(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022014150
(43)【公開日】2022-01-19
(54)【発明の名称】イオン制御バイオデバイスとその製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/553 20060101AFI20220112BHJP
G01N 27/00 20060101ALI20220112BHJP
【FI】
G01N33/553
G01N27/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020116340
(22)【出願日】2020-07-06
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】特許業務法人 志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上野 祐子
(72)【発明者】
【氏名】樫村 吉晃
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 梓
(72)【発明者】
【氏名】山本 暁久
(72)【発明者】
【氏名】田中 求
【テーマコード(参考)】
2G060
【Fターム(参考)】
2G060AA15
2G060AD06
2G060AG15
2G060JA07
(57)【要約】
【課題】正常な向きの膜貫通タンパク質の分布をリアルタイムで確認しながら、界面層へのイオンの流入を制御するイオン制御バイオデバイスを提供する。
【解決手段】本発明のイオン制御バイオデバイス100は、固体基板101と、固体基板101の一方の主面に形成され、グラフェンからなる複数のマイクロ電極を配列させた電極アレイ102と、電極アレイ102と固体基板101の一方の主面の上に形成された界面層103と、界面層103の上に形成され、膜貫通タンパク質Pを貫通させて担持する生体膜104と、を有し、固体基板101側の膜貫通タンパク質Pの一端と、生体膜104との距離をh
1とし、固体基板101と反対側の膜貫通タンパク質Pの他端と、生体膜104との距離をh
2とし、固体基板101と生体膜104との距離をdとしたとき、下記(1)式の関係を満たす。
h
1<d<h
2 (1)
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体基板と、
前記固体基板の一方の主面に形成され、グラフェンからなる複数のマイクロ電極を配列させた電極アレイと、
前記電極アレイとともに前記固体基板の一方の主面を覆うように形成された界面層と、
前記界面層の上に形成され、膜貫通タンパク質を厚み方向に貫通させた状態で担持する生体膜と、を有し、
前記固体基板側に位置する前記膜貫通タンパク質の一端と、前記生体膜との距離をh1とし、
前記固体基板と反対側に位置する前記膜貫通タンパク質の他端と、前記生体膜との距離をh2とし、
前記固体基板と前記生体膜との距離をdとしたとき、下記(1)式の関係を満たすことを特徴とするイオン制御バイオデバイス。
h1<d<h2 (1)
【請求項2】
前記マイクロ電極が、前記生体膜の厚み方向からの平面視において、前記生体膜のうち、膜貫通タンパク質が担持される領域と重ならない領域に形成されていることを特徴とする請求項1に記載のイオン制御バイオデバイス。
【請求項3】
隣接する前記マイクロ電極の幅が、1μm以上100μm以下であることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載のイオン制御バイオデバイス。
【請求項4】
前記界面層の厚みが5nm以上であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のイオン制御バイオデバイス。
【請求項5】
前記界面層が、螺旋状の第一核酸分子、第二核酸分子からなる対の核酸分子を複数有し、前記第一核酸分子の一端が前記固体基板の一方の主面に固定され、前記第二核酸分子の一端が前記生体膜に固定されていることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載のイオン制御バイオデバイス。
【請求項6】
前記生体膜が、複数の脂質分子膜が重なってなり、前記固体基板に最も近い側の前記脂質分子膜に、前記第二核酸分子の一端が固定されていることを特徴とする1~5のいずれか一項に記載のイオン制御バイオデバイス。
【請求項7】
固体基板の一方の主面に、グラフェンからなる複数のマイクロ電極を配列させた電極アレイを形成する電極アレイ形成工程と、
前記マイクロ電極の表面に、前記第一核酸分子を固定するための接着分子を付着させる接着分子付着工程と、
前記マイクロ電極上に、前記接着分子を介して前記第一核酸分子の一端を固定する第一核酸分子固定工程と、
前記第一核酸分子と相補的な配列を有する第二核酸分子が結合している複数の第一脂質分子、および前記第二核酸分子が結合していない複数の第二脂質分子からなる第一脂質分子膜を形成する第一脂質分子膜形成工程と、
前記第一核酸分子と前記第二核酸分子とを反応させ、両核酸分子の対からなる界面層を形成する界面層形成工程と、
前記第二核酸分子が結合していない複数の第二脂質分子のみからなる第二脂質分子膜を、第一脂質分子膜上に形成する第二脂質分子膜形成工程と、を有し、
前記生体膜に、膜貫通タンパク質を厚み方向に貫通させた状態で担持させた際に、
前記固体基板側に位置する前記膜貫通タンパク質の一端と、前記生体膜との距離をh1とし、前記固体基板と反対側に位置する前記膜貫通タンパク質の他端と、前記生体膜との距離をh2とし、前記固体基板と前記生体膜との距離をdとしたとき、
下記(2)式の関係を満たすように、形成する前記界面層の厚みを調整することを特徴とするイオン制御バイオデバイスの製造方法。
