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特開2022-131943ワクチン、医薬及び糖尿病合併症治療薬
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022131943
(43)【公開日】2022-09-07
(54)【発明の名称】ワクチン、医薬及び糖尿病合併症治療薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/08 20190101AFI20220831BHJP
   A61K 39/00 20060101ALI20220831BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20220831BHJP
   A61P 3/06 20060101ALI20220831BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20220831BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20220831BHJP
   A61P 13/12 20060101ALI20220831BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20220831BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20220831BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20220831BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20220831BHJP
   C07K 7/00 20060101ALN20220831BHJP
【FI】
A61K38/08
A61K39/00 H
A61P3/10
A61P3/06
A61P1/16
A61P27/02
A61P13/12
A61P11/00
A61P35/00
A61K39/395 D
A61P9/10
C07K7/00 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021031201
(22)【出願日】2021-02-26
(71)【出願人】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(71)【出願人】
【識別番号】505082350
【氏名又は名称】学校法人 明治薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100126882
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 光永
(72)【発明者】
【氏名】長岡 泰司
(72)【発明者】
【氏名】横田 陽匡
(72)【発明者】
【氏名】山上 聡
(72)【発明者】
【氏名】花栗 潤哉
(72)【発明者】
【氏名】中神 啓徳
(72)【発明者】
【氏名】林 宏樹
(72)【発明者】
【氏名】櫛山 暁史
【テーマコード(参考)】
4C084
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
4C084AA01
4C084AA02
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA17
4C084BA18
4C084BA23
4C084NA14
4C084ZA33
4C084ZA36
4C084ZA59
4C084ZA75
4C084ZA81
4C084ZB26
4C084ZC33
4C084ZC35
4C085AA03
4C085AA13
4C085BB11
4C085EE06
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA15
4H045BA41
4H045BA60
4H045CA40
4H045DA89
4H045EA31
4H045FA20
(57)【要約】
【課題】簡便、且つ、治療費用が安価である、糖尿病合併症を治療する技術を提供する。
【解決手段】ペプチドと、担体とのコンジュゲートを有効成分として含むワクチンを採用する。前記ペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、又は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるペプチドである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)及び(b)からなる群より選択されるペプチドと担体とのコンジュゲートを有効成分として含む、ワクチン:
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるペプチド。
【請求項2】
オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路関連疾患の治療に用いられる、請求項1に記載のワクチン。
【請求項3】
前記オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路関連疾患が、糖尿病、糖尿病合併症、脂質異常症、肝障害、眼疾患、腎障害、肺線維症、心血管障害及びがんからなる群より選択される一種以上の疾患を含む、請求項2に記載のワクチン。
【請求項4】
配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドに特異的に結合する抗体、及び前記抗体の誘導体からなる群より選択される一種以上を、有効成分として含む、医薬。
【請求項5】
オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路関連疾患の治療に用いられる、請求項4に記載の医薬。
【請求項6】
前記オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路関連疾患が、糖尿病、糖尿病合併症、脂質異常症、肝障害、眼疾患、腎障害、肺線維症、心血管障害及びがんからなる群より選択される一種以上の疾患を含む、請求項5に記載の医薬。
【請求項7】
オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路の阻害剤を含む、糖尿病合併症治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワクチン、医薬及び糖尿病合併症治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
生活習慣病の一つである糖尿病、特に2型糖尿病は、肥満、過食、運動不足、ストレス、飲酒、高齢化等を原因とする疾患であり、肝臓や腎臓等の器官、組織に損傷を与え、様々な合併症を引き起こす。糖尿病、特に2型糖尿病の患者数は、世界全体で急増している。
【0003】
糖尿病に罹患すると、微小血管障害を引き起こし、糖尿病性神経障害、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症等の合併症を発症する場合がある。また、糖尿病は、虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症等の大血管合併症、皮膚合併症、下肢合併症、免疫不全、創傷治癒遅延、肝機能障害を引き起こす場合がある。
【0004】
ところで、糖尿病合併症のひとつである糖尿病性網膜症の治療方法としては、VEGFの活性を阻害する薬剤(抗VEGF薬)を硝子体内に注射する方法が知られている(例えば、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Zhao Y and Singh RP, The role of anti-vascular endothelial growth factor (anti-VEGF) in the management of proliferative diabetic retinopathy, Drugs Context. 2018 Aug 13;7:212532.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、抗VEGFを硝子体内に注射する治療方法は、侵襲的手法であるため、硝子体出血、水晶体損傷、眼内炎等を引き起こす場合があり、また、治療費が高額であるという問題がある。
そこで、本発明は、糖尿病網膜症の治療に用いることができ、且つ低侵襲な方法で投与可能なワクチン、及び医薬を提供することを目的とする。また、新規メカニズムに基づく糖尿病合併症治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]下記(a)及び(b)からなる群より選択されるペプチドと担体とのコンジュゲートを有効成分として含む、ワクチン:
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるペプチド。
[2]オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路関連疾患の治療に用いられる、[1]に記載のワクチン。
[3]前記オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路関連疾患が、糖尿病、糖尿病合併症、脂質異常症、肝障害、眼疾患、腎障害、肺線維症、心血管障害及びがんからなる群より選択される一種以上の疾患を含む、[2]に記載のワクチン。
