(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022150055
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】ピーク分離方法及び装置
(51)【国際特許分類】
G01N 30/86 20060101AFI20220929BHJP
【FI】
G01N30/86 E
G01N30/86 H
G01N30/86 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021052470
(22)【出願日】2021-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】植松 原一
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ベースラインの変動がある場合に正確なピーク分離ができる方法、および、ピーク分離方法を搭載した液体クロマトグラフィ装置を提供する。
【解決手段】ピーク分離を行う開始時間、終了時間、および、仮想時間を指定し、それに対応するクロマトグラムの出力値を取得し、時間、出力群から2次以上の多項式を算出し、多項式の各係数を算出し、仮想のベースラインを取得する第一の工程、ピーク分離に用いるピーク関数が非正規分布関数であり、各ピークに対する、非正規分布関数のピークトップ時間に関する係数の初期値を不分離状態のピーク群から取得し、各ピークに対する、非正規分布関数の各係数のうち、ピーク幅に関する係数の初期値を、ピークトップ時間と事前に設定されたカラムの段数から算出した値を基に適用する第二の工程、等から成る。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2以上の成分ピークからなる不分離状態のピーク群に対して、ピーク分離を行い、前記各々のピークの定量を行う、ピーク分離の方法であって、
ピーク分離を行う開始時間、終了時間、および、仮想時間の少なくとも3つの時間を指定し、それに対応するクロマトグラムの出力値を取得し、前記3組の時間、出力群から2次以上の多項式を算出し、前記多項式の各係数を算出し、仮想のベースラインを取得する第一の工程と、
前記ピーク分離に用いるピーク関数が非正規分布関数であり、
各々のピークに対する、前記非正規分布関数の各係数のうち、ピークトップ時間に関する係数の初期値を、前記不分離状態のピーク群から取得し、
各々のピークに対する、前記非正規分布関数の各係数のうち、ピーク幅に関する係数の初期値を、前記ピークトップ時間と事前に設定されたカラムの段数から算出した値を基に適用する第二の工程と、
前記第一の工程で得られた仮想のベースラインの各係数と、前記第二の工程で得られた各ピークごとの非正規分布関数の係数とを変化させ、
各ピークの非正規分布関数の和とベースライン関数の総和と、処理を行うデータとの差が最小になるように最小二乗法にて、処理を行い、ベースライン関数および各ピーク関数を特定し、定量することを特徴とするクロマトグラフィ用のピーク分離方法。
【請求項2】
請求項1に記載のピーク分離方法を搭載した、液体クロマトグラフィ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のピークが重畳するシグナルを非線形関数およびベースライン関数による各ピークおよびベースラインに分離し、精度よく各ピークの定量計算する方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
クロマトグラフィは有機物、無機物等の混合物の分離に使用される手法である。移動相を流した状態で、様々な官能基を有したゲル(分離材)を充填したカラムに試料を導入し、相互作用の差により混合物を分離し、様々な検出器により出力をモニターする。分離されたピークの溶出時間から定性、検出器の出力の度合いから定量分析する手法である。理想的には、混合物を完全に分離することで正確な定性、定量分析が可能であるが、分離性能には制限や限界もあり、完全に分離することができないケースが多々ある(
図1参照)。各成分の分離が不十分の場合、一般的には
図1bのように縦切り処理、
図1cのようにベース処理、
図1dのようにスキミング処理をして、各成分の面積等を算出し、定量に供する。
【0003】
しかしながら、分離性能が極端に悪い場合や、各成分の量的関係に大きな差異がある場合などは、いずれの処理法であっても、正確に面積等を算出することは厳しくなる。このような場合にはピーク分離(ピークフィッティング)の手法を用いられることもある。分離が不十分なクログラムの一部の領域に対して、数学的な処理により各々のピークに分割する手法である(
