(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022142768
(43)【公開日】2022-09-30
(54)【発明の名称】トランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 51/353 20060101AFI20220922BHJP
C07C 62/08 20060101ALI20220922BHJP
C07C 51/02 20060101ALI20220922BHJP
C07C 51/09 20060101ALI20220922BHJP
【FI】
C07C51/353
C07C62/08
C07C51/02
C07C51/09
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022039527
(22)【出願日】2022-03-14
(31)【優先権主張番号】P 2021042461
(32)【優先日】2021-03-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(72)【発明者】
【氏名】高橋 裕子
(72)【発明者】
【氏名】秋山 誠治
(72)【発明者】
【氏名】西村 政昭
(72)【発明者】
【氏名】小野 聰
(72)【発明者】
【氏名】松岡 由記
【テーマコード(参考)】
4H006
【Fターム(参考)】
4H006AA02
4H006AC14
4H006AC46
4H006BB41
4H006BC10
4H006BP20
4H006BS20
(57)【要約】
【課題】トランス-シクロヘキサンカルボン酸塩を高収率で製造する方法の提供。
【解決手段】トランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の製造方法であって、シス-トラン
スシクロヘキサンカルボン酸塩及び金属水酸化物を非プロトン性有機溶媒下で加熱する工
程を有するものである、トランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
トランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の製造方法であって、
下記式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩及び下記式(5)
で表される金属水酸化物を非プロトン性有機溶媒下で加熱する工程を有するものである、
下記式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の製造方法。
【化1】
[式(1)及び(2)において、Rはヒドロキシ基、メチル基、置換基を有してもよいア
ルコキシ基又はOM
1/mを表す。Mは金属を表し、mはMの価数を表し、nは1以上2
4以下の整数を表す。]
M(OH)
m ・・・(5)
[式(5)において、M及びmは、式(1)及び式(2)と同義である。]
【請求項2】
前記式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩のトランス異性体比が
85%以上100%以下である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の製造方法で得られた、前記式(2)で表されるトランス-シク
ロヘキサンカルボン酸塩を酸処理する工程を有する、下記式(3)で表されるトランス-
シクロヘキサンカルボン酸の製造方法。
【化2】
[式(3)において、R及びnは、式(1)及び式(2)と同義である。]
【請求項4】
前記式(3)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸のトランス異性体比が9
0%以上100%以下である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記式(1)及び(2)におけるMが、アルカリ金属及びアルカリ土類金属からなる群
より選択される少なくとも1つを表すものである、請求項1~4のいずれか1項に記載の
製造方法。
【請求項6】
前記非プロトン性有機溶媒として、非極性有機溶媒を含む、請求項1~5のいずれか1
項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩が、下記式(4)
で表されるエステル化合物を極性溶媒下、式(6)で表される金属水酸化物で加水分解し
、濃縮して得られるものである、請求項1~6のいずれか1項に記載の製造方法。
【化3】
[式(4)において、R及びnは、式(1)及び式(2)と同義であり、R
2は炭素数1
~6のアルキル基を表す。]
M(OH)
m ・・・(6)
[式(6)において、Mは金属を表し、mはMの価数を表す。]
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩及び金属水酸化物を非プロトン
性有機溶媒下で加熱する工程を有する、トランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の製造法
