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特開2022-117438せん断加工用被覆金型およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022117438
(43)【公開日】2022-08-10
(54)【発明の名称】せん断加工用被覆金型およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B21D 37/20 20060101AFI20220803BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20220803BHJP
【FI】
B21D37/20 Z
C23C14/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021207903
(22)【出願日】2021-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2021013185
(32)【優先日】2021-01-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】森下 佳奈
(72)【発明者】
【氏名】進野 大樹
【テーマコード(参考)】
4E050
4K029
【Fターム(参考)】
4E050JA01
4E050JA02
4E050JB09
4E050JC02
4E050JD03
4K029AA02
4K029BA03
4K029BA07
4K029BA35
4K029BA58
4K029BD05
4K029CA06
4K029DC05
4K029DC39
(57)【要約】
【課題】 高硬度かつ板厚が薄い材料のせん断加工において、高い耐久性を有する、せん断加工用被覆金型およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 金型基材の表面に、AlCrSiの窒化物からなる硬質皮膜を有するせん断加工用被覆金型であって、前記硬質皮膜の膜厚は0.3~2.0μmであり、前記被覆金型の平面部における硬質皮膜の膜厚に対する、被覆金型のエッジ部の硬質皮膜の膜厚の比率が0.60~1.40である、せん断加工用被覆金型およびその製造方法。
【選択図】 図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金型基材の表面に、AlCrSiの窒化物からなる硬質皮膜を有するせん断加工用被覆金型であって、
前記硬質皮膜の膜厚は0.3~2.0μmであり、
前記被覆金型の平面部における硬質皮膜の膜厚に対する、被覆金型のエッジ部の硬質皮膜の膜厚の比率が0.60~1.40である、せん断加工用被覆金型。
【請求項2】
金型基材の表面にAlCrSiの窒化物からなる硬質皮膜を被覆する、せん断加工用被覆金型の製造方法であって、
前記硬質皮膜は、高出力パルススパッタリング法を用いて、金型基材上に0.3~2.0μmの膜厚で被覆され、
前記高出力パルススパッタリング時にはNとArの混合ガスを用い、
Arガス流量に対するNガス流量の比が0.65~1.60である、せん断加工用被覆金型の製造方法。
【請求項3】
前記高出力パルススパッタリングの硬質皮膜被覆時における最大電力が、50~130kWである、請求項2に記載のせん断加工用被覆金型の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、せん断加工用被覆金型およびその製造方法である。
【背景技術】
【0002】
従来、鍛造、プレス加工といった塑性加工には、冷間ダイス鋼、熱間ダイス鋼、高速度鋼といった工具鋼に代表される鋼や、超硬合金等の金属を母材とする金型が用いられており、何れの金型も作業面には耐摩耗性が要求される。この耐摩耗性を向上させる有効な手段として、物理蒸着法(PVD)や化学蒸着法(CVD)を用いて、金型の作業面上に硬質皮膜を被覆することが知られている。
【0003】
