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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022139101
(43)【公開日】2022-09-26
(54)【発明の名称】液状組成物及び摺動部材
(51)【国際特許分類】
   C08L 27/18 20060101AFI20220915BHJP
   C08L 79/08 20060101ALI20220915BHJP
   F16C 17/00 20060101ALI20220915BHJP
【FI】
C08L27/18
C08L79/08 Z
F16C17/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021039340
(22)【出願日】2021-03-11
(71)【出願人】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179969
【弁理士】
【氏名又は名称】駒井 慎二
(74)【代理人】
【識別番号】100173532
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 彰文
(72)【発明者】
【氏名】笠井 渉
【テーマコード(参考)】
3J011
4J002
【Fターム(参考)】
3J011AA06
3J011DA01
3J011JA02
3J011QA05
3J011SA06
3J011SC14
3J011SC20
4J002BD15W
4J002CH03Z
4J002CK05Y
4J002CM04X
4J002CM04Y
4J002CN01X
4J002DA016
4J002DA026
4J002DA036
4J002DA076
4J002DE146
4J002DG026
4J002DJ016
4J002DJ046
4J002DL006
4J002ED037
4J002FB106
4J002FB10X
4J002FB136
4J002FB13X
4J002FB146
4J002FB14X
4J002FB156
4J002FB15X
4J002FD206
4J002FD20X
4J002FD317
4J002FD31Z
4J002GM00
4J002GM01
4J002GM04
4J002GM05
4J002HA08
(57)【要約】
【課題】分散安定性及び塗工性に優れると共に、得られる成形物(焼成物)として低摩擦性、耐熱性に加えて高摺動性を備え、さらに部材との密着性及び摩耗耐久性に優れる摺動被膜を形成できる、テトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子を含む液状組成物の提供。
【解決手段】熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子を含むテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子と、摩耗調整剤の粒子と、イミド系樹脂と、液状分散媒とを含み、前記熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子の平均粒子径が、前記摩耗調整剤の粒子の平均粒子径より小さく、かつ、前記イミド系樹脂と前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの総量に占める前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの割合が50質量%超である、粘度が10000mPa・s以下である、摺動被膜形成用の液状組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子を含むテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子と、摩耗調整剤の粒子と、イミド系樹脂と、液状分散媒とを含み、前記熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子の平均粒子径が、前記摩耗調整剤の粒子の平均粒子径より小さく、かつ、前記イミド系樹脂と前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの総量に占める前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの割合が50質量%超である、粘度が10000mPa・s以下である、摺動被膜形成用の液状組成物。
【請求項2】
前記熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの溶融温度が、200~320℃である、請求項1に記載の液状組成物。
【請求項3】
前記熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーが、酸素含有極性基を有するテトラフルオロエチレン系ポリマーである、請求項1又は2に記載の液状組成物。
【請求項4】
前記熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子の平均粒子径が0.1~25μmである、請求項1~3のいずれか1項に記載の液状組成物。
【請求項5】
前記イミド系樹脂が、芳香族ポリイミド、芳香族ポリアミドイミド、またはこれらの前駆体である、請求項1~4のいずれか1項に記載の液状組成物。
【請求項6】
前記イミド系樹脂が、前記液状分散媒に溶解している、請求項1~5のいずれか1項に記載の液状組成物。
【請求項7】
前記摩耗調整剤の粒子が、ガラス粒子、ガラス繊維粉砕粒子、アルミナ粒子、シリカ粒子、タルク粒子、グラファイト粒子、コークス粒子、カーボンブラック粒子、カーボン繊維粉砕粒子、ブロンズ(青銅)粒子、二硫化モリブデン粒子、ポリイミド粒子、及びポリフェニレンスルフィド粒子からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1~6のいずれか1項に記載の液状組成物。
【請求項8】
前記液状分散媒が、水である、請求項1~7のいずれか1項に記載の液状組成物。
【請求項9】
前記熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子の平均粒子径に対する、前記摩耗調整剤の粒子の平均粒子径の比が、2~40の範囲である、請求項1~8のいずれか1項に記載の液状組成物。
【請求項10】
前記イミド系樹脂と前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの総質量に占める前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの質量の割合が80質量%以下である、請求項1~9のいずれか1項に記載の液状組成物。
【請求項11】
前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子と前記イミド系樹脂の合計含有量が、前記液状組成物の全体質量に対して20質量%以上である、請求項1~10のいずれか1項に記載の液状組成物。
【請求項12】
前記摩耗調整剤の粒子の含有量が、前記イミド系樹脂と前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの合計含有量に対して0.05~1の範囲である、請求項1~11のいずれか1項に記載の液状組成物。
【請求項13】
さらに、ノニオン性界面活性剤を含む、請求項1~12のいずれか1項に記載の液状組成物。
【請求項14】
基材と、前記基材の表面に設けられ、請求項1~13のいずれか1項に記載の液状組成物から形成された被膜とを有する、摺動部材。
【請求項15】
軸受である、請求項14に記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子、摩耗調整剤の粒子及びイミド系樹脂を含む、摺動被膜の形成に有用な液状組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