に関する。
【背景技術】
【0002】
シクロヘキサン骨格を有する化合物は、液晶材料、医薬中間体として有用であり、なか
でもトランス-シクロヘキサンカルボン酸は広く用いられている。
トランス-シクロヘキサンカルボン酸の製造方法としては、特許文献1に、2-または
4-位に置換基を有するシクロヘキサンカルボン酸のシス体、トランス体の混合物を、水
溶液またはメタノールを含む水溶液中で温度200~220℃にて水酸化ナトリウムまた
は水酸化カルシウムを用いて処理し製造する方法が知られている。また、特許文献2には
、2-または4-位に低級アルキル基を置換基として有するシクロヘキサンカルボン酸並
びにその誘導体のシス体-トランス体の混合物を、水酸化カリウムで処理し製造する方法
が知られている。また、特許文献3では、4-置換-シクロヘキサンカルボン酸化合物の
シス-トランス混合物と疎水性有機溶媒を含む混合物を、アルコキシド化合物を用いて処
理する方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭60-258141号公報
【特許文献2】特開平10-237015号公報
【特許文献3】特開2017-095420号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1で開示された方法は、オートクレーブを用いて圧をかける必
要があり、反応後のシス-トランス比はトランス体が8割程度と低く、実用化するには課
題がある。また、特許文献2に記載のシクロヘキサンカルボン酸の2位または4位の置換
基はC8以下の低級アルキル基またはカルボキシ基であり、長鎖のアルキル基を有する疎
水性の高い分子や4位にアルコキシ基を有する分子への適用例はない。
特許文献3で開示された方法は、極性溶媒を用いて水酸化カリウムでエステルからカル
ボン酸に変換したのち、アルコキシドを用いて加水分解を実施しており、工程数が多く、
異なる塩基をそれぞれ用いる必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上記課題を解決し、簡便に4位にアルコキシ基を有するトランス-シクロヘ
キサンカルボン酸塩の製造方法を提供するものである。本発明は、このような知見に基づ
いて達成されたものであり、以下を要旨とする。
【0006】
[1] トランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の製造方法であって、
下記式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩及び下記式(5)
で表される金属水酸化物を非プロトン性有機溶媒下で加熱する工程を有するものである、
下記式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の製造方法。
【0007】
【0008】
[式(1)及び(2)において、Rはヒドロキシ基、メチル基、置換基を有してもよいア
ルコキシ基又はOM1/mを表す。Mは金属を表し、mはMの価数を表し、nは1以上2
4以下の整数を表す。]
【0009】
M(OH)m ・・・(5)
[式(5)において、M及びmは、式(1)及び式(2)と同義である。]
【0010】
[2] 前記式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩のトランス異性体
比が85%以上100%以下である[1]に記載の製造方法。
[3] [1]又は[2]に記載の製造方法で得られた、前記式(2)で表されるトランス
-シクロヘキサンカルボン酸塩を酸処理する工程を有する、下記式(3)で表されるトラ
ンス-シクロヘキサンカルボン酸の製造方法。
【0011】
【0012】
[式(3)において、R及びnは、式(1)及び式(2)と同義である。]
【0013】
[4] 前記式(3)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸のトランス異性体比
が90%以上100%以下である、[3]に記載の製造方法。
[5] 前記式(1)及び(2)におけるMが、アルカリ金属及びアルカリ土類金属からな
る群より選択される少なくとも1つを表すものである、[1]~[4]のいずれかに記載の製
造方法。
[6] 前記非プロトン性有機溶媒として、非極性有機溶媒を含む、[1]~[5]のいずれか
に記載の製造方法。
[7] 前記式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩が、下記式(
4)で表されるエステル化合物を極性溶媒下、下記式(6)で表される金属水酸化物で加
水分解し、濃縮して得られるものである、[1]~[6]のいずれかに記載の製造方法。
【0014】
【0015】
[式(4)において、R及びnは、式(1)及び式(2)と同義であり、R2は炭素数1
~6のアルキル基を表す。]
【0016】
M(OH)m ・・・(6)
[式(6)において、Mは金属を表し、mはMの価数を表す。]
【発明の効果】
【0017】
