(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022137538
(43)【公開日】2022-09-22
(54)【発明の名称】タンタル酸リチウム基板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/30 20060101AFI20220914BHJP
C30B 33/02 20060101ALI20220914BHJP
【FI】
C30B29/30 B
C30B33/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021037064
(22)【出願日】2021-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095223
【弁理士】
【氏名又は名称】上田 章三
(74)【代理人】
【識別番号】100085040
【弁理士】
【氏名又は名称】小泉 雅裕
(74)【代理人】
【識別番号】100137752
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 岳行
(72)【発明者】
【氏名】小池 孝幸
【テーマコード(参考)】
4G077
【Fターム(参考)】
4G077AA02
4G077BC37
4G077FE03
4G077FE08
4G077FE11
4G077FG13
4G077HA11
(57)【要約】
【課題】白点と呼ばれる還元不良(還元不足)や黒点と呼ばれる還元不良(過度な還元)を回避して色むらの無いタンタル酸リチウム(LT)基板を製造できる方法を提供する。
【解決手段】ワイヤソーによりLT単結晶をスライス処理して単結晶ウエハとするスライス工程と、得られた単結晶ウエハを還元処理する還元工程を有するLT基板の製造方法において、大気雰囲気下、500℃以上、LT単結晶のキュリー温度未満の温度で単結晶ウエハ1をアニール処理するアニール工程を上記スライス工程と還元工程との間に設けたことを特徴とする。ワイヤソーによるスライス処理で単結晶ウエハ1に付着した油成分等の有機物を上記アニール処理で除去できるため、付着した有機物に起因する単結晶ウエハの還元工程での還元不足や過度な還元を回避することが可能となる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンタル酸リチウム単結晶をスライス処理して単結晶ウエハとするスライス工程と、得られた単結晶ウエハを還元処理する還元工程を有するタンタル酸リチウム基板の製造方法において、
上記単結晶ウエハを、大気雰囲気下、500℃以上、タンタル酸リチウム単結晶のキュリー温度未満の温度でアニール処理するアニール工程を上記スライス工程と還元工程との間に設けたことを特徴とするタンタル酸リチウム基板の製造方法。
【請求項2】
複数枚の単結晶ウエハを重ね合わせて単結晶ウエハ重合体を構成し、単一若しくは複数の単結晶ウエハ重合体を板材若しくはトレー上に載置した後、上記単結晶ウエハ重合体が載置された板材若しくはトレーを大気雰囲気下の加熱炉内に配置して上記アニール処理を行うことを特徴とする請求項1に記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法。
【請求項3】
上記アニール工程の処理時間を24時間~48時間とすることを特徴とする請求項1または2に記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法。
【請求項4】
上記スライス工程が、ワイヤソーによるスライス処理であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法。
【請求項5】
上記還元工程が、容器内に充填されたアルミニウム粉末と酸化アルミニウム粉末との混合粉中に上記単結晶ウエハを埋め込み、上記容器を加熱炉内に配置した後、タンタル酸リチウム単結晶のキュリー温度未満の温度で加熱する還元処理であることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法。
