(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022106655
(43)【公開日】2022-07-20
(54)【発明の名称】低酸素濃度殺虫法及びそれに用いる装置
(51)【国際特許分類】
A01M 1/00 20060101AFI20220712BHJP
【FI】
A01M1/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】34
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021198353
(22)【出願日】2021-12-07
(31)【優先権主張番号】P 2021001591
(32)【優先日】2021-01-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】000003665
【氏名又は名称】株式会社ツムラ
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮ノ下 明大
(72)【発明者】
【氏名】北澤 裕明
(72)【発明者】
【氏名】山本 博章
(72)【発明者】
【氏名】寧 林
(72)【発明者】
【氏名】土方 野分
【テーマコード(参考)】
2B121
【Fターム(参考)】
2B121AA11
2B121CC37
2B121DA43
2B121DA70
2B121EA09
2B121FA20
(57)【要約】
【課題】10kg以上の大量の植物又は生薬における殺虫及び殺卵を、植物又は生薬の品質を保持しながらも短期間で行うことができる低酸素濃度殺虫法及び殺虫装置を提供する。
【解決手段】10kg以上の植物又は生薬である対象物質が保管されている密閉空間の大気を不活性ガスで置換し、酸素濃度を3%以下にする、低酸素濃度気体への置換工程と、前記低酸素濃度気体の温度を調整する気体温度調整工程と、前記対象物質の温度を30℃以上にする物質温度調整工程と、を含む殺虫方法;及びそれに用いる装置。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
10kg以上の植物又は生薬である対象物質が保管されている密閉空間の大気を不活性ガスで置換し、酸素濃度を3%以下にする、低酸素濃度気体への置換工程と、
前記低酸素濃度気体の温度を調整する気体温度調整工程と、
前記対象物質の温度を30℃以上にする物質温度調整工程と、
を含む殺虫方法。
【請求項2】
前記気体温度調整工程において、前記低酸素濃度気体の温度を35~40℃に調整する請求項1に記載の殺虫方法。
【請求項3】
前記物質温度調整工程において、前記対象物質の周辺の前記低酸素濃度気体を集気し、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する集気供給機構を用い、前記対象物質の温度を30℃以上にする請求項1又は2に記載の殺虫方法。
【請求項4】
前記物質温度調整工程において、前記対象物質の周辺の排気を積極的に行うことにより、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する排気機構を用い、前記対象物質の温度を30℃以上にする請求項1又は2に記載の殺虫方法。
【請求項5】
前記集気供給機構又は前記排気機構が、前記対象物質に挿入し、前記低酸素濃度気体を所望の圧力で前記対象物質に供給する供給ノズルを用いる請求項3又は4に記載の殺虫方法。
【請求項6】
前記供給ノズルが、前記低酸素濃度気体が前記対象物質へと供給されるための通気部を有し、前記通気部は前記対象物質が侵入しない程度の穴又はメッシュを用いる請求項5に記載の殺虫方法。
【請求項7】
前記通気部が、前記供給ノズルの先端よりに設置される請求項6に記載の殺虫方法。
【請求項8】
加熱手段を備えた送風機により、加熱された前記低酸素濃度気体を前記対象物質にあてる請求項1~7のいずれか1項に記載の殺虫方法。
【請求項9】
加熱手段を備えた装置により、前記対象物質を加熱する請求項1~8のいずれか1項に記載の殺虫方法。
【請求項10】
前記対象物質又は前記対象物質周辺の酸素濃度を測る酸素濃度測定工程を有し、
前記置換工程は、前記対象物質又は前記対象物質周辺の酸素濃度に基づき前記低酸素濃度気体の供給量を調節する請求項1~9のいずれか1項に記載の殺虫方法。
【請求項11】
前記対象物質又は前記対象物質周辺の温度を測る温度測定工程を有し、
前記気体温度調整工程は、前記対象物質又は前記対象物質周辺の温度に基づき前記低酸素濃度気体の温度を調節する請求項1~10のいずれか1項に記載の殺虫方法。
【請求項12】
前記置換工程は、前記酸素濃度測定工程により、前記不活性ガスの供給時間を調節する請求項10又は11に記載の殺虫方法。
【請求項13】
前記気体温度調整工程は、前記温度測定工程により、前記低酸素濃度気体の温度を調節する請求項11又は12に記載の殺虫方法。
【請求項14】
前記物質温度調整工程は、前記温度測定工程により、工程時間を調節する請求項11~13のいずれか1項に記載の殺虫方法。
【請求項15】
前記置換工程は、前記密閉空間が密閉空間外に比べて陽圧になるよう、前記不活性ガスを流入する請求項1~14のいずれか1項に記載の殺虫方法。
【請求項16】
前記置換工程は、前記密閉空間への前記不活性ガスの流入と前記低酸素濃度気体の排出とを積極的に行う請求項1~15のいずれか1項に記載の殺虫方法。
【請求項17】
前記置換工程は、前記密閉空間に第一密閉空間と前記第一密閉空間の内側に第二密閉空間とを設け、前記第二密閉空間内に前記対象物質を保管し、
前記第二密閉空間内に前記不活性ガスを流入し、
前記第二密閉空間内の前記低酸素濃度気体の酸素濃度は、前記第一密閉空間内の酸素濃度に比べ、低く維持される請求項1~16のいずれか1項に記載の殺虫方法。
【請求項18】
前記置換工程は、前記第二密閉空間内の圧力が前記第一密閉空間内の圧力に比べて陽圧になるよう、前記不活性ガスを流入する請求項17に記載の殺虫方法。
【請求項19】
前記置換工程は、前記密閉空間内の酸素を吸着する酸素吸着工程を有する請求項1~18のいずれか1項に記載の殺虫方法。
【請求項20】
前記物質温度調整工程は、3日~3週間継続される請求項1~19のいずれか1項に記載の殺虫方法。
【請求項21】
(a)密閉空間を有する処理庫と、
(b)密閉空間の大気を不活性ガスで置換し、酸素濃度を3%以下にするための酸素濃度調整手段と、
(c)密閉空間の気体の温度を調整するための気体温度調整手段と、
(d)前記処理庫内に設けられ、10kg以上の植物又は生薬である対象物質を収納しうる通気性の対象物質収納容器と、
(e)(i)前記対象物質の周辺の低酸素濃度気体を集気し、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する集気供給機構、
(ii)前記対象物質の周辺の排気を積極的に行うことにより、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する排気機構、
(iii)低酸素濃度気体を加熱して前記対象物質にあてるための、加熱手段を備えた送風機、及び
(iv)前記対象物質を加熱するための、加熱手段を備えた装置
から選ばれる少なくとも1つの手段と、
を有する殺虫装置。
【請求項22】
前記集気供給機構が、前記対象物質に挿入し、前記低酸素濃度気体を所望の圧力で前記対象物質に供給する供給ノズルを有する請求項21に記載の殺虫装置。
【請求項23】
前記供給ノズルが、前記低酸素濃度気体が前記対象物質へと供給されるための通気部を有し、前記通気部は前記対象物質が侵入しない程度の穴又はメッシュを用いる請求項22に記載の殺虫装置。
【請求項24】
前記通気部が、前記供給ノズルの先端よりに設置される請求項23に記載の殺虫装置。
【請求項25】
前記対象物質又は前記対象物質周辺の酸素濃度を測る酸素濃度測定手段を有する請求項21~24のいずれか1項に記載の殺虫装置。
【請求項26】
前記対象物質又は前記対象物質周辺の温度を測る温度測定手段を有する請求項21~25のいずれか1項に記載の殺虫装置。
【請求項27】
前記酸素濃度調整手段が、前記酸素濃度測定手段により、前記不活性ガスの置換時間を調節する手段を有する請求項25又は26に記載の殺虫装置。
【請求項28】
前記気体温度調整手段が、前記温度測定手段により、前記低酸素濃度気体の温度を調節する手段を有する請求項26又は27に記載の殺虫装置。
【請求項29】
前記酸素濃度調整手段が、前記密閉空間が密閉空間外に比べて陽圧になるよう、前記不活性ガスを流入する手段を有する請求項21~28のいずれか1項に記載の殺虫装置。