本発明は、4位にアルコキシ基が置換したシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩
のシス体とトランス体の混合物を出発物質に用いることにより、簡便に高収率で4位にア
ルコキシ基が置換したトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩を製造することが可能とな
る。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定さ
れるものではなく、その要旨の範囲内で種々に変形して実施することができる。
【0019】
[メカニズム]
本発明の製造方法において、簡便に4位にアルコキシ基が置換したトランス-シクロヘ
キサンカルボン酸塩を得ることができる理由については、以下が挙げられる。
シス体とトランス体が混合したシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩を出発物質
とすることにより、下記構造式に示すように、カルボン酸の根元の炭素上にある水素原子
が塩基により抜けて共鳴構造をとり、シス-トランスの異性化が進行しやすくなり、それ
に伴い立体障害が小さく、熱力学的に安定なトランス体に異性化が進みやすくなる。本発
明における式(1)で表されるシクロヘキサンカルボン酸塩は、4位にアルキレン基を有
するアルコキシ基を有するため、4位にアルキル基を有する化合物と比較してシクロへキ
シル基近傍の鎖部分の自由度が制限される。すなわち、4位にアルキル基を有する化合物
に比べて、4位の置換基がカルボキシ基に及ぼす影響は小さく、シス体における両置換基
の立体反発は小さく、シス体とトランス体のエネルギー差が小さいため、シス体からトラ
ンス体への異性化は、困難であると考えられた。
したがって、特開平10-237015号公報に記載しているような、シクロへキサン
カルボン酸の4位に置換しているのがn-オクチル基である場合に比べて、4位にn-オ
クチル基より鎖長が短いアルコキシ基(たとえばペンタノキシ基)が置換したシクロへキ
サンカルボン酸の方が、シス体からトランス体への異性化の方はより進行しづらいと予想
される。また、4位の置換基R-(CH2)n-O-におけるアルキレン鎖はその長さに
よらずトランス体の方がシス体よりも熱力学的な安定性に優れているが、この置換基にお
けるアルキレン鎖が長鎖化(nが4以上24以下)することにより、シスおよびトランス
体のシクロヘキサンカルボン酸の融点は偶奇効果があるものの、一般的に高くなる傾向を
示し、これに伴って該当するカルボン酸塩の融点も各々高くなると予想される。
したがって、置換基R-(CH2)n-O-におけるアルキレン鎖が長鎖化するほどシ
ス体およびトランス体のカルボン酸塩の融点が高くなり、シス体もトランス体も加熱反応
中において析出しやすくなることから、シス-トランス体の異性化が進行しづらくなると
予想された。
さらに、置換基R-(CH2)n-O-におけるアルキレン鎖の長鎖化に伴って分子の
パッキングが低下することにより、トランス体のシクロヘキサンカルボン酸塩は低級アル
キル基を有する化合物と比較して結晶化し難くなり、シス-トランス体の異性化が進行し
難くなると予想された。
しかしながら、本発明における式(1)で表されるシクロヘキサンカルボン酸塩を非プ
ロトン性有機溶媒下、金属水酸化物を添加して加熱する工程により、式(2)で表される
化合物のトランス異性体比が85%以上、その後、式(2)で表される化合物を酸とした
式(3)で表される化合物のトランス異性体比が90%以上と想定外に高いトランス異性
体比で異性化が進行する結果を得た。
このように、本発明の製造方法により、シスートランスー4-アルキルシクロヘキサン
カルボン酸のトランス体への異性化よりも難易度の高い、シスートランスー4-アルコキ
シシクロヘキサンカルボン酸のトランス体への異性化において、高いトランス異性体比で
式(2)で表される化合物を得ることができ、さらにそれを酸とした式(3)で表される
化合物が高いトランス体含有率で得られることは、製造におけるコスト削減および、式(
3)で表される化合物を中間体として製造される液晶分子が高い機能を発現する上で極め
て有用である。
【0020】
【0021】
本発明におけるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩は、トランス体のシクロヘキサ
ンカルボン酸塩を表し、具体的には式(2)で表される。
【0022】
【0023】
式(2)において、Rはヒドロキシ基、メチル基、置換基を有してもよいアルコキシ基
又はOM1/mを表す。
Mは金属を表し、mはMの価数を表し、nは1以上24以下の整数を表す。
【0024】
(M、m)
式(2)におけるMは、後述する式(5)又は式(6)で表される金属水酸化物由来の
金属を表し、1族又は2族の金属元素が挙げられ、具体的にはアルカリ金属又はアルカリ
土類金属を表す。
Mは、アルカリ金属及びアルカリ土類金属からなる群より選択される少なくとも1つで
あることが好ましく、これらの中でも、ナトリウム、カリウム、マグネシウム及びカルシ
ウムからなる群より選択される少なくとも1つであることが、人体への影響や環境汚染へ
