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特開2022-149384被覆導線、端子付き電線およびワイヤハーネス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022149384
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】被覆導線、端子付き電線およびワイヤハーネス
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/02 20060101AFI20220929BHJP
   H01R 4/18 20060101ALI20220929BHJP
   H01B 7/00 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
H01B7/02 Z
H01R4/18 A
H01B7/00 306
H01B7/00 301
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021051512
(22)【出願日】2021-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】391045897
【氏名又は名称】古河AS株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096091
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 誠一
(72)【発明者】
【氏名】李 江
(72)【発明者】
【氏名】河中 裕文
(72)【発明者】
【氏名】高橋 宏和
(72)【発明者】
【氏名】浅ヶ谷 菖一
(72)【発明者】
【氏名】水戸瀬 賢悟
(72)【発明者】
【氏名】外池 翔
(72)【発明者】
【氏名】村上 弘国
(72)【発明者】
【氏名】樋口 貴之
(72)【発明者】
【氏名】駿河 康晴
【テーマコード(参考)】
5E085
5G309
【Fターム(参考)】
5E085BB02
5E085BB12
5E085CC03
5E085DD13
5E085FF01
5E085JJ06
5G309AA11
5G309FA05
5G309RA10
(57)【要約】
【課題】 被覆導線を曲げた際にも被覆部の破断を抑制することが可能な被覆導線等を提供する。
【解決手段】 被覆導線23は、導線25が絶縁性の被覆部27によって被覆されて構成される。端子1は、端子本体3と圧着部5とからなる。圧着部5は、被覆導線と圧着される部位であり、被覆導線の先端側に被覆部から露出する導線部を圧着する導線圧着部7と、被覆導線の被覆部の一部を圧着する被覆圧着部9とからなる。被覆部27の応力歪曲線において、降伏応力から破断応力までの間に歪の増加に伴う応力低下部が形成されない。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導線が樹脂製の被覆部で被覆された被覆導線であって、
前記被覆部の応力歪曲線において、降伏応力から破断応力までの間に歪の増加に伴う応力低下部が形成されないことを特徴とする被覆導線。
【請求項2】
前記被覆部の降伏応力が30MPa以上であることを特徴とする請求項1記載の被覆導線。
【請求項3】
前記被覆部のヤング率が3.5MPa以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の被覆導線。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれかに記載の被覆導線と端子とが接続される端子付き電線であって、
前記端子は、端子本体と圧着部とを有し、
前記圧着部は、前記導線が圧着される導線圧着部と、前記被覆部が圧着される被覆圧着部と、を具備し、
前記圧着部における前記被覆部の最小厚みが、前記圧着部以外の部位における前記被覆部の厚みの50%以下であることを特徴とする端子付き電線。
【請求項5】
前記圧着部以外の部位において、前記導線のサイズは3sq以下であり、前記被覆部の厚みが0.3mm以下であることを特徴等する請求項4記載の端子付き電線。
【請求項6】
前記被覆圧着部における前記被覆部の圧縮率が50%以下であることを特徴とする請求項4または請求項5に記載の端子付き電線。
