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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022149675
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】エレクトロクロミックデバイス
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/1516 20190101AFI20220929BHJP
   G02F 1/155 20060101ALI20220929BHJP
   C09K 9/02 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
G02F1/1516
G02F1/155
C09K9/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021051935
(22)【出願日】2021-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】513099603
【氏名又は名称】兵庫県公立大学法人
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久保 和也
(72)【発明者】
【氏名】キム ユナ
(72)【発明者】
【氏名】堀 葵
【テーマコード(参考)】
2K101
【Fターム(参考)】
2K101AA22
2K101DA01
2K101DB03
2K101DB04
2K101DB06
2K101DC42
2K101EC22
2K101EJ33
(57)【要約】
【課題】単一の分子からなる薄膜を溶液法で作製可能であり、電気化学的な酸化還元反応によりマルチカラーエレクトロクロズムを示す非対称型金属錯体化合物を導入した、エレクトロクロミックデバイスを提供すること。
【解決手段】本発明のエレクトロクロミックデバイスは、作用電極と、対電極と、電解質層と、化学式1の構造を有するエレクトロクロミック化合物からなるエレクトロクロミック層とを有し;作用電極の基板表面にエレクトロクロミック層が形成されている。化学式1において、R及びRはそれぞれC5~C12のアルキル基であり、MはPt又はAuであり、X及びXはそれぞれC又はNである。
【化1】
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
作用電極と、
対電極と、
電解質層と、
化学式1の構造を有するエレクトロクロミック化合物からなるエレクトロクロミック層とを有し、
前記電解質層と前記エレクトロクロミック層とは、前記作用電極と前記対電極との間に挟持されており、
前記作用電極に接するように前記エレクトロクロミック層が形成され、
前記対電極に接するように前記電解質層が形成されており、
前記作用電極と前記対電極との間に電圧を印加することにより、エレクトロクロミック層の色調を変化させる、
エレクトロクロミックデバイス。
【化1】
(ここで、R及びRは、それぞれC5~C12のアルキル基であり、
Mは、Pt又はAuであり、
及びXは、それぞれC又はNである。)
【請求項2】
セルと、
作用電極と、
対電極と、
参照電極と、
電解質と、
化学式1の構造を有するエレクトロクロミック化合物からなるエレクトロクロミック層と、
を有し、
前記作用電極は、基板の片側表面に前記エレクトロクロミック層が形成されており、
前記対電極と前記参照電極とは、前記セル内において前記作用電極の前記エレクトロクロミック層と対向する位置に位置し、
前記セル内には、前記電解質が充填されており、
前記作用電極と前記対電極との間に電圧を印加することにより、エレクトロクロミック層の色調を変化させる、
エレクトロクロミックデバイス。
【化2】
(ここで、R及びRは、それぞれC5~C12のアルキル基であり、
Mは、Pt又はAuであり、
及びXは、それぞれC又はNである。)
【請求項3】
前記エレクトロクロミック化合物が化学式2又は3のいずれかである、請求項1又は2に記載のエレクトロクロミックデバイス。
【化3】
【化4】
【請求項4】
前記エレクトロクロミック層の厚みが10 nm以上1000 nm以下である、請求項1乃至3のいずれか1項に記載のエレクトロクロミックデバイス。
【請求項5】
前記電解質層の厚みが100 nm以上200μm以下である、請求項1に記載のエレクトロクロミックデバイス。
【請求項6】
前記電解質層がイオン液体、高分子ゲル、光重合性高分子固体又は熱重合性高分子固体である、請求項1乃至5のいずれか1項に記載のエレクトロクロミックデバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含窒素ヘテロ芳香族を有する二座配位子と含硫黄系π電子拡張型配位子が金属イオンに配位した非対称型金属錯体をエレクトロクロミック化合物として使用する、エレクトロクロミックデバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロクロミックとは、電気化学な酸化還元反応により化合物の色又は透過率が可逆的に変化する現象であり、エレクトロクロミック化合物を導入したエレクトロクロミックデバイスは、ディスプレイ及び調光ガラス、特に航空機の遮光ガラスに実用化されている(特許文献1及び特許文献2)。
【0003】
近年、ディスプレイ材料としてエレクトロクロミック材料が注目されている。このようなエレクトロクロミック材料として、金属作体系化合物としてterpyridineと金属イオン化から形成される種々の有機/金属ハイブリッドポリマーが開発され、それを用いたエレクトロクロミックデバイスが報告されている(特許文献3~5)。例えば、特許文献3及び特許文献4では、有機配位子がターピリジン基又はフェナントロリン基であり、これに金属イオンが配位した有機/金属ハイブリッドポリマー及びそれを使用するエレクトロクロミックデバイスが開示されている。
【0004】
また、層状粘土鉱物の層間にポリアニリン、ポリアニリン誘導体、ポリピロール、ポリピロール誘導体、ポリチオフェン、ポリチオフェン誘導体の高分子化合物、及びナノ粒子-導電性ポリマー複合体を有するエレクトロクロミック表示素子(特許文献6、特許文献7、非特許文献1)、金属酸化物又は金属ナノ粒子の薄膜を有するエレクトロクロミック表示素子も開発されている(特許文献8)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許出願公開第2013/0182308号明細書
【特許文献2】欧州特許第1330678号明細書
【特許文献3】特開2018-30912号公報
【特許文献4】特開2007-112957号公報
【特許文献5】特開2012-188517号公報
【特許文献6】特開平10-239714号公報
【特許文献7】特開2019―12845号公報
【特許文献8】特表2019―552264号公報
【特許文献9】特開2018―92153号公報
【特許文献10】国際公開第2018/016385号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】“Electrochromic Materials”, Roger J. Mortimer, Annual Review of Material Research, 2011, 41, 241-268.
【非特許文献2】“Preparation of Pt(II) and Pd(II) complexes coordinated with both a diimine ligand and a sulfur-rich dithiolate ligand and electrical conductivities of their oxidized species and X-ray crystal structure of Pd(N-butyl-pyridine- 2-carbaldimine)(C3S5)”, Kazuya Kubo, Motohiro Nakano, Hatsue Tamura, Gen-etsu Matsubayashi, Inorganica Chimica Acta, 2000, 311, 6-14.
【非特許文献3】“Preparation and oxidation of polarized Au(III) complexes having both the C-deprotonated-2-phenylpyridine (ppy) and a sulfur-rich dithiolate ligand and X-ray crystal structure of [Au(η2-C,N-ppy)(η2-S,S-C8H4S8)]・0.5DMF”, Kazuya Kubo, Motohiro Nakano, Hatsue Tamura, Gen-etsu Matsubayashi, Masami Nakamoto, Journal of Organometallic Chemistry, 2003, 669, 141-148.
【非特許文献4】“Preparation and Oxidation of Pt(II) Complexes Containing Both C-Deprotonated 2-Phenylpyridine (ppy-) and a Sulfur-Rich Dithiolate Ligand and X-ray Crystal Structure of [NBun4][Pt(ppy)(C8H4S8)]”, Suga Yusuke, Nakano Motohiro, Tamura Hatsue, Matsubayashi Gen-etsu, Bulletin of the Chemical Society of Japan, 2004, 77, 1877-1883.
【非特許文献5】“Unique Solvatochromic Behavior of Unsymmetrical Platinum-Dithiolene Complexes Coordinated by 4,4’-Dinonyl-2,2’-Bipyridine”, Hori Aoi, Kim Yuna, Tahara Keishiro, Kadoya Tomofumi, Yamada Jun-ichi, Kubo Kazuya, 2020, accepted, doi.org/10.1002/ejic.202001014.
