(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022116588
(43)【公開日】2022-08-10
(54)【発明の名称】光合成真核生物におけるゲノム編集方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20220803BHJP
C12N 15/29 20060101ALI20220803BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20220803BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20220803BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20220803BHJP
【FI】
C12N15/09 100
C12N15/29 ZNA
C12N15/63 Z
C12M1/00 A
C12Q1/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021012831
(22)【出願日】2021-01-29
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/植物の生産性制御に係る共通基盤技術開発/日本発新規ゲノム編集技術の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】間世田 英明
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 博寿
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 石根
(72)【発明者】
【氏名】白岩 善博
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA23
4B029BB04
4B029BB12
4B029BB20
4B029CC01
4B063QA20
4B063QQ05
4B063QQ09
4B063QQ42
4B063QR32
4B063QR74
4B063QR78
4B063QS02
4B063QS38
(57)【要約】
【課題】 光合成真核生物において、これまでの部位特異的人工ヌクレアーゼによるゲノム編集システムとは異なる、一本鎖オリゴヌクレオチドを利用したゲノム編集システムを確立すること。
【解決手段】 光合成真核生物の細胞に、標的ゲノム領域のセンス鎖塩基配列を改変した塩基配列からなる一本鎖オリゴヌクレオチドを作用させることより、それらのゲノムを編集することが可能であることを見出した。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノムが編集された光合成真核生物を製造する方法であって、
一本鎖ポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドを発現するベクターを光合成真核生物の細胞に導入する工程を含み、
当該一本鎖ポリヌクレオチドは、光合成真核生物の標的ゲノムDNA領域の標的鎖の塩基配列を改変した塩基配列からなり、
当該改変が、(a)内部の任意塩基配列の欠失、(b)内部への任意塩基配列の挿入、または(c)内部の任意塩基配列の他の塩基配列への置換、からなる群より選択される改変であり、かつ、
当該一本鎖ポリヌクレオチドによるゲノムの編集には、部位特異的人工ヌクレアーゼによる当該標的ゲノムDNA領域における切断が伴わない、方法。
【請求項2】
標的ゲノムDNA領域の標的鎖がPODiR配列を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
標的ゲノムDNA領域の標的鎖がPODiR配列を含まない、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
光合成真核生物が真核藻類または植物である、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
ゲノムが編集された光合成真核生物を製造するための組成物またはキットであって、
光合成真核生物の標的ゲノムDNA領域の標的鎖塩基配列を改変した塩基配列からなる一本鎖ポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドを発現するベクターを含み、
当該改変が、(a)内部の任意塩基配列の欠失、(b)内部への任意塩基配列の挿入、または(c)内部の任意塩基配列の他の塩基配列への置換、からなる群より選択される改変であり、かつ、
部位特異的人工ヌクレアーゼとの組み合わせで用いられない、組成物またはキット。
【請求項6】