【請求項30】
前記酸素濃度調整手段が、前記密閉空間への前記不活性ガスの流入と前記低酸素濃度気体の排出とを積極的に行う手段を有する請求項21~29のいずれか1項に記載の殺虫装置。
【請求項31】
前記酸素濃度調整手段が、前記密閉空間に、第一密閉空間と前記第一密閉空間の内側に第二密閉空間とを設け、前記第二密閉空間内に前記対象物質を保管し、
前記第二密閉空間内に前記不活性ガスを流入し、
前記第二密閉空間内の前記低酸素濃度気体の酸素濃度は、前記第一密閉空間内の酸素濃度に比べ、低く維持される手段を有する請求項21~30のいずれか1項に記載の殺虫装置。
【請求項32】
前記酸素濃度調整手段が、前記第二密閉空間内の圧力が前記第一密閉空間内の圧力に比べて陽圧になるよう、前記不活性ガスを流入する手段を有する請求項31に記載の殺虫装置。
【請求項33】
前記酸素濃度調整手段が、前記密閉空間内の酸素を吸着する手段を有する請求項21~32のいずれか1項に記載の殺虫装置。
【請求項34】
前記対象物質の温度を30℃以上に3日~3週間維持する手段を有する請求項21~33のいずれか1項に記載の殺虫装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は植物又は生薬における低酸素濃度殺虫法及びそれに用いる装置に関する。
【背景技術】
【0002】
薬剤を使用しない低酸素濃度殺虫処理による殺虫技術(低酸素濃度殺虫法)は、臭化メチルやリン化アルミニウムくん蒸の代替殺虫技術として知られている。低酸素濃度殺虫法では、生薬等の殺虫対象物に対し、一定期間低酸素環境負荷をかけることで、成虫のみならず幼虫や卵を殺虫する。
【0003】
低酸素濃度殺虫法について、非特許文献1には、害虫タバコシバンムシ、コクゾウがついた乾燥標本を、酸素濃度0.1%未満、30℃を維持する空間に3週間置いたところ、処理後約3か月経過しても、害虫の再発生がなかったことが記載されている。
【0004】
非特許文献2には、害虫コクゾウムシの卵、幼虫、蛹を含む約3gの被害玄米を、脱酸素剤による小密閉空間脱酸素環境に30℃で3か月置いたところ、羽化数はゼロであったことが記載されている。
【0005】
非特許文献3には、小麦全粒粉1gにタバコシバンムシ、コクヌストモドキ、ノシメマダラメイガのそれぞれ20卵を入れた小型容器、又はコクゾウムシを事前に2日間産卵させた(成虫500個体/玄米100g)玄米1gを入れた小型容器をアクリル製の円筒形容器の中に入れ密封したあと、内部を窒素ガスで置換し酸素濃度を0.1%とし、容器内の相対湿度が70%以上になるように調整した後、これらの容器を30℃の部屋に置き、各試験区の2、4、7、10、14日間曝露した後に開封し、コクゾウムシ以外の3種は孵化幼虫数、コクゾウムシは羽化成虫数で殺卵効果を評価したところ、試験に用いた4種において最も強い低酸素耐性を示した種は、タバコシバンムシであり、100%殺卵には14日間の処理が必要であり、コクゾウムシでは7日間、コクヌストモドキとノシメマダラメイガは2日間で100%殺卵が可能であったことが記載されている。
【0006】
非特許文献4にも、非特許文献3と同一グループにより、非特許文献3とほぼ同一内容が開示されている。
【0007】
特許文献1には、真空処理と窒素圧入とを繰り返して、文化財等の被処理材に寄生する害虫を窒息させる方法と装置が記載されている。
【0008】
非特許文献1及び2に記載されているように、低酸素濃度殺虫処理の際に、雰囲気の温度を30℃に維持することは行われていたが、被処理物の温度に着目した報告はない。また、10kg以上の植物又は生薬の処理に適用した低酸素濃度殺虫法はこれまで報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】木川りか他;窒素等不活性ガスによる文化財殺虫処理装置の試作と処理例;保存科学、38号、1-8頁(1999年)
【非特許文献2】小野寺裕子他;〔報告〕低酸素濃度殺虫法-25℃,27.5℃,30℃における処理期間の検討-;保存科学、54号、161-170頁(2015年)
【非特許文献3】宮ノ下明大他;CA処理による貯蔵食品害虫の殺卵効果;都市有害生物管理学会第41回大会講演要旨集、9頁
【非特許文献4】北澤裕明他;CA処理を用いた貯蔵生薬害虫の殺卵処理;日本包装学会第29回年次大会講演予稿集、52-53頁(発表番号e-06)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、10kg以上の大量の植物又は生薬における殺虫及び殺卵を、植物又は生薬の品質を保持しながらも短期間で行うことができる低酸素濃度殺虫法及び殺虫装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)10kg以上の植物又は生薬である対象物質が保管されている密閉空間の大気を不活性ガスで置換し、酸素濃度を3%以下にする、低酸素濃度気体への置換工程と、
前記低酸素濃度気体の温度を調整する気体温度調整工程と、
前記対象物質の温度を30℃以上にする物質温度調整工程と、
を含む殺虫方法。
(2)前記気体温度調整工程において、前記低酸素濃度気体の温度を35~40℃に調整する前記(1)に記載の殺虫方法。
(3)前記物質温度調整工程において、前記対象物質の周辺の前記低酸素濃度気体を集気し、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する集気供給機構を用い、前記対象物質の温度を30℃以上にする前記(1)又は(2)に記載の殺虫方法。
(4)前記物質温度調整工程において、前記対象物質の周辺の排気を積極的に行うことにより、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する排気機構を用い、前記対象物質の温度を30℃以上にする前記(1)又は(2)に記載の殺虫方法。
(5)前記集気供給機構又は前記排気機構が、前記対象物質に挿入し、前記低酸素濃度気体を所望の圧力で前記対象物質に供給する供給ノズルを用いる前記(3)又は(4)に記載の殺虫方法。
(6)前記供給ノズルが、前記低酸素濃度気体が前記対象物質へと供給されるための通気部を有し、前記通気部は前記対象物質が侵入しない程度の穴又はメッシュを用いる前記(5)に記載の殺虫方法。
(7)前記通気部が、前記供給ノズルの先端よりに設置される前記(6)に記載の殺虫方法。
(8)加熱手段を備えた送風機により、加熱された前記低酸素濃度気体を前記対象物質にあてる前記(1)~(7)のいずれかに記載の殺虫方法。
(9)加熱手段を備えた装置により、前記対象物質を加熱する前記(1)~(8)のいずれかに記載の殺虫方法。
(10)前記対象物質又は前記対象物質周辺の酸素濃度を測る酸素濃度測定工程を有し、 前記置換工程は、前記対象物質又は前記対象物質周辺の酸素濃度に基づき前記低酸素濃度気体の供給量を調節する前記(1)~(9)のいずれかに記載の殺虫方法。
(11)前記対象物質又は前記対象物質周辺の温度を測る温度測定工程を有し、
前記気体温度調整工程は、前記対象物質又は前記対象物質周辺の温度に基づき前記低酸素濃度気体の温度を調節する前記(1)~(10)のいずれかに記載の殺虫方法。
(12)前記置換工程は、前記酸素濃度測定工程により、前記不活性ガスの供給時間を調節する前記(10)又は(11)に記載の殺虫方法。
(13)前記気体温度調整工程は、前記温度測定工程により、前記低酸素濃度気体の温度を調節する(11)又は(12)に記載の殺虫方法。
(14)前記物質温度調整工程は、前記温度測定工程により、工程時間を調節する前記(11)~(13)のいずれかに記載の殺虫方法。
(15)前記置換工程は、前記密閉空間が密閉空間外に比べて陽圧になるよう、前記不活性ガスを流入する前記(1)~(14)のいずれかに記載の殺虫方法。
(16)前記置換工程は、前記密閉空間への前記不活性ガスの流入と前記低酸素濃度気体の排出とを積極的に行う前記(1)~(15)のいずれかに記載の殺虫方法。
(17)前記置換工程は、前記密閉空間に第一密閉空間と前記第一密閉空間の内側に第二密閉空間とを設け、前記第二密閉空間内に前記対象物質を保管し、
前記第二密閉空間内に前記不活性ガスを流入し、
前記第二密閉空間内の前記低酸素濃度気体の酸素濃度は、前記第一密閉空間内の酸素濃度に比べ、低く維持される前記(1)~(16)のいずれかに記載の殺虫方法。
(18)前記置換工程は、前記第二密閉空間内の圧力が前記第一密閉空間内の圧力に比べて陽圧になるよう、前記不活性ガスを流入する前記(17)に記載の殺虫方法。
(19)前記置換工程は、前記密閉空間内の酸素を吸着する酸素吸着工程を有する前記(1)~(18)のいずれかに記載の殺虫方法。
