(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022119222
(43)【公開日】2022-08-17
(54)【発明の名称】腸内短鎖脂肪酸増加剤及び腸内への酪酸伝達システム
(51)【国際特許分類】
A61K 31/717 20060101AFI20220809BHJP
A61P 1/00 20060101ALI20220809BHJP
A61P 1/04 20060101ALI20220809BHJP
A61P 37/08 20060101ALI20220809BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20220809BHJP
【FI】
A61K31/717
A61P1/00
A61P1/04
A61P37/08
A61P37/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021016178
(22)【出願日】2021-02-04
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(71)【出願人】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 泰男
(72)【発明者】
【氏名】島本 周
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA21
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZA66
4C086ZA68
4C086ZB08
4C086ZB13
(57)【要約】
【課題】より少量で有効な腸内短鎖脂肪酸増加剤の提供。
【解決手段】この腸内短鎖脂肪酸増加剤は、セルロース誘導体を有効成分として含む。このセルロース誘導体は、アシル基による総置換度が0.3以上1.8以下であり、アセチル基以外のアシル基による置換率が95%以上であり、6位置換率が40%以下である。この腸内への酪酸伝達システムは、セルロース誘導体を含む。このセルロース誘導体は、アシル基による総置換度が0.3以上1.8以下であり、ブチリル基による置換率が95%以上であり、6位置換率が40%以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース誘導体を有効成分として含み、
前記セルロース誘導体は、アシル基による総置換度が0.3以上1.8以下であり、アセチル基以外のアシル基による置換率が95%以上であり、6位置換率が40%以下である、腸内短鎖脂肪酸増加剤。
【請求項2】
前記アセチル基以外のアシル基がブチリル基である、請求項1に記載の腸内短鎖脂肪酸増加剤。
【請求項3】
酪酸セルロース又は酢酸酪酸セルロースである、請求項1又は2に記載の腸内短鎖脂肪酸増加剤。
【請求項4】
前記6位置換率が30%以下である、請求項1から3のいずれかに記載の腸内短鎖脂肪酸増加剤。
【請求項5】
アセチル基による置換度が0.10以下である、請求項1から4のいずれかに記載の腸内短鎖脂肪酸増加剤。
【請求項6】
前記セルロース誘導体の含有量が0.2重量%以上5重量%以下である、請求項1から5のいずれかに記載の腸内短鎖脂肪酸増加剤。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の腸内短鎖脂肪酸増加剤を含有する、食品。
【請求項8】
請求項1から6のいずれかに記載の腸内短鎖脂肪酸増加剤を含有する、医薬。
【請求項9】
腸内における短鎖脂肪酸の変動に起因して生じる、アレルギー性疾患の予防及び/又は治療用である、請求項8に記載の医薬。
【請求項10】
前記アレルギー性疾患が、慢性アレルギーである、請求項9に記載の医薬。
【請求項11】
腸内における短鎖脂肪酸の変動に起因して生じる、炎症性腸疾患の予防及び/又は治療用である、請求項8に記載の医薬。
【請求項12】
前記炎症性腸疾患が潰瘍性大腸炎である、請求項11に記載の医薬。
【請求項13】
腸内における短鎖脂肪酸の変動に起因して生じる、自己免疫疾患の予防及び/又は治療用である、請求項8に記載の医薬。
【請求項14】
前記自己免疫疾患がクローン病である、請求項13に記載の医薬。
【請求項15】
セルロース誘導体を有効成分として含み、
前記セルロース誘導体は、アシル基による総置換度が0.3以上1.8以下であり、ブチリル基による置換率が95%以上であり、6位置換率が40%以下である、腸内への酪酸伝達システム。
【請求項16】
アセチル基による置換度が0.10以下である、請求項15に記載の腸内への酪酸伝達システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸内の短鎖脂肪酸を増加させる腸内短鎖脂肪酸増加剤、食品、及び医薬に関する。本発明は、また、腸内に酪酸を送達するための酪酸伝達システムに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトを含む動物は、口、食道、胃、小腸、大腸、盲腸、結腸、直腸、膣、皮膚、鼻腔、耳、及び肺を含む解剖学的部位に多くの微生物叢を有しており、ヒトの微生物叢は、免疫系の発生;糖質、タンパク質、及び生体異物の代謝;上皮の形成及び再生;脂肪の貯蔵;ホルモン及びビタミンの産生;並びに病原体感染の防御等に関与している。
【0003】
ヒト微生物叢の改変はヒトの病状の進行に重要な役割を果たすため、ヒト微生物叢の改変を利用した種々の治療が存在する。このような治療方法の例として、抗生物質の投与、プレバイオティクスの利用、プロバイオティクスの投与、及び糞便移植等が挙げられる。
【0004】
特許文献1には、自己免疫疾患、炎症性疾患又は感染症の治療用組成物であって、下記(a)~(b)からなる群より選択される2以上の物質を有効成分とする、制御性T細胞の増殖又は集積を誘導する組成物が記載されている。
(a)ヒト由来のクロストリジウムクラスター14aに属する細菌又は該細菌に由来する生理活性物質
(b)ヒト由来のクロストリジウムクラスター4に属する細菌又は該細菌に由来する生理活性物質
【0005】
また、特許文献1の
図18によれば、無菌マウスに対してクロストリジウムを定着させることでCD4リンパ球のうち制御性T細胞に分化誘導されたものは約30%であって、無菌マウス群の約10%に対して増加している。
【0006】
非特許文献1には、クロストリジウムクラスター4及びクロストリジウムクラスター14aに属する細菌等、特定の細菌を経口投与することで、制御性T細胞(Treg)を増殖することが記載されている。非特許文献2には、クロストリジウム網に属する細菌が誘導した酪酸が制御性T細胞の分化を制御することが記載されている。
