(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022141308
(43)【公開日】2022-09-29
(54)【発明の名称】放電電圧の計算方法、置換元素の選択方法、電池正極材
(51)【国際特許分類】
H01M 4/485 20100101AFI20220921BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20220921BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20220921BHJP
【FI】
H01M4/485
H01M4/525
C01G53/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021041539
(22)【出願日】2021-03-15
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】吉尾 里司
(72)【発明者】
【氏名】前園 涼
(72)【発明者】
【氏名】本郷 研太
【テーマコード(参考)】
4G048
5H050
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AC06
4G048AD06
5H050AA02
5H050BA17
5H050CA07
5H050CA08
5H050CA09
5H050HA18
(57)【要約】 (修正有)
【課題】候補となる元素で置換した際の放電電圧を算出できる放電電圧の計算方法の提供。
【解決手段】一般式AM
xO
y(元素AはLi、Na、K、Rb、Cs、Mgから選択された1種類以上の元素、元素Mは遷移金属元素から選択された1種類以上の元素)であらわされる電池正極材の母材を決定する母材決定工程と、前記母材が含有する元素の少なくとも一部を予め選択した置換元素で置換した構造である置換構造を作成する置換構造作成工程と、置換構造において、元素Aが欠損した構造である欠損構造を作成する欠損構造作成工程と、欠損構造のエネルギーを算出する第1エネルギー算出工程と、第1エネルギー算出工程で算出したエネルギーから、元素Aの含有量毎のエネルギーを算出する第2エネルギー算出工程と、第2エネルギー算出工程で算出したエネルギーをもとに、元素Aの含有量毎の放電電圧を算出する放電電圧算出工程と、を有する放電電圧の計算方法。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式AMxOy(元素AはLi、Na、K、Rb、Cs、Mgから選択された1種類以上の元素、元素Mは遷移金属元素から選択された1種類以上の元素)であらわされる電池正極材の母材を決定する母材決定工程と、
前記母材が含有する元素の少なくとも一部を予め選択した置換元素で置換した構造である置換構造を作成する置換構造作成工程と、
前記置換構造において、前記元素Aが欠損した構造である欠損構造を作成する欠損構造作成工程と、
前記欠損構造のエネルギーを算出する第1エネルギー算出工程と、
前記第1エネルギー算出工程で算出したエネルギーから、前記元素Aの含有量毎のエネルギーを算出する第2エネルギー算出工程と、
前記第2エネルギー算出工程で算出したエネルギーをもとに、前記元素Aの含有量毎の放電電圧を算出する放電電圧算出工程と、を有する放電電圧の計算方法。
【請求項2】
前記元素AがLiである請求項1に記載の放電電圧の計算方法。
【請求項3】
前記第1エネルギー算出工程において、前記欠損構造作成工程で作成した前記欠損構造から選択した一部の構造である、第1欠損構造についてエネルギーの算出を行い、
前記第1欠損構造のうち、前記元素Aの欠損割合が30%未満の構造と、前記元素Aの欠損割合が70%より多い構造との合計が占める割合が、前記元素Aの欠損割合が30%以上70%以下の構造が占める割合よりも大きい請求項1または請求項2に記載の放電電圧の計算方法。
【請求項4】
前記第1エネルギー算出工程は、
一部の前記欠損構造について第一原理計算によりエネルギーを算出する計算工程と、
前記計算工程で得られた結果を用いて、残部の前記欠損構造のエネルギーを推定する推定工程と、を有する請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の放電電圧の計算方法。
【請求項5】
一般式AMxOy(元素AはLi、Na、K、Rb、Cs、Mgから選択された1種類以上の元素、元素Mは遷移金属元素から選択された1種類以上の元素)であらわされる電池正極材の母材を置換する置換元素の選択方法であって、
前記置換元素の候補となる元素である候補元素を選択する候補元素選択工程と、
