(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022117316
(43)【公開日】2022-08-10
(54)【発明の名称】ウシの冬季放牧方法、及び当該方法に用いる飼料植物の繁殖素材
(51)【国際特許分類】
A23K 10/30 20160101AFI20220803BHJP
A23K 50/10 20160101ALI20220803BHJP
【FI】
A23K10/30
A23K50/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021013932
(22)【出願日】2021-01-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ・刊行物名「水田里山の放牧利用による高収益和牛繁殖経営モデルの手引き」 発行日 2020年2月27日以降(2020年1月) ・ウェブサイトのアドレス http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/134187.html 掲載日 2020年2月28日 ・刊行物名「西日本農研農業経営研究第33号、60~67頁」 発行日 2020年3月 ・刊行物名「日本草地学会誌 第66巻 別号」 発行日 2020年3月24日 ・刊行物名「農林金融 2020年09月号第73巻第9号 20~31頁」 刊行物が掲載されたウェブサイトのアドレス https://www.nochuri.co.jp/periodical/norin/contents/2020-09.html 発行日 2020年9月(ウェブサイトの掲載日2020年8月31日)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター、革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】391016082
【氏名又は名称】山口県
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】千田 雅之
(72)【発明者】
【氏名】小林 英和
(72)【発明者】
【氏名】望月 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 正道
【テーマコード(参考)】
2B005
2B150
【Fターム(参考)】
2B005BA01
2B150AA02
2B150AB02
2B150CE01
2B150CE19
(57)【要約】
【課題】ウシの冬季放牧方法、及び当該方法に用いる飼料植物の繁殖素材を提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係る方法は、立毛のイネと、立毛の草本の双子葉植物とを飼料とする、ウシの冬季放牧の方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
立毛のイネと、立毛の草本の双子葉植物とを飼料とする、ウシの冬季放牧の方法。
【請求項2】
草本の上記双子葉植物は、アブラナ科の植物、及び、アカザ科の植物からなる群より選択される少なくとも一種である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
草本の上記双子葉植物は、Brassica rapaとその変種、Brassica napusとその変種、ケール(Brassica oleracea spp. acephala)、及び、ビートからなる群より選択される少なくとも一種である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
草本の上記双子葉植物はレープである、請求項1から3の何れか一項に記載の方法。
【請求項5】
上記イネの牧区と、草本の上記双子葉植物の牧区とが近接している、請求項1から4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
草本の上記双子葉植物の牧区は、排水処理を施した水田跡地である、請求項1から5の何れか一項に記載の方法。
【請求項7】
上記イネは、極短穂型の飼料用イネである、請求項1から6の何れか一項に記載の方法。