風力発電機は風向及び風力を安定的に得られやすいことから海岸周辺に設置される場合が多く、そのヨー軸受には、摺動部材として、温度の季節変化に対する摩擦特性変化が小さいことや、潮風に対する高い耐候性が要求される。加えて、ナセルを支持するタワー全長が30m以上となることがあり、通常のメンテナンスが困難であるため、耐候性に優れ、かつ長寿命のヨー軸受が求められている。
耐候性、低摩擦性、摺動性に優れた材料として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が知られている。PTFEは摩擦係数が低く、滑り性に優れるが、強度が弱いために摩耗しやすく、また金属との密着力が弱い。そのため、PTFEの基材との密着性や耐摩耗性を向上させる観点から種々の提案がなされている。
【0003】
特許文献1には、ポリアミドイミドとPTFEとを含む樹脂組成物層を多孔質焼結基体の表面に有する摺動部材が開示されている。特許文献2には、PTFE、摩擦調整剤とバインダー樹脂とを含む樹脂層を有する、風力発電機のナセルを旋回自在に支持するヨー軸受が開示されている。特許文献3には、金属基材の表面に、耐熱性樹脂及びフッ素プライマー樹脂を含む下地層と、この下地層の表面に非熱溶融性のPTFEを塗工して架橋させた層とからなる摺動層を有する、圧縮機用摺動部材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2008/047561号
【特許文献2】特開2008-303914号公報
【特許文献3】特開2020-056330号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1及び2における摺動層は、摺動性が未だ不充分であり、摩擦係数を下げ摺動性を向上するためにPTFEの添加量を増やすと、基材への密着力を下げてしまうという課題があった。特許文献3における摺動層は非熱溶融性のPTFEであるため、基材への密着力は低く、架橋をしても依然として摩耗性は十分ではない。
【0006】
本発明者らは、鋭意検討した結果、熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子を含むテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子と、摩耗調整剤の粒子と、イミド系樹脂とを含有し、両者の粒子の粒子径と、テトラフルオロエチレン系ポリマーの含有量とイミド系樹脂の含有量とを特定範囲とした液状組成物は、分散安定性及び塗工性に優れることを知見した。また、かかる液状組成物から得られる成形物は緻密であり、高摺動性を備えると共に摩耗耐久性に優れ、基材との密着性が改善されることを知見した。
本発明の目的は、分散安定性及び塗工性に優れ、低摩擦性、耐熱性、高摺動性を備え、さらに部材との密着性及び摩耗耐久性に優れる摺動被膜を形成できる、液状組成物の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記の態様を有する。
[1] 熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子を含むテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子と、摩耗調整剤の粒子と、イミド系樹脂と、液状分散媒とを含み、前記熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子の平均粒子径が、前記摩耗調整剤の粒子の平均粒子径より小さく、かつ、前記イミド系樹脂と前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの総量に占める前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの割合が50質量%超である、粘度が10000mPa・s以下である、摺動被膜形成用の液状組成物。
[2] 前記熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの溶融温度が、200~320℃である、[1]の液状組成物。
[3] 前記熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーが、酸素含有極性基を有するテトラフルオロエチレン系ポリマーである、[1]又は[2]の液状組成物。
[4] 前記熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子の平均粒子径が0.1~25μmである、[1]~[3]のいずれかの液状組成物。
[5] 前記イミド系樹脂が、芳香族ポリイミド、芳香族ポリアミドイミド、またはこれらの前駆体である、[1]~[4]のいずれかの液状組成物。
[6] 前記イミド系樹脂が、前記液状分散媒に溶解している、[1]~[5]のいずれかの液状組成物。
[7] 前記摩耗調整剤の粒子が、ガラス粒子、ガラス繊維粉砕粒子、アルミナ粒子、シリカ粒子、タルク粒子、グラファイト粒子、コークス粒子、カーボンブラック粒子、カーボン繊維粉砕粒子、ブロンズ(青銅)粒子、二硫化モリブデン粒子、ポリイミド粒子、及びポリフェニレンスルフィド粒子からなる群から選ばれる少なくとも1種である、[1]~[6]のいずれかの液状組成物。
[8] 前記液状分散媒が、水である、[1]~[7]のいずれかの液状組成物。
[9] 前記熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子の平均粒子径に対する、前記摩耗調整剤の粒子の平均粒子径の比が、2~40の範囲である、[1]~[8]のいずれかの液状組成物。
[10] 前記イミド系樹脂と前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの総質量に占める前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの質量の割合が80質量%以下である、[1]~[9]のいずれかの液状組成物。
[11] 前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの粒子と前記イミド系樹脂の合計含有量が、前記液状組成物の全体質量に対して20質量%以上である、[1]~[10]のいずれかの液状組成物。
[12] 前記摩耗調整剤の粒子の含有量が、前記イミド系樹脂と前記テトラフルオロエチレン系ポリマーの合計含有量に対して0.05~1の範囲である、[1]~[11]のいずれかの液状組成物。
[13] さらに、ノニオン性界面活性剤を含む、[1]~[12]のいずれかの液状組成物。
[14] 基材と、前記基材の表面に設けられ、[1]~[13]のいずれかの液状組成物から形成された被膜とを有する、摺動部材。
[15] 軸受である、[14]の摺動部材。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、分散安定性及び塗工性に優れる、テトラフルオロエチレン系ポリマーの液状組成物を提供できる。また、本発明の液状組成物からは、低摩擦性、耐熱性、高摺動性を備え、さらに部材との密着性及び摩耗耐久性に優れる摺動被膜を形成できる。したがって本発明の液状組成物は、軸受等に代表される各種摺動部材の、被膜形成材料として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下の用語は、以下の意味を有する。
「平均粒子径(D50)」は、レーザー回折・散乱法によって求められる、対象物(粒子)の体積基準累積50%径である。すなわち、レーザー回折・散乱法によって粒度分布を測定し、粒子の集団の全体積を100%として累積カーブを求め、その累積カーブ上で累積体積が50%となる点の粒子径である。
対象物のD50は、粒子を水中に分散させ、レーザー回折・散乱式の粒度分布測定装置(堀場製作所社製、LA-920測定器)を用いたレーザー回折・散乱法により分析して求められる。
「溶融温度(融点)」は、示差走査熱量測定(DSC)法で測定したポリマーの融解ピークの最大値に対応する温度である。
「粘度」は、B型粘度計を用いて、25℃で回転数が30rpmの条件下で液状組成物を測定して求められる。測定を3回繰り返し、3回分の測定値の平均値とする。