【非特許文献6】“Highly Efficient, Near-Infrared and Visible Light Modulated Electrochromic Devices Based on Polyoxometalates and W18O49 Nanowires” Hongxi Gu, Chongshen Guo, Shouhao Zhang, Lihua Bi, Tianchan Li, Tiedong Sun and Shaoqin Liu, ACS Nano 2018, 12, 559-567.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のエレクトロクロミックデバイスは、第1の電極と;第1の電極上に位置し、有機/金属ハイブリッドポリマー、ポリアニリン、ポリアニリン誘導体、ポリピロール、ポリピロール誘導体、ポリチオフェン、ポリチオフェン誘導体の高分子化合物、又はナノ粒子-導電性ポリマー複合体のうち少なくともひとつを含有するエレクトロクロミック層と;エレクトロクロミック層上に位置する電解質層;電解質層上に位置する第2の電極とからなる層状構造が基本構造である。このような、エレクトロクロミックデバイスを安定化させるためには、エレクトロクロミック層に有機高分子を積層させた複合体を形成させる必要がある(特許文献3)。有機高分子層には、導電性高分子、ポリピロール、ポリアニリン、ポリチオフェン、ポリ(p-フェニレン) 、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン) -ポリ(スチレンスルホナート) (PEDOT:PSS)、ポリフルオレン、ポリ(p-フェニレンビニレン)、ポリチエニレンビニレン、及び有機/金属ハイブリッドポリマーからなる群から選択される少なくとも1種が必要とされる。
【0008】
また、従来のエレクトロクロミックデバイスでは、導入するエレクトロクロミック層の一電子酸化還元に起因する二色変化又は着色/消色過程が現れる。このため、三色以上を発色するマルチカラーエレクトロクロミックデバイスを構築するためには、上述したエレクトロクロミックデバイスの基本構造を複数積層させたデバイスを構築するは、又は複数のエレクトロクロミック材料を混合したエレクトロクロミック層を構築する必要を生じる(例えば、特許文献9、特許文献10又は非特許文献1)。
【0009】
さらに、従来のエレクトロクロミック化合物をデバイスに実装する際の薄膜形成においては、基板上での重合化及び種々の高分子化合物との複合化等、複雑な作製過程が必要となる。これらのことから、エレクトロクロミックデバイスの産業用途への発展が阻害されているのが実情である。
【0010】
本発明は、単一の分子からなる薄膜を溶液法で作製可能であり、電気化学的な酸化還元反応によりマルチカラーエレクトロクロズムを示す非対称型金属錯体化合物を導入した、エレクトロクロミックデバイスの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、分子性結晶による伝導体を構築するために、非特許文献2~4に示される、含窒素ヘテロ芳香環を有する二座配位子と含硫黄系π電子拡張型配位子が金属イオンに配位した非対称型低分子金属錯体分子を開発した。そして、これら非対称型低分子金属錯体分子がエレクトロクロミック化合物として利用できないかについて鋭意研究を重ねた結果、特定の非対称型低分子金属錯体分子がエレクトロクロミック化合物として好ましい性質を有していることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
具体的に本発明は、
作用電極と、
対電極と、
電解質層と、
化学式1の構造を有するエレクトロクロミック化合物からなるエレクトロクロミック層とを有し、
前記電解質層と前記エレクトロクロミック層とは、前記作用電極と前記対電極との間に挟持されており、
前記作用電極に接するように前記エレクトロクロミック層が形成され、
前記対電極に接するように前記電解質層が形成されており、
前記作用電極と前記対電極との間に電圧を印加することにより、エレクトロクロミック層の色調を変化させる、
エレクトロクロミックデバイス(二電極系エレクトロクロミックデバイス)に関する。
【0013】
本発明はまた、
セルと、
作用電極と、
対電極と、
参照電極と、
電解質と、
化学式1の構造を有するエレクトロクロミック化合物からなるエレクトロクロミック層と、
を有し、
前記作用電極は、基板の片側表面に前記エレクトロクロミック層が形成されており、
前記対電極と前記参照電極とは、前記セル内において前記作用電極の前記エレクトロクロミック層と対向する位置に位置し、
前記セル内には、前記電解質が充填されており、
前記作用電極と前記対電極との間に電圧を印加することにより、エレクトロクロミック層の色調を変化させる、
エレクトロクロミックデバイス(三電極系エレクトロクロミックデバイス)に関する。
【0014】
【化1】
【0015】
化学式1中、R及びRは、それぞれC5~C12のアルキル基であり、
Mは、Pt又はAuであり、
及びXは、それぞれC又はNである。
【0016】
本発明者等は、化学式1で示される非対称型低分子金属錯体分子が、
1)可視光領域又は近赤外領域にて吸収帯を有する;
2)電気化学的な酸化還元に対して安定である;
3)上記吸収帯が、電気化学的な酸化還元によって、可逆的に波長及び透過率を変化させる;
4)導電性を有するか、又は導電性有機高分子等との複合化により伝導性を有することが可能である;
5)厚さ10 nm~1000 nmの薄膜形成が可能である;
という、エレクトロクロミック化合物として好適な性質を有することを、初めて見出した。
【0017】
本発明のエレクトロクロミックデバイスは、特定の非対称型金属錯体をエレクトロクロミック化合物として利用することを技術的特徴としているが、これらエレクトロクロミック化合物は、種々の有機溶媒に可溶であり、スピンコート法又はドロップキャスト法のような溶液法での薄膜形成が可能である。また、本発明で使用されるエレクトロクロミック化合物は、電気化学的な酸化還元反応により可視光領域と相関した近赤外領域の協奏的エレクトロクロミック挙動を示す。さらに、単純な二電極構造に作製される本発明のエレクトロクロミックデバイスは、安定なスイッチング特性、かつ、マルチカラーエレクトロクロミズムを示す。
【0018】
本発明で使用されるエレクトロクロミック化合物は、化学式2又は3のいずれかであることが好ましい。
【0019】
【化2】
【0020】
【化3】
【0021】
二電極系エレクトロクロミックデバイス及び三電極系エレクトロクロミックデバイスにおいては、エレクトロクロミック層の厚みは、10 nm以上1000 nm以下であることが好ましい。
【0022】
二電極系エレクトロクロミックデバイスにおいては、電解質層の厚みは、100 nm以上200μm以下であることが好ましい。
【0023】
電解質層は、イオン液体、高分子ゲル、光重合性高分子固体又は熱重合性高分子固体であることが好ましく、イオン液体であることが最も好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明の二電極系エレクトロクロミックデバイスは、作用電極基板と対電極との間には、エレクトロクロミック層と電解質層の二層が存在するだけでよい。また本発明の三電極系エレクトロクロミックデバイスは、作用電極基板と対電極との間には、エレクトロクロミック層と電解質が存在するだけでよい。そして、エレクトロクロミック化合物となる非対称型金属錯体を電極基板にスピンコートすることのみでエレクトロクロミック層を形成することができる。そのため、従来のエレクトロクロミックデバイスと比較すると大幅に簡略化された構造であり、製造工程を大幅に簡素化し得る。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】ITOガラス基板上に形成されたエレクトロクロミック層(化合物2)の外観写真を示す。
図2】三電極系測定用セル(三電極系エレクトロクロミックデバイス)の概略構成図を示す。
図3】エレクトロクロミック特性測定用装置の概略構成図を示す。
図4】分光光度計内のセルに対する光の透過方向を表す概念図を示す。
図5】化合物2,5,10,11,12の中性状態、一電子酸価状態、及び二電子酸化状態における色調変化を示す。
図6】化合物2について、-0.5~+1.2 V (vs. Ag/AgCl)の範囲で、掃引速度を0.01 V/secで測定した、薄膜の酸化還元電位の測定結果を示す。(a)は3サイクル測定、(b)は8サイクル測定の結果である。
図7】化合物2について、-0.5、+0.2、+1.2 V (vs. Ag/AgCl)の電圧を印加した場合における酸化過程及び還元過程のスペクトル変化を示す。(a)は酸化過程、(b)は還元過程をそれぞれ示す。
図8】化合物5について、-0.2~+1.5 V (vs. Ag/AgCl)の範囲で、掃引速度を0.01 V/secで測定した、薄膜の酸化還元電位の測定結果を示す。(a)は3サイクル測定、(b)は9サイクル測定の結果である。
図9】化合物5について、酸化過程では-0.2、+0.71、+1.2 V (vs. Ag/AgCl)の電圧、還元過程では+1.2 V、+0.44、-0.2、(vs. Ag/AgCl)の電圧をそれぞれ印加した場合におけるスペクトル変化を示す。(a)は酸化過程、(b)は還元過程をそれぞれ示す。