【請求項6】
大気雰囲気下の上記加熱炉内に不活性ガスを連続的に給排しながら上記還元処理を行うことを特徴とする請求項5に記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンタル酸リチウム単結晶をスライス処理して単結晶ウエハとするスライス工程と、得られた単結晶ウエハを還元処理する還元工程を有するタンタル酸リチウム基板の製造方法に係り、特に、白点と呼ばれる還元不良(還元不足)や黒点と呼ばれる還元不良(過度な還元)が回避されて色むら(還元むら)の無い電気的特性に優れたタンタル酸リチウム基板を安定して製造できるタンタル酸リチウム基板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンタル酸リチウム(LTと略称することがある)単結晶は、融点が約1650℃、キュリー温度が約600℃の強誘電体であり、この単結晶を用いて製造されたタンタル酸リチウム基板(LT基板)は、主に、携帯電話の送受信用デバイスに用いられる表面弾性波(SAW)フィルター材料として適用されている。そして、携帯電話の高周波化、各種電子機器の無線LANであるBluetooth(登録商標)(2.45GHz)の普及等により、今後、2GHz前後の周波数領域のSAWフィルターが急増すると予測されている。
【0003】
また、上記SAWフィルターは、LT基板上に、Al、Cu等の金属薄膜で一対の櫛型電極が形成された構造となっており、この櫛型電極がデバイスの特性を左右する重要な役割を担っている。また、上記櫛型電極は、LT基板上にスパッタリングにより金属薄膜を成膜した後、一対の櫛型パターンを残し、フォトリソグラフ技術により不要な部分をエッチングにより除去することで形成される。
【0004】
以下、上記LT単結晶の育成法、および、SAWフィルターに適用される上記LT基板の製造工程について説明する。
【0005】
まず、LT単結晶は、産業的にはチョクラルスキー法(CZ法)等の育成法により製造され、得られたLT単結晶は無色透明若しくは透明度の高い淡黄色を呈している。
【0006】
育成後、インゴットの状態で径の不足する単結晶の端部がカットされ、LT単結晶は、歪除去のための熱処理、分極を生じさせるためのポーリング処理(分極処理)を経て、加工工程へ引き渡される。
【0007】
加工工程では、円筒研削工程で最終製品よりも僅かに太めの円柱に加工され、ワイヤソーを用いたスライス工程で円板状にスライスされて単結晶ウエハとなる。
【0008】
次いで、得られた単結晶ウエハは、ベベリング工程で製品直径となるように仕上げられ、かつ、端面を面取り仕上げされた後、ラップ、ポリッシュ工程等の機械加工を経てLT基板となる。最終的に得られたLT基板はほぼ無色透明で、その体積抵抗率はおよそ1014~1015Ω・cm程度である。
【0009】
しかし、このような方法で得られたLT基板では、表面弾性波素子(SAWフィルター)製造プロセスにおいて、LT単結晶の特性である焦電性のため、プロセスで受ける温度変化によって電荷が基板表面にチャージアップし、これにより生ずる放電が原因となって基板表面に形成した櫛型電極が破壊され、更には基板の割れ等を生じて素子製造プロセスでの歩留まり低下が起きている。
【0010】
そこで、LT単結晶の焦電性による不具合を解消するため、導電率を増大させる技術が提案され、例えば、特許文献1では、スライスされた単結晶ウエハを、アルゴン、水、水素、窒素、二酸化炭素、一酸化炭素、酸素およびこれ等の組合せから選択されたガスの還元雰囲気で還元処理して導電性を増大させる方法が提案され、特許文献2では、アルミニウム粉末(Al粉)と酸化アルミニウム粉末(Al2O3粉)との混合粉中にスライスされた単結晶ウエハを埋め込んで還元処理する方法が提案されている。
【0011】