図2参照)。これは、クロマトグラムで得られるピークの形状が、理論的には正規分布であることを前提とし、正規分布係数の係数を変化させて、その総和と元のクロマトグラムの差異が最小となるように繰り返し計算、つまり最小二乗法により係数を確定するものである。この、最小二乗法に繰り返し計算は、不分離ピークに対して有効な定量の手段である一方、正確に定量できないケースも多々ある。
【0004】
まず第一に、前述の手法は、ピークが正規分布であることを前提としていることである。実際のクロマトグラムのピークは、試料とゲルとの非特異的吸着や、試料負荷量が適切でない場合などは、テーリング状態や、リーディング状態となることがしばしばある。つまり、ピーク形状は左右対称でなくなり、正規分布ではないため、正確なフィッティング計算ができないことがある(
図3参照)。
【0005】
また、クロマトグラフィでは、ベースラインができるだけ安定した状態で測定するこが望ましく、不安定な状態では正しく定量計算ができなくなる。実際には、環境の変化や使用している溶離液の組成変化など、様々な要因でベースラインが一定方向に傾いたり(ドリフト)(
図4a)、一定周期でうねりが生じたりする(
図4b)。ピークの強度が強い場合は、ベースラインがわずかに変動しても、定量には大きな影響はしないが、ピーク強度が弱い場合は正確に定量できない。このことは、ピーク分離(ピークフィッティング)にて定量する場合も同様である。ましてや、ピーク形状が左右対称の正規分布様でなく、ベース変動が生じている場合は、ピーク分離(ピークフィッティング)により正確な定量を行うことが困難となる(
図5参照)。
【0006】
また、最小二乗法によるピーク分離を実施する場合、ピーク関数の初期値が重要となる。適切ではない初期値を用いた場合、計算結果が収束しないこともある。また、ピークが溶出する領域のベースラインが水平でない場合も、計算に大きな誤差を生じることとなる。
【0007】
このような課題を解決するため、前者に対しては、正規分布関数以外の非対称のピーク形状が得られる分布関数を使用することもある。また後者に対しては、最小二乗法によるピーク分離を実施する前に、ベースラインをオフセット処理して、計算区間のベースライン変動をゼロに近づける方策を取り入れることもされている。このような対処を実施しても、正確なピーク分離ができず、定量結果の信頼性が得られないケースが多々存在するのが現状である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、前述課題を解決するためになされた不分離のクロマトグラムをピーク分離する方法であり、ピーク分離の初期値を適切に設定し、また、ベースラインの変動がある場合でも正確なピーク分離ができる方法および前記ピーク分離方法を搭載した液体クロマトグラフィ装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
2以上の成分ピークからなる不分離状態のピーク群に対して、ピーク分離を行い、前記各々のピークの定量を行うピーク分離の方法であって、
ピーク分離を行う開始時間、終了時間、および、仮想時間の少なくとも3つの時間を指定し、それに対応するクロマトグラムの出力値を取得し、前記3組の時間、出力群から2次以上の多項式を算出し、前記多項式の各係数を算出し、仮想のベースラインを取得する第一の工程と、
前記ピーク分離に用いるピーク関数が非正規分布関数であり、
各々のピークに対する、前記非正規分布関数の各係数のうち、ピークトップ時間に関する係数の初期値を、前記不分離状態のピーク群から取得し、
各々のピークに対する、前記非正規分布関数の各係数のうち、ピーク幅に関する係数の初期値を、前記ピークトップ時間と事前に設定されたカラムの段数から算出した値を基に適用する第二の工程と、
前記第一の工程で得られた仮想のベースラインの各係数と、前記第二の工程で得られた各ピークごとの非正規分布関数の係数とを変化させ、
各ピークの非正規分布関数の和とベースライン関数の総和と、処理を行うデータとの差が最小になるように最小二乗法にて、処理を行い、ベースライン関数および各ピーク関数を特定し、定量することを特徴とするピーク分離方法、および前記ピーク分離方法を搭載した液体クロマトグラフィ装置を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
不分離のクロマトグラムをピーク分離する方法であり、ピーク分離の初期値を適切に設定し、また、ベースラインの変動がある場合でも正確なピーク分離ができる方法および前記ピーク分離方法を搭載した液体クロマトグラフィ装置を提供することが可能となる。
【0011】
以下に、本発明の処理の詳細を説明する。