(20)前記物質温度調整工程は、3日~3週間継続される前記(1)~(19)のいずれかに記載の殺虫方法。
【0013】
(21)(a)密閉空間を有する処理庫と、
(b)密閉空間の大気を不活性ガスで置換し、酸素濃度を3%以下にするための酸素濃度調整手段と、
(c)密閉空間の気体の温度を調整するための気体温度調整手段と、
(d)前記処理庫内に設けられ、10kg以上の植物又は生薬である対象物質を収納しうる通気性の対象物質収納容器と、
(e)(i)前記対象物質の周辺の低酸素濃度気体を集気し、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する集気供給機構、
(ii)前記対象物質の周辺の排気を積極的に行うことにより、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する排気機構、
(iii)低酸素濃度気体を加熱して前記対象物質にあてるための、加熱手段を備えた送風機、及び
(iv)前記対象物質を加熱するための、加熱手段を備えた装置
から選ばれる少なくとも1つの手段と、
を有する殺虫装置。
(22)前記集気供給機構が、前記対象物質に挿入し、前記低酸素濃度気体を所望の圧力で前記対象物質に供給する供給ノズルを有する前記(21)に記載の殺虫装置。
(23)前記供給ノズルが、前記低酸素濃度気体が前記対象物質へと供給されるための通気部を有し、前記通気部は前記対象物質が侵入しない程度の穴又はメッシュを用いる前記(22)に記載の殺虫装置。
(24)前記通気部が、前記供給ノズルの先端よりに設置される前記(23)に記載の殺虫装置。
(25)前記対象物質又は前記対象物質周辺の酸素濃度を測る酸素濃度測定手段を有する前記(21)~(24)のいずれかに記載の殺虫装置。
(26)前記対象物質又は前記対象物質周辺の温度を測る温度測定手段を有する前記(21)~(25)のいずれかに記載の殺虫装置。
(27)前記酸素濃度調整手段が、前記酸素濃度測定手段により、前記不活性ガスの置換時間を調節する手段を有する前記(25)又は(26)に記載の殺虫装置。
(28)前記気体温度調整手段が、前記温度測定手段により、前記低酸素濃度気体の温度を調節する手段を有する前記(26)又は(27)に記載の殺虫装置。
(29)前記酸素濃度調整手段が、前記密閉空間が密閉空間外に比べて陽圧になるよう、前記不活性ガスを流入する手段を有する前記(21)~(28)のいずれかに記載の殺虫装置。
(30)前記酸素濃度調整手段が、前記密閉空間への前記不活性ガスの流入と前記低酸素濃度気体の排出とを積極的に行う手段を有する前記(21)~(29)のいずれかに記載の殺虫装置。
(31)前記酸素濃度調整手段が、前記密閉空間に、第一密閉空間と前記第一密閉空間の内側に第二密閉空間とを設け、前記第二密閉空間内に前記対象物質を保管し、
前記第二密閉空間内に前記不活性ガスを流入し、
前記第二密閉空間内の前記低酸素濃度気体の酸素濃度は、前記第一密閉空間内の酸素濃度に比べ、低く維持される手段を有する前記(21)~(30)のいずれかに記載の殺虫装置。
(32)前記酸素濃度調整手段が、前記第二密閉空間内の圧力が前記第一密閉空間内の圧力に比べて陽圧になるよう、前記不活性ガスを流入する手段を有する前記(31)に記載の殺虫装置。
(33)前記酸素濃度調整手段が、前記密閉空間内の酸素を吸着する手段を有する前記(21)~(32)のいずれかに記載の殺虫装置。
(34)前記対象物質の温度を30℃以上に3日~3週間維持する手段を有する前記(21)~(33)のいずれかに記載の殺虫装置。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、10kg以上の大量の植物又は生薬における殺虫及び殺卵を、植物又は生薬の品質を保持しながらも短期間で行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、対象物質の周辺の低酸素濃度気体を集気し、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する集気供給機構の先端に位置する供給ノズルの通気部を前記対象物質に挿入し、前記低酸素濃度気体を前記対象物質に供給するときの状態を示す図である。
【
図2】
図2は、対象物質の周辺の排気を積極的に行うことにより、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する排気機構の先端に位置する供給ノズルの通気部を前記対象物質に挿入し、前記低酸素濃度気体を前記対象物質に供給するときの状態を示す図である。
【
図3】
図3は、供給ノズルの具体的な機構を示す図である。
【
図4】
図4は、対象物質を加熱する加熱手段を対象物質に挿入し、対象物質を加熱して温度調節を行い、低酸素濃度気体は対象物質収納容器の壁面や上部開口部より侵入することで酸素濃度調節を行うときの状態を示す図である。
【
図5】
図5は、精油含量測定試験の結果を示す図である。
【
図6】
図6は、切り干し大根の官能評価結果を示す図である。
【
図7】
図7は、乾燥ネギの官能試験結果を示す図である。
【
図8】
図8は、実施例6の試験結果を示す図である。
【
図9】
図9は、実施例7の試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の対象物質としては、害虫により加害される植物又は生薬であれば、特に制限はなく、例えば農産物や食品、具体的には、米、麦、トウモロコシ等の穀類、大豆、小豆等の豆類、栗等の果樹果実類、キャッサバ、甘薯等のイモ類、シイタケ、カツオブシ等の乾物類、菊、蘭、小松菜等の花卉、野菜類、絹、綿等の繊維類、コショー、チョージ等の香辛料、生薬等の薬効性草木類、輸入木材等の木材類、これらの加工品(例えば米粉、小麦粉、キャッサバ粉、菓子、ビスケット、マカロニ、粉末飲料、紙袋等)や前記穀類、豆類等の種子等が挙げられる。
【0017】
本発明の対象となる害虫は、対象物質である植物又は生薬の種類により異なり、特に制限はないが、例えばコクゾウムシ、コクヌストモドキ、メイガ(例えば、ノシメマダラメイガ)、タバコシバンムシ、ヒラタチャタテ、クリシギゾウムシ等の他、ダニ、ハエやハチ、アリやシロアリ等が挙げられる。
【0018】
本発明の殺虫方法は、有害昆虫(卵、幼虫、さなぎ、成虫)やダニ等の害虫が潜んでいるか、又はそのおそれのある植物又は生薬である対象物質10kg以上、好ましくは2000kg以下、より好ましくは80~1000kgを対象物質収納容器、例えばフレキシブルコンテナバッグ、トレー、ポリプロピレン袋、ポリエチレン袋、ベールや麻袋に入れ、密閉空間を有する処理庫(例えば、生薬保管庫)内で、前記密閉空間の大気を不活性ガス(例えば、窒素ガス、アルゴンガス)で置換し、酸素濃度を3%以下にする、低酸素濃度気体への置換工程と、
前記低酸素濃度気体の温度を調整する気体温度調整工程と、
前記対象物質の温度を30℃以上にする物質温度調整工程と、
を含む。
【0019】
本発明に用いる対象物質収納容器は、通気性があることが好ましい。理由として、生薬の湿度がこもり、品質劣化をしてしまうことを防止する点がある。また、本発明において対象物質収納容器内の非低酸素濃度気体を排気する際に、低酸素濃度気体が対象物質収納容器外から対象物質収納容器の壁を通し、対象物質に到達しやすくなる点がある。更に、対象物質収納容器内に低酸素濃度気体を送気した際に、対象物質収納容器内に存在する非低酸素濃度気体が対象物質収納容器の壁を通し、対象物質収納容器外に排出しやすくなる点が挙げられる。ここで、「通気性」とは、対象物質収納容器の壁を通し、対象物質収納容器内外の気体が行き来することをいう。対象物質収納容器の材質としては、好ましくはポリプロピレンやポリエチレン、麻、綿、紙などが挙げられる。また、対象物質収納容器の材質自体に通気性はなくとも、織や孔などの加工を施すことにより、通気性が良ければ材質はこれらに限定されない。一方、対象物質収納容器に通気性がない、あるいは通気性が低い場合においては、本発明の物質温度調整工程において、低酸素濃度気体を物質収納容器内に強制的に送気あるいは排気することで、対象物質周辺の温度と湿度を調整することができる。
【0020】
図1~4は、それぞれ本発明の一実施形態を示すものであり、これらを用いて本発明を説明する。
前記低酸素濃度気体への置換工程では、酸素濃度調整部6と処理庫1の間に存在するバルブを開き、酸素濃度調整部6から不活性ガス(窒素ガス等)を処理庫1内に圧入する。
【0021】
