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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022013563
(43)【公開日】2022-01-18
(54)【発明の名称】コーティング方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/123 20160101AFI20220111BHJP
   B05D 1/02 20060101ALI20220111BHJP
   B05D 7/24 20060101ALI20220111BHJP
   B05D 3/06 20060101ALI20220111BHJP
   B23K 26/342 20140101ALI20220111BHJP
   C23C 24/10 20060101ALI20220111BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20220111BHJP
   C23C 4/08 20160101ALI20220111BHJP
【FI】
C23C4/123
B05D1/02 Z
B05D7/24 301A
B05D7/24 303C
B05D3/06 Z
B23K26/342
C23C24/10 B
C23C26/00 E
C23C4/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020181182
(22)【出願日】2020-10-29
(31)【優先権主張番号】P 2020112686
(32)【優先日】2020-06-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】390001801
【氏名又は名称】大阪富士工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【弁理士】
【氏名又は名称】吉本 力
(72)【発明者】
【氏名】辰巳 佳宏
(72)【発明者】
【氏名】安積 一幸
(72)【発明者】
【氏名】林 良彦
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 康喜
(72)【発明者】
【氏名】小泉 保行
(72)【発明者】
【氏名】森本 健斗
(72)【発明者】
【氏名】塚本 雅裕
(72)【発明者】
【氏名】阿部 信行
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 雄二
【テーマコード(参考)】
4D075
4E168
4K031
4K044
【Fターム(参考)】
4D075AA01
4D075BB29Z
4D075BB37Y
4D075BB41Y
4D075BB48Y
4D075BB91Y
4D075BB94Y
4D075BB95Y
4D075CA45
4D075CA47
4D075CA48
4D075DA06
4D075DA23
4D075DB01
4D075DB02
4D075DB04
4D075DB31
4D075DC01
4D075EA02
4D075EC10
4D075EC51
4D075EC53
4D075EC54
4E168BA33
4E168CB02
4E168DA02
4E168DA03
4E168DA13
4E168DA26
4E168DA32
4E168DA37
4E168FB03
4E168JA04
4K031AA08
4K031AB02
4K031CB35
4K031DA07
4K044AA03
4K044AB01
4K044BA06
4K044BB01
4K044BC00
4K044CA24
4K044CA27
4K044CA29
4K044CA71
(57)【要約】
【課題】純銅又は銅合金を含む溶材を用いて、耐久性が高く、かつ滑らかなコーティングを施すことができるコーティング方法を提供する。
【解決手段】純銅又は銅合金を含む溶材102を対象物1に向けて噴射しつつ、非モルテンプール型のレーザークラッディングを用いて溶材102をレーザービーム101で溶融させて対象物1の表面11に固着させることにより、対象物1の表面11を金属膜2でコーティングする。非モルテンプール型のレーザークラッディングを用いることにより、対象物1の表面11に与える熱の影響を抑制しつつ、純銅又は銅合金を含む薄い金属膜2で対象物1の表面11をコーティングすることができるため、凹凸が少なく、滑らかなコーティングを施すことができる。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の表面をコーティングするためのコーティング方法であって、
純銅又は銅合金を含む溶材を前記対象物に向けて噴射しつつ、非モルテンプール型のレーザークラッディングを用いて前記溶材をレーザービームで溶融させて前記対象物の表面に固着させることにより、前記対象物の表面を金属膜でコーティングすることを特徴とするコーティング方法。