図10】化合物2について、印加電圧を+0.9 V (vs. Ag/AgCl)及び+0.35 V (vs. Ag/AgCl)、電圧印加のパルス幅を10秒として、可視光領域584 nm及び近赤外領域892 nmにおけるスイッチング特性を測定した結果を示す。(a)は酸化過程、(b)は還元過程をそれぞれ示す。
図11】(a)は、化合物5について、印加電圧を+0.6 V (vs. Ag/AgCl)及び-0.5 V (vs. Ag/AgCl)、電圧印加のパルス幅を10秒として、可視光領域660 nmのスイッチング特性を測定した結果を示す。(b)は、化合物5について、印加電圧を+1.2 V (vs. Ag/AgCl)及び+0.6 V (vs. Ag/AgCl)、電圧印加のパルス幅を10秒として、近赤外領域900 nmにおけるスイッチング特性を測定した結果を示す。
図12】二電極系エレクトロクロミックデバイスの概略構成図を示す。
図13】二電極系エレクトロクロミックデバイスについて使用された分光装置の概略構成図を示す。
図14】スタート電位を0 Vとして、化合物2の二電極系デバイスの作用電極と対向電極の間の電位を、+2.0 Vから-1.4 Vの範囲で可逆的に電圧印加したときのエレクトロクロミック挙動の測定結果を示す。
図15】スタート電位を0 Vとして、化合物5の二電極系デバイスの作用電極1と対向電極2の間の電位を、0 Vを基準として+1.8 Vを経て+3.0 Vまで酸化後、電位を反転させ、+1.8 Vを経て-1.4 Vまで還元、その後再度、0 Vまで酸化したときのエレクトロクロミック挙動の測定結果を示す。
図16】(a)は化合物2の584 nm(可視光領域)におけるスイッチング挙動を示す。(b)は化合物2の1020 nm(近赤外領域)におけるスイッチング挙動を示す。
図17】(a)は化合物5の730 nm(可視光領域)におけるスイッチング挙動を示す。(b)は化合物5の940 nm(近赤外領域)におけるスイッチング挙動を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明を実施するための形態について、適宜図面を参照しながら説明する。
【0027】
<エレクトロクロミック化合物>
エレクトロクロミック化合物として、以下の化合物1~13を使用した。
【0028】
(化合物1)
化合物1は、含窒素配位子2,2’-ビピリジン(bpy)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-) (C8H4S8 2-) が白金(II)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、[(bpy)Pt(C8H4S8)]と表記される(非特許文献2)。
【0029】
アルゴン雰囲気下、金属ナトリウム(93 mg, 4.0 mmol)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-) (C8H4S8 2-)の前駆体(C8H4S8(C2H4CN)2) (230 mg, 0.50 mmol) をエタノール (40 mL) に溶解させた。得られた濃赤色溶液を、金属錯体前駆体Pt(bpy)Cl2(190 mg, 0.45 mmol) (bpy = 2,2’-bipyridine) のジメチルスルホキシド (20 cm3) 溶液に加えて反応させ、30分間攪拌した。生成した暗青色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別した。得られた暗青色粉末を、メタノール及びジエチルエーテルで順次洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物1を得た。収率67%。
【0030】
元素分析結果:Calc. for C18H12N2PtS8: C, 30.54; H, 1.71; N, 3.96. Found: C, 30.38; H, 1.89; N, 3.97%. lH-NMR (dimethyl sulfoxide-d6, 50 °C): δ(ppm) 3.37 (s, 4H), 7.74 (t, 2H), 3.3 (t, 4H), 2.84 (t, 4H), 7,74 (t, 2H), 8,35 (t, 2H), 8.62 (d, 2H), 8.87 (d, 2H; 2J (195Pt-lH), 36 Hz).
【0031】
【化4】
【0032】
(化合物2)
化合物2は、含窒素配位子2,2’-ビピリジン(bpy)と含硫黄配位子2-{bis(decylthio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-dithiolate(2-) (C10-C6S8 2-) が白金(II)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、[(bpy)Pt(C10-C6S8)]と表記される(非特許文献2)。
【0033】
アルゴン雰囲気下、金属ナトリウム(130 mg, 5.7 mmol)と含硫黄配位子2-{bis(decylthio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-dithiolate(2-)の前駆体(C10-C6S8(CH2CH2COOC2H5)2(600 mg, 0.76 mmol) をエタノール (50 mL) に溶解させて得られた濃赤色溶液を、金属錯体前駆体Pt(bpy)Cl2(310 mg, 0.73 mmol) (bpy = 2,2’-bipyridine) のジメチルスルホキシド (50 cm3) 溶液に加えて反応させ30分間攪拌した。生成した濃緑色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別した。得られた濃緑色粉末をクロロホルムに溶解させて、シリカゲルを通して濾過することにより精製した。濾過後に得られた緑色の溶液を濃縮し、メタノールを加えて緑色粉末を沈殿させた。グラスフィルターを用いて吸引ろ過することにより得られた緑色粉末を、メタノール及びジエチルエーテルで順次洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物2を得た。収率 25%。
【0034】
元素分析結果:Calc. for C36H50N2PtS8: C, 44.92; H, 5.23; N, 2.91. Found: C, 44.44; H, 5.17; N, 2.99%. lH-NMR (dimethyl sulfoxide-d6, 50 °C): δ(ppm) 0.84 (t, 6H), 1.36 (m, 28H), 1,57 (t, 4H), 2.84 (t, 4H), 7,74 (t, 2H), 8,36 (t, 2H), 8.62 (d, 2H), 8.87 (d, 2H; 2J (195Pt-lH), 41 Hz).
【0035】
【化5】
【0036】
(化合物3)
化合物3は、含窒素配位子N-butyl-pyridine-carbaldimine (Bu-pya)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-)(C8H4S8 2-) が白金(II)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、[(Bu-pya)Pt(C8H4S8)]と表記される(非特許文献2)。
【0037】
アルゴン雰囲気下、金属ナトリウム(100 mg, 4.3 mmol)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-)の前駆体(C8H4S8(C2H4CN)2) (180 mg, 0.39 mmol) をエタノール (50 mL) に溶解させた。得られた濃赤色溶液を、金属錯体前駆体Pt(Bu-pia)Cl2(160 mg, 0.37 mmol) (Bu-pya = N-butyl-pyridine-carbaldimine) のエタノール (250 cm3) 溶液に加えて反応させ、30分間攪拌した。生成した黒色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別し、固体をメタノール及びジエチルエーテルで順次洗浄した。さらに、得られた黒色粉末をクロロホルムに溶解させて、シリカゲルを通して濾過することにより精製した。濾過後に得られた緑色の溶液を濃縮し、メタノールを加えて暗青色粉末を沈殿させた。グラスフィルターを用いて吸引ろ過することにより得られた暗青色粉末を、メタノール及びジエチルエーテルで順次洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物3を得た。収率 20%。
【0038】
元素分析結果:Calc. for C18H18N2PtS8: C, 30.28; H, 2.54; N, 3.92. Found: C, 30.12; H, 2.55; N, 3.75%. lH-NMR (dimethyl sulfoxide-d6, 50 °C): δ(ppm) 0.93 (t, 3H), 1.35 (m, 2H), 1.87 (t, 2H), 3.34 (s, 4H), 4.10 (t, 2H), 7.73 (t, 1H), 8.10 (d, 1H), 8.26 (t, 1H), 8.87 (d, 1H; 2J (195Pt-lH), 38 Hz), 9.40 (s, 1H; 2J (195Pt-lH), 75 Hz).