標的ゲノムDNA領域がPODiR配列を含む、請求項5に記載の組成物またはキット。
【請求項7】
標的ゲノムDNA領域がPODiR配列を含まない、請求項5に記載の組成物またはキット。
【請求項8】
光合成真核生物が真核藻類または植物である、請求項5から7のいずれかに記載の組成物またはキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一本鎖オリゴヌクレオチドを用いた、光合成真核生物におけるゲノム編集方法に関する。
【背景技術】
【0002】
PODiR(Partly Overlapped Direct Repeat)システムは、細菌が抗生物質に耐性になる際、ゲノム中の遺伝子をコードしていない領域で遺伝子が生み出される現象から見出された構造依存的(配列非依存的)自己ゲノム編集機構である。このシステムにおいては、X-Y-Xという配列とX-Y-Xという配列とがXにおいて重なり合ってなるX-Y-X-Y-Xで示される塩基配列(PODiR配列)中の重なっていない配列(X-Y)が欠失する(特許文献1)。この現象は、ゲノム中のPODiR配列を含むDNAから転写された、PODiR配列中のX-Yで示される塩基配列が欠失したmRNAが、ゲノム中のPODiR配列を含むDNAと相互作用し、その結果できた、相互作用できない余分な部位(ゲノムDNAのX-Y)が、何らかの酵素によって切断されるために生じることが推察されている。
【0003】
一方、ゲノム中のX-Y-Xという配列の5’側に隣接してX-Yで示される塩基配列が挿入され、PODiR配列が創出されることも報告され(特許文献1)、この現象がPODiR配列を有するmRNAがゲノム中のX-Y-Xという配列(非PODiR配列)を含むDNAと相互作用し、その結果できた、相互作用できない余分な部位(mRNAのX-Y)の塩基配列が、DNA複製時等にゲノムDNA中に挿入されるために生じることが推察されている。
【0004】
そして、上記のゲノムの欠失や挿入の鋳型となるRNAや対応するDNAを人為的に細胞内に導入することを特徴とする、これまでの部位特異的人工ヌクレアーゼを利用したシステムと本質的に異なる新たなゲノム編集システムが提案されている(特許文献2)。
【0005】
しかしながら、このゲノム編集システムが機能することが検証されているのは、緑膿菌やヒト細胞など一部の生物の細胞に限られ、真核藻類や植物などの光合成真核生物においては検証されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2015/115610号
【特許文献2】国際公開第2018/030536号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、光合成真核生物において、これまでの部位特異的人工ヌクレアーゼによるゲノム編集システムとは異なる、一本鎖オリゴヌクレオチドを利用したゲノム編集システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく、光合成真核生物の例として真核藻類および植物を用いて鋭意検討を行った結果、これら光合成真核生物においてPODiRシステムが機能し、それらの任意のゲノム領域のセンス鎖塩基配列を改変した塩基配列からなる一本鎖オリゴヌクレオチドを細胞内で作用させることより、それらの当該ゲノム領域の塩基配列を改変することが可能であることを見出した。さらに、PODiR配列が存在しないゲノム領域を標的とした一本鎖オリゴヌクレオチドを用いた場合においても、同様に、ゲノムを編集することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は、光合成真核生物における、一本鎖オリゴヌクレオチドを利用したゲノム編集システムに関し、より詳しくは、以下の発明を提供するものである。
【0010】
(1)ゲノムが編集された光合成真核生物を製造する方法であって、
一本鎖ポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドを発現するベクターを光合成真核生物の細胞に導入する工程を含み、
当該一本鎖ポリヌクレオチドは、光合成真核生物の標的ゲノムDNA領域の標的鎖の塩基配列を改変した塩基配列からなり、
当該改変が、(a)内部の任意塩基配列の欠失、(b)内部への任意塩基配列の挿入、または(c)内部の任意塩基配列の他の塩基配列への置換、からなる群より選択される改変であり、かつ、
当該一本鎖ポリヌクレオチドによるゲノムの編集には、部位特異的人工ヌクレアーゼによる当該標的ゲノムDNA領域における切断が伴わない、方法。
【0011】
(2)標的ゲノムDNA領域の標的鎖がPODiR配列を含む、(1)に記載の方法。
【0012】
(3)標的ゲノムDNA領域の標的鎖がPODiR配列を含まない、(1)に記載の方法。
【0013】
