(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022151224
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】細胞分離用溶媒組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 1/02 20060101AFI20220929BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20220929BHJP
C07K 14/195 20060101ALI20220929BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20220929BHJP
【FI】
C12N1/02 ZNA
C12N5/10
C07K14/195
C12N15/31
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021054195
(22)【出願日】2021-03-26
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】丸山 高廣
(72)【発明者】
【氏名】林 政浩
(72)【発明者】
【氏名】栗原 桃
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 博之
【テーマコード(参考)】
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA01Y
4B065CA24
4B065CA44
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA11
4H045DA80
4H045EA65
4H045FA72
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】
再生医療用途の細胞の調製において、アニマルフリー条件下で大量の細胞を短時間で分離精製するための、細胞分離溶媒及びその組成を提供すること。
【解決手段】
従来用いられてきたBSAやFBSなどの動物由来成分を含む細胞分離用の溶媒組成物に代わり、有機酸の塩とキレート剤を含有する溶媒組成物を用いることで、前記課題を解決する。
【選択図】
なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種類以上の細胞を懸濁し、吸着剤と接触させることにより細胞を分離精製するために使用される溶媒組成物であって、水溶性溶媒に有機酸の塩とキレート剤とを含有し、動物由来成分を含まないことを特徴とする溶媒組成物。
【請求項2】
有機酸が、酢酸、クエン酸、グルコン酸から選ばれる1種である、請求項1に記載の溶媒組成物。
【請求項3】
有機酸の塩が、ナトリウム塩またはカリウム塩である、請求項1または2に記載の溶媒組成物。
【請求項4】
有機酸の濃度が0.1mol/L以上1.0mol/L以下である、請求項1から3のいずれかに記載の溶媒組成物。
【請求項5】
キレート剤が、エチレンジアミン四酢酸またはエチレングリコールビス(2-アミノエチルエーテル)四酢酸のいずれかである、請求項1から4のいずれかに記載の溶媒組成物。
【請求項6】
吸着剤がフコース結合性タンパク質を不溶性担体に固定化してなる吸着剤であって、該吸着剤に細胞を吸着させたのち、吸着剤から細胞を脱着させることにより細胞を分離精製するために使用される、請求項1から5のいずれかにに記載の溶媒組成物。
【請求項7】
フコース結合性タンパク質を不溶性担体に固定化してなる吸着剤と、請求項1から6のいずれかに記載の溶媒組成物を用いて該吸着剤に細胞を吸着させたのち、フコースを含有する請求項1から6のいずれかに記載の溶媒組成物を用いて吸着剤から細胞を脱着させることにより細胞を分離精製する方法。
【請求項8】
細胞が、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖および/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞である、請求項7に記載の方法
【請求項9】
Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖および/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞がヒトiPS細胞である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
フコース結合性タンパク質が以下の(a)から(d)のいずれかである、請求項7から9のいずれかに記載の細胞を分離精製する方法。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列を含むフコース結合性タンパク質であって、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質。
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列において、1個または複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含むフコース結合性タンパク質であって、かつ、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合親和性を有し、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質。
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列において、以下の(1)から(3)に記載のアミノ酸置換のいずれか1つ以上を含むアミノ酸配列を含み、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質
(1)配列番号1で示されるアミノ酸配列の39番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(2)配列番号1で示されるアミノ酸配列の72番目のシステイン残基の、グリシン残基およびアラニン残基から選ばれる1種類のアミノ酸残基への置換
(3)配列番号1で示されるアミノ酸配列の65番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(d)前記(c)のフコース結合性タンパク質のアミノ酸配列において、配列番号1の39番目、65番目および72番目以外の領域に1個若しくは複数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合親和性を有する、フコース結合性タンパク質。
【請求項11】
フコース結合性タンパク質が、以下の(e)から(h)のいずれかである、請求項7から9のいずれかに記載の細胞を分離精製する方法。
(e)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列に対し、さらにN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドが付加され、かつC末端にシステインを含むオリゴペプチドが付加されたアミノ酸配列からなり、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質。
(f)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列において、1個または複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列に対し、さらにN末端にポリヒスチジン配列が付加され、かつC末端にシステインを含むオリゴペプチドが付加されたアミノ酸配列からなり、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合親和性を有し、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質。
(g)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列に対し、さらにN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドが付加され、かつC末端にシステインを含むオリゴペプチドが付加されたアミノ酸配列において、以下の(4)から(6)に記載のアミノ酸置換のいずれか1つ以上を含むアミノ酸配列を含み、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質
(4)配列番号1で示されるアミノ酸配列の39番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(5)配列番号1で示されるアミノ酸配列の72番目のシステイン残基の、グリシン残基およびアラニン残基から選ばれる1種類のアミノ酸残基への置換
(6)配列番号1で示されるアミノ酸配列の65番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(h)前記(g)のフコース結合性タンパク質のアミノ酸配列において、配列番号1の39番目、65番目および72番目以外の領域に1個若しくは複数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列に対し、さらにN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドが付加され、かつC末端にシステインを含むオリゴペプチドが付加されたアミノ酸配列からなり、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合親和性を有する、フコース結合性タンパク質。
【請求項12】
水に不溶性の担体に親水性高分子が共有結合で固定されていることを特徴とする、請求項7から9のいずれかに記載の細胞を分離精製する方法。
【請求項13】
カラムに充填してなる吸着剤を用いることを特徴とする、請求項7から9のいずれかに記載の細胞を分離精製する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は少なくとも1種類以上の細胞を懸濁し、吸着剤と接触させることにより細胞を分離精製するために使用される溶媒組成物であって、特に動物由来成分を含まない溶媒組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
グラム陰性細菌(Burkholderia cenocepacia)が産生するBC2L-CレクチンのN末端ドメインに由来するBC2LCNレクチンは、フコース残基を含む糖鎖への結合親和性を有するタンパク質であり、例えば、非特許文献1、特許文献1および特許文献2に記載の未分化糖鎖マーカーとして知られているHタイプ1型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3GlcNAc)およびHタイプ3型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3GalNAc)以外に、ルイスY型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-4(Fucα1-3)GlcNAc)やルイスX型糖鎖(Galβ1-4(Fucα1-3)GlcNAc)等のフコース残基を含む複数種の糖鎖に高い結合親和性を有することが知られている(非特許文献2)。
【0003】
また、BC2LCNレクチンは、Hタイプ1型糖鎖およびHタイプ3型糖鎖が高発現している未分化状態のヒトiPS細胞やヒトES細胞には結合するが、ヒト体細胞には結合しないことが知られている(非特許文献3)。さらに、BC2LCNレクチンは前記未分化糖鎖マーカーに結合性を有することから、例えば、未分化糖鎖マーカーを含む複合糖質の検出や、ヒトiPS細胞やヒトES細胞等の未分化細胞の検出に使用されている(特許文献1および特許文献2)。また、Hタイプ1型糖鎖はSSEA-5として特定のがん細胞に高発現していることが知られている(非特許文献4)。
【0004】
BC2LCNレクチンは既知の未分化細胞検出用抗体である抗Nanog抗体等と同等の未分化幹細胞検出能をもっているものの(特許文献2)、BC2LCNレクチンと未分化細胞の糖鎖の結合は静電相互作用によるものであり、結合の強さは溶媒や塩濃度等の外環境の影響を受ける。このため、実験条件によっては前記未分化細胞および/または前記未分化糖鎖マーカーを含む複合糖質の検出において、当該糖鎖とBC2LCNレクチンの結合親和性が低くなる可能性が考えられることから、前記未分化糖鎖マーカーへの結合親和性が向上したBC2LCNレクチンが求められている。
【0005】
タンパク質の機能を向上させる方法として、タンパク質工学的手法によりタンパク質にアミノ酸変異を導入し、目的とする機能を向上させる方法が公知であり、例えば、特定のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換することにより、熱、酸および/またはアルカリに対する安定性が向上したFc結合性タンパク質が知られている(特許文献3)。また特許文献4には、同様の手法を用い、特定位置のアミノ酸置換により熱に対する安定性や糖鎖への結合親和性が向上したBC2LCNレクチンが知られている(特許文献4)。さらに、Escherichia coli等の微生物を利用して製造した場合の生産性が向上したBC2LCNレクチンが知られている(特許文献5)。
【0006】
また、これら熱に対する安定性や糖鎖への結合親和性などの機能および微生物発現による生産性を向上させたBC2LCNレクチンを不溶性担体に固定化した吸着剤を利用した細胞分離精製方法としては、iPS細胞などの未分化細胞を除去して分化細胞を分離精製方法が知られているほか(特許文献6)、さらに吸着剤に吸着した未分化細胞を脱着して回収する方法が知られている(特許文献7)。
【0007】
しかしながら、細胞の分離精製方法としては前記方法の他、既存の方法として磁気ビーズによる方法(非特許文献5)や、セルソーターによる細胞のソーティング(非特許文献5)、細胞ローリングカラムによる方法(非特許文献6)が知られていたが、これまでこれらの方法で臨床用用途の品質・純度の高いiPS細胞を調製することは極めて困難であった。例えば、iPS細胞の培養においては従来、牛血清(以下、FBSと略す。)あるいはFBS代替えのための成分であるマウス由来フィーダー細胞を用いた培養条件が使われてきた。しかしながら、血清やフィーダー細胞には未知の因子が含まれロット差がある他、ウイルスや未知の病原体が含まれる可能性があり、病原体混入のリスクを低減させるため、また再現性の高い研究成果を得るため出来るだけ精製された成分や合成成分を用いた既知の組成からなる培地が求められていた。
【0008】
また、細胞分離工程に用いる細胞分離溶媒としては、細胞の浸透圧調整や細胞死抑制のため、例えばMACS緩衝液(リン酸緩衝液(D-PBS(-))と2mM エチレンジアミン四酢酸(以下、EDTAと略す。)へ動物由来成分である0.5%(w/v)bovine serum albumin(以下、BSAと略す。)を添加したもの)、あるいは、ウシ胎児血清(以下、FBSと略す。)やヒト血清アルブミン(以下、HSAと略す。)を添加して用いる方法が一般的であったが、細胞培養の過程同様、動物由来成分がiPS細胞に取り込まれることによる細胞の品質低下が懸念されていた。そのため、臨床で用いられる再生医療用途のiPS細胞の調製においては、現在、世界的に動物由来成分を含まないアニマルフリー条件で培養が可能な組成の培地の開発が進められており、またiPS細胞の調製における剥離溶媒として、動物由来成分を含まないTrypLE Select Enzyme(組換えトリプシン)を用いる方法、細胞分離精製時に用いられる細胞懸濁溶媒としては遺伝子組換えHSAを添加したものを用いる方法がそれぞれ開発されているが、これらの試薬はいずれも高価であり、大量細胞の調製には使用できないという問題点があった。
【0009】
しかるに、現状では再生医療用途のiPS細胞調製に向け、アニマルフリー条件下で大量細胞を安価で分離精製することができるような、動物由来成分を含まない細胞を分離精製するための溶媒組成物の開発が強く求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】WO2013/065302号
【特許文献2】WO2013/128914号
【特許文献3】特開2011-206046号公報
【特許文献4】特開2020-025535
【特許文献5】特開2020-058343
【特許文献6】特開2018-134073
【特許文献7】特開2019-000063
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Tateno,H等,Stem Cells Transl Med.2013,2(4):265-273.