「チキソ比」とは、液状組成物の、回転数が30rpmの条件で測定される粘度ηを、回転数が60rpmの条件で測定される粘度ηで除して算出される値である。それぞれの粘度の測定は、3回繰り返し、3回分の測定値の平均値とする。
ポリマーにおける「単位」とは、モノマーの重合により形成された前記モノマーに基づく原子団を意味する。単位は、重合反応によって直接形成された単位であってもよく、ポリマーを処理することによって前記単位の一部が別の構造に変換された単位であってもよい。以下、モノマーaに基づく単位を、単に「モノマーa単位」とも記す。
【0010】
本発明の液状組成物(以下、「本組成物」とも記す。)は、熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマー(以下、「溶融Fポリマー」とも記す。)の粒子(以下、「溶融F粒子」とも記す。)を含むテトラフルオロエチレン系ポリマー(以下、「Fポリマー」とも記す。)の粒子(以下、「F粒子」とも記す。)と、摩耗調整剤の粒子と、イミド系樹脂と、液状分散媒とを含み、前記溶融F粒子の平均粒子径が、前記摩耗調整剤の粒子の平均粒子径より小さく、かつ、前記イミド系樹脂と前記Fポリマーの総量に占める前記Fポリマーの割合が50質量%超であり、粘度が10000mPa・s以下である、摺動被膜形成用の液状組成物である。
【0011】
本組成物は分散安定性及び塗工性に優れる。また、本組成物から形成される、摺動被膜として用いられるポリマー層(焼成物)は、低摩擦性、耐熱性等の、テトラフルオロエチレン系ポリマーに基づく物性に優れると共に高摺動性を備え、さらに部材との密着性及び摩耗耐久性にも優れ、摺動部材を構成する摺動被膜として好適に使用できる。これらの特性が発現する理由及び作用機構は、必ずしも明確ではないが、例えば以下のように推定している。
【0012】
テトラフルオロエチレン系ポリマーは表面張力が低いために液状分散媒中で凝集しやすい。そのためF粒子を含む液状組成物は粘度、チキソ比等の液物性の調整が困難であり、分散安定性と塗工性とをバランスさせるのが難しい。また、F粒子及び摩耗調整剤をバインダー樹脂に保持させた摺動被膜を基材の表面に形成して摺動部材とする場合、摺動性向上のためF粒子量を増やすと摺動被膜の基材への密着性が低下する一方で、密着性確保のためF粒子量を減らすと摺動性は低下する。そのため、分散安定性、塗工性等の液物性に優れ、かつ、高摺動性、高密着性、摩耗耐久性等の物性がバランスした摺動被膜を形成できる、液状組成物を得るのは困難であった。
【0013】
本組成物においては、Fポリマーとして溶融Fポリマーを必須とし、イミド系樹脂の配合量が溶融Fポリマーに対して少量であるので、イミド系樹脂がバインダー樹脂としてもF粒子の分散剤としても作用し、本組成物の分散安定性と塗工性とを高めていると考えられる。さらに、本組成物では、溶融F粒子の平均粒子径を摩耗調整剤の粒子の平均粒子径より小さく調整し、かつ、イミド系樹脂の含有量をFポリマーの含有量に対し少なく調整することで、溶融F粒子とイミド系樹脂と摩耗調整剤の粒子間での吸着等の相互作用を促進し、本組成物の調製時にF粒子にかかる剪断力を緩衝して、F粒子の凝集を抑制していると推定される。
かかる分散安定性と塗工性に優れた本組成物から摺動被膜を形成すると、テトラフルオロエチレン系ポリマー、イミド系樹脂及び摩耗調整剤が摺動被膜中で緻密かつ均一に分布しやすくなると推定される。その結果、高摺動性、高密着性、摩耗耐久性に優れた摺動被膜が形成されたと推定される。
【0014】
本組成物におけるF粒子は、溶融Fポリマーの粒子(溶融F粒子)を含む。F粒子は、溶融F粒子のみからなってもよく、溶融Fポリマーと、非熱溶融性のテトラフルオロエチレン系ポリマー(以下、「非溶融性Fポリマー」とも記す。)の粒子(以下、「非溶融性F粒子」とも記す。)とからなっていてもよい。
後者の場合、F粒子の総量に占める非溶融性F粒子の含有量は、50質量%未満が好ましい。
なお、非溶融性Fポリマーとは、溶融温度を有さないポリマーか、溶融温度を有し、荷重49Nの条件下、ポリマーの溶融温度よりも20℃以上高い温度において、溶融流れ速度が1g/10分以上となる温度が存在しないポリマーかを意味する。非溶融性Fポリマーは、非熱溶融性のポリテトラフルオロエチレンであるのが好ましい。
また、非溶融性F粒子のD50は0.1~1μmであるのが好ましい。
【0015】
本組成物における溶融Fポリマーは、テトラフルオロエチレン(TFE)に基づく単位(TFE単位)を含む、熱溶融性のポリマーである。熱溶融性であることにより、本組成物から形成されるポリマー層等の成形物(焼成物)である摺動被膜(以下、「摺動被膜」とも記す。)が、柔軟性と、基材との接着性・密着性に優れやすい。なお、熱溶融性とは荷重49Nの条件下、ポリマーの溶融温度よりも20℃以上高い温度において、溶融流れ速度が1~1000g/10分となる温度が存在する溶融流動性のポリマーを意味する。
溶融Fポリマーの溶融温度は200~320℃であるのが好ましく、260~320℃であるのがより好ましい。かかる場合、本組成物から形成される摺動被膜が耐熱性に優れやすい。
【0016】
溶融Fポリマーにおけるフッ素原子含有量は、70質量%以上であるのが好ましく、70~76質量%であるのがより好ましい。
溶融Fポリマーのガラス転移点は、75~125℃が好ましく、80~100℃がより好ましい。
【0017】
溶融Fポリマーとしては、TFE単位及びエチレンに基づく単位を含むポリマー(ETFE)、TFE単位及びペルフルオロ(アルキルビニルエーテル)(PAVE)に基づく単位(PAVE単位)を含むポリマー(PFA)、TFE単位及びヘキサフルオロプロペン(HFP)に基づく単位を含むポリマー(FEP)が挙げられる。ETFE、PFA及びFEPのそれぞれは、さらに他の単位を含んでいてもよい。溶融Fポリマーは、PFA又はFEPであるのが好ましく、PFAであるのがより好ましい。PAVEとしては、CF=CFOCF、CF=CFOCFCF及びCF=CFOCFCFCF(PPVE)が好ましく、PPVEがより好ましい。
【0018】
溶融Fポリマーは、酸素含有極性基を有するのが好ましい。この場合、溶融Fポリマーとイミド系樹脂との親和性が向上するため、本組成物は分散安定性に優れやすい。またこの場合、本組成物の加熱に際し、溶融Fポリマーはイミド系樹脂と反応して架橋構造を形成するとも考えられ、その結果、本組成物から形成される摺動被膜が、表面平滑性、基材との接着性・密着性等の物性に一層優れると考えられる。
酸素含有極性基は、溶融Fポリマー中の単位に含まれていてもよく、溶融Fポリマーの主鎖の末端基に含まれていてもよい。後者の態様としては、重合開始剤、連鎖移動剤等に由来する末端基として酸素含有極性基を有する溶融Fポリマー、溶融Fポリマーをプラズマ処理や電離線処理して得られる、酸素含有極性基を有する溶融Fポリマーが挙げられる。酸素含有極性基は、水酸基含有基、カルボニル基含有基及びホスホノ基含有基が好ましく、本組成物の分散安定性の観点から、水酸基含有基及びカルボニル基含有基がより好ましく、カルボニル基含有基がさらに好ましい。
【0019】
水酸基含有基は、アルコール性水酸基を含有する基が好ましく、-CFCHOH、-C(CFOH及び1,2-グリコール基(-CH(OH)CHOH)がより好ましい。
カルボニル基含有基は、カルボニル基(>C(O))を含む基であり、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基、アミド基、イソシアネート基、カルバメート基(-OC(O)NH)、酸無水物残基(-C(O)OC(O)-)、イミド残基(-C(O)NHC(O)-等)及びカーボネート基(-OC(O)O-)が好ましく、酸無水物残基がより好ましい。
溶融Fポリマーがカルボニル基含有基を有する場合、溶融Fポリマーにおけるカルボニル基含有基の数は、主鎖の炭素数1×10個あたり、10~5000個が好ましく、100~3000個がより好ましく、800~1500個がさらに好ましい。なお、溶融Fポリマーにおけるカルボニル基含有基の数は、ポリマーの組成又は国際公開第2020/145133号に記載の方法によって定量できる。
【0020】
溶融Fポリマーとしては、TFE単位及びPAVE単位を含む、酸素含有極性基を有するポリマーが好ましく、TFE単位、PAVE単位及び酸素含有極性基を有するモノマーに基づく単位を含むポリマーであるのがより好ましく、全単位に対して、これらの単位をこの順に、90~99モル%、0.5~9.97モル%、0.01~3モル%、含むポリマーであるのがさらに好ましい。