【請求項8】
請求項1から7の何れか一項に記載の方法を組み込んでなる、ウシの周年放牧の方法。
【請求項9】
請求項1から8の何れか一項に記載の方法に用いる、ウシの冬季放牧用の飼料植物の繁殖素材であって、以下の1)、及び2)の少なくとも一つを含む、繁殖素材。
1)イネの種子、又は、苗、
2)草本の双子葉植物の種子、又は、苗。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシの冬季放牧方法、及び当該方法に用いる飼料植物の繁殖素材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ウシの放牧への期待が高まっている。ウシの放牧は、耕作放棄地を含む遊休農林地の有効活用手段の一つとして期待されている。また、専ら牧草を飼料として飼育されたウシの肉が、グラスフェッドビーフ等と称され、自然志向や健康志向等の人々の間で高く評価されるに至っている。
【0003】
我が国でのウシの放牧の一例としては、繁殖経営における慣行放牧(妊娠牛の季節放牧)が挙げられる。この放牧では、放牧対象牛は繁殖牛のうち妊娠確認牛に限定されている。また、放牧期間は、イタリアンライグラス(3月~6月)とミレット(7月~8月)との牧草の組合せによる6か月程度が一般的である。
【0004】
我が国でのウシの放牧の他の事例として、バヒアグラスとイタリアンライグラスと飼料イネとの組合せにより10か月程度の放牧を可能にする放牧期間の延長技術(非特許文献1)の提案や、周年放牧と称して、周年、屋外でウシを飼養する事例も存在する。しかし、何れの事例でも、冬季はイネ等の発酵粗飼料(WCS)を給与しながらの飼養が必要であり、周年の屋外飼養にとどまっている。
【0005】
ニュージーランド等では、ペレニアルライグラスを基幹草種として、乾燥の厳しい夏季の放牧飼料としてプランテインやチコリ、冬季の放牧飼料として飼料用ビート、ケール、又はレープ等を組み合わせた周年の放牧飼養体系が普及している。ただし、冬季の放牧時には、春季に収穫しておいた乾草を補給しつつ飼養することが必須とされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】水田放牧の手引き(https://fmrp.rad.naro.go.jp/download/dl_files/paddygrazing.pdf)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記した我が国での繁殖経営における慣行放牧では、放牧対象牛、及び放牧期間が限られるため、繁殖経営全体でみた場合の省力化やコスト低減効果は、周年舎飼の1割程度にとどまる。そのため、ウシの飼育頭数を増加させて経営規模を拡大する可能性も限定的である。
【0008】
上記した、我が国でのウシの放牧の他の事例では、上記の慣行放牧と比べると省力化、及びコスト低減効果は顕著である。しかし、冬季はイネ等のWCSを給与しながらの飼養が必要であるため、その調達コストや給餌作業が発生する。
【0009】
上記したニュージーランド等の事例でも、冬季の放牧時には乾草の給餌を必要とするから、その調達コストや給餌作業が発生する。
【0010】
本発明の一態様は、上記課題を解決するために成されたものであり、より省力化とコスト低減とを実現可能な、ウシの冬季放牧の方法、及び当該方法に用いる飼料植物の繁殖素材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記の課題を解決するためのものであって、以下のものが含まれる。
【0012】
(1)立毛のイネと、立毛の草本の双子葉植物とを飼料とする、ウシの冬季放牧の方法。
(2)上記(1)に記載の方法を組み込んでなる、ウシの周年放牧の方法。
(3)上記(1)又は(2)に記載の方法に用いる、ウシの冬季放牧用の飼料植物の繁殖素材であって、以下の1)、及び2)の少なくとも一つを含む、繁殖素材。1)イネの種子、又は、苗、2)草本の双子葉植物の種子、又は、苗。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一態様によれば、より省力化とコスト低減とを実現可能なウシの冬季放牧の方法等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態にかかる冬季放牧の一例を示す図である。
