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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022104425
(43)【公開日】2022-07-08
(54)【発明の名称】拡散経路の探索方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/204 20190101AFI20220701BHJP
【FI】
G01N33/204
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020219628
(22)【出願日】2020-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】西原 泰孝
【テーマコード(参考)】
2G055
【Fターム(参考)】
2G055AA05
2G055BA05
(57)【要約】
【課題】結晶内における原子の拡散経路を効率的に探索することができる拡散経路の探索方法を提供する。
【解決手段】拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定する初期構造設定工程と、
前記初期構造設定工程で位置を設定した、複数の前記原子を用いて分子動力学計算を行う計算工程と、
前記計算工程で得られた、複数の前記原子の座標データについて独立成分分析を行い、複数の前記原子が動きやすい方向を求める分析工程と、
前記分析工程の結果から、複数の前記原子が動きやすい方向に位置する構造モデルを複数作成する構造モデル作成工程と、
前記構造モデル作成工程で作成した複数の前記構造モデルから、原子の拡散経路を探索する拡散経路探索工程と、を有する拡散経路の探索方法を提供する。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定する初期構造設定工程と、
前記初期構造設定工程で位置を設定した、複数の前記原子を用いて分子動力学計算を行う計算工程と、
前記計算工程で得られた、複数の前記原子の座標データについて独立成分分析を行い、複数の前記原子が動きやすい方向を求める分析工程と、
前記分析工程の結果から、複数の前記原子が動きやすい方向に位置する構造モデルを複数作成する構造モデル作成工程と、
前記構造モデル作成工程で作成した複数の前記構造モデルから、原子の拡散経路を探索する拡散経路探索工程と、を有する拡散経路の探索方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、拡散経路の探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種材料について更なる性能向上を目的として、新規材料の探索や、物質を構成する元素の一部を置換する置換元素の探索等が盛んに行われている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上述のように新規材料や、置換元素等の探索を行う上で、目的とする物質の結晶内において、目的とする反応、機能等に影響を与える原子がどのような経路を通って移動、拡散するかを正確に把握することが好ましい。
【0004】
しかしながら、結晶内は元素が密に詰まっていることが多く、結晶を構成する原子間には僅かな隙間しかないように見える。このため、拡散経路を調べたい原子について、原子半径やイオン半径、van der Waals半径で原子の大きさを見積もると、結晶内の複数の隙間の大きさを比較して、該原子の拡散経路を特定することは困難であった。
【0005】
そこで上記従来技術が有する問題に鑑み、本発明の一側面では、結晶内における原子の拡散経路を効率的に探索することができる拡散経路の探索方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため本発明の一態様によれば、
拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定する初期構造設定工程と、
前記初期構造設定工程で位置を設定した、複数の前記原子を用いて分子動力学計算を行う計算工程と、
前記計算工程で得られた、複数の前記原子の座標データについて独立成分分析を行い、複数の前記原子が動きやすい方向を求める分析工程と、
前記分析工程の結果から、複数の前記原子が動きやすい方向に位置する構造モデルを複数作成する構造モデル作成工程と、
前記構造モデル作成工程で作成した複数の前記構造モデルから、原子の拡散経路を探索する拡散経路探索工程と、を有する拡散経路の探索方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の一態様によれば、結晶内における原子の拡散経路を効率的に探索することができる拡散経路の探索方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の実施形態に係るシミュレーション装置のハードウェア構成図である。
図2】本発明の実施形態に係るシミュレーション装置の機能を示すブロック図である。
図3】実施例1において拡散経路の探索を行ったLiMnの初期構造を示す模式図である。
図4】実施例1において求めたLiMnのLi原子の拡散経路を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態について説明するが、本発明は、下記の実施形態に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形および置換を加えることができる。
【0010】
本実施形態の拡散経路の探索方法は、以下の工程を有することができる。
拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定する初期構造設定工程。
初期構造設定工程で位置を設定した、複数の原子を用いて分子動力学計算を行う計算工程。
計算工程で得られた、複数の原子の座標データについて独立成分分析を行い、複数の原子が動きやすい方向を求める分析工程。
【0011】
分析工程の結果から、複数の原子が動きやすい方向に位置する構造モデルを複数作成する構造モデル作成工程。
構造モデル作成工程で作成した複数の構造モデルから、原子の拡散経路を探索する拡散経路探索工程。
【0012】
本発明の発明者は、結晶内における原子の拡散経路の効率的な探索方法について鋭意検討を行った。原子レベルの大きさで結晶構造を見ると、原子が密に詰まっている。しかし、原子が協奏的に動くと結晶内で過渡的な空間が形成され、拡散経路となる場合が多い。そして、原子集団の揺らぎを複数の特徴的な動きに変換してこの動きを解析することで特定の現象を見出し、拡散経路を見出すことが可能になる。そして、上記解析方法として多成分分析の手法が有効である。
【0013】