前記母材が含有する元素の少なくとも一部を前記候補元素により置換した場合の、放電電圧を算出する放電電圧算出工程と、
前記放電電圧算出工程で算出した放電電圧に基づいて、前記候補元素の中から前記置換元素を選択する選択工程と、を有し、
前記放電電圧算出工程では、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の放電電圧の計算方法により、前記放電電圧を算出する置換元素の選択方法。
【請求項6】
前記選択工程において、
他の前記候補元素と比較して、前記母材の充放電領域において、充電状態における前記放電電圧が高い前記候補元素、または放電状態における前記放電電圧が低い前記候補元素を、前記置換元素として選択する請求項5に記載の置換元素の選択方法。
【請求項7】
前記元素AがLi、前記元素MがNiであり、かつ前記元素Mの一部が請求項5または請求項6に記載の置換元素の選択方法により選択された置換元素により置換された電池正極材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放電電圧の計算方法、置換元素の選択方法、電池正極材に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯型の電子機器や、電気自動車、ハイブリッド自動車等の普及に伴い、二次電池や、該二次電池に用いる正極材料等について各種検討が進められている。
【0003】
二次電池としては、近年リチウムイオン二次電池が注目されている。リチウムイオン二次電池は正極、負極、および電解質、セパレータなどから構成される。正極材料としてはLiCoO2やLiNiO2などが用いられている。中でもLiNiO2はエネルギー密度が高いため、有望な材料である(特許文献1参照)。
【0004】
二次電池については、さらなる高容量化や高エネルギー密度化等の高性能化が求められている。二次電池をさらに高性能化するための材料の設計方法として、例えばリチウムイオン二次電池の場合、従来から用いられているLiNiO2やLiMn2O4などをベースとして、その元素の一部を他の元素により元素置換する方法が考えられている。特に近年、実用上も複数の置換元素で置換することにより特性の最適化が行われている。
【0005】
置換元素について探索を行う場合、置換元素の候補数が多く、組み合わせて用いる場合にはさらに候補数が多くなることから、実験的な手法では、非常に多くの労力とコストを要する。そこで、実際に合成を行う前に、第一原理計算などにより予め好ましい置換元素や置換元素の組み合わせを選定した上で合成を行うことが望ましい。
【0006】
そこで、第一原理計算を用いた置換元素の選択方法として、例えば特許文献2には、サイクル特性を向上することが可能な置換元素を効率的に選択することができる置換元素の選択方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005-187326号公報
【特許文献2】特開2016-091633号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、近年では二次電池について放電特性の向上も求められている。このため、候補となる元素で置換した際の放電電圧を算出できる放電電圧の計算方法が求められている。
【0009】
しかしながら、サイクル特性に優れた置換元素の探索方法については、特許文献2などの報告があるが、放電電圧に着目した計算方法については知られていなかった。
【0010】
そこで上記従来技術が有する問題に鑑み、本発明の一側面では、候補となる元素で置換した際の放電電圧を計算できる放電電圧の計算方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため本発明の一態様によれば、
一般式AMxOy(元素AはLi、Na、K、Rb、Cs、Mgから選択された1種類以上の元素、元素Mは遷移金属元素から選択された1種類以上の元素)であらわされる電池正極材の母材を決定する母材決定工程と、
前記母材が含有する元素の少なくとも一部を予め選択した置換元素で置換した構造である置換構造を作成する置換構造作成工程と、
前記置換構造において、前記元素Aが欠損した構造である欠損構造を作成する欠損構造作成工程と、
前記欠損構造のエネルギーを算出する第1エネルギー算出工程と、
前記第1エネルギー算出工程で算出したエネルギーから、前記元素Aの含有量毎のエネルギーを算出する第2エネルギー算出工程と、
