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特開2022-141733ステルス性を有するRNAを使った遺伝子発現系および当該RNAを含む遺伝子導入・発現ベクター
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022141733
(43)【公開日】2022-09-29
(54)【発明の名称】ステルス性を有するRNAを使った遺伝子発現系および当該RNAを含む遺伝子導入・発現ベクター
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/12 20060101AFI20220921BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20220921BHJP
   C12N 15/11 20060101ALI20220921BHJP
   C12N 15/85 20060101ALI20220921BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220921BHJP
【FI】
C12N15/12 ZNA
C12N15/113 Z
C12N15/11 Z
C12N15/85 Z
C12N5/10
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022108103
(22)【出願日】2022-07-05
(62)【分割の表示】P 2020137270の分割
【原出願日】2016-01-18
(31)【優先権主張番号】P 2015007288
(32)【優先日】2015-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】515270622
【氏名又は名称】ときわバイオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100189131
【弁理士】
【氏名又は名称】佐伯 拓郎
(74)【代理人】
【識別番号】100182486
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 正展
(74)【代理人】
【識別番号】100147289
【弁理士】
【氏名又は名称】佐伯 裕子
(72)【発明者】
【氏名】中西 真人
(72)【発明者】
【氏名】飯島 実
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本発明は、ヒト細胞を含む動物細胞において、当該細胞の持つ自然免疫機構が認識できないように構造を最適化したリボ核酸を用いて複数の外来遺伝子を同時にかつ安定に発現することを可能にする技術を提供する。
【解決手段】特定のRNA配列を含むマイナス一本鎖RNA(A)と、一本鎖RNA結合タンパク質(B)、RNA依存性RNA合成酵素(C)からなり、自然免疫機構を活性化させない複合体である、ステルス型RNA遺伝子発現系を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)から(8)のRNA配列を含むマイナス一本鎖RNA(A)と、一本鎖RNA結合タンパク質(B)、RNA依存性RNA合成酵素(C)からなり、自然免疫機構を活性化させない複合体である、ステルス型RNA遺伝子発現系;
(1)任意のタンパク質又は機能性RNAをコードする標的RNA配列、
(2)非コード領域を構成する、動物細胞で発現しているmRNA由来のRNA配列、
(3)前記RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナル配列、
(4)当該酵素が認識する転写終結シグナル配列、
(5)当該酵素が認識する複製起点を含むRNA配列、
(6)当該酵素をコードするRNA配列であって、導入対象細胞が由来する生物種にコドンが最適化されたRNA配列、
(7)当該酵素の活性を調節するタンパク質をコードするRNA配列であって、導入対象細胞が由来する生物種にコドンが最適化されたRNA配列、
(8)前記一本鎖RNA結合タンパク質をコードするRNA配列であって、導入対象細胞が由来する生物種にコドンが最適化されたRNA配列。
【請求項2】
前記(1)の標的RNA配列が、少なくとも6個の遺伝子を含むか、又は全長5000塩基以上の長さのRNA配列である、請求項1に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
【請求項3】
前記(2)のRNA配列が、ヒトのmRNA配列に由来する5~49塩基長のRNA配列である、請求項1又は2に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
【請求項4】
同一もしくは異なる配列からなる前記(2)のRNA配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる各遺伝子配列の3’末端側及び/又は5’末端側に隣接して配置されることを特徴とする、請求項1~3のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
【請求項5】
前記(6)のRNA配列がコードするRNA依存性RNA合成酵素が、パラミキソウイルス科に属するRNAウイルス由来のLタンパク質及びPタンパク質であり、
前記(7)のRNA配列がコードする当該酵素の活性を調節するタンパク質が、当該RNAウイルスと同一のウイルス由来のCタンパク質であり、
前記(8)のRNA配列がコードする一本鎖RNA結合タンパク質が、当該RNAウイルスと同一のウイルス由来のNPタンパク質であって、かつ
前記(3)~(5)のRNA配列のいずれもが、当該RNAウイルスと同一のウイルス由来のゲノム配列中の転写開始シグナル、転写終結シグナル、及び複製起点を含むRNA配列であることを特徴とする、
請求項1~4のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
【請求項6】
前記Lタンパク質、Pタンパク質、Cタンパク質及びNPタンパク質をコードするRNA配列がヒト細胞に最適化されており、かつそのGC含量が50~60%の範囲内に調整されている、請求項5に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
【請求項7】
前記パラミキソウイルス科に属するRNAウイルスが、センダイウイルス、ヒト・パラインフルエンザウイルス、及びニューキャッスル病ウイルスのいずれかから選択されたRNAウイルスである、請求項6に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
【請求項8】
前記(3)の転写開始シグナル配列が、3’-UCCCACUUUC-5’(配列番号1)、3’-UCCCUAUUUC-5’(配列番号2)、3’-UCCCACUUAC-5’(配列番号3)、3’-UCCUAAUUUC-5’(配列番号7)、及び3’-UGCCCAUCUUC-5’(配列番号9)のいずれかに示されるRNA配列から選択されるRNA配列であり、
前記(4)の転写終結シグナル配列が、3’-AAUUCUUUUU-5’(配列番号4)、3’-CAUUCUUUUU-5’(配列番号5)、3’-UAUUCUUUUU-5’(配列番号6)、及び3’-UUAUUCUUUUU-5’(配列番号8)のいずれかに示されるRNA配列から選択されるRNA配列であることを特徴とする、請求項1~7のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
【請求項9】
同一もしくは異なる配列からなる前記(3)の転写開始シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる各遺伝子配列の3’末端側に隣接して配置された前記(2)のRNA配列のさらに3’末端側に隣接して配置されており、かつ前記(4)転写終結シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる各遺伝子配列の5’末端側に隣接して配置されたRNA配列のさらに5’末端側に隣接して配置されていることを特徴とする、請求項4~8のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
【請求項10】
前記(5)の複製起点を含むRNA配列が、下記の配列を含むことを特徴とする請求項7~9のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系;
(a)3’-UGGUCUGUUCUC-5’(配列番号11)または3’-UGGUUUGUUCUC-5’(配列番号12)で示されるRNA配列、
(b)3’-GAGAACAGACCA-5’(配列番号13)または3’-GAGAACAAACCA-5’(配列番号14)で示されるRNA配列、
(c)3’-(CNNNNN)3-5’(配列番号15)で示されるRNA配列、
(d)3’-(NNNNNG)3-5’(配列番号16)で示されるRNA配列。
【請求項11】
前記(a)のRNA配列が、マイナス一本鎖RNA(A)の3’末端に位置しており、かつ前記(b)のRNA配列が、5’末端に位置していることを特徴とする、請求項10に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
【請求項12】
前記(c)のRNA配列が、マイナス一本鎖RNA(A)の3’末端から79塩基目から始まり、かつ前記(d)のRNA配列が、5’末端から96塩基目から始まることを特徴とする、請求項10又は11に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
【請求項13】
前記(5)の複製起点を含むRNA配列が、さらにマイナス一本鎖RNA(A)の3’末端から97~116塩基目までの位置に、(e)3’-AAAGAAACGACGGUUUCA-5’(配列番号17)のRNA配列又はその同一塩基長である18塩基長のRNA配列を含むことを特徴とする、請求項10~12のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
【請求項14】
請求項1~13に記載のステルス型RNA遺伝子発現系を構成する複合体を含み、動物細胞に当該複合体を導入する活性を持つRNAベクターであって、自然免疫機構を活性化させないステルス型RNAベクター。
【請求項15】
動物細胞への感染能を有するウイルス粒子を形成している、請求項14に記載のステルス型RNAベクター。
【請求項16】
請求項14又は15に記載のステルス型RNAベクターが導入された動物細胞。
【請求項17】
下記(1)から(8)のRNA配列を含むマイナス一本鎖RNA(A)であって、一本鎖RNA結合タンパク質(B)、及びRNA依存性RNA合成酵素(C)と共に、自然免疫機構を活性化させない複合体を形成することができる、ステルス型RNA;
(1)任意のタンパク質又は機能性RNAをコードする標的RNA配列、
(2)非コード領域を構成する自然免疫機構が認識できないRNA配列、
(3)RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナル配列、
(4)当該酵素が認識する転写終結シグナル配列、
(5)当該酵素が認識する複製起点を含むRNA配列、
(6)当該酵素をコードするRNA配列であって、自然免疫機構が認識できないように構造最適化したRNA配列、
(7)当該酵素の活性を調節するタンパク質をコードするRNA配列であって、自然免疫機構が認識できないように構造最適化したRNA配列、
(8)一本鎖RNA結合タンパク質をコードするRNA配列であって、自然免疫機構が認識できないように構造最適化したRNA配列。
【請求項18】
前記マイナス一本鎖RNA(A)の3’末端側及び5’末端側には前記(5)のRNA依存性RNA合成酵素が認識する複製起点を含むRNA配列であって、3’末端側のRNA配列及び5’末端側のRNA配列にはそれぞれ相補するRNA配列が含まれている、請求項17に記載のステルス型RNA。
【請求項19】
同一もしくは異なる配列からなる前記(3)の転写開始シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる複数の遺伝子配列の各々の3’末端側に隣接して配置された前記(2)のRNA配列のさらに3’末端側に隣接して配置されており、かつ前記(4)転写終結シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる複数の遺伝子配列の各々の遺伝子配列の5’末端側に隣接して配置されたRNA配列のさらに5’末端側に隣接して配置されていることを特徴とする、請求項17又は請求項18に記載のステルス型RNA。
【請求項20】
同一もしくは異なる配列からなる前記(3)の転写開始シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる複数の遺伝子配列の各々の3’末端側に隣接して配置された前記(2)のRNA配列のさらに3’末端側に隣接して配置されており、かつ前記(4)転写終結シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる複数の遺伝子配列の各々の遺伝子配列の5’末端側に隣接して配置されたRNA配列のさらに5’末端側に隣接して配置されており、さらにその両端に、複数の制限酵素により切断可能な制限酵素サイトを有したカセット構造を構成しており、当該カセット構造が複数結合していることを特徴とする、請求項17~19のいずれかに記載のステルス型RNA。
【請求項21】
ステルス型RNA遺伝子発現系を再構成する方法であって、下記の(1)~(5)の工程を含む方法;
(1)T7 RNA polymeraseを発現している大腸菌を用意する工程、
(2)請求項1~13のいずれかに記載のマイナス一本鎖RNA(A)と共に、少なくともRNA依存性RNA合成酵素及びRNA結合活性タンパク質をコードするRNAが搭載された大腸菌用ベクターと、RNA結合活性タンパク質をコードするDNAを発現する大腸菌用ベクターとを(1)の大腸菌宿主内に導入して形質転換する工程、
(3)(2)の形質転換大腸菌内で、T7 RNA polymeraseにより発現させた外来の遺伝子RNAを含むマイナス一本鎖RNAと、RNA結合活性タンパク質との複合体を形成させる工程、
(4)RNA依存性RNA合成酵素を発現している動物細胞を用意する工程、
(5)(3)で得られたマイナス一本鎖RNAと、RNA結合活性タンパク質との複合体を、(4)の動物細胞宿主内に導入して、マイナス一本鎖RNAと、RNA結合活性タンパク質及びRNA依存性RNA合成酵素との複合体からなる、ステルス型RNA遺伝子発現系を再構成する工程。
【請求項22】
2箇所のクロ-ニング部位A、Bを有するDNAベースのタンデム型カセットであって、
当該タンデム型カセットは5’末端側から順に(1)マルチマー化部位A、(2)転写開始シグナルA、(3)非コード配列A1、(4)クローニング部位A、(5)非コード領域A2、(6)転写終結シグナルA、(7)転写開始シグナルB、(8)非コード配列B1、(9)クローニング部位B、(10)非コード領域B2、(11)転写終結シグナルB、及び(12)マルチマー化部位Bにより構成されており、
前記(1)マルチマー化部位A、及び(12)マルチマー化部位Bは、それぞれ制限酵素認識配列及び/又は部位特異的組換え酵素認識配列を含み、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(2)転写開始シグナルA、及び(7)転写開始シグナルBは、それぞれRNAに転写された場合にRNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナルを含む、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(3)非コード配列A1、(5)非コード領域A2、(8)非コード配列B、及び(10)非コード領域B2は、それぞれRNAに転写された場合に宿主細胞の自然免疫機構に認識されないRNAとなる、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(4)クローニング部位A、及び(9)クローニング部位Bは、それぞれ1以上の制限酵素認識配列及び/又は部位特異的組換え酵素認識配列を含む、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(6)転写終結シグナルA、及び(11)転写終結シグナルBは、それぞれRNAに転写された場合にRNA依存性RNA合成酵素が認識する転写終結シグナルを含む、互いに同一もしくは異なるDNAである、
タンデム型カセット。
【請求項23】
前記(4)クローニング部位Aは5’末端側から順に制限酵素A認識配列、及び制限酵素C認識配列を含み、
前記(9)クローニング部位Bは、5’末端側から順に制限酵素D認識配列、及び制限酵素B認識配列を含んでおり、
ここで制限酵素Aと制限酵素Dは同一配列の一本鎖突出末端を生じるものであり、制限酵素Cと制限酵素Bは同一配列の一本鎖突出末端を生じるものである、
請求項22に記載のタンデム型カセット。
【請求項24】
前記(1)マルチマー化部位A、及び(12)マルチマー化部位Bは、いずれもNN又はNNNで表される配列任意の一本鎖突出末端を生じる制限酵素の認識配列を含むDNAである、
請求項22又は23に記載のタンデム型カセット。
【請求項25】
前記(3)非コード配列A1、(5)非コード領域A2、(8)非コード配列B、及び(10)非コード領域B2が、それぞれそれぞれ動物細胞で発現しているmRNA由来RNA配列の部分配列に対応する同一もしくは異なるcDNAであって、
前記(4)クローニング部位A、及び(9)クローニング部位Bに、同一もしくは異なるヒト由来遺伝子が挿入された、請求項22~24のいずれかに記載のタンデム型カセット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物細胞に外来遺伝子を導入し、持続的に発現するためのベクターに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト細胞を含む動物細胞に外部から任意の遺伝子を導入し当該細胞において持続的に発現する技術は、バイオテクノロジーを使ったさまざまな産業において必須の技術である。
例えば、医薬品として使われるヒト・モノクローナル抗体を産業用に大量生産するためには、免疫グロブリンのH鎖とL鎖の遺伝子を等しいレベルで持続的に発現する技術が必要である。また先天性代謝疾患の遺伝子治療では、治療用遺伝子をヒトの組織細胞に導入し、体内で長期間にわたり安定に発現する技術が必要である。
【0003】
1.細胞リプログラミング技術について
近年、遺伝子を使って正常組織細胞の性質を転換し有用な細胞を作り出す細胞リプログラミング技術が注目を集めているが、動物細胞に遺伝子を導入し持続的に発現する技術は、細胞リプログラミングにおいても欠かせない基盤技術となっている。例えば、OCT4, SOX2, KLF4, c-MYCまたはOCT4, SOX2, NANOG, LIN28という4個の遺伝子を組み合わせてヒト正常線維芽細胞に導入し、当該遺伝子を21日間にわたって持続的に発現させることでヒト人工多能性細胞(iPS細胞)を作製することができる(特許文献1、特許文献2、非特許文献1、非特許文献2)。また、ヒトの線維芽細胞にFOXA3、HNF1A、HNF4Aという3個の遺伝子を導入して14日間持続的に発現させることで肝細胞を作製することができる(非特許文献3)。さらに、ヒトの線維芽細胞にASCL1、BRN2、MYT1L、LMX1A、FOXA2という5個の遺伝子を導入し、24日間持続的に発現させることで、ドーパミン作動性ニューロンを作製することができることも報告されている(非特許文献4)。このように、さまざまな細胞リプログラミングにおいて、複数の遺伝子を同時に細胞に導入して発現し、リプログラミングに必要な期間その発現を維持できる技術が必要とされている。
【0004】
細胞のリプログラミングは、生体内でも誘導できることが知られている。例えば、マウスの心筋梗塞モデルで、GATA4、MEF2C、TBX5の3個の遺伝子、あるいはGATA4、HAND2、MEF2C、TBX5の4個の遺伝子を梗塞部位に投与すると、浸潤している線維芽細胞が心筋細胞に変化することが報告されている(非特許文献5、非特許文献6)このため、細胞リプログラミング技術は、将来、心筋梗塞や脊髄損傷などの再生医療の基盤となることが期待されている。
【0005】
2.細胞のリプログラミング効率の向上
また、体外における細胞リプログラミングを医療に使うことを想定すると、素材となる細胞は、人体から侵襲を加えずに採取でき、かつ生体外の微生物に汚染されない状態で採取できることが望ましい。これらの条件を満たす細胞はほぼ末梢血中の単核細胞に限られており、これらの細胞に適応した遺伝子導入ベクターが望まれる。
【0006】
一般に、外部から導入した遺伝子によって動物細胞がリプログラミングされる効率は非常に低いが、当該遺伝子すべてを1つのベクターに搭載し、一度に細胞に導入して発現させることでその効率を高めることができる(特許文献3、特許文献4、非特許文献7、非特許文献8)。
また、細胞リプログラミングに使用する遺伝子の数を増やすことでも、その効率が上昇することも知られている。例えば、マウス線維芽細胞を人工多能性細胞(iPS細胞)に転換する技術においては、OCT4, SOX2, KLF4, c-MYCの4個の遺伝子にBRG1とBAF155の2個の遺伝子を追加して計6個の遺伝子を使用することで転換効率が5倍上昇することが知られている(非特許文献9)。また、ヒトの線維芽細胞を運動神経にリプログラミングする技術においては、LHX3、ASCL1、BRN2、MYT1Lという4つの遺伝子に、HB9、ISL1、NGN2という3つの遺伝子を追加して計7個の遺伝子を使用することで、リプログラミングの効率が100倍向上することが知られている(非特許文献10)。
細胞リプログラミングに使用する遺伝子の数を増やすと、搭載しなければならない遺伝子のサイズも増大する。iPS細胞の作製の場合を例に取ると、KLF4、OCT4、SOX2、c-MYCの4つの遺伝子の合計では4,774塩基対であるが、上記のBRG1(5,040塩基対)とBAF155(3,318塩基対)の2個の遺伝子を追加すると合計で13,132塩基対になる(非特許文献9)。また、KLF4、OCT4、SOX2、c-MYCの4つの遺伝子に、胚性幹細胞で特異的に発現しておりiPS細胞への初期化を加速することが予想されているクロマチン再構成因子をコードするCHD1遺伝子(5,133塩基対)を追加すると合計で9,907塩基対、DNA脱メチル化酵素をコードするTET1遺伝子(6,429塩基対)を追加すると合計で11,203塩基対になる。また、ヒトの線維芽細胞を運動神経にリプログラミングする技術においては使われるLHX3、ASCL1、BRN2、MYT1L、HB9、ISL1、NGN2の7つの遺伝子を合計すると9,887塩基対となる(非特許文献10)。
このように、細胞リプログラミングの効率を上げるためには、少なくとも6個以上の遺伝子を使うことが望ましく、これらの遺伝子をすべて一度に搭載できるベクターが望まれる。また、導入した外来遺伝子のサイズがあわせて5,000塩基以上、望ましくは8,000塩基以上であっても発現できるベクターが望まれる。
なお、本明細書においてベクターとは、外来遺伝子を含む核酸を成分とし、当該核酸を動物細胞に導入して当該遺伝子を発現することができる、遺伝子組換えウイルスまたは非ウイルス性の核酸・高分子物質複合体を指すものとする。
【0007】
また、外来遺伝子を発現させて動物細胞のリプログラミングを行う場合に、当該遺伝子の発現レベルが、リプログラミングによって作製された細胞の性質に大きく影響することが知られている。例えば、OCT4, SOX2, KLF4, c-MYCという4つの遺伝子をマウス線維芽細胞で発現させた場合、当該遺伝子の発現が弱い場合はiPS細胞が生じるのに対し、当該遺伝子の発現が強い場合はiPS細胞とはまったく性質が違う細胞が生じることが知られている(非特許文献11)。このため、外部から導入した遺伝子を発現させてヒト細胞を含む動物細胞をリプログラミングする技術には、目的に合わせて当該遺伝子の発現を最適なレベルに設定できるベクターが必要である。
【0008】
3.リプログラミング用遺伝子の除去