尚、導電性を増大させた単結晶ウエハは、酸素空孔が導入されたことにより光吸収を起こすようになる。そして、観察される単結晶ウエハの色調は、透過光では赤褐色系に、反射光では黒色に見えるため、導電性を増大させる還元処理は黒化処理とも呼ばれており、このような色調の変化現象を黒化と呼んでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平11-92147号公報
【特許文献2】特許第4063191号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ところで、融点が1250℃程度と比較的低いニオブ酸リチウム単結晶と異なり、融点が約1650℃と高いLT単結晶に対して特許文献1の方法を適用した場合、単結晶ウエハの導電性が十分に増大しないため焦電性による不具合を十分に改善でない問題があった。近年、表面弾性波素子(SAWフィルター)製造プロセスにおいての歩留まり向上のため、LT単結晶の特性である体積抵抗率をより低くしたい要求があり、例えば、LT基板の体積抵抗率を1×109(Ω・cm)以下にしたい要求がある。
【0014】
一方、アルミニウム粉末(Al粉)と酸化アルミニウム粉末(Al2O3粉)との混合粉中にスライスされた単結晶ウエハを埋め込んで還元処理する特許文献2の方法は、特許文献1の方法に較べて1×109(Ω・cm)以下の所望とする体積抵抗率が得られる利点を有している。
【0015】
しかし、焦電性による不具合を回避するためには基板面内での均一性が要求されるが、特許文献2の方法で還元処理した場合、白点と呼ばれる還元不良(還元不足)や黒点と呼ばれる還元不良(過度な還元)が起こることがあった。白点は、目視により白く見える点状の領域で、還元が不足し、焦電性の抑制が不十分なため白点のある基板は不良品となる。また、黒点は、他の場所に較べ過度に還元されており、黒点のある基板も不良品となる。
【0016】
本発明はこのような問題点に着目してなされたもので、その課題とするところは、アルミニウム粉末(Al粉)と酸化アルミニウム粉末(Al2O3粉)との混合粉中にスライスされた単結晶ウエハを埋め込んで還元処理する場合に、白点と呼ばれる還元不良(還元不足)や黒点と呼ばれる還元不良(過度な還元)が回避されて色むら(還元むら)の無い電気的特性に優れたタンタル酸リチウム基板を安定して製造できるタンタル酸リチウム基板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
そこで、この課題を解決するため、本発明者は、アルミニウム粉末(Al粉)と酸化アルミニウム粉末(Al2O3粉)との混合粉中にスライスされた単結晶ウエハを埋め込んで還元処理した場合、白点と呼ばれる還元不良(還元不足)や黒点と呼ばれる還元不良(過度な還元)が起こる原因について鋭意分析を行った結果、ワイヤソーを用いるスライス工程が関係していることを発見するに至った。
【0018】
すなわち、ワイヤソーを用いて円柱状のLT単結晶をスライスする場合、ワイヤとLT単結晶とが接触する部分に砥粒を含む加工液を供給しながらスライスする方式(遊離砥粒方式)、または、予め砥粒が固着されたワイヤによりスライスする方式(固定砥粒方式)が用いられる。そして、前者の遊離砥粒方式では油剤に砥粒を混濁させたスラリー(加工液)が使用され、後者の固定砥粒方式では水に切削油等を添加した加工液が使用されるため、スライス処理後の単結晶ウエハ表面に油成分が付着していることが考えられる。また、スライス処理後の単結晶ウエハは洗剤を用いて洗浄されるが、洗浄後における単結晶ウエハ表面に上記洗剤の一部が残留し、更に、ハンドリングに起因した皮脂等の有機物も付着していることが考えられ、これ等油成分、洗剤、皮脂等の有機物が還元不良を引き起こす原因になっていることを突き止めるに至った。そこで、還元工程の前段階において、単結晶ウエハを大気雰囲気下でアニール処理したところ、油成分、洗剤、皮脂等の有機物は除去され、上記白点や黒点による色むらが解消されることを見出した。本発明はこのような技術的発見と分析により完成されたものである。