そこで、本実施形態の拡散経路の探索方法は、分子動力学法の結果から、多成分分析の手法の1つである、独立成分分析を用いて結晶内の複数の原子の動きを解析する。これにより、原子が動きやすい方向を導き出し、該動きやすい方向に原子を配置した構造モデルから拡散経路を探索することで、効率的に拡散経路を導き出せることを見出し、本発明を完成させた。
【0014】
各工程について以下に説明する。
(初期構造設定工程)
初期構造設定工程では、拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定することができる。すなわち、計算工程で用いる結晶が有する原子の初期座標を設定できる。
【0015】
初期構造設定工程において、拡散経路探索に用いる結晶に含まれる複数の原子の位置を設定する具体的な方法は特に限定されない。例えば実験的に求めた、もしくは文献等に開示されている、該結晶の結晶構造に基づいて各原子の原子配置を設定し、初期構造とすることができる。
【0016】
初期構造設定工程において設定する初期構造には、拡散経路の探索を行う原子である拡散原子が含まれていても良く、含まれていなくても良い。すなわち、拡散原子を除いた骨格構造のみであっても良い。本実施形態の拡散経路の探索方法では、拡散原子以外の原子の移動により形成される空間の大きさから拡散経路を探索するため、拡散原子を含まない状態の結晶について計算、探索を行っても、その結果に大きな差異がないためである。
(計算工程)
計算工程では、初期構造設定工程で位置を設定した、複数の原子を用いて分子動力学計算を行うことができる。
【0017】
分子動力学計算は、原子の物理的な動きのコンピューターシミュレーション手法であり、ニュートンの運動方程式を数値的に解くことにより、原子の位置の時間発展を求めることができる。従って、計算工程を実施することで、初期構造設定工程で設定した複数の原子の座標の時系列変化を求めることができる。
【0018】
分子動力学計算では、原子と原子間相互作用の情報は、ポテンシャルエネルギーを記述するための関数形と、そのパラメータセット(力場)で表される。
【0019】
計算工程において分子動力学計算で用いる力場の種類は特に限定されるものではなく、各種力場を用いることができる。例えば金属/合金系ではEAMやMEAM等、無機化合物系ではBuckingham、BKS、Clay-FF、CVFF_aug等、半導体系ではTersoff等、有機化合物系ではPCFF、Compass、MMFF、OPLS-AA、AMBER、CHARMM、UFF等を用いることができる。また、分極力場であるX-Pol、AMBER分極力場、CHARMM分極力場等や、反応力場であるReaxFF等の既存の力場や、必要に応じて自作した力場から選択された力場を用いることができる。
【0020】
既存の力場では対象となる原子の電荷が規定されていない場合がある。その場合、RESP(Restrained ElectroStatic Potential)電荷やAM1-BCC(Bond Charge Correction)電荷等を用いることもできる。
【0021】
分子動力学計算に用いるプログラム(ソフトウェア)についても特に限定されないが、例えば、LAMMPSやDL_POLY、Gromacs(Groningen Machine for Chemical Simulations)、AMBER、CHARMM、NAMD等の既存のプログラムや自作のプログラムから選択されたプログラムを用いることができる。
【0022】
分子動力学計算を行う際の設定環境としては、例えば真空中や、溶媒が含まれる場合には周期境界条件下とすることができる。
【0023】
分子動力学計算を行う際のニュートンの運動方程式を解くための数値積分法についても特に限定されないが、例えばベルレ法や、速度ベルレ法、Leap-frog法、予測子-修飾子法等から選択された方法を用いることができる。
【0024】
分子動力学計算を行う時間幅は特に限定されるものではないが、結晶を構成する複数の原子の動きやすい方向が把握でき、かつ計算コストを抑制できるように選択することが好ましい。分子動力学計算を行う時間幅としては、例えば0.5fs以上2fs以下とすることができる。
【0025】
また、温度の制御方法としても特に限定されないが、例えば、速度スケーリング法、Nose-Hoover熱浴法、Nose-Hoover chain法、Berendsen熱浴法、Andersen熱浴法、Langevin動力学法等から選択された方法を用いることができる。
【0026】
周期境界条件下における圧力の制御方法についても特に限定されないが、例えば、Berendsen法、Parinello-Rahman法等から選択された方法を用いることができる。
【0027】
静電相互作用やvan der Waals相互作用といった長距離相互作用の計算にはカットオフ法を用いることができる。特に、周期境界条件下での静電相互作用の計算にParticle-Mesh Ewald法や多重極展開法等を用いることができる。
【0028】
計算工程における分子動力学計算は、例えば、CPU(Central Processing Unit)や、RAM(Random Access Memory)、ハードディスク等の各種記憶媒体、ディスプレイ等の出力装置、キーボード等の入力装置、各種周辺機器等を備えた通常のコンピューターシステムを用いて実施することができる。なお、コンピューターシステムとしては、例えばネットワークサーバ、ワークステーション、パーソナルコンピュータ等が挙げられる。
【0029】
具体的には、例えば記憶媒体等に既述の分子動力学計算のプログラムを格納しておき、係るプログラムをCPUにより実行すると共に、RAM等の記憶媒体に格納された、またはキーボード等の入力装置から入力された初期構造や、条件を読み込むことにより実現することができる。
(分析工程)
分析工程では、計算工程で得られた、複数の原子の座標データについて独立成分分析(ICA,Independence Component Analysis)を行い、複数の原子が動きやすい方向を求めることができる。
【0030】
独立成分分析とは、主成分分析(Principal Component Analysis)と同様に、多成分分析の手法の1つである。主成分分析では、成分の二次の相関にのみ着目し、それらを無相関にする変換を求める。これに対して、独立成分分析では、高次の統計量、または時間的な相関に基づいて独立な成分に分離する変換を求める。つまり、独立成分分析では、観測される成分が、複数の独立な発生源の重ね合わせで発生しているとの立場をとる。
【0031】
独立成分分析では、観測データのみを用いて、これらの発生源を推定する統計手法であり、観測データの隠された特徴の抽出にも利用される。
【0032】
独立成分分析の概要について説明する。
【0033】
以下の式(1)で表されるように、統計的に独立なn個の発生源s(t)があるとする。式(1)中のnは、n≧2であり、各成分の平均は0とする。また、Tは転置行列とする。
【0034】
【数1】