さらに、外部から遺伝子を導入して細胞リプログラミングにより作製した細胞がその機能を完全に発揮するためには、当該リプログラミング用遺伝子を当該細胞から完全に除去する必要がある。また、作製したヒト細胞を再生医療の材料として用いる際にも、安全性を確保するために、当該遺伝子を当該細胞から完全に除去する必要がある。例えば、OCT4, SOX2, KLF4, c-MYCの4個の遺伝子を使って作製した人工多能性細胞(iPS細胞)では、これら4個の遺伝子が発現したままでは多能性を発揮できないので、少なくともその発現を完全に抑制するか、より望ましくは当該細胞から完全に除去する必要がある(特許文献1、特許文献2、特許文献3、非特許文献1、非特許文献2、非特許文献7)。また、iPS細胞作製時に使用したc-MYC遺伝子を当該iPS細胞の中に残しておくと、当該iPS細胞を再分化させて作製した組織細胞が高頻度でガン化することが知られている(非特許文献12)。そのため、安全性を担保するためには、当該c-MYC遺伝子をiPS細胞から完全に除去する必要がある。
このように、細胞リプログラミングに必要な遺伝子発現技術は、リプログラミングの達成のためには最適なレベルでの持続的な遺伝子発現が望まれる一方で、いったんリプログラミングが終了したら簡単かつ完全に除去できることが要求されるという、矛盾した性質を両立させる必要がある。
【0009】
4.自然免疫機構の活性化の回避の重要性
現在、動物細胞で使われているほとんどの遺伝子導入・発現ベクターでは、動物に感染するウイルスや、大腸菌等の微生物を使って製造したプラスミドDNAが素材として用いられている。しかし、動物細胞は、外部から侵入してきた病原体を撃退するための自然免疫機構を備えており(非特許文献13)、細胞外から導入されたウイルスや微生物由来の核酸は異物として認識されて、自然免疫機構が活性化される。自然免疫機構の活性化の程度があるレベルを超えるとアポトーシスによる細胞死が誘導されるため、リプログラミングの効率が低下する。また、自然免疫機構の活性化によりインターフェロンや炎症性サイトカインの発現が誘導されると、生体内では炎症が引き起こされる。このような望ましくない反応を防ぐために、細胞のリプログラミングを行う遺伝子導入・発現技術には、自然免疫機構の活性化を回避することが求められる。この性質は、特に、前記1.で記述した生体内での細胞リプログラミングを含む再生医療への応用において重要である。
【0010】
5.理想的な細胞リプログラミングのための遺伝子導入・発現系
以上の検討から、遺伝子を使ってヒト細胞を含む動物細胞をリプログラミングする技術を、さらに改良して産業に応用するためには、上記1.~4.で検討したように、少なくとも以下の5つの条件を満たす遺伝子導入・発現技術が必要である。
(1)ヒト末梢血細胞を含む動物細胞に外来遺伝子を効率よく導入できる。
(2)必要な任意の期間、当該遺伝子を持続的に発現できる。
(3)当該遺伝子の発現に際し、細胞が持つ自然免疫機構を回避できる。
(4)導入した外来遺伝子長があわせて5,000塩基以上、望ましくは8,000塩基以上であっても発現できる。
(5)少なくとも6個、望ましくは8個以上の当該遺伝子を同時に発現できる。
そして、さらに以下の点が達成されていることも強く望まれる。
(6)当該遺伝子の発現レベルを調節することができる。特に、導入遺伝子が複数である場合、各遺伝子の発現レベルを個々に調節可能であることが好ましい。
また、とりわけ遺伝子導入細胞を移植技術に応用する場合には、以下の点もきわめて重要なポイントとなる。
(7)当該遺伝子が不要になった時点で、簡単な手法で除去することができる。
【0011】
6.動物細胞への複数遺伝子導入技術
ヒト細胞を含む動物細胞に外部から複数の遺伝子を導入し当該細胞において持続的に発現する技術であって、細胞のリプログラミングに使用できることが報告されている技術としては、
(1)核内にあるゲノムDNAに当該遺伝子を挿入する方法
(2)核内でゲノムDNAとは独立に安定に存在できるDNAに当該遺伝子を搭載する方法
(3)細胞質に存在するRNAに当該遺伝子を搭載する方法
の3つが知られている。
【0012】
6-1.核内のゲノムDNAに複数遺伝子を挿入する方法
レンチウイルスベクター(非特許文献8、非特許文献14)・トランスポゾン(非特許文献15、非特許文献16)・非相同組換え・相同組換え等を用いて、細胞の核内にあるゲノムDNAに外来遺伝子を挿入する方法では、当該遺伝子はゲノムDNAと同等に安定に存在できる。しかし、いったんゲノムDNAに挿入されると、当該遺伝子だけをゲノムDNAから選択的に除去するためには、配列特異的組換え酵素を細胞に導入する等の煩雑な作業が必要になる上、すべての細胞で確実に除去できるわけではない(非特許文献15)。また、ゲノムDNAへの外来遺伝子の挿入は宿主細胞のDNA複製を必要とするため、血液細胞などの増殖能が低い細胞への遺伝子導入は効率が極めて低い。さらに、外来遺伝子がゲノムDNAにランダムに挿入されることで、宿主の遺伝子の破壊や異常な活性化を起こす「挿入変異」という現象が知られているため、医療応用のためには安全性の懸念が存在する(非特許文献17)。
【0013】
6-2.核内でゲノムDNAとは独立なDNAに複数遺伝子を搭載する方法
細胞の核内で、ゲノムDNAとは独立に安定に存在できるDNAに外来遺伝子を搭載する方法としては、Epstein-Barrウイルスのゲノムの複製起点を搭載した環状DNAを使う方法や(非特許文献18)、直鎖状の巨大なDNAを含む人工染色体を使う方法が知られている(非特許文献19)。これらのDNA分子は、ヒト細胞の核内で複製を続け安定に維持されるが、その機構は宿主細胞のゲノムDNAが複製する機構に依存している。そのため、外来遺伝子が搭載されたDNAの複製だけを特異的に阻害することはできず、当該DNAを細胞から積極的に除去する技術は報告されていない。また、当該DNA分子を細胞核内に導入するためには宿主細胞の分裂が必要であるため、血液細胞などの増殖能が低い細胞への遺伝子導入は効率が極めて低い。また、細胞核内の環状DNAは、高頻度に当該細胞のゲノムDNAに取り込まれることが知られているため、挿入変異の危険性を排除できない(非特許文献20)。
【0014】
6-3.同一のベクターDNAから複数遺伝子を発現する技術
また、上記6-1.及び6-2.で記述したようにDNAを遺伝子発現のプラットフォームとして使用する場合、複数の遺伝子を同一のベクターDNAから発現する技術が必要となる。当該技術としては、1)複数の独立した遺伝子を単純に連結して発現する方法、2)Internal Ribosome Entry Site (IRES)と呼ばれるRNA構造を用いて、1本のメッセンジャーRNA(mRNA)から複数のタンパク質を発現する方法、3)複数のタンパク質を2Aペプチドで連結した融合タンパク質を発現する方法、の3つが知られている。
【0015】
複数の独立した遺伝子を連結する方法では、遺伝子間の相互干渉によって遺伝子の発現が強く抑制されることが知られている(非特許文献21)。これを防止するためには、インシュレーターと呼ばれる構造を遺伝子間に挿入する必要があり、ベクターDNAのサイズが大きくなると共に、構造も複雑になる。この方法では、4個の遺伝子を1個のDNA分子に搭載して発現させた例が報告されているが(非特許文献22)、5個以上の遺伝子を同時に発現した例は報告されていない。
【0016】
IRES配列を用いて、1本のメッセンジャーRNA(mRNA)から複数のタンパク質を発現する方法では、IRES配列の下流に置かれたタンパク質の翻訳効率は、IRES配列の上流に配置されたタンパク質の翻訳効率よりも低く、10%以下になる場合もある(非特許文献23)。
また、IRES配列は比較的サイズが大きく複雑な構造なので、IRES配列を使った方法は主に2個のタンパク質を同時に発現させるために使われている。
【0017】
2Aペプチドは、プラス一本鎖RNAウイルスで見いだされた18から22アミノ酸残基からなる構造で、複数のタンパク質を2Aペプチドで接続した融合タンパク質は、合成時に自動的に切断され、元の複数のタンパク質に分解される。この技術では、切断後に生じる各タンパク質のN末端には1個のプロリンが、C末端には17から21アミノ酸残基が残り、これらの余分なアミノ酸残基が当該タンパク質の機能に影響を与える可能性がある(非特許文献24)。また、2Aペプチド部位での切断効率は融合タンパク質の構造に大きく影響されるため、複数のタンパク質を効率よく作製するためには労力を要する試行錯誤が必要である(非特許文献25)。2Aペプチドで複数のタンパク質を接続する方法では、4個のタンパク質を同時に発現した例(非特許文献8)や5個のタンパク質を同時に発現した例(非特許文献16)が報告されている。また、IRES配列と2Aペプチドを組み合わせて4個のタンパク質を発現した例も報告されている(非特許文献14)。
【0018】
6-4.細胞質に存在するRNAに複数遺伝子を搭載する方法
前記6-1.~6-3.で記述したように、DNAを遺伝子発現のプラットフォームとして使う既存の遺伝子導入・発現技術では、4個から5個の遺伝子を使った細胞のリプログラミングが報告されている。しかし、DNAを遺伝子発現のプラットフォームとして使う限り、6個以上の遺伝子を同時に搭載することや、簡便な方法で遺伝子の除去を達成することは容易では無く、前記5.で示した理想的なリプログラミングに求められる5つの条件ですらすべて満たした技術は報告されていない。
【0019】
一方、RNAをプラットフォームとして、ヒト細胞を含む動物細胞に外部から複数の遺伝子を導入して発現し、細胞をリプログラミングする技術としては、プラス鎖RNAを使う技術(非特許文献26、非特許文献27)と、マイナス鎖RNAを使う技術(特許文献3、特許文献4、特許文献5、特許文献6、非特許文献7、非特許文献28、非特許文献29、非特許文献30)が報告されている。
【0020】
6-4-1.プラス鎖RNAを用いる方法
細胞質で安定に存在できるプラス鎖RNAを使って細胞をリプログラミングする技術としては、ベネズエラ馬脳炎ウイルス(VEEV)由来のプラス一本鎖ゲノムRNAを使った技術(非特許文献26)が報告されている。この技術では、VEEVのゲノムRNA3’側の構造遺伝子を、2Aペプチドで連結したタンパク質をコードする遺伝子で置き換えることにより、4個のタンパク質の発現を実現している。この系は、非常に強いインターフェロン発現の誘導を引き起こし、必ず抗インターフェロン物質(ワクチニアウイルス由来のB18Rタンパク質)と組み合わせる必要がある(非特許文献26)。また、遺伝子導入の効率は組み合わせる遺伝子導入試薬に依存し、リプログラミングが可能なのは線維芽細胞など接着性の細胞に限定される。外来遺伝子を搭載したRNAは不安定で、B18Rタンパク質を培地から除去することで消失する。
【0021】
プラス鎖RNAを使って細胞をリプログラミングする技術としては、化学合成したメッセンジャーRNA(mRNA)を使った技術(非特許文献27)も報告されている。この先行技術は、最大5個の外来遺伝子をそれぞれ別々に搭載した複数のmRNAを混合してから遺伝子導入試薬を使って細胞に導入するもので、遺伝子発現は一過性であるため、当該細胞に毎日新たに導入する必要がある。また、遺伝子導入が可能なのは線維芽細胞など接着性の細胞に限定される。この技術においても自然免疫機構が強力に活性化されるため、必ず抗インターフェロン物質(ワクチニアウイルス由来のB18Rタンパク質)と組み合わせる必要がある(非特許文献27)。
【0022】
6-4-2.マイナス鎖RNAを用いる方法
マイナス鎖RNAを使って細胞をリプログラミングする技術としては、パラミキソウイルスの一種であるセンダイウイルス野生株に、外来遺伝子を別々に搭載したベクターを混合して使う方法(特許文献5、非特許文献28、非特許文献29)や、3つの遺伝子を同時に搭載する方法(特許文献6、非特許文献30)が先行技術として報告されている。これらのマイナス鎖RNAを使った遺伝子発現系では、F遺伝子を欠失することで野生型ウイルスの自律複製能を減弱し、外来遺伝子はそれぞれ単独の遺伝子発現カセットとして搭載される。自然免疫機構の活性化に関しては記述されていないが、素材であるセンダイウイルスは強いインターフェロン誘導能を持っていることが知られている(非特許文献31)ため、当該ベクターもこれに準じた自然免疫機構の活性化能を持つと予想される。また、野生型ウイルスのゲノムに温度感受性変異を導入し、培養温度を上昇させてベクターを除去できることが報告されている(特許文献6、非特許文献29、非特許文献30)。野生型センダイウイルスを基にしたベクターで発現可能な遺伝子のサイズは、3078塩基対(大腸菌ベータ・ガラクトシダーゼ)(非特許文献32)から3450塩基対(KLF4、OCT4、SOX2の3つの遺伝子の合計)と報告されている(特許文献6、非特許文献30)。
【0023】
また、マイナス鎖RNAを使って細胞をリプログラミングする技術としては、持続感染変異センダイウイルスを基にした技術が報告されている(特許文献3、特許文献4、非特許文献7)。この技術においては、ベクターの素材となったウイルスのゲノムにおいて長期持続性に関わる点突然変異が複数同定されており、これらの変異が自然免疫機構の活性化の回避(インターフェロン発現の低下)に関与していることが示されている。また、ウイルスゲノムから3個の遺伝子を欠失したのち新たな遺伝子を搭載することで4個の外来遺伝子を同時に発現させることができる。さらに、RNA依存性RNA合成酵素をコードするL遺伝子の発現をshort interfering RNA (siRNA)で抑制することで、ベクターを能動的に細胞から除去することが報告されている。持続感染変異センダイウイルスを基にしたベクターでは、発現可能な遺伝子のサイズは4774塩基対(KLF4、OCT4、SOX2、c-MYCの4つの遺伝子の合計)と報告されている(特許文献3、特許文献4、非特許文献7)。
【0024】
7.複数遺伝子導入技術の今後の課題
前記6-4.で記述したRNAを遺伝子発現のプラットフォームとして使う既存の遺伝子導入・発現技術では、4個から5個の遺伝子を使った細胞のリプログラミングが報告されている。これらの中では、前記6-4-2.で記述した欠損持続発現型センダイウイルスベクターが最も優れた性質を持っているが、搭載可能と報告されている遺伝子の数は4個が最大である。また、RNAウイルスを素材とした技術では遺伝子発現のレベルを変化させることは難しい。
【0025】
前記6.に示したように、ヒト細胞を含む動物細胞に外部から複数の遺伝子を導入し当該細胞において持続的に発現する技術は、遺伝子を使って正常組織細胞の性質を転換し有用な細胞を作り出す細胞リプログラミングに最適化することを目指して、さまざまな改良が行われてきた。しかし、前記5.で示した理想的なリプログラミングに求められる5つの条件をすべて満たした技術は、これまでに報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0026】
【特許文献1】WO 2007/069666
【特許文献2】WO 2008/118820
【特許文献3】WO 2010/134526
【特許文献4】WO 2012/063817
【特許文献5】WO 2010/008054
【特許文献6】WO 2012/029770
【特許文献7】米国特許第8,326,547号明細書
【特許文献8】米国特許第8,401,798号明細書
【特許文献9】米国特許第7,561,973号明細書
【非特許文献】
【0027】
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【非特許文献2】Yu, et al., Science, 318, 1917-1920, 2007
【非特許文献3】Huang, et al., Cell Stem Cell, 14 370-384, 2014
【非特許文献4】Son, et al., Cell Stem Cell, 9, 205-218, 2011
【非特許文献5】Qian, et al., Nature, 485, 593-598, 2012
【非特許文献6】Song, et al., Nature, 485, 599-604, 2012
【非特許文献7】Nishimura, et al., J. Biol. Chem., 286, 4760-4771, 2011
【非特許文献8】Carey, et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 157-162, 2009
【非特許文献9】Singhal, et al., Cell, 141, 943-955, 2010
【非特許文献10】Son, et al., Cell Stem Cell, 9, 205-218, 2011
【非特許文献11】Tonge, et al., Nature, 516, 192-197, 2014
【非特許文献12】Miura, et al., Nature Biotechnology, 27, 743-745, 2009
【非特許文献13】Randall, J. Gen Virol., 89, 1-47, 2008
【非特許文献14】Sommer, et al., Stem Cells, 28, 64-74, 2010
【非特許文献15】Kaji, et al., Nature, 458, 771-775, 2009
【非特許文献16】Grabundzjia, et al., Nuc. Acids Res., 41, 1829-1847, 2013
【非特許文献17】Hacein-Bey-Abina, et al., Science, 302, 415-419, 2003
【非特許文献18】Wu, et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 10678-10683, 2014
【非特許文献19】Hiratsuka, et al., Plos One, 6, e25961, 2011
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【非特許文献30】Fujie, et al., Plos One, 9, e113052, 2014
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【非特許文献36】Vabret, et al., Plos One, 7, e33502, 2012
【非特許文献37】Rehwinkel, et al., Cell, 140, 397-408, 2010
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【非特許文献74】Studier, et al., J. Mol. Biol., 189, 113-130, 1986
【非特許文献75】Akagi, et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 13567-13572, 2003
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【非特許文献77】Boshart, et al., Cell, 41, 521-530, 1985
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【非特許文献82】Yi and Lemon, J. Virol., 77, 3557-3568, 2003
【非特許文献83】You and Rice, J. Virol., 82, 184-195, 2008
【非特許文献84】Chromikova, et al., Cytotechnology, 67, 343-356, 2015
【非特許文献85】Brandlein and Vollmers, Histol. Histopathol., 19, 897-905, 2004
【非特許文献86】Okada, et al., Microbiol. Immunol., 49, 447-459, 2005
【非特許文献87】Lewis, et al., Nature Biotech., 32, 191-198, 2014
【非特許文献88】Wurm. Nature Biotech., 22, 1393-1398, 2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0028】
以上述べたように、本発明が解決しようとする課題の1つは、遺伝子を使ってヒト細胞を含む動物細胞をリプログラミングするために望ましい遺伝子導入・発現技術、そのためのベクターを開発することである。さらに、リプログラミング遺伝子に限らず、全長5,000塩基以上又は少なくとも6個以上の外来遺伝子を搭載でき、かつ動物細胞で自然免疫機構を活性化させずに持続的に発現可能なベクターを提供することである。また、ベクター上に6個以上の外来遺伝子を搭載するための効率的な手法も提供する。
そして、特にリプログラミング技術にとって望ましい以下の(1)~(5)の条件、好ましくはさらに(6)(7)を含めた条件を満たす遺伝子導入・発現技術を提供する。
(1)ヒト末梢血細胞を含む動物細胞に外来の遺伝子を効率よく導入できる。
(2)必要な任意の期間、当該遺伝子を持続的に発現できる。
(3)当該遺伝子の発現に際し、細胞が持つ自然免疫機構を回避できる。
(4)導入した外来遺伝子長があわせて5,000塩基以上、望ましくは8,000塩基以上であっても発現できる。
(5)少なくとも6個、望ましくは8個以上の当該遺伝子を同時に発現できる。
(6)当該遺伝子の発現レベルを調節することができる。特に、導入遺伝子が複数である場合、個々に調節可能である。
また、特に移植技術に応用する場合には、以下の点も重要なポイントとなる。
(7)当該遺伝子が不要になった時点で、簡単な手法で遺伝子発現系を除去することができる。
【課題を解決するための手段】
【0029】
背景技術の6-1.~6-3.で記述したように、DNAを遺伝子発現のプラットフォームとして使う場合、発明が解決しようとする課題として示した理想的なリプログラミングに求められる5つの条件、さらに好ましい7つの条件をすべて備えることは、原理的に極めて困難である。一方、同6-4.で記述したように、RNAを遺伝子発現のプラットフォームとして使う場合、同一ベクター上に搭載可能な遺伝子数の上限を6個以上かつ全遺伝子長5,000塩基以上に引き上げるとともに、ウイルス由来のRNAが細胞内の自然免疫機構の活性化を引き起こす問題をどうやって回避するかが最大の課題となる。
【0030】
そこで、本発明では、自然免疫機構を活性化しない動物細胞由来のmRNAを素材として使い、これらのRNAを、RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナル・転写終結シグナル・複製起点と組み合わせたマイナス一本鎖RNAをまず設計した。次に、このマイナス一本鎖RNAに、RNA依存性RNA合成酵素など転写と複製に必要な4つのタンパク質をコードする遺伝子を、自然免疫機構に異物として認識されないように構造を最適化した上で搭載した。さらに、5種類の制限酵素を使って10個の遺伝子を設計通りに結合する新しい方法を開発し、この10個の遺伝子と相補的なcRNAを上記のマイナス一本鎖RNAに搭載した。
上記の方法により完成したマイナス一本鎖RNAを遺伝子発現のプラットフォームとして使うことで、少なくとも10個の外来遺伝子(合計のサイズが少なくとも13.5キロ塩基)を搭載して、自然免疫機構を活性化せずに長期間にわたり持続的に発現することに成功した。さらに、遺伝子発現に必要なNタンパク質やCタンパク質の発現効率を変えることで、搭載している遺伝子の発現を最大80倍の範囲で調節可能にした。このように、ウイルス由来の構造を持つRNAをできる限り排除することで、従来のRNAウイルスのゲノムを使った遺伝子発現系の能力の限界を大幅に超えた新規の遺伝子発現系の作製に成功した。
【0031】
さらに、本発明で作製した外来遺伝子を搭載したマイナス一本鎖RNAを持つ細胞において、特許文献3および非特許文献33・非特許文献7に記されている方法に従いパラミキソウイルスの外膜タンパク質とマトリックス・タンパク質を発現させることで、当該RNA分子を内封し、他の細胞に導入する活性を持つ粒子を作製した。この粒子は、ヒト血液細胞を含むさまざまな動物の細胞において、自然免疫機構の活性化を低く抑えたまま、当該RNA分子に搭載された10個の遺伝子を持続的に発現することができた。さらに当該RNA分子に搭載されている、構造最適化されたRNA依存性RNA合成酵素の遺伝子と相補的なsiRNAを当該細胞に導入することで、外来遺伝子を搭載したRNA分子を除去できた。以上の方法により、[発明が解決しようとする課題]で示した(1)~(5)の5個の課題に加え、前述の好ましい場合の課題(6)(7)までも含め、7個の課題をすべて解決できたことを確認し、本発明を完成した。
【0032】
