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  • 特開-Moを含有するFe系合金 図1
  • 特開-Moを含有するFe系合金 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022138638
(43)【公開日】2022-09-26
(54)【発明の名称】Moを含有するFe系合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220915BHJP
   C22C 33/02 20060101ALN20220915BHJP
   B22F 9/08 20060101ALN20220915BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/00 304
C22C33/02 B
B22F9/08 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021038627
(22)【出願日】2021-03-10
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣野 友紀
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
【テーマコード(参考)】
4K017
4K018
【Fターム(参考)】
4K017AA04
4K017BA06
4K017BB04
4K017BB06
4K017BB07
4K017BB08
4K017BB16
4K017DA09
4K017EB00
4K017FA15
4K018AA24
4K018BA16
4K018BB04
4K018DA21
4K018DA33
4K018EA11
4K018EA15
4K018EA16
4K018EA17
4K018EA41
4K018EA52
4K018FA06
4K018FA08
4K018KA14
4K018KA15
4K018KA18
4K018KA19
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性、機械加工性、熱間加工性及び靱性のバランスに優れたMoを含有するFe系合金の提供。
【解決手段】本発明に係る合金は、
Mo:12.0質量%超30.0%質量%以下、
C:1.0質量%以上1.9%質量%以下、
Cr:0質量%以上10.0質量%以下、
V:0質量%以上10.0質量%以下、
Si:0質量%以上5.0質量%以下、
Mn:0質量%以上5.0質量%以下、
Co:0質量%以上10.0質量%以下
及び
W:0質量%以上20.0質量%以下
を含有する。残部は、Fe及び不可避的不純物である。この合金の金属組織は、マトリックスとこのマトリックスに分散する多数の炭化物とを含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mo:12.0質量%超30.0%質量%以下、
C:1.0質量%以上1.9%質量%以下、
Cr:0質量%以上10.0質量%以下、
V:0質量%以上10.0質量%以下、
Si:0質量%以上5.0質量%以下、
Mn:0質量%以上5.0質量%以下、
Co:0質量%以上10.0質量%以下
及び
W:0質量%以上20.0質量%以下
を含有しており、残部がFe及び不可避的不純物である、Moを含有するFe系合金。
【請求項2】
その金属組織が、マトリックスとこのマトリックスに分散する多数の炭化物とを含んでおり、
これらの炭化物の円相当径の平均値が3.5μm以下である請求項1に記載のFe系合金。
【請求項3】
その金属組織が、マトリックスとこのマトリックスに分散する多数の炭化物とを含んでおり、
これらの炭化物の面積率Pが15%以上45%以下である請求項1又は2に記載のFe系合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Mo及びCを含有するFe系合金に関する。
【背景技術】
【0002】
高速での切削加工に使用される工具には、耐摩耗性が必要である。耐摩耗性に優れた種々の合金が、提案されている。
【0003】
特開2012-210670公報には、C、Si、Cr、W(又はMo)、V及びCoを含有する高速度鋼が開示されている。この高速度鋼は、ドリルに適している。このドリルは、耐摩耗性に優れている。
【0004】