[4]配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドに特異的に結合する抗体、及び前記抗体の誘導体からなる群より選択される一種以上を、有効成分として含む、医薬。
[5]オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路関連疾患の治療に用いられる、[4]に記載の医薬。
[6]前記オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路関連疾患が、糖尿病、糖尿病合併症、脂質異常症、肝障害、眼疾患、腎障害、肺線維症、心血管障害及びがんからなる群より選択される一種以上の疾患を含む、[5]に記載の医薬。
[7]オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路の阻害剤を含む、糖尿病合併症治療薬。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、糖尿病網膜症の治療に用いることができ、且つ低侵襲な方法で投与可能なワクチン、及び医薬を提供することができる。また、新規メカニズムに基づく糖尿病合併症治療薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1A】糖尿病網膜症患者の硝子体内における、LPCの濃度の解析結果を示すグラフである。
図1B】糖尿病網膜症患者の硝子体内における、オートタキシンの濃度の解析結果を示すグラフである。
図1C】糖尿病網膜症患者の硝子体内における、LPAの濃度の解析結果を示すグラフである。
図2A】オートタキシン部分ペプチドを含むワクチンを投与して得られた、抗血清(E1)及び抗血清(E2)の抗体価を解析した結果を示すグラフである。
図2B】オートタキシン部分ペプチドを含むワクチンを投与して得られた、抗血清(E1)及び抗血清(E2)の、ウェスタンブロット解析の結果を示す図である。
図3】ワクチン投与及び試験スケジュールを示す図である。
図4A】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスの体重を解析した結果を示すグラフである。
図4B】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスの随時血糖値を解析した結果を示すグラフである。
図4C】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスの眼内圧を解析した結果を示すグラフである。
図4D】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスの平均血圧を解析した結果を示すグラフである。
図4E】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスの眼灌流圧を解析した結果を示すグラフである。
図5A】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスの安静時視神経乳頭血流を解析した結果を示すグラフである。
図5B】本発明のワクチンを投与した、出生8週間後のdb/dbマウスの、フリッカー刺激に対する視神経乳頭血流の変化を解析した結果を示すグラフである。
図5C】本発明のワクチンを投与した、出生10週間後のdb/dbマウスの、フリッカー刺激に対する視神経乳頭血流の変化を解析した結果を示すグラフである。
図5D】本発明のワクチンを投与した、出生12週間後のdb/dbマウスの、フリッカー刺激に対する視神経乳頭血流の変化を解析した結果を示すグラフである。
図5E】本発明のワクチンを投与した、出生14週間後のdb/dbマウスの、フリッカー刺激期間における視神経乳頭血流の変化を解析した結果を示すグラフである。
図5F図5B~Eのグラフから算出した、フリッカー刺激期間における視神経乳頭血流のベースラインからの変化率の総面積を示すグラフである。
図5G図5Fにおける総面積の算出方法を説明する図である。
図6A】本発明のワクチンを投与した、出生8週間後のdb/dbマウスの、高酸素負荷に対する視神経乳頭血流の変化を解析した結果を示すグラフである。
図6B】本発明のワクチンを投与した、出生10週間後のdb/dbマウスの、高酸素負荷に対する視神経乳頭血流の変化を解析した結果を示すグラフである。
図6C】本発明のワクチンを投与した、出生12週間後のdb/dbマウスの、高酸素負荷に対する視神経乳頭血流の変化を解析した結果を示すグラフである。
図6D】本発明のワクチンを投与した、出生14週間後のdb/dbマウスの、高酸素負荷に対する視神経乳頭血流の変化を解析した結果を示すグラフである。
図6E図6A~Dのグラフから算出した、高酸素負荷期間における視神経乳頭血流のベースラインからの変化率の総面積を示すグラフである。
図6F図6Eにおける総面積の算出方法を説明する図である。
図7A】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスのa波の振幅の測定結果を示すグラフである。
図7B】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスのa波の潜時の測定結果を示すグラフである。
図7C】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスの、b波の振幅の測定結果を示すグラフである。
図7D】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスのb波の潜時の測定結果を示すグラフである。
図7E】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスのOP波1の潜時の測定結果を示すグラフである。
図7F】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスのOP波2の潜時の測定結果を示すグラフである。
図7G】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスのOP波3の潜時の測定結果を示すグラフである。
図7H】本発明のワクチンを投与した、出生8~14週間後のdb/dbマウスのOP波1~3の振幅の合計の測定結果を示すグラフである。
図8】本発明のワクチンを投与した、出生15週後のdb/dbマウスの腎組織切片を撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[ワクチン]
一実施形態において、本発明は、下記(a)及び(b)からなる群より選択されるペプチドと担体とのコンジュゲートを有効成分として含む、ワクチンを提供する。
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるペプチドからなる群より選択されるペプチド。
【0011】
<ペプチド>
本実施形態に係るワクチンは、後述する担体とのコンジュゲートとして、下記(a)及び(b)からなる群より選択されるペプチドと含む。
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるペプチドからなる群より選択されるペプチド。
配列番号1のアミノ酸配列は、以下の通りである。
SEQPDFSGHK(配列番号1)
【0012】
上記(b)において、複数個とは、2~5個であってもよく、2~4個であってもよく、2~3個であってもよく、2個であってもよい。なお、上記(b)において、1若しくは複数個のアミノ酸が付加される場合、付加されるアミノ酸数は、1~30個であってもよく、1~20個であってもよく、1~10個であってもよく、1~5個であってもよく、1~3個であってもよく、1個又は2個であってもよい。アミノ酸の付加は、配列番号1に記載のアミノ酸配列のN末端及びC末端のいずれに行われてもよい。
【0013】
配列番号1に記載のアミノ酸配列は、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなる、マウスのオートタキシン(NCBI RefSeq ID NP_056559.2)において、第307番目~第316番目のアミノ酸配列である。
【0014】
また、配列番号1に記載のアミノ酸配列は、配列番号3に記載のアミノ酸配列からなる、ヒトのオートタキシン(NCBI RefSeq ID AAH34961.1)において、第308番目~第317番目のアミノ酸配列である。
【0015】
上記(b)のペプチドは、ペプチドと担体とのコンジュゲートを容易に作製可能とする観点から、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドのN末端又はC末端にシステインが付加されたペプチドであることが好ましく、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドのN末端にシステインが付加されたペプチドであることがより好ましい。
【0016】
オートタキシンは、リゾホスファチジルコリン(LPC)をリゾホスファチジン酸(LPA)とコリンに分解する反応を触媒する活性(リゾホスホリパーゼD活性)を有する酵素である。
オートタキシンの発現量又は活性が亢進した場合、LPA濃度が上昇し、LPA受容体を活性化すると推定される。
【0017】
配列番号1に記載のアミノ酸配列は、種間で保存された、オートタキシンの触媒領域に位置する配列である。
【0018】
