側の部分)は、丸みを帯びていてもよい。さらに、偏向部位334の断面形状も三角形に限定されず、四角形、半円形など、任意の形状とすることができる。
【0048】
偏向部位334は、ガス噴霧管28の内壁面に対し、溶接、接着又はその他の接合方法で部材を固定させることによって形成することができる。代替的に、ガス噴霧管28を外部から潰して変形させることによって凸部を形成し、偏向部位334とすることも可能である。
【0049】
<第4の実施形態の変形例>
図7は、第4の実施形態の変形例に係るガス噴霧管28の一部の構造を示す断面図である。
図7に示すように、本実施形態に係るガス噴霧管28は、一重の管281から構成されており、管281の内壁面から径方向内側に突出する凸部により形成された偏向部位334を有する。このように、ガス噴霧管28が一重であっても、偏向部位334は、接点40においてキャピラリー11と接触し、ガス噴霧管28の先端穴29の中心軸に対して、キャピラリー11の下流端12を偏向させる。
【0050】
<第4の実施形態のまとめ>
以上のように、第4の実施形態に係るイオン源2は、ガス噴霧管28の内壁面から突出する偏向部位334を有し、偏向部位334は、ガス噴霧管28の先端穴29の中心軸に対して、キャピラリー11の下流端12を偏向させる。このような構成でも第1の実施形態と同様の効果が得られる。
【0051】
[第5の実施形態]
第5の実施形態では、ガス噴霧管28のガイド部の他の構造を提案する。
【0052】
<ガス噴霧管の構成例>
図8は、第5の実施形態に係るガス噴霧管28の一部の構造を示す断面図である。
図8に示すように、本実施形態に係るガス噴霧管28のガイド部355は、下流側ほど内径変化率が低くなるように、連続的に内径が小さくなる形状を有する。ガイド部355の先端穴29の近傍は、内径が一定となっている。このような形状のガイド部355は、例えばドリル加工により形成することができる。ガイド部355が
図8のような形状であっても、キャピラリー11は、偏向部位33と接点40で接触し、ガイド部35の先端穴29と接点41で接触する。以上のような第5の実施形態の構成によっても、第1の実施形態と同様の効果が得られる。
【0053】
[第6の実施形態]
第6の実施形態では、ガス噴霧管28のガイド部の他の構造について説明する。
【0054】
<ガス噴霧管の構成例>
図9は、第6の実施形態に係るガス噴霧管28の一部の構造を示す断面図である。
図9に示すように、本実施形態に係るガス噴霧管28のガイド部356は、下流側ほど内径変化率が高くなるように、連続的に内径が小さくなる形状を有する。ガイド部356の先端穴29の近傍は、内径が一定となっている。このような形状のガイド部356は、例えばドリル加工により形成することができる。なお、ガイド部の形状は、第6の実施形態や第7の実施形態の構造に限定されず、下流に行くに従い連続的に内径が小さくなる形状を有していればよい。以上のような第6の実施形態の構成によっても、第1の実施形態と同様の効果が得られる。
【0055】
[第7の実施形態]
第7の実施形態では、ガス噴霧管28のガイド部の他の構造を提案する。
【0056】
<ガス噴霧管の構成例>
図10は、第7の実施形態に係るガス噴霧管28の一部の構造を示す断面図である。
図10に示すように、本実施形態に係るガス噴霧管28のガイド部357は、下流に行くに従い連続的に内径が小さくなる形状を有し、内壁面が階段形状となっている。ガイド部357の先端穴29の近傍は、内径が一定となっている。このような形状のガイド部357は、例えばドリル加工により形成することができる。なお、ガイド部の形状は、テーパ形状若しくはその他の連続形状、又は階段形状であってもよいし、これらの組合せの形状であってもよい。以上のような第7の実施形態の構成によっても、第1の実施形態と同様の効果が得られる。
【0057】
[第8の実施形態]
第8の実施形態では、ガス噴霧管28の先端穴の他の構造を提案する。
【0058】
<ガス噴霧管の構成例>
図11は、第8の実施形態に係るガス噴霧管28の一部の構造を示す断面図である。