(4)光合成真核生物が真核藻類または植物である、(1)から(3)のいずれかに記載の方法。
【0014】
(5)ゲノムが編集された光合成真核生物を製造するための組成物またはキットであって、
光合成真核生物の標的ゲノムDNA領域の標的鎖の塩基配列を改変した塩基配列からなる一本鎖ポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドを発現するベクターを含み、
当該改変が、(a)内部の任意塩基配列の欠失、(b)内部への任意塩基配列の挿入、または(c)内部の任意塩基配列の他の塩基配列への置換、からなる群より選択される改変であり、かつ、
部位特異的人工ヌクレアーゼとの組み合わせで用いられない、組成物またはキット。
【0015】
(6)標的ゲノムDNA領域がPODiR配列を含む、(5)に記載の組成物またはキット。
【0016】
(7)標的ゲノムDNA領域がPODiR配列を含まない、(5)に記載の組成物またはキット。
【0017】
(8)光合成真核生物が真核藻類または植物である、(5)から(7)のいずれかに記載の組成物またはキット。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、光合成真核生物の細胞内において、標的ゲノムDNA領域の標的鎖の塩基配列を改変した一本鎖ポリヌクレオチドを作用させるだけで、部位特異的人工ヌクレアーゼシステムを利用しなくとも、簡便にゲノム編集を行うことが可能となった。このゲノム編集は、光合成真核生物のゲノム上のPODiR配列のみならず、それ以外の塩基配列をも標的とすることができ、汎用性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】真核藻類(ハプト藻)における一本鎖DNAを用いたゲノム編集において、標的としたリパーゼ遺伝子の領域(PODiR配列および非PODiR配列)を示す。図中おいて、アンダーラインで示した塩基配列は、一本鎖DNAの設計に用いた塩基配列を示し、四角で囲んだ塩基配列は、ゲノム編集において欠失させる塩基配列を示す。図中の2本の矢印は、PODiR配列を示す。なお、図中のリパーゼ遺伝子のPODiR配列を含む標的ゲノムDNA領域を配列番号:2に、当該領域を標的化する一本鎖DNAを配列番号:1に示す。また、図中のリパーゼ遺伝子のPODiR配列を含まない標的ゲノムDNA領域を配列番号:4に、当該領域を標的化する一本鎖DNAを配列番号:3に示す。
【
図2】植物(シロイヌナズナ)における一本鎖DNAを用いたゲノム編集の結果を示す図である。図中、「a」は、PODiRシステムの機能性の確認に用いたプラスミド「pCAMBIA」の構造を示し、「b」は、PODiRシステムの機能性の確認のための実験用植物を作出するための培養過程を示し、「c」は、当該実験用植物におけるPODiRシステムの機能性を、導入したPODiR配列における欠失により生じる機能的GPF遺伝子の発現(蛍光)で検出した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、ゲノムが編集された光合成真核生物を製造する方法を提供する。
【0021】
本発明の方法においてゲノム編集の対象となる「光合成真核生物」とは、光エネルギーを生物学的に利用できる形のエネルギーに変換して生育する生物のうち、細胞内に核を持つ生物である。光合成真核生物は、典型的には、真核藻類および植物である。真核藻類としては、ハプト藻、クリプト藻、褐藻、紅藻、緑藻、珪藻、黄金藻、灰色藻、ユーグレナ藻、シャジク藻、渦鞭毛藻を例示することができ、植物としては、種子植物、シダ植物、コケ植物を例示することができる。実験上あるいは産業上有用な植物としては、シロイヌナズナ、トマト、ダイズ、イネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、ナタネ、タバコ、バナナ、ピーナツ、ヒマワリ、ジャガイモ、ワタ、カーネーションを例示することができる。
【0022】
本発明の方法において、光合成真核生物の細胞に導入する「一本鎖ポリヌクレオチド」は、光合成真核生物の標的ゲノムDNA領域の標的鎖の塩基配列を改変した塩基配列からなる。一本鎖ポリヌクレオチドは、標的ゲノムDNA領域と相互作用し、標的ゲノムDNA領域のDNA編集の鋳型となる限り、DNAであっても、RNAであってもよい。これらの一本鎖ポリヌクレオチドは、その一部または全部が化学修飾されていてもよい。
【0023】
ここで「標的ゲノムDNA領域」とは、一本鎖ポリヌクレオチドによるゲノム編集の対象とするゲノムDNA領域を意味する。本発明によれば、任意のゲノムDNA領域をゲノム編集の対象とすることができる。また、「標的鎖」は、ゲノムDNAの二本鎖のうち、本発明の一本鎖ポリヌクレオチドの5'側領域(後述の5'ホモロジー配列)と3'側領域(後述の3'ホモロジー配列)に対応する塩基配列を有し、本発明の一本鎖ポリヌクレオチドを設計する基となる鎖である。例えば、本発明の一本鎖ポリヌクレオチドを利用して遺伝子領域において所望のゲノム編集を行う場合には、標的鎖は、センス鎖である。ここで「センス鎖」とは、ゲノムDNAの二本鎖のうち、転写の鋳型にならない側の鎖を意味する。