本発明による殺虫及び殺卵効果を達成するためには、処理庫1内の酸素濃度を3%以下にすることが必要であり、通常2%以下、好ましくは1%以下、より好ましくは0.6%以下、更に好ましくは0.1%以下にする。
前記気体温度調整工程では、気体温度調整部7で雰囲気気体(窒素ガス等)の温度を調整する。気体温度調整部7は例えばボイラーである。
【0022】
雰囲気気体の低酸素濃度気体の温度は、対象物質8の温度に応じて適宜変更することができるが、通常30℃以上、好ましくは35~40℃である。
前記物質温度調整工程では、対象物質8の温度を30℃以上、好ましくは30~40℃にする。
【0023】
従来行われているように、雰囲気気体の低酸素濃度気体の温度を30℃に維持するだけでは、10kg以上の大量の対象物質全体の温度を30℃以上にするのは困難であり、短期間で十分な殺虫及び殺卵効果を得るのは困難である。
【0024】
対象物質の温度を30℃以上にする手段としては特に制限はなく、例えば、
(1)前記気体温度調整工程において、前記低酸素濃度気体の温度を35~40℃に調整する、
(2)前記物質温度調整工程において、前記対象物質の周辺の前記低酸素濃度気体を集気し、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する集気供給機構を用い、前記対象物質の温度を30℃以上にする、
(3)前記物質温度調整工程において、前記対象物質の周辺の排気を積極的に行うことにより、前記対象物質に前記低酸素濃度気体を均一に供給する排気機構を用い、前記対象物質の温度を30℃以上にする、
(4)加熱手段を備えた送風機により、加熱された前記低酸素濃度気体を前記対象物質にあてる、
(5)加熱手段を備えた装置により、前記対象物質を加熱する、
等の手段が挙げられ、必要に応じて、これらの2つ以上の手段を組み合わせることができる。
【0025】
前記手段(2)における実施形態を
図1及び3に示す。集気供給機構3が、対象物質8に挿入し、前記低酸素濃度気体を所望の圧力で対象物質8に供給する供給ノズル4を用いる。また、供給ノズル4の実施形態を
図3に示す。供給ノズル4は、前記低酸素濃度気体が対象物質8へと供給されるための通気部42を有し、通気部42は対象物質8が侵入しない程度の穴又はメッシュを用いることが好ましい。前記通気部は、前記供給ノズルの先端よりに設置することが好ましく、対象物質収納容器2の下部に設置することが好ましい。
【0026】
前記手段(3)における実施形態を
図2及び3に示す。排気機構9として、例えば排風機を用いて、排気機構9の先端に位置する供給ノズル4の通気部を対象物質8に挿入し、前記低酸素濃度気体を対象物質8に供給する。前記手段(3)においても、通気部42は、対象物質8が侵入しない程度の穴又はメッシュを用いることが好ましく、供給ノズル4の先端よりに設置されることが好ましい。
【0027】
送風機能と排風機能を備える送排風機を用いれば、前記手段(2)の集気供給機構3及び(3)の排気機構9に同一装置を用いることができ、適宜切り替えることができる。
【0028】
前記手段(4)において、加熱手段を備えた送風機としては、例えばドライヤー(ブロアー)、シロッコファン、ダクトファンが挙げられる。ドライヤーのように、加圧しながら送風できる送風機においては、送風量や送風口の大きさを調整することで、送風される気体の温度調節が可能である。
【0029】
前記手段(5)における実施形態を
図4に示す。加熱手段10を備えた装置としては、例えばシース管ヒーター、ヒートパイプ、ペルチェ素子が挙げられ、これらは、対象物質8に挿入して用いることができる。
【0030】
前記手段(1)~(5)において、対象物質を攪拌できる装置を用いることで、短時間で対象物質を所望の温度にすることが可能である。また、攪拌できる装置を用いる場合、
図1及び2における集気供給機構3や排気機構9、供給ノズル4のような、積極的な気体調整機構を有さずとも、対象物質収納容器2の通気性を利用することで、対象物質8に対し、低酸素濃度気体を供給することが可能である。
【0031】
前記手段(1)~(5)において、処理庫1あるいは対象物質収納容器2内の酸素濃度や気体温度あるいは対象物質温度を検知し、酸素濃度調整部6や気体温度調整部7、集気供給機構3、加熱手段を備えた送風機、加熱手段10を制御する制御部5を有することで、より効率的に対象物質収納容器2に低酸素濃度気体を供給することができる。対象物質8の温度等が高温となる場合においては、例えば30℃以下の低酸素濃度気体を供給し、対象物質を所望の温度とすることもできる。前記手段(3)において、対象物質収納容器2内の温度は、排風の温度と近似していることから、供給ノズル4に温度センサーを配置してもよい。
【0032】
対象物質が保管されている密閉空間の酸素濃度を3%以下にする手段としては特に制限はなく、例えば、
(1)前記密閉空間が密閉空間外に比べて陽圧になるよう、前記不活性ガスを流入する、(2)前記密閉空間への前記不活性ガスの流入と前記低酸素濃度気体の排出とを積極的に行う、
(3)前記密閉空間に第一密閉空間と前記第一密閉空間の内側に第二密閉空間とを設け、前記第二密閉空間内に前記対象物質を保管し、前記第二密閉空間内に前記不活性ガスを流入し、前記第二密閉空間内の前記低酸素濃度気体の酸素濃度を、前記第一密閉空間内の酸素濃度に比べ、低く維持する、
(4)前記第二密閉空間内の圧力が前記第一密閉空間内の圧力に比べて陽圧になるよう、前記不活性ガスを流入する、
(5)前記密閉空間内の酸素を吸着する酸素吸着工程を設ける、
等の手段が挙げられ、必要に応じて、これらの2つ以上の手段を組み合わせることができる。
【0033】
前記手段(1)における実施形態について
図1を用いて説明する。酸素濃度調整部6と処理庫1の間に存在するバルブを開き、酸素濃度調整部6から不活性ガス(窒素ガス等)を処理庫1内に圧入する。制御部5により処理庫1の内部の圧力が、処理庫1の外部に比べ、陽圧になるよう、酸素濃度調整部6からの不活性ガスの流入量を調整する。これにより、処理庫1の中に処理庫1の外部からの高酸素濃度の気体の流入を防ぎ、処理庫1内の酸素濃度を低酸素濃度に保つことができる。
【0034】
前記手段(2)における実施形態について
図1を用いて説明する。酸素濃度調整部6と処理庫1の間に存在するバルブを開き、酸素濃度調整部6から不活性ガス(窒素ガス等)を処理庫1内に圧入する。制御部5により処理庫1に積極的に流入させ、更に図示しない排出機構を処理庫1に設け、排出機構より処理庫1内の気体を積極的に排出する。これにより、処理庫1の中に処理庫1の外部からの高酸素濃度の気体が流入した場合に処理庫1内の酸素濃度が上昇するが、処理庫1の内の気体を強制的に排除し、不活性ガスを流入させることで、処理庫1内の酸素濃度を低酸素濃度に保つことができる。
【0035】
前記手段(3)における実施形態について
図1を用いて説明する。処理庫1の内部に、図示しない第二の処理庫を設ける。酸素濃度調整部6から不活性ガス(窒素ガス等)を処理庫1内に圧入する。処理庫1内の酸素濃度は、処理庫1外に比べ低く保ち、第二の処理庫内(前記第二密閉空間)の酸素濃度は、処理庫1と第二の処理庫との間(前記第一密閉空間)の酸素濃度に比べ、低く保つ。これにより、処理庫1と第二の処理庫との間の空間(前記第一密閉空間)のおかげで、第二の処理庫は、処理庫1外の気体の流入をより妨げられ、第二の処理庫内(前記第二密閉空間)の酸素濃度をより一定に保てる。よって、第二の処理庫内(前記第二密閉空間)に流入する不活性ガスの流量を少なくすることが可能になる。
【0036】
前記手段(4)における実施形態について
図1を用いて説明する。前記手段(3)と基本的手段は同じである。更に、処理庫1内の圧力は、処理庫1外に比べ陽圧に保ち、第二の処理庫内(前記第二密閉空間)の圧力は、処理庫1と第二の処理庫との間(前記第一密閉空間)の圧力に比べ、陽圧に保つ。これにより、処理庫1と第二の処理庫との間の空間(前記第一密閉空間)のおかげで、第二の処理庫は、処理庫1外の気体の流入をより妨げられ、第二の処理庫内(前記第二密閉空間)の酸素濃度をより一定に保てる。それにより、第二の処理庫内(前記第二密閉空間)に流入する不活性ガスの流量を少なくすることが可能になる。
【0037】
前記手段(5)における実施形態について
図1を用いて説明する。処理庫1内に、図示しない酸素吸着部を有する。酸素吸着部は、処理庫1内部の酸素を吸着する。酸素吸着部は、例えば、エージレス、活性炭、ピロガロール等の脱酸素剤が考えられるが、これに限ったものではない。これにより、処理庫1内の酸素濃度を低酸素濃度に保つことができる。よって、第二の処理庫内(前記第二密閉空間)に流入する不活性ガスの流量を少なくすることが可能になる。
【0038】