【0007】
特許文献2には、結腸において加水分解して遊離の脂肪酸を生成することのできる結合によって脂肪酸に共有結合したキャリヤーを含む医薬が開示されている。非特許文献2及び3には、酪酸化でんぷんをマウスに食べさせることで大腸の制御性T細胞の割合が増加することが記載されている。特許文献3及び4には、酪酸セルロース(酪酸化セルロース)が制御性T細胞又は1型ヘルパーT細胞を誘導することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2016-128408号公報
【特許文献2】特表平9-505060号公報
【特許文献3】特開2018-158895号公報
【特許文献4】特開2020-066606号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Nature, Vol. 500, p. 232-236 (2013)
【非特許文献2】Nature, Vol. 504, p. 446-450 (2013)
【非特許文献3】大野 博司、他2名、“腸内細菌が作る酪酸が制御性T細胞への分化誘導のカギ”、[online]、2013年11月14日、独立行政法人理化学研究所、[2014年2月17日検索]、インターネット(URL: http://www.riken.jp/pr/press/2013/20131114_1/)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載の組成物を用いる方法は、酪酸を誘導する細菌を直接的に投与し、酪酸濃度を高めて、制御性T細胞の増殖又は集積を誘導する、いわばプロバイオティクス的アプローチである。このように特定の細菌を用いる方法では、例えばヨーグルト等の保存・輸送のように、特定の細菌を生存させ、当該細菌以外の他の雑菌の繁殖を抑制するために、当該細菌を密閉し、冷蔵し、数週間程度の比較的短い保存期限を設ける等、保存条件や給与形態の制約が多い、また、腸内環境によっては制御性T細胞の増加作用を示さない場合がある。
【0011】
また、非特許文献2のFigure 4(f)によれば、大腸炎の病態モデルマウスにおいて、酪酸化でんぷんを与えることで、CD4リンパ球のうち制御性T細胞に分化誘導されたものは3.7%と、Control群の1.62%に対して増加しているが、酪酸化でんぷんの飼料中含有量は15%(w/w)と相当に高い用量を要する。このような高い用量が必要となれば、ヒトが一日に接種する量としては30g程度となる。これは、例えば乾麺一食が80g程度であることを考えるとこれは相当な量であり、医薬品として経口摂取するには苦痛を伴う量であり、また、食品として摂取する場合には通常の食事の楽しみを損なう量である。
【0012】
特許文献2及び3の酪酸セルロースによれば、比較的低い容量で腸内酪酸を増加させて、制御性T細胞や1型ヘルパーT細胞を誘導できるとされている。しかし、さらに効率的に制御性T細胞又は1型ヘルパーT細胞に誘導するために、より低い用量で腸内の短鎖脂肪酸、特にn-酪酸を増加させるための技術が求められている。
【0013】
本発明の目的は、より低い用量で十分に制御性T細胞又は1型ヘルパーT細胞を増加することができる、腸内短鎖脂肪酸増加剤及び腸内への酪酸伝達システムの提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本開示に係る腸内短鎖脂肪酸増加剤は、セルロース誘導体を有効成分として含む。このセルロース誘導体は、アシル基による総置換度が0.3以上1.8以下であり、アセチル基以外のアシル基による置換率が95%以上であり、6位置換率が40%以下である。好ましくは、このアセチル基以外のアシル基はブチリル基である。
【0015】
この腸内短鎖脂肪酸増加剤は、酪酸セルロース又は酢酸酪酸セルロースであってよい。
【0016】
セルロース誘導体の6位置換率は30%以下であってよい。
【0017】
セルロース誘導体のアセチル基による置換度は0.10以下であってよい。
【0018】
この腸内短鎖脂肪酸増加剤におけるセルロース誘導体の含有量は、0.2重量%以上5重量%以下であってよい。
【0019】
本開示に係る食品は、前述したいずれかの腸内短鎖脂肪酸増加剤を含有する。本開示の医薬は、前述したいずれかの腸内短鎖脂肪酸増加剤を含有する。
【0020】
本開示に係る医薬は、腸内における短鎖脂肪酸の変動に起因して生じる、アレルギー性疾患の予防及び/又は治療用であってよい。このアレルギー性疾患は、慢性アレルギーであってよい。
【0021】
本開示に係る医薬は、腸内における短鎖脂肪酸の変動に起因して生じる、炎症性腸疾患の予防及び/又は治療用であってよい。この炎症性腸疾患は潰瘍性大腸炎であってよい。
【0022】
本開示に係る医薬は、腸内における短鎖脂肪酸の変動に起因して生じる、自己免疫疾患の予防及び/又は治療用であってよい。この自己免疫疾患はクローン病であってよい。
【0023】
本開示に係る腸内への酪酸伝達システムは、セルロース誘導体を有効成分として含む。このセルロース誘導体は、アシル基による総置換度が0.3以上1.8以下であり、ブチリル基による置換率が95%以上であり、6位置換率が40%以下である。好ましくは、セルロース誘導体のアセチル基による置換度は0.1以下である。
【発明の効果】
【0024】
この腸内短鎖脂肪酸増加剤によれば、保存条件や給与形態の制約を低減し、より低い用量で十分に腸内短鎖脂肪酸を増加することができる。また、この腸内への酪酸伝達システムによれば、より低い用量で十分に腸内へ酪酸を送達することができる。これにより、腸内において、効率的に制御性T細胞や1型ヘルパーT細胞が誘導される。また、腸内細菌が作る短鎖脂肪酸のうち、酢酸やプロピオン酸は、そのほとんどが大腸の粘膜から吸収され大腸の粘膜上皮のエネルギー源にはならない。一方、酪酸は大腸の粘膜上皮のエネルギー源になるため、腸内細菌叢の改善効果が期待できる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、好ましい実施形態の一例を具体的に説明する。各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は、一例であって、本開示の主旨から逸脱しない範囲内で、適宜、構成の付加、省略、置換、及びその他の変更が可能である。本開示は、実施形態によって限定されることはなく、クレームの範囲によってのみ限定される。また、本明細書に開示された各々の態様は、本明細書に開示された他のいかなる特徴とも組み合わせることができる。
【0026】
[腸内短鎖脂肪酸増加剤]