【0019】
すなわち、本発明に係る第1の発明は、
タンタル酸リチウム単結晶をスライス処理して単結晶ウエハとするスライス工程と、得られた単結晶ウエハを還元処理する還元工程を有するタンタル酸リチウム基板の製造方法において、
上記単結晶ウエハを、大気雰囲気下、500℃以上、タンタル酸リチウム単結晶のキュリー温度未満の温度でアニール処理するアニール工程を上記スライス工程と還元工程との間に設けたことを特徴とする。
【0020】
また、本発明に係る第2の発明は、
第1の発明に記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法において、
複数枚の単結晶ウエハを重ね合わせて単結晶ウエハ重合体を構成し、単一若しくは複数の単結晶ウエハ重合体を板材若しくはトレー上に載置した後、上記単結晶ウエハ重合体が載置された板材若しくはトレーを大気雰囲気下の加熱炉内に配置して上記アニール処理を行うことを特徴とし、
第3の発明は、
第1の発明または第2の発明に記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法において、
上記アニール工程の処理時間を24時間~48時間とすることを特徴とし、
第4の発明は、
第1の発明~第3の発明のいずれかに記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法において、
上記スライス工程が、ワイヤソーによるスライス処理であることを特徴とする。
【0021】
次に、本発明に係る第5の発明は、
第1の発明~第4の発明のいずれかに記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法において、
上記還元工程が、容器内に充填されたアルミニウム粉末と酸化アルミニウム粉末との混合粉中に上記単結晶ウエハを埋め込み、上記容器を加熱炉内に配置した後、タンタル酸リチウム単結晶のキュリー温度未満の温度で加熱する還元処理であることを特徴とし、
第6の発明は、
第5の発明に記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法において、
大気雰囲気下の上記加熱炉内に不活性ガスを連続的に給排しながら上記還元処理を行うことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係るタンタル酸リチウム基板の製造方法によれば、
タンタル酸リチウム単結晶をスライス処理して単結晶ウエハとするスライス工程と、該単結晶ウエハを還元処理する還元工程との間に、大気雰囲気下、500℃以上、タンタル酸リチウム単結晶のキュリー温度未満の温度で上記単結晶ウエハをアニール処理するアニール工程が設けられるため、
上記単結晶ウエハ表面に残留する油成分等の有機物がアニール処理により除去され、白点と呼ばれる還元不良(還元不足)や黒点と呼ばれる還元不良(過度な還元)が回避されて色むら(還元むら)の無い電気的特性に優れたタンタル酸リチウム基板を安定して製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】3組の単結晶ウエハ重合体がステンレス・トレーに載置された状態を示す概略斜視図。
【
図2】アルミニウム粉末と酸化アルミニウム粉末との混合粉中に単結晶ウエハを埋め込んだ複数のアルミニウム容器がカーボン製大型容器に収容された状態を示す説明図。
【
図3】マルチワイヤソー装置の構成を示す概略斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の実施形態について具体的に説明する。
【0025】
(1)ワイヤソーによるスライス処理
(1-1)マルチワイヤソー装置
図3はマルチワイヤソー装置の構成を示す概略斜視図である。
【0026】
すなわち、マルチワイヤソー装置50は、複数のローラR(R1、R2)と、複数のローラR間にワイヤ51を複数回巻き付けて形成される複数のワイヤ列52(ワイヤ群)と、円柱状のLT単結晶60を保持する結晶保持部53とを備え、スライス対象であるLT単結晶60を、ワイヤ列52を用いて複数枚の単結晶ウエハに切断する装置である。