【請求項7】
前記圧着部は、平板状の素材の端部が突合わさるように丸められて、突合せ部が溶接されて略管状に形成され、前記被覆導線が挿入される部位を除き、他の部位が封止されていることを特徴とする請求項4から請求項6のいずれかに記載の端子付き電線。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれかに記載の端子付き電線を含む、複数の端子付き電線が一体化されたことを特徴とするワイヤハーネス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は例えば自動車等に用いられる被覆導線、端子付き電線およびワイヤハーネスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車、OA機器、家電製品等の分野では、電力線や信号線として、電気導電性に優れた銅系材料からなる電線が使用されている。特に、自動車分野においては、車両の高性能化、高機能化が急速に進められており、車載される各種電気機器や制御機器が増加している。したがって、これに伴い、使用される端子付き電線も増加する傾向にある。
【0003】
一般的に、このような端子付き電線は、絶縁性の確保や内部の導体の保護のために、導体が絶縁性の樹脂で被覆された被覆導線と端子とが接続される。被覆導線は、曲げた際などに被覆部が損傷しない程度の耐久性が必要である。
【0004】
このような被覆導線と端子とが接続された端子付き電線としては、例えば、長手方向に沿った一方の端部が封止されているとともに、長手方向に沿った溶接部を有する断面中空筒形状に形成された圧着部を有する圧着端子と被覆導線とが圧着された端子付き電線が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-107149号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のような端子付き電線では、導体と共に被覆部が圧着される。この際、被覆部が外周から圧縮されるため、端子との圧着部においては、被覆部が圧縮によって部分的に伸びた状態となる。このような状態で、端子に対して被覆導線を曲げると、被覆部には圧縮による伸びと曲げによる伸びとが重畳し、被覆部が破断するおそれがある。
【0007】
特に、特許文献1に記載されているように、筒状の圧着部の内面の一部に溶接に伴う凸形状が形成されるような場合には、周方向の一部に局所的に圧縮量の大きな部位が生じる。このため、当該部位では、周囲と比較してより厳しい条件となり、被覆部の損傷が生じやすい。この現象は以下のように説明される。
【0008】
図10は、可塑剤等が添加された一般的な塩化ビニル樹脂の応力歪曲線を示す図である。一般的な樹脂は、弾性域においては、応力の増加に伴い歪が略直線状に増加する。この際の傾きがヤング率となる。応力が降伏応力(図中X)まで達すると、塑性変形が開始し、より小さな応力で歪が増加する。すなわち、応力が減少する領域(図中Zであって、以下、応力低下部とする)が生じる。さらに歪が増加すると応力が増加して破断する。この際の応力が破断応力Yである。詳細は後述するが、このように、通常、降伏応力Xと破断応力Yとの間に、応力が一度低下する応力低下部が形成される。
【0009】
このように、歪(伸び)が増加した際に応力が減少するような応力低下部が存在すると、降伏応力を超えた際に、小さな応力でさらに伸びが増加することとなる。例えば、前述したような溶接に伴う凸部が存在すると、当該部位において、周囲と比較して相対的に圧縮に伴う伸びが大きくなる。このため、この状態で端子に対して被覆導線を曲げると、当該部位は、より小さな応力で伸びが進行しやすいため、周囲と比較してさらに局所的な伸びが増加し、破断が生じやすくなる。
【0010】
なお、このような現象は、前述したような、端子内面における溶接に伴う凸部等の存在の下で顕著に現れるが、溶接がない場合でも、部分的な圧縮バラツキ等によっても生じうる。このように被覆部が破断すると、絶縁性や止水性を確保することができなくなる。
【0011】
これに対し、被覆部の圧縮率を大きくし(圧縮量を小さくする)、被覆部の圧縮により伸び量を低減させると、被覆部と被覆圧着部との密着力が低下し、被覆部の抜け力の低下や、圧着部の止水性が低下することとなる。このため、所定以下の圧縮率で圧着しても、被覆部の破断が生じにくい被覆導線が求められる。