【非特許文献2】Sulak,O等,Structure.2010,18(1):59-72.
【非特許文献3】Tateno,H等,J Biol Chem.2011,286(23):20345-20353.
【非特許文献4】Tang,C等,Nat Biotechnol.2011,29(9):829-835.
【非特許文献5】Fong CY等,Stem Cell Rev Rep.2009,5(1):72-80.
【非特許文献6】Mahara,A等,J Biomater Sci Polym Ed.2014,25(14-15):1590-601.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、再生医療用途の細胞の調製において、アニマルフリー条件下で大量の細胞を短時間で分離精製するための、動物由来成分を含まない溶媒組成物を提供することである。具体的には、フコース結合性タンパク質を不溶性担体に固定化してなる吸着剤に細胞混合物を接触させ、しかる後に吸着剤に吸着した細胞を剥離する工程よりなる未分化細胞の分離方法において、未分化マーカー、例えばFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖等を細胞表面に発現する未分化細胞を簡便に効率良く分離するための、動物由来成分を含まない溶媒組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、従来用いられてきたBSAやFBSなどの動物由来成分を含む細胞分離用の溶媒組成物に代わり、有機酸の塩とキレート剤を含有する溶媒組成物を用いることで、アニマルフリー条件下で大量の細胞を短時間で分離精製可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の[1]から[13]に記載した発明を包含するものである。
[1]少なくとも1種類以上の細胞を懸濁し、吸着剤と接触させることにより細胞を分離精製するために使用される溶媒組成物であって、水溶性溶媒に有機酸の塩とキレート剤とを含有し、動物由来成分を含まないことを特徴とする、溶媒組成物。
[2]有機酸が、酢酸、クエン酸、グルコン酸から選ばれる1種である、前記[1]に記載の溶媒組成物。
[3]有機酸の塩が、ナトリウム塩またはカリウム塩である、前記[1]または[2]に記載の溶媒組成物。
[4]有機酸の濃度が0.1mol/L以上1.0mol/L以下である、前記[1]から[3]のいずれかに記載の溶媒組成物。
[5]キレート剤が、エチレンジアミン四酢酸またはエチレングリコールビス(2-アミノエチルエーテル)四酢酸のいずれかである、前記[1]から[4]のいずれかに記載の溶媒組成物。
[6]吸着剤がフコース結合性タンパク質を不溶性担体に固定化してなる吸着剤であって、該吸着剤に細胞を吸着させたのち、吸着剤から細胞を脱着させることにより細胞を分離精製するために使用される、前記[1]から[5]のいずれかにに記載の溶媒組成物。
[7]フコース結合性タンパク質を不溶性担体に固定化してなる吸着剤と、前記[1]から[6]のいずれかに記載の溶媒組成物を用いて該吸着剤に細胞を吸着させたのち、フコースを含有する請求項1から6のいずれかに記載の溶媒組成物を用いて吸着剤から細胞を脱着させることにより細胞を分離精製する方法。
[8]細胞が、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖および/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞である、前記[7]に記載の細胞を分離精製する方法。
[9]Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖および/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞がヒトiPS細胞である、前記[8]に記載の細胞を分離精製する方法。
【0015】
[10]フコース結合性タンパク質が以下の(a)から(d)のいずれかである、前記[7]から[9]のいずれかに記載の細胞を分離精製する方法。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列を含むフコース結合性タンパク質であって、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質。
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列において、1個または複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含むフコース結合性タンパク質であって、かつ、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合親和性を有し、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質。
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列において、以下の(1)から(3)に記載のアミノ酸置換のいずれか1つ以上を含むアミノ酸配列を含み、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質
(1)配列番号1で示されるアミノ酸配列の39番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(2)配列番号1で示されるアミノ酸配列の72番目のシステイン残基の、グリシン残基およびアラニン残基から選ばれる1種類のアミノ酸残基への置換
(3)配列番号1で示されるアミノ酸配列の65番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(d)前記(c)のフコース結合性タンパク質のアミノ酸配列において、配列番号1の39番目、65番目および72番目以外の領域に1個若しくは複数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合親和性を有する、フコース結合性タンパク質。
【0016】
[11]フコース結合性タンパク質が、以下の(e)から(h)のいずれかである、前記[7]から[9]のいずれかに記載の細胞を分離精製する方法。
(e)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列に対し、さらにN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドが付加され、かつC末端にシステインを含むオリゴペプチドが付加されたアミノ酸配列からなり、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質。
(f)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列において、1個または複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列に対し、さらにN末端にポリヒスチジン配列が付加され、かつC末端にシステインを含むオリゴペプチドが付加されたアミノ酸配列からなり、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合親和性を有し、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質。
(g)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列に対し、さらにN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドが付加され、かつC末端にシステインを含むオリゴペプチドが付加されたアミノ酸配列において、以下の(4)から(6)に記載のアミノ酸置換のいずれか1つ以上を含むアミノ酸配列を含み、Xが120以上の整数である、フコース結合性タンパク質
(4)配列番号1で示されるアミノ酸配列の39番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(5)配列番号1で示されるアミノ酸配列の72番目のシステイン残基の、グリシン残基およびアラニン残基から選ばれる1種類のアミノ酸残基への置換
(6)配列番号1で示されるアミノ酸配列の65番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(h)前記(g)のフコース結合性タンパク質のアミノ酸配列において、配列番号1の39番目、65番目および72番目以外の領域に1個若しくは複数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列に対し、さらにN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドが付加され、かつC末端にシステインを含むオリゴペプチドが付加されたアミノ酸配列からなり、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合親和性を有する、フコース結合性タンパク質。
【0017】
[12]水に不溶性の担体に親水性高分子が共有結合で固定されていることを特徴とする、前記[7]から[9]のいずれかに記載の細胞を分離精製する方法。
[13]カラムに充填してなる吸着剤を用いることを特徴とする、前記[7]から[9]のいずれかに記載の細胞を分離精製する方法。
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0019】
本発明の溶媒組成物(以降、本発明の組成物と略する場合もある。)は、少なくとも1種類以上の細胞を懸濁し、吸着剤と接触させることにより細胞を分離精製するために使用される溶媒組成物であり、動物由来成分を含まないことを特徴とする。本発明の組成物は、特に、フコース結合性タンパク質を不溶性担体に固定化してなる吸着剤に細胞を吸着させたのち、吸着剤から細胞を脱着させることにより細胞を分離精製する際に好適に使用される。
【0020】
本発明の組成物は動物由来成分を含まないことから、ウイルスや未知の病原体の混入リスクを低減させることができるだけでなく、動物由来成分が細胞に取り込まれることによる品質低下を抑制することができる。
【0021】
本発明の組成物は、水溶性溶媒に有機酸の塩とキレート剤とを含有することを特徴とする。本発明の組成物における有機酸は、水溶性であり、且つ、細胞毒性を示さなければ特に制限はなく、例えば、酢酸、プロピオン酸、酪酸などのモノカルボン酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸などのジカルボン酸、クエン酸などのトリカルボン酸、グルクロン酸、グルコン酸などの糖由来のカルボン酸を挙げることができる。これらの中では、細胞毒性が低く、後述する細胞の分離精製方法において高効率に細胞が分離精製できる点で、酢酸、クエン酸、グルコン酸であることが好ましい。
【0022】
また、前記有機酸の塩としては、水溶性が高く、且つ、細胞に悪影響を及ぼさない点で、ナトリウム塩やカリウム塩であることが好ましい。前記有機酸の濃度は細胞が死滅しなければ特に制限はないが、0.1mol/L以上1.0mol/L以下とすることで、細胞収縮や細胞肥大による細胞へのダメージを抑制することができる。
