(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022132930
(43)【公開日】2022-09-13
(54)【発明の名称】タービンブレード用素材の製造方法
(51)【国際特許分類】
F01D 25/00 20060101AFI20220906BHJP
F01D 5/28 20060101ALI20220906BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20220906BHJP
C21D 1/70 20060101ALI20220906BHJP
【FI】
F01D25/00 X
F01D25/00 L
F01D5/28
C21D9/00 N
C21D1/70 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021031680
(22)【出願日】2021-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】菅原 諒介
(72)【発明者】
【氏名】小林 信一
(72)【発明者】
【氏名】江口 弘孝
【テーマコード(参考)】
3G202
4K042
【Fターム(参考)】
3G202BA06
3G202BA10
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA05
4K042CA07
4K042CA16
4K042DA01
4K042DA02
4K042DB07
4K042DC01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD02
4K042DD03
4K042DD05
4K042DE02
4K042DE03
(57)【要約】
【課題】 タービンブレード用素材形状に成形された熱間成形材の焼入れ工程において、熱間成形材内で温度差を小さくすることが可能で、熱処理後のタービンブレード用素材の0.02%耐力を改善することが可能な大型のタービンブレード用素材の製造方法を提供する。
【解決手段】 マルテンサイト系ステンレス鋼の組成を有し、翼部と根部とが一体成型された熱間成形材を焼入れ温度に加熱・保持し、その後に冷却を行って焼入れ材とする焼入れ工程と、前記焼入れ材を用いて、焼戻し温度に加熱・保持し、その後に冷却を行って焼戻し材とする焼戻し工程とを含み、前記焼入れの冷却中において、Ms点以下の温度範囲で前記翼部と前記根部の両方の表面温度差を100℃以内とし、且つ、前記翼部と前記根部の両方の表面温度が常温~100℃となったとき、焼戻し温度に加熱を開始するタービンブレード用素材の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルテンサイト系ステンレス鋼の組成を有し、翼部と根部とが一体成型された熱間成形材を焼入れ温度に加熱・保持し、その後に冷却を行って焼入れ材とする焼入れ工程と、
前記焼入れ材を用いて、焼戻し温度に加熱・保持し、その後に冷却を行って焼戻し材とする焼戻し工程とを含み、
前記焼入れの冷却中において、Ms点以下の温度範囲で前記翼部と前記根部の両方の表面温度差を100℃以内とし、且つ、前記翼部と前記根部の両方の表面温度が常温~100℃となったとき、焼戻し温度に加熱を開始するタービンブレード用素材の製造方法。
【請求項2】
前記焼入れの冷却は2段以上である請求項1に記載のタービンブレード用素材の製造方法。
【請求項3】
前記焼入れ工程の最初の冷却は油冷であって、熱間成形材を油槽に浸漬と引上げを行い、次いで、油槽から引上げた熱間成形材の翼部を無機繊維で被覆して最終冷却を行う請求項2に記載のタービンブレード用素材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、翼部と根部とが一体成型されたタービンブレード用素材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
翼部と根部とが一体成型されたタービンブレード用素材は、熱間鍛造等の熱間加工により所定の形状に成形されている。このタービンブレード用素材は、三次元形状に複雑に捩れた形状を有し、熱間鍛造等の熱間加工により、熱間成形材とした後、熱処理や機械加工を施してタービン翼に成形される。
