IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 旭硝子株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-ガラス物品の製造方法 図1
  • 特開-ガラス物品の製造方法 図2
  • 特開-ガラス物品の製造方法 図3
  • 特開-ガラス物品の製造方法 図4
  • 特開-ガラス物品の製造方法 図5
  • 特開-ガラス物品の製造方法 図6
  • 特開-ガラス物品の製造方法 図7
  • 特開-ガラス物品の製造方法 図8
  • 特開-ガラス物品の製造方法 図9
  • 特開-ガラス物品の製造方法 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022137321
(43)【公開日】2022-09-22
(54)【発明の名称】ガラス物品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C03C 15/00 20060101AFI20220914BHJP
   C03B 33/09 20060101ALI20220914BHJP
   B23K 26/382 20140101ALI20220914BHJP
   B23K 26/53 20140101ALI20220914BHJP
【FI】
C03C15/00 B
C03B33/09
C03C15/00 Z
B23K26/382
B23K26/53
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2019149982
(22)【出願日】2019-08-19
(71)【出願人】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】河原 貴之
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 康章
(72)【発明者】
【氏名】堀内 浩平
【テーマコード(参考)】
4E168
4G015
4G059
【Fターム(参考)】
4E168AD12
4E168AD14
4E168AE01
4E168DA02
4E168DA03
4E168DA04
4E168DA06
4E168DA24
4E168DA25
4E168DA28
4E168DA45
4E168DA46
4E168DA47
4E168DA54
4E168EA19
4E168HA01
4E168JA14
4G015FA06
4G015FB01
4G015FC05
4G059AA08
4G059AB01
4G059AC30
4G059BB04
4G059BB16
(57)【要約】
【課題】エッチング時間を短縮し、垂直度の高い孔および切断面を有するガラス物品の製造方法を提供する。
【解決手段】相互に対向する第1の表面と第2の表面を有するガラス基板を準備する工程と、前記ガラス基板にレーザを用いて初期孔または改質部を形成する工程と、前記ガラス基板を、溶存大気濃度が溶存酸素濃度D換算で8.0wtppm以下であるエッチング溶液に浸漬し、少なくとも一部の期間、前記ガラス基板に超音波を印加することで、前記ガラス基板をエッチングする工程を備えた、ガラス物品の製造方法。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
相互に対向する第1の表面と第2の表面を有するガラス基板を準備する工程と、
前記ガラス基板にレーザを用いて初期孔または改質部を形成する工程と、
前記ガラス基板を、溶存大気濃度が溶存酸素濃度D換算で8.0wtppm以下であるエッチング溶液に浸漬し、少なくとも一部の期間、前記ガラス基板に超音波を印加することで、前記ガラス基板をエッチングする工程を備えた、
ガラス物品の製造方法。
【請求項2】
前記溶存酸素濃度Dが式(1)を満たす、請求項1に記載のガラス物品の製造方法。
|D-4.0|>0wtppm・・・(1)
【請求項3】
前記超音波の周波数は200kHz以下である、請求項1または2に記載のガラス物品の製造方法。
【請求項4】
前記超音波の周波数は40kHz未満である、請求項1~3のいずれか1項に記載のガラス物品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ガラス基板にレーザを照射し、表面に所望の形状の輪郭線を描くように複数の欠陥線を形成し、ガラス基板をエッチングすることで、ガラス基板から所望の形状を分離することができることが知られている(特許文献1)。また、ガラス基板にレーザを照射し、初期孔を形成した後、ガラス基板をエッチングする際に、超音波を印加することで、初期孔の貫通及び拡張を促進する技術が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国特許出願公開第2019/0119150号明細書
