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特開2022-138287有機ルテニウム化合物を含む化学蒸着用原料及びルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法
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  • 特開-有機ルテニウム化合物を含む化学蒸着用原料及びルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022138287
(43)【公開日】2022-09-26
(54)【発明の名称】有機ルテニウム化合物を含む化学蒸着用原料及びルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/18 20060101AFI20220915BHJP
   H01L 21/285 20060101ALI20220915BHJP
   C07C 49/12 20060101ALI20220915BHJP
   C07F 15/00 20060101ALI20220915BHJP
【FI】
C23C16/18
H01L21/285 C
C07C49/12
C07F15/00 A
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021038084
(22)【出願日】2021-03-10
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-05-25
(71)【出願人】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】特許業務法人田中・岡崎アンドアソシエイツ
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 和治
(72)【発明者】
【氏名】森 雄貴
(72)【発明者】
【氏名】ダス スボブラタ
(72)【発明者】
【氏名】中川 裕文
(72)【発明者】
【氏名】鍋谷 俊一
【テーマコード(参考)】
4H006
4H050
4K030
4M104
【Fターム(参考)】
4H006AA01
4H006AA03
4H006AB78
4H050AA03
4H050AB91
4K030AA11
4K030AA17
4K030AA18
4K030BA01
4K030CA04
4K030FA10
4K030LA15
4M104BB04
4M104DD43
4M104DD45
(57)【要約】      (修正有)
【課題】有機ルテニウム化合物を主成分とした化学蒸着用原料を高温で加熱した場合の変色・沈殿を抑制する化学蒸着用原料、および化学蒸着法を提供する。
【解決手段】化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、下式で示す有機ルテニウム化合物と、前記有機ルテニウム化合物の配位子と同じであるβ-ジケトンをさらに含む、化学蒸着用原料とする。

(上記式中、置換基であるR及びRは、それぞれ、水素又は直鎖若しくは分鎖のアルキル基である。)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、
下記化1で示す有機ルテニウム化合物を含み、
更に、下記化2で示される、前記有機ルテニウム化合物の配位子と同じβ-ジケトンを含むことを特徴とする化学蒸着用原料。
【化1】
(上記式中、置換基であるR及びRは、それぞれ、水素又は直鎖若しくは分鎖のアルキル基である。)
【化2】
(上記式中、置換基であるR及びRは、それぞれ、水素又は直鎖若しくは分鎖のアルキル基である。)
【請求項2】
前記配位子の含有量は、前記有機ルテニウム化合物の質量に対して0.3質量%以上10質量%以下である請求項1記載の化学蒸着用原料。
【請求項3】
化学蒸着用原料を加熱して原料ガスとし、前記原料ガスを基板表面に導入しつつ加熱するルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法において、
前記化学蒸着用原料として、請求項1又は請求項2記載の化学蒸着用原料を用いることを特徴とする化学蒸着法。
【請求項4】
化学蒸着用原料を加熱して原料ガスとし、前記原料ガスを基板表面に導入しつつ加熱するルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法において、
前記化学蒸着用原料として、下記化3で示される有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料を用い、
前記化学蒸着用原料の前記加熱の前又は加熱中に、下記化4で示される前記有機ルテニウム化合物の配位子と同じβ-ジケトンを添加することを特徴とする化学蒸着法。
【化3】
(上記式中、置換基であるR及びRは、それぞれ、水素又は直鎖若しくは分鎖のアルキル基である。)
【化4】
(上記式中、置換基であるR及びRは、それぞれ、水素又は直鎖若しくは分鎖のアルキル基である。)
【請求項5】
