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特開2022-126464担子菌由来の新規な高機能性リパーゼの利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022126464
(43)【公開日】2022-08-30
(54)【発明の名称】担子菌由来の新規な高機能性リパーゼの利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/63 20060101AFI20220823BHJP
   C12N 9/16 20060101ALI20220823BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20220823BHJP
   C12N 15/55 20060101ALN20220823BHJP
【FI】
C12N15/63 Z
C12N9/16 ZNA
C12N1/19
C12N15/55
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021024557
(22)【出願日】2021-02-18
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度 国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「炭素循環の先駆的分解者である腐朽菌の樹木分解機構の解明」委託研究、産業技術強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100170520
【弁理士】
【氏名又は名称】笹倉 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼須賀 千明
【テーマコード(参考)】
4B050
4B065
【Fターム(参考)】
4B050CC04
4B050DD05
4B050LL01
4B050LL02
4B050LL05
4B050LL10
4B065AA71Y
4B065AA72X
4B065AA77X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA31
4B065CA41
4B065CA44
4B065CA60
(57)【要約】      (修正有)
【課題】担子菌(プレビオピシス・ギガンテア)由来の新規な高機能性リパーゼ、及びその利用方法を提供する。
【解決手段】リパーゼの至適温度が10℃~35℃の範囲にあり、至適pHがpH3~pH5の範囲にあるプレビオピシス・ギガンテア由来のリパーゼを含む酵素組成物であり、特定のアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するリパーゼを含む、食品用酵素組成物、医薬品用酵素組成物、化粧品用酵素組成物、産業用酵素組成物、または洗浄組成物である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むリパーゼを含む酵素組成物。
【請求項2】
リパーゼの至適温度が10℃~35℃の範囲にある、請求項1記載の酵素組成物。
【請求項3】
リパーゼの至適pHがpH3~pH5の範囲にある、請求項1または2記載の酵素組成物。
【請求項4】
担子菌由来のリパーゼであって、至適温度が10℃~35℃の範囲にあるリパーゼを含む酵素組成物。
【請求項5】
担子菌由来のリパーゼであって、至適pHがpH3~pH5の範囲にあるリパーゼを含む酵素組成物。
【請求項6】
担子菌由来のリパーゼであって、至適温度が10℃~35℃の範囲にあり、かつ、至適pHがpH3~pH5の範囲にあるリパーゼを含む酵素組成物。
【請求項7】
担子菌がプレビオピシス・ギガンテアである、請求項4~6のいずれか1項記載の酵素組成物。
【請求項8】
食品用酵素組成物、医薬品用酵素組成物、化粧品用酵素組成物、産業用酵素組成物、または洗浄組成物である、請求項1~7のいずれか1項記載の酵素組成物。
【請求項9】
紙パルプの製造またはバイオリファイナリープロセスにおいて使用するための、請求項1~7のいずれか1項記載の酵素組成物。
【請求項10】
配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むリパーゼのリコンビナント酵素。
【請求項11】
配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むリパーゼをコードする核酸を含む、ベクター。
【請求項12】
前記リパーゼをコードする核酸がコドン最適化された配列を含む、請求項11記載のベクター。
【請求項13】
請求項11または12に記載したベクターが導入された宿主。
【請求項14】
酵母である、請求項13記載の宿主。
【請求項15】
請求項13または14記載の宿主を培養することを含む、リコンビナント酵素の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、担子菌由来の新規な高機能性リパーゼの利用に関する。
【背景技術】
【0002】
リパーゼは、脂質のエステル結合を加水分解する酵素の総称であり、その反応は可逆性であるため、反応条件により、エステル化反応およびエステル交換反応の触媒としても作用することが知られている。リパーゼは、農薬製造、医薬品製造、化粧品製造、油脂製造、食品加工、食品製造、食品添加物の製造等において産業利用されており、また、消化薬、臨床検査薬、フレーバー剤、洗剤用酵素、ラセミ体分割の触媒等としても利用されている。基質特異性や分解特異性等の性質が異なる多くの種類のリパーゼが存在する。
【0003】