【0012】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、被覆導線を曲げた際にも被覆部の破断を抑制することが可能な被覆導線等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前述した目的を達するために第1の発明は、導線が樹脂製の被覆部で被覆された被覆導線であって、前記被覆部の応力歪曲線において、降伏応力から破断応力までの間に歪の増加に伴う応力低下部が形成されないことを特徴とする被覆導線である。
【0014】
前記被覆部の降伏応力が30MPa以上であることが望ましい。
【0015】
前記被覆部のヤング率が3.5MPa以上であることが望ましい。
【0016】
第1の発明によれば、被覆部を構成する樹脂の応力歪曲線において、降伏応力と破断応力との間に明確な応力低下部が形成されないため、被覆導線を端子に対して曲げた際に、前述したような局所的な伸びが生じにくく、これによる被覆部の破断を抑制することができる。
【0017】
また、降伏応力が30MPa以上であれば、圧縮時等に過剰に被覆部が伸びることを抑制することができる。
【0018】
また、被覆部のヤング率が3.5MPa以上であれば、十分な耐摩耗性を確保することができる。
【0019】
第2の発明は、第1の発明にかかる被覆導線と端子とが接続される端子付き電線であって、前記端子は、端子本体と圧着部とを有し、前記圧着部は、前記導線が圧着される導線圧着部と、前記被覆部が圧着される被覆圧着部と、を具備し、前記圧着部における前記被覆部の最小厚みが、前記圧着部以外の部位における前記被覆部の厚みの50%以下であることを特徴とする端子付き電線である。
【0020】
前記圧着部以外の部位において、前記導線のサイズは3sq以下であり、前記被覆部の厚みが0.3mm以下であることが望ましい。
【0021】
前記被覆圧着部における前記被覆部の圧縮率が50%以下であることが望ましい。
【0022】
前記圧着部は、平板状の素材の端部が突合わさるように丸められて、突合せ部が溶接されて略管状に形成され、前記被覆導線が挿入される部位を除き、他の部位が封止されていてもよい。
【0023】
第2の発明によれば、最も圧縮量の大きな部位で、圧縮率が50%以下となるため、十分な圧着を行うことができる。さらに、被覆圧着部における被覆部の圧縮率が50%以下であれば、より確実に圧着を行うことができる。この場合でも、前述したように、被覆導線を端子に対して曲げた際における被覆部の破断を抑制することができる。
【0024】
また、被覆導線のサイズは3sq以下であり、被覆部の厚みが0.3mm以下である場合に、特に有効である。
【0025】
また、圧着部が、一端が封止された筒状であれば、被覆圧着部によって止水性を確保することができる。また、溶接部が形成されるため、これに伴う凸部が圧着部内面に生成される可能性があるが、このような場合でも、前述したように、被覆導線を端子に対して曲げた際における被覆部の破断を抑制することができる。
【0026】
第3の発明は、第2の発明にかかる端子付き電線が複数本束ねられたことを特徴とするワイヤハーネスである。
【0027】
本発明では、複数本の端子付き電線を束ねて用いることもできる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、被覆導線を曲げた際にも被覆部の破断を抑制することが可能な被覆導線等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】端子付き電線10を示す斜視図。
図2】端子付き電線10を示す断面図。
図3】(a)は図2のC-C線断面図、(b)は(a)のD部拡大図。
図4】被覆部の樹脂の応力ひずむ曲線を示す図。
図5】圧着前の端子1と被覆導線23を示す図。
図6】金型31a、31bの間に、圧着部5を配置した状態を示す断面図であり、(a)は圧着前を示す図、(b)は圧着した状態を示す図。
図7】実施例に使用された各被覆部の応力歪曲線を示す図。
図8】(a)、(b)は、被覆導線の曲げ試験方法を示す図。
図9】端子付き電線10の試験方法を示す図。