また、観測データx(t)は、以下の式(2)で表されるとする。ただし、式(2)中のmは、m≧2であり、各成分の平均は0とする。
【0035】
【数2】

ここで、上記s(t)とx(t)との間に、以下の式(3)で表される線形の関係を仮定する。
【0036】
【数3】

そうすると、独立成分分析は、発生源s(t)と、m×nの実数行列Aの知識を持たずに観測データx(t)をn個の独立な成分に分離することになる。解法の手順は何らかの方法で、実数行列Aを求めてから、発生源s(t)を求めることになる。
【0037】
次に、独立成分分析の解法について説明する。
【0038】
独立成分分析では観測データを独立な成分に変換するが、互いに独立ならばそれらは無相関でもある。独立成分分析では、複雑さを低減するために、前処理として中心化、白色化、次元圧縮などが行われており、前処理に主成分分析を行うことが多い。そこで、初めに主成分分析について説明する。
(A)主成分分析
主成分分析では、解析対象となるm次元の時系列データに対して、以下の式(4)で表される共分散行列Cを求める。ただし、Tは観測時間を示す。
【0039】
【数4】

さらに、以下の式(5)から、共分散行列Cの固有値問題を解いて、固有値行列Λ、固有値ベクトル行列Uを求める。
【0040】
【数5】

固有値ベクトル行列Uの列ベクトルuは、無相関な方向を表す。
【0041】
観測データx(t)は、以下の式(6)のように表すことができる。
【0042】
【数6】

また、Iを単位行列とすると、以下の式(7)の関係が成り立つ。
【0043】
【数7】

つまり、単位行列Iのi行j列の成分は、以下の式(8)となる。
【0044】
【数8】

ただし、δijは、以下の式(9)で表されるクロネッカーのデルタである。
【0045】
【数9】

このため、観測した時系列データは、以下の式(10)で表される。
【0046】
【数10】

従って、i番目の固有値を持つ固有ベクトルu方向に射影することで、固有ベクトル方向の成分aを取り出すことができる。すなわち、観測データx(t)を固有ベクトルの方向に分離できることになる。
(B)独立成分分析の解法について
独立成分分析の解法は、確率分布の独立性に基づく分離法と時間構造に基づく分離法(tICA)があるが、ここでは後者の方法をとる。
【0047】
本実施形態の拡散経路の探索方法では、観測データx(t)は、既述の計算工程で求めた、分子動力学計算から得られるトラジェクトリを使用している。このため、観測データx(t)はエルゴード性を仮定している。また、条件から発生源s(t)は独立である。よって、時間遅れτに対して実数行列Aは不変であり、時間遅れτについての、観測データx(t+τ)、発生源s(t+τ)は以下の関係となる。
【0048】
【数11】

よって、時間遅れの共分散行列は、以下の式(12)で表される。
【0049】
【数12】

ただし、式(12)内のRsi(τ)は、s(t)の自己相関関数である。2つの共分散行列を用いて、以下の式(13)の一般化固有値問題を解いて固有値行列Kと、固有値ベクトル行列Fを求める。
【0050】
【数13】

式(13)内のDは、通常非対称のため、KやFの要素は複素数となる。よって、複素数を避けるためにはDを対称化しておけばよい。
【0051】
主成分分析での固有ベクトルuは直交しているが、tICAで得られる固有ベクトルfは直交していない。しかし、以下の式(14)の関係を満たす。
【0052】
【数14】