前記配位子の添加量は、前記有機ルテニウム化合物の質量に対して0.3質量%以上10質量%以下である請求項4記載の化学蒸着法。
【請求項6】
前記化学蒸着用原料に含まれる前記配位子の含有量を、前記有機ルテニウム化合物の質量に対して0.3質量%以上10質量%以下に維持する請求項3~請求項5のいずれかに記載の化学蒸着法。
【請求項7】
前記原料ガスに含まれる前記配位子の混合比を、有機ルテニウム化合物に対しするモル比で0.9%以上30%以下に維持する請求項3~請求項5のいずれかに記載の化学蒸着法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学蒸着法(化学気相蒸着法(CVD法)、原子層堆積法(ALD法))によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための有機ルテニウム化合物を主成分とする化学蒸着用原料に関する。また、化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ルテニウム(Ru)は低抵抗で熱的・化学的な安定性を有することから、各種半導体素子の配線・電極材料として好適である。特に、ルテニウム薄膜は、半導体素子の配線構造におけるシード層やライナー層、トランジスタにおけるゲート電極、メモリにおけるキャパシタ電極などとして使用されている。これらに適用されるルテニウム薄膜の製造法としては、CVD法(化学気相蒸着法)、ALD法(原子層堆積法)といった化学蒸着法が適用されている。
【0003】
そして、化学蒸着法で使用される化学蒸着用原料(プリカーサ)として、多くの有機ルテニウム化合物が従来から報告されている。本願出願人も化学蒸着用原料として好適な有機ルテニウム化合物を多数開発し開示している。その中でも、その気化特性・成膜特性から実用化を控えている有機ルテニウム化合物として、下記化1のジカルボニルビス(2-メチル-4-ヘキセン-3-オン-5-オキシド)ルテニウム(II)(以下、「Ru錯体1」と称する)に代表される、化2の有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料がある(特許文献1、2参照)。
【0004】
【化1】
【0005】
【化2】
【0006】
上記化2の有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料は、蒸気圧が適度に高く、常温で液体とすることが可能であり、化学蒸着用原料に求められる基本的な特性が良好である。また、反応ガスとして水素を適用した成膜にも対応可能であり、酸素による薄膜や基板の酸化抑制も可能となる。そして、この化学蒸着用原料を用いることにより段差被覆性(ステップカバレッジ)が良好でなおかつ低抵抗のルテニウム薄膜を形成することができる。こうした多くの利点から、この化学蒸着用原料は、高集積化・小型化が進む各種半導体素子の配線・電極の製造プロセスに有用である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003-306472号公報
【特許文献2】特許第4746141号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記従来の有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料は、上述のとおり多くの利点を有し、高品質なルテニウム薄膜を形成可能であることから、実用化の段階に入っている。但し、本発明者等による更なる検討によると、この有機ルテニウム化合物には、今後の広範な利用を促進するための改善点が見出されている。
【0009】
この改善点とは、成膜工程における原料加熱の際に生じる変色又は粉末沈殿発生の問題である。化学蒸着法においては、その具体的形式によらず、原料を加熱・気化して原料ガスを生成し、反応ガスを反応器(基板)に導入する必要がある。上記化1の有機ルテニウム化合物(Ru錯体1)を例にとって説明する。この有機ルテニウム化合物からなる原料は、常温において淡黄色の液体である。本発明者等によれば、この有機ルテニウム化合物を気化する際の加熱温度を100℃以上とし、1カ月程度加熱を継続すると、赤色変色や赤色粉末の沈殿が認められることがある。
【0010】
化学蒸着法による成膜工程において、原料の加熱温度は、原料ガスの生成量を左右する重要なパラメータである。半導体素子の大量生産のためには、効率的なルテニウム薄膜の製造が必要になる。そのためには原料の使用量を増加させると共に、加熱温度を高めて原料の蒸気圧を上げることにより大量の原料ガスを基板上に導入する必要がある。しかし、このような加熱温度の上昇は、赤色変色や赤色粉末の発生の要因となり得る。
【0011】
そして、原料中で発生した変色や赤色粉末は、パーティクルとして薄膜に残存するおそれがある。そのため、基板に導入される前段階において、原料の変色や粉末発生は回避されなければならない。
【0012】