前記第2エネルギー算出工程で算出したエネルギーをもとに、前記元素Aの含有量毎の放電電圧を算出する放電電圧算出工程と、を有する放電電圧の計算方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一態様によれば、候補となる元素で置換した際の放電電圧を計算できる放電電圧の計算方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】母材がLiNiO
2の場合の結晶構造の説明図。
【
図2】母材であるLiNiO
2のNiの一部をAlで置換した場合の置換構造、および欠損構造の説明図。
【
図3】元素Aの含有量毎にプロットした、各欠損構造のエネルギーの説明図。
【
図4】実施例1で求めた放電プロファイルの説明図。
【
図5】本開示の一態様に係る置換元素の選択方法の放電電圧算出工程において算出した、Li量が0.15の時の、候補元素と、放電電圧との関係の説明図。
【
図6】実施例1において求めた、各Li含有量において、最もエネルギーが小さくなる構造の説明図。
【
図7】実施例2において求めた、元素Aの含有量毎のエネルギーの説明図。
【
図8】実施例2において求めた、放電プロファイルの説明図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態について説明するが、本発明は、下記の実施形態に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形および置換を加えることができる。
[放電電圧の計算方法]
本実施形態の放電電圧の計算方法について説明する。
【0015】
本実施形態の放電電圧の計算方法は、以下の母材決定工程、置換構造作成工程、欠損構造作成工程、第1エネルギー算出工程、第2エネルギー算出工程、および放電電圧算出工程を有することができる。
【0016】
母材決定工程は、一般式AMxOy(元素AはLi、Na、K、Rb、Cs、Mgから選択された1種類以上の元素、元素Mは遷移金属元素から選択された1種類以上の元素)であらわされる電池正極材の母材を決定できる。
【0017】
置換構造作成工程は、母材が含有する元素の少なくとも一部を予め選択した置換元素で置換した構造である置換構造を作成できる。
【0018】
欠損構造作成工程は、置換構造において、元素Aが欠損した構造である欠損構造を作成できる。
【0019】
第1エネルギー算出工程は、上記欠損構造のエネルギーを算出できる。
【0020】
第2エネルギー算出工程は、第1エネルギー算出工程で算出したエネルギーから、元素Aの含有量毎のエネルギーを算出できる。
【0021】
放電電圧算出工程は、第2エネルギー算出工程で算出したエネルギーをもとに、元素Aの含有量毎の放電電圧を算出できる。
【0022】
以下、各工程について説明する。
(1)母材決定工程
母材決定工程では、置換元素の候補となる元素により、一部の元素を置換する母材を決定できる。
【0023】
母材となる化合物は、一般式AMxOyであらわされる。
【0024】
元素Aは、二次電池においてキャリアとなる元素である。本実施形態の放電電圧の計算方法では、例えば、リチウムイオン電池や、マグネシウムイオン電池等に用いる電池正極材の場合の放電電圧を計算できることから、元素Aは、例えばLi(リチウム)、Na(ナトリウム)、K(カリウム)、Rb(ルビジウム)、Cs(セシウム)、Mg(マグネシウム)から選択された1種類以上の元素とすることができる。ただし、既述のように、近年では二次電池としてリチウムイオン二次電池が注目されており、元素AはLiであることが好ましい。
【0025】
元素Mは特に限定されないが、例えば遷移金属元素から選択された1種類以上の元素とすることができる。
【0026】
Oは酸素を表している。
【0027】
上記一般式中のx、yは、母材の構造により選択できるものであり、特に限定されない任意の数値とすることができる。
【0028】
母材となる上記一般式AMxOyであらわされる化合物としては、具体的には例えばLiNiO2、LiMn2O4、LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2などを選択できる。すなわち、LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2のように母材の時点で、複数の遷移金属元素を含有していても良く、例えばLiNiO2のNiの一部をCoとAlで予め置換した化合物を母材としても良い。
(2)置換構造作成工程
置換構造作成工程では、母材が含有する元素の少なくとも一部を予め選択した置換元素で置換した構造である置換構造を作成できる。
【0029】