図11に示すように、本実施形態に係るガス噴霧管28の先端穴298は、内径の異なる第1の部分81と、第2の部分82とで構成されている。下流側の第1の部分81の内径は、上流側の第2の部分82の内径よりも大きい。なお、ガス噴霧管28の先端穴は、内径の異なる3つ以上(複数)の部分で構成されていてもよく、複数の部分の中で下流側ほど内径が大きくなるように形成される。このような形状は、例えばザグリ加工により形成することができる。
【0059】
本実施形態の構成では、キャピラリー11は、上流側の第2の部分82と、接点41において接触する。このような構成の効果について説明する。キャピラリー11は高電圧及び高温下に晒されており、キャピラリー11の下流端12は、試料の成分(酸やアルカリなどを含むこともある)によっては激しく劣化する可能性もある。腐食性の試料がキャピラリー11の下流端12の部分に溜まると腐食を加速する可能性もある。そこで、適度にガスが噴霧される状態とすることで、試料がキャピラリー11の下流端12付近に溜まることを防止できる。大径の第1の部分81が無い場合、キャピラリー11が先端穴29の内壁面と接触しているため、接触部分の位相でガスが流れにくい。そのため、本実施形態のように、ガス噴霧管28の下流端側に大径部(第1の部分81)を有することで、ガスを流れやすくするという効果がある。
【0060】
<第8の実施形態のまとめ>
以上のように、第8の実施形態に係るイオン源2は、ガス噴霧管28の先端穴が内径の異なる複数の部分で構成されており、先端穴の下流側の内径が上流側よりも大きくなっている。このような構成により、ガス噴霧管28の下流端においてガスを流れやすくすることができ、試料によるキャピラリー11及びガス噴霧管28の腐食を防止できる。したがって、耐久性の高いイオン源を実現することができる。
【0061】
[第9の実施形態]
第1の~第8の実施形態では、ガス噴霧管28が1つの偏向部位を有する構成について説明した。第9の実施形態では、ガス噴霧管28の偏向部位が複数設けられている構成を提案する。
【0062】
<ガス噴霧管の構成例>
図12(a)及び(b)は、第9の実施形態に係るガス噴霧管28の一部の構造を示す断面図である。
図12(a)は、ガス噴霧管28の側断面図を示している。
図12(b)は、ガス噴霧管28の正断面図を示している。
図12(a)及び(b)に示すように、本実施形態に係るガス噴霧管28には、ガス噴霧管28の長手方向の異なる位置かつ異なる位相に、偏向部位334a及び334bの2つの偏向部位が設けられている。偏向部位334aは下流側に配置され、X方向に突出する。偏向部位334bは上流側に配置され、Y方向に突出する。キャピラリー11は、偏向部位334bと接点40bで接触し、偏向部位334aと接点40aで接触し、先端穴29と接点41で接触する。したがって、ガス噴霧管28の内部においてキャピラリー11が3点でロックされる。このように、ガス噴霧管28の長手方向の異なる位置かつ異なる位相に複数の偏向部位を設けることで、1つの偏向部位では偏向機能が不十分な場合でも、キャピラリー11が逃げる方向の規制が可能になるので、キャピラリー11の位置の再現性が向上する。
【0063】
<第9の実施形態のまとめ>
以上のように、第9の実施形態に係るイオン源2は、ガス噴霧管28の内壁面から突出する複数の偏向部位334a及び334bを有し、偏向部位334a及び334bは、ガス噴霧管28の長手方向の異なる位置かつ異なる位相に設けられている。偏向部位334a及び334bは、ガス噴霧管28の先端穴29の中心軸に対して、キャピラリー11の下流端12を偏向させる。このような構成により、キャピラリー11の下流端12の径方向の位置再現性がさらに向上する。結果として、より高い分析安定性を有するイオン源が実現できる。
【0064】
[第10の実施形態]
第1の~第9の実施形態では、上流側の第1の管36と下流側の第2の管37が嵌合されている構成のガス噴霧管28について説明した。第10の実施形態では、第1の管と第2の管の間に径方向の空間を有する構成のガス噴霧管28を提案する。
【0065】
<ガス噴霧管の構成例>
図13は、第10の実施形態に係るガス噴霧管28の一部の構造を示す断面図である。
図13に示すように、本実施形態に係るガス噴霧管28において、第1の管36が第2の管37に挿入されており、第1の管36の外側面と第2の管37の内側面との間に空間49が設けられている。第2の管37には、ガス供給口371が設けられている。