本発明で使用したRNA分子は、自然免疫機構が「病原微生物に特徴的な分子パターン(Pathogen-associated molecular pattern, PAMP)」として認識するために必要な特異的な構造を欠失しているため、自然免疫機構に補捉されにくい「ステルス性」を示す。そのため、以後、当該RNA分子を「ステルス性を有するRNA」、当該RNAを素材として用いた遺伝子発現系を「ステルス型RNA遺伝子発現系」、当該遺伝子発現系を内封し動物細胞に当該遺伝子発現系を導入する活性を持つ構造物を「ステルス型RNAベクター」と呼ぶ。
【0033】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕 下記(1)から(8)のRNA配列を含むマイナス一本鎖RNA(A)と、一本鎖RNA結合タンパク質(B)、RNA依存性RNA合成酵素(C)からなり、自然免疫機構を活性化させない複合体である、ステルス型RNA遺伝子発現系;
(1)任意のタンパク質又は機能性RNAをコードする標的RNA配列、
(2)非コード領域を構成する、動物細胞で発現しているmRNA由来のRNA配列、
(3)前記RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナル配列、
(4)当該酵素が認識する転写終結シグナル配列、
(5)当該酵素が認識する複製起点を含むRNA配列、
(6)当該酵素をコードするRNA配列であって、導入対象細胞が由来する生物種にコドンが最適化されたRNA配列、
(7)当該酵素の活性を調節するタンパク質をコードするRNA配列であって、導入対象細胞が由来する生物種にコドンが最適化されたRNA配列、
(8)前記一本鎖RNA結合タンパク質をコードするRNA配列であって、導入対象細胞が由来する生物種にコドンが最適化されたRNA配列。
ここで、典型的な導入対象細胞はヒト細胞であるため、その好ましい場合は以下の様に記載できる。
〔1’〕 下記(1)から(8)のRNA配列を含むマイナス一本鎖RNA(A)と、一本鎖RNA結合タンパク質(B)、RNA依存性RNA合成酵素(C)からなり、自然免疫機構を活性化させない複合体である、ステルス型RNA遺伝子発現系;
(1)任意のタンパク質又は機能性RNAをコードする標的RNA配列、
(2)非コード領域を構成するヒトmRNA由来RNA配列、
(3)前記RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナル配列、
(4)当該酵素が認識する転写終結シグナル配列、
(5)当該酵素が認識する複製起点を含むRNA配列、
(6)当該酵素をコードするRNA配列であって、ヒト細胞にコドンが最適化されたRNA配列、
(7)当該酵素の活性を調節するタンパク質をコードするRNA配列であって、ヒト細胞にコドンが最適化されたRNA配列、
(8)前記一本鎖RNA結合タンパク質をコードするRNA配列であって、ヒト細胞にコドンが最適化されたRNA配列。
〔2〕 前記(1)の標的RNA配列が、少なくとも6個の遺伝子を含むか、又は全長5000塩基以上の長さのRNA配列である、前記〔1〕に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
ここで、標的RNA配列は、7~10個の遺伝子を含むことができ、また、全長5,000~15,000塩基長の長さのRNA配列である。
〔3〕 前記(2)のRNA配列が、ヒト遺伝子のmRNA配列中の5~49塩基長のRNA配列である、前記〔1〕又は〔2〕に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
ここで、前記ヒト遺伝子のmRNA配列として、好ましくはヒトHouse-keeping遺伝子のmRNA配列であり、より好ましくはヒトHouse-keeping遺伝子のmRNA配列中の非コード領域配列、例えば(表1)に記載のRNA配列もしくはそのうちの連続した5~49塩基長の部分配列、又はそれを複数連結して用いることができる。
〔4〕 同一もしくは異なる配列からなる前記(2)のRNA配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる各遺伝子配列の3’末端側及び/又は5’末端側に隣接して配置されることを特徴とする、前記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
〔5〕 前記(6)のRNA配列がコードするRNA依存性RNA合成酵素が、パラミキソウイルス科に属するRNAウイルス由来のLタンパク質及びPタンパク質であり、
前記(7)のRNA配列がコードする当該酵素の活性を調節するタンパク質が、当該RNAウイルスと同一のウイルス由来のCタンパク質であり、
前記(8)のRNA配列がコードする一本鎖RNA結合タンパク質が、当該RNAウイルスと同一のウイルス由来のNPタンパク質であって、かつ
前記(3)~(5)のRNA配列のいずれもが、当該RNAウイルスと同一のウイルス由来のゲノム配列中の転写開始シグナル、転写終結シグナル、及び複製起点を含むRNA配列であることを特徴とする、
前記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
〔6〕 前記Lタンパク質、Pタンパク質、Cタンパク質及びNPタンパク質をコードするRNA配列がヒト細胞に最適化されており、かつそのGC含量が50~60%の範囲内に調整されている、前記〔5〕に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
〔7〕 前記パラミキソウイルス科に属するRNAウイルスが、センダイウイルス、ヒト・パラインフルエンザウイルス、及びニューキャッスル病ウイルスのいずれかから選択されたRNAウイルスである、前記〔6〕に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
〔8〕 前記(3)の転写開始シグナル配列が、3’-UCCCACUUUC-5’(配列番号1)、3’-UCCCUAUUUC-5’(配列番号2)、3’-UCCCACUUAC-5’(配列番号3)、3’-UCCUAAUUUC-5’(配列番号7)、及び3’-UGCCCAUCUUC-5’(配列番号9)のいずれかに示されるRNA配列から選択されるRNA配列であり、前記(4)の転写終結シグナル配列が、3’-AAUUCUUUUU-5’(配列番号4)、3’-CAUUCUUUUU-5’(配列番号5)、3’-UAUUCUUUUU-5’(配列番号6)、及び3’-UUAUUCUUUUU-5’(配列番号8)のいずれかに示されるRNA配列から選択されるRNA配列であることを特徴とする、前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
〔9〕 同一もしくは異なる配列からなる前記(3)の転写開始シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる各遺伝子配列の3’末端側に隣接して配置された前記(2)のRNA配列のさらに3’末端側に隣接して配置されており、かつ前記(4)転写終結シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる各遺伝子配列の5’末端側に隣接して配置されたRNA配列のさらに5’末端側に隣接して配置されていることを特徴とする、前記〔4〕~〔8〕のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
〔10〕 前記(5)の複製起点を含むRNA配列が、下記の配列を含むことを特徴とする前記〔7〕~〔9〕のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系;
(a)3’-UGGUCUGUUCUC-5’(配列番号11)または3’-UGGUUUGUUCUC-5’(配列番号12)で示されるRNA配列、
(b)3’-GAGAACAGACCA-5’(配列番号13)または3’-GAGAACAAACCA-5’(配列番号14)で示されるRNA配列、
(c)3’-(CNNNNN)-5’(配列番号15)で示されるRNA配列
(d)3’-(NNNNNG)-5’(配列番号16)で示されるRNA配列。
〔11〕 前記(a)のRNA配列が、マイナス一本鎖RNA(A)の3’末端に位置しており、かつ前記(b)のRNA配列が、5’末端に位置していることを特徴とする、前記〔10〕に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
〔12〕 前記(c)のRNA配列が、マイナス一本鎖RNA(A)の3’末端から79塩基目から始まり、かつ前記(d)のRNA配列が、5’末端から96塩基目から始まることを特徴とする、前記〔10〕又は〔11〕に記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
〔13〕 前記(5)の複製起点を含むRNA配列が、さらにマイナス一本鎖RNA(A)の3’末端から97~116塩基目までの位置に、(e)3’-AAAGAAACGACGGUUUCA-5’(配列番号17)のRNA配列又はその同一塩基長である18塩基長のRNA配列を含むことを特徴とする、前記〔10〕~〔12〕のいずれかに記載のステルス型RNA遺伝子発現系。
〔14〕 前記〔1〕~〔13〕に記載のステルス型RNA遺伝子発現系を構成する複合体を含み、動物細胞に当該複合体を導入する活性を持つRNAベクターであって、自然免疫機構を活性化させないステルス型RNAベクター。
〔15〕 動物細胞への感染能を有するウイルス粒子を形成している、前記〔14〕に記載のステルス型RNAベクター。
〔16〕 前記〔14〕又は〔15〕に記載のステルス型RNAベクターが導入された動物細胞。
〔17〕 下記(1)から(8)のRNA配列を含むマイナス一本鎖RNA(A)であって、一本鎖RNA結合タンパク質(B)、及びRNA依存性RNA合成酵素(C)と共に、自然免疫機構を活性化させない複合体を形成することができる、ステルス型RNA;
(1)任意のタンパク質又は機能性RNAをコードする標的RNA配列、
(2)非コード領域を構成する自然免疫機構が認識できないRNA配列、
(3)RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナル配列、
(4)当該酵素が認識する転写終結シグナル配列、
(5)当該酵素が認識する複製起点を含むRNA配列、
(6)当該酵素をコードするRNA配列であって、自然免疫機構が認識できないように構造最適化したRNA配列、
(7)当該酵素の活性を調節するタンパク質をコードするRNA配列であって、自然免疫機構が認識できないように構造最適化したRNA配列、
(8)一本鎖RNA結合タンパク質をコードするRNA配列であって、自然免疫機構が認識できないように構造最適化したRNA配列。
本発明は、以下の態様も含む。
〔17’〕 下記(1)から(8)のRNA配列を含むマイナス一本鎖RNA(A)であって、一本鎖RNA結合タンパク質(B)、及びRNA依存性RNA合成酵素(C)と共に、自然免疫機構を活性化させない複合体を形成することができる、ステルス型RNA;
(1)任意のタンパク質又は機能性RNAをコードする標的RNA配列、
(2)非コード領域を構成する、動物細胞で発現しているmRNA由来のRNA配列、
(3)前記RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナル配列、
(4)当該酵素が認識する転写終結シグナル配列、
(5)当該酵素が認識する複製起点を含むRNA配列、
(6)当該酵素をコードするRNA配列であって、導入対象細胞が由来する生物種にコドンが最適化されたRNA配列、
(7)当該酵素の活性を調節するタンパク質をコードするRNA配列であって、導入対象細胞が由来する生物種にコドンが最適化されたRNA配列、
(8)前記一本鎖RNA結合タンパク質をコードするRNA配列であって、導入対象細胞が由来する生物種にコドンが最適化されたRNA配列。
〔17’’〕 下記(1)から(8)のRNA配列を含むマイナス一本鎖RNA(A)であって、一本鎖RNA結合タンパク質(B)、及びRNA依存性RNA合成酵素(C)と共に、自然免疫機構を活性化させない複合体を形成することができる、ステルス型RNA;
(1)任意のタンパク質又は機能性RNAをコードする標的RNA配列、
(2)非コード領域を構成するヒトmRNA由来RNA配列、
(3)前記RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナル配列、
(4)当該酵素が認識する転写終結シグナル配列、
(5)当該酵素が認識する複製起点を含むRNA配列、
(6)当該酵素をコードするRNA配列であって、ヒト細胞にコドンが最適化されたRNA配列、
(7)当該酵素の活性を調節するタンパク質をコードするRNA配列であって、ヒト細胞にコドンが最適化されたRNA配列、
(8)前記一本鎖RNA結合タンパク質をコードするRNA配列であって、ヒト細胞にコドンが最適化されたRNA配列。
〔18〕 前記マイナス一本鎖RNA(A)の3’末端側及び5’末端側には前記(5)のRNA依存性RNA合成酵素が認識する複製起点を含むRNA配列であって、3’末端側のRNA配列及び5’末端側のRNA配列にはそれぞれ相補するRNA配列が含まれている、前記〔17〕に記載のステルス型RNA。
〔19〕 同一もしくは異なる配列からなる前記(3)の転写開始シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる複数の遺伝子配列の各々の3’末端側に隣接して配置された前記(2)のRNA配列のさらに3’末端側に隣接して配置されており、かつ前記(4)転写終結シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる複数の遺伝子配列の各々の遺伝子配列の5’末端側に隣接して配置されたRNA配列のさらに5’末端側に隣接して配置されていることを特徴とする、前記〔17〕又は〔18〕に記載のステルス型RNA。
〔20〕 同一もしくは異なる配列からなる前記(3)の転写開始シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる複数の遺伝子配列の各々の3’末端側に隣接して配置された前記(2)のRNA配列のさらに3’末端側に隣接して配置されており、かつ前記(4)転写終結シグナル配列が、前記(1)の標的RNA配列に含まれる複数の遺伝子配列の各々の遺伝子配列の5’末端側に隣接して配置されたRNA配列のさらに5’末端側に隣接して配置されており、さらにその両端に、複数の制限酵素により切断可能な制限酵素サイトを有したカセット構造を構成しており、当該カセット構造が複数結合していることを特徴とする、前記〔17〕~〔19〕のいずれかに記載のステルス型RNA。
〔21〕ステルス型RNA遺伝子発現系を再構成する方法であって、下記の(1)~(5)の工程を含む方法;
(1)T7 RNA polymeraseを発現している大腸菌を用意する工程、
(2)前記〔1〕~〔13〕のいずれかに記載のマイナス一本鎖RNA(A)と共に、少なくともRNA依存性RNA合成酵素及びRNA結合活性タンパク質をコードするRNAが搭載された大腸菌用ベクターと、RNA結合活性タンパク質をコードするDNAを発現する大腸菌用ベクターとを(1)の大腸菌宿主内に導入して形質転換する工程、
(3)(2)の形質転換大腸菌内で、T7 RNA polymeraseにより発現させた外来の遺伝子RNAを含むマイナス一本鎖RNAと、RNA結合活性タンパク質との複合体を形成させる工程、
(4)RNA依存性RNA合成酵素を発現している動物細胞を用意する工程、
(5)(3)で得られたマイナス一本鎖RNAと、RNA結合活性タンパク質との複合体を、(4)の動物細胞宿主内に導入して、マイナス一本鎖RNAと、RNA結合活性タンパク質及びRNA依存性RNA合成酵素との複合体からなる、ステルス型RNA遺伝子発現系を再構成する工程。
〔22〕 2箇所のクロ-ニング部位A、Bを有するDNAベースのタンデム型カセットであって、
当該タンデム型カセットは5’末端側から順に(1)マルチマー化部位A、(2)転写開始シグナルA、(3)非コード配列A1、(4)クローニング部位A、(5)非コード領域A2、(6)転写終結シグナルA、(7)転写開始シグナルB、(8)非コード配列B1、(9)クローニング部位B、(10)非コード領域B2、(11)転写終結シグナルB、及び(12)マルチマー化部位Bにより構成されており、
前記(1)マルチマー化部位A、及び(12)マルチマー化部位Bは、それぞれ制限酵素認識配列及び/又は部位特異的組換え酵素認識配列を含み、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(2)転写開始シグナルA、及び(7)転写開始シグナルBは、それぞれRNAに転写された場合にRNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナルを含む、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(3)非コード配列A1、(5)非コード領域A2、(8)非コード配列B1、及び(10)非コード領域B2は、それぞれRNAに転写された場合に宿主細胞の自然免疫機構に認識されないRNAとなる、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(4)クローニング部位A、及び(9)クローニング部位Bは、それぞれ1以上の制限酵素認識配列及び/又は部位特異的組換え酵素認識配列を含む、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(6)転写終結シグナルA、及び(11)転写終結シグナルBは、それぞれRNAに転写された場合にRNA依存性RNA合成酵素が認識する転写終結シグナルを含む、互いに同一もしくは異なるDNAである、
タンデム型カセット。
〔23〕 前記(4)クローニング部位Aは5’末端側から順に制限酵素A認識配列、及び制限酵素C認識配列を含み、
前記(9)クローニング部位Bは、5’末端側から順に制限酵素D認識配列、及び制限酵素B認識配列を含んでおり、
ここで制限酵素Aと制限酵素Dは同一配列の一本鎖突出末端を生じるものであり、制限酵素Cと制限酵素Bは同一配列の一本鎖突出末端を生じるものである、
前記〔22〕に記載のタンデム型カセット。
〔24〕 前記(1)マルチマー化部位A、及び(12)マルチマー化部位Bは、いずれもNN又はNNNで表される配列任意の一本鎖突出末端を生じる制限酵素の認識配列を含むDNAである、
前記〔22〕又は〔23〕に記載のタンデム型カセット。
〔25〕 前記(3)非コード配列A1、(5)非コード領域A2、(8)非コード配列B1、及び(10)非コード領域B2が、それぞれ動物細胞で発現しているmRNA由来RNA配列の部分配列に対応する同一もしくは異なるcDNAであって、
前記(4)クローニング部位A、及び(9)クローニング部位Bに、同一もしくは異なるヒト由来遺伝子が挿入された、前記〔22〕~〔24〕のいずれかに記載のタンデム型カセット。
【発明の効果】
【0034】
本発明のステルス型RNA遺伝子発現系は、自然免疫機構に補捉されにくいため、細胞障害性が極めて低く、10個の遺伝子を搭載してさまざまな組織細胞に導入し、必要な期間、いつまでも持続的に発現することができる。なお、本発明で自然免疫機構を回避できる、又は免疫機構に認識されないというとき、導入した遺伝子又はそのためのベクターなどが、宿主の自然免疫を実質的に刺激しないことを指す。具体的には、インターフェロンβ誘導能を指標として、正常細胞におけるIFN-β mRNAの発現量を1.0としたときに30以下、好ましくは20以下、より好ましくは10以下であることをいう。
また、ステルス型RNA遺伝子発現系は細胞質で機能するため、当該遺伝子発現系を内封したステルス型RNAベクターを使えば、増殖能を持たず細胞分裂をしていない末梢血の細胞に導入して搭載遺伝子を発現することができる。さらに、最大80倍の幅で発現の強度が異なる遺伝子発現系を選ぶことができ、不要になったらRNA依存性RNA合成酵素の活性を抑制することで簡単に除去できる。このため、この技術は、これまでは不可能であった、6個以上の遺伝子を使って、ヒト細胞を含む動物細胞の性質を効率よくリプログラミングする目的に最適である。
例えば、ヒトの末梢血細胞を材料として、動物成分不含(Xeno-free)・フィーダー細胞不使用(Feeder-free)といった困難な条件下で、再生医療の臨床用に使用する高品質のiPS細胞を高効率で作製するという応用が考えられる。また6個以上の遺伝子を使って、ヒトの組織細胞(血液・皮膚・胎盤など)から神経細胞・神経幹細胞・幹細胞・膵ベータ細胞などの有用な遺伝子を作り出すダイレクト・リプログラミングと呼ばれる技術への応用も可能である。さらに、細胞死や炎症を引き起こす可能性が低いことから、巨大遺伝子も含む各種遺伝子による遺伝子治療や生体内でのリプログラミングによる再生医療への応用が期待される。
【0035】
ステルス型RNA遺伝子発現系は、複数個の遺伝子を同時に搭載して一定の割合で発現できるため、複数のサブユニットからなるバイオ医薬品の製造にも効果を発揮する。例えば、ヒト免疫グロブリンGを生産する場合は各サブユニットが同じ細胞で同時に発現する必要がある。しかも、ヒト免疫グロブリンGを生産する場合は、H鎖とL鎖を1:1の割合で、ヒト免疫グロブリンMを生産する場合は、H鎖:L鎖:μ鎖を1:1:0.2の割合で、同じ細胞で同時に発現することが望まれるが、ステルス型RNA遺伝子発現系はこのような要求を容易に満たすことができる。
さらに、ステルス型RNA遺伝子発現系は遺伝子発現のレベルを変えることができるため、バイオ医薬品の製造に必要な強い遺伝子発現を容易に実現できる。これまでの動物細胞を使ったバイオ医薬品の製造工程では、染色体に取り込まれた遺伝子のコピー数が増幅された安定な細胞株を樹立するという多大な時間と労力を必要とする過程が必要であったが、ステルス型RNA遺伝子発現系を採用すれば、このような労力は不要となる。
また、ステルス型RNA遺伝子発現系は、バイオ医薬品の製造にあたって問題となる遺伝子変異を抑制するためにも効果を発揮する。近年、RNAウイルスのゲノムが変異を起こす主因が、細胞質のアデノシンデアミナーゼ(Adenosine deaminase acting on RNA、ADAR1)であることが報告されている(非特許文献39)。ADAR1は自然免疫機構の活性化によって誘導されるため、ステルス型RNA遺伝子発現系ではADAR1の誘導を最小限に抑えて遺伝子の変異を抑制することが可能である。
【0036】
ステルス型RNA遺伝子発現系はまた、複数のサブユニットからなる創薬標的タンパク質の発現にも最適である。例えば、創薬標的酵素のNADPH酸化酵素 (Nox2)を発現するためには、gp91phox・p22phox・Rac・p47phox・p67phox・p40phoxの6個のサブユニットを同時に発現する必要があるが、ステルス型RNA遺伝子発現系では容易に実現できる。さらに、ステルス型RNAベクターを使えば、初代培養血管内皮細胞や神経細胞など、細胞分裂を起こさないため遺伝子導入や発現が困難であった標的細胞にも創薬標的タンパク質を発現させることができ、容易に目的を達成することができる。
【0037】
また、ステルス型RNA遺伝子発現系やステルス型RNAベクターは、細胞障害や炎症を引き起こす可能性が低いことから、生体内での遺伝子発現により治療効果を得る遺伝子治療のプラットフォームとしての応用が可能である。特に、従来の遺伝子導入・発現ベクターでは不可能であった、血友病Aの原因遺伝子産物である血液凝固第8因子のcDNA(7053塩基)やデュシェンヌ型筋ジストロフィーの原因遺伝子産物であるジストロフィンのcDNA(11058塩基)などの巨大な遺伝子を搭載して持続的に発現することが可能なので、これらの疾患の遺伝子治療用ベクターとしての応用が期待される。
さらに、本発明においてベクター上に6個以上、好ましくは8個以上の外来遺伝子を搭載するために開発されたタンデム型カセット連結法に用いるタンデム型カセットはDNAベースで構築されるので、当該手法は本発明のステルス型RNAベクターのみならず、一般的なDNA発現ベクターなど幅広く応用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1】動物細胞で発現するmRNAに由来するRNAと、RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナル・転写終結シグナル・複製起点を組み合わせて作製したマイナス一本鎖RNA分子の構造を示す図
図2】マイナス一本鎖RNA分子の複製に必要な核酸の3’末端と5’末端の構造を示す図