そこで、本発明は、上記の化1を含む化2の有機ルテニウム化合物を主成分とした化学蒸着用原料について、高温加熱した場合の変色や粉末沈殿の発生の要因を明らかにらとすると共に、それらが抑制されたものを提供することを目的とする。また、化2の有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料を適用しつつ、安定したルテニウム薄膜を形成するための手法についても提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題解決のため、本発明者等は、上記化2の有機ルテニウム化合物における変色や粉末沈殿発生の再現性の確認と、その要因について検討することとした。仮に、有機ルテニウム化合物の変色や粉末発生の要因が、有機ルテニウム化合物の分解のような不可逆的なものであれば、その温度以上で原料ガスを発生させて使用を継続することは避けるべきである。成膜で得られる薄膜の質が劣化してしまう可能性や、原料化合物の急激な熱分解を誘発するといった危険性が考えられるからである。一方、変色や粉末発生の要因が分解等ではなく、可逆的な変化であれば、加熱温度を高温としつつも、その抑制の可能性が肯定できる。
【0014】
そして、本発明者等は、鋭意検討の結果、上記化2の有機ルテニウム化合物における変色や粉末発生の要因として、有機ルテニウムの合成過程で経由する中間化合物への可逆的な変化にあると考察した。この有機ルテニウム化合物の可逆的な変化の詳細について、有機ルテニウム化合物の合成プロセスと関連させつつ説明する。
【0015】
化2の有機ルテニウム化合物は、ドデカカルボニルトリルテニウム(DCR)を出発原料とし、DCRにβ-ジケトンを反応させることで合成される。この合成プロセスを、上記化1の有機ルテニウム化合物(Ru錯体1)を例にとって説明すると、下記反応式で示される。
【0016】
【化3】
【0017】
ここで本発明者等は、合成反応を実施する際の外見の観察から、上記の合成反応においては、有機ルテニウム化合物の生成に至るまでに、いくつかの中間化合物を経由することを見出した。具体的には下記式のとおり、有機ルテニウム化合物の生成過程では、DCRとβ-ジケトンが反応し、1つのRuに対して1つのβ-ジケトン(配位子)と2つのカルボニルが配位した化合物(「DCR-配位子付加体」と称する)が生成する。そして、DCR-配位子付加体が重合反応によって重合体となることで溶解性が低下し、沈殿が生じる。更に、重合体のRuにもう一つのβ-ジケトンが配位することで、溶解性が高い単核のRu錯体1へと変化する。以上のような過程を経て、目的化合物である有機ルテニウム化合物が生成することを明らかにした。
【0018】
【化4】
【0019】
そして、本発明者等は、有機ルテニウム化合物を高温に加熱したときの変色や赤色粉末発生の要因は、上記したDCR-配位子付加体や重合体といった中間化合物の発生にあると考察した(以下、これらの中間化合物を「重合体等」と称することがある)。即ち、有機ルテニウム化合物を高温加熱すると、有機ルテニウム化合物の一部が逆反応により重合体等に戻り、これが変色等を引き起こしていると考察した。
【0020】
更に、本発明者等は、上記の逆反応による重合体等の発生は、熱による分解とは異なる現象であると考えた。上記の重合体は、高温下で有機ルテニウム化合物から一つのβ-ジケトンが脱離することで生成すると考えられる。また、上記のDCR-配位子付加体は、重合体の分解により生成すると考えられる。従って、β-ジケトンの脱離を抑制することができれば、重合体は生成せずDCR-配位子付加体も生成しないと考えられる。そして、これら重合体等の生成抑制によって有機ルテニウム化合物の安定性が確保されると推察される。そこで本発明者等は更なる検討を行った結果、有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料に、それと同じβ-ジケトン配位子を添加することで、高温下でも重合体等の生成を抑制できる化学蒸着用原料とすることができることを見出し本発明に想到した。
【0021】
上記課題を解決する本発明は、化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、下記化5で示す有機ルテニウム化合物を含み、更に、下記化6で示される、前記有機ルテニウム化合物の配位子と同じβ-ジケトンを含むことを特徴とする化学蒸着用原料である。
【0022】
【化5】
(上記式中、置換基であるR及びRは、それぞれ、水素又は直鎖若しくは分鎖のアルキル基である。)
【0023】
【化6】
(上記式中、置換基であるR及びRは、それぞれ、水素又は直鎖若しくは分鎖のアルキル基である。)
【0024】
以下、本発明に係る化学蒸着用原料及び上記考察に基づく本発明に係る化学蒸着法について説明する。尚、本明細書においては、説明を簡易にするため、化学蒸着用原料を単に「原料」と称することがある。また、有機ルテニウム化合物と共に、本発明の原料を構成する「有機ルテニウム化合物の配位子と同じβ-ジケトン」を「配位子」と称することがある。
【0025】
(I)本発明に係る化学蒸着用原料
上記の通り、本発明に係る化学蒸着用原料は、化5で示される有機ルテニウム化合物と、その配位子と同じβ-ジケトンから構成される。以下、各構成について説明する。
【0026】
(I-1)有機ルテニウム化合物