の懸念が低くなる環境調和型元素であることからより好ましく、また、塩基性が高く水素
引き抜きをしやすいという観点からもより元素周期表の上部にあるこれらの元素が好まし
い。後述する式(5)又は(6)に用いる化合物として好ましいという理由からカリウム
、ナトリウムがさらに好ましい。
本発明の製造方法において、式(5)又は(6)で表される金属水酸化物の種類が異な
ることにより、Mは2種となってもよいが、製造容易性の観点、およびトランス体が溶液
中で析出しやすい点からMは1種であることが好ましい。
mはM(金属)の価数を表し、Mの選択によって適宜決定される。例えば、Mが1族の金
属元素の場合、mは1であり、Mが2族の金属元素の場合、mは2である。
【0025】
(R)
式(2)におけるRはヒドロキシ基、メチル基、置換基を有してもよいアルコキシ基又
はOM1/mを表す。
アルコキシ基としては-OR2が挙げられる。R2としては、メチル基、エチル基、プ
ロピル基、イソプロピル基、ブチル基等の炭素数1~6のアルキル基が挙げられる。アル
コキシ基が有していてもよい置換基としては、フッ素原子、アルコキシ基等が挙げられ、
水溶性を上げる観点ではアルコキシ基が好ましい。
Rはメチル基、ヒドロキシ基又はOM1/mであることが、液晶性の発現の点で好まし
く、ヒドロキシ基又はOM1/mであることが、置換基の導入容易である点で好ましい。
OM1/mは、ヒドロキシ基から式(5)又は式(6)で表される金属水酸化物によっ
て水素が引き抜かれた金属アルコキシド構造を示す。例えば、Mが1族の金属元素の場合
、mは1であり、Mが2族の金属元素の場合、mは2である。
【0026】
(n)
式(2)におけるnは1以上24以下の整数を表す。特開平5-125055号公報に
は、nが4以上であれば応答速度が速く温度依存性の低い液晶の組成物になりうることが
記載されており、式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩を液晶性が
発現する化合物の中間体として用いる観点からは、nは4以上であることが好ましい。一
方で、側鎖が長すぎると分子中の芳香族環等のコア部分による会合が阻害されるため液晶
性を発現しづらくなることから、nは16以下であることが好ましい。また、製造容易性
及びコストの観点から、nは16以下であることが好ましく、12以下がより好ましい。
【0027】
((CH2)n)
式(2)における炭化水素基(CH2)nは直鎖であっても分岐鎖であってもよいが、
好ましくは直鎖型である。(CH2)nのCH2は一部がOに置き換わっていてもよく、
Hは一部または全部がFに置き換わっていてもよい。
【0028】
式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の融点は、30℃以上であ
ることが好ましく、35℃以上であることがより好ましい。上記範囲であることで、室温
では固体であり、精製が容易となる傾向にある。さらに、トランス異性体化を促進するた
めに、非プロトン性溶媒中で加熱する工程において固体として析出することが好ましく、
融点が140℃以上であることがさらに好ましく、160℃以上であることが特に好まし
い。上限は特に制限されないが、300℃以下である。
【0029】
(式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩のトランス異性体比)
4-置換-シクロヘキサンカルボン酸のシス体からトランス体への異性化反応において
、置換基がアルキル基である場合より、アルコキシ基である場合の方が同じ鎖長であって
も、シス体の立体障害による寄与が小さいためシス体とトランス体のエネルギー差が小さ
いことから、異性化の難易度はより高いといえる。
式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩を中間体とする液晶分子を
産業的に利用するにあたって、シス体とトランス体が混合している場合は、分子のパッキ
ングが不十分なため液晶性を発現しなかったり、したとしても液晶発現温度範囲が狭くな
ったりするなどの支障が生じる一方で、トランス体純度が高い場合やトランス体のみであ
る場合は、液晶発現温度範囲が広く、また他の液晶分子を混合することで望ましい液晶組
成物を形成する点においても選択の自由が広がる。
液晶分子製造の中間体として異性化反応後の式(2)で表されるトランス-シクロヘキ
サンカルボン酸塩に含まれる、シス体およびトランス体のモル異性体比の総量を100%
とした時、式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩を中間体とする液
晶分子のトランス体純度が高くなる点、及びトランス体の収率が高くなる点から、トラン
ス体の含有率、すなわちトランス異性体比は85%以上100%以下が好ましく、90%
以上100%以下がより好ましく、95%以上100%以下がさらに好ましい。
【0030】
式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩は特に限定されないが、例
