(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022143338
(43)【公開日】2022-10-03
(54)【発明の名称】膜、エレクトレット、振動発電素子、有機発光素子、分子設計法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
H01L 51/50 20060101AFI20220926BHJP
H02N 1/00 20060101ALI20220926BHJP
C07D 251/24 20060101ALI20220926BHJP
C07D 209/86 20060101ALI20220926BHJP
C07D 403/10 20060101ALI20220926BHJP
C07C 211/56 20060101ALI20220926BHJP
C07C 255/51 20060101ALI20220926BHJP
C07C 22/08 20060101ALI20220926BHJP
C09K 3/00 20060101ALI20220926BHJP
【FI】
H05B33/22 D
H05B33/14 A
H05B33/22 B
H02N1/00
C07D251/24 CSP
C07D209/86
C07D403/10
C07C211/56
C07C255/51
C07C22/08
C09K3/00 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】22
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021043799
(22)【出願日】2021-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】田中 正樹
(72)【発明者】
【氏名】モーガン オフレ
(72)【発明者】
【氏名】中野谷 一
(72)【発明者】
【氏名】安達 千波矢
【テーマコード(参考)】
3K107
4C063
4H006
【Fターム(参考)】
3K107AA01
3K107BB01
3K107BB02
3K107CC04
3K107DD71
3K107DD74
3K107DD78
4C063AA01
4C063BB06
4C063CC43
4C063DD08
4C063EE10
4H006AA01
4H006AA03
4H006AB78
4H006AB91
4H006EA23
4H006EA37
4H006EA43
(57)【要約】
【課題】成膜したときに巨大表面電位を発現する化合物の一般式を導き出し、大きな表面電位を示し、エレクトレット材として有用な膜を実現すること。
【解決手段】下記一般式(1)で表される化合物を含む膜。一般式(1)において、Rはフッ化アルキル基を表し、X,YおよびZのうちの0~2つはフッ化アルキル基を表し、残りはフッ化アルキル基以外の置換基を表す。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される化合物を含む膜。
【化1】
(一般式(1)において、Rはフッ化アルキル基を表し、X,YおよびZのうちの0~2つは各々独立にフッ化アルキル基を表し、残りは各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基を表す。)
【請求項2】
Xがフッ化アルキル基であり、YおよびZが各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基である、請求項1に記載の膜。
【請求項3】
YおよびZが各々独立にドナー性基である、請求項2に記載の膜。
【請求項4】
YおよびZが各々独立にアクセプター性基である、請求項2に記載の膜。
【請求項5】
YおよびZが各々独立に置換アリール基である、請求項2~4のいずれか1項に記載の膜。
【請求項6】
YおよびZが同じ構造である、請求項2~5のいずれか1項に記載の膜。
【請求項7】
X,YおよびZがフッ化アルキル基以外の置換基である、請求項1に記載の膜。
【請求項8】
X,YおよびZが同じ構造である、請求項7に記載の膜。
【請求項9】
X,YおよびZが各々独立に置換アリール基である、請求項7または8に記載の膜。
【請求項10】
前記置換アリール基が、窒素原子を環骨格に含むヘテロアリール基、ジアリールアミノ基(ジアリールアミノ基を構成する2つのアリール基は互いに単結合または連結基で結合していてもよい)またはシアノ基を含む基で置換されているアリール基である、請求項5または9に記載の膜。
【請求項11】
X,YおよびZのうちの1つまたは2つがフッ化アルキル基を表すとき、それらのフッ化アルキル基とRのフッ化アルキル基が同じ構造である、請求項1~10のいずれか1項に記載の膜。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか1項に記載される膜を有するエレクトレット。
【請求項13】
請求項1~11のいずれか1項に記載される膜を有する振動発電素子。
【請求項14】
請求項1~11のいずれか1項に記載される膜を有する有機発光素子。
【請求項15】
前記化合物が下記一般式(1-1)で表される、請求項14に記載の有機発光素子。
【化2】
(一般式(1-1)において、R
1はフッ化アルキル基を表し、X
1,Y
1およびZ
1のうちの0~2つは各々独立にフッ化アルキル基を表し、残りは各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基を表す。ただし、X
1,Y
1およびZ
1のうちX
1のみがフッ化アルキル基であるとき、Y
1およびZ
1は各々独立にドナー性基であるか、あるいは、各々独立にフッ化アルキル基以外のアクセプター性基である。)
【請求項16】
下記一般式(1-1)で表される化合物。
【化3】
(一般式(1-1)において、R
1はフッ化アルキル基を表し、X
1,Y
1およびZ
1のうちの0~2つは各々独立にフッ化アルキル基を表し、残りは各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基を表す。ただし、X
1がフッ化アルキル基であるとき、Y
1およびZ
1は各々独立にドナー性基であるか、あるいは、各々独立にフッ化アルキル基以外のアクセプター性基である。)
【請求項17】
下記一般式(1)で表される化合物のうちの特定化合物と、その化合物のR、X、YおよびZから選択される少なくとも1つを置換した置換化合物について、永久双極子モーメントを含む指標に基づく評価が高いものを選択するステップを含む、分子設計法。
【化4】
(一般式(1)において、Rはフッ化アルキル基を表し、X,YおよびZのうちの0~2つは各々独立にフッ化アルキル基を表し、残りは各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基を表す。)
【請求項18】
前記評価の指標が、永久双極子モーメントの大きさと向き、分子の剛直性を含む、請求項17に記載の分子設計法。
【請求項19】
前記分子の剛直性をガラス転移温度で評価する、請求項18に記載の分子設計法。
【請求項20】
さらに膜形成時の分子の配向状態も評価する、請求項17~19のいずれか1項に記載の分子設計法。
【請求項21】
GSPの正負を明らかにすることを含む、請求項17~20のいずれか1項に記載の分子設計法。
【請求項22】
請求項17~21のいずれか1項に記載の分子設計法を実施するためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトレット材として有用な膜、その膜の材料として有用な化合物、その膜を用いたエレクトレット、振動発電素子および有機発光素子、並びに、その化合物の分子設計法およびその分子設計法を実施するためのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
振動を電力に変換する振動発電素子として、静電式振動発電素子が知られている。静電式振動発電素子は、振動によりエレクトレット(電石)と電極の相対位置を変化させて、電極に逐次静電誘導を誘起するように構成した発電素子であり、環境振動のような加速度の小さい低周波振動から効率よく電力を取り出せるという利点を有することから、活発に研究開発が進められている。