【0027】
尚、上記結晶保持部53は、
図3に示すようにLT単結晶60が接着固定されるスライスベッド53aとシート材53bとで構成され、当該シート材53bを介して結晶保持部53はサドル55に固定されている。
【0028】
(1-2)遊離砥粒方式
遊離砥粒方式は、ワイヤ51とLT単結晶60とが接触する部分に砥粒を含む加工液を供給しながらスライスする方式で、砥粒(例えばSiC)と油剤(例えば、多価アルコール、多価アルコール縮合物、多価アルコール誘導体から選ばれる化合物と、芳香族カルボン酸と、該芳香族カルボン酸を中和し水溶性化する塩基性物質、および、水等から成る)を混濁したスラリーを、
図3に示すノズル54から噴射し、走行するワイヤ列52に付着させてLT単結晶60をスライスする方式である。
【0029】
(1-3)固定砥粒方式
固定砥粒方式は、予め砥粒(例えばダイヤモンド)が固着(電着等)されたワイヤ51によりLT単結晶60をスライスする方式で、上記遊離砥粒方式におけるスラリーは不要であるが、水に切削油(例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール類と、飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸、芳香族カルボン酸等の有機酸と、水に溶解して塩基性を示すアルキルアミン等の塩基性剤等から成る)等が添加された加工液をノズル54から噴射し、LT単結晶60をスライスする方式である。
【0030】
(2)還元不良
上述したように遊離砥粒方式でスライスされた単結晶ウエハ表面には上記油剤の油成分、洗剤、皮脂等の有機物が部分的に残留し、固定砥粒方式でスライスされた単結晶ウエハの表面にも上記切削油の油成分、洗剤、皮脂等の有機物が部分的に残留しており、単結晶ウエハ表面に残留する有機物が還元不良を引き起こす原因と考えられる。
【0031】
(2-1)還元不良(還元不足)
アルミニウム粉末(Al粉)と酸化アルミニウム粉末(Al2O3粉)との混合粉中に、油成分、洗剤、皮脂等の有機物が部分的に残留する単結晶ウエハを埋め込んで還元処理した場合、有機物に含まれる酸素が、単結晶ウエハ近傍に存在するAl粉を酸化すると還元材としてのAl粉の能力を奪うため還元不良が引き起こされ、白点と呼ばれる色むら(還元むら)が起こると推測される。
【0032】
(2-2)還元不良(過度な還元)
アルミニウム粉末(Al粉)と酸化アルミニウム粉末(Al2O3粉)との混合粉中に、油成分、洗剤、皮脂等の有機物が部分的に残留する単結晶ウエハを埋め込んで還元処理した場合、有機物に含まれる炭素や水素成分が燃焼(酸化)されて、単結晶ウエハを埋め込んだ雰囲気の酸素が消費されるため局所的な還元が進行し、黒点と呼ばれる色むら(還元むら)が起こると推測される。
【0033】
(3)本発明
本発明は、白点と呼ばれる還元不良(還元不足)や黒点と呼ばれる還元不良(過度な還元)が回避されるタンタル酸リチウム基板の製造方法を提供するものである。
【0034】
すなわち、本発明は、タンタル酸リチウム単結晶をスライス処理して単結晶ウエハとするスライス工程と、得られた単結晶ウエハを還元処理する還元工程を有するタンタル酸リチウム基板の製造方法において、大気雰囲気下、500℃以上、タンタル酸リチウム単結晶のキュリー温度未満の温度で単結晶ウエハをアニール処理するアニール工程を上記スライス工程と還元工程との間に設けたことを特徴とする。
【0035】
そして、本発明によれば、上記アニール処理により、単結晶ウエハ表面に残留する油成分等の有機物が燃焼して除去されるため、白点と呼ばれる還元不良(還元不足)や黒点と呼ばれる還元不良(過度な還元)が回避され、色むら(還元むら)の無い電気的特性に優れたタンタル酸リチウム基板を安定して製造することが可能となる。
【0036】