図13では図示は省略しているが、第1の管36にもガス供給口(
図1に示したガス供給口51)が設けられている。本実施形態の偏向部位は、第4の実施形態の偏向部位334であるが、その他の実施形態の構成の偏向部位を用いてもよい。
【0066】
キャピラリー11やガス噴霧管28の周囲にはイオン化効率を向上するため、加熱ガス流すための加熱ユニットが採用されることが多い(図示せず)。そのため、加熱ユニットからキャピラリー11へ伝わる熱をなるべく断熱することが望ましい。本実施形態では、ガス噴霧管28が二重構造であるため、高い断熱効果を実現できる。
【0067】
<断熱効果の確認の実験>
断熱効果を確認するため、本実施形態の構成のガス噴霧管28にガスを供給して第1の管36の内部温度を測定する実験を行った。具体的な条件は以下の通りである。第1の管36のストレート部分は外径=2mm、内径=1.4mmとした。第2の管37のストレート部分は外径=3mm、内径=2.6mmとした。加熱ユニットからの加熱ガス温度を500℃とし、加熱ガス流量を15L/minとし、加熱ガス種を窒素とした。第1の管36の内部に流すガス流量(Q
IN)と、空間49に流すガス流量(Q
OUT)を変化させ、第1の管36の内部温度を測定した。温度の測定は、外径0.5mmのKタイプ(クロメル-アルメル)シース熱電対を第1の管36の内部に挿入することにより行った。ガス流量Q
IN及びQ
OUTは合計3L/minとなるように、0L/minと3L/minの組み合わせ、並びに1L/minと2L/minの組み合わせとした。また、偏向部位を有しない一重のガス噴霧管(
図15に示す比較例に係るガス噴霧管128)にも3L/minの流量でガスを供給し、ガス噴霧管128の内部温度を測定した。結果を
図14に示す。
【0068】
図14は、ガス流量Q
IN及びQ
OUTを変化させたときの第1の管36の内部温度の測定結果を示すグラフである。
図14に示すように、比較例と比較して本実施形態の構成の方が、第1の管36の内部温度が低いことが分かる。第1の管36の内部温度が低いことにより、キャピラリー11の温度も低く維持することができるため、試料溶液の沸騰を防ぐことができる。その結果、分析の安定性を向上できる。なお、本実験の通り、ガスは第1の管36及び第2の管37の両方に流してもよいし、どちらか一方に流してもよい。
【0069】
<第10の実施形態のまとめ>
以上のように、第10の実施形態に係るイオン源2において、ガス噴霧管28が第1の管36及び第2の管37を有し、第1の管36及び第2の管37の間に空間49が設けられている。このような構成により、第1の管36の内部に挿入されるキャピラリー11の内部温度の上昇を抑制することができるため、分析の安定性を向上でき、さらに高い再現性のイオン源を実現することができる。
【0070】
[実験例]
以下の実験例により、本開示の技術の効果について説明する。
【0071】
<ガス噴霧管の準備>
まず、第4の実施形態(
図6)で示した構成のガス噴霧管(実施例)と、偏向部位を有しないガス噴霧管(比較例)とを実際に作製した。上述のように、第4の実施形態のガス噴霧管28は、凸形状の偏向部位334を有する。
【0072】
図15は、比較例に係るガス噴霧管128の一部の構造を示す断面図である。ガス噴霧管128は一重の管から構成され、偏向部位を有しない。実施例のガス噴霧管28及び比較例のガス噴霧管128の先端穴29の直径はいずれも0.4mmとした。キャピラリー11の外径は0.27mmとした。
【0073】
<キャピラリーの位置の再現性について>
図16は、ガス噴霧管にキャピラリーを挿入して下流側から撮影した写真である。
図16に示すように、キャピラリーの中心は、ガス噴霧管の先端穴の中心軸からずれている。
【0074】
次に、実施例のガス噴霧管28及び比較例のガス噴霧管128のそれぞれに対し、キャピラリーの抜き挿しを10回繰り返し、その都度、下流側から撮影した。撮像した写真から、ガス噴霧管28及び128の先端穴29の中心を原点として、キャピラリー11の中心のXY座標を求めた。
【0075】
図17は、実施例及び比較例におけるキャピラリー11の中心のXY座標をプロットしたグラフである。