本開示の腸内短鎖脂肪酸増加剤(以下、単に「増加剤」と称する場合がある)は、セルロース誘導体を有効成分として含む。このセルロース誘導体は、アシル基による総置換度が0.3以上1.8以下であり、アセチル基以外のアシル基による置換率が95%以上であり、6位置換率が40%以下である。
【0027】
このセルロース誘導体は、哺乳類の消化酵素では分解されず、腸内細菌によって一部又は全部が発酵・分解される。本開示の増加剤によれば、セルロース誘導体が効率的に腸内に送達される。また、このセルロース誘導体を腸内細菌が発酵・分解することにより、多くの短鎖脂肪酸が産生される。具体的には、アシル基に由来する有機酸;グルコース残基に由来する酢酸、プロピオン酸及び酪酸等が産生される。ここで、本開示のセルロース誘導体は、腸内細菌による分解を受けにくい6位における置換率が低い。換言すれば、このセルロース誘導体では、腸内細菌により分解されやすい2位及び3位における置換率が高い。従って、このセルロース誘導体を含む腸内短鎖脂肪酸増加剤によれば、低い用量で、より効率的に、アシル基に由来する有機酸を産生することができる。
【0028】
[セルロース誘導体]
前述した通り、本開示の増加剤に含まれるセルロース誘導体は、アシル基による総置換度が0.3以上1.8以下であり、アセチル基以外のアシル基による置換率が95%以上であり、6位置換率が40%以下である。
【0029】
ここで、アシル基とは、一般式RCO-で示される官能基であり、Rは置換基を有してもよい炭化水素基を意味する。アシル基の具体例としては、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、カルボキシル基、カルボキシメチル基、2-ヒドロキシエチル基、2-ヒドロキシプロピル基、メチル基等が挙げられる。大腸等消化管において優れた効果を有する短鎖脂肪酸を送達するとの観点から、好ましいアシル基は、ブチリル基及びプロピオニル基であり、より好ましいアシル基は、ブチリル基である。
【0030】
本開示の増加剤に含まれるセルロース誘導体は、ブチリル基を含む2種以上のアシル基で置換されたセルロースアシレートであってよい。ブチリル基を含むアシル基で置換されたセルロース誘導体は、疎水性が増加する。消化管内で腸内細菌による分解を促進して、遊離する酪酸を増加させるとの観点から、セルロース誘導体に親水性を付与することが好ましい。この観点から、ブチリル基とともに導入されるアシル基としては、ブチリル基に比して疎水性が低いアセチル基、カルボキシメチル基、カルボキシル基等が例示される。アセチル基がより好ましい。
【0031】
ここで、セルロース誘導体がブチリル基のみで置換されている場合、そのセルロース誘導体は酪酸セルロース(酪酸化セルロース)と称される。また、セルロース誘導体がブチリル基及びアセチル基で置換されている場合、そのセルロース誘導体は酢酸酪酸セルロース(酢酸酪酸化セルロース又は酢酸化酪酸化セルロース)と称される。
【0032】
[総置換度]
本開示の増加剤に含まれるセルロース誘導体は、アシル基による総置換度が0.3以上1.8以下であるところ、0.3以上1.5以下であることが好ましく、0.3以上1.4以下であることがより好ましく、0.5以上1.3以下であることがさらに好ましい。本願明細書において、この総置換度は、本開示のセルロース誘導体に置換基として含まれる全アシル基による置換度の合計を意味する。総置換度が0.3未満であると、用量にもよるが一般に消化管内で遊離する短鎖脂肪酸が少なくなり、所望の増加効果が得られ難い。また、総置換度が1.8を超えると、おそらく疎水性が高すぎることを理由として消化管内で腸内細菌などの細菌による分解が抑制され、短鎖脂肪酸の増加効果が得られにくい傾向にある。
【0033】
[アセチル基以外のアシル基による置換率及び置換度]
本開示の増加剤に含まれるセルロース誘導体は、アセチル基以外のアシル基による置換率が、95%以上である。この置換率とは、前記アシル基による総置換度に対する、アセチル基以外のアシル基による置換度の割合(%)を意味する。腸内での短鎖脂肪酸の増加効果が大きいとの観点から、アセチル基以外のアシル基による置換率は、96%以上が好ましく、98%以上がより好ましく、99%以上がさらに好ましく、理想的には100%である。
【0034】
このセルロース誘導体は、アセチル基以外のアシル基による置換度が0.3以上1.8以下であることが好ましく、0.3以上1.5以下であることがより好ましく、0.3以上1.4以下であることがさらに好ましく、0.5以上1.3以下であることが特に好ましい。
【0035】
[アセチル基による置換度]
腸内での短鎖脂肪酸の増加効果が大きいとの観点から、アセチル基以外のアシル基による置換度が、前述したアシル基による総置換度と一致することが好ましいが、例えば、市販の酢酸酪酸セルロースを原料として用い、そのブチリル基及びアセチル基の一部を加水分解して、本開示のセルロース誘導体を得る場合には、加水分解反応の媒体として酢酸が用いられる結果、得られるセルロース誘導体にアセチル基が残存又は導入される場合がある。また、セルロースを原料としてこのセルロース誘導体を得る場合には、セルロースの活性化処理剤やアシル化反応の媒体として酢酸が用いられる結果、得られるセルロース誘導体にアセチル基が導入される場合がある。腸内での短鎖脂肪酸の増加効果の観点から、セルロース誘導体のアセチル基による置換度は、0.10以下であることが好ましく、0.08以下であることがより好ましく、0.05以下であることがさらに好ましい。
【0036】
例えば、本開示の増加剤に含まれるセルロース誘導体が前述した酢酸酪酸セルロース又は酪酸セルロースである場合、ブチリル置換度とアセチル置換度との和である総置換度は0.3以上1.8以下であり、総置換度に対するブチリル置換度の割合(即ち、ブチリル置換率)は95%以上である。酢酸酪酸セルロース又は酪酸セルロースにおいて、ブチリル置換度は0.3以上1.8以下であってよく、アセチル置換度は0.1以下であってよい。製造方法によって、酪酸セルロースが、痕跡成分としてアセチル基を有していてもよい。
【0037】
[6位置換率]
ここで、置換度とは、セルロースの繰り返し単位(グルコピラノース単位)あたりの2位、3位及び6位の水酸基の水素原子を置換する置換基の数の和であり、6位置換率とは、2位、3位及び6位における置換度の合計に対する、6位における置換度の割合(%)を意味する。
【0038】
本開示の増加剤に含まれるセルロース誘導体は、6位置換率が40%以下であるところ、30%以下であることが好ましく、20%以下であることがより好ましい。セルロース誘導体の腸内細菌による代謝分解は、まずセルロースに結合したブチリル基等のアシル基の加水分解から始まるところ、6位に結合したアシル基は当該代謝分解への抵抗性が最も高いためである。
【0039】