【
図2】本発明の一実施形態にかかる周年放牧のウシの体重の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
〔1.冬季放牧の方法〕
本発明の一実施形態にかかるウシの冬季放牧の方法は、「立毛のイネと、立毛の草本の双子葉植物とを飼料とする方法」である。以下、より具体的に説明する。
【0016】
(冬季放牧について)
本実施形態において「冬季」とは、広義には10月後半から3月前半までの範囲を指すが、狭義には11月前半から2月後半までの範囲を指し、より狭義には11月後半から2月前半までの範囲を指す。春に近づくに従い、立毛のイネに対するウシの嗜好性が低下する傾向となるので、本実施形態にかかる冬季放牧の方法は、好ましくは2月後半までの期間、より好ましくは2月前半までの期間に適用される。また、放牧の体系でウシを飼養するとは、後述するように、立毛の植物をウシの飼料にすることを指す。冬季放牧に適した日本国内の地域としては、降雪量の少ない、南関東以西の太平洋側の地域が挙げられる。
【0017】
(ウシについて)
本実施形態において冬季放牧の対象となるウシとは特に限定されず、乳牛であっても肉牛(和牛や交雑牛なども含む)であってもよいが、好ましくは肉牛である。ウシの年齢も特に限定されない。
【0018】
(飼料について)
本実施形態において「立毛の」とは、収穫されたものではなく、地面から生えている状態の植物を指す。また、「立毛の植物をウシの飼料にする」とは、地面から生えている状態の植物を飼料としてウシに食させることを指し、いわゆる放牧の体系でウシを飼養することと同義である。
【0019】
本実施形態において「イネ」とは、広義には野生イネやアフリカイネ(Oryza glaberrima)を含むが、狭義にはアジアイネ(Oryza sativa)を指す。「イネ」には、その種子を食用や飼料に利用するものも含まれるが、好ましくは極短穂型の飼料用イネである。極短穂型の飼料用イネとは、種子を利用するイネと比較して種子収量が小さい反面、相対的に茎葉の収量が大きいイネを指す。極短穂型の飼料用イネとして、例えば、たちすずか(品種登録番号22024)、つきすずか(品種登録番号27355)等の、籾の少ない極短穂型の品種(いずれも、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構が開発)が挙げられる。立毛のイネは、一例では、牧区の一つにおいて枯れずに生えている状態のイネであり、他の例では、牧区の一つにおいて立ち枯れて乾燥した状態のイネである。冬季が進むに従い、イネは立ち枯れて乾燥した状態となる。立ち枯れて乾燥した状態のイネも、ウシの嗜好性にも優れており、かつ、特に反芻動物には不可欠な繊維質に比較的富んだ飼料となる。なお、これら極短穂型の飼料用イネは、現状は、もっぱらイネ発酵粗飼料(イネWCS)の原料として普及している。
【0020】
本実施形態において「草本の双子葉植物」とは、一例では、冬季でも生育する草本の双子葉植物であって、冬季のウシの飼料として利用可能なものである。「草本の双子葉植物」として、好ましくは、アブラナ科の植物、及び、アカザ科の植物(クロンキストの旧分類体系。APG分類体系のアカザ亜科に相当)からなる群より選択される少なくとも一種が挙げられる。アブラナ科の植物には、アブラナ属の植物である、Brassica rapaとその変種、Brassica napusとその変種、及びケール(Brassica oleracea spp. acephala)等が含まれる。アカザ科の植物にはビート等が含まれる。これら双子葉植物の中では、病虫害への抵抗性やアルカリ性土壌を必須とはしない観点でBrassica rapaとその変種、Brassica napusとその変種、及びケールが好ましく、栽培期間が短くかつ害虫の比較的少ない時期に成育させることができるレープ等のBrassica napusとその変種がより好ましい。なお、レープ等のBrassica napusとその変種は、各種ミネラル、タンパク質、及び非繊維炭水化物の含有量が高い反面、繊維質が多くはない特徴があり、イネとの組合せにおいて、ウシの飼料として適している。
【0021】