本発明の化学蒸着用原料の主成分である有機ルテニウム化合物は、上記化5の構造を有する有機ルテニウム化合物であり、ルテニウムに2つのβ-ジケトンと2つのカルボニルが配位した化合物である。β-ジケトンは置換基R及びRを有し、置換基R及びRは、それぞれ、水素又は直鎖若しくは分鎖のアルキル基である。
【0027】
有機ルテニウム化合物のβ-ジケトンの置換基R及びRを水素又は直鎖若しくは分鎖のアルキル基とするのは、化合物の蒸気圧と分解温度を適切にするためであり、化学蒸着用原料として優先的に要求される特性を確保するためである。R及びRは、双方を水素であっても良い。また、R及びRは、少なくとも一方が直鎖若しくは分鎖のアルキル基であっても良い。β-ジケトンの置換基R又はRがアルキル基となる場合、好ましくは、炭素数2以上4以下の直鎖又は分鎖のアルキル基である。本発明で適用される有機ルテニウム化合物の好ましい具体例として、下記の有機ルテニウム化合物が挙げられる。
【0028】
【表1】
【0029】
尚、ルテニウム錯体(有機ルテニウム化合物)は、β-ジケトンから発生するアニオンがRuに配位することで形成される。このとき、β-ジケトンから下記のアニオンが発生する。
【0030】
【化7】
【0031】
実際のルテニウム錯体においては、上記3種のアニオンのうち、単一のアニオンが配位していることは稀であり、複数種のアニオンが混成した共鳴型アニオンとして配位することが多い。また、錯体中のアニオンの形状は、炭素上に負電荷があるジケトン型アニオンよりも、酸素上に負電荷のあるケトンエノール型アニオン1、2の方に近い。本願明細書では、形式上、ルテニウム錯体の配位子の構造式をケトンエノール型のアニオンを用いて示すこととした。
【0032】
更に、本発明で適用するルテニウム錯体は、6配位8面体型の配位構造を有する。そして、2つのカルボニル基がシス型に配位した錯体である。そのため、β-ジケトン配位子の置換基R、Rが異なる場合、ルテニウム錯体には構造異性体が存在し得る。例えば、化1のRu錯体1には、下記のような3種の構造異性体がある。本願明細書では、異性体を区別しない形式でルテニウム錯体の構造式を示す。但し、異性体が含まれる場合には、全ての構造の錯体が本件の適用対象に含まれるものとする。
【0033】
【化8】
【0034】
(I-2)配位子(β-ジケトン)
本発明に係る化学蒸着用原料は、上記した化5の有機ルテニウム化合物に、化6に示したβ-ジケトンが添加されることで構成される。この配位子は、化学蒸着用原料の主成分となる有機ルテニウム化合物と同一の置換基R及びRを有する。その好ましい範囲は、当然に上記した有機ルテニウム化合物の置換基R及びRと同じである。
【0035】
尚、配位子には、下記化9のようなジケトン体とケトンエノール体等の互変異性体が存在する。下記化9のケトンエノール体1、2ではケトンとアルコールが二重結合に対してシス型に結合しているが、R、Rの形状によってはトランス型のケトンエノール体が存在する。本明細書においては、ジケトン体の構造式で配位子を表すこととする。但し、本願発明におけるβ-ジケトンとは、前記異性体を含む趣旨である。また、本願発明におけるβ-ジケトンとは、これら異性体の混合物となっている場合も含まれる。
【0036】
【化9】
【0037】
本発明に係る化学蒸着用原料において、配位子の含有量は、有機ルテニウム化合物の質量に対して0.3質量%以上10質量%以下とすることが好ましい。0.3質量%未満では、高温下において重合体等の生成を抑制することは困難となり、原料の変色や粉末沈殿が生じることとなる。一方、10質量%を超えても重合体等の生成抑制の効果に差異は生じない。また、過剰な配位子を添加すると、原料全体の物性・気化特性が変化し、成膜工程に影響を及ぼすおそれがある。この配位子の含有量は、0.4質量%以上5質量%以下とするのがより好ましく、0.5質量%以上5質量%以下とするのが特に好ましい。
【0038】
化学蒸着用原料中の配位子の含有量については、NMR等による組成分析によって定量可能である。本発明に係る化学蒸着用原料をNMR分析した場合、添加された配位子由来のシグナルが発現する。そのシグナルの積分比によって配位子のモル組成比及び質量比を算出することができる。
【0039】
(II)本発明に係るルテニウム薄膜の化学蒸着方法
以上説明した本発明に関し、原料となるルテニウム化合物にその配位子と同じβ-ジケトンを添加するという着想は、ルテニウム薄膜及びルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法にも有用である。本発明に係る化学蒸着法は、基本的なプロセスは一般的なものと同様である。化学蒸着法では、化学蒸着用原料を加熱して原料ガスとし、原料ガスを基板表面に導入しつつ所定の成膜温度に加熱する。これにより、基板表面で有機ルテニウム化合物の分解とルテニウムの析出が生じてルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜が形成される。本発明もこの基本的なプロセスに従う。但し、これまで述べた本発明の特徴に基づき、化学蒸着用原料(原料ガス)への配位子の添加の態様により、本発明に係る化学蒸着法は、下記の3つのパターンに大別される。