このセルロース誘導体の6位置換率は0%であってよく、0.01%以上であってよい。セルロース誘導体の6位置換率は、2%以上であってよく、3%以上40%以下であってよく、3%以上30%以下であってよく、3%以上20%以下であってよい。セルロース誘導体の6位置換率を3%以下とするためには、反応溶媒を選択したり、出発原料を調整したりすることで調整できる。
【0040】
腸内での短鎖脂肪酸増加効果の観点から、セルロース誘導体のアセチル基以外のアシル基による6位置換率は、40%以下であることが好ましく、30%以下であることが好ましく、20%以下であることがより好ましく、3%以上20%以下であることがさらに好ましい。ここで、アセチル基以外のアシル基による6位置換率とは、アセチル基以外のアシル基による2位、3位及び6位における置換度の合計に対する、アセチル基以外のアシル基による6位における置換度の割合(%)である。
【0041】
また、本開示の増加剤が、セルロース誘導体として、前述した酪酸セルロース又は酢酸酪酸セルロースを含む、ブチリル基による2位、3位及び6位におけるブチリル置換度の合計に対して、6位におけるブチリル置換度の割合(%)が40%以下であることが好ましく、30%以下であることが好ましく、20%以下であることがより好ましく、3%以上20%以下であることがさらに好ましい。
【0042】
[置換度の測定方法]
セルロース誘導体の置換度は、以下の方法により測定することができる。例えば、手塚(Tezuka, Carbonydr. Res. 273, 83(1995))の方法に従いNMR法で測定できる。即ち、セルロース誘導体の遊離水酸基をピリジン中でカルボン酸無水物によりアシル化する。ここで使用するカルボン酸無水物の種類は分析目的に応じて選択すべきであり、例えば酪酸セルロースのブチリル置換度を分析する場合は、無水酢酸がよい。その他、例えば酢酸酪酸セルロースのブチリル置換度を分析する場合は無水酢酸が良く、アセチル置換度を分析する場合は無水酪酸がよい。得られた試料を重クロロホルムに溶解し、13C-NMRスペクトルを測定する。置換基がアセチル基又はブチリル基である場合を例に挙げれば、アセチル基の炭素シグナルは169ppmから171ppmの領域に高磁場から2位、3位、6位の順序で、ブチリル基の炭素シグナルは、171ppmから173ppmの領域に同様に高磁場側から2位、3位、6位の順序で現れる。他の例を挙げれば、プロピオニル基を有するセルロース誘導体、又は、プロピオニル基を有しないセルロース誘導体を無水プロピオン酸で処理してプロピオニル置換度を分析する場合、プロピオニル基のカルボニル炭素のシグナルは、172ppmから174ppmの領域に同じ順序で現れる。手塚の方法やそれに準じる方法により無水カルボン酸で処理したセルロース誘導体の総置換度は3.0なので、セルロース誘導体がもともと有するアシル基のカルボニル炭素シグナルと、無水カルボン酸処理で導入したアシル基のカルボニルシグナルの面積の総和を3.0と規格化し、それぞれ対応する位置でのアセチル基、ブチリル基及びプロピオニル基の存在比(言い換えれば、各シグナルの面積比)を求めれば、これをセルロース誘導体におけるグルコース環の2位、3位、6位の各アセチル、ブチリル又はプロピオニル置換度とできる。なお、言うまでもなく、この方法で分析できるアシル基を含む置換基は、分析目的の処理に用いる無水カルボン酸に対応しない置換基のみである。また、13C-NMRのほか、1H-NMRで分析することもできる。
【0043】
ただし、試料であるセルロース誘導体のグルコース環の2位、3位及び6位の総置換度が3.0であり、かつその置換基が全てアセチル基、ブチリル基等の限定的な置換基であることが予め把握される場合には、プロピオニル化の工程を除き、試料を直接重クロロホルムに溶解してNMRスペクトルを測定することもできる。置換基が全てアセチル基及びブチリル基であれば、プロピオニル化の工程を含む場合と同様に、アセチル基の炭素シグナルは169ppmから171ppmの領域に高磁場から2位、3位、6位の順序で、ブチリル基の炭素シグナルは、171ppmから173ppmの領域に同じ順序で現れるので、それぞれ対応する位置でのアセチル基及びブチリル基の存在比(言い換えれば、各シグナルの面積比)から、セルロース誘導体におけるグルコース環の2位、3位、6位の各アセチル置換度及びブチリル置換度を求めることができる。
【0044】
[腸内短鎖脂肪酸増加剤の作用効果及び用途]
本開示の腸内短鎖脂肪酸増加剤の投与、特に経口投与により、この腸内短鎖脂肪酸増加剤の有効成分であるセルロース誘導体が、多くの腸内細菌が存在する大腸等に送達される。前述した通り、このセルロース誘導体は、腸内細菌によって一部あるいは全てが発酵・分解され、その代謝生成物として、アシル基に由来する有機酸;グルコース残基に由来する酢酸、プロピオン酸及び酪酸等の短鎖脂肪酸(SCFA)が産生される。特に、酪酸の増加が顕著である。
【0045】
本開示の腸内短鎖脂肪酸増加剤によれば、その有効成分であるセルロース誘導体が腸内細菌によって分解され、腸内で短鎖脂肪酸を遊離して、その濃度を高める効果を有する。本開示の増加剤を摂取することにより腸内のバクテロイデス門(Bacteroidetes)細菌が増加することから、この短鎖脂肪酸の増加にはバクテロイデス門細菌の関与が考えられる。バクテロイデス門細菌には、アセチル基や3-フェニルプロピオニル基などのアシル基を有する多糖のアシル基を加水分解するものも比較的多く知られている(Dylan Dodd et al, ”Xylan degradation, a metabolic property shared by rumen and human colonic Bacteroidetes”, Mol Microbiol., 2011 January, Vol. 79(2), p. 292-304)。そして、非特許文献2によれば、腸内での酪酸の増加により、未熟なT細胞の制御性T細胞への分化が誘導され、腸内の制御性T細胞が増加する。
【0046】
特許文献1に記載されるような、特定の細菌を直接投与するようなプロバイオティクス的アプローチに対し、本開示の増加剤を投与することは、腸内で短鎖脂肪酸を与えるように食物繊維としてのセルロースに対して創意工夫をおこなうものであり、腸内細菌に対する環境側にアドレスする、いわばプレバイオティクス的アプローチである。
【0047】
ここで、プロバイオティクスとプレバイオティクスとは対立するものではなく、相乗的に効果を発揮することや、一方が効果を示さない状況で他方が有効に作用するなど相補的に効果を発揮することが期待されるものである。
【0048】