【請求項2】
前記レーザークラッディングでは、少なくとも青色レーザーを含むレーザービームを照射することにより前記溶材を溶融させることを特徴とする請求項1に記載のコーティング方法。
【請求項3】
前記レーザークラッディングでは、少なくとも青色レーザー及び近赤外レーザーを含む重畳したレーザービームを照射することにより前記溶材を溶融させることを特徴とする請求項2に記載のコーティング方法。
【請求項4】
前記レーザークラッディングでは、青色レーザー及び近赤外レーザーの重畳比率を変化させることにより、前記対象物の表面をコーティングする前記金属膜の色又は膜厚を変化させることを特徴とする請求項3に記載のコーティング方法。
【請求項5】
前記対象物の表面上でのレーザービームの走査速度が、3000mm/sec以上であることを特徴とする請求項4に記載のコーティング方法。
【請求項6】
前記対象物の表面が、ステンレス鋼を含む材料により形成されていることを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載のコーティング方法。
【請求項7】
前記溶材は、粉末状であり、粒径が20~38μmの第1粉末と、粒径が5~20μmの第2粉末を含むことを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載のコーティング方法。
【請求項8】
前記溶材における前記第2粉末の含有量が、前記第1粉末の含有量よりも少ないことを特徴とする請求項7に記載のコーティング方法。
【請求項9】
前記溶材における前記第2粉末の含有量が20~40wt%であり、前記第1粉末の含有量が60~80wt%であることを特徴とする請求項8に記載のコーティング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物の表面をコーティングするためのコーティング方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、銅が抗菌性能を有することが知られている。これは、銅などの金属が、「微量金属作用」と呼ばれる作用を有することによるものである。「微量金属作用」とは、水などに溶け出した微量の金属イオンが細菌類の働きを抑える効果を有するという、特定の金属にのみ表れる作用である。例えば、ステンレス鋼の表面上では約48時間残留するウイルスが、銅の表面上では4時間程度しか残留しないという実験データも得られている。
【0003】
病院や公共施設などにおいては、不特定多数の人が手で触れる部分に抗菌処理を施すことが好ましい。例えば病室、会議室又はトイレなどで用いられるドアノブは、不特定多数の人が頻繁に握る部分であるため、ドアノブを介して菌が不特定多数の人に感染しやすい。そこで、ドアノブなどの対象物を銅で製造することが考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2017/170890号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、対象物を銅で製造した場合には、コストが高くなるだけでなく、重量も比較的大きくなるといった問題がある。そこで、対象物の表面に銅粉末を蒸着させることにより、対象物の表面をコーティングすることも考えられる。しかしながら、蒸着では対象物との接合が冶金的接合ではないため、密着力が弱く、耐久性に問題が生じるおそれがある。
【0006】
一方で、上記特許文献1には、レーザーを用いた加工技術が提案されている。対象物の表面に対して、レーザーを用いた加工技術によりコーティングを施すことも考えられるが、通常のレーザー加工技術では、滑らかなコーティングを施すことが困難である。コーティング表面が滑らかでなければ、コーティング処理後に表面を研磨するなどの作業が必要になるため、作業効率が低下する原因にもなる。
【0007】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、純銅又は銅合金を含む溶材を用いて、耐久性が高く、かつ滑らかなコーティングを施すことができるコーティング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明に係るコーティング方法は、対象物の表面をコーティングするためのコーティング方法であって、純銅又は銅合金を含む溶材を前記対象物に向けて噴射しつつ、非モルテンプール型のレーザークラッディングを用いて前記溶材をレーザービームで溶融させて前記対象物の表面に固着させることにより、前記対象物の表面を金属膜でコーティングする。
【0009】
このような構成によれば、溶材をレーザービームで溶融させて対象物の表面に固着させることにより、対象物の表面に耐久性が高い金属膜のコーティングを施すことができる。特に、非モルテンプール型のレーザークラッディングを用いることにより、対象物の表面に与える熱の影響を抑制しつつ、純銅又は銅合金を含む薄い金属膜で対象物の表面をコーティングすることができるため、凹凸が少なく、滑らかなコーティングを施すことができる。