上述のペプチドを後述する担体とのコンジュゲートとして対象の動物に投与することにより、オートタキシンに対する免疫応答が誘導される。特に、オートタキシンに対する液性免疫が誘導され、その動物の血液中において、抗オートタキシン抗体が産生される。抗オートタキシン抗体は、その動物の血液中のオートタキシンに結合し、オートタキシンの活性を抑制すると考えられる。オートタキシンの活性抑制により、LPAの生成が抑制される。そのため、オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路の活性化に関連する疾患を治療することができる。
【0019】
本実施形態に係るワクチンでは、上記(a)のペプチドに加えて、上記(b)のペプチドも使用可能である。上記(b)のペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列が変異したアミノ酸配列である。(b)のペプチドが有する変異の数及び種類は、オートタキシンに対する免疫応答能(特に抗オートタキシン抗体誘導能)を有する限り、特に限定されない。
【0020】
抗原に対する免疫誘導においては、抗原提示細胞が、免疫原性タンパク質を細胞内に取り込み、免疫原性タンパク質をプロセッシングによってフラグメント化する。抗原提示細胞は、前記免疫原性タンパク質のフラグメントを、MHCクラスI又はクラスII分子等の抗原提示分子を介して抗原として提示する。抗原提示細胞による抗原ペプチド提示により、T細胞、及びB細胞が活性化し、抗体産生等の免疫応答が誘導される。
【0021】
上記(a)のペプチドと担体とのコンジュゲートは、抗原提示細胞内に取り込まれた後、プロセッシングを受けてフラグメント化し、そのフラグメントはMHCクラスI又はクラスII分子等の抗原提示分子を介して抗原として提示されることで、オートタキシンに対する免疫応答が誘導される。
【0022】
そのため、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなるペプチドと担体とのコンジュゲートも、抗原提示細胞のプロセッシングによってフラグメント化されることで、最終的には配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド又はプロセッシングを受けたその断片が抗原提示されることとなる。そのため、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなるペプチドは、上記(a)のペプチドと同様に、オートタキシンに対する免疫誘導能を有すると考えられる。なお、(b)のペプチドにおいて(a)のペプチドに対して付加されるアミノ酸は、ヒトのオートタキシン(配列番号3)又はマウスのオートタキシン(配列番号2)のアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列に隣接するアミノ酸又はアミノ酸配列であることが好ましい。
【0023】
また、元のペプチドに対して、1若しくは複数個の欠失若しくは置換したアミノ酸配列からなるペプチドの場合も、アミノ酸配列の類似性により、元のペプチドと同様の免疫応答能を有すると考えられる。(b)のペプチドは、(a)のペプチドのアミノ酸配列(配列番号1)に対して(a)のペプチドの抗原性に影響しない変異を有していてもよい。そのような変異としては、例えば、保存的置換と呼ばれる置換が挙げられる。保存的置換は、機能的に類似する側鎖を有するアミノ酸間での置換である。機能的に類似するアミノ酸側鎖の分類としては、疎水性側鎖(A、I、L、M、F、P、W、Y、V)、親水性側鎖(R、D、N、C、E、Q、G、H、K、S、T)、脂肪族側鎖(G、A、V、L、I、P)、ヒドロキシル基含有側鎖(S、T、Y)、硫黄原子含有側鎖(C、M)、カルボン酸及びアミド含有側鎖(D、N、E、Q)、塩基含有側鎖(R、K、H)、香族含有側鎖(H、F、Y、W)等が挙げられる。また、以下の1)~8)群に記載されるアミノ酸は、各群内で、相互に保存的置換であることが知られている。
1)アラニン(A)、グリシン(G)
2)アスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E)
3)アスパラギン(N)、グルタミン(Q)
4)アルギニン(R)、リジン(K)
5)イソロイシン(I)、ロイシン(L)、メチオニン(M)、バリン(V)
6)フェニルアラニン(F)、チロシン(Y)、トリプトファン(W)
7)セリン(S)、スレオニン(T)
8)システイン(C)、メチオニン(M)
以下、上記(a)及び(b)のペプチドを纏めて表すときは、「オートタキシン部分ペプチド」と表記する場合がある。
【0024】
オートタキシン部分ペプチドは、当該技術分野において通常用いられる方法、例えばペプチドの合成法に関する文献「Solid Phase Peptide Synthesis」(John Morrowら著、1984年、Pierce Chemical Company発行)、「Fmoc solid synthesis:a practical approach」(W.C.Chanら編、2000年、Oxford University Press発行)、又は「第5版 実験化学講座 第16巻 有機化合物の合成IV」(日本化学会編、丸善株式会社発行)を参照して、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)やtBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等の有機化学的合成方法によって作製することができる。また、一般にペプチドシンセサイザーと称される市販機器を用いて合成することもできる。前記各文献の記載は、参照により本明細書に取り込まれる。
【0025】
オートタキシン部分ペプチドは、これをコードする核酸に種々の公知の遺伝子組み換え手法を適用することで、組み換えタンパク質として製造することも可能である。マウス及びヒトのオートタキシンのアミノ酸配列及びそれらをコードする核酸の塩基配列は、例えばGenBank等のデータベースに登録されている。それら塩基配列情報を基にして、オートタキシン部分ペプチドをコードする核酸を化学合成したり、又は適当な遺伝子ソースからクローニングしたりすることは、当業者の通常の作業能力の範囲内で行うことができる。
【0026】
オートタキシン部分ペプチドは、そのN末端及び/又はC末端にFlagタグ、ポリヒスチジンタグ、c-Mycタグ、HAタグ、AU1タグ、GSTタグ、MBPタグ等のタグペプチドが付加された形態で製造されてもよく、また蛍光タンパク質、グルタチオントランスフェラーゼその他のタンパク質との融合タンパク質の形態で製造されてもよい。これらタグペプチド及び他のタンパク質は、担体とのコンジュゲートの作製の際に取り除かれることが好ましい。また、オートタキシン部分ペプチドは、蛍光物質、発光物質、ビオチンその他の適当な標識剤で標識されていてもよい。
【0027】
担体とのコンジュゲートに使用するために、オートタキシン部分ペプチドを構成するアミノ酸残基の側鎖と反応性を有しない官能基を含む人工アミノ酸を、オートタキシン部分ペプチドのN末端又はC末端に導入してもよい。この場合、当該人工アミノ酸の官能基を担体とのコンジュゲートに使用することができる。
【0028】
<担体>
オートタキシン部分ペプチドは、担体とのコンジュゲートとして、本実施形態にかかるワクチンに含有される。本明細書において、「担体」とは、ハプテンと結合することで、ハプテンに免疫原性を付与することのできる物質を意味する。ハプテンとは、単独では免疫原性を有さないか、免疫原性が極めて低い物質である。ハプテンが担体と結合することで誘導し得る免疫応答としては、当該ハプテンに対する抗体の産生誘導が挙げられる。
【0029】
担体の代表例としては、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)、ウシ血清アルブミン(BSA)、オボアルブミン(OVA)、ヒト血清アルブミン(HSA)、チログロブリン(THY)、その他の高分子量タンパク質を挙げることができる。特に好ましい高分子量タンパク質はKLHである。また、担体は金ナノ粒子(特開2006-335722)等の金属粒子、多糖類等でもよい。好ましい担体は高分子量タンパク質であり、KLHが特に好ましい。
【0030】
オートタキシン部分ペプチドと担体とのコンジュゲートは、使用する担体毎に知られている方法によって作製することができる。コンジュゲートの作製方法としては、オートタキシン部分ペプチドと担体とを、例えばMBS(m-Maleimidobenzoyl-N-hydroxysuccinimide ester)法、EDC(1-ethy-3-(3-dimethylaminopropyl) carbodiimide hydrochloride)法、グルタルアルデヒド法等により化学的に結合させる方法等が挙げられる。より具体的には、例えば、以下に述べる方法により、オートタキシン部分ペプチドと担体とを化学的に結合させることができる。
【0031】
オートタキシン部分ペプチドにおいて、N末端のアミノ酸残基を除くアミノ酸配列が、リシン残基を有しない場合であって担体がアミノ基を有する場合、グルタルアルデヒド等のアミン架橋剤により、オートタキシン部分ペプチドのN末端のアミノ基と担体のアミノ基とを化学的に結合させることができる。
【0032】
オートタキシン部分ペプチドにおいて、C末端のアミノ酸残基を除くアミノ酸配列が、グルタミン酸残基及びアスパラギン酸残基を有しない場合であって担体がアミノ基を有する場合、オートタキシン部分ペプチドのC末端カルボキシル基にEDC等のカルボジイミド架橋剤を結合させることにより、担体のアミノ基と化学的に結合させることができる。