【0039】
【化6】
【0040】
(化合物4)
化合物4は、含窒素配位子C-deprotonated-2-phenylpyridine (ppy)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-)(C8H4S8 2-) が金(III)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、[(ppy)Au(C8H4S8)]と表記される(非特許文献3)。
【0041】
アルゴン雰囲気下、金属ナトリウム(26 mg, 1.1 mmol)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-) (C8H4S8 2-)の前駆体(C8H4S8(C2H4CN)2) (230 mg, 0.50 mmol) をエタノール(15 mL) に溶解させた。得られた濃赤色溶液を、金属錯体前駆体Au(ppy)Cl2(120 mg, 0.30 mmol) (ppy = C-deprotonated-2-phenylpyridine) のN,N-ジメチルホルムアミド (10 cm3) 溶液に加えて反応させ、12時間攪拌した。茶褐色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別した。得られた茶褐色粉末を、メタノールで洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物4を得た。収率83%。
【0042】
元素分析結果:Calc. for C19H12AuNS8: C, 32.24; H, 1.71; N, 1.98. Found: C, 32.35; H, 1.86; N, 2.22%. lH-NMR (dimethyl sulfoxide-d6, 50 °C): δ(ppm) 3.39 (s, 4H), 7.40 (t, 1H), 7.47 (t, 1H), 7.52 (d, 1H), 7.68 (t, 1H), 8.06 (d, 1H), 8.35 (t, 1H), 8.44 (d, 1H), 8.75 (d, 1H).
【0043】
【化7】
【0044】
(化合物5)
化合物5は、含窒素配位子C-deprotonated-2-phenylpyridine (ppy)と含硫黄配位子2-{bis(decylthio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-dithiolate(2-) (C10-C6S8 2-) が金(III)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、[(ppy)Au(C10-C6S8)]と表記される(非特許文献3)。
【0045】
アルゴン雰囲気下、金属ナトリウム(27 mg, 1.2 mmol)と含硫黄配位子2-{bis(decylthio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-dithiolate(2-)の前駆体 (C10-C6S8(CH2CH2COOC2H5)2(400 mg, 0.50 mmol) をエタノール (90 mL) に溶解させた。得られた濃赤色溶液を、金属錯体前駆体Au(ppy)Cl2(160 mg, 0.38 mmol) (ppy = C-deprotonated-2-phenylpyridine) のN,N-ジメチルホルムアミド (15 cm3) 溶液に加えて反応させ、17時間攪拌した。生成した赤褐色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別した。得られた赤褐色粉末をクロロホルムに溶解させて、シリカゲルを通して濾過することにより精製した。濾過後に得られた赤褐色溶液を濃縮し、メタノールを加えて赤褐色粉末を沈殿させた。グラスフィルターを用いて吸引ろ過することにより得られた赤褐色粉末を、メタノール及びジエチルエーテルで順次洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物5を得た。収率 74%。
【0046】
元素分析結果:Calc. for C37H50AuNS8: C, 46.18; H, 5.24; N, 1.46. Found: C, 45.80; H, 5.22; N, 1.49%. 1H-NMR (chloroform-d, 25 °C): d (ppm) 0.81 (t, 6H), 1.13 (m, 24H), 1.34 (t, 4H), 1.59 (t, 4H), 2.78 (t, 4H), 7.08 (t, 1H), 7.23 (m, 3H), 7.56 (d, 1H), 7.81 (d, 1H), 7.92 (t, 1H), 8.62 (d, 1H).
【0047】
【化8】
【0048】
(化合物6)
化合物6は、含窒素配位子C-deprotonated-2-phenylpyridine (ppy)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-)(C8H4S8 2-) が白金(II)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、tetraethylammonium [(ppy)Pt(C8H4S8)]と表記される(非特許文献4)。
【0049】
アルゴン雰囲気下、金属ナトリウム(62 mg, 2.7 mmol)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-) (C8H4S8 2-)の前駆体(C8H4S8(C2H4CN)2) (250 mg, 0.52 mmol) をエタノール(90 mL) に溶解させた。得られた濃赤色溶液を、金属錯体前駆体[{Pt(ppy)Cl}2] (200 mg, 0.26 mmol) (ppy = C-deprotonated-2-phenylpyridine)とテトラエチルアンモニウムブロミド (440 mg, 2.1 mmol) のジメチルスルホキシド (10 cm3) 溶液に加えて反応させ、3時間攪拌した。赤紫色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別した。得られた赤紫色粉末を、メタノールで洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物6を得た。収率85%。
【0050】
元素分析結果:Calc. for C27H32N2PtS8: C, 44.33; H, 5.10; N, 2.95. Found: C, 43.85; H, 4.88; N, 3.03%. lH-NMR (dimethyl sulfoxide-d6, 25 °C):δ(ppm) 1.15 (t, 12H), 3.18 (q, 8H), 3.30 (s, 4H), 7.01 (m, 2H), 7.23 (m, 1H), 7.53 (d, 1H; 2J (195Pt-lH), 40 Hz), 7.68 (d, 1H), 7.98 (d, 1H), 8.01 (d, 1H), 8.85 (d, 1H; 2J (195Pt-lH), 33 Hz).
【0051】
【化9】
【0052】
(化合物7)
化合物7は、含窒素配位子C-deprotonated-2-phenylpyridine (ppy)と含硫黄配位子disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-) (C3S5 2-) が白金(II)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、tetraethylammonium [(ppy)Pt(C3S5)]と表記される(非特許文献4)。含硫黄配位子disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-)は、2-thione-1,3-dithiole-4,5-dithiolateとも表記される。
【0053】
アルゴン雰囲気下、金属ナトリウム(62 mg, 2.7 mmol)と含硫黄配位子disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-) (C3S5 2-)の前駆体(C3S5(C2H4CN)2) (160 mg, 0.52 mmol) をエタノール(90 mL) に溶解させた。得られた濃赤色溶液を、金属錯体前駆体[{Pt(ppy)Cl}2] (200 mg, 0.26 mmol) (ppy = C-deprotonated-2-phenylpyridine)とテトラエチルアンモニウムブロミド (440 mg, 2.1 mmol) のジメチルスルホキシド (1.0 cm3) 溶液に加えて反応させ、3時間攪拌した。赤紫色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別した。得られた赤紫色粉末を、メタノールで洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物7を得た。収率 15%。
【0054】
元素分析結果:Calc. for C22H28N2PtS5: C, 39.10; H, 4.18; N, 4.14. Found: C, 38.94; H, 4.22; N, 4.19%. lH-NMR (dimethyl sulfoxide-d6, 25 °C):δ(ppm) 1.15 (t, 12H), 3.18 (q, 8H), 7.01 (m, 2H), 7.23 (m, 1H), 7.53 (d, 1H; 2J (195Pt-lH), 40 Hz), 7.68 (d, 1H), 7.98 (d, 1H), 8.01 (d, 1H), 8.85 (d, 1H; 2J (195Pt-lH), 33 Hz).