【0040】
(II-1)本発明に係る第1の化学蒸着方法
この化学蒸着法は、上述のルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法において、前記化学蒸着用原料として上述した本発明に係る化学蒸着用原料を用いることを特徴とする化学蒸着法である。第1の化学蒸着法では、予め配位子が添加されている本発明に係る化学蒸着用原料を使用して所望の温度に加熱することで、変色や粉末発生させることなく速やかに原料ガスを生成することができる。
【0041】
第1の化学蒸着法においては、原料として本発明に係る化学蒸着用原料を使用することのみが特徴であり、原料を加熱して原料ガスを生成した後の工程は従来の化学蒸着法と同様である。原料の加熱の工程においては、本発明に係る有機ルテニウム化合物をそのまま加熱することができるが、適宜の溶媒に溶解した溶液を加熱しても良い。この工程における原料の加熱温度としては、0℃以上300℃以下とするのが好ましい。この化学蒸着法では、含有された配位子によって有機ルテニウム化合物の熱安定性が高められており、重合体等の生成の可能性も低いことから、200℃以上の高温加熱も可能である。
【0042】
また、原料の加熱は、原料ガスが反応器に導入されるまでに複数回行うことができる。例えば、最初に比較的低温(150℃以下)で加熱し気化した後、高温で加熱する2段階の原料加熱が可能である。
【0043】
原料ガスは、適宜のキャリアガスと合流して基板上に輸送される。キャリアガスとしては、不活性ガス(アルゴン、窒素等)をキャリアガスとするのが好ましい。また、ルテニウム薄膜の効率的な成膜のためには、原料ガスと共に反応ガスを導入するのが好ましい。反応ガスとしては、水素等の還元性ガスを反応ガスとして使用可能である。反応ガスは、水素の他、アンモニア、ヒドラジン、ギ酸等の還元性ガス種が適用でき、ルテニウム薄膜や基板の酸化防止の観点からこれらの反応ガスの適用が好ましい。但し、本発明で適用される有機ルテニウム化合物は、酸素を反応ガスとしても分解可能である。よって、酸素ガスの適用が忌避されない場合においては、酸素を反応ガスとして適用できる。これらの反応ガスは、キャリアガスを兼ねることもできるので、上記した不活性ガス等からなるキャリアガスの適用は必須ではない。
【0044】
そして、原料ガスはキャリアガス及び適宜の反応ガスと共に反応器に輸送され、基板表面で加熱されルテニウム薄膜を形成する。このときの成膜条件は、従来の化2のルテニウム化合物で設定されている条件が適用できる。本発明に係る化学蒸着用原料は、有機ルテニウム化合物の気化特性・分解特性に変化がないからである。成膜時の成膜温度は、100℃以上400℃以下とするのが好ましい。100℃未満では、有機ルテニウム化合物の分解反応が進行し難く、効率的な成膜ができなくなる。一方、成膜温度が400℃を超えて高温となると均一な成膜が困難となると共に、基板へのダメージが懸念される等の問題がある。尚、この成膜温度は、通常、基板の加熱温度により調節される。
【0045】
(II-2)本発明に係る第2の化学蒸着方法
本発明に係る第2の化学蒸着方法は、従来と同様に、有機ルテニウム化合物のみからなる原料を用いるが、原料ガスの生成前又は生成中に配位子を原料に添加する方法である。即ち、化学蒸着用原料として下記化10で示される有機ルテニウム化合物を用い、前記化学蒸着用原料の前記加熱の前又は加熱中に、下記化11で示される前記有機ルテニウム化合物の配位子と同じβ-ジケトンを添加することを特徴とする化学蒸着法である。
【0046】
【化10】
(上記式中、置換基であるR及びRは、それぞれ、水素又は直鎖若しくは分鎖のアルキル基である。)
【0047】
【化11】
(上記式中、置換基であるR及びRは、それぞれ、水素又は直鎖若しくは分鎖のアルキル基である。)
【0048】
この第2の化学蒸着法のように、有機ルテニウム化合物のみからなる化学蒸着用原料を使用する場合であっても、原料ガス生成のための加熱前又は加熱中に配位子を添加することで重合体等の生成を抑制することができる。尚、化10の有機ルテニウム化合物のみからなる化合物原料とは、ルテニウム薄膜の成膜のための反応(有機ルテニウム化合物の分解反応・ルテニウムの析出反応)に直接影響を及ぼす可能性がある有機化合物を含まないという意味である。つまり、成膜反応に直接寄与し得ない溶媒や添加剤の使用は排除しない趣旨である。よって、化10の有機ルテニウム化合物をそのまま加熱しても良いし、適宜の溶媒に溶解した溶液を加熱しても良い。
【0049】
有機ルテニウム化合物のみからなる化学蒸着用原料に配位子を添加する手法としては、原料容器に直接配位子を添加しても良いし、原料容器に配位子添加用の配管を設置し、当該配管を経由して添加しても良い。また、配位子の添加量は、有機ルテニウム化合物の質量に対して0.3質量%以上10質量%以下とすることが好ましく、0.4質量%以上5質量%以下とするのがより好ましく、0.5質量%以上5質量%以下とするのが特に好ましい。
【0050】
そして、原料へ配位子を添加した後の成膜方法及び条件は、上記第1の化学蒸着法と同じとすることができる。原料加熱温度や反応ガス・キャリアガスに関する条件、更に成膜温度も第1の化学蒸着法と同様とすることができる。