例えば、振動発電素子のエレクトレットについては、従来、ポリマー膜に電荷を打ち込んだポリマー系のものを中心に研究開発が進められていた。しかし、ポリマー膜への電荷の打ち込み(ポーリング)は、コロナ放電法や電子線照射法などにより行われる処理であり、高電圧電源などの大掛かりな設備が必要であり、プロセスも煩雑であることから、生産性が低くコスト高になるという問題があった。
そこで、最近、成膜過程で有機薄膜に自発的に発生する表面電位を利用した振動発電素子が報告されている。例えば、特許文献1には、極性分子を電極上に積層した積層体を、振動発電素子のエレクトレットに用いることが記載されている。ここでは、極性分子として、Al(7-Prq)3、Oxd-7、Alq3、TPBi、BCPなどが例示されており、これらの極性分子は、蒸着法や塗布法などの成膜法により電極上に積層することができるため、電荷の打ち込み処理を用いるものに比べて、振動発電素子の製造効率の向上、低コスト化を実現できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように、特許文献1には、極性分子で形成した有機薄膜をエレクトレットに用いることが記載されている。しかし、本発明者らが、特許文献1に記載された極性分子の膜について巨大表面電位(GSP:Giant surface potential)を評価したところ、十分に満足のいくものではないことが判明した。また、特許文献1には、エレクトレットに用いうる極性分子の具体例が示されているだけで、大きな表面電位を実現するために必須な分子構造やその分子構造の範囲、表面電位の正負を決定する分子構造などの、分子設計指針が示されていない。そのため、特許文献1の記載を見ても、そこに記載された極性分子を改良して、所望の表面電位を示すエレクトレットを実現することは困難である。
【0005】
そこで本発明者らは、このような従来技術の課題を解決するために、成膜したときに巨大表面電位を発現する化合物の一般式を導き出すことを目的として鋭意検討を進めた。さらに、大きな表面電位を示し、エレクトレット材として有用な膜を実現することを目指して検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者らは、炭素原子の4つの結合手に置換基が結合した構造を有する化合物であって、その置換基のうちの1~3つがフッ化アルキル基であり、残りがフッ化アルキル基以外の置換基である化合物を成膜することにより、正または負の巨大表面電位が発現した膜が得られることを見出した。また、この膜をエレクトレット膜に用いた振動発電素子が良好な発電特性を示すことも見出した。本発明は、こうした知見に基づいて提案されたものであり、具体的に以下の構成を有する。
【0007】
[1] 下記一般式(1)で表される化合物を含む膜。
【化1】
(一般式(1)において、Rはフッ化アルキル基を表し、X,YおよびZのうちの0~2つは各々独立にフッ化アルキル基を表し、残りは各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基を表す。)
[2] Xがフッ化アルキル基であり、YおよびZが各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基である、[1]に記載の膜。
[3] YおよびZが各々独立にドナー性基である、[2]に記載の膜。
[4] YおよびZが各々独立にアクセプター性基である、[2]に記載の膜。
[5] YおよびZが各々独立に置換アリール基である、[2]~[4]のいずれか1項に記載の膜。
[6] YおよびZが同じ構造である、[2]~[5]のいずれか1項に記載の膜。
[7] X,YおよびZがフッ化アルキル基以外の置換基である、[1]に記載の膜。
[8] X,YおよびZが同じ構造である、[7]に記載の膜。
[9] X,YおよびZが各々独立に置換アリール基である、[7]または[8]に記載の膜。
[10] 前記置換アリール基が、窒素原子を環骨格に含むヘテロアリール基、ジアリールアミノ基(ジアリールアミノ基を構成する2つのアリール基は互いに単結合または連結基で結合していてもよい)またはシアノ基を含む基で置換されているアリール基である、[5]または[9]に記載の膜。
[11] X,YおよびZのうちの1つまたは2つがフッ化アルキル基を表すとき、それらのフッ化アルキル基とRのフッ化アルキル基が同じ構造である、[1]~[10]のいずれか1項に記載の膜。
[12] [1]~[11]のいずれか1項に記載される膜を有するエレクトレット。
[13] [1]~[11]のいずれか1項に記載される膜を有する振動発電素子。
[14] [1]~[11]のいずれか1項に記載される膜を有する有機発光素子。
[15] 前記化合物が下記一般式(1-1)で表される、[14]に記載の有機発光素子。
【化2】
(一般式(1-1)において、R
1はフッ化アルキル基を表し、X
1,Y
1およびZ
1のうちの0~2つは各々独立にフッ化アルキル基を表し、残りは各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基を表す。ただし、X
1,Y
1およびZ
1のうちX
1のみがフッ化アルキル基であるとき、Y
1およびZ
1は各々独立にドナー性基であるか、あるいは、各々独立にフッ化アルキル基以外のアクセプター性基である。)
[16]
下記一般式(1-1)で表される化合物。
【化3】
(一般式(1-1)において、R
1はフッ化アルキル基を表し、X
1,Y
1およびZ
1のうちの0~2つは各々独立にフッ化アルキル基を表し、残りは各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基を表す。ただし、X
1がフッ化アルキル基であるとき、Y
1およびZ
1は各々独立にドナー性基であるか、あるいは、各々独立にフッ化アルキル基以外のアクセプター性基である。)
[17] 前記一般式(1)で表される化合物のうちの特定化合物と、その化合物のR、X、YおよびZから選択される少なくとも1つを置換した置換化合物について、永久双極子モーメントを含む指標に基づく評価が高いものを選択するステップを含む、分子設計法。
[18] 前記評価の指標が、永久双極子モーメントの大きさと向き、分子の剛直性を含む、[17]に記載の分子設計法。
[19] 前記分子の剛直性をガラス転移温度で評価する、[18]に記載の分子設計法。
[20] さらに膜形成時の分子の配向状態も評価する、[17]~[19]のいずれか1項に記載の分子設計法。
[21] GSPの正負を明らかにすることを含む、[17]~[20]のいずれか1項に記載の分子設計法。
[22] [17]~[21]のいずれか1項に記載の分子設計法を実施するためのプログラム。
【発明の効果】
【0008】
本発明で用いる一般式(1)で表される化合物を成膜すると、正または負の巨大表面電位が発現する。本発明の膜は、こうした化合物を含むことにより大きな表面電位を示し、エレクトレット膜として有用である。本発明の膜を用いた振動発電素子は、振動機構の振動に同期した良好な発電特性を実現しうる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明を適用した振動発電機の第1実施形態を示す概略縦断面図である。
【
図2】本発明を適用した振動発電機の第2実施形態を示す概略縦断面図である。
【
図3】本発明を適用した振動発電機の第3実施形態を示す概略縦断面図である。
【
図4】化合物1~5の各膜の表面電位の膜厚依存性を示すグラフである。
【
図5】化合物6の膜の表面電位の膜厚依存性を示すグラフである。
【
図6】化合物7の膜の表面電位の膜厚依存性を示すグラフである。
【
図7】化合物1をバッファー層に用いたHOD素子1、化合物2をバッファー層に用いたHOD素子2、化合物6をバッファー層に用いたHOD素子3、バッファー層を有しない比較HOD素子1、TPBiをバッファー層に用いた比較HOD素子2の電流密度-電圧特性を示すグラフである。
【
図8】化合物1をバッファー層に用いたEOD素子1、化合物6をバッファー層に用いたEOD素子2、化合物1/化合物6の積層構造をバッファー層に用いたEOD素子3、化合物6/化合物1の積層構造をバッファー層に用いたEOD素子4、バッファー層を有しない比較EOD素子1の電流密度-電圧特性を示すグラフである。
【
図9】実施例13および14で作製した振動発電素子を示す概略縦断面図である。
【
図10】
図9の振動発電素子が有するエレクトレットの平面図である。
【
図11】化合物1の膜をエレクトレットに用いた振動発電素子1の発生電流の時間変化を示すグラフである。