【0055】
【化10】
【0056】
(化合物8)
化合物8は、含窒素配位子N-butyl-pyridine-carbaldimine (Bu-pya)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-)(C8H4S8 2-) がパラジウム(II)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、[(Bu-pya)Pd(C8H4S8)]と表記される(非特許文献2)。
【0057】
アルゴン雰囲気下、テトラメチルアンモニウムヒドロキシドの25%メタノール溶液 (25 mL)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-)の前駆体(C8H4S8(C2H4CN)2) (780 mg, 1.7 mmol) をテトラヒドロフラン (50 mL) に溶解させた。生成した淡赤色の固体を濾過することにより濾別した。得られた淡赤色固体をエタノール(50 mL)に溶解させ、金属錯体前駆体Pd(Bu-pia)Cl2 (160 mg, 0.37 mmol) (Bu-pya = N-butyl-pyridine-carbaldimine) のエタノール (100 mL) 溶液に加えて反応させ、30分間攪拌した。生成した暗緑色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別した。得られた暗緑色固体を、Bu-pya (2.0 g, 12 mmol)を溶解したジクロロメタン溶液(500 mL)に加えて超音波をかけながら30分間反応させた。得られた溶液を、シリカゲルを通して濾過してから濃縮し、暗緑色固体を析出させた。グラスフィルターを用いて吸引ろ過することにより得られた暗緑色粉末を、メタノール及びジエチルエーテルで順次洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物8を得た。収率10%。
【0058】
元素分析結果:Calc. for C18H18N2PdS8: C, 34.58; H, 2.90; N, 4.48. Found: C, 34.26; H, 2.89; N, 4.36%. lH-NMR (dimethyl sulfoxide-d6, 50 °C): δ(ppm) 0.93 (t, 3H), 1.32 (m, 2H), 1.80 (t, 2H), 3.37 (s, 4H), 3.73 (t, 2H), 7.79 (t, 1H), 8.07 (d, 1H), 8.27 (t, 1H), 8.42 (d, 1H), 8.82 (s, 1H).
【0059】
【化11】
【0060】
(化合物9)
化合物9は、含窒素配位子N-butyl-pyridine-carbaldimine (Bu-pya)と含硫黄配位子disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-) (C3S5 2-) がパラジウム(II)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、[(Bu-pya)Pd(C3S5)]と表記される(非特許文献2)。また、含硫黄配位子disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-)は、2-thione-1,3-dithiole-4,5-dithiolateとも表記される。
【0061】
Disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-) (C3S5 2-)配位子の前駆体として(NBun 4)2[Zn(C3S5)2](480 mg,0.50 mmol) (NBun 4 = テトラブチルアンモニウムカチオン)を、金属錯体前駆体としてPd(Bu-pia)Cl2(530 mg, 3.3 mmol) (Bu-pya = N-butyl-pyridine-carbaldimine) を溶解したジクロロメタン (50 mL)溶液を2時間室温で攪拌し、反応させた。得られた溶液にメタノール(50 mL)を加えて濃赤色の固体を析出させた。得られた濃赤色固体を濾過し、ジクロロメタン中で再結晶することにより化合物9を得た。収率22%。
【0062】
元素分析結果:Calc. for C13H14N2PdS5: C, 33.58; H, 3.03; N, 6.02. Found: C, 33.33; H, 3.14; N, 5.90%. lH-NMR (dimethyl sulfoxide-d6, 50 °C): δ(ppm) 0.93 (t, 3H), 1.35 (m, 2H), 1.82 (t, 2H), 3.76 (t, 2H), 7.82 (t, 1H), 8.12 (d, 1H), 8.30 (t, 1H), 8.45 (d, 1H), 8.85 (s, 1H).
【0063】
【化12】
【0064】
(化合物10)
化合物は含窒素配位子4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジン (nonyl-bpy)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-) (C8H4S8 2-) が白金(II)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、[(nonyl-bpy)Pt(C8H4S8)]と表記される(非特許文献5)。
【0065】
窒素雰囲気下、ナトリウムメトキシド(150 mg, 2.2 mmol)と含硫黄配位子2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-)の前駆体(C8H4S8(C2H4CN)2) (210 mg, 0.45 mmol) をエタノール (30 mL) に溶解させた。得られた濃赤色溶液を、金属錯体前駆体(nonyl-bpy)PtCl2 (300 mg, 0.45 mmol) (nonyl-bpy = 4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジン) のアセトニトリル(12 cm3) 溶液に加えて反応させ、75分攪拌した。生成した暗緑色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別した。得られた暗緑色粉末をクロロホルムに溶解させて、シリカゲルを通して濾過することにより精製した。濾過後に得られた暗緑色溶液を濃縮し、メタノールを加えて暗緑色粉末を沈殿させた。グラスフィルターを用いて吸引ろ過することにより得られた暗緑色粉末を、メタノール及びジエチルエーテルで順次洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物10を得た。収率55%。
【0066】
元素分析結果:Anal. Calc. for C36H48N2PtS8: C, 45.02; H, 5.04; N, 2.92. Found: C, 45.00; H, 5.02; N, 2.88%
【0067】
【化13】
【0068】
(化合物11)
化合物11は、含窒素配位子4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジン(nonyl-bpy)と含硫黄配位子disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-) (C3S5 2-)が白金(II)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、[(nonyl-bpy)Pt(C3S5)]と表記される(非特許文献5)。また、含硫黄配位子disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-)は、2-thione-1,3-dithiole-4,5-dithiolateとも表記される。
【0069】
窒素雰囲気下、ナトリウムメトキシド(150 mg, 2.2 mmol)と含硫黄配位子disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-) (C3S5 2-)の前駆体(C3S5{(CO)(C6H5)}2) (180 mg, 0.44 mmol) をエタノール (20 mL) に溶解させて得られた濃赤色溶液を、金属錯体前駆体(nonyl-bpy)PtCl2 (300 mg, 0.45 mmol) (nonyl-bpy = 4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジン) のアセトニトリル(12 cm3) 溶液に加えて反応させ60分攪拌した。生成した紫色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別した。得られた紫色粉末を、メタノール及びジエチルエーテルで順次洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物11を得た。収率96%。
【0070】
元素分析結果:Anal. Calc. for C31H44N2PtS5, C, 46.54; H, 5.54; N, 3.50. Found: C, 46.54; H, 5.47; N, 3.31%.
【0071】
【化14】
【0072】
(化合物12)
化合物12は、含窒素配位子4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジン(nonyl-bpy)と含硫黄配位子disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-) (C3S5 2-)がパラジウム(II)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、[(nonyl-bpy)Pd(C3S5)]と表記される。含硫黄配位子disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-)は、2-thione-1,3-dithiole-4,5-dithiolateとも表記される。
【0073】
窒素雰囲気下、ナトリウムメトキシド(150 mg, 2.2 mmol)と含硫黄配位子disulfanyl-1,3-dithiol-2-thionate(2-) (C3S5 2-)の前駆体(C3S5{(CO)(C6H5)}2) (180 mg, 0.44 mmol) をエタノール (20 mL) に溶解させて得られた濃赤色溶液を、金属錯体前駆体(nonyl-bpy)PdCl2 (300 mg, 0.45 mmol) (nonyl-bpy = 4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジン) のアセトニトリル(12 cm3) 溶液に加えて反応させ、60分攪拌した。生成した紫色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別した。得られた紫色粉末を、メタノール及びジエチルエーテルで順次洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物12を得た。収率96%。
【0074】
【化15】
【0075】
(化合物13)
化合物13は、含窒素配位子4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジン2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-)がパラジウム(II)イオンに配位した非対称型金属錯体であり、[(nonyl-bpy)Pd(C8H4S8)]と表記される。
【0076】
窒素雰囲気下、ナトリウムメトキシド(150 mg, 2.2 mmol)と2-{(4,5-ethylenedithio)-1,3-dithiole-2-ylidene}-1,3-dithiole-4,5-ditholate(2-)の前駆体(C8H4S8(C2H4CN)2) (180 mg, 0.44 mmol) をエタノール (20 mL) に溶解させた。得られた濃赤色溶液を、金属錯体前駆体(nonyl-bpy)PdCl2 (300 mg, 0.45 mmol) (nonyl-bpy = 4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジン) のアセトニトリル(12 cm3) 溶液に加えて反応させ、60分攪拌した。生成した紫色の粉末を減圧下で濾過することにより濾別した。得られた紫色粉末を、メタノール及びジエチルエーテルで順次洗浄し、減圧下で乾燥させることにより、化合物13を得た。収率96%。
【0077】
元素分析結果:Anal. Calc. for C36H48N2PdS8: C, 45.02; H, 5.04; N, 2.92. Found: C, 45.00; H, 5.02; N, 2.88%.