上記のとおり、特許文献1に記載されるようなプロバイオティクス的アプローチに対して、本開示の増加剤は、プレバイオティクス的アプローチをとることができる。そして、本開示の増加剤は、有効成分であるセルロース誘導体の保存が容易である、投与形態の選択肢が広い等の特徴がある。例えば、本開示の増加剤は、室温で1年程度保存することができる。また、パン、ケーキ、ビスケット等の200℃を下回る温度で焼いた食品への添加剤として使うことができる。
【0049】
本開示の腸内短鎖脂肪酸増加剤は、食品又は医薬に含有されていてもよい。また、本開示の増加剤を、各種食品又は医薬の構成要素として使用することができる。この増加剤を含む食品又は医薬の投与方法として、経口投与が挙げられる。
この増加剤を含む食品又は医薬の形態は特に限定されず、種々のものを選択できる。例えば、散剤、顆粒剤、錠剤、糖衣錠剤、カプセル剤、シロップ剤、丸剤、懸濁剤、液剤、乳剤等の通常の医薬品の形態、並びに飲料;ガム、チョコレート、飴、羊羹、ゼリー等の糖菓製品;麺類;パン、ケーキ、ビスケット等の焼いた食品;缶詰;レトルト食品;畜肉食品;水産練食品;マーガリン、ドレッシング、マヨネーズ等の食用油組成物;栄養補助食品;バター、アイスクリーム、ヨーグルト等の牛乳製品;等の通常の食品の形態を採用することができる。これらの中でも、ヒトにおいて効果を得るための用量としては、1日あたり0.5g~5gの摂取が好ましく、比較的多量の摂取が可能となることから、糖衣錠剤;麺類;ビスケット等の焼いた食品等が好ましい。また、本開示の腸内短鎖脂肪酸増加剤は、医薬品の形態又は食品の形態に増粘剤として組み込むこともできる。本開示の腸内短鎖脂肪酸増加剤を増粘剤として食品に組み込んた場合には、その食品の粘度が向上する。食品にはそれぞれ適切な粘度があり、粘度が高いものは不適当となる。粘度が少ない場合には、公知の増粘剤で補うことができる。しかし、粘度が高い場合には、それを下げる手段は乏しい。その点においても、少ない投与量で効果が発現できる本開示の腸内短鎖脂肪酸増加剤が優れる。
【0050】
本開示の腸内短鎖脂肪酸増加剤を含有する食品について、セルロース誘導体の含有量としては、食品のうち0.1重量%以上であることが好ましく、0.2重量%以上5重量%以下であることがより好ましく、0.2重量%以上1%重量以下であることがさらに好ましく、0.2重量%以上0.5%重量未満であってもよい。食品中の腸内短鎖脂肪酸増加剤の量を上記の範囲とすることで、食品の味や食感を損なうことなく、腸内における短鎖脂肪酸を増加させ、制御性T細胞又は1型ヘルパー細胞への分化を促進することができる。
【0051】
本開示の腸内短鎖脂肪酸増加剤を含有する食品及び/又は医薬は、自己免疫疾患、アレルギー性疾患、感染性疾患、臓器移植における拒絶反応等の予防及び/又は治療(有害作用の軽減又は予防)に有用である。その対象疾患の具体的な例として、以下のものが挙げられる。
【0052】
炎症性腸疾患(IBD)、潰瘍性大腸炎、クローン病、スプルー、自己免疫性関節炎、リウマチ性関節炎、1型糖尿病、多発性硬化症、骨髄移植に続く移植片対宿主拒絶反応、変形性関節症、若年性慢性関節炎、ライム病関節炎、乾癬性関節炎、反応性関節炎、脊椎関節症、全身性エリテマトーデス、インスリン依存性糖尿病、甲状腺炎、ぜんそく、乾癬、強皮症皮膚炎(dermatitis scleroderma)、アトピー性皮膚炎、移植片対宿主拒絶反応、臓器移植に関連した急性又は慢性の免疫疾患、サルコイドーシス、アテローム性動脈硬化症、播種性血管内凝固症候群、川崎病、グレーブス病(パセドゥ病)、ネフローゼ症候群、慢性疲労症候群、ヴェーゲナー肉芽腫症、ヘノッホ・シェーライン紫斑病、腎臓における顕微鏡的血管炎、慢性活動性肝炎、ブドウ膜炎、敗血症性ショック、毒素性ショック症候群、敗血症候群、悪液質、後天性免疫不全症候群、急性横断性脊髄炎、ハンチントン舞踏病、パーキンソン病、アルツハイマー病、脳卒中、原発性胆汁性肝硬変症、溶血性貧血、多腺性機能不全症候群1型及び多腺性機能不全症候群2型、シュミット症候群、成人(急性)呼吸窮迫症候群、脱毛症、円形脱毛症、血清反応陰性関節症、関節症、ライター病、乾癬性関節症、クラミジア感染症、エルシニア・サルモネラ感染関連関節症、脊椎関節症、アテローム性疾患/動脈硬化、アレルギー性大腸炎、アトピー性アレルギー、食物アレルギー(ピーナッツアレルギー、ナッツアレルギー、卵アレルギー、乳アレルギー、大豆アレルギー、小麦アレルギー、魚介アレルギー、貝アレルギー又はゴマアレルギー等)、自己免疫性水疱性疾患、尋常性天疱瘡、落葉状天疱瘡、類天疱瘡、線状IgA病、自己免疫性溶血性貧血、クームス試験陽性溶血性貧血、後天性悪性貧血、若年性悪性貧血、筋肉脊髄炎/ロイヤルフリー病、慢性粘膜皮膚カンジダ症、巨細胞性動脈炎、原発性硬化性肝炎、特発性自己免疫性肝炎、後天性免疫不全症候群、後天性免疫不全関連疾患、C型肝炎、分類不能型免疫不全症(分類不能型低ガンマグロブリン血症)、拡張型心筋症、線維性肺疾患、特発性線維化性肺胞炎、炎症後間質性肺炎、間質性肺炎、結合組織病関連間質性肺疾患、混合性結合組織関連疾患肺疾患、全身性硬化症関連間質性肺疾患、関節リウマチ関連間質性肺疾患、全身性エリテマトーデス関連肺(1ung)疾患、皮膚筋炎/多発性筋炎関連肺疾患、シェーグレン病関連肺疾患、強直性脊椎炎関連肺疾患、血管炎性びまん性肺疾患、ヘモジデリン沈着症関連肺疾患、薬物誘発性間質性肺疾患、放射線線維症、閉塞性細気管支炎、慢性好酸球性肺炎、リンパ球浸潤性肺疾患、感染後間質性肺炎、痛風性関節炎、自己免疫性肝炎、1型自己免疫性肝炎(古典的自己免疫性又はルポイド肝炎)、2型自己免疫性肝炎(抗LKM1抗体肝炎)、自己免疫性低血糖、黒色表皮腫によるB型インスリン抵抗性、副甲状腺機能低下症、臓器移植に関連した急性免疫疾患、臓器移植に関連した慢性免疫疾患、変形性関節症、原発性硬化性胆管炎、特発性白血球減少症、自己免疫性好中球減少症、腎疾患NOS、糸球体腎炎、腎臓における顕微鏡的血管炎、円板状エリテマトーデス、特発性男子不妊症又はNOS、精子自己免疫、多発性硬化症(全てのサブタイプに関する)、インスリン依存性糖尿病、交感性眼炎、肺高血圧症による結合組織病、グッドパスチャー症候群、結節性多発動脈炎の肺症状、急性リウマチ熱、リウマチ様脊椎炎、スティル病、全身性硬化症、高安病/動脈炎、自己免疫性血小板減少症、特発性血小板減少症、自己免疫性甲状腺疾患、甲状腺機能亢進症、甲状腺腫甲状腺機能低下症(橋本病)、萎縮性自己免疫性甲状腺機能低下症、原発性粘液水腫、水晶体起因性ブドウ膜炎、原発性血管炎、白斑、アレルギー性鼻炎(花粉アレルギー)、アナフィラキシー、ペットアレルギー、ラテックスアレルギー、薬物アレルギー、アレルギー性鼻炎結膜炎、好酸球性食道炎、好酸球増加症候群、好酸球性胃腸炎、皮膚エリテマトーデス、好酸球性食道炎、好酸球増加症候群、好酸球性胃腸炎、並びに下痢等が挙げられる。
【0053】