【特許文献2】特表2016-534017号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ガラス基板のエッチング時に超音波を印加すると、ガラス基板の表面性状が悪化することがあった。
【0005】
そこで、本開示は、超音波エッチング時に発生するガラス基板表面性状の悪化を抑制し、品質の高いガラス物品を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示は、相互に対向する第1の表面と第2の表面を有するガラス基板を準備する工程と、前記ガラス基板にレーザを用いて初期孔または改質部を形成する工程と、前記ガラス基板を、溶存大気濃度が溶存酸素濃度D換算で8.0wtppm以下であるエッチング溶液に浸漬し、少なくとも一部の期間、前記ガラス基板に超音波を印加することで、前記ガラス基板をエッチングする工程を備えた、ガラス物品の製造方法、を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本開示の製造方法によれば、ガラス基板の表面性状を良好に保ちながら、ガラス基板から所望の形状を分離し、またはガラス基板に所望の直径を有する孔を形成することで、ガラス物品を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の一製造方法における製造フローを示した図である。
図2】本発明の一製造方法において、図3のAA'断面での(a)ガラス基板を準備する工程の模式図、(b)レーザ照射工程においてガラス基板に改質部を形成する工程の模式図、および(c)エッチング工程においてガラス基板から所望の形状がくり抜かれる様子を示した模式図である。
図3】本発明の一製造方法における、ガラス基板表面に所望の形状の輪郭線に沿って改質部が形成される様子を上面から示した模式図であり、図2(b)の上面図である。
図4】本発明の一製造方法におけるレーザ照射装置の模式図である。
図5】本発明の一製造方法における発振レーザのパルス形状を示す模式図である。
図6】本発明の一製造方法における発振レーザのバーストパルスのパルス形状を示す模式図である。
図7】本発明の一製造方法におけるエッチング装置の模式図である。
図8】本発明の一製造方法における製造フローを示した図である。
図9】本発明の一製造方法において、(a)ガラス基板を準備する工程の模式図、(b)レーザ照射工程においてガラス基板に初期孔を形成する工程の模式図、および(c)エッチング工程においてガラス基板に貫通孔が形成される様子を示した模式図である。
図10】本発明の一製造方法における、ガラス基板の切断面を示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の実施形態によるガラス物品の製造方法について説明する。以下で、第1の実施形態では、レーザ照射工程によりガラス基板上に所望の形状の輪郭を描くように改質部を形成し、エッチングにより改質部を除去し、所望の形状を分離してガラス物品を製造する方法を、第2の実施形態では、レーザ照射工程によりガラス基板に初期孔を形成し、エッチングにより初期孔を拡張して孔を形成し、ガラス物品を製造する方法について、それぞれ説明する。なお、本発明の実施形態はこれに限られず、例えば改質部から孔を形成してもよく、初期孔を用いてガラス基板を分離してもよい。
【0010】
(第1の実施形態)
まず、本発明の第1の実施形態によるガラス物品の製造方法について、図1図7を参照にしながら説明する。
【0011】
図1には、本発明の第1の実施形態によるガラス物品の製造方法のフローを示す。
【0012】
図1に示すように、本発明の第1の実施形態における、ガラス物品の製造方法では、
(工程S110)相互に対向する第1の表面と第2の表面を有するガラス基板を準備する工程(ガラス基板準備工程)と、
(工程S120)前記ガラス基板にレーザを用いて改質部を形成する工程(レーザ照射工程)と、
(工程S130)前記ガラス基板を、溶存大気濃度が、溶存酸素濃度D換算で8.0wtppm以下であるエッチング溶液に浸漬し、少なくとも一部の期間、前記ガラス基板に超音波を印加することで、前記ガラス基板をエッチングすることを特徴とする(エッチング工程)。
【0013】
以下で、図2図7を用いて各工程の詳細を説明する。図2には、工程S120~S130によりガラス基板にくり抜き部23が形成される様子を、断面図を用いて模式的に示した。
