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  • 特開-鋼部材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022148091
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】鋼部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220929BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20220929BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/18
C22C38/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021049620
(22)【出願日】2021-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 啓介
(72)【発明者】
【氏名】中崎 盛彦
(57)【要約】
【課題】減圧冷却方法等の製造プロセスではなく鋼部材の化学成分設計によって焼入れ時の歪を抑制する。
【解決手段】C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%の化学成分を有し、残部がFe及び不可避不純物からなる鋼部材。さらに、Ni:0.40~3.50質量%及び/又はMo:0.15~0.45質量%が含まれていてもよい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%の化学成分を有し、
残部がFe及び不可避不純物からなる鋼部材。
【請求項2】
C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%、Ni:0.40~3.50質量%の化学成分を有し、
残部がFe及び不可避不純物からなる鋼部材。
【請求項3】
C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%、Mo:0.15~0.45質量%の化学成分を有し、
残部がFe及び不可避不純物からなる鋼部材。
【請求項4】
C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%、Ni:0.40~3.50質量%、Mo:0.15~0.45質量%の化学成分を有し、
残部がFe及び不可避不純物からなる鋼部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼部材、特に鋼部材の浸炭焼入れ時に不可避的に発生する熱処理歪を抑制する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
歯車等の鋼部材は、靭性を維持しながら表面硬度を高めるために浸炭焼入れ処理が行われる場合が多い。浸炭焼入れ処理は、鋼部材をオーステナイト化温度以上に昇温した状態で表面の炭素濃度を増大させる浸炭処理を行った後に、焼入れ処理を行って芯部の靭性を確保するとともに、表面硬度を高める処理である。
【0003】
浸炭焼入れ処理として、出側に油焼入れ槽を備えた大型の熱処理炉を用いて、鋼部材を長時間浸炭処理した直後に油焼入れする方法が知られている。焼入れ時の冷却剤を油とする理由は、水の場合よりも比較的緩やかな冷却が行えることによる歪みの抑制を目的としたものである。しかしながら、油焼入れを行っても、上記従来の方法で浸炭焼入れ処理を行った鋼部材は、歪みの発生の問題を解消することが困難であり、高い寸法精度が必要な部材については、浸炭焼入れ後に切削、研削、研磨等の工程が必要となっていた。
【0004】
浸炭処理後の焼入れ処理として、部品全体に焼入れ処理を行うのではなく局所的に焼入れを行う高周波焼入れ方法を適用することが考えられる。しかしながら、単純に高周波焼入れ処理を適用しただけでは、歪発生を十分に抑制することができない。これは、浸炭処理直後、焼入れ前の冷却時に生じる歪による。
【0005】
この問題点を解決する方法として、特許文献1には、鋼部材をオーステナイト化温度以上に昇温する熱処理を行った後に鋼部材を冷却する方法において、上記鋼部材の冷却開始から所定の期間は、雰囲気ガスを大気圧よりも低く減圧した状態で冷却する減圧冷却を行う方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008-45200号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、減圧冷却するための工程が必要となるため、工程費用が増大するおそれがある。
本発明は、減圧冷却方法等の製造プロセスではなく鋼部材の化学成分設計によって焼入れ時の歪を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明に係る鋼部材は(1)C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%の化学成分を有し、残部がFe及び不可避不純物からなる。
【0009】
本発明に係る鋼部材は(2)C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%、Ni:0.40~3.50質量%の化学成分を有し、残部がFe及び不可避不純物からなる。
【0010】
本発明に係る鋼部材は(3)C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%、Mo:0.15~0.45質量%の化学成分を有し、残部がFe及び不可避不純物からなる。