【0010】
(2)前記レーザークラッディングでは、少なくとも青色レーザーを含むレーザービームを照射することにより、前記溶材を溶融させてもよい。
【0011】
このような構成によれば、銅に対して光吸収率が高い青色レーザーを用いてレーザークラッディングを行うことができる。これにより、純銅又は銅合金を含む溶材を効率よく溶融させて対象物の表面に固着させることができる。
【0012】
(3)前記レーザークラッディングでは、少なくとも青色レーザー及び近赤外レーザーを含む重畳したレーザービームを照射することにより前記溶材を溶融させてもよい。
【0013】
このような構成によれば、青色レーザーに近赤外レーザーを重畳することにより、青色レーザーのみの場合よりも高出力でレーザークラッディングを行うことができる。したがって、純銅を含む溶材を用いた場合であっても、溶材を効率よく溶融させて対象物の表面に固着させることができる。
【0014】
(4)前記レーザークラッディングでは、青色レーザー及び近赤外レーザーの重畳比率を変化させることにより、前記対象物の表面をコーティングする前記金属膜の色又は膜厚を変化させてもよい。
【0015】
このような構成によれば、青色レーザー及び近赤外レーザーの重畳比率を変化させるだけで、対象物の表面をコーティングする金属膜の色又は膜厚を容易に変化させることができる。
【0016】
(5)前記対象物の表面上でのレーザービームの走査速度が、3000mm/sec以上であってもよい。
【0017】
このような構成によれば、一般的な走査速度よりも速い最適な走査速度で対象物の表面上にレーザービームを走査させてレーザークラッディングを行うことにより、対象物の表面をコーティングする金属膜の色又は膜厚を良好に変化させることができる。
【0018】
(6)前記対象物の表面が、ステンレス鋼を含む材料により形成されていてもよい。
【0019】
このような構成によれば、ステンレス鋼を含む材料により対象物の表面を形成することで製造コストを抑えつつ、その表面に純銅又は銅合金を含む溶材を用いてコーティングを良好に施すことができる。
【0020】
(7)前記溶材は、粉末状であってもよい。この場合、前記溶材は、粒径が20~38μmの第1粉末と、粒径が5~20μmの第2粉末を含むことが好ましい。
【0021】
このような構成によれば、対象物の表面に与える熱の影響を抑制しつつ、より良好な金属膜を対象物の表面に形成することができる。
【0022】
(8)前記溶材における前記第2粉末の含有量が、前記第1粉末の含有量よりも少ないことが好ましい。
【0023】
このような構成によれば、対象物の表面に与える熱の影響の抑制と対象物の表面に形成される金属膜の連続性とのバランスを、最適化することができる。
【0024】
(9)前記溶材における前記第2粉末の含有量が20~40wt%であり、前記第1粉末の含有量が60~80wt%であってもよい。
【0025】
このような構成によれば、対象物の表面に与える熱の影響の抑制と対象物の表面に形成される金属膜の連続性とのバランスを、さらに最適化することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、非モルテンプール型のレーザークラッディングを用いることにより、純銅又は銅合金を含む溶材を用いて、耐久性が高く、かつ滑らかなコーティングを施すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の第1実施形態に係るコーティング方法について説明するための概略図である。
図2】本発明の第2実施形態に係るコーティング方法について説明するための概略図である。
図3】純銅の光吸収率と波長との関係を示したグラフである。
図4】11種類の実験結果について肉盛層の表面観察を行った結果を示す図である。
図5図4の各実験結果について肉盛層の断面観察を行った結果を示す図である。
図6】対象物の表面にコーティングされた肉盛層の表面粗さの一例を示した図である。
図7】実施例における表面観察の結果を示した図である。
図8】実施例における断面観察の結果を示した図である。
図9】実施例における成分分析の結果を示した図である。
図10】比較例における表面観察の結果を示した図である。
図11】比較例における断面観察の結果を示した図である。
図12】比較例における成分分析の結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
1.コーティング方法の第1実施形態
図1は、本発明の第1実施形態に係るコーティング方法について説明するための概略図である。この第1実施形態では、非モルテンプール型のレーザークラッディングを用いて、対象物1の表面11に対するコーティングが行われる。
【0029】