地球上で最も豊富な炭素源は木本植物資源(バイオマス)である。植物細胞壁の主成分は、セルロース、ヘミセルロースおよびリグニンであり、他の生物による資化や寄生を妨げる難分解性の植物細胞壁を形成している。また、これらの成分の他に、溶媒可溶性画分(一般に「抽出物」または「抽出成分」と呼ばれる)が全植物バイオマスの約10w/w%を構成する。抽出物の化学組成は、樹種や樹齢によって異なる。この抽出物もまた、植物の防御機能を担い、特に、伐採直後の針葉樹における菌のコロニー形成を妨害または排除する因子であると考えられている。一方で、担子菌の一種である木材腐朽菌は、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ、リグニン分解酵素を含む様々な菌体外酵素を分泌することにより植物細胞壁を栄養源として生きている。木材腐朽菌のなかでも、リグニン分解性担子菌プレビオピシス・ギガンテア(Phlebiopsis gigantea、以下、P. gigantea)は、抽出成分を豊富に含む伐採したばかりの針葉樹に迅速に侵入できることが知られている。P. giganteaがどのように針葉樹由来の抽出物を解毒または利用するのか、そのメカニズムはほとんど分かっていないが、針葉樹を分解する際にリパーゼを分泌することが知られている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】PLoS Genetics 2014; Volume 10, Issue 12: e1004759
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、新規な高機能性リパーゼを見出し、その利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は鋭意研究の結果、P. giganteaが分泌する複数のリパーゼのなかで、従来のリパーゼと比べて酸性条件かつ低温条件で高いリパーゼ活性を有するという特に有用な性質を有する酵素を同定し、リコンビナント酵素の製造に成功した。かくして、本発明を完成させた。
【0007】
本発明は、例えば、以下の態様を提供する。
[1]配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むリパーゼを含む酵素組成物、
[2]リパーゼの至適温度が10℃~35℃の範囲にある、[1]記載の酵素組成物、
[3]リパーゼの至適pHがpH3~pH5の範囲にある、[1]または[2]記載の酵素組成物、
[4]担子菌由来のリパーゼであって、至適温度が10℃~35℃の範囲にあるリパーゼを含む酵素組成物、
[5]担子菌由来のリパーゼであって、至適pHがpH3~pH5の範囲にあるリパーゼを含む酵素組成物、
[6]担子菌由来のリパーゼであって、至適温度が10℃~35℃の範囲にあり、かつ、至適pHがpH3~pH5の範囲にあるリパーゼを含む酵素組成物、
[7]担子菌がプレビオピシス・ギガンテアである、[4]~[6]のいずれか1項記載の酵素組成物、
[8]食品用酵素組成物、医薬品用酵素組成物、化粧品用酵素組成物、産業用酵素組成物、または洗浄組成物である、[1]~[7]のいずれか1項記載の酵素組成物、
[9]紙パルプの製造またはバイオリファイナリープロセスにおいて使用するための、[1]~[7]のいずれか1項記載の酵素組成物、
[10]配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むリパーゼのリコンビナント酵素、
[11]配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むリパーゼをコードする核酸を含む、ベクター、
[12]前記リパーゼをコードする核酸がコドン最適化された配列を含む、[11]記載のベクター、
[13][11]または[12]に記載したベクターが導入された宿主、
[14]酵母である、[13]記載の宿主、および
[15][13]または[14]記載の宿主を培養することを含む、リコンビナント酵素の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、従来のリパーゼとは異なり、酸性の至適pHおよび常温乃至低温での至適温度を有する、担子菌由来のリパーゼを含む酵素組成物が提供される。該組成物は、常温かつ酸性条件下で高い活性があるので、食品、医薬品、洗剤等の様々な用途に用いることができる。また、該リパーゼは天然物である担子菌由来なので、本発明の酵素組成物は安全性にも優れている。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】AV0X、AV1X、AV2X、またはAV4X上で培養されたP. giganteaのセクレトーム中のリパーゼ活性の経時的変化を示す。
図2】AV0X、AV1X、AV2X、またはAV4X上で培養されたP. giganteaのゲノムによってコードされる9つのリパーゼの転写発現量(RPKM)および比(Ratio)を示す。太字はp値<0.05を示す。
図3】分泌型リパーゼPgLip19028のアミノ酸配列(配列番号2)を示す。図中、シグナル配列に下線を付した。
図4】リコンビナント酵素PgLip19028の電気泳動結果を示す。
図5】リコンビナントPgLip19028のリパーゼ活性試験の結果を示す。
図6】PgLip19028の種々のpH条件下での相対活性を示す。
図7】PgLip19028の種々の温度条件下での相対活性を示す。
図8】P. pastorisによって発現されたリコンビナントPgLip19028またはベクターコントロールと共に酢酸バッファー(pH4.5)中25℃で一晩インキュベーション後の、トリオレイン(A)および針葉樹抽出物(B)からの遊離産物のGC-MS分析を示す。
図9】PgLip19028と市販のリパーゼとの活性比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.リパーゼ
本発明者らの以前の研究において、針葉樹分解性担子菌P. giganteaのゲノム解析を行い、針葉樹を分解する際にリパーゼが分泌されることが液体クロマトグラフィータンデム型質量分析器(LC-MS/MS)を用いたプロテオーム解析で分かった(非特許文献1)。今回、本発明者は、前回の論文で予測された9つのリパーゼのうち、4つのリパーゼをコードする転写物が針葉樹抽出物の存在下で有意にアップレギュレートされることを見出した。本発明においては、4つのリパーゼのうち、針葉樹抽出物の存在下で特に転写量の多い分泌型リパーゼ(PgLip19028と称する)を用いる。PgLip19028は、配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むポリペプチドであり、リパーゼの保存モチーフ配列GXSXG(配列番号3:GHSLG)および触媒トライアド(Ser180、Asp237、およびHis251)を有することを特徴とする(図3)。また、分泌シグナル、3つのN-グリコシル化部位、および1つのO-グリコシル化部位を有することが推定される。分泌シグナルを含まないPgLip19028のアミノ酸配列を配列番号1に、分泌シグナルを含むPgLip19028のアミノ酸配列を配列番号2に示す。また、分泌シグナルを含まないPgLip19028の核酸配列を配列番号4に、分泌シグナルを含まないPgLip19028の核酸配列を配列番号5に示す。