【
図12】化合物6の膜をエレクトレットに用いた振動発電素子2の発生電流の時間変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。また、本発明に用いられる化合物の分子内に存在する水素原子の同位体種は特に限定されず、例えば分子内の水素原子がすべて1Hであってもよいし、一部または全部が2H(デューテリウムD)であってもよい。
【0011】
<膜>
本発明の膜は、下記一般式(1)で表される化合物を含むことを特徴とする。
下記一般式(1)で表される化合物は、一の炭素原子(中心原子)にフッ化アルキル基とフッ化アルキル基以外の置換基が結合していることにより、分子内の一方に電荷が偏った分極状態をなしている。そのため、この化合物を成膜すると、正または負の巨大表面電子が発現する。本発明の膜は、こうした一般式(1)で表される化合物を含むことにより、正または負の大きな表面電位を示す。膜の表面電位の極性および大きさは、一般式(1)で表される化合物の置換基(R、X、YおよびZ)の構造(双極子の向きや大きさ)および組み合わせ、膜の厚さ等の選択によって制御される。
以下において、本発明の膜が含む一般式(1)で表される化合物の構造について説明する。
【0012】
【0013】
一般式(1)において、Rはフッ化アルキル基を表し、X、YおよびZのうちの0~2つは各々独立にフッ化アルキル基を表し、残りは各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基を表す。
本発明における「フッ化アルキル基」とは、アルキル基の水素原子の少なくとも1つがフッ素原子で置換された構造を有する基のことを言う。フッ化アルキル基は、アルキル基の全ての水素原子がフッ素原子で置換されたパーフルオロアルキル基であってもよいし、アルキル基の水素原子の一部だけがフッ素原子で置換された、部分フッ化アルキル基であってもよい。これらのうち、フッ化アルキル基はパーフルオロアルキル基であることが好ましい。フッ化アルキル基の炭素数は、1~20のいずれかであることが好ましく、1~10のいずれかであることがより好ましく、1~5のいずれかであることがさらに好ましく、1~3のいずれかであることが特に好ましい。フッ化アルキル基の炭素数が3以上であるとき、フッ化アルキル基は直鎖状であってもよいし、分枝状であってもよい。
X、YおよびZのうちの1つまたは2つがフッ化アルキル基を表すとき、それらのフッ化アルキル基とRのフッ化アルキル基は、互いに同じ構造であっても異なる構造であってもよいが、同じ構造であることが好ましい。Rが表すフッ化アルキル基とX、YおよびZのうちの1つまたは2つが表すフッ化アルキル基が互いに異なる場合の例として、炭素原子やフッ素原子の数が異なる場合、直鎖状と分枝状とで異なる場合、分枝状のフッ化アルキル基において枝分かれの数や枝分かれの位置が異なる場合等を挙げることができる。
X、YおよびZの置換基の組み合わせは、Xがフッ化アルキル基であり、YおよびZが各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基であってもよいし、XとYが各々独立にフッ化アルキル基であり、Zがフッ化アルキル基以外の置換基であってもよいし、X、YおよびZが各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基であってもよい。これらのうち好ましいのは、Xがフッ化アルキル基であり、YおよびZがフッ化アルキル基以外の置換基であるか、X、YおよびZが全てフッ化アルキル基以外の置換基である場合である。Xがフッ化アルキル基であり、YおよびZがフッ化アルキル基以外の置換基であるとき、YとZの置換基は、互いに同じ構造であっても異なる構造であってもよいが、同じ構造であることが好ましい。X、YおよびZが全てフッ化アルキル基以外の置換基であるとき、X、YおよびZの置換基は、互いに同じ構造であっても異なる構造であってもよいが、同じ構造であることが好ましい。
【0014】
X、YおよびZがとりうるフッ化アルキル基以外の置換基として、ドナー性基、およびフッ化アルキル基以外のアクセプター性基を挙げることができる。ここで、本明細書における「ドナー性基」はハメットのσp値が負である置換基を意味し、本明細書における「アクセプター性基」はハメットのσp値が正である置換基を表す。
「ハメットのσp値」は、L.P.ハメットにより提唱されたものであり、パラ置換ベンゼン誘導体の反応速度または平衡に及ぼす置換基の影響を定量化したものである。具体的には、パラ置換ベンゼン誘導体における置換基と反応速度定数または平衡定数の間に成立する下記式:
log(k/k0) = ρσp
または
log(K/K0) = ρσp
における置換基に特有な定数(σp)である。上式において、kは置換基を持たないベンゼン誘導体の速度定数、k0は置換基で置換されたベンゼン誘導体の速度定数、Kは置換基を持たないベンゼン誘導体の平衡定数、K0は置換基で置換されたベンゼン誘導体の平衡定数、ρは反応の種類と条件によって決まる反応定数を表す。本発明における「ハメットのσp値」に関する説明と各置換基の数値については、Hansch,C.et.al.,Chem.Rev.,91,165-195(1991)のσp値に関する記載を参照することができる。ハメットのσp値が負である置換基は電子供与性(ドナー性)を示し、ハメットのσp値が正である置換基は電子求引性(アクセプター性)を示す傾向がある。以下の説明では、「ハメットのσp値が負である」ことを「電子供与性」と言い、「ハメットのσp値が正である」ことを「電子求引性」と言うことがある。
ドナー性基、またはフッ化アルキル基以外のアクセプター性基であるものは、X、YおよびZのうちの2つまたは3つであることが好ましく、2つであることがより好ましい。すなわち、Xがフッ化アルキル基であり、YおよびZが各々独立に、ドナー性基、またはフッ化アルキル基以外のアクセプター性基であることがより好ましい。ここで、YおよびZの組み合わせは、YおよびZの両方がドナー性基、YおよびZの両方がフッ化アルキル基以外のアクセプター性基、YおよびZの一方がドナー性基で、他方がフッ化アルキル基以外のアクセプター性基のいずれの組み合わせであってもよいが、YおよびZが各々独立にドナー性基であるか、YおよびZが各々独立にフッ化アルキル基以外のアクセプター性基であることが好ましく、YおよびZが同じ構造のドナー性基であるか、YおよびZが同じ構造のアクセプター性基であることがより好ましい。
【0015】
X、YおよびZがとりうるフッ化アルキル基以外の置換基として、置換アリール基も挙げることができる。置換アリール基は、ドナー性基であってもアクセプター性基であってもよく、ハメットのσp値が0である基であってもよい。
置換アリール基におけるアリール基を構成する芳香環は、単環であっても、2以上の芳香環が縮合した縮合環であっても、2以上の芳香環が連結した連結環であってもよい。2以上の芳香環が連結している場合は、直鎖状に連結したものであってもよいし、分枝状に連結したものであってもよい。アリール基を構成する芳香環の炭素数は、6~40であることが好ましく、6~22であることがより好ましく、6~18であることがさらに好ましく、6~14であることがさらにより好ましく、6~10であることが特に好ましい。アリール基の具体例として、フェニル基、ナフタレニル基、ビフェニル基を挙げることができる。
【0016】
置換アリール基の好ましい例として、窒素原子を環骨格に含むヘテロアリール基、ジアリールアミノ基(ジアリールアミノ基を構成する2つのアリール基は互いに単結合または連結基で結合していてもよい)、シアノ基を含む基で置換されているアリール基を挙げることができる。
【0017】
窒素原子を環骨格に含むヘテロアリール基を構成する複素環(窒素含有芳香族複素環)は、単環であっても、1以上の複素環と1以上の芳香環または複素環が縮合した縮合環であってもよい。ヘテロアリール基を構成する窒素含有芳香族複素環の炭素数は3~40であることが好ましく、5~22であることがより好ましく、5~18であることがさらに好ましく、5~14であることがさらにより好ましく、5~10であることが特に好ましい。窒素含有芳香族複素環の具体例として、ピリジン環、ピリダジン環、ピリミジン環、トリアゾール環、これらの窒素含有六員環が2つ以上縮合した縮合環、これらの窒素含有六員環とベンゼン環等の芳香族炭化水素環が縮合した縮合環を挙げることができる。