日本金属学会誌第57巻第7号の第813-820頁には、Mo-Fe系ホウ化物又はMo-Ni系ホウ化物を含有する硬質合金が開示されている。この硬質合金は、耐摩耗性に優れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-210670公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本金属学会誌第57巻第7号の第813-820頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特開2012-210670公報に開示された高速度鋼では、2~3%C、12%以下Moの組成であり、Cがマトリックスに固溶してマトリックスを強化し、また、一部は、W、Mo、Cr、Vと結合して炭化物を形成し、合金鋼の硬さと耐摩耗性を向上させている。しかしながら、そのMo量が12%以下と少ないため、大幅な耐摩耗性の改善は難しい。
【0008】
日本金属学会誌第57巻第7号の第813-820頁に開示された硬質合金は、MoFeB系及びMoNiB系硬質合金に関する。これら合金と相手材の摩耗界面に生成したB、Mo、Ni系酸化物が潤滑効果を示すことより、摩耗粉の移着凝着を防ぎ、耐摩耗性が改善したと報告している。しかしながら、Bはホウ化物形成元素であるFe、Mo、Cr、W等と反応し、ホウ化物を析出する。硬さや耐摩耗性はホウ化物を析出することで改善するが、BのFeに対する固溶限が小さいため、固化成形後のホウ化物が析出した状態から、機械加工を行うために焼きなましを行ったとしても、硬さを低減出来ず、機械加工性に劣る。この硬質合金はさらに、ホウ化物の硬質相の析出により、じん性を悪化させ、工具のチッピングが生じやすくなる。
【0009】
従来の高速切削工具鋼においては、Feを主成分として、炭化物析出元素であるCr、W、Mo、Vを添加し、また、その添加量を調整しているが、Moを12%超含有しているものはない。
【0010】
これらの観点から、本発明者は、特にMoに着目した。本発明の目的は、耐摩耗性、機械加工性、熱間加工性及び靱性のバランスに優れた合金の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るMoを含有Fe系合金は、
Mo:12.0質量%超30.0%質量%以下、
C:1.0質量%以上1.9%質量%以下、
Cr:0質量%以上10.0質量%以下、
V:0質量%以上10.0質量%以下、
Si:0質量%以上5.0質量%以下、
Mn:0質量%以上5.0質量%以下、
Co:0質量%以上10.0質量%以下
及び
W:0質量%以上20.0質量%以下
を含有する。残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0012】
この合金の金属組織は、マトリックスと、このマトリックスに分散する多数の炭化物とを含む。好ましくは、これらの炭化物の円相当径の平均値は、3.5μm以下である。好ましくは、これらの炭化物の面積率Pは、15%以上45%以下である。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るMoを含有するFe系合金は、耐摩耗性、機械加工性、熱間加工性及び靱性のバランスに優れる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本発明の一実施形態に係るMoを含有するFe系合金の断面が示された反射電子像である。
図2図2は、本発明の他の実施形態に係るMoを含有するFe系合金の断面が示された反射電子像である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係るMoを含有するFe系合金は、典型的には、粉末の焼結によって得られる。換言すれば、この合金は、焼結体である。この合金は、熱処理に供されうる。典型的な熱処理は、焼入れ及び焼戻しである。粉末は、典型的にはアトマイズによって得られる。
【0016】
[組成]
本発明に係るMoを含有するFe系合金は、
Mo:12.0質量%超30.0%質量%以下、
C:1.0質量%以上1.9%質量%以下、
Cr:0質量%以上10.0質量%以下、
V:0質量%以上10.0質量%以下、
Si:0質量%以上5.0質量%以下、
Mn:0質量%以上5.0質量%以下、
Co:0質量%以上10.0質量%以下
及び
W:0質量%以上20.0質量%以下
を含有する。好ましくは、残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0017】
[金属組織]