図3】マイナス一本鎖RNA分子の複製に必要な核酸の3’末端の構造を示す図
図4】マイナス一本鎖RNA分子の複製に必要な核酸の5’末端の構造を示す図
図5】RNAウイルス由来のmRNAにおけるCodon adaptation indexの解析
図6】RNAウイルス由来のmRNAにおけるGC含量の解析
図7】ステルス型RNA遺伝子発現系に搭載する外来遺伝子cDNAの設計法を示す図
図8】2個の外来遺伝子cDNAを結合する方法を示した図
図9】10個の外来遺伝子cDNAを結合する方法を示した図
図10】10個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNA遺伝子発現系を作製するための鋳型cDNAを構築する方法を示した図
図11】鋳型cDNAからステルス型RNA遺伝子発現系を再構成するための第1の方法を示した図
図12】鋳型cDNAからステルス型RNA遺伝子発現系を再構成するための第2の方法を示した図
図13】10個の外来遺伝子cDNAを搭載したステルス型RNA遺伝子発現系のゲノム構造を示した図
図14】10個の外来遺伝子cDNAを搭載したステルス型RNA遺伝子発現系の遺伝子発現活性を示した図
図15図13とは異なる方法で核酸の塩基配列を最適化して作製した、10個の外来遺伝子cDNAを搭載したステルス型RNA遺伝子発現系のゲノム構造を示した図
図16】N、C、PolS(P)遺伝子の配置を換えて作製した、10個の外来遺伝子cDNAを搭載したステルス型RNA遺伝子発現系のゲノム構造を示した図
図17】ステルス型RNAベクターのインターフェロン誘導活性を示す図
図18】自然免疫活性誘導能を完全に回避するための追加因子を搭載したステルス型RNA遺伝子発現系のゲノム構造を示した図
図19】追加因子を搭載したステルス型RNAベクターによるインターフェロン誘導能を示した図
図20】異なる遺伝子発現レベルを持ったステルス型RNA遺伝子発現系の構造を示す図(プラス鎖RNA配列で表記している。)
図21】C遺伝子を欠失または翻訳抑制したステルス型RNA遺伝子発現系のゲノム構造と遺伝子発現を示す図
図22】ステルス型RNA遺伝子発現系のパッケージング・シグナルの活性を示す図
図23】ステルス型RNA遺伝子発現系を細胞からの除去を示す図
図24】これまでに作製したステルス型RNAベクターのゲノム構造を示す図
図25】6個の初期化遺伝子を搭載したステルス型RNAベクターによる人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製効率を示した図
図26】ステルス型RNA遺伝子発現系による免疫グロブリンMの発現を示した図
図27】ステルス型RNA遺伝子発現系による二重特異性抗体の発現を示した図
【発明を実施するための形態】
【0039】
1. 本発明の「ステルス型RNA遺伝子発現系」の構成要素
本発明で使用したRNA分子は、自然免疫機構に補捉されにくい「ステルス性」を示す。
そのため、本発明では、当該RNA分子を「ステルス性を有するRNA」、当該RNAを素材として用いた遺伝子発現系を「ステルス型RNA遺伝子発現系」、当該遺伝子発現系を内封し動物細胞に当該遺伝子発現系を導入する活性を持つ構造物を「ステルス型RNAベクター」と呼ぶ。
本発明におけるステルス型RNA遺伝子発現系とは、以下の(1)から(8)のRNA配列を含むマイナス一本鎖RNA(A)と、一本鎖RNA結合タンパク質(B)、RNA依存性RNA合成酵素(C)からなり、かつ自然免疫機構を活性化させない複合体である。ステルス型RNAベクターとは、当該複合体を含み動物細胞に当該複合体を導入する活性を持つ粒子である。
なお、本発明においてマイナス一本鎖RNAのRNA配列を表記するに際して、タンパク質をコードする配列というとき、アンチセンス鎖側のRNA配列を指す。
(1)任意のタンパク質又は機能性RNAをコードする標的RNA配列、
(2)非コード領域を構成する自然免疫機構が認識できないRNA配列、
(3)前記RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナル配列、
(4)当該酵素が認識する転写終結シグナル配列、
(5)当該酵素が認識する複製起点を含むRNA配列、
(6)当該酵素をコードするRNA配列であって、自然免疫機構が認識できないように構造最適化したRNA配列、
(7)当該酵素の活性を調節するタンパク質をコードするRNA配列であって、自然免疫機構が認識できないように構造最適化したRNA配列、
(8)前記一本鎖RNA結合タンパク質をコードするRNA配列であって、自然免疫機構が認識できないように構造最適化したRNA配列。
(以下、遺伝子RNA又は、単に遺伝子ということもある。)。
ここで、(2)のRNAは5~49塩基長を有していることが好ましく、(1)の導入された外来遺伝子RNAのそれぞれの3’末端側及び5’末端側の非コード領域として配置される。
また、(1)の導入する外来遺伝子RNAの個数は、6個未満、例えば1~5個であっても、全塩基長が5,000塩基長未満であっても当然にステルス型RNA遺伝子発現系として機能するが、本発明のRNA遺伝子発現系が顕著な効果を発揮するのは、特に外来遺伝子RNAの個数が6個以上、好ましくは8個以上、より好ましくは10個以上の遺伝子を、また全塩基長では5,000塩基長、好ましくは8,000塩基長、より好ましくは10,000塩基長のRNAを含む場合である。
なお、本願明細書において、遺伝子あるいは遺伝子材料というとき、マイナス鎖RNAまたはcDNA、及びこれと相補のプラス鎖RNAまたはcDNAを含む。すなわち転写あるいは逆転写により、上記いずれかの遺伝子あるいは遺伝子材料を合成しうるものは本発明に含まれる。
【0040】
2. 本発明のステルス型RNA発現系の構成要素
2-1. 外来遺伝子RNA導入のためのタンデム型カセットの作成
本発明のステルス型RNA遺伝子発現系における外来遺伝子RNAは、その3’末端及び5’末端の非コード領域に5~49塩基の同一もしくは異なる「(1)自然免疫機構に認識されないRNA」を有しており、そのさらに外側の3’末端及び5’末端にそれぞれ(3)の「転写開始シグナル」及び(4)の「転写終結シグナル」が設けられ、最も外側の両端にはマルチマー化部位を設けてカセット化することができる。
【0041】
本発明のステルス型RNA遺伝子発現系に用いられるマイナス鎖一本鎖RNAは、下記に示すDNAベースのタンデム型カセットを用いることにより、容易に構築することができる。
本発明のタンデム型カセットは、5’末端側から順に(1)マルチマー化部位A、(2)転写開始シグナルA、(3)非コード配列A1、(4)クローニング部位A、(5)非コード領域A2、(6)転写終結シグナルA、(7)転写開始シグナルB、(8)非コード配列B1、(9)クローニング部位B、(10)非コード領域B2、(11)転写終結シグナルB、及び(12)マルチマー化部位Bにより構成される。当該タンデム型カセットを模式的に図示したものとして、図7の下図を挙げることができる。
上記マルチマー化部位A及びBは互いに同一又は異なってよく、当該カセットのマルチマー化、あるいは他の核酸との結合に使用できる配列である限り、任意の配列を用いることができる。マルチマー化部位の好ましい例として、制限酵素認識配列、及び部位特異的組換え酵素の認識配列が挙げられる。好ましい制限酵素の例として、切断面にNNやNNNの様に表される配列任意の一本鎖突出端を生成する性質を持つSapI、BbsI、BbvI、BcoDI、BfuAI、BsaI、BsmBI、BsmFI、BtgZI、EarI、FokI、HgaI、SfaNIを挙げることができる。また他の好ましい例として、認識配列の内部に不定形の配列を持つAlwNI、BglI、BstAPI、BstXI、DraIII、SfiIなどが挙げられる。また、相同組換えを利用する場合には組換え酵素の認識配列として、attB1及びattB2などの配列を挙げることができる。さらに、Gibson Assembly System (New England Biolabs, Inc) を利用する場合には、連結させる相手となる他のタンデム型カセットの末端部とオーバーラップ配列と同一配列とすることを前提として、マルチマー化部位として任意の15塩基以上の配列を用いることができる。
転写開始シグナルA及びBは互いに同一又は異なってよく、RNAに転写された場合にRNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナルとして機能的であればどのような配列でもよい。RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナルの例は以下の段落で具体的に記載する。好ましくは、配列番号1~3の配列が挙げられる。
非コード配列A1、A2、B1及びB2は、互いに同一又は異なってよい。RNAに転写された場合に上記で定義される「自然免疫機構に認識されないRNA」であればどのような配列でもよく、好ましい例は5~49塩基長の配列であって表1に掲げるそれぞれの配列が挙げられる。
クローニング部位A及びBは、所望の外来遺伝子を挿入できる限りどのような配列であってもよい。好ましくは、一のクローニング部位は1又は2以上の制限酵素認識配列を含むか、1又は2以上の部位特異的組換え酵素の認識配列を含むものである。クローニング部位の好ましい例として、Acc65I認識部位とSalI認識部位とを含む配列、Acc65I認識部位とXhoI認識部位とを含む配列、BsiWI認識部位とSalI認識部位とを含む配列、及びBsiWI認識部位とXhoI認識部位とを含む配列を挙げることができる。
転写終結シグナルA及びBは互いに同一又は異なってよく、RNAに転写された場合にRNA依存性RNA合成酵素が認識する転写終結シグナルとして機能的であればどのような配列でもよい。RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写終結シグナルの例は以下の段落で具体的に記載する。好ましくは、配列番号4~6の配列が挙げられる。
当該一のタンデム型カセットには、少なくとも2つの外来遺伝子を挿入させることができる。2つの外来遺伝子が挿入されたカセットを5つ連結させたカセットマルチマーは、10の外来遺伝子を担持したものとなる。下記の実施例では、このようなタンデム型カセットをマルチマー化することを利用して、外来遺伝子を4、6又は10担持したDNAフラグメントを作成し、プラスミドにサブクローニングさせた。さらにウイルス由来のRNA依存性RNA合成酵素遺伝子やRNA結合タンパク質遺伝子と組み合わせることにより、本願発明で所望されるRNA発現系が構築される。
【0042】
2-2. RNA依存性RNA合成酵素と当該酵素を認識する転写開始シグナル及び転写終結シグナル
「RNA依存性RNA合成酵素」並びに当該酵素を認識する転写開始シグナル及び転写終結シグナルは、同一のマイナス鎖RNAウイルス由来配列から選択されることが好ましく、典型的にはパラミキソウイルス科に属するウイルスゲノム由来配列である。パラミキソウイルス科に属するウイルスのゲノムの「RNA依存性RNA合成酵素」、「当該酵素が認識する転写開始シグナル」及び「当該酵素が認識する転写終結シグナル」の組み合わせは、すべて同じ基本構造を持っているため、どのウイルス由来の配列の組み合わせであっても用いることができる。
本発明の実施例においては、「RNA依存性RNA合成酵素」としてセンダイウイルスのLタンパク質(RNA合成酵素のlarge subunit、PolL)とPタンパク質(RNA合成酵素のsmall subunit、PolS)の組み合わせを選び、「RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナルであるRNA」として「3’-UCCCACUUUC-5’(配列番号1)」、「RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写終結シグナルであるRNA」として「3’-AAUUCUUUUU-5’(配列番号4)」を選び、転写開始シグナルと転写終結シグナルを各遺伝子の3’側と5’側にそれぞれ配置した(図1)。そして、「RNA合成酵素の活性を調節するタンパク質」としては、センダイウイルスのCタンパク質(C)を、また、「一本鎖RNA結合タンパク質」としては、センダイウイルスのNPタンパク質(N)を用いている。
なお、本明細書で開示される技術において、RNAは主としてマイナス鎖の一本鎖RNAの態様で使用されるため、RNA配列は、特に注釈がない限り、マイナス鎖の配列情報として3’末端側から開示される。ただし、本明細書の一部を構成する配列表の配列情報はガイドラインに従い5’末端側から記載されている。
【0043】
「RNA依存性RNA合成酵素」としてセンダイウイルスのLタンパク質とPタンパク質の組み合わせを選んだ場合は、転写開始シグナルとして「3’-UCCCACUUUC-5’(配列番号1)」、「3’-UCCCUAUUUC-5’(配列番号2)」、「3’-UCCCACUUAC-5’(配列番号3)」の他、これらの配列と同等の機能を持つRNAを使用することができる。また転写終結シグナルについても同様に、「3’-AAUUCUUUUU-5’(配列番号4)」「3’-CAUUCUUUUU-5’(配列番号5)」,「3’-UAUUCUUUUU-5’(配列番号6)」の他、これらの配列と同等の機能を持つRNAを使用することができる。また、「RNA依存性RNA合成酵素」としてヒト・パラインフルエンザウイルス3型のLタンパク質とPタンパク質の組み合わせを選んだ場合は、転写開始シグナルとして「3’-UCCUAAUUUC-5’(配列番号7)」または同等の機能を持つRNAを、転写終結シグナルとして「3’-UUAUUCUUUUU-5’(配列番号8)」 または同等の機能を持つRNAを使用することができる。さらに、「RNA依存性RNA合成酵素」としてニューキャッスル病ウイルスのLタンパク質とPタンパク質の組み合わせを選んだ場合は、転写開始シグナルとして「3’-UGCCCAUCUUC-5’(配列番号9)」 または同等の機能を持つRNAを、転写終結シグナルとして「3’-AAUCUUUUUU-5’(配列番号10)」 または同等の機能を持つRNAを使用することができる。
【0044】
2-3. 本発明のステルス型RNA遺伝子発現系の複製機能のための要素
本発明のステルス型RNA遺伝子発現系の複製機能のための必須の要素としては、RNA依存性RNA合成酵素が認識する複製起点並びに3’末端側の (CNNNNN)-及び5’末端側の(NNNNNG)-という構造を持つ配列がある。
本発明の実施例においては、「RNA依存性RNA合成酵素」としてセンダイウイルスのLタンパク質とPタンパク質の組み合わせを選んだため、「RNA依存性RNA合成酵素が認識する複製起点を含むRNA」としては、センダイウイルスのゲノムの3’末端に存在する114塩基のRNA、およびセンダイウイルスのゲノムの5’末端に存在する96塩基のRNAを選択した。
この構造のうち、ステルス型RNA遺伝子発現系の複製機能に必須なのは以下のとおりである(図2図3図4)。
(1)ゲノム3’末端に存在する「3’-UGGUCUGUUCUC-5’(配列番号11)」または同等の機能を持つ12塩基のRNA配列(例えば、「3’-UGGUUUGUUCUC-5’(配列番号12)」)(2)ゲノム5’末端に存在する「3’-GAGAACAGACCA-5’(配列番号13)」または同等の機能を持つ12塩基のRNA配列(例えば、「3’-GAGAACAAACCA-5’(配列番号14)」)(3)ゲノム3’末端から79塩基目から始まる「3’-(CNNNNN)-5’(配列番号15)」という構造を持つ18塩基のRNA配列
(4)ゲノム5’末端から96塩基目から始まる「3’-(NNNNNG)-5’(配列番号16)」という構造を持つ18塩基のRNA配列
このうち、(1)と(2)は相互に相補的な配列であり、ゲノムRNAの3’末端とアンチゲノムRNA(ゲノムRNAに相補的なRNA)の3’末端が同じであることから、RNA依存性RNA合成酵素が認識する複製起点と考えられている。また、(3)と(4)は機能が不明であるが、RNA依存性RNA合成酵素による一本鎖RNAの複製に必須の配列であることが知られている(非特許文献42)。
【0045】
2-4. マイナス一本鎖RNAにおける粒子化に必須なパッケージング・シグナル領域
また、本発明では、初めてマイナス一本鎖RNAにおける粒子化のためのパッケージング・シグナルとなる領域として、ゲノム3’末端から97塩基目から114塩基目までの領域を同定した。
実施例18(図22)に示すように、当該領域(「配列D」として表記)の全てを削除してしまうと、パッケージ細胞内での遺伝子発現には影響はないが、ステルス型RNAベクターの粒子化効率が極めて低下してしまう結果が得られた。
このことは、この18塩基の配列もしくはその18塩基長領域又はその一部がウイルス様粒子に取り込まれるために必須な配列又は領域であることを示している。
そこで、さらにこの18塩基の配列を下記(表1)に挙げられているHouse-keeping遺伝子由来mRNAの部分配列から任意に選んで置換してみた(図3の(5)、配列番号75)ところ、粒子化効率に変化がないことを確認した。
このことから、ゲノム3’末端から97~114塩基目までの18塩基長又はその一部の長さの領域が、マイナス一本鎖RNAにおける粒子化のためのパッケージングに必須であると考えられる。すなわち、当該領域は、マイナス一本鎖RNAを鋳型とした転写と複製には必須ではないが、ステルス型RNA遺伝子発現系がウイルス様粒子に取り込まれるために必須な「パッケージング・シグナル領域」であるといえる。
(5)ゲノム3’末端から97~114塩基目までの「3’-AAAGAAACGACGGUUUCA-5’(配列番号17)」に対応する18塩基長のRNA、またはその少なくとも連続した8塩基以上、好ましくは10塩基以上、より好ましくは15塩基以上の長さの任意のRNA。
上記(5)の18塩基長あるいはその一部領域を欠いたステルス型RNA遺伝子発現系は、たとえ宿主細胞に同種あるいは異種ウイルスが感染したとしても、当該ステルス型RNA遺伝子発現系を含んだウイルス様粒子の産生につながる可能性が極めて低い。
したがって、当該18塩基長又はその一部領域は、本発明のステルス型RNA遺伝子発現系を感染性の粒子とし、ステルス型RNA遺伝子発現ベクターとして用いる場合は、必須の領域であるが、ウイルス様粒子の混入を極限まで排除して安全性を確保したいバイオ医薬品製造には、むしろ排除すべき配列となる。
【0046】
2-5. マイナス一本鎖RNAの遺伝子発現の鋳型の構築
「RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナルであるRNA」、「RNA依存性RNA合成酵素が認識する転写終結シグナルであるRNA」およびマイナス一本鎖RNAの3’末端と5’末端に存在する「RNA依存性RNA合成酵素が認識する複製起点を含むRNA」を組み合わせ、転写開始シグナルと転写終結シグナルの間に任意の外来遺伝子を搭載したRNA分子は、トランスに供給されるウイルス由来のRNA依存性RNA合成酵素など必要な因子の存在下で、転写や複製の鋳型となることが知られている(非特許文献43、非特許文献44、非特許文献45)。例えば、センダイウイルス由来の転写開始シグナル、転写終結シグナルと複製起点を組み合わせ、外来遺伝子として大腸菌のChloramphenicol acetyltransferase(CAT)遺伝子を搭載した上記の構造を持つマイナス一本鎖RNAは、センダイウイルスが感染した細胞の中で転写と複製の鋳型となり、CATが作られることが示されている(非特許文献43、非特許文献44)。また、同様の構造を持つマイナス一本鎖RNAは、センダイウイルスのNP(一本鎖RNA結合タンパク質)、P(RNA依存性RNA合成酵素のsmall subunit)およびL(RNA依存性RNA合成酵素のlarge subunit)タンパク質を安定に発現する細胞で、持続的に複製を続けることが示されている(非特許文献45)。
これらの報告は、本発明で作製したマイナス一本鎖RNAが遺伝子発現の鋳型となることを示しているが、このままでは転写や複製の活性はウイルスの遺伝子を含む細胞からトランスに供給されるNP、P、Lタンパク質に依存するため、任意の細胞で遺伝子発現を行うことができる汎用的な遺伝子発現系とはならない。そこで次に、前記2-3.(図1)で示した構造を持つ、自然免疫機構に認識されない成分から構成されたRNA分子に、転写と複製に必要な遺伝子を搭載することを試みた。
【0047】
3. 動物細胞における自然免疫機構の活性化(PAMP)の回避についての知見
3-1. ウイルス由来RNAのPAMPについて
動物細胞が持つ自然免疫機構は、細胞内に侵入したウイルスのゲノムRNAやウイルス遺伝子のmRNAに存在する「病原微生物に特徴的な分子パターン(Pathogen-associated molecular pattern, PAMP)」を認識して活性化される。PAMPの構造は、これまでにC型肝炎ウイルスとヒト免疫不全ウイルスにおいて同定されている。C型肝炎ウイルスでは、ゲノム3’末端の非コード領域にあるUridineに富んだ配列がPAMPであることが報告されている(非特許文献35)。一方、ヒト免疫不全ウイルスでは、Gag、Pol、Envの3つの遺伝子から転写されたmRNAに存在するAdenine含量が高い領域がPAMPとなることが報告されている(非特許文献36)。この他、センダイウイルスでは、感染細胞中に存在する600塩基より長い長鎖RNA分画に強いPAMPの活性が検出されており(非特許文献37)、F・HN・Lの各遺伝子の非コード領域にもPAMPとして機能する可能性がある高度な二次構造が存在することが知られている(非特許文献38)。このように、ほとんどのウイルス由来のRNAはPAMPを含んでいると予想される。
【0048】
3-2. ウイルス由来RNAに対する最適化の検討
RNAウイルスゲノム中のタンパク質をコードしている領域のコドンをヒト細胞に最適化することでPAMP構造を破壊し、自然免疫機構の活性化を回避しようとする試みは従来から複数行われていた。例えば、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)のGag、Pol、Envの各遺伝子から転写される各mRNAにはそれぞれPAMPが存在しているため、いずれの遺伝子もそのまま動物細胞で発現させるとインターフェロンを誘導するが、ヒト細胞に最適化して発現させたGag、Pol、Envタンパク質はいずれもインターフェロン誘導が抑制されることが報告されている(非特許文献36)。また、サル免疫不全ウイルス(SIV)においても、HIVと同様にGag、Pol、EnvのmRNAにPAMPが存在し、各遺伝子のPAMPを含む領域のコドンをヒト細胞に最適化することで、インターフェロン誘導能は低下することが知られている(非特許文献48)。しかし、SIVゲノム配列中のPol遺伝子のPAMPを含む領域のコドンを最適化しただけでは、SIVのインターフェロン誘導能はほとんど変化しない。そこで、Pol遺伝子の最適化に加えてGag遺伝子のPAMPを含む領域のコドンも最適化してしまうと、ウイルスの複製能が1%以下に低下し、ウイルスの転写・複製の機能が大きく損なわれる結果が示されている(非特許文献48)。この結果は、SIVのPol遺伝子やGag遺伝子は、単にPolタンパク質やGagタンパク質をコードしているだけでなく、タンパク質をコードしている核酸配列自体にウイルスの転写あるいは複製の機能に必要な情報が存在していることを示している。
また、C型肝炎ウイルスの、ゲノム3’末端の非コード領域中のPAMPを含む領域についても、当該領域を破壊してしまうと、そのウイルス複製能が損なわれる(非特許文献82.非特許文献83)という報告がある。
これらの結果は、RNAウイルスゲノム中の「PAMPを含む領域」が、同時にウイルスの複製等の機能にとって必須の領域である可能性が高いことを示すものである。
このように、RNAウイルスの機能を損なわずにゲノム核酸からPAMPの機能を有する構造を除去する普遍的な方法は知られていないことから、ウイルスRNA中のPAMPを含む領域のコドンをヒト細胞に最適化する技術をRNAウイルスベクターに適用することは、むしろ否定的な結果となっている。
【0049】
3-3. ウイルス由来の自然免疫阻害因子の利用
RNAウイルスのゲノムや合成RNAを遺伝子発現のプラットフォームとして使った従来の技術では、PAMPとして認識される構造を明らかにして当該構造を除去するのではなく、各種のウイルスが備えている自然免疫機構に拮抗する因子の働きでPAMPによる自然免疫機構の活性化を阻害し、細胞障害性を減弱している。例えば、非特許文献26や非特許文献27で必須の構成要素として使われているB18Rタンパク質は、ワクチニアウイルスのゲノムDNAにコードされているインターフェロン結合タンパク質で、インターフェロンの活性を阻害することで自然免疫機構の活性化を阻害する機能を持つ。