このため、以下の式(15)の様に規定することで、非直交基底として利用できる。
【0053】
【数15】

したがって、時系列データは以下の式(16)のように展開できる。
【0054】
【数16】

このことから、gが運動の方向を表す独立成分(s)であることがわかる。だたし、独立成分へトラジェクトリx(t)を射影する場合は、gではなく、fを使用することになる。また、固有値は運動の時間スケールを特徴づけており、固有値が大きいほど独立成分方向の運動の時間スケールが遅いことを表している。よって、I番目の固有ベクトルに射影したトラジェクトリa(t)を解析することでその動的振る舞いがわかる。
【0055】
時間遅れτであるが、理想的な場合、結果はτに依存しないが、多くの場合、τによって異なる結果が得らえる場合がある。このため、τは、τの値を変化させても同様の値をとるτを選択することが好ましい。
(構造モデル作成工程)
構造モデル作成工程では、分析工程の結果から、複数の原子が動きやすい方向に位置する構造のモデルを複数作成することができる。
【0056】
具体的には例えば、初期構造設定工程で設定した複数の原子の座標を、分析工程で算出した、各原子が動きやすい方向に位置を変化させた構造モデルを、その移動距離等を変え、複数作成することができる。
【0057】
本実施形態の拡散経路の探索方法では、拡散原子の拡散経路を探索することを目的とする。このため、構造モデル作成工程では、拡散経路となりうる、結晶を構成する少なくとも一部の原子が大きく振幅する場合の構造モデルを作成することが好ましい。そこで、分析工程で得られた結果のうち、大きな固有値をもつ固有ベクトル方向へ原子を動かした場合の構造モデルを作成することが好ましい。
(拡散経路探索工程)
拡散経路探索工程では、構造作成工程で作成した複数の構造モデルから、拡散経路の探索を行う原子、すなわち拡散原子の拡散経路を探索することができる。具体的には例えば、作成した複数の構造モデルを比較し、拡散原子以外の結晶を構成する原子について、原子間距離が拡散原子の原子半径よりも拡がっている部分を拡散経路として認定することができる。
【0058】
以上に説明した本実施形態の拡散経路の探索方法によれば、分子動力学計算の結果を基に独立成分分析を用いて原子の動きやすい方向を導き出し、該方向に動かした構造モデルを用いて拡散経路の探索を行っている。このため、原子が平均位置に存在する実験等で得られる静的な結晶構造からでは見出すことが困難であった拡散経路を、効率的に探索することができる。
【0059】
また、上述のように分子動力学計算結果から、原子の揺らぎを反映させた構造モデルを使用して拡散経路探索を行うため、より現実に近い構造での拡散経路の探索が可能になる。
[シミュレーション装置]
本実施形態のシミュレーション装置は、結晶内における原子の拡散経路を効率的に探索するためのシミュレーション装置である。このため、拡散経路探索装置ともいえ、以下の部材を有することができる。
【0060】
拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定する初期構造設定部。
【0061】
初期構造設定部で位置を設定した、複数の原子を用いて分子動力学計算を行う計算部。
【0062】
計算部で算出した、複数の原子の座標データについて独立成分分析を行い、複数の原子が動きやすい方向を求める分析部。
【0063】
分析部の結果から、複数の原子が動きやすい方向に位置する構造モデルを複数作成する構造モデル作成部。
【0064】
構造モデル作成部で作成した複数の構造モデルから、原子の拡散経路を探索する拡散経路探索部。
【0065】
図1に示したハードウェア構成図に示すように、本実施形態のシミュレーション装置10は、例えば、情報処理装置(コンピュータ)で構成され、物理的には、演算処理部であるCPU(Central Processing Unit:プロセッサ)11と、主記憶装置であるRAM(Random Access Memory)12やROM(Read Only Memory)13と、補助記憶装置14と、入出力インタフェース15と、出力装置である表示装置16等を含むコンピューターシステムとして構成できる。これらは、バス17で相互に接続されている。なお、補助記憶装置14や表示装置16は、外部に設けられていてもよい。
【0066】
CPU11は、シミュレーション装置10の全体の動作を制御し、各種の情報処理を行う。CPU11は、ROM13または補助記憶装置14に格納された、例えば後述するプログラム(シュミレーションプログラム)を実行して、分子動力学計算や、独立成分分析、拡散経路の探索等を行うことができる。