レーザークラッディングには、熱源としてレーザービーム101が用いられる。ノズル100から連続的に出射されるレーザービーム101は、対象物1の表面11に対して垂直方向に照射される。レーザービーム101の焦点位置104は、対象物1の表面11から離間した位置に設定されている。これにより、対象物1に対するレーザービーム101のパワー密度を低減し、非モルテンプール型のレーザークラッディングを実現することができる。
【0030】
ノズル100からは、対象物1に向けて溶材102及びシールドガス103を連続的に噴射しつつ、レーザービーム101が出射される。溶材102は、純銅又は銅合金を含む粉末状の材料である。純銅は、99.9%以上の純度を有しており、例えばタフピッチ銅、リン脱酸銅又は無酸素銅などを例示することができる。一方、銅合金は、銅を主な原料とした合金であり、青銅、ベリリウム銅、チタン銅、クロム銅、銅タングステン又は銅ニッケル合金などを例示することができる。なお、溶材102は、純銅又は銅合金のみからなるものであってもよいし、他の材料を含むものであってもよい。
【0031】
シールドガスとしては、例えばアルゴンガス又はヘリウムガスなどが用いられる。ノズル100から噴射される溶材102は、対象物1の表面11から離間した位置において、シールドガス103中でレーザービーム101により溶融され、対象物1の表面11に付着した後に自然冷却されることにより凝固する。これにより、溶融プールを伴わずに、対象物1の表面11に溶材102を固着させ、金属膜2からなる肉盛層(クラッディング層)により対象物1の表面11をコーティングすることができる。
【0032】
2.コーティング方法の第2実施形態
図2は、本発明の第2実施形態に係るコーティング方法について説明するための概略図である。この第2実施形態においても、非モルテンプール型のレーザークラッディングを用いて、対象物1の表面11に対するコーティングが行われるが、第1実施形態とは異なるタイプの非モルテンプール型の一例として、マルチビーム型のレーザークラッディングが用いられる。
【0033】
熱源としては、複数のレーザービーム111が用いられる。対象物1の表面11には、ノズル110からキャリアガスとともに溶材112が連続的に噴射される。溶材112は、第1実施形態と同様に、純銅又は銅合金を含む粉末状の材料である。溶材112は、対象物1の表面11に対して垂直方向に噴射される。このとき、ノズル110からは、対象物1の表面11に向けて複数の方向からレーザービーム111が照射される。図2では、2つの方向からレーザービーム111が照射されているが、3つ以上の方向からレーザービーム111が照射されてもよい。
【0034】
各レーザービーム111は、溶材112の噴射経路に対して外側から、当該噴射経路に徐々に近付くように斜めに照射される。各レーザービーム111は、同一の照射位置113に集光するように連続的に照射される。照射位置113は、例えば対象物1の表面11上、又は表面11の直上方に設定されており、この照射位置113に向かって溶材112が噴射される。これにより、溶材112を優先的に溶融させ、対象物1の溶融を最小限に抑制することができる。レーザービーム111により溶融された溶材112は、対象物1の表面11に付着した後に自然冷却されることにより凝固する。これにより、溶融プールを伴わずに、対象物1の表面11に溶材112を固着させ、金属膜2からなる肉盛層(クラッディング層)により対象物1の表面11をコーティングすることができる。
【0035】
3.レーザービームの照射方法
上記のような第1実施形態及び第2実施形態のいずれにおいても、対象物1の表面11に対するレーザービーム101,111の照射方法を最適化することにより、溶材102,112を効率よく溶融させて対象物1の表面11に固着させ、又は、対象物1の表面11をコーティングする金属膜2の色又は膜厚を変化させることができる。
【0036】
まず、レーザービーム101,111は、少なくとも青色レーザーを含むことが好ましい。具体的には、430~490nm、より好ましくは435~480nmの波長域で青色レーザーを照射可能な青色半導体レーザー装置が用いられる。このような青色半導体レーザー装置を1つ又は複数設けて、各装置から1点に集光するように青色レーザーを出射させることにより、0.2~0.5mm程度(例えば約0.3mm)の集光径で青色レーザーを照射することができる。
【0037】
ただし、レーザービーム101,111には、青色レーザーが含まれていなくてもよいし、青色レーザーに加えて他の波長のレーザーが含まれていてもよい。例えば、少なくとも青色レーザー及び近赤外レーザーを含む重畳したレーザービームが照射されてもよい。この場合、上記のような青色半導体レーザー装置に加えて、800~2500nmの波長域で近赤外レーザーを照射可能な近赤外半導体レーザー装置が用いられる。このような近赤外半導体レーザー装置を1つ又は複数設けて、各装置から1点に集光するように近赤外レーザーを出射させることにより、0.5~1.0mm程度(例えば約0.6mm)の集光径で近赤外レーザーを照射することができる。