図6は本発明の処理の流れを示したフローチャートである。
図7は不分離状態のクロマトグラムを模式的に示した図である。図中の太実線はクロマトグラムを示している。まず第一の工程として、ピーク分離を行う開始時間TS(●)、終了時間TE(▲)、および、仮想時間TC(〇)の少なくとも3つの時間を指定し、それに対応するクロマトグラムの出力値(YS、YE、YC)を取得する。次に、前記3組の時間、出力群から2次以上の多項式の各係数を算出し、仮想のベースラインを取得する。ここでは、仮想点を1点とし、2次式で近似することを例として説明する。仮想点は開始時間と終了時間の間の時間でも、開始時間より前の時間、終了時間の後の時間でも良く、ピークが存在しないと推定される時間を指定することが望ましい。2次式の場合、数学的に、下記数1により、係数を算出できる。
【0012】
【0013】
仮想点が2点以上の場合は、係数a、b、cは最小二乗法により算出することができる。ここでは、開始点TSを4.000分、仮想点TCを6.000分、終了点TEを14.000とし、表1のように2次式の係数を算出する。
【0014】
【0015】
第二の工程として、分離に用いたカラムの段数N、分離を行うピーク数n、および、各ピークの頂点時間Tを指定し、それに対応する出力値yを取得する。時間の指定は、クロマトグラムを見ながら手動で設定しても、微分曲線の変曲点から自動で取得してもよく、指定方法を限定するものではない。
【0016】
次に、段数Nとピークトップの時間tから、理論上のピーク幅wを算出する。段数の算出式は、規格により異なるが、ピーク幅はピークフィッティングを行う関数のピーク幅に関する係数の初期値として使用するため、どの規格の算出式を使用して良い。ここでは、一般的に使用される数2を使用して計算する。
【0017】
【0018】
ここでは、表2の通り、Peak_1:7.500分(出力104.249)、Peak_2:9.700分(出力85.454)、Peak_3:10.600分(出力68.381)、Peak_4:11.900分(出力28.473)の4つのピークを指定した。また、段数_Nは4000段として計算した。ピーク幅は、以下の数3のように計算される。
【0019】
【0020】
次に、ピーク分離に用いるピーク関数を指定する。クロマトグラフィにおいては、理論的には、ピークは左右対称の正規分布の形態をとるとされるが、実際には非特異的な吸着や、試料の過負荷等、様々な要因で、リーディング状態やテーリング状態となり、左右対称の正規分布とはならない。正確なピーク分離を行うため、ピーク関数として非正規関数を指定する。ここではピーク関数として、非正規分布関数の1つである非対称シグモイド関数を適用した(数4参照)。
【0021】
【0022】
この関数においては、x:時間、y0:出力のオフセットに関する係数、A:強度に関する係数、xc:ピーク頂点時間に関する係数、w1:ピーク幅(全体)に関する係数、w2:ピーク幅(前方)に関する係数、w3:ピーク幅(後方)に関する係数である。ピーク幅に関する係数は、本関数式ではw1からw3の3つ存在するが、前記の段数から算出されたピーク幅をw1の初期値に設定する。w2、w3に関しては、w1の1/2の値を初期値として設定する。以上のようにして算出された値を表2および
図7aに示す。ここから分かるように、各ピーク関数から得られるピーク曲線と生クロマトグラムの出力に差異が残る。そこで、各ピーク関数から得られるピーク曲線の高さと生クロマトグラムの出力が同じなるように、各ピーク関数の係数Aを調整する(
図7b、表2A修正)。
【0023】
【0024】
各ピークのピーク関数の係数Xc、A、w1、w2、w3、およびベースライン関数のa、b、cを順次変化させ、その総和と生クロマトグラムの差異が最小になるよう繰り返し計算を実施し、最もフィッティングする係数を導き出す。
図8、9は、繰り返し計算の過程でのフィッティングの度合いを示した図である。
図8左図はクロマトグラムとピーク関数とおよびベースライン関数の総和、
図8右図は誤差を示している。
図9は計算回数と誤差の関係を示している。また、表3は繰り返し計算の過程でのベースライン関数の係数a、b、cの変化を示している。このように、誤差が最小になるようする計算の過程で、ピーク関数およびベースライン関数の係数も変化していくことが分かる。
【0025】
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】分離不十分な状態でのピーク検出法を模式的に示した図である。
【
図2】分離不十分な状態でのピーク群に対する、一般的なピーク分離(ピークフィッティング)を模式的に示した図である。
【
図3】クロマトグラフィにおけるピーク形状を模式的に示した図である。