硬質皮膜の中でもAlCrの窒化物(AlCrN)やAlCrSiの窒化物(AlCrSiN)の皮膜は、1000℃以上の高温でも高い耐久性を有することから、金型用途として従来より種々の提案がなされている。例えば出願人は特許文献1に示すように、金型作業面の耐カジリ性、耐摩耗性を大幅に改善することを目的とした、金型基材の表面に、AlxCrySizの窒化物(但し、x、y、zは原子比を示し、x+y+z=100、かつx、y、z≠0)からなり、かつJIS-B-0601(2001)による表面粗さが算術平均粗さRaで0.06μm以下、最大高さRzが1.0μm以下の硬質皮膜を被覆したことを特徴とする塑性加工用被覆金型を提案している。また特許文献1では、ターゲットを用いたスパッタリング法により、金型基材の表面にAlxCrySizの窒化物(但し、x、y、zは原子比を示し、x+y+z=100、かつx、y、z≠0)からなる硬質皮膜を被覆する方法であって、該ターゲットに投入されるスパッタ電力を5kW以上、金型基材に印可するバイアス電圧を-100V以上の負側に大きくすることを特徴とする、塑性加工用被覆金型の製造方法についても提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010-284710号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
被加工材料のせん断面の品質を高品質にしなければならない精密せん断加工においては、せん断面の品質を確保するために材質や板厚に応じて上型(パンチ)と下型(ダイ)とのクリアランスを緻密に制御する必要がある。中でも,数十μm~数百μmの薄板材料をせん断加工する場合は、μm単位で適切なクリアランスを設定しなければ、所望のせん断面が得られずに製品不良が発生しやすい。このような精密さが要求される一方で、アモルファス軟磁性材料やコルソン合金などのように、被加工材料は高強度化しており、金型の早期破損が懸念されている。また、精密かつ微細なせん断加工を行うために金型サイズも小型化しており、従来の成膜方法では小型な金型に均一に硬質皮膜を成膜することが困難な場合もある。特許文献1は耐摩耗性向上を達成できる優れた発明であるが、上述したような薄く高硬度な材料を加工する場合や、小型被覆金型を使用する際に生じる問題に関しては触れておらず、検討の余地が残されている。
よって本発明の目的は、高硬度かつ板厚が薄い材料のせん断加工において精度よく加工することが可能であり、高い耐久性も有する、せん断加工用被覆金型およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は上述した課題に鑑みてなされたものである。
即ち本発明の一態様は、金型基材の表面に、AlCrSiの窒化物からなる、硬質皮膜を有するせん断加工用被覆金型であって、前記硬質皮膜の膜厚は0.3~2.0μmであり、前記被覆金型の平面部における硬質皮膜の膜厚に対する、被覆金型のエッジ部における硬質皮膜の膜厚の比率が、0.60~1.40である、せん断加工用被覆金型である。
【0007】
本発明の他の一態様は、金型基材の表面にAlCrSiの窒化物からなる硬質皮膜を被覆する、せん断加工用被覆金型の製造方法であって、前記硬質皮膜は、高出力パルススパッタリングを用いて金型基材上に0.3~2.0μmの膜厚で被覆され、前記高出力パルススパッタリング時にはNとArの混合ガスを用い、Arガス流量に対するNガス流量の比が0.65~1.60である、せん断加工用被覆金型の製造方法である。
好ましくは、前記高出力パルススパッタリングの最大電力が50~130kWである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、高硬度かつ板厚が薄い材料のせん断加工において精度よく加工することが可能であり、高い耐久性も有する、せん断加工用被覆金型を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の硬質皮膜の例を示す走査型電子顕微鏡写真である。
図2】試料の測定方法を示す模式図である。
図3】本発明例と比較例のEPMA面分析結果を示す図である。
図4】実施例における試料形状を示す模式図である。
図5図4のA-A’断面図である。
図6図4のB-B’断面図である。
図7】本発明例と比較例の硬度測定結果を示す図である。
図8】本発明例と比較例のXRD測定結果を示す図である。
図9】本発明例と比較例のスクラッチ試験結果を示す図である。
図10】実施例で用いたパンチの先端部模式図である。
