(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022149713
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】有価金属の製造方法、誘導炉
(51)【国際特許分類】
C22B 7/00 20060101AFI20220929BHJP
C22B 1/02 20060101ALI20220929BHJP
C22B 5/02 20060101ALI20220929BHJP
F27B 14/10 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
C22B7/00 C
C22B1/02
C22B5/02
F27B14/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021051986
(22)【出願日】2021-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】前場 和也
(72)【発明者】
【氏名】富樫 亮
【テーマコード(参考)】
4K001
4K046
【Fターム(参考)】
4K001AA02
4K001AA07
4K001AA09
4K001AA10
4K001AA19
4K001AA34
4K001BA22
4K001CA15
4K001GA17
4K001GA19
4K001GB12
4K046AA01
4K046BA02
4K046BA10
4K046CB06
4K046CB15
4K046CD02
(57)【要約】
【課題】廃リチウムイオン電池を含む原料から有価金属を回収するにあたり、不純物を効果的にかつ安定的に除去することができる方法を提供する。
【解決手段】本発明は、少なくとも廃リチウムイオン電池を含む原料から有価金属を製造する方法であって、原料を焙焼して酸化処理を行う酸化工程と、酸化処理後の原料を熔融炉に装入して熔融処理を行うことによって、スラグと有価金属を含む合金とを分離して回収する熔融工程と、を含み、熔融工程では、熔融炉として誘導炉を用いて熔融処理を行い、誘導炉は、黒鉛製の誘導加熱体坩堝と、その誘導加熱体坩堝の内側に設けられる耐火性坩堝と、を備える二重坩堝構造により構成されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも廃リチウムイオン電池を含む原料から有価金属を製造する方法であって、
前記原料を焙焼して酸化処理を行う酸化工程と、
前記酸化処理後の原料を熔融炉に装入して熔融処理を行うことによって、スラグと有価金属を含む合金とを分離して回収する熔融工程と、を含み、
前記熔融工程では、前記熔融炉として誘導炉を用いて前記熔融処理を行い、
前記誘導炉は、黒鉛製の誘導加熱体坩堝と、該誘導加熱体坩堝の内側に設けられる耐火性坩堝と、を備える二重坩堝構造により構成されている、
有価金属の製造方法。
【請求項2】
前記誘導炉は、前記原料を熔融するときに、前記誘導加熱体坩堝の内側表面と前記耐火性坩堝の外側表面との間に隙間(熔融時隙間)が生じるように構成されている、
請求項1に記載の有価金属の製造方法。
【請求項3】
前記誘導炉において、
前記熔融時隙間は、前記誘導加熱体坩堝と前記耐火性坩堝とのそれぞれの膨張係数から、前記原料を熔融する所定の温度においてそれぞれの坩堝が膨張する値を算出し、
前記誘導加熱体坩堝の内側表面と前記耐火性坩堝の外側表面との常温時における隙間(常温時隙間)を、少なくとも前記耐火性坩堝が膨張する値から前記誘導加熱体坩堝が膨張する値を差し引いた値よりも大きくなるように設定することで、前記原料を熔融するときの前記熔融時隙間が生じるようにする、
請求項2に記載の有価金属の製造方法。
【請求項4】
前記誘導炉は、前記誘導加熱体坩堝の内側底面と、前記耐火性坩堝の外側底面とが、固定されることなく前記二重坩堝構造を構成している、
請求項2又は3に記載の有価金属の製造方法。
【請求項5】
前記耐火性坩堝は、マグネシア製の坩堝である、
請求項1乃至4のいずれかに記載の有価金属の製造方法。
【請求項6】
少なくとも廃リチウムイオン電池を含む原料から有価金属を製造する設備における、前記原料を熔融するための誘導炉であって、
黒鉛製の誘導加熱体坩堝と、
前記誘導加熱体坩堝の内側に設けられる耐火性坩堝と、
を備える二重坩堝構造により構成されている、誘導炉。