【0011】
本発明に係る鋼部材は(4)C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%、Ni:0.40~3.50質量%、Mo:0.15~0.45質量%の化学成分を有し、残部がFe及び不可避不純物からなる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、化学成分設計によって鋼部材のオーステナイト降伏強度を高めることができる。これにより、鋼部材の浸炭焼入れ時に不可避的に発生する熱処理歪(塑性変形)を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】試験片の概略図である(第1実施例)。
図2】試験片の概略図である(第2実施例)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本実施形態の鋼部材は、靭性、表面硬度及び低歪性が求められる部品に広く用いることができる。この種の部品には、例えば車両部品としてのギヤ、シャフトが含まれる。モータを車両走行用の動力部として有する車両(電気自動車、ハイブリッド自動車、プラグインハイブリッド自動車)においては、本実施形態の鋼部材を母材とする歪の少ない部品を用いることにより、車両走行時の静粛性を高めることができる。
【0015】
(第1実施形態)
本実施形態の鋼部材は、C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%の化学成分を有し、残部がFe及び不可避不純物からなる。化学成分は、溶鋼分析(JIS G0320)もしくは鋼材や部品の化学分析によって求めることができる。鋼部材の化学成分は、鋼の製造プロセスに含まれる溶鋼精錬工程において調整することができる。以下、各化学成分の含有率及び限定理由について説明する。
【0016】
(Cについて)
Cは鋼部材の必須化学成分である。Cの含有率は、鋼部材全体を100質量%としたとき、0.20~0.30質量%であり、好ましくは0.22~0.26質量%である。Cは、鋼部材の硬さや芯部における焼入れ性、熱間や冷間での鍛造性、機械加工性に影響を与える元素である。Cの含有率を0.20~0.30質量%とすることにより、鋼部材の硬さを確保できるとともに、被削性および鍛造性等の加工性が阻害されることを抑制できる。Cの含有率が0.20質量%未満である場合には、浸炭処理後に鋼部材の芯部硬さが低下して、強度不足になる。一方、Cの含有率が0.30質量%よりも高い場合には、鋼材の硬さが増加することにより、被削性および鍛造性等の加工性が阻害されてしまう。
【0017】
(Siについて)
Siは鋼部材の必須化学成分である。Siの含有率は、鋼部材全体を100質量%としたとき、0.30~0.80質量%であり、好ましくは0.40~0.70質量%である。Siは、脱酸に必要な元素であり、また、鋼材の強度を高めて、疲労に伴う鋼材の組織変化の抑制や、疲労寿命の向上に寄与する元素であるとともに、浸炭処理時に不可避的に発生する熱処理歪の軽減に寄与する元素である。これらの効果を得るためには、Siの含有率を0.30質量%以上とする必要がある。一方、Siの含有率を0.80質量%よりも高くすると、鋼材の硬さが増加することにより、被削性および鍛造性等の加工性や浸炭が阻害される。
【0018】
(Mnについて)
Mnは鋼部材の必須化学成分である。Mnの含有率は、鋼部材全体を100質量%としたとき、0.10~0.50質量%であり、好ましくは0.20~0.40質量%である。Mnは焼入性の確保に必要な元素であり、0.10質量%以上が必要である。一方、Mnの含有率を0.50質量%よりも高くすると、鋼材の硬さが増加することにより、被削性および鍛造性等の加工性が阻害される。
【0019】
(Crについて)
Crは鋼部材の必須化学成分である。Crの含有率は、鋼部材全体を100質量%としたとき、1.50~2.20質量%であり、好ましくは1.70~1.90質量%である。Crは球状化焼なまし組織における球状化炭化物を増やしたり、浸炭処理時に不可避的に発生する熱処理歪を軽減するために1.50質量%以上必要である。一方、Crの含有率を2.20質量%よりも高くすると、鋼材の硬さが増加することにより、被削性および鍛造性等の加工性が阻害される。
【0020】
(Fe及び不可避不純物について)
Feは鋼部材の主要金属である。不可避不純物とは、鋼の製造過程において、意図せず混入し、除去しきれずに残存する不純物である。C、Si、Mn、Crはいずれも本実施形態の鋼部材の必須化学成分であるため、不可避不純物ではない。本実施形態の不可避不純物には、Ni、Moが含まれる場合がある。言うまでもないが、Niが不可避不純物として含まれている場合であっても、その含有率が後述する第2実施形態に示す下限値(0.40質量%)を超えることはない。また、Moが不可避不純物として含まれている場合であっても、その含有率が後述する第3実施形態に示す下限値(0.15質量%)を超えることはない。なお、P及びSが不可避不純物として含まれることもある(第2~第4実施形態においても同様である)。Pは、スクラップから含有される不可避不純物であるが、オーステナイト粒界に偏析して衝撃強度や曲げ強度などの靱性を低下させる。そこで、Pは0.030質量%以下に制限することが望ましい。Sは、被削性を向上させる元素である。しかし、Sは非金属介在物MnSを生成して靱性および疲労強度を低下させる。そこで、Sは0.030%以下に制限することが望ましい。
【0021】
(第2実施形態)