【0011】
配列アノテーションに基づいて、PgLip19028は、トリアシルグリセロールヒドロラーゼ(E.C.3.1.1.3)におけるリパーゼをコードすることが推定された。今回、本発明において、PgLip19028は、以前に特徴付けられた他の担子菌由来リパーゼとは異なる分子量、至適pHおよび至適温度、および基質特異性を有することが示された。本発明における生物化学的特徴付けから、PgLip19028は、酸性条件下、周囲温度で、種々の不飽和脂肪酸を遊離できることが分かった。さらに、P. gigantea以外の担子菌にも、PgLip19028と類似のアミノ酸配列を有し、かつ、同一の保存モチーフ配列GHSLGを有するリパーゼが存在することが分かった。
【0012】
したがって、本発明で使用されるリパーゼ(以下、「本発明のリパーゼ」ともいう)は、配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むポリペプチドである。該ポリペプチドは、リパーゼ活性を有する限りにおいて、配列番号1に示されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸変異(置換、欠失、付加または挿入、またはこれらの組み合わせ)を含んでいてもよく、あるいはリパーゼ活性を有する限りにおいて、配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも45%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、または少なくとも85%、好ましくは、少なくとも90%、少なくとも91%、少なくとも92%、少なくとも93%、少なくとも94%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、または少なくとも99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含んでいてもよい。好ましくは、本発明で使用されるリパーゼは、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、あるいは配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも45%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、または少なくとも85%、好ましくは、少なくとも90%、少なくとも91%、少なくとも92%、少なくとも93%、少なくとも94%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、または少なくとも99%の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、リパーゼ活性を有するポリペプチドである。上記の配列番号1に示されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸変異を含むポリペプチド、配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも45%~少なくとも99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド、および配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも45%~少なくとも99%の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドは、好ましくは、モチーフ配列「GHSLG」を保持する。本明細書において、「数個」とは、2~10個程度をいい、例えば、3個、4個、5個、6個、7個、8個、または9個であってもよい。本明細書において、アミノ酸置換は、保存的置換または非保存的置換であってもよい。好ましくは保存的置換である。
【0013】
本発明で使用されるリパーゼは、10℃~35℃の範囲、好ましくは15℃~30℃の範囲、さらに好ましくは20℃~30℃の範囲、またさらに好ましくは25℃の至適温度を有する。また、本発明で使用されるリパーゼは、pH3~pH5の範囲、好ましくはpH3.5~pH5の範囲、さらに好ましくはpH4~pH5の範囲、またさらに好ましくはpH4.5の至適pHを有する。本明細書において、リパーゼの至適温度および至適pHは、酵素の相対活性が40%以上、好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上、またさらに好ましくは80%以上である温度条件およびpH条件をいう。相対活性は、最も高いリパーゼ活性を示した温度またはpH条件でのリパーゼ活性を100%とした場合の、各条件におけるリパーゼ活性の相対値である。
【0014】
本明細書において、リパーゼ活性は、基質に対する加水分解活性に基づく。リパーゼ活性の測定は常法を用いて行えばよく、例えば、ドデカン酸p-ニトロフェニル、パルミチン酸p-ニトロフェニル、酪酸p-ニトロフェニル等のリパーゼモデル基質を用い、酵素反応によって生成したp-ニトロフェノールの量を測定することによって行うことができる。
【0015】
本発明で使用されるリパーゼは、約30kDaの分子量を有する。
【0016】
本発明で使用されるリパーゼは、担子菌の培養物または培養上清から得ることができる。例えば、菌体の破砕液または培養上清そのものであってもよく、あるいは菌体の破砕液または培養上清からの粗精製または精製したものであってもよい。本発明で使用されるリパーゼは、通常、N末端に分泌シグナル配列が付加されたアミノ酸配列を有する分泌型であるため、好ましくは培養上清から得られる。粗精製または精製は、例えば、塩析、遠心分離、限外ろ過、ゲルろ過、各種クロマトグラフィー(吸着クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等)、透析、電気泳動などの既知の方法によって行うことができる。