本開示の増加剤を含有する食品又は医薬は、特に、腸内における短鎖脂肪酸の変動に起因して生じるアレルギー性疾患、自己免疫疾患及び炎症性腸疾患の予防及び/又は治療に有用である。例えば、炎症性腸疾患として、小腸、大腸、盲腸、結腸、直腸等の腸内、特に大腸の粘膜固有層(lamina propria)において、短鎖脂肪酸の増加にともなって制御性T細胞を誘導することにより予防及び/又は治療する炎症性腸疾患の具体例として、潰瘍性大腸炎が挙げられる。同様に、自己免疫性疾患の好適な具体例として、クローン病が挙げられる。アレルギー性疾患の具体例として、慢性アレルギー及び食物アレルギーが挙げられる。
【0054】
本開示の増加剤を含有する食品又は医薬は、また、うつ病の予防及び/又は治療にも有用である。例えば、Schroeder FA et al. Biol Psychiatry. 2007 Jul 1;62(1):55-64. Epub 2006 Aug 30.において、マウスに酪酸を投与したところ、うつ病の治療薬であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と比べて記憶を司る海馬が増大することが報告されている。また、マウスに酪酸を投与したところ、うつ病の治療薬であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と比べて記憶を司る海馬が増大することは、Bourassa MW et al. Neurosci Lett. 2016 Jun 20;625:56-63にも記載されている。これら酪酸投与による海馬増大効果を考慮すると、本開示の増加剤を含有する食品又は医薬の適応疾患として、上記疾患以外に、ミトコンドリア脳筋症、乳酸アシドーシス,脳卒中様エピソード、副腎白質ジストロフィー、代謝異常、脳内インスリン抵抗性疾患、自閉症、精神障害(統合失調症、双極性障害、パニック障害、不安障害、性機能障害、パーソナリティ障害)が挙げられる。本開示の増加剤を含む食品又は医薬は、腸内短鎖脂肪酸、特に、腸内酪酸を増加させることによりこれらの疾患を予防及び/又は治療することができる。
【0055】
本開示の腸内短鎖脂肪酸増加剤の投与量は、所望の制御性T細胞増加の効果をもたらすのに十分な量で、個体に投与される。具体的には、個体の年齢、体重、性別、健康状態、並びに胃、小腸、及び大腸等の状態等の投与される個体に関する条件、投与方法、製剤形態等を考慮して経験的に決定され得る。投与1回における量は、例えば、6.5mg/kg体重~65mg/kg体重であってよく、12mg/kg体重~40mg/kg体重であってよく、12mg/kg体重~20mg/kg体重であってよい。また、個体に1回投与されてもよいし、1回を超えて投与されてもよい。1回を超えて投与される場合は、定期的に、不定期に、又は必要に応じて投与され得る。適切な投与回数は、投与量と同様に、個体に関する条件、投与方法、製剤形態等を考慮して経験的に決定され得る。
【0056】
[腸内への酪酸伝達システム]
本開示の腸内への酪酸伝達システム(以下、単に「伝達システム」と称する場合がある)はセルロース誘導体を有効成分として含む。このセルロース誘導体は、アシル基による総置換度が0.3以上1.8以下であり、ブチリル基による置換率が95%以上であり、6位置換率が40%以下である。なお、セルロース誘導体の置換度は、腸内短鎖脂肪酸増加剤に関して前述した方法に準じて測定される。
【0057】
このセルロース誘導体は、哺乳類の消化酵素では分解されず、腸内細菌によって一部又は全部が発酵・分解される。本開示の伝達システムによれば、セルロース誘導体が効率的に腸内に送達される。また、このセルロース誘導体を腸内細菌が発酵・分解することにより、多くの短鎖脂肪酸が産生される。具体的には、ブチリル基に由来する酪酸;グルコース残基に由来する酢酸、プロピオン酸及び酪酸等が産生される。ここで、本開示のセルロース誘導体は、腸内細菌による分解を受けにくい6位における置換率が低い。換言すれば、このセルロース誘導体では、腸内細菌により分解されやすい2位及び3位における置換率が高い。従って、このセルロース誘導体を含む伝達システムによれば、低い用量で、より効率的に、ブチリル基に由来する酪酸を産生することができる。
【0058】
本開示の伝達システムに含まれるセルロース誘導体は、ブチリル基による総置換度が0.3以上1.8以下であるところ、0.3以上1.5以下であることが好ましく、0.3以上1.4以下であることがより好ましく、0.5以上1.3以下であることがさらに好ましい。このセルロース誘導体は、全アシル基による総置換度に対する、ブチリル基による置換度の割合(ブチリル基による置換度:%)が95%以上であるところ、96%以上が好ましく、98%以上がより好ましく、99%以上がさらに好ましく、理想的には100%である。
【0059】
本開示の伝達システムに含まれるセルロース誘導体は、6位置換率が40%以下であるところ、30%以下であることが好ましく、20%以下であることがより好ましい。また、このセルロース誘導体の6位置換率は3%以上であることが好ましい。このセルロース誘導体の6位置換率は3%以上40%以下であってよく、3%以上30%以下であってよく、3%以上20%以下であってよい。ブチリル基による6位置換率が40%以下であることが好ましい。
【0060】
このセルロース誘導体は、ブチリル基による置換度が0.3以上1.8以下であることが好ましく、0.3以上1.5以下であることがより好ましく、0.3以上1.4以下であることがさらに好ましく、0.5以上1.3以下であることが特に好ましい。
【0061】
本開示の伝達システムが含むセルロース誘導体がブチリル基のみで置換されている場合、そのセルロース誘導体は酪酸セルロース(酪酸化セルロース)と称される。このセルロース誘導体は、置換基としてブチリル基以外のアシル基を有してもよい。このブチリル基以外のアシル基が、アセチル基であってもよい。セルロース誘導体がブチリル基及びアセチル基で置換されている場合、そのセルロース誘導体は酢酸酪酸セルロース(酢酸酪酸化セルロース又は酢酸化酪酸化セルロース)と称される。
【0062】
セルロース誘導体がブチリル基及びアセチル基で置換されている場合、セルロース誘導体のアセチル基による置換度は、0.10以下であることが好ましく、0.08以下 であることがより好ましく、0.05以下であることがさらに好ましい。
【実施例0063】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によりその技術的範囲が限定されるものではない。
【0064】
[実施例1]