【0018】
ジアリールアミノ基を構成するアリール基の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の「置換アリール基」のアリール基についての説明と好ましい範囲、具体例を参照することができる。ジアリールアミノ基は、ジフェニルアミノ基であることが好ましい。ジアリールアミノ基を構成する2つのアリール基は互いに単結合または連結基で結合していてもよい。ジアリールアミノ基を構成する2つのアリール基が互いに単結合で結合したものの具体例として、カルバゾール-9-イル基を挙げることができる。ジアリールアミノ基を構成する2つのアリール基を結合する連結基は、連結鎖長が1原子である連結基が好ましい。連結基の具体例として、-O-、-S-、-N(R91)-または-C(R92)(R93)-で表される連結基が挙げられる。ここにおいて、R91~R93は各々独立に水素原子または置換基を表す。R91がとりうる置換基としては、炭素数1~20のアルキル基、炭素数6~40のアリール基、炭素数3~40のヘテロアリール基を例示することができる。R92およびR93がとりうる置換基としては、各々独立に、ヒドロキシ基、ハロゲン原子、炭素数1~20のアルキル基、炭素数1~20のアルコキシ基、炭素数1~20のアルキルチオ基、炭素数1~20のアルキル置換アミノ基、炭素数1~20のアリール置換アミノ基、炭素数6~40のアリール基、炭素数3~40のヘテロアリール基、炭素数2~10のアルケニル基、炭素数2~10のアルキニル基、炭素数2~20のアルキルアミド基、炭素数7~21のアリールアミド基、炭素数3~20のトリアルキルシリル基等を例示することができる。ジアリールアミノ基を構成する2つのアリール基が連結基で結合したものの具体例として、10H-フェノキサジン-10-イル基、10H-フェノチアジン-10-イル基、9,10-ジヒドロ-9,9-ジアルキルアクリジン-10-イル基、5,10-ジヒドロ-10-フェニルフェナジン-5-イル基を挙げることができる。
【0019】
シアノ基を含む基は、シアノ基であってもよいし、シアノ基で置換された有機基であってもよい。シアノ基で置換される有機基の例として、アリール基を挙げることができる。アリール基の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の「置換アリール基」のアリール基についての説明と好ましい範囲、具体例を参照することができる。有機基におけるシアノ基の置換数は特に制限されず、1つであっても2つ以上であってもよい。
【0020】
置換アリール基における置換基は、さらに置換基で置換されていてもよい。置換基の例として、炭素数1~20のアルキル基、炭素数6~40のアリール基、炭素数3~40のヘテロアリール基を挙げることができる。
【0021】
置換アリール基であるものは、X、YおよびZのうちの2つまたは3つであることが好ましい。具体的には、Xがフッ化アルキル基であり、YおよびZが各々独立に置換アリール基であるか、X、YおよびZが各々独立に置換アリール基であることが好ましい。YおよびZが置換アリール基であるとき、それらの置換アリール基は、互いに同じ構造であっても異なる構造であってもよいが、同じ構造であることが好ましい。また、X、YおよびZが置換アリール基であるとき、それらの置換アリール基は、互いに同じ構造であっても異なる構造であってもよいが、同じ構造であることが好ましい。
【0022】
X、YおよびZがとりうるフッ化アルキル基以外の置換基として、炭化水素環基で置換されたアリール基も挙げることができる。
アリール基の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の「置換アリール基」のアリール基についての説明と好ましい範囲、具体例を参照することができる。炭化水素環基は、環式炭化水素から水素原子を1つ除外した1価の基である。環式炭化水素は、脂環式炭化水素であっても芳香族炭化水素であってもよく、多環縮合構造を有していてもよい。炭化水素環基として、ピレン環やアントラセン環等の多環芳香族炭化水素から水素原子を1つ除外した1価の基、フラーレニル基(C60)、アダマンチル基などが挙げられる。
【0023】
以下において、X、YおよびZがとりうるフッ化アルキル基以外の置換基の好ましい例を挙げる。下記式において、*は一般式(1)における炭素原子への結合位置を表す。
まず、一般に負の電位の誘起に寄与する置換基を例示する。ただし、これらの置換基を化合物が有する場合でも、化合物の他の置換基の構造によっては、膜の表面電位が正になる場合もある。
【0024】
【0025】
次に、一般に正の電位の誘起に寄与する置換基を例示する。ただし、これらの置換基を化合物が有する場合でも、化合物の他の置換基の構造によっては、膜の表面電位が負になる場合もある。
【0026】
【0027】
一般式(1)で表される化合物は、下記一般式(1-1)で表される化合物であることが好ましい。
【0028】
【0029】
一般式(1-1)において、R1はフッ化アルキル基を表し、X1,Y1およびZ1のうちの0~2つは各々独立にフッ化アルキル基を表し、残りは各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基を表す。ただし、X1,Y1およびZ1のうちX1のみがフッ化アルキル基であるとき、Y1およびZ1は各々独立にドナー性基であるか、あるいは、各々独立にフッ化アルキル基以外のアクセプター性基である。
「フッ化アルキル基」の説明と好ましい範囲については、上記の一般式(1)の「フッ化アルキル基」についての説明と好ましい範囲を参照することができる。
X1、Y1およびZ1のうちの1つまたは2つがフッ化アルキル基を表すとき、それらのフッ化アルキル基とR1のフッ化アルキル基は、互いに同じ構造であっても異なる構造であってもよいが、同じ構造であることが好ましい。
X1、Y1およびZ1の置換基の組み合わせは、X1がフッ化アルキル基であり、Y1およびZ1が各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基であってもよいし、X1とY1がフッ化アルキル基であり、Z1がフッ化アルキル基以外の置換基であってもよいし、X1、Y1およびZ1が各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基であってもよい。ただし、X1、Y1およびZ1のうち、X1のみがフッ化アルキル基であるとき、Y1およびZ1は各々独立にドナー性基であるか、あるいは、各々独立にフッ化アルキル基以外のアクセプター性基である。「ドナー性基」および「アクセプター性基」の説明については、上記の一般式(1)の説明において、「フッ化アルキル基以外の置換基」の例として挙げた「ドナー性」および「アクセプター性基」の説明を参照することができる。これらのうち好ましいのは、X1がフッ化アルキル基であり、Y1およびZ1が各々独立にドナー性基である場合、X1がフッ化アルキル基であり、Y1およびZ1が各々独立にアクセプター性基である場合、X1、Y1およびZ1が各々独立にフッ化アルキル基以外の置換基である場合である。X1がフッ化アルキル基であり、Y1およびZ1がドナー性基であるとき、Y1およびZ1のドナー性基は、互いに同じ構造であっても異なる構造であってもよいが、同じ構造のドナー性基であることが好ましい。X1がフッ化アルキル基であり、Y1およびZ1がフッ化アルキル基以外のアクセプター性基であるとき、Y1およびZ1のアクセプター性基は、互いに同じ構造であっても異なる構造であってもよいが、同じ構造のアクセプター性基であることが好ましい。X1、Y1およびZ1が全てフッ化アルキル基以外の置換基であるとき、X1、Y1およびZ1の置換基は、互いに同じ構造であっても異なる構造であってもよいが、同じ構造であることが好ましい。
「フッ化アルキル基以外の置換基」の好ましい範囲と具体例については、一般式(1)の「フッ化アルキル基以外の置換基」についての記載を参照することができる。また、「フッ化アルキル基以外の置換基」の例のうちドナー性基であるものは、ドナー性基の例としても参照することができ、「フッ化アルキル基以外の置換基」の例のうちアクセプター性基であるものは、アクセプター性基の例としても参照することができる。
【0030】
以下において、一般式(1)で表される化合物の好ましい具体例を例示する。化合物1、1a、2~12のうち、化合物1、1a、2~5、8~11は負の表面電位の誘起に寄与する化合物であり、化合物6、7および12は正の表面電位の誘起に寄与する化合物である。