【0017】
担子菌の培養には、通常の培養装置および基礎培地を用いることができ、液体培養または固体培養のいずれの方法で行ってもよい。基礎培地としては、例えば、限定するものではないが、ポテトデキストロース寒天(PDA)培地、麦芽エキス寒天(MYA)培地、Highley無機塩培地(Highley's basal medium)等が挙げられる。培地には、炭素源として、グルコースやセルロース等を追加してもよい。培地にはさらに、リパーゼ誘導を促すために、好ましくは針葉樹抽出物が添加される。針葉樹としては、例えば、限定するものではないが、マツ(例えば、テーダマツなど)、スギ、ヒノキ、ツガ、モミ、トウヒ、イチイ等が挙げられる。針葉樹抽出物は、例えば、針葉樹の樹皮を剥いだ木質部分を破砕して得た木粉を、アセトン等の有機溶媒を用いて抽出することによって得てもよい。抽出方法として、有機溶媒に浸漬し、加温・攪拌し調製する方法や、ソックスレー抽出法を用いてもよい。抽出物は、例えばロータリーエバポレーターや凍結乾燥法等により、濃縮してもよい。培養温度、培養期間等の培養条件は、当業者により適宜設定することができる。例えば、20~30℃で3~14日間培養してもよい。
【0018】
担子菌として、好ましくはP. giganteaが用いられるが、他の担子菌、例えば、Shizophilum commune、Coniophora puteana、Serpula lacrymans、Heterobasidion annosum、Stereum hirsutum、Postia planceta、Wolfiporia cocos、Fomitopsis pinicola、Ceriporiopsis suvermispora、Dichomitus squalens、Trametes versicolor、Phanerochaete、Phanerochaete carnosa、Phlebia breviospora等を用いてもよい。これらの担子菌は、いずれの菌株であってもよく、自然界から採取されたもの、またはATCC(American Type Culture Collection)等の保存機関から入手したものであってもよい。
【0019】
また、本発明で使用されるリパーゼは、そのアミノ酸配列を基に化学合成(ペプチド合成)によって製造してもよい。
【0020】
2.リコンビナント酵素
本発明で使用されるリパーゼは、リコンビナント酵素であってもよい。PgLip19028のリコンビナント酵素は、本発明で初めて製造された。また、本発明において、上記リパーゼのリコンビナント酵素を産生する発現系が初めて構築された。
【0021】
リコンビナント酵素の製造には、無細胞タンパク質合成系(大腸菌由来、小麦胚芽由来など)または細胞タンパク質発現系を用いてもよい。細胞タンパク質発現系のための宿主は、原核細胞または真核細胞のいずれであってもよく、例えば、真菌(酵母、糸状菌等)、動物細胞(脊椎動物細胞、哺乳動物細胞等)、昆虫細胞、細菌(大腸菌、枯草菌、放線菌等)等が挙げられる。好ましくは酵母が用いられ、例えば、限定するものではないが、サッカロマイセス属酵母、カンジダ属酵母、ピキア属酵母などが挙げられる。例えば、Pichia pastorisを使用してもよい。
【0022】
リコンビナント酵素の生産のために、本発明のリパーゼをコードする核酸を宿主細胞中に導入する。本発明のリパーゼをコードする核酸は、P. giganteaに関する既知の配列情報に基づき合成することができる。本発明のリパーゼをコードする核酸配列は、宿主細胞における発現のためにコドン最適化されていてもよい。各宿主に最適なコドンおよびコドン最適化の方法は当業者によく知られている。本発明のリパーゼをコードする核酸は、PgLip19028のアミノ酸配列、すなわち、配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも45%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、または少なくとも85%、好ましくは、少なくとも90%、少なくとも91%、少なくとも92%、少なくとも93%、少なくとも94%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、または少なくとも99%配列同一性を有するアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を含む。好ましくは、本発明のリパーゼをコードする核酸は、配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも45%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、または少なくとも85%、好ましくは、少なくとも90%、少なくとも91%、少なくとも92%、少なくとも93%、少なくとも94%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、または少なくとも99%配列同一性を有するアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列からなる核酸であってもよい。本発明のリパーゼをコードする核酸としては、例えば、配列番号4で示されるヌクレオチド配列を含む核酸が挙げられる。本発明のリパーゼをコードする核酸のさらなる例としては、配列番号4で示されるヌクレオチド配列に対して少なくとも45%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、または少なくとも85%、好ましくは、少なくとも90%、少なくとも91%、少なくとも92%、少なくとも93%、少なくとも94%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、または少なくとも99%配列同一性を有するヌクレオチド配列を含む核酸が挙げられる。また、宿主としてPichia pastorisにおける発現のためにコドン最適化された核酸配列の一例として、配列番号6に示される配列が挙げられる。
【0023】