【0014】
(工程S110)
まず、図2(a)に示すような被加工用のガラス基板20が準備される。ガラス基板は相互に対向する第1の表面20bおよび第2の表面20cを有する。
【0015】
ガラス基板20の材質は、特に限られない。例えば、ガラス基板20は、ソーダライムガラス、アルミノシリケートガラス、無アルカリガラス、石英、サファイアガラス、結晶化ガラス等であっても良い。
【0016】
ガラス基板20の厚さは、特に限られないが、例えば、0.05mm~3mmの範囲である。ガラス基板20の厚さは、レーザにより均質な改質部を形成しやすいという観点から、好ましくは1mm以下である。また、厚さは、エッチング工程において孔またはくり抜き部の狭窄を抑制しやすいという観点から、好ましくは0.7mm以下、より好ましくは0.5mm以下である。一方、ガラス基板20の厚さは、製造時の取り扱いによるガラス基板の割れを抑制しやすいという観点から、好ましくは0.1mm、より好ましくは0.2mm以上である。
【0017】
(工程S120)
次に、ガラス基板20の第1の表面20bにレーザが照射される。第1の実施形態では、図3の上面図に示すように、ガラス基板から所望の形状をとる分離予定部22を分離するため、分離予定部22の輪郭線30に沿って改質部21が複数形成される。図3は、図2(b)における上面図である。また、この時、図2(b)の断面図に示すように、ガラス基板20の表面20bから20cにかけて、ガラス基板20の内部に改質部21が形成されている。図2図3のAA'断面にあたる。
【0018】
ここで、改質部21とは、ガラス基板20の内部に形成された、ガラス構造が変質した領域を指す。改質部21は、後のエッチング工程において、周囲のガラス部分よりも除去される速度が速くなっている。これにより、改質部21を有するガラス基板20をエッチングすることで、改質部21が非改質部よりも相対的に速く除去されるため、分離予定部22が分離され、図2(c)に示すように、くり抜き部23が形成される。なお、改質部21内には、微細な穴やクラックが存在してもよい。微細な穴やクラックが存在する場合、エッチング液が改質部分に浸透しやすくなり、改質部分のエッチング速度がさらに早くなる。
【0019】
図4には、工程S120で使用され得る装置の構成を概略的に示す。図4に示すように、レーザ照射装置400は、ステージ450、レーザ発振器460と、ビーム調整光学系470と、集光レンズ480等を有する。
【0020】
まず、ステージ450に、ガラス基板20が、第2の表面20cがステージの側になるように設置される。ガラス基板は、ステージに固定されても良い。固定方法は特に限られないが、冶具などで抑えられても良く、吸着固定または接着固定されても良い。吸着は、例えば真空吸着、または静電吸着等である。
【0021】
次に、レーザ発振器460からレーザビーム465が発振される。レーザビーム465は、ビーム調整光学系470に入射し、ビーム調整光学系でビーム径やビーム形状が調整されレーザビーム475となる。ビーム調整光学系470は、例えば凹レンズや凸レンズの組み合わせで形成される。ビーム調整光学系470は、アパーチャを有しても良い。
【0022】
レーザビーム475は、集光レンズ480に入射し、集光されてレーザビーム485となる。レーザビーム485は、ガラス基板20の第1の表面20bに入射し、ガラス基板20の内部に改質部21を形成する。
【0023】
第1の実施形態におけるレーザビーム485の波長は特に限られないが、例えば3000nm以下であると、改質部を形成しやすく、またガラス基板への熱影響を抑えられる。レーザビーム485の波長は、レーザの持つエネルギーが十分大きくなり、改質部を形成しやすいという観点から、好ましくは2050nm以下、より好ましくは1090nm以下である。一方、波長は、好ましくは350nm以上、より好ましくは500nm以上である。
【0024】
第1の実施形態におけるレーザ発振器460は、特に限られないが、例えばHe-Neレーザ、Arイオンレーザ、エキシマXeFレーザ、Er:YAGレーザ、Nd:YAGレーザ、Nd:YAGの第2高調波レーザおよび第3高調波レーザ、ルビーレーザ、ファイバーレーザなどが挙げられる。
【0025】
レーザビーム485の平均出力は、改質部を形成するのに十分なエネルギーが得られるという観点から、好ましくは18W以上、より好ましくは35W以上である。一方、改質部21の形成時に改質部21の周囲のクラック発生を抑制しやすいという観点から、平均出力は好ましくは200W以下である。
【0026】