h1<d<h2 (2)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン制御バイオデバイスとその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微小なマイクロチップの表面で、人工生体膜中における膜タンパク質の動作を調べるセンサデバイスや、膜タンパク質の機能を利用するためのバイオデバイス等のマイクロデバイスの研究が、精力的に行われている。マイクロデバイスの作製には、マイクロチップの固体表面に人工生体膜を配置し、この生体膜中に、膜タンパク質を機能が維持された状態で担持することが必要となる。人工生体膜としては、自然界において効率よく特異的反応場として用いられている生体膜、もしくは脂質膜等が用いられている。固体表面に支持された生体膜は、流動性を維持しつつ、固体表面に吸着することにより、膜タンパク質が機能する最適な場となる。
【0003】
非特許文献1には、プラスチック、ガラス、シリコン等の材料からなる固体基板の表面に、脂質分子等からなる複数の生体膜を隔壁で分離した状態で配置してなる、生体分子検出チップについて開示されている。生体膜の流動性は、固体基板の表面の生体膜に平行な電場を印加することにより、ゲルに担持されたタンパク質の電気泳動と同様に、生体膜に担持された生体分子を動かすことによって証明されている(非特許文献2、3)。
【0004】
固体基板と生体膜の間の界面層は、生体膜に担持された膜貫通タンパク質と、固体基板の表面との接触が避けられるほど厚くはない。このことは、細胞接着受容体等の膜関連生体分子を生体膜に担持させる場合において、特に深刻な問題となる。具体的には、膜関連生体分子は、機能を発現する部位(機能部位)が、生体膜から外側に数十nm程度に張り出した構造を有するため、固体基板に接触し、固体基板との間で摩擦が発生したり、固体基板の表面に吸着してしまう問題が発生する。これにより、機能部位が損傷し、その機能の維持が困難になり、膜関連生体分子そのものが変性してしまう。
【0005】
こうした問題に対し、固体基板と生体膜の間に、生体膜の支持を可能とし、かつ生体親和性を有する高分子材料からなる界面層を挟み、生体膜と固体基板を十分に離間させ、生体膜に担持された膜関連生体分子と固体基板の接触を回避させる手法等が実証されている(非特許文献4)。また、界面層を構成する材料として、二重螺旋構造を有する核酸分子を用いることにより、生体膜に担持される膜関連生体分子の機能を損なうことなく、界面層の厚さを1ナノメートル以下の精度で、精密に制御することを可能とする方法が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J. T. Groves and S. G. Boxer, “ Micropattern Formation in Supported Lipid Membranes”, Acc. Chem. Res., vol.35, pp. 149-157, 2002.
【非特許文献2】M. Tanaka, J. Hermann, I. Haase, M. Fischer and S. G. Boxer, “Frictional Drag and Electrical Manipulation of Recombinant Proteins in Polymer-Supported Membranes”, Langmuir, vol.23, pp.5638-5644, 2007.
【非特許文献3】M. Tanaka, A. P. Wong, F. Rehfeldt, M. Tutus and S. Kaufmann, "Selective Deposition of Native Cell Membranes on Biocompatible Micropatterns", J. Am. Chem. Soc., vol.126, pp. 3257-3260, 2004.
【非特許文献4】M. Tanaka and E. Sackmann, Nature, 437, 656-663, 2005.
【非特許文献5】O. Purrucker, S. Gonnenwein, A. Fortig, R. Jordan, M. Rusp, M. Barmann, L. Moroder E. Sackmann,M. Tanaka, Soft Matter, 3, 333-336, 2007.
【非特許文献6】O. Purrucker, A. Fortig, R. Jordan, E. Sackmann,M. Tanaka, Phys. Rev. Lett., 98, 078102, 2007.
【非特許文献7】M. Tutus, F. F. Rossetti, E. Schneck, G. Fragneto, F. Forster, R. Richter, T. Nawroth, M. Tanaka, Macromol. Biosci., 8, 1034-1043, 2008.
【非特許文献8】S. Goennenwein, M. Tanaka, B. Hu, L. Moroder, E. Sackmann, Biophys J., 852, 646-655, 2003.
【非特許文献9】H. Hillerbrandt et al., “A Novel Membrane Charge Sensor: Sensitive Detection of Surface Charge at polymer/Lipid Composite Films on Indium Tin Oxide Electrodes”, Journal of Physical Chemistry B, Vol. 106, p477-486, 2002.
【非特許文献10】Y. Ueno, K. Furukawa, K. Matsuo, S. Inoue, K. Hayashi, H. Hibino, Chem. Commun., 49, pp 10346-10348, 2013.