(牧区について)
立毛のイネが生える牧区は、イネが水稲であれば水田である。春先に水田に水を張り、種もみを水田に直播するか、別の場所で育苗した苗を水田に植え付ける。次いで、種子を利用するイネより早め(たとえば、出穂した直後)に水田の落水をして、茎葉が充実したイネを用意する。冬季までに水田は十分に乾燥し、立毛のイネが例えば立ち枯れた状態で牧区に残る。冬季に牧区として利用された水田は、ウシ由来の有機物(排泄物)の分解物に富んだ土壌となっており、必要に応じて施肥もしつつ、翌春以降も同じサイクルで利用することができる。立毛のイネが生える牧区の面積は、例えば、ウシ一頭あたり、2.5a以上で10a以下の範囲内であり、3a又は3.5a以上で6a以下の範囲内であることが好ましい場合があり、4a以上で5.5a以下の範囲内であることがより好ましい場合がある。
【0022】
立毛の草本の双子葉植物が生える牧区は、イネが生える牧区とは別に用意される。この牧区は、一例では、十分な排水処理を施した水田跡地である。すなわち、水田地帯の一部を、イネが生える牧区として利用し、他の一部を、排水処理を施したうえで双子葉植物が生える牧区に転用すれば、余剰な水田の有効利用を図ることができる。牧区は、双子葉植物の種類に応じて適切に管理すればよい。例えば、双子葉植物がレープ等のBrassica napusとその変種の場合は、必要に応じて石灰などで土壌を中和する、雑草発生を抑制するために残草を土壌にすきこむ、及び/又は、施肥をする等の処置を、播種前に行う。一例において、病害虫の発生が比較的少なくて済むように、9月頃に播種を行い、2~3か月程度以上の間成育させて飼料として利用する。立毛の草本の双子葉植物が生える牧区の面積は、例えば、ウシ一頭あたり、3a以上で10a以下の範囲内であり、3.5a以上で8.5a以下の範囲内であることが好ましい場合があり、4a以上又は5a以上で7.5a以下の範囲内であることがより好ましい場合がある。
【0023】
各牧区の利用は、ウシの意思に任せたものであってもよいが、レープやイネの利用効率を上げるためには、電気牧柵等を用いて採食範囲を制限しつつ給餌する、ブレークフィーディングを行うことが好ましい場合がある。
【0024】
立毛のイネが生える牧区と、立毛の草本の双子葉植物が生える牧区とは、互いに異なる牧区ではあるものの近接していることが好ましい。二つの牧区同士が近接しているとは、ウシが容易に行き来できる距離にあることを指し、例えば、200m以内の距離にあることであり、好ましくは100m以内又は50m以内の距離にあることであり、より好ましくは20m以内又は10m以内の距離にあることである。牧区同士が近接していると、ウシが自身の意思で牧区間を行き来し、自然に、栄養バランスのとれたウシの放牧飼育が可能となる。
【0025】
〔2.冬季放牧に用いる繁殖素材〕
本発明の一実施形態にかかる、ウシの冬季放牧用の飼料植物の繁殖素材は、以下の1)、及び2)の少なくとも一つを含む、繁殖素材である。
1)イネの種子、又は、苗。
2)草本の双子葉植物の種子、又は、苗。好ましくは種子である。
この繁殖素材は、〔1.冬季放牧の方法〕の欄で説明した方法に用いるものであり、当該繁殖素材と関連付けて使用説明が記載されている。使用説明は、例えば、繁殖素材の包装や同封物に対して記録されている。繁殖素材は、上記の1)又は2)の何れか単独で販売されてもよいが、1)及び2)の組合せで販売されていてもよい。
【0026】
〔3.周年放牧の方法〕
冬季以外のウシの放牧方法と、上記の〔1.冬季放牧の方法〕欄に記載のウシの放牧方法とを組み合わせることによって、ウシの周年放牧の方法を提供することができる。冬季以外のウシの放牧方法としては、既に確立されているものを利用すればよく、例えば、イタリアンライグラスとバヒアグラスとの組合せによって、2月途中から11月途中のウシの放牧が可能である。2月途中から5月まではイタリアンライグラスを、5月から11月途中までは暖地型永年性牧草のバヒアグラスを利用し、冬季は上記の〔1.冬季放牧の方法〕欄に記載の方法を採用すればよい。
【0027】
なお、イタリアンライグラスとバヒアグラスとは同じ牧区で育てることができ、バヒアグラス草地に10月頃に不耕起播種機等を用いてイタリアンライグラスの種子をオーバーシードすれば、翌年の2月頃には、放牧に利用可能な程度にイタリアンライグラスの草地が形成される。