図10】従来の被覆部の樹脂の応力ひずむ曲線を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態について説明する。図1は、端子付き電線10を示す斜視図であり、図2は断面図である。端子付き電線10は、端子1と被覆導線23が接続されて構成される。
【0031】
被覆導線23は、導線25が絶縁樹脂製の被覆部27によって被覆されて構成される。導線25は、例えば銅、銅合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金製である。被覆導線23を端子1の圧着部5に挿入する際には、被覆導線23の先端の一部の被覆部27が剥離され、導線25を露出させておく。なお、被覆部27の詳細は後述する。
【0032】
端子1は、例えば銅、銅合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金製であり、端子本体3と圧着部5とからなる。端子本体3は、所定の形状の板状素材を、断面が矩形の筒体に形成したものである。端子本体3は、内部に、板状素材を矩形の筒体内に折り込んで形成される弾性接触片15を有する。端子本体3は、前端部から雄型端子などが挿入されて接続される。なお、以下の説明では、端子本体3が、雄型端子等の挿入タブ(図示省略)の挿入を許容する雌型端子である例を示すが、本発明において、この端子本体3の細部の形状は特に限定されない。例えば、雌型の端子本体3に代えて例えば雄型端子の挿入タブを設けてもよい。
【0033】
圧着部5は、被覆導線と圧着される部位であり、被覆導線の先端側に被覆部から露出する導線部を圧着する導線圧着部7と、被覆導線の被覆部の一部を圧着する被覆圧着部9とからなる。導線圧着部7と被覆圧着部9とは、一体で形成される。
【0034】
なお、導線圧着部7の内面の一部には、周方向にセレーション(図示省略)が設けられてもよい。このようにセレーションを形成することで、導線を圧着した際に、導線の表面の酸化膜を破壊しやすく、また、導線との接触面積を増加させることができる。
【0035】
圧着部5は、断面が円形の筒体となるように平板状素材の端部同士が突き合わさるように丸められ、突合せ部を溶接等で接合して一体化することにより接合部21が形成される。筒状に形成された圧着部5の後端部(端子本体3とは逆側)から、被覆導線23が挿入される。また、圧着部5の前端部(端子本体3側)には封止部11が設けられる。すなわち、圧着部5は、一方が閉じた略筒状で、被覆導線が挿入される後端部を除き、他の部位は封止される。なお、接合部21および封止部11は、例えばレーザ溶接等によって溶接される。
【0036】
図3(a)は、図2のC-C線断面図であり、図3(b)は、図3(a)のD部拡大図である。前述したように、筒状の被覆圧着部9には、軸方向に沿って接合部21が形成される。接合部21は、レーザ溶接等によって接合されるため、図3(b)に示すように、内面側に突出する凸部22が形成される場合がある。この場合には、凸部22の部位の被覆部27が、周囲の被覆部27と比較して強く圧縮される。
【0037】
次に、本実施形態における被覆部27について詳細に説明する。一般的な被覆導線の被覆部には塩化ビニル樹脂が使用されるため、以下、塩化ビニル樹脂を採用した場合について説明するが、他の樹脂も同様に適用可能である。
【0038】
塩化ビニル樹脂は本来硬質の樹脂であるが、塩化ビニル樹脂を柔軟にするため、可塑剤が添加剤として広く使われている。塩化ビニル樹脂が常温で硬いのは、塩化ビニルポリマーの分子間力により、分子同士が強く引き合って分子間の距離が短くなっているためである。そこで、可塑剤を加えると可塑剤分子が塩化ビニルポリマーの分子間に割り込み、ポリマー分子同士の相互作用が妨げられ、その結果、常温になっても分子間の距離は広がったままとなり、軟質状態を保持することができる。このように塩ビ樹脂を軟らかくするのが可塑剤の働きで、可塑剤が多く添加されるほど柔らかくなり、この柔らかくなる現象は可塑化と呼ばれている。
【0039】
一方、近年、自動車用電線の細径化が要求されており、被覆部の厚みを薄くして外径を小さくした被覆導線が使用される場合がある。しかし、被覆部として、上記のように可塑剤が多く軟質の塩化ビニルポリマーとした場合には、耐摩耗性が低下するばかりか、近年要求度の高い耐熱性が劣る結果となる。このため、可塑剤量を減少させたり、耐熱性の高い可塑剤(可塑化効果は低下する)へ変更する必要がある。しかし。このようにすると、上記の分子間相互作用が低下するため、被覆材はより硬質になり、耐摩耗性や耐熱性は向上するものの、低温において割れやすくなるなど脆化の問題点がある。