また、酸素含有極性基を有するモノマーは、無水イタコン酸、無水シトラコン酸又は5-ノルボルネン-2,3-ジカルボン酸無水物(以下、「NAH」とも記す。)が好ましい。
かかるポリマーの具体例としては、国際公開第2018/16644号に記載されるポリマーが挙げられる。
これらの溶融Fポリマーは、その粒子が分散安定性に優れるだけでなく、本組成物から形成される摺動被膜中において、より緻密かつ均質に分布しやすい。さらに、摺動被膜中において微小球晶を形成しやすく、他の成分との密着性が高まりやすい。その結果、高摺動性、摩耗耐久性、部材との接着性等の各種物性に優れた摺動被膜を、より得られやすい。
【0021】
本組成物において、溶融F粒子のD50は0.1~25μmであるのが好ましい。溶融F粒子のD50は20μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましく、8μm以下がさらに好ましい。溶融F粒子のD50は0.1μm以上が好ましく、1μm以上がより好ましく、2μm以上がさらに好ましい。この範囲のD50において、溶融F粒子の流動性と分散安定性とが良好となりやすい。
【0022】
本組成物の分散安定性の観点から、溶融F粒子の嵩密度は0.15g/m以上が好ましく、0.20g/m以上がより好ましい。溶融F粒子の嵩密度は0.50g/m以下が好ましく、0.35g/m以下がより好ましい。
また、溶融F粒子の比表面積は、1~8m/gが好ましく、1~3m/gがより好ましい。
【0023】
溶融F粒子は、溶融Fポリマー以外の樹脂又は無機フィラーを含んでいてもよいが、溶融Fポリマーを主成分とするのが好ましい。溶融F粒子における溶融Fポリマーの含有量は80質量%以上が好ましく、100質量%がより好ましい。
上記樹脂としては、芳香族ポリエステル、ポリアミドイミド、(熱可塑性)ポリイミド、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンオキシド、マレイミド等の耐熱性樹脂が挙げられる。無機フィラーとしては、酸化ケイ素(シリカ)、金属酸化物(酸化ベリリウム、酸化セリウム、アルミナ、ソーダアルミナ、酸化マグネシウム、酸化亜鉛、酸化チタン等)、窒化ホウ素、メタ珪酸マグネシウム(ステアタイト)が挙げられる。無機フィラーは、その表面の少なくとも一部が表面処理されていてもよい。
溶融Fポリマー以外の樹脂又は無機フィラーを含む溶融F粒子は、溶融Fポリマーをコアとし、溶融Fポリマー以外の樹脂又は無機フィラーをシェルに有するコア-シェル構造を有するか、溶融Fポリマーをシェルとし、溶融Fポリマー以外の樹脂又は無機フィラーをコアに有するコア-シェル構造を有していてもよい。かかる溶融F粒子は、例えば、溶融Fポリマーの粒子と、溶融Fポリマー以外の樹脂又は無機フィラーの粒子とを合着(衝突、凝集等)させて得られる。
【0024】
本組成物において、摩耗調整剤の粒子は、本組成物から形成される摺動被膜の耐摩耗性を改善すると共に、摺動被膜に摩擦力を付与することで摩擦特性を向上させる役割を有する。
摩耗調整剤の粒子としては、ガラス粒子、ガラス繊維粉砕粒子、アルミナ粒子、シリカ粒子、酸化亜鉛粒子、酸化チタン粒子、酸化鉄粒子、タルク粒子、チタン酸カリウム粒子、ホウ酸マグネシウム粒子、硫酸カルシウム粒子、硫酸マグネシウム粒子、ウォラストナイト粒子、グラファイト粒子、コークス粒子、カーボンブラック粒子、カーボン繊維粉砕粒子、フッ化グラファイト粒子、炭化ケイ素粒子、窒化ホウ素粒子、マイカ粒子、ブロンズ(青銅)粒子、鉛粒子、亜鉛粒子、銅粒子、二硫化モリブデン粒子、二硫化タングステン粒子等の無機系粒子;架橋された超高分子量ポリエチレン粒子、架橋された高密度ポリエチレン粒子、ポリイミド粒子、ポリフェニレンスルフィド粒子、PTFE粒子、メラミンシアヌレート粒子等の有機系粒子が挙げられる。これらは1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0025】
本組成物においては、本組成物から形成される摺動被膜の摺動性、耐摩耗性の観点から、摩耗調整剤の粒子が、ガラス粒子、ガラス繊維粉砕粒子、アルミナ粒子、シリカ粒子、タルク粒子、グラファイト粒子、コークス粒子、カーボンブラック粒子、カーボン繊維粉砕粒子、ブロンズ(青銅)粒子、二硫化モリブデン粒子、ポリイミド粒子、及びポリフェニレンスルフィド粒子からなる群から選ばれる少なくとも1種であるのが好ましい。
【0026】
摩耗調整剤の粒子は、その表面の少なくとも一部が、シランカップリング剤(3-アミノプロピルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン等)で表面処理されていてもよい。
【0027】
本組成物において、摩耗調整剤の粒子のD50は0.1~100μmであるのが好ましい。摩耗調整剤の粒子のD50は90μm以下が好ましく、80μm以下がより好ましく、50μm以下がさらに好ましい。摩耗調整剤の粒子のD50は0.5μm以上が好ましく、1μm以上がより好ましく、2μm以上がさらに好ましい。この範囲のD50において、摩耗調整剤の粒子の流動性と分散性とが良好となりやすい。
摩耗調整剤の粒子の形状は、粒状、針状(繊維状)、板状のいずれであってもよい。摩耗調整剤の粒子の具体的な形状としては、球状、鱗片状、層状、葉片状、杏仁状、柱状、鶏冠状、等軸状、葉状、雲母状、ブロック状、平板状、楔状、ロゼット状、網目状、角柱状が挙げられる。
【0028】
本組成物において、溶融F粒子のD50は、摩耗調整剤のD50より小さい。溶融F粒子のD50に対する、摩耗調整剤の粒子のD50の比は、2~40の範囲であるのが好ましい。本組成物の分散安定性と、本組成物から形成される摺動被膜の接着性、摺動性、耐摩耗性の観点から、かかる比は、3以上が好ましく、5以上がより好ましい。一方、かかる比は35以下が好ましく、30以下がより好ましい。
【0029】
本組成物を構成するイミド系樹脂は、本組成物の分散安定性の向上と共に、本組成物から形成される摺動被膜の、耐屈曲性等の柔軟性向上に寄与する。また、基材表面に本組成物を付与して溶融Fポリマーを含む摺動被膜を形成する際に、かかる摺動被膜の基材との接着性・密着性等の特性向上に寄与する。
【0030】
イミド系樹脂としては、芳香族ポリイミド、芳香族ポリイミド前駆体(ポリアミック酸又はその塩)、芳香族ポリアミドイミド、芳香族ポリアミドイミド前駆体、カルボン酸基等の極性官能基を有する変性芳香族ポリイミド、変性芳香族ポリイミド前駆体、変性芳香族ポリアミドイミド又は変性芳香族ポリアミドイミド前駆体、芳香族ポリエーテルイミド及び芳香族ポリエーテルイミド前駆体が挙げられる。
中でも、芳香族ポリイミド又はその前駆体(ポリアミック酸又はその塩)、芳香族ポリアミドイミド又はその前駆体が好ましい。
本組成物において、イミド系樹脂は、液状分散媒に分散していても溶解していてもよく、本組成物の分散安定性及び塗工性の観点からは液状分散媒に溶解しているのが好ましい。また、後述するように、好適な液状分散媒として水を用いる場合、イミド系樹脂は水溶性の芳香族ポリイミド前駆体又は水溶性の芳香族ポリアミドイミド前駆体であるのが好ましく、水溶性の芳香族ポリアミドイミド前駆体がより好ましい。
【0031】
水溶性の芳香族ポリイミド前駆体としては、テトラカルボン酸二無水物とジアミンを溶媒中で重合させたポリアミック酸や、該ポリアミック酸と、アンモニア水又は有機アミンを反応させたポリアミック酸塩が挙げられる。ポリアミック酸塩を水に溶解させることで、ポリアミック酸の水溶液を調製できる。
テトラカルボン酸二無水物としては、例えばピロメリット酸無水物、ビフェニルテトラカルボン酸無水物が挙げられる。ジアミンとしては、例えばN,N’-ジアミノジフェニルエーテル、p-ジアミノベンゼンが挙げられる。溶媒としては、例えばN-メチルピロリドン、N,N-ジメチルホルムアミドが挙げられる。