【非特許文献11】S. A. Lange et al., Anal. Chem., 76, pp 1641-1647, 2004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
図5(a)、(b)は、従来構造の生体分子用支持膜200の断面図である。イオンチャンネルタンパク質に代表される膜貫通タンパク質Pの多くは、
図5(a)、(b)に示すように、生体膜204から固体基板201側(内側)と外側に張り出した状態で、生体膜204に担持される。担持される膜貫通タンパク質Pは、生体膜204に対して非対称な構造を有する場合が多く、固体基板201側に張り出した部分の端部と生体膜の距離h
1は、外側に張り出した部分の端部と生体膜の距離h
2と異なる(非特許文献5~7)。
【0009】
支持膜200を所定のイオンや物質を含む溶液に浸漬した場合、膜貫通タンパク質Pの多くは、生体膜204の外側環境(溶液)と内側環境(界面層)との間で、溶液中のイオンや物質を輸送する機能を有する。生体細胞においては、導入された膜貫通タンパク質Pに対し、正常な機能を発揮するように自発的な方向制御が行われるが、人工的な支持膜においては、膜貫通タンパク質Pに対し、同様の方向制御を行うことは難しい。膜貫通タンパク質Pは、所定の向きf
1に担持された場合(
図5(a))に機能が発現するが、これと反対の向きf
2に担持された場合(
図5(b))には、機能部位が固体基板101の表面に接触して変性してしまい、機能の発現が停止することが調べられている(非特許文献8)。
【0010】
膜貫通タンパク質Pの向きを調べる従来の方法としては、膜貫通タンパク質Pや、これと選択的に結合するプローブ分子に蛍光分子をラベル化し、蛍光イメージで観察する方法、もしくは原子間力顕微鏡を用いて直接高さを観測する方法等がある。しかしながら、生体膜104が流動性を有することにより、イオンチャンネルが形成される位置は時間変化する。そのため、デバイスの評価、あるいはデバイスを用いた計測等を実施する際に、正常な向きf1の膜貫通タンパク質Pが、デバイスのどの位置に分布しているかについて、リアルタイムで確認する必要がある。蛍光イメージで観察する方法では、蛍光分子のラベル化やプローブ分子の導入による影響を避けることが難しい。原子間力顕微鏡を用いて直接高さを観測する方法では、原子間力顕微鏡が走査型顕微鏡であるため、時間分解能が高くないという課題が生じる。
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、正常な向きの膜貫通タンパク質の分布をリアルタイムで確認しながら、界面層へのイオンの流入を制御することが可能なイオン制御バイオデバイスと、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明は以下の手段を採用している。
【0013】
(1)本発明の一態様に係るイオン制御バイオデバイスは、固体基板と、前記固体基板の一方の主面に形成され、グラフェンからなる複数のマイクロ電極を配列させた電極アレイと、前記電極アレイとともに前記固体基板の一方の主面を覆うように形成された界面層と、前記界面層の上に形成され、膜貫通タンパク質を厚み方向に貫通させた状態で担持する生体膜と、を有し、前記固体基板側に位置する前記膜貫通タンパク質の一端と、前記生体膜との距離をh1とし、前記固体基板と反対側に位置する前記膜貫通タンパク質の他端と、前記生体膜との距離をh2とし、前記固体基板と前記生体膜との距離をdとしたとき、下記(1)式の関係を満たす。
【0014】
h1<d<h2 (1)
【0015】
(2)本発明の一態様に係るイオン制御バイオデバイスの製造方法は、固体基板の一方の主面に、グラフェンからなる複数のマイクロ電極を配列させた電極アレイを形成する電極アレイ形成工程と、前記マイクロ電極の表面に、前記第一核酸分子を固定するための接着分子を付着させる接着分子付着工程と、前記マイクロ電極上に、前記接着分子を介して前記第一核酸分子の一端を固定する第一核酸分子固定工程と、前記第一核酸分子と相補的な配列を有する第二核酸分子が結合している複数の第一脂質分子、および前記第二核酸分子が結合していない複数の第二脂質分子からなる第一脂質分子膜を形成する第一脂質分子膜形成工程と、前記第一核酸分子と前記第二核酸分子とを反応させ、両核酸分子の対からなる界面層を形成する界面層形成工程と、前記第二核酸分子が結合していない複数の第二脂質分子のみからなる第二脂質分子膜を、第一脂質分子膜上に形成する第二脂質分子膜形成工程と、を有し、前記生体膜に、膜貫通タンパク質を厚み方向に貫通させた状態で担持させた際に、前記固体基板側に位置する前記膜貫通タンパク質の一端と、前記生体膜との距離をh1とし、前記固体基板と反対側に位置する前記膜貫通タンパク質の他端と、前記生体膜との距離をh2とし、前記固体基板と前記生体膜との距離をdとしたとき、下記(2)式の関係を満たすように、形成する前記界面層の厚みを調整する。