【0023】
さらに、本発明の組成物は、前述した有機酸の塩以外に、後述する細胞の分離精製方法において吸着剤からの細胞脱着を促進させる作用がある化合物が含まれていてもよく、具体的には、キレート剤を含まれることで、高効率に目的の細胞を吸着剤から脱着させることができる。本発明の組成物に含まれるキレート剤は、水溶性であり、且つ、細胞毒性を示さなければ特に制限はないが、高効率に目的の細胞を吸着剤から脱着させることができる点で、エチレンジアミン四酢酸またはエチレングリコールビス(2-アミノエチルエーテル)四酢酸であることが好ましい。
【0024】
前述したとおり、本発明の組成物は、フコース結合性タンパク質を不溶性担体に固定化してなる吸着剤に細胞を吸着させたのち、吸着剤から細胞を脱着させることにより細胞を分離精製する際に好適に使用されることから、本発明の組成物には前述した有機酸の塩やキレート剤以外に、細胞とフコース結合性タンパク質の結合を解離させる化合物であるフコースが含有されていてもよい。また、本発明の組成物には細胞の浸透圧を調節する化合物が含有されていてもよく、具体的には、マンニトールを挙げることができる。さらに、前述した有機酸の塩、キレート剤、細胞とフコース結合性タンパク質の結合を解離させる化合物や細胞の浸透圧を調節する化合物以外に、細胞の種類や分離精製方法に応じて、水溶性であり、細胞毒性を示さず、動物由来成分ではない化合物が、本発明の組成物に含有されていても良い。
【0025】
次に、本発明の細胞を分離精製する方法(以降、本発明の分離精製法と略する場合もある。)について説明する。本発明の分離精製法は、フコース結合性タンパク質を不溶性担体に固定化してなる吸着剤と、前述した本発明の組成物を用いることで、前記吸着剤に細胞を吸着させたのち、吸着剤から細胞を脱着させることにより細胞を分離精製する方法である。
【0026】
具体的には、フコース結合性タンパク質を不溶性担体に固定化してなる吸着剤に、少なくとも1種類以上の細胞を接触させたのち、前記吸着剤に吸着しなかった細胞、および、フコースを含有する本発明の組成物を添加して吸着剤から脱着した細胞を取得する方法を例示することができる。また、フコース結合性タンパク質との結合が弱い細胞ほど低濃度のフコースで吸着剤から脱着し、フコース結合性タンパク質との結合が強い細胞ほど高濃度のフコースで吸着剤から脱着できることから、異なるフコース濃度を含有する本発明の組成物を順次添加することにより、フコース結合性タンパク質との結合力が異なる細胞を吸着剤から脱着させて取得することもできる。前記吸着剤に吸着した細胞を脱着させる際に使用する、フコースを含有する本発明の組成物中のフコース濃度は、細胞が死滅しない濃度であれば特に制限はないが、0.001mol/L以上1.0mol/L以下が好ましく、0.01mol/L以上0.5mol/L以下がより好ましい。
【0027】
本発明の分離精製法では、後述するフコース結合性タンパク質を不溶性担体に固定化してなる吸着剤を用いることから、フコース結合性タンパク質が結合性を有するフコース含有糖鎖、具体的には、Hタイプ1型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造)、Hタイプ3型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造)、ルイスY型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-4(Fucα1-3)GlcNAcからなる構造)、ルイスb型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3(Fucα1-4)GlcNAcからなる構造)を有する細胞と、これらの糖鎖を有さない細胞を分離精製して、それぞれを取得することができる。前述した糖鎖を有する細胞としては、具体的には、未分化細胞やがん細胞が挙げられる。未分化細胞としては、ヒトiPS細胞やヒトES細胞が挙げられる。がん細胞としては、2102EpやNT2/D1等のヒト胎児性がん細胞、PC-9等のヒト肺腺がん細胞、Capan-1等のヒト膵臓がん細胞、HT29等のヒト結腸がん細胞が挙げられる。これらの細胞は、いずれも、例えば、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞であってよい。
【0028】
次に、本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質について説明する。本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質とは、Hタイプ1型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3GlcNAc)、Hタイプ3型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3GalNAc)、ルイスY型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-4(Fucα1-3)GlcNAc)、ルイスb型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3(Fucα1-4)GlcNAc)等のフコース含有糖鎖への結合性を有するタンパク質であり、前述したBC2LCNレクチンも本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質に含まれる。本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、具体的には、(a):配列番号1で示される組換えBC2LCNレクチンのアミノ酸配列(GenPeptに登録番号WP_006490828として登録されているアミノ酸配列の2番目から156番目までのアミノ酸配列と一致する。)のうち1番目のプロリンからX番目のアミノ酸までのアミノ酸配列を含むタンパク質であって、Xが120以上の整数であるタンパク質、または(b):配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリンからX番目のアミノ酸までのアミノ酸配列において、1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、Hタイプ1型糖鎖および/またはHタイプ3型糖鎖への結合性を有し、Xが120以上の整数であるタンパク質を、大腸菌の形質転換体で組換えタンパク質として発現させたものである。本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、前記フコース含有糖鎖、特にFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有している限り、配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリンからX番目のアミノ酸までのアミノ酸配列において、1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してもよく、例えば15個以下、好ましくは10個以下のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してもよい。
【0029】
また、Xは120以上155以下であってよく、125以上155以下であってよい。特開2020-25535に開示されているように、本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、配列番号1で示されるアミノ酸配列のC末端側の複数個のアミノ酸残基を欠失させることにより、当該アミノ酸残基を欠失させない場合に比べて生産性(発現量)を向上させることができる。
【0030】
また、本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、熱に対する安定性を向上させる点で、(i)配列番号1で示されるアミノ酸配列の39番目のグルタミン残基のロイシン残基への置換、(ii)配列番号1で示されるアミノ酸配列の72番目のシステイン残基のグリシン残基および/またはアラニン残基から選ばれる1種類のアミノ酸残基への置換、(iii)配列番号1で示されるアミノ酸配列の65番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換、のいずれか1つ以上を含んでいてもよい。
【0031】
特開2020-25535に開示されているように、前記(i)から(iii)に記載のアミノ酸置換を行うことにより、本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質の熱に対する安定性を向上させることができる。前記(i)から(iii)に記載のアミノ酸置換は、単独であっても複数を組み合わせても熱に対する安定性の向上に効果があるが、熱に対する安定性をさらに向上させることができる点で、前記(i)から(iii)に記載のアミノ酸置換を複数組合せることがより好ましい。
【0032】
さらに、本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有している限り、配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリンからX番目のアミノ酸までのアミノ酸配列において、前記(1)から(3)の置換により置換された位置以外の領域に1個若しくは複数個のアミノ酸残基を欠失、置換若しくは挿入してもよく、例えば15個以下、好ましくは10個以下のアミノ酸残基を欠失、置換若しくは挿入してもよい。
【0033】
本発明の細胞分離におけるフコース結合性タンパク質は、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有している限り、そのN末端側および/またはC末端側に、フコース結合性タンパク質を検出する際に有用な付加的なアミノ酸配列を有していてもよい。
【0034】
前記付加的なアミノ酸配列としては、ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチド、グルタチオンS-トランスフェラーゼ(以下、GSTとする。)、マルトース結合タンパク質、セルロース結合性ドメイン、mycタグ、FLAGタグ等が挙げられる。これらの付加的なアミノ酸配列の中では、大腸菌を用いて製造した場合の生産性が高く、蛍光標識した抗ポリヒスチジン抗体あるいは抗GST抗体を用いることでフコース結合性タンパク質の検出が容易に行える点で、ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドあるいはGSTであることが好ましく、ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドであることがより好ましい。
【0035】
ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドにおけるヒスチジンの繰返し配列数特に制限はないが、ヒスチジンの繰返し配列が短い場合は抗ポリヒスチジン抗体による検出が困難となり、長い場合は、フコース結合性タンパク質の前記糖鎖への結合性が損なわれる可能性がある。従って、ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドにおけるヒスチジンの繰返し配列数の長さはヒスチジンが5個から15個からなる繰返し配列であることが好ましく、5個から10個からなる繰返し配列であることがより好ましい。前記ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドがフコース結合性タンパク質に付加する位置に特に制限はなく、N末端側とC末端側の双方、または、N末端側或いはC末端側のいずれかであってもよいが、抗ポリヒスチジン抗体による検出が効率的に行える点で、前記ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドはフコース結合性タンパク質のN末端側に付加されていることが好ましい。
【0036】
さらに、本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、そのN末端側および/またはC末端側に、フコース結合性タンパク質を水不溶性の担体に固定化する際に有用な、システイン残基またはリジン残基を含むオリゴペプチドからなる付加的なアミノ酸配列(以下、担体固定化用タグと呼ぶ。)を有していても良い。フコース結合性タンパク質を担体に固定化することで、例えば、特許文献4に記載されているヒトiPS細胞等の未分化細胞を除去するための未分化細胞吸着剤を作製することができる。
【0037】
前記担体固定化用タグの長さは、フコース結合性タンパク質がFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有している限り、特に制限はない。担体固定化用タグとしては、水不溶性担体への固定化が高選択的かつ高効率に行える点で、システイン残基を1つ以上含む2から10アミノ酸残基からなるオリゴペプチドが好ましく、具体的には、「Gly-Gly-Cys」の3アミノ酸残基からなるオリゴペプチド、「Ala-Ser-Gly-Gly-Cys」の5アミノ酸残基からなるオリゴペプチドおよび「Gly-Gly-Gly-Ser-Gly-Gly-Cys」の7アミノ酸残基からなるオリゴペプチドを例示することができる。前記システインを1つ以上含むオリゴペプチドがフコース結合性タンパク質に付加する位置に特に制限はなく、N末端側とC末端側の双方、N末端側或いはC末端側のいずれかであってもよいが、フコース結合性タンパク質の担体への固定化が効率的に行える点、さらにはフコース結合性タンパク質の活性中心から離れるため結合活性を阻害しにくいという点において、前記システイン残基を1つ以上含むオリゴペプチドはフコース結合性タンパク質のC末端側に付加されていることが好ましい。
【0038】
本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質の具体例としては、配列番号1、配列番号2(配列番号1で示されるアミノ酸配列のうち1番目から127番目までのアミノ酸配列)、配列番号3(配列番号2の72番目のシステイン残基をグリシン残基に置換したアミノ酸配列)、配列番号4(配列番号2の39番目のグルタミン残基をロイシン残基に、72番目のシステイン残基をグリシン残基に置換したアミノ酸配列)、配列番号5(配列番号2の39番目のグルタミン残基をロイシン残基に、65番目のグルタミン残基をロイシン残基に、72番目のシステイン残基をグリシン残基に置換したアミノ酸配列)、配列番号6(配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドを、C末端にシステイン残基を含むオリゴペプチドを付加したアミノ酸配)、配列番号7(配列番号2で示されるアミノ酸配列のN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドを、C末端にシステイン残基を含むオリゴペプチドを付加したアミノ酸配)、配列番号8(配列番号3で示されるアミノ酸配列のN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドを、C末端にシステイン残基を含むオリゴペプチドを付加したアミノ酸配)、配列番号9(配列番号4で示されるアミノ酸配列のN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドを、C末端にシステイン残基を含むオリゴペプチドを付加したアミノ酸配)および配列番号10(配列番号5で示されるアミノ酸配列のN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドを、C末端にシステイン残基を含むオリゴペプチドを付加したアミノ酸配)のいずれかで示されるフコース結合性タンパク質を挙げることができる。
【0039】
本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質のN末端側には、宿主での効率的な発現を促すためのシグナルペプチドを付加してもよい。宿主が大腸菌の場合における前記シグナルペプチドとしては、PelB、DsbA、MalE、TorT等といったペリプラズムにタンパク質を分泌させるシグナルペプチドを例示することができる。
【0040】
本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質をコードするDNAは、公知の方法により調製することができる。前記DNAの調製法として、本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質のアミノ酸配列から塩基配列に変換し、当該塩基配列を含むDNAを人工的に合成する方法や、本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質をコードするDNAを直接人工的に調製する方法、またはBurkholderia cenocepaciaのゲノムDNA等からPCR法などのDNA増幅法を用いて調製する方法を例示することができる。
【0041】
なお、当該調製法において、前記塩基配列を設計する際は、形質転換する大腸菌におけるコドンの使用頻度を考慮することが好ましく、例えば、アルギニン(Arg)ではAGA、AGG、CGGまたはCGAが、イソロイシン(Ile)ではATAが、ロイシン(Leu)ではCTAが、グリシン(Gly)ではGGAが、プロリン(Pro)ではCCCが、それぞれ使用頻度が少ないコドン(レアコドン)であるため、これらのコドン以外のコドンを選択して変換することが好ましい。コドンの使用頻度の解析は公的データベース(例えば、かずさDNA研究所のホームページにあるCodon Usage Database、http://www.kazusa.or.jp/codon/、アクセス日:2020年5月7日)を利用することによっても可能である。
【0042】
前記方法により調製したフコース結合性タンパク質をコードするDNAを用いて大腸菌を形質転換するには、当該DNAそのものを用いて形質転換してもよいが、例えば、原核細胞や真核細胞の形質転換に通常用いるバクテリオファージ、コスミドまたはプラスミド等を基にしたベクター中の適切な位置に当該DNAを挿入して発現ベクターとし、それを用いて形質転換することが、安定した形質転換が実施できる点で好ましい。ここで、適切な位置とは、発現ベクターの複製機能、所望の抗生物質マーカー、および伝達性に関わる領域を破壊しない位置を意味する。またベクターに当該DNAを挿入する際は、発現に必要なプロモータといった機能性DNAに連結される状態でベクターに挿入することが好ましい。
【0043】
前記発現ベクターとして使用するベクターは、宿主内で安定に存在し複製できるものであれば特に制限はなく、pETベクター、pUCベクター、pTrcベクター、pCDFベクター、pBBRベクター等が例示できる。また、前記プロモータとしては、trpプロモータ、tacプロモータ、trcプロモータ、lacプロモータ、T7プロモータ、recAプロモータ、lppプロモータ、さらにはλファージのλPLプロモータ、λPRプロモータ等を挙げることができる。前記発現ベクターを用いて宿主である大腸菌を形質転換するには、当業者が通常用いる方法で行えばよく、例えば、宿主として大腸菌JM109株、大腸菌BL21(DE3)株、大腸菌NiCo21(DE3)株、大腸菌W3110株などを選択する場合には、公知の文献(例えば、Molecular Cloning,Cold Spring Harbor Laboratory,256,1992)に記載の方法等を使用することができる。
【0044】
次に、本発明におけるフコース結合性タンパク質の製造方法について説明する。本発明におけるフコース結合性タンパク質は、前記形質転換体を培養することでフコース結合性タンパク質を生産する工程(以下、第1工程という。)と、得られた培養物からフコース結合性タンパク質を回収する工程(以下、第2工程という。)の2つの工程を含む工程により製造することができる。なお本明細書において、培養物とは、培養された形質転換体の細胞自体や細胞分泌物のほか、培養に用いた培地等も含まれる。前記第1工程では、形質転換体をその培養に適した培地で培養すればよい。例えば、宿主として大腸菌を用いた場合、必要な栄養源を補ったTerrific Broth(TB)培地、Luria-Bertani(LB)培地等を使用することが好ましい。
【0045】
発現ベクターが薬剤耐性遺伝子を含む場合、その遺伝子に対応した薬剤を培地に添加して第1工程を実施すれば、形質転換体の選択的増殖が可能となり、例えば、当該発現ベクターがカナマイシン耐性遺伝子を含んでいる場合は、培地にカナマイシンを添加することが好ましい。培養温度は利用する宿主に関して一般的に知られた温度であればよく、例えば宿主が大腸菌である場合、10℃から40℃、好ましくは20℃から37℃であり、本発明のフコース結合性タンパク質の製造量等を勘案しつつ、適宜決定すればよい。また、培地のpHは、利用する宿主に関して一般的に知られたpH範囲とすればよく、例えば宿主が大腸菌である場合、pH6.8からpH7.4の範囲、好ましくはpH7.0前後であり、本発明のフコース結合性タンパク質の製造量等を勘案しつつ、適宜決定すればよい。発現ベクターに誘導性のプロモータを導入した場合は、本発明のフコース結合性タンパク質が良好に製造可能な条件下で培地に誘導剤を添加してその発現を誘導すればよい。
【0046】
好ましい誘導剤としては、例えば、tacプロモータやlacプロモータを使用する場合はisopropyl-β-D-thiogalactopyranoside(IPTG)を挙げることができ、その添加濃度は0.005mMから1.0mMの範囲、好ましくは0.01mMから0.5mMの範囲である。IPTG添加による発現誘導は、利用する宿主に関して一般的に知られた条件で行なえばよい。前記第2工程では、第1工程で得られた培養物から一般的に知られた回収方法によって本発明のフコース結合性タンパク質を回収する。例えば、本発明のフコース結合性タンパク質が培養液中に分泌生産される場合は細胞を遠心分離操作によって分離し、得られる培養上清から本発明のフコース結合性タンパク質を回収すればよく、細胞内(原核生物においてはペリプラズムも含む)に発現する場合は、遠心分離操作により細胞を集めた後、酵素処理剤や界面活性剤等を添加する等により細胞を破砕し、細胞破砕液からフコース結合性タンパク質を回収すればよい。また、フコース結合性タンパク質の純度を向上させたい場合には、当該技術分野において公知の方法を用いればよく、一例として、液体クロマトグラフィーを用いた分離精製法を挙げることができる。