【0031】
【0032】
さらに、一般式(1)で表される化合物の具体例として、下記一般式(1-2)で表され、X2、Y2、Z2が表1および表2に示す置換基であるものも例示する。表1および表2に示すSn1~Sn30、Sp1~Sp25は、上記にフッ化アルキル基以外の置換基の例として挙げた置換基の番号である。下記化合物のうち、化合物13~51は負の表面電位の誘起に寄与する化合物であり、化合物52~92は正の表面電位の誘起に寄与する化合物である。なお、本発明において用いることができる一般式(1)で表される化合物はこれらの具体例によって限定的に解釈されるべきものではない。
【0033】
【0034】
【0035】
【0036】
負の表面電位の誘起に寄与する化合物のうち、より好ましいのは化合物1、13~31であり、特に好ましいのは化合物1、13~21である。また、正の表面電位の誘起に寄与する化合物のうち、より好ましいのは化合物6、7、52~72であり、特に好ましいのは化合物7、52~61である。
【0037】
[膜の組成]
本発明の膜が含む一般式(1)で表される化合物は、1種類であっても2種類以上であってもよい。また、本発明の膜は、一般式(1)で表される化合物のみを含んでいてもよいし、一般式(1)で表される化合物と、一般式(1)で表される化合物以外の成分(その他の成分)を含んでいてもよい。その他の成分として、ホスト材料を挙げることができる。ここで、ホスト材料とは、一般式(1)で表される化合物の分子を一定の配向状態で保持するマトリックス材料であり、室温で固体であって永久双極子モーメントが1Debye以下の分子からなる有機材料であることが好ましい。ホスト材料の選択や、ホスト材料と一般式(1)で表される化合物の配合比を調整することにより、一般式(1)で表される化合物分子の配向状態を制御して、膜の表面電位を制御することができる。ホスト材料の具体例として、実施例で使用したCBPの他、SF3-TRZ、TCTA等を挙げることができる。
膜がホスト材料を含む場合、一般式(1)で表される化合物の膜における含有量は、10~99重量%であることが好ましく、50~99重量%であることがより好ましく、70~95重量%であることがさらに好ましい。
【0038】
[膜の形成方法]
本発明の膜の形成方法は特に制限されず、ドライプロセス、ウェットプロセスのいずれであってもよいが、ドライプロセスを用いることが好ましく、真空蒸着法を用いることがより好ましい。
【0039】
[膜の厚さ]
本発明の膜の厚さは、十分な表面電位を発現させる点から、100nm以上であることが好ましく、500nm以上であってもよく、1000nm以上であってもよい。また、膜の厚さの上限は特に制限されず、10000nm以下、1000nm以下、500nm以下であってもよい。
【0040】
[膜の巨大表面電位]
本発明の膜は、一般式(1)で表される化合物の構造と分極に起因して、その表面に正または負の表面電位を示す。本発明の膜は、その表面電位が膜の厚さに依存して変化する膜厚依存性(巨大表面電位)を示すことが好ましい。ここで、巨大表面電位の程度については、膜の表面電位を縦軸、膜厚を横軸にしてプロットしたプロット図の近似線の傾きを指標にすることができる。以下の説明では、この傾きを「巨大表面電位の傾き」といい、傾きの符号(+またはー)を「巨大表面電位の極性」という。巨大表面電位の極性は、正であっても負であってもよい。膜が正の巨大表面電位を示す場合、その巨大表面電位の傾きは50mV/nm以上であることが好ましく、80mV/nm以上であることがより好ましく、100mV/nm以上であることがさらに好ましい。膜が負の巨大表面電位を示す場合、その巨大表面電位の傾きは-50mV/nm以下であることが好ましく、-80mV/nm以下であることがより好ましく、-100mV/nm以下であることがさらに好ましい。
【0041】
<エレクトレット>
本発明のエレクトレットは、本発明の膜を有することを特徴とする。
本発明の膜の説明については、上記の<膜>の欄の記載を参照することができる。
上記のように、本発明の膜は、その表面に表面電位が発現することから、エレクトレットの材料として効果的に用いることができる。また、本発明の膜が発現する表面電位の極性および大きさは、一般式(1)で表される化合物の置換基(R、X、YおよびZ)の構造(双極子の向きや大きさ)および組み合わせ、膜の厚さ、ホスト材料の化合物種、ホスト材料と一般式(1)で表される化合物の配合比等の選択により、広い範囲で制御することができる。そのため、本発明のエレクトレットは、エレクトレットを用いる様々な素子に適用することができる。
エレクトレットに用いる本発明の膜は、正の表面電位が発現したものであってもよく、負の表面電位が発現したものであってもよい。
エレクトレットは、例えば基板と、この基板上に設けられたエレクトレット膜を有しており、エレクトレット膜が本発明の膜で構成される。また、エレクトレットは、基板およびエレクトレット膜以外の部材を有していてもよい。例えば、基板とエレクトレット膜の間に、導電材料からなる電極を有していてもよい。
エレクトレット膜の表面電位は、エレクトレットの用途によっても異なるが、正の表面電位である場合、100V以上であることが好ましく、500V以上であってもよく、1000V以上であってもよい。正の表面電位の上限は特に制限されないが、通常10000V以下である。負の表面電位である場合、-100V以下であることが好ましく、-500V以下であってもよく、-1000V以下であってもよい。負の表面電位の下限は特に制限されないが、通常-10000V以上である。
【0042】
<振動発電素子>
本発明の振動発電素子は、本発明の膜を有することを特徴とする。
本発明の膜の説明については、上記の<膜>の欄の記載を参照することができる。振動発電素子に用いる本発明の膜は、正の表面電位が発現した膜であっても、負の表面電位が発現した膜であってもよく、正の表面電位が発現した膜と負の表面電位が発現した膜の両方であってもよい。
本発明の振動発電素子として、振動発電機や振動センサーを挙げることができる。振動発電機は、本発明の膜および対向電極の少なくとも一方を振動させて対向電極に電荷を誘起し、その電荷を電流として取り出すように構成される。振動センサーは、振動検出対象が振動したとき、その振動に連動して膜および対向電極の少なくとも一方が振動し、この振動によって対向電極に誘起された電荷による電流を検出信号として、振動検出対象の振動を検出するように構成される。
振動発電機の構造例を
図1~3に示す。以下の説明では、
図1に示す振動発電機を第1実施形態といい、
図2に示す振動発電機を第2実施形態といい、
図3に示す振動発電機を第3実施形態という。
図1に示す振動発電機(第1実施形態)は、エレクトレット1と、エレクトレット1と対向配置された電極基板2と、負荷抵抗3を有する。
エレクトレット1は、エレクトレット基板10と、エレクトレット基板10の電極基板2側の面に設けられた電極11と、電極11のエレクトレット基板10と反対側の面に設けられたエレクトレット膜12を有しており、電極11が負荷抵抗3に電気的に接続されている。また、この振動発電機では、エレクトレット膜12が本発明の膜によって構成されている。
電極基板2は、基板20と、基板20のエレクトレット1側の面に設けられた対向電極21を有しており、対向電極21が負荷抵抗3に電気的に接続されている。電極基板2は、対向電極21の表面が、エレクトレット膜12の表面に対して離間して対向するように支持されるとともに、振動機構により、エレクトレット膜12表面の法線方向に振動するように構成されている。
この振動発電機では、振動機構の動作により電極基板2が振動すると、これに連動して、対向電極21が、エレクトレット膜12表面に接近した位置(接近位置)と、離れた位置(離間位置)とを往復移動する。ここで、例えばエレクトレット膜12の表面電位が正である場合、接近位置では、エレクトレット膜12の表面近傍に形成された正の静電場により、対向電極21の表面に負電荷が誘起され、その逆向きの電荷(正電荷)が負荷抵抗側に流れて第1電流が発生する。また、接近位置にあった第2電極21が離間位置に移動すると、静電場で束縛されていた負電荷が解放されて負荷抵抗側に流れ、第1電流とは逆向きの第2電流が発生する。また、エレクトレット膜12の表面電位が負である場合、接近位置では、対向電極21の表面に正電荷が誘起され、その逆向きの電荷(負電荷)が負荷抵抗側に流れて第1電流が発生する。また、接近位置にあった第2電極21が離間位置に移動すると、静電場で束縛されていた正電荷が解放されて負荷抵抗側に流れ、第1電流とは逆向きの第2電流が発生する。この振動発電機は、以上の動作により、エレクトレット膜の表面電位の極性に対応したパターンで電流を発生する。