【0040】
これに対し、耐衝撃性向上が必要な用途において、塩化ビニル樹脂にABS、MBS、アクリルゴム、塩素化ポリエチレン、EVA等のゴム特性を有する耐衝撃性改良樹脂(強化剤)を混合する場合がある。例えば、塩化ビニル樹脂100質量部に対し、5~20質量部の強化剤を混合することで塩化ビニル製品に実用上十分な衝撃強度を付与することができる。この強化剤は塩化ビニル樹脂中に微粒子として分散されており、製品に衝撃が加わるとこの微粒子があることで衝撃エネルギーを吸収し、製品の破損を防止するものである。
【0041】
本発明は、発明者らの鋭意研究の結果、以上のような瞬間的な耐衝撃性とは異なるものの、端子付き電線として使用される環境下において、特に低温において曲げ応力が因加された際にも、被覆切れ防止効果がある材質の組み合わせを見出したものである。
【0042】
以下、応力歪曲線を用いて説明する。図10で示したように、一般的なポリ塩化ビニルに引張応力を付与すると、緩んでいた分子鎖が延ばされ、延ばされる過程で応力が立ち上がる。分子鎖が延ばされきり、限界に達した際(降伏応力)には、分子間に存在する可塑剤の影響で、分子間に生じる滑りの影響が大きくなり、降伏応力Xを過ぎてから、一旦応力は低下する(図中Z)。この時の応力の低下の程度は、使用する可塑剤の種類、添加量、ポリ塩化ビニルの分子量により決定される。すなわち、可塑化力の大きい可塑剤や、添加量が多い場合には、この応力の低下度合いは大きくなり、塩化ビニルの分子量が小さい場合にも分子間力が低下するから、応力の下り方は大きくなる。
【0043】
しかし、本実施形態のような筒状の被覆圧着部9においては、抜け止め力や止水性を確保するために、被覆圧着部9と被覆部27の所定以上の押圧力が必要である。このように、所定以上の被覆部27に対する押圧力を確保するためには、ある程度の圧縮量が必要となる。しかし、前述したような応力低下部があると、応力低下部がない場合と比較して、同じ圧縮力であっても歪(伸び)がより大きくなる。また、応力低下部が存在することで、降伏応力と破断応力との差が小さくなる。このため、曲げ力が付与された際に、被覆部27の破断のおそれがある。特に、被覆圧着部9の内面に凸部22が形成されるような場合、局所的な圧縮により、周囲と比較して当該部位の破断の可能性が高くなる。
【0044】
これに対し、本発明では、被覆部27に使用される樹脂として、図4に示すような応力歪曲線(特性)を有するものを適用する。なお、応力歪曲線を行うための引張試験は、例えば0℃で、25mm/minの引張速度で行われる。
【0045】
この樹脂は、前述したように、降伏応力Aまでは弾性変形であるが、降伏応力Aを超えても、前述した一般的な樹脂の応力歪曲線で見られたような応力低下部が存在しない。すなわち、降伏応力Aから破断応力Bまでの間において、歪の増加に伴い応力が増加する。
【0046】
本樹脂では、降伏応力Aを超えてさらに延伸された場合、マトリックスであるポリ塩化ビニルは分子同士の絡み合い点が引っ張られることにより応力は大きくなるが、塩化ビニル樹脂に分散している耐衝撃改良剤のゴム分子に引張応力が伝達され、さらにこのゴム粒子が延ばされ際に、応力歪曲線でいうところの一層の応力の立ち上がり、いわゆる歪み硬化性を増強する。この結果、応力低下部が減少し、降伏応力と破断応力(引張強度)との応力差も大きくすることができる。
【0047】
例えば、端子付き電線10が曲げられた場合には、被覆部27の強圧縮部や傷近傍がまず延ばされるが、歪み硬化が発現すると応力が向上し、より延ばされにくくなるよう抵抗となる。従って、より伸びやすい強圧縮部等の周辺の被覆部27へと応力が分散され、結果として破断しにくくなる。このように、歪硬化性を最適に設定することで、被覆部27の破断を抑制することができる。
【0048】
なお、本実施形態の被覆部27に使用される可塑剤としては、例えば、フタル酸系、アジピン酸系、リン酸系、脂肪酸系、トリメリット酸系、エポキシ系、ポリエステル系など数多くの種類があり、20~30種類の可塑剤が一般的に使用されているが、耐熱性の観点から、トリメリット酸系、エポキシ系、ポリエステル系の使用が好ましい。特に、上記引張試験における応力歪曲線における歪み硬化性を発現するには、より好ましくは、トリメリット酸系、ポリエステル系である。