えば以下のような構造が例として挙げられる。
【0031】
【0032】
【0033】
【0034】
【0035】
【0036】
[トランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の製造方法]
本発明の製造方法は、式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩
及び式(5)で表される金属水酸化物を非プロトン性有機溶媒下で加熱する工程を有する
ものである。混合物のシス-トランス体の割合は、式(1)で表される化合物の合成方法
に由来するため特に限定されないが、トランス体比率が高いほど、異性化にかかる時間が
短縮できる傾向にあり好ましい。
【0037】
(式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩)
本発明におけるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩は、シス体及びトランス体
の混合物を表す。
【0038】
【0039】
式(1)において、Rはヒドロキシ基、メチル基、置換基を有してもよいアルコキシ基
又はOM1/mを表す。
Mは金属を表し、mはMの価数を表し、nは1以上24以下の整数を表す。
式(1)のM、m、n及びRは式(2)のM、m、n及びRとそれぞれ同義であり、好
ましい範囲及び有していてもよい置換基も同義である。
【0040】
式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩を得る方法は特に限定
されないが、Recueil des Travaux Chimiques des
Pays-Bas,1996,115,321-328に記載の方法、つまり4位がアル
コキシ基で置換した安息香酸を水素添加により得られる化合物と式(5)で表される金属
水酸化物を反応して製造してもよいし、下記式(4)で表されるエステル化合物を極性溶
媒下、下記式(6)で表される金属水酸化物で加水分解し、濃縮して得ることが、異性化
時に高温としやすいため、好ましい。
【0041】
【0042】
式(4)において、R及びnは、式(1)及び式(2)と同義であり、R2は炭素数1
~6のアルキル基を表す。
【0043】
式(4)において、R2は炭素数1~6のアルキル基を表す。炭素数1~6のアルキル
基は、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル
基、イソプロピル基、イソブチル基、t-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基が
挙げられる。式(4)で表されるエステル化合物の入手が容易であることから、R2とし
ては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、n-ヘキシル基が好ましく、原料となる式
(4)で表されるエステル化合物の純度が高いものが入手しやすいことから、メチル基、
エチル基がより好ましい。
式(4)におけるR及びnは、式(1)及び式(2)のR及びnとそれぞれ同義であり
、好ましい範囲及び有していてもよい置換基も同義である。
【0044】
M(OH)m ・・・(6)
[式(6)において、Mは金属を表し、mはMの価数を表す。]
【0045】
式(6)におけるM及びmは、式(1)及び式(2)のM及びmとそれぞれ同義である
。式(6)で表される金属水酸化物の具体例としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸
化カリウム、水酸化リチウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、水酸化セシウム
等が挙げられ、プロトン性極性溶媒への溶解性の観点から、水酸化カリウム、水酸化ナト
リウムが特に好ましい。
【0046】
極性溶媒としては、従来用いられている極性溶媒を用いることができるが、具体的には
、水や、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類が挙げられ
る。
【0047】
式(4)で表されるエステル化合物を式(6)で表される金属水酸化物で加水分解する
方法は特に限定されないが、水とアルコールとの混合溶媒中で撹拌することが挙げられる
。攪拌(反応)温度は、特に限定されないが、20~60℃で行うことが好ましく、より
好ましくは20~50℃である。
攪拌(反応)温度は、室温でもよい。また、加水分解後の濃縮方法も特に限定されない
が、減圧下で昇温して蒸留することにより濃縮することができる。
【0048】
(式(5)で表される金属水酸化物)
M(OH)m ・・・(5)
[式(5)において、M及びmは、式(1)及び式(2)と同義である。]
【0049】
式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩を式(5)で表される
金属水酸化物と共に非プロトン性有機溶媒下で加熱すると、シス-シクロヘキサンカルボ