【0078】
【化16】
【0079】
<エレクトロクロミック層の作製>
化合物1~12を超脱水クロロホルム(富士フイルム和光純薬工業社製)に溶解させ、それぞれ2.1 × 10-2mol L-1の濃度に調整した。各溶液をスピンコート機(株式会社共和理研、K-359S1)に取り付けたITOガラス基板(0.5 cm×2 cm、ジオマテック株式会社)上に0.5 mL滴下した。そして1500rpmで20秒間スピンコートし、ITOガラス基板上にエレクトロクロミック層を形成した。
【0080】
各化合物の超脱水クロロホルム溶液への溶解性を目視で確認した。また、ITOガラス基板上に形成されたエレクトロクロミック層(薄膜)の状態を目視で確認した。なお、図1は、ITOガラス基板上に形成された化合物2のエレクトロクロミック層(薄膜)の外観写真を示す。
【0081】
化合物1~13の超脱水クロロホルム溶液の溶解性、及びITOガラス基板上に形成されたエレクトロクロミック層の状態を表1に示す。
【0082】
【表1】
【0083】
化合物2,5,10~13は、超脱水クロロホルムに完全に溶解し2.1 × 10-2 mol L-1の濃度のスピンコート溶液を調製可能であった。しかし、他の化合物は溶解性が低く、溶け残りを生じて2.1 × 10-2 mol L-1の濃度のスピンコート溶液を調製できなかった。
【0084】
溶解性が高かった化合物2,5,10~13のうち、化合物2,5は、エレクトロクロミック層(薄膜)が均一に形成された。化合物10もエレクトロクロミック層(薄膜)が形成されたが、化合物2,5と比較すると、非常に色が薄い膜であった。また、化合物11,12は、エレクトロクロミック層が均一ではなくムラが存在していた。化合物13は、結晶性微粒子が析出し、薄膜が形成されなかった。溶解性が低い化合物1,3,4,6~9もスピンコートによって薄膜が形成されたが、溶け残った粉末が薄膜表面に析出した。
【0085】
濃度を2.1 × 10-2mol L-1未満とすれば、溶解性が低い化合物も完全に溶解したスピンコート溶液を調製することができるが、2.1 × 10-2 mol L-1未満の濃度のスピンコート溶液を用いるとITOガラス基板上に薄膜が形成されなかった。そのため、化合物1~13の非対称型金属錯体の薄膜をITO基板上に作製するためには2.1 × 10-2 mol L-1以上の濃度であるスピンコート溶液を調製する必要がある。なお、溶媒として超脱水ジクロロメタンを使用した場合にも、同様の結果が得られた。
【0086】
<エレクトロクロミック特性の測定(三電極系エレクトロクロミックデバイス)>
石英製電気化学測定用セル(光路長1cm、北斗電工株式会社)に、以下に示されるイオン液体(1-butyl-3-methylimidazolium bis(trifluoro-methylsulfonyl)imide)を2 mLを充填した。化合物1~12のエレクトロクロミック層(薄膜)を形成させたITOガラス基板、白金対電極(北斗電工株式会社製)、Ag/AgCl参照電極(北斗電工株式会社製)をセルに取り付け、測定セル(三電極系エレクトロクロミックデバイス)を組み立てた。測定セルの模式図を図2に示す。なお、化合物13は、薄膜作製が困難であったため測定セルを作製していない。
【0087】
【化17】
【0088】
測定用セルのITOガラス基板、白金対電極、Ag/AgCl参照電極及び参照電極をそれぞれ電気化学アナライザーBAS社製ポテンショスタット ALS/[H] CH Instruments Electrochemical Analyzer Model 612Cと測定用銅線で接続した。次に、電気化学アナライザーと接続された測定セルを、紫外可視分光光度計(JASCO社製V-670)に取り付けた。参照として、測定セルと同じ石英セルにイオン液体(1-butyl-3-methylimidazolium bis(trifluoro-methylsulfonyl)imide)2 mLのみを充填した参照セルを用いた。
【0089】
測定装置概略図を図3に示す。また、分光光度計内のセルに対する光の透過方向を表す概念図を図4に示す。光源からの光は、測定セルについては、作用電極2のエレクトロクロミック層11(薄膜)を垂直に透過し、参照セルについては、ITOガラス基板10の厚み方向を垂直に透過する。
【0090】
三電極系エレクトロクロミックデバイス(三電極系デバイス)について測定した化合物1~12の色調変化、色調ムラ、赤外領域の変化の有無を表2に示す。これらの項目は、すべて目視により確認した。電気化学アナライザーは、作用電極と白金対電極間の電圧を制御するために使用された。また、分光光度計は、エレクトロクロミック挙動を目視ではなく、実際の波長変化として測定するために使用された。
【0091】
【表2】
【0092】
化合物1~12のうち、明瞭な色調変化が確認されたのは、化合物2,5,11,12であった。化合物10も色調変化が見られたものの、化合物2,5,11,12に比べ目視でのコントラストが非常に悪かった。これら化合物のうち、色調にムラがなかったのは化合物2及び5であった。化合物2,5,11,12は、赤外領域の色調変化も確認された。
【0093】
図5は、化合物2,5,10,11,12の中性状態、一電子酸価状態、及び二電子酸化状態における色調変化を示す。各化合物の溶液状態における電気化学測定を行うことにより、分子そのものの酸化還元電位を知ることができる。溶液状態と固体状態における電気化学測定を比較すると、分子の会合等により酸化還元電位や波の形が異なることもあるが、化合物2,5,10,11,12では、溶液状態と固体状態で得られた電気化学測定が一致していた。そこで、電気化学測定から得られた各電位をもとに、ITO電極間に電圧を印加し、各酸化状態における色調を判断した。
【0094】
化合物2と5は、明瞭な色調変化が見られたが、化合物10は、色調にムラはないものの、電圧印加に対する色調変化が少なく、コントラストが非常に不明瞭であった。化合物11と12は、それぞれ紫⇔緑、赤紫⇔緑の色調変化が観察された。化合物11と12は、金属イオンのみが異なる化合物であり、この結果から金属イオンの交換による色調チューニングが可能であることが推定される。ただし、化合物11と12は、膜厚が不均一なため、薄膜位置により残留粒子による色ムラが確認された。
【0095】
上記実験結果から、化合物1~13のうち、均一な薄膜が作製可能であり、かつ、明瞭な色調変化が確認できたのは、化合物2及び5であった。
【0096】
化合物2と5について、薄膜の表面観察及び膜厚測定を行った。表面観察には日立ハイテク社製・中型プローブ顕微鏡システムAFM 5500Mを使用し、膜厚測定には、日立ハイテク社・走査型白色干渉顕微鏡VS1550を使用した。膜厚の平均値は、化合物2が120 nm、化合物5が150 nmであった。
【0097】
また、不均一な薄膜が形成されたため色調の変化にムラがあるものの、色調の変化が確認された化合物11及び12についても、膜厚を測定した結果、膜厚の平均値は、それぞれ350 nm及び120 nmであった。そのため、明瞭な色調変化を起こすためには、エレクトロクロミック層は、少なくとも100 nm以上の膜厚が必要と思われる。
【0098】
化合物2について、-0.5~+1.2 V (vs. Ag/AgCl)の範囲で、掃引速度を0.01 V/secで測定した、薄膜の酸化還元電位の測定結果を図6に示す。図6(a)が3サイクル測定、図6(b)が8サイクル測定の結果である。基本的に二電子の酸化還元に起因する波がみられ、エレクトロクロミック挙動もこの酸化還元に伴い発現している。一電子及び二電子の酸化還元に起因する波のピーク電流値は、掃引回数が増加するにつれて増加しているため、掃引回数の増加により電子移動が促進されていると考えられた。
【0099】
図6に示される波の形状から、薄膜状態においても電極及び薄膜間で2電子の授受(酸化還元)が起こっていることが確認された。また、可逆に電子移動が起こっていることから、化合物2の薄膜が安定的にエレクトロクロミック挙動を示すことも確認された。