レーザビーム465は、連続発振されても良く、パルス発振されても良い。パルス発振されると、ピーク出力が大きくなり、十分なエネルギーが得られるため、改質部が形成しやすいので、好ましい。パルス発振は、通常のパルスモードでも良く、バーストパルスとして発振されても良い。
【0027】
図5には通常のパルスモードで発振された場合のレーザビーム485の波形の一例500を模式的に示した。パルス幅501は、熱的影響が小さく、改質部周辺でのクラックの発生を抑制できるという観点から、好ましくは1nsec以下である。一方、パルス幅501は、好ましくは100fsec以上である。
【0028】
図6には、バーストパルスの波形の一例600を模式的に示す。図6に示すように、バーストパルスは、単一パルスを分割することで生成されるバースト610からなるパルスである。各バースト610の間隔611(以下、バースト間隔611と称する)は、例えばピコ秒オーダーであり、各パルス620の間隔621(以下、パルス間隔621と称する)は例えばナノ秒オーダーである。バースト間隔611は、10psec以上であることが好ましい。パルス間隔621は、好ましくは1nsec以下である。各パルス620は、例えば2つ以上のバースト610を含み、好ましくは4つ以上のバースト610を含む。一方、各パルス620は例えば20以下のバースト610を含み、好ましくは10以下のバースト610を含む。以上の条件であると、改質部を形成しやすく、また孔周辺の熱溶融やクラック発生を抑制しやすい。
【0029】
以上のようなレーザ照射工程により、ガラス基板20の内部に改質部21が形成される。また、所望の形状の輪郭線を描くようにレーザ485を走査し、照射していくことで、図3に示すように分離予定部22の輪郭線30に沿って改質部21が複数形成される。改質部21同士の間隔は、エッチング工程でくり抜くまでにかかる時間を短くできるという観点から、好ましくは10μm以下であり、より好ましくは7μm以下である。一方、改質部21同士の間隔は、先に形成した改質部21にレーザがより吸収され、次に形成しようとする改質部がうまく形成されないという現象を抑制できるという観点から、好ましくは2μm以上である。
【0030】
(工程S130)
次に、改質部21が形成されたガラス基板20をエッチングする。図7にはエッチング工程で使用するエッチング装置700の一例を模式的に示した。図7に示すように、エッチング装置700は、外部槽710と、エッチング槽720と、超音波発生装置730を有する。エッチング槽720は、外部槽710の内部に設置され、外部槽710には伝播液715が入っており、エッチング槽720には、エッチング液725が入っている。
【0031】
伝播液715は、特に限られないが、例えば水であり、超音波発生装置730から発生した超音波735をエッチング槽720に伝播させる役割を持つ。
【0032】
エッチング液は、特に限られないが、例えばフッ酸(フッ化水素の水溶液)を含む溶液が選択される。エッチング液は、フッ酸だけでも良く、塩酸(塩化水素の水溶液)、硝酸水溶液などとの混酸を含んでいても良い。エッチング液は、エッチング時に発生した塩を溶解し、塩が改質部を塞ぐ現象を抑制できるという観点から、好ましくは、塩酸、硝酸水溶液のいずれか一方を含むか、または両方を含む混酸を含んでいてよい。エッチング液は、より好ましくは硝酸水溶液である。エッチング液が硝酸水溶液であると、高い効果が期待できる。
【0033】
エッチング液中のフッ化水素の濃度は、エッチングが十分に進むという観点から、エッチング液全体に対して、好ましくは0.5wt%以上、より好ましくは1.0wt%以上である。一方、フッ化水素の濃度は、選択比を高め、垂直度の高い孔が形成しやすいという観点から、エッチング液全体に対して、好ましくは5.0wt%以下、より好ましくは3.5wt%以下である。
【0034】
エッチング液が塩酸を含む場合、塩を溶解する効果が有意に発揮されるという観点から、塩化水素の濃度は、エッチング液全体に対して、好ましくは1wt%以上、より好ましくは5wt%以上、更に好ましくは8wt%以上である。一方、フッ酸による改質部の除去スピードを保ちやすいという観点から、エッチング液全体に対して、好ましくは20wt%以下、より好ましくは15wt%以下、更に好ましくは12wt%以下である。
【0035】
エッチング液が硝酸を含む場合、塩を溶解する効果が有意に発揮されるという観点から、硝酸の濃度は、エッチング液全体に対して、好ましくは1wt%以上、より好ましくは5wt%以上、更に好ましくは8wt%以上である。一方、硝酸の濃度は、フッ酸による改質部の除去スピードを保ちやすいという観点から、エッチング液全体に対して、好ましくは20wt%以下、より好ましくは15wt%以下、更に好ましくは12wt%以下である。
【0036】