【0067】
RAM12は、CPU11のワークエリアとして用いられ、主要な制御パラメータや情報を記憶する不揮発RAMを含んでもよい。
【0068】
ROM13は、プログラム(シュミレーションプログラム)等を記憶することができる。
【0069】
補助記憶装置14は、SSD(Solid State Drive)や、HDD(Hard Disk Drive)等の記憶装置であり、シミュレーション装置の動作に必要な各種のデータ、ファイル等を格納できる。
【0070】
入出力インタフェース15は、タッチパネル、キーボード、表示画面、操作ボタン等のユーザインタフェースと、外部のデータ収録サーバ等からの情報を取り込み、他の電子機器に解析情報を出力する通信インタフェースとの双方を含む。
【0071】
表示装置16は、モニタディスプレイ等である。表示装置16では、解析画面が表示され、入出力インタフェース15を介した入出力操作に応じて画面が更新される。
【0072】
図1に示したシミュレーション装置10の各機能は、例えばRAM32やROM33等の主記憶装置または補助記憶装置14からプログラム(シミュレーションプログラム)等を読み込ませ、CPU11により実行することにより、RAM12等におけるデータの読み出しおよび書き込みを行うと共に、入出力インタフェース15および表示装置16を動作させることで実現できる。
【0073】
図2に、本実施形態のシミュレーション装置10の機能ブロック図を示す。
【0074】
図2に示すように、シミュレーション装置10は、受付部21、処理装置22、出力部23を有することができる。これらの各部は、シミュレーション装置10が有するCPU、記憶装置、各種インタフェース等を備えたパーソナルコンピュータ等の情報処理装置において、CPUが予め記憶されている例えば後述するシミュレーション方法や、プログラムを実行することでソフトウェアおよびハードウェアが協働して実現される。
【0075】
各部の構成について以下に説明する。
(A)受付部
受付部21は、処理装置22で実行される処理に関係するユーザーからのコマンドやデータの入力を受け付ける。受付部21としてはユーザーが操作を行い、コマンド等を入力するキーボードやマウス、ネットワークを介して入力を行う通信装置、CD-ROM、DVD-ROM等の各種記憶媒体から入力を行う読み取り装置などが挙げられる。
(B)処理装置
処理装置22は、初期構造設定部221、計算部222、分析部223、構造モデル作成部224、拡散経路探索部225を有することができる。
(B-1)初期構造設定部
初期構造設定部221では、拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定できる。
【0076】
初期構造設定部で設定する複数の原子の位置についてのデータは、データベース等に収録されているデータであってもよく、実験結果から算出した計算値であってもよい。
(B-2)計算部
計算部では初期構造設定部で位置を設定した、複数の原子を用いて分子動力学計算を行うことができる。分子動力学計算については既に説明したため、ここでは説明を省略する。
(B-3)分析部
分析部223では、計算部222で算出し、得られた複数の原子の座標データについて独立成分分析を行い、複数の原子が動きやすい方向を求めることができる。独立成分分析については既に説明したため、ここでは説明を省略する。
(B-4)構造モデル作成部
構造モデル作成部224では、分析部223での分析結果から、複数の原子が動きやすい方向に位置する構造モデルを複数作成できる。
(B-5)拡散経路探索部
拡散経路探索部225では、構造モデル作成工程で作成した複数の構造モデルから、原子の拡散経路を探索できる。具体的には例えば、構造モデル作成部で作成した複数の構造モデルを比較し、拡散原子以外の結晶を構成する原子について、原子間距離が拡散原子の原子半径よりも拡がっている部分を拡散経路として認定することができる。
(C)出力部
出力部23は、ディスプレイ等を有することができる。拡散経路探索部225で得られた探索結果を出力部23に出力できる。出力するシミュレーション結果の内容は特に限定されないが、例えば出力部23に、図4に示すように探索した探索経路を画像として出力し、表示することができる。
【0077】