ン酸塩はトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩よりも分子のパッキングが悪く融点が低
いために、融点が比較的低いシス-シクロヘキサンカルボン酸塩のみが溶媒中に溶解また
は溶融し、トランス-シクロヘキサンカルボン酸塩は固体として析出するため、溶液中の
平衡はトランス体が増える方向に偏る。したがってトランス-シクロヘキサンカルボン酸
塩の異性化率が高くなる。
【0050】
式(5)において、M及びmは、式(1)及び式(2)のM及びmとそれぞれ同義であ
る。式(5)で表される金属水酸化物の具体例としては、例えば、水酸化ナトリウム、水
酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、水酸化セシウ
ムが挙げられ、プロトン性極性溶媒への溶解性の観点から、水酸化カリウム、水酸化ナト
リウムが特に好ましく、また、塩基性が高く、プロトンの引き抜きが容易であることから
、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムが特に好ましい
【0051】
(非プロトン性有機溶媒)
本発明において、非プロトン性有機溶媒とは、水酸基又はアミノ基のような酸素原子や
窒素原子と水素原子が結合した基を有さない有機溶媒をさし、非極性有機溶媒、極性有機
溶媒、非極性有機溶媒の水素原子がハロゲン原子に置き換わったハロゲン溶媒に分類され
る。
非極性有機溶媒とは、炭素原子と水素原子で構成される分子からなる溶媒をさす。非プ
ロトン性有機溶媒であって非極性有機溶媒である溶媒としては、例えば、ベンゼン、トル
エン、キシレン(オルトキシレン、メタキシレン、パラキシレン、あるいはこれらの混合
物)、メシチレン、シメン、クメン、3-イソプロピルクメン、デュレン、ナフタレン、
ビフェニル等の芳香族炭化水素系有機溶媒、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、ウン
デカン、ドデカン、ドデセン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、デカリン、シェ
ルゾール71(商品名、C10~C12イソパラフィン混合物、シェルジャパン(株)社製)
、等の脂肪族系炭化水素系有機溶媒が挙げられる。
【0052】
極性有機溶媒とは、炭素原子の他に、窒素原子、酸素原子または硫黄原子のような分極
性の大きい原子を含む分子からなる溶媒をさす。非プロトン性有機溶媒であって極性有機
溶媒である溶媒としては、具体的には、例えば、テトラヒドロフラン、1、4-ジオキサ
ン、アセトキシ-2-エトキシエタン、ジエチレングリコールジメチルエーテル、トリエ
チレングルコールジメチルエーテル、ジフェニルエーテル、アニソールなどのエーテル系
、メチルエチルケトン、シクロへキサノン、γ-ブチルラクトン又はN-メチルピロリジ
ノンなどのケトン系、チオアニソールなどのチオエーテル系、安息香酸メチル、安息香酸
エチル、安息香酸ブチル等のエステル系、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド
、N-メチルピロリドン、ジメチルスルホキシドが挙げられる。
【0053】
ハロゲン溶媒とは前記非極性有機溶媒を構成する分子の水素原子の一部または全部がハ
ロゲン原子に置き換わった分子からなる溶媒をいうが、置換する位置や数に制限はない。
ハロゲン溶媒としては、例えば、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、1,2-
ジブロモエタン等の脂肪族ハロゲン系溶媒、クロロベンゼン、オルトジクロロベンゼン、
トリフルオロメチルベンゼン、ブロモベンゼン等の芳香族ハロゲン系溶媒が挙げられる。
【0054】
本発明における非プロトン性有機溶媒として、シス-シクロヘキサンカルボン酸塩の溶
解性がある程度有り、トランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の溶解度が低いことが望ま
しいことから、非極性有機溶媒を含むことが好ましい。また、本発明における異性化反応
は、高温での加熱反応によって進行しやすいことから、沸点が100℃以上180℃以下
である芳香族炭化水素系有機溶媒を含むことがより好ましい。沸点が100℃以上180
℃以下である芳香族炭化水素系有機溶媒の例としては、トルエン、キシレン及びメシチレ
ンが挙げられ、これらからなる群より選択される少なくとも1種を含むことが特に好まし
い。これらは単種でもよいし、複数種混合してもよい。これらの中でもメシチレンが高沸
点でシス-シクロヘキサンカルボン酸塩の溶解性がある程度有り、トランス-シクロヘキ
サンカルボン酸塩の溶解度が低いことから異性化を促進しやすい傾向にあるため、特に好
ましい。
【0055】
非プロトン性有機溶媒は少量のプロトン性溶媒を含んでいてもよく、プロトン性溶媒と
しては、式(5)で表される金属水酸化物を溶解させやすい水やメタノール、エタノール
、イソプロピルアルコールなどのアルコール類が特に好ましい。これらは非プロトン性極