前述したタービンブレード用素材は、根部と翼部との厚さが異なり、所定の熱処理を行う場合に、均一な冷却速度に調整しにくいものである。また、その材質がマルテンサイト系ステンレス鋼の組成を有するものである場合、例えば、熱間成形材に焼入れを行う場合にオーステナイトからマルテンサイトへの変態点を通過する。その場合、部分ごとに厚みが変化するタービンブレード用素材は、変態が生じるタイミングが一体物のなかで部分的に変化することになる。そのため、従来から熱処理中の熱間成形材内で温度差を小さくする冷却方法が検討されている。
例えば、特開2015-74822号公報(特許文献1)には、2つの冷却方法が開示されている。これらはタービンブレード用素材となる熱間成形材を「大表面積部」と「小表面積部」とに区分して冷却するもので、一つ目は、ファン冷却の風量を調整するものである。二つ目は、大表面積部となる翼部の薄肉部を予め被覆材で覆う方法である。これにより、大表面積部と小表面積部の冷却時の温度差を小さくするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前述した特許文献1に示される方法は所謂焼入れの冷却工程において、相変態領域近傍で熱間成形材内の温度差を小さくするものである。しかし、特許文献1の
図7に示されるように、相変態領域点を通過して低温側になると再び温度差が広がるものである。また、特許文献1のように、大面積部に予め装着する金属製の被覆材で被覆しようとすると、タービンブレード用素材の翼部形状に一致させるような機械加工が必要になり、更に、被覆材で被覆した部分が所定の温度に加熱されたかどうかも分かりにくくなる。
ところで、高温で使用されるタービン翼には、高い0.02%耐力が求められる。前述した特許文献1の発明では、0.02%耐力の改善は意識されていない。また、特許文献1に示されるような変態点領域のみの温度差を小さくする冷却方法では0.02%耐力の改善は不十分である。
本発明の目的は、タービンブレード用素材形状に成形された熱間成形材の焼入れ工程において、熱間成形材内で温度差を小さくすることが可能で、熱処理後のタービンブレード用素材の0.02%耐力を改善することが可能な粗大なタービンブレード用素材の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、マルテンサイト-オーステナイトの変態点を通過する組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼製の熱間成形材において、焼き入れ時の冷却条件と0.02%耐力との関係を鋭意検討した。その結果、0.02%耐力を改善するには、Ms点以下の温度範囲で翼部と根部の両方の表面温度差を小さくしたうえで、更に、翼部と前記根部の両方の表面温度が特定の温度となったときに、次工程の焼戻し温度に加熱を開始することで0.02%耐力を改善することが可能であることを知見し、本発明に到達した。
【0006】
すなわち本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼の組成を有し、翼部と根部とが一体成型された熱間成形材を焼入れ温度に加熱・保持し、その後に冷却を行って焼入れ材とする焼入れ工程と、前記焼入れ材を用いて、焼戻し温度に加熱・保持し、その後に冷却を行って焼戻し材とする焼戻し工程とを含み、前記焼入れの冷却中において、Ms点以下の温度範囲で前記翼部と前記根部の両方の表面温度差を100℃以内とし、且つ、前記翼部と前記根部の両方の表面温度が常温~100℃となったとき、焼戻し温度に加熱を開始するタービンブレード用素材の製造方法である。
好ましくは、前記焼入れの冷却を2段以上とし、前記Ms点以下の温度範囲で前記翼部と前記根部の両方の表面温度差を100℃以内とし、且つ、前記翼部と前記根部の両方の表面温度が常温~100℃となったとき、焼戻し温度に加熱を開始する処理を焼入れの最終冷却で行うタービンブレード用素材の製造方法である。
更に好ましくは、前記焼入れ工程の最初の冷却は油冷であって、熱間成形材を油槽に浸漬と引上げを行い、次いで、油槽から引上げた熱間成形材の翼部を無機繊維で被覆して最終冷却を行うタービンブレード用素材の製造方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、根部と翼部との厚さが異なるタービンブレード用素材であっても、Ms点以下の温度範囲で熱間成形材内の温度差を小さくすることが可能で、適切な温度範囲で次工程の焼戻し加熱を開始することで、0.02%耐力を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】焼入れ温度から熱間成形材を取出したときの温度と冷却時間の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明が対象とする代表的なタービンブレード用素材は、根部と翼部とが一体成型された熱間鍛造材である。その材質は、マルテンサイト系ステンレス鋼の組成を有するものである。なお、本発明で言う「マルテンサイト系ステンレス鋼」とは、熱処理によってマルテンサイト組織とすることが可能で、マルテンサイト組織とすることで硬化させることが可能なCrを10.5%以上含む鋼である。