【0047】
液体クロマトグラフィーとしては、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を使用することが好ましく、これらのクロマトグラフィーを組み合わせて行なうことがより好ましい。また、前記クロマトグラフィーにより精製した本発明のフコース結合性タンパク質の純度および分子量は当該技術分野において公知の方法を用いて調べればよく、一例として、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)法やゲルろ過クロマトグラフィー法を挙げることができる。
【0048】
本発明におけるフコース結合性タンパク質の糖鎖への結合親和性の評価は、Enzyme-linked immunosorbent assay法や表面プラズモン共鳴法等により評価することができる。一例として、表面プラズモン共鳴法について説明する。表面プラズモン共鳴法による結合親和性評価は、例えば、Biacore T200機器(GEヘルスケア製)を用い、アナライトをフコース結合性タンパク質、固相を糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖)として測定することができる。糖鎖を固定したセンサーチップの作製は、ビオチン標識糖鎖を利用して、ストレプトアビジンをコートしたセンサーチップ(Sensor Chip SA、GEヘルスケア製)や、デキストランがコートされたセンサーチップ(Sensor Chip CM5、GEヘルスケア製)にあらかじめストレプトアビジンを固定したものを利用して行うことができる。また、結合性親和評価は当該機器に付属のカイネティクス解析プログラムを利用して行うことができる。
【0049】
次に、本発明の分離精製方法における吸着剤について説明する。本発明の分離精製方法における吸着剤に使用する水不溶性担体の原料に特に制限はなく、シリカゲルや金薄膜を蒸着させたガラスなどの無機系担体、アガロース、セルロース、キチン、キトサン等の多糖類を原料とした水に不溶性の多糖系担体およびそれらを架橋剤で架橋した架橋多糖系担体、デキストラン、プルラン、デンプン、アルギン酸塩、カラギーナン等の水溶性多糖類を架橋剤で架橋した架橋多糖系担体、ポリ(メタ)アクリレート、ポリビニルアルコール、ポリウレタン、ポリスチレン等の合成高分子系担体およびそれらを架橋剤で架橋した架橋合成高分子系担体を例示することができる。これらの担体の中では、水酸基を有し、後述する親水性高分子による修飾が容易に行える点で、アガロース、セルロース、デキストラン、プルラン等の電荷をもたない多糖系担体およびそれらを架橋剤で架橋した架橋多糖系担体や、ポリ(メタ)アクリレートやポリウレタン等の親水性合成高分子系担体およびそれらを架橋剤で架橋した架橋親水性合成高分子系担体が好ましい。
【0050】
また、吸着剤に使用する水不溶性担体は、細胞やフコース含有糖鎖および/または複合糖質の非特異吸着を抑制する点で、前記の水不溶性担体表面が親水性高分子で修飾されていることが好ましく、親水性高分子が水不溶性担体に共有結合で固定されていることがより好ましい。水不溶性担体の表面を修飾する親水性高分子としては、アガロース、セルロース、デキストラン、プルラン、デンプン等の中性多糖類や、ポリ(2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート)やポリビニルアルコール等の水酸基を有する合成高分子を例示することができる。これら親水性高分子の中では、親水性が高く、不溶性担体表面への共有結合による固定が容易に行える点で、デキストラン、プルランおよびデンプンなどの中性多糖類が好ましく、デキストランおよびプルランがより好ましい。デキストランおよびプルランの分子量に特に制限はないが、不溶性担体表面の親水性修飾が十分に行える点で、数平均分子量が10,000から1,000,000のものが好ましい。吸着剤に使用する水不溶性担体の形状に特に制限はなく、粒子状、スポンジ状、平膜状、平板状、中空状、繊維状のいずれであってもよいが、吸着剤への細胞吸着を効率的に行える点で粒子状の担体であることが好ましく、真球状の粒子状担体であることがより好ましい。
【0051】
本発明の分離精製方法における吸着剤に使用する水不溶性担体の、水に膨潤させた状態での平均粒径(メジアン径)は、担体から製造される吸着剤をカラムに充填した場合に分離対象の細胞が吸着剤表面と十分接触し、かつ吸着剤に結合しない細胞が吸着剤間の隙間を淀みなく通過できる点で、好ましくは100μm以上1000μm以下であり、より好ましくは100μm以上500μm以下であり、さらに好ましくは150μm以上300μm以下である。粒径が100μm未満の場合には、吸着剤に結合しない細胞が吸着剤間の隙間を通過しづらくなり、細胞の回収率が低下する。また、粒径が1000μm超の場合には、吸着剤に結合する細胞と吸着剤表面の接触が不十分となり、吸着剤に結合する細胞と結合しない細胞の分離効率が低下する。不溶性担体の粒径は、例えば、ベックマンコールター(株)製の精密粒度分布測定装置(製品名「Multisizer 3」)などを用いて測定することができる。あるいは、光学顕微鏡を用いて目盛り付きスライドグラスの画像を撮影したのち、同じ倍率で測定対象の複数個の粒子の画像を撮影し、物差しを用いて撮影した複数個の担体の粒径を測定し、その平均値を算出することで求めることができる。吸着剤に使用する水不溶性担体の細孔の有無に特に制限はなく、多孔性または無孔性のいずれであってもよい。
【0052】
また、本発明の吸着剤に使用する水不溶性担体は、本発明の吸着剤に使用するフコース結合性タンパク質を担体に固定化するための活性官能基導入が容易に行える点で、水酸基を有する粒子状担体であることが好ましい。さらに、本発明の吸着剤に使用する水不溶性担体は市販品を使用してもよく、例えば、ポリ(メタ)アクリレートを原料としたトヨパール(東ソー製)、アガロースを原料としたSepharose(GEヘルスケア製)、セルロースを原料としたセルフィア(旭化成製)等を使用することができる。
【0053】
本発明の分離精製方法における吸着剤は、水不溶性担体から反応性水不溶性担体を製造する工程(以下、工程Xとする。)と、該反応性水不溶性担体に本発明のフコース結合性タンパク質を作用させて固定化する工程(以下、工程Yとする。)の2つの工程を含む工程により製造することができる。以下に工程Xと工程Yの詳細を説明する。
【0054】
工程Xは、水不溶性担体に本発明のフコース結合性タンパク質を固定化するための反応性官能基を導入して反応性水不溶性担体を製造する工程である。水不溶性担体に本発明のフコース結合性タンパク質を固定化するため反応性官能基は、一般的なタンパク質固定化用の官能基であれば特に制限されず、エポキシ基、ホルミル基、カルボキシル基、活性エステル基、アミノ基、マレイミド基、ハロアセチル基等を例示することができる。
【0055】
水不溶性担体に前記官能基を導入する方法は、一般的な官能基導入方法であれば特に制限はされず、エポキシ基を導入する方法としては、水不溶性担体の水酸基とエピクロロヒドリンやエピブロモヒドリン等のハロヒドリン類、エチレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールジグリシジルエーテル、1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテル、1,6-ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、ジエチレングリコールジグリシジルエーテル、テトラエチレングリコールジグリシジルエーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテル等のジグリシジルエーテル類、グリセロールトリグリシジルエーテル、エリスリトールトリグリシジルエーテル、ジグリセロールトリグリシジルエーテルなどのトリグリシジルエーテル類、エリスリトールテトラグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテル等のテトラグリシジルエーテル類等のエポキシ基含有化合物を反応させる方法を例示することができる。また、水不溶性担体の水酸基とエポキシ基含有化合物を反応させる場合、反応効率を高める点で、塩基性条件下で反応を行うことが好ましい。
【0056】
水不溶性担体にホルミル基を導入する方法としては、水不溶性担体の水酸基とグルタルアルデヒド等の2官能性アルデヒド類を反応させる方法や、担体を過ヨウ素酸ナトリウム等の酸化剤と反応させる方法を例示することができる。また、前述の方法によりエポキシ基を導入した水不溶性担体と、D-グルカミン、N-メチル-D-グルカミン、α-チオグリセロール等の化合物を反応させることで隣接する水酸基を導入した水不溶性担体を、過ヨウ素酸ナトリウムなどの酸化剤と反応させる方法を例示することができる。水不溶性担体にカルボキシル基を導入する方法としては、水不溶性担体の水酸基とモノクロロ酢酸、モノブロモ酢酸等のハロ酢酸と塩基性条件下で反応させる方法の他に、前述の方法によりエポキシ基を導入した水不溶性担体を、グリシン、アラニン、アスパラギン酸、グルタミン酸等のアミノ酸類、β-アラニン、4-アミノ酪酸、6-アミノヘキサン酸等のアミノ基含有カルボン酸類、チオグリコール酸やチオリンゴ酸等の含硫黄カルボン酸類と塩基性条件下で反応させる方法を例示することができる。
【0057】
さらに、水不溶性担体に導入したカルボキシル基を1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩(以下、EDCとする。)等の縮合剤存在下でN-ヒドロキシスクシンイミドと反応させることにより、活性エステル基であるN-ヒドロキシスクシンイミドエステルへ誘導する方法を例示することができる。水不溶性担体にアミノ基を導入する方法としては、前述の方法によりエポキシ基を導入した水不溶性担体を、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリス(2-アミノエチル)アミン等の少なくとも2つ以上のアミノ基を有する化合物と反応させる方法を例示することができる。水不溶性担体にマレイミド基を導入する方法としては、水酸基および/またはアミノ基を有する水不溶性担体と、3-マレイミドプロピオン酸、4-マレイミド酪酸、6-マレイミドヘキサン酸、4-(N-マレイミドメチル)シクロヘキサンカルボン酸等のマレイミド基を有するカルボン酸類をEDCなどの縮合剤存在下で反応させる方法を例示することができる。さらに、前述のマレイミド基を有するカルボン酸類のN-ヒドロキシスクシンイミドエステルやN-ヒドロキシスルホスクシンイミドエステルを反応させる方法を例示することができる。水不溶性担体にハロアセチル基を導入する方法としては、例えば、水酸基を有する水不溶性担体や、前述の方法によりアミノ基を導入した水不溶性担体と、クロロ酢酸クロリド、ブロモ酢酸クロリド、ブロモ酢酸ブロミド等の酸ハロゲン化物を反応させる方法や、クロロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸等のハロゲン化酢酸をEDCなどの縮合剤存在下で反応させる方法を挙げることができる。さらに、前述のハロゲン化酢酸のN-ヒドロキシスクシンイミドエステルやN-ヒドロキシスルホスクシンイミドエステルを反応させる方法を挙げることができる。
【0058】