有機アミンとしては、例えばメチルアミン、エチルアミン、n-プロピルアミン、2-エタノールアミン、2-アミノ-2-メチル-1-プロパノール等の1級アミン;ジメチルアミン、2-(メチルアミノ)エタノール、2-(エチルアミノ)エタノール等の2級アミン;2-ジメチルアミノエタノール、2-ジエチルアミノエタノール、1-ジメチルアミノ-2-プロパノール等の3級アミン;テトラメチルアンモニウムヒドロキシド、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド等の4級アンモニウム塩が挙げられる。
【0032】
水溶性の芳香族ポリアミドイミド樹脂又はその前駆体としては、ジイソシアネート及び/又はジアミンと、酸成分としての三塩基酸無水物(又は三塩基酸クロリド)とを反応させて得られるポリアミドイミド樹脂又はその前駆体が挙げられる。
ジイソシアネートとしては、例えば4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、3,3’-ジメチルビフェニル-4,4’-ジイソシアネート、3,3’-ジフェニルメタンジイソシアネート、3,3’-ジメトキシビフェニル-4,4’-ジイソシアネート、パラフェニレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ナフタレンジイソシアネート、トリレンジイソシアレート、イソホロンジイソシアネートが挙げられる。これらのジイソシアネートは、1種類を単独で用いても、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
なお、芳香族ポリアミドイミド樹脂の安定性を向上する観点から、ジイソシアネートとして、ブロック剤でイソシアネート基を安定化したブロック型イソシアネートを使用してもよい。ブロック剤としては、アルコール、フェノール、及びオキシム等が挙げられる。
【0033】
ジアミンとしては、例えば3,3’-ジメチルビフェニル-4,4’-ジアミン、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、4,4’-ジアミノジフェニルスルホン、3,3’-ジアミノジフェニルスルホン、キシリレンジアミン、フェニレンジアミン、イソホロンジアミンが挙げられる。これらのジアミンは、1種類を単独で用いても、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0034】
三塩基酸無水物としては、例えばトリメリット酸無水物が挙げられ、三塩基酸クロリドとしては、例えばトリメリット酸無水物クロリドが挙げられる。三塩基酸無水物としては、環境への負荷を軽減させる観点から、トリメリット酸無水物が好ましい。
【0035】
芳香族ポリアミドイミド樹脂を製造する際に、上記の三塩基酸無水物(又は三塩基酸クロリド)の他に、酸成分として、ジカルボン酸、テトラカルボン酸二無水物等を、ポリアミドイミド樹脂の特性を損なわない範囲で用いてもよい。
ジカルボン酸としては、例えばテレフタル酸、イソフタル酸、アジピン酸、セバシン酸が挙げられる。テトラカルボン酸二無水物としては、例えばピロメリット酸二無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物が挙げられる。これらは、1種類を単独で用いても、2種類以上を組合せて用いてもよい。
【0036】
水溶性の芳香族ポリアミドイミド樹脂又はその前駆体は、上記のジイソシアネート及び/又はジアミンと、上記の酸成分とを、極性溶媒中で共重合させて得られる。極性溶媒としては、N-メチル-2-ピロリドン、N-ホルミルモルホリン、N-アセチルモルホリン、N,N’-ジメチルエチレンウレア、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、γ-ブチロラクトン等が挙げられる。
【0037】
水溶性の芳香族ポリアミドイミド樹脂又はその前駆体は、例えば(1)酸成分、及びジイソシアネート成分及び/又はジアミン成分を一度に使用し、反応させる方法;(2)酸成分と、ジイソシアネート成分及び/又はジアミン成分の過剰量とを反応させて、末端にイソシアネート基又はアミノ基を有するアミドイミドオリゴマーを合成した後、酸成分を追加して末端のイソシアネート基及び/又はアミノ基と反応させる方法;(3)酸成分の過剰量と、ジイソシアネート成分及び/又はジアミン成分を反応させて、末端に酸又は酸無水物基を有するアミドイミドオリゴマーを合成した後、ジイソシアネート成分及び/又はジアミン成分を追加して末端の酸又は酸無水物基と反応させる方法;で製造できる。
【0038】
水溶性の芳香族ポリアミドイミド樹脂又はその前駆体の数平均分子量(Mn)は、5000~50000が好ましく、25000以下がより好ましい。この場合、本組成物から形成される摺動被膜の、耐屈曲性等の力学的特性を確保できる。
【0039】
芳香族ポリエーテルイミドとしては、主鎖中にイミド結合とエーテル結合を有する非晶性ポリマーが挙げられ、2,2-ビス[4-(3,4-ジカルボキシフェノキシ)フェニル]プロパンとm-フェニレンジアミンとの重縮合体が好ましい。芳香族ポリエーテルイミドの市販品としては、例えば「Ultem 1000F3SP」(SABIC社製)が挙げられる。
【0040】
イミド系樹脂の酸価は、F粒子及び摩耗調整剤の粒子の分散安定性や、本組成物の保存安定性向上、本組成物から形成される摺動被膜が基材との接着性に優れやすくなる観点から、20~100mgKOH/gの範囲であることが好ましく、35~70mgKOH/gであることがより好ましい。なお、イミド系樹脂が酸無水物基を有する場合、酸無水物基を開環させた場合の酸価を、イミド系樹脂の酸価とする。
【0041】
なお、上記酸価は、例えばイミド系樹脂を約0.5g採取し、これに1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタンを約0.15g加え、さらにN-メチル-2-ピロリドン約60gとイオン交換水約1mlを加え、イミド系樹脂が完全に溶解するまで撹拌する。これを、0.05モル/Lのエタノール性水酸化カリウム溶液を使用して電位差滴定装置で滴定することで測定できる。
【0042】
イミド系樹脂の好適な具体例としては「HPC-1000」、「HPC-2100D」(いずれも昭和電工マテリアルズ社製)が挙げられる。
【0043】
本組成物中のイミド系樹脂とFポリマーの総量に占めるFポリマーの割合は、50質量%超である。かかる割合は60質量%以上であるのがより好ましい。かかる割合は、80質量%以下であるのが好ましく、70質量%以下であるのがより好ましい。
この場合、本組成物の分散安定性が向上し、本組成物から形成される摺動被膜の摺動性及び摩擦耐久性等の物性が特に向上しやすい。その理由は必ずしも明確ではないが、イミド系樹脂が、低親水性のF粒子の分散剤かつ結着剤として高度に機能しやすくなる、換言すれば、イミド系樹脂がF粒子の表面に高度に付着し、その結果、均一性に優れた緻密な摺動被膜を形成できるためと考えられる。
【0044】
本組成物におけるF粒子とイミド系樹脂の合計含有量は、本組成物の全体質量に対して20質量%以上であるのが好ましく、30質量%以上であるのがより好ましい。前記合計含有量は、80質量%以下であるのが好ましく、60質量%以下であるのがより好ましい。前記合計含有量の好適な範囲の具体例としては、30~80質量%が挙げられる。
この場合、本組成物から摺動被膜を均一性高く形成でき、Fポリマーによる物性とイミド系樹脂による物性を高度に発現しやすい。すなわち、ポリマー成分の含有量が、かかる高い範囲にあっても、上述した作用機構により、本組成物は、分散安定性に優れ、かつ、形成される摺動被膜の摺動性、接着性等の物性を向上させることができる。
【0045】
本組成物におけるF粒子の含有量は、本組成物の全体質量に対して、10質量%以上が好ましく、20質量%以上がより好ましい。F粒子の含有量は、本組成物の全体質量に対して80質量%以下が好ましく、70質量%以下がより好ましい。
本組成物におけるイミド系樹脂の含有量は、本組成物の全体質量に対して、1質量%以上が好ましく、5質量%以上がより好ましい。イミド系樹脂の含有量は、30質量%以下が好ましく、20質量%以下がより好ましい。
【0046】
本組成物中の摩耗調整剤の粒子の含有量は、イミド系樹脂とFポリマーの合計含有量に対して0.05~1の範囲であるのが好ましく、0.08~0.5の範囲であるのがより好ましく、0.1~0.3の範囲であるのがさらに好ましい。