焼入れ-焼戻し後の合金の金属組織は、マトリックス及び多数の炭化物を含んでいる。これらの炭化物は、多数の一次金属炭化物及び多数の二次金属炭化物を含んでいる。マトリックスのベースは、Feである。このマトリックスでは、Feに他の元素が固溶している。このマトリックスの組織は、主にマルテンサイトである。一次金属炭化物は、マトリックス中に分散している。二次金属炭化物も、マトリックス中に分散している。それぞれの一次金属炭化物は、Cと金属元素との化合物である。この一次金属炭化物は、アトマイズ時又は焼結時に析出したものである。それぞれの二次金属炭化物は、Cと金属元素との化合物である。この二次金属炭化物は、焼戻しによって析出したものである。一次金属炭化物は概して大きく、二次金属炭化物は概して微細である。
【0018】
図1は、本発明の一実施形態に係るMoを含有するFe系合金の断面が示された反射電子像である。この合金は、Mo及びCを含有している。残部は、Fe及び不可避的不純物である。図1には、マトリックスと多数の炭化物(M6C)とが示されている。これらの炭化物は、マトリックスに分散している。
【0019】
図2は、本発明の他の実施形態に係るMoを含有するFe系合金の断面が示された反射電子像である。この合金は、Mo、C、Cr及びVを含有している。残部は、Fe及び不可避的不純物である。図2には、マトリックスと多数の炭化物(M2C、M6C及びVC)とが示されている。これらの炭化物は、マトリックスに分散している。
【0020】
[モリブデン(Mo)]
本発明に係る合金において、Moは必須の元素である。この合金において、Moは重要な役割を果たす。この合金においてMoは、一次金属炭化物を形成する。さらにMoは、焼戻しのときに微細な二次金属炭化物を形成する。従ってMoは、合金の硬度及び耐摩耗性に寄与しうる。この合金から得られた工具は、高速で加工がなされるときの耐摩耗性に、極めて優れる。Cr、V及びWは、摩耗界面に潤滑効果を示す酸化物を構成しない。一方、MoはMo系酸化物が析出し、潤滑効果を示す。これにより、摩耗粉の移着凝着が抑制去れ、耐摩耗性が改善する。これらの観点から、Moの含有率は12.0質量%超が好ましく、13.0質量%以上がより好ましく、14.0質量%以上が特に好ましい。過剰のMoは、炭化物の過剰の生成を招来し、合金の靱性を阻害する。過剰のMoを含有する合金から得られた工具では、チッピングが生じやすい。靱性の観点から、Moの含有率は30.0質量%以下が好ましく、28.0質量%以下がより好ましく、26.0質量%以下が特に好ましい。
【0021】
[炭素(C)]
本発明に係る合金において、Cは必須の元素である。Cは、Mo等の金属と結合し、一次金属炭化物を形成する。Cは、焼入れによってマトリックスに固溶し、組織を強化する。さらにCは、焼戻しのときに二次金属炭化物を析出させる。従ってCは、合金の硬度及び耐摩耗性に寄与しうる。これらの観点から、Cの含有率は1.0質量%以上が好ましく、1.1質量%以上がより好ましく、1.2質量%以上が特に好ましい。過剰のCは、炭化物の過剰の生成を招来し、靱性を阻害する。過剰のCを含有する合金から得られた工具では、チッピングが生じやすい。靱性の観点から、Cの含有率は1.9質量%以下が好ましく、1.8質量%以下がより好ましく、1.7質量%以下が特に好ましい。
【0022】
[クロム(Cr)]
Crは、一次金属炭化物を析出させる。マトリックス中のCrは、焼戻し時に二次金属炭化物に供給され、この二次金属炭化物を粗大化させる。さらに、一部のCrは新たに二次炭化物を析出させる。これらの炭化物は、合金の硬度及び耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Crの含有率は0.01質量%以上が好ましく、0.05質量%以上がより好ましく、0.10質量%以上が特に好ましい。本発明に係る合金では、Moが必須の元素である。Moによって十分な硬度及び耐摩耗性が達成される場合、この合金がCrを含まない組成を有してもよい。換言すれば、本発明に係る合金において、Crの含有率は0質量%でもよい。Moと比較してCrは、マトリックス中での拡散速度が速く、かつマトリックスへの固溶限が大きいため、炭化物を粗大化させる駆動力が大きい。従って、過剰のCrは、合金が熱の影響を受けたときに二次金属炭化物を粗大化させ、合金の軟化抵抗を悪化させる。軟化抵抗の観点から、Crの含有率は10.0質量%以下が好ましく、9.0質量%以下がより好ましく、8.0質量%以下が特に好ましい。
【0023】
[バナジウム(V)]