【
図4】クロマトグラフィにおけるベースラインの変動を模式的に示した図である。
【
図5】ベースラインの変動がある場合のピーク形状を模式的に示した図である。
【
図6】本発明のピーク分離(ピークフィッティング)の処理の流れを示したフローチャートである。
【
図7】本発明のピーク分離(ピークフィッティング)での初期値を示した図である。
【
図8】本発明のピーク分離(ピークフィッティング)での計算の過程を示した図である。
【
図9】本発明のピーク分離(ピークフィッティング)での計算の過程を示した図である。
【
図10】本発明の効果を示すために使用したシステム構成である。
【
図11】実施例で検証に使用した試料(高分子)の構造示した図である。
【
図12】実施例での処理の流れを示したフローチャートである。ベースライン関数として2次式を適用し、仮想点を1点とした場合である。
【
図13】実施例1で検証に用いたクロマトグラム(試料:ポリスチレン)である。
【
図14】実施例1でのピーク分離を行った区間および、ピークの位置を示した図である(ピーク点6点)。
【
図15】実施例1での解析方法1(従来法)による波形分離/ピークフィッティングの結果を示した図である。
【
図16】実施例1での解析方法2(従来法)による波形分離/ピークフィッティングの結果を示した図である。
【
図17】実施例1での解析方法3(従来法)による波形分離/ピークフィッティングの結果を示した図である。
【
図18】実施例1での解析方法4(本発明)による波形分離/ピークフィッティングの結果を示した図である。
【
図19】実施例1での解析方法4(本発明)による波形分離/ピークフィッティングの過程を示した図である。
【
図20】実施例1でのピークフィッティングの最終結果のうち、ベースライン関数を示した図である。
【
図21】実施例1でのピーク分離を行った区間および、ピークの位置を示した図である(ピーク点8点)。
【
図22】実施例1での解析方法4(本発明)による波形分離/ピークフィッティングの結果を示した図である。
【
図23】実施例2で検証に用いたクロマトグラム(試料:エポキシ樹脂)である。
【
図24】実施例2での解析方法5(従来法)による波形分離/ピークフィッティングの結果を示した図である。
【
図25】実施例2での解析方法6(本発明)による波形分離/ピークフィッティングの結果を示した図である。
【
図26】実施例2での解析方法6(本発明)による波形分離/ピークフィッティングの過程を示した図である。
【
図27】従来法(解析方法5)と本発明(解析方法6)を比較した図である、横軸がピーク、縦軸は最終的に得られた各ピーク関数の面積を示している。
【実施例0027】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例により何ら制限されるものではない。検証には、分子排除クロマトグラフである東ソー(株)製、高速GPC装置HLC-8320GPCで取得したクロマトグラムを用いた。
図10は本検証で使用したシステム構成である。
【0028】
(実施例1)
試料として、検量線作成等に使用される標準ポリスチレンキット(PStQuickMP-M F-80,F-10,A-5000,A-500 東ソー(株)製)を使用した。表4に測定条件を示す。
【0029】
【0030】
図13に、前記条件で取得したクロマトグラムを示す。本標準ポリスチレンキットを分離すると、6.2分(MW:37900)、7.9分(MW:5970)付近に単分散のピーク、9.5~10.6分付近に不分離のピーク(MW:682~266)が見られる。ここでは、この不分離のピーク群に対して、以下の4つの解析方法(方法1~3は従来法、4は本発明の方法)でピーク分離を実施し、効果の検証を行った。処理の範囲は、開始点:8.750分、終了点:11.000分、仮想点:9.000分、ピーク数:6点で実施した。
【0031】
解析方法1(従来法)
処理の開始点をゼロとするオフセット処理を実施後、正規分布関数(数5)によりピークフィッティングさせた。変化させた係数は、正規関数の各係数。(開始点8.750分時の出力30.063を処理領域の出力から差し引き処理)。
【0032】
【0033】
解析方法2(従来法)
処理の開始点をゼロとするオフセット処理を実施後、非正規分布関数(数4)によりピークフィティングさせた。変化させた係数は、非正規関数の各係数。(開始点8.750分時の出力30.063を処理領域の出力から差し引き処理)。
【0034】
解析方法3(従来法)
処理の開始点、終了点、仮想点の3点から算出された2次式をベースラインとし(表5参照)、非正規分布関数(数4)によりピークフィッティングさせた。変化させた係数は、非正規関数の各係数。
【0035】