このようなエッチング装置700を用い、ガラス基板20をエッチングする。ガラス基板20は、エッチング槽720内に配置され、エッチング液725に浸漬される。なお、図7では、ガラス基板20の支持具は省略されており、ガラス基板20の支持の仕方は、表面が傷つかない構成であれば特に限られず、公知の方法が適用可能である。
【0037】
次に、超音波発生装置730から超音波735が発生され、超音波735は伝播液715を伝播し、エッチング槽720を振動させる。エッチング槽720の振動はエッチング液725を伝播し、結果、ガラス基板20にも超音波が伝播される。これにより、ガラス基板20が振動する。以下、図2(b)および(c)を用いて、超音波印加エッチングによりガラス基板にくり抜き部が形成される機構を説明する。
【0038】
図2(b)および(c)には、上述の方法によりガラス基板20がエッチングされ、改質部21が除去されることで、分離予定部22が分離され、くり抜き部23が形成される様子の断面図を模式的に示す。図2(c)の破線24は、図2(b)におけるガラス基板の非改質部(ガラス基板の改質部以外の部分)と改質部の境界線を表し、一点鎖線25は図2(b)におけるガラス基板の表面を表す。
【0039】
図7に示すように、エッチング液725に浸漬されることで、図2(c)に示すようにガラス基板20の改質部21が除去されると同時に、ガラス基板20の、改質部21以外のガラス部分、すなわち非改質部も除去されていく。しかしながら、前述のように、改質部21の除去される速度は、周囲のガラスに比べ速いため、ガラス基板から分離予定部22が分離され、改質部21及び改質部21の周囲の非改質部を含むくり抜き部23が形成できる。そして、隣接するくり抜き部23同士が近接又は接合することにより、分離予定部22はガラス基板から分離できる。
【0040】
更に、超音波を印加することにより、以下の現象が進行し、分離予定部22の分離が短時間で可能になると考えられる。(i)改質部21の最表面が、エッチング液725と反応することで除去され、ガラス基板20の表面に凹部を形成する。(ii)エッチング液725が超音波により振動することで、表面張力が減少し、凹部へのエッチング液の浸透力が向上する。更に、ガラス基板20が超音波により振動することで、除去された改質部が、非改質部から速やかに離れ、エッチング液全体に速やかに拡散する。(iii)これにより、前記凹部の底に露出した改質部の新たな表面に、未反応のエッチング液が供給される。上記(i)~(iii)の現象が繰り返されることにより、改質部が選択的に除去され、分離予定部22の分離が短時間で可能になる。
【0041】
一方、超音波を印加することで、ガラス基板表面にダメージが発生する場合がある。そこで、本発明の一実施形態では、エッチング液725中の溶存大気濃度を、溶存酸素濃度換算D換算で、例えば純水での代替溶存酸素濃度換算(後述)で、8.0wtppm以下にすることで、エッチングによる改質部の除去に悪影響を与えずに、ガラス基板表面のダメージを有意に抑制できることを発見した。以下で原理を説明するが、上記効果を奏する原理としては、これに限定されない。
【0042】
超音波を印加することにより、エッチング液中にキャビテーション(空洞)が発生し、キャビテーション崩壊時にガラス基板表面に衝撃を与える現象が発生する。キャビテーションによる衝撃力により、ガラス基板の表面に微小な破壊領域が発生し得る。更にエッチングを続けることで、この微小な破壊領域が拡大、連結し表面荒れとなって顕在化することがある。本願では、これらの微小な破壊領域や表面荒れをダメージと称する。
【0043】
キャビテーションの発生量は、エッチング液725中に溶存する気体濃度が高いほど多くなる。従って、キャビテーションによりガラス基板表面にダメージが発生することを抑制するには、溶存気体の濃度を小さくすることが有効である。
【0044】
ここで、エッチング装置700が大気雰囲気下に設置されており、エッチング液725に人為的に気体を溶存させない限りは、エッチング液725に溶存する気体は、大気である。従って、エッチング液中に溶存する大気濃度をコントロールすることで、キャビテーションによるガラス基板表面のダメージを抑制できる。
【0045】
なお、エッチング液中の溶存大気濃度の調節方法は、特に限られないが、例えば中空糸フィルターと真空ポンプを用いた脱気により調整できる。
【0046】
エッチング液に溶存する気体は、特に工夫を施さない限り、大気の成分、すなわち、酸素、二酸化炭素、窒素、その他の気体で構成される。溶存大気の量を反映した指標値として、例えば溶存酸素濃度Dを用いることができる。溶存酸素濃度Dは、一般には簡便に測定できる点で利点がある。但し、フッ酸溶液中の溶存酸素濃度のより精密な測定は技術的に困難な場合があるため、本発明の一実施形態における溶存酸素濃度は、例えば、下記手順で測定される純水中での測定値で代替することができる。