【0016】
h1<d<h2 (2)
【発明の効果】
【0017】
本発明により、正常な向きの膜貫通タンパク質の分布をリアルタイムで確認しながら、界面層へのイオンの流入を制御することが可能なイオン制御バイオデバイスと、その製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の第一実施形態に係る、イオン制御バイオデバイスの一部の断面図である。
【
図2】
図1のイオン制御バイオデバイスの一部とその周囲の断面図である。
【
図3】(a)~(c)
図1のイオン制御バイオデバイスの製造過程における、被処理体の断面図である。
【
図4】(a)、(b)
図1のイオン制御バイオデバイスの製造過程における、被処理体の断面図である。
【
図5】従来構造の生体分子用の支持膜の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を適用した実施形態に係るイオン制御バイオデバイスとその製造方法について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0020】
<第一実施形態>
図1は、本発明の第一実施形態に係るイオン制御バイオデバイス100の断面図である。イオン制御バイオデバイス100は、主に、固体基板101と、電極アレイ(マルチマイクロ電極)102と、界面層103と、生体膜(支持膜)104と、を有する。
【0021】
固体基板101は、プラスティック、ガラス、シリコン等の材料で構成されるものを用いることができる。少なくとも、界面層103が形成される固体基板の一方の主面101aは、略平坦な形状を有することが好ましい。
【0022】
電極アレイ102は、固体基板の一方の主面101aに形成され、所定の間隔で配列された複数のマイクロ電極102Aによって構成されている。マイクロ電極102Aは、生体膜104の厚み方向からの平面視において、生体膜104のうち、膜貫通タンパク質Pが担持される領域と重ならない領域に形成されている。マイクロ電極102Aはグラフェンからなり、その幅、厚みについて限定されることはなく、用途に応じて決定されるものである。マイクロ電極102Aの幅は、概ね1μm以上100μm以下とすることが多い。また、マイクロ電極102Aの厚みは、概ねグラフェン1層以上10層以下とすることが多い。
【0023】
界面層103は、電極アレイ102とともに固体基板の一方の主面101aを覆うように形成される。界面層103は、生体親和性を有し、螺旋状の第一核酸分子(ssDNA(1))105、第二核酸分子(ssDNA(2))106からなり、二重螺旋構造を形成する対の核酸分子(dsDNA)107を、リンカー分子として複数有している。第一核酸分子105を構成する塩基と、第二核酸分子106を構成する塩基とは、互いに相補的な配列を有する。
【0024】
第一核酸分子の一端105aは、マイクロ電極102Aに結合されることにより、固体基板の一方の主面101aに間接的に固定される。マイクロ電極102Aとの強い吸着状態を実現するため、第一核酸分子の一端105aは、アミノ基に修飾され、例えば、ピレンブタン酸などのピレンアルキルカルボン酸類の接着分子108と結合していることが好ましい。
【0025】
対を形成する第一核酸分子の一端105aと反対側に位置する、第二核酸分子の一端106aは、イオンチャネルタンパク質に代表される膜貫通タンパク質Pを支持する生体膜(支持膜)104に固定されている。生体膜104は、複数の脂質分子層が重なってなり、固体基板101に最も近い側の脂質分子層に、第二核酸分子の一端106aが固定されている。
図1では、生体膜104が、二つの脂質分子膜(第一脂質分子膜109、第二脂質分子膜110)が重なってなる場合について例示している。
【0026】
第一核酸分子105、第二核酸分子106は、いずれも、螺旋を形成するように並んだ10個以上200個以下の塩基元素で構成されていることが好ましい。二重螺旋構造の強度を活用するため、対になっていない余った塩基元素、すなわち、二重螺旋構造の形成に加わっていない塩基元素は、少ないほど好ましい。換言すると、第一核酸分子105、第二核酸分子106を構成する塩基元素の数は、互いに同程度であり、かつ第一核酸分子の一端105a、他端105bの位置が、それぞれ第二核酸分子の他端106b、一端106aの位置と、ほぼ揃っていることが好ましい。
【0027】
核酸分子107は剛直な生体分子であるため、少数であっても縮んだりもつれたりすることがなく、生体膜104と固体基板101との距離を一定に保ち、生体膜104を安定して支持することができる。生体膜104の流動性を維持する観点から、生体膜104の変形の自由度が高いことが好ましいため、核酸分子107は剛直性を考慮すると、生体膜104に接触する核酸分子107の数が、生体膜104が安定に保持され、かつ界面層103の厚みが保たれる範囲において少ないほど好ましい。