【0028】
イタリアンライグラスやバヒアグラスが生える牧区は、冬季放牧用の牧区(立毛の草本の双子葉植物が生える牧区、及びイネが生える牧区)とは別に用意される。この牧区は、一例では、十分な排水処理を施した水田跡地であり、冬季放牧用の牧区に近接して設けられることが好ましい。水田地帯の一部を、排水処理を施したうえでイタリアンライグラスやバヒアグラスが生える牧区に転用すれば、余剰な水田の有効利用を図ることができるとともに、周年放牧の体系を、水田地帯(水田跡地を含む)を利用して構築することができる。
【0029】
本発明の一実施形態にかかる冬季放牧、及び周年放牧の導入は、例えば次の効果をもたらす。ウシの飼養の作業労働の多くを占める給餌、及び排泄物処理作業の削減、子ウシ生産コストの多くを占める労働費、及び飼料費の顕著な節減を図ることができる。同じ労働力の投入で、飼養可能頭数の飛躍的な増加と所得向上とを図ることができる。
【0030】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0031】
本発明の一実施例について以下に説明する。
【0032】
〔実施例1:周年放牧飼養体系の確立〕
(1)周年放牧飼養体系の概要
放牧地全体の団地化と、明渠掘削等による徹底した排水対策等の基盤整備を施したうえで、暖地型永年性牧草「バヒアグラス」による夏秋季放牧(5月中旬~11月中旬、約40a/頭)と、飼料用レープと飼料用イネの併用による冬季放牧(11月下旬~2月上旬、約10a/頭)と、イタリアンライグラスによる春季放牧(2月中旬~5月上旬、約40a/頭)と、を組み合わせ、畜舎なし補助飼料なしで妊娠牛の周年放牧を行う飼養体系を構築した。
【0033】
(2)春~秋の可食草量の安定化を図る草地管理体系
耐暑性が高く、5月~10月の生育草量の変動の少ないバヒアグラスと、早春から生育するイタリアンライグラスとを組み合わせた放牧向け草地管理体系を導入した。この体系の優位点は牧草の栽培管理の省力化と、春~秋の連続放牧が可能な点である。
【0034】
<暖地型永年生牧草「バヒアグラス」草地の造成および維持管理>
バヒアグラスは暖地型牧草の中では耐寒性や耐霜性があり、日当たりの良い条件であれば標高300m程度の場所でも栽培が可能である。永続性に優れ、夏秋期の可食草量が比較的安定している。種子からの造成が可能で、播種は5月から7月に行う。
【0035】
<イタリアンライグラスのオーバーシード>
バヒアグラス草地へのイタリアンライグラスは、毎年10月に播種をする。播種前に放牧圧を高めてバヒアグラスを地際まで採食させた後、不耕起播種機等を用いて播種をし、播種と同時に施肥もした。イタリアンライグラスがしっかり根付き、放牧牛の採食時に根から引き抜けなくなるまで(播種後3週間程度)は放牧を控える。バヒアグラス草地の圃場への播種をずらして順に播種することで、中断することなく牛群の放牧を10月下旬頃まで継続できる。そして、冬季、レープやイネを食べさせている間は、バヒアグラス-イタリアンライグラスの牧区はできるだけ放牧を控え、2月中下旬頃から放牧利用できるようイタリアンライグラスを養生した。
【0036】
(3)レープとイネとを組み合わせた冬季放牧飼養体系
<冬季放牧飼料としての飼料用レープの栽培と放牧利用>
日本では、レープ等のアブラナ科の飼料植物に対する登録農薬が無い。そのため、実証放牧地では、虫害を受け難い秋播種向きのレープを試験的に栽培した。レープの種子は非常に小さく、初期生育の確保が課題である。さらに、レープは、酸性土壌に弱いため、pH5.8以上になる土壌改良も必要である。このため、播種前の8月に石灰窒素を散布したのち、残草をすき込み雑草の発生を抑制した。また、レープは湿害にも弱いため、牧区に転用する水田跡地には排水対策を充分に施した。このように用意した牧区に播種(9月上旬)を行い、レープが充分に成長した状態で11月下旬から放牧に利用した。
【0037】
レープは飼料成分としてカルシウム、鉄、ビタミンAを多く含み、蛋白や非繊維炭水化物も多く、栄養価の高い飼料である。ただし、繊維成分は多くない(表1)。そこで、繊維分の比較的多い飼料用イネと併用しつつ放牧を行った。
【0038】
<レープの補助飼料としてのイネの立毛利用>