また、本発明で言う「熱間成形材」とは、熱間鍛造などの熱間加工により、翼部と根部とが一体成型され、焼入れが終了するまでのものを言い、「タービンブレード用素材」とは、焼入れと焼戻しを行ったものを言う。
以下に本発明の製造方法を工程順に説明する。
【0010】
<焼入れ工程>
本発明では、上記の組成を有する熱間成形材を焼入れ温度に加熱・保持し、その後に冷却を行って焼入れ材とする。
焼入れを行うための加熱・保持温度(焼入れ温度)は980~1080℃であれば良い。焼入れ温度が980℃未満になると炭化物が十分に固溶しない場合があり、1080℃を超えると高温保持により結晶粒粗大化や機械的特性の低下が生じるおそれがある。そのため、焼入れ工程については980~1080℃の温度範囲で加熱保持を行うのが好ましい。好ましい焼入れ温度の下限は1010℃であり、好ましい焼入れ温度の上限は1050℃である。
この焼入れにおいては、昇温時のヒートパターンを2段乃至4段の多段としても差し支えない。これは、厚さの薄い翼部と厚さが厚い根部とが一体となっている熱間成形材を均一に近い状態で昇温させるには、多段で昇温するのが好ましく、例えば、40インチ以上のタービンブレードとするものであれば、3段以上の多段とするのがよく、熱間成形材の大きさによってヒートパターンを適宜変更すると良い。なお、焼入れの保持時間は特に規定しないが、おおよそ0.5~2時間であれば良い。なお、ここでいう加熱保持時間は最も高温(焼入れ温度)としたときの時間であり、焼入れ温度までの昇温途中で行う温度保持の時間は含めないこととする。
【0011】
また、この焼入れ時の冷却は、所定の温度に直接冷却しても良いし、途中で冷却媒体といった冷却条件を変更する二段以上の多段冷却を行っても良い。冷却の方法は、空冷、水冷、油冷、ガス、衝風、ミスト等、特に限定しないが、焼入れの冷却中において、Ms点以下の温度範囲で前記翼部と前記根部の両方の表面温度差を100℃以内とする。本発明において、翼部と根部との温度差を小さくする温度範囲としてMs点以下としたのは、翼部と根部でマルテンサイト変態による変態膨張が発生するタイミングを均一化して材料内部に働く変態応力を緩和することで、焼入れ後の材料の変形を抑制することに加えて、後述する焼戻し温度へ加熱するタイミングを均一化するためである。好ましいMs点以下の温度範囲で前記翼部と前記根部の両方の表面温度差は50℃以内であり、より好ましくは30℃以内であり、更に好ましくは20℃以内である。
【0012】
また、例えば、焼入れ温度からMs点以下の所定の温度まで空冷する場合、そのまま放置すれば厚さの薄い翼部と厚さの厚い根部との表面温度差は大きくなる。その場合、翼部を根部の冷却速度に近づけて両者の表面温度差を小さくするのが好ましい。そのための方法としては、冷却速度が速い翼部の表面温度が少なくともMs点~Ms点+400℃の温度になったときに、厚さの薄い翼部に断熱性を有する被覆材を被覆して、根部との冷却速度を均一化するのが良い。この被覆材で被覆するタイミングは冷却方法によって異なり、例えば、空冷であればMs点よりも100~400℃高温になったときに、厚さの薄い翼部に断熱性を有する被覆材を被覆すると良い。好ましくはMs点よりも200℃以上の高温領域から被覆材で被覆することであり、更に好ましくはMs点よりも300℃以上の高温領域から被覆材で被覆することである。
【0013】
また、例えば、焼入れ温度からMs点以下の所定の温度までを2段以上の多段冷却を行う場合、焼入れ温度からの最初(初段)の冷却を油冷、ミスト、ガス、衝風等の冷却速度が速い冷却を行って、翼部がMs点~Ms点+50℃付近になった時点で、前述の被覆材で被覆した次段の放冷を行うと良い。これは、冷却時間を短縮でき、生産性を高めることができるとともに、前述の被覆材で被覆したときに得られる、翼部と根部との温度差を小さくする効果を発揮させるためである。