図11】打抜き試験後のパンチのコーナー部拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に本発明の実施形態を詳しく説明する。ただし本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。本発明の被覆金型はせん断加工用金型用途に適しており、具体的な例として、上型(パンチ)と下型(ダイ)を用いたブランク加工(切断加工、打抜き加工、切欠き加工など)、穴あけ加工に適用することができる。好ましくは、ファインブランキングや仕上打抜き加工といった、上型と下型とのクリアランスが小さくなる加工(精密せん断加工)に用いる。本発明は特に小型の金型に適用することで、優れた効果を発揮する。例えば、パンチ面の面積が2000mm以下(好ましくは1000mm以下、より好ましくは500mm以下、さらに好ましくは100mm以下)の打抜き加工用金型に適用することが好ましい。また、被加工材料は高硬度かつ厚さが500μm以下の薄板、薄帯形状の材料(例えば、HV180以上の電磁鋼板、アモルファス材、コルソン合金など)の加工に用いることが有効である。より好ましくは、厚さが150μm以下の薄板、薄帯状材料に使用する。
【0011】
まず本発明の実施形態のせん断加工用被覆金型(以下、単に被覆金型とも記載する)について説明する。まず本実施形態の被覆金型は、金型基材の表面にAlCrSiの窒化物(AlCrSiN)からなる硬質皮膜を有する。せん断加工用被覆金型の損傷形態は、その硬質皮膜の粒子が脱落することによる損耗である。AlCrSiN膜は従来用いられているAlCrN膜と比較して皮膜中の結晶粒径が微細化されており、粒状破断面組織を有する。その結果AlCrSiNは、上記の硬質皮膜の粒子脱落が抑制されており、AlCrN膜よりも耐摩耗性に優れる傾向にある。なお本実施形態の硬質皮膜は、少なくとも金型の作業面(加工時に被加工材と接触する面)に成膜される。好ましくは、AlxCrySizの窒化物膜(但し、x、y、zは原子比を示し、x+y+z=100、50<x<75、20≦y<50、0<z≦10)を用いる。
ここで本発明の被覆金型は本発明の効果を損なわない範囲で、上述した硬質皮膜とは異なる組成の膜をさらに有してもよい。例えば、基材と硬質皮膜との間に、密着力を向上させる目的で0.01~0.1μm以下の厚さを有する下地膜を成膜することができる。この下地膜は周期表の4、5、6族金属、Al、Si、Bから選択される1種または2種以上の元素の窒化物膜であることが好ましい。
【0012】
本実施形態における金型基材上に成膜される硬質皮膜は、厚さが2.0μm以下である。例えば板厚50μmの薄板状材料を打抜き加工する際、一般的にダイ-パンチ間のクリアランスは、板厚の10%である5μmが上限となる。このようにクリアランスが非常に小さい加工において、金型に被覆されている硬質皮膜が厚すぎると、加工精度の低下や、材料の異常破断、金型同士の干渉を招く可能性があるため、本実施形態では硬質皮膜の膜厚の上限を2.0μmとする。一方で硬質皮膜が薄すぎても、金型の耐久性向上効果が得られにくくなるため、膜厚の下限を0.3μmとする。好ましい膜厚の上限は1.0μmであり、より好ましい膜厚の上限は0.6μmである。また、好ましい膜厚の下限は0.5μmである。
【0013】
本実施形態の被覆金型は、被覆金型の平面部における硬質皮膜の膜厚に対する、被覆金型のエッジ部の硬質皮膜の膜厚の比率(以下、単に膜厚比率とも記載する)が、0.60~1.40であることを特徴とする。上述した膜厚比率を有することで、本実施形態の被覆金型は、高硬度かつ薄板な材料のせん断加工において金型の損傷を抑制し、高精度な加工を行うことができる。上記膜厚比率が1.40超の場合は金型のエッジ部における膜厚が厚すぎることにより、せん断応力の集中による皮膜の剥離や基材の欠けが発生する可能性がある。一方で膜厚比率が0.60未満の場合、金型中央部の膜厚に対してエッジ部の膜厚が非常に薄く形成されるか、エッジ部に膜が形成されず、本発明の効果を得られない場合がある。好ましい膜厚比率の下限は0.65であり、より好ましい膜厚比率の下限は0.70であり、さらに好ましい膜厚比率の下限は0.75である。また、好ましい膜厚比率の上限は1.35であり、より好ましい膜厚比率の上限は1.30である。なお、本実施形態における「エッジ部の膜厚」とは、エッジ(刃先)から5μm以内で測定した膜厚を示し、「平面部における膜厚」とは、上述したエッジから少なくとも0.5mm離れた、作業面上の任意の箇所における膜厚を示す。
【0014】
本実施形態の被覆金型は、基材と硬質皮膜との密着性をより高めるために、基材表面のJIS-B-0601(2001)にて規定されている算術平均粗さRaが0.05μm以下であることが好ましい。より好ましいRaは0.02μm以下であり、さらに好ましいRaは0.01μm以下である。