【0051】
(II-3)第1、第2の化学蒸着法における任意的操作
化学蒸着法では、成膜中は原料を継続的に加熱する。このとき、原料に配位子が含まれている第1、第2の化学蒸着法においては、成膜の進行により原料中の配位子の含有量が変動することがある。例えば、有機ルテニウム化合物と配位子との気化特性の相違や加熱・バブリング条件等により、配位子が先に気化して初期の含有量より減少する可能性がある。そのため、配位子の含有量の減少により、原料中で重合体等が生成する可能性がある。また、逆に配位子の含有量が増加する場合もあり、その場合は原料全体の気化特性に影響が生じるおそれもある。そこで、第1、第2の化学蒸着法では、必要に応じて、原料中の配位子の含有量を、有機ルテニウム化合物の質量に対して0.3質量%以上10質量%以下の範囲内に維持することが好ましい場合がある。より好ましくは、0.4質量%以上5質量%以下の範囲内とし、特に好ましくは、0.5質量%以上5質量%以下の範囲内とする。
【0052】
原料中の配位子の含有量を維持する方法としては、成膜中に原料に配位子を添加することが挙げられる。同様にして、原料に有機ルテニウム化合物を添加することもできる。具体的には、一定時間毎に少量の配位子を添加し、原料中の配位子の含有量を調節することが挙げられる。このときの配位子の添加量や添加のタイミングは、原料の加熱条件や成膜条件に応じて調整できる。
【0053】
また、原料における配位子の含有量の変動は、原料ガスの配位子の含有量にも影響を及ぼし得る。そこで、原料ガスに含まれる配位子の混合比を所定範囲内に維持しても良い。その場合の原料ガス中の配位子の混合比としては、有機ルテニウム化合物に対するモル比で0.9%以上30%以下の範囲に維持することが好ましい。より好ましくは、モル比で1.2%以上15質量%以下の範囲内とし、特に好ましくは、1.5%以上15%以下の範囲内とする。
【0054】
原料ガスへの配位子の添加方法は、特段に限定されることはない。例えば、原料ガスの配管に配位子を含むガスの配管を合流させても良いし、適宜の容器・塔槽類に原料ガス及び配位子を収容させて混合しても良い。配位子の添加は、配位子のみ原料ガスに添加しても良いが、キャリアガス又は反応ガスに配位子を混合した後に原料ガスに添加しても良い。尚、この原料ガスへの配位子の添加操作は、上記した原料への配位子添加と併用しても良いし、単独で実施しても良い。
【0055】
以上説明した原料及び原料ガスにおける配位子の含有量に関する操作は、原料中の配位子含有量の減少分の補填による重合体等生成の抑制という効果がある。また、原料の加熱温度に応じて、含有量を調整することができるという効果もある。もっとも、これらの操作は必須ではなく任意のものである。
【発明の効果】
【0056】
以上説明したとおり、本発明では、化2の有機ルテニウムを主体とする化学蒸着用原料について、高温状態における変色や粉末沈殿発生の要因が逆反応による重合体等の中間化合物の生成にあることを見出した。そして、本発明は、重合体等の生成の有効な抑制手段として、有機ルテニウム化合物の配位子(β-ジケトン)を有機ルテニウム化合物に添加することを明らかにする。
【0057】
本発明に係る化学蒸着用原料及び化学蒸着法は、化2の有機ルテニウム化合物が有する好適な特性はそのまま維持しつつ、ルテニウム薄膜及びルテニウム化合物薄膜を従来よりも安定に製造することができる。特に、原料ガスの高温化による大量生産に対応可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
図1】第1実施形態で示した加熱試験後の有機ルテニウム化合物から回収した赤色粉末及び合成した赤色粉末(重合体)の赤外吸収スペクトルを示す図。
図2】第1実施形態で配位子を添加した有機ルテニウム化合物のNMRスペクトルを示す図。
図3】有機ルテニウム化合物を140℃、170℃、200℃で80時間加熱した後の結果を示す写真。
図4】有機ルテニウム化合物にβ-ジケトン、CO、BHTを添加して実施した加熱試験(140℃又は170℃、7日間)の結果を示す写真。
図5】有機ルテニウム化合物に0.1質量%、0.25質量%、0.5質量%、1質量% の配位子を添加して実施した加熱試験(200℃、7日間)の結果を示す写真。
【発明を実施するための形態】
【0059】
第1実施形態:以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態では、化2の有機ルテニウム化合物について、加熱時の変色又は粉末沈殿の発生の有無を確認する初期加熱試験を行った後、粉末沈殿の化学構造を確認するための試験を行った。更に、有機ルテニウム化合物への配位子の添加による変色等の抑制効果を確認するための加熱試験を行った。
【0060】
[初期加熱試験]