前記物質温度調整工程は、通常2日~28日間、好ましくは3日~3週間、更に好ましくは3~17日間継続される。
【実施例0039】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0040】
(実施例1)
温度変化及び酸素濃度変化及び処理期間が、殺虫効果へ与える影響について試験を行った。
(処理昆虫)
コクゾウムシ(成虫)、タバコシバンムシ(成虫)、コクヌストモドキ(成虫)、ヒラタチャタテ(成虫)、ノシメマダラメイガ(幼虫)を対象とした。これらの害虫について、文化財害虫辞典(独立行政法人文化財研究所及び輸入農産物の防虫・くん蒸ハンドブック(サイエンスフォーラム)、図説貯蔵食品の害虫(全国農村教育協会)、貯穀害虫・天敵図鑑(農研機構ホームページ)には、次のように記載されている。コクゾウムシは口吻で穀粒に穴を穿った後に卵を挿入するように生む。孵化した幼虫は、穀粒の中で成長し、蛹となる。蛹は羽化し、茶色の成虫が種皮を食い破って脱出してくる。タバコシバンムシは乾燥動植物質を食物として、表面に産卵し孵化した幼虫は食物中に穿孔し蛹となる。成虫に成長して食物から穿孔して脱出する。これらのタバコシバンムシ及びコクゾウムシの対象物に対し深く穿孔する特徴から、殺虫が困難となることが予想される。コクヌストモドキは穀類の粉などに食入し飼料工場や製粉工場の床面にて観察されることが多く、穀粉やその加工品での混入事例が多いが、薬草、香辛料、動物標本を加害することもある。
【0041】
ヒラタチャタテはカツオブシ、乾麺、チーズ、ビスケット、穀物粉などを幅広く食害し、一般家屋や食品工場だけでなく医薬品工場にも普通にみられる。穀物粉などの貯蔵食品だけではなく、動物・植物標本などにも加害する。書籍の糊や食品等に発生したカビを食べ、多湿な環境を好む。単為生殖を行い、大量増殖例が報告されている。
【0042】
ノシメマダラメイガは、玄米、乾燥果実及び香辛料など多くの食品を加害する貯蔵食品害虫であり、混入異物として昆虫では頻度の高い種類であることが知られている(Williams、1964 Ann.Appl.Biol.、53、459-475;Maillis、1997、Handbook of Pest Control)。強い大顎を持ち、容器や包装材などへの穿孔力に優れ梱包内への侵入が可能であることから、梱包内への侵入が可能である。特に幼虫は胚部を外部より食害してゆくことが知られており、穀物や種子生薬への加害が可能である。また、ノシメマダラメイガの幼虫は生薬のトウニン及びタイソウに穿孔して成長し成虫として脱出することが、宮ノ下ら(日本応用動物昆虫学会第51回大会、2007)により報告されていることから、殺虫が困難となることが予想される。
【0043】
(処理条件)
(1)酸素濃度3.0%以下、温度30℃、(2)酸素濃度0.6%以下、温度30℃、(3)酸素濃度0.3%以下、温度30℃、(4)酸素濃度0.1%以下、温度30℃に置き、各期間において、殺虫率を求めた。なお、いずれの条件においても、湿度は70%とし、湿度が殺虫率に影響しないように配慮した。
(試験作業手順)
各虫を恒温室内で飼育し、発育ステージを合わせ各20頭×4反復ずつ餌入り飼育ケースに分け、低酸素チャンバー内に配置した。よって、各試験における虫の母数は80とした。飼育ケースには各供試虫の好む餌を同封した。低酸素チャンバー内には湿度維持のため10mL蒸留水をいれたバイアル瓶を置いた。低酸素チャンバーに窒素ガスあるいは窒素ガス及び酸素ガスの混合ガスを充てんし、目的の酸素濃度条件にして密封した。密封した低酸素チャンバーを試験実施温度に設定した恒温室に静置した。
(死亡判定)
各処理条件で処理後、一日後に歩行しない個体を死亡とした。
(殺虫率の算出)
死亡個体数÷80×100として算出した。
【0044】
(試験結果)
表1に、(1)酸素濃度3.0%以下、温度30℃条件の殺虫率の結果を示す。コクゾウムシ、ノシメマダラメイガは5日目、コクヌストモドキは17日目に殺虫率が100%となった。5~17日の処理で十分な殺虫効果が認められた。
【0045】
【0046】
表2に、(2)酸素濃度0.6%以下、温度30℃条件の殺虫率の結果を示す。コクヌストモドキ、ヒラタチャタテは2日目、コクゾウムシは4日目、タバコシバンムシは10日目に殺虫率が100%となった。よって、2~10日の間で100%殺虫が実現しており、十分な殺虫効果が認められた。
【0047】
【0048】
表3に、(3)酸素濃度0.3%以下、温度30℃条件の殺虫率の結果を示す。また、表4に、(4)酸素濃度0.1%以下、温度30℃条件の殺虫率の結果を示す。コクゾウムシとタバコシバンムシは3日目に殺虫率が100%となった。よって、3日間で100%殺虫が実現しており、十分な殺虫効果が認められた。
【0049】
【0050】
【0051】
処理条件(1)~(4)により、同一温度条件下では、酸素濃度が低いほど、殺虫効果が高い傾向にあることが分かった。酸素濃度は、3.0%以下にすることが必要であり、酸素濃度の調整精度を踏まえて通常2%以下、好ましくは1%以下、より好ましくは0.6%以下、更に好ましくは0.1%以下とすることがよい。
【0052】
(実施例2)
温度変化及び酸素濃度変化及び処理期間が、殺卵効果へ与える影響について試験を行った。
(処理昆虫)
コクゾウムシ(卵)、タバコシバンムシ(卵)、コクヌストモドキ(卵)、ノシメマダラメイガ(卵)を対象とした。
(処理条件)
(1)酸素濃度3.0%以下、温度30℃、(2)酸素濃度0.6%以下、温度30℃、(3)酸素濃度0.3%以下、温度30℃、(4)酸素濃度0.1%以下、温度30℃に置き、各期間において、殺卵率を求めた。殺卵率は無処理区(酸素濃度21.0%,温度30℃)の成虫孵化数を母数として算出した。なお、いずれの条件においても、湿度は70%とし、湿度が殺卵率に影響しないように配慮した。
【0053】
(試験作業手順)
各試験に供試したタバコシバンムシ、コクヌストモドキ、ノシメマダラメイガの卵の数は80とした。コクゾウムシは、玄米の中に産卵するため、以下のように卵の数を調整した。コクゾウムシは玄米100gあたり500頭の親成虫を3日間飼育し玄米に産卵させ、この産卵させた玄米8gを各試験に供した。本飼育により玄米8gあたりおよそ80頭の成虫孵化数が観察されることが経験的にわかっている。
以上の卵及び産卵させた玄米を、低酸素チャンバー内に保管した。低酸素チャンバー内には湿度維持のため10mL蒸留水をいれたバイアル瓶を置いた。低酸素チャンバーに窒素ガスあるいは窒素ガス及び酸素ガスの混合ガスを充てんし、目的の酸素濃度条件にして密封した。密封した低酸素チャンバーを試験実施温度に設定した恒温室に静置した。
(生存判定)
各処理条件で処理後、酸素濃度21.0%で孵化最適温度に放置し、孵化した個体を生存とした。
(殺卵率の算出)
(1-処理区の幼虫孵化数/無処理区の幼虫孵化数)×100として算出した。
【0054】
(試験結果)
表5に、(1)酸素濃度3.0%以下、温度30℃条件の殺卵率の結果を示す。コクゾウムシ、タバコシバンムシ、コクヌストモドキ、ノシメマダラメイガのいずれにおいても、14日間で殺卵率が100%となっており、十分な殺卵効果が認められた。
【0055】
【0056】
表6に、(2)酸素濃度0.6%以下、温度30℃条件の殺卵率の結果を示す。コクヌストモドキ、ノシメマダラメイガが2日間、コクゾウムシが7日間、タバコシバンムシが10日間で殺卵率が100%となっており、十分な殺卵効果が認められた。
【0057】
【0058】
表7に、(3)酸素濃度0.3%以下、温度30℃条件の殺卵率の結果を示す。コクゾウムシは4日目、タバコシバンムシは6日目に殺卵率が100%となり十分な殺卵効果が認められた。
【0059】
【0060】
表8に、(4)酸素濃度0.1%以下、温度30℃条件の殺卵率の結果を示す。生薬の殺虫・殺卵処理では「完全殺虫」(殺虫・殺卵率100%)を短期間で行うことが重要であるが、コクゾウムシとタバコシバンムシは4日目に殺卵率が100%となり十分な殺卵効果が認められた。
【0061】
【0062】
処理条件(1)~(4)により、同一温度条件下では、酸素濃度が低いほど、殺卵効果が高い傾向にあることが分かった。酸素濃度は、3.0%以下、酸素濃度の調整精度を踏まえて通常2%以下、好ましくは0.6%以下、より好ましくは0.1%以下とすることがよい。
【0063】
(実施例3)
温度変化及び処理期間が、殺虫・殺卵効果へ与える影響について試験を行った。
(処理昆虫)
コクゾウムシ(成虫・卵)、タバコシバンムシ(成虫・卵)を対象とした。
(処理条件)