【0049】
例えば、トリノルマルオクチルトリメリテート(花王株式会社製品 トリメックスN-08)、トリメリット酸2-エチルへキシルエステル(花王株式会社 トリメックスT-08LP)、トリメリット酸混合直鎖アルキルエステル(株式会社ADEKA製品 アデカイザーC-880)、トリメリット酸イソノニルエステル(株式会社ADEKA製品C-9N)、ジペンタエリスリトールエステル(株式会社ADEKA製品UL-6)、ピロメリット酸2-エチルヘキシルエステル(株式会社ADEKA製品UL-80)、ピロメリット酸混合直鎖アルキルエステル(株式会社ADEKA製品UL-100)などが挙げられる。
【0050】
上記好ましい可塑剤は単独でも組み合わせて使用してもよく、また、耐熱性や耐摩耗性の低下が少ない範囲であれば、従来からのフタル酸系、アジピン酸系、リン酸系、脂肪酸系、などのその他の可塑剤と組み合わせて使用しても良い。
【0051】
耐衝撃改良剤としては、上記好ましい可塑剤との組み合わせで、応力歪曲線における歪み硬化性の発現に効果のあるものとして、粒子状のゴムの外部にグラフト層を持ったコアシェルタイプの耐衝撃改良剤が好ましく、ブタジエン系ゴム、アクリル系ゴムシリコーン・アクリル複合ゴムをコアに持つものが好ましい。
【0052】
ブタジエン系ゴム(MBS)としては、例えば三菱ケミカル株式会社製品 メタブレンC-223A、C-215A、株式会社カネカ製品 カネエースB-11A、B-22などが挙げられる。アクリルゴム系では、三菱ケミカル株式会社製品 メタブレンW-300A、W-450A、株式会社カネカ製品カネエースFM-21、FM-40、PA-20、PA-40などが挙げられる。シリコーン・アクリル複合ゴムでは、三菱ケミカル株式会社製品 S-2001、S-2006、S-2501、S-2030等が挙げられる。
【0053】
上記耐衝撃改良剤は、塩化ビニルポリマーへ混合された際に、粒子状に分散される。この粒子状に分散された耐衝撃改良剤をゴム粒子と呼ぶ。分散されたゴム粒子の粒子径は10μm以下が好ましくさらに好ましくは、0.8~1.0μmである。上記好ましい耐衝撃改良剤は、単独で使用しても、組み合わせて使用しても良く、歪み硬化性の発現を低下させない範囲であれば、その他の塩素化ポリエチレン、EVA等のゴム特性を持つ耐衝撃改良剤を併用しても良い。
【0054】
前述したように、応力歪曲線において、歪み硬化性が発現するためには、上記ゴム粒子に応力が伝わることが必要である。引張による樹脂マトリックス中での歪み発生は、衝撃による歪みよりも相当に遅いために、樹脂マトリックス中の最も弾性率の低い部分が集中的に伸ばされる。その際に、上記好ましい可塑剤を使用し、かつその添加量が好適に制限されるならば、樹脂マトリックスの弾性率よりも、ゴム粒子の弾性率が小さくなるために、引張応力はゴム粒子に集中することとなる。
【0055】
応力伝達されたゴム粒子は、赤道上にその最大応力がかかり引き延ばされるが、その際に、ゴム粒子近傍のマトリックス樹脂中には、応力方向と垂直な方向にクレーズと呼ばれる微細なクラックが発生する。このクラックは、通常のクラックと異なり、内部に多数のミクロボイドを含んでいて体積膨張することで、かかる応力を吸収すると同時に、ゴム粒子の存在による抵抗とあいまって、歪み硬化性を発現する。
【0056】
上記耐衝撃改良剤の添加量としては、例えば、塩化ビニル樹脂100質量部に対し5~20質量部であり、より好ましくは5~15質量部である。5質量部以下では、歪み硬化性発現効果が小さく、被覆切れ改善が十分でなく、20質量部を超えると耐熱性が低下する。好適な可塑剤添加量は、塩化ビニル樹脂100質量部に対し15~35質量部である。添加量が15質量部以下では、柔軟性や耐寒性が低下し、35質量部を超えると、耐摩耗性や歪み硬化発現性が低下する。
【0057】
以上、本願は適切な可塑剤種類と耐衝撃改良剤の組み合わせ、またそれらの配合量を適切に設定することで、図4に示すような応力歪極線を有する樹脂を得ることができる。このため、柔軟性、耐寒性、耐摩耗性、歪み硬化発現性に優れ、特に低温での曲げ引張応力に対して、端子圧着部に傷があっても、被覆切れが生じにくい端子付き被覆導線を得ることができる。