(手順1)エッチング液の溶存大気濃度をとある条件で調節する。
(手順2)手順1と同条件で純水の溶存大気濃度を調節する。
(手順3)純水の溶存酸素濃度を、ポータブルの蛍光式溶存酸素計を用いて測定する。ポータブルの蛍光式溶存酸素計としては、例えばHACH社のHQ30dが用いられる。この時の測定値が「純水での代替溶存酸素濃度」であり、当該測定値を、エッチング溶液の「溶存酸素濃度D」として用いることができる。
【0047】
手順2について、例えば溶存大気の調節方法が中空糸フィルター及び真空ポンプを用いた脱気であれば、減圧値を手順1での減圧値と等しくすることで、条件をそろえることができる。
【0048】
本発明の一実施形態では、好ましくは、エッチング液中の溶存大気濃度を、溶存酸素濃度D換算で8.0wtppm以下にすることができ、これにより、キャビテーションの発生を抑制し、ガラス基板表面のダメージを有意に抑制できることが分かった。溶存大気濃度は、溶存酸素濃度D換算では、好ましくは7.5wtppm以下、より好ましくは7.0wtppm以下、更に好ましくは6.5wtppm以下である。
【0049】
ここで、溶存大気濃度を、溶存酸素濃度D換算で8.0wtppmから小さくしていくと、キャビテーションの発生は減少していくが、溶存大気濃度が溶存酸素D換算で4.0wtppm付近において、再びキャビテーションの発生量が増加し、極大値をとる現象が起きることがある。更に溶存大気濃度を小さくしていく、とキャビテーションの発生量は再び減少に転じる。これは、溶存大気量が多い状態では、キャビテーションに寄与しない余剰な大気がエネルギーを消費するのに対し、溶存大気が溶存酸素濃度換算で4.0wtppm付近まで減少すると、溶存する大気のほとんどがキャビテーションに寄与できるようになるため、余剰な大気が存在せず、エネルギーの損失が減少するためであると考えられる。
【0050】
従って、溶存大気濃度は、溶存酸素濃度D換算で、好ましくは|D-4.0|>0wtppm、より好ましくは|D-4.0|≧0.1wtppm、更に好ましくは|D-4.0|≧0.2wtppm、更に好ましくは|D-4.0|≧0.3wtppm、更に好ましくは|D-4.0|≧0.4wtppm、更に好ましくは|D-4.0|≧0.5wtppm、更に好ましくは|D-4.0|≧0.6wtppm、更に好ましくは|D-4.0|≧0.7wtppm、更に好ましくは|D-4.0|≧0.8wtppm、更に好ましくは|D-4.0|≧0.9wtppmを満たす。
【0051】
また、溶存大気濃度は、溶存酸素濃度D換算で、一般的に0.05wtppm以上、制御コストを鑑みて、好ましくは0.1wtppm以上である。
【0052】
次に、超音波735の周波数範囲について説明する。超音波735の周波数は、特に制限されないが、超音波により改質部の除去を促進する効果が得られやすいという観点から、好ましくは200kHz以下であり、より好ましくは100kHz以下である。また、下記で説明する狭窄度を抑制し、選択比を有意に向上できるという観点から、好ましくは40kHz以下、より好ましくは40kHz未満である。超音波は一般的に、20kHz以上のものが使用される。
【0053】
分離予定部22を分離した後の、改質部21及び改質部21の周囲の非改質部を含む部分が除去されて形成されたくり抜き部23は、図2(c)に示すような狭窄部を有することがある。狭窄部とは、くり抜き部23の内部の幅がくり抜き部のガラス基板表面における幅よりも小さくなっている部分を指す。このような狭窄部は、改質部21が除去される間に、周囲のガラス部分の除去が進行することにより形成される。狭窄度を小さくすることにより、くり抜き部23の内壁の形状を垂直に近づけることができ、またくり抜きにかかる時間を短縮することができる。
【0054】
ここで、狭窄の程度を、狭窄度C(τ)を用いて表す。狭窄度C(τ)は下記式(2)で表される。
(τ)=(D-D)/t・・・(2)
ここで、τは、分離予定部22(図3)の分離のために、ガラス基板20をエッチングした時間を表し、Dは第1の表面20bにおけるくり抜き部23の幅を、Dはくり抜き部23の内部の幅の最小値を、tは時間τエッチングした後のガラス基板20の厚さを表す。
【0055】
また、短時間で効率よくエッチングし、狭窄度の低い孔を形成するためには、改質部21を周囲のガラスより選択的に除去する必要がある。ここで、改質部21のガラスに対する選択性を表す指標として、下記式(3)で表される選択比S(τ)を定義する。