この場合、本組成物の分散安定性及び保存安定性が向上し、また本組成物から形成されるポリマー層(焼成物)が高摺動性を備え、さらに部材との密着性及び摩耗耐久性に優れるので、摺動部材の摺動被膜として有効に使用できる。
【0047】
本組成物における液状分散媒としては、大気圧下、25℃にて液体である化合物、例えば脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、水、アルコール、ケトン、アミド及びエステルが挙げられ、水、アルコール、ケトン、アミド及びエステルが好ましい。液状分散媒の沸点は50~240℃の範囲が好ましい。また、液状分散媒は1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0048】
アルコールとしては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、グリコールが挙げられる。
ケトンとしては、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソプロピルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルn-ペンチルケトン、メチルイソペンチルケトン、2-へプタノン、シクロペンタノン、シクロヘキサノン、シクロヘプタノンが挙げられる。
アミドとしては、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルプロパンアミド、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド、3-ブトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド、N,N-ジエチルホルムアミド、ヘキサメチルホスホリックトリアミド、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン等が挙げられる。
【0049】
エステルとしては、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、乳酸メチル、乳酸エチル、ピルビン酸メチル、ピルビン酸エチル、メトキシプロピオン酸メチル、エトキシプロピオン酸エチル、3-エトキシプロピオン酸エチル、γ-ブチロラクトン、γ-バレロラクトンが挙げられる。
【0050】
本組成物における液状分散媒の含有量は30~90質量%が好ましく、50~80質量%がより好ましい。かかる範囲において、本分散液の分散安定性と塗工性がより向上しやすい。
中でも、本組成物においては、液状分散媒として水を用いるのが好ましい。この場合、本組成物は、分散媒として、水以外の水溶性分散媒を、さらに含んでいてもよい。かかる水溶性分散媒としては、大気圧下、極性に分類される25℃にて液体の水溶性化合物が好ましく、例えばN,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド、3-ブトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド、N-メチル-2-ピロリドンが挙げられる。
本組成物における水の含有量は、40質量%以上が好ましく、50質量%以上がより好ましい。水の含有量は、90質量%以下が好ましく、80質量%以下がより好ましい。
かかる範囲において、上述した作用機構により、本組成物の分散安定性がより向上しやすい。
【0051】
本組成物は、分散安定性と取扱い性とを向上させる観点から、さらに界面活性剤を含んでいてもよい。本組成物が界面活性剤を含む場合、界面活性剤がノニオン性であり、界面活性剤の親水部位は、オキシアルキレン基又はアルコール性水酸基を有するのが好ましい。オキシアルキレン基は、1種から構成されていてもよく、2種以上から構成されていてもよい。オキシアルキレン基は、オキシエチレン基が好ましい。
【0052】
界面活性剤の疎水部位は、アルキル基、アセチレン基、ポリシロキサン基、ペルフルオロアルキル基又はペルフルオロアルケニル基を有するのが好ましい。
界面活性剤は、グリコールモノアルキルエーテル、アセチレン系界面活性剤、シリコーン系界面活性剤又はフッ素系界面活性剤が好ましく、グリコールモノアルキルエーテル、シリコーン系界面活性剤がより好ましい。本組成物は、シリコーン系界面活性剤とグリコールモノアルキルエーテルとを含んでもよい。
かかる界面活性剤の具体例としては、「フタージェント」シリーズ(株式会社ネオス社製 フタージェントは登録商標)、「サーフロン」シリーズ(AGCセイミケミカル社製 サーフロンは登録商標)、「メガファック」シリーズ(DIC株式会社製 メガファックは登録商標)、「ユニダイン」シリーズ(ダイキン工業株式会社製 ユニダインは登録商標)、「BYK-347」、「BYK-349」、「BYK-378」、「BYK-3450」、「BYK-3451」、「BYK-3455」、「BYK-3456」(ビックケミー・ジャパン株式会社社製)、「KF-6011」、「KF-6043」(信越化学工業株式会社製)、「ニューコール1308」(日本乳化剤株式会社製)、「Tergitol」シリーズ(ダウケミカル社製)が挙げられる。
【0053】
本分散液が界面活性剤をさらに含む場合、その量は、本分散液全体の質量に対して1~15質量%が好ましい。この場合、成分間の親和性が亢進して、本分散液の分散安定性がより向上しやすい。
【0054】
液状分散媒が水である本組成物は、アミン又はアンモニアをさらに含んでいてもよい。アミン又はアンモニアはpH調整剤としての役割も有し、本組成物の分散安定性や保存安定性の向上にも寄与すると考えられる。本組成物がアミン又はアンモニアをさらに含む場合、その量は、本組成物のpHが5~10となる量であるのが好ましい。
【0055】
アミンとしては、ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジイソプロピルアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、トリプロパノールアミン、トリエチルアミン、トリアミルアミン、ピリジン、N-メチルモルホリンが挙げられる。
液状分散媒が水である本組成物は、pH緩衝剤をさらに含んでもよい。この場合、本組成物のpH安定性が向上し、本組成物が保存安定性に優れやすい。pH緩衝剤としては、例えばトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン、エチレンジアミン四酢酸、炭酸水素アンモニウム、炭酸アンモニウム、酢酸アンモニウムが挙げられる。
【0056】
本組成物は、本組成物から形成される摺動被膜の接着性と低線膨張性を向上させる観点から、Fポリマー及びイミド系樹脂以外の樹脂材料をさらに含んでいてもよい。かかる樹脂材料は熱硬化性であっても熱可塑性であってもよく、変性されていてもよく、本組成物中に溶解していてもよく、溶解せず分散していてもよい。
かかる樹脂材料としては、アクリル樹脂、フェノール樹脂、液晶性ポリエステル、液晶性ポリエステルアミド、ポリオレフィン樹脂、変性ポリフェニレンエーテル、多官能シアン酸エステル樹脂、多官能マレイミド-シアン酸エステル樹脂、多官能性マレイミド、スチレンエラストマーのような芳香族エラストマー、ビニルエステル樹脂、尿素樹脂、ジアリルフタレート樹脂、メラミン樹脂、グアナミン樹脂、メラミン-尿素共縮合樹脂、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリスルホン、ポリアリルスルホン、芳香族ポリアミド、芳香族ポリエーテルアミド、ポリフェニレンスルファイド、ポリアリルエーテルケトン、ポリフェニレンエーテル、エポキシ樹脂等が挙げられる。
本組成物が樹脂材料をさらに含む場合、その含有量は本組成物全体の質量に対して40質量%以下が好ましい。
【0057】
樹脂材料の好適な態様として、芳香族ポリマーが挙げられる。芳香族ポリマーは、ポリフェニレンエーテル又は芳香族エラストマー(スチレンエラストマー等)であるのが好ましい。この場合、本組成物から形成される摺動被膜の接着性と低線膨張性が一層向上するだけでなく、本組成物の液物性(粘度、チキソ比等)のバランスがとれるため、その取扱い性が向上しやすい。