例えば、本発明を2段の多段冷却とする場合、前述した被覆材で被覆する冷却を最終(終段)の冷却とし、最終冷却以前の冷却は、冷却速度が速くすることが可能な、油冷、ミスト、ガス、衝風、ミスト等の公知の方法を適用すると良い。これらの公知の冷却方法により、Ms点~Ms点+50℃付近の温度まで冷却を行い、次いで被覆材で被覆する冷却を適用するのが好ましい。
なお、本発明において、前述した公知の冷却方法のうち、油冷を適用するのが好ましい。油冷であれば、例えば、水冷などと比較して冷却速度が緩やかであることから、冷却中の材料内外の冷却速度差に起因した熱応力による熱間成形材の過度な変形を防止できることに加えて、タービンブレード用素材の様な複雑形状であっても、材料表面全体に冷却媒体(油)が接触し、材料表面全体を均一に冷却することが可能であること、前述の被覆材で被覆する所定の温度まで1回の冷却で冷却が行えることから、本発明では油冷を選択すると良い。油冷を行う場合は、焼入れ温度に加熱保持した熱間成形材を油槽に浸漬と引上げを行い、次いで、油槽から引上げた熱間成形素材の翼部を無機繊維で被覆して最終冷却を行うこととする。つまり、焼入れ温度に加熱保持した熱間成形材を油槽に浸漬する「初段の冷却」と、次いで、この初段の冷却後に油槽から引上げた熱間成形素材の翼部を無機繊維で被覆して最終冷却を行う「次段または終段の冷却」とでなる。
【0014】
なお、前述した被覆材は、柔軟性のある無機繊維であることが好ましい。なお、本発明で言う「無機繊維」とは、ガラス繊維、セラミック繊維などを含み、断熱性に優れるセラミック繊維を選択するのが好ましい。セラミック繊維は冷却中の翼部の冷却速度を遅くして保温する効果が得られ、厚さが厚い根部の冷却速度に翼部の冷却速度を近似させることができる。
前述のセラミック繊維の中でも、例えば、KAOWOOL(登録商標)などであれば、入手がしやすく、また安価であり、冷却する翼部の厚さに応じて被覆する厚さの調整も容易であることから特に好ましい。また、特許文献1のような大面積部に予め装着する金属製の被覆材のように、ブレードの翼部形状に一致させるような機械加工も不要であり、予め被覆材を被覆した場合、被覆した部分が所定の温度に加熱されたかどうかも分かりにくくなるが、冷却の途中で無機繊維を被覆すると、これらの心配は不要となる。また、無機繊維の被覆の場所は、焼入れ冷却中の熱間成形材を横置きにした場合であると、翼部の片面全面を覆い被せるように配置すると良い。これは、例えば、特許文献1のように、翼部の薄肉部(大表面積部)といった一部分のみを被覆材で覆うよりも、翼部の片面全体を覆ったほうが翼部内の温度差を小さくすることができる。なお、根部側に近い翼部と翼部の先端で厚さが大きく異なる場合は、被覆する無機繊維を重ねる枚数を調整したりすれば良い。
【0015】
前述の最終冷却時において、翼部と根部の両方の表面温度が常温~100℃となったとき、焼入れを終了させて焼入れ材とし、直ちに焼戻し温度に加熱を開始する。この最終冷却から焼戻し温度への加熱は、翼部と根部の両方の表面温度が常温~100℃となった時点で行うものとする。この焼戻し温度への加熱はMf点まで冷却が完了しなくとも良い。つまり、オーステナイトが数%残るようなタイミングであれば好ましく、本発明者の検討によれば、マルテンサイトが90~95%程度のタイミングであれば良く、好ましいマルテンサイト量の下限は92%である。また、好ましい上限は94%である。このマルテンサイトが90~95%程度のタイミングで焼戻し温度に加熱を開始するのは、焼戻し後のマルテンサイト量を適度に残留させることで焼戻し後のマルテンサイト量と正の相関を持つ0.02%耐力を向上させるためである。上記以外のタイミングで焼戻し温度への加熱を行うと、焼戻し後のマルテンサイト量が97%未満になりやすくなって、0.02%耐力の低下を招くおそれがある。
なお、Ms点やMf点を求める場合、焼入れ材からマルテンサイト測定用試験片を採取し、エックス線解析装置を用いて残留オーステナイト量の測定を行ってマルテンサイト量を測定する方法や、例えば、金属物性値計算が可能な市販の計算ソフトウェアJMatProなどを用いる方法がある。試験片を用いた実測値と計算ソフトウェアJMatProを用いた計算値との間には大きな乖離はなく、何れかの方法を選択すれば良い。
【0016】
<焼戻し工程>
本発明では、焼入れした焼入れ材に焼戻しを行う。前述のとおり、焼入れの冷却工程に次いで(連続して)焼戻しを行って、焼入れ後に残存した未変態オーステナイトのマルテンサイト化を促進させる。