S(τ)=t/t・・・(3)
ここで、τは、分離予定部22の分離のために、ガラス基板20をエッチングした時間を表し、tはエッチング前のガラス基板20の厚さ、tは時間τエッチングした後のガラス基板20の厚さを表す。
【0056】
狭窄度Cは0に近いほど、くり抜き部23における内壁が垂直に近い形状になるため、好ましい。また、分離予定部22の分離までにかかる時間を短縮できるため、生産効率の観点からも好ましい。
【0057】
選択比Sは0~1の範囲の値をとり、Sは1に近いほど、改質部が選択的に除去されるため好ましい。更に、選択比Sを高くすることによりくり抜き部を形成するまでの第1の表面20b、第2の表面20cの除去量を小さくすることができるため、ガラス基板20の取り扱い時やキャビテーションにより生じた潜傷が拡大、深化して顕在化する現象を抑制し、表面ダメージの少ないガラス物品を製造しやすい。
【0058】
狭窄度Cを0に近付け、また選択比Sを1に近付けることができ、潜傷が拡大、深化して顕在化する上述の現象等を優位に抑制できるという観点から、超音波735の周波数は、好ましくは200kHz以下、より好ましくは100kHz以下、更に好ましくは40kHz以下である。
【0059】
一方、超音波の周波数が低くなるほど、発生するキャビテーションのサイズが大きくなり、キャビテーションが崩壊した際に発生する衝撃波も大きくなる。したがって、より低周波の超音波を使用する場合、エッチング液中の溶存大気を制御することによるキャビテーションのダメージ抑制の効果が顕著に表れる。
【0060】
更に、超音波の周波数は、変調させることが好ましい。変調の仕方は特に限られないが、例えば周波数の段階的切り替え、スイープなどが挙げられる。周波数を変調させることにより、槽内で定在波位置が変化するため、エッチングのムラを抑制でき、更に、キャビテーションの発生位置が変化するため、ガラス基板20表面への特定の位置にダメージが集中することを防げるため好ましい。周波数の変調方法は特に限られないが、例えば周波数を周期的に変化させることにより、上記効果を得られやすい。一方、エッチングの初期に40kHz~200kHzの中周波で超音波を印加し、その後40kHz以下の低周波に切り替えてもよい。このようにすることで、レーザ照射により改質部の周囲に生じたクラックが低周波の超音波印加により進展することを抑制し、エッチングによりクラックの先端が丸まりクラックが進展しなくなった後に低周波に切り替えることで、狭窄部を抑制し、選択比を向上させられるため、好ましい。
【0061】
超音波は、ガラス基板がエッチング液に浸漬されている間の少なくとも一部の期間で印加される。例えば全期間で印加されてもよく、印加されている期間と、印加されていない期間を繰り返す間欠運転がなされてもよい。好ましくは間欠運転されることにより、超音波が印可されていない期間に超音波の伝搬を阻害する液中で滞留している大きな気泡が上昇し、液面で崩壊することで超音波の効率的な伝搬を維持することが出来る。
【0062】
超音波の出力は、好ましくは0.5W/cm以上、より好ましくは0.7W以上に設定される。一方、超音波の出力は2W/cm以下である。超音波の出力はエッチングの期間中に変更されてもよい。好ましくはエッチング期間の初期は、低出力に設定し、その後高出力に変更する。このように設定することで、レーザ照射により改質部の周りに生じたクラックが、エッチング初期に進展することを抑制でき、エッチングによりクラックの先端が丸まり、クラックが進展しなくなった後高出力に変更することで、改質部の除去時間を短縮できる。
【0063】
(第2の実施形態)
次に、図8図9を用いて、第2の実施形態について説明する。第2の実施形態では、レーザ照射工程においてガラス基板に初期孔を形成した後、エッチングにより初期孔を拡張し、所望の開口径を有する孔を形成する。図8には、本発明の第2の実施形態によるガラス物品の製造方法のフローを示す。
【0064】
図8に示すように、本発明の第1の実施形態における、ガラス物品の製造方法では、
(工程S810)相互に対向する第1の表面と第2の表面を有するガラス基板を準備する工程(ガラス基板準備工程)と、
(工程S820)前記ガラス基板にレーザを用いて初期孔を形成する工程(レーザ照射工程)と、
(工程S830)前記ガラス基板を、溶存大気が溶存酸素濃度D換算で8.0wtppm以下であるエッチング溶液に浸漬し、少なくとも一部の期間、前記ガラス基板に超音波を印加することで、前記ガラス基板をエッチングすることを特徴とする。
【0065】
以下、第1の実施形態との相違点について説明する。(工程S810)は、(工程S110)と同様である。
【0066】
(工程S820)