以下、本発明に係るLT基板の製造方法について工程毎に説明する。
【0037】
(A)アニール工程
この工程は、スライスされた単結晶ウエハを還元処理する前段階において、大気雰囲気下、500℃以上、タンタル酸リチウム単結晶のキュリー温度未満の温度で上記単結晶ウエハをアニール処理し、単結晶ウエハ表面に残留する上記油成分、洗剤、皮脂等の有機物を燃焼させて単結晶ウエハ表面から除去する工程である。
【0038】
例えば、
図1に示すように複数枚の単結晶ウエハ1を重ね合わせて単結晶ウエハ重合体10を構成し、単一若しくは複数(
図1に3組の単結晶ウエハ重合体10を例示する)の単結晶ウエハ重合体10を板材若しくはステンレス・トレー2上に載置した後、上記単結晶ウエハ重合体10が載置された板材若しくはステンレス・トレー2を大気雰囲気下の加熱炉(図示せず)内に配置してアニール処理する方法が挙げられる。尚、上記単結晶ウエハ重合体10を構成する方法に代え、単結晶ウエハを重ねることなく収納ケースに1枚毎立て掛け、該収納ケースを板材若しくはトレー上に載置してアニール処理を行ってもよい。
【0039】
また、アニール工程の処理時間(アニール時間)は、24時間~48時間とすることが好ましく、より好ましくは40時間~48時間である。
【0040】
(B)還元工程
この工程は、上記アニール工程を終えた単結晶ウエハを還元処理して単結晶ウエハの体積抵抗率を所望値に調整する工程である。
【0041】
例えば、
図2に示すようにアルミニウム容器21内にアルミニウム粉末(Al粉)と酸化アルミニウム粉末(Al
2O
3粉)を充填し、これ等混合粉22中に上記アニール工程を終えた単結晶ウエハ1を埋め込むと共に、単結晶ウエハ1が埋め込まれた複数のアルミニウム容器21をカーボンで構成された大型容器23に収容し、かつ、この大型容器23を加熱炉(図示せず)内に配置した後、タンタル酸リチウム結晶のキュリー温度未満の温度で還元処理する方法が挙げられる。
【0042】
尚、Al粉とAl2O3粉の混合比率(質量%)は、1:99~50:50の範囲が好ましく、処理温度(還元温度)は580℃以上、タンタル酸リチウム結晶のキュリー温度未満(約600℃未満)、処理時間(還元時間)は数時間~数十時間とすることが好ましい。また、熱処理の雰囲気としては、不活性ガスの封止条件、または、大気圧雰囲気下で不活性ガスを加熱炉内に連続的に給排する雰囲気とするが、不活性ガスの封止条件とした場合、加熱炉内の熱が一か所に溜まって還元むらを起こすことがある。このため、熱処理の雰囲気としては、大気圧雰囲気下で不活性ガスを加熱炉内に連続的に給排する雰囲気が好ましい。不活性ガスを加熱炉内に連続的に給排することで、炉内において熱を均一にすることができる。また、不活性ガスとしてはアルゴンガスや窒素ガス等を使用でき、加熱炉内に連続的に給排される不活性ガスの流量は、不活性ガスがアルゴンガスである場合、0.5~5L/minとすることが好ましい。
【実施例0043】
以下、本発明の実施例について比較例も挙げて具体的に説明するが、本発明の技術範囲は以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0044】
(1)加熱炉の構成
実施例と比較例で用いられる加熱炉には給気口と排気口が設けられ、一般的に市販されているアルゴンガス(酸素分圧は1×10-6atm程度)が給気口を介して加熱炉内に連続的に供給されると共に、排気口を介して上記アルゴンガスが加熱炉外へ連続的に排気されて、加熱炉内はアルゴンガスで置換された大気圧下に調整されている。尚、加熱炉内に給排されるアルゴンガスの流量は1~2L/minに設定されている。
【0045】
但し、下記アニール工程の際は、加熱炉内への上記アルゴンガスの給排は行わず、加熱炉内は大気で満たされた大気圧雰囲気に調整されている。
【0046】
(2)LT単結晶の育成とスライス工程
コングルエント組成の原料を用い、チョクラルスキー法により、直径が4インチであるLT単結晶の育成を行った。育成雰囲気は、酸素濃度約3%の窒素-酸素混合ガスである。育成されたLT単結晶は透明な淡黄色であった。