原料として、酢酸酪酸セルロース(Sigma-Aldrich製、製品番号419060;以下、「原料酢酸酪酸セルロース」と称する)を、減圧下、60℃で3時間乾燥させた。乾燥後の原料酢酸酪酸セルロース30gを、300mlのメタノールに分散させた後、濃硫酸1.5gを15mlのメタノールで希釈した硫酸溶液を添加した。得られた原料酢酸酪酸セルロース、メタノール及び硫酸の混合物を、密閉容器中で攪拌しながら、60分を要して90℃に昇温し、90℃で240分保持した後、60分を要して約25℃に冷却した。冷却後の混合物に、6.2gの酢酸ナトリウム三水和物を含む20mlのメタノールを加えて、中和した。中和における酢酸ナトリウムは、硫酸の1.5当量であった。中和後の混合物を、2Lのメチル-tert-ブチルエーテル中に攪拌下で添加して、沈殿物を得た。この沈殿物をろ別して、1Lのメチル-tert-ブチルエーテルで洗浄する操作を3回おこなって、減圧下60℃で恒量になるまで乾燥し、18gの生成物を得た。この生成物を、WSCB-E1と称する。後述する測定方法で分析した結果、WSCB-E1は、アセチル置換度0.0、ブチリル置換度0.9、総置換度0.9の酪酸セルロースであった。
【0065】
[比較例1]
(再生セルロースの調製(酢酸酪酸セルロースの塩基触媒脱エステル化))
1.5kgの水酸化ナトリウムを、29.0Lの脱イオン水に添加して溶解した。この容器内の気相部を窒素雰囲気とした後、2.0kgの原料酢酸酪酸セルロース(前述のSigma-Aldrich製、製品番号419060)を加え、続いて7.0Lのメタノールをゆっくり添加した。得られた混合物を、攪拌しながら30℃で72時間保持した後、酢酸を添加してpHを6.2~7に調整した。得られた固形物をろ別して、75Lの脱イオン水を使って洗浄した後、80℃で減圧乾燥することにより、880.0gの白色粉末を得た。この白色粉末をCell-WSCBと称する。後述する測定方法で分析した結果、原料酢酸酪酸セルロースのアセチル置換度は0.1、ブチリル置換度は2.5、総置換度は2.6であり、Cell-WSCBは、アセチル基及びブチリル基を有さない再生セルロースであった。
【0066】
(Cell-WSCB(再生セルロース)の溶解)
850.0gのCell-WSCB(再生セルロース)を脱イオン水/メタノール混合物(3.4L/1.7L)に懸濁し、30分静置した後、液相をろ別した。得られた湿潤した再生セルロースを、5.7Lのジメチルアセトアミド(DMAc)に懸濁し、30分静置した後、液相をろ別するという操作を4回繰り返して、再生セルロースの湿潤物から水分を除いた。得られた再生セルロース湿潤物に、1.2kgの塩化リチウムと15.0LのDMAcとを添加して、窒素雰囲気下で100℃に昇温し、1時間保持した。この混合物を室温付近まで冷却し、さらにドライアイスを使って-20℃まで冷却し1時間保持し、その後室温付近まで昇温させることにより、透明な再生セルロース溶液を得た。
【0067】
(酪酸セルロース(WSCB)の調製)
得られた再生セルロース溶液に、窒素雰囲気下、1.1Lのピリジンを加え、さらに1.221Lの無水酪酸をゆっくり添加した後、90℃に昇温して、5時間保持した。その後、50℃に降温し、1.0Lのエタノールをゆっくり添加して反応混合物を得た。このとき、無水酪酸の分解に基づく昇温により混合物の温度が上昇したが、温度が常に75℃以下となるように、エタノールの添加速度を調整した。得られた反応混合物を、110Lのテトラヒドロフラン(THF)と脱イオン水との混合物(容積比1/1)にゆっくり添加して、沈殿物を形成させた。得られた沈殿物を、30Lの脱イオン水と30Lのエタノールとで順次洗浄した後、80℃で減圧乾燥することにより、925.0gの生成物を得た。この生成物をWSCB-C1と称する。後述する測定方法で分析した結果、WSCB-C1は、アセチル置換度0.0、ブチリル置換度1.3、総置換度1.3の酪酸セルロースであった。
【0068】
[比較例2]
比較例1の酪酸セルロース(WSCB)の調製において、無水酢酸の量を1.221Lから0.767Lに変更した以外は比較例1と同じ方法で、822.0gの生成物を得た。この生成物をWSCB-C2と称する。後述する測定方法で分析した結果、WSCB-C2は、アセチル置換度0.0、ブチリル置換度0.9、総置換度0.9の酪酸セルロースであった。
【0069】
[置換度の測定]
アセチル置換度及びブチリル置換度を次の方法で求めた。
【0070】
15mgの試料を0.75mlのDMSO-d6に溶解した。この溶液に、パスツールピペットで3滴(約20mg)のトリフルオロ酢酸を加え、よく混合した。得られた混合物を、直径5mmのNMR測定用チューブに移して1H-NMRを測定した。トリフルオロ酢酸の添加後、30分以内に1H-NMRを測定した。1H-NMRの測定条件は次の通りである。
装置:JEOL ECA500
測定プローブ:TH5
測定温度:室温
パルス:zg45(90°パルス幅11.7μs)
積算回数:32回
データ取り込み時間:1.64sec
待ち時間:5.36sec
【0071】
得られた1H-NMRスペクトルに基づき、下記式を用いてアセチル置換度及びブチリル置換度を求めた。なお、このアセチル置換度及びブチリル置換度は、グルコース残基での2位、3位及び6位にける各置換度の総和である。実施例及び比較例のセルロース誘導体において、このアセチル置換度とブチリル置換度との和が、総置換度とされる。得られた結果が下表1に示されている。
アセチル置換度=(L-2×K÷3)÷3÷(N÷7)
ブチリル置換度=(K÷3)÷(N÷7)
上記式において、Kは、0.6~0.95ppmに観測される、ブチリル基のメチル基のプロトンの積分強度であり、Lは、1.8~2.47ppmに観測される、ブチリル基のメチレン基のうちカルボニル基に近いもののプロトンの積分強度とアセチル基のメチル基のプロトンの積分強度との和であり、Nは、2.7~5.4ppmに観測される、セルロースを構成するグルコース残基に直接結合したプロトンの積分強度である。
【0072】
[2、3、6位のブチリル置換度の割合]
実施例1、比較例1及び比較例2の酪酸セルロース(WSCB)のブチリル基の、セルロースを構成するグルコース残基2、3、6位への分配を、次の方法で分析した。
【0073】
Tezukaらの文献(Carbohydrate Research,273,83-91(1995))に準じて、試料をピリジン溶媒中、無水酢酸でアセチル化した後、重クロロホルムに溶解して13C-NMR測定をおこなった。13C-NMRの測定条件は次の通りである。
【0074】
測定溶媒:CDCl3(約3ml使用)
測定温度:40℃
サンプル量:160~180mg(サンプル管φ10mm)
観測核:13C(1H完全デカップリング)
データポイント数:32768
パルス角と時間:45°,9μsec
データ取り込み時間:0.9667sec
待ち時間:2.0333sec