【請求項7】
前記誘導炉は、前記原料を熔融するときに、前記誘導加熱体坩堝の内側表面と前記耐火性坩堝の外側表面との間に隙間が生じるように構成されている、
請求項6に記載の誘導炉。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも廃リチウム電池を含む原料からの有価金属を分離回収する有価金属の製造方法、及びその製造方法における熔融処理に用いる誘導炉に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、軽量で大出力の二次電池としてリチウム電池(「リチウムイオン電池」とも呼ばれるいう)が普及している。リチウム電池としては、アルミニウム(Al)や鉄(Fe)等の金属製の外装缶内に、銅箔からなる負極集電体に黒鉛等の負極活物質を固着した負極材、アルミニウム箔からなる正極集電体にニッケル酸リチウムやコバルト酸リチウム等の正極活物質を固着した正極材、ポリプロピレンの多孔質樹脂フィルム等からなるセパレータ、六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)等の電解質を含む電解液等を封入したものが知られている。
【0003】
リチウムイオン電池の主要な用途の一つに、ハイブリッド自動車や電気自動車がある。そのため、自動車のライフサイクルにあわせて、搭載されたリチウムイオン電池が将来的に大量に廃棄される見込みとなっている。また、製造中に不良品として廃棄されるリチウムイオン電池がある。このような使用済み電池や製造中に生じた不良品の電池(以下、「廃リチウムイオン電池」と称する。)を資源として再利用することが求められている。
【0004】
再利用の手法として、廃リチウムイオン電池を高温炉で全量熔解する乾式製錬プロセスが提案されている。乾式製錬プロセスは、破砕した廃リチウムイオン電池を高温炉で熔融処理し、酸化還元をコントロールしながら、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、銅(Cu)等の有価金属をメタルとして回収する。
【0005】
さて、廃リチウムイオン電池には、ニッケル、コバルト、銅等の有価金属のほかに、炭素(C)、アルミニウム(Al)、フッ素(F)、リン(P)等の不純物が含まれているため、廃リチウムイオン電池からの有価金属の回収においてはこれらの不純物を除去する必要がある。
【0006】
例えば特許文献1には、乾式製錬法による廃リチウムイオン電池からのコバルト回収方法として、廃リチウムイオン電池を熔融炉へ投入して酸素により酸化するプロセスが開示されている。このプロセスでは、コバルトを高い回収率で回収できるものの、リンやマンガン等の不純物の除去については開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述したような実情に鑑みて提案されたものであり、廃リチウムイオン電池を含む原料から有価金属を回収するにあたり、不純物を効果的にかつ安定的に除去することができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた。その結果、原料を熔融するための熔融炉として、黒鉛製の誘導加熱体坩堝と、その誘導加熱体坩堝の内側に設けられる耐火性坩堝と、を備える二重坩堝構造の誘導炉を用いることで、上述した課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
(1)本発明の第1の発明は、少なくとも廃リチウムイオン電池を含む原料から有価金属を製造する方法であって、前記原料を焙焼して酸化処理を行う酸化工程と、前記酸化処理後の原料を熔融炉に装入して熔融処理を行うことによって、スラグと有価金属を含む合金とを分離して回収する熔融工程と、を含み、前記熔融工程では、前記熔融炉として誘導炉を用いて前記熔融処理を行い、前記誘導炉は、黒鉛製の誘導加熱体坩堝と、該誘導加熱体坩堝の内側に設けられる耐火性坩堝と、を備える二重坩堝構造により構成されている、有価金属の製造方法。
【0011】
(2)本発明の第2の発明は、第1の発明において、前記誘導炉は、前記原料を熔融するときに、前記誘導加熱体坩堝の内側表面と前記耐火性坩堝の外側表面との間に隙間(熔融時隙間)が生じるように構成されている、有価金属の製造方法である。
【0012】