本実施形態の鋼部材は、C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%、Ni:0.40~3.50質量%の化学成分を有し、残部がFe及び不可避不純物からなる。C、Si、Mn、Crの含有率の限定理由は、第1実施形態で詳述したから説明を繰り返さない。
【0022】
(Niについて)
Niの含有率は、鋼部材全体を100質量%としたとき、0.40~3.50質量%であり、好ましくは0.50~2.50質量%である。Niは、鋼部材の焼入れ性及び靭性を向上させるとともに、浸炭処理時に不可避的に発生する熱処理歪の軽減に寄与する元素である。この効果を発現させるためには、Niを0.40質量%以上含有させることが好ましい。一方、Niの含有率を3.50質量%よりも高くすると、鋼材の硬さが増加することにより、被削性および鍛造性等の加工性が阻害されるとともに、コストが増大する。
【0023】
C、Si、Mn、Cr、Niはいずれも本実施形態の鋼部材の必須化学成分であるため、不可避不純物ではない。本実施形態の不可避不純物には、Moが含まれる場合がある。Moが不可避不純物として含まれている場合であっても、その含有率が後述する第3実施形態に示す下限値(0.15質量%)を超えることはない。
【0024】
(第3実施形態)
本実施形態の鋼部材は、C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%、Mo:0.15~0.45質量%の化学成分を有し、残部がFe及び不可避不純物からなる。C、Si、Mn、Crの含有率の限定理由は、第1実施形態で詳述したから説明を繰り返さない。
【0025】
(Moについて)
Moの含有率は、鋼部材全体を100質量%としたとき、0.15~0.45質量%であり、好ましくは0.25~0.40質量%である。Moは鋼部材の焼入れ性を向上させるとともに、浸炭処理時に不可避的に発生する熱処理歪の軽減に寄与する元素である。この効果を発現させるためには、Moを0.15質量%以上含有させることが好ましい。一方、Moの含有率を0.45質量%よりも高くすると、鋼材の硬さが増大することにより、被削性および鍛造性等の加工性が阻害されるとともに、コストが増大する。
【0026】
C、Si、Mn、Cr、Moはいずれも本実施形態の鋼部材の必須化学成分であるため、不可避不純物ではない。本実施形態の不可避不純物には、Niが含まれる場合がある。Niが不可避不純物として含まれている場合であっても、その含有率が前述の第2実施形態に示す下限値(0.40質量%)を超えることはない。
【0027】
(第4実施形態)
本実施形態の鋼部材は、C:0.20~0.30質量%、Si:0.30~0.80質量%、Mn:0.10~0.50質量%、Cr:1.50~2.20質量%、Ni:0.40~3.50質量%、Mo:0.15~0.45質量%の化学成分を有し、残部がFe及び不可避不純物からなる。C、Si、Mn、Cr、Ni、Moの含有率の限定理由は、第1~第3実施形態で詳述したから詳細な説明を省略する。C、Si、Mn、Cr、Ni、Moはいずれも本実施形態の鋼部材の必須化学成分であるため、不可避不純物ではない。
【実施例0028】
実施例を示しながら、本発明について具体的に説明する。
【表1】
(第1実施例)
表1の各試料の化学成分からなる素材を真空溶解炉にて溶製し、100(kg)の鋼塊を作製した。溶製した鋼塊を1250(℃)の加熱温度で10.8(ks)加熱した後に直径65(mm)の棒鋼に鍛伸し、空冷した。圧延を想定して、925(℃)の加熱温度で3.6(ks)加熱した後に空冷する焼ならし処理を実施した。この焼ならし材の中周部より図1に示すキー溝付き試験片を切り出した。この試験片を850(℃)で2(hr)保定後、油面に対して垂直な状態で100(℃)の油で焼入れを行った。試験片中部の振れをダイヤルゲージにて測定した。振れ量が0.82(mm)超の場合には比較例、振れ量が0.82(mm)以下の場合には発明例と評価した。なお、表1では発明例を発明鋼、比較例を従来鋼と表記した。また、各試料に不可避不純物として含まれる元素は、「-」と表記した。
【0029】
(第2実施例)
表1の各試料の化学成分からなる素材を真空溶解炉にて溶製し、100(kg)の鋼塊を作製した。溶製した鋼塊を1250(℃)の加熱温度で10.8(ks)加熱した後に直径65(mm)の棒鋼に鍛伸し、空冷した。圧延を想定して、925(℃)の加熱温度で3.6(ks)加熱した後に空冷する焼ならし処理を実施した。この焼ならし材の中周部より図2に示す引張試験片を切り出した。試験片中央部を900℃に加熱しオーステナイト化した後、1(mm/s)の引張速度で引張試験を行った。この応力-ひずみ曲線より降伏応力(γ降伏応力)を求めた。γ降伏応力が134(MPa)未満の場合には比較例、γ降伏応力が134(MPa)以上の場合には発明例と評価した。なお、本発明の必須元素とともに、必須元素以外の元素を含有する鋼部材であっても「振れ量が0.82(mm)以下、かつ、γ降伏応力が134(MPa)以上」の条件を満足する鋼部材であれば、本発明の範囲に含まれる。
【0030】
発明鋼1及び従来鋼10を比較して、Siの含有量を高めることによって、γ降伏応力の向上及び振れ量の低下を実現できることがわかった。発明鋼1及び従来鋼11を比較して、Crの含有量を高めることによって、γ降伏応力の向上及び振れ量の低下を実現できることがわかった。発明鋼1及び発明鋼16を比較して、Niを適切に添加することによって、γ降伏応力の向上及び振れ量の低下を実現できることがわかった。発明鋼1及び発明鋼21を比較して、Moを適切に添加することによって、γ降伏応力の向上及び振れ量の低下を実現できることがわかった。


図1
図2