【0028】
したがって、例えば、界面層103は、生体膜104のうち、膜貫通タンパク質Pが担持されない部分を支持するように形成されていればよい。つまり、生体膜104のうち、膜貫通タンパク質Pが担持されない部分の少なくとも一部に対して、第二核酸分子の一端105aを固定し、膜貫通タンパク質Pが担持される部分に対しては、第二核酸分子の一端105aを固定しなくてもよい。このとき、生体膜104を安定して支持させる観点から、核酸分子107を構成する螺旋構造が、固体基板の一面101aに対して略垂直な軸の周りを巻回するものであることが好ましい。この場合の第一核酸分子の一端105aは、界面層の厚み方向103dからの平面視において、膜貫通タンパク質Pが担持される部分と重ならない領域において、固体基板101に固定されている必要がある。
【0029】
固体基板101側に位置する膜貫通タンパク質の一端P1と、生体膜104との距離をh1とし、固体基板101と反対側に位置する膜貫通タンパク質の他端P2と、生体膜104との距離をh2とし、固体基板101と生体膜104との距離をdとする。このとき、h1、h2、dは、下記(3)式の関係を満たす。なお、膜貫通タンパク質の寸法について限定されることはないが、長さは5nm以上30nm以下、幅は5nm以上10nm以下が一般的である。
【0030】
h1<d<h2 (3)
【0031】
図2は、イオン制御バイオデバイス100のうち、
図1に示した一部とその周囲の断面図である。ここでは、中央のマイクロ電極102B上の生体膜104Bに、正常な向きf
1の膜貫通タンパク質P
Bが担持され、周囲のマイクロ電極102C、102D上の生体膜104C、104Dに、それぞれ、反対向きf
2の膜貫通タンパク質P
C、P
Dが担持されている場合について例示している。なお、電極アレイ102を構成するいずれのマイクロ電極も、互いに電気的に接続されている。
【0032】
中央のマイクロ電極102B上では、h1<d<h2となっているおり、膜貫通タンパク質PBの一端が固体基板101から離間しているため、外部から膜貫通タンパク質PBを介して界面層103に、イオンや物質を輸送する機能を発現させることができる。これに対し、周囲のマイクロ電極102C、102D上では、h1=dかつh1>h2となっており、膜貫通タンパク質PC、PDの一端は、固体基板101に接触しており、変性してしまうため、イオンや物質の輸送機能の発現が停止してしまう。
【0033】
よって、膜貫通タンパク質Pを担持する生体膜104において、上記(3)式を満たすように、距離dを精密制御することにより、正常な向きf1にイオンを流入させることができるタンパク質のみを選択的に機能発現させることが可能となる。そのため、イオン制御バイオデバイス100を、所定のイオンを含む溶液に浸漬した場合には、溶液に接触している生体膜104と界面層103の間にイオンチャンネルが形成され、溶液中のイオンを界面層103に流入させることができる。これにより、界面層103の環境を変化させるスイッチとして機能させるイオン制御バイオデバイスが実現可能となる。
【0034】
図3(a)~(c)、
図4は、本実施形態に係るイオン制御バイオデバイスの製造方法を適用した、イオン制御バイオデバイス100の製造過程における被処理体の断面図である。ここでは、第一核酸分子105が、マイクロ電極102Aを介して固体基板101に固定される場合について例示している。イオン制御バイオデバイス100の製造方法は、主に、電極アレイ形成工程と、接着分子付着工程と、第一核酸分子固定工程と、第一脂質分子膜形成工程と、界面層形成工程と、第二脂質分子膜形成工程とを有する。
【0035】
[電極アレイ形成工程]
まず、プラスティック、ガラス、シリコン等の材料からなる固体基板101を準備し、その一方の主面101aに、化学気相成長法等の公知の成膜法を用いてグラフェン膜を形成(転写)する。このグラフェン膜に対し、フォトリソグラフィ法を用いて、
図3(a)に示すように、所定のパターン・サイズを有する複数のマイクロ電極102Aによって構成される、電極アレイ102を形成する。
【0036】
[接着分子付着工程]
次に、スパッタリング法等の公知の成膜方法を用いて、
図3(b)に示すように、マイクロ電極102Aの表面に、第一核酸分子105を固定するための接着分子108を付着させる。接着分子108としては、例えば、ピレンブタン酸などのピレンアルキルカルボン酸類を用いることができる。
【0037】
[第一核酸分子固定工程]
次に、マイクロ電極102A上に、第一核酸分子105を含む溶液を導入し(流し)、
図3(c)に示すように、マイクロ電極102Aに対し、接着分子108を介して第一核酸分子の一端105aを固定する。このとき、第一核酸分子の一端105aをアミノ基で修飾させておけば、ピレンブタジエン酸等の接着分子108との脱水縮合を通じて、マイクロ電極102Aに対し、第一核酸分子105をより強く吸着させることができるため、好ましい。