(3)本発明の第3の発明は、第2の発明において、前記誘導炉における、前記熔融時隙間は、前記誘導加熱体坩堝と前記耐火性坩堝とのそれぞれの膨張係数から、前記原料を熔融する所定の温度においてそれぞれの坩堝が膨張する値を算出し、前記誘導加熱体坩堝の内側表面と前記耐火性坩堝の外側表面との常温時における隙間(常温時隙間)を、少なくとも前記耐火性坩堝が膨張する値から前記誘導加熱体坩堝が膨張する値を差し引いた値よりも大きくなるように設定することで、前記原料を熔融するときの前記熔融時隙間が生じるようにする、有価金属の製造方法である。
【0013】
(4)本発明の第4の発明は、第2又は第3の発明において、前記誘導炉は、前記誘導加熱体坩堝の内側底面と、前記耐火性坩堝の外側底面とが、固定されることなく前記二重坩堝構造を構成している、有価金属の製造方法である。
【0014】
(5)本発明の第5の発明は、第1乃至第4のいずれかの発明において、前記耐火性坩堝は、マグネシア製の坩堝である、有価金属の製造方法である。
【0015】
(6)本発明の第6の発明は、少なくとも廃リチウムイオン電池を含む原料から有価金属を製造する設備における、前記原料を熔融するための誘導炉であって、黒鉛製の誘導加熱体坩堝と、前記誘導加熱体坩堝の内側に設けられる耐火性坩堝と、を備える二重坩堝構造により構成されている、誘導炉である。
【0016】
(7)本発明の第7の発明は、第6の発明において、前記誘導炉は、前記原料を熔融するときに、前記誘導加熱体坩堝の内側表面と前記耐火性坩堝の外側表面との間に隙間が生じるように構成されている、誘導炉である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、廃リチウムイオン電池を含む原料から有価金属を回収するにあたり、不純物を効果的にかつ安定的に除去することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】誘導炉の構成を示す断面図であり、二重坩堝構造を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態(以下、「本実施の形態」という)について説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において種々の変更が可能である。
【0020】
本実施の形態に係る有価金属の製造方法は、少なくとも廃リチウムイオン電池を含む原料から有価金属を分離回収する方法である。したがって、有価金属の回収方法とも言い換えることができる。本実施の形態係る方法は、主として乾式製錬プロセスによる方法であるが、乾式製錬プロセスと湿式製錬プロセスとから構成されていてもよい。
【0021】
廃リチウムイオン電池とは、使用済みのリチウムイオン電池のみならず、電池を構成する正極材等の製造工程で生じた不良品、製造工程内部の残留物、発生屑等のリチウムイオン電池の製造工程内における廃材を含む概念である。そのため、廃リチウムイオン電池をリチウムイオン電池廃材と言うこともできる。また、有価金属とは、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、銅(Cu)、及びこれらの組み合わせからなるものであり、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、銅(Cu)、及びこれらの組み合わせからなる群から選ばれる少なくとも一種の金属又は合金である。
【0022】
具体的に、本実施の形態に係る方法は、原料を焙焼して酸化処理を行う酸化工程と、酸化処理後の原料を熔融炉に装入して熔融処理を行うことによって、スラグと有価金属を含む合金とを分離して回収する熔融工程と、を含む。熔融工程では、熔融炉として誘導炉を用いて熔融処理を行うようにし、そしてその誘導炉としては、黒鉛製の誘導加熱体坩堝と、その誘導加熱体坩堝の内側に設けられる耐火性坩堝と、を備える二重坩堝構造により構成されているものを用いることを特徴としている。
【0023】