【0024】
本発明の方法における「標的鎖の塩基配列」は、PODiR配列を含む塩基配列であっても、PODiR配列を含まない塩基配列(以下、「非PODiR配列」と称する)であってもよい。「PODiR配列」は、ゲノム上に存在する、X-Y-Xという配列とX-Y-Xという配列とがXにおいて重なり合ってなるX-Y-X-Y-Xで示される塩基配列である(特許文献1、2を参照のこと)。
【0025】
「標的ゲノムDNA領域の標的鎖の塩基配列」の塩基数は、特に制限はなく、例えば、20~12000、好ましくは20~3000、より好ましくは40~2000、よりさらに好ましくは60~1000、よりさらに好ましくは80~600、よりさらに好ましくは90~300、特に好ましくは95~200程度である。
【0026】
標的鎖の塩基配列を改変した塩基配列は、典型的には、次の3態様、すなわち、標的鎖の(a)内部の任意塩基配列の欠失、(b)内部への任意塩基配列の挿入、または(c)内部の任意塩基配列の他の塩基配列への置換、からなる群より選択される改変がなされた塩基配列である。以下、標的ゲノムDNA領域の標的鎖と一本鎖ポリヌクレオチドの塩基配列を整列させた場合において、標的ゲノムDNA領域の5'側領域に対応する一本鎖ポリヌクレオチドの塩基配列を「5'ホモロジー配列」と称し、標的ゲノムDNA領域と一本鎖ポリヌクレオチドの塩基配列を整列させた場合において、標的ゲノムDNA領域の3'側領域に対応する一本鎖ポリヌクレオチドの塩基配列を「3'ホモロジー配列」と称する。
【0027】
改変が内部の任意塩基配列の欠失である場合、一本鎖ポリヌクレオチドは、標的ゲノムDNA領域の標的鎖において欠失させる塩基配列(以下、「欠失対象塩基配列」と称する)の5'側領域に対応する塩基配列(5'ホモロジー配列)と3'側領域に対応する塩基配列(3'ホモロジー配列)からなる。一方、改変が内部への任意塩基配列の挿入または内部の任意塩基配列の他の塩基配列への置換である場合、一本鎖ポリヌクレオチドは、標的ゲノムDNA領域の標的鎖の5'側領域に対応する塩基配列(5'ホモロジー配列)と3'側領域に対応する塩基配列(3'ホモロジー配列)との間に、それぞれ挿入する塩基配列(以下、「挿入用塩基配列」と称する)または置換する塩基配列(以下、「置換用塩基配列」と称する)が介在する。
【0028】
5'ホモロジー配列および3'ホモロジー配列の塩基数は、例えば、10~1000、好ましくは20~1000、より好ましくは30~500、さらに好ましくは40~300、よりさらに好ましくは40~100、特に好ましくは40~70程度である。5'ホモロジー配列と3'ホモロジー配列の塩基数の比は、特に制限はなく、例えば、0.01~100、好ましくは0.1~10、より好ましくは0.2~5、さらに好ましくは0.5~2である。
【0029】
一本鎖ポリヌクレオチドにおける5'ホモロジー配列および3'ホモロジー配列と対応する標的ゲノムDNA領域の標的鎖の塩基配列の相同性は、必ずしも100%でなくともよい。標的ゲノムDNA領域と相互作用することにより、ゲノム編集を生じさせる限り、例えば、90%以上の同一性(例えば、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上の同一性)であり得る。配列の同一性は、BLAST等(例えば、デフォルトのパラメータ)を利用して算出できる。
【0030】
標的ゲノムDNA領域の標的鎖における欠失対象塩基配列、並びに一本鎖ポリヌクレオチドにおける挿入用塩基配列および置換用塩基配列の塩基数は、特に制限はなく、例えば、1~10000、好ましくは1~1000、より好ましくは1~920、さらに好ましくは2~500、よりさらに好ましくは4~200、よりさらに好ましくは4~100、よりさらに好ましは5~50、よりさらに好ましくは6~20、よりさらに好ましくは7~12、よりさらに好ましくは8~9である。
【0031】
5'ホモロジー配列と3'ホモロジー配列の塩基数の合計に対する、標的ゲノムDNA領域の標的鎖における欠失対象塩基配列、または一本鎖ポリヌクレオチドにおける挿入用塩基配列もしくは置換用塩基配列の塩基数の比は、特に制限はなく、例えば、500以下、好ましくは100以下、より好ましくは10以下、さらに好ましくは5以下、よりさらに好ましくは2以下、よりさらに好ましくは1以下である。該比の下限値は特に制限はなく、例えば、0.01、0.02、0.04である。
【0032】