【0038】
第一核酸分子105が第二核酸分子106と結合して形成される核酸分子107は、核酸分子107との接触による膜貫通タンパク質Pの変性、機能低下を抑える観点から、生体膜104のうち、膜貫通タンパク質Pが担持される部分とその近傍部分を支持しないことが好ましい。したがって、第一核酸分子105を固定する領域(核酸分子107が形成される領域)は、界面層の厚み方向102dからの平面視において、膜貫通タンパク質Pが担持されない部分と重なる領域となるように、2次元パターン構造を有することが好ましい。2次元パターン構造を形成する手順については、後述する。
【0039】
[第一脂質分子膜形成工程、界面層形成工程、第二脂質分子膜形成工程]
次に、第一核酸分子105と相補的な配列を有する第二核酸分子106が結合している複数の第一脂質分子109A、および第二核酸分子105が結合していない複数の第二脂質分子109Bの混合分散液と、第三脂質分子110Aの分散液を作製する。これらの分散液を用いて脂質二重膜を形成するプロセスとしては、例えば次の二通りのプロセス(ア)、(イ)が挙げられる。
【0040】
(ア)
図4(a)に示すように、基板上において、第一核酸分子105および第二核酸分子106からなる少なくとも一部に二本鎖構造を有する核酸分子107、第一脂質分子109A、および第二脂質分子109Bからなる脂質単分子膜(第一脂質分子膜109)と、で構成される界面層103を形成させる。続いて
図4に示すように、第一脂質分子膜109上に第三脂質分子110Aからなる第二脂質分子膜110を形成させ、脂質二重膜を得る。
【0041】
(イ)
図4(b)に示すように、第一脂質分子109Aおよび第二脂質分子109Bからなる第一脂質分子膜109および第二脂質分子膜110を同時に形成させ、脂質二重膜を得る。
【0042】
第一脂質分子109Aと第二脂質分子109Bの分散液中における、第一脂質分子109Aの含有量は、基板上に固定された第一の一本鎖核酸分子(第一核酸分子)105の密度に応じて適宜調節することができ、0.05モル%以上0.5モル%以下が好ましい。
また、分散液中における第二脂質分子109Bに対する第一脂質分子109Aのモル比は、1/1000以上1/10以下であることが好ましい。上記モル比であることにより、より安定した脂質二重膜を形成することができる。
第一脂質分子109A及び第二脂質分子109Bを分散させる溶媒としては、例えばクロロホルム等が挙げられる。
【0043】
また、第一脂質分子膜109と第二脂質分子膜110とで構成される脂質二重膜(生体膜104)の具体的な形成方法としては、例えば以下に示す(1)~(3)のいずれかの方法等が挙げられる。
【0044】
(1)脂質単分子膜を作製した後、マイクロ電極上に写す方法
まず、気液界面に第一脂質分子109A及び第二脂質分子109Bを含む分散液を滴下し、溶媒を蒸発させて脂質単分子膜(第一脂質分子膜109)を形成させる。その後、更に脂質分子の相転移温度を上回る温度条件下で静置し、分子占有面積が細胞膜のそれと同程度になるまで脂質単分子膜を圧縮し、これを固体基板上に移す(
図4(a))。この表面に第三脂質分子110Aのみを水に分散させた分散液を加えて、第一脂質分子109Aおよび第二脂質分子109Bからなる第一脂質分子膜109と、第三脂質分子110Aからなる第二脂質分子膜110と、で構成される安定な脂質二重膜を作製する(
図4(b))。
【0045】
(2)脂質二重膜小胞を作製したあと、マイクロ電極上に写す方法
酸化インジウムスズ(ITO)ガラス基板上に、第一脂質分子109A及び第二脂質分子109Bを含む分散液を滴下し、溶媒を蒸発させて完全に除去する。その後、交流電場下で水和させて脂質二重膜小胞を含む懸濁液を作製する。このとき、接着層上に固定化された第一の一本鎖核酸分子105は、第二の一本鎖核酸分子(第二核酸分子)106と、少なくとも一部に二本差構造を有する核酸分子107を形成すると同時に、脂質二重膜が互いに横方向に融合及び伸展していくことで、安定な脂質二重膜が界面層103直上に積層される(
図4(b))。
【0046】
(3)脂質分子を分散させた懸濁液をマイクロ電極上に滴下し、脂質二重膜を作製する方法
本方法は、非特許文献9の開示内容に基づく方法である。具体的には、まず、水と有機溶媒(例えば、エタノールやイソプロパノール等)との1:1混合液中に、脂質分子を分散させ、これをグラフェン基板上に滴下する。ここに、所定の時間、少しずつ水を加え(例えば、30μL/min等)、水の体積分率を上昇させていくことで、脂質二重膜を自発的に形成させる。最後に十分な量の水で基板表面を洗浄し、不要な有機溶媒や過剰な脂質分子を除去し、目的の脂質二重膜を得る(
図4(b))。
【0047】