(1)温度25℃、(2)温度28℃、(3)温度30℃とし、各期間において、殺虫率、殺卵率を求めた。なお、いずれの条件においても、酸素濃度は0.1%、湿度は70%とし、酸素濃度及び湿度が殺虫率、殺卵率に影響しないように配慮した。
(試験作業手順)、(生存判定)、(殺虫率の算出)、(殺卵率の算出)については、実施例1及び実施例2と同様とした。
(試験結果)
表9に、(1)温度25℃、(2)温度28℃、(3)温度30℃の殺虫率、殺卵率の結果を示す。タバコシバンムシとコクゾウムシの両方について、成虫の殺虫は、25℃では4日、28℃、30℃では3日かかった。卵の殺卵は、25℃では7日、28℃では5日、30℃では4日かかった。
【0064】
【0065】
処理条件(1)~(3)より、同一酸素濃度条件下では、温度が高いほど殺虫・殺卵効果が高いことが分かった。酸素濃度0.1%以下では、(1)~(3)のいずれの温度でも殺卵効果は高かったが、温度は25℃以上、好ましくは28℃以上、より好ましくは30℃以上とすることがよい。
【0066】
(実施例4)
温度変化及び酸素濃度変化及び処理期間が、生薬成分に与える影響について試験を行った。
(試験材料)
乾燥させた薄荷を用いた。銘柄は「ほくと」である。薄荷は、シソ科ハッカ属であり、地上部分を乾燥させ、漢方処方に多く用いられる代表的な生薬である。温度が伝わりやすい葉状であり、更に生薬の効能として重要であり、温度による減少が予測される精油成分を多量に含むため、試験材料として選定した。
(処理条件)
(1)無処理、(2)温度30℃、(3)温度40℃、(4)温度50℃、(5)温度70℃の条件下に、それぞれ2週間及び4週間保管した。(2)~(5)は、酸素濃度0.5%以下であった。なお、(1)無処理とは、温度20℃以下・酸素濃度無調整の条件下で保管したものである。
【0067】
(低酸素濃度処理)
処理条件(2)~(5)において各処理条件ごとに、薄荷を袋に詰め、窒素置換用に窒素ガスチューブを袋最下部に設置した。窒素ガスを一定量流入させて各袋内の酸素濃度を0.5%以下に保ちながら、各温度設定のインキュベーターに装入した。その後、インキュベーターに条件期間置き、温度と湿度を一定に保った。処理条件(1)については、アルミパウチに薄荷を保管し、20℃以下に置いた。条件期間保管後、精油含量測定試験を実施した。
(精油含量測定試験方法)
日局生薬試験法ならびに医薬品各条ハッカに準じて薄荷を刻み、測定試験を実施した。
【0068】
(試験結果)
図5に、精油含量測定試験の結果を示す。縦軸は、試験材料50g当たりの精油含量(ml)であり、横軸は、処理条件で設定した温度である。白い棒グラフは保管期間が2週間の結果であり、黒い棒グラフは保管期間が4週間の結果である。保管期間を比較すると、保管期間が長い方が、精油含量が減少する傾向が見られるが、処理温度が低いほど、精油含量の減少量の差が小さくなった。処理温度を比較すると、処理温度が高いほど、精油含量の減少量が大きくなった。処理条件(1)無処理の精油含量と比較し、(2)温度30℃、(3)温度40℃においては、保管期間2週間及び4週間の精油含量は90%以上となり、温度の影響は小さいことが分かった。処理条件(4)温度50℃、(5)温度70℃での精油含量は、いずれも(1)無処理と比較すると、90%以下となっており、温度が精油含量に影響していることが分かった。よって、低酸素濃度下では、温度40℃以下、4週間以下の保管期間の条件下において、精油含量への影響は少ないことが確認された。なお、刻み薄荷の精油含量の基準として、1.0ml/50g以上が好ましい。今回の試験により、処理条件(4)温度50℃の処理条件もこの基準を上まわっている。しかし、実際には、サンプルのばらつきにより、必ずしも薄荷が高い精油含量を有しているとは限らない。この場合、温度50℃以上の処理を行うと、精油含量の基準を下回る可能性が高くなる。つまり、精油含量を損なわず、安定的に低酸素濃度処理を行える条件としては、温度40℃以下、4週間以下の保管期間の条件下とすることが望ましい。
【0069】
(実施例5)
温度変化及び酸素濃度変化及び処理期間が、生薬成分に与える影響について試験を行った。
(試験材料)
センキュウの根茎3ロットを用いた。センキュウは、セリ科センキュウのひげ根を除いた根茎を、湯通しした後、乾燥したものであり、漢方処方に多く用いられる代表的な生薬である。温度による減少が予測される精油や成分変化指標とすべき成分(フェルラ酸)を含むため試験材料として選定した。
(処理条件)
(1)無処理、(2)酸素濃度0.5%以下、温度35℃、2週間保管、(3)酸素硬度0.5%以下、温度35℃、4週間保管を処理条件とした。なお、(1)無処理とは、一般的に生薬の品質が保たれるとされる保管条件である、温度15℃以下・酸素濃度無調整の条件下で保管したものであり、(2)及び(3)のそれぞれの保管期間と合わせた。
【0070】
(低酸素濃度処理)
ジップ付きラミネート袋に生薬を詰め、窒素置換を行いラミネート袋内の酸素濃度を各処理条件の値にした。封をして1日置いた後、再度酸素濃度を測定し、ラミネート袋からの気体漏れがないことを確認した。その後、インキュベーターに条件期間置き、温度と湿度を一定に保った。更に、条件期間保管後に、ラミネート袋内の酸素濃度と温度に変化がないことを確認した。なお、湿度はいずれの条件においても、60%以下とした。条件期間保管後、品質評価試験を実施した。
(品質評価項目)
TLC、pH、水分活性、乾燥減量、希エタノール、精油含量、成分定量(フェルラ酸)を計測した。これらの項目は、生薬の品質評価で一般的に用いられる項目である。
【0071】
(試験結果)
表10に、センキュウ品質試験結果を示す。「性状」項目にあるとおり、いずれのロット、品質評価項目においても、(1)無処理と、(2)酸素濃度0.5%以下、温度35℃、2週間保管条件下とを比較した場合、両処理条件の間に差異は見られなかった。また、同様に、(1)無処理と、(3)酸素濃度0.5%以下、温度35℃、4週間保管条件下とを比較した場合、両処理条件の間に差異は見られなかった。よって、低酸素濃度、温度35℃、4週間以下の保管期間の条件下においては、生薬成分への影響はないことが確認された。
【0072】
【0073】
(実施例6)
温度変化及び酸素濃度変化及び処理期間が、食品の味に与える影響について試験を行った。
(試験材料)
市販品の切り干し大根及び乾燥ネギを用いた。切り干し大根は甘味が強く、歯ごたえが特徴的であり、また乾燥ネギは、香りや辛みが特徴的な食品である。いずれも官能評価において、味の変化がわかりやすいと考え試験材料に選定した。
(処理条件)
切り干し大根及び乾燥ネギを、(1)無処理、(2)低酸素濃度処理の2つの条件で、それぞれ4週間以上保管した。なお、(1)無処理とは、一般的な生薬保管状態である、15℃の条件とし、(2)低酸素濃度処理とは、酸素濃度0.5%以下、温度35℃の条件とした。
【0074】
(低酸素濃度処理)
ジップ付きラミネート袋に切り干し大根又は乾燥ネギを詰め、窒素置換を行いラミネート袋内の酸素濃度を各処理条件の値にした。封をして1日置いた後、再度酸素濃度を測定し、ラミネート袋からの気体漏れがないことを確認した。その後、インキュベーターに条件期間置き、温度と湿度を一定に保った。更に、条件期間保管後に、ラミネート袋内の酸素濃度と温度に変化がないことを確認した。条件期間保管後、品質評価試験を実施した。なお、検体は、切り干し大根及び乾燥ネギにおいて、4検体ずつ用意し、1検体当たり300gずつ低酸素用包装に充填した。
(処理期間モニタリング)
(1)無処理及び(2)低酸素濃度処理の検体が含まれる包装において、4週間以上の処理期間で、包装内部の酸素濃度と温度の推移をモニタリングし、酸素濃度については0.5%以下、温度については設定よりプラスマイナス2℃範囲内に維持されたことを確認した。
【0075】
(官能評価方法)
処理後、切り干し大根及び乾燥ネギにおいて、それぞれの2つの処理条件のごとに、4検体から3検体を評価に使用(1検体は予備)した。各3検体より80gずつ抜き出し集め240gとして官能評価用サンプルとした(n=1)。
【0076】
切り干し大根は、水で洗い20分浸漬してから官能評価を行い、乾燥ネギは熱湯で2分浸漬してから官能評価を行った。
【0077】
官能評価は10名のパネラにより、実施された。
(官能評価項目)
(1)無処理下の試験材料を基準品として対照試料と定め、(2)低酸素濃度処理下の試験材料の比較評価を行った(2点比較法)。干し大根は、「香りの良さ」、食感の「歯ごたえの強さ」、「甘味の強さ」、「総合的なおいしさ」の計4項目について評価した。乾燥ネギは、「香りの良さ」、食感の「硬さ」、味の「甘味の強さ」「辛味の強さ」、「総合的なおいしさ」の計5項目について評価した。