【0038】
青色レーザーの集光位置と近赤外レーザーの集光位置は、同じ位置であってもよいし、異なる位置であってもよい。異波長のレーザー光を1点に集光するためのマルチカラーレーザーコーティングヘッドを使用すれば、青色レーザーと近赤外レーザーを重畳して共通の1点に集光させることができる。この場合、青色半導体レーザー装置及び近赤外半導体レーザー装置の各出力を個別に制御することにより、レーザークラッディング時の青色レーザー及び近赤外レーザーの重畳比率を変化させることが可能である。
【0039】
図3は、純銅の光吸収率と波長との関係を示したグラフである。図3における横軸は波長であり、各波長における純銅の光吸収率が縦軸に示されている。この図3に示すように、純銅は、波長が短い光に対して高い光吸収率を有している。純銅を含む溶材を用いた場合には、光吸収率が高い波長のレーザービームを照射するほど、効率よく溶材を溶融させることができる。
【0040】
図3に示すように青色レーザーの波長における純銅の光吸収率は、約60%である。これに対して、近赤外レーザーの波長における純銅の光吸収率は、約10%である。したがって、純銅に対する光吸収率が高い青色レーザーを含むレーザービームを照射することにより、純銅を含む溶材を効率よく溶融させることができる。また、青色レーザーの出力を十分に高めることができない場合には、青色レーザー及び近赤外レーザーを含む重畳レーザービームを照射することにより、青色レーザーだけでは不足する出力を近赤外レーザーで補い、溶材を効率よく溶融させることができる。
【0041】
なお、銅合金においても同様に、波長が短い光に対して光吸収率が高くなる傾向があるが、純銅と比べると銅合金は各波長に対する光吸収率が高い。そのため、銅合金を含む溶材を用いた場合には、近赤外レーザーのみを照射するだけで溶材を十分効率よく溶融させることができる場合がある。
【0042】
4.実験結果
以下では、青色レーザー及び近赤外レーザーの重畳比率を変化させて対象物に対するレーザークラッディングを行い、対象物の表面に形成された肉盛層(金属膜からなるクラッディング層)の表面観察及び断面観察を行った結果について説明する。
【0043】
この実験におけるレーザークラッディングの条件は、下記表1の通りである。
【表1】
【0044】
このように、青色レーザーのスポット径(集光径)は0.2mm、近赤外レーザーのスポット径は1mmとした。シールドガスの流速は10L/minである。また、粉末状の溶材をノズルから噴射させるためのキャリアガスの流速は3L/minである。対象物としてはステンレス鋼により形成された円筒状のパイプ(外径50mm、厚さ1mm)を用い、回転させながらレーザークラッディングを行った。
【0045】
青色レーザー及び近赤外レーザーの重畳比率としては、青色レーザーのみを出力する場合(青色130W/近赤外0W)と、青色レーザーの方が近赤外レーザーよりも高出力である場合(青色130W/近赤外100W)と、青色レーザーよりも近赤外レーザーの方が高出力である場合(青色130W/近赤外200W)と、近赤外レーザーのみを出力する場合(青色0W/近赤外200W)とのそれぞれについて、粉末状の溶材の供給量(g/min)を「3.1」、「2」、「1」の3段階で変化させることにより、11種類の実験結果を得た(下記表2参照)。
【表2】
【0046】
図4は、11種類の実験結果について肉盛層の表面観察を行った結果を示す図である。この図4に示すように、青色レーザー及び近赤外レーザーの重畳比率を変化させることにより、対象物の表面をコーティングする肉盛層の色を変化させることができる。すなわち、図4の各列に示すように、溶材の供給量が同じであっても、青色レーザー及び近赤外レーザーの重畳比率が異なれば、肉盛層の色も異なることが分かる。このような結果は、粉末状の溶材の供給量(g/min)を「3」、「2」、「1」の3段階で変化させても同様であった。
【0047】
図5は、図4の各実験結果について肉盛層の断面観察を行った結果を示す図である。この図5に示すように、青色レーザー及び近赤外レーザーの重畳比率を変化させることにより、対象物の表面をコーティングする肉盛層の膜厚を変化させることができる。すなわち、図5の各列に示すように、溶材の供給量が同じであっても、青色レーザー及び近赤外レーザーの重畳比率が異なれば、肉盛層の膜厚も異なることが分かる。このような結果は、粉末状の溶材の供給量(g/min)を「3」、「2」、「1」の3段階で変化させても同様であった。
【0048】
なお、レーザービームの走査速度を変化させて実験を行ったところ、対象物の表面をコーティングする肉盛層の表面粗さは、レーザービームの走査速度にかかわらずほぼ一定であり、Ra=10μm程度であった。このとき、レーザービームの走査速度を1000~4000mm/minで変化させたが、一般的な走査速度(1000mm/min程度)よりも速い速度で走査することにより、肉盛層の色及び膜厚を良好に変化させることができ、3000mm/sec以上の走査速度であればより好ましいことが分かった。