【0033】
オートタキシン部分ペプチドがシステイン残基を有しない場合であって担体がチオール基を有する場合、オートタキシン部分ペプチドのN末端又はC末端にシステイン残基を付加し、当該システイン残基にMBS等のチオール架橋剤を結合させることにより、担体のチオール基と化学的に結合させることができる。
【0034】
<他の成分>
本実施形態にかかるワクチンは、オートタキシン部分ペプチドと担体とのコンジュゲートに加えて、他の成分を含んでいてもよい。例えば、本実施形態にかかるワクチンは、コンジュゲートの他にアジュバントを含むことが好ましい。アジュバントとしては、コンジュゲートと一緒に又は別に投与して、その抗原に対する免疫応答を非特異的に高める物質であれば、限定されない。
【0035】
アジュバントとしては、例えば、沈降性アジュバント、油性アジュバント等が挙げられる。
沈降性アジュバントとしては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化アルミニウム、リン酸カルシウム、リン酸アルミニウム、ミョウバン、カルボキシビニルポリマー等が挙げられる。
油性アジュバントとしては、例えば、流動パラフィン、ラノリン、フロイント、モンタナイド、不完全フロイントアジュバント、完全フロイントアジュバント等が挙げられる。
アジュバントは、1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0036】
アジュバントの配合量は、抗原に対する免疫応答を誘導し得る量であれば特に限定され
ず、アジュバントの種類等により適宜選択すればよい。
【0037】
本実施形態にかかるワクチンは、アジュバント以外の他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば、溶媒、希釈剤、ビヒクル、賦形剤、流動促進剤、結合剤、分散化剤、懸濁化剤、湿潤剤、滑沢剤、崩壊剤、可溶化剤、安定剤、乳化剤、充填剤、保存剤(例えば、酸化防止剤)、キレート剤、増粘剤、緩衝剤、着色剤等が挙げられるが、これらに限定されない。これらは、1種を単独で含んでいてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0038】
<適用対象>
本実施形態にかかるワクチンは、オートタキシン部分ペプチドと担体とのコンジュゲートを有効成分として含む。本明細書において、「有効成分」とは、目的とする治療効果の発現のために主として作用する成分を意味する。オートタキシン部分ペプチドと担体とのコンジュゲートは、ワクチン投与対象の体内にオートタキシンに対する免疫応答を誘導し、オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路(以下、「ATX-LPA経路」ともいう。)を阻害する。そのため、ATX-LPA経路の活性化に関連する疾患の治療に用いることができる。
【0039】
本明細書において、「ATX-LPA経路」とは、オートタキシンにより触媒されるLPCからLPAを生成する反応経路、及びLPAがLPA受容体(LPAR1~LPAR6)に結合することで活性化するシグナル伝達経路(以下、「LPAシグナル伝達経路」ともいう。)を包含する。AXT-LPA経路の亢進が関与する疾患が複数報告されている。本実施形態にかかるワクチンは、オートタキシンに対する免疫応答(抗オートタキシン抗体の産生等)を誘導し、LPAの産生を抑制し、LPAシグナル伝達経路を阻害する。そのため、ATX-LPA経路の異常亢進が関与する疾患の治療に適用することができる。なお、本明細書において、「オートタキシン-リゾホスファチジン酸経路関連疾患」(以下、「ATX-LPA経路関連疾患」ともいう)とは、ATX-LPA経路の活性化に起因する疾患、又はATX-LPA経路の活性化が症状の進行に関与する疾患を意味する。ATX-LPA経路関連疾患においては、疾患部においてオートタキシン、LPA又はLPA受容体の活性化、存在量の上昇、及び/又は活性化等が観察される。
【0040】
ATX-LPA経路関連疾患としては、例えば、糖尿病、糖尿病合併症、脂質異常症、肝障害、眼疾患、腎障害、肺線維症、心血管障害及びがん等が挙げられる。したがって、本実施形態にかかるワクチンは、糖尿病、糖尿病合併症、脂質異常症、肝障害、眼疾患、腎障害、肺線維症、心血管障害及びがんからなる群より選択される一種以上の治療に用いてもよい。
【0041】
本実施形態にかかるワクチンが治療し得る糖尿病としては、例えば、2型糖尿病、インスリン抵抗性症候群等が挙げられる。
部分欠損型オートタキシンを有するマウスは、インスリン抵抗性が改善することが報告されている(D’Souza K et al., Autotaxin-LPA signaling contributes to obesity-induced insulin resistance in muscle and impairs mitochondrial metabolism, J Lipid Res. 2018 Oct;59(10):1805-1817.)。
【0042】
本実施形態にかかるワクチンが治療し得る糖尿病合併症としては、例えば、糖尿病性微小血管障害、大血管障害、白内障、高脂血症等が挙げられる。
糖尿病性微小血管障害としては、例えば、糖尿病性神経障害、糖尿病網膜症、糖尿病性腎症等が挙げられる。
大血管障害としては、例えば、虚血性心疾患、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症等が挙げられる。
【0043】
本実施形態にかかるワクチンが治療し得る脂質異常症としては、例えば、高コレステロール血症、高LDLコレステロール血症、低HDLコレステロール血症、高トリグリセリド血症等が挙げられる。
【0044】
本実施形態にかかるワクチンが治療し得る肝障害としては、例えば、脂肪肝(非アルコール性脂肪性肝炎等)、肝繊維症、肝硬変、肝臓うっ血等が挙げられる。
【0045】
本実施形態にかかるワクチンが治療し得る眼疾患としては、例えば、緑内障、網膜静脈分枝閉塞症等が挙げられる。
【0046】
緑内障の患者においては、ATX-LPA経路が活性化していることが報告されている(Honjo M et al., Autotaxin-Lysophosphatidic Acid Pathway in Intraocular Pressure Regulation and Glaucoma Subtypes. Glaucoma. 2018; 59: 693-701.)。
また、オートタキシン阻害剤の投与により、眼内圧が低下することが報告されている(Lyer P et al., Autotaxin-lysophosphatidic acid axis is a novel molecular target for lowering intraocular pressure, PLoS One. 2012;7(8):e42627.)。
【0047】
網膜静脈閉塞症の患者の硝子体液において、リゾホスファチジン酸及びオートタキシンのレベルが上昇していることが報告されている(Dacheva I et al., LYSOPHOSPHATIDIC ACIDS AND AUTOTAXIN IN RETINAL VEIN OCCLUSION. Retina 2016; 12: 2311-2318.)。
【0048】
本実施形態にかかるワクチンが治療し得る腎障害としては、例えば、慢性糸球体腎炎、腎硬化症等が挙げられる。
【0049】
本実施形態にかかるワクチンが治療し得る心血管障害としては、例えば、急性冠動脈症候群、冠動脈性心疾患、心筋梗塞、動脈及び肺高血圧症、心房細動などの心不整脈、心不全、脳卒中等が挙げられる。
【0050】
本明細書において、「がん」とは、上皮性細胞からなる悪性腫瘍(癌腫)、非上皮性細胞からなる悪性腫瘍(肉腫)、造血器腫瘍等を意味する。
悪性腫瘍としては、例えば、脳腫瘍、皮膚がん、頸頭部がん、食道がん、肺がん、胃がん、十二指腸がん、乳がん、前立腺がん、子宮頸がん、子宮体がん、膵臓がん、肝臓がん、大腸がん、結腸がん、膀胱がん、卵巣がん等が挙げられる。
肉腫としては、例えば、骨肉腫、軟骨肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫、脂肪肉腫、血管肉腫等が挙げられる。
造血器腫瘍としては、例えば、ホジキンリンパ腫及び非ホジキンリンパ腫等の悪性リンパ腫;急性骨髄性白血病、慢性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、慢性リンパ性白血病等の白血病;多発性骨髄腫等が挙げられる。
【0051】
乳がんは、オートタキシンの活性を阻害することにより、治療し得ることが示されている(Benesch MG et al., Autotaxin and Breast Cancer: Towards Overcoming Treatment Barriers and Sequelae, Cancers (Basel). 2020 Feb 6; 12(2): 374. doi: 10.3390/cancers12020374.)。
【0052】
悪性黒色腫は、皮膚がんの一種であり、その病態にオートタキシンが関係していることが示唆されている。(Stracke ML et al., Identification, Purification, and Partial Sequence Analysis of of autotaxin, a novel motility-stimulating protein, J Biol Chem. 1992 Feb 5;267(4):2524-9.)