本発明のリパーゼをコードする核酸配列には、分泌シグナル配列が付加されていてもよい。分泌シグナル配列としては、例えば、PgLip19028の分泌シグナル配列、またはα-ファクタの分泌シグナル配列などを使用してもよい。また、本発明のリパーゼをコードする核酸配列は、プロモーター配列および/または核酸の発現に関わるいずれかの配列、例えばエンハンサー配列等、さらにタンパク質安定化や精製・発現量測定など種々の分析や解析に関わる配列、例えば、マルトースバインディングプロテイン(MBP)、ポリヒスチジンタグ(His-tag)、ヒトc-Mycタグ等と作動可能に連結されていてもよい。プロモーター配列としては、例えば、限定するものではないが、メタノール添加によってタンパク質生産を誘導できるアルコールオキシダーゼ(AOX)のプロモーター配列や、恒常的なタンパク質生産のためのプロモーターとして、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼGAPのプロモーター配列を使用することができる。
【0024】
本発明のリパーゼをコードする核酸は、適当なベクター中に挿入されていてもよく、該ベクターを宿主細胞中に導入してもよい。本明細書において、「ベクター」とは、目的の核酸を宿主細胞中に輸送する核酸分子をいう。ベクターとしては、プラスミドベクター、コスミド、ラムダファージ、人工染色体、ウイルスベクター(例えば、バキュロウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、単純ヘルペスウイルス等)、リポソームなど当該分野で既知の種々のベクターを使用することができる。宿主細胞に適当なベクターを選択すればよい。ベクターは、好ましくは発現ベクターであり、プロモーター配列および/または挿入核酸の発現に関わるいずれかの配列、例えばエンハンサー配列等を含んでいてもよい。種々のプロモーターが知られており、宿主細胞に適当なプロモーターを選択すればよい。ベクターはさらに、宿主細胞への導入後、目的遺伝子が導入された細胞(形質転換細胞)の選抜のための選択マーカー遺伝子、例えば、抗生物質または薬物耐性遺伝子等を含んでいてもよい。
【0025】
ベクターの宿主細胞への導入は、当該分野で既知の方法によって行うことができる。例えば、カチオン性脂質媒介性導入法、ジエチルアミノエチル(DEAE)-デキストラン法、リン酸カルシウム共沈殿法、カチオン性ポリマーによる導入法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、ソノポレーション法、レーザー照射法、ウイルスベクターによる導入方法などが挙げられる。
【0026】
得られた遺伝子導入細胞を培養することにより、目的の本発明のリパーゼが生産される。好ましくは、本発明のリパーゼは細胞外に(培地中に)分泌される。また、大腸菌などの細胞系で生産した場合、目的の酵素が不溶化形態(沈殿物)として得られることもある。このような場合は、可溶化作業またはホールディング作業を行うことにより、活性形態の酵素を得ることができる。可溶化作業またはホールディング作業は、当該分野で既知の方法により行えばよい。
【0027】
遺伝子導入細胞の培養は常法にしたがって行えばよく、培養培地は宿主に適当なものを選択すればよい。例えば、限定するものではないが、YPD培地、YPG培地等が挙げられる。培養温度、時間等の培養条件は、適宜選択することができる。例えば、約20~30℃で1日~1週間程度培養してもよい。
【0028】
宿主細胞によって生産された本発明のリパーゼは、培養細胞の破砕液または培養上清から、好ましくは培養上清から、粗精製または精製してもよい。粗精製、および精製操作は、当該分野で既知の方法によって行うことができる。粗精製または精製は、例えば、塩析、遠心分離、限外ろ過、ゲルろ過、各種クロマトグラフィー(吸着クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等)、透析、電気泳動などの既知の方法によって行うことができる。
【0029】
3.酵素組成物
本発明のリパーゼは、酵素組成物の形態で提供される。本発明のリパーゼを含む酵素組成物(以下、「本発明の酵素組成物」ともいう)は、本発明のリパーゼそのものであってもよく、または有効成分である本発明のリパーゼの他に付加成分を含んでいてもよい。該付加成分の例としては、本発明の酵素組成物の用途にもよるが、賦形剤、緩衝剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤などが挙げられる。賦形剤としては、酵素組成物の用途にもよるが、例えば、限定するものではないが、デンプン、デキストリン、糖類、糖アルコール、グリセロールなどが挙げられる。緩衝剤としては、酵素組成物の用途にもよるが、例えば、限定するものではないが、リン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩などが挙げられる。安定剤としては、酵素組成物の用途にもよるが、例えば、限定するものではないが、プロピレングリコール、アスコルビン酸などが挙げられる。保存剤としては、酵素組成物の用途にもよるが、例えば、限定するものではないが、フェノール、塩化ベンザルコニウム、メチルパラベンなどが挙げられる。防腐剤としては、酵素組成物の用途にもよるが、例えば、限定するものではないが、エタノール、塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸などが挙げられる。酵素組成物中における本発明のリパーゼの量および付加成分の量は、当業者により適宜決定することができる。
【0030】
本発明の酵素組成物はまた、tert-ブチルメチルエーテルを含んでいてもよい。当該組成物中におけるtert-ブチルメチルエーテルの配合量は、当業者により適宜決定することができる。例えば、組成物中5v/v%~30v/v%、好ましくは15v/v%が挙げられる。
【0031】
本発明の酵素組成物は、食品用酵素組成物であってもよい。例えば、本発明の酵素組成物は、食品または食品原料の風味改善剤(フレーバー剤)として使用することができる。上記食品または食品原料としては、例えば、限定するものではないが、各種乳製品(例えば、チーズ、バター、ヨーグルト等)、マーガリン、ショートニング、各種植物油(大豆油、菜種油、コーン油、パーム油、パーム核油、ヤシ油、ひまわり油、綿実油等)、ドレッシングなどが挙げられる。したがって、本発明のさらなる態様においては、本発明の酵素組成物を食品または食品原料に添加する、または作用させることを特徴とする、食品または食品原料の風味改善方法が提供される。