置換元素により置換する元素は特に限定されず、母材を構成する任意の元素を置換できる。このため、例えば元素AとしてLiを選択した場合に、LiをNaで置換したり、母材の酸素をS(硫黄)で置換したりすることもできる。すなわち、元素A、元素M、酸素から選択された1種類以上の元素を、予め選択した置換元素で置換できる。なお、置換元素による置換の程度は特に限定されず、任意の置換割合とすることができる。
【0030】
置換構造は、例えば母材選択工程で選択した母材となる化合物の元素の一部を置換元素で置換した構造とすることができる。具体的には母材となる化合物の結晶構造の元素の一部を置換元素で置換し、置換構造を作成できる。
【0031】
例えば
図1に示したLi原子11を12個含むLi
12Ni
12O
24のスーパーセルを用いた構造を母材の結晶構造とする。
図1に示したLiNiO
2の結晶構造10は、Li原子11、Ni原子12、O原子13を有しており、同じ元素には同じハッチングを付している。以下の他の結晶構造の図でも同様である。
【0032】
そして、例えば
図1に示した結晶構造において、元素MであるNi原子12を、置換元素であるAlで置換し、
図2(A)に示す置換構造20であるLi
12Ni
11AlO
24を作成できる。
図2(A)に示した置換構造20では、
図1と同様に、Li原子11、Ni原子12、O原子13を有しており、1つのNi原子が、Al原子14により置換されている。
【0033】
微量置換を想定する場合、置換元素間の相互作用が無いようにある程度大きいセルを用いることが望ましいが、大きいスーパーセルは計算コストが高いため、置換構造は、40原子から60原子程度とすることが好ましい。
【0034】
置換構造を作成する際に用いる母材の結晶構造の作成方法は特に限定されないが、例えば実験的に求めた、もしくは文献等に開示されている、母材となる化合物の結晶構造に基づいて各原子の原子配置を設定し、母材の結晶構造とすることができる。そして、母材の結晶構造の一部の元素について、予め選択した置換元素により、予め選択した置換割合となるように置換し、置換構造を作成できる。
(3)欠損構造作成工程
欠損構造作成工程では、置換構造において、元素Aが欠損した構造である欠損構造を作成できる。既述のように、元素Aはキャリアである。このため、該電池正極材を用いた二次電池を充電する際、結晶構造から元素Aが抜け、放電する際元素Aが再度構造内に充填される。このため、元素Aが欠損した構造は、該電池正極材を用いた二次電池を充放電する際の状態を示している。
【0035】
欠損構造作成工程では、元素Aの欠損量や、結晶構造中の欠損する元素Aを変えながら、網羅的に欠損構造を作成できる。
【0036】
例えば、上記置換構造作成工程において、LiNiO2のNiの一部をAlで置換したLi12Ni11AlO24の置換構造を作成した場合、係る置換構造をベースに、Liの欠損量や、結晶構造中の欠損するLiが異なるLixNi11AlO24を網羅的に作成できる。
【0037】
この場合、Liが欠損した欠損構造であるLixNi11AlO24の全ての構造数は536構造となる。この時、作成したLi12Ni11AlO24をベースとしない別の手法で作成したLixNi11AlO24の構造も追加することができる。
【0038】
例えば
図2(A)に示した置換構造20において、元素AであるLi原子11が欠損した構造である欠損構造として、
図2(B)~
図2(D)に示した様な欠損構造21~欠損構造23を作成できる。欠損構造21~欠損構造23においては、Liが欠損し、空孔15が形成されている。
【0039】
なお、
図2(A)に示した置換構造20の欠損構造としては、
図2(B)~
図2(D)の場合と同様に、Li原子11の欠損量や、欠損するLi原子を変えながら、全部で536構造作成できる。
(4)第1エネルギー算出工程
第1エネルギー算出工程では、上記欠損構造のエネルギーを算出できる。
【0040】
第1エネルギー算出工程では、欠損構造のエネルギーを第一原理計算により求めることができる。エネルギー算出工程で第一原理計算を用いる場合、その計算手法は特に限定されない。第一原理計算手法としては例えば平面波基底を用いた密度汎関数理論を用いることができる。
【0041】
なお、既述のように、欠損構造作成工程では、元素Aの欠損量や、結晶構造中の欠損する元素Aを変えながら網羅的に欠損構造を作成している。
【0042】
このため、第1エネルギー算出工程では、欠損構造作成工程で作成した全ての欠損構造についてエネルギーを求めてもいいが、計算コストを抑制する観点から、欠損構造作成工程で作成した一部の欠損構造についてのみエネルギーを求め、残部の欠損構造については、エネルギーの算出を省略することもできる。
【0043】
省略する方法としては、特定のクラスター結合をもつ構造を優先的に計算する方法や、特定のクラスター結合をもつ構造を優先的に除外する方法を用いることができる。例えば、元素Aの欠損量が少ない構造、元素Aの欠損量が多い構造は重点的に計算することが好ましい。