【0053】
卵巣がんは、その病態にオートタキシンが関係していることが示唆されている。(Tanyi et al., The Human Lipid Phosphate Phosphatase-3 Decreases the Growth, Survival, and Tumorigenesis of Ovarian Cancer Cells, Cancer Res. 2003 Mar 1;63(5):1073-82.)
【0054】
肺線維症は、その病態にオートタキシンが関係していることが示唆されている。(Maher TM et al., Safety, tolerability, pharmacokinetics, and pharmacodynamics of GLPG1690, a novel autotaxin inhibitor, to treat idiopathic pulmonary fibrosis (FLORA): a phase 2a randomised placebo-controlled trial, Lancet Respir Med. 2018 Aug;6(8):627-635. doi: 10.1016/S2213-2600(18)30181-4.)
【0055】
上記の中でも、本実施形態にかかるワクチンは、糖尿病合併症の治療に好適に用いることができる。糖尿病合併症の中でも、糖尿病網膜症の治療に好適に用いることができる。
【0056】
本実施形態にかかるワクチンは、投与対象の体内でオートタキシンに対する免疫応答を誘導できる限り、投与経路は限定されない。投与経路としては、経口投与であってもよく、非経口投与であってもよいが、非経口投与が好ましい。非経口投与としては、例えば、腹腔内投与、皮下投与、皮内投与、筋肉内投与、静脈内投与、眼球注射を含む眼内投与、鼻腔内投与等が挙げられ、皮下投与、筋肉内投与、又は皮内投与が好ましく、皮下投与がより好ましい。
【0057】
本実施形態にかかるワクチンは、投与経路に応じて、種々の製剤形態、例えば、固形製剤、液状製剤等をとり得る。例えば、内服用固形剤若しくは内服用液剤等の経口製剤、又は注射剤若しくは点滴剤等の非経口製剤とすることができる。非経口製剤に用いることができる担体としては、例えば、生理食塩水や、ブドウ糖又はD-ソルビトール等を含む等張液といった水性担体が挙げられる。本実施形態にかかるワクチンは、注射製剤が好ましい。
【0058】
本実施形態にかかるワクチンの投与量は、対象の年齢、体重、適応される疾患、症状等によっても異なるが、例えば、オートタキシン部分ペプチドの1回の投与量として、体重あたり当り約0.1μgから1mg/kgとすることができる。投与間隔は、特に限定されないが、例えば、数日から数カ月に1回とすることができる。また、血中の抗オートタキシン抗体の抗体価をモニタリングし、抗体価に応じて投与間隔を決定してもよい。
【0059】
本実施形態にかかるワクチンは、ATX-LPA経路関連疾患(例えば、糖尿病、糖尿病合併症、脂質異常症、肝障害、眼疾患、腎障害、肺線維症、心血管障害及びがん)に罹患している又は罹患のおそれがある対象に対して使用される。本実施形態にかかるワクチンの投与対象は、オートタキシンを有する動物であれば特に限定されない。適用対象の動物は、配列番号1に記載のアミノ酸配列と相同性の高いアミノ酸配列をオートタキシンの触媒領域に有していることが好ましい。投与対象としては、例えば、ヒト及びヒト以外の様々な動物、例えばイヌやネコ等の愛玩動物、ウシやブタ等の家畜動物、マウスやラット等の実験動物等が挙げられ、ヒト又はマウスが好ましい。
【0060】
本実施形態にかかるワクチンは、投与対象の生体内でオートタキシンに対する免疫応答を誘導することにより、ATX-LPA経路を阻害してATX-LPA経路関連疾患を治療する。そのため、投与間隔を長くすることができ、投与回数を低減することができる。また、オートタキシンに対する免疫が確立されれば、オートタキシンの濃度上昇に応じて免疫応答が誘導し得ると考えられるため、1~数回の投与で長期間の効果持続が期待できる。また、皮下注射等の非侵襲的な投与方法を取り得るため、糖尿病網膜症等の眼疾患においても硝子内注射を行う必要がない。そのため、患者の肉体的負担、精神的負担を軽減することができる。
【0061】
[医薬]
一実施形態において、本発明は、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドに特異的に結合する抗体、及びその抗体の誘導体からなる群より選択される一種以上を有効成分として含む、医薬を提供する。
【0062】
本実施形態に係る医薬に含まれ得る抗体は、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドに特異的に結合する。当該抗体は、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドと担体とのコンジュゲートを抗原として用いて誘導される。また、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドに対する結合能を有する限り、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるペプチドと、担体とのコンジュゲートを抗原として誘導される抗体であってもよい。また、抗体は、上述の抗体の可変領域又はCDRを用いたキメラ抗体、CDRグラフト抗体、ヒト化抗体等であってもよい。
【0063】
本明細書において、「抗体の誘導体」とは、抗体の分子構造が改変された分子であって、抗体の抗原結合性を維持する抗原結合性分子を意味する。抗体の誘導体の具体例としては、一本鎖抗体、Fab、Fab’、F(ab’)2、scFv、ダイアボディ(diabody)、dsFv等が挙げられる。
【0064】
上述の抗体は、当業者に公知の各種手法を用いて製造することができる。
上述の抗体の製造方法は、例えば、適当な動物に対して抗原を投与し、抗体産生を誘導し、抗体を精製する方法であってもよい。
あるいは、上述の抗体の製造方法は、上述のペプチドに対して特異的に結合する抗体を産生するハイブリドーマを作成し、得られたハイブリドーマから産生されたモノクローナル抗体を精製する方法であってもよい。
上述の抗体の誘導体は、当業者に公知の各種手法を用いて製造することができる。
【0065】
本実施形態にかかる医薬は、製剤化のために一般的に利用される種々の物質、特にタンパク質を有効成分とする医薬の製造に好適に利用される賦形剤、安定化剤その他の医薬的に許容可能な成分、又は他の医薬活性成分等を含んでもよい。
【0066】
本実施形態にかかる医薬は、経口投与であってもよく、非経口投与であってもよいが、非経口投与が好ましい。非経口投与としては、例えば、腹腔内投与、皮下投与、皮内投与、筋肉内投与、静脈内投与、眼球注射を含む眼内投与、鼻腔内投与等が挙げられ、静脈内投与、又は疾患部位への局所投与が好ましく、静脈内投与がより好ましい。
【0067】
本実施形態にかかる医薬は、投与経路に応じて、種々の製剤形態、例えば、固形製剤、液状製剤等をとり得る。例えば、内服用固形剤若しくは内服用液剤等の経口製剤、又は注射剤若しくは点滴剤等の非経口製剤とすることができる。非経口製剤に用いることができる担体としては、例えば、生理食塩水や、ブドウ糖又はD-ソルビトール等を含む等張液といった水性担体が挙げられる。
【0068】
