(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022129983
(43)【公開日】2022-09-06
(54)【発明の名称】保護膜付き光陰極
(51)【国際特許分類】
H01J 37/073 20060101AFI20220830BHJP
H01J 1/34 20060101ALI20220830BHJP
【FI】
H01J37/073
H01J1/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021028896
(22)【出願日】2021-02-25
(71)【出願人】
【識別番号】504151365
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(72)【発明者】
【氏名】山本 将博
(72)【発明者】
【氏名】郭 磊
【テーマコード(参考)】
5C101
【Fターム(参考)】
5C101CC12
5C101DD05
5C101DD25
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本発明は、比較的容易に得られる高真空環境(例えば10
-5Pa以上)においても、高輝度で長寿命な保護膜付き光陰極(フォトカソード)、その製造方法などを提供する。
【解決手段】アルカリ系金属薄膜の光陰極2と、光陰極2の表面に備えられた単原子層又は電子が透過可能な薄膜である保護膜4と、光陰極2及び保護膜4を内包し気密的にパッケージするシール材3と、からなることを特徴とする保護膜付き膜光陰極の構成とした。また、真空環境下で第一基板2a上に成膜された光陰極2に、メッシュ状の第二基板4aに備えられた保護膜4を光陰極2に向けたうえで、第一基板2aと第二基板4aを気密的にシールすることを特徴とする保護膜付き膜光陰極の製造方法の構成とした。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ系金属薄膜の光陰極と、
前記光陰極の表面に備えられた単原子層又は電子が透過可能な薄膜である保護膜と、
前記光陰極及び前記保護膜を内包し気密的にパッケージするシール材と、
からなることを特徴とする保護膜付き膜光陰極。
【請求項2】
前記光陰極を、第一基板上に成膜された光陰極とし、前記保護膜を、メッシュ部を備える第二基板に前記メッシュ部を覆い密着した保護膜としたことを特徴とする請求項1に記載の保護膜付き光陰極。
【請求項3】
前記シールが、インジウムの線材の低融点・低アウトガス性の熱溶融圧着物であることを特徴とする請求項2に記載の保護膜付き光陰極。
【請求項4】
請求項1に記載の保護膜付き光陰極を、10-5Pa以上の真空環境で使用できることを特徴とする保護膜付き光陰極の使用方法。
【請求項5】
請求項1に記載の保護膜付き膜光陰極の製造方法であって、
真空環境下で第一基板上に成膜された前記光陰極に、メッシュ状の第二基板に備えられた前記保護膜を前記光陰極に向けたうえで、前記第一基板と前記第二基板を気密的にシールすることを特徴とする保護膜付き膜光陰極の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の保護膜付き膜光陰極の製造方法に用いる保護膜付き膜光陰極の製造装置であって、
真空チャンバーと、
前記真空チャンバー内で前記第一基板を固定する第一ステージと、
前記真空チャンバー内で前記第二基板を保持しヒータを備える第二ステージとからなり、
前記第一ステージと前記第二ステージの何れか或いは両方を移動させ近づけ押し当てたうえで、
前記第一基板に載置した熱溶解性シール材を前記ヒータで加熱溶解させ、前記第一基板と前記第二基板を気密的にシールすることを特徴とする保護膜付き膜光陰極の製造装置。
【請求項7】
前記熱溶解性シール材が環状シールで、前記ヒータが前記環状シール部を環状に加熱するヒータであることを特徴とする請求項6に記載の保護膜付き膜光陰極の製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、比較的容易に得られる高真空環境(例えば10-5Pa以上)においても、高輝度で長寿命な保護膜付き光陰極(フォトカソード)、その製造方法及び製造装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
負の電子親和性(NEA)の半導体、或いはアルカリ金属薄膜のフォトカソードなどの光陰極では、短パルス(ピコ秒~ナノ秒のオーダー)で数~10数%の非常に高い量子効率(QE)が得られる。したがって、自由電子レーザー等の近年の先端的な電子加速器、その他、電子顕微鏡、電子線リソグラフィー、高輝度の電子線が必要となるごく一部の電子源、装置に利用されている。
【0003】
しかし、これらの光陰極は化学的に活性なため、具体的には装置内の残留ガスとの反応性の高さから、使用に際しては超高真空環境が不可欠で、ビーム加速における電子源としては10-7Pa以下の良好な真空環境が必要であり、寿命も短い欠点があった。また、光陰極の使用に際しては、定期的なメンテナンスが必要であり、用途が限られているのが現状である。
【0004】
近年の先端的な電子加速器および将来計画では大電流かつ高輝度の電子ビームが長時間安定に生成できる光陰極が求められており、特許文献1のように、保護膜として、グラフェン膜を備える光陰極が提案され、従来よりも数桁長い寿命を達成できる可能性があることを見いだした。