【0044】
そこで、例えば、第1エネルギー算出工程において、欠損構造作成工程で作成した欠損構造から選択した一部の構造である、第1欠損構造についてエネルギーの算出を行うことができる。上記第1欠損構造は、第1欠損構造のうち、元素Aの欠損割合が30%未満の構造と、元素Aの欠損割合が70%より多い構造との合計が占める割合が、元素Aの欠損割合が30%以上70%以下の構造が占める割合よりも大きいことが好ましい。
【0045】
放電電圧を求めるためには、充電時と放電時のエネルギーが特に重要となる。このため、上記のように、充電状態近傍、および放電状態近傍の欠損構造のエネルギーを重点的に算出することで放電電圧を求める際の計算コストを抑制できる。
【0046】
また、一部の欠損構造について、第一原理計算を用いてエネルギーを計算したのち、算出したエネルギーを参照系としてクラスター展開法、機械学習などの方法によって、計算を行っていない欠損構造のエネルギーを補間、推定して求めることもできる。
【0047】
すなわち、第1エネルギー算出工程は、一部の欠損構造について第一原理計算によりエネルギーを算出する計算工程と、計算工程で得られた結果を用いて、残部の欠損構造のエネルギーを推定する推定工程と、を有することもできる。
(5)第2エネルギー算出工程
第2エネルギー算出工程では、第1エネルギー算出工程で算出したエネルギーから、元素Aの含有量毎のエネルギーを算出できる。
【0048】
第2エネルギー算出工程では、例えば横軸に元素Aの含有量、縦軸にエネルギーとして欠損構造のエネルギーをプロットした図を作成できる。
【0049】
そして、例えば元素Aの含有量毎に、最小値となるエネルギーを元素Aの含有量毎のエネルギーとすることができる。すなわち、
図3(A)、
図3(B)において、最小エネルギー曲線31、32として示した、凸包と呼ばれる最小値を結ぶエネルギーを、元素Aの含有量毎のエネルギーとして採用することができる。
【0050】
元素Aの含有量毎のエネルギーは、最小値を結ぶエネルギーを採用する場合に限定されず、例えば温度揺らぎを考慮し、最小値から予め定めた値分だけ高エネルギーにずらしたエネルギーを採用することや、温度に応じて確率的に高エネルギー状態を採用した上で、平均エネルギーを採用する手法などを用いることもできる。
【0051】
図3(A)に、Li
12Ni
11AlO
24について、元素Aの含有量、すなわちLi量毎に、既述の欠損構造作成工程、第1エネルギー算出工程で算出した、各欠損構造のエネルギーをプロットした図を示す。
【0052】
また、
図3(B)に、
図3(A)におけるLi量が0または1.0の場合に、エネルギーが0になるように、各エネルギーを補正し、プロットした図を示す。
図3(B)を作成する際のエネルギーの補正は、以下のようにして行った。
【0053】
図3(A)におけるLi量が0の点33と、Li量が1.0の点34とを結ぶ直線の式をまず求めた。次いで、
図3(A)中の各欠損構造のエネルギーについて、該欠損構造のLi量に応じて、上記直線の式により求められるエネルギーを差し引いて補正を行った。
【0054】
図3(A)、
図3(B)においては、例えば上述のように、最小エネルギー曲線31、32により求められるエネルギーを、各元素A、すなわちLiの含有量毎のエネルギーとすることができる。
(6)放電電圧算出工程
放電電圧算出工程では、第2エネルギー算出工程で算出したエネルギーをもとに、元素Aの含有量毎の放電電圧を算出できる。
【0055】
具体的には、置換構造における元素Aの再充填によるエンタルピー変化を全て電池の放電電圧として、電池外に取り出せるとすると、元素AがLiの場合、以下の式(1)を用いて放電電圧を計算できる。なお、元素AがLi以外の元素の場合、式中のLiを、該元素Aに変更し、計算できる。
【0056】
式(1)内のE(LixMO2)、E(Lix-aMO2)、E(Li)は各状態のエネルギーを示す。
【0057】
【数1】
放電電圧算出工程において、放電電圧を算出する際、エントロピー効果などの効果を取り込み、最終結果としても良く、計算値と実測値との誤差を補正する換算を用いても良い。
【0058】
以上のようにして、置換構造の放電プロファイルを得ることができる。
【0059】
図4に、置換構造としてLi
12Ni
11AlO
24を用い、算出した放電プロファイルを示す。
【0060】
以上に説明した本実施形態の放電電圧の計算方法によれば、第一原理計算を用い、母材の元素の一部を置換元素で置換した際の放電電圧を計算できる。このため、例えば複数の候補となる置換元素について、同様に放電プロファイルを計算し、比較することで、最適な置換元素を選択する等ができる。