【0047】
次いで、インゴットの状態で径が不足する単結晶の端部をカットし、歪除去のための熱処理とポーリング処理(分極処理)を行い、更に、円筒研削して最終製品よりも僅かに太めの円柱に加工した後、
図3のマルチワイヤソー装置を用いた遊離砥粒方式によりLT単結晶をスライスして複数枚の単結晶ウエハを得た。
【0048】
尚、遊離砥粒方式で用いたスラリー(パレス化学株式会社製)は、SiC砥粒と該砥粒を分散する油剤および水を成分とするものであった。
【0049】
また、スライスした単結晶ウエハの体積抵抗率は1×1015Ω・cm、キュリー温度は603℃であった。
【0050】
[実施例1]
(アニール工程)
図1に示すように複数枚の単結晶ウエハ1を重ね合わせて単結晶ウエハ重合体10を構成し、かつ、3組の単結晶ウエハ重合体10をステンレス・トレー2上に載置した後、3組の単結晶ウエハ重合体10が載置されたステンレス・トレー2を大気で満たされた大気圧雰囲気下の加熱炉内に配置して単結晶ウエハ1のアニール処理を行った。
【0051】
尚、アニール温度は500℃、アニール時間は24時間とした。
【0052】
(還元工程)
アルミニウム容器21に充填された10質量%のアルミニウム粉末(Al粉)と90質量%の酸化アルミニウム粉末(Al
2O
3粉)との混合粉中に、アニール工程を終えた単結晶ウエハ1を埋め込み、かつ、単結晶ウエハ1が埋め込まれた複数(
図2では4個)のアルミニウム容器21をカーボンで構成された大型容器23に収容すると共に、当該大型容器23を上記加熱炉内に配置した後、2L/minの流量で市販されているアルゴンガスを大気圧下の加熱炉内に連続給排し、580℃(還元温度)、20時間(還元時間)の還元処理を行った。
【0053】
そして、200枚の単結晶ウエハについて同様の還元処理を行い、処理後における単結晶ウエハの体積抵抗率を測定し、かつ、色むらの発生率を調査した。
【0054】
尚、体積抵抗率は、JIS K-6911に準拠した3端子法により測定している。
【0055】
還元処理後における単結晶ウエハ(LT基板)の体積抵抗率は1×109Ω・cm(200枚のLT基板の平均値、以下同様)で、白点と黒点による色むら発生率は8.7%であった。
【0056】
これ等の結果を以下の表1に示す。
【0057】
[実施例2]
還元工程におけるAl粉の混合割合が、Al粉を20質量%、Al2O3粉を80質量%とした以外は、実施例1と同一の条件でスライスされた単結晶ウエハのアニール処理と還元処理を行った。
【0058】
還元処理後における単結晶ウエハ(LT基板)の体積抵抗率は1×109Ω・cmで、白点と黒点による色むら発生率は9.0%であった。
【0059】
これ等の結果も以下の表1に示す。
【0060】
[実施例3]
アニール工程におけるアニール時間を40時間とした以外は、実施例1と同一の条件でスライスされた単結晶ウエハのアニール処理と還元処理を行った。
【0061】
還元処理後における単結晶ウエハ(LT基板)の体積抵抗率は1×109Ω・cmで、白点と黒点による色むら発生率は3.6%であった。
【0062】
これ等の結果も以下の表1に示す。
【0063】
[実施例4]
還元工程におけるAl粉の混合割合が、Al粉を20質量%、Al2O3粉を80質量%とした以外は、実施例3と同一の条件でスライスされた単結晶ウエハのアニール処理と還元処理を行った。
【0064】
還元処理後における単結晶ウエハ(LT基板)の体積抵抗率は1×109Ω・cmで、白点と黒点による色むら発生率は2.2%であった。
【0065】
これ等の結果も以下の表1に示す。
【0066】
[実施例5]
アニール工程におけるアニール温度を580℃とした以外は、実施例1と同一の条件でスライスされた単結晶ウエハのアニール処理と還元処理を行った。
【0067】
還元処理後における単結晶ウエハ(LT基板)の体積抵抗率は1×109Ω・cmで、白点と黒点による色むら発生率は2.5%であった。
【0068】