工程Yは、工程Xで製造した反応性水不溶性担体に、本発明におけるフコース結合性タンパク質を固定化する工程である。工程Xで得られた反応性水不溶性担体にフコース結合性タンパク質を固定化する方法は、一般的なタンパク質の固定化方法であれば特に制限はされず、例えば、配位結合やアフィニティー結合などを利用し、共有結合を形成せずにタンパク質を水不溶性担体に固定化する方法、タンパク質に固定化用活性官能基を導入したのち、固定化用活性官能基と担体を反応させて水不溶性担体に固定化する方法、水不溶性担体に導入した固定化用活性官能基とタンパク質を反応させ、共有結合を形成させて水不溶性担体に固定化する方法を挙げることができる。共有結合を形成せずにタンパク質を水不溶性担体に固定化する方法としては、アビジン-ビオチンのアフィニティー結合を利用し、ビオチンを導入したタンパク質をストレプトアビジンセファロースハイパフォーマンス(GEヘルスケア製)などのアビジンが固定化された水不溶性担体に固定化する方法を例示することができる。タンパク質へのビオチンの導入方法としては、9-(ビオチンアミド)-4,7-ジオキサノナン酸-N-スクシンイミジル等の活性エステル基を有するビオチン化試薬とタンパク質のアミノ基を反応させる方法や、N-ビオチニル-N’-[2-(N-マレイミド)エチル]ピペラジン塩酸塩等のマレイミド基を有するビオチン化試薬とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法を例示することができる。
また、タンパク質に導入した固定化用活性官能基と水不溶性担体を反応させ、共有結合を形成させて固定化する方法としては、4-(N-マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボン酸 3-スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミドエステルナトリウム塩等のマレイミド基と活性エステル基の双方を有する化合物の活性エステル基とタンパク質のアミノ基を反応させてタンパク質にマレイミド基を導入したのち、メルカプト基が導入された水不溶性担体と反応させる方法を例示することができる。さらに、水不溶性担体に導入した固定化用活性官能基とタンパク質を反応させて水不溶性担体に固定化する方法としては、水不溶性担体に導入したエポキシ基、ホルミル基、カルボキシル基、N-ヒドロキシスクシンイミドエステル等の活性エステル基とタンパク質のアミノ基を反応させる方法、水不溶性担体に導入したアミノ基とタンパク質のカルボキシル基を反応させる方法、水不溶性担体に導入したエポキシ基、マレイミド基、ハロアセチル基またはハロアルキル基とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法を例示することができる。
【0059】
これらの固定化方法の中では、短時間に高収率で水不溶性担体へのタンパク質固定化が行える点で、水不溶性担体に導入したホルミル基または活性エステル基とタンパク質のアミノ基を反応させる方法、および、水不溶性担体に導入したマレイミド基またはハロアセチル基とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法が好ましく、固定化反応をpHが中性付近で行うことが可能でありタンパク質の変性を抑制できることが可能である点で、水不溶性担体に導入したマレイミド基またはハロアセチル基とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法がより好ましく、官能基の安定性が高い点で、水不溶性担体に導入したマレイミド基とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法が、さらに好ましい。
【0060】
前記固定化用官能基を導入した水不溶性担体と、緩衝液に溶解したフコース結合性タンパク質を反応させることで、本発明における吸着剤を製造することができる。フコース結合性タンパク質を溶解する緩衝液に特に制限はなく、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、2-モルホリノエタンスルホン酸(MES)緩衝液、4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸(HEPES)緩衝液、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Tris)緩衝液や、D-PBS(-)(富士フイルム和光純薬製)等の市販の緩衝液を例示することができる。また、固定化反応の効率を高めることを目的として、緩衝液に塩化ナトリウム等の無機塩類やポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Tween20)等の界面活性剤を添加してもよい。フコース結合性タンパク質を水不溶性担体に固定化する際の反応温度およびpHは、活性官能基の反応性や本発明のフコース結合性タンパク質の安定性を考慮した上で反応温度については0℃以上50℃以下、pHについてはpH4以上pH10以下の範囲の中から適宜設定すればよく、フコース結合性タンパク質の失活を抑制する点で、反応温度については15℃以上40℃以下、pHについてはpH5以上pH9以下の範囲が好ましい。
【0061】
水不溶性担体へのフコース結合性タンパク質の固定化量は、本発明の分離精製方法において分離対象となる細胞とフコース結合性タンパク質との結合性を考慮したうえで適宜設定すればよく、1mLの水不溶性担体あたり0.01mg以上50mg以下が好ましく、0.05mg以上30mg以下がより好ましい。また、水不溶性担体へのフコース結合性タンパク質の固定化量は、固定化反応時の前記タンパク質の使用量や水不溶性担体への活性官能基導入量を調節することにより調整することができる。フコース結合性タンパク質の水不溶性担体への固定化量は、固定化反応液および反応後の洗浄液を回収して未反応のフコース結合性タンパク質量を求めたのち、固定化反応に使用したフコース結合性タンパク質量から未反応の本発明のフコース結合性タンパク質量を差し引くことで算出することができる。
【0062】
また、前述したように、本発明における吸着剤に使用する水不溶性担体は、細胞の非特異吸着を抑制する点で、親水性高分子が共有結合で固定されていることが好ましいことから、吸着剤を製造する場合には、前記工程Xで本発明のフコース結合性タンパク質を固定化するための官能基を導入する前に、水不溶性担体に親水性高分子を共有結合で固定することもできる。水不溶性担体に親水性高分子を共有結合で固定する方法は、一般的な共有結合形成反応であれば特に制限はなく、例えば、水不溶性担体表面の水酸基とエピクロロヒドリン、エチレングリコールジグリシジルエーテル、1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテル等のエポキシ基含有化合物を塩基性条件下で反応させることで水不溶性担体にエポキシ基を導入したのち、エポキシ基と親水性高分子の水酸基を塩基性条件下で反応させる方法を挙げることができる。
【発明の効果】
【0063】
本発明により、アニマルフリーの組成の細胞分離溶媒と細胞吸着剤を利用した細胞の分離方法を提供することができる。
【0064】
本発明によれば、具体的には、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖等のフコース含有糖鎖を有する細胞の混合物において、前記糖鎖を有する細胞を、動物由来成分を含まないアニマルフリー組成の細胞分離溶媒、すなわち有機酸の塩とキレート剤とを含む水溶液を用いて分離精製する方法が提供できる。
【0065】
また、本発明の細胞分離溶媒を用いた細胞分離方法は、臨床用用途の品質・純度の高いiPS細胞の大量精製に利用することができるため、医療分野、特に再生医療分野において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【
図1】実施例1と比較例1における、細胞流出率と細胞脱着率を示したグラフである。
【
図2】実施例1と比較例1における、脱着細胞数/流出細胞数の比率を示したグラフである。
【
図3】実施例2と比較例2における、細胞流出率を示したグラフである。
【実施例0067】
以下、作製例、実施例および比較例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0068】
作製例1 吸着剤127Q39L/C72Gの作製
特開2020-025535(特許文献4)の実施例12および実施例34に記載の方法に従い、フコース結合性タンパク質127Q39L/C72G(配列番号9で示されるアミノ酸配列)を不溶性担体に固定化した吸着剤127Q39L/C72Gを作製した。
【0069】
実施例1 有機酸水溶液を用いた2102Ep細胞の分離
(1)吸着剤を充填したカラムの作製
2.5mL容シリンジ(テルモ製)と注射針(テルモ製、22G)の間に目開き40μMのポリエステルメッシュフィルター(BioLab製)を装着したカラムを作製した。次に、作製例1で作製した吸着剤127Q39L/C72GをMACS緩衝液で置換したのち、12時間以上放置後の吸着剤の沈降体積が50%となるように調整した吸着剤の50%懸濁液を調製し、作製したカラムに1.0mLを添加して、各吸着剤をカラムに充填した(吸着剤容量:500μL)。カラムとして、カラムNO.1~4の4本を準備した。次に、カラムNO.1は0.35Mグルコン酸カリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、NO.2は0.35Mグルコン酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、NO.3は0.35M酢酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、NO.4は0.35Mクエン酸3ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液を十分通液することで、それぞれの溶媒で吸着剤懸濁液の置換を行った。
(2)2102Ep細胞の培養と細胞懸濁液の調製
「Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAc」からなる構造を含む糖鎖を有するヒト胎児性がん細胞である2102Ep細胞(Embryonal Carcinoma Cells Cl.4/D3細胞はコスモバイオより入手した。
【0070】
2102Ep細胞は、10%FBS(Biological Industries製)と抗生物質溶液(ペニシリン-ストレプトマイシン溶液、富士フイルム和光純薬製)を添加したD-MEM培地(High Glucose、富士フイルム和光純薬製)を用い、直径6cmの接着培養用シャーレ(コーニング製)または直径10cmの接着培養用シャーレ(コーニング製)に細胞を播種し、5%CO2雰囲気下、37℃で培養した。