【0058】
なお、図4に示す被覆部27の応力歪曲線において、降伏応力Aから破断応力Bまでの間に歪の増加に伴う応力低下部が形成されないというのは、歪の増加に伴って、いずれの部位でも応力の低下量が0である場合には限られない。図10に示すように、降伏応力がピーク状にならなければ、本発明の効果を得ることができる。すなわち、応力低下部とは、応力歪曲線における降伏応力がピーク状となるような応力の低下部を意味し、応力低下部がないとは、バラツキ等を考慮して、降伏応力Aから破断応力Bまでの間に、降伏応力Aに対して1%以上低い応力となる部位がないこととする。
【0059】
また、被覆部27の破断を抑制するためには、被覆部27の降伏応力Aは30MPa以上であることが望ましい。また、降伏応力Aが高くなりすぎると、硬くなりすぎて伸びにくくなるため、降伏応力Aは40MPa以下であることが好ましい。また、被覆部27の耐摩耗性を考慮すると、被覆部27のヤング率は3.5MPa以上であることが望ましい。
【0060】
また、特に被覆導線23が細径であり、被覆部27の厚みが薄い場合に本実施形態は特に有効である。このため、被覆導線23の導線サイズは3sq(sq:mmの意味)以下であり、被覆部27の厚みは0.3mm以下である場合に特に有効である。なお、被覆部27の最小厚みとしては、例えば0.15mm以上であることが望ましい。
【0061】
次に、端子付き電線10の製造方法について説明する。図5は、圧着前の端子1と被覆導線23を示す斜視図である。前述したように、端子1は、端子本体3と圧着部5とを有する。まず、被覆導線23の先端部の被覆部27を剥離して、先端部の導線25を露出する。
【0062】
次に、このように先端部を処理した被覆導線23を、端子1の管状の圧着部5の後端部側から挿入する。被覆導線23の先端部を圧着部5へ挿入すると、導線圧着部7の内部には導線25の露出部が位置し、被覆圧着部9の内部には被覆部27が位置する。なお、導線圧着部7の内径は、被覆圧着部9の内径よりも小さい。
【0063】
図6(a)は、端子付き電線10を製造するための圧着前における金型31a、金型31b等を示す断面図、図6(b)は、圧着中の圧着部5を示す断面図である。金型31a、金型31bは、長手方向に延びる略半円柱状の空洞を有する。また、金型31aは、被覆圧着部9に対応するとともに被覆圧着部9の半径よりも僅かに小さい径の大径部34と、導線圧着部7に対応するとともに大径部34よりも径の小さい小径部32とを備える。すなわち、大径部34、小径部32は、導線圧着部7と被覆圧着部9に対応するいずれの部位も、端子1を圧着した際に、略円形断面となるように形成される。
【0064】
図6(b)に示すように、金型31aと金型31bを噛み合わせて、圧着部5を圧縮すると、導線圧着部7が導線25に圧着され、被覆圧着部9は、被覆部27に圧着される。以上により、端子付き電線10を得ることができる。さらに、得られた端子付き電線10を含む、複数の端子付き電線が一体化されたワイヤハーネスを得ることができる。
【0065】
ここで、圧着部5における被覆部27の最小厚みが、圧着部5以外の部位における被覆部27の厚み(すなわち、圧着前の被覆導線23の被覆部27の厚み)の50%以下であることが望ましい。例えば、前述した凸部22の部位においては、圧着後の被覆部27の厚みが圧着前の50%以下となることが望ましい。
【0066】
また、圧着前の被覆部27の断面積をA0とし、金型31a、31bによって圧着された後の被覆圧着部9における被覆部27の断面積をA1とすると、圧縮率=A1/A0は、50%以下とすることが望ましい。このように、本実施形態では、圧縮率が小さい(すなわち、強圧縮)場合に、特に有効である。
【0067】
以上、本実施の形態によれば、被覆部27の樹脂が、応力歪曲線において降伏応力から破断応力までの間に歪の増加に伴う応力低下部が形成されない樹脂で構成されるため、圧着した際に被覆部27に歪み硬化が発現し、より延ばされにくくなるよう抵抗となる。従って、より伸びやすい強圧縮部等の周辺の被覆部27へと応力が分散され、被覆部27の破断を抑制することができる。
【0068】
このため、被覆圧着部9の圧縮率が50%以下となるような場合でも被覆部27の破断を抑制することができる。また、強圧縮が可能であるため、高い抜け止め力と止水性を確保することができる。