本発明で行う焼戻しの温度は、500~600℃とすると良い。この温度範囲に加熱保持することで、焼入れ後に残存した未変態オーステナイトのマルテンサイト化を促進すること、また、過飽和に固溶した炭素を炭化物として析出させ、強度と延性のバランスのよい焼戻し材を得ることができる。焼戻し温度が500℃未満であると、未変態オーステナイトのマルテンサイト化が促進されない場合がある。一方、焼戻し温度が600℃を超えると強度と延性のバランスが崩れる場合がある。そのため、本発明では、焼戻しを500~600℃の温度範囲で加熱保持を行うことが好ましい。好ましい焼戻し温度の下限は540℃であり、好ましい焼戻し温度の上限は570℃である。この焼戻しの昇温についても、前述した焼入れ同様に多段のヒートパターンとするのが好ましい。なお、焼戻しの保持時間は特に規定しないが、おおよそ2~5時間であれば良い。なお、ここでいう加熱保持時間は最も高温(焼戻し温度)としたときの時間であり、焼戻し温度までの昇温途中で行う温度保持の時間は含めないこととする。
また、この焼戻し工程の冷却は、空冷または空冷よりも遅い冷却速度で冷却するのが好ましい。これは強度と延性のバランスを整えるためである。好ましくは、空冷を行うのが良い。なお、焼戻し温度は、前述する焼入れ温度よりも低いことから、焼戻しの冷却時においては、前述した焼入れ時の冷却のように、厚さの薄い翼部について断熱性を有する被覆材で被覆することは必ずしも必要ではない。
【0017】
また、本発明においては、この焼戻しを2回以上繰返すことができる。2回以上繰り返すことで焼入れ後に残存した未変態オーステナイトのマルテンサイト化を確実に促進させ、未変態オーステナイトを限りなくゼロとするためである。そのため、焼戻しにおいては、2回以上繰り返すことが好ましい。なお、焼戻しを行う回数の上限は最大で3回であれば良い。3回を超えて焼戻しをおこなっても、前記の繰り返し焼戻しの効果がより一層高まることは期待できない。好ましくは2回で良い。
この焼戻し後の焼戻し材(タービンブレード用素材)において、前述した焼入れ材のマルテンサイト量がおおよそ95%よりも多い場合、焼入れ後のマルテンサイトは焼戻しの過程でオーステナイトに逆変態し、焼戻し材のマルテンサイト量が97%未満となり、0.02%耐力値の低下を招くおそれがある。また、前述した焼入れ後のマルテンサイト量がおおよそ90%よりも少ない場合、焼入れ後の未変態オーステナイトが残存し、焼戻し後のマルテンサイト量が97%未満となり、0.02%耐力値の低下を招くおそれがある。上記を踏まえて、焼入れ材のマルテンサイト量はおおよそ90~95%程度視したうえで、適切なタイミングで適切な焼戻しを行うことが重要である。
以上、説明するタービンブレード用素材の製造方法によれば、根部と翼部との厚さが異なるタービンブレード用素材であっても、Ms点以下の温度範囲で熱間成形材内の温度差を小さくすることが可能で、適切な温度範囲で次工程の焼戻し加熱を開始することで、0.02%耐力を改善することができる。
【実施例0018】
(実施例1)
先ず、本発明の最大の特徴である、Ms点以下の温度範囲で熱間成形材内の温度差を小さくすること、適切なタイミングで焼戻し温度に加熱を開始することによる効果を確認する実験を行った。
40インチのSUS420J1相当の改良鋼のマルテンサイト系ステンレス鋼の組成を有する熱間成形材を準備した。熱間成形は熱間型打鍛造により、翼部と根部とを一体成型したものである。なお、熱間成形材として用いたマルテンサイト系ステンレス鋼のMs点は210℃程度であり、Mf点は室温以下であった。
前記の熱間成形材を焼入れ用の加熱炉に投入した。焼入れの昇温時のヒートパターンは3段の多段処理とし、1段目は700~800℃で0.5~2時間の保持、2段目は1000℃で15~30分の保持後に、3段目(焼入れ温度)の1030℃に昇温し、1時間の保持を行った。1段目から3段目までの昇温速度は100~150℃/時間とした。
【0019】
焼入れ温度からの冷却を以下の3つのものに分けた。
本発明例1として、焼入れ温度の熱間成形材を加熱炉から取出した後、翼部に無機繊維(KAOWOOL(登録商標))で被覆して大気中で放冷した。
参考例1として、焼入れ温度の熱間成形材を加熱炉から取出して、そのまま大気中で空冷した。
比較例1として、焼入れ温度の熱間成形材を加熱炉から取出して、油冷を行った。
上記3つの冷却時の温度と時間の関係を
図1に示す。なお、
図1で示す温度は放射温度計で測定した。
【0020】
本発明の効果を
図1から説明する。前述したように、本発明の冷却速度の均一化は、翼部側の冷却速度を根部側の冷却速度に一致させるよう調整するものである。