次に、Cell Tracker Orangeを用いた2102Ep細胞の蛍光染色は以下の方法で行った。2102Ep細胞を培養中のシャーレ内の培地を廃棄後、無血清のRPMI 1640培地を添加して細胞を洗浄したのち、無血清のRPMI 1640培地を廃棄した。次に、Cell Tracker Orangeを最終濃度が10μMとなるように無血清のRPMI 1640培地(富士フイルム和光純薬製)に溶解した液を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。前記蛍光試薬液を廃棄後、10%FBSと抗生物質溶液を添加したD-MEM培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。次に、10%FBSと抗生物質溶液を添加したD-MEM培地を廃棄したのち、再び新しい10%FBSと抗生物質溶液を添加したD-MEM培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で一晩培養した。
【0071】
次に、細胞の回収と細胞懸濁液の調製を以下の方法で行った。細胞培養中のシャーレ内の培地を廃棄してD-PBS(-)を添加したのち、細胞を洗浄してD-PBS(-)液を廃棄した。次に、適当量のAccutase(イノベーティブセルテクノロジー製)を添加し、数分間放置することで2102Ep細胞を剥離させ、50mLチューブ4本へと回収した(以下、チューブに分注した細胞をそれぞれ細胞NO.1、細胞NO.2、細胞NO.3、細胞NO.4と記載する。)。次に、細胞NO.1は0.35Mグルコン酸カリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、細胞NO.2は0.35Mグルコン酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、細胞NO.3は0.35M酢酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、細胞NO.4は0.35Mクエン酸3ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液でそれぞれ懸濁後、細胞を遠心分離して沈降させたのち上清を廃棄し、同様の操作にて細胞を再懸濁した後、遠心分離して上清を廃棄することで細胞を洗浄した。細胞洗浄操作を2回繰り返したのち、細胞NO.1は0.35Mグルコン酸カリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、細胞NO.2は0.35Mグルコン酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、細胞NO.3は0.35M酢酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、細胞NO.4は0.35Mクエン酸3ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液をそれぞれ適当量用いて懸濁し、セルストレーナーでろ過することにより、Cell Tracker Orangeで染色した2102Ep細胞の細胞懸濁液をそれぞれ調製した。得られた2102Ep細胞液は一部を分取し、10倍希釈して血球計算盤にて細胞密度の算出を行った。以下、この細胞密度を元にして、細胞密度×カラムへのアプライ細胞液量から、カラムへの細胞添加量を算出した。
【0072】
(3)吸着剤を充填したカラムを用いた2102Ep細胞の吸着と脱着
吸着剤127Q39L/C72Gを充填したカラムを垂直に立てた状態で、前記の方法で調製した2102Ep細胞の細胞懸濁液をカラムNO.1には細胞NO.1を添加量が2.1×10^5個/mL-吸着剤、カラムNO.2には細胞NO.2を添加量が3.2×10^5個/mL-吸着剤、カラムNO.3には細胞NO.3を添加量が4.8×10^5個/mL-吸着剤、カラムNO.4には細胞NO.4を添加量が3.6×10^4個/mL-吸着剤となるように、それぞれ細胞液量0.5mLでカラムに添加した(以下、これらを添加細胞数-1~添加細胞数-4と記載する。)。次に、カラム上部より、カラムNO.1については0.35Mグルコン酸カリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.2は0.35Mグルコン酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.3は0.35M酢酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.4は0.35Mクエン酸3ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液を1.5mLそれぞれ添加することで、計2mLの細胞液を回収した(以下これらを、それぞれ流出細胞液-1~流出細胞液-4と記載する。)。
【0073】
次に、カラム上部より、カラムNO.1については0.35Mグルコン酸カリウムと0.2Mフコースおよび10mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.2は0.35Mグルコン酸ナトリウムと0.2Mフコースおよび10mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.3は0.35M酢酸ナトリウムと0.2Mフコースおよび10mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.4は0.35Mクエン酸3ナトリウムと0.2Mフコースおよび10mM EDTAを添加した水溶液をそれぞれ2.0mL添加することで、計2mLの細胞液を回収した(以下これらを、それぞれ脱着細胞液-1~脱着細胞液-4と記載する。)。
【0074】
(4)2102Ep細胞の細胞流出率・細胞脱着率の測定
上記の操作により得られた、流出細胞液-1~流出細胞液-4および脱着細胞液-1~脱着細胞液-4をそれぞれ500μL分取し、1.5mLのMACS緩衝液を加え2mLとしたのち、セルストレーナー・キャップ付き5mLポリスチレンラウンドチューブ(日本BD製)に分取し、細胞数計測用内部標準ビーズとしてCountBright Absolute Counting Beads(インビトロゲン製)を50μL、および細胞生死判定試薬として7-AADを50μL添加した後、セルソーターBD FACSAria(日本BD製)にて細胞数の測定を行った。流出細胞液-1~流出細胞液-4および脱着細胞液-1~脱着細胞液-4それぞれに含まれる細胞数はドットプロットで得られた内部標準ビーズの粒子数を元に、比例計算により算出した(この細胞数をそれぞれ流出細胞数-1~流出細胞数-4および脱着細胞数-1~脱着細胞数-4とする。細胞流出率は流出細胞数-1~4をそれぞれ(3)に記載の添加細胞数-1~添加細胞数-4で割ることにより算出した。また同様に、細胞脱着率は脱着細胞数-1~脱着細胞数-4をそれぞれ(3)に記載の添加細胞数-1~4で割ることにより算出した。
【0075】
測定の結果、細胞流出率はNO.1のカラムで41.2%、NO.2のカラムで25.4%、NO.3のカラムで26.5%、NO.4のカラムで11.2%と4割未満であり2102Ep細胞の吸着性は良好であった。また細胞脱着率はNO.1のカラムで35.2%、NO.2のカラムで17.1%、NO.3のカラムで28.8%、NO.4のカラムで12.4%であった。細胞流出率と細胞脱着率を表1と
図1に示す。また、これらの結果から算出した脱着細胞数/流出細胞数の比率はNO.1のカラムで0.9、NO.2のカラムで0.7、NO.3のカラムで1.1、NO.4のカラムで1.1であった。脱着細胞数/流出細胞数の比率を表1と
図2に示す。この結果から、どのカラムでも剥離細胞数/流出細胞数の比率は概ね0.7以上であり、0.35Mグルコン酸カリウム、0.35Mグルコン酸ナトリウム、0.35M酢酸ナトリウム、0.35Mクエン酸3ナトリウムいずれの水溶液を細胞分離溶媒として用いた場合も、2102Ep細胞の吸着剤への吸着能が高く保持されていることが明らかとなり、これらの動物由来成分を含まない溶液を利用した細胞の吸着分離が可能であることが示された。
【0076】
比較例1 有機酸以外の水溶液または培地を用いた2102Ep細胞の分離
比較例1は、前記実施例1で製造した吸着剤を利用した、細胞吸着および脱着による未分化細胞の分離における、マンニトール水溶液およびリン酸緩衝液をベースとした水溶液およびDMEM培地を用いた細胞分離方法に関するものである。
【0077】
(1)吸着剤を充填したカラムの作製
実施例1と同様の方法で分離剤を充填したカラム(カラムNO.5~7)を用意した。カラムNO.5は0.35Mマンニトールに2mM EDTAを添加した水溶液、NO.6はD-PBS(-)に2mM EDTAを添加した水溶液、NO.7は無血清のDMEM培地に2mM EDTAを添加した水溶液を十分通液することで、それぞれの溶媒で吸着剤懸濁液の置換を行った。
【0078】
(2)2102Ep細胞の培養と細胞懸濁液の調製
細胞洗浄操作に細胞NO.5は0.35Mマンニトールに2mM EDTAを添加した水溶液、細胞NO.6はD-PBS(-)に2mM EDTAを添加した水溶液、細胞NO.7は無血清のDMEM培地に2mM EDTAを添加した水溶液を用いた以外は、実施例1と同様の方法で行った。
【0079】
(3)吸着剤を充填したカラムを用いた2102Ep細胞の吸着と剥離
吸着剤127Q39L/C72Gを充填したカラムを垂直に立てた状態で、前記の方法で調製した2102Ep細胞の細胞懸濁液をカラムNO.5には細胞NO.5を添加量が2.0x10^5個/mL-吸着剤、カラムNO.6には細胞NO.6を添加量が6.3x10^5個/mL-吸着剤、カラムNO.7には細胞NO.7を添加量が6.1x10^5個/mL-吸着剤となるように、それぞれ細胞液量0.5mLでカラムに添加した(以下、これらを添加細胞数-5~添加細胞数-7と記載する。)。次に、カラム上部より、カラムNO.5については0.35Mマンニトールに2mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.6はD-PBS(-)に2mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.7は無血清のDMEM培地に2mM EDTAを添加した水溶液を1.5mLそれぞれ添加することで、計2mLの細胞液を回収した(以下これらを、それぞれ流出細胞液-5~流出細胞液-7と記載する。)。
【0080】
次に、カラム上部より、カラムNO.5については0.35Mマンニトールと0.2Mフコースおよび10mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.6はD-PBS(-)と0.2Mフコースおよび10mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.7は無血清のDMEM培地と0.2Mフコースおよび10mM EDTAを添加した水溶液をそれぞれ2.0mL添加することで、計2mLの細胞液を回収した(以下これらを、それぞれ脱着細胞液-5~脱着細胞液-7と記載する。)。
【0081】
(4)2102Ep細胞の細胞流出率・細胞脱着率の測定
上記の操作により得られた、流出細胞液-5~流出細胞液-7および脱着細胞液-5~脱着細胞液-7を用い、実施例1と同じ方法で細胞数の測定を行った。細胞流出率は流出細胞数-5~流出細胞数-7をそれぞれ(3)に記載の添加細胞数-5~添加細胞数-7で割ることにより算出した。また同様に、細胞脱着率は脱着細胞数-5~脱着細胞数-7をそれぞれ(3)に記載の添加細胞数-5~添加細胞数-8で割ることにより算出した。
【0082】