有機ルテニウム化合物として、上記化1のRu錯体1(田中貴金属工業株式会社製、製品名:Carish)を用意した。この有機ルテニウム化合物は、出発原料としてドデカカルボニルトリルテニウム(DCR)と5-メチルヘキサン-2,4-ジオンとの反応により製造されたものであり、室温において黄色透明の液体である。この有機ルテニウム化合物を不活性ガス雰囲気中で4.00g秤量し、密閉型ガラス容器に封入した。そして、ガラス容器を加熱用オーブンに設置して、140℃、170℃、200℃で80時間加熱した。各サンプルを80時間加熱後、ガラス容器から取り出して容器内の有機ルテニウム化合物の外観を観察して変色及び粉末沈殿の有無を確認した。
【0061】
この加熱試験の結果を図3に示す。140℃で加熱したサンプルは黄色透明の液体であり、加熱前とほぼ同じ状態であった。一方、170℃で加熱したサンプルは、橙色の液体になっており変色が確認された。また、容器底部には赤色の粉末沈殿が生じていた。200℃で加熱したサンプルは、黒色に変色しており、黒色の沈殿物が微量生じていた。この加熱試験の結果について検討すると、200℃の加熱による変化は、有機ルテニウム化合物の熱分解によるものと考えられる。そして、本願発明の課題である有機ルテニウム化合物の変色や粉末沈殿は、170℃の加熱において生じることが確認された。
【0062】
[重合体の合成及び赤色沈殿の化学構造の確認試験]
上記加熱試験の170℃で加熱したサンプルで生じた赤色粉末の組成を検討するため、有機ルテニウム化合物の重合体を合成して比較することとした。本発明の対象となる有機ルテニウム化合物(化2)は、DCRに含まれるRuに対して2等量の配位子(β-ジケトン)を反応させることで合成される。そこで、DCRのRuに対して1等量のβ-ジケトンを反応させて有機ルテニウム化合物の合成が未完となるようにすることで、重合体の合成が可能となると考えられる。
【0063】
この考察の下で重合体の合成を行った。重合体の原料であるドデカカルボニルトリルテニウム(DCR)5.00g(田中貴金属工業株式会社製、7.82mmol)と、5-メチルヘキサン-2,4-ジオン3.01g(田中貴金属工業株式会社製、23.46mmol)を乾燥デカン100mLに投入した。これを窒素ガス雰囲気中、160℃のオイルバスにて20時間加熱し、反応させた。その後、室温まで冷却した。この合成操作の結果、赤色の粉末状の合成物3.16gを得た。この赤色粉末は一般的な溶媒への溶解性が極めて低く、NMR測定は実施できなかった。そこで化合物の帰属のために元素分析並びに赤外吸収スペクトルの測定を行った。
【0064】
次に、上記加熱試験で有機ルテニウム化合物を170℃に加熱したときの赤色粉末をサンプルから濾別し赤色粉末を約7mg回収した。回収した赤色粉末について元素分析並びに赤外吸収スペクトルの測定を行った。
【0065】
上記の加熱試験により得られた赤色粉末、合成によって得られた赤色粉末(重合体)の元素分析の結果を表2に示す。表2には、重合体の構成元素と含有率を分子構造から計算したときの理論値を合わせて示した。
【0066】
【表2】
【0067】
表2から、加熱試験から得られた赤色粉末ならびに合成によって得られた赤色粉末の炭素、水素、窒素の含有率は、重合体の分子構造から計算された炭素、水素、窒素の理論値とよく一致していた(誤差±0.30%以内)。
【0068】
更に、図1に、加熱試験により得られた赤色粉末の赤外吸収スペクトルと合成によって得られた赤色粉末の赤外吸収スペクトルを示す。図1からわかるように、両者において同一の波数領域に吸収ピークが観測されており、両者が同一物質であると判断できる。
【0069】
以上の元素分析の結果及び赤外吸収スペクトル測定の結果から、有機ルテニウム化合物の高温加熱により生じる赤色粉末は、有機ルテニウム化合物の合成過程で生成する中間化合物である重合体の可能性が高いと推察される。また、有機ルテニウム化合物の変色についても、同様に重合体の生成に起因することが推察される。但し、分子構造から推定される元素分析の理論値に関しては、重合体とDCR-配位子付加体とは同じ値となるので、ここでは、有機ルテニウム化合物の高温加熱で生じる変色や赤色粉末の要因が重合体の生成のみにあるとは断定しない。重合体の生成と共に、或いは重合体に替えて、DCR-配位子付加体が発生している可能性も否定できない。いずれにせよ、この確認試験の結果から下記の事項が確認された。
(1)有機ルテニウム化合物(化2)を高温加熱することで、「重合体」の理論値と一致する物質(赤色沈殿)が生成する。この物質は、当該有機ルテニウム化合物やDCRとは異なる物質である。
(2)加熱試験で生成した赤色沈殿と合成した赤色沈殿は、共に「重合体」と同じ元素分析値を示す。
【0070】
[配位子の添加による重合体等生成の抑制効果確認試験]
以上の予備試験の結果から、化2の有機ルテニウム化合物は、高温(170℃)加熱により変色及び粉末沈殿が生じること、及びその要因が重合体の生成である可能性が高いことが確認された。そこで、配位子の添加による重合体生成の抑制効果を確認した。
【0071】
初期加熱試験と同じ有機ルテニウム化合物(Ru錯体1)を4.00g(9.72×10-3 mol)秤量し、ここに配位子として5-メチルヘキサン-2,4-ジオンを有機ルテニウム化合物の質量に対して0.48質量%(0.019 g)添加し混合した。配位子を添加した有機ルテニウム化合物のH NMRスペクトルを図2に示す。図2からわかるように、配位子を添加した有機ルテニウム化合物において、配位子由来のピークが明瞭に観測されている。本発明に係る化学蒸着用原料においては、配位子の添加量が1質量%未満であっても、その存在を容易に識別できることが確認された。尚、NMRのピーク面積に基づき、有機ルテニウム化合物と配位子とのモル比を算出することにより配位子の含有量を測定することができる。