図2に示す振動発電機(第2実施形態)は、エレクトレット膜12の周囲を囲むスペーサ13が設けられていること以外は、第1実施形態の振動発電機と同様に構成されている。スペーサ13は、樹脂等の絶縁材料によって構成されており、エレクトレット膜12の表面よりも高い上面を有している。このスペーサ13は、対向電極21が接近位置に移動したとき、エレクトレット膜12の表面と対向電極21の表面との距離を一定に保つように機能する。
図3に示す振動発電機(第3実施形態)は、電極基板2の代わりに、第2エレクトレット2aを用いたこと以外は、第1実施形態の振動発電機と同様に構成されている。
すなわち、第3実施形態の振動発電機は、第1エレクトレット1aと、第1エレクトレット1aと対向配置された第2エレクトレット2aと、負荷抵抗3を有して構成されている。
第1エレクトレット1aは、第1エレクトレット基板10aと、第1エレクトレット基板10aの第2エレクトレット2a側の面に設けられた第1電極11aと、第1電極11aの第1エレクトレット基板10aと反対側の面に設けられた第1エレクトレット膜12aを有しており、第1電極11aが負荷抵抗3に電気的に接続されている。また、第1エレクトレット1aでは、第1エレクトレット膜12aが、正の表面電位を有する本発明の膜によって構成されている。
第2エレクトレット2aは、第2エレクトレット基板20aと、第2エレクトレット基板20aの第1エレクトレット側1aの面に設けられた第2電極21aと、第2電極21aの第2エレクトレット基板20aと反対側の面に設けられた第2エレクトレット膜22aを有しており、第2電極21aが負荷抵抗3に電気的に接続されている。また、第2エレクトレット2aでは、第2エレクトレット膜22aが、負の表面電位を有する本発明の膜によって構成されている。第2エレクトレット2aは、第2エレクトレット膜22aの表面が、第1エレクトレット膜12aの表面に対して離間して対向するように支持されるとともに、振動機構により、第1エレクトレット膜12a表面の法線方向に振動するように構成されている。
第3実施形態の振動発電機では、振動機構の動作により第2エレクトレット2aが振動すると、これに連動して、第2エレクトレット膜12aが、第1エレクトレット膜12aの表面に接近した位置(接近位置)と、離れた位置(離間位置)とを往復移動する。ここで、接近位置では、第1エレクトレット膜12aの表面近傍に形成された正の静電場により、第2電極21aの表面に負電荷が誘起されるとともに、第2エレクトレット膜22aの表面近傍に形成された負の静電場により、第1電極11aの表面に正電荷が誘起される。そして、各電極11a、21aにおいて、誘起された電荷と逆向きの電荷が負荷抵抗側に流れて第1電流が発生する。また、接近位置にあった第2エレクトレット膜22aが離間位置に移動すると、静電場で束縛されていた第2電極21aの負電荷および第1電極11aの正電荷が解放されて負荷抵抗3側に流れ、第1電流とは逆向きの第2電流が発生する。この振動発電機は、以上の動作により、第1電極11aと第2電極21aの両方に電荷が誘起されて発電するため、より大きな電力を得ることができる。
第3実施形態の振動発電機では、第2エレクトレット2aが振動する代わりに、第1エレクトレット1aが振動するように構成されていてもよく、第1エレクトレット1aと第2エレクトレット2aの両方が振動するように構成されていてもよい。
また、第1エレクトレット膜12aおよび第2エレクトレット膜22aを横並びに配置するとともに、それぞれと対向するように、第2電極21aおよび第1電極11aを横並びに配置して、第1エレクトレット膜12a表面の法線方向に第2電極21aを振動させ、第2エレクトレット膜22a表面の法線方向に第1電極11aを振動させるように構成してもよい。この場合にも、第1電極11aと第2電極21aの両方に電荷が誘起されて発電するため、より大きな電力を得ることができる。
【0043】
<有機発光素子>
本発明の有機発光素子は、本発明の膜を有することを特徴とする。
本発明の膜の説明については、上記の<膜>の欄の記載を参照することができる。有機発光素子に用いる本発明の膜は、正の表面電位が発現した膜であっても、負の表面電位が発現した膜であってもよく、正の表面電位が発現した膜と負の表面電位が発現した膜の両方であってもよい。
また、有機発光素子に用いる膜は、一般式(1-1)で表される化合物を含むことが好ましい。一般式(1-1)で表される化合物の説明については、上記の<膜>の欄に記載した一般式(1-1)についての記載を参照することができる。
本発明の有機発光素子は、有機フォトルミネッセンス素子(有機PL素子)であっても、有機エレクトロルミネッセンス素子(有機EL素子)であってもよいが、有機エレクトロルミネッセンス素子であることが好ましい。有機フォトルミネッセンス素子は、基板上に少なくとも発光層と本発明の膜を形成した構造を有する。また有機エレクトロルミネッセンス素子は、少なくとも陽極、陰極、および陽極と陰極の間に有機層を形成した構造を有する。有機層は、少なくとも発光層と本発明の膜を含むものであり、発光層と本発明の膜のみからなるものであってもよいし、その他に1層以上の有機層を有するものであってもよい。そのような他の有機層として、正孔輸送層、正孔注入層、電子阻止層、正孔阻止層、電子注入層、電子輸送層、励起子阻止層などを挙げることができる。正孔輸送層は正孔注入機能を有した正孔注入輸送層でもよく、電子輸送層は電子注入機能を有した電子注入輸送層でもよい。これらの有機層の材料には、公知の材料から選択して用いることができる。本発明の膜は、有機発光素子のいずれの位置に配されてもよいが、有機エレクトロルミネッセンス素子である場合、負の表面電位を有する本発明の膜を、陽極と発光層の間に設けることが好ましく、この膜を、陽極と接する位置や、正孔注入層と発光層の間において正孔注入層と接するように設けることがより好ましい。これにより、陽極から有機層への正孔注入を促進することができる。また、負の表面電位を有する本発明の膜と正の表面電位を有する本発明の膜の積層構造を、正の表面電位を有する膜が陰極側になるように、発光層と陰極の間に設けてもよく、この積層構造を、正の表面電位を有する膜が陰極と接するか、電子注入層と発光層の間において電子注入層と接するように設けることが好ましい。これにより、陰極から有機層への電子注入を促進することができる。
【0044】
<化合物>
本発明の化合物は、上記の一般式(1-1)で表される構造を有する化合物である。一般式(1-1)で表される化合物の説明については、上記の<膜>の欄に記載した一般式(1-1)についての記載を参照することができる。
一般式(1-1)で表される化合物は新規化合物であり、2,2-ビス(4-アミノフェニル)ヘキサフルオロプロパンなどの原料のザンドマイヤー反応による臭素化とそれに続く、鈴木・宮浦カップリング反応により合成することができる。
【0045】
<分子設計法>
本発明の分子設計法は、一般式(1)で表される化合物のうちの特定化合物と、その特定化合物のR、X、YおよびZから選択される少なくとも1つを置換した置換化合物について、永久双極子モーメントを含む指標に基づく評価が高いものを選択するステップを含む分子設計法である。
一般式(1)で表される化合物の説明と、R、X、YおよびZの好ましい範囲と具体例については、上記の<膜>の欄の対応する記載を参照することができる。
本発明における「指標に基づく評価」とは、例えば特定化合物と置換化合物の指標値を計算により求め、目標の指標値により近い指標値を示す化合物を高く評価することを意味する。
本発明の分子設計法では、永久双極子モーメントを含む指標に基づいて評価を行うため、上記のステップを繰り返し行うことにより、一般式(1)で表される化合物の中から、目標の分極状態を示すか、それに近い分極状態を示す化合物が選抜される。こうした化合物を成膜することにより、所望の表面電位が誘起された膜を得ることができる。
本発明で用いる評価の指標は、永久双極子モーメントの大きさと向き、分子の剛直性を含むことが好ましい。これにより、所望の表面電位を誘起する分子を精密に設計することができる。