本実施形態にかかる医薬の投与量は、対象の年齢、体重、適応される疾患、症状等によっても異なるが、例えば、抗体またはその誘導体の1回の投与量として、体重あたり当り約0.1μgから1mg/kgとすることができる。投与間隔は、特に限定さないが、例えば、1日から数カ月に1回とすることができる。
【0069】
本本実施形態の医薬は、ATX-LPA経路関連疾患の治療に用いることができる。ATX-LPA経路関連疾患としては、上記実施形態にかかるワクチンと同様のものが挙げられる。
本実施形態にかかる医薬は、ATX-LPA経路関連疾患(例えば、糖尿病、糖尿病合併症、脂質異常症、肝障害、眼疾患、腎障害、肺線維症、心血管障害及びがん)に罹患している又は罹患のおそれがある対象に対して使用される。本実施形態にかかる医薬の投与対象は、上記実施形態にかかるワクチンと同様である。
【0070】
本実施形態にかかる医薬は、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドに特異的に結合する抗体又はその誘導体を有効成分として含む。前記抗体又はその誘導体は、投与対象の体内でオートタキシンの触媒領域に結合し、オートタキシンの活性を阻害する。これによりATX-LPA経路が阻害される。そのため、ATX-LPA経路関連疾患の治療に用いることができる。
本実施形態にかかる医薬は、オートタキシンに対する結合特異性が高く、オートタキシンの活性を特異的に阻害し得るため、小さい副作用リスクで、高い治療効果を期待できる。
【0071】
一実施形態において、本発明は、上述のワクチン又は医薬を対象に投与することを含む、ATX-LPA経路関連疾患を治療する方法を提供する。前記方法においてワクチン又は医薬の投与量は、有効成分としてのオートタキシン部分ペプチドと担体とのコンジュゲート、又は抗体若しくはその誘導体の治療的有効量とすることができる。ここで治療的有効量とは、ATX-LPA経路関連疾患の治療に有効な量を意味する。治療的有効量は、有効成分の種類、用法、患者の年齢、疾患の状態その他の条件等に応じて適宜決定される。
【0072】
[糖尿病合併症治療薬]
一実施形態において、本発明は、ATX-LPA経路の阻害剤を含む、糖尿病合併症治療薬を提供する。
【0073】
後述の実施例に示すように、糖尿病患者の硝子体内ではLPC、ATX、及びLPAの濃度が有意に上昇することが確認された。また、糖尿病モデルマウスに、上記実施形態のワクチンを投与したところ、糖尿病合併症の一種である糖尿病網膜症の改善が確認された。上記のように、上記実施形態のワクチンは、ATX-LPA経路を阻害する効果を有する。これらの結果から、糖尿病患者では、LPC、ATX、及びLPAの濃度上昇に伴ってLPAシグナル伝達が亢進し、糖尿病合併症の進行に寄与すると考えられる。したがって、ATX-LPA経路阻害剤は、糖尿病合併症の治療に適用することができる。
【0074】
本明細書において、「ATX-LPA経路阻害剤」とは、オートタキシン又はLPA受容体に作用して、ATX-LPA経路を阻害する物質を意味する。ATX-LPA経路阻害剤は、オートタキシン阻害剤(オートタキシンによるLPCからLPAへの反応を阻害する物質)であってもよいし、LPA受容体阻害剤(LPA受容体に対するLPAの結合を阻害する物質)であってもよい。LPA受容体阻害剤は、LPAR1~LPAR6のいずれを阻害するものであってもよく、例えばLPAR1阻害剤であってもよく、LPAR5阻害剤であってもよい。
【0075】
ATX-LPA経路阻害剤としては、公知のオートタキシン阻害剤、又はLPA受容体阻害剤を特に制限なく使用することができる。オートタキシン阻害剤は、オートタキシンの酵素活性を抑制するものであれば特に限定されず、例えば、特表2017-527550号公報に記載される低分子化合物;オートタキシンに特異的に結合する抗体、抗体断片、抗体の誘導体等;オートタキシンに特異的に結合するアプタマー(核酸アプタマー、ペプチドアプタマー等);オートタキシンのmRNAに対する低分子干渉核酸(siRNA等);アンチセンスRNA;オートタキシンに対する免疫応答を誘導するワクチン等が挙げられる。LPA受容体阻害剤は、LPA受容体に対するLPAの結合を阻害する物質であれば特に限定されず、例えば、特表2017-527550号公報に記載される低分子化合物;LPA受容体に特異的に結合する抗体、抗体断片、抗体の誘導体等;LPA受容体に特異的に結合するアプタマー(核酸アプタマー、ペプチドアプタマー等);LPA受容体のmRNAに対する低分子干渉核酸(siRNA等);アンチセンスRNA;LPA受容体に対する免疫応答を誘導するワクチン等が挙げられる。
【0076】
本実施形態にかかる治療薬が治療し得る糖尿病合併症としては、例えば、糖尿病性微小血管障害、大血管障害、白内障、高脂血症等が挙げられる。
本実施形態にかかる治療薬が治療し得る糖尿病性微小血管障害としては、例えば、糖尿病性神経障害、糖尿病網膜症、糖尿病性腎症等が挙げられる。
本実施形態にかかる治療薬が治療し得る大血管障害としては、例えば、虚血性心疾患、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症等が挙げられる。
上記の中でも、本実施形態にかかる治療薬は、糖尿病網膜症に好適に適用することができる。
【実施例0077】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0078】
[実験例1]
(糖尿病網膜症患者におけるオートタキシン発現量)
糖尿病網膜症患者及び健常者の硝子体内における、LPC、LPA、オートタキシンの濃度を解析した。
【0079】
日本大学医学部板橋病院倫理委員会の承認のもと、同意が得られた患者を対象とした。硝子体サンプルは硝子体手術開始時に得た。その後、ELISA法により硝子体中のオートタキシン、LPC、LPA濃度を測定した。
【0080】
結果を図1A図1Cに示す。図1Aは、LPCの濃度の解析結果を示すグラフであり、図1Bはオートタキシンの濃度の解析結果を示すグラフであり、図1CはLPAの濃度の解析結果を示すグラフである。
糖尿病網膜症患者は47名、健常者は43名であった。
【0081】
糖尿病網膜症患者の硝子体内においては、LPC、LPA、及びオートタキシンのいずれの濃度も有意に上昇していることが明らかになった。
【0082】
[実験例2]
(オートタキシンワクチン用ペプチド配列の選択)
マウスのオートタキシンのアミノ酸配列(配列番号2;NCBI RefSeq ID NP_056559.2)から、抗原ペプチドとして下記ペプチド(E1)~(E3)を設計した。
ペプチド(E1)(配列番号4):REKFNHRWWG
ペプチド(E2)(配列番号1):SEQPDFSGHK
ペプチド(E3)(配列番号5):KTYLHTYESEI
【0083】
ペプチド(E1)は、配列番号4に記載されるアミノ酸配列からなるペプチドである。配列番号4に記載のアミノ酸配列は、配列番号2に記載のアミノ酸配列の第246番目~第255番目の配列からなるペプチドである。配列番号2に記載のアミノ酸配列の第246番目~第255番目の配列は、オートタキシンにおける基質との結合部位に位置する。
【0084】
ペプチド(E2)は、配列番号1に記載されるアミノ酸配列からなるペプチドであり、配列番号2記載のアミノ酸配列の第307番目~第316番目の配列からなるペプチドである。配列番号2に記載のアミノ酸配列の第307番目~第316番目の配列は、オートタキシンにおけるホスホジエステラーゼ活性に関与する触媒領域に位置する。
【0085】