【0005】
しかしながら、実用に際しては、一定の大きさの保護膜を気密的に光陰極に備える必要があるが、非特許文献1ではその点を解決できていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、比較的容易に得られる高真空環境(例えば10-5Pa以上)においても、高輝度で長寿命な保護膜付き光陰極(フォトカソード)、その製造方法及び製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本願発明は、
(1)
アルカリ系金属薄膜の光陰極と、
前記光陰極の表面に備えられた単原子層又は電子が透過可能な薄膜である保護膜と、
前記光陰極及び前記保護膜を内包し気密的にパッケージするシール材と、
からなることを特徴とする保護膜付き膜光陰極。
(2)
前記光陰極を、第一基板上に成膜された光陰極とし、前記保護膜を、メッシュ部を備える第二基板に前記メッシュ部を覆い密着した保護膜としたことを特徴とする(1)に記載の保護膜付き光陰極。
(3)
前記シールが、インジウムの線材の低融点・低アウトガス性の熱溶融圧着物であることを特徴とする(2)に記載の保護膜付き光陰極。
(4)
(1)に記載の保護膜付き光陰極を、10-5Pa以上の真空環境で使用できることを特徴とする保護膜付き光陰極の使用方法。
(5)
(1)に記載の保護膜付き膜光陰極の製造方法であって、
真空環境下で第一基板上に成膜された前記光陰極に、メッシュ状の第二基板に備えられた前記保護膜を前記光陰極に向けたうえで、前記第一基板と前記第二基板を気密的にシールすることを特徴とする保護膜付き膜光陰極の製造方法。
(6)
(1)に記載の保護膜付き膜光陰極の製造方法に用いる保護膜付き膜光陰極の製造装置であって、
真空チャンバーと、
前記真空チャンバー内で前記第一基板を固定する第一ステージと、
前記真空チャンバー内で前記第二基板を保持しヒータを備える第二ステージとからなり、
前記第一ステージと前記第二ステージの何れか或いは両方を移動させ近づけ押し当てたうえで、
前記第一基板に載置した熱溶解性シール材を前記ヒータで加熱溶解させ、前記第一基板と前記第二基板を気密的にシールすることを特徴とする保護膜付き膜光陰極の製造装置。
(7)
前記熱溶解性シール材が環状シールで、前記ヒータが前記環状シール部を環状に加熱するヒータであることを特徴とする(6)に記載の保護膜付き膜光陰極の製造装置。
とした。
【0009】
ここで、光陰極は、従来の光陰極が採用できる。
【0010】
保護膜は、グラフェン、シリセン、六方晶窒化ホウ素(hBN)など単原子層、あるいは光、電子を透過させることがき、一方、ガス不透過性である十分薄い薄膜から構成され、光陰極に対して不活性(悪影響を与えず)、かつ一般的な残留ガス(水素、メタン、水、一酸化炭素、窒素、酸素、二酸化炭素等)に対しても化学的に安定(反応及びイオン衝突に耐性がある)な1辺数mm相当以上の均一な、化学的・物理的に強固に結合した膜である。
【0011】
シールは、ガス透過性の低く、かつガス放出も低い物質を用いる。例えば、インジウム線のリングが例示でき、第一基板と第二基板の接合時に接合部を短時間加熱し、インジウムを溶融させることで気密性を確保する。加熱時は光陰極が高温にならないように接合部のみ局所的に加熱する装置を利用するとよい。アルカリ金属系薄膜の光陰極であるK2CsSbは70℃程度までは安定であるので、周囲にインジウム線を置き、瞬時に加熱・融解させて基板同士を気密的に接合させることが可能である。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、上記構成であるので、次の効果を奏する。
図5に示すように、光陰極の表面に気密的に保護膜を備えることにより、電子源内において、光陰極に対して活性な残留ガス(水素、水、一酸化炭素、酸素、二酸化炭素など)に直接触れることがなく、光照射(hv)により光陰極で発生した電子(e
-)は保護膜を通過し、取り出される。
【0013】
この保護膜を気密的に備えることによってこれまで光陰極の使用が困難であった高真空環境(10-5Paより高い圧力)で高量子効率を維持したまま光陰極を長時間利用できる。一般的な粗びき排気系(ロータリーポンプとターボ分子ポンプの組合せ等)で容易に得られる高真空(10-5Pa程度)で効率的に光電子を取り出すことができる。
したがって、超高真空生成が困難な機器の電子源として利用が可能となる。さらに、半導体、或いはアルカリ金属薄膜のフォトカソードから発生する電子ビームは一般的に使用されている熱電子源より高輝度であり、そして短パルス電子線を利用することで時間分解能を付与した計測も可能となる。
また、超高真空が得られる環境においても従来の光陰極と比べて寿命がはるかに長くなるため、これまで光陰極の定期的な管理が不要となるメンテナンスフリーの電子源として利用できる可能性がある。
よって、本発明の光陰極を、大電流電子ビームを必要とする先端電子加速器の他、電子顕微鏡や電子線リソグラフィーなどの電子源に対して広く利用することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本発明である保護膜付き光陰極の製造方法の一部断面による説明模式図である。