【0078】
(官能評価結果)
図6に、切り干し大根の官能評価結果を示す。
図7に、乾燥ネギの官能試験結果を示す。10名のパネラの評価値の平均値を示している。縦軸は評価値を示し、評価値「3」は、無処理と同じであることを示している。また、横軸は、評価項目である。
【0079】
図6より、切り干し大根は、「香りのよさ」は2.5、「歯ごたえの強さ」は2.7、「甘味の強さ」は2.4、「総合的なおいしさ」は2.5となった。
【0080】
図7より、乾燥ネギは、「香りの良さ」は2.4、「硬さ」は2.9、「甘味の強さ」は3.1、「辛味の強さ」は2.4、「総合的なおいしさ」は2.2となった。
【0081】
切り干し大根、乾燥ネギともに、処理条件(1)無処理と(2)低酸素濃度処理との官能評価結果を比較した場合、いずれの評価項目においても有意な差は認められなかった。よって、酸素濃度0.5%以下、温度35℃、4週間以下の条件が食品の味には影響しないことが確認された。食品製品に対する低酸素濃度殺虫の利用方法として、製品の梱包直前に、低酸素濃度殺虫を行うことで、味を損なうことなく殺虫を行うことが可能となることが示唆された。
【0082】
(実施例7)
処理庫の雰囲気気体を対象物質に送風するための送風機を用いて、対象物質を殺虫温度まで加熱する時間について確認する試験を行った。
(処理条件)
殺虫処理を行う対象物質である、食品あるいは生薬あるいはその原料は、通常、品質保持のため15℃以下の処理庫で保存されている。15℃を初期温度と呼ぶ。殺虫温度下限は、実施例1~5の殺虫試験、殺卵試験、品質試験、食品官能試験より30℃である。対象物質を殺虫温度とするためには、初期温度より、約15℃昇温させる。これをΔt15℃と呼ぶ。また、処理庫の雰囲気温度は、対象物質を効率的に昇温させる必要があるため、殺虫温度下限より更に5℃高くし、35℃付近とする。これをΔt20℃と呼ぶ。なお、Δt20℃は、実施例1~6より、対象物質の品質低下を防ぎながら、かつ殺虫に効果的な温度である。
【0083】
粳米の処理庫は、乾燥機を用いた。
【0084】
15℃以下で保存され、初期温度15℃以下となっている80kgの粳米を対象物質とし、処理庫をΔt20℃の雰囲気温度まで上昇させた後、以下の処理条件を設定した。(1)加熱手段を伴う送風、(2)加熱手段を伴わない送風、比較として(3)加熱手段及び送風を行わない無処理を処理条件として試験を行った。
【0085】
(試験作業手順)
80kgの粳米は乾燥トレー4個に分け、積層して収納した。各乾燥トレーの底面は編み目状になっており、通気性がある。また、最上段の乾燥トレーの上部は解放されている。各乾燥トレー内の粳米の中心部分の内側に、温度計測器を設置した。
【0086】
(1)加熱手段を伴う送風の方法として、乾燥トレーの2段目と3段目の間に熱風が出るブロアーを挟み込み、送風を行った。(2)加熱手段を伴わない送風の方法として、最下段の乾燥トレーの下側に送風機を設置し、送風を行った。(3)無処理の方法として、処理庫に乾燥トレーを積層した。
【0087】
処理庫及び粳米を初期温度15℃とした後、処理庫内の雰囲気温度をΔt20℃に昇温させ、粳米の温度の計測を開始した。各処理条件において、各温度計測箇所の計測値が全て殺虫温度であるΔ15℃に到達した到達時間を計測した。また、計測開始から30時間経過してもΔ15℃に到達しなかった処理条件においては、最大182時間まで計測し、それでもΔ15℃に到達しなかった場合は、線形近似によるシミュレーションにて、Δ15℃の到達時間を算出した。
【0088】
(試験結果)
試験結果を
図8に示す。縦軸には温度Δt(℃)を示し、横軸は経過時間(時)を示している。(1)加熱手段を伴う送風、(2)加熱手段を伴わない送風、(3)加熱手段及び送風を行わない無処理の結果をそれぞれ、丸、三角、四角で示している。
【0089】
(1)加熱手段を伴う送風を行い、各乾燥トレー内の粳米の温度が全て、殺虫温度であるΔ15℃に到達した時間は、約6時間であった。また、(2)加熱手段を伴わない送風を行った結果は、約22時間であった。更に、(3)加熱手段及び送風を行わない無処理の結果は、182時間後の到達温度がΔ10.8℃であった。シミュレーションにより、Δ15℃の到達時間は、20日後と推測された。
【0090】
また、(1)加熱手段を伴う送風及び(2)加熱手段を伴わない送風においては、Δ15℃到達後も、対象物質の品質が保証される40℃以下を概ね保持した。
【0091】
以上の結果から、処理庫の雰囲気温度をΔ20℃に設定し、対象物質に対して送風を行うことで、対象物質を殺虫温度の30℃~40℃に素早く昇温させ、維持するのに適した方法であることが確認された。更に、加熱手段を伴う送風は、無処理に対し、殺虫処理時間短縮に効果的であることが確認された。
【0092】
なお、処理庫の雰囲気温度はΔ20℃に限定されない。例えば、雰囲気温度をΔ20℃以上に設定し、対象物質に対して送風を行い、対象物質の温度が殺虫温度に達した後に、雰囲気温度を下げる、又は送風を停止する、又はその両方の処理を行うことで、更に殺虫処理時間短縮も見込まれる。また、雰囲気温度をΔ20℃以下に設定し、対象物質に対してヒーター等の加熱を伴う送風あるいは、圧力を用いた加熱を伴う送風を行うことで、雰囲気温度を上昇させて対象物質に供給することもできる。
【0093】
(実施例8)
処理庫の雰囲気気体を対象物質に供給するための供給ノズルが、対象物質を殺虫温度まで上昇させる時間的効果について、確認する温度上昇確認試験を行った。
(処理条件)
殺虫処理を行う対象物質である、食品あるいは生薬あるいはその原料は、通常、品質保持のため15℃以下の処理庫で保存されている。15℃を初期温度と呼ぶ。殺虫温度下限は、実施例1~6の殺虫試験、殺卵試験、品質試験、食品官能試験より30℃である。対象物質を殺虫温度とするためには、初期温度より、約15℃昇温させる。これをΔt15℃と呼ぶ。また、処理庫の雰囲気温度は、対象物質を効率的に昇温させる必要があるため、殺虫温度下限より更に5℃高くし、35℃付近とする。これをΔt20℃と呼ぶ。なお、Δt20℃は、実施例1~6より、対象物質の品質低下を防ぎながら、かつ殺虫に効果的な温度である。
【0094】
今回、対象物質の初期の温度が25℃付近であったため、対象物質の殺虫温度Δt15℃を40℃、処理庫の雰囲気温度Δt20℃を45℃に設定した。
【0095】
小麦0.8t(かさ密度;0.76kg/L)を対象物質とし、(1)対象物質へ送風、(2)対象物質から排風、比較として(3)送風及び排風を行わない無処理を処理条件として、試験を行った。
(装置)
(1)対象物質へ送風については
図1、及び(2)対象物質から排風については
図2で示す。(3)送風及び排風を行わない無処理については、
図1において集気供給機構及び供給ノズルがないものとなる。
【0096】
対象物質8の小麦0.8tを、対象物質収納容器2であるフレキシブルコンテナに収納した。図示しない温度計測器は、対象物質収納容器2の底面より1/4の位置に、底面1辺の両端に2か所、底面より1/2の位置に、先の1/4の位置に設置した辺に対向する辺の両端に2か所、先の4か所の中央に1か所、上面中央に1か所の計6か所に配置した。
【0097】
供給ノズル4に設けられた通気部42は、供給ノズル4の先端よりに設置することが好ましい。また、通気部42は、対象物質収納容器2の下部に位置するように配置した。この通気部42の配置場所は、対象物質8を効率的に昇温させる試験により明確になった。(試験作業手順)
処理庫1内の雰囲気温度Δt20℃に到達した後、約1.5回換気/分の換気スピードで集気及び排気を行い、対象物質8の温度を計測した。97時間の計測を行い、各処理条件において、各温度計測値が全て、殺虫温度であるΔt15℃に到達した時間を計測した。また、Δt15℃に到達しなかった処理条件においては、線形近似によるシミュレーションにて、Δt15℃の到達時間を算出した。
【0098】
(試験結果)
図9に、試験結果を示す。縦軸には温度Δt(℃)を示し、横軸は経過時間(時)を示している。(1)対象物質へ送風、(2)対象物質から排風、(3)送風及び排風を行わない無処理の結果をそれぞれ、丸、三角、四角で示している。
【0099】
(1)対象物質へ送風を行い、各温度計測箇所が全て、殺虫温度であるΔ15℃に到達するのに要した時間は、約96時間であった。また、(2)対象物質から排風を行った結果は、シミュレーションにより、130時間程度であると推測された。更に、(3)送風及び排風を行わない無処理の結果は、シミュレーションにより、250時間以上を要すると推測された。
【0100】
送風あるいは排風を行う方法は、無処理に比べ処理時間を大幅に短縮できることが確認された。