図9に示すように、第2の実施形態におけるレーザ照射工程では、改質部の代わりに初期孔91が形成される。ここで、初期孔とは、少なくとも一方の表面に開口部を有し、ガラス基板20の内部に伸びる微細な孔を意味する。初期孔91は貫通していてもよく、途中に閉塞部を有していても良い。初期孔がエッチングされると、閉塞部が除去され、初期孔が拡張されることにより、孔93が形成できる。孔は、貫通孔であってもよく、一方が塞がった打ち止め孔(止まり孔)であってもよい。最終的に貫通孔を形成したい場合、初期孔は第1の表面20bから第2の表面20cまで連通するように形成すればよく、一方、打ち止め孔を形成したい場合、一方の表面にのみ開口部を有する初期孔を形成すればよい。なお、レーザ光学系や照射条件は、公知の技術に従って設計される。
【0067】
初期孔91は複数形成されてもよい。初期孔同士の間隔は10μm以上で形成すると、エッチング後に孔同士が接合することや、隣接する孔までクラックが進展することを抑制できるため好ましい。
【0068】
(工程S830)
次に、初期孔91が形成されたガラス基板20をエッチングする。エッチング工程の構成や好ましい態様は、第1の実施形態の工程S130に準じる。
【0069】
なお、超音波の印加は初期孔91の拡張においても有効である。超音波の印加によりガラス基板20が振動すると、初期孔91の内部の反応済みのエッチング液と、外部のエッチング液の交換が促進され、初期孔91の内部に、常に未反応のエッチング液供給されるため、初期孔91の拡張が促進される。
【0070】
エッチング工程は孔93が所望の開口径になるまで実施される。このようにして形成された孔93も、第1の実施形態において説明したくり抜き部23と同様、狭窄部を有することがある。狭窄度C(τ)は、以下の式(4)により定義される。
(τ)=(d-d)/t ・・・(4)
ここで、τは、孔93形成のため、ガラス基板20をエッチングした時間を表し、dは第1の表面20bにおける孔93の開口径を、dは孔93の内部の直径の最小値を、tは時間τエッチングした後のガラス基板20の厚さを表す。
【0071】
この時、選択比S(τ)を以下の式(5)ように定義する。この場合、選択比は、初期孔の拡張が、ガラス基板表面の除去に比べどれだけ速く進んだかの指標となる。
S(τ)=t/t・・・(5)
ここで、τは、孔93形成のため、ガラス基板20をエッチングした時間を表し、tはエッチング前のガラス基板20の厚さ、tは時間τエッチングした後のガラス基板20の厚さを表す。
【0072】
狭窄度Cは0に近いほど、孔93の内壁が垂直に近い形状になるため、好ましい。
【0073】
選択比Sは0~1の範囲の値をとり、Sは1に近いほど、初期孔の拡張が速く進むため、孔93の形成までにかかる時間を短縮でき、好ましい。更に、選択比Sを高くすることにより孔93を形成するまでの第1の表面20b、第2の表面20cの除去量を小さくすることができるため、ガラス基板20の取り扱い時やキャビテーションにより生じた潜傷が拡大、深化して顕在化する現象を抑制し、表面ダメージの少ないガラス物品を製造できる。
【0074】
また、本発明の一製造方法は、ガラス基板の切断にも適用できる。図10に示すように、本発明の一製造方法をガラス基板の切断に使用する場合、狭窄度Cは、式(2)、(4)の代わりに、切断面101の突出量dを用いて下記式(6)ように評価すればよい。
=d×2/t・・・(6)
【符号の説明】
【0075】
20 ガラス基板
20b ガラス基板の第1の表面
20c ガラス基板の第2の表面
21 改質部
22 分離予定部
23 くり抜き部
24 エッチング前の改質部または初期孔とガラス部の境界線
25 エッチング前のガラス基板表面
30 輪郭線
91 初期孔
93 孔
101 切断面
ガラス基板の孔の第1の表面における開口径
ガラス基板の孔の内部の最小径
ガラス基板切断面の突出量
くり抜き部における第1の表面における幅
くり抜き部内部おける幅の最小値
エッチング工程前のガラス基板の厚さ
エッチング工程後のガラス基板の厚さ
400 レーザ照射装置
450 ステージ
460 レーザ発振器
465 レーザビーム
470 ビーム調整光学系
475 レーザビーム
480 集光光学系
485 レーザビーム
500 レーザのパルス
501 パルス幅
600 レーザのバーストパルス
610 1バースト
611 バースト幅
620 1パルス
621 パルス幅
700 エッチング装置
710 外部槽
715 伝播液
720 エッチング槽
725 エッチング液
730 超音波発生装置
735 超音波
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10