本発明においては、一本鎖ポリヌクレオチドに代えて、一本鎖ポリヌクレオチドを発現するベクターを利用することもできる。当該ベクターは、発現させるべき一本鎖ポリヌクレオチドをコードするDNAに作動的に結合している1つ以上の調節エレメントを含む。
【0033】
ここで、「作動可能に結合している」とは、調節エレメントに上記DNAが発現可能に結合していることを意味する。「調節エレメント」としては、プロモーター、エンハンサー、内部リボソーム進入部位(IRES)、及び他の発現制御エレメント(例えば、転写終結シグナル、ポリアデニル化シグナルなど)が挙げられる。調節エレメントとしては、目的に応じて、例えば、多様な宿主細胞中でのDNAの構成的発現を指向するものであっても、特定の細胞、組織、あるいは器官でのみDNAの発現を指向するものであってもよい。また、特定の時期にのみDNAの発現を指向するものであっても、人為的に誘導可能なDNAの発現を指向するものであってもよい。プロモーターとしては、藻類における発現を行う場合には、例えば、FCPプロモーター、GAPDHプロモーターが挙げられ、植物における発現を行う場合には、例えば、35SCaMVプロモーターが挙げられる。当業者であれば、導入する細胞の種類などに応じて、適切な発現ベクターを選択することができる。ベクターは、必要に応じて、他のエレメント(例えば、マルチクローニングサイト、薬剤耐性遺伝子、複製起点など)を含んでいてもよい。
【0034】
一本鎖ポリヌクレオチドまたはそれを発現するベクターを導入する光合成真核生物の「細胞」には、培養細胞の他、個体中の細胞も含まれる。また、プロトプラストなど、一本鎖ポリヌクレオチドの導入のための特定の処理が施された細胞も含まれる。
【0035】
一本鎖ポリヌクレオチドまたはそれを発現するベクターの細胞への導入は、光合成真核生物の種類や細胞の形態などに応じて、適宜選択することができる。例えば、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、ポリエチレングリコール(PEG)法、DEAE-デキストラン法、リポフェクション、ナノ粒子媒介性トランスフェクション、ウイルス媒介性核酸送達などが挙げられるが、これらに制限されない。
【0036】
細胞へ導入する一本鎖ポリヌクレオチドの濃度は、本発明におけるゲノム編集が可能である限り特に制限はなく、一本鎖ポリヌクレオチドの鎖長や導入する細胞の種類に応じて、当業者は適宜設定することができるが、例えば、105細胞あたり1μg~50μgであり、好ましくは、105細胞あたり2.5μg~15μgである。
【0037】
植物においては、古くから、その体細胞が分化全能性を有していることが知られており、様々な植物において、植物細胞から植物体を再生する方法が確立されている。従って、例えば、本発明の一本鎖ポリヌクレオチドの導入によりゲノムが編集された植物細胞から植物体を再生することにより、ゲノム編集された植物体を得ることができる。得られた植物体からは、子孫、クローン、又は繁殖材料(例えば、塊茎、塊根、種子など)を得ることもできる。組織培養により植物の組織を再分化させて個体を得る方法としては、本技術分野において確立された方法を利用することができる(形質転換プロトコール[植物編] 田部井豊・編 化学同人 pp.340-347(2012))。
【0038】
本発明の方法による光合成真核生物のゲノムの編集は、一本鎖オリゴヌクレオチドを細胞に導入することのみによって生じる。当該ゲノムの編集には、ZFNs、TALENs、CRISPR-Casといった部位特異的人工ヌクレアーゼによる当該標的ゲノムDNA領域における切断を必要としない。
【0039】
また、本発明は、上記一本鎖ポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドを発現するベクターを含む、ゲノムが編集された光合成真核生物を製造するための組成物またはキットを提供する。当該組成物またはキットにおいては、一本鎖オリゴヌクレオチド自体がゲノムを編集する能力を有していることから、部位特異的人工ヌクレアーゼとの組み合わせで用いる必要がない。
【0040】
本発明のキットを構成する標品および本発明の組成物には、必要に応じてさらに他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば、基剤、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、保湿剤、着色料、香料、キレート剤等が挙げられるが、これらに制限されない。
【0041】
本発明のキットは、さらに追加の要素を含むことができる。追加の要素としては、例えば、希釈緩衝液、洗浄緩衝液、核酸導入試薬、対照試薬(例えば、対照の一本鎖ポリヌクレオチドなど)が挙げられるが、これらに制限されない。当該キットは、本発明の方法を実施するための使用説明書を含んでいてもよい。