性溶媒中に含有されることによって、式(5)で表される金属水酸化物を反応溶液中に均
一に溶解させることによって、異性化反応を促進することができる傾向にある。
【0056】
非プロトン性有機溶媒は高沸点であることが好ましく、好ましくは100℃以上、より
好ましくは110℃以上である。また、沸点の上限は特に限定されないが、180℃以下
が好ましい。沸点が下限値以上であることで、異性化に必要な活性化エネルギーの確保が
容易になる傾向にあり、上限値以下であることで、反応中の溶液の粘度が撹拌しやすい範
囲になる傾向にある。また上限値以下であることで、溶媒の融点が室温以下になるため、
その後の精製工程において室温で液体として取り扱うことが出来るため好ましい。
【0057】
式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩及び式(5)で表され
る金属水酸化物を非プロトン性有機溶媒下で加熱する工程は特に限定されない。
式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩を非プロトン性有機溶
媒と混合する方法は、シス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩の粉末に非プロトン性
有機溶媒を加えても、その逆でもよい。これらの混合割合も特に限定されないが、非プロ
トン性有機溶媒に対するシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩の価数を1とした時
の規定度(N)が、0.01以上であることが好ましく、0.1以上であることがより好
ましい。また、10以下であることが好ましく、5以下であることがより好ましく、1以
下であることがさらに好ましい。上記範囲であることで、攪拌及び濃縮が容易となる傾向
にある。
また、シス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩の溶解を容易にするために、クラウ
ンエーテル、テトラブチルアンモニウム塩などの相関移動触媒を添加してもよい。添加量
はシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩と同等(モル量)程度加えることができる。
【0058】
式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩を非プロトン性有機溶
媒下での加熱条件も特に限定されないが、100℃以上であることが好ましく、120℃
以上であることがより好ましい。また、220℃以下であることが好ましく、200℃以
下であることがより好ましい。上記下限値以上であることで異性化のための活性化エネル
ギーを十分に得られる傾向にあり、上記上限値以下であることで、塩の分解を抑制できる
傾向にある。
また、使用する溶媒の沸点温度以上で加熱する際はオートクレーブなどを利用し、加圧
してもよい。加圧条件としては、1MPa以上100MPa以下が好ましく、50MPa
以下であることがより好ましい。加圧することで、異性化が促進する傾向にある。
加熱手段は特に限定されないが、マイクロウェーブ等を利用してもよい。
【0059】
[トランス-シクロヘキサンカルボン酸の製造方法]
式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩を非プロトン性有機溶
媒下で加熱する工程を経て得られた式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボ
ン酸塩から、式(3)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸を製造する方法は
、特に限定されないが、式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩を酸
処理する工程を有することが好ましい。
【0060】
(式(3)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸)
【0061】
【0062】
式(3)において、R及びnは、式(1)及び式(2)と同義である。
Rはヒドロキシ基、メチル基、置換基を有してもよいアルコキシ基又はOM1/mを表
す。
Mは金属を表し、mはMの価数を表し、nは1以上24以下の整数を表す。
【0063】
式(3)のM、m、n及びRは式(2)のM、m、n及びRとそれぞれ同義であり、好
ましい範囲及び有していてもよい置換基も同義である。
【0064】
式(3)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸は、式(2)で表されるトラ
ンス-シクロヘキサンカルボン酸塩のMが水素原子に置き換わった構造であり、好ましい
構造は、式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の好ましい構造にお
いてMが水素原子に置き換わった構造である。
【0065】
また、式(3)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸の具体例としては、式