【0101】
今回使用したフレキシブルコンテナは、1インチ当たり、縦横共に15本の糸が織り込まれており、通気性がよい。これにより、(1)対象物質へ送風を行う際には、当初フレキシブルコンテナ内にあった、初期温度の低温気体がフレキシブルコンテナを通過して処理庫内へ排出され、低温気体に置換される。また、(2)対象物質から排風を行う際には、フレキシブルコンテナを通して、処理庫内の殺虫温度の雰囲気気体がフレキシブルコンテナ内に侵入することで、初期温度の低温気体に置換される。このように、対象物質を収納する収納容器に通気性があることで、収納容器内をより早く殺虫温度気体に置換することが可能である。
【0102】
(実施例9)
処理庫の雰囲気気体を対象物質に供給するための供給ノズルが、対象物質を殺虫濃度である低酸素濃度気体に置換するのに奏する時間的効果について、確認する低酸素濃度置換確認試験を行った。
(処理条件)
(1)対象物質内へ送風、(2)対象物質から排風、(3)送風及び排風を行わない無処理を処理条件とした。
図1に、(1)対象物質内へ送風の装置構成を示す。また、
図2に、(2)対象物質から排風の装置構成を示す。(1)及び(2)の比較として、(3)送風及び排風を行わない無処理を設定した。(3)の装置構成は、
図1において集気供給機構及び供給ノズルがないものである。
(装置)
(1)対象物質へ送風については
図1、及び(2)対象物質から排風については
図2で示す。(3)送風及び排風を行わない無処理については、
図1において集気供給機構及び供給ノズルがないものとなる。
【0103】
対象物質8の小麦800kgを、対象物質収納容器2であるフレキシブルコンテナに収納した。図示しない酸素濃度計測箇所は、(1)対象物質内へ送風及び(2)対象物質から排風については対象物質収納容器2の底部、(3)送風及び排風を行わない無処理の場合については、対象物質収納容器2内中央とした。この計測箇所は、実施例8の温度上昇確認試験の際に、各処理条件において、最も温度上昇が鈍かった計測箇所である。よって、低酸素濃度気体への置換がもっとも遅い位置であると定め、酸素濃度計測箇所に設定した。
供給ノズル4の配置場所は、実施例8の温度上昇確認試験と同一である。
【0104】
(試験作業手順)
処理庫1を、低酸素濃度気体で置換し、0.2%とした。
図1の集気供給機構及び
図2の排気機構として、フレキシブルコンテナの容積を基準として約1.5回換気/分の換気スピードで集気及び排気を行った。各酸素濃度測定箇所が、殺虫濃度上限の3.0%となるまでに要した時間を測定した。
【0105】
(試験結果)
図10に、試験結果を示す。縦軸には酸素濃度(%)を示し、横軸は経過時間(分)を示している。(1)対象物質内へ送風、(2)対象物質から排風、(3)送風及び排風を行わない無処理の結果をそれぞれ、丸、三角、四角で示している。
【0106】
各酸素濃度測定箇所が、殺虫濃度上限の3.0%となるまでに要した時間は、(1)対象物質へ送風は60分、(2)対象物質から排風は77分、(3)送風及び排風を行わない無処理は190分を要した。
【0107】
送風あるいは排風を行う方法は、無処理に比べ処理時間を大幅に短縮できることが確認された。
【0108】
今回使用したフレキシブルコンテナは、1インチ当たり、縦横共に15本の糸が織り込まれており、通気性がよい。これにより、(1)対象物質へ送風を行う際には、当初フレキシブルコンテナ内にあった初期気体が、フレキシブルコンテナを通過して処理庫内へ排出され、低酸素濃度気体と置換される。また、(2)対象物質から排風を行う際には、フレキシブルコンテナを通して、処理庫内の殺虫濃度の低酸素濃度気体がフレキシブルコンテナ内に侵入することで、初期気体と置換される。このように、対象物質を収納する収納容器に通気性があることで、収納容器内をより早く低酸素濃度気体に置換することが可能である。
【0109】
実施例8の温度置換時間と、実施例9の酸素置換時間とを比較した場合、温度置換時間は対象物質へ送風を行ったとしても、96時間を要した。一方、酸素置換時間は無処理であっても、190分で置換が完了した。よって、温度置換時間は酸素置換時間に比べ時間を要することが分かった。よって、温度上昇においては対象物質にヒーター等を設置し、積極的に昇温させる必要がある。一方、低酸素濃度置換においては、雰囲気気体が低酸素濃度気体の場合、対象物質収納容器内に送風や排風等で積極的に置換動作を行わなくとも、通気性のある対象物質収納容器を通し、低酸素濃度気体が侵入することで、低酸素濃度気体に置換することができる。つまり、温度上昇に関する機構を積極的に設け、酸素濃度置換に関する機構は設けない、あるいは簡素な装置とすることもできる。
【0110】
(実施例10)
実施例8及び9に準じて、温度上昇確認試験及び低酸素濃度置換確認試験に関する以下の実験を行った。
(装置及び条件)
処理庫;ダイキンアプライドシステムズ製低酸素殺虫装置
処理庫容積;約6m3
処理庫の酸素濃度;0.1%
処理庫内の温度(雰囲気温度);35℃
排気加速装置;高須産業製 ターボダクトファンT-100型
排気加速装置排気量;実測0.72m3/分
対象物質の初期温度;15℃
【0111】
センキュウ0.2t(かさ密度;0.49kg/L)を対象物質とし、(1)対象物質から排風(高須産業製 ターボダクトファンT-100型使用)、比較として(2)排風を行わない無処理を処理条件として、試験を行った。
対象物質8のセンキュウ0.2kgを、対象物質収納容器2であるフレキシブルコンテナに収納した。
図示しない温度計測器は、対象物質収納容器2の前面左上、前面右上、前面左下、前面右下、対象物質収納容器2の中央の計6か所に配置した。
図示しない酸素濃度計測箇所は、対象物質収納容器2の中央の計1か所に配置した。
供給ノズル4の配置場所は、実施例8及び9と同一である。
【0112】
(温度試験作業手順)
処理庫1内の雰囲気温度35℃に到達した後、約1.9回換気/分の換気スピードで集気及び排気を行い、対象物質8の温度を計測した。各温度計測値が全て、殺虫温度である30℃に到達した時間を計測した。
(酸素濃度試験作業手順)
処理庫1を、低酸素濃度気体で置換し、0.1%とした。
図1の集気供給機構及び
図2の排気機構として、フレキシブルコンテナの容積を基準として約0.76回換気/分の換気スピードで集気及び排気を行った。各酸素濃度測定箇所が、酸素濃度0.1%となるまでに要した時間を測定した。
【0113】
(試験結果)
(1)対象物質から排風した場合、(2)排風を行わない無処理と比べ、対象物質収納容器2のコールドポイント比較にて、保管温度の15℃から殺虫条件の温度(30℃)への昇温時間を58時間から17時間へ40時間削減する効果を得た。梱包中心部の酸素濃度を0.1%に低下させる時間は2時間程度の差異であった。
【0114】
(実施例11)
実施例8及び9に準じて、温度上昇確認試験及び低酸素濃度置換確認試験に関する以下の実験を行った。
(装置及び条件)
処理庫;ダイキンアプライドシステムズ製低酸素殺虫装置
処理庫容積;約6m3
処理庫の酸素濃度;0.6%
処理庫内の温度(雰囲気温度);35℃
排気加速装置;高須産業製 ターボダクトファンT-100型
排気加速装置排気量;実測0.72m3/分
対象物質の初期温度;15℃
【0115】
半夏0.2t(かさ密度;0.76kg/L)を対象物質とし、(1)対象物質から排風(高須産業製 ターボダクトファンT-100型使用)、比較として(2)排風を行わない無処理を処理条件として、試験を行った。
対象物質8のセンキュウ0.2tを、対象物質収納容器2であるフレキシブルコンテナに収納した。
図示しない温度計測器は、対象物質収納容器2の前面左上、前面右上、前面左下、前面右下、対象物質収納容器2の中央の計6か所に配置した。
図示しない酸素濃度計測箇所は、対象物質収納容器2の中央の計1か所に配置した。
供給ノズル4の配置場所は、実施例8及び9と同一である。
【0116】
(試験作業手順)
処理庫1を、低酸素濃度気体で置換し、0.6%とした。
図1の集気供給機構及び
図2の排気機構として、フレキシブルコンテナの容積を基準として約2.9回換気/分の換気スピードで集気及び排気を行った。各酸素濃度測定箇所が、酸素濃度0.6%となるまでに要した時間を測定した。
【0117】
(試験結果)
(1)対象物質から排風した場合、(2)排風を行わない無処理と比べ、対象物質収納容器2のコールドポイント比較にて、保管温度の15℃から殺虫条件の温度(30℃)への昇温時間を78時間から13.5時間へ60時間以上削減する効果を得た。梱包中心部の酸素濃度を0.6%に低下させる時間は差異がなかった。