【実施例0042】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0043】
(1)一本鎖ポリヌクレオチドを利用した真核藻類におけるゲノム編集
(a)リパーゼ遺伝子のPODiR配列を標的とした一本鎖DNAを用いた解析
真核藻類の一例として2倍性の真核藻類であるハプト藻(Pleurochrysis carterae)を用いた。
【0044】
ハプト藻のリパーゼ遺伝子のPODiR配列の一部を改変する一本鎖DNA(配列番号:1、
図1)30μg(30μLの1μg/μL溶液)を4×10
5細胞を含む350μLのハプト藻のプロトプラスト溶液に混合し、さらに、等量(350μL)の40%PEG(MW=6000)溶液と混合し、室温で15分静置した。その後、Marine Art-ESM培地に移植し、14日間培養した。培養後、細胞からゲノムDNAを抽出し、PrimeStar(TaKaRa)を用いてPCRにより増幅した。PCRにおいては、30ng/20μl反応溶液の濃度で鋳型となるゲノムDNAを反応溶液に添加し、98℃で5秒、59℃で5秒、72℃で15秒の条件で反応を行った。得られた増幅産物につき、次世代シーケンサー(Macrogen Co.Ltd.)で約1000万配列の解析を行った。その結果、対照実験区では、リパーゼ遺伝子のPODiR配列の欠失(すなわち、自然発生的PODiRによる欠失)の頻度が約0.03%であったのに対し、一本鎖DNA導入実験区では約0.27%であり、対照実験区の8倍以上の欠失が見られた。
【0045】
次いで、リパーゼ遺伝子のPODiR配列を標的とした上記一本鎖DNAの導入が、リパーゼ遺伝子以外のPODiR配列を含む遺伝子(例としてクエン酸合成酵素遺伝子)における変異誘発に与える影響を検証した。その結果、クエン酸合成酵素遺伝子では、対照実験区における自然発生的PODiRによる欠失率が約21%と高い値を示す一方、一本鎖DNA導入実験区では約24%であり、対照実験区からの上昇率は少なかった。以上から、リパーゼ遺伝子のPODiR配列を標的とした一本鎖DNAの導入が、PODiR配列を含むクエン酸合成酵素遺伝子の変異誘発に与える影響は軽微であることが示された。
【0046】
(b)リパーゼ遺伝子の非PODiR配列を標的とした一本鎖DNAを用いた解析
ハプト藻のリパーゼ遺伝子の非PODiR配列の一部を改変する一本鎖DNA(配列番号:3、
図1)を用いて、上記(a)と同様に、約1600万配列の解析を行った。その結果、対照実験区ではリパーゼ遺伝子の非PODiR配列の欠失が全く認められなかったのに対し、一本鎖DNA導入実験区では、約0.00006%の頻度(102配列)で欠失が確認された。この結果から、遺伝子の一部を欠失させた一本鎖DNAによるゲノム編集の標的は、PODiR配列に制限されないことが判明した。
【0047】
(2)植物におけるPODiRシステムの機能性の解析
植物の一例としてシロイヌナズナを用いた。
【0048】
まず、PODiRシステムの機能性を解析するためのシロイヌナズナ株を作成した。具体的には、INPLANTA INNOVATIONS, INC(Yokohama,Japan)からシロイヌナズナのコロンビア株(Col-0)の種子を購入し、グロースチャンバーで23℃にて明期16時間/暗期8時間の周期で培養した。次いで、EGFPを含むカセット(EGFP-STNT-POD、
図2a)が35SCaMVプロモーター下に挿入されているプラスミド「pCAMBIA」をアグロインフィルトレーション法でシロイヌナズナのコロンビア株に導入し、植物においてPODiRの機能性を解析するための実験用株を作成し、種子ライブラリーを取得した。なお、プラスミド「pCAMBIA」のEGFP遺伝子には、人為的にPODiR配列が導入されており、PODiRシステムにより塩基の欠失が生じた場合に、機能的なEGFP遺伝子が形成され、その発現により蛍光を発することができるようになる。
【0049】
次いで、長方形の培地プレートを作成し、プレートの下部から十分な間隔で発芽後の苗を植えた。最初の3日間は、プレートをアルミホイルで包み、限られた光の条件下で植物を育てた(この暗闇処理により発芽した植物は、白化したまま成長する)。その後、23℃にて明期16時間/暗期8時間の周期で2週間培養した。以上の培養過程を
図2bに示した。
【0050】
観察の結果、根の各所でGFPの発現が確認された(
図2c)。以上から、植物においてPODiRの機能していることが判明した。
以上説明したように、本発明によれば、光合成真核生物の細胞内において、標的ゲノムDNA領域の標的鎖の塩基配列を改変した一本鎖ポリヌクレオチドを作用させるだけで、部位特異的人工ヌクレアーゼシステムを利用しなくとも、簡便にゲノム編集を行うことが可能となる。本発明は、例えば、ゲノム編集された藻類や植物を利用した有用物質の生産やゲノム編集された有用農作物の生産など、幅広い産業分野で利用が可能である。