なお、第一核酸分子固定工程で固定する第一核酸分子105は、全て同じ構造の核酸分子であってもよいし、例えば鎖長、配列が異なる複数種類の第一核酸分子105-1、105-2、・・・、105-N(Nは正の整数)を含んでいてもよい。複数種類の第一核酸分子105-1、105-2、・・・、105-Nが固定される場合には、それぞれの第一核酸分子と相補的な配列を有する、第二核酸分子105-1、105-2、105-Nを結合させる必要がある。この場合には、第一脂質分子膜形成工程において、複数種類の第一核酸分子のそれぞれと対応し、相補的な配列を有する同数の種類の第二核酸分子が結合した、第一脂質分子109Aの溶液を作製すればよい。界面層形成工程において、被処理体100Aを混合液にした際に、混合液に含まれる第二核酸分子106-1、106-2、106-Nが、それぞれ自発的に、対応する第一核酸分子105-1、105-2、・・・、105-Nに近づいて対を形成することになる。
【0048】
なお、核酸分子の2次元パターン構造については、一例として、次の手順で形成することができる。すなわち、接着分子付着工程においては、マイクロ電極102Aの表面全体に一様に、接着分子108を付着させておき、次の第一核酸分子固定工程において、公知のパターニング法を用いて、第一核酸分子105を所定の位置のみに導入し、固定する。これにより、所定の位置に固定された第一核酸分子105に対し、第二核酸分子106が反応して対を形成することになるため、最終的に、核酸分子の所望の2次元パターン構造を形成することができる。
【0049】
公知のパターニング法としては、例えば、固定したい位置と同じパターンを有するマイクロ流路の構造体を用い、固定したい位置のみに、第一核酸分子を含む溶液を流して導入し、溶媒を蒸発させる方法が挙げられる(非特許文献10参照)。公知のパターニング法としては、この他にも、固定したい位置と同じパターンを有する鋳型を用いて、接着分子108上に、第一核酸分子105のパターンを転写する方法(マイクロコンタクトプリンティング法)等が挙げられる(非特許文献11参照)。
【0050】
また、核酸分子の2次元パターン構造については、他の一例として、次の手順で行うこともできる。すなわち、接着分子付着工程において、マイクロコンタクトプリンティング法等の公知のパターニング法を用いて、マイクロ電極102Aの表面のうち、第一核酸分子105を固定したい位置のみに接着分子108を付着させておく。これにより、次の第一核酸分子固定工程において導入される第一核酸分子105の固定位置が限定されることになるため、この場合にも、最終的に、核酸分子の所望の2次元パターン構造を形成することができる。
【0051】
以上のように、本実施形態のイオン制御バイオデバイス100は、導電性材料であるグラフェンの薄膜を固体基板101に形成し、これをマイクロ電極102Aの形状に加工し、アレイ化して用いることを特徴とする。これにより、マイクロ電極102A上の界面層103に流入したイオンを、電流値としてリアルタイムで計測することが可能となる。さらに、アレイ化した複数のマイクロ電極を用いて、複数の位置での電流変化を同時に計測することにより、イメージング測定が可能となる。
【0052】
グラフェン薄膜を固定した固体基板101を用いて界面層103を精密制御する方法としては、特許文献1の方法のように、二重螺旋構造を有する核酸分子107を用いればよい。核酸分子107を構成する塩基対は、0.34nm間隔で積み重なっているため、塩基数を変えることにより、界面層103の厚みを0.34nm単位で精密に制御することができる。デバイスを構成する固体基板101としては、プラスチック、ガラス、シリコン等の平坦な材料を用いればよく、生体膜104の構成材料については脂質分子とすることが好ましく、構成材料とする脂質分子の種類は一種類のみであってもよいし、複数種類であってもよい。
【0053】
本実施形態により、生体膜104に担持された膜貫通タンパク質Pのうち、正常な向きにイオンを流入させることができるものだけを選択的に機能発現させ、デバイスのどの部分に正常な向きの膜貫通タンパク質Pが分布しているかをリアルタイムで確認しながら、生体膜104が接触する溶液中のイオンを界面層103に流入させて、界面層103の環境を変化させるスイッチとして機能させることが可能な、イオン制御バイオデバイスが実現する。
【実施例0054】
以下、実施例により、本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0055】
次の手順により、界面層の厚みが異なる三つのイオン制御バイオデバイスのサンプル(i)、(ii)、(iii)を作製した。固体基板として、市販のシリコンウェハを1cm~数cm角程度に分割したチップを用いた。銅箔上に化学気相成長させたグラフェンを、このチップの表面に転写した。転写したグラフェンの膜を、フォトリソグラフィ法を用いて、幅が10μmであり、10μm間隔で並ぶ複数のライン状マルチマイクロ電極に加工した。マルチマイクロ電極の数は、8チャンネルとした。
【0056】