【0015】
続いて、本発明のせん断加工用被覆金型の製造方法について説明する。本発明の製造方法を実施し、膜厚が0.3~2.0μmの硬質皮膜を得る。そしてさらに、被覆金型の平面部における硬質皮膜の膜厚に対する、被覆金型のエッジ部における硬質皮膜の膜厚の比率が、0.60~1.40である、せん断加工用被覆金型を効果的に得ることも可能である。
(第一被覆工程)
本実施形態の製造方法は、金型基材にAlCrSiの窒化物からなる硬質皮膜を、高出力パルススパッタリングを用いて被覆する。高出力パルススパッタリングとは例えばHiPIMS(High Power Impulse Magnetron Sputtering)やHPPMS(High Power Pulse Magnetron Sputtering)などと呼ばれる物理蒸着法の一種であり、ターゲット材料のイオン化率が高いため、緻密かつ基材との密着性が高く、ドロップレット(皮膜表面の付着粒子)も少ない硬質皮膜を成膜することができる。図1に高出力パルススパッタリングを用いて成膜した本実施形態の硬質皮膜の例を示す。図1より、高出力パルススパッタリングにて基材2上に成膜した硬質皮膜1は表面にドロップレットが無く、平滑な表面を有する膜が成膜できていることが確認できる。
【0016】
本実施形態の製造方法では、硬質皮膜成膜時の反応ガスに、NとArの混合ガスを用いる。本実施形態のAlCrSiの窒化物膜の成膜方法は、AlCrSiターゲットを用いてN含有ガスを導入させながら高出力パルススパッタリング法にて成膜を実施する。ここでAlCrSiターゲットとNが反応して、ターゲット表面に窒化物が形成される化合物モードとなった場合、成膜レートの急激な低下が生じるため、本実施形態では、Arガス流量に対するNガス流量の比を1.60以下に調整して硬質皮膜を成膜する。このガス流量比で成膜することにより、成膜時に化合物モードに完全に切り替わることを抑制することができる。Arガス流量に対するNガス流量の比の好ましい上限は1.50であり、より好ましくは1.40である。一方で、Arガス流量に対するNガス流量の比が小さすぎる場合、金型のエッジ部で硬質皮膜の形成が不十分になる可能性がある。また、硬質皮膜に脆弱相であるhcp-AlNが多く析出していまい、硬質皮膜の硬さ低下を招く可能性がある。このhcp-AlNの析出を抑制して、かつ、金型のエッジ部でも十分な膜厚の硬質皮膜を形成するために、本発明のArガス流量に対するNガス流量の比は、0.65以上とする。Arガス流量に対するNガス流量の比の好ましい下限は0.70であり、より好ましくは0.80である。ここでArガス流量は、安定した被覆をおこなうために、150ml/min以上に設定するのがよい。好ましいArガス流量は170ml/min以上であり、より好ましいArガス流量は190ml/min以上である。また、NガスとArガス以外にも、上述した本発明の効果を阻害しない範囲で、Krガス等を導入してもよい。
【0017】
本実施形態における硬質皮膜被覆時のバイアス電圧は、下限を-140Vに設定することが好ましい。-140Vを下回る場合、アーキングが発生して皮膜に欠陥が生じる可能性がある。一方でバイアス電圧が-60Vを上回ると、硬さが低下する傾向にあるため、上限は-60Vに設定することが好ましい。より好ましいバイアス電圧の下限は-110Vであり、より好ましいバイアス電圧の上限は-90Vである。
【0018】
本実施形態の製造方法では、ターゲットに投入する最大電力を50~130kWとすることが好ましい。このようにターゲットへ投入する最大電力を高く設定することで、緻密な皮膜組織が得られやすく、基材との密着性を高め、皮膜表面もより平滑に保つ効果を得ることが可能である。なお、ここに示す最大電力とは、ターゲットに投入する平均電力から以下の計算式を用いて算出したものである。
最大電力(kW)=平均電力(kW)×周期(μs)/パルス幅(μs)
周期(μs)=1000×1000/周波数(Hz)
【0019】
本実施形態の製造方法は、硬質皮膜と基材との密着性をさらに高めるために、硬質皮膜を被覆する前に下地膜を基材上に成膜してもよい。下地膜としては周期表の4、5、6族金属、Al、Si、Bから選択される1種または2種以上の元素の窒化物膜を適用することができ、膜厚は0.01~0.1μmの範囲で設定してもよい。
【実施例0020】
(実施例1)