【0036】
解析方法4(本発明)
処理の開始点、終了点、仮想点の3点から算出された2次式をベースライン関数の初期値とし(表6参照)、非正規分布関数(数4)と合わせてピークフィッティングさせた。変化させた係数は、2次式の係数a、b、cおよび非正規関数の各係数。
【0037】
【0038】
フィッティングに使用される関数(正規/非正規)の係数の初期値は以下のように決定した(表7参照)。時間に関する係数は、処理対象クロマトグラムの各ピーク頂点時間、ピーク幅に関する係数は事前に設定したカラムの段数および前記ピーク時間から逆算した。
【0039】
【0040】
図18は本発明の方法(解析方法4(本発明)ピーク数6)によるフィッティングの結果を示した図であり、
図19は、本発明の方法(解析方法4(本発明)ピーク数6)によるフィッティングの過程を示した図である。
図19aは各ピーク関数(実線)とベースライン関数(破線)、
図19bは各ピーク関数とベースライン関数の総和(実線)と生クロマトグラム(破線)、
図19cは各ピーク関数とベースライン関数の総和と生クロマトグラムの差の総和(Σ△
2)を示している。
図19の左図は、初期値でのフィッティング状態で、右に行くにつれて繰り返し計算回数が増えた状態である。ここから分かるように、計算を繰り返すごとに、各ピーク関数も徐々に変化し、表8の通り、ベースライン関数の各係数も変化していき、その総和も元のクロマトグラムと類似していく。この場合、140回の繰り返し計算により、誤差が最小となった。
【0041】
図20は、生クロマトグラムとベースライン関数を示した図である。実線は生クロマトグラム、長破線は最終的に得られたベースライン関数、短破線はフィッティングの初期値(解析方法3の係数と同じ)のベースライン関数を示している。ここから分かるように、ピーク関数の各係数も変化するが、ベースライン関数も大きく変化していることが見てとれる(表8参照)。つまり、本発明のように、ベースラインは固定値を用いるのではなく、変数の1つとして取り扱うことで、より精度よくフィッティングができることを示唆している。
【0042】
【0043】
本発明の優位性を検証するために、従来法である解析方法1、解析方法2、解析方法3でも同様にフィッティングを実施した。
図15に解析方法1(従来法):処理の開始点をゼロとするオフセット処理を実施後、正規分布関数によりピークフィッティングさせた結果、
図16に解析方法2(従来法):処理の開始点をゼロとするオフセット処理を実施後、非正規分布関数によりピークフィティングさせた結果、
図17に解析方法3(従来法):処理の開始点、終了点、仮想点の3点から算出された2次式をベースラインとし、非正規分布関数によりピークフィッティングさせた結果をそれぞれ示す。
図17aは各ピーク関数(実線)とベースライン関数(破線)、
図17bは各ピーク関数とベースライン関数の総和(実線)と生クロマトグラム(破線)を示している。
【0044】
また、表9に各解析方法および本発明でのフィッティングの最終結果を一覧で示す。検証に使用した試料は
図11aの通り、スチレン基が重合したポリマーである。分子排除クロマトグラフィでは、低分子域では重合度(n)毎に分離されるが、nが増えると分離が悪くなる。
【0045】
図15から分かるように、正規分布関数を使用したピークフィッティング法(解析方法1)では、低分子域はそれなりのフィッティングがなされているが、分子量が高い領域では正確なフィッティングがされず、結果的に、最終的な誤差が大きくなっている。これは、実際のピーク形状が左右対称でないことが主原因であり、また、ベースラインが完全に水平でないことに由来している。
【0046】
解析方法2は、ベースラインを直線として、解析方法3および4は、ベースラインを2次式としてフィッティングしているが、両者を比較すると、解析方法3および4の方が、最終誤差が1/3程度と極端に小さくなる。このことから、ベースラインは2次式を使用した方が望ましいことが分かる。また、本発明では、ベースラインとして2次式を用いるが、更に2次式の係数もフィッティング関数の1つとして、繰り返し計算を実施することで、更なる精度向上が実現できることが分かる。表9は各解析方法の条件および最終的に収束した際の誤差を一覧で示した表である。
【0047】
【0048】
また、本発明の優位性を検証するために、ピーク数を8とした場合のフィッティングも実施した(高分子側に2つのピークを追加)。
図21に開始点、終了点、仮想点、各ピーク点を示す。初期パラメータは、前述と同じ手法で決定して実施した(表10参照)。
【0049】
【0050】
図22にフィッティングの結果を示す。
図22aは各ピーク関数(実線)とベースライン関数(破線)、