Vは、一次金属炭化物を析出させる。さらにVは、焼戻し時に微細な二次金属炭化物を析出させる。これらの炭化物は、合金の硬度及び耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Vの含有率は0.01質量%以上が好ましく、0.05質量%以上がより好ましく、0.10質量%以上が特に好ましい。本発明に係る合金では、Moが必須の元素である。Moによって十分な硬度及び耐摩耗性が達成される場合、この合金がVを含まない組成を有してもよい。換言すれば、本発明に係る合金において、Vの含有率は0質量%でもよい。過剰のVは、過剰の炭化物を析出させ、合金の靱性を阻害する。過剰のVを含有する工具では、チッピングが生じやすい。靱性の観点から、Vの含有率は10.0質量%以下が好ましく、9.0質量%以下がより好ましく、8.0質量%以下が特に好ましい。
【0024】
[ケイ素(Si)]
Siは、製鋼工程での脱酸に寄与する。Siは焼入れ時にマトリックスに置換固溶し、固溶強化に寄与する。固溶したSiは、焼戻しのときの二次金属炭化物の析出を促進する。この固溶強化及び析出強化により、合金の優れた硬度及び耐摩耗性が達成されうる。これらの観点から、Siの含有率は0.01質量%以上が好ましく、0.05質量%以上がより好ましく、0.10質量%以上が特に好ましい。本発明に係る合金では、Moが必須の元素である。Moによって十分な硬度及び耐摩耗性が達成される場合、この合金がSiを含まない組成を有してもよい。換言すれば、本発明に係る合金において、Siの含有率は0質量%でもよい。過剰のSiは、合金の靱性を阻害する。過剰のSiを含有する工具では、チッピングが生じやすい。靱性の観点から、Siの含有率は5.0質量%以下が好ましく、4.0質量%以下がより好ましく、3.0質量%以下が特に好ましい。
【0025】
[マンガン(Mn)]
Mnは、製鋼工程での脱酸に寄与する。Mnは焼入れ時にマトリックスに置換固溶し、固溶強化に寄与する。固溶したMnは、焼戻しのときの二次金属炭化物の析出を促進する。Mnの一部は、一次金属炭化物に固溶する。Mnは、合金の硬度及び耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Mnの含有率は0.01質量%以上が好ましく、0.05質量%以上がより好ましく、0.10質量%以上が特に好ましい。本発明に係る合金では、Moが必須の元素である。Moによって十分な硬度及び耐摩耗性が達成される場合、この合金がMnを含まない組成を有してもよい。換言すれば、本発明に係る合金において、Mnの含有率は0質量%でもよい。過剰のMnは、合金の靱性を阻害する。過剰のMnを含有する工具では、チッピングが生じやすい。靱性の観点から、Mnの含有率は5.0質量%以下が好ましく、4.0質量%以下がより好ましく、3.0質量%以下が特に好ましい。
【0026】
[コバルト(Co)]
Coは、焼入れ時にマトリックスに置換固溶する。固溶したCoは、焼戻しのとき、二次金属炭化物の析出を促進し、この二次金属炭化物の微細化に寄与する。従ってCoは、合金の硬度と耐摩耗性とに寄与する。これらの観点から、Coの含有率は0.01質量%以上が好ましく、0.05質量%以上がより好ましく、0.10質量%以上が特に好ましい。本発明に係る合金では、Moが必須の元素である。Moによって十分な硬度及び耐摩耗性が達成される場合、この合金がCoを含まない組成を有してもよい。換言すれば、本発明に係る合金において、Coの含有率は0質量%でもよい。過剰のCoを含む合金では、Coの一部がFeとの規則相を形成する。この規則相は、合金の靱性を阻害する。過剰のCoを含有する工具では、チッピングが生じやすい。靱性の観点から、Coの含有率は10.0質量%以下が好ましく、9.0質量%以下がより好ましく、8.0質量%以下が特に好ましい。
【0027】
[タングステン(W)]
Wは、一次金属炭化物を析出させる。さらにWは、焼戻しのときに二次金属炭化物を析出させる。従ってWは、合金の硬度及び耐摩耗性に寄与しうる。これらの観点から、Wの含有率は0.01質量%以上が好ましく、0.05質量%以上がより好ましく、0.10質量%以上が特に好ましい。本発明に係る合金では、Moが必須の元素である。Moによって十分な硬度及び耐摩耗性が達成される場合、この合金がWを含まない組成を有してもよい。換言すれば、本発明に係る合金において、Wの含有率は0質量%でもよい。過剰のWは、過剰の炭化物を析出させ、合金の靱性を阻害する。過剰のWを含有する工具では、チッピングが生じやすい。靱性の観点から、Wの含有率は20.0質量%以下が好ましく、15.0質量%以下がより好ましく、10.0質量%以下が特に好ましい。
【0028】
[鉄(Fe)]
本発明に係る合金の主成分は、Feである。従ってこの合金は、靱性に優れる。靱性の観点から、Feの含有率は50質量%以上が好ましく、55質量%以上がより好ましく、60質量%以上が特に好ましい。