積算回数:18,000回
【0075】
得られた13C-NMRスペクトルにおいて、169.1~170.2ppm付近に現れるアセチルカルボニル炭素の3シグナルの強度と、171.7~172.8ppm付近に現れるブチリルカルボニル炭素の3シグナルの強度とを積分した。
【0076】
171.7~172.8ppm付近に現れるブチリルカルボニル炭素の3シグナルは、高磁場側からそれぞれ2、3、6位に帰属される。各シグナルの極大に対して±0.2ppmの範囲の強度を積分し、これを各位置におけるブチリルカルボニル炭素シグナルの積分強度と定義し、次式により各位置におけるブチリル置換度を求めた。
DSi=DS×(i位ブチリルカルボニル炭素シグナル積分強度)/(2、3及び6位ブチリルカルボニル炭素シグナル積分強度の和)
上記式において、DSiは、グルコース残基のi位におけるブチリル置換度であり、iは2、3又は6であり、DSは、総置換度である。なお、実施例1、比較例1及び比較例2は、アセチル置換度0.0の酪酸セルロースであることから、この総置換度は、ブチリル総置換度に相当する。
【0077】
続いて、次式により、ブチリル総置換度に対する6位のブチリル置換度の割合(6位置換率;%)を求めた。
6位置換率(%)=DS6/DS×100
上記式において、DS6は、グルコース残基の6位におけるブチリル置換度であり、DSは総置換度(ブチリル総置換度)である。
【0078】
[数平均分子量Mn及び重量平均分子量Mw]
Tezukaらの文献(Carbohydrate Research,273,83-91(1995))に準じて、試料をピリジン溶媒中、無水酢酸でアセチル化した後、ポリスチレン換算分子量(数平均分子量Mn及び重量平均分子量Mw)をGPC(SEC)で測定した。GPCの測定条件は、以下の通りである。
【0079】
溶媒:テトラヒドロフラン
試料濃度:0.2%(wt/vol)
カラム:Shodex KF-803及びKF-804
温度:30℃
流速:1ml/min
試料注入量:50μl
検出:示差屈折率検出器
標準ポリスチレン:Shodex SM-105(分子量2,700,000、1,390,000、661,000、323,000、124,000、47,200、18,300、6,940、2,980及び1,220)
【0080】
【0081】
表1に、実施例及び比較例のセルロース誘導体の分析結果が示されている。比較例1及び2と対比して、実施例1で得られたWSCB-E1は、特異的に6位置換度(6位置置換率)が低い酪酸セルロースであることが分かる。
【0082】
[セルロース誘導体を含む培地におけるヒト糞便中の細菌叢の培養]
抗生物質を3か月摂取しなかった健康な男性ボランティア(24歳)から糞便を採取した。採取した糞便サンプル1質量部を、それぞれ、0.1MのPBSバッファー(8g/L:NaCl、0.2g/L:KCl、1.15g/L:Na2HPO3、0.2g/L:KH2PO3)4質量部と混合して、スラリーとした。このスラリーを2層の外科用ガーゼで濾過した。これらの手順は糞便採取後5分以内におこなった。
【0083】
ろ過されたスラリー1mLを、嫌気性チャンバー(Coy Laboratory Products、グラスレイク、ミシガン州)内で、9mLの腸内環境培地(2g/L:ペプトン水、2g/L:酵母エキス、0.1g/L:NaCl、0.04g/L:K2HPO4、0.04g/L:KH2PO4、0.01g/L:MgSO4・7H2O、0.01g/L:CaCl4・6H2O、0.5g/L:胆汁酸塩、2mL/L:Tween80、1mL/L:0.05%ヘミン溶液、0.01mL/L:ビタミンK1、1mL/L:0.1%レサズリン溶液、0.5g/L:L-システインHCl、2g/L:NaHCO3)を含む試験管に移した。この試験管に、実施例又は比較例で得られたセルロース誘導体(WSCA-E1、WSCA-C1、又は、WSCA-C2)0.1gを添加した。試験管のヘッドスペースを窒素ガスで置換し、ブチルゴムストッパーとプラスチックキャップで密閉した後、これを37℃で24時間培養した。同じ条件でそれぞれ4回の培養をおこなった。
【0084】
(短鎖脂肪酸(SCFA)の分析)
SCFA分析には、培養液上清160μlに除タンパク質剤(99.5%イソプロパノール)40μlを混合し、4℃で一晩静置したものを用いた。一晩静置後、遠心分離(10,000×g、5min、4℃)して、タンパク質を除去した。得られた上清に、内部標準液としてクロトン酸(3mmol/dl)を3倍量混合して、サンプル溶液とした。このサンプル溶液(1.0μl)を、キャピラリーカラム(ULBON HR-20M、0.53mm×30cm、SHIMADZU、京都、日本)及び水素塩イオン化検出器を装着したガスクロマトグラフ(GC-14B、SHIMADZU:カラム温度120℃、インジェクター温度175℃、ディテクター温度250℃)に供して測定した。その際、ヘリウムガスをキャリアガスとして、窒素ガスをメークアップガスとして用いた。予め濃度の分かったSCFA混合液のクロマトパターンを基準として、クロトン酸の比率をもとに、サンプル中の酢酸、プロピオン酸、イソ酪酸、酪酸、イソ吉草酸及び吉草酸の濃度を求めた。同じ条件でそれぞれ4回の培養を行うことで得られた培養上清についてSCFA分析をおこない、TUKEY多重比較によりp=0.05で有意差検定をおこなった。得られた結果が下表2に示されている。
【0085】
【0086】
表2には、ヒト糞便中の細菌叢の培養で生じた短鎖脂肪酸の濃度が示されている。比較例1及び2と対比して、実施例1で得られたWSCB-E1を培養培地に加えることで、酢酸、プロピオン酸及びn-酪酸が有意に増加したことが分かる。
【0087】
酪酸セルロースは、細菌の菌体外及び菌体内酵素によって、ブチリル基(酪酸基)の加水分解、セルロースの加水分解、セルロースが加水分解して生じるグルコースの分解等の代謝分解経路をたどると考えられる。このような細菌によるグルコースの代謝では、ホスホエノールピルビン酸、乳酸又はコハク酸等を経由して、酢酸及びプロピオン酸を生じることが知られている。酢酸の一部はアセチルCoAを経由して、一部の細菌によって酪酸に変換されることが知られている。
【0088】
WSCB-E1は、その低い6位置換度を一因として、ブチリル基の加水分解(脱ブチリル化)から始まる一連の代謝分解を受けやすく、これを理由として多くの酢酸、プロピオン酸及びn-酪酸を生じるものと考えられる。このように効率的に、腸内細菌によって酢酸、プロピオン酸、n-酪酸等の短鎖脂肪酸を増加させる因子は知られておらず、特にこのように著しくn-酪酸を増加させる因子は知られていない。この評価結果から、本開示のセルロース誘導体を含む腸内短鎖脂肪酸増加剤及び腸内への酪酸伝達システムの優位性は明らかである。