ペプチド(E3)は、配列番号5に記載されるアミノ酸配列からなるペプチドであり、配列番号2に記載のアミノ酸配列の第852番目~第862番目の配列からなるペプチドである。配列番号2に記載のアミノ酸配列の第852番目~第862番目の配列は、オートタキシンにおけるヌクレアーゼ活性に関与する触媒領域に位置する。
【0086】
ペプチド(E1)~(E3)を次に示す手順により合成した。
文献「Solid Phase Peptide Synthesis,Pierce(1984)、Fmoc solid synthesis:a practical approach,Oxford University Press(2000)」及び「第5版 実験化学講座16 有機化合物の合成IV」等に記載の方法に従い、全自動固相合成機を用いて、保護ペプチド樹脂をFmoc法で合成した。
【0087】
得られた保護ペプチド樹脂にトリフルオロ酢酸(TFA)とスカベンジャー(チオアニオール、エタンジチオール、フェノール、トリイソプロピルシラン、水等の混合物)を加えて、樹脂から切り出すとともに脱保護して、粗ペプチドを得た。
この粗ペプチドを、逆相HPLCカラム(ODS)を用いて、0.1%TFA-H0/CHCNの系でグラジエント溶出し、精製を行った。
目的物を含む画分を集め凍結乾燥して、目的のペプチド(E1~E3)を得た。合成したペプチドのアミノ酸配列は、アミノ酸シーケンサーで確認した。
【0088】
なお、ペプチド(E1)及びペプチド(E2)は、担体とのコンジュゲートのために、N末端にシステイン残基を付加したペプチドとして合成した。それらのペプチドを、それぞれ、EMCS(N-(6-Maleimidocaproyloxy)succinimide)を介して、BSAと連結して、ペプチド(E1)及びペプチド(E2)のいずれかとBSAとのコンジュゲートである、コンジュゲート(E1)及びコンジュゲート(E2)を調製した。
また、ペプチド(E3)を、グルタルアルデヒドを用いて、BSAと連結して、コンジュゲート(E3)を調製した。
【0089】
20μgのKLH(Keyhole limpet hemocyanin:スカシガイヘモシアニン、株式会社ペプチド研究所)と、加熱殺菌乾燥済みMycobacterium tuberculosis(H37Ra,ATCC 25177) 1mg、パラフィン油 0.85mL、及びマンナイドモノオレエート 0.15mLを含有する完全フロイントアジュバント(Freund’s Adjuvant,Complete cell suspension,Sigma,F5581)との混合物を、コントロールのワクチンとした。
20μgのコンジュゲート(E1~E3)のぞれぞれと、上述の完全フロイントアジュバントとの混合物を、ワクチン(E1~E3)とした。
【0090】
ワクチン(E1~E3)、及びコントロールワクチンを、C57BL/6Jマウス(三協ラボサービス株式会社)にそれぞれ皮下投与した。
続いて、投与から14日後に、完全フロイントアジュバントを不完全フロイントアジュバント(Freund’s Adjuvant,Incomplete liquid,Sigma,F5506)に代えた各混合物を追加で皮下投与して、初回投与から70日後まで飼育した。
【0091】
続いて、Melon Gel IgG Spin Purification kit(PIERCE)を用いて、投与後70日目の各マウスの血液から、コントロールの抗血清、抗血清(E1~E3)を調製した。コントロール抗血清は、コントロールの抗原を投与したマウスから調製した血清である。抗血清(E1~E3)は、ワクチン(E1~E3)をそれぞれ投与したマウスから、それぞれ調製した抗血清である。
【0092】
続いて、各抗血清について、ELISA法によって、コンジュゲート(E1~E3)をそれぞれ用いて、投与したコンジュゲートに対する抗体価を測定した。
【0093】
結果を図2Aに示す。抗血清(E1)及び抗血清(E2)において、抗体価の上昇が確認された。
【0094】
そこで、抗血清(E1)及び抗血清(E2)について、ウェスタンブロット解析を行った。結果を図2Bに示す。図2B中、1は、コントールの抗血清を反応抗体として用いた結果を示す。2は、抗血清(E1)を反応抗体として用いた結果を示す。3は、抗血清(E2)を反応抗体として用いた結果を示す。4は、抗Hisタグ抗体を反応抗体として用いた結果を示す。
1~4中、recは、200ngのHisタグを付加した組換えマウスオートタキシンを泳動したレーン示し、BSA-E1は、200ngのコンジュゲート(E1)を泳動したレーンを示し、BSA-E2は、200ngのコンジュゲート(E2)を泳動したレーンを示す。
抗血清(E1)ではコンジュゲート(E1)に反応する抗体が確認され、抗血清(E2)ではコンジュゲート(E2)に反応する抗体が確認された。組換えマウスオートタキシンに反応する抗体は、抗血清(E2)で確認された(recのレーンの矢印)。
【0095】
これらの結果から、組換えマウスオートタキシンに反応する抗体を誘導可能なワクチンの抗原ペプチドとして、ペプチド(E2)を採用した。
【0096】
[実験例3]
(糖尿病モデルマウスへのオートタキシンワクチンの投与)
≪オートタキシンワクチンの調製≫
ペプチド(E2)のN末端にシステイン残基を付加したペプチドを合成し、EMCSを用いて、KLHと連結し、コンジュゲート(E2’)を調製した。
<オートタキシンワクチンの調製>
続いて、20μgのコンジュゲート(E2’)と、上述の完全フロイントアジュバントとの混合物を、ワクチン(E2’)とした。
【0097】
≪ワクチン投与試験≫
ワクチン(E2’)を、糖尿病モデルマウス(db/dbマウス)に投与し、各種パラメータの測定を行った。試験スケジュールを図3に示す。
db/dbマウス(雄)に対し、出生7週後、9週後に、ワクチン(E2’)を投与した(ワクチン群(db/db+ATX);n=6)。各パラメータの測定は、出生8週後、10週後、12週後、14週後に行った。ワクチン未投与のコントロール群(db/db;n=6)についても同様に測定を行った。ワクチン群とコントロール群との間の群間解析は、Two-way Repeated Measured ANOVA Sidak’s multiple testにより行った。週齢間解析は、ヨンクヒール・タプストラ検定により行った。
【0098】
<全身パラメータ>
出生8週後、10週後、12週後、14週後に、体重、随時血糖値、眼内圧(intraocular pressure,IOP)、平均血圧、眼灌流圧(ocular perfusion pressure,OPP)を測定した。ワクチン未投与のコントロール群(db/db;n=6)についても同様に測定を行った。
【0099】
結果を図4A図4Eに示す。図4A~4E中、「db/db」はコントロール群、「db/db+ATX」はワクチン群を示す(以下、同様)。有意差の検定は、ヨンクヒール・タプストラ検定により行った。体重(図4A)、随時血糖値(図4B)、眼内圧(図4C)、平均血圧(図4D)、眼灌流圧(図4E)は、いずれも、ワクチン投与による明らかな影響は観察されなかった。
【0100】
<フリッカーに対する視神経乳頭血流増加反応>
出生8週後、10週後、12週後、14週後に、安静時視神経乳頭血流(optic nerve head blood flow,ONH blood flow)、フリッカー刺激に対する視神経乳頭血流の増加反応を測定した。