ここで、上述したように、廃リチウムイオン電池には、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、銅(Cu)等の有価金属のほかに、炭素(C)、アルミニウム(Al)、フッ素(F)、リン(P)等の不純物が含まれている。そのため、廃リチウムイオン電池からの有価金属の回収においては、これらの不純物を除去する必要がある。これらの不純物の中で炭素(C)は、残留すると、メタルとスラグの分離性を妨げてしまう。また、炭素(C)は、還元剤として寄与するため、他の物質の適正な酸化除去を妨げることがある。特に、上述した不純物の中でリン(P)は、比較的還元されやすい性質を有するため、コバルト(Co)等の有価金属の回収率を上げるために還元度を強めに調整し過ぎると、リン(P)が酸化除去されずにメタル中に残留してしまう。また一方で、還元度を弱めに調整し過ぎると、有価金属まで酸化されて回収率がさがってしまう。このため、有価金属の回収と不純物であるリン(P)の除去を安定的に行うためには、酸化還元の度合いが適正になるように、安定的に炭素量をコントロールする必要がある。
【0024】
こうした廃リチウムイオン電池の酸化還元反応を効率的に行うためには、熱処理雰囲気を反応プロセスのステップに合わせて、酸化雰囲気であったり還元雰囲気であったりと、自由に調整できることが必要となる。このことから、坩堝材質として、アルミニウム酸化物やマグネシウム酸化物、カルシウム酸化物等の、高融点で化学的に安定な物質を用いて、比較的密閉された炉内で雰囲気ガスの成分や圧力の調整を行って雰囲気制御を行う。
【0025】
また、廃リチウムイオン電池に含まれる酸化物を熔融するためには1400℃以上の高温が必要となるが、外熱式の抵抗加熱電気炉を用いる場合には、脆弱な炭化ケイ素や二ケイ化モリブデンといった加熱体を用いなければならない。また、融体を取り出すためには坩堝を炉内から取り出した後、坩堝を傾転して取り出すか、坩堝底部に融体の排出口を設けておき、排出口の栓を抜いて出湯させなければならず、大がかりな設備となるだけでなく、加熱体の大きさから坩堝の大きさも制限される。
【0026】
また、内熱式のアーク炉では、熔融量は大きくできるものの、黒鉛電極を使用するために還元性が強く、内容物のリン(P)やマンガン(Mn)等の金属も還元されてしまい、不純物品位が高まり、得られる有価金属の品質が悪化する。
【0027】
さらに、酸化による発熱を利用する銅製錬の転炉への投入では、銅やニッケルは回収できるものの、コバルトは酸化しやすくスラグへ分配されてしまうため、コバルトを回収することができないという問題がある。
【0028】
これらに対して、誘導加熱を利用する誘導炉では、その処理量は数トンクラスの大型のものもあり、熔解量としては商業的利用に問題はない。ところが、廃リチウムイオン電池から有価金属を得る処理を行う場合には問題があった。すなわち、誘導炉のうち、誘導加熱体を用いる間接加熱炉の場合、1400℃以上の熔融温度が必要となるため、一般的には誘導加熱体として黒鉛坩堝や炭化ケイ素を含むカーボンボンド坩堝等を用いる。こうした坩堝を1400℃以上に加熱することで、廃リチウムイオン電池中の絶縁体の酸化物も容易に熔解させることが可能となる。しかしながら、熔融物が黒鉛に接触してしまうために、リン(P)やマンガン(Mn)等の酸化物も還元されて有価金属中に合金化し、その結果、有価金属の品質を低下させてしまう。
【0029】
そこで、本実施の形態に係る方法では、誘導炉として、黒鉛製の誘導加熱体坩堝と、その内側に耐火性の坩堝とを備える二重坩堝構造により構成される炉を用いる。
【0030】
これにより、加熱しながら酸化還元の度合いを安定して制御でき、有価金属を高い回収率で回収できるとともに、不純物を効果的に除去することができる。
【0031】
図1は、誘導炉の構成を示す断面図であり、二重坩堝構造を説明するための図である。
図1に示すように、誘導炉1は、外側に誘導加熱体坩堝11を備え、その内側に耐火性坩堝12を備える二重坩堝構造により構成されている。誘導炉1は、電磁誘導を利用した加熱炉であり、図示しないコイルとこのコイルの内部に設けられた坩堝(誘導加熱体坩堝11、耐火性坩堝12)とから構成される。
【0032】
誘導加熱体坩堝11は、導電性材料である黒鉛により構成されている坩堝である。誘導加熱体坩堝11は、その周囲に設けられたコイル(図示しない)に流れた交流電流により交流磁場が生じると、その交流磁場によって誘導加熱される。誘導加熱体坩堝11に発生した熱は、耐火性坩堝12に伝えられ、その耐火性坩堝12を介して内部に収容した処理物(廃リチウムイオン電池を含む原料)へと伝わる。
【0033】