また、特許文献3・特許文献4・非特許文献7で記述されているセンダイウイルスを基にしたベクターでは、RNA依存性RNA合成酵素(Lタンパク質とPタンパク質)の変異と共に、センダイウイルス由来のVタンパク質の発現が自然免疫機構の抑制の役割を担っている。Vタンパク質は、センダイウイルスのP遺伝子領域から転写されたmRNAから作られるタンパク質の1つであり、Pタンパク質と共通のN末端(317アミノ酸残基)と、Vタンパク質に固有の構造を持つ塩基性のC末端(67アミノ酸残基)を持つ(非特許文献39)。Vタンパク質は、転写因子IRF-3の阻害を通じて自然免疫機構の活性化を抑制する(非特許文献40)。また、P遺伝子の塩基配列に人工的に変異を導入して作製したVタンパク質欠失センダイウイルスでは、自然免疫機構の活性化を抑制する機能が失われ、感染個体から容易に排除されることが知られている(非特許文献40、非特許文献41)。
【0050】
このように、ウイルス由来の自然免疫阻害因子を併用する場合、外来遺伝子が導入された細胞に別種の病原微生物が感染しても自然免疫機構を活性化できないという安全性の懸念が生じる。例えば、センダイウイルスベクターのゲノムを安定に保持している細胞ではVタンパク質が恒常的に発現しているので、生体の組織細胞でこのベクターを使用する場合には、当該細胞に別のウイルスが感染しても自然免疫機構を活性化できない可能性がある。そのため、ウイルス由来の因子による自然免疫機構の抑制に頼らない方法で自然免疫機構の活性化を回避する技術が望まれる。
【0051】
4. 本発明のRNA遺伝子発現系におけるPAMP回避のための手法
4-1. 非コード領域配列における「自然免疫機構に認識されないRNA」
本発明の鍵を握るのは、動物細胞が持つ自然免疫機構の活性化を回避できるRNAの選択である。なお、本発明で自然免疫機構の活性化の回避というとき、インターフェロンβ誘導能を指標として、正常細胞におけるIFN-β mRNAの発現量を1.0としたときに30以下、好ましくは20以下、より好ましくは10以下である点は、上述の通りである。
そこで、本発明では、「自然免疫機構に認識されないRNA」の素材として、ヒトなど動物細胞で発現しているmRNA由来のRNA配列を用いることとし、そのうちで幅広いヒト細胞で発現しているHouse-keeping遺伝子由来mRNAを選択した。当該mRNAはほとんどのヒト細胞で比較的大量に発現しており、ヒトの自然免疫機構に認識されるモチーフを含んでいない。さらに、当該mRNAのタンパク質をコードしていない非コード領域から、高度な二次構造を取らない5塩基から49塩基のRNAを選択し(表1)、ベクターに搭載される各遺伝子の5’側非コード領域と3’側非コード領域に配置した(図1)。
下記(表1)に挙げられているHouse-keeping遺伝子由来mRNAの部分配列は、いずれも本発明の非コード領域配列における「自然免疫機構に認識されないRNA」の「動物細胞で発現しているmRNA由来のRNA配列」のうちでも特に好ましい配列として用いることができる。そのような好ましい配列の他の例として、アルブミン遺伝子など生体内で大量に発現している遺伝子のmRNAに由来するRNA配列の一部配列も好ましく用いることができる。
このように、本発明の実施例では、再生医療への応用を考えてヒト細胞で発現しているmRNA由来の非コード領域配列を選択し、その部分配列を用いたが、「自然免疫機構に認識されないRNA」としては実施例又は(表1)にあげたヒトmRNA由来の非コード領域配列由来の配列に限定されない。例えば、OptimumGen Gene Design System(特許文献7、 GenScript USA Inc.)において、基準CAI値を求めるために採用されたヒトでの発現量の高いヒトmRNA群から適宜選択したヒトmRNAが有している非コード配列の部分配列を用いることができる。その他、ベクターを使用する宿主細胞の自然免疫機構に認識されなければ、mRNA以外のヒトRNA、他の動物種の細胞で発現しているRNA、非天然の合成RNAでもかまわない。
【0052】
【表1】
【0053】
4-2. RNAベクター・ゲノムの3’末端及び5’末端領域における「自然免疫機構に認識されないRNA」への置換
図2図3および図4に示すように、本発明のステルス型RNAベクターを構成するゲノムRNA配列のうち、3’末端領域及び5’末端領域には、前記2-2.~2-3.等で示した転写、複製などに関わる必須の構成要素以外に任意の機能不明な配列領域が存在しており、これら配列中には、複数の箇所にHouse-keeping遺伝子由来mRNAの部分配列などの「自然免疫機構に認識されないRNA」に置き換え可能な領域が存在する。
例えば、図3の実施例で示すように、天然のウイルスのゲノム3’末端に存在する構造のうち、(1)から(6)の領域は、表1のHouse-keeping遺伝子由来mRNAの部分配列を含む相同性の無い他の塩基配列で置換することが可能であり、ステルス型RNA遺伝子発現系の3’ Variant 1から3’ Variant 6はいずれも、安定な遺伝子発現とベクター粒子の産生を行うことができる。また、図4の実施例で示すように、天然のウイルスのゲノム5’末端に存在する構造のうち、(1)から(4)の領域は、相同性の無い他の塩基配列で置換あるいは挿入することが可能であり、ステルス型RNA遺伝子発現系の5’ Variant 1から5’ Variant 5はいずれも、安定な遺伝子発現を行うことができる。
そして、これらの位置の配列を(表1)のHouse-keeping遺伝子由来mRNAの部分配列などの「自然免疫機構に認識されないRNA」に置き換えることで、さらにインターフェロン誘導能を抑制する可能が高いと考えられる。
【0054】
5. 転写、複製に必須のタンパク質による自然免疫機構の活性化(PAMP)回避のための手法
5-1. 転写、複製に必須のタンパク質をコードする遺伝子中のPAMP構造の指標となる値の検討
本発明の実施例においては、「RNA依存性RNA合成酵素」としてセンダイウイルスのLタンパク質(RNA合成酵素のlarge subunit、PolL)とPタンパク質(RNA合成酵素のsmall subunit、PolS)、「RNA合成酵素の活性を調節するタンパク質」として、センダイウイルスのCタンパク質(C)、「一本鎖RNA結合タンパク質」としてセンダイウイルスのNPタンパク質(N)を選定した。これらのタンパク質はマイナス一本鎖RNAからの転写や複製に必須であるが、それをコードするセンダイウイルスのゲノムRNAやmRNAには、非特許文献37で示されているように「病原微生物に特徴的な分子パターン(PAMP)」が存在する可能性が高い。そのため、自然免疫機構を活性化しないステルス型RNA遺伝子発現系を構築するためには、これらのタンパク質をコードするRNAから、PAMPの可能性のある構造を除去する必要がある。
【0055】
センダイウイルスを構成するゲノムRNAやmRNAにPAMPの活性が存在するのは確実であるが、実際にどの領域にPAMPの活性が存在するのかは明らかではない。しかし、PAMPの活性を持っているRNAは、宿主細胞で発現しているRNAとは明確に異なった構造を持っているはずである。そこでまず、RNAウイルス由来のmRNAとヒト細胞のmRNAの構造の違いを検討するために、コード領域のコドン最適化指数(Codon adaptation index, CAI)を指標にして比較した。CAIは、ある生物種の細胞においてもっとも強く発現しているタンパク質100個をコードするmRNAのコドンの出現頻度からの解離を示す指標であり、CAI=1.0の場合はコドン使用頻度がこれら100種のmRNAと同じであることを示している(非特許文献46)。「OptimumGen Gene Design System(特許文献7、 GenScript USA Inc.)」による解析の結果、任意に選んだ151個のヒトmRNAのコード領域のCAIの平均値が0.778であるのに対し、センダイウイルスの7種のmRNAにおけるCAIの平均値は0.704、同じパラミキソウイルス科の麻疹ウイルスの7種のmRNAにおけるCAIの平均値は0.697となり、パラミキソウイルスのmRNAのCAIはヒト細胞のmRNAの平均的なCAIより有意に低いという結果を得た(図5)。また、参考として解析した大腸菌で発現している任意の11種のmRNAにおけるCAIの平均値は0.698であった(図5)。このことから、ヒト細胞で使用する場合、パラミキソウイルスのmRNAは原核生物の大腸菌のmRNAに匹敵する構造の偏りがあり、これがPAMPとして認識されている可能性が考えられた。
【0056】
また、別の視点からRNAウイルス由来のmRNAとヒト細胞のmRNAの構造の違いを検討するために、コード領域のGC含量を計算した。その結果、天然のパラミキソウイルス由来のRNAのGC含量の平均値は47.7%から48.5%であり、ヒトのmRNAのコード領域のGC含量平均値である56.3%(非特許文献47)より有意に低かった(図6)。RNAウイルスのゲノムはGC含量が比較的低く、AdenineやUridineが多い配列がPAMPとなる可能性が高いこと(非特許文献43)を考慮すると、GC含量もPAMPの存在を示唆する指標となる可能性が考えられた。
【0057】
5-2. センダイウイルス由来の転写・複製に関わる遺伝子の「コドン最適化」適用実験
このようなCAI値及びGC含量をヒト細胞のmRNAの平均値に近づけるための「コドンの最適化」が、ウイルス由来コード領域中のPAMP構造の破壊及びPAMPの回避に有効であることは前記3-2.で示したようにHIV、SIVや肝炎ウイルスなどで確認されている。
しかしながら、前記3-2.では同時に、これらのウイルスでは転写・複製に必須な遺伝子の配列内のPAMP領域に「コドンの最適化」を行うと複製能が大きく損なわれる結果も示されている。このことから、転写・複製に必須な遺伝子の配列内のPAMP構造は、転写・複製に必須な二次構造の役割を担っている可能性が高いことは従来の技術常識であったといえる。
一般的にウイルスゲノムは各種機能がコンパクトに積み込まれていることを考え合わせると、このような従来の知見からみて、センダイウイルスの場合もこれらウイルスゲノムと同様に、転写・複製に必須な遺伝子配列内のPAMP構造がウイルスの機能に重要である可能性は高いと考えられる。すなわち、本発明のRNA遺伝子発現系に用いるためのセンダイウイルス由来「RNA依存性RNA合成酵素」などの転写・複製に関わるタンパク質のコード領域中のコドンをヒト細胞に最適化した場合、PAMPは回避できるとしても、本来の転写・複製能も同時に大きく損なわれることが強く予想された。
そのような状況下、本発明者らは、あえて「RNA依存性RNA合成酵素」、「RNA結合タンパク質」など転写・複製に関わるタンパク質をコードするRNAを全てヒト細胞にコドン最適化を行った。
【0058】
本発明では、「RNA依存性RNA合成酵素」としてセンダイウイルスのLタンパク質(RNA合成酵素のlarge subunit、PolL)とPタンパク質(RNA合成酵素のsmall subunit、PolS)、「RNA合成酵素の活性を調節するタンパク質」として、センダイウイルスのCタンパク質(C)、「一本鎖RNA結合タンパク質」としてセンダイウイルスのNPタンパク質(N)を使用するので、これらをコードするRNAからPAMPを除くことを目的に、コドン最適化法として汎用されているプログラムの1つである「OptimumGen Gene Design System(特許文献7、 GenScript USA Inc.)」によってコドン最適化を行った。その結果、CAI値はいずれも0.86から0.88となり、ヒト細胞で高発現しているタンパク質をコードしているmRNAに近い数値を示した。
以下、(表2)として、センダイウイルスのL,P,C及びNタンパク質遺伝子に対して「OptimumGen Gene Design System(OGGDS法ともいう。)」によるコドン最適化を適用した結果を示す。
【0059】
【表2】
【0060】
上記(表2)では、さらに別の視点から最適化したRNAの構造を解析するために、コドン最適化後のRNAについて、CAI値と共にGC含量を計算した。その結果、最適化前のRNAのGC含量が44.0%から50.1%であったのに対し、最適化後のRNAのGC含量は52.5%から55.5%と上昇し、ヒトのmRNAのコード領域のGC含量平均値である56.3%(非特許文献47)に近づいた(表2)(図6)。RNAウイルスでは、AdenineやUridineが多い配列がPAMPとなる可能性が高い(非特許文献36)ことが知られており、コドン最適化の手法によりウイルス由来のRNAの構造がヒトmRNAの構造に近づき、同時にPAMPの活性を持つ領域が除去された可能性が強く示唆された。
【0061】
そして本発明では実際に、この手法でヒト細胞に最適化されたセンダイウイルス由来のNPタンパク質、Pタンパク質、Cタンパク質、Lタンパク質をコードするRNAを、10個の外来遺伝子と共に搭載したRNAベクター(図13)を構築し(実施例8)、Hela細胞内で発現させて検証した結果(実施例9)、10個の外来遺伝子すべてが観察可能な十分な量発現することを確認した。また、当該RNAベクターがヒト線維芽細胞内のINF-β誘導を回避できることを確認した(実施例13、図17)。
このことは、本発明のヒト細胞に最適化されたセンダイウイルス由来の転写・複製に関わる遺伝子RNAを搭載したRNAベクターが、PAMP回避効果を備えた優れたステルス型RNAベクターとして機能することを示すものである。
またこの結果は、センダイウイルスの場合には、転写・複製に必須な遺伝子の配列内に存在しているPAMP構造は、全て転写・複製に必須な構造ではなかったことを示すものでもあり、あえて実験を行った本発明者らにとっても、予想外の驚くべき結果であった。
【0062】
5-3. コドン最適化方法の検討
前記(表2)の結果によると、PAMPの活性を持つ領域を除去して自然免疫反応の誘導を抑えるための「コドン最適化」のためには、「CAI値」及び「GC含量」の2種類の数値範囲の設定が重要な要件であることが示唆される。そこで、両者の要件のうち、どちらがより本質的な要件であるかについて検討するため、別のコドン最適化方法を適用した実験を行うこととした。コドン最適化の方法としては、上記OGGDS法の他にも、GeneOptimizer Process(非特許文献49)やGeneGPS Expression Optimization Technology(特許文献8、特許文献9)など、種々の方法が提案されているため、この追試実験により、上記OGGDS法以外の方法を適用しても、同様の効果が奏せられることを確認することもできる。
そこで、OGGDS法と同様に汎用されている「コドン最適化」手法であるGeneGPS Expression Optimization Technology(以下、GGEOT法ともいう。)によるコドン最適化方法を、センダイウイルスのNPタンパク質、Pタンパク質、Cタンパク質、Lタンパク質をコードする鋳型DNAに適用し、同様に10個の外来遺伝子を搭載可能なRNAベクター(図15)を作製した。実施例9の方法で検証したところ、OGGDS法で最適化されたステルス型RNAベクターと同様に自然免疫反応の誘導が回避できるステルス型RNAベクターであることが確認できた(data not shown)。
OGGDS法による最適化と、GGEOT法による最適化は、まったく異なったアルゴリズムが用いられており、この2つの方法で最適化された核酸の塩基配列を比較すると、両者の同一性は77%~80%となり、コドン最適化のためにかなり異なった塩基が選択されたことが見て取れる(表4)。
以上のことから、「RNA依存性RNA合成酵素」、「RNA合成酵素の活性を調節するタンパク質」、「一本鎖RNA結合タンパク質」をコードする遺伝子を、ステルス型RNA遺伝子発現系を作製するために最適化する方法は、特定のコドン最適化法には依存しておらず、どのようなアルゴリズムに基づくコドン最適化方法であっても本発明のコドン最適化法として適用できることが実証された。
以下、(表3)として、センダイウイルスのL,P,C及びNタンパク質遺伝子に対してGGEOT法によるコドン最適化後のGC含量と、CAI値の値を、上記(表2)に示したOGGDS法による値と対比させた表を示す。なお、GGEOT法には、「CAI値」の計算プログラムがないため、OGGDS法の「CAI値」の計算プログラムに従って計算した。
また、(表4)として、L,P,C及びNタンパク質遺伝子それぞれについて、もとの配列、OGGDS適用後配列、及びGGEOT適用後配列間のホモロジー(同一性)の値を示す。
【0063】
【表3】
【0064】
【表4】
【0065】
5-4. 「コドンの最適化」のために必須の指標
CAIは、ヒト細胞内でのmRNAの翻訳効率を推定する指標の一つとして使われている(非特許文献46)が、本発明では、コドン最適化はウイルス由来のRNAからPAMPの活性を持つ構造を消去する手段の1つとして使用しており、必ずしも翻訳効率の上昇が得られなくても良い。
また、CAIは「ある生物種の細胞においてもっとも強く発現しているタンパク質100個をコードするmRNAのコドンの出現頻度からの解離を示す指標」であるが、標準となる100個のタンパク質を選択する客観的な基準は示されていない。本発明においてヒト由来培養細胞内で同等の自然免疫反応の誘導を抑えた10個の遺伝子発現を達成できたOGGDS法による最適化と、GGEOT法による最適化を比較した場合、後者のCAI 値(OGGDS法により計算)の場合、最適化後も最適化前とあまり変わらない結果となっている(表3)。
一方、GC含量については、どちらの最適化法を適用しても51%以上、最大で約60%の値を示した。このことから、PAMPの活性を持つ構造が除去された可能性を示す指標としては、CAI 値よりもGC含量がより有効であることがわかった。すなわち、自然免疫反応の誘導が抑えられた「ステルス型RNA遺伝子発現系」のための「コドン最適化」における指標としては、GC含量が最も優れた指標であり、ウイルス由来タンパク質のコドン最適化後のGC含量が、少なくとも50.0%以上、望ましくは52.0%以上であればPAMPの活性を持つ構造が除去された可能性が推測される。
以上のことから、本発明でRNA遺伝子発現系のための「コドン最適化」というとき、RNA遺伝子発現系に必要なタンパク質をコードする全ての塩基配列を、GC含量で50~60%、好ましくは52~56%に調整することをいう。
なお、コドン最適化による塩基配列の改変の結果、P遺伝子領域に存在していたCタンパク質とVタンパク質をコードする配列は消失し、最適化したP遺伝子からはCタンパク質もVタンパク質も発現しない。Cタンパク質及びVタンパク質をコードするRNAは完全に除去されても遺伝子発現は行われるため必須ではないが、特にCタンパク質の場合、本発明のRNAベクターの発現量を適正に調節するためには重要であるため、前記のように最適化したCタンパク質遺伝子RNAを配列中に加えることが好ましい。Vタンパク質RNAについても、必要に応じ、適宜同様のコドン最適化して配列中に加えることができる。
【0066】
6. 本発明における多数の外来遺伝子をステルス型RNAに搭載するための方法(転写カセット連結法)
6-1. 6個以上の遺伝子を同一ベクター上に搭載する方法の検討
次に、6個以上、例えば10個の外来遺伝子を簡便な方法でステルス型RNAに搭載する方法を検討した。なお、RNA分子そのものは遺伝子組換えによる操作を行えないため、5-4.で最適化したウイルス由来の遺伝子の搭載を含め、すべてcDNAとして構築し、このcDNAを鋳型としてT7ファージ由来のT7 RNA polymerase等のDNA依存性RNA合成酵素によりRNAを作製するものとする。
最も単純に10個の遺伝子を搭載したDNA分子を作製するためには、それぞれの遺伝子のcDNAの上流と下流に各遺伝子に固有な制限酵素切断部位を導入し、この制限酵素で切断したcDNAを順々に挿入していく方法が考えられる。しかしこの場合は、少なくとも20個の異なる制限酵素が必要となるうえ、遺伝子の組み合わせやステルス型RNA上の位置を変更するためにはcDNAをすべて作り直す必要があり、非現実的である。
【0067】
6-2. 2個ずつの遺伝子を搭載した「タンデム型転写カセット」の作製
本発明では、前記2-1.(図1)で述べたように、2個ずつの遺伝子を搭載した「タンデム型転写カセット」を作製し、それらを複数個連結していく手法を採用するが、その際、搭載する遺伝子がすべて同じ構造を持つように設計し、ステルス型RNAのどの位置にも搭載できるような工夫を行った(図7)。この設計法では、搭載する遺伝子の5’上流側に制限酵素A、3’下流側に制限酵素Bと別々の制限酵素切断部位を設定し、ここで切断したcDNAを鋳型となるDNA分子に挿入することとした。挿入される鋳型DNAには制限酵素Aと制限酵素Bによる認識配列に加えて、制限酵素Cと制限酵素Dによる認識配列も設定されている。これらの制限酵素の組み合わせは、制限酵素Aで切断したDNA断片が制限酵素Dで切断されたDNA断片とも共有結合できるように、また制限酵素Bで切断したDNA断片が制限酵素Cで切断されたDNA断片とも共有結合できるように選ぶ。このような組み合わせは数多く存在し、実施例であげたAcc65IとBsiWI、XhoIとSalIの組み合わせ以外にも、XbaIとSpeIやNheIとの組み合わせ、BamHIとBglIIの組み合わせなどが考えられる。この場合、搭載する遺伝子のcDNAについては、制限酵素A・制限酵素B・制限酵素C・制限酵素Dの認識配列をその内部に含まないことが構造上の制約となる。このような制限酵素の組み合わせを使うことにより、2個ずつのcDNAを搭載したDNA断片をまず作製する(図8)。
【0068】
6-3. 「転写カセット」連結法
次に、このように作製した2つのcDNAを連結したDNA断片を5つ接続して、計10個のcDNAを搭載したDNAを作製する(図7図8図9)。実施例では、上記6-2.で作製した2つのcDNAを連結したDNA断片を、SapIという制限酵素で切断して単離した。SapIで切断されたDNAの切断面は5’側が3塩基突出した構造を持っているが、この3塩基の配列を任意に設定することで4×4×4=64通りの切断面を選ぶことができる(図7)(図9)。このため、5つのDNA断片を設計通りに正確に結合して1つのDNA分子として回収できる(図9)。この時、搭載する遺伝子のcDNAについては、制限酵素A・制限酵素B・制限酵素C・制限酵素Dの認識配列に加え、SapIの認識配列も含まないように設計する(図7)。
このような、切断面にNNやNNNの様に表される配列中の任意の一本鎖突出端を生成する性質を持つ制限酵素はSapIに限らず、BbsI、BbvI、BcoDI、BfuAI、BsaI、BsmBI、BsmFI、BtgZI、EarI、FokI、HgaI、SfaNIなど多くの制限酵素で同様の結果が得られる。また認識配列の内部に不定形の配列を持つAlwNI、BglI、BstAPI、BstXI、DraIII、SfiIなども同様の効果を得られる。また、この段階は必ずしも制限酵素を使ったクローニングでなくとも良く、相同組換えを利用した方法(In-Fusion HD Cloning System (TAKARA-Bio, Inc) やGibson Assembly System (New England Biolabs, Inc) )を利用することもできる。また、10個のcDNAを結合した後で環状のプラスミドDNAに組み込む段階は、実施例に示した相同組換えによりpDONR-221等に組み込む方法(Gateway System (Life Technologies, Inc.))を使わなくても、通常のT4 DNA ligaseを使った共有結合による方法でも可能である。
また、図9に示した方法により、1個から10個の任意の遺伝子を搭載したDNA分子を作製することが可能である。
【0069】
6-4. 外来遺伝子発現量の調節
一般に、1組のRNA依存性RNA合成酵素(PolS,PolL)、一本鎖RNA結合タンパク質(N)、RNA合成酵素活性の調節タンパク質(C)をそれぞれコードする遺伝子を含むマイナス鎖一本鎖RNA遺伝子発現系において、複数の外来遺伝子を挿入する場合、上流の3’末端側に近いほど発現量が多いことが知られている。本発明のステルス型RNA遺伝子発現系でも同様の傾向がある。本発明では、多数の外来遺伝子を任意の順序でカセット状に組み込んでいくことができるため、それぞれの遺伝子を取得したい発現量順に整列させることが簡便にできる。また、個々の遺伝子から作られるタンパク質の発現量は、翻訳効率を変化させることでも調節が可能である(図20)。
【0070】
7. ステルス型RNAの合成