[置換元素の選択方法]
次に、本実施形態の置換元素の選択方法について説明する。
【0061】
本実施形態の置換元素の選択方法は、一般式AMxOy(元素AはLi、Na、K、Rb、Cs、Mgから選択された1種類以上の元素、元素Mは遷移金属元素から選択された1種類以上の元素)であらわされる電池正極材の母材を置換する置換元素の選択方法に関する。本実施形態の置換元素の選択方法は、以下の候補元素選択工程と、放電電圧算出工程と、選択工程と、を有することができる。
【0062】
候補元素選択工程では、置換元素の候補となる元素である候補元素を選択できる。
【0063】
放電電圧算出工程では、母材が含有する元素の少なくとも一部を候補元素により置換した場合の、放電電圧を算出できる。なお、放電電圧算出工程では、既述の放電電圧の計算方法により、放電電圧を算出することが好ましい。
【0064】
選択工程では、放電電圧算出工程で算出した放電電圧に基づいて、置換元素を選択できる。
【0065】
以下、各工程について説明する。
(1)候補元素選択工程
候補元素選択工程では、置換元素の候補となる元素である候補元素を選択できる。
【0066】
置換元素により置換する、母材の元素は特に限定されず、母材を構成する任意の元素を置換できる。このため、例えば一般式AMxOyで表される母材の元素A、元素M、O(酸素)から選択された1以上の元素を置換する候補となる元素を候補元素として選択できる。
【0067】
候補元素は1個でもよく、複数個であっても良いが、候補元素を複数個設定し、後述する選択工程で、最も好ましい候補元素を置換元素として選択することが好ましいことから、候補元素は複数個設定することが好ましい。
【0068】
なお、同時に2種類以上の元素で、母材の元素を置換することもできるため、候補元素は2種類以上の元素の組み合わせにより構成することもできる。この場合も、候補元素は、2種類以上の元素の組み合わせが1組であってもよく、複数組であってもよい。
(2)放電電圧算出工程
放電電圧算出工程では、母材が含有する元素の少なくとも一部を候補元素により置換した場合の、放電電圧を算出できる。放電電圧算出工程では、既述の放電電圧の計算方法により、放電電圧を算出できる。
【0069】
候補元素選択工程において、複数個、もしくは複数組の候補元素を選択した場合には、各候補元素について、放電電圧を算出することになる。
【0070】
計算の方法については既に説明したため、ここでは説明を省略する。
(3)選択工程
選択工程では、放電電圧算出工程で算出した放電電圧に基づいて、候補元素の中から置換元素を選択できる。
【0071】
選択工程で、置換元素を選択する基準は特に限定されず、電池に要求される特性等に応じて選択できる。
【0072】
例えば候補元素で置換した電池正極材について、元素Aの含有量が所定の値の際の放電電圧を比較し、置換元素を選択できる。
【0073】
より具体的には例えば、他の候補元素と比較して、置換前の母材の充放電領域において、充電状態における放電電圧が低い候補元素、または放電状態における放電電圧が高い候補元素を、置換元素として選択できる。
【0074】
上記母材の充放電領域とは、母材を電池に適用した際の、充放電時に元素Aの含有量が変化する領域を意味している。すなわち、充電時の最大電圧である充電限界における元素Aの含有量と、放電時の最小電圧である放電限界における元素Aの含有量との間の領域を意味する。
【0075】
このため、候補元素のうち、例えば母材の充電時の最大電圧の場合と元素Aの含有量が同じ状態での放電電圧が低い候補元素を置換元素として好適に選択できる。また、候補元素のうち、例えば母材の放電時の最小電圧の場合と元素Aの含有量が同じ状態での放電電圧が高い候補元素を、置換元素として好適に選択できる。
【0076】
なお、母材の充電時の最大電圧の場合、または放電時の最小電圧の場合と元素Aの含有量が同じ状態としては、元素Aの含有量が完全に一致した条件を用いる必要は無い。例えば母材の充電時の最大電圧の場合、または放電時の最小電圧の場合の元素Aの含有量を基準として±10%以内の範囲から選択してもよい。
【0077】
具体的には例えば、元素Aの含有量が0.7より大きい場合、例えば0.85における放電電圧が高くなるような候補元素や、元素Aの含有量が0.3より小さい場合、例えば0.15における放電電圧が低くなるような候補元素を置換元素として選択できる。
【0078】
なお、元素Aの含有量が0.85、0.15等とは、既述の母材の一般式からも明らかなように、欠損を生じる前の置換構造における元素Aの含有量を1とした場合の含有量を示している。
【0079】