次に、マルチマイクロ電極の表面に一本鎖核酸分子を固定するための接着分子として、ピレンブタン酸を導入した。ピレンブタン酸のCOOH基をスクシンイミドで活性化し、得られたピレンブタン酸スクシンイミドエステルの0.5mMジメチルホルムアミド溶液を、マルチマイクロ電極の表面に滴下して1時間静置した後、ジメチルホルムアミドで洗浄し、風乾させた。
【0057】
次に、予め5’末端にアミノ基を結合させた一本鎖核酸分子の水溶液(100μM)を、ピレンブタン酸を導入したマルチマイクロ電極上に滴下した。ここで、サンプル(ii)、(iii)では、形成される一本鎖核酸分子について、それぞれ塩基数15の分子(A15)、塩基数37の分子(A37)となるように、滴下量を調整した。サンプル(i)では、一本鎖核酸分子を形成しなかった。
【0058】
次に、これらを室温(25℃程度)で1時間静置し、グラフェンに吸着しているピレンブタン酸のCOOH基と、アプタマーの5末端に結合させたアミノ基とを反応させ、ペプチド結合を介して結合する。これを、超純水で洗浄し、風乾する。このようにして、ピレンブタン酸と結合された一本鎖核酸分子が、マルチマイクロ電極の表面に固定される。
【0059】
次に、A15およびA37に相補的な配列を持つ1本鎖核酸分子(C-A15,C-A37)の5’末端に脂質分子(DOPE)の親水基を結合したものを、0.05~0.5mol%の濃度範囲になるように、核酸分子が結合していない脂質分子(DOPC)と、クロロホルム中で混合する。
【0060】
DNA鎖で基板から持ち上げられた脂質膜を作製するには、次の手法<1>、<2>のいずれかを用いることができる。本例では<1>の手法を用いた。
<1>気液界面に脂質混合液を滴下し、溶媒を蒸発させた後、分子占有面積が細胞膜と同程度になるまで膜を圧縮し、これを固体基板上に移す。この表面に脂質懸濁液を加えて安定な膜を作製する。
<2>ITOガラス基板上に脂質溶液を滴下し、溶媒を完全に除去したものを交流電場下で水和させて作製した脂質二分子膜小胞の懸濁液をグラフェン表面に滴下して安定な膜を作製する.
【0061】
以上により、マルチマイクロ電極の表面のA15およびA37が、C-A15またはC-A37と二重らせんを形成すると同時に、脂質二分子膜が互いに横方向に融合・伸展していくことで、安定な生体膜が界面層の直上に積層されたイオン制御バイオデバイスの三つのサンプル(i)、(ii)、(iii)が得られた。
【0062】
得られたサンプル(i)、(ii)、(iii)の構造を、高エネルギーX線鏡面反射を用いて測定した。核酸分子を導入していないサンプル(i)、A15とC-A15のペアによる2本鎖を界面層に導入したサンプル(ii)、A37とC-A37のペアによる2本鎖を界面層に導入したサンプル(iii)について、界面層の厚みdを測定したところ、それぞれ、ほぼ1nm、5nm、および10nmであった。
【0063】
次に、サンプル(i)、(ii)、および(iii)をプロトンイオンを含む溶液に浸漬し、生体膜中に、h1が約1nm、h2が約15nmとなるF型ATPアーゼを導入し、アレイ化したグラフェンのマルチマイクロ電極を用いて8チャンネルを同時計測し、界面層へのプロトンイオンの流入量を計測した。その結果、サンプル(i)では、8チャンネルのマイクロ電極の全てにおいて、プロトンの流入が全く観測されなかった。サンプル(ii)では、8チャンネルのうち2つのマイクロ電極から、プロトンの流入が観測された。(iii)では、8チャンネルの電極全てにおいて、プロトンの流入がサンプル(ii)の10分の1倍倍程度観測された。
【0064】
以上により、h1<d<h2の条件を満たすサンプル(iii)においては、F型ATPアーゼが正常に機能する向きで生体膜に担持された場合、生体膜が接触している溶液中のプロトンが、界面層に多く流入していることが示された。h1<d<h2の条件を満たさないサンプル(i)においては、F型ATPアーゼが正常に機能する向きで生体膜に担持されていても、機能部位が固体基板の表面に接触して変性してしまい、機能の発現が停止してしまう、あるいはF型ATPアーゼが両方向に挿入されているため、界面層のプロトン濃度が上がらないことが示された。また、サンプル(iii)の条件では、8チャンネルのマイクロ電極における電流値に大きさに分布があった。この分布は、時間経過とともに変化しており,生体膜が流動していることにより、担持されているF型ATPアーゼタンパク質が移動し、分布が変化していることを示している。
【0065】
上記実施例により、生体膜に担持された膜貫通タンパク質のうち、正常な向きにイオンを流入させるものだけを選択的に機能発現させ、デバイスのどの部分に正常な向きの膜貫通タンパク質が分布しているかをリアルタイムで確認しながら、生体膜と接触する溶液中のイオンを界面層に流入させ、界面層の環境を変化させるスイッチとして機能させることが可能な、イオン制御バイオデバイスが実現するという本発明の効果が示された。