これ等の結果も以下の表1に示す。
【0069】
[実施例6]
還元工程におけるAl粉の混合割合が、Al粉を20質量%、Al2O3粉を80質量%とした以外は、実施例5と同一の条件でスライスされた単結晶ウエハのアニール処理と還元処理を行った。
【0070】
還元処理後における単結晶ウエハ(LT基板)の体積抵抗率は1×109Ω・cmで、白点と黒点による色むら発生率は1.9%であった。
【0071】
これ等の結果も以下の表1に示す。
【0072】
[実施例7]
アニール工程におけるアニール時間を40時間とした以外は、実施例5と同一の条件でスライスされた単結晶ウエハのアニール処理と還元処理を行った。
【0073】
還元処理後における単結晶ウエハ(LT基板)の体積抵抗率は1×109Ω・cmで、白点と黒点による色むら発生率は0.9%であった。
【0074】
これ等の結果も以下の表1に示す。
【0075】
[実施例8]
還元工程におけるAl粉の混合割合が、Al粉を20質量%、Al2O3粉を80質量%とした以外は、実施例7と同一の条件でスライスされた単結晶ウエハのアニール処理と還元処理を行った。
【0076】
還元処理後における単結晶ウエハ(LT基板)の体積抵抗率は1×109Ω・cmで、白点と黒点による色むら発生率は0.8%であった。
【0077】
これ等の結果も以下の表1に示す。
【0078】
[比較例1]
単結晶ウエハのアニール処理を省略した以外は、実施例1と同一の条件でスライスされた単結晶ウエハの還元処理を行った。
【0079】
還元処理後における単結晶ウエハ(LT基板)の体積抵抗率は1×109Ω・cmで、白点と黒点による色むら発生率は10.0%であった。
【0080】
これ等の結果も以下の表1に示す。
【0081】
[比較例2]
単結晶ウエハのアニール処理を省略した以外は、実施例2と同一の条件でスライスされた単結晶ウエハの還元処理を行った。
【0082】
還元処理後における単結晶ウエハ(LT基板)の体積抵抗率は1×109Ω・cmで、白点と黒点による色むら発生率は11.5%であった。
【0083】
これ等の結果も以下の表1に示す。
【0084】
【0085】
[確 認]
(1)還元工程におけるAl粉の混合割合が10質量%である比較例1に係る「色むら発生率(10.0%)」に較べ、上記混合割合が10質量%である実施例1、実施例3、実施例5および実施例7の「色むら発生率」は、それぞれ8.7%、3.6%、2.5%、および、0.9%と改善され、
同様に、還元工程におけるAl粉の混合割合が20質量%である比較例2に係る「色むら発生率(11.5%)」に較べ、上記混合割合が20質量%である実施例2、実施例4、実施例6および実施例8の「色むら発生率」は、それぞれ9.0%、2.2%、1.9%、および、0.8%と改善されていることが確認される。
【0086】
(2)「アニール温度」と「アニール時間」が「色むら発生率」に及ぼす影響については、アニール温度が500℃の場合、アニール時間が24時間の実施例1(8.7%)とアニール時間が40時間の実施例3(3.6%)との比較、および、アニール時間が24時間の実施例2(9.0%)とアニール時間が40時間の実施例4(2.2%)との比較から、「アニール時間」の大小が顕著に関係することが確認される。
【0087】
(3)他方、「色むら発生率」に及ぼす影響について、アニール温度が580℃の場合には、アニール時間が24時間の実施例5(2.5%)とアニール時間が40時間の実施例7(0.9%)との比較、および、アニール時間が24時間の実施例6(1.9%)とアニール時間が40時間の実施例8(0.8%)との比較から、アニール温度が500℃の場合に較べて「アニール時間」の大小は大きく関係しないことも確認される。
本発明によれば、白点と呼ばれる還元不良(還元不足)や黒点と呼ばれる還元不良(過度な還元)が回避されて色むら(還元むら)の無い電気的特性に優れたタンタル酸リチウム基板を安定して製造できるため、表面弾性波素子(SAWフィルター)用の基板材料に用いられる産業上の利用可能性を有している。