また、選択工程では、置換前の母材を基準として選択してもよい。例えば置換を行っていない母材と比較して、母材の充電時の最大電圧の場合と元素Aの含有量が同じ状態での放電電圧が低い候補元素、または母材の放電時の最小電圧の場合と元素Aの含有量が同じ状態での放電電圧が高い候補元素を置換元素として選択してもよい。
【0080】
選択工程では、元素Aの含有量が所定の領域での平均放電電圧が高くなる候補元素を置換元素として選択してもよい。具体的には例えば、元素Aの含有量xが、0<x<0.25での平均放電電圧が高くなる候補元素を置換元素として選択してもよい。また、元素Aの含有量xが、例えばx<0.75の範囲での平均放電電圧が高くなる候補元素を置換元素として選択する方法や、電圧のカットオフを決めて、カットオフ電圧までの電圧の積分値が大きくなる候補元素を置換元素として選択する方法などを用いることができる。
【0081】
選択工程で置換元素を選択する際、置換元素として選択する候補元素の数は特に限定されず、例えば予め定めた数の候補元素を置換元素として選択できる。
【0082】
以上に説明した本実施形態の置換元素の選択方法によれば、第一原理計算を用い、母材の元素の一部を置換元素で置換した際の放電電圧を計算できる。このため、例えば複数の候補となる置換元素について、同様に放電プロファイルを計算し、比較することで、効率的に目的とする放電特性とすることが可能な置換元素を選択できる。
[電池正極材]
本実施形態の電池正極材について説明する。本実施形態の電池正極材は、元素AがLi、元素MがNiであり、かつ元素Mの一部が既述の置換元素の選択方法により選択された置換元素により置換されている。
【0083】
図5に、既述の置換元素の選択方法の放電電圧算出工程で求めた、LiNiO
2のNiを、物質量の割合で8%、
図5中の横軸に示した各候補元素により置換し、Li量を0.15とした場合の放電電圧の計算結果を示す。本発明の発明者の検討によれば、
図5に示した結果から、既述の置換元素の選択方法により、LiNiO
2におけるNiの一部を、Pt、Pdから選択された1種類以上の元素により置換することで、放電電圧がrefとして示した母材よりも低くなることが確認できた。このように充電末期の電圧が母材の場合よりも低下することで、充放電に寄与するLi量が多くなることから、LiNiO
2のNiの一部を置換する置換元素としてPt、Pdから選択された1種類以上を好適に用いることができ、置換元素として選択した。
【0084】
本実施形態の電池正極材は、上記置換元素によりLiNiO2のNiの一部を置換した点以外は、通常の電池正極材の製造方法により製造できる。
【0085】
電池正極材は、例えば、前駆体であるニッケル複合水酸化物や、ニッケル複合酸化物と、リチウム化合物との混合物を酸化性雰囲気中で焼成することで製造できる。
【0086】
そして、前駆体において上記置換元素を添加するか、前駆体とリチウム化合物との混合物に上記置換元素を添加することで、本実施形態の電池正極材を製造できる。
【0087】
具体的には以下のいずれかの方法で本実施形態の電池正極材を製造できる。
【0088】
前駆体であるニッケル複合水酸化物は、例えば晶析法により調製できる。ニッケル複合水酸化物を晶析する際、併せてPt、Pdから選択された1種類以上を含有する化合物を添加することで、ニッケルの一部が、Pt、Pdから選択された1種類以上で置換されたニッケル複合水酸化物を調製できる。そして、前駆体として係るニッケル複合水酸化物を用いることで、本実施形態の電池正極材を製造できる。
【0089】
また、ニッケル複合酸化物は、ニッケル複合水酸化物を焙焼することで調製できる。このため、ニッケル複合水酸化物と、Pt、Pdから選択された1種類以上を含有する化合物とを混合し、焙焼することで、ニッケルの一部をPt、Pdから選択された1種類以上により置換したニッケル複合酸化物とすることもできる。そして、前駆体として係るニッケル複合酸化物を用いることで、本実施形態の電池正極材を製造できる。
【0090】
また、上述のように前駆体であるニッケル複合水酸化物や、ニッケル複合酸化物と、リチウム化合物とを混合する際に、併せてPt、Pdから選択された1種類以上を含有する化合物を添加し、焼成することで、ニッケルの一部が、Pt、Pdから選択された1種類以上で置換された本実施形態の電池正極材を製造することもできる。
【実施例0091】
以下、実施例を参照しながら本発明をより具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
以下の手順により、放電電圧の計算を行った。
(母材決定工程)
母材として、LiNiO
2を用いることにした。
(置換構造作成工程)
置換元素として、予め選択したAl元素を用いることにした。そして、LiNiO