耐火性坩堝12は、酸化物系材料により構成される坩堝であり、その内部に処理物、すなわち廃リチウムイオン電池を含む原料が装入される。具体的に、耐火性坩堝12は、アルミナ、マグネシア、カルシア等の酸化物系材料により構成される。上述したように、耐火性坩堝12は、誘導加熱体坩堝11からの誘導電流により発生した熱が伝達され、内部に収容した処理物へとその熱を伝えて熔融する。
【0034】
誘導炉1は、誘導加熱を利用した外部加熱方式を利用しているため、坩堝内部に黒鉛電極を設ける必要がなく、炭素の混入を抑えることが可能となる。また、比較的密閉された雰囲気下で加熱を行うことができ、雰囲気ガス成分や圧力を調整して酸化還元度を安定的に制御することが可能である。
【0035】
ここで、上述した二重坩堝構造からなる誘導炉1においては、外坩堝である黒鉛製の誘導加熱体坩堝11と、内坩堝である耐火性坩堝12との間に充填材を入れたとき、誘導加熱体坩堝11から発生するガスによって内圧上昇が生じ、その結果、耐火性坩堝12の破裂が生じることがある。また、誘導加熱体坩堝11の膨張係数が耐火性の坩堝の膨張係数よりも大幅に小さいために、誘導加熱体坩堝11が応力を受けることによる亀裂の発生、あるいは逆に、内側の耐火性坩堝12が応力に屈することによる亀裂の発生が起こることもある。
【0036】
具体的には、誘導加熱体坩堝11を構成する黒鉛の膨張係数は4~5×10-6であるのに対し、耐火性坩堝12を例えばマグネシアで構成したときの膨張係数は12×10-6であり、黒鉛に比べて倍以上の膨張が生じる。上述したように、誘導炉1において、黒鉛製の誘導加熱体坩堝11は加熱源として作用するため外側に設けて用いられ、内側にはマグネシア等の耐火性坩堝12を設けて熔解が進められる。内側の耐火性坩堝12の膨張係数が高いと、その耐火性坩堝12が外側に位置する誘導加熱体坩堝11を押し広げようとする力が作用することとなり、この力が大きいと、双方のどちらかあるいは両方の坩堝に亀裂が生じることとなる。
【0037】
また、黒鉛製の誘導加熱体坩堝11には、一部SiO2が含まれており、1500℃以上の領域まで誘導加熱体坩堝11を加熱した際には、例えば下記の反応が進行する。
SiO2(s)+C→SiO(g)+CO(g)
【0038】
すなわち、上記反応式に示すように、黒鉛製の誘導加熱体坩堝11に含まれるSiO2とCとが反応して、SiOガスとCOガスを発生させることになるが、発生した還元ガスが内側と外側の坩堝間にとどまって効率的に放出されない状態となり、双方の坩堝に膨張ガスによる応力が作用するようになる。すると最終的には、内側の坩堝(耐火性坩堝12)を破壊することとなる。
【0039】
そこで、本実施の形態に係る方法では、二重坩堝構造により構成される誘導炉1において、黒鉛製の誘導加熱体坩堝11と耐火性坩堝12との間に、誘導加熱体坩堝11や耐火性坩堝12が膨張しても双方が応力を受けないように隙間を設けることが好ましい。そして、この隙間は、誘導炉1の耐火性坩堝12の内部に原料を装入して、所定の熔融温度となるように坩堝を加熱して原料を熔融するときにおいても隙間が生じるように構成されることが好ましい。
【0040】
より具体的に、誘導炉1においては、
図1に示すように、原料を熔融するとき、つまり所定の熔融温度となるように坩堝を加熱したときに、誘導加熱体坩堝11の内側表面11aと、耐火性坩堝12の外側表面12aとの間に隙間Gが生じるように構成される。なお、この隙間Gを、便宜的に「熔融時隙間G」ともいう。
【0041】
このように好ましく隙間Gが形成されるように誘導炉1を構成することで、熔融温度に加熱するときの熱によって膨張が生じたとしても、誘導加熱体坩堝11と耐火性坩堝とが押し合う力が生じなくなり、双方の坩堝への亀裂の発生を抑制することができる。また、黒鉛製の誘導加熱体坩堝11から発生する還元ガスも、その隙間Gから外部へ抜けていけるようになるため、破裂の発生も効果的に回避することができる。
【0042】
誘導炉1において、隙間Gは、誘導加熱体坩堝11と耐火性坩堝12とのそれぞれの膨張係数から、原料を熔融する所定の温度においてそれぞれの坩堝が膨張する値を算出することで設定することができる。そして、誘導加熱体坩堝11の内側表面11aと耐火性坩堝12の外側表面12aとの常温時における隙間(以下では、便宜的に「常温時隙間」ともいう)を、少なくとも耐火性坩堝12が膨張する値から誘導加熱体坩堝11が膨張する値を差し引いた値よりも大きくなるように設定する。これにより、所定の熔融温度で原料を熔融するときに、誘導加熱体坩堝11と耐火性坩堝12との間に隙間Gが有効に生じるように設定することができる。