【0032】
食品用の本発明の酵素組成物は、また、食品添加物(例えば、フレーバー剤等)の製造、食品加工(例えば、清酒の製造等)、食用油脂(例えば、クッキングオイル、ショートニング等)の製造に用いてもよい。したがって、本発明のさらなる態様においては、本発明の酵素組成物を食品原料または中間生成物に添加する、または作用させることを特徴とする、食品の製造方法が提供される。
【0033】
本発明の酵素組成物は、医薬品用酵素組成物であってもよい。医薬品用の本発明の酵素組成物は、例えば、限定するものではないが、医薬品(例えば、消化酵素剤、代替酵素、例えば、ライソゾーム酸性リパーゼ欠損症治療薬等)、臨床検査薬(例えば、血中コレステロールの測定用検査薬等)等であってもよい。
【0034】
本発明の酵素組成物は、また、洗浄組成物として使用できる。したがって、本発明のさらなる態様においては、本発明の酵素組成物を含む洗浄組成物が提供される。例えば、本発明の酵素組成物を含む洗浄組成物は、被洗浄物(洗濯物等)に付着した脂質を分解除去して洗浄効果を向上させ、さらに、低温(水温)で高い活性を有するため、さらに洗浄効果が向上する。
【0035】
本発明の酵素組成物は、さらに、化粧品用酵素組成物であってもよく、例えば化粧品(例えば、洗顔剤など)の添加物としても使用できる。
【0036】
さらに、本発明の酵素組成物は、脂肪酸、石鹸の製造、排水処理、光学活性医薬・農薬原料の製造、光学活性化合物の合成等に利用でき、産業用酵素として有用である。
【0037】
本発明の酵素組成物は、さらに、紙パルプ製造において使用することができる。本発明の酵素組成物を使用することにより、針葉樹の樹木からの紙パルプ生産工程で抽出物を取り除くことができ、それにより製造される紙の性質が向上する。本発明の酵素組成物は、さらに、バイオリファイナリープロセスにおいて使用することができる。
【0038】
さらに、本発明の酵素組成物は、樹木から、特に針葉樹の抽出物から、各種脂肪酸等の脂質成分を得るために使用できる。このようにして得られる樹木由来の脂質成分は、例えば、食品、化粧品、医薬などの分野において使用される。
【0039】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0040】
実施例1:P. gigantea培養上清のリパーゼ活性
樹皮を剥ぎ、木質部分を粉砕したテーダマツ木粉(1mmメッシュ)に対して70w/v%アセトンを用いてソックスレー抽出法で得られた抽出成分を、微結晶セルロース(Avicel PH101, 50uM, Fluka Chemika, Switzerland)1.25gに加え、これらをロータリーエバポレーターで乾燥させて基質を調製した。セルロースへの抽出成分の添加量は、木粉重量あたりの天然のテーダマツ抽出物含量(AV1X)、天然濃度の2倍量(AV2X)および4倍量(AV4X)になるようにした。テーダマツ抽出物を含有しない微結晶セルロースのアセトン懸濁基質を「AV0X」とした。250mLの基礎培地(Highley培地)中に基質を加え、P. gigantea単離株11061-1の単一担子胞子株5-6をPDA培地で培養した菌糸プラグ(mycelial plugs)を接種し、ロータリー振盪器(150rpm)において22℃で7日間培養した。培養上清を経時的(培養3日目、5日目、7日目)に収集し、培養上清中のタンパク質濃度をProtein Assay(Bio-Rad)によって測定した。セクレトーム(培養上清分泌物)中のリパーゼ活性を以下のように測定した。
【0041】
リパーゼ活性の測定
リパーゼ活性は、ドデカン酸p-ニトロフェニル(pNPD、Sigma-Aldrich社製)を基質として用いて測定した。ジメチルスルホキシド(DMSO)中の75mM pNPD(2μL)を50μLの培養上清および25μLの100mM酢酸バッファー(pH5.0)と混合し、全量100μLにした。37℃で30分間インキュベーション後、25μLの100mM NaCOを加えて反応を止めた。遊離されたp-ニトロフェノール(pNP)を405nmで検出し、pNP(Sigma-Aldrich社製)の標準曲線を用いてpNP遊離量を決定した。1単位のリパーゼ活性は、1分間の反応当たり1μモルのpNPを遊離させる酵素量として定義した。
【0042】
結果を図1に示す。いずれの時点においても、AV1X、AV2XおよびAV4Xの培養上清で増加したリパーゼ活性が観察された。一方、AV0Xでは比較的低い活性が検出された。これらの結果から、P. giganteaの培養上清中にリパーゼが分泌されており、そのリパーゼ活性は抽出成分を添加することで誘導されることが分かった。
【0043】
実施例2:針葉樹抽出物の存在下で誘導されるリパーゼ
実施例1と同様にしてP. giganteaを5日間培養し、得られた菌体から全RNAを常法によって精製した。各サンプルから得られた100ngの全RNAを対象に、イルミナRNAシーケンス(イルミナ社、アメリカ)のプロトコール通りに、mRNAを精製し、PCRおよびアダプター付加作業によりRNAシーケンス用の2X150bpペアエンドライブラリを作成し、NovaSeqシーケンサーでトランスクリプトーム解析した。得られたデータをゲノム配列にマッピングし、遺伝子の発現量をサンプルの総リード数および遺伝子長で補正したRPKM値を算出した。
【0044】