基材として、パンチ面のサイズが1mm×1mm(超硬合金製)、2mm×2mm(超硬合金製)、4mm×4mm(ハイス製)である小型パンチをそれぞれ3本ずつ準備した。本発明例である試料No.1~No.6は、被覆装置として高出力パルススパッタリング(HiPIMS)装置を用い、比較例である試料No.7~No.9は、被覆装置として直流マグネトロンスパッタリング(DCMS)を用いた。本発明例と比較例で用いた被覆装置は、セットしたパンチが自転しつつ公転する回転機構を有しており、ターゲットはパンチの側面側に固定した。試料No.1~No.9のいずれも、下地膜成膜用ターゲットとしてTi、硬質皮膜成膜用ターゲットとしてAlCrSiを用いた。基材に下地膜を被覆する前に、基材の表面を平均粗さRa0.05μm、Rz0.1μmに研磨し、脱脂洗浄して、基材ホルダーに固定した。そして、チャンバーに設置された加熱用ヒーターにより、基材を500℃付近に加熱し、120分間保持した。次に、Arガスを導入し、基材には-200Vのバイアス電圧を印加して、15分間のプラズマクリーニング処理(Arイオンエッチング)を行った。そしてクリーニング処理を終えた基材に対して、TiNの下地膜を被覆後、表1に示す条件で成膜を行い、本発明例である試料No.1~No.6と、比較例である試料No.7~9を作製した。
【0021】
【表1】
【0022】
続いて作製した試料No.1~3、No.7~9に対してEPMAによる面分析と、試料No.1~9に対して膜厚比率の測定を行った。図2(a)はEPMAによる膜厚の観察箇所を表した模式図である。図2(a)に示すように試料の先端側面部に対して面分析を実施し、Cr成分の分布から膜厚分布を観察した。試料サイズが小さい試料No.1、2、7、8では、基材である超硬合金の露出有無も確認するため、W成分についても測定した。また膜厚測定については、図2(b)に示すように試料の中心を切断し、試料先端部の上面部と2箇所のエッジ部および側面部における膜厚を(図2(c)の(1)~(7)の箇所)走査線電子顕微鏡(SEM)による倍率1万倍の写真から測定した。なお各エッジ部は試料上面側および試料側面側の、エッジから約5μmの位置を測定した。測定後、上面部(4)における膜厚を平面部の膜厚として、平面部の膜厚に対する各測定箇所の膜厚の比率を算出した。EPMA分析結果を図3に、膜厚比率を表2に示す。
【0023】
【表2】
【0024】
図3のEPMA面分析結果より、本発明例である試料No.1~No.3は、Cr成分が基材に均一に分布しており、試料No.1とNo.2では基材成分であるWも確認されないことから、基材の露出が無く均一な成膜ができていることを確認した。一方で比較例である試料No.7~No.9は基材先端部において皮膜が非常に薄いか、皮膜が形成されておらず基材がほぼ露出している箇所が存在した。そして膜厚比率の値において、本発明例はエッジ部、側面部、上面部の膜厚差が少なく、非常に良好な値を示した。一方で比較例は上面部の膜厚よりエッジ部、側面部の膜厚が薄く、試料No.7においてはエッジ部に皮膜が形成されておらず、実際の加工時に不良が発生しやすい状態であることを確認した。
【0025】
(実施例2)
続いて、実施例1と金型の形状を変更し、膜厚分布を調査した。図4に示すような複雑形状の上面を有する精密加工用金型(ダイ)を模擬した試験片を準備し、ターゲットは金型上面側に設置した。実施例1の試料No.4~6と同様の条件で本発明例である試料No.10を、実施例1の試料No.7~9と同様の条件で比較例である試料No.11を作製した。作製した試料は図4に示すA-A’とB-B’で切断し、A-A’切断面(図5)とB-B’切断面(図6)についてそれぞれ試料上面部と2箇所のエッジ部における膜厚を走査型電子顕微鏡(SEM)による倍率1万倍の写真から測定した。なお各エッジ部は実施例1と同様に試料上面側および試料側面側の、エッジから約5μmの位置を測定した。測定後、A-A’切断面においては上面部(12)を、B-B’切断面においては上面部(15)を平面部とし、平面部の膜厚に対する各測定箇所の膜厚の比率を算出した。結果を表3、表4に示す。
【0026】
【表3】
【0027】
【表4】
【0028】
表3および表4の結果に示すように、本発明例である試料No.10は、実施例1より複雑な形状においても膜厚比率が過小または過大な値になることがなく、エッジ部においても平面部と同等水準の膜厚で硬質皮膜が成膜できていることを確認した。対して比較例である試料No.11は、エッジ部において硬質皮膜が成膜できていない箇所があり(測定箇所(13)側面と、測定箇所(16)側面)、加工に使用した際、成膜できていない箇所から基材の欠けや硬質皮膜の剥離が懸念される。