【0072】
次に、配位子を1質量%添加した有機ルテニウム化合物について加熱試験を行った。加熱試験は初期加熱試験と同様の条件とし、加熱温度を140℃、170℃とし加熱時間を7日間に設定して行った。
【0073】
また、この加熱試験では、配位子添加の効果と対比するため、他の添加物を添加した有機ルテニウム化合物の加熱試験も行った。他の添加物のサンプルとしては、有機ルテニウム化合物に一酸化炭素をバブリングしたサンプル(COの添加量約1質量%)を作製した。これは、化2の有機ルテニウム化合物のもう一方の配位子であるカルボニル配位子(CO)の添加効果を確認するためである。また、有機ルテニウム化合物に酸化防止剤であるジブチルヒドロキシトルエン (BHT)を有機ルテニウム化合物に対して1質量%添加したサンプルも製造した。CO並びにBHTを添加したサンプルは140℃にて7日間の加熱試験を実施した。
【0074】
図4は、この加熱試験の結果を示す写真である。配位子を添加した有機ルテニウム化合物は、いずれの温度で加熱された後でも、加熱試験前の黄色透明の状態を維持していた。加熱試験後の各サンプルにおいては、赤色・橙色の変色も見られず、赤色粉末の沈殿もなかった。一方、COを添加したサンプル及びBHTを添加したサンプルにおいては、いずれも140℃の加熱で橙色に変色していた。
【0075】
従って、有機ルテニウム化合物の加熱による変色や粉末沈殿の抑制には、有機ルテニウム化合物に配位子と同一構造のβ-ジケトンを添加することが有効である。この効果は、他の配位子(カルボニル配位子)の添加や酸化防止剤のような一般的な変質抑制剤(酸化防止剤)では得られない効果といえる。以上の第1実施形態の各種試験から、本発明に係る配位子を添加した有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料は、高温加熱したときの重合体等の生成による変色や粉末発生の抑制効果を有することが確認された。
【0076】
第2実施形態
本実施形態では、配位子の添加量による効果確認のための加熱試験を行った。第1実施形態と同じ有機ルテニウム化合物(Ru錯体1)(製品名:Carish) に対して、0.1質量%、0.25質量%、0.3質量%、0.5質量%、1質量% の配位子(5-メチルヘキサン-2,4-ジオン)を添加した試料を調製した。
【0077】
調整した各試料について200℃、7日間の加熱試験を実施した。この加熱試験の結果を図5に示す。その結果、配位子を0.1質量%、0.25質量%添加した有機ルテニウム化合物は、黒色に変色した。また、配位子の添加量が0.1質量%のサンプルでは微量(1mg以下)の黒色沈殿が生成した。一方、配位子を0.5質量%、1.0質量%添加した有機ルテニウム化合物では変色は少なく黄色~橙色であり、沈殿も生じなかった。図5には記載ないが、0.3質量%も同様であった。よって、0.3質量%以上の配位子を添加した有機ルテニウム化合物が熱に対する安定性が高いことが確認された。
【0078】
第3実施形態
本実施形態では、配位子を含む有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料を使用したルテニウム薄膜の成膜試験を行った。
【0079】
第1実施形態と同じ有機ルテニウム化合物(Ru錯体1)に、配位子である5-メチルヘキサン-2,4-ジオンを有機ルテニウム化合物の質量に対して1.0質量%を添加して化学蒸着用原料を用意した。この化学蒸着用原料を用いてCVD装置によりルテニウム薄膜を成膜した。成膜条件は下記の通りである。
【0080】
基板:Si、SiO
原料加熱温度:180℃
キャリアガス:窒素(50sccm)
反応ガス:水素(500sccm)
圧力:4000Pa
基板温度:350℃
成膜時間:60分
【0081】
この成膜試験の結果、Si、SiOの双方の基板において膜厚30nmのルテニウム薄膜が形成できた。薄膜表面にパーティクルは観測されず、滑らかな表面を持つルテニウム薄膜であることを確認した。また、成膜試験後の原料(有機ルテニウム化合物)には変色がなく、原料を加熱する際の熱分解を抑える効果があることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明に係る化学蒸着用原料及び化学蒸着法によれば、所定の有機ルテニウムを主体とする化学蒸着用原料を適用する場合において、原料の加熱温度を高温に設定しても、有機ルテニウム化合物の変色・粉末の生成を抑制することができる。この場合において、有機ルテニウム化合物の特性を維持することができ、ルテニウム薄膜及びルテニウム化合物薄膜を従来よりも安定して製造することができる。本発明は、化学蒸着法(CVD、ALD)による各種半導体素子の配線・電極の製造に有用であり、特に、これらの大量生産にも対応可能である。
図1
図2
図3
図4
図5