さらに、この際の培養上清を液体クロマトグラフィータンデム型質量分析器(LC-MS/MS)を用いたプロテオーム解析した。培養上清中のタンパク質を10%(w/v)トリクロロ酢酸で沈殿させ、冷アセトンで3回洗浄後、空気乾燥させた。得られたペレットにクロロホルムおよびメタノールを加え、次いで水を加えることにより、ペレット由来の全タンパク質をメタノール/クロロホルム/水分配によって精製した。タンパク質は中間相に分配された。メタノールで複数回洗浄後、該精製タンパク質を最終的に8M尿素/50mM NHHCO(pH8.5)/1mM TrisHCl中に再溶解した。各サンプル中のタンパク質総量が等量になるよう調整し、トリプシン/LysC消化し、OMIX C18 SPE(Agilent Technologies)で精製して、最終的に2μgのタンパク質を、EASY-SprayTM(商標)エレクトロスプレーソースを備えたハイブリッド・リニア・イオントラップ-オービトラップ質量分析計(LTQ-Orbitrap Elite TM, ThermoFisher Scientific)に連結したAgilent 1100 ナノフローシステム(Agilent Technologies)を用いるLC-MS/MS分析に付した。質量スペクトル分析前のペプチドのクロマトグラフィーは、キャピラリーエミッターカラム(PepMap(登録商標)C18、3μM、100オングストローム、150x0.075mm、ThermoFisher Scientific)に2μlの精製ペプチドが自動的に負荷されることによって達成された。HPLCシステムには、溶媒A:0.1%(v/v)ギ酸を流し、溶媒B:99.9%(v/v)アセトニトリルおよび0.1%(v/v)ギ酸を0.50μL/分で流してペプチドを負荷し(30分間)、0.3μL/分の流速で3%(v/v)B~20%(v/v)Bの勾配で154分かけてペプチドをエレクトロスプレー中に直接溶出させ、最後に12分間の20%(v/v)B~50%(v/v)勾配で溶出し、50-95%(v/v)Bで5分間のフラッシュアウトを行った。HPLCカラム/エレクトロスプレーソースから溶出されたペプチドとして、オービトラップにおいて解像度120,000でsurvey MSスキャンを獲得し、次いで、380~1800m/zのMS1スキャンにおいて検出された20個の最も高い強度のペプチドのMS2フラグメンテーションを行い、ダイナミックエクスクルージョン(dynamic exclusion)によって重複(redundancy)を制限した。下流分析のために、MSConvert(Proteo Wizard:迅速なプロテオミクスツール開発のためのオープンソースソフトウェア)MS/MS生データをmgfファイルフォーマットに変換した。得られたmgfファイルを用いて、JGIポータル(https://genome.jgi.doe.gov/portal/Phlgi1/Phlgi1.download.html)を介してP. giganteaタンパク質データベースをサーチし、MS/MSペプチドを同定した。
【0045】
トランスクリプトーム解析の結果を図2に示す。9つのリパーゼのなかで、4つのリパーゼをコードする転写産物が抽出物の存在によって有意にアップレギュレートされた。なかでも、PgLip19028転写産物が最も豊富であり(AV4X中でRPKM=1767)、AV0Xの4.64倍蓄積した。また、プロテオーム解析により、9つのリパーゼのうちPgLip19028だけ同定され、PgLip19028が培養上清中に分泌されていることを確認した。
【0046】
実施例3:リコンビナントPgLip19028の製造
PgLip19028をコードするDNAから天然分泌シグナルを除いたものを合成した(JGIサービス)。その遺伝子(配列番号4)を、PIPE(Polymerase Incomplete Primer Extension)クローニングのためのプライマーを用いて発現ベクターpPICZα(Invitrogen)中にサブクローン化した。分泌シグナルとして、pPICZα上のαファクタの分泌シグナルを利用した。プロモーター配列として、AOXのプロモーター配列を用いた。使用したプライマー配列を表1に示す。製造者(Invitrogen)の指示書にしたがって、発現ベクターを酵母Pichia pastorisに形質転換した。形質転換したPichia pastorisをYPD液体培地中30℃で1~3日間振盪培養し、得られた菌体をよく洗浄してYPG液体培地中に移した。該培地にメタノールを添加後、1~3日間培養してタンパク質発現を誘導し、Lip19028を過剰発現する該形質転換酵母からリコンビナントリパーゼが生産された。Pichia pastorisの培養上清を飽和硫酸アンモニウム沈殿に付し、得られたタンパク質沈殿物を100mM酢酸バッファー(pH5.0)中に溶解し、これを粗酵素として用いた。10μgの粗酵素を変性させ、タンパク質脱グリコシル化のためにエンドグリコシダーゼH(Endo H、New England Biolab社製)で消化し、次いで粗酵素サンプルをSDS-PAGE分析(Bio-Rad)に付し、ゲルをクーマシーブリリアントブルー(CBB)R-250(FUJIFILM Wako Pure Chemical Corporation, Osaka Japan)で染色した。コントロールとして、空の(上記遺伝子をクローニングしていない)ベクターpPICZαを導入したPichia pastorisの培養上清を用い、上記と同様にして粗タンパク質を得た(以下、「ベクターコントロール」という)。リパーゼ活性測定のために、上記粗酵素のタンパク質濃度を10μg/mLに調整した。1μg/mLの粗酵素またはベクターコントロールを用いて、以下の方法でリパーゼ活性を測定した。
【0047】
リパーゼ活性の測定
ドデカン酸p-ニトロフェニル(pNPD、Sigma-Aldrich社製)を基質として用いた。5v/v%ジメチルスルホキシド(DMSO)中の1.5mM pNPDを1μg/mLの酵素サンプル、25μLの25mM酢酸バッファー(pH4.5)およびtert-ブチルメチルエーテル(tBE)と混合し、全量160μLにした。tBEの最終濃度は15v/v%に維持した。反応混合物を25℃で10分間インキュベーション後、40μLの100mM NaCOを加えて反応を止めた。405nmでの吸光度を測定して遊離されたp-ニトロフェノール(pNP)を検出し、pNP(Sigma-Aldrich社製)の検量線を用いてpNP遊離量を決定した。1単位のリパーゼ活性は、1分間の反応当たり1μモルのpNPを遊離させる酵素量として定義した。なお、予備試験において、15v/v%tBEは、5v/v%、10v/v%、15v/v%、20v/v%、25v/v%および30v/v%tBEと比べて最も高い活性を示した。
【0048】