以上に説明した本実施形態のシミュレーション装置によれば、分子動力学計算の結果を基に独立成分分析を用いて原子の動きやすい方向を導き出し、該方向に動かした構造モデルを用いて拡散経路の探索を行っている。このため、原子が平均位置に存在する実験等で得られる静的な結晶構造からでは見出すことが困難であった拡散経路を、効率的に探索することができる。
【0078】
また、上述のように分子動力学計算結果から、原子の揺らぎを反映させた構造モデルを使用して拡散経路探索を行うため、より現実に近い構造での拡散経路の探索が可能になる。
[プログラム]
次に、本実施形態のプログラムについて説明する。
【0079】
本実施形態のプログラムは、結晶内における原子の拡散経路を効率的に探索するためのプログラムに関し、コンピュータを以下の各部として機能させることができる。
【0080】
拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定する初期構造設定部。
【0081】
初期構造設定部で位置を設定した、複数の原子を用いて分子動力学計算を行う計算部。
【0082】
計算部で算出した、複数の原子の座標データについて独立成分分析を行い、複数の原子が動きやすい方向を求める分析部。
【0083】
分析部の結果から、複数の原子が動きやすい方向に位置する構造モデルを複数作成する構造モデル作成部。
【0084】
構造モデル作成部で作成した複数の構造モデルから、原子の拡散経路を探索する拡散経路探索部。
【0085】
本実施形態のプログラムは、例えば既述のシミュレーション装置のRAMやROM等の主記憶装置または補助記憶装置の各種記憶媒体に記憶させておくことができる。そして、係るプログラムを読み込ませ、CPUにより実行することにより、RAM等におけるデータの読み出しおよび書き込みを行うと共に、入出力インタフェースおよび表示装置を動作させて実行できる。このため、シミュレーション装置で既に説明した事項については説明を省略する。
【0086】
上述した本実施形態のプログラムは、インターネットなどのネットワークに接続されたコンピュータ上に格納し、ネットワーク経由でダウンロードさせることで提供してもよい。また、本実施形態のプログラムをインターネットなどのネットワークを介して提供、配布するように構成してもよい。
【0087】
本実施形態のプログラムは、CD-ROM等の光ディスクや、半導体メモリ等の記録媒体に格納した状態で流通等させてもよい。
【0088】
以上に説明した本実施形態のプログラムによれば、分子動力学計算の結果を基に独立成分分析を用いて原子の動きやすい方向を導き出し、該方向に動かした構造モデルを用いて拡散経路の探索を行っている。このため、原子が平均位置に存在する実験等で得られる静的な結晶構造からでは見出すことが困難であった拡散経路を、効率的に探索することができる。
【0089】
また、上述のように分子動力学計算結果から、原子の揺らぎを反映させた構造モデルを使用して拡散経路探索を行うため、より現実に近い構造での拡散経路の探索が可能になる。
【実施例0090】
以下、実施例を参照しながら本発明をより具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
以下の手順により、LiMnにおけるLi原子の拡散経路の探索を行った。
(初期構造設定工程)
LiMnの初期構造の設定を行った。具体的には、図3に示すようにセル内に、リチウム原子31と、マンガン原子32と、酸素原子33とが配置されたLiMnの初期構造30を設定した。なお、図3中、同じハッチングの原子は同種類の原子であることを示している。
(計算工程)
次に、分子動力学計算を用いて、初期構造設定工程で位置を設定した、リチウム原子31、マンガン原子32、および酸素原子33の座標の時系列変化を求めた。
【0091】
分子動力学計算は、ソフトウェアとしてLAMMPSを用い、力場は名古屋大学石沢らの開発した力場を用いて行った。そして、各原子の座標を入力し、結晶中の環境設定とした。
【0092】
また、分子動力学計算を行う際の速度の計算方法として速度ベルレ法を用い、時間幅を1fsとした。温度の制御方法としてNose-Hoover chain法を用い、設定温度を300Kとした。
【0093】
長距離相互作用の計算はParticle-Mesh Ewald法を用いた。
【0094】
上記条件下で10ナノ秒の分子動力学計算を行った。
(分析工程)
計算工程で得られた、複数の原子の座標の変化について独立成分分析(tICA)を行い、複数の原子が動きやすい方向を求めた。
【0095】
なお、計算工程で得られた結果を分析工程に供する際、平均値が0となるように以下の式(17)により修正した。
【0096】
【数17】