ここで、永久双極子モーメントの大きさと向きは、計算により算出することができる。永久双極子モーメントの具体的な計算手法については、実施例の欄の記載を参照することができる。
分子の剛直性は、ガラス転移温度で評価することが好ましい。ガラス転移温度は、温度を連続的に変化させたとき、測定対象物の粘度や流動性などの物性が急激に変化する温度であり、ガラス転移温度が高いもの程、分子の剛直性が高いと評価することができる。特定化合物および置換化合物のガラス転移温度は、それぞれ、その類似化合物のガラス転移温度の実測値に基づいて計算により求めることができる。
本発明で行う評価では、さらに膜形成時の分子の配向状態も評価することが好ましい。この評価も加えることにより、所望の表面電位を誘起する化合物をより精密に設計することができる。膜形成時の分子の配向状態は、膜形成条件から予測することができる。配向状態の予測に用いうる膜形成条件として、成膜方法(蒸着法や塗布法)、塗布法で用いる塗料の組成(一般式(1)で表される化合物の単独溶液であるか、さらにホスト材料も含む混合溶液であるか)、併用するホスト材料の化合物種が挙げられる。
さらに、本発明の分子設計法では、GSP(巨大表面電位)の正負を明らかにすることが好ましい。巨大表面電位の正負は計算により求めることができる。その具体的な計算手法については、実施例の欄の記載を参照することができる。
【0046】
<プログラム>
本発明のプログラムは、本発明の分子設計法を実施するためのプログラムである。
本発明のプログラムのステップについては、本発明の分子設計法におけるステップについての記載を参照することができる。一般式(1)で表される化合物のデータベースに蓄積するデータには、本発明の分子設計法において、評価の指標として例示した物性値を用いることができる。
【実施例0047】
以下に実施例と比較例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。なお、膜の表面電位は、超高真空ケルビンプローブシステム(KP Technology社製:UHVKP020)を用い、真空下の暗所で、ITO(インジウム・スズ酸化物)電位を原点とするケルビンプローブ法にて測定した。また、分子の永久双極子モーメントおよび巨大表面電位の極性は、B3LYP 6-31G(d)の計算レベルでGaussian DFTを用いて計算した。
【0048】
本実施例で用いた化合物
本実施例で用いた化合物は、下記化合物1、1a、2~12である。
【0049】
【0050】
[1]一般式(1)で表される化合物の単独膜の作製と評価
(実施例1) 化合物1の膜の作製
厚さ100nmのインジウム・スズ酸化物(ITO)が形成されたガラス基板を複数用意した。各ITO上に、真空蒸着法にて、真空度5×10―4Pa以下の条件で、化合物1を100nm以下の厚さで蒸着して厚さが異なる各種膜をそれぞれ作製した。このとき、化合物1の蒸着レートは1.0オングストローム/秒とした。
【0051】
(実施例2~5) 化合物2~5の膜の作製
化合物1の代わりに表1に示す化合物を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、厚さが異なる各種膜を作製した。
【0052】
(実施例6) 化合物6の膜の作製
化合物1の代わりに化合物6を用い、化合物6の蒸着レートを0.5~3.0オングストローム/秒の範囲で変化させたこと以外は、実施例1と同様にして、厚さが異なる各種膜を作製した。
【0053】
(実施例7) 化合物7の膜の作製
化合物1の代わりに化合物7を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、厚さが異なる各種膜を作製した。
【0054】
実施例1~5で作製した膜の表面電位を測定し、その表面電位の膜厚依存性を調べた結果を
図4に示し、実施例6で作製した膜の表面電位を測定し、その表面電位の膜厚依存性を調べた結果を
図5に示し、実施例7で作製した膜の表面電位を測定し、その表面電位の膜厚依存性を調べた結果を
図6に示す。また、各実施例で用いた化合物の永久双極子モーメント(PDM)の計算値と、
図4~7の近似線から求めた巨大表面電位の傾き(GSP slope)を表3に示す。また、表3には、各化合物の置換基X、Y、Zの種類もそれぞれ示した。
【0055】
【0056】
表3に示すように、化合物の置換基X、YおよびZを変化させることで、化合物分子の永久双極子モーメント(PDM)と膜の巨大表面電位の傾き(GSP slope)が変化した。例えば、化合物1~5の膜の巨大表面電位の傾きは負であるのに対して、化合物6、7の膜の巨大表面電位の傾きは正になっている。これは、化合物1~5ではCF3側がδ-(負電荷)を帯び、化合物6、7ではCF3側がδ+(正電荷)を帯びるためであると推測される。こうした膜の巨大表面電位の極性(傾きの符号)および大きさ(傾きの絶対値)は、置換基X、YおよびZの双極子の向きと大きさで制御できると考えられる。
【0057】
(実施例8) 化合物1a、8~12の膜の計算による評価
化合物1a、8~12について、計算により求めた永久双極子モーメント(PDM)と巨大表面電位の傾き(GSP slope)を表4に示す。なお、化合物1aは、化合物1のフッ化アルキル基の炭素数を変えたものである。
【0058】
【0059】
[2]一般式(1)で表される化合物とホスト材料の混合膜の作製と評価
(実施例9) 化合物1とCBPの混合膜の作製
厚さ100nmのインジウム・スズ酸化物(ITO)が形成されたガラス基板を複数用意した。
各ITO上に、真空蒸着法にて、真空度5×10―4Paの条件で、化合物1とCBPとを異なる蒸着源から共蒸着して、厚さが異なる各種共蒸着膜(混合膜)をそれぞれ作製した。このとき、混合膜における化合物1の濃度は15重量%または50重量%とした。
【0060】
(実施例10、11) 化合物2とCBPの混合膜、および化合物6とCBPの混合膜の作製
化合物1の代わりに、化合物2または化合物6を用いて共蒸着膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして、厚さおよび化合物濃度が異なる各種膜を作製した。
【0061】
実施例9~11で作製した混合膜について測定した巨大表面電位の傾き(GSP slope)を表5に示す。また、表5には、上記の実施例1、2および6で作製した単独膜の測定結果も併せて示す。
【0062】
【0063】
表5に示すように、化合物1、2および6の濃度を変化させることで巨大表面電位の傾き(GSP slope)が変化した。このことから、一般式(1)で表される化合物とホスト材料とで膜を構成し、その化合物濃度を変化させることによっても、膜の巨大表面電位を制御できることがわかった。
【0064】
[3]一般式(1)で表される化合物の膜を用いた正孔輸送素子の作製と評価
ここでは、一般式(1)で表される化合物の膜を陽極と有機層の間に形成した。以下では、この一般式(1)で表される化合物を含む膜を「第1バッファー層」という。
【0065】
(実験例1) 化合物1を第1バッファー層に用いた正孔輸送素子の作製
膜厚100nmのインジウム・スズ酸化物(ITO)からなる陽極が形成されたガラス基板上に、各薄膜を真空蒸着法にて、真空度1×10―5Pa以下で積層した。まず、ITO上に化合物1を2nmの厚さに形成して膜(第1バッファー層)を形成した。次に、NPDを100nmの厚さに蒸着して正孔輸送層を形成し、その上に、アルミニウム(Al)を100nmの厚さに蒸着して電極を形成し、正孔輸送素子(HOD素子1)とした。
(実験例2、3) 化合物2または化合物6を第1バッファー層に用いた正孔輸送素子の作製
化合物1の代わりに、化合物2または化合物6を用いて第1バッファー層を形成したこと以外は、実験例1と同様にして、各種正孔輸送素子(HOD素子2、3)を作製した。
【0066】
(比較実験例1) 第1バッファー層を有しない正孔輸送素子の作製
第1バッファー層を形成しないこと以外は、実験例1と同様にして正孔輸送素子(比較HOD素子1)を作製した。
【0067】
(比較実験例2) TPBiをバッファー層に用いた正孔輸送素子の作製
化合物1の代わりにTPBiを用いてバッファー層を形成したこと以外は、実験例1と同様にして正孔輸送素子(比較HOD素子2)を作製した。
【0068】
各実験例および各比較実験例で作製した正孔輸送素子の電流密度-電圧特性の測定結果を
図7に示す。