図17に示すように、比較例においては、キャピラリー11の中心の座標が広い分布になっている(ばらつきが大きい)のが分かる。これは、偏向部位の無い比較例の構成では、キャピラリー11の下流端12がフリーな状態であるために、キャピラリー11の付け替えの再現性が低いからである。一方、実施例においては、キャピラリー11の中心の座標は狭い分布となっている(ばらつきが小さい)。これは、偏向部位334がある実施例の構成では、キャピラリー11が偏向部位334との接点40と、先端穴29の接点41の2点によりロックされるためである。このように、実施例に係るガス噴霧管は、キャピラリー11の付け替えによるキャピラリー11の位置の再現性が高いことが分かる。
【0076】
<質量分析計での分析>
次に、比較例に係るガス噴霧管128を用いたイオン源と、実施例に係るガス噴霧管28を用いたイオン源を作製し、各イオン源で生成したイオンを質量分析計で分析した。試料はテストステロンとした。キャピラリー11を8回交換するたびに、キャピラリー11に印加した高電圧の依存性を都度測定した。
【0077】
図18は、比較例におけるキャピラリー11に印加した高電圧と相対イオン強度との関係を示すグラフである。
図18に示すように、比較例においては、キャピラリーの位置の再現性が低いため、分析結果のばらつきも大きい。
【0078】
図19は、実施例におけるキャピラリー11に印加した高電圧と相対イオン強度との関係を示すグラフである。
図19に示すように、実施例においては、キャピラリー11が偏向部位334との接点40と、先端穴29の接点41の2点によりロックされ、交換による位置の再現性が高いため、分析結果の再現性が向上することが分かる。
【0079】
<流路幅について>
図20は、流路幅の依存性(径方向における偏向部位の大きさの依存性)を評価するための実験で用いた質量分析計の一部を示す断面図である。なお、
図20では、図示の簡略化のためにガス噴霧管28が一重の管で構成されているように示されているが、実際には、
図6に示したように2重の管で構成されたガス噴霧管28を用いた。本実験では、ガス噴霧管28の円筒部の内径Dを1.4mmとした。対向電極26の穴27のX方向の中心軸からキャピラリー11の先端までの距離を25mmとし、ガス噴霧管28の先端からのキャピラリー11の突出量を0.5mmとした。対向電極26に電流計46を接続した。
【0080】
本実験では、キャピラリー11を8回交換し、その都度、キャピラリー11に電圧を印加した時の対向電極26との放電電流を電流計46で測定した。電流計46の測定結果から、各電圧での電流ばらつきのCV値(標準偏差÷平均値×100)を求めた。電流のCV値が大きいことはキャピラリー11の位置再現性が低いことを表している。
【0081】
本実験における電流の測定条件は以下の通りである。キャピラリー11への印加電圧は5.2kV~5.8kVの間で0.1kVごとに変更した。ガス噴霧管28の先端から偏向部位334までの距離Lは7mm、9mm及び11mmとした。偏向部位334の流路幅Wを0.5~0.9mmの間で1mmごとに変更した。CV値を求めた結果を
図21(L=7mm)、
図22(L=9mm)及び
図23(L=11mm)に示す。
【0082】
図21は、ガス噴霧管28の先端から偏向部位334までの距離Lが7mmの条件下におけるCV値をプロットしたグラフである。
図21に示すように、距離Lが7mmのとき、W=0.7mmの場合に最もCV値が小さくなる傾向にあることが分かる。
【0083】
図22は、ガス噴霧管28の先端から偏向部位334までの距離Lが9mmの条件下におけるCV値をプロットしたグラフである。
図22に示すように、距離Lが9mmのとき、W=0.5~0.7mmの場合にCV値が小さくなる傾向にあることが分かる。
【0084】
図23は、ガス噴霧管28の先端から偏向部位334までの距離Lが11mmの条件下におけるCV値をプロットしたグラフである。
図23に示すように、距離Lが11mmのとき、W=0.7mmの場合にCV値が小さくなる傾向にあることが分かる。
【0085】
以上のことから、流路幅Wが広くても狭くても電流のばらつきが大きくなる場合があり、W=0.7mm付近の場合に、電流のばらつきが小さくなる傾向にあることがわかる。ガス噴霧管28の上流側の内径はD=1.4mmとしたので、偏向部位334がガス噴霧管の中心軸付近までせり出している場合に、電流のばらつきが小さくなるといえる。電流のばらつきは、キャピラリーの先端の位置のばらつきに起因するので、偏向部位334がガス噴霧管の中心軸付近までせり出している場合に、キャピラリーの先端の位置のばらつきが少なくなることがわかる。