【0100】
化合物2について、-0.5、+0.2、+1.2 V (vs. Ag/AgCl)の電圧を印加した場合における酸化過程及び還元過程のスペクトル変化を図7に示す。図7(a)は酸化過程、図7(b)は還元過程をそれぞれ示す。目視によるエレクトロクロミック挙動は、緑⇔橙色⇔青緑の明瞭な変化を示し、非対称型金属錯体(化合物2)による3色以上のマルチカラーエレクトロクロミック挙動が確認された。この色調変化は400 nm~700 nmにかけてみられる吸収帯の可逆な変化に由来する。この可視光領域の変化と協奏的に、700 nm以上の波長範囲でも非常に幅広い吸収帯の変化が見られた。特に、700 nm~1200 nmにかけて大きな吸収帯変化が現れた。
【0101】
化合物5について、-0.2~+1.5 V (vs. Ag/AgCl)の範囲で、掃引速度を0.01 V/secで測定した、薄膜の酸化還元電位の測定結果を図8に示す。図8(a)は3サイクル測定、図8(b)は9サイクル測定の結果をそれぞれ示す。基本的に二電子の酸化還元に起因する波が見られ、エレクトロクロミック挙動もこの酸化還元に伴い発現していた。一電子及び二電子の酸化還元に起因する波のピーク電流値が、掃引回数が増加するにつれて増加しているため、掃引回数の増加により電子移動が促進されていると考えられた。なお、図8(b)においては、1サイクル目のみ酸化還元電位の酸化還元波が安定しない傾向が見られたが、2~9サイクル目では酸化還元波が安定することが確認された。
【0102】
化合物5について、酸化過程では、-0.2、+0.71、+1.2 V (vs. Ag/AgCl)の電圧、還元過程では+1.2 V、+0.44、-0.2、(vs. Ag/AgCl)の電圧をそれぞれ印加した場合におけるスペクトル変化を図9に示す。図9(a)は酸化過程、図9(b)は還元過程をそれぞれ示す。目視によるエレクトロクロミック挙動は、赤褐色⇔黄橙色⇔青の明瞭な変化を示し、化合物5についても3色以上を発現するマルチカラーエレクトロクロミック挙動が確認された。この色調変化は、400 nm~600 nmにかけてみられる吸収帯の可逆な変化に由来する。化合物5が示す可視光領域の吸収帯の変化は、化合物2が示す吸収帯の変化とは異なるスペクトル挙動を示すため、金属イオン及び配位子の組み合わせにより、色調チューニングが可能であること考えられた。この可視光領域の変化と協奏的に、600 nm以上の波長範囲でも非常に幅広い吸収帯の変化が見られた。特に、600 nm~1000 nmにかけて大きな吸収帯変化が現れた。
【0103】
化合物2について、印加電圧を+0.9 V (vs. Ag/AgCl)及び+0.35 V (vs. Ag/AgCl)、電圧印加のパルス幅を10秒として、可視光領域584 nm及び近赤外領域892 nmにおけるスイッチング特性を測定した結果を図10に示す。図10(a)は酸化過程、図10(b)は還元過程をそれぞれ示す。化合物2は、可視光領域及び近赤外領域ともに、有機高分子材料又は金属酸化物等を基にした従来型のエレクトロクロミック化合物と同等のスイッチング性能を有しており、ディスプレイ等への応用も可能なエレクトロクロミック材料であることが図10より示唆された。
【0104】
化合物5について、印加電圧を+0.6 V (vs. Ag/AgCl)及び-0.5 V (vs. Ag/AgCl)、電圧印加のパルス幅を10秒として、可視光領域660 nmのスイッチング特性を測定した。また、印加電圧を+1.2 V (vs. Ag/AgCl)及び+0.6 V (vs. Ag/AgCl)、電圧印加のパルス幅を10秒として、近赤外領域900 nmにおけるスイッチング特性も測定した。それらの測定結果を図11(a)及び(b)にそれぞれ示す。化合物5は、化合物2と同様、可視光領域及び近赤外領域ともに、有機高分子材料又は金属酸化物等を基にした従来型のエレクトロクロミック化合物と同等のスイッチング性能を有しており、ディスプレイ等への応用も可能なエレクトロクロミック材料であることが図11より示唆された。
【0105】
可視光領域及び近赤外領域が協奏的に変化し得る従来型のエレクトロクロミックデバイスは、非特許文献6に開示されているように、複数のエレクトロクロミック層の多層化が必要である等、複雑な製造工程を必要とした。しかし、化合物2及び5は、低分子化合物の単一層からなるエレクトロクロミック薄膜のみで、可視光領域及び近赤外領域の協奏的エレクトロクロミック挙動を実現できるため、デバイス製造工程の大幅な簡略化が可能となる。
【0106】
このように、非対称型金属錯体の金属イオン又は配位子を変化させることにより、エレクトロクロミック挙動が発現する波長領域が変化することが明らかとなった。従って、有機高分子材料又は金属酸化物等を基にした従来型のエレクトロクロミックデバイスでは困難と言われていた色調のチューニング(例えば、非特許文献1)も、本発明のエレクトロクロミック化合物の配位子及び金属イオンの組み合わせにより実現することができ、エレクトロクロミックディスプレイ等の実用化に向けたデバイス開発を進展させることができる。
【0107】
<エレクトロクロミック特性の測定(二電極系エレクトロクロミックデバイス)>
エレクトロクロミック層(薄膜)を形成させたITOガラス基板を作製後、カプトンテープでマスクした後、Poly(ethylene glycol)dimethacrylateを0.5 g、Poly(ethylene glycol) methyl ether acrylate 0.5 g、LitiumTrifluoromethanesulfonate を0.1 g混合した電解質ゲルをドロップキャスト法でエレクトロクロミック層上に塗布し(厚さ120 μm)、電解質層を形成させた。この電解質層上にITOガラスをもう1枚積層し、2枚のITOガラス間にエレクトロクロミック層と電解質層が挟持される二電極系エレクトロクロミックデバイス(二電極系デバイス)を作製した。図12は、作製された二電極系エレクトロクロミックデバイスの概略構成図を示す。このデバイスにおいては、上面のITOガラス基板2は、対電極として機能する。
【0108】
二電極系デバイスと同様にして、ITOガラス2枚にエレクトロクロミック層のみを挟持させた参照デバイスを作製した。二電極系デバイスと参照デバイスを、図13に示される分光装置にセットし、二電極系デバイスの作用電極と対電極間に電圧を印加し、化合物1~12のエレクトロクロミック挙動を測定した。なお、化合物13は、薄膜作製が困難であったため測定対象から除外した。電気化学アナライザーとしてBAS社製ポテンショスタット ALS/[H] CH Instruments Electrochemical Analyzer Model 612Cを使用し、紫外可視分光光度計としてJASCO社製V-670を使用した。
【0109】
三電極系デバイスと同様にして測定した化合物1~12の色調変化及び二電極系デバイスの状態を表3に示す。電気化学アナライザーは、対向する二枚のITO電極間の電圧を制御するために使用された。また、分光光度計は、エレクトロクロミック挙動を目視ではなく、実際の波長変化として測定するために使用された。
【0110】
【表3】
【0111】
二電極系デバイスにおけるエレクトロクロミック測定でも、三電極系デバイスと同様の傾向が見られた。対向する二電極間に電圧印加を行うため、エレクトロクロミック挙動は、薄膜の状態に大きく影響されると考えられる。化合物2及び5は、明瞭な色調変化が見られたが、他の化合物は電圧印加に対する応答が悪く、目視では色調変化が非常に不明瞭であった。
【0112】
このように、化合物1~13のうち、二電極系デバイスが作製でき、かつ、明瞭な色調変化が見られるのは、化合物2及び5であった。
【0113】