眼血流測定は、イソフルラン吸入麻酔下(導入3.5~4.0%/分、維持1.5~2.5%/分)で行った。マウスは保温パッドを用いて体温を36~37℃に保った上で実験を行った。測定は左眼で行った。
【0101】
図5Aは、安静時視神経乳頭血流の測定結果を示す。安静時視神経乳頭血流ついては、ワクチン投与による有意な影響は観察されなかった。
【0102】
図5B~Eは、フリッカー刺激に対する視神経乳頭血流増加反応の測定結果を示す。図5Bは出生8週間後、図5Cは出生10週間後、図5Dは出生12週間後、図5Eは出生14週間後の測定結果をそれぞれ示す。
ワクチン投与群では、コントロール群と比較して、フリッカー刺激に対する視神経乳頭血流増加反応が回復する傾向が見られた。
【0103】
図5Fは、図5B~Eのグラフから算出した、フリッカー刺激期間における視神経乳頭血流のベースラインからの変化率の総面積を示す。ワクチン投与群では、コントロール群と比較して、14週齢における血流量が有意に増加した(Two-way ANOVA;P=0.0008)。なお、図5Gは、前記総面積の算出方法を説明する図である。図5Gでは、dbmマウス及びdb/dbマウスによる測定結果に基づく算出例を示した。
【0104】
健常マウスでは、通常、フリッカー刺激により視神経乳頭血流量が増加する。一方、糖尿病モデルマウスでは、糖尿病網膜症の発症により網膜血管の血流が障害され、フリッカー刺激による視神経乳頭血流量の増加はみられない(図5B~5Fのコントロール群参照)。一方、図5B~5Fの結果より、ワクチン投与群では、コントロール群と比較して、フリッカー刺激による視神経乳頭血流量が増加した。この結果は、ワクチン投与により、糖尿病網膜症による網膜血流調節障害を回復できることを示す。
【0105】
<高酸素負荷に対する視神経乳頭血流減少反応>
出生8週後、10週後、12週後、14週後に、高酸素負荷に対する視神経乳頭血流減少反応を測定した。
図6A~6Dは、高酸素負荷に対する視神経乳頭血流の減少反応を測定した結果を示す。図6Aは出生8週間後、図6Bは出生10週間後、図6Cは出生12週間後、図6Dは出生14週間後の測定結果をそれぞれ示す。
ワクチン投与群では、コントロール群と比較して、高酸素負荷に対する視神経乳頭血流減少反応が回復する傾向が見られた。
【0106】
図6Eは、図6A~Dのグラフから算出した、高酸素負荷期間における視神経乳頭血流のベースラインからの変化率の総面積を示す。ワクチン投与群では、コントロール群と比較して、12週齢における血流量が有意に減少した(Two-way ANOVA;P=0.0088)。なお、図6Fは、前記総面積の算出方法を説明する図である。図6Fでは、dbmマウス及びdb/dbマウスによる測定結果に基づく算出例を示した。
【0107】
健常マウスでは、通常、高酸素負荷により視神経乳頭血流量が減少する。一方、糖尿病モデルマウスでは、糖尿病網膜症の発症によりグリア細胞及び血管内皮細胞が障害され、高酸素負荷による視神経乳頭血流減少反応が抑制される(図6A~6Dのコントロール群参照)。一方、図6A~6Eの結果より、ワクチン投与群では、コントロール群と比較して、高酸素負荷による視神経乳頭血流量が減少した。この結果は、ワクチン投与により、糖尿病網膜症によるグリア細胞及び血管内皮細胞の障害を回復できることを示す。
【0108】
<網膜電位図(ERG)>
出生8週後、10週後、12週後、14週後に、網膜電位の測定を行った。測定は左眼で行った。
【0109】
図7Aは、a波の振幅の測定結果を示し、図7Bは、a波の潜時の測定結果を示す。図7Cは、b波の振幅の測定結果を示し、図7Dは、b波の潜時の測定結果を示す。図7E図7Gは、oscillatory potential(OP波)1~3の振幅の測定結果を示す。図7HはOP波1~3の振幅の合計を示す。
ワクチン投与群では、14週齢において、コントロール群と比較して、OP波2の潜時が有意に短縮し(Two-way ANOVA;P=0.0109)、OP波3の潜時が優位に短縮した(Two-way ANOVA;P=0.0454)。糖尿病モデルマウスでは、健常マウスと比較して、通常、OP波の潜時が延長する。一方、図7E~7Gの結果より、ワクチン投与群では、コントロール群と比較して、OP波の潜時が有意に短縮した。この結果は、ワクチン投与により、糖尿病網膜症による網膜機能障害を改善できることを示す。
【0110】
[実験例4]
ワクチンを投与していない糖尿病モデルマウス(db/dbマウス)、ワクチン(E2’)を投与したdb/dbマウス(db/db+ATXV)、ワクチンを投与していないdb/mマウスについて、それぞれ、出生15週目に血清及び腎組織を採取して解析した。ワクチンは出生7週後、9週後に投与した。
【0111】
<血清の解析>
血清についての解析では、Aspartate Aminotransferase(ART)、Alanine transaminase(ALT)、総コレステロール、High Density Lipoprotein cholesterol(HDL-C)、トリグリセリド、free fatty acid(FFA)、fasting plasma glucose(FPG)、インスリンの値について解析した。結果を表1に示す。
【0112】
【表1】
【0113】
表1中、db/db+ATXVは、ワクチンを投与したdb/dbマウスを示す。また、*は、ワクチンを投与していないdb/mマウスの測定値に対して有意差が検出されたことを示す(p<0.05)。また、#は、ワクチンを投与していないdb/dbマウスの測定値に対して有意差が検出されたことを示す(p<0.05)。
【0114】
この結果は、本発明のワクチンの投与により、ALT、トリグリセリド及びインスリンの値が、改善したことを示す。すなわち、本発明のワクチンの投与により、肝障害、脂質異常症、及び2型糖尿病を改善できることを示す。
【0115】
<腎組織の解析>
解剖して取り出した腎組織をパラフィンで包埋後、ミクロトームを用いて薄切し、ヘマトキシリン・エオシン染色、Periodic acid-Schiff(PAS)染色、Sirius red染色を行った。結果を図8に示す。
【0116】
PAS染色した、ワクチンを投与していないdb/dbマウスの腎組織切片においては、メサンギウム増生によるPAS陽性細胞の浸潤が観察された。Sirius red染色した、ワクチンを投与していないdb/dbマウスの腎組織切片においては、コラーゲンの増加が観察された。
これに対し、db/db+ATXVマウスでは、PAS陽性細胞の浸潤及びコラーゲンの増加が顕著に抑制された。この結果は、本発明ワクチンの投与により、糖尿病性腎症による腎障害を改善できることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明によれば、糖尿病網膜症の治療に用いることができ、且つ低侵襲な方法で投与可能なワクチン、及び医薬を提供することができる。また、新規メカニズムに基づく糖尿病合併症治療薬を提供することができる。
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B
図3
図4A
図4B
図4C
図4D
図4E
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E
図5F
図5G
図6A
図6B
図6C
図6D
図6E
図6F
図7A
図7B
図7C
図7D
図7E
図7F
図7G
図7H
図8
【配列表】
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