【0086】
図24(a)~(d)は、流路幅Wに応じてキャピラリー11の位置のばらつきが変化する原因を説明するための図である。
図24(a)は、流路幅W=0.5mm又はW=0.6mmの場合におけるキャピラリー11の挿入後の状態を示している。流路幅W=0.5mm又はW=0.6mmの条件(すなわち、偏向部位334の径方向の寸法がガス噴霧管28の半径D/2よりも小さい条件)では、キャピラリー11は、先端穴29(内径が一定の部分)の接点41よりも上流のガイド部35で接触する。これにより、キャピラリー11の向きが大きく逸れるため、キャピラリー11のフリーな長さ(ガス噴霧管28と接触していない長さ)が長くなり、下流端12の位置のばらつきが大きくなる。
【0087】
図24(b)は、流路幅W=0.7mmの場合におけるキャピラリー11の挿入後の状態を示している。
図24(b)に示すように、最適な流路幅W=0.7mmの条件(すなわち、偏向部位334の径方向の寸法がガス噴霧管28の半径D/2に等しい条件)では、キャピラリー11が偏向部位334との接点40と、先端穴29との接点41の2点によりロックされるため、キャピラリー11の位置がしっかり定まる。
【0088】
図24(c)は、流路幅W=0.8mmの場合におけるキャピラリー11の挿入後の状態を示している。
図24(c)に示すように、流路幅W=0.8mmの条件(すなわち、偏向部位334の径方向の寸法がガス噴霧管28の半径D/2よりも大きい条件)では、偏向部位334の裏側(偏向方向とは異なる方向)へ逃げてしまい、キャピラリー11が先端穴29に接触しないことがあるため、下流端12の位置のばらつきが大きくなる。
【0089】
図24(d)は、流路幅W=0.9mmの場合におけるキャピラリー11の挿入後の状態を示している。
図24(d)に示すように、流路幅W=0.9mmの条件(すなわち、偏向部位334の径方向の寸法がガス噴霧管28の半径D/2よりも大きい条件)においても、キャピラリー11が先端穴29に接触しないことがあるため、下流端12の位置のばらつきが大きくなる。流路幅W=0.8mmと流路幅W=0.9mmとでは、ばらつきの大きさが逆転することが分かった。この現象は、流路幅W=0.9mmの場合はキャピラリー11が偏向部位334の裏側へ逃げることが無いことが理由である。
【0090】
以上の実験結果から、偏向部位334が先端穴29の中心軸付近までせり出していることにより、キャピラリー11の下流端12の位置の再現性を高くすることができる。なお、第4の実施形態の偏向部位334を有するイオン源2を用いた実験例を説明したが、以上の実験結果は、他の実施形態の偏向部位を用いたとしても同様の結果となることが明らかである。
【0091】
[変形例]
本開示は、上述した実施形態に限定されるものでなく、様々な変形例を含んでいる。例えば、上述した実施形態は、本開示を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備える必要はない。また、ある実施形態の一部を他の実施形態の構成に置き換えることができる。また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることもできる。また、各実施形態の構成の一部について、他の実施形態の構成の一部を追加、削除又は置換することもできる。
【符号の説明】
【0092】
1…質量分析計
2…イオン源
3…質量分析部
4…真空容器
5…イオン生成部
6…イオン源チャンバ
7…導入電極
8…穴
9…電源
10…制御装置
11…キャピラリー
12…下流端
13…排気ポート
14…窓
15~17…真空室
18~19…穴
20~22…真空ポンプ
23…イオン輸送部
24…イオン分析部
25…検出器
26…対向電極
27…穴
28、128…ガス噴霧管
29…先端穴
30…コネクタ
31…シール材
32…接続部
33…偏向部位
35…ガイド部
36…第1の管
37…第2の管
38…嵌合部
39…円筒部
40…接点
41…接点
43…開口部
46…電流計
49…空間