図7に示すように、負の巨大表面電位を示す化合物1または化合物2で第1バッファー層を形成したHOD素子1、2は、バッファー層を有しない比較HOD素子1に比べて低い電圧領域で電流密度が上昇した。このことから、一般式(1)で表される化合物の中でも、負の巨大表面電位を示す化合物は、正孔注入を促進する作用を示すことがわかった。
【0069】
[4]一般式(1)で表される化合物を用いた電子輸送素子の作製と評価
ここでは、一般式(1)で表される化合物の膜(単層膜)、または、その膜を2層積層した積層膜を、有機層と陰極の間に形成した。以下では、この単層膜を「第2バッファー層」といい、積層膜のうち電子輸送層側の膜を「第2バッファー層」、電子注入層側の層を「第3バッファー層」という。
【0070】
(実験例4) 化合物1を第2バッファー層に用いた電子輸送素子の作製
膜厚100nmのインジウム・スズ酸化物(ITO)からなる電極が形成されたガラス基板上に、各薄膜を真空蒸着法にて、真空度1×10―5Pa以下で積層した。まず、ITO上にLiqを2nmの厚さに形成し、その上に、T2Tを100nmの厚さに蒸着して電子輸送層を形成した。次に、化合物1を5nmの厚さに蒸着して第2バッファー層を形成した。続いて、Liqを2nmの厚さに蒸着して電子注入層を形成し、その上に、アルミニウム(Al)を100nmの厚さに蒸着して陰極を形成し、電子輸送素子(EOD素子1)とした。
【0071】
(実験例5) 化合物6を第2バッファー層に用いた電子輸送素子の作製
化合物1の代わりに化合物6を用いて第2バッファー層を形成したこと以外は、実験例4と同様にして電子輸送素子(EOD素子2)を作製した。
【0072】
(実験例6) 2層構成(化合物1/化合物6)のバッファー層を用いた電子輸送素子の作製
実験例2と同様にして、ITO上にLiq層および正孔輸送層を順に形成した。次に、化合物1を4nmの厚さに蒸着して第2バッファー層を形成し、その上に、化合物6を1nmの厚さに蒸着した第3バッファー層を形成した。続いて、Liqを2nmの厚さに蒸着して電子注入層を形成し、その上に、アルミニウム(Al)を100nmの厚さに蒸着して陰極を形成し、電子輸送素子(EOD素子3)とした。
【0073】
(実験例7) 2層構成(化合物6/化合物1)のバッファー層を用いた電子輸送層の作製
実験例2と同様にして、ITO上にLiq層および正孔輸送層を順に形成した。次に、化合物6を4nmの厚さに蒸着して第2バッファー層を形成し、その上に、化合物1を1nmの厚さに蒸着した第3バッファー層を形成した。続いて、Liqを2nmの厚さに蒸着して電子注入層を形成し、その上に、アルミニウム(Al)を100nmの厚さに蒸着して陰極を形成し、電子輸送素子(EOD素子4)とした。
【0074】
(比較実験例3)バッファー層を有しない電子輸送素子の作製
バッファー層を形成しないこと以外は、実験例4と同様にして電子輸送素子(比較EOD素子1)を作製した。
【0075】
各実験例および各比較実験例で作製した電子輸送素子の電流密度-電圧特性の測定結果を
図8に示す。
図8に示すように、負の巨大表面電位を示す化合物1が電子輸送層側、正の巨大表面電位を示す化合物6が陰極側となるように積層した2層構成のバッファー層(化合物1/化合物6)を設けたEOD素子1は、バッファー層を有しない比較EOD素子1に比べて低い電圧領域で電流密度が上昇した。このことから、電子輸送層/負の巨大表面電位を示す化合物(第2バッファー層)/正の巨大表面電位を示す化合物(第3バッファー層)/電子注入層/陰極の積層構成を採用することにより、電子注入が促進されることがわかった。
【0076】
[5]一般式(1)で表される化合物の膜を用いた有機発光素子の作製
(実施例12) 化合物1を第1バッファー層と第2バッファー層に用い、化合物6を第3バッファー層に用いた有機発光素子の作製
膜厚100nmのインジウム・スズ酸化物(ITO)からなる陽極が形成されたガラス基板上に、各薄膜を真空蒸着法にて、真空度1×10―5Pa以下で積層した。まず、ITO上に化合物2を5nmの厚さに形成して膜(第1バッファー層)を形成した。次に、30nmの厚さのNPD膜を正孔輸送層として成膜し、CBPと4CzIPNを異なる蒸着源から共蒸着し、30nmの厚さの層を形成して発光層とした。この時、4CzIPNの濃度は15重量%とした。さらに、電子輸送層として次にT2Tを100nmの厚さで成膜した。次に、化合物1を4nmの厚さに蒸着して第2バッファー層を形成し、その上に、化合物6を1nmの厚さに蒸着した第3バッファー層を形成した。続いて、Liqを2nmの厚さに蒸着して電子注入層を形成し、その上に、アルミニウム(Al)を100nmの厚さに蒸着して陰極を形成し、有機エレクトロルミネッセンス素子とした。
【0077】
[6]一般式(1)で表される化合物の膜を用いた振動発電素子の評価
本実施例で作製した振動発電素子の構成を
図9に示し、この振動発電素子が有するエレクトレットの構成を
図10に示す。
図9に示す振動発電素子は、エレクトレット100と、エレクトレット100の膜面に対して法線方向に振動する電極基板200を有して構成されている。
図10に示すように、エレクトレット100は、ITO付き基板101と、ITO102上に設けられたエレクトレット膜103と、エレクトレット膜103の周囲を囲むスペーサ104を有している。エレクトレット膜103は、一般式(1)で表される化合物の蒸着膜で構成されている。
電極基板200は、振動機構により振動する基板201と、基板201のエレクトレット側100の面に設けられたITO電極(対向電極)202を有しており、対向電極202の表面と、エレクトレット膜103の表面が対向するように配されている。また、この振動発電素子では、対向電極202が増幅器300を介してオシロスコープ301に接続されており、対向電極202で生じた電流の時間変化がオシロスコープ301にて観測されるようになっている。
このように構成された振動発電素子では、電極基板200の振動により、対向電極202がエレクトレット膜103に近づくと、エレクトレット膜103の表面近傍に形成された静電場により、対向電極202に電荷が誘起されて第1電流が発生する。また、対向電極202がエレクトレット膜103から離れると、静電場で束縛されていた電荷が解放されて、第1電流と逆向きの第2電流が発生する。具体的には、エレクトレット膜103の表面電位が負である場合には、対向電極202がエレクトレット膜103に近づくことにより負の第1電流が発生し、対向電極202がエレクトレット膜103から離れると、正の第2電流が発生する。一方、エレクトレット膜103の表面電位が正である場合には、対向電極202がエレクトレット膜103に近づくことにより正の第1電流が発生し、対向電極202がエレクトレット膜103から離れると、負の第2電流が発生する。
【0078】
(実施例13) 化合物1をエレクトレット膜に用いた振動発電素子の評価
図9に示す振動発電素子を以下の工程で作製した。
厚さ100nmのインジウム・スズ酸化物(ITO)が形成されたガラス基板を用意した。このITO上に、真空蒸着法にて、真空度1×10
―4Pa以下の条件で、化合物1を3.3μm厚さに蒸着してエレクトレット膜を形成した。続いて、このエレクトレット膜の周囲に、SU-8(Gersteltec製)を用いてスペーサを形成し、エレクトレットとした。
このエレクトレットを
図9に示す振動発電素子に組み込んで電極基板を振動させ、発生する電流の時間変化を測定した。その結果を
図11に示す。
図11に示すように、この振動発電素子から、振動と同期した電流の発生を観測することができた。
【0079】
(実施例14) 化合物6をエレクトレット膜に用いた振動発電素子の評価
化合物1の代わりに化合物6を用いてエレクトレットを形成したこと以外は、実施例13と同様にしてエレクトレットを作製した。
このエレクトレットを
図9に示す振動発電素子に組み込んで電極基板を振動させ、発生する電流の時間変化を測定した。その結果を
図12に示す。
図12に示すように、この振動発電素子から、振動と同期した電流の発生を観測することができた。
【0080】
本発明の膜は、一般式(1)で表される化合物により誘起された表面電位を示し、一般式(1)の範囲から化合物を選抜することにより、所望の表面電位に制御することができる。そのため、本発明の膜はエレクトレット材として有用であり、これを用いて振動発電素子を構成することにより、良好な発電特性が得られる。このため、本発明は、産業上の利用可能性が高い。