【0029】
(実施例3)
次に、ガス流量による硬質皮膜の影響を確認した。超硬合金製の試験片を準備し、基材表面を鏡面加工した。被覆装置として高出力パルススパッタリング装置を用い、下地膜成膜用ターゲットとしてTi、硬質皮膜成膜用ターゲットとしてAlCrSiを準備した。プラズマクリーニングまでは実施例1の本発明例と同様の条件で実施し、プラズマクリーニング処理後の基材に、TiNの下地膜を被覆後、表5の条件で硬質皮膜を被覆し、本発明例と比較例の試料を作製した。
【0030】
【表5】
【0031】
得られた試料No.12~No.16に対して、硬さと結晶構造の測定を行った。硬さは株式会社エリオニクス製のナノインデンテーション装置を用いて、皮膜の研磨面内で最大押し込み深さが層厚の略1/10未満となる領域を選定し、10点測定した後、測定値の平均値を求めて硬度とした。測定条件は、押込み荷重:9.8mN、最大荷重保持時間:1秒、荷重負荷後の除去速度:0.49mN/秒とした。また結晶構造の測定にはX線回折を用いた。具体的には、株式会社リガク製のX線回折装置(型番:RINT2500PC)を用い、管電圧:40kV、管電流:200mA、X線源:Cokα(λ=0.17902nm)、2θ:30°~70°の測定条件にて実施した。測定結果を図7図8に示す。本発明例である試料No.12、No.13は、他の比較例よりも優れた硬さを有することが確認できた。またXRD測定結果からも、本発明例である試料No.12、No.13は脆弱相であるhcp-AlN(100)付近にピークが無く、比較例である試料No.14~16にはhcp-AlN(100)付近にピークが確認された。
【0032】
次に硬質皮膜の耐久性を評価するために、スクラッチ試験を実施した。比較例には、従来せん断加工用途に用いられている、水素フリーのダイヤモンドライクカーボン膜を使用した。試験機にはCSM社製スクラッチ試験機(REVETEST)を用い、測定条件は、測定荷重:0~120N、スクラッチスピード:10mm/min、スクラッチ距離:10mm、AE感度:5、圧子:ロックウェル、ダイヤモンド、先端半径:200μm、ハードウェア設定:Fnコンタクト0.9N、Fnスピード:5N/s、Fn除去スピード:10N/s、アプローチスピード:2%/sとした。結果を図9に示す。比較例の試料がスクラッチ距離約5mmで皮膜の剥離が発生したが、本発明例は試験中に皮膜の破壊が確認されなかった。以上より、本発明の被覆金型をせん断加工用途に適用しても、良好な密着性を有し、耐久性が良好であることが確認できた。
【0033】
(実施例4)
続いて本発明例と比較例の金型を用いた打抜き試験を実施した。使用したパンチの基材は超硬合金製、パンチ面サイズは2mm×2mmであり、パンチの4角には曲率半径0.2mmのコーナーR部を形成した。パンチの先端模式図を図10に示す。本発明例である試料No.17のパンチには実施例1のNo.4~6と同じ硬質皮膜を被覆し、比較例である試料No.18のパンチには実施例1の試料No.7~9と同じ硬質皮膜を被覆した。また従来例である試料No.19のパンチとして、水素フリーダイヤモンドライクカーボン膜を0.3μm被覆したパンチも準備した。ダイは本発明例、比較例、従来例のいずれも、超硬合金製かつ実施例1の試料No.4~6と同じ硬質皮膜を被覆した。被加工材には厚み0.1mm、硬さ160~210HVのコルソン合金を準備し、プレス機を用いて打抜き速度800spm、クリアランス5μm、パンチ押込み長さ1mmの条件で、40万ショットの打抜き加工を行った。そして加工後のパンチに対し、特に損傷が発生しやすいコーナーR部のうち2箇所(図10のC、D)を、走査型電子顕微鏡を用いて観察した。観察写真を図11に示す。
【0034】
図11の結果より、本発明例である試料No.17のパンチは40万ショットの打抜き加工後でも損傷が少なく、さらなる継続加工が可能な状態であった。対して比較例である試料No.18はコーナーR部Dにおいて大きな損傷が確認され、従来例である試料No.19はコーナーR部Cにおいて大きな損傷が確認された。このことから、比較例および従来例のパンチは継続加工した際に被加工材において早期のバリ発生や形状精度低下が懸念される。
【符号の説明】
【0035】
1 硬質皮膜
2 基材
C、D コーナーR部

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11