【0029】
[不純物]
合金は、不可避的不純物を含む。代表的な不純物として、Nが挙げられる。Nは、炭化物の粗大化を招く。粗大な炭化物は、合金の靱性を阻害する。靱性の観点から、Nの含有量(質量基準)は300ppm以下が好ましく、200ppm以下が特に好ましい。
【0030】
他の代表的な不純物として、Oが挙げられる。Oは、介在物(酸化物)の生成の原因となる。介在物は、破壊の基点となり得る。破壊の抑制の観点から、Oの含有量(質量基準)は300ppm以下が好ましく、200ppm以下が特に好ましい。
【0031】
合金が、金属の不純物を含んでもよい。
【0032】
[炭化物の平均円相当径]
図1、2に示されるように、マトリックス中に炭化物が析出する。炭化物のサイズは、合金の靱性と相関する。このサイズの指標として、炭化物の平均円相当径Aが用いられる。靱性の観点から、炭化物の平均円相当径Aは3.5μm以下が好ましく、2.5μm以下がより好ましく、2.0μm以下が特に好ましい。この平均円相当径Aは、0.3μm以上が好ましい。
【0033】
この平均円相当径Aは、以下のようにして算出される。まず、走査型電子顕微鏡によって合金の研磨面の反射電子像が撮影される。撮影の倍率は、2,000倍である。画像解析ソフトによって、この反射電子像の炭化物に2値化処理が施され、画像に存在するそれぞれの炭化物の、円相当径Dが、算出される。面積が3500μmである画像に存在する全ての炭化物の、円相当径Dの平均値が、平均円相当径Aである。換言すれば、平均円相当径Aは、炭化物の円相当径Dの平均値である。円相当径Dは、炭化物の面積Sと同じ面積を有する真円の直径である。円相当径Dは、下記の数式によって算出されうる。
D = (4 × S / π)0.5
【0034】
[面積率P]
炭化物の面積率Pは、15%以上45%以下が好ましい。面積率Pが15%以上である合金の硬度は大きい。従ってこの合金は、耐摩耗性に優れる。耐摩耗性の観点から、面積率Pは17%以上がより好ましく、19%以上が特に好ましい。面積率Pが45%以下である合金は、靱性に優れる。靱性の観点から、面積率Pは40%以下がより好ましく、35%以下が特に好ましい。
【0035】
面積率Pの測定では、走査型電子顕微鏡にて、合金の研磨面の反射電子像が撮影される。画像解析ソフトによって、この反射電子像の炭化物に2値化処理が施される。倍率が2000倍である画面において、炭化物の合計面積が測定され、面積率Pが算出される。この測定に、分水嶺変換は使用されない。典型的な画像処理ソフトは、「Image-J」である。
【0036】
[粉末冶金法]
本発明に係る合金は、粉末冶金法によって得られうる。粉末冶金法ではまず、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、ディスクアトマイズ法、粉砕法等により、金属粉末が製作される。この粉末は、多数の粒子からなる。
【0037】
この金属粉末が高温雰囲気で加圧されて固化し、成形体が得られる。好ましい加圧方法として、熱間等方圧加圧法が挙げられる。熱間等方圧加圧法では、摂氏数百度から2000度の高温下で、数十MPaから数百MPaの等方的な圧力で粉末が加圧される。好ましくは、加圧媒体として、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガスが用いられる。不活性ガスの使用により、金属粉末の酸化が抑制される。
【0038】
この成形体に、熱間加工(鍛造、圧延等)が施されてもよい。この成形体に、熱処理(焼きなまし)が施される。さらにこの成形体に、所定条件の焼入れ及び焼戻しが施される。焼入れ及び焼戻しにより、好ましい金属組織が形成される。換言すれば、この成形体は、焼入れ及び焼戻しで得られた金属組織を有している。
【0039】
[成形体]
本発明に係る合金は、焼入れ及び焼戻しを経て得られる。一方で本発明は、焼入れ及び焼戻しが施される前の成形体にも向けられる。本発明に係る成形体は、
Mo:12.0質量%超30.0%質量%以下、
C:1.0質量%以上1.9%質量%以下、
Cr:0質量%以上10.0質量%以下、
V:0質量%以上10.0質量%以下、
Si:0質量%以上5.0質量%以下、
Mn:0質量%以上5.0質量%以下、
Co:0質量%以上10.0質量%以下
及び
W:0質量%以上20.0質量%以下
を含有する。好ましくは、残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0040】
[用途]
本発明に係る合金の主たる用途は、工具である。本発明は、工具にも向けられる。本発明に係る工具の材質は、Moを含有するFe系合金である。この合金は、