【0049】
図6は、対象物の表面にコーティングされた肉盛層の表面粗さの一例を示した図である。この例では、上記肉盛条件で対象物の表面にコーティングされた肉盛層について、水平距離1315.38μmにおける表面粗さ(算術平均粗さRa)を算出したところ、Ra=7.44μmであった。表面粗さを上記のような小さい値に抑えることができるため、レーザークラッディング後に、対象物の表面に形成された肉盛層を研磨する工程は不要である。
【0050】
5.対象物の具体例
対象物の表面に形成される銅皮膜(肉盛層)は抗菌性能を有するため、不特定多数の人が手で触れる部分などを対象物とすれば、その抗菌性能を効果的に発揮することができる。例えば、病室、会議室又はトイレなどで用いられるドアノブは、不特定多数の人が頻繁に握る部分であるため、ドアノブを対象物として、その表面に銅皮膜を形成すれば、細菌による院内感染又は集団感染などを効果的に抑制することができる。
【0051】
対象物の材料は任意であり、金属に限らず、樹脂などの金属以外の材料であってもよいが、上記実験結果のようにステンレス鋼を含む材料により対象物の表面が形成されていれば、当該表面にコーティングを良好に施すことができる。また、ステンレス鋼は安価であるため、対象物の表面又は全体をステンレス鋼で形成すれば、製造コストを抑えることができる。
【0052】
6.溶材の具体例
粉末状の溶材としては、任意の粒径を有する粉末を使用することができるが、粒径範囲の異なる複数種類の粉末を混合して使用することが好ましい。具体的には、粒径が20~38μmの第1粉末と、粒径が5~20μmの第2粉末を混合して、溶材として使用してもよい。ここで、第1粉末は、粒径が20~38μmの範囲外である粒子の粒度分布が、頻度として15%以下、より好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下であり、20~38μmの範囲外の粒子を僅かに含むものであってもよい。一方、第2粉末は、粒径が5~20μmの範囲外である粒子の粒度分布が、頻度として15%以下、より好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下であり、5~20μmの範囲外の粒子を僅かに含むものであってもよい。
【0053】
本実施形態では、第2粉末の含有量が第1粉末の含有量よりも少ない溶材を用いる。より具体的には、溶材における第2粉末の含有量が20~40wt%であり、第1粉末の含有量が60~80wt%であることが好ましい。以下では、第2粉末の含有量が30wt%であり、第1粉末の含有量が70wt%である溶材を用いて行った実験結果について説明する。
【0054】
実施例として、粒径が20~38μmの第1粉末と、粒径が5~20μmの第2粉末を混合することにより、粒径が5~38μmの範囲に分布する溶材を準備した。この溶材を用いて、非モルテンプール型のレーザークラッディングにより対象物(母材)の表面に金属膜からなる肉盛層を形成した。レーザー条件としては、波長が450nmの青色レーザーを使用し、集光径を約0.5mmとして、4mm/secの走査速度で対象物の表面に対する走査を行った。溶材の各粒子は純銅である。また、シールドガスとしてはアルゴンガスを使用し、対象物としてはSUS304を使用した。以上の条件で、レーザー出力を20W、30W、40W、45W、50W、60W、70W、80Wに変化させ、各レーザー出力で得られた肉盛層の表面観察、並びに、肉盛層及び母材の断面観察を行うとともに、70W、80Wの各レーザー出力で得られた肉盛層及び母材の成分分析を行った。
【0055】
図7は、実施例における表面観察の結果を示した図である。図8は、実施例における断面観察の結果を示した図である。図9は、実施例における成分分析の結果を示した図である。
【0056】
表面観察の結果によると、図7G及び図7Hに示すように、レーザー出力が70W以上の高出力であれば、外観が良好な肉盛層を形成することができる。また、図7B図7Fに示すように、レーザー出力が30W~60Wの低出力の場合であっても、高出力の場合より外観は劣るものの、直線状の連続的な肉盛層を形成することができる。
【0057】
一方、断面観察の結果によると、図8G及び図8Hに示すように、レーザー出力が70W以上の高出力であっても、希釈を生じることなく肉盛層を形成することができる。ここで、希釈とは、母材が溶融することによる溶材への母材の溶け込みを意味している。図8G及び図8Hにおける母材と肉盛層との境界線に着目すると、境界線は直線状に延びており、溶材への母材の溶け込みが生じていないことが分かる。この点については、図9A及び図9Bのいずれにおいても、成分分析位置での検出強度に着目したときに、肉盛層では母材成分がほとんど検出されず、母材では溶材成分がほとんど検出されていないことからも、溶材への母材の溶け込みが生じていないことが分かる。また、図8C図8Fに示すように、レーザー出力が40W~60Wの低出力の場合であっても、高出力の場合ほど十分ではないものの、肉盛層を形成することができる。