次に、上記6.で作製した10個のcDNAを連結したDNA断片と、前記5.で記述した方法でヒト細胞にコドンを最適化した(以下、「ヒト化」とも称し、各タンパク質の略号にhを付して表記する。)一本鎖RNA結合タンパク質をコードする遺伝子(hN)、RNA合成酵素の活性を調節するタンパク質をコードする遺伝子(hC)、RNA依存性RNA合成酵素をコードする遺伝子(hPolL、hPolS)を連結し、ステルス型RNAを合成するための環状の鋳型cDNAを作製した(図10)。ステルス型RNAの構造は、RNA polymeraseが認識するプロモーターの位置によってマイナス鎖とプラス鎖から選ぶことができる。ここでは、ステルス型RNAに搭載されている遺伝子から発現するmRNAと同じ方向のRNAをプラス鎖、mRNAと相補的な方向のRNAをマイナス鎖と定義し、図10ではT7 RNA polymeraseを使ってマイナス鎖RNAを合成するための鋳型の作製を例示してある。T7プロモーター(非特許文献50)から見て下流側にはRNAを切断して正確な末端を作るためのヒトD型肝炎ウイルスのアンチゲノム由来のリボザイム(非特許文献51)とT7 RNA polymeraseの転写終結シグナル(非特許文献50)を配置し、ステルス型RNAの全長に相当するRNAが合成できるようになっている。RNAの合成に使用する酵素はT7 RNA polymeraseに限定されるものではなく、大腸菌や動物細胞で使用できるDNA依存性RNAポリメラーゼであればどのようなものでも使用することができる。例えば、大腸菌T3ファージ由来のT3 RNA polymerase(非特許文献52)やサルモネラ菌SP6ファージ由来のSP6 RNA polymerase(非特許文献53)も、これらの酵素が認識するプロモーターと転写終結点と組み合わせて使用することができる。またリボザイムはRNAの3’末端を正確に切断するために使用し、実施例のヒトD型肝炎ウイルスのアンチゲノム由来のリボザイムに限らず、ヒトD型肝炎ウイルスのゲノム由来のリボザイム(非特許文献51)やタバコリングスポットウイルスのヘアピンリボザイム(非特許文献54)さらには細胞内でRNAを切断することができるshort inhibitory RNA(siRNA)(特許文献55)を使うこともできる。
【0071】
また、ステルス型RNAの全長に相補的なcDNAは、p15A由来の複製起点を持つプラスミド(非特許文献56)にクローニングする。p15A由来の複製起点を持つプラスミドは、大腸菌の中で低コピーの状態で維持されるので大きなDNA断片を大腸菌の中で安定に保持させるために有利であるだけでなく、ステルス型RNA遺伝子発現系を再構成するための方法2において、ColE1由来の複製起点を持つNタンパク質発現プラスミドと大腸菌の中で共存させることが可能である(非特許文献56)。実施例では、p15A由来の複製起点を持つプラスミドにアンピシリン耐性、ColE1由来の複製起点を持つプラスミドにカナマイシン耐性を搭載して、アンピシリンとカナマイシンの二重選択によって2つのプラスミドを同一の大腸菌内で維持しているが、抗生物質の組み合わせはこの例には限定されない。またプラスミドの組み合わせも、p15A由来複製起点の代わりにF因子由来複製起点を持つプラスミド、ColE1由来複製起点の代わりにpUC由来複製起点を持つプラスミドを使うことができる。
【0072】
8. ステルス型RNA遺伝子発現系の再構築
8-1. 従来型の再構築法
マイナス一本鎖RNAと当該RNAに結合するタンパク質からなるステルス型RNA遺伝子発現系の再構築は、2つの方法により可能である。1番目の方法は、既にマイナス一本鎖RNAのゲノムを持つウイルスや当該ウイルスを利用したベクターの再構成法として知られている技術で、マイナス一本鎖RNAに相補的なプラス一本鎖RNAをT7 RNA polymeraseを用いて動物細胞内で発現させ、同時に、NP(N)、P(PolS)、L(PolL)の3つのタンパク質を当該細胞で発現させることでプラス鎖RNAのステルス型RNA遺伝子発現系を再構成する(図11)(非特許文献57、特許文献3)。この方法では、T7 RNA polymeraseを安定に発現している動物細胞を用いることにより、材料となるプラスミドDNAを細胞に導入するだけで再構成ができるという簡便さが長所である。一方で、プラス一本鎖RNAを合成するための鋳型cDNAを含むプラスミドと、NP、P、Lの3つのタンパク質を発現する遺伝子を搭載した3個のプラスミドを同時に細胞に導入するため、これらのDNA分子間でしばしば遺伝子組換えが起こり、作製しようとするマイナス一本鎖RNAの構造に変異が挿入されることが知られている(非特許文献57)。また特許文献3の実施例では、再構成の効率を上昇させるために、さらにM、F、HNタンパク質を発現するプラスミドを追加している。
【0073】
8-2. 本発明で開発した再構築法
2番目の方法では、マイナス一本鎖RNAと一本鎖RNA結合能を持つNPタンパク質(N)の複合体をまず大腸菌の中で作製し、この複合体をP(PolS)タンパク質とL(PolL)タンパク質を発現している動物細胞に導入してステルス型RNA遺伝子発現系を再構成する(図12)。この方法においては、まず、大腸菌の中で共存可能な2つのプラスミドから、Nタンパク質をコードするmRNAとステルス型RNAをそれぞれT7 RNA polymeraseによって合成し、大腸菌内で一本鎖RNA結合タンパク質(N)とステルス型RNAを同時に発現することによって複合体を作る。天然に存在するRNAウイルスから単離したRNA-タンパク質複合体を材料にRNAウイルスを再構成する方法は非特許文献58に開示されているが、今回開発した方法では、遺伝子組換え技術によって合成したステルス型RNAを材料に再構成することが可能になった。この方法は、1番目の方法に比べて手順が多く複雑なのが短所であるが、相同組換えに関わる遺伝子(RecA)やRNA分解酵素をコードする遺伝子(RNaseE)を破壊した大腸菌(非特許文献59)を使用することで、ゲノムRNAに変異を入れることなくステルス型RNA遺伝子発現系の再構成をすることが可能である。
すなわち、本発明で開発されたステルス型RNA遺伝子発現系の再構成法は、T7 RNA polymeraseを発現している宿主細胞内で、あらかじめマイナス一本鎖RNAと一本鎖RNA結合能を持つタンパク質(例えば、NPタンパク質(N))との複合体を作製し、当該複合体を、RNA依存性RNA合成酵素(例えば、P(PolS)タンパク質とL(PolL)タンパク質)を発現している動物細胞に導入してステルス型RNA遺伝子発現系を再構成する方法である。好ましくは、宿主細胞として、RecA遺伝子及びRNaseE遺伝子が破壊され、かつT7 RNA polymeraseを発現している大腸菌を用いる。
【0074】
次いで、上記7.に記した方法で合成した10個の遺伝子を搭載したステルス型RNAを使い、前記8.に記載のいずれかの方法でステルス型RNA遺伝子発現系を構築する(図13)。このようにして作製したマイナス一本鎖RNAを持つ遺伝子発現系が、搭載した10個の遺伝子をすべて持続的に発現できることは、3種類の薬剤耐性形質(ピューロマイシン耐性、ゼオシン耐性、ハイグロマイシン耐性)、4種類の蛍光タンパク質(EGFP、E2-Crimson、EBFP2、Keima-Red)、3種類のルシフェラーゼ(ホタル・ルシフェラーゼ、Renillaルシフェラーゼ、Cypridina noctilucaルシフェラーゼ)を安定に発現していることで確認できる(図14)。
【0075】
8-3. ステルス型RNA遺伝子発現系におけるRNA結合タンパク質(hN,hC,hPol)遺伝子の連結順序
本発明のステルス型RNA遺伝子発現系において、一本鎖RNA結合タンパク質をコードする遺伝子(hN)、RNA合成酵素の活性を調節するタンパク質をコードする遺伝子(hC)、RNA依存性RNA合成酵素をコードする遺伝子(hPolS)のステルス型RNA上の位置は、3’末端側からhN-hC-hPolSという図13で示した順番に限定されない。例えば、hN-hPolS-hCや、hPolS-hN-hCのように順番を入れ替えても、ステルス型RNA遺伝子発現系を構築することができる(図16)。
【0076】
8-4. ステルス型RNA遺伝子発現系におけるウイルス由来タンパク質遺伝子中の変異の必要性
また、このステルス型RNA遺伝子発現系において、一本鎖RNA結合タンパク質をコードするヒト化遺伝子(hN)、RNA合成酵素の活性を調節するタンパク質をコードするヒト化遺伝子(hC)、RNA依存性RNA合成酵素をコードするヒト化遺伝子(hPolS、hPolL)から発現するタンパク質には、特別な変異が存在する必要は無い。
前記3-3.で述べたように、従来技術においては、自然免疫機構の回避方法として、ウイルス由来RNA依存性RNA合成酵素遺伝子などへのPAMP活性を抑制する変異の導入が最も有効な手段として用いられていた。
しかし、本発明では、ウイルス由来タンパク質遺伝子は前記5.に示した方法により全てコドン最適化によってPAMP活性が除かれるため、あらかじめウイルス由来タンパク質にタンパク質レベルでの変異の導入は不要である。例えば、強いインターフェロン誘導能を持つことが知られる野生型パラミキソウイルスであるセンダイウイルスZ株由来のNP、P、CおよびLタンパク質を発現する遺伝子を用いた場合でも、前記5.に示した方法での最適化により、ステルス型RNA遺伝子発現系の素材として用いることができる。例えば、(図16)で「hPol」として示したLタンパク質を発現する遺伝子としては、Z株由来の遺伝子配列をヒト細胞に最適化して用いている。
【0077】
9. 自然免疫機構の誘導活性についての検証
9-1. 従来技術での自然免疫機構活性化の回避効果との比較
次に、遺伝子導入をする際に自然免疫機構を誘導する活性について、ステルス型RNA遺伝子発現系を搭載したステルス型RNAベクターを従来技術と比較するために、非特許文献7の図1Bで記述されている従来技術である持続発現型センダイウイルスベクターと、まったく同じ4個の遺伝子(Keima-Red、ブラストサイジンS耐性遺伝子、EGFP、Kusabira-Orange)を搭載したステルス型RNAベクターを作製した。この2種類のベクターを使ってヒト初代培養線維芽細胞に遺伝子導入し、24時間後のインターフェロン・ベータmRNAの量を、Real-Time PCR法を使って定量した(図17)。その結果、ステルス型RNAベクターでは、自然免疫機構を抑制するV遺伝子を搭載していないにも関わらず、正常細胞におけるインターフェロンβmRNAの量の5倍以内の誘導に収まった。一方、従来技術ではV遺伝子を保持しているにも関わらず正常細胞の47倍の誘導が観察された(図17)。この結果から、ステルス型RNA遺伝子発現系では、自然免疫機構を阻害する因子が存在しない条件下でも、自然免疫機構の活性化を回避することができた。
【0078】
9-2. さらなる自然免疫機構の活性化の回避
自然免疫機構を誘導する活性は、ステルス型RNA遺伝子発現系を保持する細胞の種類や、ステルス型RNA遺伝子発現系からの遺伝子発現の強さによっても影響される。例えば、ヒト由来HeLa細胞ではほとんどインターフェロン・ベータが誘導されないのに対し、同じくヒト由来の293細胞では強く誘導される。また、バイオ医薬品を製造するために遺伝子発現を強めるほどインターフェロン・ベータの誘導も強くなる。ステルス型RNA遺伝子発現系を使ったバイオ医薬品製造の場合には、インターフェロンによって誘導される細胞質のアデノシンデアミナーゼ(Adenosine deaminase acting on RNA、ADAR1)の活性によるRNAゲノムの変異(非特許文献39)が問題となるため、ステルス型RNA遺伝子発現系に残存する自然免疫機構誘導活性をさらに抑制することが望ましい。
この目標は、ステルス型RNA遺伝子発現系に、自然免疫機構を抑制する因子を追加搭載することで達成することができる(図18図19)。このような因子としては、細胞質に存在する「病原微生物に特徴的な分子パターン(Pathogen-associated molecular pattern, PAMP)」受容体RIG-Iの欠失変異体(RIG-IC)(非特許文献71)、センダイウイルス・Vタンパク質のC末端領域(非特許文献72)、プロテオソームの構成成分であるPSMA7(非特許文献73)などが挙げられる。
【0079】
10. 遺伝子発現レベルの調節
次に、ステルス型RNA遺伝子発現系における遺伝子発現のレベルが、当該ベクターに搭載されている転写・複製に関わる因子の発現を調節することでどのように変化するのかを検討した(図20図21)。なお、図20ではプラス鎖RNA配列で表記している。個々の因子の発現は、mRNAからタンパク質が翻訳される効率を変えることで調節できる。また、翻訳効率を変化させる最も簡単な手段は、翻訳開始コドン(AUG)のすぐ上流の5’非コード配列を変更することである。動物細胞で最も翻訳効率が高いと考えられているのは、AUGの直前が5’-CCACC-3’(配列番号18)という構造を取る場合である(非特許文献60)。一方、5’上流側に短いコード領域を挿入することで翻訳効率を低下させることができる(非特許文献61)。実施例では、RNA依存性RNAポリメラーゼ(hPolSとhPolL)の発現を一定にして、一本鎖RNA結合タンパク質(hN)とRNA合成酵素の活性を調節するタンパク質(hC)の発現をそれぞれ40%および23%に抑制したベクターを作製して、搭載されているホタル・ルシフェラーゼの発現を比較した(図20)。その結果、hNとhCのいずれもその発現を抑制することで搭載しているルシフェラーゼ遺伝子の発現は上昇し、hNとhCの発現抑制を組み合わせることで最大79倍もの遺伝子発現の上昇を観察した。
【0080】
このような遺伝子発現レベルの調節は、RNA合成酵素の活性を調節するタンパク質(hC)の発現レベルの調節だけで行うことができる(図21)。この場合、hC遺伝子を欠失してもステルス型RNA遺伝子発現系を再構築することができ、遺伝子発現のレベルは最大となることから、hC遺伝子はステルス型RNA遺伝子発現系の必須の要素では無い。しかし、搭載遺伝子の発現が強すぎると細胞の増殖が強く阻害されるため、hCタンパク質を適度なレベルで発現させて目的に合わせた遺伝子発現を実現するのが実用的である。
【0081】
遺伝子発現系において重要な性質として、目的に応じて最適な発現レベルを選択できることが挙げられる。例えば、細胞リプログラミングにおいては、転写因子の発現を強くしすぎると細胞死が誘導される。また、バイオ医薬品の製造では発現が弱いと生産効率が落ちる。RNAウイルスを使った遺伝子発現系では一般に、ベクターの発現レベルを変えることは困難であるが、ステルス型RNA遺伝子発現系では個々の構成成分の発現バランスを微調節することで、使用する目的に応じて発現の強度を自由に変えることができる。
【0082】
次に、このようにして完成したステルス型RNA遺伝子発現系を内部に封入して、さまざまな動物細胞にステルス型RNA遺伝子発現系を導入できるベクター粒子を作製することを試みた。ステルス型RNA遺伝子発現系を細胞質に持つBHK細胞で、強いSRαプロモーターを使ってパラミキソウイルスのM、F、HNの3種類のタンパク質を発現させると、細胞の培養上清に遺伝子導入活性を持つベクター粒子が検出された。その感染価は、約10 infectious units/mLと従来型の持続発現型センダイウイルスベクターと同等に高い活性が得られた。このベクター粒子は、FとHNタンパク質の活性で細胞表面に吸着し、膜同士の融合によって細胞質に内容物、すなわちステルス型RNA遺伝子発現系を導入することができる。
この過程は細胞分裂を必要としないため、分裂していない細胞にも遺伝子導入できる。
また、導入できる細胞の細胞特異性・種特異性は使用するFとHNタンパク質の由来で決定されるが、センダイウイルスのFとHNタンパク質を使用する場合は、末梢血の血液細胞を含む非常に広範囲のヒト細胞や動物細胞に遺伝子導入することができた。
【0083】
11. ベクターの除去
また、従来技術である持続発現型センダイウイルスベクターでは、RNA依存性RNAポリメラーゼの活性をsiRNAによって抑制することで迅速なベクターの除去に成功している(特許文献3、非特許文献7)。そこで、ステルス型RNA遺伝子発現系でも同様な方法で除去ができるのか検討した(図23)。ステルス型RNA遺伝子発現系が持つヒト化RNA依存性RNAポリメラーゼ(hPolL)の塩基配列は従来技術である持続発現型センダイウイルスベクターとは異なるため、新たに3種類のsiRNAを合成し、その活性を検討した。その結果、3種のうち1種のsiRNA(標的配列は配列番号46)を用いて、従来技術と同じように除去ができることを確認した(図23)。このように、本発明のステルス型RNA遺伝子発現系は、従来の持続発現型センダイウイルスベクターで用いられていたRNAiによるベクター除去方法が適用できることがわかった。同様に、microRNA(miRNA)を用いる除去方法も適用可能であり、例えば、特許文献3に記載されるように、外来遺伝子の3’非コード領域又は5’非コード領域にmicroRNA(miRNA)の標的配列を挿入することで、内在性のmiRNAに反応して除去することも可能である。
【0084】
12. 本発明のステルス型RNA発現系の用途
本発明のステルス型RNA発現系に用いるマイナス一本鎖ステルス性RNAベクターには、ヒト由来遺伝子など任意の遺伝子を6個以上、さらには10個まで搭載可能であり、長さ5,000塩基長、さらには15,000塩基長まで搭載可能である。
そして、ヒト細胞など動物細胞における自然免疫機構の活性化を回避できるステルス性を有しており、ベクターの除去も簡便に行えることから、複数遺伝子の同時導入が必要な細胞のリプログラミング技術、巨大遺伝子を含む遺伝子治療、再生医療、バイオ医薬品の製造など幅広い用途が考えられる。
具体的には、以下の実施態様が考えられる。
(1)再生医療の臨床用に使用する高品質のiPS細胞を高効率で作製する技術への応用。
ヒト細胞など動物細胞をリプログラミングするための6個以上の遺伝子、例えばiPS細胞に転換するための山中4因子(KLF4,OCT4,SOX2,c-Myc)+BRG1+BAF155の6遺伝子を搭載する場合は13,132塩基長となる。また、OCT4, KLF4, SOX2, c-MYC, NANOG, LIN28の6遺伝子を搭載する場合は7,000塩基長となる。
実際に、これら6遺伝子を本発明のステルス性RNAベクターに搭載し(図25)、ヒト胎児線維芽細胞で発現させたところ、40%を超える初期化効率が実現するという結果を得た(実施例21)。なお、その際山中4因子(KLF4,OCT4,SOX2,c-Myc)の搭載順序は適宜変更可能であることを確認している(data not shown)。
また、ヒトの末梢血細胞を材料として、動物成分不含(Xeno-free)・フィーダー細胞不使用(Feeder-free)の条件下でも同様の実験を行った結果、同様に従来法よりも高い初期化を行えるという結果が得られている(data not shown)。
また、KLF4、OCT4、SOX2、c-MYCの4遺伝子に、クロマチン再構成因子をコードするCHD1遺伝子を搭載(合計9,907塩基長)、さらにDNA脱メチル化酵素をコードするTET1遺伝子(計11,203塩基長)を追加して、初期化効率を高めることもできる。
他の可能性のある組み合わせとしては、さらに卵母細胞特異的ヒストン2種類を組み合わせた8個の遺伝子をヒト体細胞で発現させ、効率よくヒトiPS細胞を作製することが可能である。
【0085】
(2)ヒトの組織細胞(血液・皮膚・胎盤など)から神経細胞・神経幹細胞・幹細胞・膵ベータ細胞などの有用な遺伝子を作り出すダイレクト・リプログラミング技術を利用した、再生医療への応用。
例えば、ヒト線維芽細胞を運動神経にリプログラミングする技術において、LHX3、ASCL1、BRN2、MYT1Lという4つの遺伝子に、HB9、ISL1、NGN2という3つの遺伝子を追加して計7個の遺伝子(9,887塩基長)を搭載することができる。
【0086】
(3)複数のサブユニットからなるバイオ医薬品の製造
巨大遺伝子であり、しかもサブユニットが同じ細胞で同時に発現する必要があって、各サブユニットの発現量の調整も必要な免疫グロブリンG、Mを生産するために有用である。
実際に、本発明のステルス性RNAベクターにヒト免疫グロブリンのH(μ)鎖遺伝子、L(κ、λ)鎖遺伝子及びJ遺伝子を搭載(図24)し、BHK細胞を用いてヒト免疫グロブリンMを製造した(実施例22)。その際、遺伝子を搭載する順番を工夫することでほぼH鎖:L鎖:μ鎖を1:1:0.2の割合で発現させることにも成功した。
また本発明のステルス性RNAベクターに、ヒト免疫グロブリンの4個のcDNA(2個のH鎖と2個のL鎖)を搭載し、ひと二重特異性抗体の発現にも成功した(実施例23)。
【0087】
(4)複数のサブユニットからなる創薬標的タンパク質の発現への応用。
例えば、gp91phox・p22phox・Rac・p47phox・p67phox・p40phoxの6個のサブユニットを本発明のステルス性RNAベクターに搭載し、同時に発現させることで、創薬標的酵素のNADPH酸化酵素 (Nox2)を発現させることができる。
【0088】
(5)疾患の原因遺伝子が巨大な遺伝子である場合、本発明のステルス性RNAベクターにこれら巨大遺伝子を搭載して持続的に発現させる、これらの疾患の遺伝子治療用ベクターとしての応用。
具体的には、血友病Aの原因遺伝子産物である血液凝固第8因子のcDNA(7053塩基長)やデュシェンヌ型筋ジストロフィーの原因遺伝子産物であるジストロフィンのcDNA(11058塩基長)を本発明のステルス性RNAベクターに搭載(図24)して、用いることができる。
【実施例0089】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
本発明におけるその他の用語や概念は、当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものであり、本発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。また、各種の分析などは、使用した分析機器又は試薬、キットの取り扱い説明書、カタログなどに記載の方法を準用して行った。
なお、本明細書中に引用した先行技術文献、特許公報及び特許出願明細書中の記載内容は、本発明の記載内容として参照されるものとする。
【0090】
(実施例1)10個の外来遺伝子を搭載したDNA断片の作製(1)
以下の遺伝子をPCRによってAcc65I-cDNA-XhoIの構造になるように増幅してサブクローニングした(図7)。
1)ホタル・ルシフェラーゼ(Firefly Luciferase):(GenBank Accession Number AY738224)
2)Renillaルシフェラーゼ(Renilla Luciferase):(GenBank Accession Number AY738228)
3)Enhanced Green Fluorescent Protein (EGFP):(GenBank Accession Number U55761)
4)ピューロマイシン耐性遺伝子(ヒト細胞にコドン最適化して合成):非特許文献62、配列番号47
5)Cypridina noctilucaルシフェラーゼ:非特許文献63(GenBank Accession Number AB177531)
6)E2-Crimson:pE2-Crimson(Clontech Laboratories, Inc)に由来する。配列番号48
7)Enhanced Blue Fluorescent Protein 2 (EBFP2):非特許文献64(GenBank Accession Number EF517318)
8)ゼオシン耐性遺伝子(ヒト細胞にコドン最適化して合成):非特許文献65、配列番号49
9)dKeima-Red:非特許文献66(GenBank Accession Number AB209968)
10)ハイグロマイシンB耐性遺伝子(ヒト細胞にコドン最適化して合成):非特許文献67、配列番号50
【0091】
(実施例2)10個の外来遺伝子を搭載したDNA断片の作製(2)
次に、以下のプラスミドを作製した。
なお、本実施例において用いた核酸はすべてDNA断片であり、配列番号1又は配列番号4など、配列表においてマイナス鎖RNA配列として特定された配列については、対応するDNA配列を意味するものとする。DNA断片を用いる他の実施例においても同様である。
1)プラスミド #1:
プラスミドLITMUS38i(New England BioLab, Inc)のApaI切断部位とStuI切断部位の間に、以下の構造を持つDNAをクローニングする:SapI切断部位-attB1(配列番号51)-配列番号1-配列番号24-Acc65I切断部位-SalI切断部位-配列番号25-配列番号4-ctt-配列番号1-配列番号26-BsiWI切断部位-XhoI切断部位-配列番号27-配列番号4-SapI切断部位
2)プラスミド #2
プラスミドLITMUS38iのApaI切断部位とStuI切断部位の間に、以下の構造を持つDNAをクローニングする:SapI切断部位-配列番号1-配列番号28-Acc65I切断部位-SalI切断部位配列番号29-配列番号4-ctt-配列番号1-配列番号30-BsiWI切断部位-XhoI切断部位-配列番号31-配列番号4-SapI切断部位
3)プラスミド #3
プラスミドLITMUS38iのApaI切断部位とStuI切断部位の間に、以下の構造を持つDNAをクローニングする:SapI切断部位-配列番号1-配列番号32-Acc65I切断部位-SalI切断部位配列番号33-配列番号4-ctt-配列番号1-配列番号34-BsiWI切断部位-XhoI切断部位-配列番号35-配列番号4-SapI切断部位
4)プラスミド #4
プラスミドLITMUS38iのApaI切断部位とStuI切断部位の間に、以下の構造を持つDNAをクローニングする:SapI切断部位-配列番号1-配列番号36-Acc65I切断部位-SalI切断部位配列番号37-配列番号4-ctt-配列番号1-配列番号38-BsiWI切断部位-XhoI切断部位-配列番号39-配列番号4-SapI切断部位
5)プラスミド #5
LITMUS38iのApaI切断部位とStuI切断部位の間に、以下の構造を持つDNAをクローニングする:SapI切断部位-配列番号1-配列番号36-Acc65I切断部位-SalI切断部位配列番号37-配列番号4-ctt-配列番号1-配列番号38-BsiWI切断部位-XhoI切断部位-配列番号39-配列番号4-attB2(配列番号52)-SapI切断部位
【0092】
(実施例3)10個の外来遺伝子を搭載したDNA断片の作製(3)図8参照)
次に、以下のプラスミドを作製した。
1)プラスミド#1C
プラスミド#1のAcc65I-SalI間に、ホタル・ルシフェラーゼ遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#1Bを作製した。さらに、プラスミド#1BのBsiWI-XhoI間に、Renillaルシフェラーゼ遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#1Cを作製した。
2)プラスミド#2C
プラスミド#2のAcc65I-SalI間に、EGFP遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#2Bを作製した。さらに、プラスミド#2BのBsiWI-XhoI間に、ピューロマイシン耐性遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#2Cを作製した。
3)プラスミド#3C
プラスミド#3のAcc65I-SalI間に、Cypridina noctilucaルシフェラーゼ遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#3Bを作製した。さらに、プラスミド#3BのBsiWI-XhoI間に、E2-Crimson遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#3Cを作製した。
4)プラスミド#4C
プラスミド#4のAcc65I-SalI間に、EBFP2遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#4Bを作製した。さらに、プラスミド#4BのBsiWI-XhoI間に、ゼオシン耐性遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#4Cを作製した。
5)プラスミド#5C
プラスミド#5のAcc65I-SalI間に、dKeima-Red遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#5Bを作製した。さらに、プラスミド#5BのBsiWI-XhoI間に、ハイグロマイシンB耐性遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#5Cを作製した。
【0093】
(実施例4)10個の外来遺伝子を搭載したDNA断片の作製(4)図9参照)
プラスミド#1CからSapIで切り出したホタル・ルシフェラーゼ遺伝子とRenillaルシフェラーゼ遺伝子を含むDNA断片100ng、プラスミド#2CからSapIで切り出したEGFP遺伝子とピューロマイシン耐性遺伝子を含むDNA断片100ng、プラスミド#3 CからSapIで切り出したCypridina noctilucaルシフェラーゼ遺伝子とE2-Crimson遺伝子を含むDNA断片100ng、プラスミド#4 CからSapIで切り出したEBFP2遺伝子とゼオシン耐性遺伝子を含むDNA断片100ng、プラスミド#5 CからSapIで切り出したdKeima-Red遺伝子とハイグロマイシンB耐性遺伝子を含むDNA断片100ngの計500ngを、5μLのHOに溶かし、Ligation-Convenience Kit(NIPPON GENE Co., Ltd.)5μLを混合して16℃で60分反応させた。精製後、7μLのHOに溶かし、1μLのプラスミド#6(pDONR-221、Life Technologies, Inc.)(150ng)と2μLのBP Clonase2(Life Technologies, Inc.)を加えて25℃で2時間反応させてから大腸菌DH-5αに導入してカナマイシン耐性コロニーを単離し、プラスミド#7を作製した。
【0094】
(実施例5)10個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNAを作る鋳型DNAの作製図10参照)
プラスミド#8は、p15Aの複製起点を持つプラスミドpACYC177(非特許文献56)のカナマイシン耐性遺伝子を、pDONR-221のattB1-クロラムフェニコール耐性遺伝子-attB2を含むDNA断片で置き換えて作製する。OptimumGen Gene Design Systemで最適化したhN-hC-hPolSを含むDNA(配列番号53)の5’側にattB1とT7 terminator, HDV ribozymeをこの順番で接続したDNA断片はGenScript社で合成した。同様に、OptimumGen Gene Design Systemで最適化したhPolLを含むDNA(配列番号54)の3’側にT7 promoterとattB2を接続したDNAを合成した。BamHIとXmaIで切り出したattB1-T7 terminator-HDV ribozyme- hN-hC-hPolSをこの順番で含むDNA断片100ng、XmaIとNotIでプラスミド#7から切り出した10個の遺伝子を含むDNA断片100ng、NotIとSalIで切り出したhPolL-T7 promoter-attB2をこの順番で含むDNA断片100ngの計300ngを、5μLのHOに溶かし、Ligation-Convenience Kit 5μLを混合して16℃で60分反応させた。精製後、7μLのHOに溶かし、1μLのプラスミド#8(150ng)と2μLのBP Clonase2を加えて25℃で16時間反応させてから大腸菌HST-08(Takara Bio Co.)に導入してアンピシリン耐性コロニーを単離し、マイナス鎖のステルス型RNAを合成する鋳型となるプラスミド#9Bを作製した。
プラス鎖のステルス型RNAを合成する鋳型DNAは、T7 promoterとT7 terminatorを入れ替えて作製する。具体的には、attB1-T7 promoter - hN-hC-hPolSをこの順番で含むDNA断片100ng、XmaIとNotIでプラスミド#7から切り出した10個の遺伝子を含むDNA断片100ng、NotIとSalIで切り出したhPolL- HDV ribozyme-T7 terminator-attB2をこの順番で含むDNA断片100ngの計300ngを、5μLのHOに溶かし、Ligation-Convenience Kit 5μLを混合して16℃で60分反応させた。精製後、7μLのHOに溶かし、1μLのプラスミド#8(150ng)と2μLのBP Clonase2を加えて25℃で16時間反応させてから大腸菌HST-08に導入してアンピシリン耐性コロニーを単離し、プラス鎖のステルス型RNAを合成する鋳型となるプラスミド#9Aを作製した。
【0095】
(実施例6)10個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNA遺伝子発現系の再構成(方法1)図11参照)
方法1は、特許文献3と非特許文献7に記述された方法に準じて行った。
具体的には、BHK/T7/151M(SE)細胞として、T7 RNA polymeraseとMタンパク質を安定に発現するハムスター由来BHK-21細胞を、以下の方法で作製した。BHK-21細胞は理化学研究所バイオリソースセンターから入手した。T7 RNA polymerase遺伝子(非特許文献74)を動物細胞にコドン最適化して合成したcDNA(配列情報77)をレトロウイルスベクターpCX4neo(非特許文献75,GenBank Accession Number AB086385)に搭載し、BHK-21細胞に導入後、G-418 800 μg/mLを含む10%FCS含有DMEM培地で選択して、BHK/T7細胞を得た。
次に、センダイウイルス温度感受性変異株Clone 151株のM遺伝子(GenBank Accession Number NM_011046)をレトロウイルスベクターpCX4pur(非特許文献75,GenBank Accession Number AB086386)に搭載し、BHK-21/T7細胞に導入後、Puromycin 200 μg/mLを含む10%FCS含有DMEM培地で選択して、BHK/T7/151M(SE)細胞を得た。
再構成に使用した発現ベクターは、以下の方法で作製した。NPタンパク質発現プラスミドpCMV-NP、Pタンパク質発現プラスミドpCMV-P、Lタンパク質発現プラスミドpCMV-L、マウスFurin発現プラスミドpCMV-Furinは、センダイウイルスZ株のNP遺伝子、P遺伝子、L遺伝子(GenBank Accession Number M30202.1)およびマウスFurin cDNA(非特許文献76、GenBank Accession Number NM_011046)を、CytomegalovirusのImmediate Early遺伝子のエンハンサー・プロモーター(非特許文献77)の下流に接続して作製した。FおよびHNタンパク質発現プラスミドpSRD-HN-Fmut(非特許文献78)は、センダイウイルスZ株のFおよびHN遺伝子を、SRαプロモーター(非特許文献79)の下流に接続したプラスミドである。pMKIT-151Mは、SRαプロモーターの下流にセンダイウイルス温度感受性変異株Clone 151株のM遺伝子を接続して作製した。
Mタンパク質を安定に発現するBHK/T7/151M(SE)細胞を5 × 10 cells / wellで6-wellプレートに播種し、24時間培養した後に洗浄した。プラスミド#9A、NPタンパク質発現プラスミドpCMV-NP、Pタンパク質発現プラスミドpCMV-P、Lタンパク質発現プラスミドpCMV-L、FおよびHNタンパク質発現プラスミドpSRD-HN-Fmut、マウスFurin発現プラスミドpCMV-Furinをそれぞれ2 μg、1 μg、1 μg、1 μg、2 μg、20 ngの量比でOptiMEM (Life Technologies, Inc.)300 μLに懸濁し、10 μLのLipofectamine LTX(Life Technologies, Inc.)を含む300 μLのOptiMEMと混合して20分間室温放置した培地を、細胞に添加して4時間培養した。細胞を再度洗浄後、10%FCS含有DMEM培地を加えてさらに32℃で3日間培養した。その後、ハイグロマイシンB 300 μg/mLを含む10%FCS含有DMEM培地に細胞を移して培養を続け、BHK/#9A細胞を分離した。ステルス型RNA遺伝子発現系の再構成が起こったことは、EGFPとKeima-Redの発現により確認した。
【0096】
(実施例7)10個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNA遺伝子発現系の再構成(方法2)図12参照)
RecAとRNaseEの二重欠損変異株である大腸菌E-AIST7株は、大腸菌BL21(DE3)株(非特許文献68)のRNase E遺伝子とRec A遺伝子をこの順番で破壊して作製した。RNase E遺伝子にはRNase EのC末端の欠損変異(rne131)(非特許文献59)を、Rec A遺伝子には完全欠損変異を導入した。遺伝子破壊はGene Bridges GmbH社のQuick & Easy E. coli Gene Deletion Kitを使用し、同キットのプロトコールに従って行った。大腸菌で一本鎖RNA結合タンパク質(N)を発現するプラスミド#10は、プラスミドpET-24a(+)(Merck KGaA)に大腸菌に合わせてコドン最適化したN遺伝子(eN)(配列番号55)を搭載して作製した。
大腸菌E-AIST7株にプラスミド#9Bとプラスミド#10を導入し、アンピシリンとカナマイシンで選択してE-AIST7/N/9B株を作製した。E-AIST7/N/9B株を30℃で培養し、OD600=0.3になったところで0.5mM IPTGを加えてT7 RNA polymeraseの発現を誘導し、3時間培養して大腸菌を回収した。回収した菌を10mLの10% Sucrose, 50mM Tris-HCl (pH7.5), 2mM MgClに懸濁し、150 kunitsのrLysozome(Merck KGaA)と25 unitsのBenzonase(Merck KGaA)を加えた後、30℃で30分処理してプロトプラストを回収した。プロトプラストを50mM Tris-HCl (pH7.5), 2mM MgCl, 50mM CHAPSで壊し、4,500 rpm 10分の遠心上清をBeckman SW41Tiローターで25,000 rpm 60分遠心して、RNA-Nタンパク質複合体を沈渣として回収した。RNA-Nタンパク質複合体はさらに、28%塩化セシウム溶液に懸濁し、Beckman SW41Tiローターで37,000 rpm 45時間遠心してRNA-Nタンパク質複合体を精製した。
BHK/T7/151M(SE)細胞を5 × 10 cells / wellで6-wellプレートに播種し、24時間培養した後にPタンパク質発現プラスミドpCMV-P、Lタンパク質発現プラスミドpCMV-L各1μgをLipofectamine LTXで導入した。さらに24時間後、5μgのRNA-Nタンパク質複合体を10μLのPro-DeliverIN reagent (OZ Biosciences)と混合して細胞に導入した。24時間後からハイグロマイシンB 300 μg/mLを含む10%FCS含有DMEM培地に細胞を移して培養を続け、BHK/#9A2細胞を分離した。ステルス型RNA遺伝子発現系の再構成が起こったことは、EGFPとKeima-Redの発現により確認した。
【0097】
(実施例8)10個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNAベクター#1の作製
5.0 x 10 個のBHK/#9A細胞(あるいはBHK/#9A2細胞)に対し、欠損遺伝子発現プラスミドであるpMKIT-151M、pSRD-HN-Fmut、pCMV-Furinを、2 μg、2 μg、30 ngの割合でLipofectamine LTXを用いて導入し、4時間後に細胞を洗浄した後、10%FCS含有DMEM培地を加えてさらに32℃で4日間培養した。その後、ステルス型RNAベクター#1(図13)を含む培養上清を回収し、0.45 μmのフィルターで濾過後、必要ならば超遠心法によりベクターを濃縮した。ベクター懸濁液は液体窒素にて急速冷凍し、-80℃にて保存した。ベクターの活性は、サル腎臓由来LLCMK細胞を用いて、抗NPタンパク質抗体による間接蛍光抗体法で検定した(非特許文献7)。この方法で得られたステルス型RNAベクターの感染価は、約10 infectious units/mLであり、従来型の持続発現型センダイウイルスベクターと同等あるいはそれ以上の活性が得られた。
【0098】
(実施例9)10個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNAベクターによる遺伝子発現図14参照)
(実施例8)で作製したステルス型RNAベクター#1をHeLa細胞にMOI=3で感染し、ハイグロマイシンB 100 μg/mLを含む10%FCS含有DMEM培地で選択してHeLa/#9細胞を樹立した。
この細胞の薬剤耐性能は、ピューロマイシン(1.5 μg/mL)、ゼオシン(100 μg/mL)、ハイグロマイシンB(100 μg/mL)、G418(800 μg/mL)、ブラストサイジンS(10 μg/mL)で選択して生存率をコロニーアッセイで測定した。陰性対照のHeLa細胞はこれらの抗生物質に対してすべて感受性であるのに対し、HeLa/#9細胞はピューロマイシン、ゼオシン、ハイグロマイシンBに選択的に耐性を示し、これら3種類の薬剤に対する耐性形質を発現していることが確認された(図14、上段)。
HeLa/#9細胞における蛍光タンパク質の発現は、フローサイトメーター(Gallios, Beckman Coulter)により計測した。各蛍光タンパク質の観察条件は以下のとおりである。EBFP2:励起405nm、検出450nm;Keima-Red:励起405nm、検出620nm;EGFP:励起488nm、検出530nm;E2-Crimson:励起638nm、検出660nm。HeLa/#9細胞は、ベクターを保持していないHeLa細胞に比べて有意に4個の蛍光タンパク質を発現していることが確認された(図14、中段)。
HeLa/#9細胞におけるルシフェラーゼの発現は、以下の試薬を使用して、発光をルミノメーター(Promega, Corp.)で検出した。ホタル・ルシフェラーゼ及びRenillaルシフェラーゼ:Dual-Luciferase Reporter Assay System(Promega, Corp.);Cypridina noctilucaルシフェラーゼ:BioLux Cypridina Luciferase Assay Kit(New England Biolabs, Inc.)。いずれのルシフェラーゼの活性も、ベクターを保持していないHeLa細胞では検出されなかったが、HeLa/#9細胞では高い活性が検出された(図14、下段)。
【0099】
(実施例10)10個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNAベクター#2(図15)の作製 鋳型cDNAの作製に使うhN、hC、hPolS、hPolL遺伝子をGeneGPS Expression Optimization Technologyによって最適化したこと、hN、hC、hPolSの3つの遺伝子をhN-hPolS-hCの順番で搭載したこと以外は、(実施例8)に記載したのと同じ方法でベクターを作製し、(実施例9)に記載した方法で検証した。hN-hPolS-hCを含むDNA(配列番号78)の5’側にattB1とT7 promoterをこの順番で接続したDNA断片はDNA 2.0社で合成した。同様に、hPolLを含むDNA(配列番号79)の3’側にHDV ribozyme, T7 terminatorとattB2を接続したDNA断片をDNA 2.0社で合成した。
【0100】
(実施例11)10個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNAベクター#3、#4(図16)の作製
OptimumGen Gene Design Systemで最適化したhN、hC、hPolSの3つの遺伝子をhN-hPolS-hCの順番(#3)またはhPolS-hN-hCの順番(#4)で搭載したこと以外は、(実施例8)に記載したのと同じ方法でベクターを作製し、(実施例9)に記載した方法で検証した。hN-hPolS-hCを含むDNA(配列番号80)の5’側にattB1とT7 promoterをこの順番で接続したDNA断片、及びhPolS-hN-hCを含むDNA(配列番号81)の5’側にattB1とT7 promoterをこの順番で接続したDNA断片、およびhPolLを含むDNA(配列番号82)の3’側にHDV ribozyme, T7 terminatorとattB2を接続したDNA断片は、GenScript社で合成した。
【0101】
(実施例12)4個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNAベクター#5の作製
ブラストサイジンS耐性遺伝子(非特許文献69)(配列番号56)およびKusabira-Orange遺伝子(非特許文献70)(GenBank Accession Number AB128819)は、PCRによってAcc65I-cDNA-XhoIの構造になるように増幅してサブクローニングした(図7)。プラスミド #5DはLITMUS38iのApaI切断部位とStuI切断部位の間に、以下の構造を持つDNAをクローニングする。ただし、プラスミド#5とはSapI切断断面が異なる:SapI切断部位-配列番号1-配列番号36-Acc65I切断部位-SalI切断部位配列番号37-配列番号4-ctt-配列番号1-配列番号38-BsiWI切断部位-XhoI切断部位-配列番号39-配列番号4-attB2-SapI切断部位。
プラスミド#1のAcc65I-SalI間に、dKeima-Red遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#1Dを作製した。さらに、プラスミド#1DのBsiWI-XhoI間に、ブラストサイジンS耐性遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#1Eを作製した。また、プラスミド#5DのAcc65I-SalI間に、EGFP遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#5Eを作製した。さらに、プラスミド#5EのBsiWI-XhoI間に、Kusabira-Orange遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#5Fを作製した。
プラスミド#1EからSapIで切り出したdKeima-Red遺伝子とブラストサイジンS耐性遺伝子を含むDNA断片100ng、プラスミド#5FからSapIで切り出したEGFP遺伝子とKusabira-Orange遺伝子を含むDNA断片100ngの計200ngを、5μLのHOに溶かし、Ligation-Convenience Kit 5μLを混合して16℃で60分反応させた。精製後、7μLのHOに溶かし、1μLのプラスミド#6(150ng)と2μLのBP Clonase2を加えて25℃で2時間反応させてから大腸菌DH-5αに導入してカナマイシン耐性コロニーを単離し、プラスミド#11を作製した。プラスミド#11からXmaIとNotIで切り出した4遺伝子を含むDNA断片を使ったステルス型RNAベクター#5の作製は、(実施例5)~(実施例8)に記述した方法に従って行った。
【0102】
(実施例13)ステルス型RNAベクターによるIFN-β遺伝子の誘導図17
欠損持続発現型センダイウイルスベクターSeVdp(KR/Bsr/EGFP/KO)は非特許文献7に記述されている。(実施例12)で作製したステルス型RNAベクター#5と、SeVdp(KR/Bsr/EGFP/KO)ベクターを、共にMOI=3で初代培養ヒト皮膚由来線維芽細胞に感染させた。この条件で、どちらのベクターも約80%の細胞に遺伝子導入できた。ベクター感染後24時間目に、ISOGEN Kit(NIPPON GENE Co., Ltd.)を使って細胞の全RNAを抽出し、Deoxyribonuclease (RT Grade) (NIPPON GENE Co., Ltd.)を使ってゲノムDNAを分解した。次に、このRNAを鋳型として、SuperScriptIII First-Strand Synthesis System for RT-PCR (Life Technologies, Inc.) とoligo(dT)20を使い、逆転写反応によりFirst strand cDNA合成を行った。さらに、SsoAdvanced Universal SYBR Green Supermix (Bio-Rad)を用いて、first strand cDNAを鋳型に、リファレンス遺伝子またはインターフェロン・ベータ遺伝子のGene Specific Primers (GSP)とCFX96 Real-Time System (Bio-Rad)を使ってリアルタイムPCR法によりIFN-β mRNAの発現量の解析を行った。