Mo:12.0質量%超30.0%質量%以下、
C:1.0質量%以上1.9%質量%以下、
Cr:0質量%以上10.0質量%以下、
V:0質量%以上10.0質量%以下、
Si:0質量%以上5.0質量%以下、
Mn:0質量%以上5.0質量%以下、
Co:0質量%以上10.0質量%以下
及び
W:0質量%以上20.0質量%以下
を含有する。好ましくは、残部はFe及び不可避的不純物である。この合金の金属組織は、マトリックスとこのマトリックスに分散する多数の炭化物とを含む。好ましくは、これらの炭化物の円相当径の平均値は、3.5μm以下である。好ましくは、これらの炭化物の面積率Pは、15%以上45%以下である。
【実施例0041】
以下、実施例によって本発明の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるべきではない。
【0042】
[実施例1]
原料を、アルゴンガス雰囲気中にてアルミナ製坩堝で、高周波誘導加熱法にて加熱した。この加熱によって原料を溶融させ、溶湯を得た。坩堝下にある直径が5mmのノズルから、溶湯を落下させた。この溶湯に、アルゴンガスを噴霧し、粉末を得た。この粉末に分級を施し、粒子径を500μm以下に調整した。この粉末の組成が、下記の表1に示されている。この粉末を、直径が100mmであり、高さが100mmであり、材質が炭素鋼であるカプセルに充填した。このカプセル内を真空脱気した。このカプセルを封止し、ビレットを得た。アルゴンガス雰囲気にて、圧力が150MPaであり温度が1170℃である条件で、カプセルに熱間等方加圧を行った。加圧により、粉末から成形体が得られた。この成形体から、旋盤でカプセルを除去した。この成形体に下記の条件で焼入れ及び焼戻しを施して、実施例1の合金を得た。
焼入れ
温度:1180℃
冷却:油冷
焼戻し
温度:580℃
保持時間:1時間
冷却:空冷
回数:3
【0043】
[実施例2-38及び比較例39-49]
下記の表1-3に示される通りの組成とした他は実施例1と同様にして、実施例2-38及び比較例39-49の合金を得た。
【0044】
[金属組織の観察]
前述の方法にて、炭化物の平均円相当径A及び面積率Pを測定した。この結果が、下記の表1-3に示されている。
【0045】
[耐摩耗性]
焼入れ前の成形体から、7mm×25mm×50mmの板状試験片を得た。この試験片に、前述の条件で焼入れ及び焼戻しを施した。この試験片を大越式摩耗試験機にセットし、比摩耗量を測定した。測定条件は、以下の通りである。
相手材:SCM420
摩耗速度:2.38m/sec
摩耗距離:200m
最終荷重:6.3kg
潤滑:なし
温度:室温
試験で得られた摩耗痕幅を測定し、摩耗体積を計算した。この摩耗体積を摩耗距離と最終荷重の積で除すことで、比摩耗量を算出した。この結果が、下記の表1-3に示されている。
【0046】
[焼きなまし後の硬さ]
焼入れ前の成形体に、下記の条件で焼きなましを施した。
温度:870℃
時間:16時間
この成形体を研磨して、試験片を得た。この試験片のロックウェル硬さを測定した。この結果が、下記の表1-3に示されている。この硬さが小さい合金は、機械加工性に優れる。
【0047】
[靱性の評価]
焼入れ前の成形体から、4mm×8mm×40mmの棒状試験片を得た。この試験片に、前述の条件で焼入れ及び焼戻しを施した。この試験片に、「JIS Z 2248」の規定に準拠した抗折試験を施して、抗折強度(3点曲げ強度)を測定した。この結果が、下記の表1-3に示されている。
【0048】
[熱間加工性]
焼入れ前の成形から、直径が8.0mmであり高さが12mmである円柱状の試験片を得た。この試験片に、下記の条件で加工を行った。
昇温速度:30秒
加工温度:900℃、1100℃及び1200℃
保持時間:60秒
加工量:50%
加工温度が1100℃の段階で、肉眼で割れが確認されなかったものを「A」とし、割れが確認されたものを「B」として、評価した。この結果が、下記の表1-3に示されている。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
【表3】
【0052】
表1-3に示されるように、各実施例の合金は、耐摩耗性、機械加工性、熱間加工性及び靱性のバランスに優れている。以上の評価結果から、本発明の優位性は明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明に係るMoを含有するFe系合金は、機械工具、手工具、金型、射出成形機、口金、パンチ、刃物等の、種々の用途に用いられうる。
図1
図2