【
図2】
図2は、
図1の光陰極部及び保護膜部付近の拡大図である。
【
図3】
図3は、
図1において、第一ステージをロッドで移動させ、第二ステージに押し当てて、気密シールする状態を示す断面模式図である
【
図4】
図4は、
図3において、気密シールした後の保護膜付き光陰極の部分拡大断面模式図である。
【
図5】
図5は、保護膜付きを光陰極による電子発生の説明模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付の図面を参照し、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、本発明は下記形態例に限定されるものではない。
【実施例0016】
図1-4を参照して、本発明である保護膜付き光陰極、その製造方法及び製造装置について、説明する。
【0017】
<保護膜付き光陰極>
図4,5に示すように、保護膜付き光陰極1は、アルカリ系金属薄膜の光陰極2と、光陰極2の表面に備えられた単原子層又は電子が透過可能な薄膜である保護膜4と、光陰極2及び保護膜4を内包し気密的にパッケージするシール材3と、からなる。
【0018】
より詳しくは、
図4に示すように、光陰極2は、真空環境下で、第一基板2a上に真空蒸着など光陰極薄膜の素材に適した成膜装置(図示省略)で成膜される。第一基板2aは、金属、半導体などで、光陰極2を成膜する成膜エリア2cと、成膜エリア2cを囲む凹部2bの両サイドの壁からなる。凹部2bには、環状のシール材3を載置する。
【0019】
保護膜4は、メッシュ部4bを備える第二基板4aにメッシュ部4bを覆い密着4cする、例えばファンデルワールス力で密着する。第二基板4aは、金属などで、光照射で生成された電子をメッシュ部4b通し放出する。
【0020】
保護膜4は、例えば、その成膜装置(図示省略)で一端、保護膜成長に適した基板で成長させる。成膜後、保護膜4を成膜した基板から保護膜の種類に適した手法で第二基板4aに写し取って(転写)、保護膜4付き第二基板4aとして、パッケージングに使用する。
【0021】
シール材3は、例えば、インジウムの線材の低融点・低アウトガス性の熱溶融圧着物であり、第一基板2aと第二基板4aの光陰極2及び保護膜4で覆われていない部分同士を接合部3aで密着させる。
【0022】
このようにパッケージングされた保護膜付き光陰極1は、光陰極に対して活性な残留ガスに直接触れることがなく、光照射(hv)により光陰極2で発生した電子(e-)は保護膜4を通過して放出する。そして、超高真空ではない真空環境(10-5Paより高い圧力)下でも、高量子効率を維持したまま光陰極2を長時間利用することができる。
【0023】
<保護膜付き光陰極の製造方法及び製造装置>
図1-4に示すように、保護膜付き光陰極の製造装置10は、第一基板2aを載置する第一ステージ11と、第二基板4aを保持する第二ステージ14とかなる。
【0024】
この例では、保護膜付き光陰極の製造装置10に、さらに第一基板2aを第一ステージ11に固定する押さえ12と、第一ステージ11を第二ステージ14方向に対して前後動して移動させるロッド13とを備える。
【0025】
ここでは、第一ステージ11を移動させ、第二ステージ14に押し当てているが、第二ステージ14を移動させても、第一、第二ステージ11、14の両方を移動させてもよい。第一ステージ11は、光陰極2の成膜装置から、真空チャンバー15に移動させる際も使用することができる。
【0026】
それらは、真空チャンバー15の中で、気密的なパッケージングに利用される。すなわち第一基板2a及び第二基板4aで光陰極2及び保護膜4を挟持し、シール材3により第一基板2a及び第二基板4aを接合し、光陰極2及び保護膜4を内包する。
【0027】
第一ステージ11は、内部窪みにロッド13を嵌め、上面には第一基板2aを載置する窪んだ載置部11aを備え、端部にはフランジ11bを形成し、真空チャンバー15内で第一基板2aを固定する。
【0028】
フランジ11bは、第一ステージを光陰極2の成膜装置、保護膜付き光陰極1を電子銃などの設置先に固定する際に使用するが、固定、設置先に合わせ、フランジ11bの有無、形状、他の固定、設置手段は適宜選択すればよい。
【0029】
第二ステージ14は、内部空洞14dの内枠14aと外枠14bの間の環状の溝14cに環状のヒータ14eを備え、真空チャンバー15内で第二基板4aを保持し、
図3の状態でシール材3を環状に加熱する。
【0030】
なお、第二ステージ14は、図示省略の移動ロッドに固定され、真空チャンバー15内に挿抜できるよう構成されている。また、第二ステージ14は、パッケージング後、真空チャンバー15から引き抜かれるが、その際、第二基板4aは、第一基板2aに融着しているため、第二ステージ14と第二基板4aは分離する。
【0031】
その結果、真空環境下で、第一基板2aと第二基板4aで、光陰極2及び保護膜4を挟持したうえで、内包して気密的にシールすることができる。
【0032】
このようにして、第一、第二基板2a、4a、保護膜4、シール材3によって、環境雰囲気を遮断するようパッケージングした光陰極2は、パッケージングされたまま、各種装置に取り付け、電子源として利用される。より安定を図るため、真空環境下の装置に装着するまで、真空下で移動、輸送することが望ましい。