図14は、スタート電位を0 Vとして、化合物2の二電極系デバイスの作用電極1と対向電極2の間の電位を、+2.0 Vから-1.4 Vの範囲で可逆的に電圧印加したときのエレクトロクロミック挙動の測定結果を示す。なお、電圧の掃引速度は0.01 V/secとした。
【0114】
図14より、化合物2の二電極系デバイスは、三電極系デバイスと同様に、400 nm~700 nmの可視光領域及び700 nm~1200 nmの近赤外領域において協奏的なエレクトロクロミック挙動が発現することが確認された。目視によっても、緑⇔橙色⇔青緑の変化が確認され、化合物2は、エレクトロクロミックデバイスへの応用が可能な非対称型金属錯体分子であることがわかった。
【0115】
図15は、スタート電位を0 Vとして、化合物5の二電極系デバイスの作用電極1と対向電極2の間の電位を、0 Vを基準として+1.8 Vを経て+3.0 Vまで酸化後、電位を反転させ、+1.8 Vを経て-1.4 Vまで還元、その後再度、0 Vまで酸化したときのエレクトロクロミック挙動の測定結果を示す。なお、電圧の掃引速度は0.01 V/secとした。
【0116】
図15より、化合物5の二電極系デバイスは、二電極系デバイスと同様に、400 nm~600 nmの可視光領域及び600 nm~1000 nmの近赤外領域において協奏的なエレクトロクロミック挙動が発現することが確認された。目視によっても、赤褐色⇔黄橙色⇔青の変化が確認され、化合物5は、エレクトロクロミックデバイスへの応用が可能な非対称型金属錯体分子であることが分かった。また、化合物5のエレクトロクロミック挙動がみられる各吸収帯は、化合物2のエレクトロクロミック挙動における各吸収帯と異なり、三電極系デバイスの測定と同様、金属イオン及び配位子の組み合わせによる色調チューニングが可能であると結論付けられた。
【0117】
表4は、二電極系エレクトロクロミックデバイスで測定した化合物2のエレクトロクロミック挙動と、可視光領域及び近赤外領域のスペクトルの協奏的変化を示す。表5は、二電極系エレクトロクロミックデバイスで測定した化合物5のエレクトロクロミック挙動と、可視光領域及び近赤外領域のスペクトルの協奏的変化を示す。
【0118】
【表4】
【0119】
【表5】
【0120】
表4及び5より、化合物2及び5は、三電極系デバイスにおいて発現した可視光・近赤外領域における協奏的エレクトロクロミック挙動を、二電極系エレクトロクロミックデバイスにおいても発現した。三電極系デバイスと比較すると、二電極系デバイスを構築した場合、電圧の掃引に対する色調の変化はやや遅れる傾向がみられた。しかし、すでに実用化されている航空機用の遮光ガラス(例えば特許文献1及び特許文献2)では、応答時間が数秒となるものが多い。このため、化合物2及び5のような非対称型金属を用いた二電極系エレクトロクロミックデバイスも、遮光材料又は調光ガラス等の実用的な応用展開が可能と考えられる。
【0121】
化合物2及び化5を使用するエレクトロクロミックデバイスの安定性を検討するため、各波長におけるスイッチング挙動を測定した。化合物2については、+1.2 Vと-1.4 Vを交互に30秒間隔で印加し、可視光領域の584 nmと近赤外領域の1020 nmにおいて吸光度の変化を測定した。化合物5については、可視光領域の730 nm 及び近赤外領域の940 nmにおいて+1.2 Vと+2.9 Vを交互に10秒間隔での電圧印加を行い、吸光度の変化を測定した。
【0122】
化合物2のスイッチング挙動を図16に示す。図16(a)は584 nm(可視光領域)、図16(b)は1020 nm(近赤外領域)におけるスイッチング挙動を示す。図16(a)及び(b)に示されるように、1200秒以上に渡り安定なスイッチング挙動が確認された。ただし、三電極系デバイスと比較すると、二電極系デバイスは、吸光度の変化量が小さく、応答速度がやや遅くなる傾向が見られた。
【0123】
化合物5のスイッチング挙動を図17に示す。(a)は化合物5の730 nm(可視光領域)におけるスイッチング挙動を示し、(b)は化合物5の940 nm(近赤外領域)におけるスイッチング挙動を示す。図17(a)及び(b)に示されるように、400秒以上に渡り安定なスイッチング挙動が確認できた。ただし、化合物2のスイッチング挙動と同様に、三電極系測定と比較すると、二電極系デバイスは、吸光度の変化量が小さく、応答速度がやや遅くなる傾向が見られた。
【0124】
(アルキル基による薄膜性状への影響)
ビピリジン部位にノニル基を、ジチオレン配位子としてC3S5配位子を有する化合物10及び化合物11は、不均一ではあるが薄膜が形成された。しかし、ビピリジン部位にノニル基を有する非対称型金属錯体でも、C8H4S8配位子が結合した白金錯体である化合物12は、極めて薄い薄膜しか形成されなかった。また、ビピリジン部位にノニル基を有する非対称型金属錯体でも、C8H4S8配位子が結合したパラジウム錯体である化合物13は、極めて結晶性の高い化合物であり、アモルファス薄膜が形成せずITO基板上で結晶化した。非対称型金属錯体部位にアルキル基を有しない化合物1、化合物4、化合物6、化合物7と、ブチル基を有する化合物3、化合物8、化合物9とは、エレクトロクロミックデバイスに適する薄膜を形成しなかった。
【0125】
(エレクトロクロミック挙動の評価)
ビピリジン部位にノニル基を、ジチオレン配位子としてC3S5配位子を有する化合物10及び化合物11は、三電極系デバイスのエレクトロクロミック挙動観察から、二色の色調変化を示すエレクトロクロミック挙動を示した。しかし、薄膜の不均一性から色調変化に色むらがみられた。ビピリジン部位にノニル基を有する配位子とC8H4S8配位子が結合した白金錯体である化合物12は、極めて不明瞭なエレクトロクロミック挙動しか示さなかった。デシル基を有する化合物2及び化合物5は、明瞭な3色系マルチカラーエレクトロクロミック挙動を示した。
【0126】
(好適なエレクトロクロミック化合物)
このように、化合物1~13のうち、エレクトロクロミック化合物として好適な性質を全て有するのは化合物2及び5であることが確認された。化合物2及び5の化学式と、それ以外の化合物の化学式を比較すると、本発明で使用するエレクトロクロミック化合物は、化学式1の一般式で表される構造を有することが必要であると考察された。
【0127】
(電極基板)
上記実施形態では、エレクトロクロミック層をITOガラス上にスピンコート法によって形成させて作用電極を作製したが、作用電極の基板としてはFTOのような基板も使用し得る。また、ドロップキャスト又はスプレーコーティングのような方法によってエレクトロクロミック層を基板上に形成させてもよい。対電極の基板は、ITO又はFTOのような基板であれば足りる。
【0128】
(好適な電解質)
本発明に使用する電解質としては、イオン液体、高分子ゲル、光重合又は熱重合性高分子固体が好ましい。このうち、エレクトロクロミック薄膜安定化の観点からは、イオン液体最もが好ましい。二電極系エレクトロクロミックデバイスにおいては、電解質層の厚みは、100 nm~200 nm程度とすることが好ましい。三電極系エレクトロクロミックデバイスにおいては、電解質が充填されているセル内に作用電極、対電極、参照電極が格納されており、電解質は層状ではないが、作用電極と対電極との間隔を2~5mmとすることが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0129】
本発明のエレクトロクロミックデバイスは、ディスプレイのような表示素子、調光ガラス等の技術分野において有用である。
【符号の説明】
【0130】
1:石英セル
2:ITOガラス基板
3:電解質層(イオン液体)
4:対電極(白金網)
5:参照電極(Ag/AgCl)
6:接続用銅線
7:電気化学アナライザー
8:分光光度計
9:参照セル
10:エレクトロクロミック層
11:カプトンテープ
12:参照デバイス
13:二電極系デバイス
14:測定セル
15:作用電極
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17