【0103】
(実施例14)6個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNA遺伝子発現系#6、#7、#8、#9、#10の作製(図20図22
プラスミド #2Dは、プラスミドLITMUS38iのApaI切断部位とStuI切断部位の間に、以下の構造を持つDNAをクローニングした。ただし、プラスミド#2とはSapIによる切断断面の配列が異なる:SapI切断部位-配列番号1-配列番号28-Acc65I切断部位-SalI切断部位配列番号29-配列番号4-ctt-配列番号1-配列番号30-BsiWI切断部位-XhoI切断部位-配列番号31-配列番号4-SapI切断部位。
プラスミド#2DのAcc65I-SalI間に、EGFP遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#2Eを作製した。さらに、プラスミド#2EのBsiWI-XhoI間に、ピューロマイシン耐性遺伝子を含むAcc65I-XhoIフラグメントをクローニングしてプラスミド#2Fを作製した。
プラスミド#1CからSapIで切り出したホタル・ルシフェラーゼ遺伝子とRenillaルシフェラーゼ遺伝子を含むDNA断片100ng、プラスミド#2FからSapIで切り出したEGFP遺伝子とピューロマイシン耐性遺伝子を含むDNA断片100ng、プラスミド#5 CからSapIで切り出したdKeima-Red遺伝子とハイグロマイシンB耐性遺伝子を含むDNA断片100ngの計300ngを、5μLのHOに溶かし、Ligation-Convenience Kit 5μLを混合して16℃で60分反応させた。精製後、7μLのHOに溶かし、1μLのプラスミド#6(150ng)と2μLのBP Clonase2を加えて25℃で2時間反応させてから大腸菌DH-5αに導入してカナマイシン耐性コロニーを単離し、プラスミド#12を作製した。プラスミド#12からXmaIとNotIで切り出した6遺伝子を含むDNA断片を使ったステルス型RNA遺伝子発現系#6、#7、#8(図20)(実施例16)及び#9、#10(図22)(実施例18)の作製は、(実施例5)(実施例6)及び(実施例8)に記述した方法に従って行った。
【0104】
(実施例15)5個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNA遺伝子発現系#11、#12、#13、#14、#15の作製(図18
5個の遺伝子を搭載したプラスミド#13は、(実施例14)のプラスミド#12の搭載遺伝子のうち、ホタル・ルシフェラーゼ遺伝子を削除し、ピューロマイシン耐性遺伝子をプラスミドpBR322由来のテトラサイクリン耐性遺伝子(GenBank Accession Number J01749.1)で置き換えた以外は、(実施例14)に記載された方法で作製した。
この5個の外来遺伝子を、hN、hC、hPolSの3つの遺伝子をhN-hPolS-hCの順番で搭載したステルス型RNAベクター#3(図16)に搭載して、5個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNA遺伝子発現系#11を作製した。さらに、このステルス型RNA遺伝子発現系のXmaI部位に、コドン最適化したRIG-ICを含む遺伝子カセット(配列番号83)、コドン最適化したセンダイウイルス・Vタンパク質のC末端領域を含む遺伝子カセット(配列番号84)、コドン最適化したプロテオソームの構成成分であるPSMA7を含む遺伝子カセット(配列番号85)を挿入して、5個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNA遺伝子発現系#12、#13、#14を作製した。また、5個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNA遺伝子発現系#15は、hN-hPolS-hC遺伝子のうちhPolS遺伝子の一部を最適化していないセンダイウイルスZ株のP遺伝子と置き換えて(配列番号86)、Vタンパク質が発現するようにしたものである。
これらのステルス型RNA遺伝子発現系を含む細胞から実施例8に従ってステルス型RNAベクターを作製し、ヒト由来293細胞に導入して、インターフェロン誘導能を測定した。図19では、代表例としてステルス型RNAベクター#11と#12の比較を行ったが、RIG-IC遺伝子を追加することにより、ステルス型RNAベクターで残存しているインターフェロン・ベータの誘導がほぼ完全に抑制されることが示された。
【0105】
(実施例16)Nタンパク質とCタンパク質の発現効率の変化がステルス型RNA遺伝子発現系に搭載された外来遺伝子の発現に与える影響の解析図20参照)
pGL4.12(Promega Corporation)(GenBank Accession Number AY738224)がコードしているホタル・ルシフェラーゼcDNAの翻訳開始コドン(AUG)の上流に、配列番号56、配列番号57、配列番号58に対応するRNA配列を挿入し、CMVプロモーターを使ってHeLa細胞で発現させて、Dual-Luciferase Reporter Assay Systemを使ってルシフェラーゼの活性を調べた(図20)。その結果、本来の翻訳開始コドンの上流に別の開始コドンをアウトフレームに置くと本来のタンパク質と翻訳配列がずれ、翻訳効率が低下することがわかった。
次に、hN mRNAとhC mRNAの翻訳開始コドンの5’上流側の塩基配列を改変したステルス型RNA遺伝子発現系#6、#7、#8の遺伝子発現の能力を調べた。ステルス型RNA遺伝子発現系#6では、hN mRNAとhC mRNAの翻訳開始コドン(AUG)の5’上流側が、翻訳効率が最も高いとされるいわゆる「Kozak配列(配列番号57)」である。ステルス型RNA遺伝子発現系#7では、hN mRNAの翻訳開始コドンの5’上流側は「Kozak配列(配列番号57)」(非特許文献60)、hC mRNAの翻訳開始コドンの5’上流側は翻訳効率が23%に下がる配列番号59の塩基配列に置き換えられている。またステルス型RNA遺伝子発現系#8では、hN mRNAの翻訳開始コドンの5’上流側は翻訳効率が40%に下がる配列番号58の塩基配列、hC mRNAの翻訳開始コドンの5’上流側は翻訳効率が23%に下がる配列番号59の塩基配列に置き換えられている。この実験では、ステルス型RNA遺伝子発現系#6、#7、#8を安定に保持しているBHK/T7/151M(SE)細胞において、Dual-Luciferase Reporter Assay Systemを使ってルシフェラーゼの活性を調べた(図20)。
【0106】
(実施例17)5個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNA遺伝子発現系#16、#17の作製(図21
hN、hC、hPolSの3つの遺伝子をhN-hPolS-hCの順番で搭載し、5個の外来遺伝子を搭載したステルス型RNA遺伝子発現系#11は(実施例15)で記述した。このベクターのhC遺伝子は、5’側非翻訳領域の配列を改変して翻訳効率を23%に下げてある(図21)。ステルス型RNA遺伝子発現系#16は、#11からhC遺伝子を除いたものである。ステルス型RNA遺伝子発現系#17は、#11のhC遺伝子の5’非翻訳配列をKozak配列にして翻訳効率を100%としたものである。
図21で示したEGFPの発現からわかるように、ステルス型RNA遺伝子発現系の遺伝子発現レベルはhC遺伝子の翻訳効率を変えることで調節することができる。また、hC遺伝子はステルス型RNA遺伝子発現系の再構成に必須の要素ではないが、hC遺伝子が無いと外来遺伝子の発現が非常に強くなるため、細胞の増殖が抑制される。このため、hC遺伝子をある程度発現させることで実用的なレベルの遺伝子発現を得ることが現実的である。
【0107】
(実施例18)ステルス型RNA遺伝子発現系のゲノム3’側にあるパッケージングシグナルがベクター粒子産生に与える影響の解析図22参照)
ステルス型RNA遺伝子発現系#9は、ステルス型RNA遺伝子発現系#6(図20)からゲノムRNA3’側の配列D(配列番号17)を欠失したものである。また、ステルス型RNA遺伝子発現系#10は、ステルス型RNA遺伝子発現系#7(図20)からゲノムRNA3’側の配列D(配列番号17)を欠失したものである。これらのステルス型RNA遺伝子発現系を安定に保持しているBHK/T7/151M(SE)細胞に、(実施例5)に記した方法でM、F、HNの各タンパク質を発現し、上清に回収されるステルス型RNAベクターの遺伝子導入能を、LLCMK細胞を用いた抗NPタンパク質抗体による間接蛍光抗体法で検定した(非特許文献7)。
さらに、この18塩基の配列を(表1)に挙げられているHouse-keeping遺伝子由来mRNAの部分配列から任意に選んで置換してみた(図2の(5)(配列番号75))ところ、粒子化効率に変化がないことを確認した(data not shown)。
このことから、ゲノム3’末端から97~114塩基目までの18塩基長又はその一部の長さの領域が、マイナス一本鎖RNAにおける粒子化のためのパッケージングに必須であると考えることができる。いずれにしても、この位置の18塩基長又はその一部の長さの領域は、マイナス一本鎖RNAを鋳型とした転写と複製には必須ではないが、ステルス型RNA遺伝子発現系がウイルス様粒子に取り込まれるために必須な「パッケージング・シグナル領域」であるといえる。
【0108】
(実施例19)ステルス型RNA遺伝子発現系を保持しているHeLa細胞をsiRNAで処理した時のルシフェラーゼ活性の経時変化図23参照)
ステルス型RNA遺伝子発現系#6(図20)からステルス型RNAベクター#6を作製し、HeLa細胞に遺伝子導入してハイグロマイシンBで選択することによりHeLa/#3細胞株を樹立した。HeLa/#3細胞を1.0 × 10 /wellになるように48 well プレートに播種し、翌日、最終濃度100 nMになるようにPolL遺伝子の標的配列(配列番号46)を標的としたsiRNAを導入試薬RNAiMAX(Life Technologies, Inc.)と混合して導入した。ルシフェラーゼ活性を経時的に測定した結果、4回の独立した実験でいずれも、10日で約0.1%にまでルシフェラーゼの活性が抑制され、ステルス型RNA遺伝子発現系が効率よく細胞から除去されていることが明らかになった。
【0109】
(実施例20)大きな遺伝子を搭載したステルス型RNAベクターの作製図24参照)
各種外来遺伝子を搭載したステルス型RNAベクターの作製は、(実施例1)~(実施例2)と同様に2つずつの遺伝子から「転写カセット」を製造し、(実施例3)~(実施例5)と同様に「転写カセット」を順次連結し、(実施例6)若しくは(実施例7)及び(実施例8)と同様の方法で作製できる。このような大きな外来遺伝子として搭載可能な外来遺伝子の名称とその塩基配列は以下のとおりである。ヒトKLF4:配列番号60、ヒトOCT4:配列番号61、ヒトSOX2:配列番号62、ヒトc-Myc:配列番号63、ヒトBRG1:配列番号64、ヒトBAF155:配列番号65、ヒト免疫グロブリンG・H鎖:配列番号66、ヒト免疫グロブリンG・L鎖:配列番号67、ヒト免疫グロブリンM clone 2G9・H鎖:配列番号68、ヒト免疫グロブリンM clone 2G9・L鎖:配列番号69、ヒト免疫グロブリンM・J鎖:配列番号70、ヒト血液凝固第VIII因子:配列番号71、ヒト・ジストロフィン:配列番号72。
これらの遺伝子を外来遺伝子として担持したRNA発現系は、上記各実施例に記載された手順に準じた手法で目的の細胞に導入することができる。そして、外来遺伝子を同一細胞において同時に複数個発現させることにより、細胞リプログラミング等、導入細胞に対して所望の変更を加えることが可能となる。
【0110】
(実施例21)6個の初期化遺伝子を搭載したステルス型RNAベクターによる人工多能性幹細胞(iPS細胞)の誘導(図25
6個以上のの遺伝子を搭載して確実に発現することができるというステルス型RNAベクターの特徴は、ヒトの体細胞を初期化してiPS細胞に転換するといった細胞リプログラミングで特に有効であると考えられる。そこで、ヒト人工多能性幹細胞を作るための方法として最初に報告されたKLF4、OCT4、SOX2、c-MYCの4つの初期化遺伝子の組み合わせ(特許文献1、非特許文献1)に、補完的な機能を持つ初期化遺伝子NANOGとLIN28(特許文献2、非特許文献2)を追加して、合計6個の初期化遺伝子を同時に発現するステルス型RNAベクターを作製し、これまでに報告されているiPS細胞の作製技術の中で最も初期化効率が高い、「4個の初期化遺伝子(KLF4、OCT4、SOX2、c-MYC)を同時に搭載した持続発現型センダイウイルスベクター」(特許文献3、特許文献4、非特許文献7)(図25A)との間で、細胞の初期化活性を比較した。
6個の初期化遺伝子を搭載したステルス型RNAベクター#23(図25B)は、実施例14に示した方法を用いてヒトKLF4(配列番号60)、ヒトOCT4(配列番号61)、ヒトSOX2(配列番号62)、ヒトc-MYC(配列番号63)、ヒトNANOG(配列番号87)、ヒトLIN28(配列番号88)をこの順番で結合し、図16のステルス型RNAベクター#3に組み込んで、実施例6および実施例8に従って作製した。
iPS細胞の作製は、特許文献3に準じて行った。具体的には、ヒト胎児由来線維芽細胞であるTIG3細胞を12 well plateに1.0 x 10 cells/wellで播種し、翌日にKLF4、OCT4、SOX2、c-MYCを搭載した持続発現用センダイウイルスベクター(図25A)、及びKLF4、OCT4、SOX2、c-MYC、NANOG、LIN28を搭載したステルス型RNAベクター(図25B)をそれぞれMOI (Multiplicity of Infection) = 3の条件で培地中に加え、室温で2時間放置した後に37℃で一晩培養することによって感染させた。マイトマイシンC処理をしたMEFをフィーダー細胞として、ゼラチンコートしたディッシュ上に準備し、上記ベクター感染細胞をその上に蒔いて、ヒト多能性幹細胞用培地StemFit AK03(Ajinomoto, Co., Inc.)中で培養した。遺伝子導入後11日目に、AlexaFluor488標識抗TRA-1-60抗原抗体(Merck-Millipore)で染色し、1x10個のTIG-3細胞から出現したTRA-1-60陽性のiPS細胞のクローン数を数えた(図25C)。その結果、4因子搭載ベクターによって出現したiPS細胞は85クローン(初期化効率0.85%)であったのに対し、6因子搭載ベクターでは4290クローン(初期化効率42.9%)のiPS細胞クローンが出現し、6個の遺伝子を同時に搭載したステルス型RNAベクターの有効性が示された。なお、この実施例で使用した遺伝子の合計塩基長は7.0 kbとなり、従来のRNAベクターを使った方法では実現できないサイズである。
【0111】
(実施例22)ヒト免疫グロブリンM(IgM)のH鎖・L鎖・J鎖の同時発現によるヒト免疫グロブリンMの産生(図26
バイオ医薬品製造の分野で、複数のポリペプチドを同時に発現させる必要がある代表的な製品としては抗体医薬品がある。H鎖とL鎖を発現して製造できる免疫グロブリンG(IgG)の商業生産技術は既に確立しているが、H鎖・L鎖・J鎖をコードする3つの遺伝子を同時に発現させる必要があるIgMの製造は現在でも容易では無い(非特許文献84)。IgMの中には、IgGには無い強い抗腫瘍活性を持つ抗体が存在することが知られており(非特許文献85)、IgMの製造法の確立は産業的な意義が大きい。そこで、ヒトIgMのH鎖・L鎖・J鎖をコードする3つの遺伝子をステルス型RNAベクターに搭載して一度に発現させることにより、分子量950k DaltonのIgMの製造を試みた。
実施例22では、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染細胞と反応するヒト・モノクローナルIgM抗体9F11と2G9(非特許文献86)を材料として選び、9F11抗体のH鎖遺伝子(配列番号89)とL鎖遺伝子(配列番号90)、J鎖遺伝子(配列番号70)、ハイグロマイシンB耐性遺伝子(配列番号50)、または2G9抗体のH鎖遺伝子(配列番号68)とL鎖遺伝子(配列番号69)、J鎖遺伝子(配列番号70)、ハイグロマイシンB耐性遺伝子(配列番号50)を実施例12に従ってこの順番で連結し、図20のステルス型RNAベクター#8に搭載して、ステルス型RNAベクター#23および#20を得た。次に、MOI=3の条件で、タンパク質製造用の無血清培地Opti-Pro SFM(Life Technologies, Inc.)に馴化したハムスター由来BHK細胞に遺伝子導入し、ハイグロマイシンBを100 μg/mL加えて選択した。新しい培地交換後、24時間で回収し、その培養上清を回収した。
培養上清中のヒトIgMの量を抗ヒトIgM・ELISAキット(Bethyl Laboratories, Inc.)で定量したところ、2G9の遺伝子セットを導入した場合は9.17 μg/mL、9F11の遺伝子セットを導入した場合は11.15 μg/mLのIgMが検出された。遺伝子を導入していないBHK細胞の培養上清中のIgMは検出限界以下であった。これを細胞1個あたり・1日あたりの発現効率(pg/cell/day)に換算すると、2G9は16.38 pg/cell/day、9F11は19.91 pg/cell/dayであった(図26)。
次に、300 ngおよび100 ngのIgMを含む培養上清を、4 - 20% Gradient Gel (Bio-Rad)を用いてSDSポリアクリルアミド電気泳動で解析し、BioSafe Coomasie G250 stain (Bio-Rad)で染色した。その結果、非還元状態では、天然のヒトIgMと同じ970kダルトンの位置に、また還元状態では分子量75kダルトンのH鎖と25kダルトンのL鎖の位置にバンドが検出され、天然と同じ21本のポリペプチドが結合したIgM分子ができていることが明らかになった。
非特許文献84には、CHO-DG44細胞とHEK293細胞を用いて、メソトレキセートによる遺伝子増幅した結果得られたIgM安定発現細胞4クローンでの解析結果が記述されているが、発現効率は25.00, 3.59, 4.60, 0.21 pg/cell/dayであった。このことから、ステルス型RNAベクターを使用すれば、数ヶ月を要する遺伝子増幅によって達成したIgMの発現と同等もしくはより高いレベルの生産を容易に実現できることが明らかになった。
【0112】
(実施例23)4個のcDNAを同時発現することによるヒト二重特異性抗体の産生(図27
2つの異なる抗原を認識できる二重特異性抗体は、これまでの抗体医薬品の可能性を大幅に拡張する分子として、バイオ医薬品の分野で最近注目されている。二重特異性抗体は、抗原Aを認識するH鎖(A)とL鎖(A)と、抗原Bを認識するH鎖(B)とL鎖(B)からなる4量体で、H鎖(A)とL鎖(B)あるいはH鎖(B)とL鎖(A)が結合しにくいように変異を導入し、かつH鎖(A)同士あるいはH鎖(B)同士の結合よりもH鎖(A)とH鎖(B)の結合が強くなるような変異を導入した上で、H鎖(A)・L鎖(A)・H鎖(B)・L鎖(B)をコードする4個の遺伝子を同時に発現させて作製する(非特許文献87)。このような4個の遺伝子を同時に細胞に導入した後、遺伝子増幅して4個のポリペプチドが同時に高発現する細胞株を得ることは極めて難しいため、通常は一過性の遺伝子発現で生産されている。
本実施例では、非特許文献87に記述されている二重特異性抗体のうち、HER2と上皮細胞増殖因子レセプター(EGFR)を同時に認識するHEDesignLKの作製を試みた。
非特許文献87で開示されている抗HER2抗体のH鎖HC1(VHVRD1CH1CRD2)遺伝子(配列番号91)およびL鎖LC1(VLVRD1CλCRD2)遺伝子(配列番号92)、および抗EGFR抗体のH鎖HC2(VHVRD2CH1WT)遺伝子(配列番号93)とL鎖LC2(VLVRD2CκWT)遺伝子(配列番号94)を、EGFP遺伝子およびハイグロマイシンB耐性遺伝子と共に、実施例14に従って連結し、ステルス型RNAベクター#8(図20)に搭載してステルス型RNAベクター#24を作製した。また、比較のために、抗HER2抗体のH鎖とL鎖のみを発現するベクター#25(図27B)および抗EGFR抗体のH鎖とL鎖のみを発現するベクター#26(図27C)を、実施例12に従って作製した。
これらのベクターを使い、実施例22の方法でOpti-Pro SFM(Life Technologies, Inc.)に馴化したハムスター由来BHK細胞に遺伝子導入し、安定発現細胞の培養上清中のヒトIgGの量を抗ヒトIgG・ELISAキット(Bethyl Laboratories, Inc.)で定量した。その結果、4量体を作る活性の低いHC1とLC1だけの組み合わせ(12.93 pg/cell/day)や、HC2とLC2の組み合わせ(14.02 pg/cell/day)に比べて、HC1・LC1・HC2・LC2の4個の遺伝子を同時に搭載した場合は有意に高い(37.45 pg/cell/day)抗体産生が観察され、二重特異性抗体が効率良く産生されていることが示唆された。また、この発現レベルは、遺伝子増幅を使ってCHO細胞で樹立する一般的な細胞株での遺伝子発現レベル(最大で約90 pg/cell/day)(非特許文献88)に匹敵する。このことから、従来の方法では安定発現細胞株を得ることが困難であった二重特異性抗体を安定に産生するための方法として、ステルス型RNAベクターが非常に有効であることが示唆された。なお、この実施例で使用した遺伝子の合計塩基長は6.7 k塩基となり、従来のRNAベクターを使った方法では実現できないサイズである。
【産業上の利用可能性】
【0113】
本発明は、人工多能性細胞(iPS細胞)の作製を含むヒト細胞のリプログラミング、タンパク質医薬品の製造、巨大遺伝子を含む各種遺伝子による遺伝子治療、創薬標的分子の発現など、多くの産業分野で有用な技術である。
図1
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【配列表】
2022141733000001.app
【手続補正書】
【提出日】2022-08-04
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2箇所のクロ-ニング部位A、Bを有するDNAベースのタンデム型カセットであって、
当該タンデム型カセットは5’末端側から順に(1)マルチマー化部位A、(2)転写開始シグナルA、(3)非コード配列A1、(4)クローニング部位A、(5)非コード領域A2、(6)転写終結シグナルA、(7)転写開始シグナルB、(8)非コード配列B1、(9)クローニング部位B、(10)非コード領域B2、(11)転写終結シグナルB、及び(12)マルチマー化部位Bにより構成されており、
前記(1)マルチマー化部位A、及び(12)マルチマー化部位Bは、それぞれ制限酵素認識配列及び/又は部位特異的組換え酵素認識配列を含み、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(2)転写開始シグナルA、及び(7)転写開始シグナルBは、それぞれRNAに転写された場合にRNA依存性RNA合成酵素が認識する転写開始シグナルを含む、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(3)非コード配列A1、(5)非コード領域A2、(8)非コード配列B、及び(10)非コード領域B2は、それぞれRNAに転写された場合に宿主細胞の自然免疫機構に認識されないRNAとなる、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(4)クローニング部位A、及び(9)クローニング部位Bは、それぞれ1以上の制限酵素認識配列及び/又は部位特異的組換え酵素認識配列を含む、互いに同一もしくは異なるDNAであり、
前記(6)転写終結シグナルA、及び(11)転写終結シグナルBは、それぞれRNAに転写された場合にRNA依存性RNA合成酵素が認識する転写終結シグナルを含む、互いに同一もしくは異なるDNAである、
タンデム型カセット。