測定の結果、細胞流出率はカラムNO.5で50.2%、カラムNO.6で52.2%、カラムNO.7で43.9%であり、概ね4割以上と高く、2102Ep細胞の吸着性能が低いことが明らかとなった。また細胞脱着率はカラムNO.5で8.5%、カラムNO.6で20.0%、カラムNO.7で13.5%であった。細胞流出率と細胞脱着率を表1と
図1に示す。また、これらの結果から算出した脱着細胞数/流出細胞数の比率はカラムNO.5で0.2、カラムNO.6で0.4、カラムNO.7で0.3であった。脱着細胞数/流出細胞数の比率を表1と
図2に示す。この結果から、どのカラムでも脱着細胞数/流出細胞数の比率は概ね0.4以下であり、0.35Mマンニトールに2mM EDTAを添加した水溶液、D-PBS(-)に2mM EDTAを添加した水溶液、無血清のDMEM培地に2mM EDTAを添加した水溶液いずれの水溶液を細胞分離溶媒として用いた場合でも、2102Ep細胞の流出細胞数が脱着細胞数を大きく上回り、2102Ep細胞の吸着剤への吸着能が低下していることが明らかとなった。従って、これらのアニマルフリー組成の溶液を利用した細胞の吸着分離は困難であることが示された。
【0083】
【0084】
実施例2 有機酸水溶液を用いたiPS細胞の分離
(1)吸着剤を充填したカラムの作製
2.5mL容シリンジ(テルモ製)と注射針(テルモ製、22G)の間に目開き40μMのポリエステルメッシュフィルター(BioLab製)を装着したカラムを作製した。次に、実施例1で作製した吸着剤127Q39L/C72GをMACS緩衝液で置換したのち、12時間以上放置後の吸着剤の沈降体積が50%となるように調整した吸着剤の50%懸濁液を調製し、作製したカラムに1.0mLを添加して、各吸着剤をカラムに充填した(吸着剤容量:500μL)。カラムはカラムNO.1~カラムNO.3の3本を準備した。次に、カラムNO.1は0.18Mグルコン酸カリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、NO.2は0.18Mグルコン酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、NO.3は0.35M酢酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液を十分通液することで、それぞれの溶媒で吸着剤懸濁液の置換を行った。
(2)201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製
「Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAc」からなる構造を含む糖鎖を有するヒトiPS細胞株である201B7細胞は特許実施許諾契約およびMTA契約を締結後、京都大学CiRAより入手した。
【0085】
201B7細胞の培養は、接着培養用シャーレ(コーニング製)を用いて、以下の方法で行った。予め調製したiMatrix-511(ニッピ製)をD-PBSに3μg/mLで希釈した溶液をシャーレに添加して4℃で一晩以上放置することにより、シャーレ培養面へのiMatrix-511のコーティングを行った。コーティングを行ったシャーレのiMatrix-511溶液を廃棄したのち、iPS細胞培養用培地であるStemFit AK02N培地(味の素製)を添加して洗浄後、凍結バイアルより解凍した201B7細胞を、ロックインヒビター(Y-27632:富士フイルム和光純薬製)を10μM添加した同培地に懸濁して播種した。一晩培養後、Y-27632を含むStemFit AK02N培地を廃棄し、Y-27632を含まないStemFit AK02N培地へと培地交換を行い、適切な細胞密度になったところで、細胞回収と継代を行った。
【0086】
次に、Cell Tracker Orangeを用いた201B7細胞の蛍光染色は以下の方法で行った。まず、シャーレ中の培地を廃棄後、無血清のRPMI 1640培地を添加して細胞をリンス後、培地を吸引廃棄した。次にCell Tracker Orangeを無血清のRPMI 1640培地に終濃度10μMで溶解した溶液を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。蛍光試薬液を廃棄後、StemFit AK02N培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。培地を廃棄後、StemFit AK02N培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で一晩培養した。
【0087】
次に、細胞の回収と細胞懸濁液の調製を以下の方法で行った。シャーレにD-PBS(-)を添加して細胞をリンスしたのち、D-PBS(-)を廃棄する操作を2回繰り返して細胞を洗浄後、CTS TrypLE Select Enzyme(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)とVersene Solution(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)を1:1で混合した剥離溶液を添加して5%CO2雰囲気下、37℃で10分間放置した。細胞が丸く剥がれつつあるのを確認したのち、剥離溶液中にてピペッティングを繰り返すことで細胞を剥離し、50mLチューブ中に回収した。回収した細胞を遠心分離して沈降後、細胞をD-PBS(-)で懸濁し、再度遠心分離して上清を廃棄することで細胞を洗浄した。細胞洗浄操作を2回繰り返したのち、D-PBS(-)で懸濁し、セルストレーナーを用いてろ過することにより、Cell Tracker Orangeで染色した201B7細胞の細胞懸濁液を調製した。得られた201B7細胞液は一部を分取し、10倍希釈して血球計算盤にて細胞密度の算出を行った。以下、この細胞密度を元にして、細胞密度×カラムへのアプライ細胞液量から、カラムへの細胞添加量を算出した
(3)吸着剤を充填したカラムを用いた201B7細胞の吸着
吸着剤127Q39L/C72Gを充填したカラムを垂直に立てた状態で、前記の方法で調製した201B7細胞の細胞懸濁液をカラムNO.1~NO.3に添加量が2.1×10^6個/mL-吸着剤となるように、それぞれ細胞液量0.1mLでカラムに添加した(添加細胞数:0.5mL吸着剤あたり1.05×10^6個)。次に、カラム上部より、カラムNO.1は0.18Mグルコン酸カリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.2は0.18Mグルコン酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.3は0.35M酢酸ナトリウムに2mM EDTAを添加した水溶液をそれぞれ1.0mL添加することで、計1.1mLの細胞液を回収した(以下これらを、それぞれ流出細胞液-1~流出細胞液-3と記載する。)。
(4)201B7細胞の細胞流出率・細胞脱着率の測定
上記の操作により得られた、流出細胞液-1~流出細胞液-3にMACS緩衝液を加え2mLとしたのち、セルストレーナー・キャップ付き5mLポリスチレンラウンドチューブ(日本BD製)に分取し、細胞数計測用内部標準ビーズとしてCountBright Absolute Counting Beads(インビトロゲン製)を50μL、および細胞生死判定試薬として7-AADを50μL添加した後、セルソーターBD FACSAria(日本BD製)にて細胞数の測定を行った。流出細胞液-1~流出細胞液-3に含まれる細胞数はドットプロットで得られた内部標準ビーズの粒子数を元に、比例計算により算出した(この細胞数をそれぞれ流出細胞数-1~流出細胞数-3とする。細胞流出率は流出細胞数-1~流出細胞数-3をそれぞれ(3)に記載の添加細胞数で割ることにより算出した。
【0088】
測定の結果、細胞流出率はカラムNO.1で1.2%、カラムNO.2で1.5%、カラムNO.3ムで1.0%であり201B7細胞の吸着性は1.5%以下と良好であった。細胞流出率を表2と
図3に示す。この結果から、0.18Mグルコン酸カリウム、0.18Mグルコン酸ナトリウム、0.35M酢酸ナトリウムいずれの水溶液を細胞分離溶媒として用いた場合も、201B7細胞の吸着剤への吸着能が高く保持されていることが明らかとなった。また有機酸の塩または糖由来の酸の塩の水溶液中の濃度は適宜調整して用いることが可能であり、これらのアニマルフリー組成の溶液を利用した細胞の吸着分離が可能であることが示された。
【0089】
比較例2 マンニトール水溶液またはMACS緩衝液を用いたiPS細胞の分離
比較例2は、前記実施例1で製造した吸着剤を利用した、細胞吸着および脱着による未分化細胞の分離における、マンニトール水溶液またはMACS緩衝液を用いた細胞分離方法に関するものである。
(1)吸着剤を充填したカラムの作製
実施例2と同様の方法で分離剤を充填したカラム(カラムNO.4~7)を用意した。
カラムNO.4は0.18Mマンニトールに2mM EDTAを添加した水溶液、NO.5は0.35Mマンニトールに2mM EDTAを添加した水溶液、NO.6は0.70Mマンニトールに2mM EDTAを添加した水溶液、NO.7はMACS緩衝液を十分通液することで、それぞれの溶媒で吸着剤懸濁液の置換を行った。
(2)201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製
実施例2と同様の方法で行った。
(3)吸着剤を充填したカラムを用いた201B7細胞の吸着
実施例2と同様の方法で201B7細胞をカラムに添加した。カラム上部より、カラムNO.4は0.18Mマンニトールに2mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.5は0.35Mマンニトールに2mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.6は0.70Mマンニトールに2mM EDTAを添加した水溶液、カラムNO.7はMACS緩衝液をそれぞれ1.0mL添加した以外は、実施例2と同様の方法で行った。以下カラムNO.4~NO.7から取得した流出細胞液を、それぞれ流出細胞液-4~流出細胞液-7と記載する。
(4)201B7細胞の細胞流出率の測定
上記の操作により得られた、流出細胞液-4~流出細胞液-7にMACS緩衝液を加え2mLとしたのち、実施例2と同様の方法にて流出細胞液-4~流出細胞液-7に含まれる細胞数の測定を行った。細胞流出率は流出細胞数-4~流出細胞数-7をそれぞれ(3)に記載の添加細胞数で割ることにより算出した。
【0090】
測定の結果、細胞流出率はカラムNO.4で2.8%、カラムNO.5で2.9%、カラムNO.6で2.6%、カラムNO.7で1.8%であった。細胞流出率を表2と
図3に示す。この結果から、0.18Mマンニトール、0.35Mマンニトール、0.70Mマンニトールいずれの水溶液を細胞分離溶媒として用いた場合も、細胞流出率は2.6%以上と高く、201B7細胞の吸着剤への吸着能が低いことが明らかとなった。また、MACS緩衝液を用いた場合は、動物由来成分であるBSAを含んでいる状態で、なおかつ実施例2と比較してやや細胞流出率が高い結果となった。
【0091】
従って、濃度を適宜調整したマンニトール水溶液またはMACS緩衝液を利用した細胞の吸着分離は、アニマルフリー条件下での細胞分離を行うにあたり、細胞吸着性能の低さや動物由来成分を含んでいるという点で困難であることが示された。
【0092】