なお、上記式中のx(t)は、tICAで使用したトラジェクトリ、x´(t)は計算工程で得られたトラジェクトリ、<x´>はその時間平均を表す。
【0097】
tICAの計算には自作のPythonコードを使用し、一般化固有値問題はPythonの数値計算ライブラリNumpyを使って解いた。時間遅れτは50psとした。
(構造モデル作成工程)
分析工程の結果から、初期構造設定工程で設定した複数の原子の座標を、分析工程で算出した、各原子が動きやすい方向に位置を変化させた構造モデルを、その移動距離等を変え、複数作成した。
(拡散経路探索工程)
構造作成工程で作成した複数の構造から、拡散原子の拡散経路を探索した。
【0098】
一般に、遅い運動は大きな振幅をもつ、すなわちゆっくりと大きく動く。このため、分析工程では、計算工程で得られたトラジェクトリを用いて大きな固有値をもつ10個の固有ベクトルへ射影した射影トラジェクトリを算出した。そして、拡散経路探索工程では、それらの中で拡散経路となりうる空間が得られるかを確認した。具体的には、構造モデル作成工程において、固有ベクトル方向に原子を動かし、拡散経路探索工程において、図3中の中央部に配置されたリチウム原子31Aから、該リチウム原子31Aの近傍にある他の4つのリチウム原子31との間に連続的な空間が形成されているかを確認した。
【0099】
拡散経路探索工程で得られた拡散原子の拡散経路を図4に示す。
【0100】
図4に示すように、リチウム原子の拡散経路として、拡散経路411~414が見出された、係る拡散経路はセルの中央部に配置されたリチウム原子31A(図3を参照)と、該リチウム原子31Aの周囲に配置されたリチウム原子との間をつなぐように形成されている。
【0101】
係る拡散経路411~414は、これまでに報告されているLiMnにおけるリチウム原子の拡散経路とも一致しており、本実施例で用いた拡散経路の探索方法が実際の現象に即したものであることを確認できた。
図1
図2
図3
図4