飼料用イネは立毛状態でも牛の嗜好性は良く、地際まできれいに採食される。ただし、籾は消化しないため、籾の少ない極短穂型の「たちすずか」と「つきすずか」等を用いることが推奨される。これらの品種は10aあたり1t以上の乾物生産量を確保できるが、タンパク成分は高くない(表1)。育苗した飼料用イネを6月頃に水田に移植し(田植え)、出穂した後に水田の落水をしてそのまま成育した。立毛の状態の飼料用イネを11月下旬から放牧に利用した。
【0039】
また、牛の踏み倒しや排せつ物の汚染によりレープや飼料用イネの利用率が低下することを防止するため、これらの牧区全面にウシを放牧はせず、採食量をコントロールした。具体的には、移動の簡易な電気牧柵を用い、レープと同様にブレークフィーディング(ストリップ放牧)を行った(
図1)。なお、
図1の左側がレープの牧区であり、右側が飼料用イネの牧区である。ブレークフィーディングでは、ウシがあらかた飼料を食べ尽くすと、ウシが再び採食できるよう電気牧柵を移動する。電気牧柵の移動は数分で可能なため、牛舎で1頭ずつ飼料ベールサイレージをほぐして給餌する作業に比べれば、作業の負担は大幅に削減される。この方式であれば、事前に飼料用イネの移植作業(いわゆる田植え)は必要であるが、従来の収穫作業(刈取、反転、梱包、密封)や運搬、給与作業が必要なく、収穫機や運搬車なしでも利用が出来る。
【0040】
〔実施例1に関する数量的な裏付け〕
(A)イタリアンライグラス、バヒアグラス、レープ、イネの収量、飼料成分、放牧に必要な面積:
周年放牧体系における各草種の乾物草量、粗蛋白質(CP)、中性デタージェント繊維(NDF)、非繊維性炭水化物含量(NFC)について表1に示す。追播種したイタリアンライグラスと造成したバヒアグラス(3年目)が主体となる2月から10月までにおいて、イタリアンライグラスの初期生育が旺盛となる2月から3月ではCP含量と牛体のエネルギー源となるNFC含量が高く、逆にNDF含量が低いため、エネルギー摂取過多による放牧牛の過肥には注意が必要である。バヒアグラスが主体となってくる6月以降では、大きな成分変動はなく、放牧地の草量に応じて適切な放牧圧をかけて、短草状態での草地を維持する。
【0041】
飼料用イネ(立毛貯蔵)については、NDFとNFCはやや高いが、CPが低く、単独給与では蛋白質が不足する。飼料用レープについては、CPおよびNFCが高めとなっているが、NDFが低く繊維が不足する。この両者を適切に組み合わせることで、冬季間でも補助飼料なしでの放牧飼養が可能となる。
【表1】
実証放牧地では、約9ヶ月間をイタリアンライグラスとバヒアグラスの牧区で、3ヶ月間を飼料用イネの牧区と飼料用レープの牧区との組み合わせにより、妊娠牛を補助飼料なしで周年飼養している。表2に示すように、ウシ1頭あたりの利用面積は前者が41.4a、後者が約12a(イネの牧区とレープの牧区の合計)である。
【表2】
表3は、妊娠牛(維持期の繁殖雌牛)の養分要求量と、冬季放牧時の飼料用イネとレープとを1日あたりそれぞれ乾物4kgずつ採食した場合の養分供給量を示したものである。要求量に対して乾物量がやや少なく、TDNがやや多い状況であるが、ほぼ要求量が満たされている。
【表3】
次に、飼料用イネとレープを毎日4kgずつ、冬季3ヶ月間(90日間)供給するために必要な面積はどれくらいになるかを試算した。飼料用イネの生産量を乾物150kg/a、レープの生産量を乾物80kg/a、放牧による利用率をイネ80%(採食ロス20%)、レープ70%(採食ロス30%)と仮定すると、飼料用イネ3a、レープ6.4aの、合計約10aが冬季3ヶ月間の放牧に必要な面積と試算された。
【0042】
・飼料用イネの必要面積=(採食量4kg/日*90日)/(生産量150kg/a*利用率80%)=3a
・レープの必要面積=(採食量4kg/日*90日)/(生産量80kg/a*利用率70%)=6.4a。
【0043】
(B)周年放牧飼養体系化下での放牧牛の栄養状態:
妊娠牛の周年放牧体系の実証放牧地における放牧牛(妊娠牛)の体重は、造成1年目の2017年6月の放牧開始時から10月まで概ね維持または増加で推移したが、草地造成が未熟であったため、11月から2018年3月までの冬季は減少に転じた。2年目以降は、草地造成の進行と冬季放牧飼料の活用により、冬期間も概ね維持または増加で推移した(
図2)。