2のNiを物質量の割合で8%、Alで置換した構造を作成した。具体的には、Li
12Ni
12O
24の構造をベースにして、Li
12Ni
11AlO
24の構造を作成した。作成した置換構造20を
図2(A)に示す。
(欠損構造作成工程)
置換構造における、元素AであるLiが欠損した構造を網羅的に作成し、全部で536構造作成した。一部の欠損構造の例である、欠損構造21~欠損構造23を
図2(B)~
図2(D)に示す。
(第1エネルギー算出工程)
欠損構造作成工程で作成した全ての欠損構造について、第一原理計算によりエネルギーを算出した。算出した結果を
図3(A)に示す。
図3(A)に示した結果について、Liの含有量が0または1.0の場合にエネルギーが0となるように各エネルギーを補正した結果を
図3(B)に示す。
【0092】
第一原理計算は、平面波基底第一原理計算ソフトであるVASP(Vienna Ab initio Simulation Package)を用い、平面カットオフは650eV、k点は3×3×1とした。
(第2エネルギー算出工程)
図3(A)、
図3(B)に示した第1エネルギー算出工程で算出したエネルギーから、Liの含有量毎のエネルギーを算出した。
【0093】
具体的には、最もエネルギーが小さくなる場合を、各Li含有量のエネルギーとした。すなわち
図3(A)、
図3(B)における最小エネルギー曲線31、32上の点を各Li含有量におけるエネルギーとした。
【0094】
なお、最もエネルギーが小さくなる構造におけるLiの脱離プロセスを検討したところ、
図6(A)に示したLi
6Ni
11Al
24、
図6(B)に示したLi
3Ni
11AlO
24までは、
図2(A)と比較すると明らかなように、各Li層から均等にLiが脱離することを確認できた。そして、
図6(C)に示したLi
2Ni
11AlO
24ではAlに近いLiが最後まで残ることを確認できた。
【0095】
なお、
図6(A)~
図6(C)において、Li原子11、Ni原子12、O原子13、Al原子14を示しており、同じハッチングは同じ元素を意味する。
(放電電圧算出工程)
第2エネルギー算出工程で算出したエネルギーをもとに、Liの含有量毎の放電電圧を既述の式(1)を用いて算出した。具体的には、
図4に示す放電プロファイルを得た。
[実施例2]
第1エネルギー算出工程で、欠損構造作成工程で作成した欠損構造から選択した一部の構造である第1欠損構造についてのみ、エネルギーの算出を行った。
【0096】
具体的には、欠損構造作成工程で置換構造であるLi12Ni11AlO24について作成した欠損構造のうち、Li含有量が3原子以下、または9原子以上の構造を第1欠損構造とした。すなわち、Liの欠損割合が25%以下、または75%以上の欠損構造を第1欠損構造とした。そして第1欠損構造についてのみ、第一原理計算によりエネルギーを求めた(計算工程)。計算は第1欠損構造である102構造のみについて行った。
【0097】
その結果、
図7(A)に示したデータが得られた。
図7(B)には、
図7(A)に示したデータについてLi量が0、1.0の場合のエネルギーが0となるように補正したデータを示す。そして、
図7(B)に示すように、最小エネルギー曲線71を得ることができた。
【0098】
その後、クラスター展開法を用いて、クラスターのエネルギーをフィッティングにより求めた。クラスター展開法の変数は、Liサイトは(Li,vac)の2状態、Niサイトも(Ni,Al)の2状態とし、2体項クラスターのカットオフ6Å、3体項クラスターのカットオフ6Åとして、各構造を表すクラスター状態を決定した。その後クラスター状態のエネルギーをLASSO回帰により決定した(推定工程)。
図7(B)に示した上記計算結果と、推定工程において残りの構造のエネルギーを推定した結果と、を
図7(C)に示す。
図7(C)には、推定結果を用いて改めて求めた最小エネルギー曲線72も示す。
【0099】
以上の点以外は実施例1と同様にして、102構造の計算結果、または102構造の計算結果と、該計算結果を用いた推定結果とを用いて、Liの含有量毎の放電電圧を算出した。具体的には、
図8に示す放電プロファイルを得た。なお、
図8には、上述のように102構造の計算結果のみを用いて得た放電プロファイルと、102構造の計算結果と、推定結果を用いて得た放電プロファイルとを示す。また、比較のため、実施例1で得た放電プロファイルも合わせて示す。
【0100】
本実施例でも、実施例1と同様の最小エネルギー曲線や、放電プロファイルを得られることを確認できた。すなわち、計算する構造を536構造から102構造に減らし、計算時間を20%まで削減しても精度よく放電電圧を求められることが示された。