図1を見ると、参考例1の空冷の冷却パターンと本発明1の冷却パターンがほぼ同じ挙動で冷却していることが分かる。通常の参考例1の空冷の場合は、根部が約600℃にあるとき、翼部は300℃まで温度が低下しているのに対して、本発明例1の場合は、600℃付近から常温付近まで根部と翼部との温度差が10℃以内で冷却されていることが分かる。なお、参考例1の空冷の場合、Ms点付近での根部と翼部の温度差は100℃を超えている。また、比較例1の油冷を行ったものは、冷却速度は速いものの、翼部と根部との温度差が大きいことが分かる。
なお、50℃付近のマルテンサイト量は、おおよそ95%であった。マルテンサイト量の測定は、金属物性値計算が可能な市販の計算ソフトウェアJMatProを用いてMs点とMf点とを算出し、95%であることは、計算結果から求められた係数を理論式に当てはめた計算により算出した。
【0021】
図1で示す冷却において、本発明例1がおおよそ50~60℃になった時点で焼戻しの加熱を開始した。焼戻し温度への加熱開始時点での翼部と根部との温度差は5℃以下のレベルであり、殆ど温度差は無かった。比較例1については、翼部が20~30℃、根部が60~70℃の時点で焼戻しの加熱を開始した。
焼戻しは合計2回実施した。1回目の焼戻しは焼戻し温度545℃で2~4時間の保持を行い、2回目の焼戻しは焼戻し温度560℃で2~4時間の保持を行った。焼戻し過程での昇温速度は50~100℃/時間とした。また、焼戻しの冷却時は、そのまま空冷もしくは徐冷して焼戻し材(タービンブレード用素材)とした。
焼入れと焼戻しを行ったタービンブレード用素材の翼部から引張試験片を採取した。採取位置は根部と翼部の中央部付近とし、ASTM A 370の引張試験方法に則って引張試験を行った。引張試験の結果を表1に示す。
表1に示すように、本発明例1と比較例1とは引張強さは両者ともに1300MPa以上の優れた結果となった。一方で、本発明例1の0.02%は980MPa以上の優れた結果となったのに対し、比較例1は980MPa未満となった。なお、本発明例1の根部と翼部の平均結晶粒度番号はASTMで4.0であり、比較例1の平均結晶粒度番号は3.5であった。また、本発明例1のマルテンサイト量は97%以上であるに対して、比較例1のマルテンサイト量は96%程度であった。なお、マルテンサイト量の測定はエックス線解析装置で行った。
【0022】
【0023】
(実施例2)
本発明例2として、前記実施例1と同じ大きさ、材質、組成の熱間成型材を準備した。熱間成形は熱間型打鍛造により、翼部と根部とを一体成型したものである。
前記の熱間成形材を焼入れ用の加熱炉に投入した。焼入れの昇温時のヒートパターンは3段の多段処理とし、1段目は600~700℃で0.5~2時間の保持、2段目は700~800℃で0.5~2時間の保持、3段目は1020℃で15~30分の保持後に、3段目(焼入れ温度)の1050℃に昇温し、約1時間の保持を行った。1段目から3段目までの昇温速度は100~150℃/時間とした。
焼入れ温度からの冷却は最初の冷却を油冷とし、最終冷却は翼部に無機繊維(KAOWOOL(登録商標))で被覆して大気中で放冷する2段冷却とした。油冷については、その中止温度を200~250℃の間に設定し、油槽から引上げた熱間成形材の翼部にKAOWOOL(登録商標)を覆い被せて翼部が50℃まで温度低下するタイミングで焼戻しの加熱を開始した。なお、翼部が50℃となったときの根部の温度はおおよそ60~80℃であり、翼部と根部との温度差は10~30℃であった。
【0024】
焼戻しは合計2回実施した。1回目の焼戻しは焼戻し温度550℃で2~4時間の保持を行い、2回目の焼戻しは焼戻し温度560℃で2~4時間の保持を行った。焼戻し過程での昇温速度は50~100℃/時間とした。また、焼戻しの冷却時は、そのまま空冷もしくは徐冷して焼戻し材(タービンブレード用素材)とした。
焼入れと焼戻しを行ったタービンブレード用素材の翼部から引張試験片を採取した。採取位置は根部と翼部の中央部付近とし、ASTM A 370の引張試験方法に則って引張試験を行った。引張試験の結果を表1に示す。
表2に示すように、本発明例2は引張強さが1300MPa以上、0.02%は980MPa以上の優れた結果となった。
【0025】
【0026】
以上、説明するタービンブレード用素材の製造方法によれば、根部と翼部との厚さが異なるタービンブレード用素材であっても、Ms点以下の温度範囲で熱間成形材内の温度差を小さくすることが可能で、適切な温度範囲で次工程の焼戻し加熱を開始することで、0.02%耐力を改善することができる。