電気泳動結果を図4に、リパーゼ活性測定結果を図5に示す。図4から明らかなように、リコンビナント酵素PgLip19028は、Pichia pastoris培養上清における主要タンパク質として生産された(図4中、レーン1:PgLip19028、レーン3:ベクターコントロール)。Endo Hによる脱グリコシル化後、該リパーゼは、SDS-PAGEによって概算される約30.0kDaの算出分子量(グリコシル化およびシグナルペプチドを減算した)と合致した(図4のレーン2)。実際、PgLip19028では、ベクターコントロール(2.55±0.06U/mg)と比べて、モデル基質pNPDに対する有意に高いリパーゼ活性(85.41±3.75U/mg)が検出された(図5)。上記の酵母発現系において、主要なタンパク質として分子量約30kDaの粗酵素を約60mg/Lを得ることができた。
【0049】
【表1】
【0050】
実施例4:PgLip19028の至適pHおよび至適温度の決定
PgLip19028の至適pH条件を決定するために、pH3.0~pH3.5の酒石酸バッファー、pH3.5~pH5.5の酢酸バッファー、およびpH6.0~pH6.5の酢酸バッファーを用いて、実施例3で得られた粗酵素のリパーゼ活性を測定した。pH条件以外は、実施例3に記載のとおりである。ベクターコントロールのリパーゼ活性を測定値から引き算した。結果を図6に示す。図中、最も高い活性を100%とし、各条件下での相対値を示した。
【0051】
PgLip19028の至適温度条件を決定するために、10℃、15℃、20℃、25℃、30℃および35℃の温度条件下で反応混合物を10分間インキュベーションし、実施例3で得られた粗酵素のリパーゼ活性を測定した。温度条件以外は、実施例3に記載のとおりである。ベクターコントロールのリパーゼ活性を測定値から引き算した。結果を図7に示す。図中、最も高い活性を100%とし、各条件下での相対値を示した。
【0052】
その結果、PgLip19028の最適な反応温度およびpHをそれぞれ、25℃およびpH4.5であった。また、pH3~pH5の範囲および10℃~35℃の範囲で相対活性40%以上を示し、これらのpH条件または温度条件がPgLip19028を用いた反応に適することが分かった。最適pH4.5は、明らかに他の従来のリパーゼよりも低い。このような最適pHは、シュウ酸などの分泌有機酸のために通常酸性であるP. giganteaの外的環境に合致する。
【0053】
実施例5:PgLip19028のグリセリド分解アッセイ
グリセリド分解アッセイのために、実施例3で得られた1μg/mLの粗酵素またはベクターコントロールを、10mg/mLのトリオレインまたはマツ抽出物、最終濃度15v/v%のtBE、5v/v%DMSOおよび25mM酢酸バッファー(pH4.5)と混合して、全量を1000μLにした。マツ抽出物は、樹皮を剥ぎ、木質部分を粉砕したテーダマツ木粉(1mmメッシュ)を70w/v%アセトンに浸漬し一晩攪拌して得られた。反応混合物を25℃で24時間、120rpmで振盪させながらインキュベーションし、凍結乾燥させ、クロロホルム中に溶解させた。サンプルを薄層クロマトグラフィー(TLC)プレートにアプライし、残りのサンプルをBSTFAによりトリメチルシリル化後、GC-MS分析に付した。GC-MS分析は以下の方法で行った。
【0054】
GC-MS分析
GC-MS分析は、異なる脂質クラスの同時溶出を可能にする、ミディアム長フューズドシリカDB-5HTキャピラリーカラム(12m×0.25mm内径、0.1μmフィルム厚)を用いるイオントラップ検出器(Varian 4000)と結合させたVarian 3800クロマトグラフ(いずれもJ&W Scientific社製)で行った。温度プログラムは100℃(1分)で開始し、1分毎に10℃ずつ380℃まで昇温し、5分間維持した。トランスファーラインを300℃で維持し、インジェクターを120℃(0.1分)から200℃/分で380℃にプログラムし、ヘリウムをキャリアガスとして2mL/分の速度で用いた。マスフラグメントグラフィーによって、およびそれらのマススペクトルをWileyおよびNISTライブラリーおよび標準のマススペクトルと比較することによって、化合物を同定した。N,O-ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド(BSTFA)をピリジンの存在下で用いて、トリメチルシリル誘導体を調製した。
【0055】
GC-MS分析の結果を図8に示す。トリグリセリドはリパーゼ反応後、有意に減少した。一方、ジオレイン、モノオレインおよびオレイン酸が最終産物として同定された(図8A)。さらに、PgLip19028は、針葉樹抽出物中のトリグリセリドおよびジグリセリドから、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸およびパルミチン酸を遊離させた(図8B)。これらの結果は、該リパーゼが、種々の炭素鎖長および不飽和結合を有する広い種類の脂肪酸を生産することを示す。
【0056】
実施例5:市販のリパーゼとの活性比較試験
市販の商業用糸状菌由来リパーゼ4種とPgLip19028のリパーゼ活性を比較した。市販のリパーゼとして、リパーゼM1アマノ(Rhizomucor miehei由来;天野エンザイム株式会社)、リパーゼA6アマノ(Asperigillus niger由来;天野エンザイム株式会社)、リパーゼF-AP15アマノ(Rhizopus oryzae由来;天野エンザイム株式会社)、およびNovozym 51032(Asperigillus 由来;Novozymes)を用いた。実施例3で得られた粗酵素またはベクターコントロールあるいは市販のリパーゼ1μg/mLを用いて、実施例3に記載にしたがってリパーゼ活性を測定した。結果を図9に示す。PgLip19028は粗酵素の状態で、市販のリパーゼよりも高い活性を示した。
【配列表フリーテキスト】
【0057】
SEQ ID NO: 6; Nucleotide sequence coding PgiLip19028 (-signal), codon optimized for Pichia pastoris
SEQ ID NO: 7; Primer
SEQ ID NO: 8; Primer
SEQ ID NO: 9; Primer
SEQ ID NO: 10; Primer
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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