【0069】
また、接合部21を有する圧着部5によって圧着した場合であっても、内面の凸部22による強圧縮部の破断を抑制することができる。また、導線の径が小さく、被覆部27の厚みが薄い場合や、圧縮率が小さい場合には、特に効果的である。
【0070】
また、被覆部27の降伏応力が30MPa以上であれば、十分な樹脂の強度を確保することができる。また、被覆部27のヤング率が3.5MPa以上であれば、耐摩耗性にも優れる。
【実施例0071】
被覆部の樹脂の材質を変更した被覆導線を用いて端子付き電線を試作し、それぞれ、曲げ試験、耐摩耗試験、止水性試験を行い評価した。図7は、試験に供した樹脂の応力歪曲線である。なお、図中Eが実施例1、図中Fが実施例2、図中Gが実施例3、図中Hが比較例である。なお、図示した応力歪曲線は、0℃で25mm/分の速度で引張試験を行った結果である。それぞれの樹脂の成分と特性を表1に示す。
【0072】
【表1】
【0073】
それぞれの樹脂を用いて、線径1.5sq~2.5sqの電線に対して、0.15~0.3mmの厚みで被覆部を形成して被覆導線を作成した。得られた被覆導線を端子に圧着して、端子付き電線を作成した。なお、被覆圧着部における被覆圧縮率としては48%とした。
【0074】
まず、曲げ試験を評価した。図8は、端子付き電線を用いた曲げ試験方法を示す図である。図8(a)に示すように、端子付き電線10の幅方向(図中I方向)にそれぞれ90°の方向に張力をかけて曲げる。また、図8(b)に示すように、端子付き電線10の高さ方向(図中J方向)にそれぞれ90°の方向に張力をかけて曲げる。なお、温度は0℃とした。それぞれの方向に曲げた際に、被覆部27の破断の有無を目視で確認した。結果を表2に示す。
【0075】
【表2】
【0076】
結果より、応力低下部のない樹脂を用いた実施例1~3は、いずれのサイズの被覆導線であっても、被覆部の破断は見られなかった。一方、従来の被覆部の被覆導線では、細径(1.5sq)の電線であって、被覆部の厚みが厚い(0.25mm以上)場合を除き、全て被覆部が破断した。
【0077】
次に、さらに耐摩耗試験を行った。耐摩耗試験は、ISO6722に準拠するブレード往復法で、ブレードに7Nの荷重をかけて、被覆導線の上を往復運動させた。ブレードは直径0.45mmの金属ワイヤである。ブレードが往復スクレープし、内部の導体が露出するまでの回数をカウントし、往復回数が750回以上を合格とした。結果を表3に示す。
【0078】
【表3】
【0079】
結果より、ヤング率が3.5MPa以上の実施例1、2は、合格となった。すなわち、耐曲げ試験のみであれば実施例1~3が合格であるが、さらに耐摩耗性も考慮すると、実施例1、2が合格となる。
【0080】
次に、実施例1と比較例1を用いて、圧縮率を変えて止水性を評価した。図9は、止水性試験方法を示す図である。止水性評価は、3%塩水を入れた水槽41中に被覆導線23を圧着した端子1を100~300mmの深さに入れ、被覆導線23の端部を容器45内に挿入し、容器45内をポンプ47によって-30kPaの負圧にして1分間保持した。試験中に端子の反対側から塩水が出た場合や、試験後に被覆部を開き、内部に塩水の浸入が見られたものを不合格として、被覆導線に塩水が浸入していないものを合格とした。結果を表4に示す。
【0081】
【表4】
【0082】
結果より、被覆圧縮率が48%の場合には、止水性試験は合格となった。すなわち、実施例1は、圧縮率を50%以下とすることで、止水試験も曲げ試験も合格となった。
【0083】
以上、添付図を参照しながら、本発明の実施の形態を説明したが、本発明の技術的範囲は、前述した実施の形態に左右されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0084】
1………端子
3………端子本体
5………圧着部
7………導線圧着部
9………被覆圧着部
10………端子付き電線
11………封止部
15………弾性接触片
21………接合部
22………凸部
23………被覆導線
25………導線
27………被覆部
31a、31b………金型
32………小径部
34………大径部
41………水槽
45………容器
47………ポンプ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10