ここで、スチレンエラストマーとしては、スチレンと共役ジエン又は(メタ)アクリル酸エステルとのコポリマー(スチレン-ブタジエンゴム、スチレン系コア・シェル型コポリマー、スチレン系ブロックコポリマー等)が挙げられ、ゴムとプラスチックの両方の性質を備え、加熱により可塑化して柔軟性を示すスチレンエラストマーが好ましい。
【0058】
本組成物は、摩耗調整剤の粒子とは異なる無機フィラーをさらに含んでいてもよい。この場合、本組成物から形成される摺動被膜が、低線膨張性に優れやすい。無機フィラーとしては、F粒子に含まれていてもよい無機フィラーと同様のものが挙げられる。
【0059】
本組成物は、上記成分以外にも、本発明の効果を損なわない範囲で、チキソ性付与剤、粘度調節剤、消泡剤、シランカップリング剤、脱水剤、可塑剤、耐候剤、酸化防止剤、熱安定剤、滑剤、帯電防止剤、増白剤、着色剤、導電剤、離型剤、表面処理剤、難燃剤、各種フィラー等の他の成分をさらに含んでいてもよい。
【0060】
本組成物の粘度は10000mPa・s以下であり、5000mPa・s以下が好ましく、3000mPa・s以下がより好ましい。本組成物の粘度は10mPa・s以上が好ましく、50mPa・s以上がより好ましく、100mPa・s以上がさらに好ましい。本組成物の粘度が10000mPa・s以下であると、摺動部材を構成する基材への塗工性に優れ、均質で緻密な摺動被膜を形成しやすい。
【0061】
本組成物のチキソ比は1.0以上が好ましい。本組成物のチキソ比は3.0以下が好ましく、2.0以下がより好ましい。この場合、本組成物は塗工性及び均質性に優れ、より緻密な摺動被膜を形成しやすい。
なお、本組成物が液状分散媒として水を含有する場合、本組成物の色相と長期保存安定性とが優れやすい観点から、pHは5~10であるのが好ましい。
【0062】
本組成物においては、分散層率が60%以上であるのが好ましく、70%以上であるのが好ましく、80%以上であるのがより好ましい。ここで、分散層率とは、組成物(18mL)をスクリュー管(内容積:30mL)に入れ、25℃にて14日静置した際、静置前後の、スクリュー管中の組成物全体の高さと沈降層(分散層)の高さとから、以下の式により算出される値である。なお、静置後に沈降層が確認されず、状態に変化がない場合には、組成物全体の高さに変化がないとして、分散層率は100%とする。
分散層率(%)=(沈降層の高さ)/(組成物全体の高さ)×100
【0063】
本組成物は、F粒子と、摩耗調整剤の粒子と、イミド系樹脂と、液状分散媒を混合して調製できる。混合方法としては、液状分散媒にF粒子、摩耗調整剤の粒子及びイミド系樹脂を一括添加又は順次添加して混合する方法;F粒子と摩耗調整剤の粒子と液状分散媒、イミド系樹脂と液状分散媒をそれぞれ予め混合し、得られた二種の混合物をさらに混合する方法;等が挙げられる。液状分散媒にF粒子と摩耗調整剤の粒子とを予め分散させた後、イミド系樹脂を、そのまま(直接)又は液状分散媒に混合した状態で添加して混合する手順で、本組成物を調製するか、液状分散媒にイミド系樹脂を予め混合した後、F粒子と摩耗調整剤の粒子とを、そのまま(直接)又は液状分散媒に混合した状態で添加して混合する手順で、本組成物を調製するのが、F粒子をより均一に分散させる観点から好ましい。なお、界面活性剤、他の樹脂材料や無機フィラーを、本組成物にさらに含有させる場合は、F粒子と摩耗調整剤の粒子とを液状分散媒に予め分散させる際に同時に添加するか、F粒子と摩耗調整剤の粒子とを分散させる前に、液状分散媒に予め添加しておくのが好ましい。
【0064】
本組成物を調製する際の混合方法としては、例えば、プロペラブレード、タービンブレード、パドルブレード、シェル状ブレード等のブレード(撹拌翼)を一軸あるいは多軸で備える撹拌装置や、ヘンシェルミキサー、加圧ニーダー、バンバリーミキサー又はプラネタリーミキサーによる撹拌;ボールミル、アトライター、バスケットミル、サンドミル、サンドグラインダー、ダイノーミル(ガラスビーズ又は酸化ジルコニウムビーズなどの粉砕媒体を用いたビーズミル)、ディスパーマット、SCミル、スパイクミル又はアジテーターミル等のメディアを使用する分散機による混合;マイクロフルイダイザー、ナノマイザー、アルティマイザーなどの高圧ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー、デゾルバー、ディスパー、高速インペラー分散機等の、メディアを使用しない分散機を用いた混合が挙げられる。
【0065】
本組成物の製造方法の好適な態様としては、F粒子と、摩耗調整剤の粒子と、イミド系樹脂と、液状分散媒を含有する組成物を混練して混練物を得て、混練物と液状分散媒をさらに混合する態様が挙げられる。
混練は、上述の混合方法で行うことができ、ヘンシェルミキサー、加圧ニーダー、バンバリーミキサー又はプラネタリーミキサーを用いるのが好ましく、プラネタリーミキサーを用いるのがより好ましい。
プラネタリーミキサーは、互いに自転と公転を行う2軸の撹拌羽根を有し、撹拌槽中の混練物を撹拌、混練する構造を有している。そのため、撹拌槽中に撹拌羽根の到達しないデッドスペースが少なく、羽根の負荷を軽減して、高度に組成物を混練できる。つまり、F粒子の凝集を抑制しつつ、液状分散媒でF粒子及び摩耗調整剤の粒子を濡らしながら、F粒子とイミド系樹脂を高度に相互作用させながら混練できるため、その混練物をさらに液状分散媒と混合すると分散安定性に優れた本組成物が得られやすい。また、本組成物の成分濃度を調整し易く、本組成物から表面平滑性と均一性に優れた厚い摺動被膜を形成しやすい。
【0066】
混練物は、半固体状あるいは固体状の固練品であり、混練ペースト又は練粉であるのが好ましい。なお、混練ペーストとは流動性と粘性を有する状態にある固練品であり、練粉とは塊状かつ粘土状の状態にある固練品を意味する。
混練ペーストの粘度は、800~100000mPa・sが好ましく、1000~10000mPa・s以上がより好ましい。
練粉における液状分散媒の含有量は、50質量%以下であるのが好ましく、40質量%以下であるのが好ましい。液状分散媒の含有量は、20質量%以上であるのが好ましく、25質量%以上であるのがより好ましい。
【0067】
また、この態様において、界面活性剤、他の樹脂材料や無機フィラーを、本組成物にさらに含有させる場合は、これらを組成物に添加してもよく、混練物と液状分散媒との混合時に添加してもよい。
つまり、他の樹脂材料や無機フィラーを含む本組成物は、F粒子と、摩耗調整剤の粒子と、他の樹脂材料又は無機フィラーと、液状分散媒とを含有する組成物を混練して混練物を得、混練物と、イミド系樹脂および液状分散媒を含む混合物とを混合して得てもよい。この場合、本組成物の分散安定性と長期保存安定性が向上しやすい。
【0068】
本組成物を基材の表面に付与して液状被膜を形成し、この液状被膜を加熱して液状分散媒を除去して乾燥被膜を形成し、さらに乾燥被膜を加熱してFポリマーを焼成すれば、Fポリマーと摩耗調整剤とイミド系樹脂を含む摺動被膜(以下、「F層」とも記す。)を基材の表面に有する積層体が得られる。
本組成物からは、分散安定性及び長期保存安定性に優れ、また、低摩擦性、耐熱性等のFポリマーに基づく物性に優れると共に高摺動性を備え、さらに部材との密着性及び摩耗耐久性にも優れる摺動被膜(F層)を形成できる。
とりわけ、本組成物は、基材と、前記基材の表面に設けられたF層とを有する摺動部材の形成に有用である。
【0069】
基材の材質としては、鉄、銅、ニッケル、アルミニウム、チタン、クロム、モリブデン、ニオブ、及びこれらの合金等の金属や、テトラフルオロエチレン系ポリマー、ポリイミド、ポリアリレート、ポリスルホン、ポリアリルスルホン、ポリアミド、ポリエーテルアミド、ポリフェニレンスルフィド、ポリアリルエーテルケトン、ポリアミドイミド、液晶性ポリエステル、液晶性ポリエステルアミド等の、耐熱性樹脂の1種以上を含む樹脂が挙げられる。
本組成物は、基材の表面に付与して乾燥することで、摺動被膜としてのF層を形成させるために好適に用いられる。
【0070】
本組成物を基材の表面に付与する方法としては、基材の表面に本組成物からなる安定した液状被膜(ウェット膜)が形成される方法であればよく、塗布法、液滴吐出法、浸漬法が挙げられ、塗布法が好ましい。塗布法を用いれば、簡単な設備で効率よく基材の表面に液状被膜を形成できる。