【0043】
一般的に、煉瓦等の耐火物の施工に際し、熱膨張率を考慮して耐火物と耐火物との間に隙間を設けることが行われている。しかしながらこの場合、煉瓦等の耐火物に張りを持たせて耐火物が緩まないように施工するために、設ける隙間は熱膨張する値よりも小さな値となる。これに対して、本実施の形態に係る方法で用いる誘導炉1では、上述したように、熱膨張する値の差よりも大きな値の隙間を設けるようにしている。これにより、熔融するときに有効に隙間Gが形成されるようになり、誘導加熱体坩堝11と耐火性坩堝12とで押し合う力の発生を抑え、またSiOガスやCOガスの通過するガス流路となる。
【0044】
熔融時隙間Gに関して、例えば誘導炉1が、黒鉛製の誘導加熱体坩堝11とマグネシア製の耐火性坩堝12との組み合わせからなる二重坩堝である場合、熔融時隙間Gは0mmより大きく5mm以下とすることが好ましく、0mmより大きく1mm以下とすることがより好ましい。この組み合わせの二重坩堝では、熔融させる目的物(原料)を1500℃以上とするためには、黒鉛製の誘導加熱体坩堝11を1700℃以上に加熱し、マグネシア製の耐火性坩堝12を1600℃以上に発熱させる必要がある。このとき、熔融時隙間Gが0mm以下であると、上述したように坩堝が破壊される等の事態を招くこととなる。一方で、熔融時隙間Gが5mmを超えると、誘導加熱体坩堝11から耐火性坩堝12への伝熱効率が悪化するため、エネルギー効率が低下する。あるいは、黒鉛製の誘導加熱体坩堝11をより高い温度に加熱する必要が生じるため、その誘導加熱体坩堝11の損耗が増大する等の問題を招くことがある。
【0045】
また、熔融時隙間Gに関して、例えば誘導炉1の耐火性坩堝12がアルミナ製である場合、酸化物系材料のアルミナの熱伝導率はマグネシアに比べ小さいものの、熱膨張係数は9×10-6とマグネシアに比べ小さい。そのため、常温時隙間の設定に際しては、マグネシアの場合よりも小さく設定することができる。また、誘導炉1の耐火性坩堝12がカルシア製である場合、酸化物系材料のカルシアの熱伝導率は14×10-6でありマグネシアに比べ大きい。そのため、熔融時隙間Gの設定に際しては、マグネシアの場合よりも大きく設定することが好ましくなる。
【0046】
なお、熔融時隙間Gの大きさの値は、隙間の各箇所で一律である必要はなく、各箇所の隙間の平均値として設定することができる。
【0047】
誘導炉1においては、外側坩堝である誘導加熱体坩堝11の内側底面11bと、内側坩堝である耐火性坩堝12の外側底面12bとが固定されることなく設置されていることが好ましい。2つの坩堝(11,12)が接している底面(
図1中「T」で示す付近)において、誘導加熱体坩堝11と耐火性坩堝12とで熱膨張する値に違いがあっても、その底面Tが固定されずに設置されていることで、熱膨張によって互いに擦れて移動することが可能となり、熱膨張に起因する不具合は生じない。
【0048】
さらに、昇温と降温とを繰り返していく中で、誘導加熱体坩堝11と耐火性坩堝12とが繰り返し擦れて移動すると、その2つの坩堝の中心がずれた場合、あるいは誘導加熱体坩堝11や耐火性坩堝12の横断面の形状が真円となっておらず僅かに楕円となっていた場合に、誘導加熱体坩堝11の内側の一点と耐火性坩堝12の外側の一点とが接する可能性がある。このとき、2つの坩堝(11,12)が底面Tにおいて固定されていないことで、移動可能な方向に僅かにずれることができ、熱膨張に起因する不具合を避けることができる。
【0049】
なお、誘導加熱体坩堝11の内側底面11bと、内側坩堝である耐火性坩堝12の外側底面12bとが固定されていない、との構成態様は、坩堝が熱膨張しても互いに擦れて柔軟に移動可能となることを意図しており、その効果を奏する限り、誘導炉1の構造体として何らかの手段、箇所において誘導加熱体坩堝11と耐火性坩堝12とを固定設置することを妨げるものではない。
【0050】
以上のように、本実施の形態に係る方法では、酸化処理後の原料を熔融炉に装入して熔融処理を行う熔融工程において、熔融炉として、黒鉛製の誘導加熱体坩堝11と、その誘導加熱体坩堝11の内側に設けられる耐火性坩堝12と、を備える二重坩堝構造により構成される誘導炉1を用いる。これにより、熱しながら酸化還元の度合いを安定して制御でき、有価金属を高い回収率で回収できるとともに、不純物を効果的に除去できる。