【0058】
次に、比較例として、粒径が20~38μmの第1粉末のみからなる溶材を用いて、上記実施例と同様の条件で行った表面観察、断面観察及び成分分析の結果について説明する。図10は、比較例における表面観察の結果を示した図である。図11は、比較例における断面観察の結果を示した図である。図12は、比較例における成分分析の結果を示した図である。
【0059】
表面観察の結果によると、図10A図10Fに示すように、レーザー出力が60W以下の低出力の場合に、直線状の肉盛層を形成することができないことが分かる。また、図10Gに示すように、レーザー出力が70Wの場合でも、十分に連続的な肉盛層が形成されているとは言い難い。
【0060】
一方、断面観察の結果によると、図11Hに示すように、レーザー出力が80Wの場合に、母材と肉盛層との境界線が直線状に延びておらず、溶材への母材の溶け込みが生じていることが分かる。この点については、図12Aにおいて、成分分析位置での検出強度に着目したときに、肉盛層では母材成分がほとんど検出されず、母材では溶材成分がほとんど検出されていない。これに対して、図12Bにおいて、成分分析位置での検出強度に着目したときには、肉盛層で母材成分が検出され、母材で溶材成分が検出されていることからも、レーザー出力が80Wの場合に、溶材への母材の溶け込みが生じていることが分かる。また、図11A図11Gに示すように、レーザー出力が70W以下の場合には、溶材への母材の溶け込みは生じていないものの、レーザー出力が80Wの場合のような十分な肉盛層を形成することができない。すなわち、いずれのレーザー出力であっても、溶材への母材の溶け込みを防止しつつ、十分な肉盛層を形成することができない。
【0061】
このような比較例と比べて、上記実施例のように第1粉末と第2粉末を混合した溶材を使用すれば、溶材への母材の溶け込みを防止しつつ、十分な肉盛層を形成することが可能である。すなわち、対象物(母材)の表面に与える熱の影響を抑制しつつ、より良好な金属膜(肉盛層)を対象物の表面に形成することができる。特に、溶材における第1粉末及び第2粉末の各含有量を適切に調整すれば、対象物の表面に与える熱の影響の抑制と対象物の表面に形成される金属膜の連続性とのバランスを、最適化することが可能である。
【0062】
7.作用効果
以上の実施形態では、溶材102,112をレーザービーム101,111で溶融させて対象物1の表面11に固着させることにより、対象物1の表面11に耐久性が高い金属膜2のコーティングを施すことができる。特に、第1実施形態及び第2実施形態のように非モルテンプール型のレーザークラッディングを用いることにより、対象物1の表面11に与える熱の影響を抑制しつつ、純銅又は銅合金を含む薄い(例えば100μm程度)金属膜2で対象物1の表面11をコーティングすることができるため、凹凸が少なく、滑らかなコーティングを施すことができる。ただし、非モルテンプール型のレーザークラッディングは、第1実施形態及び第2実施形態に限られるものではなく、他の態様でレーザークラッディングを行うような構成であってもよい。
【0063】
また、銅に対して光吸収率が高い青色レーザーを用いてレーザークラッディングを行うことにより、純銅又は銅合金を含む溶材102,112を効率よく溶融させて対象物1の表面11に固着させることができる。特に、青色レーザーに近赤外レーザーを重畳すれば、青色レーザーのみの場合よりも高出力でレーザークラッディングを行うことができるため、純銅を含む溶材102,112を用いた場合であっても、溶材102,112を効率よく溶融させて対象物1の表面11に固着させることができる。さらに、青色レーザー及び近赤外レーザーの重畳比率を変化させるだけで、対象物1の表面11をコーティングする金属膜2の色又は膜厚を容易に変化させることができる。
【0064】
また、一般的な走査速度よりも速い最適な走査速度(3000mm/sec以上)で対象物1の表面11上にレーザービームを走査させてレーザークラッディングを行うことにより、対象物1の表面11をコーティングする金属膜2の色又は膜厚を良好に変化させることができる。
【0065】
また、ステンレス鋼を含む材料により対象物1の表面11を形成することで製造コストを抑えつつ、その表面11に純銅又は銅合金を含む溶材102,112を用いてコーティングを良好に施すことができる。
【符号の説明】
【0066】
1 対象物
2 金属膜
11 表面
100 ノズル
101 レーザービーム
102 溶材
103 シールドガス
104 焦点位置
110 ノズル
111 レーザービーム
112 溶材
113 照射位置
図1
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図12