塗布法としては、スプレー法、ロールコート法、スピンコート法、グラビアコート法、マイクログラビアコート法、グラビアオフセット法、ナイフコート法、キスコート法、バーコート法、ダイコート法、ファウンテンメイヤーバー法、スロットダイコート法が挙げられる。
【0071】
液状被膜を乾燥する際は、液状被膜を液状分散媒が揮発する温度で加熱し、乾燥被膜を樹脂フィルムの表面に形成する。かかる乾燥における加熱の温度は、100℃~200℃が好ましい。なお、液状分散媒を除去する工程で空気を吹き付けてもよい。
乾燥時に、液状分散媒は、必ずしも完全に揮発させる必要はなく、保持後の層形状が安定し、自立膜を維持できる程度まで揮発させればよい。
【0072】
Fポリマーの焼成の際は、Fポリマーの溶融温度以上の温度で乾燥被膜を加熱するのが好ましい。かかる加熱の温度は380℃以下が好ましい。
それぞれの加熱の方法としては、オーブンを用いる方法、通風乾燥炉を用いる方法、赤外線等の熱線を照射する方法が挙げられる。加熱は、常圧下及び減圧下のいずれの状態で行ってもよい。また、加熱雰囲気は、酸化性ガス雰囲気(酸素ガス等)、還元性ガス雰囲気(水素ガス等)、不活性ガス雰囲気(ヘリウムガス、ネオンガス、アルゴンガス、窒素ガス等)のいずれであってもよい。
加熱時間は0.1~30分間が好ましく、0.5~20分間がより好ましい。
以上のような条件で加熱すれば、高い生産性を維持しつつ、F層を好適に形成できる。
【0073】
F層の厚さは1~1000μmが好ましい。F層の厚さは10μm以上がより好ましく、50μm以上がより好ましい。F層の厚さは500μm以下がより好ましい。
F層と基材層との剥離強度は、10N/cm以上が好ましく、15N/cm以上がより好ましい。上記剥離強度は、100N/cm以下が好ましい。本組成物を用いれば、F層におけるFポリマーの物性を損なわずに、F層を容易に形成できる。
【0074】
ここで、基材の最表面は、そのF層との接着性を一層向上させるために、さらに表面処理されてもよい。
表面処理の方法としては、アニール処理、コロナ処理、プラズマ処理、オゾン処理、エキシマ処理、シランカップリング処理が挙げられる。
アニール処理における条件は、温度を120~180℃とし、圧力を0.005~0.015MPaとし、時間を30~120分間とするのが好ましい。
プラズマ処理に用いるガスとしては、酸素ガス、窒素ガス、希ガス(アルゴン等)、水素ガス、アンモニアガス、酢酸ビニルが挙げられる。これらのガスは、1種を使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0075】
基材と、前記基材の表面に設けられ、本組成物から形成された摺動被膜(F層)とを有摺動部材は、バルブ、ベアリング、ブッシュ、シール、スラストワッシャ、ウェアリング、ピストン、スライドスイッチ、歯車、カム、ベルトコンベア、食品搬送用ベルト、荷重軸受、家庭用又は車載用エアコンのスクロールコンプレッサにおけるころがり軸受やすべり軸受、荷重軸受、風力発電機のナセルを旋回自在に支持するヨー軸受、等の各種摺動部に有効に適用できる。
【0076】
以上、本液状組成物について説明したが、本発明は、前述した実施形態の構成に限定されない。例えば、本液状組成物は、上記実施形態の構成において、他の任意の構成を追加してもよいし、同様の機能を発揮する任意の構成と置換されていてよい。
【実施例0077】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
1.各成分の詳細
[F粒子]
溶融F粒子1:TFE単位、NAH単位及びPPVE単位を、この順に97.9モル%、0.1モル%、2.0モル%含み、カルボニル基含有基を主鎖炭素数1×10個あたり1000個有するポリマー(溶融温度:300℃)からなる粒子(D50:2.0μm)
溶融F粒子2:TFE単位及びPPVE単位を、この順に98.0モル%、2.0モル%含む、官能基を有さないポリマー(溶融温度:300℃)からなる粒子(D50:6μm)
非溶融F粒子3:非熱溶融性のPTFEからなる粒子(D50:6μm)
[摩耗調整剤]
摩耗調整剤1:球状化黒鉛(D50:40μm)
[イミド系樹脂]
ワニス1:水溶性の芳香族ポリアミドイミド樹脂の前駆体(PAI1)とN-メチル-2-ピロリドン(NMP)と水とを含むワニス
[界面活性剤]
界面活性剤1:ポリオキシエチレングリコールモノアルキルエーテル
【0078】
2.液状組成物の製造例
[例1-1]
水に、界面活性剤1とワニス1とを添加して混合し、撹拌して組成物を調製した。組成物に、溶融F粒子1と摩耗調整剤1とを添加し、ホモディスパーで5000rpmにて10分間撹拌し、溶融F粒子1(40質量部)、摩耗調整剤1(10質量部)、PAI1(20質量部)、界面活性剤1(2質量部)、NMP(25質量部)、水(125質量部)とを含む液状組成物1(粘度:2000mPa・s)を得た。
【0079】
[例1-2]~[例1-5]
F粒子、摩耗調整剤及びワニスの種類または量を、表1に示す通り変更した以外は例1-1と同様にして液状組成物2~5を得た。それぞれの液状組成物の粘度を表1に示す。
【0080】
【表1】
【0081】
3.液状組成物の評価
それぞれの液状組成物について以下の評価を行った。
3-1.沈降性
それぞれの液状組成物を24時間静置したのち、内容物の沈降を目視で観察し、下記の基準に従って、沈降性を評価した。
[評価基準]
〇:粒子の沈降が見られない。
×:粒子の沈降が見られる。
3-2.凝集性
それぞれの液状組成物を100メッシュのステンレス網に通し、下記の基準に従って、凝集性を評価した。
[評価基準]
〇:メッシュが詰まらずに液が通る。
×:メッシュが詰まって液が通らない。
【0082】
4.摺動被膜の評価
4-1.外観
ステンレス板(幅:30mm、長さ:10mm、厚さ:1mm)を液状組成物1に浸し、1mm/分の速度で引き上げ、ステンレス板の表面にウェット膜を形成した。次いで、このウェット膜が形成されたステンレス板を100℃のオーブンにて大気圧下で5分間加熱して乾燥し、ドライ膜を形成した。その後、350℃のオーブンにて、大気圧下で10分加熱した。これにより、ステンレス板と、その表面に溶融F粒子1とPAI1の焼成物と、摩耗調整剤1とを含む摺動被膜(厚さ:100μm)を有する試験片1を得た。
液状組成物1を液状組成物2~5に変更した以外は、試験片1と同様にして、試験片2~5を得た。
それぞれの試験片における摺動被膜の表面を目視で観察し、下記の基準に従って外観を評価した。
[評価基準]
〇:摺動被膜に、ムラ、はがれ、凝集が見られない。
△:摺動被膜の一部に、ムラ、はがれ、凝集のいずれかが見られる。
×:摺動被膜の全体に、ムラ、はがれ、凝集のいずれかが見られる。
【0083】
4-2.密着性
それぞれの試験片について、JIS K 5600-5-6:1999(ISO2409:1992)に準拠して100マスの碁盤目試験を行い、下記の基準に従って、密着性を評価した。
[評価基準]
〇:摺動被膜の剥がれがない。
△:摺動被膜の剥がれが1か所以上4か所以下存在する。
×:摺動被膜の剥がれが5か所以上存在する。
各評価結果を表2にまとめて示す。
【0084】
【表2】
【0085】
[例1-6]
非熱溶融性のポリテトラフルオロエチレンの粒子(D50:0.3μm)の水分散液に、界面活性剤1、ワニス1、溶融F粒子1及び摩耗調整剤1を添加して、前記ポリテトラフルオロエチレンの粒子(15質量部)、溶融F粒子1(25質量部)、摩耗調整剤1(10質量部)、PAI1(20質量部)、界面活性剤1(2質量部)、NMP(25質量部)及び水(125質量部)を含む液状組成物6(粘度:3000mPa・s)を得た。液状組成物6の物性(沈降性、凝集性)は液状組成物1と同等であった。また、液状組成物6から形成される摺動被膜の物性(外観、密着性)も液状組成物1から形成される摺動被膜の物性と同等であった。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明の液状組成物は分散安定性及び塗工性に優れ、低摩擦性、耐熱性等の物性に優れると共に高摺動性を備え、さらに部材との密着性及び摩耗耐久性に優れる摺動被膜を形成できる。したがって、本発明の液状組成物は、軸受等に代表される各種摺動部材の、摺動被膜形成用の構成材料として有用である。