【0051】
また、好ましくは、その誘導炉1において、原料を熔融するときに、誘導加熱体坩堝11の内側表面11aと耐火性坩堝12の外側表面12aとの間に隙間(熔融時隙間)Gが生じるように構成する。このように、熔融時隙間が生じるように構成することで、熱膨張が生じた場合でも、双方の坩堝が押し合って亀裂が発生する等の不具合を防ぐことができる。また、発生するガスによる破裂等の不具合も防ぐことができ、原料の熔融処理を効率的に行うことができる。この点から、熔融に用いる誘導炉の亀裂や破裂等の物理的な損傷を効果的に防ぐことができるため、より効果的に、そして安定的に、リンやマンガン等の不純物を除去して、廃リチウムイオン電池から有価金属を回収することができる。
【実施例0052】
以下に、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0053】
[実施例]
実施例では、熔融炉として二重坩堝構造からなる誘導炉を用い、所定の温度に加熱する加熱試験を実施した。具体的には、外側に黒鉛製の誘導加熱体坩堝(外坩堝)を構成し、その内側にマグネシアからなる耐火性坩堝(内坩堝)をセットして、誘導加熱体坩堝と耐火性坩堝との二重坩堝構造からなる誘導炉を用いた(
図1参照)。
【0054】
また、誘導炉を構成するにあたり、常温時(冷間時)において、誘導加熱体坩堝と耐火性坩堝との間に、5mm(実施例1)、2.5mm(実施例2)の隙間を設けた。この隙間の設定値は、所定の温度に坩堝を加熱させたときにおいても、誘導加熱体坩堝と耐火性坩堝との間に隙間が生じる設定値である。具体的に、隙間の設定値は、それぞれの坩堝の構成材料の熱膨張係数に基づいて、外坩堝の誘導加熱体坩堝が熱膨張したときの値と内坩堝である耐火性坩堝が熱膨張したときの値との差から、次の計算式により求められる熱膨張したときの大きさにより設定できる。
(12×10-6(マグネシア膨張係数)-5×10-6(黒鉛膨張係数))×1500℃(加熱温度)×340mm(内坩堝内径)=3.6mm
【0055】
また、想定外の反応が進行しないように、坩堝内に、マグネシア製の耐火性坩堝の深さ100cmに対して上端から5cmの位置まで、内径5mm、外径8mmのアルミナ管を挿入し、そのアルミナ管からN2ガスを30L/min.で常時流入することで、不活性の条件下で加熱試験を進めた。なお、N2ガスの流入量は、マグネシア製の耐火性坩堝の容量90Lに対して、3min.で内部の気体を入れ替えることができるように30L/min.と設定した。
【0056】
[参考例]
参考例1では、実施例と同じ形状の誘導炉を用いたが、外坩堝(誘導加熱体坩堝)を予め1500℃に加熱(空焼き)した上で、内坩堝(耐火性坩堝)をセットし、坩堝の隙間には粒径1mm以下のMgO粉を充填した。すなわち、熔融時において誘導加熱体坩堝と耐火性坩堝との間に隙間が生じないように構成した。なお、それ以外の条件は実施例と同様とした。
【0057】
参考例2では、外坩堝をあらかじめ1500℃で加熱することはせずに(空焼き無し)、その他は参考例1と同条件とした。
【0058】
[試験結果]
下記の表1、表2に、加熱試験の結果を示す。なお、各試験例において、加熱によって内坩堝と外坩堝とのそれぞれで亀裂や破裂が発生したか否かを確認し、評価した。
【0059】
【0060】
【0061】
表1、表2に示すように、片側1.8mm(3.6mm÷2)の熱膨張があったことに対して、常温時に片側5mmの隙間を形成して誘導炉を構成した実施例1、常温時に片側2.5mmの隙間を形成して誘導炉を構成した実施例2では、内坩堝、外坩堝に亀裂が発生する問題は発生しなかった。このことから、有価金属を回収する処理において、原料に対する熔融処理に、安定的に用いることができることがわかった。
【0062】
一方で、実施例と同じ誘導炉を用いたものの、その隙間に充填剤を詰めて隙間を無くした参考例1では、熱膨張分を回避できなくなったために、外坩堝に亀裂が生じる結果となった。また、参考例2では、外坩堝の空焼きを行わなかったため、坩堝内で発生したガスを逃がせなくなり、結果的に内坩堝が破裂する結果となった。なお、実施例では空焼きを実施していないが、内坩堝と外坩堝の間に形成させた隙間から、発生したガスが放出されるようになったため、特に破裂は発生しなかった。