(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸塩の具体例においてアルカリ金属
およびアルカリ土類金属が水素原子に置き換わった構造が挙げられる。
【0066】
式(3)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸は、式(2)で表されるトラ
ンス-シクロヘキサンカルボン酸塩を酸処理することによって生成れる。処理に用いる酸
としては、例えば、塩酸、硫酸が挙げられ、これら酸を用いてカルボン酸塩の入った水溶
液をpH6以下まで酸性にする。
【0067】
その他の工程としては、特に限定されないが、例えば、冷却工程、洗浄工程、乾燥工程
が挙げられる。
【0068】
冷却工程とは、式(1)で表されるシス-トランスシクロヘキサンカルボン酸塩を非プ
ロトン性有機溶媒下で加熱し、式(2)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸
塩が生成した後の冷却工程をさす。冷却方法は特に限定されないが、加熱熱源の供給を停
止し、室温まで攪拌しながら冷却する方法が挙げられる。
洗浄工程とは、酸処理する工程を経て得られた式(3)で表されるトランス-シクロヘ
キサンカルボン酸を分取したのち洗浄する工程をさす。
【0069】
(式(3)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸のトランス異性体比)
式(3)で表されるトランス-シクロヘキサンカルボン酸に含まれる、シス体およびト
ランス体のモル異性体比の総量を100%とした時、トランス体の含有率、すなわちトラ
ンス異性体比は、90%以上100%以下であることがトランス体異性体比率の高い液晶
分子が収率良く得られる点で好ましく、95%以下100%以下であることがより好まし
い。
【0070】
以下、実施例を挙げて、本発明を更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない
限り以下の実施例及び合成化合物に限定されるものではない。なお、下記の実施例におけ
る各種の条件や評価結果の値は、本発明の実施態様における好ましい範囲と同様に、本発
明の好ましい範囲を示すものであり、本発明の好ましい範囲は前記した実施態様における
好ましい範囲と下記合成例の値又は実施例同士の値の組合せにより示される範囲を勘案し
て決めることができる。
【0071】
[実施例]
<実施例1>
【0072】
【0073】
50mLのフラスコにcis/trans=90/10の化合物A3.00g(9.5
4mmol)、KOH1.89g(29.0mmol)、メシチレンを20mL加えて1
65℃に加熱し8時間反応した。反応終了後の化合物B’のcis/trans比は、2
/98であった。また、反応が進行するに従い固体の析出が確認され、化合物B’の融点
が165℃以上であることが確認された。
【0074】
<実施例2>
【0075】
【0076】
100mLのフラスコにcis/trans=89/11の化合物C3.00g(8.
76mmol)、KOH1.47g(26.3mmol)、水1.6g(87.6mmo
l)とメタノール20mLを加えて室温で1時間攪拌した。化合物Cが消失したことを確
認し、減圧下、溶媒を留去した。これにメシチレンを30mL加えて165℃に加熱し、
水を共沸除去しながら8時間反応した。また、反応が進行するに従い固体の析出が確認さ
れ、化合物B’の融点が165℃以上であることが確認された。反応終了後、化合物B’
のcis/trans比は、13/87であった。反応液を室温まで放冷し、20%硫酸
でpH2以下になるまで中和した後、0℃に冷却した。析出した固体を濾過した後、水及
びヘキサンで洗浄、乾燥し、化合物Dを2.05g得た。収率は75.0%、cis/t
ransは、0/100であった。
<比較例1>
【0077】
【0078】
50mLの3つ口フラスコに化合物A2.97g(9.54mmol)、t-BuOK
3.24g(28.6mmol)とメシチレン30mLを加えて166℃に加熱し、水
を共沸除去しながら8時間反応した。反応終了後、化合物B’のcis/trans比は
、41/59であった。反応液を冷却後、反応後、20%硫酸でpH2以下になるまで中
和した後、酢酸エチルでカルボン酸を抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄した後、無水
硫酸マグネシウムで乾燥し、濾過、濃縮することにより化合物Dを1.79g得た。収率
は61.0%、cis/trans比は、30/70であった。
【0079】
<比較例2>
【0080】
【0081】
特開2017-95420号公報の実施例1に従って合成したところ、化合物Dが収率
66%で得られ、cis/trans比は、14/86であった。
【0082】
本願実施例1及び2、比較例1及び2より、本発明がtrans体シクロヘキサンカル
ボン酸塩およびtrans体シクロヘキサンカルボン酸を選択的に、且つ高い収率で得ら
れる方法であることが示された。