図22bは各ピーク関数とベースライン関数の総和(実線)と生クロマトグラム(破線)、
図22cは各ピーク関数とベースライン関数の総和と生クロマトグラムの差の総和(Σ△
2)を示している。最終的な誤差は0.3818となり、ピーク数を6とした場合の1/10まで小さくなっており、本発明のフィッティング法の精度が高いことが、ここからも分かる(表9最右列)。
【0051】
(実施例2)
試料として、エポキシ樹脂であるE1001を(三菱化学社製)使用した。表11に測定条件を示す。
【0052】
【0053】
図23に、前記条件で取得したクロマトグラムを示す。エポキシ樹脂(E1001)を分離すると、8分から14分にかけて重合度(n)の違いで分離される。12.5分以降はほぼ完全に分離されているが、それより前(高分子側)は分離が不十分な状態となっている。このような複雑な不分離ピークに対してピーク分離を実施し、効果の検証を行った。処理の範囲は、開始点:7.5分、終了点:14.2分、仮想点:12.49分、ピーク数:15点で実施した。また、比較のために、従来法(実施例1の解析方法1に相当)でもフィッティングした
解析方法5(従来法)(実施例1の解析方法1に相当)
処理の開始点をゼロとするオフセット処理を実施後、正規分布関数によりピークフィッティングさせた。変化させた係数は、正規関数の各係数。(開始点7.50分時の出力30.032を処理領域の出力から差し引き処理)。
【0054】
解析方法6(本発明)(実施例1の解析方法4に相当)
処理の開始点、終了点、仮想点の3点から算出された2次式を初期値とし、非正規分布関数と合わせてピークフィッティングさせた。変化させた係数は、2次式の係数a、b、cおよび非正規関数の各係数。
【0055】
【0056】
ピーク関数としては、実施例1と同様に、解析方法5には正規分布関数として数5を、解析方法6には非線形関数として数4の非対称シグモイド関数を使用した。またフィッティングに使用される関数(正規/非正規)の係数の初期値は次のように決定した。時間に関する係数は処理対象クロマトグラムの各ピーク頂点時間、ピーク幅に関する係数は事前に設定したカラムの段数および前記ピーク時間から逆算した。
【0057】
【0058】
図26は、本発明の方法(解析方法6)によるフィッティングの過程を示した図である。
図26aは各ピーク関数(実線)とベースライン関数(破線)、
図26bは各ピーク関数とベースライン関数の総和(実線)と生クロマトグラム(破線)、
図26cは各ピーク関数とベースライン関数の総和と生クロマトグラムの差の総和(Σ△
2)を示している。
【0059】
左図は、初期値でのフィッティング状態で、右に行くにつれて繰り返し計算回数が増えた状態である。ここから分かるように、計算を繰り返すごとに、各ピーク関数も徐々に変化し、表14の通り、ベースライン関数の各係数も変化していき、その総和も元のクロマトグラムと類似していく。この場合、463回の繰り返し計算により、誤差が最小となった。
【0060】
【0061】
本発明の優位性を検証するために、従来法である解析方法5(実施例1の解析方法1に相当)でもピークフィッティングを行った。
図24に解析方法5(従来法):処理の開始点をゼロとするオフセット処理を実施後、正規分布関数によりピークフィッティングさせた結果を示す。
図24aは各ピーク関数(実線)とベースライン関数(破線)、
図24bは各ピーク関数とベースライン関数の総和(実線)と生クロマトグラム(破線)を示している。また、表15に各解析方法および本発明でのフィッティングの最終結果を一覧で示す。
【0062】
【0063】
検証に使用した試料は
図11bの通り、エポキシ樹脂は末端に反応性のエポキシ基を持つ熱硬化型の合成樹脂で、ビスフェノールAとエピクロルヒドリンとの縮合反応により合成される。分子排除クロマトグラフィでは、低分子域では重合度(n)毎に分離されるが、nが増えると分離が悪くなる。
【0064】
図24から分かるように、正規分布関数を使用したピークフィッティング法(解析方法5:従来法)では、最終的な誤差が本発明の3倍と大きく、また、分離が不十分ながらピークの頂点が確認できる11.0~12.5分の領域で、計算誤差が大きくなっている。更に、12.7分に存在する極小のピーク(Peak_13)に対しては、ピークとしては認識できていない。一方、本発明の場合、12.7分に存在する極小のピーク(Peak_13)もピークとして認識され、正確なピークフィッティングが行えている。これは、本来のベースラインが直線ではなく、うねりを伴っていることが原因である。本発明ではベースラインもフィット関数として取り扱うため、ベースラインの変動にも対応でき、正確なピークフィッティングが可能となり、定量分析をより正確に行えることとなる。